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2008年12月

彼女は彼女を天使と呼んだ(26)

 〝判りすぎる〟が、得てして良くない結果につながるのは、よく自覚している話。
 自分の能力を知った両親が、高尾山(たかおさん)に集う修験者を訪ねたのは、正しい判断だったと思うし、この能力が絶対権力に近いものだと即座に見抜き、ゆえに制する必要があると認識した父親は大したものだ、と後に感心した。
 雄弁は銀、沈黙は金。力の扱いに関して、修験者の言葉をまとめればこうなる。この言葉の出自はケルト神話という説も聞いたが、どっちも形而上という点では共通しており、この辺り、〝で、あるがゆえ〟の不思議な説得力がある。
『知りたいという気持ちを御するのは、人間ゆえに困難なことだ』
 修験者は言った。人は根本的に知りたいと思う生き物。自然に生じる感情にそれを実現する能力が加わる。コントロールするのは通常以上に難しくなって当然。そこで理絵子は、この点を徹底的に鍛えることになった。
『女子(おなご)だから勝手に判ってしまう、ことはある。だがそれは女子のゆえとて気にするな』
 いわゆる〝女の勘〟についての言及。要するに怖いのは恣意的な〝知りたい〟であり、〝ピンと来る〟ことは自体は仕方がない、ということ。ちなみになまじ念動力(サイコキネシス)なんか持ってしまうと、その力を使って〝変えたい〟という欲望が更に出てきて尚難しいとか。……そんなインチキ行者をとっちめたことが以前あるが。
 さておき、他人の言う自分の〝クール〟な部分が、この鍛錬の副作用であろうことは承知している。「えっ?ナニナニ?何の話?」……女の子に良くあるコレが自分にはないのだ。深入りしないし、当然ある意味公平な立場に収まる。そして、それは学級委員として必要かつ十分な条件。ただ前にも書いたが、その替わり〝ぴったりくっつく〟系の付き合いはない。なお、男子に言わせると、自分クールそうだが恋に落ちればラブ・イズ・ブラインド……いわゆるツンデレに見えるらしい。

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ブリリアント・ハート【8】

 高架ホームに降りる。
 危ない、という直感が訪れる。それは五感に属さない“特殊感覚”であり、更にその内容が警察の接近であると極めて具体的に判る。
 特殊感覚。それは彼女レムリアが有する特異な能力である。新月云々もそれに由来する。追って紹介する機会があろう。
 電車が去る。レムリアはホームが無人になったところを見計らい、小型のデジタルカメラで自らを撮影し、アダプターで衛星電話に接続し、東京に送信した。
 3分後。東京から電話。
『届いた。横浜で見かけたと警察屋サンに電話した。王女某によく似た娘が元町でアクセサリーを探しておった』
「…ありがとう!」
 レムリアは喜んで言うと、電話を切った。
 しかし、今すぐ行動を起こすと、駅前に待機しているであろうその警察屋さんの前に一人で降りて行くことになる。乗ってきた電車の客は既に皆ホームから去っているからだ。さすがに目立ちすぎるので、そのまま次の電車まで10分待機。
 再び電話。
『横浜説がメディアに出た。嘘つきになってしまったオレ』
「ごめんね」
『ええよ。リアルなウソつけるのはオレだけだし。じゃ、健闘を祈る。また何かあったら電話なされ』
 電話が切れて電車が到着。下車客に紛れて階段を下り、改札へ向かう。
 思った通り、改札向こう、駅前広場へ降りる階段下に警官がいる。さすがにこうして各駅に張る警官個々人には、横浜情報はまだ届いていないと見える。
 避けたりするとかえって怪しいので、携帯のボタンを操作しながらカードを改札に通す。この“カードを慣れた手つきで通す”が、無関係さを強調し、警官に“まさか”と思わせない、強い説得力を与えることを意識する。
 スムーズに改札通過。駅前広場へ向かって階段を下りて行く。
 その時。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(25)

 理絵子の言わんとするところは〝情報リテラシー〟という言葉で表現出来ると父親は言った。
 すなわち、有象無象の情報を認識し、整理し、正偽を見抜く能力。
「と、いうことか?」
 父親は総括して訊いた。
「そう。話し言葉ならイントネーションなんかでニュアンスは伝わる。しかし文字はそこまでの能力は持たない。幾ら絵文字でデコったところで、軽さや真剣さ、本気か冗談か、までは伝わらない。些細なひと言が集中攻撃につながってもおかしくはない」
 父親は首肯し。
「なるほどな。でも、だったらなぜ生身の付き合いをしないんだろう。目を合わすどころか、喋るどころか、メールという文字媒体だけでやりとりをする理由は?」
 理絵子は3枚目のチョコを口に放り込んで、そのまま凝固してしまった。
 そうだ。やれば良いではないか。済むではないか。
 何故だろう。
「そこに本質が隠されているんじゃないか?。ネットはメールの延長線上だろ?お前達の世代は。さ、オレは寝るぞ」
 父親は立ち上がり、ビールの空き缶を捨てに行った。
 そこから先は自分で考えろということだろう。まぁ、コミュニケーションに対する意識も手段と自分たちは異なる。父親からはオトナな一般解しか出て来るまい。
 脳内ペンディングとして自室に戻ると、机上で携帯電話の背面LEDがピカピカしている。
 見ただけで主将君からメールが来たのだと判る。まぁ、用事があるならメールで寄越せと言ったのは自分だ。
 受信ボックス。

『どんなタイプの男子が好き?』

 それが〝相談〟かよ。

『Re:関係ないことメールで訊いてこない人』

 全く。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(24)

 だとすれば『女は顔だ』と公言している(らしい)件の主将君などダメの急先鋒ではないか。
「……学級委員は平等か?」
「そこに行き着くな。……っても難しいか。やっぱり。自覚持って学級委員とか、超然とした立場を維持するとか、マンガじゃあるまいし、か。お前だってそもそもの理由はオレが警官だからだもんな」
 で、それを繰り返すうちに黒野理絵子は学級委員……というコンセンサスが確立した。のが今の自分である。最もそれなりに声を掛ける際の工夫はしている。
『あたし全員と友達になりたいんだ』
 大体、新しい顔同士の寄せ集めの新学年で、父親の言う〝小さなグループ〟が確立する前にこれを仕掛ける。『黒野はアイツとも付き合いがある』……それは警戒を呼び、いわゆる〝親友〟には発展しづらいかも知れない。それぞれにそれなり。ただ、それでも『黒野さんなら聞いてくれると思った』というパターンもままあり、善し悪しであろう。桜井優子とはもはや家族ぐるみだし、トータルプラスなら良いのではないかと思っている。
 と、自己認識を整理していてハッと気付く。
 認識の整理。
「要するに脳内で勝手に憶測が進行するんだ」
「ナニナニ何だって?」
 会話的に飛躍した論理に父親が身を乗り出した。
「つまり……」
 生の本人を知らないから、人から言われたことを真に受けて〝勝手に思いこむ〟……メール中心の付き合い方がもたらした弊害。もし生の付き合いがあり、本人の人となりを知るならば、〝華麗にスルー〟できるはず。
 もう一つは、傷ついた心の動き。傷ついているが故に最悪の捉え方をする。〝勝手に思いこむ〟。
 更にそれらを見ている外野。同様に言葉尻だけ見て〝勝手に思いこむ〟。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(23)

「お前がクラスのみんなに声を掛けるのはその辺を踏まえてのことだろう?」
「……うん、まぁ」
 その実、悩み苦しむ姿を見ていると、自分までも心痛くなるからなのだが。超感覚の故もあるだろう。傷つく心が敏感になるのと逆で、傷ついた心に対して敏感になる。傷ついた心の放つ〝救難信号〟が強くなるせいかもしれない。
 ああ、と合点が行くものがある。自分ではクールなつもりでも〝優しい〟とか言われることがあるのはそういう理由か。自分のそんな回避行動が〝優しさ〟と映るためか。
「それが実は有効な抑止力なんだよ。加害者と被害者、共通する人物が正義の味方。加害者は告げ口を恐れるわけだが、そういう関係があると、加害者は最悪リスクを考える。つまり被害者が告げ口し、その正義の味方がアクションを起こすのでは。ってことだ。この結果、最後の一歩は踏みとどまる。どころか、『あいつムカつくんだけど何とかならない?』と、まず正義の味方の利用を考えるようになる」
 理絵子は頷いてコーヒーを口に含んだ。確かにそんな経緯でトラブルを回避できたことが何度かある。例えば授業中独り言を呟く少年があったが、彼は〝風の音を聞き、光の顔を見る〟少年であった。理絵子が理解を示したら独り言は収まった。
 チョコをもう一枚。
「それ系を会議でブチ上げろと」
 父親は小笑い。何か策があるのか。
「学級委員さんの人間性や普段の行動に依るけどな。大体がクラスって少人数のグループ幾つかと、一人が好きな子どもが数人、そんなパターンに別れるだろ?誰かとくっついてるようじゃダメだし、成績をハナに掛けてお高いのもまたダメだ。しかもそれで学級委員さんがピンチになったら先生が盤石のバックアップ。位のシステム構築が要る」

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彼女は彼女を天使と呼んだ(22)

 ブルーマウンテンの湯気と共に出てきたのは、神戸〝モンロワール〟の生チョコレート。
 要冷蔵、洋酒風味、とあるが。自分中学生だが。
「香り付けだけだ。警官の俺が言うんだから問題ない」
 よくある〝必死で娘の気を引く父親〟に最近似てきた気がするが、とりあえず板をつまんで口に入れると、柔らかい歯ごたえと共に、微妙にコントロールされた甘みが広がって行く。
「これは……」
 コメントするより柔らかい感触と味を楽しみたい。頃合い……父親はこの柔らかさを出すためにわざわざ溶かしたのだと知れた。
 こういう一つ凝ったことを自分の娘にやってくるかこの父親は。
 するとこの父親は自分もチョコを一枚口に含むと、手指に付いたココアの粉をティッシュで拭い、
「警官ってな、誰にも味方って思われてんだよ」
 甘みが苦みを要求する。そこでブルマンを口に運ぶと、香しい濃密が、口の甘みと調和した。
「だから〝事が起こってからしか動いてくれない〟ってなるんだけどな。まぁそれはいいや。その展開でな、いじめ……よらず学校で生じる問題みんなそうだが、先生が万人の味方じゃなくなったってのを強く感じるんだ。弱きを助け、強きを制す。はずなのに、それどころか、教員が特定の子どもに余計なひと言でいじめのターゲット……良くある話だろ?そしてそれを報道が脚色してバッと広げる。すると、現在進行形のいじめ被害者は教員に対してどういう意識を持つ?」
「先生なんか……大人全体……親も含めて……」
 この言い回しに若干捕捉する。理絵子の知る限り、虐げられた心は〝それ以上〟を避けるために〝最悪〟を考えて行動する。傷ついた心にとって最悪の事態は、その心の傷を受け止めてもらえないこと。そこで大人が信用出来ないと感じるや、最悪の事態を避けるために、大人全てに対して口をつぐむのである。

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【7】

(承前)

