2012年5月19日 (土)
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「(アイスランド……氷の国か!)」
電話の声が聞こえたのである。……彼は現地では少年兵、僅かな音を捉える訓練は当然のように受けていたであろう。日本語を解すとは思わないが、だからこそヨコモジ部分だけは判るもの。
「え?本当にあるの?」
彼女は問い返した。頭からサーッと血の引く感覚を覚える。それなら現在ただいまも煙を上げている活火山群である。それこそこの電話の向こう、日本の彼の教えてくれたことだ。歳の差もあって家庭教師的な部分があるが、潜在する世界規模の災害リスクの一つとして教えてくれたことだ。「救命ボランティアするなら覚えておいて損は無いだろう」と。
ちなみに18世紀には日本の火山噴火も合わせて世界的な不作と飢饉を招いている(浅間山。天明の大飢饉)。
対応に失敗したと彼女は認識する。こうなるとウソ付くことも、本当のことを言うことも。
どちらも解決にならず、ただ彼を傷つけるだけ。違うのは傷の深さだけ。
どうしよう。怖いような気持ち。
「(アイスランドか。アイスランド……氷の国ってそのまんまだな。お姉ちゃんその人に訊いてくれよ。それはどこにあって、日本のテクノロジーで僕が行くことは出来ないかって)」
当然の願いであろう。言葉が用意できず、ただ背筋の温度が下がる。
唯一の逃げ道は、マヌエル君が日本語を解しないこと。
だったら、だったら。
『何か嬉しそうな声だな』
「それが……あのさ」
彼女は渇いた喉から声を絞り出す。貸した本の話と、否定を確信して尋ねたことと。
対し彼は「先に言えや」と挟んでから、こう説明した。
・夜無き国とは白夜のこと。
・火を噴く氷とは氷河に覆われた火山のこと。
すなわち、両方を満たすアイスランドについての伝承であろう。
(つづく)
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2012年5月16日 (水)
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「帰ってもよろしいのですか?」
理絵子は尋ねた。そう質問せよとの示唆を得たから。
様々な心理が人々に芽生え、疑心暗鬼が毛細管現象のように広がり染みて行く。
……自分達は、魔性の存在がこの集落を破滅に追い込むべく派遣した存在なのではないか。
それこそ福音書に出てくるエピソード、イエスの悪魔払いを悪魔の所業と罵る群衆を思わせる。すなわちナマズを怒らせてはならず、犬神の意に沿わぬことをしてはならない状況において、双方の引き金の可能性を有する自分達を魔性の存在と見るわけだ。単純な帰結だがしかし、ナマズ自体は聞く限り魔性の側であり、“魔を持って魔を制す”は、少々矛盾をはらむ。
「おれ、どした。早くやっちめぇ」
「ケータイなんか使えねだ。わがりゃしねぇ」
「崖から落としちまえばどのみちぐちゃぐちゃだ」
後方から煽る声。しかし先頭は“攻撃する気持ちが起こらない”。
何故か、殴ってはいけないという気持ちに支配されているから。
「どげ!おでがやる」
しびれを切らしたか、後方から声が上がり、群衆がサッと左右に割れた。聖書の故事を取るならモーセの海割れだ。
猟銃。照明がこちらの背後にあるせいか、銃腔に切られたライフリングまでよく見える。
銃殺しようというのか。さすがに群衆の雰囲気が冷えた。否、21世紀の文明社会に戻った。
「おい……」
「黙れ!こいつらやっちまわねとおでたちがやられるだ!」
これ見よがしに銃の操作音をガチャリ。しかし、理絵子をはじめ少女達に心理的な変化は何も無かった。
この事態は進展しない、と確信を持って既に判っているのだった。
地震。
「ま、まただ」
「でけえぞ!」
確かにこの集落で感じたモノの中では最大級のようである。家鳴り鳴動し、ガラスがガタガタしてホコリを舞い上げ、家屋の躯体が大きくねじれながら揺動するのが見える。
(つづく)
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2012年5月12日 (土)
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彼女は唇を噛んで言い、ジーンズに巻いたウェストポーチに手を伸ばした。
「(えっ!?)」
彼が逆に驚く。日本に友人自体はウソではない。
見つめる男の子の前で、取り出したのは衛星携帯電話。一見すると軍用無線機を思わせる無骨さ。
窓際に立ち、数百キロ彼方の電波を捕まえたことを確認し、発呼する。今の日本の技術でも最早見つからない。過去あったが今はない。そう言ってもらうのも、残酷だが一つの手だと思うからだ。自分が言ってもいいが、当の日本人なら説得力があるだろう。サンタクロースじゃないが、やがて無いと明らかになるもので誤魔化すのは二重に傷つけるだけ。
