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2008年9月

【恋の小話】小さな駅で大きなお世話

 美紀(みき)ってその女子はクラスの男子の嫌われ者だ。突っかかってくるような話し方をするし、何かってえと
「だから男子キライ」
 オレたちゃそんなお前が大っキライだよ。
 その大っキライな美紀とオレは週に一度必ず密室に押し込まれる。海沿いの街の塾まで行くのに一緒の列車に乗るからだ。ワンマン運転のレールバス1輛編成!それに乗らないと次の発車は1時間30分後。どうしても乗らなくちゃいけないのだ。ただ、美紀のヤツは塾まで一緒というわけじゃなくて、途中の駅で降りる。楽譜を出して右手を動かしたりしてるから、ピアノか何かなんだろう、と思う。
 で、今日は発車1分前になっても来なかったので、やったオレ一人か!と思ったら、列車の到着ギリギリに走って来て間に合った。駅は遠いので学校から直接歩いて来ないと間に合わない。家に寄ったのか?どうでもいいけど。
 美紀はハァハァ言いながら車両に乗り込むと、あっちの隅っこ座り、慌てたように楽譜を取り出して手をパタパタ始める。オレはこっちの隅っこで、美紀と顔を合わさないように外を見る。短い車両でもギリギリまで離れていたい。どうせ話すことなんかないし。
「発車します」
 運転手さんが放送してブザーと共にドアが閉まる。バウンとエンジンの音がして次に全開。ゴーゴー言いながらレールバスは走り出す。
 JRの電車なんかと違ってゆさゆさ揺れるしケツにゴツゴツする。そのくせ速度は出ない。でも冷房だけはついているのでまだいいのか。
 ゆっくり走る。緑色の畑が……うねるって言うヤツだろうか、なだらかに上がったり下がったりずっと続き、青い空には雲がぽわぽわ。田舎の風景で絵を描けって言われたら絶対オレ金賞取れる。
 2つの駅に止まる。どっちも乗る人なし。
「お降りの方ございませんか」
 いないよ。オレと美紀と、いつもオレと一緒に終点まで乗って行くおばあちゃんだけだもん。
「発車します」
 たまには全開でぶっ飛ばそうよ。ど~せ誰も乗ったり降りたりしないし。
 でものんびり走る。ヒノキの林をカーブで抜けると“桧山(ひやま)”って駅。大好きなタイガースの選手と同じ名前だし。
 ……美紀のヤツが降りるのでしっかり覚えてる。
「桧山でーす」
 キキーと音立ててレールバスが止まった。美紀が立ち上がって……オレはそこまで確認して窓の外。
 ……発車しないな。
「困りますねお客さん」
 イライラしてるみたいな運転手さんの声。
 見ると美紀が焦った顔で布のカバンに手を突っ込んでゴソゴソ探してる。
「あれ?あれ……おかしいな……お財布……」
 バカでぇ。
 と、思ったら美紀がオレのことを見た。
 お前まさかオレが取ったとか。
「無賃ですと一旦本社までおいで頂くことになりますが」
 運転手さん更にイライラ。
「お財布ないよ~。今日テストなのに……」
 半べそ。
 ……素直な話ザマー見ろなんだけど、あいつオレのこと知ってるわけで、ここでシカトしたら後で学校で何言われるか。
 列車も遅れるし。
 オレは立ち上がって運賃箱にここまでのお金を二人分入れた。
 ただ、それはオレもここで降りなくちゃいけないことを意味した。このまま街まで行ったら、帰りのお金が足らない。
「一緒です。ほら同じクラス」
 運転手さんに名札を見せると頷いた。
 するともちろん?美紀は目を円くした。
「でも……」
「いいから降りろよ。発車できないだろ」
「う、うん」
 美紀をせっついて降りるとレールバスはすぐにドアを閉めて発車。
 ここでオレが考えたこと。今日の塾は無断で休むことになる。当然親に怒られるわけで。
「あの……」
 美紀が言ってオレを見た。
 余計なお世話、とか言われると思ったら、困ったような顔。
 オレが見返したら照れたように目を外した。
 青春マンガみたいだ、と思ったけど、ここはミカン畑の中の小さな駅。狭くて短い土盛りホーム。駅舎は壊れかけていて、昔話の“貧乏なおじいさんとおばあさんの家”みたい。もちろん駅員なんかいなくて、“顔を見たら110番”のポスターと時刻表。
 戻る列車は今のヤツが町まで出て折り返してくる。
 70分待ち。
「いいから行けよ。テストなんだろ?今日」
 オレは言った。
「え、でも、真崎(まさき)君は……」
「遅れるんじゃねぇの?」
 すると美紀は何も言わずくるりと後ろを向き、錆びた改札口を抜けて田舎道を走って行った。
 さてと。
 親に何か言われる前に何か言っておこうと改札を出て公衆電話を探す……けど、んなものこんなヘンピな駅にあるわけがなかった。携帯電話は小学生には早いって言われて持ってない。しかも確かこの辺って圏外。
 駅前の道に出てみる。ずーっと向こうを走る美紀の姿が畑の緑に隠されるところ。
 見渡す限り家もナシ。……ああ、美紀にくっついてピアノ教室から電話させてもらえばいいのか。
 でも、絶対その途中が気まずいだろうな。話すこともナニもないし。
 で、オレがナニ始めたかってホームに腰掛けてノートに絵を描き始めた。青い空と緑の畑と、この線路、それだけの風景。もう少し詳しく言うと西側にはそのヒノキの林の一番はじっこの部分。それから……遠くには空と混じってるみたいに霞んでハッキリ見えないけど、海が見えてるっぽい。
 じゃ、ハッキリ海描いちゃえ。犬吠埼の灯台も勝手に移設して。九十九里は100メートルに圧縮。
 左が林で右に灯台。すると真ん中が寂しくなった。
 マンガだとこういう場合女の子だよな。
 幸い?毎週見てしまうので思い出しやすく、しかもついさっき見て記憶に新しい女の子がいる。横からならすぐ描ける。
 スカート履かせて少し背を高くして。
 本人そのままじゃ面白くないから三つ編みにでもしようか。
 熱中したらしく1時間。
「それってあたし?」
「んばう!」
 後ろから突然女の子の声がして、首筋に氷のような冷たさが走って、オレは思わず謎の生物みたいな声を上げた。
 振り返ると……美紀。ニコニコ顔。
 だったが、オレが相当怒った顔していたせいだろう。さっきみたいに困った顔になった。
「おどかしてごめん……」
「べ、別にいいよ」
 オレは慌てて絵を隠した。見られ…てるよな既に。すると美紀は手のひらの缶……首筋ヒヤリの正体をオレに差し出した。
 “マックスコーヒー”この地方でだけ売ってる缶コーヒーというかコーヒー牛乳というか。
「これ……そのお礼というか……とにかく助かったよ。ありがとう」
 って、言われても、何言えばいいんだろう。普段オレ聞こえよがしに最悪とか言ってるわけで。
 いらねーよそんなの……って言ったら?
「おかげでテスト間にあった。合格した」
 美紀は嬉しそうに布カバンから新品の楽譜を取り出した。ハノンと書いてある。
「ハノン?」
 オレはとりあえずそれだけ言って、マックスコーヒーを受け取るとじゃばじゃば振ってからフタを開けた。もちろん、ハノンってのがスゴいんだか何だか知らない。書いてるのを読んだだけ。
「そう。ツェルニー終わったから。薬指が吊るから覚悟してねって言われた」
 薬指をメチャクチャ使うという意味だろう。ケガするかも知れないような話をニコニコ……それほど嬉しいのか。
「先に飲めよ」
 オレはフタを開けたマックスコーヒーを美紀に差し出した。
「えっ?」
「お・め・で・と・さ・ん。オレに感謝しろよ」
 勝った。
 すると。
「ありがと」
 美紀は真っ赤になってうつむき、顔を上に向けて、
 飲み口が口に触らないように
 どきっ
 一口飲んで、オレに返した。
「もういいのかよ」
「うん」
 頷いた目が見る間に真っ赤になり、涙がぽろぽろ。
 泣き出したわけだ。そりゃビビッたさ。
「な、なんだよ。オレが何か……」
「違う。……嬉しい……」
 言って、泣きながら、こっち見てニコッ。
 どーしたらいいんだ?と、思っていたら。
「あたしって嫌われてるよね」
 違うって言ったらウソだろ……でも、オレは声に出すタイミングが無かった。
「このこと学校で話す?……いいよ、判ってるから。でもつい言っちゃうんだ。だって男子掃除とかサボるし……あたしピアノ真面目に頑張ってるのに全然合格しないし……今日も学校で練習してたら遅くなって……どこかでサイフ落としたみたいで」
「それって」
「うん八つ当たり。でも……なんかそんなでしょ。だから見てたらイラッとしてきてさ……そしたら最悪最悪って……自分がみじめになった」
 美紀はハンカチで一回目を拭いて、俺の方を見た。
 濡れた睫毛がきらきらしてる目で。
「だから。真崎君の親切驚いたけどすごく嬉しかった。そして助かった。テスト受かったのも、間に合ったってホッとした気持ちのせいもあると思う。どうもありがとう」
 気をつけの姿勢からぺこりと頭を下げられてしまった。
 そして、もう一度向き直って、オレのこと見てる目が、後ろからの夕方近い日射しで金色に光ってる。
 もう、最悪とか言う“材料”がないじゃないか。
「女の子って、かわいいんだな」
 何故か出てきたのがそんな言葉。
 言ってからものすご~い意味に気付いてオレが真っ赤になった。
「えっ!?」
「な、なんでもねーよ」
 ごまかしごまかし。えーとえーと。
「お前そのままそこで立ってろ」
 さっきのノートの次のページ。真ん中にホームと延びる線路。右側に金色の太陽。
 左側に金色の女の子。
「記念に描いてやるよ」
 真っ正面から見た美紀を描くのは当然初めてだけど、輪郭とか髪型とか知ってるし、別に苦労はなかった。
 胸に抱えたカバンに“ハノン”っと。
「ほれ」
「……これあたし?」
「明日から、男共に何か言われたらオレに言ってこいよ」
 かっこ付けて言って、マックスコーヒーを飲む。
「う~わチョー甘っ!」
 ……日本一甘い缶コーヒーだと知るのは、原材料名:加糖練乳と読めるようになってから。

