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2016年4月 8日 (金)

守るためのテクノロジー

緊急警報放送

が、電気・電子・情報の分野で産業の発展に貢献し、国際的に高い評価を受けてきた歴史的業績を表彰する「IEEEマイルストーン」に認定された。

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日本で開発された技術による同賞は他に

・家庭用ビデオVHS(1976) 日本ビクター
・電卓の先駆的開発(1964-1973) シャープ
・東海道新幹線(1964) JR東海
・富士山頂レーダ(1964) 気象庁館

といった面々で、「マイルストーン」……追って振り返り、「ああ、エポックメイキングだな」と思われる物ばかりである。

さておき。

「東日本大震災」を物語にまとめる、と書いた。それは個人的な救助シミュレーションでもあるのだが、そこでこういうシチュエーションと「対策」を書いてみた。

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震災では津波の予想高さが後で「10m以上」に修正されたが、停電や携帯電話の混雑でそれを本当に届けたい人には届かなかった。そこで、準天頂衛星から直接個々人の端末に放り込めば、としたのだ。

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これを、形は少し違うが実際始めるらしい。

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有料記事なので引用が過ぎると怒られるが。

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命に関わる話だから少しいいだろ。この図で言うところの右上である。危険な場所にいる人に応じた情報を直接叩き込む。物話の中ではもう少し踏み込み、各自治体で自治体ごとのテンプレ文書を用意しておき、どっちに向かって逃げろとか、避難所へ走れ距離Xmとか、細かく送れ、としてある。まぁ、出来るし、やるべきだろう。ちなみに「マイルストーン」のリストの中にある「富士山レーダ」も、元々は一番高いところに気象レーダを設置し、台風の接近を早い段階でキャッチしようという、同様な救命精神の産物である。準天頂は更に高所から、更にきめ細かく、多様な情報を放り込むように「進化した」と書けるだろうか。

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仙台空港滑走路。海など見えない。だが津波に飲まれたことはご存じの通り。このことは、単に「津波警報」を出しても、自分がその対象かどうか判断できないとダメで、「アンタは危険だから逃げなさい」と直接放り込む必要性を示唆する。

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自分のツイッターアカウントは、緊急地震速報が出ると、揺れの広がりを画像付きでツイートするように仕組んである。自分の発言を見ることで、マグニチュードと到達時間を知ることが出来る。ここに「アンタ今ココだ」も出せるようになる、と考えれば良い。

日本は「平和な国だ」という。一方で「守るために戦う」というシチュエーションは大好きだったりする。数多時代劇、正義の味方のヒーローたち、プリキュアだってそうだ。そしてそれを、実際に、日本を守るために、次々に実現させてきた。

これこそ、科学技術の正しい使い方であると、我は信じる。

2015年1月18日 (日)

荒野の言霊使い、平井和正。天使の元へ旅立つ

自分が「文章書き」を趣味とするきっかけになったのは小学校6年の時である。学芸会でオリジナル脚本の劇を出そうという話になり、何か知らんが色々思いついた。以降創作して形にするという作業が面白くなり、「小説を書いてクラスに回覧する」というのもやった。そして中学2年で担任から「これ読んでみたら?」と勧められたのが平井和正「幻魔大戦」である。

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超能力アクションの体を取っていた。念動力=スプーン曲げ程度の認識しか無かった男の子には、用いて空を飛び、地球外生命体と戦う。そしてテーマは聖書の黙示録に出て来る天と魔との最後の戦いハルマゲドン…

鳥肌が立った。ただ、ご存じの方も多いと思うが、途中から当初の石ノ森章太郎との共著漫画のノベライズ、ではなく、主人公たる超念動者・東丈(あずまじょう)が立ち上げた啓蒙団体「GENKEN」を主体とした話に変わって行く。聖書の知識が必要で中学生には理解に重く、一旦離れる。その間、ウルフガイ(狼男)シリーズに手を出す。