 原理に従う捕食の場に妖精があってはならない。私は最も厳格な掟に従い、倉庫を出ました。そして、空っぽの虫かごを持った男の子の後について、家の中に入って行きます。
「あげてきた」
 リビングに戻ってゆたか君は言い、空になった虫かごをお母さんに渡しました。
「ピアノの予習は?」
 氷のような。それが私の抱いた声のイメージ。
 ゆたか君のお母さん。細身の眼鏡を掛けた、峻厳な顔立ちの女性です。
 いえ顔立ちが峻厳なのではありません。それを醸しているのは女性の〝目〟。
「うん……」
 ゆたか君は言うと、リビングを出て階段を上がって行きます。その階段を一段上がるごとに、彼はうなだれ、表情が沈んで行きます。
 木のドアを開けて彼の部屋。
 マホガニー色したフローリングのその部屋は、まるで学者の書斎です。調度と言えばアップライトのピアノに本棚と勉強机。本棚には偉人伝と百科事典。
 ハッと気がつきます。おもちゃはどこ?
 子どもさんに飼われる虫たちとも話すので、子ども部屋はちょくちょく見ます。おもちゃがあって、好きな乗り物のポスターが壁に貼ってあったりします。
 しかし、この、ゆたか君の部屋の壁に張ってあるのは、地図と、時間割と。
 時間割じゃない。
 スケジュール表です。習い事と、病院と。一週間に七日。つまり、一日中家にいるという日がない。
 ピアノが鳴り始めます。バイエル、つまり全くの初歩です。私もバイオリンを弾きますが、全くの手慰み、お遊びです。楽器……楽する器。そのままです。友達と月明かりの下今日はやろうか、そんなノリです。曲も即興。そのうち動物たちが近所の森から出てきたり。
 比して彼の弾く音の悲しさ。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(21)

「所詮学級委員が集まったところで……」
 父親はうなずき、
「そこだ。アンナ・カレーニナって知ってるな。アレの冒頭なんて書いてある」
「『幸福な家庭は皆同じように似ているが、不幸な家庭の状況は様々だ』……あ」
「学級委員だけ集まってもな。オレには教育委員会サマのジサクジエン劇場にしか思えん」
 もちろん、クラスメート状況様々なのは、学校行き始めて8年のプロ(?)としても容易に想像の付くところで。
「私のクラスでは積極的にみんなと話すようにしてます。と言っても……」
「所詮幸福なクラス。ただ気をつけろよ。傷ついた心は、それ以上傷つきたくないために平静を装う。傷ついていることを嘲笑の対象にされたくない。更に乗じて傷つけられたくないと思うからだ。方や隠し、こなた黙り込む。結果誰にも言えず追い込まれ、何も言わない普通の子がある日突然首を吊る」
「……なんか聞けば聞くほど言葉が出なくなるね。何かできるの?何を言えばいいの?って」
 学級委員ってのはぶっちゃけ『エリート』だろう。午後のひとときそのエリート『幸福な』が集まって、社会情勢までを底辺に置く深刻な話題を扱って、何か見いだせるとは思わない。
 せいぜい、酷いね可哀想だね。そして気をつけましょうというありきたりな結論で終わるのが関の山。
「建設的な話が出来ない気がしてきた」
「まぁめげるな。行けと言われたからにはブチ上げてこい。コーヒー立ててやるからそれ早く食ってしまえ。チョコも丁度頃合いだろうし」
「えっ?」
 頃合いの必要なチョコ?……そこに注目が移ってしまう自分も所詮対岸の火事か。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(20)

 理絵子の相談はこれだ。そのネットいじめ問題。要はバレないように傷つけているわけで、犯罪そのもの。であるからして、その心理について父親の見解。
「なるほど」
 父親は言い、ビール缶を卓上に戻し、身体を理絵子に向けた。
「犯罪ってのは何かのフラストレーション反応なんだよ。つまり、理由がある」
 まず言って、
「だけどな。いじめはそれだけでは説明できない」
「理由がない?」
「きっかけ、自体はフラストレーションなんだろうとは言える。だが、繰り返す。エスカレートする。そして肝心なのはこれだ。罪だという認識はあるが意識はない」
 理絵子は目を見開いた。
 確かに、いじめという行為は、一般に隠れて行われる、隠される。露見は避けたいのである。
 ただ、避ける理由は、罪の意識ではなく、
「バレると自分が不利になるから隠す」
「その通りだ。むしろ無差別殺人に近いのではないかとオレは考えている。後を考えて隠すのがいじめ、後なんか最早どうでもいいのが殺人だ。『誰でも良かった』……この点ではいじめもそうだろう。違うか。それこそネットいじめなんか何の関わりもないヤツが突然しゃしゃり出てきて罵詈雑言を並べ立てる。そんな類に思うが」
 理絵子はため息をついた。言われると、ゾッとするほど類似点が多い。行動としての現れ方が違うだけ。どころか、実際に学校の中で児童生徒同士の殺し合いも生じている。
 となれば、無差別……がそうであるように、いじめの背景もいろんな因子が複雑に絡み合い、思考がマイナスへマイナスへと進行して行くある種スパイラルに陥った挙げ句、とまとめられる。
 対して。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(19)

 小鍋の中の一式頃合い。
 どんぶりに移動すればカツ丼一丁上がり。
「コトバで明確なのはキリストさん。でも彼らの物言いは、その努力をお金で示せ、ってズレてくる。お賽銭みたいなモノだってね。そこが論理のすり替え。お釈迦様にせよイエス・キリストにせよ、対価の要求はしていない。むしろ良いことは人知れずが粋だ、っていう日本の美意識、能ある鷹は的な思想に近い。高天原の聖なる方々が現金必要ですかって。だから、霊感商法は、そのお金どこに行くの?この問いかけを発すれば結構。神仏はお金を求めていない。偉大な聖人は対価で奇蹟をもたらしたわけではない。確かに、寺社仏閣には大口の寄付者いるけど、それらはむしろ成功の還元、成功の因に神仏あったればこそ、と感じたからこその感謝の意味でしょ?そしてそういう気持ち、原初は犠牲になった動植物、八百万の神々へのお詫びと感謝、それがお賽銭の原点だったはず。つまり霊感商法のもの言いは因果が逆。お金を払うと神仏が霊能者を通じて奇蹟を示す。何か変じゃないですか?いただきま~す」
 言ってるセリフと食べてるもののギャップが我ながら。
「言われてみれば当然だな」
「そして、だからこそ、本当にそういう力があるなら、お金儲けなんかしちゃいけない。お金が儲かるように恣意的に力を使うようになる。結果ココロは濁り、湧いた思念は、本当の霊的示唆なのか自分の欲望なのか区別が付かなくなる」
「霊能を権力に置き換えると警察官の犯罪の解説になるな」
「仰る通りで父上」
「それで?理絵子の方は?」
 父親は話題を変えた。本質に達したという判断であろう。

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ブリリアント・ハート【7】

 乗り換えた地下鉄は、郊外へ出ると陽光の下へ顔を出し、高架線路に上がった。実のところ、地下鉄と私鉄との直通運転であり、そのまま丘陵地帯を走って行く。
 トンネルを出てすぐ、東京から電話が来た。
 電車の中であり、本来は受けるべきではないが、内容の予想が付き、おそらく緊急を要するものであろうから受ける。
「バレた?」
『その通り。良く出られたね』
「メイドさんに迷惑かかってないかな」
『清掃用の通路があるって?』
「うん」
『そこからの誘拐説ってのが専ら大勢。現在ホテルの防犯カメラ解析中。どのみち道路と鉄道には全部追っ手がかかるぞ』
「ごまかしてよ」
『無茶言うなよ』
「東京で見ました、って一言」
 無茶は百も承知である。しかしその無茶が当たり前のように口をついて出る。
 彼女はこうして強引に外出したように、基本的に自分のことは自分で何とかしたい…タイプである。しかし、こと東京に関する限り、年長者である上、なまじ無茶を聞いてくれるがゆえに、ついついこうやってぶら下がってしまう。彼が自分を極めて高く買ってくれている割には、“お子様”ではなく、対等に、すなわち一人の“女”として接してくれる希有の存在なのに、逆に子どもっぽい部分を見せてしまっているのだ。理由は彼女自身もよく判らない。追求すればいいのかも知れないが、恐らく悩んで大変そうなので考えないことにしている。
 果たして彼女の無茶に東京は少し黙った。
『…しょうがないな。自分の写真をケータイに送りなされ。今現在の服装が欲しい』
「ありがとう。恩に着る」
 レムリアは言うと、電話を切った。
 しかし、作業の前に目的の駅に着いてしまう。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(18)

「気付いた時は手遅れか……」
「極端な話、死人に口なし」
「うーん……」
 父親は腕組みして首をひねり、野球中継の終わったテレビを消した。
 やめさせる算段を考えているが、思いつかない……そんなところか。
「で、桜井さんはどうしてお前の〝信者〟にならないんだろう」
 父親は話題を変えてきた。逆に〝信者〟にならない心理に光明を、という所か。
「お前の力は頼るためのモノじゃない、と、彼女は言った」
 理絵子はまず言った。桜井優子のコメントはそれだけだったが、それは、彼女がこの能力の本質に気付いていることを示唆する。と、理絵子は思っている。
 すなわち。
「彼女は恐らく、私に現れているこの力の本質が、努力に報いるための存在。或いは命の確保のためのもの、と知っている」
 すると驚いたことに、父親はびくりと身体を震わせ、手にした缶ビールの缶を取り落とした。
 ホットカーペットに広がる黄金の海。
「おおいかん」
 手近のティッシュを何枚も取り出す父親に対し、理絵子は洗い場から布巾を取ってくる。
 ツンと酒の匂いが広がる。二人してゴシゴシ拭いてる有様は、古代エジプトのそれこそ〝ビール造りの女〟と名付けられた彫刻を思い出させる。
「すまんすまん。いやーお前の言葉に頭に電撃来た」
 父親は照れくさそうに言い、
「そっくりそのまま、霊感商法の物言いだからだよ。霊能は努力に報いるため、命を救うため……でもこういうのって聖書とか仏典に書いてあるらしいな。おお、イイ匂いしてきた」

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彼女は彼女を天使と呼んだ(17)

 ……でもない、というフレーズが意識に付加される。そして再び、あの、目のイメージ。
 監視?
 追い払う。と言ってもそのように〝考える〟だけ。自分が〝気付いている〟というシグナルを送る。
 消えた。
「へぇ、でも桜井さんは知ってるわけだ」
 父親は意外、というニュアンスのトーンで言った。
 誰にも言うな、自分に使うな。幼い日、理絵子に発現した力を見抜いた、東京郊外、高尾山(たかおさん)に集う修験者からの助言である。
「彼女別格だから」
「そうか」
「ただ、すがる人の気持ちは判る気がする。心の問題であるが故に、心を超越的に扱おうとする言葉に吸い寄せられる」
 思い出したのは言うまでもなく北村由佳である。迷う人に対し先が見えると言うならば。これほど甘美に聞こえるコトバはないだろう。
 理絵子は続けて、
「いろいろ言い当てて信用させる。信用させてから牙を剥く。その言い当てた中身も、誰にでも通用する話だったりしてね。『あなたは優柔不断になることがありますね』……何か迷ってる、決めきれないから霊的な相談、と思ったところに、優柔不断、と来る。自明の内容なのに〝テレパシーで読んだ〟こう思って一気に信用」
「血液型性格診断と同じか」
「そう。でも逆に言うと、自分の力の限界を感じている、追いつめられている、という深刻な状態の表出。で、深刻ってのが得てして重い病気だったり、立ち行かなくなった商売だったり、本当に深刻な状態だから、縋った結果は回復不能。弱みにつけ込むとはまさにこのこと」

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彼女は彼女を天使と呼んだ(16)