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【恋の小話】みどりの駅の小さなみどりの

 思わず鼻の穴が開くような、車内一杯に乗っていた女子高校生達も、野中の小駅に止まるごとに10人降り20人降り、峠越えの前の駅では、ついに一人もいなくなった。
 つまり、この先峠に向かう列車の乗客はオレ一人。列車といっても2輛だが、まぁ列なる車で間違いはない。
 その2輛の列車を構成する古ぼけたディーゼルカーはエンジンを全開にし、それでもモタモタと峠の勾配へ歩み始める。50トンからの鉄の塊にエンジンは220馬力。クルマが2トンもないのに100馬力はあるのだ。当然非力に過ぎ、これからの連続勾配に最高速度は30キロ程で頭打ち。側道を軽トラのおじさんが颯爽と抜いて行く。おかげさんで深呼吸して入ってくるのは女っ気ならぬ排気ガス。
『お客様にご案内致します』
 この先の峠越えのトンネルは抜けるまで20分。排気ガスを巻き込むので窓はお閉め下さいとのこと。
 今日びにして非冷房なのに閉めてられるかっての。
 構わず開け放しておくと、程なくそのトンネルに列車が飛び込む。
 全開エンジンの咆哮がトンネルの壁面で反響し、開いた窓から車内を圧し耳を聾する。
ただ、その有様はさながら声を限りに喚き散らすようで、オレにはむしろ心地よかった。
 センチメンタル・ジャーニーと言えば切なくて女性のイメージがあるが、男の場合やかましくて荒々しい方がむしろ良いのではないか。バカヤローとか、こんちくしょーとか、自暴自棄の雄叫びを、替わりにこの騒々しいエンジンが負ってくれている気がする。そう、オレは失恋したんだ。
 ヲタクっぽい人は嫌いなんだそうだ。悪かったな。“普通”はイコールありきたり、ってオレ自身は思ってたけどよ。
 さんざわがまま聞いた挙げ句、秋葉原デートとしゃれ込んで模型屋に連れて行ったらドン引きされた。……グチ書いてもしょうがないな。でも、薄汚れたトンネルの壁に浮かんでくるのは、信じていた日々ばかり。ああ、ああ、男って女々しいね。
 気付いたのは突然の気流の変化だった。見ればとっくにトンネルを出ているではないか。あの轟音の中でオレってばウトウトしたらしい。最もこの線唯一の“全線直通”であるこの列車を狙い、4時起きして始発の新幹線に乗ってきたのだが。
 かたたん、こととん。緩い下りなのだろう、列車はエンジンを切り、惰力で草原の中を駆けて行く。刻むリズムが細かいのは、決して高速なのではなく、都会や幹線と違って簡易工事で建設されたため、1本のレールが短いせい。当然デコボコしていて結構ギシギシ揺れる。
 高原の風景と冷房を不要にする冷涼な空気。向こうに連山が霞み、手前はひたすらな草原と所々キャベツ畑。ひらひらする白いチョウの姿が見て取れる。そんな中2輛の列車の影が進んで行く。
 貫通扉がガラガラと開く音。
 車掌氏。
「お客さん耳大丈夫でしたか?」
「ええ、慣れてますから」
 オレはTシャツ1枚にリュックサック。全国電気街でおなじみ、ヲタクスタイルである。鉄道ヲタクも大して変わりないと聞く。
「次で40分停車します。時刻表上は別れていますが、結局この列車がそのまま終点まで行きますので」
「判りました」
 知ってて乗ってます。時刻表上は“ここまで行き”と“ここから発”と別々表記。しかし実際には同じ車輛が惰眠をむさぼってそのまま先へ行くだけの“全線直通”。ちなみに、鉄ヲタ共はそういうのを“バカみたいに長時間停車する”ことから、“バカ停”と呼ぶとか。
 ガタガタ、ユサユサ、さび付いたポイントを幾つか渡り、キィキィ言いながら止まった“表面上の終着駅”はみどりのただ中。
 窓の外は線路際まで草。キリギリスがそこここで鳴いてる。
 対しホームは土盛りの砂利で、人の踏まない端の方はタンポポやら何やらかんやらでやっぱりみどり色。
 しかし駅舎はリッパ。どこのペンション持ってきたの?ってな三角屋根の瀟洒な建物。まだ新しいから建て替えたんだろう。
 40分も風無し車内にいる気は無いので降りてみる。その土盛り草だらけのホームは、大正の開通当時そのままなのであろう、そこに、無理矢理接続された現代工法。
 丸太積みログハウス風にサッシ窓の駅務室。顔出してオレを見ている委託のおばちゃんに“青春18切符”を見せ、待合いへ出る。おみやげショップは人の気配無く、弁当屋さんには割烹着のおばちゃん一人……おばちゃん後でね。他は周辺地図と観光案内、郷土の産業を紹介するパネルとか。駅舎を建て替えた理由が垣間見える。
 40分で行って帰れる……観光……一番近いところでナンタラ滝徒歩2時間ああそうですか。
 駅前へ出る。草むらをあっちから来て、こっちへと伸びて行く、細い道一本。
 以上。強いて言えばその道のアスファルトは亀の甲羅みたいにひび割れている。
 ただ待つ?いやいや、とりあえず歩く。
 左側へ伸びる道の脇を歩いて行く。草むらに踏み込むと一散にバッタが飛び、あちこちで何かがガサゴソ動く。とりあえずいろんなモノがいるのは判る。
 と、草むらから唐突に顔を出す腰掛けサイズの岩。
 別に岩山や川がそばにあるわけでもないのに、この手の岩がゴロンとしているのは、往時道しるべというか道程標に使われていたことが多い……のか?
 とりあえず座り、リュックサックを傍らに下ろすと、動くイキモノ。
地に置いたオレの両足の間にカエル。茶色でイボイボヒキガエル。要するにでっかいガマガエル。
 オレのことをじっと見る。田舎道でカエルとお見合いしているってのもなんだかなぁ。しかも良く見れば傷だらけで情けなさそうな表情に見える。
 ……男同士のシンパシーみたいなモノを感じたのは気のせいか。
「お前もオレと同じか……な?」
 背後でコソコソ動く気配。
 但し人間の質量ではない。首をねじると草の間に足のない爬虫類。
 ヘビ。しかもその鎖を焼き付けたような模様と三角頭はこともあろうかマムシ。
 死人も出る毒ヘビ。
 マムシはガマを食ったかどうか。図鑑的には思い出せないが、このガマ助を狙っているのは明らかだ。だから、カエルはカエルでじっと動かないのである。
 どうしようか。
「……わかったよ」
 オレはひとりごちると、リュックサックからミネラルウォーターのペットボトルを引っ張り出した。
 マムシ撃退しようというのだ。逆襲しに来るという懸念はある。でも、ヒキガエルはイボイボに毒腺を持っているので素手で触るにはアレだし、だからって見殺しにするのも。
 一撃必殺しか手はない。水はまだ少し残っているが仕方がない、足元の砂なり小石なりかき集めてペットに押し込み、重量を増やす。
 狙って投げる。すると、ヤツの顔の前でペットは一旦弾み、命中した。
 マムシがガサガサと派手な音を立て、草むらを線路の方へ逃げて行く。実は案外臆病だと判ったのはずっと後の話だ。
「追っ払ったよ。振られガエル」
 オレは草むらからペットボトルを回収すると、飲むわけにも行かぬ残った水をカエルに掛けてやった。ヨーロッパの湧き水だ。純国産のオマエラが口にすることはあるまい。まぁ一杯飲め。
 すると、ガマはさすがに口を開けてグビグビ、ということはなかったが、舌を出して濡れた自分の目玉をぺろりと舐め、次いで口の中から何か吐き出した。
 ころんと転がる白と緑の。
 それだけ見れば、子どもが二つのガムを口の中で丸めて吐き出したみたいだが。
 質感は石だ。しかも緑色の部分は透き通るかどうかのギリギリの色合いで、案外綺麗だ。
 カエルは背を向け、モタモタ歩き出し、道を横切って反対側の草むらへ。
「喉でも詰まったかこれ」
 オレはティッシュで石を拾った。白い部分も、緑の部分も、彼の体液とか、食べたものの残渣とか、そういうことはないようだ。そういう模様の石である。
 にしても緑色が綺麗だ。オレは正体を調べたいという欲求もあって、旅の記念に持って帰ることにした。来た道を駅へ戻り、『おばあちゃんの手作り弁当』なる駅弁とお茶を買い込み、“バカ停”している列車へ戻った。列車はエンジンがガラガラとアイドリング……このエコ時代にああ勿体ない、が、同時に、この長閑な光景にそこだけメカメカしいのはそれはそれで変に絵になる。
 停車中に食事を済ませ、空き箱を駅のゴミ箱に入れ、窓全開にしてボケーッとしていると、車掌の笛。
「待ってくださ~い」
 声がして、麦わら帽子を押さえながら女性が改札を抜け走ってくる。
「大丈夫ですよ~」
 車掌は言い、女性が乗るのを待って、ドアを閉めた。
 アイドリングしていたエンジンが一変、全開に転ずる。
 もったらくったら、再びディーゼル列車が走り出す。しかしこのオンボロぶり。鈍重で鈍足であか抜けせずうだつが上がらない。
「ここ、いいですか?」
 その声は実は一人残っていた女子高生……なわけない。
 しかし若い女の声に振り返ると、白いブラウスに麦わら帽子。リュックを背負ったメガネの……要するに今走り込んできた乗客だ。
 ボックスシートの斜向かいを指差している。曰く座っていいですか?
「駅から見えたんで……一人はどうにも……ご迷惑ですか?」
「あ?いえいえ、どうぞ」
 しまい忘れた雑巾のように窓枠に垂れ下がっていたオレは居住まいを正した。
 その拍子にドア脇テーブルからカエル石が転がり落ちる。
「これ翡翠(ひすい)じゃないですか?」
 驚いたように女性が言い、落ちた石を拾った。
「ちょっといいです?」
 その後の動作にオレはあっけに取られてしまう。女性はリュックから古風な字体の分厚い本を取り出し、小型のルーペで石を眺め、分厚い本をパラパラめくる。本は古いらしく、かすれたタイトルは“鉱物”。
 んなものリュックに背負って山道ハイクか。
「やっぱり翡翠ですよ。どちらで?加工して彼女さんか誰かにプレゼントですか?翡翠は巫女達も身につけた日本古来の宝石ですもんね……」
 オレもヲタク道その道語らせたら我ながら半端じゃないと自負している方だが、彼女がその後蕩々と説明した翡翠の話は、オレの認識するヲタク度のレベルを遥かに上回った。
 石ころ一つで日本列島の構造から生い立ちまで語る女性ってのもそうそうおるまい。ちなみに、この石を作った原動力は日本列島を東西に分かつ大断層“フォッサマグナ”の成因に伴うそうな。
 オレは一生懸命喋る彼女の話をゆったりとした気持ちで聞いた。オレ相手にこれだけ熱く何か言う女性ってのは……叱る母親以来だ。恐らく。
 すると彼女はハッと気付いたように“卑弥呼”のくだりで話をちぎり。
「ああすいません一杯喋っちゃいました。よく言われるんですワケワカランことべちゃくちゃ……」
「いやいや構いませんよ。するとこの石には数千万年の地球の運動が封じられている」
 オレがそう応じると女性は目を輝かせた。
「ええ。ちなみにどこで採集されました?」
「それがヘビに睨まれたカエルをどうにかしてやったら、カエルが口からペッと出しましてね。カエル石ってヤツですかね」
 すると、女性は小さく笑った。
 そんな面白いか、とオレはまず思い、イヤ違う、と思い直した。ヲタクってのは一般人には理解不能な内容を面白がったり非常な興味を持ったりする。同じかも知れぬ。
「翡翠の石言葉ご存じですか?」
「いえ」
「徳を高め願いを叶える。です。あなたはきっとお優しい方なんですね。……普通の男の人は私が喋るとドン引きですよ」
 ちなみに、翡翠が多く“蛇紋岩”から産出されることも、戻る新幹線で彼女に教えてもらった。
                                                  みどりの駅の小さなみどりの/終

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魔女と魔法と魔術と蠱と【15】完結

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 電車が運転を再開したらしく、轟音を立てて鉄橋を行き過ぎた。
 男の子が身じろぎしたタイミングで、相原は腕をほどいた。
「出血止まったか?」
 男の子は下を向いたまま頷いた。
「あんたさ……」
 枯れた、ぼそぼそした声で、彼は訊いた。
「あん?」
「姫様と……け、結婚してんのか?」
「まさか。立場知ってんだろ?偽名用に貸してんのさ。従姉妹って設定」
「彼氏?」
「非公認。そういうことは本人に訊けや」
 相原はスッと身を引いた。
 向き合う二人。
 目の下を赤く腫らした彼。
 硬い表情で唇を噛みしめ、麦わら帽子を手にした彼女。
「質問していい?」
 彼は問うた。
「ええ」
「終わり?」
「です」
「成就」
「しません。残念ながら」
「絶対に?」
「絶対に」
「仮に……俺があのリング割らなかったら?」
「それは判りません。あれは冥府が求めたのか、或いは試しただけか」
「試すって……」
 我ながら血も凍るほど冷たいと思う。
 でも多分、相原の〝任せろ〟は、こういう展開を踏まえての事前告知。
「ただ、二つ、理由を挙げることが出来ます」
 彼女は人差し指と中指を立てた。それはピースでありVサインであるが、今はそのどちらとも意味が逆。
「お話しした方がいいですか?」
 訊いたら、彼は躊躇なく頷いた。
「ひとつ、あなたは作法の禁を二つ破った」
「え?」
「何を破ったか、それは最早、考えることすら意味を持たないでしょう。言った通り二度は言いません。言うことを許されていません。それと、もうひとつ、それは私自身の意志。私の気持ち」
 彼は、その言葉に拳をギュッと握りしめ、歯を噛み鳴らした。
 これに相原がぼそっと。
「女に拳は、賛成出来んな」
 つまり、力任せ。
 彼が、びくり、と全身を震わせた。
 後悔と、激しい動揺をその目に浮かべ、彼女を見る。
 そして、うなだれる。
「判ったよ。魔術に頼るなんて……そしてごめんなさい。姫様」
 自分が冷たく彼に当たる理由を知る。魔術で強引に、への反発。
 彼の気持ちは判った。痛いほど判った。でも、でもなのだ。
 この力、誰か一人のためにあらず。
 だから、積極的に開示しないし、マジックとしてみんなに楽しんでもらって。
「いいよ。別に」
 彼女は言った。で、続けたい言葉があるが。
〈嫌いになった訳じゃない。って言っていいの?〉
〈やめとけ。余計に傷付ける。完全に断ち切ってゼロにするべき。完膚無きまでって判るかい?案外男って引きずるんだよ〉
 やはりそうか。
 すると、彼は、腕で顔を一拭いすると、顔を持ち上げた。
「もう、会えないのかな」
 無理して自分を見ているのが判る。その顔からは、拭ったそばから、堪えきれないように涙がぼろぼろ。
「判りません。成就しない、という力が、どんな風に作用するのか。私自身、受けたことはないから。そんなこと考えたこともないから」
 ただ、相原の引きずる説を正とすれば、自分が顔を出すなど論外であろう。
「またマジックショーを頼んでもだめなのかな。その……みんな君が好きだから」
 それは、己のせいで、施設の子達が、自分と会う機会を失った。
 そんな、彼の後悔。
「だったら、せめて最後に、魔術じゃない、手品を僕に教えてよ。君の直伝の。姫様の手品の」
 後から後から、幾筋も涙流しながら言う彼に、彼女は持っていた麦わらをくるりと裏返し、彼の前に出した。
 実は、それには悲しい心当たりがある。
「この帽子で、そのつもりになって、何か出してみて。例えばこの場所は、貝の化石が取れるんだって」
 彼が麦わらに手を入れると、その手には、リンゴのサイズの白っぽい石が握られて出てきた。
「石ころだよ」
「違う。ノジュールだ。貝殻なんか芯に石灰が集まったものさ。貸してみ」
 相原が先ほどのルビー玉を石に叩き付ける。
 石が二つに割れ、中から二枚貝の化石が出た。
「あっ……」
 驚く男の子の手に、相原は貝の化石を載せ、握らせる。
 貝を見回す男の子。
「私の帽子には何もタネはないんだ。あの日あなたを大マジシャンにした。その術が解けていないだけ。私は服だけ元に戻して、そっちの術を解くのを忘れた」
 言って、今知った事実。
 あの日彼が失った、自転車の鍵。
「だから、改めて、あなたに教えることはありません」
 彼女は帽子を頭に載せた。
 残酷、だと思う。
 でも、仕方がない。
 実際、彼と〝お付き合い〟するにしても、何も具体的な状況が浮かんでこない。海を歩く?映画を見る?ロマンチックな場所?それこそ、その太郎坊?
 で?星を見ながら何を話すの?
 そのうち携帯が鳴って、夜空の彼方から呼び出されるのが関の山。彼を放って行かねばならない。それ以前に、いつ会えるかなんて不定期そのもの。
 むしろ相原学とはそういうパターンを経たことがないのに。
 交通ICカードのみならず、馴染みのお店のポイントカードに、相原の家には自分専用のクローゼット。東京で暮らせるフル装備で、秋葉原でラーメン食べたり、コント混じりのマジックショー。
 で、今回など都合2週間寝泊まり。逆に3ヶ月音信不通も。
 ショーの最中に呼び出しがあれば、シルクハットを手にして「後は任せろ」。
 例えば病院で不測の事態があれば「何か手伝えるか?」。
 ギョッとする。彼と彼を、どこかで比較していたのか私。
 出会って1年。自分に生じるあらゆる事態に対応する術を備え、興味対象の全容を把握する社会人。
 対し、この自転車乗りが趣味の男の子。
「姫様、なんだね」
 彼は、小さな笑みを浮かべて言った。
「やっぱり、君はお姫様なんだ……ありがとう。その、あんたも。彼氏の人」
 彼は言い、振り切るように走り出し、堤防の自転車を起こした。
 こういう場合、自分がこういう行動を取るのは、いけないことなのかも知れない。
 でも、それも私自身の意志。
「待って!」
 彼女は彼を呼び止めた。彼がこっちを見たのを確認し、走って行く。
「鼻血なら止まったよ」
「そうじゃなくて……多分、友達でいちゃいけないって掟はないはず。だったら……」
 耳打ち。
「私の本当の秘密を知る人は、私のことをレムリアと呼ぶんだ」
.
魔女と魔法と魔術と蠱と/終
.
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魔女と魔法と魔術と蠱と【14】

