目次のページ
●連載タイプ(なし崩し的に量産実装)
(現在2編)
「桜井優子失踪事件」(最終更新【25】)(12/21)
「彼女は彼女を天使と呼んだ」
●短編集
(現在7編)
「町に人魚がやってきた」【1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】【11】
(現在7編)
(現在18編)
(このページの最終更新12/21)
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「わからんよ。ふーん、海の底でも生きてられるんだなぁ。それで?」
先生そこ医者として大いに突っ込む所じゃないのか?
いいけど。
「はい。まぁ、海の神様の所へ行け、という話だったので、海の底って坂になってるんですよね。そこをてくてく歩いて行きました」
「大陸棚か」
「大陸斜面だろ」
「どっちでも行き着く先は海溝でしょう」
しかし萌えボイスで学術用語言われると……イイなぁ。
「でも海って少し潜っただけで真っ暗って聞きましたけど」
「それが底の方がむしろ明るいんですよ。鍛冶場みたいに真っ赤で、温かいんです。そこで神様とお会いしました」
「へ……」
オレ達は揃って絶句した。
神様を見た?
「こんな感じの殿方で」
人魚が言う〝殿方〟とは……おじさんのこと。
「オレか?オレ神様か?いや~社長とか大統領になったことはあるけどなぁ」
「そういや飲み屋の客引きって神様ワンセット3000円ですよとか言いませんね」
「僕はぁいつも『先生』だけどな」
そりゃそうでしょ。
以下、人魚は神様と会話したそうだ。その内容をそのまま書くとこうなる。
神「何しに来た」
人魚「地震の鎮魂の生け贄です」
神「生け贄とな?命を引き換えに何を求める。オレはどうすりゃいい?」
人魚「地震と津波を起こさぬように」
神「そりゃ無理だ。大地神明の理(ことわり)を欺けば、より大きな災いを生み、アカホヤの如く地引き裂け国滅ぶ」
一旦戻る。この神様のセリフの意味するところは?
すると先生は腕組みしてう~んと考えて。
「プレートテクトニクスに無用な干渉をすれば、解放されるべきエネルギが蓄積され続けて歪みとなり、もっと大変なことになるぞ、という意味だろう。自然を制御しようという人間の思い上がりに対する警告だ」
(つづく)
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【秘5】
ちなみに、治水に人柱という因習の元になった、或いは因習に基づいて作られた神話のひとつが、件の日本武尊、浦賀水道の走水の海(はしりみずのうみ)の話と言えるだろう。この神話では后であった弟橘媛(おとたちばなひめ)自らが生け贄となって入水するが、中には前例踏襲を繰り返した挙げ句、当初の主旨が忘却され、殺すことそのものが目的に転化した例もあると見るのが自然ではあるまいか。法や校則が金科玉条と化すように。
その結果。
「うんそう。古い時代は通りがかりの旅人を拝み倒してなってもらったり。どころか村全体で罠に嵌めて襲ってとか。後世それが犯罪と定義されると、捨て子みなしご、身よりが無い人をわざわざ人柱用に確保したりね。村で育てて年頃になったら川へってわけ」
登与は恐ろしいことをさらりと言った。
その場の大人達が絶句してまばたきもしない。もちろん21世紀の日本であって、それを現実の可能性として捉える必要はない。
ただ。
「高千穂さん。過激だよぉ」
「あ、ごめんなさい……」
失踪という現実においては行き過ぎた物言いと思う。
「失言でした。麻痺してるかも」
神話伝承の類に命捧げる話が多いのは洋の東西を問わず。その筋の書物ばかり触れていれば〝慣れ〟も出ようか。
或いは古の遺伝子の発露か。太古、〝命〟に神への捧げ物として最大の価値を見出しつつも、殺人行為に禁忌が無かったのは、それこそ〝神〟たる存在の故に霊的世界の存在が当然だったからであろう。
「それで、行方不明は蛇神様が嫁に持って行った、か」
佐原龍太郎が感慨深げ。プロセス省いて頭と尻をくっつけるとそんな伝承になる。
そして、伝承だけでは〝真実〟は隠される。
「でも昔の話……」
祖母殿が心配げ。
「ええ。ただ、この蛇神の嫁取り系の話には、少なからず本当の行方不明が含まれていると思うんです。私たちがそうであるように、大昔の子どもだって家出企てても変じゃない。現代と違うのは、闇雲歩くとそのまま戻れないことがある。ああこりゃ蛇神様の嫁取りだ」
そこで理絵子は気付いた。
「蛇の嫁取りに、意図した殺人だけでなく、子どもが同じように家出をして、山野や水辺に迷い込んで行方不明になった例があるなら」
考えの一部が独り言となって口を突く。今、理絵子の裡には、言語に直せば〝来る〟という予感がある。
「行方不明の〝名所〟があるなら」
その手の場所は枚挙に暇がない。別にいわゆる心霊スポットに限らない。富士山樹海、もっと身近に東京・高尾山(たかおさん)の裏側。
(つづく)
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【秘4】
「家族の愛情が強いと感じるからこそ、出たくなるんです。迷惑をかけてるんじゃないかって。自立できてないっていう自覚の自己嫌悪で」
登与は超常能力のゆえに化け物と呼ばれ、学校や屋外で疎外された。
家族だけが味方だった。
だからこそ、自分の存在が親や周囲に余計な手間を生んでいるように思えた。
登与はその背景を〝いじめ〟に置き換えて話した。いじめの被害者になった自分が悪い。良く見聞きする自責の念。
……ちなみに、これを逆に書くといじめて良いかという話になるが、無論、肯定する要素は微塵もないのであって、被害者たる子が責任を感じる必要はない。また、どんな大人も子どもを守るのが最大の責務であり、相談を受けて迷惑と感じることはないと特記しておく。