呼び出し音。相手は歳8つ離れた勤め人の男であるが、日本は土曜の夜であり邪魔にはなるまい。
『はいよ。どした?マヌエル君の見舞いだろ?』
相手が自分のスケジュールを把握しているのは、インターネットを介してコミュニケーションを取っているから。
それで会話するのが寝る前(※)の習慣になっているせいか、声を聞いたら自分自身少し落ち着いた。(※オランダの午後11時で日本は午前7時)
「あのさ、古代の伝説に出てくる〝夜無き国の火を噴く氷〟って何だと思う?」
「(すっげー日本語だ!)」
マヌエル少年が驚く。彼女は12カ国語を操る。
声がデータ処理され、700キロ彼方の衛星に向かい、衛星間を中継され、アメリカ大陸にあるパラボラに降り、国際通信回線に入り、光ファイバケーブルで太平洋を横断し、日本の通信網を走り、携帯電話システムに載り、彼の電話に届き。
恐らく彼が答え、同じ経路を通って戻る。
その、タイムラグを、日本側が何か調べていると捉えたか、マヌエル少年は聞き耳を立てて彼女を見ている。
『アイスランドの氷河割れ目噴火のことだろ』
あっさり訪れた答えに、マヌエル少年がこちらを見る目を輝かせた。
(つづく)
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2012年5月 9日 (水)
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秘密の多すぎる集落のようであり、気持ちは判らぬでは無い。ただ、生け贄である自分達を受け入れないなら、見舞うであろう運命にどう対峙するのか。
……まぁ、その辺書いてあるのはこの書であり、この怒れる人々は知らないか。
つまり、真実を知らぬが故に現状を維持したい。変化をもたらす者は去れ。
ああそういうことか。
美砂がスッと座をいざり、怒れる人々に向かう。
「私どもをナマズ様がお気に召さない……というのが皆さんの見立てと……」
「黙れ!よそ者が知った風な口聞くでねぇ!」
「組長!あんでごんなどごの馬の骨かもわがんね小娘に、ったらこど(そんなこと)喋っただ!」
その対立に割って入るように、咆哮が雪原を呼ばわる。
狼の遠吠え……に聞こえたのは、これまでの会話に基づく心理バイアス。
が、もちろん、集落の人々には強い作用を及ぼした。
「犬神様じゃ」
「犬神様までもお怒りじゃ」
「娘ゴども出てけ!」
「そうじゃそうじゃ!……出てがねならブチ殺すぞ」
とても21世紀日本で交わされるコミュニケーションとは思われなかった。スーツ等洋服を着ている自分達は時間旅行者だ。
「もう我慢なんね!」
農機具を振り上げる男性あり。石つぶてを手に身構える若者有り。
その瞬間、“風”の如きものが攻撃者に向け動いたことを理絵子は感知した。
それは、空気、ではない、“空間を支配する何か”がごそっと動いたというのが正しい機序であるようだった。
念動力。攻撃者達はそのまま、身体が動かせない。
美砂は別段大げさなアクションや真言を唱えるなどしたわけではない。
彼女の念動は物理法則に干渉する……すなわちイエス=キリストが見せた奇蹟、安倍晴明・弘法大師に代表される“スプーン曲げの化け物”とは機序が違うらしい。
(つづく)
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2012年5月 5日 (土)
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「(どうせ……)」
男の子が独りごちる。この手足では、傷癒えて故国に戻っても笑い者になるだけ。働く口はないうえ、
部族のために戦うことも出来ない。
「(だったらせめて、家族に会いたい)」
本に書いてある通りの氷を、入手したい。
揺らめく瞳に見つめられ、彼女は気付かれないようにため息をついた。自分の解釈では、この話は事実と言うよりは教訓、寓意。すなわち、
〝不可能を可能にするには死ぬほどの決意と努力が必要だ〟
或いは、70年は単なる寿命であり、努力が実は生き甲斐になっていて、従って、生き甲斐とは努力するものがあるかどうか、と言いたかった。
もっと単純に、両親は想像していた幻か、死を目前にした故の霊的な交流で、みたいな可能性もある。どっちにせよ“死後”に出会えたことは確かだろう。……もっとも、それでは教訓と言うより皮肉になってしまうが。
「(大昔でも70年で見つけられたんだ。……そういやニッポンの友達って言ったよね。ニッポンの技術ならすぐに見つかるんじゃないのか?なぁ、訊いてみてくれよニッポンの友達に)」
男の子は話す途中で思いついたのだろう、声のトーンを上げ、ベッドから身を乗り出した。
「(え……)」
彼女は躊躇した。即答できる言葉を持っていなかった。
それは全て想像の産物、おとぎ話だよ……言えるか?