 堤防の砂利道。
 曇り空でやや肌寒い。彼女は長袖ブラウスにカーディガン。麦わら帽子を手に持ち、くるくる回しながらゆっくり歩く。但し表情は冴えない。
 その後を少し離れて男が一人。眼鏡をかけており、一歩控えた感じは、若き執事か案内役の如し。ただ衣服はTシャツにジーンズ。
「その鉄橋の向こう側でクジラの化石が出た」
 男は目先横切る鉄道橋梁を指さし、喋った。背は彼女より頭一つ高い。痩せた男で童顔。但し、その顔には、無精とは言わぬまでも、昼下がり相応のヒゲの伸び見られる。
 彼女は男の指先に目を向けたが、すぐに目線を落とし、ため息をついて立ち止まった。
 合わせて、男も歩を止めた。
「こういうネタ好きだと思ったけどな。気晴らしにはならんか」
「ううん、悶々してるだけよりは。それよりごめんね一週間も」
 彼女は振り返らず言った。
「構わんが、母親も心配していたとだけは言っておく」
 男は腕組みし、そんな物言いをした。彼女の東京宿六先とはこの男の家である。ここは男の家から散歩距離、多摩川の川っぷち。
 彼女は一週間、彼の家に逗留していた。
 番組後オファーが殺到したから、というのはある。
 アムステルダムに帰るのは〝逃げる〟ような気がして抵抗があったというのもある。
 そして今は……理由を考えたくない。
 位相90度。
「じゃぁ、ここは昔海だったんだ」
 彼女は振り返り、笑顔を作って言った。
 とは言え、それが作り笑いであることは、この男にはすぐ判るのだが。
 証拠に、彼女がはぐらかしたことを、更に訊いたりはしない。
 歩き出すと、勝手に浮かんで来るものをかき消すように、男が話し出す。
「俺も貝を拾ったことがある。関東平野は形成の過程で、土地の浮き沈みと海水の上下によって、海の底になったり今みたいに平野になったりを繰り返した。当然この辺りまで海が入り込んでいた時代もあるんだ。最終的には地殻変動……主に海溝型の大地震なんだが、そのたびにドーンドーンと跳ね上がり土地が高くなり、対し海岸線は沖へ沖へと下がっていった。そして今の状態になったんだ。懸念されている次の大地震もそんな地球リズムのドーンだと言われてる……どした?」
 眼鏡の男が問うたのは、彼女が再び立ち止まったから。
 共に見る目線の先。
 堤防斜面、草むらにマウンテンバイクを放り出し、大の字に寝そべって息荒い男の子。
「知り合いか?」
 尋ねる眼鏡の男に。
「うん」
 と彼女が答えたその瞬間、男の子ががばっと跳ね起きた。
 まずは彼女と目を合わす。驚愕からか一瞬そのまま凝固し、次いで無邪気とさえ言える笑顔を作る。
「会えた。わあ本当に会えたよ」
 輝く瞳。
「走ってきたの?自転車で?」
 彼女は小首を傾げて尋ねた。
 位相90度、回った。
「うん。水と緑が好きって言ったろ?だから多摩川ずーっと上がってきた。いるならそんな場所かと思って」
 彼は煌めくように答えた。
 彼女は溜息を押し殺す。ああ……何故そんなことを?
「どこから来たって?」
 男の子の言葉に、声を返したのは、眼鏡の男の方。
「その人は?」
 男の子は質問に答えず、面持ちに警戒を忍ばせ、逆に訊いた。
「この人は相原学(あいはらまなぶ)」
 彼女は背後を指差し、答えた。彼女を愛すると公言する男こそはこの眼鏡の青年、相原学である。
 男の子が目を見開いた。笑顔一転、瞳揺らめかせ激しい動揺。
「あいはら……あいはらって……」
 相原姫子という彼女の〝日本名〟は、身分を知った相原学の母親が、暴露するものでもないと判断、従姉妹ということにして〝名付けた〟もの。彼女自身が考えて使っているワールドワイドな偽名は、湘南マジックショーで題目に使った幻の大陸、レムリアだ。
「そんな……だって……」
 彼はポケットに手を入れ。
 取り出す。輝くクリスタルのリング。
「だってこれ……」
 相原学が手を伸ばそうとすると、避けて引っ込める。
「今日が月齢14だぜ。でも……来ないから。来てないみたいだから、オレの方から来ちまったよ。待てと言われたけど今日でもう14だから。でも、そしたら会えた」
 男の子は笑みを見せ、しかしすぐ悲壮な目になり、
 リングをギュッと握る。
「オレ、言われたこと全部守ったぜ。毎日、月の出を調べて、月を見て、報告したぜ。いっぺんなんか天気が悪そうだから、天体観測の名所って探して、富士山の太郎坊(たろうぼう)まで走った」
「太郎坊って御殿場から上って行くあそこか?」
 眼鏡の男相原学が訊く。
「そう……70キロくらいあったかな。死ぬかと思った」
 相原学はそこで「ああ」、と言い、指をパチンと鳴らした。
「どこかで見たことあると思った。君、彼女の番組で花束やった彼じゃんか。すると何だ?横浜あたりに住んでるんだろ?そりゃ死ぬかと思うだろうよ。あそこは標高も1000以上だ。それで?今度はここまで、多摩川ずっと上がって来たわけか。そのリングは彼女のだな。そっち系の用事か。衛星携帯の番号は知らんかったんかい?」
 相原学は腰を下ろし、男の子を見上げる視点で訊いた。
 それは、大人が子供に対する際の態度姿勢。
 男の子が下唇をギュッと噛み、相原を睨むように見下ろす。
 彼女は、相原の存在と言動が、男の子の心に傷を付けたと気付いた。
 子どもでいたい時には大人を要求され、大人として見られたい時に子ども扱いされる。
 その気持ちは判る。自分だって王女として外交してるし、知らぬ人には単なる小娘。
 でも何を言えばいい。この状況に適切な言葉が見つからない。用意してない。
 考えても出てこない。何故?
 こうやって冷静に思慮は動いているのに。
 その時。
 相原学の携帯電話が異様と言って良い着信音を響かせる。わずかに遅れて男の子の携帯電話からも同様に異様なベル音。
「なんだ?」
 相原が目を剥く。それは電話やメールの着信と様相を異にする。折り畳みの機体を開き、幾つかボタンを操作するまで、音は収まらなかった。
 聞けば誰もが不安を抱くであろう、何かの警告を思わせるその音。
「これは……待てよおいおい」
 相原学が言い、携帯電話の画面を彼女に見せて寄越す。
「緊急地震速報。30秒後マグニチュード9推定震度6強……そのさっき言った地球のドーンだ」
Dscn1291_2
(作者の実例)
 相原の言葉に対し、男の子は同様に携帯を開いたその手を震わせ、言葉がない。
 相原はその間に堤防を前後見回す。
「俺たちだけだな。さあここから逃げるぞ。日本列島が跳ね上がる。こんな川っぷち液状化して底なし沼だ。君も自転車はあきらめろ。まずは生き延びることだ。こっちだ」
 あと25秒。
 しかし少年少女は動かない。
「これって」
 彼はリングを見、次いで彼女を見た。
「これって、まさかこれって……〝代わりに失う物〟ってまさか」
 彼女は何も言わない。
 言えない。判らないからだ。そもそも、そういうことなのか。
 それに、もし、そうだとしても。
 だとしても、何を言えばいいのか。
「そんな!代わりに失う物ってこういうことか?君は……僕が君を……そのためにはこれなのか?」
 彼はリングと、彼女と、携帯の緊急画面の間で目を走らせる。
 震える手。
 遠くで花火が打ち上がったような音。
 地鳴り。
「急げ。それともそのリングで地震止まるのか?」
「うわあっ!」
 相原の問いかけに、男の子は叫んだ。
 壊れるようなその声に、彼女は思わず、目を閉じた。
「畜生ーッ!」
 男の子は再び叫び、リング持つ手を振り上げ、手の中のリングを放ち、堤防斜面に叩き付けた。
 しかし斜面は土である。リングは割れない。
 20秒。
「あれ……割れない。割れないよ。これってどういうこと?」
 その言葉に彼女は目を開く。男の子の青ざめた表情がある。状況に冷静な思考が出来ないと知る。
「割れないとどうなるの!?」
「何だ?割るのか?割ればいいのか?」
 見かねたような相原の問いかけに、男の子は無言。その手は震え、目には涙。
 相原は大地のリングに手を伸ばす。
 男の子は、土の上から拾われ、相原の手に移るリングの動きを、目で追った。
 相原は自らの手首内側、腕時計の金属バンドの上にリングを載せた。
 15秒。
「これは……水晶か」
 訊かれ、彼女は頷いた。頷けた。
 自分を見る男の子。
 男の子を見る自分。
 見つめ合える。その瞳が揺れ動く。こうして反応できるのに、何故言葉が出ないのか。身体が固まったように動かないのは何故か。
 冥王よ。冥王よ。これは貴殿の意か。
 であるならば。
 10秒。
「ルビー玉」
 相原が彼女に手を出し、彼女は帽子の中から手品の手法でブラッドレッドの球体を取り出す。
 反射的に、スムーズに。いつものマジックのように。
 手のひらのルビー玉。但し宝石に使われるほど透明ではない。濁っており、むしろ赤みを帯びたコランダム。
 水晶。モース硬度7。対しコランダムは9。
 水晶に劈開はない。だから相原は硬度主体でルビー玉を要求した。
 そして相原は、このリングを割ることで地震が止められる蠱物祓いと捉えた。
 だから何ら躊躇なく、相原は手首の水晶リングにルビー玉を打ち下ろした。
 以上超常感覚的知覚、すなわちテレパシーの回答。
 5秒。
「あーっ……」
 後悔の響きを持つ悲鳴と、耳に痛い甲高い音を発し、割れ砕け、飛び散る無色透明。
 粉砕されたクリスタル。
「いかんかったのか?でももう遅い。おう痛え」
 破片が切ったか、相原が血筋の走る手首を見やる。
 地が唸り、エンジンが始動するように、太鼓の連打のように、重低音が連続する。
 川面を小波が立って埋め尽くし、中州の木々が巨大な手で揺さぶられるようにざわつく。堰にいたサギと梢の鳥たちが一斉に声を上げ飛び立つ。
 初期微動。
 恐怖が襲い腰が浮かび、身体が硬くなって姿勢が下がる。男の子はしゃがみ込んだが、相原学は彼女の身体に左腕を絡め、右腕と自らの頭部で彼女の頭に覆い被さる。
 彼女はされるがままのように、相原学にその身をを引き寄せられ、預ける。
 相原学が手を握って来た。
 その一部始終を見ている男の子。
 地震。大陸の育ちである彼女にとり、被災地で余震に遭遇したことはあるが、本体のその瞬間を経験したことはない。当然、慣れているはずがない。
 従って怖い。怖いはずである。しかし、この男に身を預け、手を握っていれば、どうにかなるという不思議な確信がある。
 0秒。
 しかし一帯は初期微動の中。速報の時間は主要動の到達を算出するが、揺れ始めの僅かなデータを使うので、若干のズレは当然。
「立て。そして走れ。恐怖に負けたら死ぬぞ」
 相原は男の子に向かって左手を差し伸べ、言った。
 地震動が振幅を増す。ガタガタと縦に鋭く揺れる。
「これが10秒から30秒……そのあと、スマトラ並みに揺れる。但し揺れる地盤があまりに大きいために阪神のような早い振動にはならない。ゆっさゆっさと大きく揺れる。3分続く。今のうちに堤防から離れ……」
 相原は自身恐怖を叩くためか、揺れる大地を蹴るようにドンと一回踏み直すと、彼女を右腕で抱き締めた。次いで抱いたまま身を屈めて左手を伸ばし、男の子の手首を取ろうとし、動きを止めて周囲を見渡した。
 振動の様相が変わる。主要動である。但し、相原の言った、ゆっさゆっさという横揺れに遷移したのではない。
 下から突き上げる衝動が連続し、伴って上下に揺れる。その振動は大きいが、立って耐えられる。
 冷静な状態であれば、危険と感じるレベルではない。
 ただ、いつまでも終わらない。長々と揺れ続ける。終わるかと思ったら再度突き上がったり。
「この揺れ方は深発だ」
 相原は独り言のように言った。
 彼女への腕のホールドを解き、但し、手だけは握ったまま、腕時計を見つめる。
 時計の下手首から血が滴る。相原は都心方向を、横浜方向を、目を凝らし見つめる。
 振動が続く。しかし、それ以上激しくなる兆候は見えない。
「これだけだ。震度は4かあって5だろう。心配しなくていい」
 結論のように相原は言った。
「マグニチュードは確かにあるが深い。深いのは揺れはしつこいが、上に乗ってる質量があるからこれ以上は大きくならんぜ。そんな顔すんなよ。緊急地震速報は最初に検出した幾つかの地震計のデータで計算する。深い地震は広い範囲のある程度データが揃わないと正確に出ない。間違いやすいかもね。それとも本当は大地震だったけど、リングかち割って変わったかな?」
 相原は薄笑みすら浮かべた。時計を見ながら60からカウントダウン。
 地震動は相原のカウントよりやや長く、成る程しつこいと思う程長く続いた。その後、振幅は広がる様相を見せることなく、名残のように収束し、そして消えて行った。
 相原は彼女の手を離した。
「地震終わった……の?」
 彼女は首をひねって相原に尋ねた。
「うん」
 尋ねる彼女に相原が答え、携帯電話のアンテナを伸ばし、デジタルテレビ放送ワンセグの受信準備をする。
 その傍らで、彼女がウェストポーチから脱脂綿と消毒薬を取り出し、手首の傷の処置。
「震源は鳥島近海。ここから距離700キロだな。深さ450キロ、マグニチュード7。最大震度5弱と。津波が多少あるかも、ってところか。前にもあったパターンだ。しかし……アルフェラッツ・ムーンライト・マジック・ドライブだっけか。すげえな」
 相原は少しふざけた風に、しかし胸に手をして、頭を下げた。それは彼女の操る魔法の正式名称。
20101130m6_9
(実例:2010年11月30日小笠原沖深さ480キロM6.9)
「終わり……なのか」
 男の子は携帯電話を片手に、呆然と彼女に訊いた。
「そう終わった。速報の空振り……」
 相原が地震のことかと答えるのを、彼女は右手を挙げて制した。
 声が出せる。
「契約は破棄されました」
 彼女はまず言った。
「そんな……」
 彼の目が戸惑い、彼女は再び言葉が見つからなくなる。
「だって……」
 言う言葉がない。それは彼も同じであろう。
 ただ、彼女の方は、意志は明確。
「何で?」
 彼は、彼女に向かって言った。
「狡い……」
 続いて。
「ひどいよ……」
 涙ひとすじ。
 伝わってくる、ぐらり、と大きく揺れるような感覚。
 少なくとも、彼の心は大きく動揺し、そして。
「俺、だってオレあんなに……まさか……ウソだった……のか?」
 口調が変わる。
 彼女を見る目がきつくなる。
 スパイラル。星が自らの重さに耐えきれずどこまでも潰れて行く……それをブラックホールというが……そんなイメージ。自分でどんどん悪い方へ悪い方へ考える。ただ、幾らかの自己正当化を含む。
 何を分析してるんだろう自分。
 怨嗟の目線。
「あんた、ホントはそんな気なんかなくて最初から……」
「そんな……」
 否定を口にしたが、既に遅かった。
 ぐしゃっ。
「子どもだと思ってからかいやがって!」
 彼は、悪態をあらん限りの怒鳴り声に載せ、拳を振り上げ、
 殴るというよりは、身体ごとぶつかって来た。
 或いは、彼の全身が拳と書くべきか。それは身も心も自暴自棄。
 しかし、彼が〝殴った〟のは相原学の背中であった。
 当然、相原が身を挺したのである。男の子の顔面が相原の後頭部を直撃し、硬い、痛い音がし、再びの鼻血。
「おいおいレディを殴るのは……あーあー……」
 相原が振り返って小さな溜息。
「また……まただよ。なんで……」
 また……彼女の前で鼻血。
 鼻から血をだらだら流すという外見の無様さ。それは、男の子が女の子に見せたくない、最も避けたい情けない姿の極北と言っていいだろう。
 男の子は、最早なすがままのように斜面にぺたんと尻餅をつくと、わぁわぁと声を上げ、泣き出してしまった。
 精も根も尽き果てた。彼女の前で強がる気力も失った。
 鼻血を吹いて、彼は顔を上げて泣いた。血と涙でその顔はぐしゃぐしゃ。それすらも拭おうとせず。
 幼子そのものであった。
 ウェストポーチからティッシュを取り出す彼女。
 そのティッシュを相原は取り、手のひらで彼女を制し、彼女の視線を遮るように、男の子の前に立った。
 彼女は下を向く。つまり自分、彼を見るなということか。
「俺のせいかねぇ。俺のせいだろなぁ」
 相原はひとりごち、男の子の顔を拭い、鼻にティッシュを詰め、そして、男の子を抱き締めた。
 耳打ち。
「状況は判った。気にするな。俺も一発目は同じく撃沈。俺しかいないから。全部出せ」
 男の子は相原にかじりつき、胸板に顔を埋めた。
 男の子の声がひときわ大きくなる。
 血が点々とする相原の背中を、彼女は大きいと感じた。
 そして、今更ながら思い出した。
 男の子に父親が存在しないこと。
 胸の下に痛みを覚えて手をする。悔やむ気持ちが生じ、下唇をギュッと噛みしめる。
〈まぁ、任せといて。年上に〝女〟を見ることは男の始まり〉
 それは相原の〝意志だけ〟。
 彼は、声にせず伝えたい意志は、そうやって思い浮かべて寄越す。テレパシーで読み取れ。

