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2019年8月13日 (火)

ARのポケGOからVRのSAOへ

ポケGOでさんざ遊んだ後。

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中華街でランチバイキングをして。

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ガチ昭和の生き残りな電車に乗って。

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秋葉原へGO。なに?横浜から東京までJRの特急乗るバカ?「2時の10分前に秋葉原着」で丁度いいのが踊り子号だったのさ。ガラガラの自由席でお一人様510円也。普通列車のグリーン料金より安いわ。

さて、秋葉原へ移動した目的はこれである。ラノベ「ソードアートオンライン」のイベント。

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ARなりVRなりで入り込むゲームの世界を「異世界」とした……みたいな世界観のお話。その世界をプレイヤー気分でお楽しみいただけますってコンセプトのイベント。娘が好きなのでチケット買ってお上りさん。で、ゴーグルでもかぶって中のボスキャラとドンパチ出来るか……と期待したが。

まぁ、うん、360度動画でした。いいけどね。

この話に出てくるデバイスや概念は「あー今の技術で可能ね」というか、ゲームの方に現実が追いつきつつあるというか、そこそこのラインにあるので、技術屋の端くれとして「実現性」を念頭に横目で見ている感じ。ちなみに展示の中に作者川原礫氏のコメントがあって「ちょうどポケモンGOでレイドバトルが始まった頃に映画公開だったので、レイドバトルという概念も理解しやすかったんじゃないかと」……小笑い。

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↑要はこういうことをスマホの画面を使わなくても出来るようになるかなってのが昨今の技術レベルで、氏も意識していると確認。その辺を認識しつつ作品がどのくらいのリアリティ持ってんのかなってのがおいらの興味。ただ仮想現実系のくせにあまりのめり込めない困った状態。その理由は「おっぱいアニメ」の要素が強いから。ストイックでいいはずだし女の描き方が童貞目線。そこで「あー」っとなって引いちゃう。

終わって娘に付き合ってSAOアイテム探し。会場イベントオフィシャルの他、「アニメイト」「ゲーマーズ」などつまみ食い。娘の手持ちがパンパンになったところでオレのターンとなり「書泉ブックタワー」。

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荷主や運送業でもないのにこんな物買っちゃう。病気は着実に深刻さを増している。

悪いことして帰路につく父と娘であった。

2019年5月22日 (水)

相対性?

「一瞬一秒が惜しい」

なのでちょっと歩くにもポケGO仕様の爆速モードを使用している。家の中でこれ使ったところで目的地への到着が0.5~2秒違うに過ぎない。だが30回それをやると1分作れる。1分あればうんこができる(きたねぇな)。これは大きい。「移動速度が光に近づくほど移動者の時間の進行は遅くなる」…特殊相対性理論であるが、それは大げさにしても、何らの生産や整理に寄与しない「移動」の圧縮で相対的に時間を作れるのは意義がある。

で、これで参ってしまったのが「封筒で書類を送る」という作業である。メールでぽん、の世界に住んでいると、コンテンツを紙媒体に具象化し、封筒に所定の宛先・差出人を記入し、コンテンツをこれに収めて封をする、という作業が実に時間の無駄と感じる。「お手紙」の全否定であり異論は認める。ただ、コンテンツを伝達する、という目的の達成方法としてはそのための手間がかかりすぎる。作業中何も生み出さないので効率は低い。そういう仕組みが保持されているのだから仕方がないが、それである必要はないことを「やらされている」感が大きく、手書き嫌いも手伝って億劫で仕方がない。ハンコ文化と親和性が高いので容易になくならないと思うが、認証の電子化を進めて時間の圧縮を願いたい。文字通り「光の速さ」で情報が遅れる時代に何で人手で運ぶ必要があろうか。

相対性理論とうまくつながったので良しとして風呂に入るw

2019年4月16日 (火)

まぁ永遠に保持は無理ではあるが

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あーあ。

原因究明はまだ。消防士たちの尽力で貴重な財宝はなんぼか守られたとか。

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それもこれも絵みたいだが現実だから困る。外観は石造りに見えるが、床面や屋根裏など骨組みには木材多用とか。まー火や熱源を使わずに分解修理とか難しいわな。いくら注意しても静電気とか摩擦熱とか起きないとも限らない。