「でも、結局親がいないと生きて行けない自分に気付いて、そして家出で更に迷惑掛けていると嫌悪して、なのに優しく迎えてもらえて。嬉しいけど悲しくて悔しいんです。だから私には、優子さんの気持ちが判る。そして、私は黒野さんのお陰で家出を考えなくなった。優子さんも同じだと思う。警察が捜さないというなら、私たちは私たちなりの方法で彼女を捜すまで。義理じゃないんです。友達として仲間として。少し前の私自身への答えとして」
言葉が熱く迸る。一気に喋って肩で息する登与の瞳は、まるで誰かが乗り移った依り代のよう。
「何と申し上げて良いやら……一度ならず二度までも。もう恥ずかしくて。ありがたくて……」
祖母殿の身体から力が抜け、横座りになってしまう。向き直ろうとしても再び体勢が崩れてしまう。
祖父殿が背後に回って支える。
「いえ、友達ですから。差し出がましいことをお尋ねしました。申し訳ありませんでした」
理絵子は頭を下げた。これ以上、辛いことをお話しいただくつもりはない。
彼女のことは、それだけ判れば充分。
祖父氏が言う。
「そんな滅相もない。それどころか丸ごとありのままに受け止めて下さった。流石理絵子様とお友達の皆様だと感心いたしました……ただ、あの、神隠しではないかというのは、そうした事も関わっているのかと気になりまして。ご承知いただいた上でお話した方がよいかと」
「蛇神の嫁取りですか」
登与が言わば〝風土記外典〟である件の漢文書物を開いて言った。
「それって治水の人身御供の話じゃ?」
理絵子は言ってから意味する内容の恐ろしさに気付いて身震いした。
水害治水の願掛けに人柱。よらず日本の各所に伝承がある。荒ぶる川の流れはのたうつ蛇神。
(つづく)
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「ああ、これ地図か」
されど、その地図はスーパーのチラシに描いてある〝当店位置〟のレベル。
縮尺も、どの地区かもワカランでは探しようがない。そもそも日本なのか…まぁこの人魚日本語喋るし、日本と考えるのが自然なのだろうが。
各人でその〝地図〟を回して眺める。
「これだけじゃ正直ワカランなぁ。どこに何しに行きたいか、差し支えなかったら教えてくれんか?」
おじさんの質問に、人魚はまずお茶を飲み。
「話せば長いんですけど」
「おお、ええよ」
「延宝(えんぽう)五年の話になります」
「1677年だな」
先生即答。水戸黄門大好き。
「そら長いわ」
「なゐ(地震)とかいしょう(海嘯・津波のこと)がありまして、これは海の神のお怒りだとお告げがあったとかで、人身御供を出そうと言うことになり、私が」
「なんだ短いじゃないか」
先生ちょっと待ってください。彼女は元は人間で生贄として海に入って、そのまんま何百年か生きていて人魚になってしまったということになりますぜ。
「延宝地震か」
おじさんが訊いた。
「後世の方々はそう呼んで?」
人魚の問いに、回答は萌えボイスから。
「揺れは小さかったのに津波は大きかったって地震かしら?」
「はい」
「じゃぁ、その地震だわ」
先生、頷いて膝を打つ。
「なるほどなぁ。神様のお怒りと感じるだろうなぁ。揺れは小さかったのに津波ばかりがでかいんじゃぁなぁ。しかし、お前さん良く生きてた。なんでだ?」
「それが海に投げ込まれた直後は苦しくなって諦めたのですが、その後突然楽になりまして」
「それは死んだんじゃなくてか?」
「私もそう思ったのですが。どうも海の底だと息ができまして」
人魚苦笑い。
「先生、それは医学的にどういう」
オレが訊くと。
(つづく)
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【秘3】
「お嬢さん、漢文を?」
それは、古文の授業を経験した大人であれば、誰もが持つ認識に相違あるまい。
「ええ、好きなもので」
「そうですか。これらは風土記編纂の際に収録されなかったもの、と聞いてきました。登与さんと仰いましたね。漢文がお判りになるとは大した物だ。住職も全部は判らないと仰っておられたのだが。優子は大変な皆さんを友達に持ったものだ」
「本当にねぇ。身寄りもなかったあの子が」
感慨のため息が混じった祖母の言い回しは、サラリとした、という表現が似合うが、しかし、含まれる言葉のあまりの重きに。
理絵子は目を見開いて振り仰いだ。
「身寄り……初耳です」
理絵子は思わず祖父母の顔を交互に見つめてしまう。
「マスターは?」
岩村正樹に尋ねるが、首を左右に振る。
過去、優子が自分の生い立ちについて語ったことはない。唯一話した〝過去〟と言えば、前の彼氏と同棲状態だった、程度。
「東京からも……」
「何も、本人からも全然」
それは、本人が言わぬ以上聞くべきではないし、知る必要も無いのかも知れぬ。
ただ、少なくとも今回の事態とつながりがあるような気がする。家出を繰り返したこと、強固すぎるカギのこと。居候のような自室のこと。
「そうですか。でも、あなた様ならいずれ知ること。お話しすべきことです」
祖母殿はそう前置きし、順を追って説明した。
端的。彼女は養子であった。
子どもの出来なかった東京が託児施設から引き取ったのだった。
しかし、突然誰かの親になるにせよ、突然誰かの子どもになるにせよ、
「お互いどう接していいか判らなかったと思うのです」
思春期を迎え、彼女は次第に生活が荒れ始め、〝両親〟を避け、時々家を出るようになる。
理絵子が知る限り、その挙げ句同棲めいた事態になる。当然未成年者略取となって、追っ手が掛かって〝同棲〟は自然解消。〝彼氏〟は逃亡。本人は出席日数が足りなくなって進級できず、2年生をもう一度。
理絵子と出会うのはその春新学期である。中学生出入り禁止のいわく付き喫茶店に、学級委員の娘が出入り。
マスターの介在によって、桜井優子の理絵子に対する心理的障壁は一気に取り払われた。
「親の愛が重すぎたんだね」