 塾が終わり、〝帰るメール〟を家に送ろうと携帯電話をスライドさせたら、実にタイミング良く、主将君からメールが入った。

『塾終わった?相談したいことがあってさ。』

『Re:要点まとめて箇条書きで。パケ代フリーじゃないんで。分割メールお断り』

 だから文末の「。」も付けない。しかし我ながら冷たい。
 帰宅すると、テレビ桟敷の大振り座椅子に父親あり。酒飲んで寝るだけ、かと思ったが、酒の類は缶ビールひとつ。父親にしては控えめの部類。
「なぁ」
「あの」
 父娘は同時に相手を呼び、互いに笑った。
「父に敬意を表して」
「レディファースト」
 これも同じタイミング。
「私ご飯用意するから先に話してよ」
 理絵子はキッチンに向かった。並んでいるのはトンカツとタマネギとタマゴと……すなわちカツ丼の続きを自分で作りなさい。という母親の無言の伝言。
 電話脇で無線LANのランプがピカピカしている辺り、母親は自室にこもってパソコン叩き。自営業……ウェブサイトのデザイン追い込みというところか。
「お前の〝力〟に崇拝しているような子いるか?」
 タマゴを溶く背中に父親は訊いてきた。
「霊感商法?」
「みたいなもんだ。まぁ本務じゃなくてウチの近所から受けた相談なんだがな」
 そりゃ本務……警察官としての捜査なら、家族にすら内容は秘密であろう。ちなみに中身はというと、父親曰く、町内で怪しげな商品を次々購入している家があり、近所のケイサツということで黒野家に持ち込み。詐欺ではないか。
「5万円のブレスレットとか、何千円のシールとか。病気に効くと言われて買って」
「で、全然、効かないと。文句を付けると信心が足らないからだもっと買え」
「そういうことだ。虚偽の証明が出来て間違えた購入だと言えばなんとかなるけどな。それ以前に、そういうのを信じる心理ってのを知りたくてな」
「私のこと知ってるのは学校では優子ちゃんだけ」

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彼女は彼女を天使と呼んだ(15)

 主将君。おー、という驚き半分の声が居並ぶ委員たちから少し。
「他に立候補は?」
 いるわけがない。
 私から指名しようか……いやいや。恨まれるか、あらぬ噂が立つだけだろう。
 斯くて黒板にカルトゥーシュよろしく、マルで囲まれた名前が二つ。
 日時は期末試験後土曜の午後一時、だそうな。
「楽しみだな」
 主将君が肩をポンと叩いてくる……のを寸前でかわす。
「ただ出るだけじゃ意味ないからね。何か言えるように、学校側にも報告できるように」
 理絵子はまっすぐ目を見て言った。
「その目がいいんだ」
「はぁ?」
 脊髄反射的に返してから、それが彼の〝モーション〟なのだと知る。手練手管ってヤツであろう。しかし、ハンフリー・ボガード辺りが言うならいざ知らず、所詮中学生の男の子だ。男性が身の程知らずというか、背伸びして〝らしくない〟ことをするほど、滑稽なものはないのだが。
「じゃ、当日会場で」
 くるりと背を向けると。
「待ってよ。イザという時の連絡先教えてよ。ケータイ持ってるんでしょ?」
 とはいえ、番号、を教えたら何が起こるか目に見えている。
「……@docomo.ne.jp」
 メアドなら後で変えられるし。
「TEL番は?」
「常時カバンに放り込んであるから鳴らされても気付かないんで。むしろメールの方が確実」
「でも……」
「心配になったらメールがないかチェックするから」
 しょぼくれた顔。ここまでつっけんどんにされるとは思ってなかったと見える。
 が、すぐに回復。理由は。
「判ったよ。俺の方は080……」
 自分の番号を教えられるから。そこは普通の男の子か。
 理絵子はメモらず、携帯に打ち込むこともせず、諳んじて返した。
「だね。了解」
「覚えたの?」
 それは正直に驚いたという顔。
「うん。じゃぁね」
 塾があるのだ。ウソではない。

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【6】

(承前)

 倉庫の外へテレポーテーション。……瞬間移動。
 何か両極端な二面性を持つ男の子、そんな印象です。小さい子どもが無邪気な顔して虫の翅や脚をちぎって遊ぶ。人間さんも〝狩り〟で食を得てきた種族ですから、それは躊躇無く命を奪うためには逆に必要な部分なのかも知れません。
 でも、この男の子の示した二面性は、そういうのとはまた少し違う。
 私は翅を広げて音を収集。この男の子のお宅は、倉庫が置けて中で子どもが自由にクモを飼える程ですので、土地もそれなり家屋もそれなり。富裕層という表現が使えるかも知れません。
 リビングの声が聞こえてきます。ゆたかちゃんは優しい子だね。
 ぼく、クモたちにエサあげてくる。
 つまり男の子ゆたか君、再度出てくるようです。私は倉庫の屋根から見守ります。
 程なく、リビングの庭に面した窓が開き、ゆたか君が出てきます。
 抱えているのは虫かごと、中にたくさんのコオロギ。
 捕食用としてペットショップで売られているコオロギ。
 後ろ足をちぎられ、跳べる状態ではありません。
〈自分たちの考えが判る何かがいるぞ〉
 彼らが私を見つけて寄越した意識はそんな内容でした。
 〝妖精〟という存在は動物や虫たちに遺伝子レベルで刻み込まれています。しかし、非・野性の環境下で複数世代ブリーディングされると、それは退化してしまう。
 彼らが私のことを知らなかったのは、数分後の運命を考えた時、良いとは書けないにせよ、……いいえ、私にとって体のいい逃げだったのかも。
 原理に従う捕食の場に妖精があってはならない。私は最も厳格な掟に従い、倉庫の外に暫くとどまりました。
 そして、空っぽの虫かごを持った男の子の後について、家の中に入って行きました。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(14)

 放課後は委員長会議である。
 会議の冒頭、会議の担当教員にして学年主任の女性教諭が開口一番、頭の痛いことを言った。
 各学校から学級委員男女1ペアずつ選出し、市の中心駅駅前にある〝東急スクエア〟に集まって、昨今増加しているインターネット絡みのいじめ問題について話し合おうみたいな企画があるというのだ。市内の中学は30あるからして、ざっと60人集まることになる。そして時節柄3年生を出させるわけに行かず、2年にお鉢が回ってきた、と。
 生徒会長ネタじゃないかと思うのだが、クラスの動向を日々見ているのは学級委員だろうというのが、学級委員を集める理由だそうだ。
 最も、それはそれで良い。みんなそういう社会状況は知ってるだろうから、それぞれに未然防止や対策を考えて来る(来ざるを得まい)だろう。そうした内容の意見交換は大いに参考になる。
 頭の痛いのはこれだ。
「女子は黒野さんにお願いするとして」
 なぜ決まっているのだ。ただまぁ、理由は知っている。この学年主任は、前述の教頭云々事件の全容を把握する課程で、自分のことをムズ痒くなるほど褒めちぎることになったからだ。
 要するに気に入られたらしく、逆に言えば理絵子に任せれば万事OKという認識がこの学年主任にはあるようなのだ。ありがた迷惑な話で。
 もちろん理絵子が出向くのに反対する者、やっかむ者はいなかった……そんな教員サイドお仕着せの面倒くさいイベントに出たいと思う者などない。むしろ自分に来なくて大歓迎、であろう。
「男子は誰にしましょうかね」
「あ、じゃぁ俺が行きます」
 挙手して立候補、は書くまでもあるまい。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(13)

 理絵子はため息。桜井優子は薄く笑い、
「りえぼーが悩むこっちゃないだろ。お前人のために悩むってパターン多すぎ。禿げるぞ。まぁ言っても無駄だから止めないけどな。ただ一つ言っておく。動き方が判らない時はジタバタするな。敵の方から焦れて動き出す。それまで待て。先に焦れた方が負けだ」
「敵って……」
 理絵子は苦笑した。恋心って敵?
 と、優子は傍らにしゃがみ込み、理絵子に囁く。
「時々気になるんだ。お前のそのお人好し、利用してるヤツがいやしないかって」
 理絵子は自分自身驚くほど身体をびくりと震わせた。
 不安の雲と、優子のセリフとが、同じものの表と裏、と合点が言ったからだ。
 ただ、それは認めたくないことでもある。北村由佳が自分に相談を持ちかけるのは中学入学以来の話。おとなしさの故か、クラスに溶け込んで行けそうにない彼女に、クラス委員である理絵子が声をかけた。それが始まり。だんだん頼ってくれるようになり、というわけだ。そして今、自分を軸に、〝友達の友達〟みたいな形で、クラスの他の子とも会話をするようになっている。明らかに入学当初と面持ちが違う。
 そんな〝友達〟と、にこやかに喋っている北村由佳を見つめる。隠した内奥があるようには到底見えないが。
「おとなしいのは押し殺しているだけかも知れない。普段そう言ってるのはりえぼー自身だぜ」
「であれば、それこそ反応があるはず、か」
 理絵子は半分自分自身に言い聞かせるように言った。自分に対し敵意があれば、自分の〝能力〟が反応するはずだ。それこそ『傷つきたくないって気持ちは、自動的に力を使わせる』の故に。
「だろな」
 優子はガムのフーセンをいつにもまして大きく膨らませ、パチンと割った。
「だから、敵の方から焦れて動き出す、のさ」
 包囲網。それがその時、理絵子が思い浮かべた言葉。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(12)

 自身超能力を持つからこそ、占いの存在意義には疑義たっぷりなのだ。すべては決まっている、アカシックレコードに書いてある。というのが占いの〝論拠〟だが、だとしたら人間の自由意志の存在意義がなくなってしまう。自分に持たされた、この類い希な能力は何なのだ、となるのだ。最初から決まっているなら、判ってしまっても、そうでなくても、同じ事ではないか。
 悩んだり悲しんだり、果ては戦争で殺し合い。神は人間を弄んでいるのか?そんな事はあるまい。『神は自らに似せて人間を作った』……それこそ霊能論の諸元であろう、聖書冒頭のこのフレーズに矛盾する。
 もちろん、真剣に占いを行っている、という人もあるだろう。ただ、やり遂げようという意志は成功の礎となり、そのための知恵や工夫を生み出し、逆もまた真なり。占っていると言うより、人となりを見抜いて解決に向き不向きか助言している、という方が適切なのではないか。
「事態が変化したらまた来なさいって」
 北村由佳はそう言うと、立ち上がった。
「その霊能者ってどんな人?」
 理絵子は〝誰〟とは言わずそれだけ尋ねた。自分が彼女をライバル視しているとは思われたくないし、昨日の美砂の言葉もあるからだ。『怖くない、大丈夫だ。言われればもう周りなんかアウトオブ眼中』……今は何を言っても雑音に相違あるまい。
「かわいらしい人。……天使みたいな」
 北村由佳は言い、そよ風のように去った。
 恋する乙女の代わりに、背後から香水の匂い。
「えらく変わったな、彼女」
 フーセンガムをぱちん。桜井優子(さくらいゆうこ)という。同じ学年だが年齢は一つ上。昨年出席日数が足りなかったのだ。道行く人は彼女を見て〝不良〟という目線を送るであろう。
「恋でもしたんか?」
 鋭い。
「でも、あんな浮わついてちゃだめだな。信じられる核があるなら落ち着いていられるもんだ」
 それは真実だろう。
「経験有り?」
 理絵子は訊いた。
「ガッコ来るより一緒にいたかったわけ。しまった誘導尋問に引っかかった」
 珍しく照れたような薄紅の頬。だから出席日数が足りなかったのか。
「あはは。でも正直、どう動いていいか判らない」