不死身の狼男が展開する激しいアクション、暴力、どすけべぇ(笑)。虜になった。「ここまで臨場感を伴い面白く感じさせることが文章で可能なのか」それは感嘆を通り越し、いろいろと自分の固定観念にゲシュタルト崩壊を起こしたし、何より自分自身の文章の書き方が変わった。小説は書くくせに課題の作文は原稿用紙1枚埋めるのに七転八倒…だったのが、非・自発的文章でも勝手にフレーズが沸いてくるようになった。創作おもしれぇに作文おもしれぇが重畳されたのだ。高校の入学課題で夏目漱石「こころ」の感想文を出せ、というのが出たのだが、原稿用紙10枚あっさり書いた。以降、何だかんだ書いていて、このブログだし小説はこっちである。

そしてこの2015年1月18日深夜2時。何故か起きていて氏の訃報に接した。トランキライザーを囓るかの如く服用し、文字通り身を削って書いていたのは知っていたが、近年は病床にあったようだ。

言霊…文字に文章に宿る魂のことで、それは創出された文章における主体、その文章の魂そのものと言って良いが、氏は「創作は言霊を召喚すること」と公言されていた。巫女の託宣そのものである。もってして、自他共に認める「荒野の言霊使い」であった。一般に作文はあらすじを「考えて」そこに肉付けして行く、少なくとも教科書にはそう書かれているが、そうではなく、思い浮かぶままに書いて行けば自ずと完結するし形になる。作品の魂がそうさせてくれるから、というのである。オカルトそのものの物言いだが、例えば原稿用紙1万8千枚に達する「幻魔大戦」シリーズにあらすじ(プロット)を立てられるか?

「それは嘘。創造や創作は経験の凝縮、記憶されたパーツの再構成」

それも一見同じようなアウトプット作業を生み出す。だがアウトプットに発明や新たな概念そのものが現出するのはどうなのだろう。ってか、小説でそれやったら部分剽窃の集合体になっちまう(オレの物語が影響受けてないことは否定せんよ。基本的に超能力アクションやし)。

心理学では「創造的思考」を経験と模索の結果で説明しており、万策が尽きて解決手段があれば「論理的飛躍」を持って啓示を受ける、としてある。ベンゼンの化学的構造がリングでした、等を例に引いている。

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しかし、全部、「それ」か?

言霊の宿った創作物は自ら意思を持ち、作者によって文字に込められた意図を達成すべく事態を動かすという。これは他ならぬ短歌における日本古来の言霊の解釈である。これは短歌を「一首二首」(首=頭=考える主体=魂の首座)と呼ぶことと調和しているように思える。平井和正で「言霊」という言葉を知り、一昨年に「首を突っ込んでみた」短歌でまた言霊に触れるなど、それこそ言霊の導きとしか言いようが無い。って何を言ってるんだこの電気技術職44歳は。

自分の創作もほぼ勝手に出て来る状態だが、これが「言霊」と言って良いのかどうか分からぬ。ただ、そうであれば任せておけば良いので、出て来るままに書いて載せてある。才能の有無とか商業化できるとかそういう次元ではなく、創作物にまとめておきたいという根源的な思いがあり、紡ぎ出すエンジンが出来ているのでお任せ、という状態。いわば創作原理主義で、作文システムだけこのブログや会社の論文書きに使っているw。ちなみに短歌はというと、現状託宣系とロジカル思考系の双方存在する。どっちかに収束する感じではなく、一瞬の物語は前者に、皮肉やパロディなどは後者で「生産」されるであろうという概略が見えてきている。

どんな創作物が面白いと感じるか、および、文章の書き方を軸とする生き方そのものに一定のベクトルを与え、根幹となる柱を形成していたのが、自分にとっての「平井和正」という存在と言って良い。天へ召されたのは残念だが、確固たる何かは自分なりに持ったので、悲しいとか気力を無くしたとか、そういう感慨はない。