登与がさらりと、しかし凄い言葉を口にした。
「彼女の気持ちが判ります。私もありますから家出の経験」
〝天使〟と呼ばれる登与の美貌で瞳が強い。
(つづく)
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「エビと小麦粉、デンプンを練り固めた物よ。塩で味を付けて植物油で揚げてある」
萌えボイスが答えてカリカリ。
「えらく詳しい答えですね」
オレが訊いたら。
「あら、この位この職にある者として把握してて当然でしょ。アレルギーやカロリー制限については常に念頭になくちゃ。リスクの自己管理ね」
そんなもんか。
「僕はぁ。こんな菓子の成分まで気にしたことはないなぁ」
先生、その血圧なら塩分は余り気にならないと思います。
「ふ~ん」
人魚は寄り目になるほどえびせんをじいっと見つめて、真似してカリカリ。
「……なるほど、アカエビ、キシエビ、サルエビ」
「入ってるエビの種類が判るのけ?」
驚いたのはおじさん。まぁおじさんも調理場の人だから、舌は肥えてると思うが、えびせんの〝原材料〟をテイスティングするのはさすがに無理か。
「時々エビの種類が変わってるのは知ってたが。具体的な品種まではなぁ」
それでも種類の変化判ってたんかい。
以下、しばらく人魚囲んでおやつ。ぽりぽり、かりかり。
人魚囲んで。
ちょっと待てそれでいいのか。
「で、何で海岸に打ち上げられてたわけ?」
オレは訊いた。
「おおそうだよ。何か忘れてるなぁと思った」
おじさんが膝を叩いた。
「ああ、忘れてました。ええとですね」
人魚はこともなげに言い、慣れた手つきで粉だらけの手をパンパン叩いて、
「ここを探しに来たんです」
どうやら首に何かぶら下げているらしい。波打つ見事な金髪をたくし上げ、ゴソゴソ。
さすがに見慣れたお乳の谷間。細いチェーンの先に水晶のインゴット。手のひらサイズの六角柱。
中をくりぬいて何やら紙が丸めて入れてある。ネジ式の蓋を開いて取り出す。
手渡されたそれの感触は和紙。何か描かれてあるが、広げると文字というより幾何学模様。真ん中には穴が開いている。
「地上では、何がドコに置かれているか、このような模様で表すとか」
(つづく)
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【秘2】
「これはこれは……遠いところを」
「お邪魔しております」
理絵子は登与と共に畳の上に膝を揃えた。
「ああ、あなた、今日はもうおひとかたお嬢様が。こちら殿方は……」
祖母殿が説明する前に、マスターが正座。
「表のバイクの者で岩村と申します。彼女達を乗せて参りました。お邪魔しております。いきなりで申し訳ありませんが、道路地図をお持ちでしたら拝借を」
「ああ、はいはい。あ、理絵子様。これは住職より借り受けた古い書です。何か参考になれば」
祖父は段ボールを理絵子の前にドサッと置き、地図を探しに奥の間へ歩いて行った。
登与が箱の中を覗き込み、わぁ、と声を出す。
「これ、本物の古文書じゃないですか?」
確かに江戸時代以前と思しき体裁の書物類である。虫食いだらけの本文に紙を継ぎ足し、綴じ代とし、紐を通した本。巻物も幾らか見えている。墨書きの文字は仮名書きはおろか、漢文で書かれた物もあり、本来なら博物館で学者が見るようなレベルであると想像される。
「いいんですか?私たちが見ても」
理絵子は襖の向こうの後ろ姿に尋ねた。
「一大事ということで、理絵子様がという話をしたら住職も快く」
「黒野さんって何者?」
登与が理絵子を仰ぎ見る。
「私じゃないから」
理絵子は手のひらを左右にぱたぱた振った。祖父はそう言ったが、実際には、タクシーを顔パスならぬ顔ツケで乗れる〝名士・桜井翁〟としての信頼の賜物であろう。
「さぁ、冷めてしまいますのでどうぞお召し上がり下さい」
「そうそう、腹が減っては戦が、ですよ」
遠慮も過ぎれば厚意を無にする。
昼食後、タタミの上に書物広げて検討となる。江戸の書物はでーでっぽ、すなわちでいだらぼっちの伝承について当時の学者が聞き書きしたものであり、巻物は日本武尊の伝説についてのまとめ。
問題は漢文の文書である。劣化防止であろう、1枚1枚ビニール袋に収まってファイリングしてある。本をバラした物ではなく、メモ書きをかき集めたような印象であり、紙質も個々に異なる。登与曰く、内容も一枚ずつ異なり、統一されたストーリーやコンセプトがあるわけではない。
「これすごい。神隠しとか鬼の人さらいとか、そういう行方不明の記録なんだけど。こんな古いの初めて。律令時代のものっぽい。何か震えちゃう」
白手袋でパラパラめくりながら、登与は言った。
ため息をついて胸元を押さえ、お茶を含む。律令時代……奈良時代前後であるから西暦にして750年前後か。
その実物に触れているとあれば緊張もしよう。
(つづく)
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「先生、平気そうですよ」
「そうかい?じゃぁ、まぁ、良しとするか、残念だが」
先生ションボリ。……て、患者が「イイ」と言ったら「イイ」ってのは、医者としていいのか。
「だけどカルテだけは作りたいなぁ」
「カルテ?」
首を傾げる人魚。さっきから話聞いてると、〝地上〟に関する知識は有ったり無かったり。
「まぁ、診察室へ来ておくれ」
「はい。あの、じゃぁここ入っていてイイですか?陸に長いこと上がってると重くて」
無論OK。バスタブストレッチャーをみんなでガラガラ押して診察室へ。
温水を足そうかと言ったら、嬉しいけど真水で充分というのでゴムホースで湯沸かし器。
「ゴムはいやです」
バケツリレー。
「生でもイイですよ」
凝った浄水器を通しているのを見ての発言。とまれバスタブにそれなりの湯水を継ぎ足し完了。
その間に先生カルテを書き書き。体温36.2℃……いつ測った?
