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2010年3月27日 (土)

死生観【戦後】

「自分さえ生きていればいい」
 
第二次大戦直後、全てを失った中から再出発した日本を支配したのは、基本この観念ではあるまいか。
「火垂るの墓」や「麻雀放浪記」における、死への無関心、無価値化の描写は、その端的な表現だと思う。
命を賭した戦争を全て否定されたことで、真逆の価値観に変わってしまった。
 
この状態で、日本人は「死」から遠ざかり始める。
平和化したこともあるし、何より都会への人口流出、核家族化によって、身近にあった一族の死に触れる機会が少なくなった。団地暮らしでペットの死すらも見なくなった。
 
死を軽んじた状態で、死を見ない。
 
現代に繋がる死の相対的安易化はこの辺りに原点があるのではないか。
 
すなわち、気に入らない=殺す。
 
この後のゲーム隆盛等による「死」の軽薄化は良く書いているから触れない。その代わり、オカルティズムの台頭についてちょっと書いてみたい。魔法少女だの妖精だの小説で書いてるお前が言うな仰せごもっとも。
 
このシリーズの最初の方で、死後の世界の話を書いた。あれは死ぬという強烈な事実(腐敗し白骨化する)が厳然とあったからこそ、思考を司る主体、魂の行方を考える意味が生じた。
 
霊的世界の観念は「遠野物語」の時点でまだ正当なレゾンデートルを保持している。しかしこれは原始的な死後世界観と言うより、万物を司る上位概念…八百万の神々への畏怖と感謝が背景にあったと言って良い。
 
神は死んだとニーチェは言ったが、あれは神を考えなくなったと捉えるのが正しいのではないか。
 
死から遠ざかった世界観では、生物的存在としての「肉体」が主体性を失った気がしてならない。肉も魚も
P3270484
「そういう形をしたタンパク質」で食卓に供される。ハエ・カ・ゴキブリは姿を見ればとりあえず潰す。それは思考を司る主体が、腹が減ったという欲望に基づいてエネルギを補給する有様であり、害毒と考えられる存在の消去である。
 
エネルギを補給しながら動き続ける。機械そのものと何ら変わらない。死んだカブトムシに電池を入れようとする子供を無知と笑うことは出来ない。
 
つまり肉体は思考の主体の外殻に過ぎない。
 
ハッとした方多かろう。それはいわゆる霊肉二元論の構図とうり二つの様相を呈する。毛を剃って体臭を消去する、徹底的に肉体の生物的な主張を抑圧する。性行為と生殖の切り離し。出産のリスクが理解されない。
 
それらが常識とされる状況で、心は永遠の存在ですと言われる。ああなるほどねと納得する姿を、新興宗教に引っかかって愚か者だと笑うことが出来るか。
 
人間は生き物なんだ。
 
他の生き物を狩り殺してその体を食らい、糞して交尾して子孫を残し、死んで腐って骨になる。まずその自覚から始めるのがヒトという生き物として必要なことであろうし、そもそも、その自覚無くしてのうのうと生きようなど、地球上の他の生き物に対して失礼なのではないだろうか。ナニ?お前の発言は教育上不適切だ?うるせーよ、言ってるあんたはどうやってこの世に生まれたんだ?
肝心なのはそうやって生まれてきたことに対する感謝の念を持つことではないのか?
その感謝は、生まれ生きていることが奇跡に近いことだ、そのために日々いくつもの命を殺して食ってるって自覚がないと生じてこないのではないか?
殺して食ってる重みを理解するには、死を知る必要がある。生まれる奇跡を知る必要がある。
 
アナタはそれをどうやって知ったか。学校の命の教育?あれはアホのまさしく机上の空論。
 
「おとうちゃんこのカブトムシどうなってるの?」
「頭の部分は死んでいる。胸から腹にかけてだけ生きている。だから後ろの4本の足だけ動いてる」
「…!?」
「昆虫は人間と違って、人間の頭の役目をする部分が、頭と、胸と、お腹の部分に分かれている。だから、どこかが死んでも、残り2つの部分だけで、ある程度の時間、生きることが出来る」
「ふ~ん」
「でもこれもうすぐ完全に死ぬよ。頭の部分が死んでるから、エサ食えない」
「あ、そうか」

P3270485

「あたしが最初に食べるんだ♪」
 
(本稿終わり)

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