「修復」は可能だがそれは決してオリジナルではない。そこがつらい。

2019年4月 1日 (月)

平成Last30days

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…ライブ中継キャプってるヒマあったら仕事しろと。

令和。命令の令とかぬかすサヨクがおるが「令嬢」の令の意だわ。ただ、短歌クラスタのはしくれとしてはこいつが万葉集と気付けなかったのは屈辱ではある。

さておき、「平成」の発表は状況が状況だけに「歓」「喜」「嬉」といった文字と無縁のイベントだったが、今回はおめでたい話としてよく、早速ネット・ツイッターでも大喜利状態である。ローマ字表記だと令和元年はR1だからヨーグルトであるとか、18年はR18だが平成はずっとHだとか。

ちなみにこれは中国の古典や故事成語ではなく、国書から取られたという意義は大きい。しかも万葉集は身分性別に関わらず採用されており、平等性とか国民あまねくみたいなニュアンスからも抜け目がない。和は言うまでもなく。なに?巧言令色な物言いだ?やかましいわw

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今日はこれのために「エイプリルフール」はどこかへすっ飛んだ。さぁ新時代の扉へ向かおう。

2019年2月21日 (木)

滅び行く車内販売



JR各社の車内販売がこの3月改正で絶滅危惧種になる。惜しむ声当然多いわけだが、自分も首肯しかねるが。

「商売」としては終わりではないのか。

長距離移動手段が鉄道しかなかった時代は、列車の中で飯を食わざるを得ず、供食サービスは必然だった。しかし今、最も長時間走るのは東京-博多や函館くらい。しかも食料調達の手段は多彩になっておるので、「無くても困らない」のが実際であろう。「それが楽しみ」という顧客相手の「サービス」としての存在意義しかなく、金儲けが求められるようになった時点で時代にそぐわなくなったのだ。いつ回ってくるか分からない。欲しいものがあるかも分からない。それは「コンビニエンス」の時代にミスマッチであろう。「儲からない」が理由なら仕方ないと言う他ない。鉄道会社がそういう意識ということだ。高速移動手段の提供…そこへ収斂して行く。それ以外求める人は自分で予め入手してください。

以前、中央線の鈍行で笹かまぼこを売りに来た。総武線佐倉駅には立ち売りの弁当屋がいた。

平成の終わりは昭和の残照の終焉でもある。

2018年11月 3日 (土)

かぼちゃの炎に託された思い

元々は、ケルトの祝祭。万霊節とも。

そう、コスプレイベントと成り果てたハロウィンの大元の話です。

ケルトの年始はこのサウィン。「太陽が一番沈んだとき」(冬至)を含む期間の初日を指します。

サウィンは冬という「夜が長く暗い」時期の始まりであり、緯度の高い北欧ではそれは一層強く感ぜられます。加えて緑は失われ生命は躍動感を失い厳しい寒さが来る…それは「死」と直結したことでしょう。ただ、それは「終わり」ではなく、新たな始まりと置くのがケルトの特徴だったようで、10月末日で終わり、収穫物を捧げて11月1日を迎えるというのが定着していったようです。この時、かがり火を焚いて、捧げた収穫物…屠った家畜の骨を投じるというのがあったようですが、これは「死に打ち勝って温かい光の季節を再び迎える」という決意的な意図もあったようです。

さて、ケルトの祝祭ではその年に亡くなった方のための席も用意されました。この辺はお盆の習わしのある日本では説明が容易な話です。ケルトには死者の国(マグ・メルやティル・ナ・ノグ)があり、生きたままこれらと現世を行き来でき、妖精はどちらの国にもいます。すなわち現世と死者の国に不可逆な境目は無く「戻ってくる」という発想があって当然と考えられます。ちなみに、冬期の荒れた気象や人畜を襲う狼、病魔などは、行き場を失い悪霊化した魂の仕業というとらえ方もあったようで、なれば亡くなった霊を「いつ帰ってきてもいいよ」ともてなしたのは納得が出来ます。