「ふう。なんだかいろいろお手間を取らせたようでありがとうございます」
この辺、昨今のジャパニーズガールより言葉丁寧。麗しの身体をバスタブの中に横たえてゆっくりまばたき。それが〝お辞儀〟の代わりのようだ。確かに水中で頭下げたところで、でんぐり返って一回転。
「何か食べる?」
萌えボイス。
「普段。何食べてるんだい」
これはおじさん。
「わかめ、昆布、のり……」
「草食だねぇ」
「貝、タコ、イカ」
「想像付かんな」
「ウニ、魚は淡泊な方が」
「グルメだねぇ」
で、とりあえず医院のおやつとして準備していた〝えびせん〟登場。
「これ何ですか?」
人魚、一つつまんで一言。
(つづく)
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【疾2】(承前)
犬のコロは飛びついてきて理絵子をペロペロ。背後で仲間達と祖母殿が挨拶。
「こんな多くの皆様にご心配をおかけして……何と申し上げて良いやら」
「お気になさらず、友達ですから」
「仲間ですもん」
祖母殿は割烹着の裾を目元に添えた。
「ありがたいことです……本日は遠くまでわざわざありがとうございます。古いところですがお上がり下さい。オートバイは庭の空いている場所にどうぞ。お昼を用意してあります。お話ししたいことも御座いますので、どうぞご遠慮なく」
【秘1】
海産物と農産物は千葉の宝とか。
通された和室の座卓には、大皿に山と盛られた山海の幸の天ぷら。
しかもエビなど目を瞠るほど大きい。時刻のせいもあるが、空腹であることを認識させられる。
「まずはお召し上がり下さい。夫はもっと早くに戻ってくる予定だったのですが。冷めないうちに」
とはいえ、無遠慮にパクパク食べられる気分ではない。
「桜井さんからよろしくと仰せつかって参りました」
理絵子は切り出し、収集した情報と、今後の予定を整理して話した。優子は千葉の遺跡巡りをしていたのは確かで、安房の方を目指した。従って、探す目標は安房の遺跡であるが、色んな時代、種類の遺跡があり、どの種の遺跡に行ったかは、彼女が目指した意図を知る必要有り。
つまり、ある程度、でいだらぼっちが何者か、こっちも調べて仮説を立て、彼女の解答を探る。
「それでしたら、夫が今、寺の住職に古い話を聞きに行っております。参考になるかも知れません」
「それは、その神隠しの件ですか?」
登与が尋ねた。
祖母殿はゆっくり頷き、
「ええ、禁足の伝承を持つ遺跡を存じ上げないかと。あわよくば何か文献でも借りられたらと……ああ、帰ったようです」
祖父殿が帰宅したようである。コロが吠えている。庭先からこちらを覗き込む男性の姿。
「理絵子様がもうお見えかね」
玄関引き戸が開いて声がした。
「ええ。先に食事を召し上がってもらっております」
襖の向こうに現れた老男性。白髪だが地肌が目立つ頭部、ウィンドブレーカーにマフラーを巻き、両腕で抱えた段ボールの箱。
この家の主、桜井優子の祖父殿。
(つづく)
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【疾2】
「優子のおじいさまの家へ」
理絵子はRGVの後席に飛び乗り、マスターに向かって言った。登与は佐原龍太郎の愛機後席におっかなびっくりという感じで座する。
目的地まで移動距離は直線100キロ。東京湾を挟み、更に房総半島を横切って外房、太平洋を望む国道沿いの落花生農家。
「近くまで行ったら案内します」
男の太い背中にしがみつく。
「了解。出るぞ」
「千葉によろしくお伝え下さい」
「承知しました」
2台のバイクが出発する。二輪車の二人乗りが高速道路で可能となって久しいが、首都高環状線は別だ。中央高速を都心へ向かい、一般道へ降りて湾岸サイドへ出、東京湾アクアラインを東方へ一直線。
普通の乗用車であれば渋滞で時間が読めぬ。しかし二輪車は文字通り車列の間隙を縫って走り、90分で海上パーキング〝海ほたる〟へ達した。
「二人寒くはないか?」
「大丈夫です」
小休止して温かい物を飲む。千葉桜井家には更に90分程度と目算を伝え、出発。房総半島を有料道路で横断し、外房へ。
正午をやや過ぎる頃、バイクは理絵子の見覚えのある場所に達した。場違いな高層ビルが太平洋沿いに佇み、低い陽光に伸びた影を畑や林に落としている。無人の〝幽霊マンション〟である。バブル経済の頃に投機目的で建設されたが、誰も住むこともなく転売を繰り返し、やがて魔性の巣窟となった。前述〝御祓い〟を行ったのはこのマンションである。怪奇ブームの好餌にされ、以降買い手も住み手も共に付かず。
国道から交差点を折れ、細い砂利道に入る。畑の中の一本道で、霜が降りたか、ぬかるんでいる。奥に生け垣に囲まれた平屋の家屋があり、鎖に繋がれた犬が道へ出て来てわんわん……。
ニワトリもいたはずだが、寒いので小屋の中か。
家の中に割烹着の人影あり。白髪の後ろ髪をネットでまとめた老年の女性。
優子の祖母である。犬の声を聞いて視線を外へ。
砂利道をバイクはそろそろと進み、生け垣の前で止まる。応じて祖母殿が縁側から庭へ降りてきた。
「こんにちは」
理絵子はバイクから飛び降り、ヘルメットを取って顔を見せた。
「ああ、理絵子様。どうもどうも。主人は今、近所の寺へ行っております」
恭しいまでに頭を下げられる。
犬は理絵子と判じるや、吠えるのをやめ、一転、尻尾をぱたぱた。