次回最終回

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魔女と魔法と魔術と蠱と【13】

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 昼食後、礼を言いに病院事務室に顔を出すと、タクシーチケットを渡され、車寄せへ案内された。病院の意図は自分をそのまま東京直送、だったようだが、待ち合わせがあるからと二人で横浜駅まで届けてもらった。
「大船(おおふな)まで乗るから、申し訳ないけど290円」
 言う彼に彼女が鉄道ICカード〝suica〟を見せたら彼は驚いた。
「持ってるの?」
「東京から来たって言ったじゃん。そこに宿六状態なの。ウソは申してませんのよ」
「じゃぁ最初言ってた相原姫子って名前は……ああ、姫、か」
「この顔でこんなの持ってたら長ったらしい本名よりその方が通りがいいからね。原産地偽装とも言うけどね……これって電車来たんじゃないの?」
 上から聞こえるリズミカルな轟音を指差して彼女が言うと、彼はああやべぇと走り出した。
 一緒になって階段を上がり、到着した東海道線の電車に乗って15分。複々線に組まれた線路を横須賀線の電車と併走し、デッドヒートで抜きつ抜かれつ。銀色の15輛編成が2本並んで時速100キロ。その有様は重合輻輳する東京エリアの鉄道網を象徴し、ひいては、人も物も溢れるほど存在することの証左。横須賀線から男の子が手を振って来たので、手を振って返す。
 やがて列車は減速し、大きなカーブにさしかかる。高架橋が頭上を横切り、線路が入り組み、観音様の後ろ姿を右手に見ながら駅へ滑り込む。
 チャイムと共にドアが開いてホームへ降りる。階段を上がってエキナカを抜け、改札にカードかざしてコンコースへ出る。
 彼女の一連のその所作を、彼は立ち止まり振り返り、上から下まで見つめる。
 ブラウスにジーンズ。薄手のカーディガンを指に引っかけて肩に載せている。
「姫……」
「はーい?そっちで呼んでくれるの?いいよ。で?ここからはバス?だったらチャージしたいなって」
「え、いやその自転車。こっち」
 彼は東口階段へ向かって歩き出す。
「あれ?もう自転車乗ってたの?」
「うん、大丈夫そうだったから」
「本当はダメだよ。勝手な判断」
 東口階段下はT字路で、細い道をバスが慎重に走って行く。交番が目の前にあるので青信号を待って横切り、客の呼び込みに懸命のドラッグストアが並ぶ前を通り、昔ながらの商店街へ続く道を過ぎると、整備された舗道上に雑然と沢山の自転車。
 彼のマウンテンバイクはその中にあったが。
「あれ……あれ?カギがない」
 彼は着ている服とジーンズの全てのポケットに手を突っ込み、サイフの中まで覗いたが、車輪を封じているチェーンロックを開くカギをどうやら無くしたらしい。
 心当たりが彼女にある。〝衣装替え〟の副作用だ。
 あの手の変換・変身を使うと時々起こるのだ。自分が未熟だからと言われればそれまでかも知れないが、母親も経験があるというから確率的な物だろう。こうなるとどうにも仕方がない。当然、科学的動作機序も全く不明であるから、探す手段は皆無。文字通りお手上げ。東京の年上は電機メーカの勤め人だが、謎のナンタラ空間に落ちたんじゃね?と笑う。
「私のせいかもね」
 彼女は言い、チェーンロックの錠前の部分を手で握り、開いた。
 かちゃん。
「ど、どうやって!?」
 果たして彼は激しく驚く。
「開いてくださいと呪文を唱えた」
「凄すぎる……」
 彼は開いた口がふさがらない。
「便利なことも不便なことも。で?こっちだっけ?」
 彼女がうやむやにして東の方へ歩き出すと。
「乗って乗って。歩いて行く距離じゃない」
 彼は自転車のサドルをぱんぱんと叩いた。
 自分が乗る?それとも二人乗り?
 とはいえマウンテンバイク。荷台が付いているわけではない。マンガの男女のように二人乗りは出来ない。
 すると彼が言うには、後輪の軸の部分にステップが付いているので、そこに立って乗り、彼の両肩に掴まってくれと言う。
「結局要するに二人乗りなんだ」
「うん」
「本当はダメだよ」
「なんか従姉妹の姉さんに怒られてるみたいなんですけど」
「童話の姫君みたいにわがままツンツンも出来てよ。もっと叱る?」
「う、やだ。はい乗って」
 彼がサドルに乗り、ハンドル持って両足で踏ん張る。
 安定を確保したところで、言われたように立ち乗りして、肩に掴まる。
 彼は驚いたように肩を震わせた。
「重い?」
「じゃなくて。……姫さん、手がすごく熱い」
「痩せの大食い系だからねぇ」
 同じことは時たま言われるので都度こう答える。
「そういう人って熱いんだ。行くよ」
 街を駆け出す。先日は鎌倉湖からこの駅までバスで戻ったが、おしなべて全体が緩い勾配をなしていた記憶がある。このまま自分乗せて登って行くのか。
 とりあえず彼に動力を任せる。自転車はすぐに速度に乗り、整備された舗道を突き当たり、ショッピングセンターの裏を抜け、小さな流れに沿った歩行者専用道路を走り、狭い道から交差点を渡って左折、右折。
 見覚えのある道に出る。
「で、ここに出るんだ」
 そこは道の両脇こそ神奈川県内らしく住宅が建ち並ぶが、住宅の背後は鎌倉らしく初夏の緑に彩られた小山が連なり、寺らしき建物の姿もチラリ。
 駅前の喧噪とは隔絶した気配雰囲気である。道奥がどん詰まりに近く、通り抜けがないせいもあろう。行き交う車は少ない(正確には北鎌倉駅の裏手まで迷路のように繋がっている)。途中目に付くスーパーマーケットの駐車場もガラン。
 鎌倉湖の直近まで、彼は彼女を乗せて自転車で頑張り、勾配がいっそう急になる最後の交差点から先だけは、さすがに降りて二人して歩いた。
 散在ガ池公園に近づくに従い木の密度が高くなり、入口は先回よりの3週間が何ヶ月にも感じられるほどの深く、濃い緑。
 道の左右から、頭の上にのしかかるように覆う緑。
 その様は濃密の語をあてがうに相応しく、目を瞠るほど。少し切れという人もあるのではないか。
 風が吹くと枝葉が一斉に囁き会い、鳥たちが鳴き、会話するには大声を要しようと思わせる。
 その風にこの短い髪任せたいと思う。このうるさい静けさ。
「ありがとう。気持ちいい」
 彼女はまず言い、次いで先回と同じように湖畔の柵を持って立ち、うるさい枝葉を見上げた。
 彼は引いてきた自転車を柵に立てかけ、彼女に目を向けた。
「君が好きだ」
「は……」
 巨大な原動機の出力軸が、駆動システムに接続されるような、がちゃんという大きな音が、頭の中で聞こえた気がした。
 変な表現だと自分でも思う。医療機械や移動用の乗り物に触れる機会が多いせいだろうか。さておき、その表現は〝合点が行く〟の巨大レベルの自己認識なのだとすぐに理解した。
 彼は、教えた術を、他ならぬ自分に対して行使したのだ。
 確かに1週間にわたり彼はテレビを通して自分のしたことを見たであろうし。
 2週目には花束役となり。
 今日は3週目だ。
 彼女は、ゆっくり、彼に目を向ける。
 自分の目真ん丸だろう。隠せぬ驚きが表情に出ているだろう。
「姫様、だなんて思ってなかったから……諦めようと思ったよ。でも、そう思えば思うほど君のことが余計気になって頭から離れなくなった。そりゃオレ年下だし背は低いし、でもボランティア活動は覚えるよ。12ヶ国語は無理でもせめて英語くらいは何とかする。親無くても勉強なら出来ると思うしさ。だからその……わぁオレ何言ってるんだろう」
 彼は見て判るほど顔全体を真っ赤にすると、急に〝流動的〟になり、向きを変えて自転車を掴み、引っ張って走って行った。
 追うな。
 再びの禁忌、示唆。
 ここへ来ることをあっさり快諾した自分。
 〝術〟はひょっとして、確かに、自分に掛かっていたのだろうか。
 対し、真っ白とか空白とか表現するより他にないのが、今の自分の気持ちの正直。いわゆる愛の告白を受けたことは承知している。対して自分はプラスでもなくマイナスでもなく、全くのゼロだ。心拍が変化するわけでなく、体温が上昇しているわけでもない。もちろん、彼の気持ちを軽々に扱っているつもりもない。
 自分を愛していると公言した年上は、半ば自分が小悪魔仕掛けて言わせたという経緯がある。感付いたので明言させてみたというのが正しいところで、言わせてその結果、照れる彼の姿を楽しんだ記憶がある。但し、彼は文字通り命がけで自分を守ろうとしたことがあり、結果文字通り、すなわちレントゲン的に、骨を折った。
 彼には言われている。自分に年齢相応の相手が出現したなら、己のことは気にするなと。
 別に年上のその彼に(懐いて、とは表現できるかも知れないが)恋慕なびいてという自覚はない。ただ、年下の彼に肯定する自分も、否定する自分も、今はイメージできない。
 これはどういう意味なのか。これも術の故か。
 タイムリミットは1週間。月の位相にして90度。
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つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【12】

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 病院の従業員食堂。
 カフェテリア形式。トレイを持って4皿チョイス。
 レジカウンターに向かい、おばさんに客人向けチケットを渡して通過。空席を探して座る。ちなみに彼女が選んだのはシャケの塩焼きに海藻サラダ、ご飯にみそ汁。勿論そこには他にも医師や看護師、IDカードを下げた病院の職員の方々がいて、彼女の方を見るのだが、彼女はどう見ても〝お昼ご飯の女の子〟であるせいか、イベントの主かどうか訊いてくる人はいなかった。なお、後で聞いた話では、その病院は中学生の体験学習を受け入れることもあり、子どもが従業員食堂で食事、という光景自体は珍しくないそうだ。
「ホント魔法だよ」
 ハンバーグにナイフを入れながら、開口一番、彼は言った。
「オレの分のあの衣装ってどこから?」
「企業秘密。あなた良かったよ。最後の方なんか堂に入ってた。あれなら一人で出来るんじゃない?」
 彼女は言った。シャケは先に小骨を抜く派。
 周囲テーブルからチラチラ彼女を見ている目線があったが、彼女の箸さばきを見て〝まさか〟と思ったか、めいめいのテーブルに目を戻す。まぁ、魔法の国の姫様が、箸で上手に焼き魚とは、夢にも思うまい。彼女は王女でありながら日本国内を偽名で平然と飛び回るわけだが、その背景にはこうした溶け込みと、伴う人々のこんな反応、という事実がある。実際過去、先にその旨訊かれたことは皆無なのだ。
 と、彼がハンバーグを切るだけ切って、動作を止めた。
「あのさ」
「ん?」
 答えたら突如訪れた強い禁忌、示唆。
 テレパシーを使うな。
 急かすな。
 恐ろしく強引で強制的なイメージ。
 何かあるのだろう。予知的に働く超常感覚的知覚。天啓という奴だ。彼女は刻んだシャケを口に放り込み、彼を見、言葉を待つ。
 彼を見つめる、輝く丸い目。
 彼は深呼吸し、息を吸い、息を止め。
 彼女の目に焦点を合わせ。
 一旦口を開き、躊躇うように閉じ、恥じらうように目線ずらしながら、言った。
「食べたら、か、鎌倉湖行かない?」
「いいよ」
 彼女は即答してご飯を一口。言われて風景を思い出し、ああ行きたいと思った、それだけ。この後は予定もないし、あの水と緑の中で時間過ごすの歓迎。
 彼が彼女に目を戻す。
「そ、そのオレ、何もお礼とか用意できないからさ。あそこが好きなら、と思って」
 取って付けたように、彼は言った。
 なるほど、と彼女は思った。彼にとって自分は〝助けてくれた存在〟になるのだ。
「ありがと。じゃ、連れてって」
「う、うん」
 笑みを返すと彼は頷き、しかし再び目を逸らした。
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【11】

