« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

彼女は彼女を天使と呼んだ(57)

16

 小さいが鮮鋭な携帯電話の液晶画面を、優子は理絵子に向けて見せた。

454:理絵子(sage)
健太君ゲッツσ^▽^)σ

455:けんた(age)
俺ららぶらぶ~

456:名無し(sage)
>>454 逝って良し

 周りから級友と担任竹内が覗き込む。
「桜井さん、これって本校の『裏』」
「そう。何か手がかりないかと思って。お前のカキコじゃないよな。って、裏見るなんてお前のキャラじゃねーし」
 桜井優子の言に理絵子は頷く。
「健太は確かに黒野を好きだと言ってはいた」
 糸山の発言。それは一般に物議を醸し、ひゅーひゅー冷やかされそうな類であるが。
 先にも書いたが彼はあちこちでその旨公言しており、他方理絵子は歯牙にも掛けていないことになっている。冷やかすには無理がある。
「ヤツからは、黒野とその後どうこうとは聞いてない。先走ってウソ言えば嫌われるコトくらい判っているはずだ」
 理絵子は頷いた。昨日、確かに、待ってと言ったのだ。
 しかも〝こころ〟を読んだはずである。自分で言うのも何だが、好きと言われた女の子に読めと言われたら、真剣に読むのが普通の反応ではないのか。しからば、こんな下品な真似をするだろうか。
「黒野さん自身じゃないのね」
「ええ、違います」
「でも、落書きとリンクしてるなら、辻褄は合うぜ」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【12】

「リクラ・ラクラ・シャングリラ」
 この呪文はいわゆる天国の一部、妖精の国フェアリーランドへと飛ぶためのもの。
 私たちは基本的にそこの所属。それぞれに大地の女神・地球自身の精霊ガイア様の任務を帯びて、地上世界へと〝派遣〟される。
 もちろん、人間さんを連れ込むなど禁忌中の禁忌。
 だけど、男の子の心が壊れることと、クモたちの願いと、禁忌と、三つを比べたならば。
 だから、私は、ガイア様に。
 どさっ。
 音を立てて草の上に倒れ込む私たち。
「いてっ!なんだおめえ!」
 男の子が先に立ち上がり、私を見下ろして怒鳴ります。私はまだ起き上がるために手を突いたばかり。
「あ……」
 男の子の目が、私の背後の何かに気付いて、真ん丸に大きく見開かれます。
 彼が何を見たのか、私は私の身体に落ちた影で知ります。
 草の上をゆっくりと歩く恐竜サイズの巨大なクモ。
 トンボが70センチもあった時代、当然、クモにも巨大な身体を持つものがいました。ただ、何せ〝骨〟がありませんから、地上でこのサイズの化石発見という話は聞きませんが。種の名前ですか?私たちは大グモさんと呼んでいますが、メガアラクネより大きいですから恐竜に倣ってギガノトアラクネとでもしましょうか。
「大丈夫、連中は私ら取って食ったりしないから」
 私の声に、巨大なクモが足を止めました。
 8つの目でこちらをギョロリ。
〈その子は人間では?〉
「大丈夫。彼はあなたたちを気持ち悪いと言わない」
〈ああ、先ほどお願いという声を聞いた。そうですか、エウリディケさんがその子を〉
 妖精の服はクモの糸、そんな話を聞いたことのある方もあるでしょう。
 ここはクモに代表される〝不快害虫〟……外見がグロテスクという理由で忌み嫌われる節足動物たちのための天国。
 私たちの服はここに住まうクモたちの糸を集め、織り姫アラクネの手で織られ、丈夫で質の良いフェアリーシルクの布地になります。クモの網で魚が捕れる。先に書きましたね。そのくらい丈夫なのです。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(56)

「ノウマク サマンダ バザラダン。
 センダ マカロシャダ ソハタヤ。
 ウンタラタ カン マン。
 ノウマク サマンダ バザラダン カン」

 精神的な不安を取り除くためのもの。
 実際には14の印契を切るので省略形もいいところである。ただ、手抜き自体はしなかった。
 包んでいた殻のようなものが割れ砕けた。それが最初に抱いた感覚。
 次いで得たのが、いつの間にか覆っていた霞、或いはベールのようなものが剥がれた。視界も聴覚もにわかに鮮度を増した。そんな感覚。
 呼応してか、多目的室の柱と梁からビシッという音が生じた。
 殻が割れるような。
「ラップ音!」
 オカルト愛好の女の子の一人二人、クラスに必ずいるものだ。ただ、理絵子はあまり力の分類とか用語に興味はない。
「すげー。あんたやっぱ本物じゃない?」
 回答するかはさておき、その言葉にクラスを染めていた不安の色が溶け消えて行く。
 対し。
 〝不安の雲〟
 〝包囲網〟
 先日思い浮かべたそれら言葉と、今得た感覚との類似性。
 そしてこれは予知。動く。
「なぁりえぼー」
 多目的室の隅に座り、事の次第を見ていた桜井優子が、理絵子を呼んだ。理絵子の秘密を知る桜井優子にとって、この部屋は恐怖の対象ではなく、儀式も傍観者の立場。
 動く。
「これお前じゃないよな」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(55)

「御札とか貼る?」
「しないしない」
「巫女装束着ないの?」
「密教の流儀でやります」
「陰陽道と密教ってどこが違うの?」
「真言なんか多く共通。日本古来のシャーマニズムと形而上的な部分で親和性があったから融合したと見るべきじゃないかと。これに神仏習合と明治以降の廃仏毀釈がまざくりあって、例えば遠野物語あたりでも仏様のたたりを巫女を呼んで鎮めたなんて話があるよ」
 理絵子は言いながら、りぼんの替わりにセーラーのスカーフを解いて外し、一旦口にくわえ、髪の毛をたくし上げてスカーフで結び、ポニーテールにした。
 鮮烈な切れ味と書けるか、その素早く無駄のない所作に、男女の別なくクラス中が見入った。
 使った言葉と、動きと、準備整ったその姿。
「始めていい?」
 冬の陽光を背にクラス中に問う。
「あ、おう!」
 糸山秀一郎の回答。
 理絵子は頷くと一呼吸。どの真言を使うか考える。便宜的なものだし、不安を鎮めるためだけ。だったら不動明王か……九字を切るという言葉をご存じの方には、そのうちの〝臨〟に当たると言えば通じようか、その場に臨んでなお不動の心根を、そんな方向性だ。
「みんなも知ってる高幡不動(たかはたふどう)のお不動さんで」
 両の手を組み合わせて印契。不動根本印。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(54)

 仕方ない。逆手に取るか。
「私がお祓いするなら行きますか?」
「え?黒野さんやっぱり……」
「やり方一通り掌握してるってコト。オカルト作品も文芸部の売り物ですから。ちゃんと高尾山の修験者に真言聞いて印契(いんげい)も教わってきました」
 ウソは言ってない。
「みんなが納得できる方法を選べばいいんじゃないの?」
 担任竹内が口添え。こんなオカルトまがいな話題に対する教員の弁ではないが、この竹内教諭はその事件がきっかけでこのクラスのピンチヒッター担任を請け負った。従い、背景を知る一人ではある。
「私も黒野さんにやってもらったし」
 この一言でクラスの流れは一気に傾いた。荷物持ってゾロゾロ移動し、普段誰も通らない階段を上がって、部屋に入ってもらう。〝禁断の4階〟に集団で向かう有様に気付き、ドアを開けて何事かと見る他のクラスもあり。
 多目的室。普通の教室2個分のスペース。3人掛けの長い机と椅子がズラズラ並び、つるべ式に上下移動する2段の大きな黒板を備える。ビデオプロジェクタとスクリーンも設置されていたが、部屋の使用をやめたため、高価な機材であるプロジェクタは取り外された。天井に配線が一部ぶら下がり、クモの巣とホコリ。
 理絵子はまず、窓を全部開いて冬の冷気を澱んだ室内に呼び込んだ。
「寒いよ」
「凛とするでしょ」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブリリアント・ハート【12】