日本の友人に訊く。知らないと言われて終わりだろう。恐らくは。
だからって、日本の友人など実は嘘で……
いずれも彼が納得できる答えになるまい。落胆と裏切りの傷しか彼には与えない。
男の子の表情から、笑みと興奮が熱冷めるように去った。
「(……判ってるんだ。全部ウソなんだろ)」
対して、ただ黙っていても結果は同じ。
ならば。
「(待ってよ)」
(つづく)
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2012年5月 2日 (水)
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「前回はいつ?」
「安政の頃、と聞いております」
「記録は……」
「残念ながら……」
「あるわけないか」
「やってみりゃいいじゃんって気がするのは私だけ?」
美砂が口を挟む。
「伝承を真実とするなら、判る者には判る時に判るんだよ。だから残ってないし残す必要も無い……えーと、揺れます」
予感があり、美砂が言葉を遮り、地鳴りがして地面が震える。
地震だが、震度と規模は腰を浮かせるほどでは無い。理科年表か新聞か忘れたが“滅多に地震が無い土地なので、誰かが家を揺らしているのかと思った”みたいな住民インタビューを見たことがある。感想としてはそれと同じ。
しかし、組長らがひれ伏してしまう。揺れと言うより神秘的な恐怖の故に。
「ナマズ様の宣戦布告?」
「まさか……あの、お顔を上げて下さい。恐らくは単なる偶然です」
そう言って組長氏が素直に納得するとも思えなかったが、しかし、
顔を上げて動かざるを得ない事態が生じた。
誰かがこの建物に走って近づいてくる足音。
6
「疫病神、疫病神だ!」
などというセリフと共に農機具を武器よろしく振りかざす……一揆の再現のような場面に彼女達は出くわした。
建て屋の引き戸が荒々しく開かれ、そうした人々が彼女らの引き渡しを要求する。
誰が誰だか判らぬようにするための故意であろう、ぼろ布を着ぶくれ、顔は忍者のように手ぬぐいで覆って目だけ出している。
「落ぢ着げ。あに失礼言ってるだ。理絵子様だぢはおでらのお願いを聞いて下さるちゅーんだど」
「嘘こくでねぇ。この娘ゴだぢが来でがら地震(なゐ)がひどくなっだでねぇか」
「んだんだ!ナマズ様のお怒りだ」
排他だ。理絵子が得た印象がそれ。
ナマズ様が生け贄を嫌っている……という口実の元に、よそ者を入れたくない。
(つづく)
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2012年4月28日 (土)
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そういう場合に周囲が出来るのは、それを否定せず、結論を急がず、全て受け入れること。
誰に対しても、同じ光を投げかける……月になった気持ちで。
「(この本ってさ……)」
パソコンが、スクリーンセーバーに切り替わるくらいのタイムラグを経て、彼は言葉をつないだ。
「(昔むかしの冒険の記録だよ。人間が移動するには歩くか船しか方法がなかった頃の)」
彼女は言った。
「(だから、全部本当のことなんだよね)」
「(えっ?)」
答えに詰まる。各エピソードが伝聞をスタートにしているのは確かだろう。だが、尾ヒレや脚色が多分に含まれており、事実とは限らない。むしろ言えない。自分が読んだのは幼い頃なので記憶が怪しいが、ドラゴンやシーサーペントが〝実在〟として出てくる。
そもそもは過去、魔法の普及と活用に関する資料の一環として著されたもの。それは現代人には体のいいおとぎ話。
彼女が答えの言葉を用意している間に、男の子は再びスティックを口にくわえ、ロボットにページを戻させる。
ジージーと音を立ててロボットが動く。現れる話が変わる都度、男の子が装置の動作を止め、この話は……と短くコメントする。結果、56ページ戻るのに250秒掛かった。
「(これだ)」
ゴール?地点のその話は、タイトルを〝夜無き国の火を噴く氷〟。
あらすじは次の通り。みなしごの青年が自分の親を知りたいと思い、魔法使いに訊いたら、そういう氷を見つけて食えと教えてくれた。彼は冒険に旅立ち、時を経てようやく見つけてその氷を口に含むと、確かに両親が目の前に蘇り、しかし、直後彼は息絶えた。旅立ちを決意してから70年後のことだった。
但し、具体的にどこの国かは推測できない。雪山を越え、怪物跋扈する大森林を抜けると夜無き国であり、海を渡ると氷の島があって火を噴いている、とあるだけ。
(つづく)
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2012年4月25日 (水)
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その先の言葉は留保する。それでナマズとやらにどうやって挑む?
オオカミを味方に地震と戦え?