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 マジックショーは昼前。
 その前にお手洗い……から戻ってきた彼女は、金縁スーツにシルクハットのマジシャンモード。
「持って来てたのそれ」
 彼は訊いた。
「まぁね」
「でも……オレ」
 シャツにジーンズ。
「しかも手品とか知らないぞ。じゃない、知りません」
「ちゃんと用意してるし、シナリオは児童館の時と同じだから。ただ私の役どころをあなたがやるだけ」
「え?でも……」
「やれば出来るって。ハイハイ時間ですよ行きましょう」
 躊躇う彼の背中を構わずグイグイ押して、小児病棟の休憩コーナーへ向かう。
 ドアを開けると、椅子テーブルをのけて作られた急ごしらえの会場に、子ども達が沢山と看護師数名。
「すっげー。ホントにテレビのお姫様だ」
「あ、落っこちた兄ちゃんも一緒だ」
「ホンマや落ちたあんちゃんや」
 口さがない〝事実の確認〟と笑いを受けて彼はうつむいた。大阪弁の女の子は難病治療でここ横浜まで、であろう。
 彼女はそれを受けて、
「でも、このあんちゃん、ホンマはすごいマジシャンねんで。変身するさかいに見とってちょ」
 ……ちょ、って名古屋弁だっけ。
 ま、いいや。彼女は口に指を当て、見ている子ども達に向かって〝しーっ〟とやる。
 子ども達が静かになり、何が始まるかとキラキラ光る瞳で彼女達を見る。
「儀式をします」
 彼女は厳かに言い、彼に身体を向け、右手人差し指を一本立てて、まっすぐ腕を伸ばし、天井を指し示す。
「我らを見守りし月の精霊よ……」
 医師に聞かせたのと同じである。ただ、その後が違う。
「(微笑みと歓びの稀なる力を友の手先へ)」
 原語記述は控える。彼女は窓の外、白昼の白い月へと右手を伸ばし、指を開き、手のひらを向け、月を掴むかのように握って拳とし、胸元に引き寄せた。
「今、私のこの手の中に、月の力が宿っています」
 囁く。小声に呼応するように、じっと見守る子ども達。
 彼女は空いてる左手で、シルクハットを頭から取り、彼に持たせた。
 彼がシルクハットを持ったところで、その中に左手を入れる。次いで中から引っ張り出したのは、カーテンのような大きな布一枚。
 広げながら、彼に頭からばさっとかぶせる。
「あっ!」
 布の中からちょっと抗議。
「5秒待つべし。さてこれは幽霊ではありません。まだ昼間だしね」
 小笑い。
「ワン・ツー・スリー」
 声に出し、月を掴んで握った手を彼に向け、魔法の粉振り掛けるようにパッと開く。
 布を外す。
「ち~ん!。お待たせしました出来上がりです」
 それは電子レンジの真似。彼女が布をサッと取ると、中からは同じくスーツ姿にシルクハットの彼。但しスーツの飾りは銀縁。
 子ども達は大きな歓声。
「すっげー!」
 最も、更に驚いたのは彼本人。
「え?これどうやっ……え?」
「細かいこと気にしない。私の帽子ちょうだい」
「え?あ、うん」
 戻されたシルクハットに、彼女は大きなその布をぎゅーぎゅー押し込みながら。
「ではこの現れ出でたるスーパーマジシャンとしばしお付き合いを……うう、入らん。あんたちょっとボケッと見てないで手伝いや」
 彼に要求。
「あ、はい」
 要領を得ていないぎこちなさで彼が手伝う。自分の取るべき行動が不明なのである。最も、この辺り全くのアドリブであって、事前に彼女が言った〝児童館の時と同じ〟とは大きく異なるので当然なのだが。
「何や奥さんの尻に敷かれとるダンナみたいや」
 大阪なツッコミに笑い。
 彼女はツッコミに手のひらをパタパタ左右に振って、
「敷いてへん敷いてへん。尻ちっこいから敷けへんねんて。ホレ、もっと力入れて押し込みや」
 彼女は言うと、帽子のツバを両手で持って足を踏ん張り、彼に押し込ませた。
「これ、入らないんじゃないの?」
 彼は真面目に困惑顔。
「入らん言うてもここから出したがね」
「それ名古屋弁になっとるばい」
「自分、アムステルダムに住んでる江戸っ子じゃけぇのお。ホレ、そこで屁が出ない程度にグッと踏ん張る」
 言われたように彼が一押しすると、布地は掃除機に吸われたティッシュのように、ズボッと帽子の中へ入った。
 代わりに、彼が被っていたシルクハットの中が盛り上がり、布地が彼の頭の上にはみ出た。
 人一人包める布地が、帽子から帽子へ移動したのである。つまり立派にマジックである。
 看護師数名から感嘆の声が上がり、説明を受けた子ども達がようやく理解し、遅れて「おおすげえ」。
 無論、既にショーの中身なのである。このように明確な開始点を与えないことで、〝日常〟と〝非日常〟の境目を彼女は敢えて付けない。
「尻敷かないで頭に乗っかっとんねん……て、折角入れたのに何でそっちから出すねん」
 笑い。彼は唐突に出現した頭の荷重を、瞠目しながらズルズル引きずり出した。
「だから出すなってばよ。入れろ言うたのに出してどないすんねん」
「だってさっきそっち……」
「マジシャンが手品見て悩むな。タネがバレてまうがな。アンタがな、そっちの帽子の中の変なボタンを押したんや」
「えっ?」
 彼の顔に如実に困惑と戸惑いが浮かぶ。そんなことしてないよ……。
 しかし、彼女はお構いなし。むしろ彼のそうした反応に対応して場を繋いでいる。
「いい加減使い方覚え。ホレ、あんたの帽子貸して」
 布地はみ出てズルズル状態の帽子を、彼は彼女に渡した。
 彼女は、二つの帽子を、割った直後の卵の殻のように両手に持った。
「え~タマゴが割れてしまった場合は、このように流れた白身を元に戻すと元通りになります」
 布地をそれこそ白身戻すようにタマゴ形に丸め、二つの帽子で挟む。
「ならへんて~」
「なるて~」
 彼女は言い、合わせた帽子を再びタマゴのように左右にパカッ。
 人の頭ほどもある白い大きなタマゴが現れ、床の上にドタッと落ちる。
 布地がタマゴに変わった。
「ホレ見い戻ったやろ……て、タマゴそのものやないかいこれ。大マジシャン、これが例のチョ~美味しいタマゴってヤツかい?」
 彼女は彼に水を向けたが、彼は言葉に詰まる。
 すると観客から、
「なぁ、ホンマのマジシャンはお姫様だけちゃうんけ?」
「ちゃうちゃう。私の方がこの人にこうしろ言われてやってるだけやねん。せやからホラ、私がこのタマゴ割ろうとしても割れへん」
 彼女は大タマゴをひっぱたき蹴っ飛ばし、割れろと言い開けゴマと言ったが、タマゴの返す反応質感は発泡スチロールのそれ。
「ところが大マジシャンが帽子でコンと叩くと」
 そのためにシルクハットの片方を彼に戻すと、彼は言われた通り、帽子のツバでタマゴをコン。
 タマゴは左右にパカッと割れ、中からクッキーが山ほど。
 この〝何かを割るとお菓子山ほど〟は、彼女が児童館で見せた冒頭ツカミと同様である。
 ここで前言通り〝児童館と同じ〟に乗ったわけだ。それは彼も気づいたようである。
 実は、彼女のマジックは基本的に全てアドリブだ。その場にある物を移動させたり、出したり消したり。その場にいる小鳥や動物の応援を頼んだり、昆虫を使ったり。
 同じことを繰り返すことはまず無い。今回は、ナニワなツッコミが入ったので、そこから始めただけ。そして彼が付いて来られるように児童館のパターンを踏襲するだけ。
「ふっふっふ。オレサマの実力を見たかい?みんな」
 これは彼のアドリブ。
 そこで彼女は一つ得心する。彼は児童館の中で最年長、自ずからリーダーご指名。
 でもそれは〝失敗してはいけない〟というプレッシャーを常時彼に課していると見られる。結果彼の行動には自信が伴わず〝これでいいのかな?〟という不安が常に存在したのだ。だから恋も魔法に頼るのだし、緊張の故に階段から落ち、このショーでも自ら動こうとせず受身なのだ。
 そしてだからこそ、この先を把握している展開へ転じた途端、コトバに確信と自信が生じた。
「ようやく威張ったね。それでいい。じゃ、お菓子配るよ」
「おう」
 タマゴの左右を二人それぞれ持ち、中のお菓子を配って歩く。
 幾らか足りない。
 悲しそうな顔を見せる男の子の前で、彼が彼女の言葉に応じ、手のひらを握り、開く。
 現れたのはお煎餅。……食物アレルギーに対する考慮。
 以下児童館の時と役どころを変えただけで同じ内容で進めた。彼はそれこそリーダーの杵柄であろう、次第に自らがイニシアティブを取って、彼女と丁々発止のやりとりを展開、子ども達の見方も〝落ちた兄ちゃん〟から〝大マジシャン〟へと変わって行った。
 最後のマジック。
「これは一緒に」
 彼は彼女に会わせ、シンクロナイズドスイミングのように同じ動作。
 まず、自分の手を拍手するように音を立てて合わせ、合わせた手を左右に開く。
 開いた手に現れるステッキ。そこにシルクハットを載せ、皿回しの要領で帽子をくるくる。
 帽子から遠心力で振り撒かれるように舞い散る、紙コプターにセロファン紙の花。すなわち、テレビ中継の時と同じもの。
 あの番組を、テレビの向こうで見ていてくれたであろう、見ているだけであったであろう子ども達は、喜んでくれた。
 彼の衣服を元に戻し、30分のショーはアンコールを謝りつつ断りながら終了した。
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【10】

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 再診日。
 医師はレントゲン写真を見ながら首を傾げ、感嘆の息。
「奇跡という言葉は使いたくないから、偶然と自然治癒力の賜物としておこう」
 カルテにさらさらと万年筆を走らせる。
「舞台から階段を下りるつもりで実際には落ちた」
「ハイそうです」
「君の全体重がこの手首に掛かったわけだ。しかも無防備な落下だ。力入れて突っ張ったわけじゃない。骨折でもおかしくはなかった。実際鼻の方は曲がったけどな」
 医師はペン先でパソコン液晶画面の手首の骨をつんつん。その言葉遣いは、自身納得出来ないのか、どこか不満げなニュアンス。
 しかし次の瞬間には小さく笑い、
「でも治ってるとしか言いようがない。自転車の山乗りか、してもいいよ」
 医師は少年を見て言った。
「ホントですか?」
「良かったじゃん」
 彼女は少年の肩をポンポンと叩いた。
 少年が笑みを浮かべ、医師がフッと笑う。
「後は大人の書類のやりとりだ。当院と施設の方とでやっておくよ。しかし……プリンセスさん」
 彼女のこと。
「はい」
「あなたに出会った子ども達は見違えると聞く。ケガが軽く済むとか、死の淵から引き戻してしまうとか。それはどうやら確かなようだね。バカな医者がいてね。分散分析って統計学の手法を使って確認したんだと。挙げ句奇跡だ魔法だってメール飛ばしてきてね。『オレならミラクルプリンセスとお呼びする』とさ。あなたの国は魔女伝説があるそうだが……そういう魔法なら私も是非欲しいなぁ」
 医師は照れたように笑った。魔法の少女という存在に顔を覗かせた少年のときめき、そんなところか。
 そこで、彼女はちょっとイタズラ。
「我らを見守りし月の精霊よ、我が名において、我が友に聖なる力を授けたまえ……」
 口にしたら、医師は感電したような反応を示した。それは日本の神様に対する『恐み恐みも白す(かしこみかしこみもまをす)』に相当する冒頭の挨拶であって、特に使用言語の指定はないし、声に出すことは禁忌でもない。
 ただ、流儀には則った。
 医師はほう、と声に出して感心を表し。
「さすがに堂に入ってるねぇ。言葉に力がある」
「言葉だけでもそれだけの力がある、ということです」
 言ったら、医師は目を見開いた。
「ちょっとした挨拶、掛ける一言、口調や言い方で子ども達の受け取り方は変わります。子どもには底意も疑いもないから当然のこと。逆に言うと、この程度と思ったことでも真に受けて、ひどく不安にもなる」
 それは彼女の信念。
 医師はゆっくり、頷いた。
「それはあなたの言う通りだ。ケガや病気は、方法と気持ちの双方が揃って治すものだ。……なんか私も小児病棟まで出張りたくなってきたな」
 聞いてギョッとした表情を示したのは、この整形外科本来の看護師。
「まさか先生本気でおっしゃって」
「はっはっは。ウソだよ。さ、君はそんなわけでもう大丈夫だ。で、もう帰るかね?」
「いえ、その、か、彼女と一緒に」
「デートかい!プリンセスゲットとはすごいぞ」
 医師はまるで自分の息子のようにオーバーアクション。
「じゃなくて、マジックショーの方に……」
「それでも羨ましいぞ。まぁ、彼女の魔法にかかってくるんだな。プリンセス、小児科のみんなによろしく」
「はい、先生」
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【9】

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 少年が目を開くと、傍らにはカチャカチャとレース編みに忙しい娘がいた。
「ああ気が付いた。良かった。痛かったら言って。ドクターに鎮痛剤頼むから。朝ご飯食べる?お腹空いてない?」
 彼女は編み針を下ろして言った。
 少年はゆっくりと周囲を見回す。何で自分がここにいるのか判らない。そんな風情である。ここは12階建ての総合病院。その最上階近くの個室ベッド。
 着せられたシマシマパジャマの袖を見、包帯巻かれた手首の表裏。次いで頭全体を覆うネットと、ネットの下のガーゼに触れる。鼻柱にはプラスチックの保護ケース。
「ごめんね。私が下手にしゃがんだりしないで、そのまま受け取れば、あなたは落ちたりしなかった」
 彼女は彼の鼻の周りに指で触れた。まだ腫れが引いてない。
「痛くない?」
「うん。……ああ、オレやっぱ落ちたのか。ボーッとなったけど、鼻血噴き出したことは」
 記憶の範囲は思い出したようである。
 溜息混じりにうつむき、そしてハッと顔を上げる。
「太陽?は?朝ご飯!?」
 番組は夜である。一夜明けている。
「えっと。えーっと……」
 少年はその後を思い出そうとしているようである。だが、それは無理だ。彼は失神していた。
「観客の子がここの先生にアポ取ってくれて担ぎ込んだ。手首はねんざ、鼻の軟骨が大ざっぱに言えば骨折。あと、頭を少し切ったのと、脳しんとう。しばらくは気持ち悪いかもと思うんだけど、目が回るような感じとか、ない?」
「それは……」
 少年は話半分といった口調で答え、手首の包帯を見、窓の外の追いかけ合うスズメを見やった。
 まるで自覚無くこの場に放り込まれた時間旅行者である。最も、その通りであろうが。
「まさか君ずっと。じゃない、あなた様ずっと、ですか?」
「まぁね。敬語禁止。看護師が徹夜して何が悪いとや?」
 いんちき博多弁。なお、各地の方言勉強中。
「でも」
「私自身は姫であろうが無かろうが何か変えたつもりはないよ。それとも変わった?私」
「でも……」
 彼は戸惑うばかり。〝姫〟と判じて扱いあぐねているようだ。
「は~あ」
 彼女はやや大げさにため息をついた。
「だから、そこばっかり取り上げるのは止めてくれって言ったんだけどね。所詮まねっこ番組の限界かねぇ。やっぱやめときゃ良かったかな」
「いや、そんなことない。じゃない、ないですよ」
 彼女が口にした後悔を、彼は力強く打ち消した。
「毎晩見てたよ。別人かと思った。すげーパワーというかバイタリティだなって。ボランティアって、もっといい子ブリッコでフワフワしたイメージがあったから。
 ショック受けたよオレ。こんなの到底オレには無理だなって。あの大雨で中継切れたヤツなんか、どうやって助かったの?」
 彼は迸るように、矢継ぎ早に、そう言った。
「それは、間違い」
 彼女はゆっくり、否定した。
「え……」
「昨日君を助けたのは」
 5人名前を挙げる。抱きかかえてくれた男の子3人。病院とアポ取ってくれた男の子。お父さんがクルマを出してくれた女の子。
「ハンカチやタオルなんか借りたけど、誰のかも判らない。でも探すアテはあるし、どうやら女の子っぽいからちょっとオマケ付けて返そうって企み」
 彼女はウィンクして、レース編みの小さなハート型を彼に見せた。
 同じもの四つ作って四つ葉のクローバーにする。
 彼はしばし彼女を見つめ、まばたきもしない。
「どうした?気持ち悪いの?」
 彼女が腰を浮かす。
「いや、違う。……その、憶えてるわけ?あれだけの子達」
「全部が全部はさすがにまさかだけどね。顔見れば、あーあの時のって思い出せるよ。でもそれ言ったらガッコのセンセってスゴイよね。大体憶えてるでしょ。担当した子どもが毎年40人とか増えてくのにさ」
 彼女は付き添い椅子に身を戻した。
「いつから……」
「私?思い立ったのは9つ。半年後に初めて病院に行って……でもそこで事故が起こって。
 何もできなくてさ。無駄そのもの。すごく悔しかった。で、こういうことするんなら、私自身が看護師になれば役に立つかなって。言葉勉強して、看護師の資格を取ったの自体は12歳。今の君と同じ」
「俺と同じ……」
「そう、つまり決して無理じゃないってこと。実際みんな君を助けてくれたでしょ。誰でも何か出来ることはあるんだって。どうせならやってみる?一緒に」
 彼は目を見開いた。
「い、一緒って?」
「まずはマジックショー。一週間後の再診の時、ここの小児病棟に顔を出すって話にしたんだ。その時一緒に」
「再診って……俺の?」
 彼は自分を指差して訊いた。
「もちろん。他に誰が?看護師は自分が担当した人は完了まで責任持つものです」
「あ、うん。……そう、だよね」
 彼は微笑んだ。
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【8】

