理不尽の彼方
山口県光市で1999年4月に起きた母子殺害事件で殺人と強姦(ごうかん)致死などの罪に問われ、差し戻し控訴審で死刑を言い渡された当時18歳の元少年の差し戻し上告審判決で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は20日、被告側上告を棄却した。元少年の死刑が確定する。
死刑が確定するのは、光市の無職福田(現姓大月)孝行被告(30)。
…この結果を招いたのは他ならぬ本人と弁護団だと書いたら首肯される方多いのではあるまいか。ちなみに「大月」というのはこいつを養子にした
「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」が6日午後2時から、岩国市民会館小ホールで「平岡秀夫法相の地元で死刑について考えてみませんか!死刑は本当に必要なのでしょうか?」と題した集会を開く。
問い合わせは、大月純子さん(携帯番号略)
による。
この手の裁判で必ず出て来るのが「人権ガー」「更正ガー」である。しかし言わずもがな死して尚人権踏みにじられたのはこの母子であるし、更正いうなら、
『選ばれし人間は人類のため社会道徳を踏み外し、悪さをする権利がある』
『ま、しゃーないですね今更。被害者さんのことですやろ?知ってます。』
こんなこと言うか。え?「月命日には手を合わせている」
あのな、特定の日付に手を合わせるくらい猿でも犬でも教えりゃできんだよ。本当に反省してたら月命日がどうとか関係なく言葉や行動に出て来ると思うがね。
「名誉毀損だ」
そうかい。この事件で最も名誉を毀損されたのは誰なんだい。それを強弁で正当化しようとしたのは誰だい。
嘘 を つ く な 。
真実は事実であるが故に因果を有し論理が立つ。
虚偽は虚構であるが故に果となる因はなく論理も持たぬ。
ゆえに虚偽は論理的に破綻する。
命を戻すことは出来ない。従って最低限、相手の最も重要なものを奪うのは許されるべきである。それは命である。そして再度同じ事を起こさないために確実な方法はその前途を絶つことである。
死刑は論理的である。
まず、人であれ。
ソース等
http://yutori2ch.blog67.fc2.com/blog-entry-3850.html
http://blog.livedoor.jp/ronsoku2/archives/53689761.html
« 髪を切り 買い物に行き 地が動く | トップページ | 夫婦げんか »
コメント