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2010年7月 3日 (土)

アラクノフォビア

Arachnophobia…クモ恐怖症。
女神アテナの怒りを買い、クモに変えられてしまった機織り娘アラクネの名による。アテナの術の曰く「人々に嫌われる」クモに変えたと言われる。
Arakune1
(アラクネさん。画byTAC@TAC’sDDDD
 
 オーストリアのグラーツ大学で「生物学的な心理学実験」のため、「クモ恐怖症」の少女を公募したところ、ネットで思わぬ反響を呼んでいる。

 大学のウェブサイトに募集告知を出したのは、同大学の研究員フェリーナ・ロイトギッブさん。

 研究のため「クモを見るとすごく怖がったり、気分が悪くなる8~13歳の女の子を募集中」という広告を掲載。これがブロガーたちの目に止まり、「なんなんだ?」と話題になった。

 じつはこれ、「脳内プロセスに恐怖心が与える影響を調べる精神生理学上の実験」なのだそうで、少女限定なのは、この年頃の女の子に特にクモを怖がる傾向が強いからだという。

http://www.petoffice.co.jp/wpn/news.cgi?shop=honten&no=n2010070301
 
母親は大のクモ嫌いである。恐怖と嫌悪と憎悪が同居している。
P7030662
(Carrhotus xanthogramma)
ハエトリグモ位なら良いが、クサグモレベルでもうダメである。学生時分玄関先であられもない声を上げるから何かと駆けつけたらイオウイロハシリグモがいた。
理由に曰く幼時体験だという。福岡出身だが、トイレでしゃがんで振り返るとドアパネルにアシダカグモがどーん、という場面に幾度も出くわし、トラウマになったそうである。
 
クモを怖がるきっかけや理由については、先天性・後天性双方諸説あり結論が出ていない。「クモは怖い、おぞましいと教えるからクモを怖がるのだ」とは後天性支持派のよくある例示である。上記神話のアテナの物言いは「クモは嫌われ者」の提示であり、後天性説に与する。そういえば祖母はクモを含め昆虫類全てダメである。カブト・クワガタ、トンボでさえも「えずか~」(えずい:博多弁で不快だの意)…物心つく前からごそごそする物のべつ親にえずがられたら、何でもえずがるようになって変ではない。
 
比して我が家ではクモが屋内にいても基本放置である。彼らがいるということは、応じた虫が屋内にいると言うことであり、そうした虫はえてして衛生上感心しない。現在都合3匹のハエトリグモがおり、模型の線路の高架橋にイエユウレイグモがボロ網を掛けている。但し君、列車運行に対する危険予知は自己責任で。いちいち線路上の安全確認はせんよ。
 
そんな環境で育った娘さんであるから、クモに関する余計な情報は一切持たせていない。どころか「くものすおやぶんとりものちょう」などというクモを肯定的に描いた希有な本さえ見せている。
が。
Sn3n0020
(Nephila clavata)
じゃぁ大丈夫だろうとジョロウグモを手のひらで遊んで見せたらドン引きされた。結局出来上がったのはハエトリグモカワユス大きなクモNGという良くある女の子である。
 
実はこの傾向は先天性説を支持する。すなわち単純に足の数×図体の大きさでキモチワルイ指数が増すという考えである。人間は二足歩行であり、動物は四足歩行である。この数は増えれば増えるほど、或いは減れば減るほど「日常、余り見ないもの」の傾向が強まり、不自然、違和感を助長する。増える面で極北にあるのがムカデやゲジであり、減る面では一本足の唐傘お化け、そして無足のヘビにつながる。こうした連中は「根源的なおぞましさ・忌避感」で殺されることを免れ、生き残ってきたという部分があるのではないか。つまり、現在生きながらえているのは、選りすぐりのキモチワルイ奴ら、なのではないか。…蝶や蛾(鱗翅類)の幼虫がツルツルイモムシとモジャモジャ毛虫の二極分化をなしているのは何故か。
P7040664
(近所にいた。夏型ってこんなにデケーっけか)
大きさの面ではデカイ方が命に関わる存在になり得る、恐怖を覚える、という認識はあるだろう。だから、図体の大きなクモ、更には毛むくじゃらの大グモなど卒倒レベル、とこうなるわけだ。結果生まれたのが「タランチュラ最凶」伝説である。
 
日本もご多分に漏れず古来よりクモを肯定的にも否定的にも扱ってきている。「クモ合戦」は肯定的な例だが、…実はどちらにも取れる存在が「土蜘蛛」伝承である。これは胴の割に手足の長い、穴居民族だった縄文人を、後の世代の人々が「侮蔑的な」視点から呼んだもの、とされているが、ひっくり返せばクモに人間のような知性を見ていた裏返し、とも取ることが出来る。実際クモは非常に知性の発達した生物で、人家近くに住む奴らは街灯に虫が集まると知った上で周辺に営巣する。「人間社会」にリッパに適応しているのである。また「八輪駆動」(!)のあの身体は、3億年前には既に存在しており、中にはトンボのメガネウラと同様の理由で、クモ恐怖症の皆さんには考えたくもなかった現実の悪夢、体長60センチから1メートル級もあったと言われるメガアラクネなんてのもいた。
つまりハンターとして応じた身体と頭脳を与えられ、純化洗練を経て完成された生物がクモなのだ。そして我ら祖先は狩猟民族の故に、その洗練度の高さを知っていた。例えば「網」という狩猟道具は、クモの網にヒントを得た物と考えれば自然だし、実際南洋ではオオジョロウグモの網を枝先でいくつも絡め取って魚取りに今でも使う。
そんな先祖達が、放恣な想像と、或いは太古の猛獣の記憶故に、そのハンターの能力を持ったまま、人間を凌駕するサイズになったと考えたならば。
 
人が大きなクモに対して持つ「思い」は、彼らにある種畏敬の念を持っていると共に、人間は決して地球生命の頂点ではないぞという祖先からの遺伝子に刻まれたメッセージであるかも知れぬ。


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