イメージが沸かない。というか、当該オオカミに会って意図を聞かないと何も始まらないだろう。
そして、恐らく、そのオオカミは本当のオオカミ、すなわち生き残りのニホンオオカミでは無い。オオカミ、或いは犬の姿をして恐れられている何か、だ。
登与が続ける。
「最後になります。手なずけよ、さすれば救われる。生娘の戻らぬ場合の行く末は神のみぞ知る」
神のみぞ……つまりは判らない。ただ、判らないのは娘の行く末なのか、娘が戻らないことが失敗を意味し、その結果集落がどうなるか知らない、という意味なのか。
同じ疑問を登与も抱いたようである。書物に手をかざして超感覚を働かせている。何か意図が感じ取れないか、ということだ。
比して目の前の現実、すなわち集落はこうして存在しており、自分の知る限り大きな地震が頻発したという知見は持っていない。関東及びその周辺で生じた被害地震は、関東大地震系、東京直下系、房総沖系、伊豆半島東方、富士山周辺、そんなところか。
「隠蔽はあるよ」
美砂が言った。理絵子の認識を踏まえてのこと。
「理科年表とかの地震は、大学の集めた文献が元だけど、見つかったものしか載ってないからね。被害甚大のところ他国に攻められ……を恐れた為政者が無かったことにして都に報告も上げなった。は充分あり得るよ」
「或いは壊滅しちゃって残す人すらいなかった」
理絵子が言ったら、組長氏が床に手を付いた。
「理絵子様、それはご勘弁を」
「これは失礼、言い過ぎました。ただ、この書物が神代からのものであるなら、そうした大きな災害は被らなかった、という意味でもありますね」
フォローしたつもりだが、組長らの怯えは払拭できない。
(つづく)
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2012年4月21日 (土)
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「(マジックショーはいつなの?)」
男の子は尋ねた。
「(来週だよ。今病院と打ち合わせしてきたところ)」
彼女は言い、自身の手を握り、手を開き、それこそマジックの手法でキャラメルを取り出し。
「(どう?その本。面白い?)」
訊きながら前かがみになり、男の子の口にキャラメルをころり。彼女はボランティアで医療活動をしている看護師であるが、年齢は14である。活動の一環として小児病院・病棟を回り、マジックショーをしている。ホスピタルクラウンと称される活動の一つ。
「(面白いって言うか、すげぇや)」
彼は8歳の男の子なりの無邪気な笑顔でそう応じたが、すぐに、不意に消えた火のように、床面の何もないところを見つめた。
とにかく長い長い面白い本を持ってきて……退屈しのぎであろう、男の子の求めに応じて用意したのが、古いその本である。彼女の実家に伝わる物で、技法体裁で判るように、グーテンベルク以前の産物。
「(この機械。こんなのどこで売ってるんだ?)」
取って付けたように、男の子は彼女に笑顔で訊いた。
「日本、東京、秋葉原」
彼女は即答した。すると男の子は驚きを小声にした上で、
「(ジャポン!マンガの国だよね!え?行ったことあるの?)」
興奮気味に訊く。〝ジャポン〟というフレーズは、男の子に別な興味の火を新たに点けたようだ。
ただ、頷いていいものかどうか彼女は躊躇する。恐らくは、生まれてこのかた戦乱しか知らない彼達に、平和の象徴とも言えるかの国はどう映っているのだろう。
「(友達がいてね)」
結局、彼女の妥協点はそこ。ウソは言ってない。
「(日本の友人か。オタクか。いいなぁ)」
彼は言い、再びフッと表情を曇らせた。
短時間に極端に感情が変化するのは、大きな、大きな、耐え難い傷を負った心によくあること。端的には、ことあるごとにフラッシュバックするから気分がしぼむ。
(つづく)
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2012年4月18日 (水)
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続きを登与の指が読む。相次ぐ村人の失踪に困った時の長(おさ)が陰陽師を招聘したところ、巫女を立ててナマズに対峙せよとの託宣を得た。その巫女の条件というのが。
・陰陽道に通じていること
・背丈五尺以下の美しい生娘であること
・この集落の者では無いこと
「集落の者で無いというのは……」
「拝み倒して死んでもらうか、よそ者攫ってこい」
「しかし陰陽道に通じていれば、人さらいが来たことぐらい感知するでしょうに」
「本当に通じていればその意思汲んで死なずにナマズを倒すはず、と」
「連れて来ていきなりさぁ戦えってのも凄いねしかし」
彼女達の会話はまるで午後の喫茶店である。楽しげですらあり、応じて組長らの顔に驚愕の色がありあり。
登与が指を止める。
「手放しで戦えってわけでもないようです。戦い方も書いてあります一応……犬神を召喚しろ」
「おお」
「い、犬神様を……?」
少女らと組長らは全く相反する反応を示した。すなわち少女らは興味津々であり、組長らは畏怖である。
