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魔女と魔法と魔術と蠱と【13】

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 昼食後、礼を言いに病院事務室に顔を出すと、タクシーチケットを渡され、車寄せへ案内された。病院の意図は自分をそのまま東京直送、だったようだが、待ち合わせがあるからと二人で横浜駅まで届けてもらった。
「大船(おおふな)まで乗るから、申し訳ないけど290円」
 言う彼に彼女が鉄道ICカード〝suica〟を見せたら彼は驚いた。
「持ってるの?」
「東京から来たって言ったじゃん。そこに宿六状態なの。ウソは申してませんのよ」
「じゃぁ最初言ってた相原姫子って名前は……ああ、姫、か」
「この顔でこんなの持ってたら長ったらしい本名よりその方が通りがいいからね。原産地偽装とも言うけどね……これって電車来たんじゃないの?」
 上から聞こえるリズミカルな轟音を指差して彼女が言うと、彼はああやべぇと走り出した。
 一緒になって階段を上がり、到着した東海道線の電車に乗って15分。複々線に組まれた線路を横須賀線の電車と併走し、デッドヒートで抜きつ抜かれつ。銀色の15輛編成が2本並んで時速100キロ。その有様は重合輻輳する東京エリアの鉄道網を象徴し、ひいては、人も物も溢れるほど存在することの証左。横須賀線から男の子が手を振って来たので、手を振って返す。
 やがて列車は減速し、大きなカーブにさしかかる。高架橋が頭上を横切り、線路が入り組み、観音様の後ろ姿を右手に見ながら駅へ滑り込む。
 チャイムと共にドアが開いてホームへ降りる。階段を上がってエキナカを抜け、改札にカードかざしてコンコースへ出る。
 彼女の一連のその所作を、彼は立ち止まり振り返り、上から下まで見つめる。
 ブラウスにジーンズ。薄手のカーディガンを指に引っかけて肩に載せている。
「姫……」
「はーい?そっちで呼んでくれるの?いいよ。で?ここからはバス?だったらチャージしたいなって」
「え、いやその自転車。こっち」
 彼は東口階段へ向かって歩き出す。
「あれ?もう自転車乗ってたの?」
「うん、大丈夫そうだったから」
「本当はダメだよ。勝手な判断」
 東口階段下はT字路で、細い道をバスが慎重に走って行く。交番が目の前にあるので青信号を待って横切り、客の呼び込みに懸命のドラッグストアが並ぶ前を通り、昔ながらの商店街へ続く道を過ぎると、整備された舗道上に雑然と沢山の自転車。
 彼のマウンテンバイクはその中にあったが。
「あれ……あれ?カギがない」
 彼は着ている服とジーンズの全てのポケットに手を突っ込み、サイフの中まで覗いたが、車輪を封じているチェーンロックを開くカギをどうやら無くしたらしい。
 心当たりが彼女にある。〝衣装替え〟の副作用だ。
 あの手の変換・変身を使うと時々起こるのだ。自分が未熟だからと言われればそれまでかも知れないが、母親も経験があるというから確率的な物だろう。こうなるとどうにも仕方がない。当然、科学的動作機序も全く不明であるから、探す手段は皆無。文字通りお手上げ。東京の年上は電機メーカの勤め人だが、謎のナンタラ空間に落ちたんじゃね?と笑う。
「私のせいかもね」
 彼女は言い、チェーンロックの錠前の部分を手で握り、開いた。
 かちゃん。
「ど、どうやって!?」
 果たして彼は激しく驚く。
「開いてくださいと呪文を唱えた」
「凄すぎる……」
 彼は開いた口がふさがらない。
「便利なことも不便なことも。で?こっちだっけ?」
 彼女がうやむやにして東の方へ歩き出すと。
「乗って乗って。歩いて行く距離じゃない」
 彼は自転車のサドルをぱんぱんと叩いた。
 自分が乗る?それとも二人乗り?
