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2007年5月23日 (水)

「死」という概念

娘(4歳)の場合

・動かなくなる
・土に埋める
・神様の所へ帰る

こんな認識。ただ、「不可逆性」「不再現性」という認識はないようだ。「あかちゃんまだ?」…きついよ。それは。

幼稚園で恐らく男の子がやっていたのだと思うが、アパートの廊下にいたアリを、ニコニコ笑って踏みつぶしたことがある。「もうずっと動けない」「お家に帰れない。誰とも遊べない」「放っておくとバラバラになる」と話したら泣き出した。ただ、「眠り」と「死」の弁別は付いていないようだ。

自分の場合、4歳の頃は近所でバッタ取りが日課で、「死」とは目が生気を失い、身体が硬くなってカラカラになる状態、と、「不可逆現象」だったと認識していた記憶がある。このせいか自分がすぐにでも死ぬのではという恐怖観念の虜になって毎晩泣いていたという話もある。幼児の心理ではない。少しおかしかったのかも知れない…今も変だが。

戻す。娘にはこうして生き物達を通じ、「死」という概念をキチンと認識させようと思っている。春先、窓ガラスにメジロに突っ込まれて死なれたが、「もう飛べない」「もう鳴けない」と教えたら「かわいそうね」と泣いていた。こうしたことの積み重ねが、「だから死なせるようなことをしてはいけないんだ」という考え方に繋がって行くと思っている。世間では悲しい事件が起こるたびに、学校で子ども体育館に集めて「命を大切に」とか言っているようだが、言っているだけじゃダメなのだ。「大切」の真意は命に対する尊厳と敬意である。ゲームキャラが死なないようにするのとはワケが違う。命の大切さは、「死」と直面し、死を理解した裏返しでしか身に付かないと思っている。

核家族化は、人を「老い」から「人の死」から遠ざけた。ペット禁止はペットの死を、都市化は虫の死すらも人の目から遠ざけた。死を知らぬ人間が、死を恐怖し、禁忌の対象とするように“自然と”なるとは考えにくい。他方、“狩猟”という行為が必然“死”を与える物であったように、殺すことに対する禁忌、不快も生得的な物であるとは考えにくい。

人も生き物であり、生き物は生まれ生きてそして死ぬ。
それは頭で理解させるのではなく、身体で覚えることなのではあるまいか。

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