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2016年4月19日 (火)

平成28年熊本地震III

●一体何が起こっているのか

「余震」というのは本震の後、割れ残った部分や、本震でストレスを受けた岩盤が割れることによって起こる。従って余震が余震であれば時と共に減って行く。

Eq26

これは東北地方太平洋沖地震の際、居住地の千葉で観測された有感地震、1週間分の内訳である。ひっきりなしに揺れていた記憶があるが、それは見る限り11日の印象が強すぎたのだと分かる。

Eq27

益城で作るとこうなる。縦軸のスパンに注意。なお、震度1-2は含んでいない(気象庁での解析とアップロードが済んでいない)。千葉のような純粋な右下がりの垂下曲線になっていない。これを気象庁は「14日の活動(震度7)とその余震群、16日の活動(M7.3)とその余震群」と説明するわけだが、果たしてそう考えてもいいものだろうか。

Eq6

14日~15日の震源をプロットした図を再掲する。これが19日22時過ぎ現在どうなっているか。

Exp430419_1

布田川および日奈久の南西側、そして「未知」であった北東側、別府湾にも及んでいる。ちなみにここで布田川・日奈久の北西方向に小さな震源がびっしり並んでいるが、これらが「割れ残りが割れた」物と見られる。Mは小さいが、地表近くで起こるので、応じて人にも感知される。結果、有感地震が数え切れないほど。

で、この分布を見ると「未知の断層」と言われる部分もびっしりである。でもこれは、ここが地溝帯で、別府湾付近に「別府-万年山断層帯」が確認されているのだから、日奈久と別府はまっすぐ繋がっているのでは?と考えるのが自然な帰結ではないのか。

Eq28

日奈久は明瞭である。阿蘇に向かって「地図上の線」を追う事が出来る。大体ワレメは川になるので浸食されるし、そこから堆積平野が広がるので「っぽい」のが分かる。だが、阿蘇から北東方向は愛媛県佐田岬半島へ向かっては「なんとなく雰囲気はある」が、断層か、と言われると現地調査して決めたい、となるであろう。ちなみに往年の断層調査は航空写真から「っぽいところ」を見つけて掘りに行く、の繰り返しであったようだ。こうやってネット地図で「ワレメじゃん」と言えるようになったのは最近(ここ数年)の話である。ひっくり返してビッグデータとして扱い、変曲点として数学的にピックアップ出来るはずである。

・プレート間地震とプレート内断層相互干渉運動を同列に扱うのはいかがなものか

前も書いたが、気象庁はこのエリアの活動パターンに関する知見を持っていない。なれば「想定される最悪の事態」に留意し、交通路が確保されたら、近隣自治体等へ「疎開」することも念頭に置くべきではないのか。

千葉の時との相違を列挙する

・千葉では震度2程度が中心であるうえ、震源から遠いため、初期微動-主要動のパターンは維持され、「来るぞ→ホラ来た」と身構える事が出来た(仕舞いにゃ慣れた)
・比して震度3-4以上が直下から来るパターンが殆どで、ほぼ、身体・心理的な身構える猶予はない
・グラフとこれまでの知見からでは傾向予測はできない

直下なのでM値が小さくても震度は大きくなる。また、建物は「耐震」であっても「何度も」耐えるようには出来ていない。マンションのつなぎ目(エキスパンションジョイント)切れた事例があったが、あれは切れた後もう一度来たらどうなるのだろう。

●収束のシグナルは?

