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魔女と魔法と魔術と蠱と【2】

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 鎌倉湖。名の通り神奈川県鎌倉市内にある。正しくは散在ガ池(さんざいがいけ)という。石を投げれば対岸に届くほどの人工の貯水池であるが、周囲は鬱蒼と木が茂り、緑の中にぽかんと穴が空いたような水場であり閑静そのもの。テレビドラマの〝男女の語らい〟によく使われる。
「こんなとこ良く知ってるね……確か東京って。えーと、本名何て言ったっけ。確か、あいはら……」
 白いワンピースの背中に、Tシャツの少年はマウンテンバイクを降り、声を掛けた。
 白いワンピースの彼女は、頭に麦わら帽子を載せて、水辺の柵に身体を預け、池を眺めていた。
 トンボがちょん、ちょん、とシッポを水面に付け、小さな波紋を立て、飛んで行く。
 そんな場所なので訪れる人は多いが、今は、夕暮れ近いせいもあるか、二人の他には誰もいない。
「相原姫子(あいはらひめこ)。魔法使いですから。感性共鳴するところはあちこち抑えてますよ」
 彼女は振り向き、答えた。時代が時代であり、言っても正常性を疑われるだけなのだが、ウソ付くのは好きではないし、信じるかどうかは相手の判断。こういう場合は変にうろたえるより、正面切って「ええそうです」と答えてしまった方がいいだろう。不思議な物で、あっけらかんとしていると、信じている人は、〝ああやっぱり〟。信じていない人は故意のウソに聞こえるらしく〝なんだやっぱり〟。
「あの……」
 少年は口ごもり、先ほどと同じく目を逸らす。その所作には、隠しておきたい、だがしかし、という強く激しい葛藤を感じる。無論、その中身を知ろうと思えば知ることは出来るが、秘密を暴くつもりはない。
 急かさず次を待っていると。
「好きな女の子がいるんだ。どうしてもどうしても仲良くなりたいんだ付き合いたいんだ。彼女と海を歩きたいんだ」
 ひとつ風を待ち、迸った突然の言葉は、堰を切った濁流に似て、彼女の胸をパンチのように強く衝撃した。
「恋」
 頷く少年。
「振り向いてもらいたい」
 首肯再度。
「卑怯だよ。それって。判ってると思うけど」
 彼女の指摘に、少年はびくりと肩を震わせ、うつむく。
「マジック使ってなんて。力ずくで思いを遂げようとするのと何ら変わらない。ただ、不可能じゃない」
 何でそんな言い方をしたのか。……〝思いを告げる〟その機会を与えないと彼の心は爆発すると思ったから。
 彼女自身は恋を自覚したことはない。ただ、わがまま聞いてくれる年上はいる。
 そしてその年上は、自分のことを愛していると公言している。
 不可能じゃない……彼女の加えたひと言に、彼は彼女へ目を戻した。
 その意志あるならば。
「但し、それは魔法じゃない。魔術だ。魔術は本来何かと引き替えに魔の力を借り、思いを現実にするもの。得るものが大きければ失うものも大きい。黄金のゆえに飢えたミダス王のように」
「み、みだす……?」
 彼は困ったような顔をした。
「ギリシャ神話。その持っている携帯でググってご覧なさい」
 彼は即座に携帯電話を取り出し開き、いじること2分。
 ググる……検索サイトのグーグルで調べること。
 結果が出たのだろう。目が見開かれたところで、彼女は口を開く。
「それでも彼女をと君は思うのか。魔は魔であるが故に、君の何を奪うか、私にも判らない。ただ、君の思いに値する何かを、彼らは君から奪って行く。それでも、というのであれば、私は君に魔を召還する」
 自分を見る彼の眉間に縦皺。
 少し物言いが難しかったか。
「もう一度訊く。君の思いと願いは、君だけを有利とするものであるから、魔法ではなく魔術となる。魔術は得るものに等しいと思われる物を君から奪う。君が何を失うか、私にも判らない。それを越えて尚、君はその少女と共にありたいと思うか」
「思う!」
 彼は即答した。
「……お、親が死んだとしても。成績がメチャクチャになったとしても」
 それは本音であろう。……なるほど解放しないと爆発するのだ。彼女は自分の認識を後から納得した。根拠無く結果を先に提示してくる。この辺り、超感覚の確実だが不確実という困った部分だ。
「判りました。そこまで言うなら」
 彼女は言うと、麦わらを取り、手品の時のように中に手を入れ、手のひらサイズの透明なリングを取り出した。水晶で出来た細身のドーナツである。
「あんた……本当に魔法……」
「何を今さら。だったら何故私に魔法と尋ねたの?」
「い、いや、手品っつぅより魔法みたいだな、と思ってて、そのまんま言っちゃっただけ」
「そう」
 肯定も否定もしない。判断するのは君。
 彼女は少年の手を取り、握りしめられた手のひらを押し開き、熱伝導率の故にひやりとした質感のクリスタルリングを載せる。
「使い方を教えます。但し一度しか言いません。なぜなら、それで覚えられないようなら、あなたの思いはその程度でしかないということ。だから、書き留める余裕も与えません。良く聞きなさい。このリングを出した時点から既にあなたは試されており、儀式のうちにあるのです。始めてよろしいですか?」
「は、はい」
 少年は神妙な面持ちで答えた。
 彼女は頷き、