だから、ご冥福とか、RIPとか、そうした言葉で氏を送りたくはない。うんそう、自分が言葉にするなら。

ありがとうございました。

2013年10月25日 (金)

短歌詠むこと物語紡ぐこと

この物語は歌人、笹公人さん()のラジオ番組中の発言
 
「『短歌くん』というキャラクターがいましてね。いつも短歌書くための短冊持ち歩いているんです」(註:「すのぴさんそれいて欲しいなぁって空想キャラだからね」by笹さん)
に触発されて出来たものである。短冊は大げさにしても、ノートや手帳に短歌や俳句を作っちゃ書き留め、ていう方はあろうし、スマートフォンでツイッターなど、こと日本においては、そのためのデバイスなのではという気すらする。
 
元より物語に関しては「書きたい」という衝動に駆られて書いている節があった。そのショートバージョンとして「これ短歌にまとめたい」というのも、ある程度の割合存在した。前述笹さんのラジオ番組で短歌を募集した際に、その出されたお題に衝動が反応した。で、応募してみた結果、結社へ誘われ、塩尻で3ショット、となるのである。なんぞこの急展開。
さておき、もちろんそういう流れであるから、短歌に関して積み上げは皆無である。そこで色々試した結果、結局のところ必要なのは「短歌にまとめたい」という衝動であることに帰着・回帰した。脳内で活動するエンジンも、物語紡ぐのと同じ場所である。すなわち得られる結果は天啓待ち(後述)に近い。ある意味で楽ではあるが、ある意味無理ゲーである。物語は浮かぶまま気ままで良いが、短歌は結社に属した以上コンスタントなアウトプットが必要になるからだ。最も物語自体量産が効く状況になっているので、短歌も衝動働く(何だこの似た文字3連発)ように、アンテナの感度を上げて対処しているところである。ただ、短歌の大いなる特徴は「歌」であることだ。つまりリズムがある。物語は速度もリズムも好き放題コントロールできるが、短歌はある程度束縛する。ただそこに如何にして突っ込むか、が醍醐味とも言える。共通点は「稠密さ」と書けるか。だらだら引き延ばそうとしたらいくらでも伸ばせる。美少女だと表現するのに産毛輝く白い二の腕とか始めればエロスまでくっついてくる。だが本質とは無関係だからバッサ切る。冗長を切り落として本質を純化結晶し、それで臨場感備えればベストと言えるか。さて私はどっちについて述べたでしょう。ね?一緒でしょ?百枚二百枚引きつけて引っ張れば勝利。三十一文字から無限を見せればまた勝利。オレの場合ね。ちなみにこういうギュウギュウ押し込むのって、日本人古来大好きであることに注意されたい。縄文土器の文様から万葉の建築装飾から蒔絵に螺鈿、模型やフィギュアもその系統。単に精密なだけでは無い。ギュッと詰まってる。エレクトロニクスの小形化軽量化の波に乗れたのはある意味当然。
戻って。
この話では一切のコントロールを「二人」に、とりわけ彼女に任せた。プロットもシノプシスも作っていない。いやいつも作ってない成り行き任せの極北、前述の通りある種天啓待ちとすら言えるものだが、それにもまして作ってない。文字通り沸いて出るに任せて放っておいた。また、書き出すに当たり「彼女」が条件を付けてきた。BGMにうちやえゆかさん()を使えというのだ。彼女が物語の魂「言霊」だと仮定するなら、過去に例の無い「ニュータイプ」。そして仰せのままにできあがってこうなった。ぴたり20回・10月最終土曜日に最終回・しかもその日は塩尻の短歌フォーラムのテレビ放送日。偶然だけでこういう結末を迎える確率はどのくらいなんだろう。蓋然性を吟味せよってか。
以下に作中歌(川柳含む)を掲げる。基本短歌をブログに掲げるつもりは無いので(そればっか見せられたらアレでしょうが)レア。
 