・「イタズラするオバケ達」は悪霊とされた災厄や、死者と共にある妖精や魔女の再現
・「カボチャに収まった炎」は、収穫物で開く祝宴で先祖を迎える炎であり、狼や災厄を追い払う炎である

遠いケルトの世界を生きた人々の「生きる」ことへの強い思い、裏返して「死」への恐怖と対決、「死に臨んだ父祖」への崇敬がここにギュッと、つまっています。

・参考文献
「妖精の国の扉」井村君江pp95-100←絶版。自己蔵書。
「季節と祭り一自然及び社会環境の視点からの考察」後藤信(社会情報学研究,Vol ,6,185−205,2000)←ネット閲覧可

2017年11月 5日 (日)

阿弥陀仏21th century

先んじて実家に戻った妻から電話。

『盛槽(もっそ)が欲しいんだけど常滑で売ってるところ分かる?』

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円柱形に仏飯を盛る治具である。

「常滑イオンに仏具屋さんあるよ」
『…イオンに!?』

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(あるよ)

今日は「二七日(になのか)」で副住職においで頂き、お経をあげていただく。

配られたのは抜粋版とおぼしき手のひらサイズの小冊子。中は読み仮名付きのお経。

「同朋奉讃式(どうぼうほうさんしき)と申しまして、皆様に一緒に唱えて頂くおつとめの形です」

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出典

副住職さんに併せて皆で唱える。もちろん、お経を正面から読んだ事はないよ。が、七五調になっているのでついて行くのは難ではない。字面にグサグサ来る物があるのはオレの四十九日が覚悟すべき内容である事を暗示しよう。

20分くらい。

「え?皆さん初めてですか?」

副住職驚かれたが、庶民向けに読み下しや抑揚の工夫されたたまものでしょう。

さて今日は娘の他に甥っ子が孫から参加したが、甥っ子は明らかに退屈気味。「入り込めない会話」じゃ仕方がねぇ。

「ポケGO付き合うか?」
「行く行く!」

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常滑来てポケGOで遊ばない手はない。

さぁ、月曜日が来る

2017年10月 2日 (月)

そりゃ円盤も廃れますわな

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「コンテンツの内容を見る」だけで、そのデータに直接アクセスできるなら、手のひらでいいもんね。足を運ぶ必要も、品切れを心配する必要も、延滞料金の心配も、全部ない。

コンテンツは円盤で、という向きは、デバイスを持っていない&操作できないか、映像と音声の質にこだわり、個人として所有したい、という方だろう。多く所有したい人とこだわる人は同一なので、要するに円盤は今後マニアックアイテムに成り果てる。それは当然、マスマーケットから外れた世界であるから、売れ行きは限られるし、中間に存在する流通業という形態は成り立たなくなる。ツタヤ必死も当然だろう。そしてこれは同時に、オマケで円盤購入意欲を煽るという手法はコンテンツの実力を反映しない、こうなる。その昔ライダースナックがシールだけ抜き取られてお菓子捨てられるという事態になったが、同じで、権利が目当てで円盤オマケ、が実態であろう。ここに流通コストを考慮した場合、ダウンロードで確率ガチャとした方が、その辺ごっそりコストカットできる上、物理的スペース(オマケ円盤を置く場所)も不要なので、全体としてそちらへ動く可能性はある。ただどうであれ、供給源のマスタデータに消費者が直接アクセス出来るわけであるから、中間業者は不要となる。

エジソンに始まる記録メディア・円盤産業の落日を我々は目にしているのかも知れない。

2017年4月 5日 (水)

再編の始まりか?

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ビクター系の楽曲配信サイト「HD-MUSIC」がサービスを終了する。「みろハイレゾの詐欺がバレてきた証拠じゃ」いやいや。