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ブリリアント・ハート【6】

 籠絡失敗か。レムリアがしょげた次の瞬間。
 部屋の入口ドアからインターカムにコール。
「はい」
『ご案内します。内緒ですよ』
 先ほどのメイドのおねーさん。
 レムリアは用意する。ウェストバッグを身につけ、電話と財布を放り込み、ダテ眼鏡にストローハット。
 ドアを開くと、メイドさんは無言で歩き出す。エレベータ脇の廊下の向こう。
 非常口…否。
 壁と思った部分が内側に一段落ち込み、スライドして開く。
 中は小部屋になっており、掃除用具一式。更に奥には下への階段。
「掃除するのに毎度支配人からカギを借りるわけにも行かないので」
 メイドさんは言った。清掃などメンテナンス用に、秘密、とまでは言わないが、目立たないように別ルートが設けてあるのだ。
 階段を下り、ドアを開けると、従業員控え室。
 休憩中だろう女性が数名。ほどなくメガネの女の子が何者か判り、びっくり仰天。
「しーっ!」
 レムリアの仕草に、意図するところはすぐ理解が得られたようである。道を空けて通してくれる。
「ありがとう」
「気をつけて」
 従業員エレベータでフロント階へ。
 従業員出入り口はトイレ脇で、ちょうど、おめかしした女性がトイレから出て来たところ。メイドさんはその後ろについて行ってと、タイミング良く送り出してくれた。
 女性はホテルから外へ出るようだ。それならそれでよい。エスカレータで1階、駅コンコース部の出入り口へ降りる。両脇に警備員が立っているが、女性の斜め後ろに、さもその娘であるかの如く従い、伏し目がちに歩く。
 警備員は…気付かない。
 脱出成功。ホテルは駅ビルの一部になっており、出てしまえば200万都市の中心駅だ。人の波は途切れることなく、他方レムリアは、日本の街にいてもそれと目立たない姿顔立ちであることは書いた通り。
 レムリアは喜んで地下鉄の駅へ向かった。制限時間はおよそ3時間。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(11)

 〝霊感がある〟と自称する者が、学年に一人や二人はいるものだ。
 おしなべて女子の方が多いようである。古来より霊媒や巫女は女性が勤めたが、そうしたこととつながりがあるのだろうか。
「見込みがある、って」
 翌朝、理絵子が登校するや、北村由佳が輝くような笑顔を伴って理絵子の机まで来、いきなりそう言った。
 瞳煌めかせ、理絵子がカバンの中身を机に移す動きを捉えつつ、傍らにしゃがみ込む。
「へ……」
 理絵子は意図するところを理解するのに少し要した。
 北村由佳はそうした霊能女子に伺いを立てて来たのである。昨日彼女が口にしたセリフ『ごめん、忘れて。他を当たるよ』の「他を当たる」の意味を知る。
「占ってもらったんだけどね……」
 理絵子は占いには否定的だ。
 例えば新聞テレビの星占いをハシゴして〝今日は幸運〟と書かれたものをその日信じる……自分の心理をポジティブに保持するためならまだいいが、そこに依存するのは正直いただけない。なぜなら自分で動こう、切り開こうという心理ではないからだ。
 断じてしまうが〝占い〟は2タイプに分かれる。依頼者の期待する答えばかり言って気に入られて金をもらうか、逆にダメダメ光線を発射して不安にさせ、解消するためには金を出せというタイプか。前者でその気にさせて後者に移るというパターンもあるだろう。 3つ目の場合、ある種催眠商法といえる。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(10)

「協力できる範囲であなたには協力する。でも……恋が絡むとちょっとね。一緒に考えて行こう、としか言えない。ミスド寄る?」
 そのドーナツショップが入っているのはエキナカ改札前。
「美砂姉(ねえ)のおごりなら」
「ちゃっかりさん」
 ふたり腕組んで堤防脇の階段を下り、中央図書館裏の公園を横切って、甲州街道(国道20号)。信号を渡って〝100円ラーメン〟の前を通れば駅前広場。銀色車体にオレンジのストライプをまとった電車が、踏切を加速しつつ東京都心へと出て行く。
「下っ品だよねあの電車」
 美砂が結構歯に衣着せぬ物言いの持ち主だと気付いたのはこの辺りである。ただ恐らく、その源は一発で確信を見抜く能力の故であろう。
 駅の改札は2階である。タクシー乗り場の脇から階段で上がって行く。
 〝能力〟が察知してワンテンポ。
「おう!くろの~」
 うわっ。
 その男がまたデカい声で。片手まで上げて。
 改札前コンコースの衆目が、彼の声と目線の注がれた自分へと向けられる。皆前で何をやるかこの男は。
 やっぱガストン?
 気付かぬ振りを決め込んでミスドへ進路を振る。自分の気持ちは知っているので、美砂も同調してくれる。
 すると、彼は人波を横切り、小走りで自分たちの前へ。
「なぁ黒野。黒野ってば」
 進路をふさぐように立ちはだかる。そこでわざとらしくかそれとも本気か、彼は二人の絡んだ腕を見、背の高い少女に気付いた。
「綺麗な人だね~」
「失礼だよ少年」
 美砂は低い声でひとこと言った。
「怖いなぁ」
「尚失礼だよ。それじゃ理絵子の相手は100年経っても無理だね」
 彼は目を剥いた。
「ちょ……」
「図星か」
「な、なんだよあんた」
「女同士に首突っ込んでくるデリカシーのない少年をたしなめてるんだ。主将が隣の駅で女の子ナンパ中なんて部員に示しが付かないと思うが?ホレ、あれは君んところのマネージャーじゃないのか?」
 本橋美砂の物凄いウソ。
 主将君が振り返っているスキに、二人は店内へ逃げ込む。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(9)

 彼女の気持ちが弄ばれるのではないか。
「彼女は夢中。夢中ゆえに一途さと怖さと同時に持ってる。他方相手は駆使する手練手管は幾らでも」
「怖くない、大丈夫だ。言われればもう周りなんかアウトオブ眼中。端から見ればハラハラドキドキ。で?私の経験談はありませんか、という訳か」
 美砂は立ち止まり、理絵子を見、ため息をついた。
「だったら、ごめん」
 やっぱりか。それが理絵子の感想。
 これだけ綺麗な人なのだ。経験があるならこうやって話す前にサジェスチョンをくれている。
「生きることそのものに必死だったからね」
 美砂は付け加えた。理絵子はそのことを思い出し、目を見開いた。
 美砂の両親は命を絶っている。以降彼女は兄と二人暮らし。そして時を経て今、彼女は天涯孤独。
 自分の恋どころじゃなかったに相違ない。ただ、現在は理絵子の知り合い宅にて住み込みバイト中。
「ごめんなさい変なこと」
「いいよ。あなたの気持ちは判る。……だって判っちゃうもんね。白馬の王子様か、はたまたビビッと来るか。経験と失敗を繰り返してっていう普通のプロセスは辿らないだろうね私たちは。
 意図的に働かせるものじゃないと判っていても、意識していても、傷つきたくないって気持ちは、自動的に力を動かす」
 美砂は言いながら、再び歩き出した。
 それは経験に裏打ちされた発言と理絵子は理解した。
 美砂自身恋心を抱いたことはないが、その逆、持たれたことはあるのだ。
「増えてくるだろうね、そういう話。理絵ちゃんも持ちかけられるわけだ、度々」
「……はぁ、まぁ、おかげさまで」
 他者から改まって言い直されると照れるものだ。
「ってか判るよ。仮にも私はあなたを殺そうとしたんだよ。その相手を逆に心配して住み込み先まで世話焼く娘だよあなたは。好かれるし頼られないわけがない」
 美砂は言った。経緯は略す。ただ、〝能力つながり〟の裏には、そうした事情があった、とだけ書いておく。
「だから」
 美砂は言葉をつないだ。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(8)

 美砂の質問の故は、理絵子が彼女に相談を持ちかけたからである。中身は言うまでもなく、〝不安の雲〟について。
「歩きながらで」
「オッケー」
 経緯を説明。と言っても、一瞬で済む。
 〝能力〟を恣意的に行使するのは好きではない。ただ逆に言えば口にする必要がない。
 今回の場合は〝心の秘密〟に関する話。ヘタに口にして、その様子を他人に見聞きされるわけには行かない。
 積極的に〝能力〟を駆使し、意図を伝える。
「恋、か」
 美砂は、さも困ったという風に、ため息を漏らした。
 夕暮れの川沿い堤防道。このまま図書館の裏まで歩いて駅へ、というのが、美砂の通学ルート。
「相手は理絵ちゃんに気があるわけだ」
「というか、私に恋心を抱いてるという表現自体、適切ではないような」
 その委員長会議でちょっかい出してくるのは確かである。一緒に帰ろうとか、露骨に誘ってくる。
 だが、彼の言動や放つ雰囲気は、日常千倍の勇気と共に投じられた下駄箱の手紙と質が異なる。それら〝男の子の決意〟には、いかに傷つけずお断りしようかという思慮が湧くが、彼の場合はそうではない。たとえて言うなら、古代の勇者が猛獣を狩ろうという意気込みに近いような印象を受ける。すなわち自分はトロフィーという存在意義である。
「モテモテの俺様の傍らに侍らせるに相応しいのは学内一級の美少女理絵子だと。俺様が彼女を〝落として〟みせよう……美女と野獣のガストンだね」
「あそこまで野卑で不潔じゃないけど。積極的に彼女を後押しする気になれないのは確か」
「彼女が傷つく因子が3つあるわけだ。実態がイメージとかけ離れてる。彼は彼女に気がない。どころか目下のターゲットはあなた」
「私自身が憎まれるのは別にかまわない。ただ……」
「4つ目の因子」
 美砂は理絵子の心理を先回りした。

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【5】

(承前)

 扉が閉まって真っ暗になる。
 暗闇に閉じこめて。……いや、違います。突然オレンジ色の光に満たされました。
 織りなされた幾重もの網が、糸が、人工演色に照らし出され、見たこともない光景を作り出しています。
 ここは一体どこ?
〈そのうち温度が上がってきますよ〉
 オレンジ色の光の正体。ハロゲンヒーター。倉庫の隅っこに、扇風機の外見に似て、それはゆっくりと首を左右に振っています。
〈ずーっと点いています。ずーっとね。そして私たちはここにずーっといる〉
〈暖かいですよ。エサも不足無くくれます。私たちを見て下さい〉
 私は一匹の近くに飛んで行きます。成熟したメスは糸イボの周辺が赤くなりますが、確かに見事な赤、そして大きな身体。
 生きている、分には飼育されていると言って間違いではないでしょう。ただ、生き物の生き様としては、私には腑に落ちない。
〈お腹には卵があるんじゃ?〉
 ジョロウグモの産卵は秋の終わりの主に夜間。
 寒くなると日中でも産卵する個体もいますが。
〈ええ、でもそのようにならない〉
 命にタイミングを見計らう地球生命は人間さんだけです。
 私はどうするべきでしょう。彼女達を逃がすことは当然可能です。でも、それでは、男の子は別のクモを捕ってくるだけ。
〈待っててもらえる?〉
〈ええ〉
 私は倉庫から外へ出ます。胸もと金のチェーンをたぐり寄せ、青い石のペンダント。
「リクラ・ラクラ・テレポータ」
 倉庫の外へテレポーテーション。……瞬間移動。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(7)