レアな人友達自体がレアアイテム
どこにいる動く天然記念物触らないから姿を見せてよ
生き延びた妙(たえ)なる命よあるがまま
彼氏なぞ欲しいとも思っていなかったのに今目の前にその人のおり
吾(あ)は見たし木星の縞土星の輪今宵あなたと二人っきりで
吾の君(あのきみ)と夜の逢瀬と親には言うから
ラブラブならいいんじゃないかと思うけどあなたと私の二人の世界
一筋の光描いて天を行く天空先端研究所のあり
天才のこぶと言いたる天体を我は輪としてこの目で見たる
数多なる光と同じに見えたるも真の姿は他とは違う
目の中に手のひらの中に見えつつも実際の距離は幾十億キロ
麦わらのツバかと思いし輪のありて無数の星のくずの集まり
斜にしたシャッポをかぶったその姿次に見えるのは十数年後
星虹(せいこう)は亜光速だと君が言い星虹の如く人生を思う
幾千の星の光に守られてあなたとわたし二人の始まり

2013年9月29日 (日)

真理一つ

「強い思いが強い歌に結実する」
.
昨日短歌フォーラムで選者の方が評したこと。
おっしゃる通り。逆に言うと故意の作為は自ずと表出してしらける。お話書くのも同じ事。感動の押しつけは最悪の結果を招く。
.
だから経験が物を言う。故あって出来上がってきた物語達だと言い切れる。
「妖精出てくるが?」
何匹何種類の昆虫を手にしてその生き死にを見てきたことか。
「超能力ネタは?」
ニヤリ( ̄ー ̄)
.
自分は「ピンホール」である。現実が自分を介して写像をなす。
異星異世界は不向きだとハッキリと悟った部分でもある。「ネバーエンディングストーリー」のようなゼロから違う世界を創出するのはまずムリだ。それは弱点だが、一方で現実ベースに自然科学的裏付けを盛れる。これなら誰でも想起しやすいすなわち臨場感を持たせる分には有利に働く。
.
弱点を補填すべきか、弱点は捨て去って強化点を伸ばすべきか。
会社組織なら文句なく後者であろう。赤字部門は切り捨てる。
.
いま一つ課題にしていることがある。その現実の中で最も強い思いを得た経験。東北地方太平洋沖地震をどう扱うか。
.
発生前の時点ではあれとかこれで扱った。ただどっちも理屈と古文書・・・すなわち伝聞ベースだ。
.
そして、古文書の内容に、実体験で裏書きが付いた。
.
前記「あれ」の娘は地球の裏側まで6秒という機動力を有する救助隊に所属している、という設定である。
東北地方太平洋沖地震を物語の核に据えるなど、現時点でも不謹慎の誹りを免れないかも知れぬ。
だが、だからこそ克明に書かねばならぬという義務感みたいなものもある。その状況にその救助力を投じた時、何をどこまで出来るのか。そして出来ないのか。
そこには多分「次までに備えておくこと」が明確化されるであろう。
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問う。君ならどう行動する。
.
(仮題)「大和撫子(但し魔法使い)」

2013年5月17日 (金)

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった・・・を魔改造する

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ほぉ。
健全なおじさんだから「宇能」に反応してしまうわけだが。
文体をまねるというのはいわゆる物まねと違って相当難しい。
なので「オレ流」雪国。
.
 律動にも似た前後の衝動と、伴う窓ガラスの揺れが息切れしたように鳴りを潜めた。
 機関車が力行を終了し、絶気とよばれる惰力走行状態に移行したのだ。峠を越えた証であり、列車は応じて速度を徐々に上げて行く。
 小さな汽笛が聞こえ、明かりの中へと列車は躍り出る。
 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
 積もり覆った雪は音を吸い込んでみせる。車体に直接伝わるレールの継ぎ目をたたく音は、篭もっているが軽やかだ。
.
 まぁこんなもんかwってこれ列車の描写だww。
.
※当方新海誠作品好きです。そういう理由でw