「おや、可愛いお客さんだ」
 嬉しいがリアクションに困るのがこの種のセリフである。
「恐れ入ります」
 とりあえずこう応答。
「どちらへ?」
 レムリアは学校の名を口にした。徒歩15分なら距離は1キロか。
「近くてすいませんね」
「いやいや。お嬢ちゃんみたいなお客さんなら100メートルでもいいよ。うちの孫もあと10年もすればお嬢ちゃんみたくなるのかねぇ」
 至って明るい調子で言い、車を出す。カーラジオからは高校野球中継。
 時報が鳴り、ニュースになる。トップは当然王女某行方不明。横浜じゅうの駅に警官を配置したが見つからず。目撃情報を提供した男性に事情聴取の方向。
 東京に心で謝る。うわ、ごめん。
「そういやこのいなくなったお姫さん、嬢ちゃんと同じくらいの歳だそうだね」
「13歳、って言ってますからそうですね」
 しらじらしく言ってみる。
 ラジオが特徴を告げる。身長150。白っぽいTシャツに青いジーンズ。
 運転手がミラー越しにちらりとこちらを見た。
「嬢ちゃんと同じだねぇ」
 どうコメントしようか困ったところで携帯に着信。
 運転手に一言断り、受ける。相手は東京。
『来るってさ。しょっぴかれてくるわ』
「ごめん」
『いや、そういう服装の子を見たというだけで、罪にはならんから気にしなくていい。それより問題なのは向こう暫く何も動いてあげられないってことさ』
 レムリアはその意味することの重大さに気付いた。
 全部自分で対処する必要有り。
 と、ラジオが新しい情報とやらを告げる。ホテルのカメラと、地下鉄改札のカメラに、同じ服装で黒縁メガネの少女の姿が映っていた。
 思わずラジオを見つめてしまう。対し、再び運転手の目線。
 しかも。
『あ、来たわ。健闘を祈る』
 電話は、切れた。
 運転手が、クルマを、止めた。
 竹林の脇であり、学校ではない。
 …バレた。
「ひょっとして姫様ご本人ですか?」
 運転手は、言った。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気づきもしないで【3】

「こちら……ですが」
 お姉さんにもそう見えたようで、今にも携帯で110番しそうな顔で売場に案内。
 ……値段高っ!
「ひょっとしてデート、かな?彼女さんが好きなの?」
「ち、違います僕花を見るのが好きでその白いのと紫色っぽいの1本ずつ下さい」
 小遣い。パー。
 店を出て自転車に走り、釣り竿ケースに収めてしまえばもう見えない。とりあえず一安心。
 来た道をとって返す。夏のように暑くても9月。片道40分の自転車行路。行って帰れば日も傾く。ツクツクボウシに重なるヒグラシ。
 峠越え。問題はこの先だ。花持って学校行けるわけもなし。今日中に駅まで行って取り替えなくちゃ。それには地区を端から端まで突っ切らなくちゃならない。知ってる誰かに見られたら一巻の終わり。
 回り道もないのにどうすればいいか。考えた挙げ句は正面突破。超短時間で通り過ぎればいいのだ。
 下り坂使って目一杯加速。ヘタな原付より速いんじゃないか。地区はざっと南北1キロ。信号もないのでこのままの速度が保てれば、1分位で通過できる。
 六地蔵があって消防団の半鐘があって。
 超高速で地区へ突入。と、路地から出てきた杉山(すぎやま)のおばあちゃん。うわいきなり知ってる人だ。ごめんごめん渡るの待って。
「……おや」
 通過。と思ったら軽トラが曲がってきて新見(にいみ)のおじさん釣り仲間。
「おータイキ……」
 何で気付くんだよ。聞こえません見えません駆け抜けて行く私は光。
 小学校の校庭には何でこんな日に限って向かいに住んでる成瀬(なるせ)の妹。姉が要するにいわゆる一つの幼なじみなもんだから、この妹と来たらオレを呼び捨て。
「あータイキだ……」
 違います人違い。一瞬で通過。
 もう誰も会わないだろうな……何で同じクラスの女子が3人固まって歩いてんだよ。
 しかも一番おしゃべりな矢部(やべ)とか混ざってるし、横に広がってはみ出て邪魔だし危ないな。
 ……通過するからこっち見るなよ。
 オレが右に進路を振って道路の真ん中からブッちぎろうとした瞬間。
「あ、町田じゃん」
 矢部ー!振り向きもせずいきなり当てるな!テレパシー少女かお前は!
「おーいタイキー!」
 呼ばれたが知らん顔。
「まちだたいきー!」
 だからでっけぇ声出すんじゃねぇっての。
「あれぇ?違うのかなぁ……」
 そんな声が遠ざかる。そう、違うの。私はこの地区の人でないの。通り過ぎる風なの。
 学校までは10キロ。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(53)

15

 結局、黒板は交換しかないと判明し、業者に工事を依頼する一方、その間の移動先仮教室に、生徒達は色めき立った。
 多目的室。
「他に無いんです」
 担任竹内は言ったが、しかし積極的に移動を始める生徒はいない。桜井優子が先にスタスタ歩き出した程度。
 どころか、逆に、理絵子に視線が集まる。
 その理由。
「大丈夫だってば」
 理絵子は笑って言った。多目的室。それは少子化の進行で使われなくなった〝校舎4階〟の3つの教室のひとつ。
 件の幽霊話はその校舎4階の出来事、但し多目的室ではなく、第2音楽室のことだ。
 とはいえ、その音楽室から飛び降り自殺した女生徒がいたのは確かである。
「その件は音楽室だし。それに済んだ話」
 集まる目線に理絵子は今度は真面目に答えた。自信を持って過去形で言える。
 解決を見届けた当人だからである。
 ただ。
「でも……」
 尚残る、クラス一杯分の躊躇。
 ここで、幽霊さんならちゃんとあっちに行った。ウワサ通り私が霊能で確認した。とでも言えれば、尚良いのかも知れない。しかし、やはり出来れば秘密にしておきたい。それに、事実と知って興味本位で何かされると、もっと困った事態になる、そんな気がする。
 〝四十九日〟という風習はダテではないのだ。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(52)

 黒板の真ん中に大きな白い文字で黒野理絵子。
 その周りを埋め尽くす同じく白文字〝死ね〟〝死ね〟〝死ね〟……
 いやむしろ死ねの文字で黒板を埋め尽くし、最後にその上に黒野理絵子と書きくわえた。そんなイメージ。
 対象はもちろん自分なのだが、誰が何のためにとか言う以前に、事態が余りに凄まじすぎて言葉がない。
 その片隅、クラスメートの女子が二人、雑巾で一生懸命。足元には洗剤やらアルコールやら。
「あ、黒野さん」
「消えないよこれ……」
「ひどいよう……」
 泣き出してしまう。理絵子は彼女達を抱きかかえに行った。
「そりゃ消えねーだろ、これペンキだもんよ」
 桜井優子が文字を指先でなぞり、溜め息混じりに一言。
「どうやってこんなに……」
「簡単だよ。死ねってデカくパソでプリントして、文字のトコ切り抜くんだよ。後はスプレーだろ」
「型紙か……」
「センセこれ絶対(ぜってぇ)消えねーぜ。街中の落書きと一緒で塗りつぶすしかない」
 桜井優子は拳で黒板をダンと叩いた。
 対し担任竹内は腕組みして唇を噛んで聞いていたが、頷き、溜め息ひとつ。
「判りました。この教室を使うのはやめましょう。移動します。場所を探しますのでみんなは荷物をまとめて待ってて。黒野さんちょっとみんなを……ってああ、一番傷ついてるのはあなたなのに何頼んでんのかしらあたし」
「いえ、私大丈夫ですから。みんなありがとう。自分のために泣いてくれる友達がいるって一番幸せなことだよ」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(51)