「コ~ロ。元気だね。ちゃんとおじいちゃんおばあちゃん守っててくれた?」
(つづく)
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「何すかこの宇宙船の人体転送装置みたいなのは」
オレは思わず尋ねた。そいつは、ベッドの枕の部分に美容室のパーマ機械の巨大な奴をハイテクデザインで包んで設置した、そんな機械。この医院の外面を見て、中にこれがあると想像推定できる人は100%いない。
「3次元画像レンダリング連動オープンタイプ核磁気共鳴断層撮影装置なんだ
な。耳が遠くなって聴診器だけじゃ心許なくてなぁ」
「かっこいいでしょ?」
萌えボイスが言いながらスイッチオン。ランプやら数字やらズラリ点灯してイルミネーション。
「ほう、トンネルじゃなくて挟むMRIか。張り込んだなぁ。こいつは患者がうるさくないのか?総合病院のトンネルタイプは耳栓しても意味なしでいかん」
おじさんが言いながら、そのパーマ装置の下に頭を突っ込む。
「オレが聞く分には、うるさくないがな」
先生、確かご自身で耳が遠くなったと…。
てか、聴診器頼りからどえらい飛躍。
その時。
「すいません、感じるんですけど」
こざっぱりした娘の声。
え?
オレ達が声の方向に目を向けると、水槽の中からびしょ濡れ娘が半身を起こしてこちらを見ている。
人魚、気付いた。
「感じるのか?マグロじゃなかったのか?」
先生違います。
「その機械アタマ痛いんですけど」
人魚は頭痛薬のCMみたいに頭を押さえ、口から取り出した体温計でMRI装置を指さした。
オレは気付いた。
「あんた電波とか磁力とか嫌いか」
「て、言うの?これに限らず陸上機械からビンビン出てくる変なの。アタマくらくらする」
「先生、これで診なくても大丈夫じゃないすか?彼女これから出てくる電磁波に弱いんだよ」
「しかし骨折やその他の問題点が無いか把握しないと…」
「どこか痛い?」
オレは訊いた。
「いいえ」
人魚は速攻で首を左右に振った。
(つづく)
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【疾1】
呼び鈴が押されるより早く、理絵子は部屋を飛び出して行く。勝手知ったる他人の。
玄関引き戸を開くと、ツナギ服に身を包み、ヘルメットを手にした喫茶店マスター岩村政樹。及びもう一人、小柄だが、日焼けのせいか精悍な印象を漂わせる短髪の若い男。
連絡を取りたかった桜井優子の彼氏である。名を佐原龍太郎(さわらりゅうたろう)とか言った。
「連れてきたぞ。午後の実技は繰り延べ出来たそうだ」
「話は聞いた。正月から優子とは会ってない」
マスターの声を遮るように、佐原龍太郎は言った。
困惑の表情に理絵子は背景を説明する。彼女を乗せて千葉の遺跡めぐりに行ったか訊くも。
「いや、そんな話初めて聞いた。あいつとは学校とか勉強とか、そんな話はしたことがない。あ、どうも初めまして佐原と言います。いつも連れ出してすいません」
玄関先へ出てきた桜井優子の母親に彼は挨拶した。
「いいのよ。話は聞いてるわ。ただ、優子ちゃんはそういう話はあなたにはしないと思います。あなたのことを理絵ちゃんに話さないように」
母君は言った。
「あいつ、妙に律儀だからね」
理絵子は二人のやりとりを目で追った。
そこから浮き上がる優子の印象には、ある種の抱え込み、押さえ込みの意識の存在を感じる。彼に対しても、自分に対しても、相手に合わせて顔色を変えると言うより、自分の全部をさらけ出すのが怖い。
「とりあえず千葉に行ってみないか?」
マスターの言葉に佐原龍太郎が庭石を走り、自分のバイクにとって返した。
門扉の向こうに目をやると、バイク後席に大きな荷物が括られており、ロープを解くと赤いツナギ服にヘルメット。
優子が彼のバイクに乗る時に着るもの。
「えーっと、その子は?」
マスターが目を向ける。高千穂登与のこと。
「友達。出来れば一緒に。ああ高千穂さんごめん。この人出入り禁止喫茶のマスター」
短く声を交わす二人。
「もう一着あるから」
佐原龍太郎の荷物からは青いツナギも出てきた。
「カバンはウチで預かるわ」
「二人ともその上からこれ着ろ」
学生カバンを母君に頼み、セーラー服の上からツナギを着込む。映画ならセーラー翻して乗るのだろうが、冬のさなかにやることではないし、そもそも危ない。
髪の毛をゴムで縛り、ツナギの中に押し込み、ジッパーを引き上げて完了。
登与が着るのを手伝う。彼女の髪もまた長い。
(つづく)
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「おお、人魚だ」
「ウロコの色つやが悪いわ」
以上医療関係者の感想。
バスタブに身を伸べる。ぬるま湯程度に温めてある。
「あはん」
人魚の口からそんな声。ただ、気が付いたわけじゃない。
「おめドコ触っただ!」
おじさん、えらい剣幕。
「あ~、今のは違うんだな。肺の空気が温められて、圧力が上がったもんで気道から出てきたんだな。その時に声帯が震えて艶色に聞こえたと。ところで直腸温を測りたいんだが」
先生、電子体温計を片手に、サカナの下半身を持ち上げたりひねったり。
「直腸温って」
オレは思わず訊いた。文字に置き換えて、体温計の形状を考慮すると、どこからどうやって測るものか、自ずから想像が付くのであるが。
する?