「じゃぁ俺の彼女になってよ」
「俺は?」
「やっぱ俺だよね」
 めいめい己れを指さしながらその場で3人くるくる回る。さながらコントである。ただ、自分の方へ接近して来ないので、本気で言ってる訳ではない。
「いっそのこと俺たち共通でどうだい?」
 ぶっ!
「お前、それ犯罪」
「あ、笑ってくれた」
「失礼しました~」
 笑っているうちにツッコミが入り、3人で敬礼して走り去る。本当にコントだったようだ。自分がよほど深刻な表情に見えたのだろうか。
 来た……それはいきなりの認識。でも間違いない。
「理絵ちゃんホントにウチ来ること考えてるわけ?」
 大人びた声がかかって顔を上げると長い髪の……お姉さん。
 自分でも痺れるほどきれいな少女である。名は本橋美砂(もとはしみさ)。ここの1年生で16歳。間柄は端的に言えば〝能力つながり〟。
「あんなのばっかだよ?委員長バッジが泣くよ」
「あーいう男の子いっぱいいたら面白いじゃないですか」
「騙されちゃだめだよ。で?歩きながらできる話?どこかで落ち着く方がいい?」

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彼女は彼女を天使と呼んだ(6)

 北村由佳は言い、逃げるように立ち上がった。
「由佳」
 その背中に理絵子は声をかける。自動的に呼ぶ声が出た。
「え?」
「大切に……」
「うん」
 北村由佳は小さく、少し寂しげにも見える笑みを見せ、教室から走り去った。
 不安の雲を理絵子は覚えた。自分は彼女を呼び止めるべきではなかったか?だから深層心理が彼女を呼んだのではないか?
 それとも、彼女が自分を見限った、と感じたのが寂しかったのだろうか。

 都立藤川(ふじかわ)高校は、川沿いに2棟の校舎を構える普通科で、全日・定時制併設である。
 レンガの校門から出てくるブレザーの生徒たちが、セーラー服なびかせる自分をチラと見ては行き過ぎる。
「かわいい子!彼氏待ってんの?」
 男子生徒3人組がからかうように声をかけて来た。
 他に誰もいないので自分のことであろう。理絵子は首をすくめて苦笑し、手のひらを左右にパタパタ。
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彼女は彼女を天使と呼んだ(5)

 北村由佳は目を伏せる。知って欲しくて知られたくなくて。
 それでも、自分と〝彼〟とにつながりがあることは希望の糸口なのだ。
 恋って難しい。
「……あは、どうしよう」
 真っ赤になって地団駄踏むように足をジタバタ。勢いに乗じて言ってしまおうか迷っているのだろう。いつも相談してる相手だしそれならいっそのこと……。でも霊能がないのに言っても仕方がない……。
 以上、別にテレパシーを駆使せずとも、彼女の思惟の展開は想像が付く。ちなみに、委員長会議と言った時点でクラスは5つ。5人まで自動的に絞られているわけだ。
 そしてこれは慎重に扱わなければならないと理絵子は思う。これだけ強く心理の状態が外部に溢れ出る程なのだ。裏返せば、支えるものを失えばぐしゃっと潰れるということ。
 軽々な反応は許されない。〝判ってしまう〟ことは……
 これは少々厄介かも。
「無理して言わなくてもいいと思うよ。知ってしまっても、私は何もできないしわけだし」
 それは霊能が頼り、に対して選んだ言葉。
「……そうだよね」
 一気に気持ちがしぼむのを感じる。文字通り夕方の朝顔のようだ。トマトどころかしおれたペンペン草。
「ごめん、忘れて。他を当たるよ」

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ブリリアント・ハート【5】

 どうしようかと思う。迷っていては時間が無くなる。
 安直な方法はないではない。しかし、それを私利私欲のために使うのは良心がとがめる。今回はさっきの女の子のためであると同時に、自分のためでもあり、私利私欲と天秤にかけるとグレーゾーン。加えて新月が近いイコール失敗確率高め、であることを考えると、安直な方法は却下が妥当か。
 おみやげ作戦を試みる。レムリアはダイニングテーブル上に置かれた、インターカムのコールボタンを押す。すなわち、通信回路でメイドさんの待機所と直通。
『はい』
 すぐ応答。
「あの…」
 メイドさんにその旨告げると。
『幾つかお持ちいたします。その中から選んで頂ければ…』
 半ば予想通りの回答。裏返すと、自分をここに軟禁しろと指示された、ということである。相手が外務省では融通が利かないのも仕方がないか。
「いえ、あの、自分で買い物したいんです。ショッピング好きなもので」
 ウソではないが事実でもない。趣味とするほど好きというわけではない。
『では許可を得て…』
 まだだめか。
「あの~。それやると是非お持ち下さいとかそんな風になっちゃって。普通の女の子として買い物したいんですが…」
 籠絡すべし。いや~な言葉だが、ここはそうするしかあるまい。
「あなたもお仕着せの買い物ってイヤじゃないですか?」
 耳打ちするように言ってみる。通信機経由なので、ひそひそ話もへったくれもないのだが。
 と、回答無く、インターカムはぶつりと切れた。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(4)

 明確なイメージが脳裏に描かれているので誰だか容易に判る。隣のクラスの学級委員で、3年生が引退した夏過ぎからはサッカー部主将。身長は176で。
 外見〝だけ〟で行くなら成る程と思わせる。ただ、彼には……いやいや悪口は言うまい。
 北村由佳は、相手は誰かは明確にしなかった。ただ、理絵子が霊能を持つなら、彼と己れの行く末を占ってもらいたかった。そう言った。

 ……〝判ってしまう〟ことは、であるが故に何の解決にもならない事の方が多いのだ。

 ただ、この場合それを持ち出すまでもないのだが。
 そこで北村由佳が何か気付いたようにハッと目を見開く。
 実際何か気付いたのである。それは発散される雰囲気の変化として観測され、〝色〟のイメージを理絵子に与えた。但し恋のたとえに多用されるピンクではなく、トマトの皮を思わせる赤。なぜそうなのかは判らない。打ち明けられたことはないし、自分自身恋をしたことはないし。
「委員長会議ってあるんだよね」
 北村由佳は黒水晶の瞳で尋ねて来た。その会合の用途は教員から学年全体への連絡事項下知。及び学年共通と思われる生徒間問題の奏上。
「じゃぁ相手はどこかのクラス委員?」
 それは流れから誰にでも判る話で、誰にでも言える言葉。
 対して。
「え?あ、うん……」

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彼女は彼女を天使と呼んだ(3)

 しかしそのイメージはすぐに消えた。見張る瞳は彼女の強い意志、事の真相を知りたいという思いの反映。そう理絵子は受け取った。
 つまり〝霊能〟に頼りたい何かがあるわけだ。その気持ちは理解する。でも、理絵子はその有無を明らかにする気はない。明らかにするわけには行かない。
 〝判ってしまう〟ことは、であるが故に、何の解決にもならない事の方が多いのだ。
「あの教頭と最後に口聞いた生徒は多分私。それは本当。でもそれとこれは全く別の話」
 理絵子はそういう言い方をした。これなら肯定も否定もしないがウソにもならない。
「な~んだ」
 北村由佳は残念そうに言った。それは、〝霊能者などではない〟と受け取った、ということであろう。
「ごめんね。力になれそうもなくて」
 理絵子は目を伏せてそう言った。
「ううん……」
 北村由佳は短い髪をなびかせて首を左右に振り。
「でも、理絵ちゃんなら話してもいいかな……」
 彼女の言葉と共に、様々な気持ちが理絵子を捉える。まるでラジオが不意に異国の電波を受信したかのようである。その息詰まるような熱さと揺らめき、戸惑いと希望。
「好きな男の子がいる……んだ。言っちゃった」
 頬染めてはにかむ。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(2)

「相談があるんだけど」
 理絵子に声をかけた少女があった。同級生の北村由佳(きたむらゆか)。心配になるほど大人しい感じの眼鏡の娘で、声のトーンは高く、細く、まるで薄いガラスが震えているよう。
 彼女が自分に相談を持ちかける、そのこと自体は珍しいことではない。成績の話から花の種類まで、むしろ困るほどバラエティ豊富に訊いてくれる。
 ただ、今日はいつもと違う。理絵子はまずそう直感した。
 そして放課後。
「噂に聞いたんだけど」
 残照の教室で北村由佳は切り出した。噂の真相について、彼女は正面から訊いて来た。
「私が?」
 理絵子は白々しく問い返し、自分の顔を指差す。彼女理絵子は、さざ波ひとつない高原の湖のような、静かで澄んだ印象を与える髪の長い娘だ。校則によれば長いのは三つ編みというのが指定であるが、似合う気がしないのでひとつにまとめて背中に流し、白いりぼんで緩く結んでいる。ただ、それで文句を言ってきた教員は(逮捕された教頭も含めて)過去にいない。
「うん」
 北村由佳の目がきらきら光る。
 対し理絵子が抱いたイメージは少し違った。
 双つの眸。むしろ、暗闇から自分をじっと見張っているネコのような。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(1)

「かも知れない」が「らしい」になり。
「らしい」が「なんだって」になり。
 そして「そうなんだ」になる。
 結果、誰かの想像が、事実として広がる。「ウワサ」の発生と伝搬に良くあるパターンである。

『4組の学級委員、黒野理絵子(くろのりえこ)は霊能者である』

 このウワサは、12月になった時点で、学年で最早知らない者はないという事態になった。ただ、噂の真相を、当の理絵子に直接確認しようとする者はなかった。
 もちろん、火のないところに……の倣い(?)の通り、ウワサが立った背景事象は幾らかある。端的には、猟奇的事件の犯人として彼女ら中学の教頭が逮捕という事態になり、その直前に犯人教頭と理絵子のやりとりが多くの生徒に目撃されていること。及び、猟奇事件がいわゆる〝学校の怪談〟として代々言い伝えられて来た内容であるためだ。すなわち、学校の怪談を彼女が最終解決した。その手段は何か?霊的な話だから霊能力だろう、というわけだ。
 最も、そのくらいなら別に理絵子も気にするつもりは無かった。
 事態が妙な方向に動き出したのは、期末テストももうすぐといった、霜の降りた朝のことだ。

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【4】

(承前)

 男の子はムクドリたちに向かってクラブを振り回します。
 もちろん野鳥がその程度でどうにかなるわけではありません。いともあっさり飛び立って、クラブの一撃をかわします。
「狙ったって無駄だぜ」
 男の子は電話線に止まったムクドリたちをにらみつけ、クラブを元の位置に戻しました。
〈ほら、ね〉
 私たちの言う通りでしょ。ムクドリからのメッセージ。確かにムクドリはクモを食べますが。少々、度が過ぎる気がします。
〈妖精さん……〉
 こちらクモからのメッセージ。怖い。
 男の子は〝彼女〟のいる二股を再び手にし、電話線のムクドリをにらみつけつつ、プレハブ倉庫のドアをガラガラと開けました。
 感じたのはクモの驚愕。
〈仲間がたくさん。たくさんいます妖精さん〉
 男の子の後ろに回り込み、目にした光景は想像を絶しました。
 プレハブ倉庫の中には十指を下らない数のクモの巣。
 ジョロウグモがたくさん〝飼われている〟。
 確かに、クモ合戦の風習がある地方では家の中でコガネグモを飼い育てます。しかし、巣と巣の干渉は避けますし、風を通し日に当てるなど、なるべく自然環境に近づける努力をすると聞きます。また、タランチュラをペットにしている場合も〝徘徊スペース〟は確保してあげるのが基本。
 その点でこの倉庫の光景は少々疑問。
「さぁ行け」
 男の子は言うと、天井からぶら下がった四角形の枠に、二股のクモの巣を引っ掛けました。枠の材料は割り箸。ここをベースに三重網を張りなさいということでしょうか。
 中のクモたちが私に気付きました。
 とりあえずエサは潤沢にある。
 ただ、この空間にずっといる。その状態が理解できず困惑している。
 私の経験上、昆虫は人に愛されるという状態を理解している場合が多いようです。クモも長く飼えば少なくとも〝飼育下はオイシイ環境〟であることに気付く。
 でも、ここのクモたちからは、そのどちらの気持ちも感じません。
「じゃ、後でな」
 男の子が倉庫から出る代わりに、私は倉庫の中へ入り込みました。
 扉が閉まって真っ暗になる。