 しかしそんな重要な内容なら家に電話があっても。……って、携帯電話どうした自分。
 記憶は忽然と言っていいほど無いが、何やったかの想像は付く。〝彼〟からの電話を恐れて電源を切ったのだ。
 むろん固定電話もあり、桜井優子は番号を知るが、それはそれで、仕事の邪魔だと電話線を引っこ抜く母親が一人いる。
「今日は寝坊しちゃって」
「お前と一緒にいられるならその方がいい。遅刻でセンコーが何か言ったらぶっ飛ばす」
 セーラー服の騎士に守られて理絵子が学校に到着すると、クラスのみんなとピンチヒッター担任の竹内(たけうち)という女先生と、なるほど下駄箱で勢揃い。
「桜井さんありがとう。黒野さん何ともないのね」
「ええ、私自身は単なる寝坊です……あの、聞いたけど、とりあえずみんなどうもありがとう」
 心配してくれたことに対して頭を下げる。
 対し誰からも言葉無し。その背後の躊躇。モノ言いたげで、しかし言う言葉が見つからない。
 担任竹内含め、みんなのぎこちなさもどかしさ。
「教室に原因が?」
「まぁ……」
「行っても?」
「ええ……」
 見せるのは気が進まない。であるのは火を見るより明らか。
 先立って歩く自分にみんなの方が距離を置いて付いてくる。対し桜井優子は常に傍ら。
 そして、教室を覗くや絶句。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(50)

 学校方向よりこちらへ走ってくる、見慣れた着崩しセーラー。
 桜井優子である。何かあったのだ。
「優子?」
「りえぼ?りえぼーか!」
 いきなり抱きすくめられる。
 痛いほどに。大柄な彼女に抱かれると自分は埋もれてしまうかのよう。
「良かった。……心配した……いないから……お前いないから……」
 涙まで流されてしまう。
 一体何が起こったのだ。桜井優子の心配ぶりからして、自分が関わることのようだが。
「何が……」
「あのな」
 彼女は昨晩、夜通し彼氏と走り、そのまま学校に直送されたので教室へ向かおうとしたという。
「下駄箱にクラスのみんないてさ、しきりに訊いてくるんだよ、りえぼーどうしたって」
 桜井優子は要は留年のツッパリ系である。そうした経緯と外見から、クラスメートで彼女に積極的に話しかける者は少ない。
 それが突然質問責め。何かあったと直感し、詳細さておき自分を探して通学路を逆行して来たそうだ。
「あれ?りぼんしてないじゃん。どうした?」
「どこかで落としたみたいで……」
「ならいい。何かあったせいじゃないなら。学校までボディガードしてやる」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【11】

「あらぁ……どうする?今日はテストやめる?いいのよ。無理しなくても。先生がおうちに電話してお母さんに説明してあげるから」
 前かがみで女の子の顔を覗き込み、先生が尋ねます。まぁ、動揺した心に緊張を強いることもありません。
「でも……」
 女の子は困った顔。早く上手になりたい、そんな積極性を感じます。
 ならば。
「よし、お姉ちゃんが魔法をかけてあげる」
 私は言いました。電線で見ているスズメたちに肩越し指先おいでおいで。
〈えっ?〉
〈妖精さん何を?〉
〈いいからちょっと来て〉
 スズメたちは私の両手指と肩に止まりました。
「わぁすごい」
「あら」
 私はウィンクして。
「この鳥たちの歌声を女の子の指先に」
 口にして、手を握る。
「じゃぁ、頑張ってね」
 私は言って、走り出しました。
 急げという示唆。その理由はひとつ。テレパシーが教える男の子の意識の暴走。そう、先程来の自暴自棄。
 角を曲がって身体を縮めて飛び立つ。テレポーテーションは距離が稼げない。
 と、私の意識を貫く、強いショックを受けた心が放つ衝撃波。
 男の子の心。今彼の目に映っているのは。映っているのは。
 翅が私をその場に運びました。
「ウチのゆたかがそんなコトするはずありません!」
 玄関前の人だかり。囲みの中で声を荒げるゆたか君のお母様。
「いいえ!お宅のお子さんです。これで違うとでも!?」
 大きな声の女性が、携帯電話の画面を開こうとしています。写真を撮ったと言うことでしょう。その女性の傍らには、三角巾で腕を吊った女の子。
 その女の子が後ろを振り返る。
「あの子だ!」
 指さす先には男の子。
 電信柱の陰から様子を窺っていたのです。
 彼は壊れる。
 虚偽、嘘、隠蔽。
 装っていた〝優しいいい子〟。
〈助けてあげて〉
 意志飛ばしてきたのはクモたち。
 12月だからとヒーターを入れて生かしているクモたち。
 判った。私は舞い降ります。身体を伸ばし、翅を広げ、彼の背後に降り立つ。
 集まる瞳が見開かれる。
 私は彼を背後から抱きすくめ。
 ガイア様あなたの裁量に委ねます。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気づきもしないで【2】

 帰って着替えて、釣り竿のケースを背負って自転車にまたがる。
「タイキ!釣りより先に勉強だろうが!」
 とりあえず母親は無視して川とは逆にこぎ出し、峠越え。一気に600メートルを越えるので道はつづら折りだ。ところどころ木立の向こうに線路が見え隠れ。付かず離れず。
 昔この道はケモノ道同然で、トンネルでぶち抜く線路の方が〝砂利で整備された近道〟だったから、列車のない時間を見計らい、自転車やリヤカー引いてトンネルを歩いたんだとか。
 オレもそうすれば良かったかなと思って程なく峠のてっぺん。ここまでは心臓破りだが、越えてしまえば下る一方。
 隣町には病院があって、そばに花屋がある。目的地はそこ。
 いやもちろんオレの住んでる地域にも花屋はあるんだが、地元密着の商店だからして、どう考えてもオレが買ったとすぐバレるし、そうなったら「なんで?」とアッという間に広がるに決まっている。質問責めになって理由を喋る羽目になる。そんなことになったが最後、絶対面白半分に花抜くバカが出るに決まっているのだ。そうか〝言わぬが花〟ってこういう場合に使うのか(何か違うぞby作者)。
 横断歩道を渡って店先へ到着。用心に越したことはないので、誰もいないことを確認してから店に入る。
「いらっしゃいませ。お見舞いですか?」
 いかにも花屋向きって感じのパッチリした目のお姉さん。
「ぐ、グラジオラス下さい」
 キョロキョロ見回しながら早口でボソボソっと。
 ……世間一般は挙動不審と言うだろう。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(49)

14

「理絵子起きなさい!」
「わっ!」
「わーっ!」
 以上一秒半の間に起こった出来事は次の通りである。理絵子の母親が理絵子を起こしに来、布団を被ってカメの如くであった理絵子が驚いて起床して声を出し。
 その声に今度は母親の方が驚いたのである。
「ああびっくりした!」
「びっくりしたのはこっちよ!今日は音立てずに出てったと思ったら何時だと思ってるのよ!」
 母親は飛び出したカメに心底驚いたようで、胸元を押さえながらドア上の時計を指差した。
 8時。
 始業は8時半である。大寝坊だ。
 しかし何で?自分。
「ちょ。は?え?」
 で、思い出す。夜更かししたこととその理由。
「いいから着替えて降りてきなさい」
 セーラー服にメタモルフォーゼ。それはいいが、スカートの丈を縮める時間はないし、普段なら寝る間机上で携帯電話のお守りをしているりぼんがどうしても見つからない。
「あれ?」
 後で思えばクローゼットに予備のスカーフと一緒に洗った在庫が、なのだが、母親が急かしたせいか思慮が及ばず。
「無しで行きなさい。りぼん一本で世界が変わる訳じゃない。ほらパン」
 食パン口にくわえて家から飛び出すなんてマンガみたいな展開をまさか自分がやる羽目になるとは。スカート踊らせ、髪振り乱して坂駆け下るその有様は、恐らくはパン食い般若。
 しかし、そこでそれこそ予知が動いた。マンガ気分はここまでだ。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(48)