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 24時間後。
 横浜。スポーツアリーナの特設スタジオ。
 緞帳の下りたステージで、彼女は出番を待てと言われた。
 暗いステージ。緞帳の向こう側には照明が当たり、タレントの男女が何やら前口上。土石流の話らしい。大げさなアクションが影絵のように緞帳裏に映っている。
 策?
 彼女の意識に、ふっとそんな言葉が浮かんだ。……そういう直感は超感覚の囁き。
『ではご紹介致します。何と私たち番組スタッフをも救い出してしまった、これは最早、奇跡の姫君と申し上げた方がよいでしょう。メディア・ボレアリス・アルフェラッツ王女殿下です!』
 緞帳が上がり、自分に当てられるスポットライト。
 わぁ、とか、おお、とか、感嘆の声がそこここから小さく上がり、それらが集まりひとつの波のようになり、会場全体のどよめきへ成長する。
 ステージ上では、彼女のみが、光の中にあった。
 夜会用の深いブルーのドレスを纏い、彼女はステージ中央に立っていた。
 策。直感のその内容を、彼女は瞬間、把握した。
 ステージから見下ろす、相対的に暗い客席を埋めた子ども達。
 見知った子ども達。冒頭児童館のみならず、病院や保護施設など、〝マジックショー〟で訪ねた多数の施設の子ども達。
 お忍びで、〝相原姫子〟で巡ってきた、そうした施設の子達を集め、自分を驚かせようというテレビ局の企みごと。
 ……しかし、驚きや嬉しさよりも心配が先に立つ。まさか無理強いされた子はいないだろうか。
 策には策。確かこれは生放送。
「みんな元気だった?」
 タレント司会者が何か言う前に、彼女は響く声で言った。
 マイクなど無くても、その声は会場の隅々まで届いた。
 王族の娘である。城の窓から民へ触れを出していた時代からの習わしで、彼女もその辺の発声法は身に付けている。
 タレント司会者が驚く間に、彼女は右手を持ち上げ、指をパチンと鳴らした。
 すると。
 子ども達が一斉に立ち上がり、天井へ向かって、それぞれに手を伸ばし、或いはぴょんぴょんジャンプ。
 まるで一気に花が咲くように会場を手のひらが埋め尽くし、揺れ動く。
 その伸ばす手の先。緩やかに、そして雪降るように大量に、客席へと舞い降りて来るもの。
 それは〝紙ヘリコプター〟であったり、竹とんぼであったり、回り落ちる花を模したセロファン紙細工であったり。
 喜び、はしゃぐ声が会場に満ちあふれる。子ども達は、ステージなど最早どうでもいいかのよう。
『あの……いや、これはどういうことでしょうか……』
 出し抜きイベントを逆手に取られたタレント司会者は言葉が見つからない様子。
 否、全ての子ども達が手を伸ばしているわけではない。彼女は自分への視線を感じ、そちらへ目を向ける。
 ステージ直下、客席との間にセットされた階段の傍らに、花束を抱えた男の子がいる。
 湘南の児童館の男の子。
 術を教えた、あの男の子。
 彼の足元にはヘッドセットの男性がしゃがみ込み、タレント司会者に手のひらを向けている。番組スタッフである。脚本なのか、冊子を丸めて持っており、トーチのように掲げてぐるぐる回した。
 早くしろ、という意だと彼女は解した。自分のイタズラで予定が狂ったということであろう。一瞬だが、睨むような目で自分を見た気がした。
 彼女、王女メディア・ボレアリス・アルフェラッツは、タレント司会者に目を向けると、軽く頷き、手先を向けてどうぞと促した。
 タレント司会者は彼女の手に気付き、魔法の呪縛を解かれたように笑顔を作る。
『いやー驚きました。これも王女様の奇跡でしょうか。もう判っていらっしゃるようで説明は不要でしょう。そうです。今日ここに、姫様に是非お礼をと、多くの子ども達が集まってくれました。代表して』
 花束役が、彼。
『では皆さん拍手で』
 拍手のみならず、歓声とも悲鳴ともつかぬ多くの声が会場を包み、その声を背に、花束の少年が目の前の階段を一歩ずつ上がってくる。
 彼が激しい緊張の裡にあることを彼女は見て取る。それは仕込みのヤラセというより、唐突に抜擢された印象。確か彼は児童館で最年長。今日は電車に乗って子ども達をここまで引率、そこを呼び止められ。そんなところか。
 彼女は膝を曲げ姿勢を下げる。彼我のそもそもの身長差に加え、今日はこんなナリだから踵のある靴を履いている。それに、しゃがんで受けた方がいかにも〝心づくしを受け取る〟風の絵になると思ったから。ドレスがふわりとステージ上に裾を広げ、幻の青い薔薇の如し。
『お礼の言葉と共に、花束をお渡ししたいと思います。ありがとうございました』
 受け取る花束。見た目鮮やかだが、強すぎるライトの光に傷みそうな花と葉と。
 合わせ大合唱。ありがとうございました。
 ここで自分が涙でも流せばテレビ屋さん的には絵になったのであろうが。或いは、そもそもそうなることを狙っていたのかも知れないが。
 泣くどころか、逆にカチンと来た。
 ありがとうござい

 ま・し・た。

 過去形で言わすな。私はこのみんなとずっと友達だ。
「私こそありがとう。今日はみんなの顔が見られて嬉しかったしびっくりしました。またコッソリ行きますからよろしくね」
 会場に向かってそう放つ。これでいいですか、アンド、ざまーみろ。
 少年に目を戻す。
「ありがとね」
「姫様だなんて」
 知らなかったと言うよりは、裏切られた。そんなニュアンスの口調で、彼は呟いた。
 その声は、子ども達の歓声に埋もれていたが、彼女は確かに聞き取った。
 彼が、そのように呟いた理由を、彼女はその時点では判らなかった。
 だから。
「でも、学校通ってあくせく勉強して、テストにびくびくしてる。同じだよ」
「オレなんか……」
 彼はそれだけ、或いはそこまで口にし、振り払うように後ろを向き、駆け出すような動きを見せた。
 しかし、彼女が座して姿勢を変えたことは、ステージ以外が暗いことも相まって、彼の帰路をずらすことになった。
 彼が足を出したそこに、階段はなかった。
 暗闇は高さの距離感を狂わせたと見られる。彼は右手を前に出したが及ばず、そのまま落下し、顔面を強打した。
 叩きつけるような音。
 客席から悲鳴が上がった。
 しかし、階段下にいた脚本片手の番組スタッフよりも早く、狩るカワセミの様に彼の傍らに舞い降りる、深いブルー。
 ステージに残された花束から、花びらが散った。
「大丈夫!?」
 飛び降りた彼女は、状況を見て取り、事態の深刻さをすぐに察知した。
 意識朦朧とし、半眼となった彼の鼻腔から、リズムを打って吹き出す大量の鮮烈な赤。
 鼻の軟骨が根元部分で折れている。その時同時に動脈を切ったのだ。
 動脈血は通常ケガで目にする静脈血に比し、驚くほど鮮明な赤色を呈する。これが同じ血液かと思わず目を見開く程である。そしてその赤は、不安と恐怖の感情を勝手に呼び醒ます。
 命の危機に直結すると、遺伝子の知るが故に。
 と、そこで照明がステージ下の現場を照らした。配慮か、突発自体を絵にするつもりか。
 それは判らない。ただ、照らした先には、青いドレスに血しぶきを散らして少年を抱きかかえる彼女がいた。
 吹き出す血脈は、その脈打つ毎にざっと音を立て、床面に散り飛ぶ。
 生臭さと、歯の奥がギシギシと軋むような鉄さびの匂いの混ざった、血の匂い。
 その状況は凄惨と言って良く、一般にはパニックを誘発したであろう。
 しかし、その場にあってそうしたパニックはなく。
 彼女はハンカチで少年の小鼻を押さえ、叫んだ。
「救急車を。或いは病院へ電話してクルマを。冷たいタオルか氷はありませんか。急いで、早く!」
 対し幾つもの声が応じた。
 会場の子ども達であった。
「姫様これ使える?熱冷ましのヤツ」
「出血抑えるんだよね。このタオル使ってよ」
「姿勢高くするならオレらが抱き上げるぜ」
「ボクの先生に今電話してるよ」
「クルマなら私のお父さんが駐車場に取りに行った」
 子ども達は知っている。パニックになる必要などどこにもないことを。
 リレーされ送られるタオルや熱冷ましジェル。
 恬淡と状況を切り取るハイビジョンテレビカメラ。
 結局、会場を貸しているアリーナ側が担架を用意するより早く、男の子は別の数人の少年達に抱え上げられた。それを見た子ども達は立って自分の椅子を退かして道を作った。
「こっち!」
 クルマを用意したという女の子の案内を受け、彼女たちは走り出す。
 多くの子ども達に見送られ、会場を共に出て行く。
『ご覧下さい。また奇跡がひとつこの会場で……』
 番組?知るか。
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【7】

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 翌日夕刻。中継場所の施設はスコールの中。
 熱帯雨林地域のこの種の驟雨は度肝を抜くほどの雨量である。文字通り滝の中にいるか、天の神様がバケツをひっくり返して注いでいるか。
 比して施設は粗末である。端的には木造の小屋を幾棟も連結しただけ。そこに蔓植物が幾重にも輻輳してからみつき、好き放題葉が茂っている。その蔓と枝葉は体よく日射しを遮るそうだが、引き替えに雨漏りが酷く、屋根の用をなさない。見かねたテレビスタッフが、取材車からビニールシートを取り出して屋根に敷いた程。要するに疎んじられ追いやられた施設なのである。実際、施設自体、村はずれであり、傍らには見上げる崖。この雨のため、崖の上から泥水がまさに滝だが、いつものことで気にしない、と施設スタッフは言った。
 過去にも誰か心配して訪れたようなことはないという。つまり、自立支援と対極。
「この国においては、知的・身体的ハンディを持つ方に対して、まだまだ強い偏見があります」
 土砂降りの中、レインコートにヘッドセット姿で彼女は話す。しかし、跳ね返り降り込む雨はあまりに強く、粒が大きく、多分コートなどなくても同じ。それでも屋外からの中継としたのは、撮影に使う強いライトが、脳の神経信号伝達に悪影響を与えるのを恐れてのこと。
 地鳴りがして地面が揺れた。
「地震かっ!?」
 テレビスタッフが身をすくめる。彼女も巨大地震の記憶が脳裏をよぎった。しかし、だとすれば、この地に着いた時点で、鳥や動物が尋常ではあるまい。
「違う……」
 続ける彼女の言葉を事象がかき消した。
 崖崩れである。地震様の小刻みで鋭い振動が彼らを襲い、恐怖を覚えたか撮影クルーは反射的にしゃがみ込む。その目の前で、頑強そうだった崖がまるで変身するように泥の壁と化し、溶けるように崩れ、水さながらの姿と速度で流れ出し押し寄せる。
 テレビ画面を横切る黒い津波。
 生じた土石流は施設を直撃し、一気に押し流した。
 地下水をくみ上げるポンプのパイプが引きちぎれ、壁や屋根材が割れて内部が剥き出しとなる。しかし、建物を囲うように絡んだ蔓が、残った建物の床面を篭のように抱え込み、そのまま浮かんで流れて行く。
 悲鳴を上げ手を伸ばす施設のスタッフ。
 対し彼女は手を伸ばし、駆け出そうとする。
 その手をテレビスタッフが掴み、さらに団長が身体を捉えて抱え込む。
 しかしどちらの腕も、泥と雨の故に滑った。
 彼女は束縛から躍り出る。転んで全身泥まみれになったが、同様にバランスを崩した男達より、身軽さの故に先に立ち上がり、土石流の中で浮き沈みする建物へと走る。
「プリンセス!」
 団長のその叫び声は、雨の中で声を拾うために感度を上げたマイクを歪ませ。
 同時に、彼女の以下の意の文言をかき消した。
「(火よ土よ、風よ水よ、この流れの向きを変えよ)」
 原語で書くことは控える。
「ライト!ライトオン!」
 団長の言葉にテレビスタッフが撮影ライトを向けた時、彼女はどこをどう伝ったか、流れ行く施設の屋根の上にいた。
 ドッと風が吹く。いや空気の固まりがぶつかってくる。このスコールをもたらした積乱雲から吹き下ろす冷気塊、ダウンバースト。
 この風に反応したのが、施設に絡んだ蔓と枝葉。
 風圧が浮かぶ施設を回転させ、向きを変える。土石流に乗って流れ来る小さな木々やその根が、蔓植物に絡み付き、船の碇のように大地に引き留め、施設の動きを鈍くする。
 その次の刹那。
 天が白銀の光で皆の目を眩ませた。
 天そのものが爆発したかの如き破裂音がし、中継設備一式が炎に包まれた。
 落雷であった。中継用の電力設備は、雨も加わり天地間電気抵抗を周囲より低いものとし、ゆえに雷にとって格好の電路となり、落雷を誘発したのだ。
 正確な電路は崩れ残った崖上の大木より、崖の側面から突き出た大木の根を経由し、パラボラアンテナへアークを引いた。
 そして、その巨大な電気エネルギは瞬時に熱と化し、大木を引き裂き、ガケの一部を爆発的に破壊した。
 消えた中継ライトの代わりに、燃える中継車の炎が続きを映し出す。まず、破壊されたガケから、巨岩がパズルのピースのように外れ、地響きと共に転がり落ちる。巨岩は施設に絡んだ寄生植物の根を押さえ込み、同時に土石流に対してダムの作用を持った。
 施設に押し寄せていた土石流は巨岩によって遮られ、テレビスタッフら周囲に泥水が貯まり始める。
 みるみるうちに増える水かさ。
「こちらへ!今のうちに!」
 燃え上がる中継車の傍ら、濁流と炎の狭間に残された数名の男達は、その炎の照らす中、女神が旗を持ち導く姿を見た。
 否、施設屋根の上でレインコートを振っている彼女であった。
 男達は炎によって流木と流木の隙間を見いだし、石と岩とが形成する階段を探し、施設の屋根へ達した。
 中継車の電力源であったディーゼル発電機の燃料タンクに火が入り、発電機は爆発し、中継車を破壊した。
「大丈夫ですか!みなさんケガはありませんか!ここでケガをすると破傷風の恐れがあります。かすり傷でも油断しないで。男の勲章だなんて威張れませんよ。ヒル吸い付いてませんか」
 彼女は豪雨に負けじと叫び、男達の手足に顔に、首筋に目を配る。
「あなたは……」
 カメラマンが彼女を見た。
 落命すれすれの恐怖体験の故だろう。その歯はガチガチと音を立てて鳴り、身体も震えている。その身体の震えを、自ら抱きしめるようにして押さえながら、それでも録画状態の家庭用レコーダーを手に、彼女にレンズを向ける。
「人類とは、土と水と風の中に生き、唯一、更に火を手にした生き物です」
 彼女は瞳に炎を蔵してそう言い、震えるカメラマンの肩にレインコートを羽織らせた。
 と、屋根の下方から声がある。施設内の現地スタッフから全員無事である旨報告を受ける。
「Good Luck!(よかった!)」
 彼女は応じ、両の手をパチンと叩いた。
「奇跡だ。あなたは、奇跡を起こす姫君……」
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【6】

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 その晩の〝生放送〟は、彼女自身の出演はなかった。
 ひたすらな心臓マッサージと、結果息を吹き返した男の子の姿で〝1本出来上がり〟となった。
 最も、彼女自体、栄養剤を点滴してもらう状態だったのだが。
 以降数日。
 展開してきた現地の軍に後を託すまで被災地をめぐり、一行は東南アジアで所定のルートに復帰した。
 この取材行では、クルーが加わるに際し、彼女がひとつ条件を出した。
 日本の〝蚊帳〟を持って来いと言ったのだ。
「この地域で蚊に刺されることは、そのまま死に直結することもあります。マラリアなど、恐ろしい伝染病を蚊が媒介するのです」
 蚊帳は有用なのだ。
「どんなに効き目のよい虫除けを贈って頂いても、どんなに性能の良い殺虫剤を贈って頂いても、いつかは薬が切れて無くなってしまう。一過性でなく、定期的にずっと供給し続ける必要がある。それは大きな手間です。でもこれなら、現地の人でも直して使い続けられますし、似たものを作れます」
 無くなったら店で買って来ればいい……それは所詮、先進国の発想。
 手足にしがみついてくる子ども達と遊ぶ。
「あとは、正確な知識です」
 そこで、日本の有名らしいタレント司会者が、こんなことを言った。
『明日は……』
 赤道直下の島国。
「ええそうです」
『地震がありましたよねぇ……』
 その地域を震源とするマグニチュード9という超巨大地震と、伴う津波により、22万を超える人命が失われたことは、人類災害史の21世紀の頁に記載され、後世に伝えられるであろう。
『でしたら例えば、我々が津波の映像を用意して現地の方々に見てもらうことは、〝知識〟という点で』
「ええ、それはもちろん大きな力になると思います」
 彼女は、否とは言わなかった。それ自体は悪いことと思わないから。
 ただ、せっかく映像をもらっても伝える手段を思いつかぬ。この村もそうだが、電気をあまねく送る設備が整った国土ではなく、テレビジョンという装置を各家庭が持っているわけではない。
『我々もお役に立ちたいので』
 満足そうな顔で司会者が言い、宇宙からダウンリンク。パラボラに降ってくる資料映像。
 チェック用のテレビモニタを珍しげに覗き込む子ども達。
 不思議な感慨がある。
 できるならやっちゃえばいいじゃん。
 何もない中で何が出来るか。
 同時存在する二つの世界観。
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【5】