つづく

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【作者からのお知らせ】学生ケータイ禁止論議に物申す(8)

てなわけでネット社会の片隅から物語の形で信念持ってケンカ売ります。闇雲な禁止してもより深く潜るだけ。理絵子の夜話2008手のひらサイズにダウンリンク。160日連続更新。

彼女は彼女を天使と呼んだ

なお、このリンク先は今後このお話の「表紙」になります。

註1:更新は毎日夜9時です。トップページにはこの時間に出ます。にふてぃの都合以外で前後にずれることはありません。確実に更新しますし、予定外の更新はしません。あなたの本業に影響を与えないタイミングを決めて覗いて下さい。要するに授業中は携帯どこかに隠しておきなさい。権利は義務を果たしてから主張するべきです。なお、目次ページへの反映(リンクの追加。作者の手作業)は、夜11時頃の予定です。
註2:パソコン前提の既に完成した話です。ココログでチョコ出しするのは長々読むのを防止するためと、パケ代抑制のためです。パソコンで速攻……はこちらをどうぞ。
http://homepage2.nifty.com/fly_up_fairy/story/rieko/she_call_her_an_angel_top.html
携帯では途中で切れます。

註3:併走しているレムリアと妖精エウリーもそのままのペースで走ります。トップには入り乱れて並びますので、「夜話」だけの場合は上記「今後の表紙」をお気に入りに入れて下さい。

おっ始めます。以上。

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【作者からのお知らせ】学生ケータイ禁止論議に物申す(7)

で、強行掲載ってのはこういうことです。パソ向け前提の話で「理絵子の夜話」ってシリーズやってます。超能力持ってる学級委員の女の子の話です。彼女に市の教育委員会が主催する「ネットいじめ対策会議」に出なさいという指示が来たのです。当然、市としては「携帯禁止」が狙いです。
「夜話」で「超能力」ですから、ご想像の通り心霊恐怖モノに属します。なおかつ原稿用紙250枚相当の長編です。レムリアの「魔女と魔法……」の倍くらいある。眠れない夜に携帯開いてなんてパターンも多い携帯小説には

 も
  向
   き
    ま
     せ
      ん。

でも短編で収まるようにしやがれ言われても多分ムリです。それは書いた通りネット社会がリアル社会の縮図であり、いじめは社会構造に深い根を張るからです。端折るという行為を行うと同時に本質が欠損する。それでは意味がない。僅かでも根が残ればそこから復活するしぶとい草と同じです。丸ごと載せないと力を発揮しない。強行というのはそういう意味です。アクセスランキングに影響?在庫再販は卑怯?そういう低次元の問題じゃねえだろ。

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【作者からのお知らせ】学生ケータイ禁止論議に物申す(6)

で、携帯はそのミニマムだと進めればいいではないか。ちなみにいきなり携帯はNGだ。なぜなら子どもは自分に見える物しか知らないが、大人は既にそれ以上のことを知っている。その広い視点から、ネットとはなんぞやとまず理解させる必要があるからだ。携帯では視野が狭く全体が見えにくい。それこそ公園デビューの前に窓から外を見せてみるなんてことはしないだろう。大体原始時代は人食い野獣闊歩する屋外でいきなり出産だぜ?誰が子ども守ったんだよ。親と一族じゃなければ何だ?。

都合の悪いモノ隠すというのは最も頭の悪いやり方だ。それを「踏襲」しているのが他ならぬ「いじめ」だ。良く書くが、子どもの世界は社会の縮図。

「とりあえず隠す」……子どもに悪いこと教えてどうする。

(※悪質サイトが、ありがちなキーワードを検索語として登録しておき、無関係な用語でも表示されるようにした低次元の小細工)

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【作者からのお知らせ】学生ケータイ禁止論議に物申す(5)

結局この問題は
「子どもを一人の人間として社会へ迎え入れる」
大人側の姿勢と、
「人間として社会へ出て行く」
子ども達の自覚を問うというプリミティブなテーマに帰着できる。だったら、そのようにすれば良い。とりあえず禁止はすなわち
「落とし穴だらけだ。だから目隠しをする。そして動くな」
無能なもの言いだし、大体、ダサい。

え?じゃぁオマエどうするんだって?

ネットは携帯の前にまずパソで触れさせるつもりである。実際そうしている。現時点ではにふてぃの「遊んでプリキュア」、後は、図鑑替わりの動植物サーチ。次はメッセンジャーやメールでジジババとコミュニケーション。「パソコンとネットでできること」はこれで覚えて行くだろう。小学生になれば「調べ物?とりあえずググれ」になるだろうし、そうなればメタタグの釣り針(※)や、頓狂なブログに自ずと遭遇する。そこで「これは危険だ。ダメだぜ」「お前もこういうことすると人を傷つけるぞ」と口出す。これは、本屋でカワイイ表紙のエッチなマンガを間違えて手に取った時や、駅前で毒を吐くおじさんを見た時と同じでないかい?

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【作者からのお知らせ】学生ケータイ禁止論議に物申す(4)

ネットと手のひらに移行しただけやん。
「携帯電話は危険だから取り上げます」
逆にリアルに戻してみようか。
「危ないから外へ出ちゃいけません」
おいおい。

「公園デビュー」という言葉がある。子どもを外へ出すプロセスを考えてみる。公園まで行って戻ってつきっきり。言葉が判るようになったら飛び出しちゃいけません。信号は守りなさい。怖い人がいるからね。お使い、学校、塾通い……こうして「子ども一人」で出歩けるようになって行くのではないか?

対してこれがネット空間だと「取り上げ」て、ある日突然「勝手にやりな」なのか。
そこへ「至急連絡下さい!ココにアクセス!」ってメールが飛んできて慌ててクリックして詐欺られた。じゃないのか。

「携帯電話とネット空間でこんなことができるよ。でもね」
こういう発想が何故出てこない。ネット空間をリアルと同じ犯罪の落とし穴だらけに構築したのは我々大人ではないか。だったら目隠ししてそこを動くな、ではなく、その落とし穴の発見回避を教えるのが大人の義務「子どもを守る」の本質ってもんだろ。違うか。そしてもちろん、子ども達には、ルール違反は咎められると知って欲しい。

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【作者からのお知らせ】学生ケータイ禁止論議に物申す(3)

親としてのオレの哲学は、「子どもだからこそ本物を」である。これは

・子供だましは実は子どもにはツマラナイという自己経験
・子どもの時に手にした本物は、追って得る「物事の道理」とリンクされ、知識となり知恵を生む

という事実に基づく。モンシロチョウが寄生虫にやられるから「生きることは大変だ」という言葉に説得力が付くのである。

戻って。

このネタはその物語の主人公たる娘、理絵子に散々考察させたが、結局は以前からリアル空間で子ども達やってたことと何ら変わらないというのが結論である。

・授業妨害になる→バカやる学生は昔からいたやろ
・依存症になる→女の子の長電話は昔からの風物/授業中に交換日記書いていた人挙手
・人を傷つける(犯罪者になる)→「ココだけの話だけどさ」な悪口と落書きが掲示板に移行
・人に傷つけられる(犯罪に巻き込まれる)→ママが病気だクルマに乗って/雑誌社の者ですモデルになりませんか/下心のあるナンパ……のネット版
・お金の無駄遣い→小遣い残高管理と何か違いますか?

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【作者からのお知らせ】学生ケータイ禁止論議に物申す(2)

いきなり本論に入る。議論喧しい〝携帯電話学生有害説〟論拠こうだろ?

・授業妨害になる
・メールなど依存症になる
・人を傷つける(犯罪者になる)
・人に傷つけられる(犯罪に巻き込まれる)
・お金の無駄遣い

これってさぁ「権利と引き替えに生じる義務」の問題に集約されるんじゃね?そして「権利と義務」でけじめを付けることは人間=大人としての第一歩と考えるが違うかい?

要するにネット携帯ってのは、持った瞬間に仮想的な「大人の社会」へ繋がることを許可するわけだ。リアル大人社会なら周りの大人が目を光らせて善し悪しを意見することができる。しかしネットの中にPTAはない。ダイレクトに大人の社会へ繋がる。

これを「子どもだからダメ」と取り上げるか「持ったからには大人と同じだよ」と言い聞かせるかで、話は違って来ないか。

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【作者からのお知らせ】学生ケータイ禁止論議に物申す(1)

作者(笑)です。

この「ココログ小説」ってのは、「携帯電話無線機ニヨル閲覧」を念頭に置いたプロジェクトなわけで。対し世間では「学生携帯禁止論」でケンケンガクガクやってるわけです。そこで係る問題に対する当館のスタンス表明と、モロそれをネタにした話あるので強行掲載プロジェクトを展開します。って予告をするのがこのページの主旨です。

今これを読んでるあなたが社会人であるなら一意見として捉えて下さい。コメント・トラックバック・晒し上げ上等。
今これを読んでるあなたが学生なら、「自分が読んでる携帯小説こんなのだ」と、親御さんに見せて頂いて結構です。てゆーか見せなさい。隠れてコソコソ読むようなのは載せてないし書く気もない。ただ、この能書きは長いです。パケ代食います。ごめんなさい。

よく考えたらウチの館の「中学生以上」は全員携帯電話を所持している。電話し、メールし、手のひらでググる。但しダッセぇ使い方はさせていないつもりである。「情報通信端末」として持たせているからである。昔のアニメで「**応答せよ」系の通信アイテムは正義の味方の象徴だったが、それがその辺の店で売っているのが現代である。従って、物語の娘達が「誰かのために」携帯電話を開くのであれば、それは正義の味方の使い方そのものであって、畢竟カッコ良くなって当然だし、そうでなくてはならない。

以上冒頭の能書き。

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彼女は彼女を天使と呼んだ【目次】

あらすじ

黒野理絵子は中学2年生。教員が逮捕される猟奇的事件が発生、伴って彼女が霊能者であるという噂が立った。事件の背景にいわゆる〝学校の怪談〟があり、解決に理絵子が一枚噛んだからだ。
クラスの娘がこれを聞いて恋の協力を依頼してくる。やんわり断ると、彼女は〝天使〟と称される他のクラスの霊能娘の元へ向かった。
そんな折り、市内の生徒を集めてネットいじめの討論会なるイベントが持ち上がり、理絵子の相方として男の子が立候補。そのクラスメートの王子様なのだが、彼は他ならぬ理絵子に気があった。
そしてイベントの打ち合わせをした帰り道、彼は強引に理絵子の手を取り。
その状況を、彼女が見ていた。

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49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64
65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80
81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96
97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110

(全110回:このサイトとしての係る問題への意思表明はこちら

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男の子だもんね【4】

(承前)