 以下気が付いた時はベッドの中。記憶がごっそり無く、母親と二言三言交わしたなぁというのがまるで夢の中のよう。夕食や入浴は全く憶えがないが、パジャマ着ているのでやることやったんだろう。
 目が閉じられず天井をじっと見る。すると天井付近に毛玉のような物体がふわふわ出現して漂う。但しそれらは肉眼で見えるモノではない。理絵子自身は〝午前2時の訪問者〟と呼ぶ。古い気持ちの断片や一人歩きしている夢、怨念などである。霊魂のように振る舞うが、人格とまでは言えない。普段なら彼らの話を聞いて慰めたりするのだが、ごめん今日はそんな気分じゃないと考えたら、蜘蛛の子散らすようにパッと消えた。
 何か変わる訳じゃないが、大げさにため息付いてみる。自分の意志は決まっている。されど彼の心意気は買いたい気もする。そして明日も明後日も顔を合わせざるを得ない。
 で、北村由佳は?
 ちょっと待て。彼に対してとりつく島もない素振りだった自分が、今逆に彼に気を使っているのはナニユエ?
 テレパシー能力にすがれるならすがりたい。しかしアレは今そこにあるものが判るだけであって、その先を予測するのはプレコグニションという別の能力。だがそのプレコグニション……予知予感にしたところで、因果律には従うわけで、起こしてもいない事象まで見えるわけではない。〝こんな言葉で彼を袖にしたらこんな反応が返る〟そこまでは示唆されない。言った瞬間に初めて判るのだ。予知と占いの違いはそこである。ウラナイはウラヅケガナイの略だと考えた方が実態には合っている。
 でなくて。それ以前に自分は彼にどんな反応を期待しているのだろう。あきらめて手を引け?
 自分の意に沿う反応を相手から引き出すのは思想コントロールとか洗脳とかいうのだ。〝黒野理絵子は嫌いだ〟という意志を彼自身に紡がせるのである。言葉で誘導すれば籠絡、思いこませるのが催眠術。更にはテレパシーで暗示を掛ける。
 それじゃオカルト小説に出てくる超能力戦争。ああ成る程、念動力を恣意的に使いたいという人の気持ちが判る。
 思考の発散を自覚する。核心に目を向けると無関係なことを考え出すのだ。結論を出すことを無意識に避けているかのようである。結局、要するに、何を言えばいい?
 眠れやしない。


→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気づきもしないで【1】

 花があるのは知っていた。時々変わっているのも知っていた。花が絶えることはなく、枯れたりしおれたりすることもなく。
 古びた土壁の駅で、そこだけは生き続けていた。閉ざされた窓口はガラスが割られ、挙げ句板が貼られて塞がれ、ベンチは腐って処分され、人が列車を待つ場所では既にない。
 ほんのわずかな時間のために、1日8本の列車のために、誰がわざわざ?
 だから、グラジオラスがしぼんでもそのままになっているのを見たとき、オレは思わず足を止めた。学校へ急ぐ仲間達の流れの中で、オレだけ岩に引っかかった流木のように、立ち止まって隅を見つめた。
「あんだよ」
「邪魔だろ」
「ああ、わりい」
 カバンと、ズボンと、ミニスカートの向こうで、赤と黄色が下を向いていた。
 オレは駅が空になるのを待って、ケータイのカメラを花たちに向けた。
 実は、グラジオラス、と判ったのは、この時の写真を手に図書室で図鑑を探したからだ。その辺で咲いてる花じゃないけど、花屋では売っていそうだ。
 花なんて興味はなかった。
 だけどあの駅のあの有様で、あの花が枯れてしまったら。
 うまく言えないけど、〝終わり〟な気がする。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(47)

 彼はしょぼくれた。
 だがしかし。気持ちを一方的に押しつけられても困るのだ。
「考えてもいなかったことをいきなり結論出せと言われても無理。だから、考えさせて」
「判った。ごめん……」
 多分、彼の言葉を最後まで聞き取る前に、理絵子は走り出した。階段を駆け下り、駅前広場を回り、横断歩道を渡って住宅街の坂道へ。
 一人になって、ようやく事態を反芻する余裕が出てくる。ぶっちゃけた話、好意を言われたのは初めてではない。靴箱の震える気持ちを幾つ持ち帰ったか。
 ただ、それらには至極冷静に対処していたと自分でも思う。幼い、と言ってしまっては失礼だが、心動かされるような内容の物は正直言ってなかった。理想が高すぎるんじゃないか?と手紙の存在を知る級友は言うが、同情と妥協で付き合うなと桜井優子は言う。個人的には、恋愛は無理矢理しなくちゃいけないものでもない、そんな程度。
 端的に比較すれば、彼の発言は文字という1次元に対し、目の前でリアルタイムという3次元であるコトが違うだけで、内容的には違わない。可愛い好きだ。端的にはそれだけだ。
 なのに自分のココロのこの反応の違いは何なのだ。
 崩したくない、という底意はある。会議が終わるまで〝仲間〟を維持しておきたいだけという、底意地の悪さは自覚する。
 1次元でなく3次元で来た、という彼の気持ちを斟酌したい、という気持ちも確かだろう。その背景には図書館での本橋美砂の一言がある。「考える余地は?」
 問題は、彼とは向こうしばらく顔を合わせる必要があること。
 そこへ考えたくない既成事実が問題を呈する。北村由佳の気持ちはどうするのだ。
 今は先延ばしした。それはいいが、リミットが来た時、どう答える?

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブリリアント・ハート【11】

 実は、これが彼女の有する特殊能力の本質。
 しかし、彼女が何をしたのか判る人物は現代には極めて少ない。また、仮に判ったとしても、口に出した瞬間に正気を疑われるであろう。
 魔法、月の精霊に力を借り、呪文にてその効力と内容を制御するもの。
 すなわち彼女は魔女である。但し半人前。月の満ち欠けに能力を左右され、もっと言えば大がかりな術を施すには満月の光を要とする。なお、この関連で彼女は俗に超感覚と呼ばれる特殊な感覚能力を幾つか有する。前述の具体的すぎる直感もその一つ。
「…はい。何か」
 レムリアは指を収めて答えた。女性は勢い込んで何か言おうとし、しかしそのまま口ごもった。
 恐らくは、言おうとした言葉がどうしても思い出せない状態。ただ、一時的に過ぎず、時が経てば元に戻る。
 ごめんなさいとレムリアは心の中で思った。申し訳ないとは思うが、そればっかりは勘弁して。
「…え?ううん。何でもない。人違い、ごめんなさい」
 女性は言うと、恥ずかしそうに頬を染め、小さく頭を下げ、足早に去った。
 その後ろ姿に胸が痛い。
 が、女性が立ち去ったことで“お開き”のような様相になったらしく、立ち止まっていた衆目も、それぞれの目的地を目指して歩き出した。
 レムリアは安堵の息をついて駅前広場に出る。駅前は開発されて日が浅いらしく、コンクリートやアスファルトが新しい。広場の向かいには大きなショッピングセンターがあり、北へ向かう上り斜面に新築住宅がずらっと並んでいる。
 学校はここから徒歩15分とか。迷うのも困るのでタクシー乗り場へ。
 手を挙げて走ってきた個人タクシーには白髪まじりの初老の男性運転手。第一印象は温厚で感じ良さそう。ちなみに、特殊能力の関係で、彼女の第一印象はまず正解と言って差し支えない。
 ドアが開く。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(46)