「むしろ、そのために巫女に対する身体的条件が課せられているようです。犬神をおびき出すために“子どもの匂い”が必要なのだとか。子どもを食うために出てきた犬神を子ども自らが術で操り従わせろ」
人が動物を意のままにする……一般にしつけや訓練の範疇であるが、
そこに属さないパターンを先ほど少女らは自ら示し、組長らは目撃した。
当然、その事実が物を言うことに気付いたようだ。
「おでら(俺達)も、その辺の話は聞いたことがあるだが……」
「無理だ、出来っごねぇ、って思ってた。でも」
理絵子は頷いて見せた。
「恐らく犬神と意志を交換し、私たちの意図を理解させることは可能であろうと思われます……」
(つづく)
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2012年4月15日 (日)
アルゴ(argo)
設計した船大工アルゴスの名から取ったとも、快速の意とも。
金毛羊の毛皮を求め、星空を彩る錚々たるメンバーを乗せて黒海の奥へ旅したギリシャ神話の大型帆船。
こいつ飛ばそうと思ったのは、雑誌「Newton」に乗ってた中世のアルゴ座の絵が浮いてるように見えたから。
「奇蹟」をネタにしたお話を何か書きたくって、奇蹟…形而上の存在と対極にある先端技術フルに詰め込もう。
それが「アルゴ・ムーンライト・プロジェクト」ちなみに、ムーンライトプロジェクトという名前自体は、20世紀後半に存在した政府の新エネルギ開発プロジェクトの名前。光子ロケットが人類の知る究極の原動機であることと引っかけた(別にサンシャインプロジェクトというのもある)。
1999年頃の話。
当初、主役は相原で、船のメンツはヤローばかりだった。2部と3部の最初と最後の部分はその名残。
でもそれだと連中には悪いが殺伐とした。ビジュアル的に華が無いし、潤いが無い。
ハイテク銃器の対極、奇蹟の担い手…魔法使い。および、ひたすら謎の美女。
レムリアとセレネ。
地球を駆け巡る話を書くのは楽しかった。託宣を受けたように、船は舞い、彼女は指先に月光を受け、願いは奇蹟を生んだ。
レムリアを主役にしたのはむしろそこからのスピンアウト。いろいろな物語が生まれ、いろいろな彼女の姿を眺め、そして一回りして原点に戻ったとき、一つの思いと一つの決意。一つ、やはり振り返って見劣りがした。書き直したい、と思った。その間の革命的な通信技術を反映したかった。一つ、なぜ、彼女がプロジェクトに加わったか、という前というか、きっかけの部分を書きたかった。
相原ではなく、彼女を主役に据え直して。
この物語は、彼女があってこそ成り立つものとハッキリしたから。
姫たる彼女を物語に「招待」するには?

オリエント急行なら、いいだろう。
そして「第1部」が加わった。
2007年の話。
セレネさんに関わる幾つかの謎と、相原と出会ったきっかけと、応じた技術革新を載せて、船は駆け巡り、星空を行き、そして波を蹴立てた。
3部構成、830枚。足かけ10年。
これが、全ての始まり。
★魔法少女レムリアシリーズ…並べ方は彼女の年齢による
アルゴ・ムーンライト・プロジェクト
ミラクル・プリンセス(2012年夏開始予定)
マジック・マジック
魔女と魔法と魔術と蠱と
ブリリアント・ハート
夏の海、少女(但し魔法使い)と。
東京魔法少女
Good-bye Red Brick Road(グッバイ・レッド・ブリック・ロード)
豊穣なる時の彼方から
博士と助手(但し魔法使い)と。
夜無き国の火を噴く氷
リトル・アサシン(2012年5月開始予定)
ベイビー・フェイス(2013年)
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2012年4月14日 (土)
←レムリアのお話一覧・次→
上半身が起こせる介護用ベッドに、パジャマを着た男の子が一人。
ベッドを跨ぐ形で設置されたテーブルには、極めて分厚い本と、何やら機械が載っている。
本は一見して古さが際立つ。表紙は何と木製、すなわち木の板であり、留め金が付いていてロックできるようになっている。本文は紙ではなく、なめした羊皮。文字は印刷ではなく、一文字一文字焼き入れで刻んである。
機械の方はL字型のロボットアームを持っており、アームはページ端を押さえている。
ページめくり装置である。
装置からはUSBのケーブルが垂れ下がり、ベッドサイドの小テーブルにあるノートパソコンにつながれている。
男の子は口にくわえたアクリル棒で、パソコンのキーを叩いた。
ロボットアームが動いてページをめくり、アームがくるりと円を描いて回転して戻り、次のページの端を押さえる。
「(こんにちは)」
壁をノックする軽い音があってフランス語、少女の声。
男の子はくわえていたアクリル棒をパソコン傍らのコップに入れ、振り向いた。
「(お姉ちゃん!)」
お姉ちゃん、と呼ばれた少女はしかし、言語から想起されるイメージと異なる黒髪の娘で、秋葉原や原宿で見かけそうな容姿雰囲気である。少女マンガのヒロインを思わせる黒く煌めく瞳。髪の毛は肩に僅かに掛かる程度で、ジーンズ姿もあって軽快な印象。
対し、男の子は黒檀の肌の持ち主であり、パジャマの両腕を伸ばした……ただ、その腕は包帯が白く巻かれ、肘から先の部位が存在しない。足も然り。