 振り返ると、踏切を渡って駆けてくるコンビニビニール片手の男。
 浅黒い肌に黒いシャツ、その上にジャンパーを羽織っており、口ひげを生やしている。
 男はコンビニ袋を放り出し、ジャンパーを脱ぎ捨てた。現れた太い腕には鮮やかな入れ墨があり、首もとには金のネックレス。
「ワルキューレ!犯人こいつだ!」
 目の前を通過して行く入れ墨男を見、ボクが言った。
 勇気は認めるが、君にそこで言って欲しくなかった。
 果たして、一旦ボクの前を行き過ぎた男が、ブレーキをかけ、振り返ろうとする。
 まずい。これはまずい。
「そこまでだひき逃げ犯人。とっくに写メを警察に飛ばした!お前はもうこれまでだ!」
 まなちゃんがブチ上げた。お前は云々は変身前の決めぜりふ。
「なんだと!?」
 こうなったらこうしかないでしょう。
「世の中に尽きまじ悪を、清き泉が指輪に封じる。愛があるから諦めない!」
 せーの。
「ワルキューレトランスフォーメーション!」
 当然、男は固まった。
 踏切がカンカン鳴り始める。
「ボク行け!私たちのために行ってくれ!」
 私たちの声にボクが立ち上がり走り出す。遮断機が下りる前に渡り切るんだ。
「追うだけ無駄だよ。踏切には事故監視カメラが付いてる。アンタの顔もばっちりさ」
 ボクを追い振り返る男の背中に大嘘を言いながら、私たちは男めがけて走り出す。後ろを取るしかチャンスはない。
 男がこっちに顔を戻す。
 物凄い憤怒の形相。
「ワルキューレが実在のアニメ化だったとはな。でもルーク・スティックもクイーン・スティックも持ってねーな」
 男は私を見てニヤリ。
 その外見風体でワルキューレ知ってんじゃねー!
「番組中断だな」
 男が懐に手を伸ばした刹那。
「チェックメイト」
 ウィンクと共に構えたまなちゃんの手には、スティックならぬ催涙スプレー。
 これ、アニメではシルバーがチェックで追い詰め、ゴールドがチェックメイト。
 役どころ反対が、〝知りすぎた男〟には効いたらしい。まさかのシルバー・チェックメイトで、真っ正面から濃縮10倍芥子スプレー直撃。あ、意味の判らない人は〝チェス〟で調べて下さいね。
 しかもそこにナイト出現。
 炭酸飲料のでかいペットボトルを持った男の子。
 その向こう、何故か踏切で止まっている電車と、走ってくるのは……電車の運転士さん?
「ワルキューレに手を出す奴はオレが許さねぇ!」
 ボクはペットボトルを大きく振り上げて体重を載せて。ああ小さなナイトの中身満タン、ポリエチレンテレフタラートが斜め上から振ってくる。
 さすがは男の子だ。でもさすがに2キログラムの水の棒でぶん殴るのは。
 手遅れ。
 炭酸飲料が盛大に飛び散り、男の顔は涙と鼻血で最早めちゃくちゃ。
「悪いけどリアルのワルキューレは容赦しないんでね」
 警察が来たのはそれから10分ほど後のこと。男の子は踏切の緊急停止ボタンで電車を止めたんだとか。ペットボトルは男の買い物。
 そして運転士さんも、いつも電車を見ている男の子がそうしたのは、余程のこととすぐ判ったと。
 この顛末は程良い新聞ネタになったようで。そりゃもうオファー殺到で忙しいったらありゃしない。
 挙げ句の果てには。
「ワルキューレの後日談ということで、実写映画化の話があるんですがね」
「一つ条件付けていいですか?ワルキューレは女の子。女の子にはやはり白馬の騎士が助けに来ないと」
 女の子を助けてこそ、男の子だもんね。

男の子だもんね/終

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魔法少女レムリアのお話

魔女と魔法と魔術と蠱と
全15回(完結)

 

マジックショーを終えた彼女に、男の子が頼み事「僕にも魔法を教えて欲しい」
「何に使うの?」咎めるように答えてしまった彼女に、彼の答えた「用途」は。

 

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】

【9】 【10】 【11】 【12】 【13】 【14】 【15】

 

ブリリアント・ハート
全45回(完結)

 

夏休みのお子様が聴衆の講演会。自然で飢餓で貧困で云々。つつがなく終了し、一礼して立ち上がり、ステージに背を向けた時、背後から勇気の声。あ、あの質問があるんですけど。
彼女は立ち止まって、声の主の来るのを待った

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】
【9】  【10】 【11】 【12】 【13】 【14】 【15】 【16】
 【17】 【18】 【19】 【20】 【21】 【22】 【23】 【24】
 【25】 【26】 【27】 【28】 【29】 【30】 【31】 【32】
 【33】 【34】 【35】 【36】 【37】 【38】 【39】 【40】
【41】 【42】 【43】 【44】 【45】

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男の子だもんね【3】

(承前)

 勇気と武器はこれで万全。残った問題はこれだ。まさか着ぐるみ被って屋外闊歩というわけには。
 ただ前にも書いた通りイメージぶち壊したくないわけで。
 二人で相談。しかし、結局頭のイイ結論は出ず、もし幻滅したらコードKにリアル委譲、で、まぁ、いいか。
 この妥協、意味するところすなわち。
「ワルキューレゴールド。松山奈々(まつやまなな)」
「ワルキューレシルバー。徳島まな(とくしままな)」
 設定が私立中学生なので、コスチュームはオリジナルデザインの制服。
 彼女はカチューシャ、私はポニテで髪型をアニメに合わせ、コスプレ状態。
 これにて、二人揃って戻ったら、ボクは一言。
「全然違う」
 当然の反応。すると、何と、まなちゃんの方が。
「あれはマンガにしたんだもの」
 物凄い嘘。ところが。
「テレビより美人だ」
 おろ?
 私たちは顔を見合わせた。
「いやいや。お二人それでまだまだ行けますよ」
 とは展示場の支配人氏。お上手で。
 ともあれ、正義の味方グロリアスワルキューレ。出撃。
 ……中古で買った私の軽自動車で。
「〝ジェットスケボー〟じゃないの?」
 後席ボクから当然の質問。アニメの二人は超小型ジェットエンジン付のスケートボードで246号をカッ飛んで行くが。
「あれは道路運送車両法上の原動機付自転車に該当するから、中学生がリアルに乗ったら道路交通法に抵触するのよ」
「奈々姉(ねぇ)リアルすぎ」
「シルバー。それよりナビ。ボク、どこの駅から乗ってきたって?」
 まなちゃんの携帯電話でナビってもらって、ボクが乗ったJRの駅へ。最近地下鉄が延びてきて駅前広場をリニューアル。
 駅前からボクにあっちこっちと案内してもらい、街外れへ田んぼの道へ。
「あの踏切の向こうだよ」
 そこはあぜ道にアスファルト被せただけの細い道。自動車通行止めの標識があり、遠くに小さな踏切。
 クルマじゃ無理。というか違反。
 降りて歩いて行く。コスプレの娘と娘のなれの果てが田んぼの中を男の子と。
 これって何かアブナイ情景じゃない?ねぇ。
 踏切は横浜行きの電車が通る路線で本数も多く、案の定引っかかる。
 通過して行く電車の窓から突き刺さる幾つかの目線、視線、凝視。あ、いや、こっちを見ないで。
 ボクが歌う。
「わたしたちワルキューレ。いつも見ていて~」
 遮断機が上がった。
 小さな踏切と書いたけど、本当に小さな踏切で、通路は自転車1台どうにか通れる狭さ。周囲に灯火の類はなく、夜は真っ暗になるだろうと思う。わたしたち女の子には危険な夜道。
 ……何か?
 踏切を渡る。軽い下りで、坂の終わりで多分隣町になるのだろう、道路に繋がっている。住宅地の端っこの公園。そこまで立派な道路が作ってあって尻切れトンボ。細い道は、そのブツリと切れた部分に、ノリで貼ったみたいにとりあえずくっつけてある。
「あれ。あの赤いヤツ」
 ボクが指さす先には、年代物の赤い軽自動車。
「あれ、〝ミラ〟ってクルマですよ」
 まなちゃんが言った。
「L200って型式で92年から93年頃作ってたクルマです」
「それって短大生の知識として異様に細かくない?」
〝百鬼夜号(ひゃっきやごう)〟って妖怪まみれのクルマがあるんですよ。それの色違いですもん」
 でもその細かさこそは逆に非常に具体的なわけで、コードKに持ち込むには強い説得力を持つ。
「妖怪じゃなくて単に怪しいわけだ」
 詳しい話をボクに聞く。衝撃的な出来事であって、当然記憶は細かい。要約すると、ママの自転車の後ろに乗って信号待ち。交差点で曲がってきたそのクルマに自転車ごと倒された。
 すなわち教習所で何度も言われる左折巻き込み。クルマは自転車前輪を乗り越え、轢き潰して、走り去ったという。
 だとすれば、その手の傷や跡がクルマに付いてるはず。
「調べてみる価値……」
「ありますね」
 私たちはアパートからは死角になる公園の植え込み影に隠れて、アパートを観察。
「2階建て。各階5部屋ずつ」
 私の言うことを携帯電話のメモ帳機能でまなちゃんが記録。
「1階中央は洗濯物が干してある。女性用男性用子供用と干してあるから家族で住んでる。軽自動車にチャイルドシートは見えるか?」
「ありません」
「じゃぁ違うね」
 この辺実はアニメの二人の流儀。当然、ボクは気付いた。
「やっぱ本物ってスゲエ」
「そう?……1階は無関係さんと空き室だね。怪しい人が住んでいるとすれば2階だ」
「じゃぁ近づくと見られちゃいますね」
 私たちはボクの顔を見た。
 まなちゃんが携帯電話GPSの位置表示を画面保存し、男の子に携帯電話を持たせる。
「これから私たちはあのクルマを調べてくる。何かあったら君が頼りだ。この電話を持って全速力で駅へ向かって走るんだ。そして誰でもいい、大人の人に頼むんだ。携帯のこの地図の位置にひき逃げのクルマが止まってるって」
「わかった」
 ボクは強い瞳で頷いた。上等。
「行くよシルバー」
「OKゴールド」
「かっちょえー」
「ゴー!」
 私たちは同時に走り出す。走りながら、私は私の携帯電話のカメラを起動。
 果たして、L200ミラの助手席ドアには、長々付いた傷を隠すように赤いビニールテープ。携帯カメラオートフォーカス。
 パシャ。
「写メった」
 その時。
「なんだてめえら!」
 粗暴な男の声。
 しかも背後から。
 ドジった!