 とはいえマウンテンバイク。荷台が付いているわけではない。マンガの男女のように二人乗りは出来ない。
 すると彼が言うには、後輪の軸の部分にステップが付いているので、そこに立って乗り、彼の両肩に掴まってくれと言う。
「結局要するに二人乗りなんだ」
「うん」
「本当はダメだよ」
「なんか従姉妹の姉さんに怒られてるみたいなんですけど」
「童話の姫君みたいにわがままツンツンも出来てよ。もっと叱る?」
「う、やだ。はい乗って」
 彼がサドルに乗り、ハンドル持って両足で踏ん張る。
 安定を確保したところで、言われたように立ち乗りして、肩に掴まる。
 彼は驚いたように肩を震わせた。
「重い?」
「じゃなくて。……姫さん、手がすごく熱い」
「痩せの大食い系だからねぇ」
 同じことは時たま言われるので都度こう答える。
「そういう人って熱いんだ。行くよ」
 街を駆け出す。先日は鎌倉湖からこの駅までバスで戻ったが、おしなべて全体が緩い勾配をなしていた記憶がある。このまま自分乗せて登って行くのか。
 とりあえず彼に動力を任せる。自転車はすぐに速度に乗り、整備された舗道を突き当たり、ショッピングセンターの裏を抜け、小さな流れに沿った歩行者専用道路を走り、狭い道から交差点を渡って左折、右折。
 見覚えのある道に出る。
「で、ここに出るんだ」
 そこは道の両脇こそ神奈川県内らしく住宅が建ち並ぶが、住宅の背後は鎌倉らしく初夏の緑に彩られた小山が連なり、寺らしき建物の姿もチラリ。
 駅前の喧噪とは隔絶した気配雰囲気である。道奥がどん詰まりに近く、通り抜けがないせいもあろう。行き交う車は少ない(正確には北鎌倉駅の裏手まで迷路のように繋がっている)。途中目に付くスーパーマーケットの駐車場もガラン。
 鎌倉湖の直近まで、彼は彼女を乗せて自転車で頑張り、勾配がいっそう急になる最後の交差点から先だけは、さすがに降りて二人して歩いた。
 散在ガ池公園に近づくに従い木の密度が高くなり、入口は先回よりの3週間が何ヶ月にも感じられるほどの深く、濃い緑。
 道の左右から、頭の上にのしかかるように覆う緑。
 その様は濃密の語をあてがうに相応しく、目を瞠るほど。少し切れという人もあるのではないか。
 風が吹くと枝葉が一斉に囁き会い、鳥たちが鳴き、会話するには大声を要しようと思わせる。
 その風にこの短い髪任せたいと思う。このうるさい静けさ。
「ありがとう。気持ちいい」
 彼女はまず言い、次いで先回と同じように湖畔の柵を持って立ち、うるさい枝葉を見上げた。
 彼は引いてきた自転車を柵に立てかけ、彼女に目を向けた。
「君が好きだ」
「は……」
 巨大な原動機の出力軸が、駆動システムに接続されるような、がちゃんという大きな音が、頭の中で聞こえた気がした。
 変な表現だと自分でも思う。医療機械や移動用の乗り物に触れる機会が多いせいだろうか。さておき、その表現は〝合点が行く〟の巨大レベルの自己認識なのだとすぐに理解した。
 彼は、教えた術を、他ならぬ自分に対して行使したのだ。
 確かに1週間にわたり彼はテレビを通して自分のしたことを見たであろうし。
 2週目には花束役となり。
 今日は3週目だ。
 彼女は、ゆっくり、彼に目を向ける。
 自分の目真ん丸だろう。隠せぬ驚きが表情に出ているだろう。
「姫様、だなんて思ってなかったから……諦めようと思ったよ。でも、そう思えば思うほど君のことが余計気になって頭から離れなくなった。そりゃオレ年下だし背は低いし、でもボランティア活動は覚えるよ。12ヶ国語は無理でもせめて英語くらいは何とかする。親無くても勉強なら出来ると思うしさ。だからその……わぁオレ何言ってるんだろう」
 彼は見て判るほど顔全体を真っ赤にすると、急に〝流動的〟になり、向きを変えて自転車を掴み、引っ張って走って行った。
 追うな。
 再びの禁忌、示唆。
 ここへ来ることをあっさり快諾した自分。
 〝術〟はひょっとして、確かに、自分に掛かっていたのだろうか。
 対し、真っ白とか空白とか表現するより他にないのが、今の自分の気持ちの正直。いわゆる愛の告白を受けたことは承知している。対して自分はプラスでもなくマイナスでもなく、全くのゼロだ。心拍が変化するわけでなく、体温が上昇しているわけでもない。もちろん、彼の気持ちを軽々に扱っているつもりもない。
 自分を愛していると公言した年上は、半ば自分が小悪魔仕掛けて言わせたという経緯がある。感付いたので明言させてみたというのが正しいところで、言わせてその結果、照れる彼の姿を楽しんだ記憶がある。但し、彼は文字通り命がけで自分を守ろうとしたことがあり、結果文字通り、すなわちレントゲン的に、骨を折った。
 彼には言われている。自分に年齢相応の相手が出現したなら、己のことは気にするなと。
 別に年上のその彼に(懐いて、とは表現できるかも知れないが)恋慕なびいてという自覚はない。ただ、年下の彼に肯定する自分も、否定する自分も、今はイメージできない。
 これはどういう意味なのか。これも術の故か。
 タイムリミットは1週間。月の位相にして90度。
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つづく

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