男の子の家は、政府軍の爆撃に遭い、彼の手足と、両親と、兄弟達と共に破壊された。
彼女がボランティア活動で野戦病院にいた時に担ぎ込まれた。
続く戦闘と爆撃は彼の心をむしばむと判断され、彼女の現居住地であるオランダ・アムステルダムの小児病院へ引き取ったのである。
(つづく)
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2012年4月11日 (水)
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「香取・鹿島って千葉と茨城の?」
美砂が尋ねた。
「そうです。当時から大神宮。文字通り倭国の東の端にあって東から来る魔界勢力から国土を守っていた」
「登与様、鹿島ちゅーのは、あの鹿島さまだが?霞ヶ浦の塚原卜伝(つかはらぼくでん)の鹿島さまだが?」
組長氏が尋ねた。剣豪で知られる卜伝は鹿島神宮の祠官の子。
「ええ、その鹿島様です。ですから、今のくだりは承和期の出来事ではなく、ヤマト王権期の伝承に言及しているかと。ひょっとすると日本武尊の東方征伐行と絡んでいるかも知れません」
登与が説明を追加した。香取・鹿島の設営はそうした神代まで遡る。当時関東は広大な湿地であり、その名残が霞ヶ浦、北浦である。両神宮はこれら浦が内海だった頃、存在した島の上に向かい合う形で建てられた。
「ヤマトタケル……」
組長らの顔色が変わる。登与の説明は仮定に過ぎないが、日本神話の王道を行く名前の登場は、この信心深い者達に非常なインパクトを与えたようだ。
「続きを読んでも……」
「ああ、ああ、済まねぇ」
時代は下り、神代の出来事は忘れ去られた。しかし、その化け物を埋めた場所すら判らなくなった頃から、大ナマズが夜な夜な地鳴りを立てて山野を徘徊、人を食うようになった。
「ナマズは魚でしょ。何で山野を?」
理絵子は訊いた。
「群発地震の類と見たけどどうだろう。たびたび地割れや山崩れが生じて落ちたとか」
美砂が言い、理絵子は頷いた。ナマズと地震、ああ、なるほど。
「ひょっとすると香取鹿島のご加護ってのもその辺と関わるのかも。どっちにも地震のナマズを封じたという要石があるから」
登与の説明に理絵子と美砂は頷いた。ちなみに、この時点で彼女らは与り知らぬが、追って2011年、日本では有史以来最大となる東北地方太平洋沖地震が発生し、この際、鹿島神宮の鳥居が倒れたのは何の因果か。
(つづく)
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2012年4月 4日 (水)
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「この書が読めるのは犬神様が認めた者だげなんだどもが……」
組長氏が恐る恐ると言った感じで、少女達の前に巻物を差し出す。
草色の表装であり、えらく新しい。
否否。
「防虫処理」
「また身も蓋もないことを」
美砂は“ボケた”のであったが、緊張した場面で笑いを引き出すには行かなかったようだ。理絵子が苦笑して僅かにツッコみ、巻物を手にして広げる。
真っ白。
「読む、んじゃない。感じる」
言ったのは登与。
「第六感……いや、安直」
「そう、ピンときたのは結界だけ。これは素直に感じればいい」
「見えない。見えなくても感じさせるには?昔の手法で」
五感。見る聞く味わう匂う触る。
「この草色は……匂いはさすがに抜けてるけど……蚊取り線香のと同じ」
「除虫菊?でもあれって欧州原産で明治になってからじゃ」
「まぁいいじゃん。後は味わう、触る。味じゃぁ意味や言葉は無理か」
美砂が言いながら白い紙の上に触れ、あっ、と言った。
「触る、だよ。文字がレリーフ状に浮き上がる。でも……これ漢字?漢文とも仮名文とも」
「代わりましょうか」
登与が指先を走らせる。
「万葉仮名」
「なるほど」
彼女はその能力、高千穂と登与という神話がらみの名もあり、日本神話や古典の類が大好きである。
「要約しますね」
冒頭、編纂、及び記述者名の羅列、藤原某、何とかの麻呂他十数名。
編纂年、承和三年。
「昭和?つい最近……」
「いや、承知しないぞの『承』に和む。834年から848年まで。仁明(にんみょう)天皇の年号」
「ああ、それで藤原ナンタラが出てくるんだ」
概略。蝦夷(えみし)の地、当時の関東に左遷された佐伯という男が、地元の未開民族に頼まれて化け物征伐。香取・鹿島両神宮の加護も得て、化け物を太刀と炎で西へ追い立て、この地の谷底へ封じた。
(つづく)
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2012年4月 2日 (月)
毎週水曜更新 理絵子の夜話「犬神の郷」
4月14日スタート 毎週土曜日更新 レムリア短編「夜無き国の火を噴く氷」「リトル・アサシン」
こんな感じです。
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2012年4月 1日 (日)
←前へ・レムリアのお話一覧→
「手伝います。私もナースです」
レムリアは血を拭うこともせず、ストレッチャーの下にあったAEDを見つけて中を開けた。
看護師のPHS電話機が鳴る。