まさか、と首を傾げたオレに萌えボイスの解説。
「直腸で測るから直腸温なんです。成人の場合括約筋の影響を受けず、さりとて直腸を傷つける心配の少ない5から6センチ程度の深さまでソーコーして……」
えーと、それはつまり、要するに。
待て。医者の診察って最初に直腸温だっけ?
「まぁいい。人間と同じかワカランが口腔で測ろう。えーと」
先生、人魚の口を開いて体温計をぱくっ。
……確かその体温計で挿肛しようとかさっき。
普段は?
「運び込むぞ」
ストレッチャーに老若男女群がり、女一人マイナスして、計3人でせーのでどっこいしょ。
水面に仰向けで失神状態の美女有り。
ストレッチャーを動かすと、重心の関係かくるりと回転して俯せ状態。
そのまま微動だにせず。傍目に非常に印象悪い。
「この体温計……防水だったかねえ」
先生、心配点が違うと思います。
院内に運び込む。確か昭和ヒトケタの建築と聞いた。古い建物のギシギシ言う木のドアを開けてもらい、ストレッチャーをガラガラ。鉄筋で建て替えればいいように思うが。
受付待合いを横切る。〝患者様〟がいないのは単に過疎だから。
行き先は診察室前を通過してその隣〝検査室〟。
(つづく)
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【呼3】
背後で襖が大きく開かれる。
「聞こえちゃって」
ノートパソコン抱えて登与が廊下へ出てきた。
画面を見せられるまでもなく、理絵子は知った。
本当にある、のだ。
登与の知識も踏まえて理解する。この列島は神々の御代を経て日本人の、人間の管轄に託された。それを神武天皇即位が象徴するなら、以来2660年超。21世紀現在ただいま、なお現存する禁足(きんそく)地。
神隠しの故に、柵で囲われて入れない土地。
千葉なのに?千葉だから?
「これは……」
登与が画面を母君に見せている。
「理絵ちゃん。優子ちゃんはここへ?このナントカ知らずで神隠しに、ということ?」
「何とも言えません。今はまだ何とも。ただ、彼女のメモにそこへ行ったという記述はありません」
それは掛かる問題に対する事実の一つ。
そして、焦点の定まった方針が一つ。
事態が動き出す、という実感を伴う予感が一つ。
理絵子は口を開く。
「お母様には警察ルートで大人の、現実的な対応をお願い致したく。私たちはおじいさま、おばあさまに安心してもらうためにも千葉へ行きたく」
電話の向こうにも聞こえるように。
「判った。親としてできるだけのことをします。そちらは任せて」
母君は強く返した。
理絵子は頷く。
「お願いします。……おばあさま、これからそちらへ仲間とお伺いしたいと思いますがよろしいでしょうか」
電話の返事は書くまでもなかった。登与も勿論頷いた。
電話を切る。すると間髪を入れず今度は理絵子の携帯電話がバイブレーション。
時を同じくしてオートバイのエンジン音。鋭い金属的な音響成分を含む。
「警察でしょうか」
「違います」
理絵子は言いながら携帯電話の発信者に目をやる。岩村正樹(いわむらまさき)……その喫茶店マスター氏である。表のバイクは氏の愛機であるRGV。つまり、携帯電話はの発呼は、来てみたが居るか?という意味であろう。
と、もう一台、大型の重い音が混じっている。
「はい。優子の家にいます」
『ヤツが来たから連れてきた』
ヤツ、つまり大型バイクの主は優子の現彼氏。
(つづく)
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【呼2】
受話器を代わる。そばで心配そうに見守る母君。
「はい、黒野です。ご無沙汰しております」
登与にはテレパシーで全通し。
『ああ、理絵子様。いえいえこちらこそ。あなた様にそのような、恐縮です』
ゆっくりした口調は優子の祖母である。印象はこの母君がそのままお歳をお召しになった、そんな感じ。〝様〟付けで理絵子を呼ぶのはその来訪時以来のこと。正直、恥ずかしいのだが、都度固辞しても、命の恩人だからと受け入れてもらえない。
「いつぞやはお世話になりました」
『いえそんな、それは私どもが先んじて申し述べるべきことで。今回もわざわざ優子ちゃんの為にご足労を。何と申し上げて良いやら。それで……実は、新しく何か判ったわけでは無いんですけれども、その件でどうにも胸騒ぎが致しまして、あなた様のお電話番号を伺おうと電話したところ、あなた様がお見えと伺って』
「何か思い当たる節が?」
電話越しのテレパシーの確度は知らぬが、胸騒ぎの中身はヒントになりそうだ。〝お祓い〟と書いたが、裏返せば憑依・取り憑きの類である。
経験者の胸騒ぎ。
登与が同様に感じたようで、自分に強く意識を向けているのを知る。
『神隠しでは、と』
「は……」
神隠し。
忽然と行方不明。何の手がかりもなく。
その後、瞬間移動としか思えない場所で発見されたり。
それきり見つからなかったり。
いずれにせよ、神様にしか為し得ない技であるから、神様がお隠しになった。