「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
 熱さのままにか、速度を上げて迸る彼の声を、彼女はどうにか遮った。
 家路へ向かう乗客を背にした彼には、自分しか見えていない。
 他方、自分には自分たちを見る多くの目ばかり見えている。
「やっぱりオレのこと嫌いか?」
「そうじゃなくて」
 早くこの場を逃れたい。
 しかし。
「待って」
 出せる限りの大きな声を出したつもり。
「今は待って」
 自分の言葉に自分自身落ち着いてくる。彼が〝勇者のライオン狩り〟から、本当の好意に移行したのは判った。それは尊重したい。手紙など間接手段ではなく、こんな皆前で真っ直ぐ口にするのも、それだけ気持ちが強い裏返しだろう。
 だが、それに対してすぐ答えを出せと言うのは勘弁して欲しい。
 どうしても、というのであれば、たった今の気持ちを答えろというのであれば。
 例の会議が終わるまで最低限必要な〝仲間〟という関係すら崩れてしまう。
 言うべき言葉が見つかった。
 だから、ようやく顔を上げられる。彼を見られる。
「イエスかノーかと言われると、どっちの答えも今は言えない。今まで、そういう風に君のこと考えたことなかったから」
 〝即否定〟でなかったせいか、彼の手の力は緩んだ。
 そのタイミングで、掴まれた手を何となく自分の身元に引き戻す。
「だから、考えさせて、会議が終わるまで。まず、請け負ったことはちゃんとやろうよ。立候補したのは君自身なんだし」
 自分の言葉に力が戻ってくるのを感じる。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(45)

13

 呼び止められ、手を引かれる。
 超感覚の類を要するまでもなかった。これまでの全ての累積とシチュエーションが、一点への収斂を示唆していた。
 何を言われるか、判っている。
 首をすくめて下を向く。彼は、半ば強引なまでに、理絵子の手をぐいと引っ張った。
「あ……」
 元々緩めの背中のりぼんが解けて落ちる。髪が広がり肩に流れ、うつむく理絵子の顔を衆目から覆い隠す。
 鞄を持っていた反対側の手も取られ、両手を引かれ、
 彼は、彼女の身体を、力ずく、と書けるか、自分に向けた。
 しかし、彼女は、彼の顔が見れない。
 見られない、ではなく、見れない。
「君が好きだ」
 ああやっぱり。
 それは判っていたこと。なのに、全身が感電したようにびくりと震える。
 下車客の顔が自分たちへと向けられる。手と手を取り合う中学生の男女。それ故の好奇の目線。
 言葉が出てこない。状況は判ってる。何が起きているか知っている。でも、考えるべきコトと、言うべきコトが見つからない。
 彼が自分をどうにか、という意志を持っていたのは前述の通りである。だが軽々しさしか感じなかったその時と、今この瞬間とは意味が違う。
「本気だよ」
「判ってる」
 彼女はどうにかそれだけ言った。絞り出した。雑踏に消えそうな掠れた声。
 握る彼の手の力が強くなる。
「可愛いなってずっと思ってた。でも、それだけじゃなかった。会うたびに話すたびに君ばかりが輝いて君しか見えなくなって……」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(44)

「汚れっちまった悲しみに。か……」
「その中原なんとかって教科書にあった原爆の」
 健太君が言う。彼が自分たちの会話に必死で付いて来ようとし始めていることを理絵子は理解する。
「それ原民喜とゴッチャになってる。帰ったら『汚れっちまった悲しみに』、でネットで検索してみな。著作権切れてるから多分ワラワラ出てくる」
「検索したらいっぱい出てきました。ありがとうございました、ってちゃんとメールすんだよ。じゃね」
 本橋美砂が一人離れて足を早める。一行は既に駅舎近くまで来ており、踏切が作動し始めたところ。
 彼女は都心からやってくるステンレス電車の終点から、更に中古の電車へ乗り換え、山間に分け入って行く。
 中古の電車は40分に一本。逃せばホームの天狗像の前で待ちぼうけ。
「あ、あの待って」
 彼は美砂を追いかけ、階段を上がって改札前でようやく彼女を捕まえた。
「その、ありがとう。これ、母親が途中で食べてって」
 ラップにくるんだおにぎりひとつ。
「あそ。お母様によろしく」
 本橋美砂はウィンクすると改札にカードをかざしてホームへ向かった。
 理絵子はそこでようやく追いついた。
「二人とも速いよ」
 本橋美砂の身長は163。そして彼はサッカー部。
「美砂姉は?」
「行ったよ。間に合ったと思う」
 聞こえてくる出発チャイム。ちゃらぽらぴんぽん~……そして代わりに、ホームから改札めがけて歩いてくる多くの下車客。
 心配にOKが返ってくる。一安心。
「ならいいや。そういやその、汚れっちまった、も、よく読むとこの状況予言してるみたいで怖いよ。じゃ、ありがと送り狼さん。また明日」
 理絵子は彼に手を振り、そのまま駅の反対側階段へ向かおうとした。
 その手を掴む、骨と筋肉だけで出来た大きな掌。
 熱い掌。
「理絵ちゃん」
「え……」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(43)

 本橋美砂は根本的に小悪魔なのだと理絵子はコッソリ確信した。ただ、その台詞によって、彼にも〝課題〟に対する当事者意識が芽生えた、とも同時に思った。
 対岸の火事であったであろう〝ネット世界で起きていること〟が、急に現実味を帯びて感じられたはずなのだ。
 勝手にウソを言われ、書かれ、コピーされ増幅する。それを受けて脳内で憶測が進む。それがネット世界ドロドロの本質だからだ。
 そして、それらをもたらすのは十代特有のココロ。なお、〝べや〟はこの地から神奈川県北部地域にかけての方言といって良い。
「自分が傷付けられるのはイヤだけど、自分の言動が人を傷付けているかどうかは考えていない。そのくせそもそも、傷つきやすい」
 理絵子は言った。
「理絵ちゃんそういう託宣的な飛躍的結論がウワサの根源でないかい?」
 本橋美砂は言い、時計を見てさっさと歩き出した。そして健太君を追い抜きざま。
「見ちゃいないよ。何入ってるか知らないし、興味もない。男の子の汗臭い部活のバッグなんか誰が見るかい。君が勝手にそう決めつけて勝手に狼狽えているだけ。でも、そういう気持ちこそが裏にカキコミをされた子の気持ちだ。理絵ちゃんは多分そう言いたい」
「ああ、うん……」
 彼は夢から目覚めたようにワンテンポ置いてそう言った。
 歩く順番が代わる。先頭が本橋美砂で、真ん中が健太君、しんがりが理絵子。
 ……これが仮に狼の群れなら、守られているのは彼ということになるのだが。
 しかも、これからが人の多い商店街なのだが。都心に比し夕刻の気温低下が早いこの地方は、帰宅する人々の足も早い。閉店時間は気分次第という個人商店の中には、早々にシャッターを下ろすところも。
「女の子って大人だな」
 彼は悟ったように言った。
「あんな会議、テキトーこと言っときゃいいじゃん。って思ってた」
「男の子はがさつで大ざっぱくらいが丁度いいんだよ。繊細な男の子は扱いづらい」
 本橋美砂が言って小笑い。
「中原中也」
 パチンコ屋の小喧しい店先を歩きながら、理絵子はぼそっと言った。詩人といわぬが繊細な男の子がクラスにいる。否定はしないで。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【10】

(承前)