「早く収まりますように」という祈りにも似た声を聞くが、冷酷に考えるに横ずれ断層系なので、ストレスは隣の断層にそのまま転移する。「収まる」メカニズムが中々見つからない。しかもデカいのが短い間隔で次々来る。父親が「松代群発地震」(1965-1970・有感62000回/最も多かった日は582回)を知るが「小さくて短いんだけど、しょっちゅう揺れてた。慣れて怖くは無かった。熊本のは一々大きいから辛いだろう」一般に震度4になると多くの人が恐怖を覚えるが、それが1日36回。更に6強まで数回ずつ。察するに余りある。

とはいえ周囲と過去にヒントはないのか、

Swjapan1

地表の運動(再掲・京都大学サイトより)

20160416013006395160125

震度分布。これらを見るに、切れ目は東は伊予灘、西はEq29

こやつが昨秋唐突に起こった事につながるのではないのか(これも横ずれで辻褄は合う)。

●南西九州古文書地震リスト

1498年、日向灘
1596年、別府湾で津波を伴う地震。1ヶ月前よりたびたび地震が起きていた。(M7.0)
1619年、八代で麦島城損壊(M6.0)
1625年、熊本城天守閣損壊、火薬庫爆発(M5.5くらい)
1662年、日向灘
1698年、豊後(M6.0)
1700年、壱岐・対馬(M7.0)
1703年、豊後(M6.5)
1705年、阿蘇、坊の大破あり
1723年、肥後・豊後・筑後で強く揺れる(M6.5)
1749年、伊予灘(M6.7)
1769年、日向灘(M7.7)★1768年~1771年は沖縄トラフ沿いに地震が多発
1792年、地震と共に雲仙岳天狗山が山体崩壊を起こし島原海に落下。津波を起こし対岸の肥後で大きな犠牲を生じた。「島原大変肥後迷惑」という。雲仙岳は「地溝帯」の西北端にある。(M6.4)
1828年、長崎・天草(M6.0)
1831年、肥後(M6.1)
1848年、熊本城で石垣に被害
1889年、熊本市直下(M6.3)
1893年、鹿児島(M5.3)
1899年、日向灘(双子、M7.1とM6.9)
1909年、宮崎県内陸深発(M7.6)★1913年まで鹿児島・奄美でも地震活動
1914年、桜島大正噴火(M7.1)
1922年、島原地震(双子、M6.9とM6.5)
1931年、日向灘(M7.1)
1938年、東シナ海(M7.2)
1939年、日向灘(M6.5)
1941年、日向灘(M7.2)
1961年、日向灘(M7.0)
1968年、えびの地震(M5.7/M5.0/M5.6及び1ヶ月後M5.7/M5.0)
1987年、日向灘(Mw6.6)
1997年、薩摩(Mw6.1)

2016年、熊本、大分(M7.3他)←イマココ

「熊本で大揺れは経験が無い」
今生きてるアナタはそうだが、双子とか、M5クラスが多数とか、理科年表から沢山拾える。20年ほど黙り込んで突如動く、何度も繰り返している。

島原地震とか、えびの地震とか、もう一度見て、今の知見で検証しておく必要があるんじゃないのか。

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コメント

【 原子力規制庁 前長官 池田克彦、川内原発の再稼働を許可。審査の適正さが疑われる件 】

原子力規制庁 前長官 池田克彦(2012年9月~2015年7月)。

埼玉県警察 本部長 在任時に、埼玉県警察学校長が、前任の校長による業務上横領を報告し、処分を求めた。
しかし、県警上層部と共に、これをことごとく無視。

県警 最高幹部による重大な不正を正さない人物。
原発 再稼働審査の適正さが疑われる。

【 埼玉県警察学校 校長 小河進 副校長 岩淵敏雄 が業務上横領 】
http://blog.livedoor.jp/saitamalvdoor/archives/8291218.html

【 本部長 】

2004年4月~2005年8月 埼玉県警察 本部長 警視監 池田克彦
2005年8月~不明 埼玉県警察 本部長 警視監 加地正人

【 警務部長 】

2005年3月~不明 埼玉県警察 警務部長 警視正 牛嶋正人
(就任後、警視長に昇任か?)