「はい、判りました。今AEDを……すぐ行きます」
看護師が応じ、電話を戻す。
「オペ室へ行きます。じゃあ悪いけど一緒に」
「もちろん。学、お母様のほうお願い」
レムリアは言うと、看護師らと共に、ストレッチャーを押して風のように去った。
相原は半ば唖然とし、次に口の端に笑みを浮かべ、後ろ姿を見送った。
「あの……おじいさんは……」
夫人が心配そうに相原を見上げる。
「大丈夫です。ちょっと出血したようです」
相原は膝小僧をすりむいたかのように軽く言った。
「でも」
ベッドは血の海であり、一部したたり落ちるほど。
「大丈夫、彼女……医療奉仕活動やってましてね。世界中で沢山の人々を助けてます。自分も同じように心臓止まり掛けましたがこのように。彼女のおかげです。待って下さいね。今後の対応について看護師に連絡を取り……ああ」
相原は言うと、自分が座っていた椅子を夫人に勧めた。そこへ、連絡を受けたのだろう、先の愉快な看護師が小走りで到着。
「あれ?坂口(さかぐち)さ……」
夫人が所定の位置にいないためか、見回す。
「こっちです。大丈夫です。落ち着いてらっしゃいます。ベッドの交換を……」
看護師は夫人が移ったことに気づき、表情を緩める。
「オーケイ。手配する……もう一度洗濯だねそれ」
「ですかね。で、お母様どうしましょう。説明を受けられたいと思うんだけど」
相原の言葉に、看護師は小気味よいとばかり、口の端に笑み一つ。
「ご案内しますのでこちらへ」
看護師は夫人を伴って立ち、出入り口で立ち止まると、相原を振り返る。
「彼女は?」
「止めて聞くよなタマでなし」
「そういうことか。鬼だね」
「いや、魔女という方が正確」
アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部・了
(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト・終)
レムリアのお話一覧
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2012年3月31日 (土)
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相原の目に映ったのは、血液の飛沫を浴びながら、それでも必死になって男性を救おうとする浴衣の少女。
その横顔は凄惨だがあまりにも美しく、相原の記憶層に鮮烈な印象を持ってポートレイトのように刻み込まれた。
老男性を全神痙攣が襲い、相原の感傷を吹き飛ばす。腕が動かなくなり、ただガタガタ震える。
「心停止!」
レムリアが声を出す。要するに心臓が止まったのだが全く動じない。
「任せろ」
相原は判っていた。寝技を解き、両手を揃えて男性の胸の上へ。
「いいぞ」
「お願い。圧迫15回呼吸5回」
「了解」
言われて相原は心臓マッサージを始める。右手の上に左手を重ね、上半身の体重を掛け、胸部がばくんばくんと動くほど力を込めて押す。相原にとって実際やるのは初めてだったのだが、レムリアがやっているのを知っており、考えずともできたようだ。
その押す動作のたびに口から血が溢れる。それをレムリアが口を使って吸い出して捨てる。
「ストップ」
呼応し、相原が心臓マッサージを一旦停止。レムリアが人工呼吸。
「どうしました……あ」
ナースコールで駆けつけたのは小柄な看護師。先ほどの看護師ではないが、事態は瞭然。
「吐血しました。ドクターをお願いします。喫煙したようです。CPR(心肺蘇生)はできますので手配願います」
レムリアは血塗れの顔で状態を報告した。看護師は数回頷き、腰につけている院内PHS電話機に手を伸ばした。(※PHSは一般向け簡易携帯としては2010年までに殆ど姿を消したが、企業の内線電話向けとしては引き続き利用されている)
「すぐ戻ります」
看護師はひとこ言うと、一旦その場から走って消えた。
程なくして別の看護婦とストレッチャー(キャスター付きのベッド)を持って来る。
「学!」
「はいよ」
看護師らも加わり、老男性をせーので抱え上げ、ストレッチャに移す。
(次回・最終回)
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2012年3月30日 (金)
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「ああっ!」
レムリアと相原は同時に声を上げた。夫人が目を覚まし、突然の事態にどうしていいか判らず、立ち上がって狼狽える。
「手伝って。気道確保しなくちゃ」
レムリアはベッドを飛び出した。点滴の管を抜き、スリッパに足を入れる。
しかし
「痛!」
顔をしかめて脇腹を押さえる。筋肉を使うと痛みで力が入らない。
「待て」
相原は動こうとするレムリアを制し、両腕で抱き上げた。
男性に抱き上げられる。
レムリアはその事実に気付いたが、自分の脇腹に負荷が掛からないようにするための最善と気が付いた。
だから相原の首に腕を絡める。私を運んで。
「具体的にどうする」
相原はベッドへ歩を進め尋ねた。男性は激しく咳込み、そのたびにベッドに血の飛沫が文字通り噴き出している。まるで塗りつぶすかの如く。