「この術は月の影を司る冥界の王に申し出、王の支配下にある魔の力を借り受けます。王は適した魔を選択してあなたに遣わせ、応じた対価としてあなたから何かを無言で奪い去ります。何を奪い去るかは冥王の裁量如何です。私には何とも言いようがありません。ここまでいいですか?」
「それは……さっき聞いた」
 少年は頷いた。
「その通り。では続けます。このリングは月齢16から次の月齢14までおよそ1ヶ月、月の姿を毎晩この中に収めます。リングを通して月を眺めるのです。窓際に吊すも良し、何かの上に置くも良し、但し各月齢で必ず日に一度、中に月の光と影を通すことが必要です。ですから月齢が25を過ぎれば深夜早朝に起きることになるし、1や2では日暮れの後の僅かな時間の間に月を見なくてはなりません。……今聞くと簡単そうに思えますが実際には大変ですよ。毎日1時間ずつ月の時間はズレて行きます。それを欠かさず追うのです」
「それだけ?」
 拍子抜けしたように少年は言って寄越した。
「まさか、色々と条件がありますよ」
 以下箇条書きする。
 月の光と影を収める。
 従って光だけである満月と、影だけである新月を収めてはならない。
 理由、光だけではリングに満ちた冥王の力は消去され、影だけでは冥王の秘密の時間を邪魔してしまう。
 月の円盤は欠けることなくリングの中に収めなくてはならない。
 月を収めるのは日に一度だけ。二度以上収めると、影があらゆる物を奪いに下りてくる。
「月が見えなかったら?」
 少年は尋ねた。天候によっては見えない。当然の疑問。
「一度しか言わないと私は言ったはずです」
 彼女はそう答えた。
「だって雨……」
 彼女は無言を持って彼の声を遮り、その目を見た。
 その沈黙の意味する答え。
「続けていいですか?」
 彼女がそう言うと、彼は意図を察したか、目を見開いた。
「あ、はい……」
「恋の成就と言いましたね。では術式は四つの象限に別れます」
 彼女は手指で4を示した。
「しょうげん?」
 その語が主として数学の教科書に出てくるのは高校以上だ。
 しかし彼女は構わず続ける。話せば自ずと概念は理解出来る。
「月齢16から22。第一の象限。この間あなたは彼女を知るべき期間です。見つめてもいい、聞いてもいい。ただ声を掛けてはいけない。何があっても声を掛けてはいけない」
「か、彼女の方から声を掛けてきたら?」
「それはあり得ない。術式に則り、魔がそのように司り、あなたを試す」
 試す。その語に彼の受身を感じる。彼は黙り込み、生唾を飲んだ。
 彼女は続ける。
「そしてその間。あなたは、あなたの見聞きした彼女の有様を、リングの中の月の影に報告しなければならない」
「報告?」
「そう報告」
「どう……」
「魔を司る冥王に日々の状況を申し述べるのです」
 少年の顔が徐々に深刻に変わってくる。要求される内容の膨大さがようやく見えてきたのである。
「やめますか?あなたが私と二度と会わないと契約し、ここまでの儀式の一切があなたの記憶から消えた時、全ては始まらなかったことに出来る」
「いやです。いいです。やります」
 彼女の問いかけに、彼は首を横に振って否定した。
「ならば第二象限。月齢23から29。魔が司り、その間の魔が必要とする日数、彼女とあなたを近づけます。あなたがあなたらしくいられるか試されます。要するに〝ええかっこしい〟をしてはならない。あなたは日々、あなたと彼女との間にあった出来事を冥王に報告します。この時、絶対に虚偽を口にしてはならない。虚偽はあなたの全てを奪う」
 彼女の冴えた声を木立が吸い込む。夕暮れが近づき、緑が陽を遮り、彼女の白いワンピースが浮かび上がるように白さを増す。
 続ける。
「第三象限。月齢1から7。魔があなた達を二人だけにする機会を与える。1から7のいずれの日か、何回なのか、それは魔が判断し決める。そこであなたはあなたの思いを彼女に伝える」
「コクる」
 意味、告白する。
「その通り」
「彼女が僕を好きになるんじゃないのか?」
「あなたが好きな彼女が、あなたを好きになる彼女とは、必ずしも一致しない。意味が判る?あなたに対して好意を抱くというのは、好きな男性のタイプを変える可能性を意味する。すなわち、彼女の性格が変わる。それでもいいのなら、そのようにも出来ますよ。プログラムされたアンドロイドになるかも知れないけれど」
「そこまで強引なことは……」
「なら、お止めなさい」
「判った」
「最後行くよ。いい?」
「うん」
「第四象限。月齢8から14。あなたは待つことになる。そして満月になる前のいずれかに、最終回答がもたらされる。待っている間、あなたは待つことだけが許される。以上です。注意を二つ。判っていると思うけど、誰にも知られてはならない。途中でやめる場合はリングを打ち割る。但し引き替えに、あなたがリングに託した想いは永遠に得られない」
「判った」
 少年は言い、手のひらのリングを握った。
 東の空に赤く大きな月が顔を出す。月齢14。
「始まりは明後日です」
「はい。……あの、ひとつ訊いていい?」
「儀式については二度言いませんよ」
「じゃなくて。見るとか、会うとか、それは必ず出来るんだよね。冥王がそのように取り仕切ってくれるんだよね。たとえ相手が遠くにいても」
「魔のままに。魔の故に。たとえ遠く離れていても」
 彼女は、そう答えた。
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つづく

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