【 首席監察官 】
2005年3月~不明 警務部参事官 兼 首席監察官 兼 監察官室長 警視 伊藤茂
(2005年4月1日 警視正 昇任)
~2007年3月 監察官室長 警視正 伊藤茂

【 埼玉県警察学校 校長 】

2002年9月~2004年3月 朝霞警察署 署長 警視 小河進
2004年3月~2005年3月 埼玉県警察学校 校長 警視正 小河進 業務上横領
2005年3月~2006年3月(退職) 交通部長 警視正 小河進

一般財団法人 埼玉県警察福祉協会 理事 小河進
http://keiyu110.org/about/structure/

【 埼玉県警察学校 副校長 】

2002年9月~2003年9月 越谷警察署 副署長 警視 岩淵敏雄
2003年9月~2005年3月 埼玉県警察学校 副校長 警視 岩淵敏雄 業務上横領
2005年3月~2006年3月 羽生警察署 署長 警視 岩淵敏雄
( 2006年3月~2007年3月 羽生警察署 署長 警視 鷲平保雄 )
2006年3月~2007年9月 装備課長 警視 岩淵敏雄
2007年9月~2009年10月(退職) 警務部理事官 兼 監察官 兼 第三方面本部副本部長 警視 岩淵敏雄

【 埼玉県警察学校 庶務・厚生担当事務官 】
庶務・厚生担当事務官(警部級)は、内田義昭か? 

~2001年3月 厚生課 事務吏員 内田義昭
2001年3月~2003年3月 鴻巣警察署 会計課長 事務吏員 内田義昭
2003年3月~2005年3月 警察学校 校長補佐 事務吏員 内田義昭
2005年3月~2007年3月 運転免許課 課長補佐 事務吏員 内田義昭
2007年3月~2011年3月 交通機動隊 隊長補佐 内田義昭
2011年3月~2016年3月(退職) 秩父警察署 会計課長 内田義昭


12月6日 さいたま県警の元幹部でさいたま市警察部長(警視正)まで務めた警察OBの田中三郎氏(60歳)が、埼玉県県政記者クラブで記者会見を行って、元埼玉県警察学校長等 を 業務上横領の疑いでさいたま地検に告発したことを明らかにした。
 
記者会見には、「明るい警察を実現する全国ネットワーク」の代表で田中氏の代理人である清水勉弁護士と同ネットワークの会員で「市民の目フォーラム北海道」代表の原田宏二が同席した。
 
埼玉県警察学校の学生と教職員の任意団体「校友会」が、構内の売店業者から売上金の3%を「助成金」名目で上納させていたが、告発状によると田中氏の前任だった平成16年当時の校長(警視正 既に退職)は、庶務・厚生担当事務官(警部級)に「助成金は、当時の副校長(警視)に渡すよう」に指示し、平成16年4月から12月までの間の「助成金」計約125万円を「校友会」の出納帳に記載せず、
当時の校長や副校長ら3人が着服したとしている(告発状はPDF参照 http://www.ombudsman.jp/fswiki/wiki.cgi/akarui?action=PDF&page=%BA%EB%... )。

警察学校長に着任して、犯罪を取り締まる警察官のイロハを教えるところである警察学校に不正経理があることを知り愕然とするとともに、警察幹部として求められるルールに従って、警察本部長(警視監~キャリア)、警務部長(警視長~キャリア)等の県警上層部に報告したが、ことごとく無視され、改めて警察の自浄能力の無さと隠蔽体質を知らされる。

 田中氏は、こうした県警上層部の態度は、警察改革に逆行するものであると考えた。

 そして、警察が自浄機能を発揮することが無理ならば、本件事案の真相を明らかにする唯一の手段は司直の手にゆだねる以外にないとの結論に達し、平成20年の定年退職を待たず、職を退いた上で告発をすることにした。

 以下、田中氏の説明や当時の新聞報道からその経緯を追ってみよう。

1 使途不明金を知った経緯について

 警察学校では、平成17年3月22日付けの人事異動で、校長、副校長のほか、新設された庶務・厚生担当調査官(警視級)が新たに配置となり、庶務・厚生担当課長補佐(警部級)も交代となったことから、引継ぎ書類の点検や所掌業務の把握の過程で、使途不明金の存在が判明した。