日本古来の〝心霊現象〟である。しかし理絵子自身は懐疑的だ。多くは人さらいや単純な行方不明が後年伝説になったものと考えている。なぜなら、本当に心霊現象であれば、現代でも尚引き続き存在するはずだし、自分の能力でなにがしか〝痕跡〟が拾えるはずだからだ。
しかし実際には時代を下るにつれて減っている。社会の近代化で阻止されているならば、神隠しの前提は山野と夜闇に紛れること。すなわち人為的の可能性大。
幾ら千葉が貝塚群に代表される古い土地とはいえ……。
対し。
『まさか、とお思いかも知れません』
古い土地だから……。祖母はそう言った。
21世紀に神隠し。
つまり、本気で心配される根拠が存在するということ。
「理絵ちゃん?」
受話器持ったまま、虚空を見つめて動かない理絵子に、母君が心配そうに訊いた。
(つづく)
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「人魚が…寝たらマグロだったのかね?」
先生違います。
「マグロと一緒にいるだけだで。えーと、その風呂桶は水入っとるんけ?」
おじさん水槽のバルブを開いて水を抜き始める。傍らで58歳の萌えボイス。
「さっき海水サンプル取って見たけど大腸菌が多いので。手持ちの海洋深層水と生理食塩水をしこたま」
語尾上がりの文末に「♪」とでも脳内で補っておいてくれ。
「何せ…ウチには何も資料がないからなぁ。まぁ大丈夫だと思うがねぇ」
これは先生。そりゃそうだ。人魚の資料があってたまるか。
「どう思うよ佐久間の。これで大丈夫か?」
おじさんは突然オレに訊いた。
「は?」
「あんだよ。インテリくせぇこと言うから判るのかと思ったじゃねーかよ。判らないならゴタゴタぬかすな。まぁいいや、お前が反対しても多数決で実行だでな。ほれ、中入って人魚出せ」
おじさんは言うと、脚立を「ハ」の字から更にまっすぐに伸ばし、水槽の中へ下ろした。水を抜いたので水面はかなり低くなり、裸足で入るのに労はない。
「オンナ抱かせてやる」
「人聞き悪いわっ」
「あっはっは!」
だから萌えボイスで笑わないでくれ。
以下しばらく足の下でオレに関わる与太話。反論できる状況にないと知っているから言いたい放題。覚えとけよと思いつつ脚立で水槽の中に降りると、その与太話は頭の上から降ってくるような状態に変化。袖をまくり、マグロがパニックみたいに泳ぎ回る中に手を差し入れ、人魚の腕を取る。しかし良く考えたら、入れる時もこうすりゃドッポンの必要性は無かったんじゃないかと思うが。
しかし結果論。オレは人魚抱き上げて肩に載せ、脚立を登り始める。
この背中の感触は。
少しゆっくり登ろうか。
すると。
「早く登ってこないと酸欠になるぞ。だんだん苦しくなるとかじゃなくて、一瞬で失神するからなぁ」
おじさん、のんきに一言。
「ちょ!」
だからさっきはドッポンしたのか。
どうにかよじ登って水槽の外へ出、今度は別の脚立で荷台へ地上へと降りて行く。
(つづく)
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【呼1】
「…ええ、はい」
現在の彼氏と元の彼氏とが存在する。それは優子自身から聞いて知っていたが、大人の世界を垣間見たようでちょっとドキッとした。
さておき、戻ってきた答えは「ごめんなさい」
「親として知ってなくちゃいけないんでしょうけど。前が前だしね。でもだからって……」
母君は目を伏せ、首を左右に振った。
「そうですか…」
理絵子は思わずため息をついた。確かに異性の友人掌握するのは親の責務とは思うが、だからって正面切って年頃の娘に聞くのはヤボというものだろう。
他にツテは。これで手詰まりなのか。
いや。
桜井宅の固定電話が着信し、電子音を響かせる。
テレパスの娘二人は、それが〝来る〟ことは、地震速報よろしく直前に判じたが、静寂を割いての聞き慣れない大きな音は、心臓に悪いことに変わりなかった。
結局3人は一様に驚き、次いで母君が慌てて立ち上がり、廊下へ。
その和な背中を見送る。
「何か感じる?」
理絵子は登与に訊きながら、ノートパソコンの画面を閉じた。
「電子的な手がかりはここまで」
無論、超常感覚が何か囁いたか?という問いかけ。
今ここに二人だけだから出来る会話。母君は理絵子の能力を知るが、まだ中身を聞かれたくない。
「…何も。ごめん。もう少し力になれるかと思ったのに。テレビの心霊探偵とか見てて能無しとか思ってたけど」
登与はしょげたように目を伏せた。
「私も無い。多分誰がやっても無理でしょう。何らかの状況で彼女は意識がない状態。彼女の〝考え〟が止まっている。私たちはアンテナと受信装置に過ぎないから、放送が止まっている状態では」
理絵子の発言に登与はハッと息を呑み、顔を上げ目を剥いた。
「意識がないってまさか…」
「いる。いるけど。見えない。だから、答えにならない」
それは確信。自分が慌てつつも、パニックまでにはならない理由。母君に言えない理由。
ただ、残された時間はそう多くない。
優子。あなたどこにいるの?