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「(処置を彼に変わっても?)」
 彼女は問うた。
 警官が答える前に彼女は立ち上がり、団長が心マッサージを変わる。
 彼女はそれを確認すると、刺激しないようゆっくりした動きで警官に向かい、両腕を広げた。
「Go ahead.(おやんなさい)」
 真っ直ぐ目を見て言う。
「make my day.(ご機嫌な一日にしてくれよ)」
 マグナム44をぶっ放す銀幕の警官を知ってるかどうかは知らぬが。
 波の音。
 累々と横たわる人体。
 対峙する拳銃の警官と、ナースウェアの少女。
 彼女はまばたきすらしない。
 警官は、彼女から目線を外し、拳銃をホルダーに戻した。
「(子どもを助けたところで、面倒が増えるだけだぜ)」
「(子どもがいなくなれば、国は老いて滅びる)」
 マッサージを再び変わる。団長が警官に尋ねる。
「(近隣に医者が必要なところはないか?我々は先遣だ。追って本隊が来る)」
 議論は時間の無駄。
「カモン」
 警官は団長に顎をしゃくった。
「プリンセス……」
 団長は立ち上がる途中、彼女の耳に声を掛ける。
 言われなくても意図は判っている。男の子に費やす時間と、他の可能性を見つける時間と、トレードオフがある。
「ええ。団長は警官さんの方を」
 彼女はそう答える。
 二人が歩き去る。
 誰もいなくなる。
 その表現は正確ではないかも知れぬ。男の子はそこにおり、
 人々は延々とある。
 彼女はひとり、心マッサージを繰り返す。
 時に胸に耳を当て、不要と言われた水の吸い出しを行い、
 更に心マッサージ。
 自分を照らす太陽の角度が、次第に変わって行くのを感じる。
 傍らでビデオカメラが赤いランプを灯してそれをずっと〝見て〟いる。
 近づくモーターボートのエンジン音。
「プリンセス!」
 声に目を向けると、マダガスカルの船が沖合にあり、恐らく浜の水深か、或いは人体への配慮の故であろう、エンジン付きゴムボートがこちらへ走ってくる。
 乗っているのはコンゴからのスタッフと、家庭用カメラを手にしたテレビ局カメラマン。
 彼女は作業はそのまま、カメラをじっと見返し、言う。
「(肺のドレンを)」
「(持ってきている。その少年は?バイタルは?)」
「ゼロ・ゼロ・ゼロ・ゼロ・ゼロ」
 脈拍、呼吸、血圧、体温、意識。
「(それでは……)」
「(でも、私の感覚に過ぎない。医師が機材を併用しての診断ではない)」
「(判った)」
 コンゴのスタッフはそれだけで彼女の真意を掌握したようである。一旦ボートを下り、人体を移動させ道を造り、ボートから機材を運び込む。
 その傍らで立ちつくすカメラマン。
 さすがに〝絵になる画像〟を探すのが商売の彼であっても、人体で埋め尽くされる状況には驚愕し、足が止まったようだ。
 予報と復旧がシステム化されている現代日本では、まず起こらない。
「これ全部……」
「決めるな!」
 彼女は叫んだ。
 カメラマンはびくり、と全身を震わせた。
「すいません……あ、そういえば頼んだカメラは」
 カメラマンは話題を変えるように目線を外し、周囲を見回し、足元のビデオカメラを発見する。
 カメラは無造作に放り出されたようにそこにあり、電源が切れている。
 再起動すると、ディスク残量無しの旨表示。
 カメラマンはカメラ内蔵の液晶モニターで再生する。傍らでは男の子の口からパイプが差し込まれ、水の排出。
「これ……」
 カメラマンが呟いた。
「あんた……じゃない。姫様、あなた心臓マッサージを2時間ずっと」
 彼女は、コンゴのスタッフから渡されたミネラルウォーターを手に、カメラマンを無言で見返した。カメラマンは目を円くし、その瞳が小刻みに震えている。
 しかし、驚かれるほどのことではない。できる範囲以上のことはしていない。
 傍らで激しく咳き込む声。
「(プリンセス。蘇生した!……あなたはすごい。なぜ判る。なぜあなたが触れた命は蘇る!おお、おお、あなたを奇跡と言う人の気持ちが……)」
「(輸液しましょう)」
 するとカメラマンが状況を知り、早速持参したカメラの録画をスタート。
「奇跡だ。すげえ。これはすげえぞ……いただきだ」
「馬鹿」
 彼女のその一言に、カメラマンはぎょっとした目で彼女を振り仰いだ。
 聞かれた。バレた。そんなニュアンスか。
「まだ何か撮りますか。正直、手を貸して頂けるとありがたいのですが。まだ、助かる子がいるかも知れない」
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【4】

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 その空の彼方、直線距離にして1000マイル程になろうか。
 ベンガル湾岸を台風と同質の熱帯低気圧、サイクロンがかすめ通り、大きな被害が出た、という知らせが団長の衛星携帯電話に届いた。
 EFMMの旅程は大きく変更された。テレビ局は予定変更を大きく渋ったのであったが、「だったらカネ引き上げてさっさと帰れ」という団長のひとことに何事か相談し、付き従うという選択をした。
 まずジェット機でその国の首都まで飛ぶ。テレビ局は貨物室を借りて機材車を丸ごと収めた。
 次いでその国の支援団体のクルマを借り受け、ベンガル湾岸へ向かう。機材車は後から付いてくる。
 しかし湾岸へ向かうハイウェイは前途を失う。広大な土地が高潮と河川氾濫で水没しているためだ。
「ここで活動をしては?」
 テレビ局が再び渋った。豊富な機材を持って行けない。
「ここには何もない。我々は人がいない場所に用はない」
 団長の声を彼女は通訳した。
 ぬかるんだ悪路を通って水没域を迂回する断を下す。100キロを行くのに300キロを遠回り。
 当然クルマは途中で燃料が無くなり、住人にガイドを頼んで馬でクルマを引いた。
 どうにかして現地を目指すEFMM一行。
 対しテレビ局は文字通り這々の体ながらもどうにか付いてきた。機材車は結局悪路を前に引き返させ、家庭用のビデオカメラ2台と衛星携帯電話だけ持ってきた。タレントも一緒だ。それはそれでプロ根性かも知れぬ。
 途中、その家庭用カメラと衛星電話を使って難行苦行をそれらしく中継。余りに演出が過ぎるので被害者はもっと大変だと皮肉ってやった。
 深夜、出発より19時間で港湾都市に達した。後は海路だ。ここでサイクロン回避のため停泊していたマダガスカルの漁船と交渉し、乗せてもらうことになった。
 条件は積み増す燃料代を出すこと。給油を待って夜明け前に出航する。余波で荒波残る中を氾濫河川の河口域へ。船は上下に揺れつつ、しかし力任せに波を砕き、派手にしぶきを飛ばしながら西進する。彼女たちは甲板にあり、双眼鏡を手に行く先を代わる代わる見つめている。テレビクルーは船酔いか、借り受けた船室にこもったまま。
 日が昇ると船へ向かい飛来するヘリコプターがあった。
 被災国の軍の物である。船の上空にとどまり併走する。肥え太った独裁者の顔が脳裏をかすめる。
「Will refused acceptance? . Almost time of some stupid country.(受け入れ拒否?どこかの国みたいに)」
 尋ねたがそうではなかった。船室から甲板へ駆け出てくる浅黒い肌の男性。今般彼らの夜行臨時急行船を買って出たマダガスカルの船主。
「(二人運べる。乗る者はいるか。だそうだ)」
 意に反した反応と言うべきか、はたまた渡りに船か。EFMMのメンバーは5人。機材はテント3張りに医療機器が重量100キロ。
 団長と彼女が行くことになった。彼女はメンバー中で最も体重が軽い。その分、医療機器が運べるからだ。AEDと応急処置の用具を少し。
 テレビ局はビデオカメラだけでも持って行ってくれと乞うた。
「ドラマの撮影じゃないんですよ」
「殿下がどんなことをされているかを日本の子ども達に伝えたいのです。カメラマンになってくれとは申しません。どこかに録画状態で置いといて頂ければ」
 団長がカメラを受け取った。大人の判断だと団長は付け加えた。
 それでもテレビ局はスポンサーである。
 軍のヘリに乗って海岸地域へ向かう。
 見えてくる。
 上空から見た波打ち際は多数の流木が打ち上げられているのか、そのように見えた。
 そうではなかった。
 近づくとそれは人体であった。
 弧を描く海岸線を埋め尽くす、夥しい数の動かぬ人体。
 周囲には、それら人体に対し目を向け手を出すような人影は見えない。
 最初から諦めているのか。
 だからこそ、探さなくてはいけない、のではないか。
「(降ろして!)」
「(どうせ全部……)」
「(誰か確かめたの!?)」
「(奥地に重要なケガ人が……)」
 その物言いに底意を感じ、彼女は傍ら兵士の目を真っ直ぐ見つめる。唇を真一文字に結んで正面から見る。
 すると兵士の目が泳ぐ。その顔に残る幼さ。まだ少年の域を出ないのではないか。
「(ケガの内容は?)」
「(割れたガラスで傷が)」
「(どんな方ですか?年齢は?傷の場所は)」
 軍の幹部だと少年兵士は露した。
 彼女はヘリコプターのドアを開いた。
 気流が乱れて機体が揺れる。
「(何しやがる!)」
 操縦桿からの怒号。
「(生きていると判っているなら後でも良い。私たちのなすべきは生きる可能性を探し、確実に変えること。下ろしなさい。嫌というなら飛び降ります!)」
 そこで団長がひとこと。
「(言っておくがビデオカメラに収めている。何かあってもディスクだから、このまま海へ放ったところで消えたりはしないだろうな。さすが日本製だ)」
 果たしてヘリコプターは海岸線へ着地した。
「(くそったれ!)」
 二人を捨てるように降ろすや、医療機器を載せたまま、ヘリは再度離陸した。下ろす代わりにくれてやると団長が言ったためだ。
 団長の携帯も身代に取られたので、彼女がウェストポーチから衛星携帯電話を取り出し、船の仲間に一報。ちなみにポーチは服の下、なおかつ背中に回して隠してあった。有り体に言えば女の武器だ。
 すぐに早足で西へ西へと歩きながら、可能性を探し始める。波に洗われる変わり果てた人体の数多。
「(プリンセス。正直難しいかも知れないぞ)」
 サイクロンが襲ってより1昼夜である。この人々は来襲を知らず高潮や洪水で水中に没し、挙げ句この海岸へ打ち上げられたのであろう。
 つまり時間が経ちすぎている。証左に、手や足は枝のようにある姿勢のまま固定され、微動だにしない。
 しかし時間が全てを決するわけではない。
 長き時間はそうかも知れぬ。しかし、まだその長きではない。
 まだ。
「(子どもを……子どもを捜して下さい。子どもなら……まだ判らない)」
「(判った。では私は東へ向かおう)」
「(お願いします)」
 しかし困難はすぐに明らかであった。何か求めたか、手を開き伸ばす形のまま、ストップモーションの掛かった腕。
 これだけの“人”がいながら、その“人”は動かず声も出さず、打ち寄せる波の音が聞こえているだけ。
 失われている膨大な人命。
「プリンセス!」
 背後からの団長の呼び声に、彼女は振り向くより早く走り出した。
 海岸線に沿って曲線を描くことすらもどかしい。波打ち際を一直線に走る。
「(黒だが)」
 団長が心マッサージをしている男の子。その意味、トリアージなら黒札。すなわち一般の災害救助では既に死亡として扱われ、救助対象から外される状態。
 確かに、男の子の瞼は閉じられ、呼吸はなく、身体は動かない。ただ、他の“人体”と異なり、生命体の柔軟性を示している。
 近づく砂の足音。
「(お前達何をしている!)」
 たどたどしい英語。振り仰ぐと制帽制服を身に付け、二人に銃口を向けている。腕のワッペンにpoliceとあり、地元の警官と知れる。
 遺体から貴金属を奪取する泥棒の疑いである。
「ウィ・アー・メディカル・チーム」
 団長が着ている白衣を手に持って見せ、説明にかかる。彼女は団長に代わって砂浜に膝を突き、男の子の口を開き、口をあてがって中の水を吸い出し、吐き捨てる。
 声帯が震えたか、声と呼べぬ声が出る。彼女の瞳がキラリと光る。
 繰り返す。心臓マッサージをし、水を吸い出す。
 団長が戻ってきた。銃を出したままの警官を伴っている。警官は言葉だけでは信じようとせず、現場確認に来たのだと知る。
「(その状態だと水にこだわる必要はない。ドレンは機材を待つ。とにかく心拍の確保だ)」
「Stand up. body check.」
 警官が団長の脇から銃を突き出し、銃口をしゃくり、彼女に立ち上がるよう命じた。
 ボディチェック。盗んだ物を身につけていないか調べる、という名目である。
「(オレには何もしなかったが?何故彼女には?)」
「(子どもだからこそ怪しい)」
 警官の顔に下卑た笑いが浮かんだ。
 彼女はやがて14歳という少女である。
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【3】

