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2015年1月25日 (日)

【オカルト】考察・超能力戦争

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PK(PsychoKinesis=念動力)による戦闘はストーリーテリング上、最も派手な状況を作り出せる方法の一つである。あらゆる力学的・工学的な制約を無視出来る。好きなだけ大きなエネルギ・質量を動かせる。その一方で「宇宙の全エネルギを集結して」とか「一撃必殺」で終わってしまうというリスクも発生する。

またそもそも霊能力に属するものであるから、肉体死・物理的破壊が最終的解決にならないという矛盾も有する。ただこれは「だから魔族はPK戦を仕掛けても無意味と知っている、これにより我々は平和に暮らせているのだ」という別の論拠を与えている。

逆に言うとPK戦が生じるには、肉体として存在してはならない理由と、肉体を消滅させた後に霊体に霊能力を発揮させない状態に持ち込む力、その双方が揃う必要があることを示唆する。後者はなぜなら霊が精神だけの存在と考えるなら、肉体死は他ならぬ霊を増やすことになり、霊能力者をどんどん増やして魔には不利という矛盾を出現させるからである。

肉体として存在してはならない理由は何だろう。これは裏返すと人間はなぜ類い希な思考と感情を備えた脳みそを有しつつ、地球という星で他の生命と同様生き死にを繰り返しているのか?という哲学の根源的な問いに集約される。この答えは仮に人間の本質として魂があり、精神だけの存在として有り続けることができるにしても、肉体生命としての生き死にの意味を理解しろ、ということになると思う。一生懸命生きることを知らぬ者に存在する価値はないということだ。

↑原作・平井和正は「闇が無ければ星も光ることが出来ない」という言葉を残している。闇が魔で星が神の側を意味する対立構図であるが、そもそも宇宙は闇と光双方備えて生まれたのであり、どっちかだけでは成立しない。このことは魔も広い意味で「生命世界」を構成する因子の一つであり、人間はその中間的存在としてどっちの成分も内包している。と解釈できる。

すると魔がPKで攻撃してくる理由は、肉体生命ならではの形…生死を繰り返しつつ、しかし永遠に繋がって行くこと…その否定や破壊が目的となる。それはストレートに母性・女性の否定であり、魂が収まる容器としての人体の全滅とでも言うか。

さて仮に肉体の輪廻を断ち切ったとしよう。増える霊能をどう封じようか。これは霊そのものへ干渉し、異次元へ抜去するか虚無化する能力となり、それは当然、並のPKを越えた力、となる。神の側で魂自体の存在意義、生殺与奪の権限を持つものが上位霊的存在にのみあるのだから、それは特殊な能力であり、魔の側でも持つ者は僅かで、顕在化せしめるには多大なエネルギを要すると考えられる。神や天使に匹敵する能力を魔が備えることを要求する。畢竟、魂が数多生きていられるのは、魔で応じた能力を持つ者も限られるから、こうなる。

ただ、そうまでせずとも精神崩壊に持ち込むというのは、魂として活動できなくなることであり、攻撃手段の一つとなる。崩壊せしめる因子は自らの肉体死であり、死による愛という感情の喪失などが挙げられる。他にも物理的手段では無いが、金の亡者、サディズム…心の壊れた状態は沢山挙げられる。ちなみに多く宗教で「呪文」や「真言」を一心不乱に唱えよとあるのは、唱えてそれだけで心・識域を満たし、誘惑や欲望につけいる隙を与えない、という効能を持つからである。何かアナタに迷うことがあるなら知っている秘密の言葉を一心に唱えると良い。去って行くならそれは罠だったのだ。

以上考察より、魔がPK戦を仕掛けてくるのは応じた巨大な力を持っていて、しかも事前に察知する神の側の能力者がおらず、呪文等で回避も出来ない手段を手にした場合、とこうなる。現状我々が概ね平和に暮らしているのは、魔がそれを手にするに至っていないか、我々が回避し続けているかのどちらかと言える。最も、不可能と踏んだからこそ、少しずつ精神崩壊させて行くという手段のただ中にあるのが21世紀の現在なのかも知れない。

今の世界を見渡してみよう。ニュースで引きも切らない憎悪と報復の連鎖こそは人間同士が勝手に殺し合うことであり、実は魔にとって最もエネルギを浪費しない「少しずつだが確実な殲滅」そのものではないのか。

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