 また、田中氏と前校長(元警視正、既に退職、被告発人)との事務引継ぎが警察学校校長室で行われた際、校内の売店から「助成金」を受け取っていることを知り、国家公務員倫理法で利害関係者からの金銭等の授受が禁止されていることもあり、田中氏は警察学校内で売店を営む業者から金銭の提供を受けることがあってはならないと判断し、早急に是正することを決意し、即刻、売店業者からの「助成金」の提供を辞退したという。

2 田中氏が講じた措置等

 田中氏の説明によれば、当時、警察学校長として、次のような措置を講じたという。

(1) 校友会の収入金については、前記の使途不明金を除き、いずれも校友会収入として金銭出納帳に記載され、いずれも支出の経緯及び領収書等の証拠書類が保管されていることなどから、単に帳簿記載上の単純ミスではなく、上級幹部がかかわる非違事案に発展する疑いが認められた。

(2) 本件事実を認知した後の平成17年3月下旬に、学校長から非違事案を調査する首席監察官(警視正)に電話速報するとともに、副校長等が同年7月末までに、少なくても4回にわたり、関係書類を本部に持参して事実関係を報告したほか、学校長自らが警察本部長、警務部長ほか関係部課長に口頭報告を行い、事実関係の調査を依頼した。

 しかし、その後においても、本部の対応が不明であったことから、平成17年9月26日、首席監察官に調査状況を確認したところ「上司の指示でそのままにしてある」との回答があったため、このままでは、後々県警の対応について非難を受けるおそれが懸念されたことから、再度、県警として適切な措置をとるように要求した。

 その過程で「これを調査したら北海道警のようになってしまうが、それでもいいのか」と詰め寄られる場面があったという。

  さらに、平成17年10月25日に、8月12日付けで交替した新警察本部長に対して事案の概要を報告したが、その後においても本部の調査の進捗状況は不明のまま推移した。


埼玉県警 不祥事
https://twitter.com/saitamatwitt

原発40基、詳細点検せず=配管腐食、再稼働の川内・伊方も-電力各社
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017011400162&g=eqa

島根原発2号機で見つかった空調換気配管の腐食と穴=2016年12月21日、松江市(中国電力提供)
http://www.jiji.com/jc/article?g=eqa&k=2017011400162&p=0170114at24...

 運転中や運転可能な全国の商用原発42基のうち40基で、重要設備である中央制御室の空調換気配管の詳細な点検が行われていなかったことが14日、原発を保有する電力9社と日本原子力発電への取材で分かった。中国電力島根原発2号機(松江市)の換気配管では腐食による穴が多数見つかっており、事故が起きた場合に機能を維持できない恐れがある。

 中国電は昨年12月、運転開始後初めて島根2号機で配管に巻かれた保温材を外し、腐食や穴を発見。必要な機能を満たしていないと判断し、原子力規制委員会に報告した。

再稼働した九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)や関西電力高浜原発3、4号機(福井県)、四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の点検でも保温材を外していない。点検方法は各社の判断に委ねられており、規制委は全国の原発の実態を確認する。
 中央制御室は原発を運転・監視する中枢施設で、運転員が24時間常駐する。通常は配管を通じて外気を取り入れ換気するが、事故発生時には外気を遮断し、機密性を保つ機能が求められる。

 原発を保有する各社によると、島根2号機と北陸電力志賀原発1号機(石川県)を除く40基で、保温材を外さないまま配管の外観点検が行われていた。40基には東京電力福島第2原発の4基も含まれる。外気取り入れ口付近の目視点検や異音検査などが実施された例はあったが、配管の保温材を全て外した上での目視確認は行っていなかった。

 40基の内訳は
北海道電力 泊原発1~3号機、
東北電力 東通原発1号機、同女川原発1~3号機、
東京電力 福島第2原発1~4号機、同柏崎刈羽原発1~7号機、
中部電力 浜岡原発3~5号機、
北陸電力 志賀原発2号機、
関西電力 美浜原発3号機、同大飯原発1~4号機、同高浜原発1~4号機、
四国電力 伊方原発2、3号機、
九州電力 玄海原発2~4号機、同川内原発1、2号機、
日本原子力発電 東海第2原発、同敦賀原発2号機。

(2017/01/14-19:19)

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