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 翌週。
 彼女の所属する国際医療ボランティア〝欧州自由意志医療派遣団〟(European Free-will Medical care Mission:EFMM)は、欧州からアジアの貧困地帯を巡って東方へ向かう横断ミッションを展開した。
 但しスポンサーに付いたのが日本の民間テレビ局で、同局の取材陣一行が同行密着。その意図、この局は今年開局で、ターゲットが〝子ども〟。そこで格差拡大という時代背景をふまえ〝子ども達を貧困から救う〟をテーマに開局特番を企画。彼女に白羽の矢を立てたのだ。
 彼女をテレビ局が知っている。その理由。
 〝特別キャスター〟の若い男性タレントがマイクを持った。
「今回我々は“お姫様看護師”として知られる、メディア・ボレアリス・アルフェラッツ王女殿下と、殿下が所属しておられる医療ボランティア、欧州自由意志医療派遣団と行動を共にし、これから1週間、この時間にその日の活動を皆様にご報告。本放送日には会場アリーナにおいで頂きます……」
 紹介に会釈するテント前の仮設“スタジオ”。這い回るケーブルと、ぶんぶん唸る発電機、強力な照明。そして天へ向いた衛星中継のパラボラアンテナ。
 テントの中には簡易なベッドが並び、やせ細った子ども達が横たわり点滴を受けている。
 その目には陽光よりも明るい灯りが白く映っているが、まばたきすら忘れたよう。
 彼女が少し背後のテントを気にしているとマイクを向けられた。自分を狙うテレビカメラの下でスタッフがホワイトボード〝お願いします〟。
「この地では部族間の抗争に子ども達が置き去りにされました。親を失った子ども達は、ただ、飢えて行くだけです」
 ナースウェアの彼女は淡々とした口調で言った。黒々とした瞳は光得て尚ガラスのように輝きを帯び、黒髪には撮影の照明が艶やかなリングを描く。
 王女。そう彼女は王家の血を継ぐ娘である。中世以降魔女の輩出で知られた欧州の小国、アルフェラッツ王国の姫君だ。〝相原姫子〟で奇異に感じないのは、祖先の血筋に伴う。言葉は天才肌といって良く、ヒエログリフ解読で知られるシャンポリオンに1つ及ばない12カ国語を操る。日本語もそうした勉強の賜物。……テレビ局の目の付け所は悪くないと言えるか。
 スタッフの指示で続きを喋る。
「大人達は自分が生きるだけで精一杯。他の子どもに手を出す余地すらありません。そして子ども達はただ、目の前で行われる殺し合いを見せられるのです」
 自分を映すカメラの下にはテレビモニタが2台ある。1台は自分が映り、もう1台には資料映像として銃の乱射やロケット弾、破壊され燃える家などが映っている。たった今放送で流れているのは、自分の声と資料映像。
 自分とタレントの映像に戻った。
「なるほど。真の被害者は子ども達というわけですね」
 タレントが言う。ありきたりなセリフ。しかも件のホワイトボードにそう書いてある。
「ええ」
 ありきたりに返す。テレビ中継などこんなもんだと聞いてはいた。されど団長からは命のために少しの我慢、と言われた。しかし正直、こんなことしばらく繰り返すのかと気が滅入る。思わず腕の時計を見ると後1分もある。毎日5分のミニ番組。その都度それだけの機材が動いてパラボラが立てられ、こんなことをし、終われば撤収。
 あと1分、のゆえであろう。奥の機材車の前ではコンロが取り出され食事の準備。彼らテレビスタッフは食料品を自分たちで持ち込んでいる。
 ホワイトボード〝アドリブで1分〟。すると、
「そうですか」
 タレントはまず言って。
「しかし姫君は日本語がお上手ですね」
「え?……ああ、ありがとうございます」
 それが今ここで何か関係あるの?
 と、テントの中で動きが生じる。赤ランプが点滅し、ピーピーと警告音が鳴り響く。
「CPA!」(心停止)
 アフリカ系のスタッフが叫ぶ。
「ごめんなさい。失礼します」
 彼女は頭を下げてテントの中へ走って行く。子どもが一人危険な状態。ベッドに飛び上がり、心臓マッサージ。
 タレントの語気がにわかに強まった。
「緊急事態が発生したようです!姫君は早速救命活動に加わられました。ああしかし放送時間がありません……」
 AED(自動体外式除細動器、Automated External Defibrillator)を手にしたドイツ人医師が駆けてくる。
 電気ショックを投じる旨のアナウンスが何度か、夜空に向かった。
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【2】

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 鎌倉湖。名の通り神奈川県鎌倉市内にある。正しくは散在ガ池(さんざいがいけ)という。石を投げれば対岸に届くほどの人工の貯水池であるが、周囲は鬱蒼と木が茂り、緑の中にぽかんと穴が空いたような水場であり閑静そのもの。テレビドラマの〝男女の語らい〟によく使われる。
「こんなとこ良く知ってるね……確か東京って。えーと、本名何て言ったっけ。確か、あいはら……」
 白いワンピースの背中に、Tシャツの少年はマウンテンバイクを降り、声を掛けた。
 白いワンピースの彼女は、頭に麦わら帽子を載せて、水辺の柵に身体を預け、池を眺めていた。
 トンボがちょん、ちょん、とシッポを水面に付け、小さな波紋を立て、飛んで行く。
 そんな場所なので訪れる人は多いが、今は、夕暮れ近いせいもあるか、二人の他には誰もいない。
「相原姫子(あいはらひめこ)。魔法使いですから。感性共鳴するところはあちこち抑えてますよ」
 彼女は振り向き、答えた。時代が時代であり、言っても正常性を疑われるだけなのだが、ウソ付くのは好きではないし、信じるかどうかは相手の判断。こういう場合は変にうろたえるより、正面切って「ええそうです」と答えてしまった方がいいだろう。不思議な物で、あっけらかんとしていると、信じている人は、〝ああやっぱり〟。信じていない人は故意のウソに聞こえるらしく〝なんだやっぱり〟。
「あの……」
 少年は口ごもり、先ほどと同じく目を逸らす。その所作には、隠しておきたい、だがしかし、という強く激しい葛藤を感じる。無論、その中身を知ろうと思えば知ることは出来るが、秘密を暴くつもりはない。
 急かさず次を待っていると。
「好きな女の子がいるんだ。どうしてもどうしても仲良くなりたいんだ付き合いたいんだ。彼女と海を歩きたいんだ」
 ひとつ風を待ち、迸った突然の言葉は、堰を切った濁流に似て、彼女の胸をパンチのように強く衝撃した。
「恋」
 頷く少年。
「振り向いてもらいたい」
 首肯再度。
「卑怯だよ。それって。判ってると思うけど」
 彼女の指摘に、少年はびくりと肩を震わせ、うつむく。
「マジック使ってなんて。力ずくで思いを遂げようとするのと何ら変わらない。ただ、不可能じゃない」
 何でそんな言い方をしたのか。……〝思いを告げる〟その機会を与えないと彼の心は爆発すると思ったから。
 彼女自身は恋を自覚したことはない。ただ、わがまま聞いてくれる年上はいる。
 そしてその年上は、自分のことを愛していると公言している。
 不可能じゃない……彼女の加えたひと言に、彼は彼女へ目を戻した。
 その意志あるならば。
「但し、それは魔法じゃない。魔術だ。魔術は本来何かと引き替えに魔の力を借り、思いを現実にするもの。得るものが大きければ失うものも大きい。黄金のゆえに飢えたミダス王のように」
「み、みだす……?」
 彼は困ったような顔をした。
「ギリシャ神話。その持っている携帯でググってご覧なさい」
 彼は即座に携帯電話を取り出し開き、いじること2分。
 ググる……検索サイトのグーグルで調べること。
 結果が出たのだろう。目が見開かれたところで、彼女は口を開く。
「それでも彼女をと君は思うのか。魔は魔であるが故に、君の何を奪うか、私にも判らない。ただ、君の思いに値する何かを、彼らは君から奪って行く。それでも、というのであれば、私は君に魔を召還する」
 自分を見る彼の眉間に縦皺。
 少し物言いが難しかったか。
「もう一度訊く。君の思いと願いは、君だけを有利とするものであるから、魔法ではなく魔術となる。魔術は得るものに等しいと思われる物を君から奪う。君が何を失うか、私にも判らない。それを越えて尚、君はその少女と共にありたいと思うか」
「思う!」
 彼は即答した。
「……お、親が死んだとしても。成績がメチャクチャになったとしても」
 それは本音であろう。……なるほど解放しないと爆発するのだ。彼女は自分の認識を後から納得した。根拠無く結果を先に提示してくる。この辺り、超感覚の確実だが不確実という困った部分だ。
「判りました。そこまで言うなら」
 彼女は言うと、麦わらを取り、手品の時のように中に手を入れ、手のひらサイズの透明なリングを取り出した。水晶で出来た細身のドーナツである。
「あんた……本当に魔法……」
「何を今さら。だったら何故私に魔法と尋ねたの?」
「い、いや、手品っつぅより魔法みたいだな、と思ってて、そのまんま言っちゃっただけ」
「そう」
 肯定も否定もしない。判断するのは君。
 彼女は少年の手を取り、握りしめられた手のひらを押し開き、熱伝導率の故にひやりとした質感のクリスタルリングを載せる。
「使い方を教えます。但し一度しか言いません。なぜなら、それで覚えられないようなら、あなたの思いはその程度でしかないということ。だから、書き留める余裕も与えません。良く聞きなさい。このリングを出した時点から既にあなたは試されており、儀式のうちにあるのです。始めてよろしいですか?」
「は、はい」
 少年は神妙な面持ちで答えた。
 彼女は頷き、
「この術は月の影を司る冥界の王に申し出、王の支配下にある魔の力を借り受けます。王は適した魔を選択してあなたに遣わせ、応じた対価としてあなたから何かを無言で奪い去ります。何を奪い去るかは冥王の裁量如何です。私には何とも言いようがありません。ここまでいいですか?」
「それは……さっき聞いた」
 少年は頷いた。
「その通り。では続けます。このリングは月齢16から次の月齢14までおよそ1ヶ月、月の姿を毎晩この中に収めます。リングを通して月を眺めるのです。窓際に吊すも良し、何かの上に置くも良し、但し各月齢で必ず日に一度、中に月の光と影を通すことが必要です。ですから月齢が25を過ぎれば深夜早朝に起きることになるし、1や2では日暮れの後の僅かな時間の間に月を見なくてはなりません。……今聞くと簡単そうに思えますが実際には大変ですよ。毎日1時間ずつ月の時間はズレて行きます。それを欠かさず追うのです」
「それだけ?」
 拍子抜けしたように少年は言って寄越した。
「まさか、色々と条件がありますよ」
 以下箇条書きする。
 月の光と影を収める。
 従って光だけである満月と、影だけである新月を収めてはならない。
 理由、光だけではリングに満ちた冥王の力は消去され、影だけでは冥王の秘密の時間を邪魔してしまう。
 月の円盤は欠けることなくリングの中に収めなくてはならない。
 月を収めるのは日に一度だけ。二度以上収めると、影があらゆる物を奪いに下りてくる。
「月が見えなかったら?」
 少年は尋ねた。天候によっては見えない。当然の疑問。
「一度しか言わないと私は言ったはずです」
 彼女はそう答えた。
「だって雨……」
 彼女は無言を持って彼の声を遮り、その目を見た。
 その沈黙の意味する答え。
「続けていいですか?」
 彼女がそう言うと、彼は意図を察したか、目を見開いた。
「あ、はい……」
「恋の成就と言いましたね。では術式は四つの象限に別れます」
 彼女は手指で4を示した。
「しょうげん?」
 その語が主として数学の教科書に出てくるのは高校以上だ。
 しかし彼女は構わず続ける。話せば自ずと概念は理解出来る。
「月齢16から22。第一の象限。この間あなたは彼女を知るべき期間です。見つめてもいい、聞いてもいい。ただ声を掛けてはいけない。何があっても声を掛けてはいけない」
「か、彼女の方から声を掛けてきたら?」
「それはあり得ない。術式に則り、魔がそのように司り、あなたを試す」
 試す。その語に彼の受身を感じる。彼は黙り込み、生唾を飲んだ。
 彼女は続ける。
「そしてその間。あなたは、あなたの見聞きした彼女の有様を、リングの中の月の影に報告しなければならない」
「報告?」
「そう報告」
「どう……」
「魔を司る冥王に日々の状況を申し述べるのです」
 少年の顔が徐々に深刻に変わってくる。要求される内容の膨大さがようやく見えてきたのである。
「やめますか?あなたが私と二度と会わないと契約し、ここまでの儀式の一切があなたの記憶から消えた時、全ては始まらなかったことに出来る」
「いやです。いいです。やります」
 彼女の問いかけに、彼は首を横に振って否定した。
「ならば第二象限。月齢23から29。魔が司り、その間の魔が必要とする日数、彼女とあなたを近づけます。あなたがあなたらしくいられるか試されます。要するに〝ええかっこしい〟をしてはならない。あなたは日々、あなたと彼女との間にあった出来事を冥王に報告します。この時、絶対に虚偽を口にしてはならない。虚偽はあなたの全てを奪う」
 彼女の冴えた声を木立が吸い込む。夕暮れが近づき、緑が陽を遮り、彼女の白いワンピースが浮かび上がるように白さを増す。
 続ける。
「第三象限。月齢1から7。魔があなた達を二人だけにする機会を与える。1から7のいずれの日か、何回なのか、それは魔が判断し決める。そこであなたはあなたの思いを彼女に伝える」
「コクる」
 意味、告白する。
「その通り」
「彼女が僕を好きになるんじゃないのか?」
「あなたが好きな彼女が、あなたを好きになる彼女とは、必ずしも一致しない。意味が判る?あなたに対して好意を抱くというのは、好きな男性のタイプを変える可能性を意味する。すなわち、彼女の性格が変わる。それでもいいのなら、そのようにも出来ますよ。プログラムされたアンドロイドになるかも知れないけれど」
「そこまで強引なことは……」
「なら、お止めなさい」
「判った」
「最後行くよ。いい?」
「うん」
「第四象限。月齢8から14。あなたは待つことになる。そして満月になる前のいずれかに、最終回答がもたらされる。待っている間、あなたは待つことだけが許される。以上です。注意を二つ。判っていると思うけど、誰にも知られてはならない。途中でやめる場合はリングを打ち割る。但し引き替えに、あなたがリングに託した想いは永遠に得られない」
「判った」
 少年は言い、手のひらのリングを握った。
 東の空に赤く大きな月が顔を出す。月齢14。
「始まりは明後日です」
「はい。……あの、ひとつ訊いていい?」
「儀式については二度言いませんよ」
「じゃなくて。見るとか、会うとか、それは必ず出来るんだよね。冥王がそのように取り仕切ってくれるんだよね。たとえ相手が遠くにいても」
「魔のままに。魔の故に。たとえ遠く離れていても」
 彼女は、そう答えた。
.
つづく

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魔女と魔法と魔術と蠱と【1】

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 公演が終わった後に子ども達が自分のところへ来て。
「私に(僕に)手品を教えて下さい」
 良くあるパターン。目的は様々。来られなかった他の子に見せたいとか、自分も覚えて他の子を楽しませたいとか。
 中には自分手品師になりたいから……なんてのもあり。そんな場合、彼女は、タネも仕掛けも〝ある〟手品を教える。
 だから。
「僕にも魔法を教えて欲しい」
 なんて質問は想定外だったので。
「何に使うの?」
 と、反射的にきつい声で答えてしまった。黒い瞳に、ころん、と表現しようか、丸みを帯びた顔立ち。髪の毛は肩に触れないところでスパッとカット。少女マンガのヒロイン向きと書けば手っ取り早い。マジックショーということで、金縁の入った青いスーツにシルクハット。
 しまった!と、当然思ったわけだが、よく考えたら今日は〝魔法使いレムリアのマジックショー〟と演目掲げたのだ。そう求められても不思議ではない。
 問うてきた男の子の顔を見る。自分の顔を映した瞳。背は自分より僅かに小柄。彼女は身長153であるからして、中学1年というTシャツ姿の少年は、多分その筋の悩みを抱えていよう。そして〝魔法〟の使い道は限りなく自身の利のため。
 しかもその利は成就を見ない。
 以上超常感覚的知覚、すなわちテレパシーの回答。
「何って……」
 少年は姉に叱られた弟のように、目を泳がせ少しうつむく。それは、底意を見透かされたココロが、身体を通じて表す反応の一つ。
 魔法、と書いたが、副産物がこの超感覚だ。恣意的にこの比類無き力を行使するのは好きではないが、自衛的な状況下では意図せず勝手に働く。
 二人の会話は、二人が認識しているように、姉が弟を叱るが如くであって、故か、退場し掛けていた多くの子ども達が何事かと立ち止まり、自分たちを見ている。
 その子ども達の最年長である彼にとって、それは恥ずかしいことこの上なし。ちなみに、ここは神奈川湘南エリアにある児童館。地元の子供会と保護施設の子ども達との、ゴールデンウィーク交流会。
 彼女はゆっくりシルクハットを取る。
「ここでは言えないこと……?」
 小首を傾げ、小声で尋ねると、小さな頷き。
 彼女は取ったシルクハットをくるりと返して中に手を入れた。
 紙吹雪散らすように舞い上がる幾多のモンシロチョウ。見ていた子ども達からわき起こる歓声と驚き。
「この子達忘れてた。みんなで外に逃がしてあげて」
 子ども達がチョウを追う。彼女は帽子に入れたままの自分の手をゆっくり引き出した。
 手のひらに紙一枚。
「あなたがここの最後の一人になったら、そこへ来て。待ってるから」
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つづく

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