 教室のドアが激しく開かれました。
「二度と来るもんかくそばばぁ!死んじまえ!」
 ドアの中に向かって声を限りに怒鳴っているのは確かにあの男の子。
 手にしたカバンを教室の中へ投げつけます。
 ドアを蹴って閉じ、駆け出そうとすると。
 ピアノ教室へ入って行こうとする女の子と鉢合わせ。
 彼より幼い感じです。幼稚園の年長さん、そのくらいでしょうか。
 女の子は立ち止まり、想像を絶する事態に恐らく何事かと彼を見たのでしょう。
 ……危険。それは私の予知。
「じろじろ見てんじゃねぇ!」
 リクラ・ラクラ・テレポータ。
 彼は女の子を突き飛ばし、
 女の子の身体が宙に舞い、
 背中から落ちるその下に私の翅が入り込む。
 彼は既に背を向けて走り出しています。突き飛ばした結果が何を招くかなんて考えていない。どうでもいい。すなわち自暴自棄。
 私は翅が女の子を捉えたことを確かめ、腕を添えて翅を縮めます。良かった。どこもぶつけていない。
 突然突き飛ばされた女の子が泣き出しました。
「大丈夫だよ」
 ピアノ教室のドアが開かれ、銀髪にパーマの先生が出ていらして、目にしたのは、白装束の女が女の子の後頭部を撫でている図。
「通りがかったもので……」
「あらあらすみません。今の男の子の仕業ね。今日という今日は我慢できないわ」
 見れば先生の頬にアザ。
「今の男の子は精神的に不安定なのでしょうか」
 尋ねると、不安定どころじゃない、病的だ。旨、先生は仰いました。お怒りのせいもあり、かなりきつい表現です。そして、練習もして来ないで指摘に対して反抗する、と。
「……全く親の顔が。あら、ごめんなさいね。見ず知らずの方に愚痴なんか言ってしまって」
「いえいえこちらこそ。ただ、子どもさんにしてはちょっと余りにもと思って」
「『一番にして下さい』あの子の母親にはそう言われたわ。でも……」
「義務や義理の音楽は楽しくないですね」
 と、女の子が。
「先生、こわかった……」
「あらぁ……どうする?今日はテストやめる?いいのよ。無理しなくても。先生がおうちに電話してお母さんに説明してあげるから」

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(42)

「とは思わないけど、言い出したら図に乗るだろうね。私はむしろ、センコー共も手の打ちようが無くて、生徒側に縋ってるような印象を受ける。あなたの言う通りあの世代にはネット空間はリアルの代替。ウチらから見ればコミュニケーションの一選択肢。いわゆる裏系の存在自体も、そのカキコミを真に受けるという心理も理解出来ないと思う。まして感性みずみずしく繊細な十代のココロでもない。そういうココロの状態でこれだけ揃ってる、こういう時代を迎えたってのは私たちが最初のはずだから。ただ、テレパシーを持ったに等しい。知りたくもないことまで勝手に判っちゃう。その場で音波として消えていた『ここだけの話』が、カキコミという形となり、しかも残り続ける。それは知ってもらわなくちゃいけない考えだと思うし。それと、ひとつのきっかけで怖い考えが暴走的に進んでしまう。ってのは誰もが通ってきたはずで、思い出して欲しいと思うし。それこそ〝こころ〟って、そんな暴走の挙げ句、抜け駆けするわけでしょ?」
 本橋美砂が話す途中で健太君が足を止め、妙にゆっくりした動きで後ろの二人の方を見た。
「二人いっぺんに送り狼?」
 本橋美砂はさらりと凄いことを訊いた。
「あの……」
 健太君は怖々、という面持ちで理絵子に目を向ける。
「そういや霊能者って」
 会話中のテレパシーという語に反応したのだとすぐ判った。
「私ら二人ともそういう話が好きだから、その方が判りやすいんで使っただけ。あなたが同意ってなら採用して、聞く気の無かった怪しいラジオを勝手に受信って表現に換えるつもりでいるけど?」
「知られたくないことを勝手に知られてしまうのは怖いべや」
 本橋美砂の言葉に、健太君は目を泳がせた。それこそ本当に隠し事を晒された男の子のようである。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(41)

 その背を見送り母親は溜め息。
「何考えてんだか。この歳の男の子はワカラン。ちょっと待ってね。ウーロン茶でいい?玄関先で悪いけど」
「あ、いえ、お構いなく」
「レディに足労のお駄賃よ。この中想像を絶するモノが入ってるんだから」
 すると部屋奥より抗議の大声。内部陳列開示厳禁。
「誰が見せますか。末代に渡る我が家の恥よ」
 母親は言い、やっこらせっと声を出して、スポーツバッグを玄関脇の脱衣場へ投げ出した。
 そこで本橋美砂が一撃。
「エッチなのはいけないと思います」
 後で聞いたらゲームキャラクターの名台詞(?)だとか。
 果たして彼。
「バカヤロー!クソおかん死ねっ!」
「あら図星かい。……私らンな本の入ったバッグ抱えて図書館から電車に乗って人混み歩いて。ンな本持ってだよ。花の乙女が二人して。如何?黒野理絵子さん」
 理絵子は水を向けられ。どうコメントしたもんだか。
「乱暴な言葉もいけないと思います」
 このくらいか。すると、泣き声が聞こえて来たのはウソかホントか。
 ただ、どこかぎこちなかった自分たちの会話が和んだ、とは思った。
 気付く。美砂姉がそうなるように動かした?
「彼は男性として機能正常と判断されます。お母様」
「あっはっは!」

12

 冬の日暮れは早い。
 関東山地を西側に控えるこの町では、都心より尚早く陽光が山陰に隠れる。
 健太君は率先というより、ふてくされたように二人の先頭を?二人から離れて?駅へ向かう。
 理絵子は美砂に持論を開いて意見を聞いた。
「携帯禁止の布石ねぇ」
「勘ぐりすぎ?」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(40)

 他方理絵子の感触。骨に直接というか、肉感的というか、その節くれ立ったようなゴツさと、〝肌のきめの粗さ〟は、記憶にある父親の大きな掌を思わせる。
 ただ。
 少し、しっとりしていた。
「まぁ眺めてみて、明日意見を聞かせてよ」
「う、うん」
 震えているのか、彼の手の中で、コピー紙がカサッ、カサッと音を立てる。
 とまれ用は済んだ。
「じゃ」
「お邪魔しました」
 二人は口々に言い、頭を下げ去ろうとする。引き留めたのは彼の母親。
「あ~ちょっと待って。健太。あんたはレディに荷物持たせて。あまつさえはこの夜道を二人でトボトボ帰らせる気かい?」
 いえ、二人でルンルン帰れますので、と、言おうとしたら、主将健太はしゃちほこばった。
「それは……」
 サングラスをしていても判る逡巡。
 母親は溜め息。
「じゃぁあたしがクルマでひとっ走り行ってくるかねぇ」
「判ってるって行く行く。オレが送ってくよ。でもちょっと待ってくれよ。砂が目に入って取れなくて涙目なんだよ。みっともねーんだよ」
「それって、病院行った方が良くない?」
 理絵子は小首を傾げて提案し、サングラスの奥を覗き込むように見た。
 それならそれで他意はない。目玉に傷が付いてその傷の中に砂粒が、というのは実際あり得る。
 すると、主将健太は盛大にブンブンと首を左右に振り、
「あ、いやそれほどじゃない。ぜってぇそんなことねぇから。とにかくちょっと待ってくれよ。用意して来るから」
 健太君はバタバタと自室に戻って行く。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブリリアント・ハート【10】