2012年11月20日 (火)

物語の終わらせ方

リドルストーリーとか、
バッドエンドは個人的には好きではない。
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(君たちのことではない。クリックで公式)
読後に「いい夢を見た朝のように」素敵な気持ちになってほしいからだ。逆に言うとそれだけのために話書いてると言っても過言ではない。
フェードアウトも好きではない。自らタクトをビタッと止める。自然な楽器の余韻は許可する。それが理想だ。
でも、死ぬのはある。
うん、ただ、それは命と引き換えに重い何かを主張しているはずである。死と遭遇することは生き方を変える。逆に言うと死を知らないと生きる重さに気づかない。
だから死を書くときは綺麗に書かない。むしろ投げ出したくなる程グロテスクで丁度良いかも知れぬ。損壊であり分解であり腐敗である。
失恋もある。ただ、失恋は始まりでもある。だからそれはバッドエンドとは呼びたくない。
物語にはそれぞれ自律して動く魂が宿っていると思っている。言霊(ことだま)という奴である。平井和正さんの受け売りではなく、実感としてそう思っている。従って予定調和という言葉を否定する。
ただキャラクタがキャラクタの性格ゆえに特定パターンの終わり方が出て来ることは否定しない。それが予定調和だというなら前言は撤回しよう。でも多分、言霊のゆえに全部が全部そうにはならない。
妙なこと書いてるが、要するに「ことば」が軽んじられてる気がするなぁと思っていてだらだら浮かんだことを書いている次第である。昨今の「歌詞」という奴の語彙が貧困とは常々ブツクサ書いているが、物語もまた然りである。「心に残る」とよく言うが、単に(良いにつけ悪いにつけ)印象が強いのと心の糧になるのは別の話である。後者は自らを変え人に働きかけ要するに何かを動かす。「あれいいな」「なりたいな」これは心の糧である。
ズルいので最新の科学的・技術的知見には常に接することができて取り込んで反映できる。これがいわゆるパターン化やテンプレ化の防止のみならず、語彙自体の増加にも寄与していると考えている。知見をわかりやすく説明するには応じた言葉やたとえを必要とするからである。
また思うに、自分ンとこの話の娘たちは良く「考えている」と思う。この考えている場合は往々にして書いてる側も一緒に考えてる場合が多い。「……」という表現あるが、これを間やタイミング、思わず無言、擬音化困難(下品)な絶叫、以外に使ったところはないはずである。「絵」と「会話」を主とするマンガはさておき、文字を武器として経過を描く場合にそれを使うのは逃げであろう(あーあ言っちゃった)。
知見に基づき考える。それは多く主題の本質を露わにし、提示された問題の解決を与える。
そこに「完結」が見えて来るのではないか。

2012年7月19日 (木)