ココの場合、間違いが2つ指摘できる。まず、開設が遅きに失した。その分、金銭的お得感や「ココだけのコンテンツ」などで囲い込みが必要だったが、いずれも先人の後塵を拝した。ポイントが付くわけでなし、ここでしか聞けないものがあったわけじゃなし。他で十分足りる。選ぶ意義はない。次に「単なるビット拡張」をハイレゾと称して売ってしまった。「ニセレゾ」まで言わんが、どう理屈をひねり出しても44/16のデータ変形以上の何物でもなく、だったら44/16のまま安価で売れやってことになる。ハイレゾは「レコード時代の名盤」をアナログからハイレゾに起こして売っているもの非常に多く、応じて「高価格機器を持つ高年齢層」が買うようだが、アナログを近似状態でデジタル化していることに意義があるのであって、元々CDフォーマットのデータを拡張したところでそれ以上のものにはならない。なまじハイレゾ手を出す層はそれなりの知識があるので、理論が言うこと以上のものにコストは投じない。

まぁ、誰も困らないだろう。しかしビクターのやることは何もかも中途半端だ。剛胆さがないというか。そうオリジナリティのないことばかりしてると、存在そのものが希薄になるぞい。

さてこれはダウンロードしてストレージに置いておく配信の話だが、クラウドから常時流し込むストリーミングでも「乱立共倒れ」から「共存生き残り」へ向かいはじめたと聞く。良く書くが、昔レンタル音源をカセットテープにダビングしていた代わりが、スマホで動画を見る。なのだ。コンテンツがタダで視聴できる以上、金銭を動かすにはそれ以上の「価値」が求められる。その点、ストリーミングのお気に入りに入れておくのと、動画のお気に入りでリピート再生に何らかの差は見いだせない。「タダで見聞きできないならいらない」「タダのやつだけで十分」こうなってしまう。「アイドル」が集団で喚いているだけじゃダメだし、再生機器にコスト投じて応じた成果が得られないとダメである。そして二つのダメダメは金出す主義の音質オヤジが最も嫌う双頭であるから、誰も金を出さない。こうなる。そのくせ?そのせいか?売る側は円盤にインセンティブ付ける。「お金出してちゃんと音楽を聞く」層が置いてけぼりになっていないか。そういう層を「開発・覚醒」させる気はないのか。

アーティストの楽曲を広げることが主体だろう。円盤を売りさばくのが目的ではあるまい。

Kalafinaの新曲を落とす。歌詞カードも購入者特典も無いしフラゲも出来ないがハイレゾ。

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歌詞データくらい付けてクレメンス。

2016年11月 7日 (月)

短歌スイッチ

結社(同人サークルのような物。作品を月刊誌で発表)に属してしばらくになる。ここで「壁」を感じている。

「短歌にしてえ!」という感情が突如わき起こり、実際三十一文字が紡がれて出てくる、という経験は10代の頃からあるにはあった。そのわき起こるタイミングでたまたま笹公人さん(Eテレドラマ「念力家族」)のラジオに接する機会があり、作品が取り上げられた。で、結社に誘われた……のであるが。

突如わき起こる、をコンスタントに誘発することは難しいのである。意図的に短歌を詠もうとすると、記憶の映像と文章に関するテクニカルなエンジンが恣意的に疾駆される。だがそれは短歌としては不自然なのである。読めば画面が思い浮かぶ、でもただそれだけ。それが現状の自己評価。一つ判ったのは何かテーマを決めて縛らないと散漫になってしまって感情を惹起するような領域に至らず、そぎ落とさないとギュウギュウに詰め込んで31文字にまとめただけ、になる(テクニカルな部分)。この辺、理屈をねちねち積み上げて行く理系的な思考論述が邪魔をしている。要するに詩人ではないのである。リリックな風景を日常から切り取る感性が圧倒的に不足しているし、レンズとして収斂する能力が圧倒的に不足している。小説はスケールやスピードのコントロールが出来る反面、動きを止めるのが難しい。一方短歌は一瞬を通じて高速を描いたりする。

・詩人ではない
・理屈屋
・テクニカルエンジンはそこそこの性能

で、感情を揺さぶる力積を持ち、一定数の「量産」が効くか。

勿論そこにはエンジニアならではを感じさせる部分が無いとオリジナリティが出ない。良作の二番煎じや受け狙いでは「核」が備わらない。

技術や発見、理論は「いつかお話のネタになるかも」とちょいちょい調べることがある。それがインプットであるならば、短歌につながるインプットが別途必要だ。

言霊よ我に力を与え給え。

言霊「そののべつスマホからまず目を離せ」

へい。

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