廊下から母君の声。受話器を片手に顔を覗かせる。
「あの……理絵ちゃん。千葉からだけど、代わってもらえないかって……」
「私、ですか?」
それは当然、理絵子の能力を踏まえての要望であろう。理絵子が千葉へ行ったと書いたが、その理由は端的には〝お祓い〟だ。
(つづく)
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自分だけ異邦人の気分。
「おじさん」
オレは鼻歌ハンドルのおじさんに訊いた。
「あんだよ」
「何でみんな人魚なのに驚きもしねぇんだ?」
「驚いてどーすっだ?お前」
その答えにオレが驚いた。
「だって人魚だぜ?いるわけがないってのがいたんだぜ?科学の常識を根底から覆す…」
「あに大げさ言ってっだおめぇは。干からびそうだから助ける。それだけじゃねぇか。科学の常識なんかどーでもええんだよ。干物にしたら世界中から非難だぞ」
いや、そーなんだけど、そーじゃないだろ。
どう言えばいいのか。
「人魚って現実を受け入れてるわけ?」
「おめ、さっきからおかしいぞ」
「だって人魚……」
「それが何かマズイんか?驚いたところでこのねーちゃん目を醒ますんか?目に見えてるモノをイチイチこれは本当けえ?とかインテリくせぇこと思ってるうちにどんどん干からびるぞ。おめぇには現実即応能力が身についてねーな。早くヨメ娶れ。父ちゃんやってるとなぁ、判断する前に考える余裕なんか与えられないこともあんだよ」
何だこの説得力。
言い返すセリフを考えるが、ジョン・カーペンターの映画みたいに殴り合いになっても困るし。それにまぁ、第一に考えるべきはこの人魚の命だろうから、ここで色眼鏡は邪魔だ。
オレはあっさり試合放棄した。そのうち岩窟のトンネルをくぐって、咲間診療所の看板「ようこそ!」
……病院にウェルカムボードが適切けえ?という話はさておき、診療所の前では先生と作間さんが待機している。ストレッチャー(車輪付きベッド)に、石けんのCMで乳タレントが入ってるようなバスタブを載せ、中では湯だか水だかゆーらゆら。
何だこの用意周到。
軽トラックを横に着ける。
「暴れてる……ようだが……?」
バシャバシャという音にコメント有り。ゆる~い声はここの医師、咲間花一郎先生、御年92。ひょろっとして白衣の上に聴診器。老眼鏡。頭は山崎豊子の超大作。
「マグロマグロ。人魚は寝とるよ」
おじさん軽トラから飛び降りながら軽く一言。確かにおじさんはちょいと早口だとは思うが。
(つづく)
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【鍵7】
しかし、祖父母宅には一度も姿を見せていない。
当然、どうやって、となる。理絵子が持っていた推論は。
訊きたい母君が捜査員氏と共に戻って来た。
「君たち何か判ったかね」
「ファイルの更新は13日前。連絡が取れなくなった日の1日前です。彼女が尋ねたのは製鉄遺跡を中心に下総6つ、上総も1つ。その後、安房へ向かうような示唆を残してレポートは切れてます」
理絵子の説明に捜査員氏は首を左右に振った。
「それは『それだけ行きました』だけに過ぎない。まぁ後々の捜索の邪魔にならないようにな。こんなコト本来は許されないんだが、お母様が仰るには、君たちが来てくれて少し動揺が収まったそうだから、今日の所は無罪放免にするがね。ではお母様、これは確かに」
「はい。よろしくお願いいたします」
捨て台詞を残し、書面を見せてポケットに戻し、捜査員氏は玄関へ向かう。
「ちょっとお送りしてくるわね」
「はい」
革靴が三和土を鳴らし、引き戸が開き、閉じる。
聞こえてくるため息一つ。
「嫌みな人……しょうがないんでしょうけど」
母君はそう言いながら部屋に戻ってきた。
「私一人で警察へ行くなんて心細くてしょうがなかったと思う。あんな言い方したけれど、そんなの嘘。あなたたちが来てくれて太陽が射したように違う」
母君は袖口を目に持っていった。
「何かあったら飛んできてくれる……とても幸せなこと……あなたたちにもきっといつか……いえ、そんなことがあっちゃだめね……ああごめんなさい調べ物邪魔して」
狼狽があり、突如センチメンタルになり。極端な感情の動き。
不安定なのである。この母君を一人きりに出来ない。邪魔だろうが真似事ママゴトだろうが、
自分たちが来たのは間違いではなかった。
「母親失格ね。何も把握してないし何も動けないんだもの」
「黒野さん何か訊きたいことがあったんじゃ?」
登与に言われて理絵子は思い出した。
「あのお母様すいません、優子の彼氏さんの連絡先をご存じないですか?」
それは体のいい話題転換にもなる。
「今の?」
母君は袖下から目を見せて尋ねた。
(つづく)
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