【恋の小話】カエルの子はかえう

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たまにゃこっちでお話を。おい、指は木じゃねーよ。
 ★
 夏になって、カエルが鳴くと、いつも思い出す心残り。
 小学校最後の年、好きだったあの娘に「プレゼントだよ」とウソ付いて、顔にカエルをくっつけて泣かせた。
 悔しかったから。
 ずっと、ずっと、オレと仲良しだったのに、急にあいつと喋るようになったから。
 悪いことしたかな、とちょっと思った。カエルが嫌いなこと、もちろん知ってた。
 親に言いつけるかな、そしたらオレ怒られるな。そしたら、謝ればいいや。
 でも、何も言われなかった。だから、謝るタイミングを失った。
 そのまま、何も喋らないまま、オレは卒業し、引っ越した。
 後悔したのは、ずっと、ずっと、後になってから。
 傍らにいつも長い髪の毛が眠るようになってから。
 辞令に懐かしい街の名前を見た時、オレは最初にあの娘の所に行こうと決めた。散歩してくるから……よちよち歩きの手を引いて連れ出した。
 過ぎた時間は長すぎた。知らない道が出来ていたし、知ってた田んぼはもう無かった。
 公園も遊具がすっかりボロボロにさびていた。この向こう、そう思った時、公園と判った子どもが走り出した。
 砂場で遊ぶ知らない子。一緒に遊ぼう、オモチャ貸して。おいおい。
「ああ、ごめんなさい、いきなり」
 オレは保護者と思しき若い女性に頭を下げた。
「いいえ構いません。……私も小さい頃近所の男の子にやられました」
 その笑顔。あれ?まさか。
 すると。
「かえう」
 砂の中から、緑色のアマガエルを見つけたのはウチの娘。
「パパ、こえ、こわがるひともいるんだよね」
「えっ」
 目を丸くしたのは若い女性。ああ、やっぱりそうだ。
「そうだな。パパ小さい頃、仲良しだった女の子の顔にカエルくっつけて泣かせたことあるんだ。でも、ごめんなさいっていうの忘れちゃってな」
「でも、その女の子は、その時の経験のおかげで、大きくなって生まれた男の子と、一緒にカエルで遊べるようになったんだって」
 どうやら、うちの子に最初の友達が出来そうだ。
「パパ、ごえんなさい、は?」
 はい、ごめんなさい。

 カエルの子はかえう/終

2010年12月 5日 (日)

「Edyでコンビニ」onココログ広場

Edyで」
 格好を付けて読み取り機にかざしたら東急ハンズのカードだった。もう耳まで真っ赤だ。
「私もスーパーのレジでポイントカード出したつもりですまして立ってたら、銀行のカードだった事ありますよ」
 店員はそう応じたが、笑いをかみ殺しているのが透けて見える。後ろの行列からの視覚圧力。早くしろ。判ってるよ。でもこのままじゃオレノジソンシンが。
「誰しも経験あるんですね。さりげなく誤魔化せる笑える一言はないもんでしょうか。『いや、これは君に』と告白にすり替える。独身者専用ですね。君みたいに可愛らしければいいですが以下自粛。あ、、昭和なオヤジはお呼びでない、お呼びでないね。
 我ながら昭和人だ。もう寝ろってな。
「いや、もう『すいませ~ん』つって素直に笑うしかないですよ。ひたすら笑うしかないですね。そして何事もなかったかの様に立ち去る」
「怪人20面相のようにわははははと笑いながら立ち去るわけですね。わかります。でも1分後警備員室に座ってるような気もします。じゃ」
「ああお客さん、会計はちゃんと済ませてえ〜っ!」
「あれ?さっき払ったじゃん」
「ぷふっ=3 そんな事言ってごまかそったって駄目なもんは駄目です!金払えエエーーっ! ガシッ!」
 集まる衆目。払ったつもりだが払ってなかったのだ。しかし間違いを認めないのが大人というモノだ。
(あれおかしな方向に;)
「ああっ!おでんにエクレアが落ちちゃったじゃないですか」
 どんな組み合わせだ。誰もが思うだろう。でもこのクロスカップリング滋味なのだ。
「店長ーっ!万引き者捕まえましたー」
 店員は叫び、
「いやいや、エクレア食っておでん頂く、アリだと思います。でもその前にお金を払っていただきます」
「え?まだ買う物あるんですけど」
 オレは咄嗟に店の隅を指さした。
「あの小倉抹茶スパゲティ温めてもらえますか?」
「それは失礼致しました。ですがそのような商品は当店では取り扱いございませんが」
「え?特設コーナーにあるじゃないですか。ホットコーラとか、カルピスマックスコーヒー割りとか。食べるくさやの付け汁とか」
 オレがまくし立てた時、風格ある人物が店の奥から出てきた。
「万引きだって?」
「いえ店長私の早とちりです。ウチのニッチサービスコーナーのラインナップをこよなく愛してくださる良いお客様です」
「だから言ったろう。食べるナントカはブームになる。常識を覆すようなモノも食う時代が来るって。お客様の細かなニーズにお応えするのが『コンビニエンス』ストアの主旨だ」
「はぁ」
「あ、電話だ。じゃ、そゆことで」
 オレはメールの着信音を奏でる携帯電話を手にすると、タッチして耳にあてがいながらそそくさと店を出た。
『地区防犯メール。空き巣事案発生』
 警察から本当に電話が掛かってきたのはその数分後。オレが借りているアパートのベランダから、賊がぬか漬けの壺を盗み出して行くのを宅配屋が目撃したという。
 