つづく

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ブリリアント・ハート【4】

「ふぅ」
 レムリアはため息をついてベッドにひっくり返る。ロイヤル・スィーツ。1泊35万円也。
 …天然痘のワクチンが何本作れる?
 Tシャツにジーンズのラフなスタイルに着替えてごろごろする。静養というとお上品だが、退屈ですることがない。
 鏡台の引き出しを開けてみる。街の観光案内でも転がっているかと思ったまで。
 出てきたのはアルバム。めくると、この部屋に泊まったのか、往年のスターや著名人達が部屋のそこここでポーズを作って写っている。
 その中に一人、世界で最も有名な女優、オードリー=ヘプバーン。
 レムリアにとりオードリーは生まれる前の人、である。ただ、作品は幾つか見たし、銀幕引退後、慈善活動をしていたことも知っている。
 …そうだ!
 思いついてクローゼットから荷物を引っ張り出す。
 軍用無線機を思わせる大きな機械。
 衛星携帯電話。
 電源を入れ、窓際へ。
『なんじゃい』
 相手は3コールで出た。そのプレゼンテーションを作らせた東京の知り合い。男。年齢9つ上。会社員。電気エンジニア。
「調べて欲しいんだけど」
 先ほどの女の子が口にした学校の所在と、そこへ行く方法を尋ねる。
『調べてどうする?』
「行くんだけど?」
『え?だって今回は実務、でしょ。予定変更?』
「“ローマの休日”。お願いだから協力して。ホテル出てからまた掛ける」
 レムリアはそれだけ言うと、返事を待たず電話を切った。
 ローマの休日…そう、レムリアは、その映画の姫様のように、ここからこっそり抜け出そうというのだ。そしてジェームズ=ボンドのように、時間までにはここに戻り、クールな顔して晩さん会に出ようというのである。
 問題はだ。
「あのね」
 レムリアは果たしてもう一度電話する羽目になった。エレベータは誰かがいないと使えない旨話すと。
『どんな状況であれ、非常階段はあるはずだ。そこから出るしかないね。最も、セキュリティのしっかりしているホテルだと、無銭宿泊や侵入防止に、非常階段のドアを開くとベルが鳴ると思うけど』
 ちなみに、聞いた小学校は、このホテル直下の駅から、まず地下鉄に1駅乗って乗り換え、そこから直通30分との由。
『そこの地下鉄だと、こっちの“バスカード”と同じ類のカードで、“リリカ”ってのがある。ホテルの土産物で記念カードが無いかい?コレクターだから見せて、と頼んでみるとか』
 レムリアは頷いた。ちなみに、そのカードは、駅の自動改札に直接突っ込んで使えるプリペイドカードである。東京を知る彼女にとって、何たるかを理解するのは容易。
「何とか考えてみる」
『ご健闘を』
 電話は切れた。

つづく

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男の子だもんね【2】

(承前)

 展示場総合案内、迷子センターに運び込む。
 正義の味方〝ワルキューレゴールド〟が、スーツの男性と二人がかりで男の子抱えてドタバタ。プラザを行く子ども達はポカ~ン。
 センターのおばさまに展示場の支配人まで出てきて毛布だ枕だ。
 タタミに寝かせると、うーんとか声を出し寝返り。しかし、声を掛けても何も反応がないので、とりあえず今の服装と、ショーを見ていたことをキーワードに、迷子アナウンスを頼む。親御さんを呼ぶのが何より先決。
 手のひらを額に当てるとえらく冷たい。その顔は目の下に隈があり、疲労の色が濃い。何だか徹夜明けの夫の顔に近い。
 風邪と言うより、寒空に半袖で疲労と寝不足。体温が下がり強い眠気で……そんな感じ。低体温症とか言った。例えば花見の場所取りで思いのほか朝が冷えて、とか、酔って寝込んで……なんてので起こりがちなヤツ。
「親御さんは?」
 2度3度アナウンスし、急病とも加えたが、どこにも名乗り出た人はないとか。
「一人で来たんじゃなかろうね」
 私の言葉に周囲が凍り付く。
 でも実際可能性があるから困る。少なくとも熱心な追っかけさんである。季節外れの服装も、〝一人で勝手に〟なら、手当たり次第の服を探した結果として、あり得る。
 何せ男の子。服なんか二の次、良くある話。
「救急車を呼ぼうか」
 センターのおばさまが困った顔で口にしたその時。
「やだ!救急車イヤだ!ママを連れてかないで!」
 男の子は身を起こして叫んだ。
 目を開き、鬼気迫る顔ではぁはぁと荒い息。
 私を見つけて一転穏和。え?だって顔は着ぐるみ被ったままだもの。
「ゴールド……」
「大丈夫?君確か……」
 デパートの名を口にして、いたよね、と確認したら、小さく頷いた。
「ひとりで?」
「うん」
 周囲の大人達が目を剥く。まぁそうでしょう。電車で30分。男の子が一人で。大人の感覚だと〝子ども一人じゃ無理〟。
「でも、ぼく駅全部知ってるもん。小机鴨居中山十日市場……」
「そうか、偉いね。すごいなぁ」
 蕩々と駅名を並べる男の子にそう言ったら、男の子は少し誇らしげに笑った。
 判ったこと。電車好き、一人で来た。そのわけは、ママがひき逃げ被害に遭い、救急車で運ばれた。目の下の隈もそれに伴う。そりゃ大丈夫だ寝てろと言われても心配で当然。
 私は日本一甘い自販機コーヒー〝マックスコーヒー〟のホットを買いに行ってもらった。子どもにコーヒーは良くないかもだが、あれはカフェオレのオバケだし、飛び上がるほど甘いから、疲労の身にも悪くはないはず。
 一つずつ話を聞いてあげるうち、男の子が落ち着いてきた。こういう場合は全部言わせた方が良いように思う。意識はあるし、体温も戻った感じだ。救急車は、ちょっと待とう。
 それで、ここに来た理由。犯人をボクが見つける。見つけたらゴールドに倒してもらう。
「ぼく見つけたんだ」
「え?」
 黄色いナンバーで番号はこうで、と男の子は言った。つまり軽自動車だ。
 踏切の向こうのアパート前に止まっているのを見たという。
「警察には?」
「警察っていつもワルキューレに出動要請するじゃんか」
 それはそうだけど。
 と、バタバタ走ってくる足音。
 親御さん……ではない。
「あっ!シルバー」
 現れたのは着ぐるみ姿の相方。中の人は短大生。ああ、もう次の公演の時間になって呼びに来たんだ。
「あのー午後2の時間ですけど。……リアル事象、ですか?」
 彼女(役名まなちゃん)は状況を捉えて言った。子ども達の虚実混同や、ショーでのトラブルはままあるモノ。私たちはそれを「リアル事象」と呼んでいる。他の似たような仕事している人たちはどうか知らないが、イメージをぶち壊さず、しかるべく対処するのには結構頭を使う。
「コードKに要連絡」
「えっ?」
 KはケーサツのK。番組中ではコードKより出動要請、となる。
 と、言ったはいいんだけど。
 ひき逃げ事件の男の子で加害車を見つけた。踏切向こうの田んぼの前のアパートで……。
「警察はキライだ。ぼくのことバカにした」
 コードKで判ってしまったようだ。
 でもタイホにせよ、このボクを親御さんに引き渡すにせよ、コードKに入ってもらうべきなのがリアルの基本で……されど……うーん。
「ようし判った」
 私は言った。
「おばさ、じゃない、ゴールドが一緒に行こう。救急車も警察も呼ばない。その代わり、私たちこれからエンジェル・ノワールをやっつけてくるから、それまでここで暖かくして待ってること。これは命令。守れるかな?」
「うん」
「ちょっとさかきば、じゃない。ゴールドさん……」
 眉をひそめる仕切り役。
「いい、行ってくるよ。場所を確認しないとリアルコードKもへったくれもないでしょ」
 駅も道順も知っているが、それを地図と言葉で説明できる状態ではない。
「それに、ここまで一人で来た君の勇気と行動力に応えたい。私たちワルキューレは勇気の味方だ」
 状況を説明したらシルバーが話に乗ると言った。ひき逃げするほどなのだから、人格的に危険な可能性があるし、女子供よりは女女子供の方がいい(!)。携帯電話にGPSが付いているので場所も正確に把握できる。
「こんなの持ってますし」
 彼女がコスチュームのポケットから取り出したのは催涙スプレー。
 子どものイベントに変なのが乱入……は現代では想定事態。ヤな時代。

つづく

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男の子だもんね【1】

 舞台に上がってすぐ、あの子だって判った。
 目にする子どもなんて月に何千。でも、その子は憶えていた。
「みんなー!今日は応援に来てくれてどうもありがとう!」
 私はマイクを通して声を出す。地べたに敷かれたブルーシート。座って見ているたくさんの小さな声が、一つの大きな歓声になる。
「後ろの大きなお友達もどうもありがとう」
 控えめに。すると、ブルーシートの子ども達の後ろ、立って見ている若者達から、うぉーという反応。
 正直ちょっとびびったり。
 私の仕事は〝中の人〟。女の子向けアニメの着ぐるみショー。お目々ぱっちり15歳。されど、中身はその倍以上で夫に子持ち。
 3ヶ月だけのバイトのつもりがいつの間にやら1年弱。私の声は肝心のヒロインに似ているらしい。
 魔法で変身、悪者退治。
 番組は〝萌え〟の対象らしく、コアな男性ファンがいる。しかし、彼らはアニメキャラが好きなのであって、こんな着ぐるみに集まることはなかった。
 なのに今では彼らの人垣が出来るほど。それも私の声だと主催者は言う。で、集まれば何かしら関連商品の売り上げがあるので、どんどんやってくれ……。
 でも、その子はそういうのと違うと思った。ブルーシートの子ども達は殆どが女の子。小学校低学年以下。同じくらいの、男の子。
 夫は言う。「男の子には綺麗なお姉さんだ。憧れるのはおかしいことか?」
 確かに、その子の舞台の見方は他の誰とも異なる。女の子みたいに悪者登場で悲鳴を上げず。若者達のように合いの手を入れることもなく。
 ただじっと、舞台の私と、相棒役を目で追っている。
 しかも、こうやって憶えてしまう程頻繁に来ている。舞台のシナリオは毎度同じではないけれど、それでも3本ほどをローテーション。起承転結は知っているはず。
 なのに繰り返し、繰り返し。いつも一番前で。
 ひとりで。
 土曜日曜、月により3連休。その午前午後、どちらの舞台でもいつも一番前で待ってる。
 これは、好き、なんだろうか。彼なりの幼い恋心なのだろうか。
「真剣な愛ほど寡黙になるもんだ。なんてな」
 夫は茶化す。確かに、それなら微笑ましい出来事、幼いなりの男の証明。
 でも。
 今日見る限りは笑っていられないみたい。
 12月の声を聞く寒空に半袖半ズボン。
 彼を最初に見かけたのは大きな街の中心、デパート屋上。
 今いるここは、そこから電車で30分かかる屋外の住宅展示場。
 思い起こせば彼の〝親御さん〟の姿を見なかった気がする。いつも開演30分前には一番前に一人でぽつん。
 それでもデパートなら、親御さんが買い物している間一人で……とか、まだ納得できる理由が見つかる。
 対してここは、北風吹く丘の上。
 母親の端くれとして、気になって仕方がなかった。
 おかげで変身のセリフを忘れた。
「おい、ワルキューレゴールド、今日は変身しないのか」
 悪者から突っ込まれる始末。
「うるさいわね!ウルトラマンだって一回間違えてスプーン出したことがあるんだから」
 このアドリブは大受け。
 ショーが終わって握手会。子ども達一列に並んで、ステージに上がって私と握手。キャラクターシールをプレゼント。
「小学生以下のお子様に限らせていただきまーす」
 仕切りがメガホンで断る。何度も同じ事を言っている気がするが、大きなお友達の中には、それでも並ぼうとする向きがチラホラ。シールは店に行けば売っているから、シール欲しさじゃないだろう。
 声優とキャラを同一視して、という話は聞くが、15歳の〝中の人〟には夫も子どももいるよ。それでも握手したい?
 最後の女の子と握手。
 あれ?
「男の子いなかった?」
 仕切り役に訊いたら。
「追い払いましたが」
「そうじゃなくて。小さい男の子が一人いたでしょ?」
「だったらあそこに。次も見る気じゃないすか?」
 メガホンで示す先には、シートでぽつんと座っている男の子。
 私を見て……ない。
 座ったまま首だけ上を向き、白目を剥いている。
「バカ!気を失ってるんだよ!運んで。急いで!」
「わ、はい!」

つづく

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