「ベッドの上に下ろして。肺の中の血を出すからあの人押さえて」
「了解」
相原は答え、彼女を血の海と化したベッドに下ろした。
濃密な血の臭い。生臭さと、口の奥がギシギシする鉄さびの刺激臭。
「おとうさん、聞こえますか?おとうさん!」
レムリアは呼びかけた。が、男性はそれどころではない。苦しげに喉を掻きむしり、七転八倒しながら血を振りまいている。
肺の中で大量出血が起こり、呼吸不全になっているのだ。顔が青紫色に変わって行く。
「押さえて。仰向けに!」
レムリアの指示通りに、相原は男性の上半身を柔道“横四方固め”の要領で押さえ込んだ。
「そのまま、あ、ナースコールのボタンを!」
レムリアは言い、自分の口を使って老男性の口から血を吸った。
そして床の上に吐き出す。相原は痙攣する男性を抑えながら手を伸ばし、テレビの下に降りているコールボタンのケーブルに指先を引っ掛け、引き寄せ、押した。
(つづく)
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2012年3月29日 (木)
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レムリアはテレビの情報に集中している。詳しく知っても動けないが、気になる。人ごとではいられない。そのバスが湾岸の著名な遊園地に出かけた子供会の帰路と聞けば尚。
コマーシャルになった。
そこでベッド上の老男性が夫人の方を見、のっそりと起き上がり、咳をしながら部屋を出て行く。
「肺炎…」
老男性の姿が見えなくなったところで、レムリアはぼそっと呟いた。
「しかもかなり悪い…やだな」
レムリアは下唇を噛んだ。
「それは予感?」
「て言うか…あの人まさか…」
レムリアは夫人の方を見た。夫人は椅子の上でこっくりこっくり居眠りをしている。
結果、レムリアは、男性が奥さんの居眠りを見計らって立ち上がったと理解した。
「ヤバくね?」
期せずして二人顔を見合わせ、相原が懸念を言葉に起こす。
数分後、男性が帰ってきたが、先程以上に咳が酷い。
そして呼気に含まれる臭気。
二人は期せずして頷き合う。
男性はトイレか何かでタバコを吸ってきたのだった。タバコを吸う人間と吸わない人間では存在を感知する閾値が大いに異なる。喫煙者が皆無と感じる程でもあからさまという表現が使える。
「まずい……んだけど」
レムリアは呟いた。老男性の咳はゴボゴボと泡立つような音だ。いや本当に泡が立っているのかも知れぬ。肺の中に発生しうる液体・水分とは即ち。
男性はレムリアの視線に気付き、すぐに避けるように目を背けた。
そしてベッドに潜り込み、息を押し殺すようにして咳をする。布団の大きな動きから呼吸が不調であることはすぐ判った。
レムリアはもう気が気でない。
「ドクター呼ぶか」
「でも私なんかの……」
男性に異変が生じた。
機械の唸りのような異様な声を発し、勢いで布団をベッドから蹴り落とし、体を折り曲げて吐血する。
(つづく)
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2012年3月28日 (水)
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「送り狼はここまで、らしいです」
「ああ、構わねぇ。集落はもうそこだで」
そこ……指さした先には、屋根に雪を載せた家々が幾らか。みな平屋建てであり、スレートやモルタルと言った最近の建材は見えない。入り組んだ道路は舗装こそされていないが、雪かきは施され、通行に支障はなさそうだ。
犬は理絵子が撫でたら一声吠え、くるりと身をひねり、元来た道を去った。一方、一同は祠に頭を下げ、集落へ向かって斜面を下りて行く。
違和感。
立ち止まるほどでは無いが警戒すべき、と超感覚が言って寄越す。誰の姿も見えず音もしないが、無人とは明らかに違う。その正体。
「視線……」
「感じる」
少女らは口々に言った。理絵子は多数の人が自分達を監視し、ある意味“忌んで”いると感じた。
「歓迎……」
「すべからざる、と言ったところか」
美砂が言ったら、組長らは彼女らの前へ回り込んで、またぞろ土下座の様相。
「すまねぇ、失礼をすまねえ。めっだなごどで客人(まろうど)なんが来ねでよ」
「お気になさらず。見慣れない人間を警戒するのは防犯の基本ですから」
理絵子が言うと、組長らはどうぞどうぞと手刀を切って先導し、彼女達は大きな日本家屋に案内された。
「遠野物語」
「柳田国男」
美砂と登与がほぼ同時。つまり、伝承説話に出てくる古民家という印象を持ったということ。
引き戸を開けて入ると天井は無く、黒く燻された弓なりの梁が頭上を渡り、屋根板の勾配が広がる。
その梁から下がった裸電球。板敷きの居間には囲炉裏。
ただ、電球は消えており、囲炉裏にも火は無く、冷え込みもあってしんと静かだ。
「火を起こすで待っでぐんねが」
白い息と共に男達が動き、方や火を起こし、こなた壁のスイッチをひねって電球を灯し。
その、ぼわんと広がる、優しいが弱さを含んだ赤い白色。
(つづく)
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