教訓:自業自得。
 
(終)

オリジナルつぶやき:「摩天楼」さん&すのぴ。
会話形式の小説文体化加工、換骨奪胎処理:すのぴ

2009年8月30日 (日)

妖精に出会う方法

折角なので昨日の続きでこんなネタで書いてみましょうか。

井村さんのテキストを開くと。
「日の出前に摘んだ四つ葉のクローバーを頭に乗せる」
ふむふむ
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※ マネしないでください←普通しません

おーいエウリー、越境。
「はい」
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(画・TAC)
エウリー。左上「創作物語の館」看板娘。無論大元はギリシャ神話のニンフ、エウリディケ(Ευρυδίκη/Eurydike)。略称は話を見てくれた友人の命名。

ニンフは本来、万物に宿る精霊を意味する。エウリディケもその点では泉の精である。従ってニンフを妖精とするのは正しくないのだが、これはギリシャ神話がヨーロッパへ伝搬する際、概念を説明する適切な語がないため、近似であるケルトの妖精「フェアリ」を持ってきた、とする説がある。

彼女がオレの脳内に訪れてかれこれ15年になる。当時からお話書くのは好きだったわけだが、「ありきたりの話は書きたくない。何か『絶対あり得ない話』はないか」と考えていたところに、文字通り立ち現れたのが彼女である。「私じゃダメですか?」成る程、妖精自身が主人公というのは余りない。

不思議なつきあいはこの時に始まる。

ニンフ系とフェアリ系の双方の要素を有し、虫の目線。最近人造物質の解析用に小型のコンピュータを持っている。
彼女はスタート画面を伴って訪れる。オレは書き出せばよい。追いかけているうちにエンディングにたどり着き、起承転結とテーマが浮き上がる。出来上がってから全てが分かる。仕事は文字に書き起こすだけ。木を植え続けるように命じられ、終わってから森になったと教えられるが如し。

虫飼っていて彼らの行動はよく見ていたから、その経験が生かせる(人格化して現れた)と心理学的には解釈できるかも知れない。ただいかんせん自立的で不随意。理論的にこじつけるよりも、実在してあるがまま書いてるだけと言った方が実態に合ってる。ただ単に「同じ世界に住んでいないから見えない」だけ。

フフ。バカ書いてるんじゃねーって?
←張り付いてるココロって「ブログ妖精」ですぜ。

えっ?見たいけど逢ったことがないって?

「日の出前に摘んだ四つ葉のクローバーを頭に乗せる」

日が出る前の暗闇の中で、四つ葉のクローバーを探してみて。

2008年9月28日 (日)

魔女と魔法と魔術と蠱と【15】完結

 電車が運転を再開したらしく、轟音を立てて鉄橋を行き過ぎた。
 男の子が身じろぎしたタイミングで、相原は腕をほどいた。
「出血止まったか?」
 男の子は下を向いたまま頷いた。
「あんたさ……」
 枯れた、ぼそぼそした声で、彼は訊いた。
「あん?」
「姫様と……け、結婚してんのか?」
「まさか。立場知ってんだろ?偽名用に貸してんのさ。従姉妹って設定」
「彼氏?」
「非公認。そういうことは本人に訊けや」
 相原はスッと身を引いた。
 向き合う二人。
 目の下を赤く腫らした彼。
 硬い表情で唇を噛みしめ、麦わら帽子を手にした彼女。
「質問していい?」
 彼は問うた。
「ええ」
「終わり?」

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