 その間にレムリアはサロメチールを塗り終わり、ウェストバッグから今度は包帯を出した。固定するため足首に巻く。
 階段下にワンボックスタイプの警察車輌が横付けされた。
 後ろのハッチドアが開く。
「足を動かさないように、心臓より高い位置に。病院には『内返しねんざ』と伝えてください」
「どうもありがとう。…って君、用意がいいし詳しいね」
 レムリアはハッとした。つい。
「…自分も経験あるので。あ、痛がったら冷やしてあげて下さい」
「判った。ありがとう」
 警官は女性を担架に乗せて運び、そのままワンボックスの荷室に運び込んだ。
 サイレンを鳴らして走り出す。
 自分に集まる周囲の目。
「はは、どうも…」
 照れ笑いなどしてその場から去ろうとする。
 その時。
「ちょっと待って」
 聡明さを伺わせる背後からの女声。
 香水に混じったかすかな消毒薬の匂い。
 同業者。すなわち勤務開けの看護師さん。
「あなた今…」
 指摘したい内容は判る。内返しねんざは“業界”用語。使ったサロメチールも、メーカー名がデザインされた薬屋の市販品ではなく、モノが何かだけ素っ気なく書いてある業務用。
 ニセ看護師と言いたいか、ひょっとすると看護師兼業王女某を知っているか。ただどちらにせよ、公衆の面前でそれを指摘されるのはとても困る。
 レムリアは振り返る前に人差し指を自らの唇に当てる。静かにして欲しい時の“しーっ”の動作に似て。
「(意図したこと形をなさず)」
 日本語にするとそんな意味になる文言を小さく口にし、振り返り、一瞬その指で女性の目を指差し、指先をフッと吹く。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(39)

 すると部屋奥から反応があった。「着替えくらいさせろよ」
「全裸かい?」
 本橋美砂のひとことに母親は吹き出した。
「違うよっ!」
 奥から全否定。
「ムキになって否定するなって。ねぇ理絵ちゃん」
「えー、ノーコメントということで」
「面白いお嬢さんだわ」
 玄関三和土で待たせてもらうと、果たして彼はTシャツにジーンズにくしゃくしゃ頭に。
 夜のとばりがもう間もなくという屋内で、何故かサングラスをして出てきた。
 ちぐはぐ……しかし理絵子は笑いを奥歯でかみ殺す。笑ってはいけないと強く制する気持ちがある。
 彼は必死なのだ。何かを隠したくて。
 この事態に、まずは彼の母親が彼の後頭部をひっぱたく。
「いて!」
「この馬鹿息子が。全く呆れた……取りなさいよそんなもの。家の中でどーいうつもりよ。そもそも失礼でしょうが。ヤクザかあんたは」
「うっせぇな……あ、その、どうもありがとう黒野さん」
 黒野と呼び捨て。次が理絵ちゃん。今度は黒野さん。
「私には?」
 本橋美砂が自らを指差して要求。
「あ、もちろんあんたも」
「いい態度だねぇ」
 ちなみに一連のセリフを本橋美砂は眉根ひとつ動かさず口にしている。
 理絵子は苦笑い。
「あとこれ書きかけだった教員心理図解ね」
 図書館で取ったコピーを取り出す。
「書いたけど多分こんなあんばいだから。謀(はかりごと)まかり成らんとブチ上げて連中の裏掻いてやろうよ」
 勘違いと隠し事。その所在には知らん顔して、ただ用件のみ伝える。口調が自ずとソフトになっている。と、後で気付いた。
 コピーを手渡す。
「あ……」
 触れ合う手と手。電撃を食らったような彼の反応。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(38)

11

 二人がかりで荷物を持つという行動は、駅の自動改札に怒られたりして、少々どころではない苦労をした。
 しかし、そのまま図書館に置きっぱなしにすれば、彼の勘違いはエスカレートしよう。それで今更会議降りられても困るし、ウワサのタネに水やることもない。
 夕ラッシュの電車に頭下げて持ち込み、一駅乗って降りる。
 エレベータで橋上へ上がって改札を抜ける。理絵子の家はここから西側の階段を下りるが、主将君の家は東側だ。
 駅前のわずかな商店街を抜けると風景が寂しくなる。夕陽受けながら一本道を行き、畑と住宅が市松模様を描く中に建つ、鉄筋3階建てのアパート。
 呼び鈴ピンポン。
『はい』
 警戒に満ちた大人の女性の声。
 同じ中学の黒野で忘れ物を届けに来た、と言うと、それでもドアチェーン越しの対応。
「あのこれ……」
 バッグを見せると、まぁまぁ済みませんと女性はようやくドアを開けた。エプロン姿であり彼の母親と言った。
「ごめんねぇ、この辺物騒でぶっきらぼうな対応になってしまって」
「いえいえこちらこそお忙しいところ突然。図書館に忘れて行ったのを見たので」
「あらそう。帰ってくるなり布団に潜り込んで出てこないから。ちょっと健太(けんた)、出てきてお礼くらい言いなさいよ。女の子二人にこんな重いモノ持たせてどういうつもり?しかもこっちの彼女高校生じゃない」
 無言。
「健太ッ!」
 こっちが驚くような怒鳴り声。
「すいませんね、照れてるのかしらね。まぁ女の子がウチに訪ねてくるのは初めてだしね」
 初めて。その違和感。
 あんな〝モテモテ〟なのに?

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(37)

 主将君は口元を戦慄かせ、次いで理絵子を見た。
 キミ デハ、ツリアイ ガ トレナイ。
 衝撃的な彼の認識。
 ゆえに勝手に判ってしまった。ああ罪作りなこの感覚。
 さておき、こういう場合に適切な反応と言葉って何だ。理絵子が解を見いだす前に、彼は周囲の視線から逃げるように立ち上がり、駆け出して行ってしまった。途中、返却本を台車に載せて書架に戻しに来た司書のお姉さんとぶつかり、本が散らばる。お姉さんは驚いて声を上げ、しかし、彼は持ち前の運動神経の良さ故だろう、自らは転ぶこともなく正面玄関から甲州街道へ出て行った。
「壮大な勘違いを?」
 本橋美砂は彼の走り去った先を見ながら訊いた。そのまま、司書のお姉さんが本を拾うのを手伝いに行く。
「ウチの馬鹿が失礼しまして」
「あ、ありがとう」
 お姉さんが頭を下げる。理絵子も手伝いに立つ。
「多分しっかり大誤解。ネコは尻尾踏まれると一生恨むよ」
 理絵子は言った。これも多分、脳内で勝手に憶測が進行する、だろう。
 最も。
 以下テレパシー。
〈告白されたところで……でしょ〉
〈ごめんけどそういう相手じゃない〉
 問題はだ。
 彼がここに残していった、用具の入った巨大なバッグ。
「置いてけ」
「美砂姉ヒドス」
「でも持って行く?持って行くだけ持って行って……ごめんなさい?」
「とりあえず会議が終わるまでは仲間」
「理絵ちゃんヒドス。考える余地は無しなの?」
 本橋美砂は理絵子の目をじっと見た。
「えっ?」
 理絵子は、ハッ、とした。
 確かに、彼の気持ちに対して防波堤を築くことに腐心していたが、彼の気持ちを斟酌したことはない。
 オンナは顔だ……その発言にカチンと来て、ハナから決めつけていた、というのはある。
 それは、私自身の勝手に進行した憶測?
「ウソだよ。手伝う。リアル二人がかりじゃないと持てないこれ」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(36)

「これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない」
 理絵子はバトンを受けて続けた。もちろん全部ではない。ただ、漱石の文章には明快なリズムがあるので自然と覚えてしまう。吾輩は猫である、子どもの頃からの無鉄砲で……然り、然り、三度然り。
 対し主将君は驚いたように二人を交互に見つめた。まぁ確かに、小説を諳んじているというのは驚愕に値するかも知れぬ。最も、男の子でも例えば糸山は元素の周期律表を書き出せるというし、もっと砕けて鉄道駅名丸暗記とか、虫の名前とか、余り変わらない気はする。子どもって好きなものはあっという間に憶えるものだ。
 ……にしても、この冒頭、今の自分たちの話題遡上のネタに対し何と皮肉。いや漱石ならアイロニーか。
 「先生」といいたくなる。コキ下ろしたばかり。
 よそよそしい頭文字。それは自分が彼に打ったメールと同質。
「彼女は、そういう娘なんだよ」
 本橋美砂は言った。それは、理絵子は本が好きだぞ。アプローチするならそういうこと考えろ、という意味だと思われるが。
 端折りすぎ。美砂姉その言い方マズい。
「え……」
 果たして主将君はびくりと肩を震わせ、本橋美砂を見上げた。
「なんで、なんであんたが、そんな……」 

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【9】

(承前)

 その時でした。
〈あの……〉
 ムクドリの隣に降りてきたのはスズメ。
 助けて欲しい。電線に止まった仲間達に石を投げつける子どもがいる。
〈殺し屋少年ですよ〉
 スズメの記憶の映像をテレパシーで見る限り、確かにそのようです。
 信じたくない。信じられない。
 飛んで行くと、スズメたちは電線に数羽いて、男の子の姿はありません。
 妖精が来たと知るや、スズメたちが口々に訴えます。うるさいと言われ石を投げてきた、と。
〈バカにするのか。って〉
 思い浮かんだ言葉は被害妄想。
 何もかもが自分への攻撃に思えてしまう。
 あそこへ入った。と、スズメたちが示すその先は、表札の下にピアノ教室、とあります。
 翅を広げて音集め。先ほどもしましたが簡単にご説明。人間の皆さんも小さな音を聞く時に手のひらを耳に添えますね。私たちは手のひらの代わりに翅を広げます。
 聞こえてきたのは、ああ、ああ、痛々しいピアノ。
 女性の叱責が聞こえてきました。不合格です。……進級テストだったのでしょうか。
 対し男の子は怒鳴り返しました。うるせぇくそばばぁ……彼が好きでピアノをやっていたわけではない。少なくともこれで明らかです。
 女性が怒鳴り返し、何か割れる音、壊れる音、女性の悲鳴。
 男の子が怒りにまかせて物を投げたり壊したり。
 教室のドアが激しく開かれました。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(35)

10

「え……」
 周囲のざわつきが静まって注目が集まる。
 居合わせた制服は様々である。中学のみならず高校も混じる。ただ、逆に言えばその手の話は無関係でも気になる年齢帯。
「俺……」
「空気読め、少年」
 藤川高校制服の腕が主将君の頭を文庫本でポンと叩いた。
「美砂姉……」
「痛ってぇ誰だおめ……あ、綺麗なひと」
 主将君は頭を押さえて見上げるなりそう言った。
「君のオンナを見る目はそれだけか?」
 本橋美砂である。ここは彼女の通学路内。話している限り本は好きそうだし、居合わせておかしくない。或いは理絵子を遙かに上回る(と、理絵子は認識している)、その超常感覚で察知しここへ来たのか。
 まさか。
「TPOはわきまえような。まぁとりあえずこの辺読んで再度アプローチしてみたらどないや」
 その文庫本を持たせる。夏目漱石〝こころ〟。
「野菊の墓も持たせた方がいいかい?」
 本橋美砂は理絵子に目を向けた。
「いや、ヒロイン死ぬから」
「こっちだと彼が死ぬよ」
 主将君は表紙をじっと眺めている。
 それは本橋美砂の助言を真に受け、対し正統派文学に対する拒否反応との葛藤。
 ……裏返せば理絵子にアプローチする意志明確。
 理絵子がそう気付いて本橋美砂を見たら、彼女は小悪魔の笑みを浮かべた。
 何か策あり?
「悩むな。難しくないから。現代仮名遣いだし。私(わたくし)はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない」
 本橋美砂は同作冒頭を諳んじてみせた。
 自分を見る。え?そゆこと?

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(34)

 理絵子は思い浮かぶままストレートに言葉を紡ぎ出した。
 それは別にまとまっていた思惟ではない。たった今話しながら自分自身洞察に至ったのだ。
 そうだよ。降って湧いたようなネタに感じたが、それはそれでアチラさん側の作戦なのだ。仮にそんな結論出したら当然、非難囂々になるだろうが、この結論は生徒代表である委員達の自主的な判断による……なので、矛先は参加した委員達に向く。〝火の粉〟は教員には降ってこない。
 しかも、教員側の捉え方として、〝学級委員〟はそういう問題に巻き込まれない。ってのが一般的であろう。
 大臣に踊らされた、世間知らずの代議士先生が、マヌケな法案を出す。
 子は親の鏡。子ども世界は社会の縮図。なお、ネカフェは時間制でインターネット閲覧が可能な喫茶室インターネットカフェの意。漫喫は漫画喫茶の略。
「状況を整理するよ」
 ノートに図で書き出す。まずネット世界の捉え方。先生共にとっては、基本的にテレビラジオと同じような情報供給源。コミュニケーションツールとしての意味づけは、手紙電話の電子化であって、パソコン・携帯電話という〝ネットと共通の道具〟で、それを行っているに過ぎない。
 他方、自分たちには、先にも書いたが、1次元からリアルまでの間の選択肢のひとつ。
 その選択肢の使い分けは、用件さえ判ればいい。声が聞きたい。体温を感じたい。同じ時間を共有したい。
 そう表現したら、最後の〝共有〟で、主将君はイヤそうな顔を示した。
「ヤなヤツと共有は……」
「ウザイ?」
「うん」
 理絵子の問いに、彼は素直すぎるほど頷いて返した。この辺り、自分たちの世代ならでは、なのではあるまいか。
「だけど、イヤでも同じ時間を共有せざるを得ない状況で生きてきたのが、ウチらの親とか先生とか。そこがまず違う。ウチらイヤなら次元を下げられる。まず1次元から始まる」
 すると彼はハッと目を見開いて理絵子を見た。
 理絵子はそれは自分の発言の失敗と気づいた。
 しかし既に遅い。
「理絵ちゃん。俺のこと嫌いか?」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(33)

「ましてネット。ウチらには手のひらの向こうだけど、特殊な世界なんだよ連中には。そこで、心理学的にこれこれこうだから、こういう行動を取る、と意味づけしてやる。口先だけじゃない重みが加わる。あんただって、練習で後輩にあれこれ言うのに、有名選手の物言いやレッスン本の記述引用するでしょ」
「ああ。なるほど」
 彼はまず言い、次いで笑みを浮かべて、
「頭いいんだな、理絵ちゃんって」
 ま~たモーションか?理絵子は思いかけ、そのまま素直に受け止めた。
 トーンが違う。これは彼の本音。
「必死なだけだよ。オトナって図に乗るから」
 だから、自分も本音を口にする。
 そして、スムーズに本題に繋げて行ける。
「ウチらの立場は、先生のお気に入りになっちゃいけないってこと」
「え……」
 主将君は目を見開く。黒野理絵子が教員陣に〝可愛がられて〟いるのは周知の事実。
「肩書きは先生でも中身は〝オトナ〟だよ。世間一般ご覧遊ばせ。オトナって何してる?新聞めくればオトナの犯罪花盛り。自分勝手であくどいことやって人を騙してウソ付いて。私らがそんなのの味方と思われたら学級委員の意味なし。私はむしろ、だからこそ堂々と先生様一同に楯突いてる。このネタだって裏の目的見え見えじゃん。ネット禁止電話禁止そういうの見るのやめましょう。そーいう方向に誘導する気でしょ。
 アホかって。家パソフィルタリングして下さいって触書出すわけ?市内のネカフェ漫喫(まんきつ)PTAがタスキ掛けて巡回するの?」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブリリアント・ハート【9】

 隣にいたピンヒールの若い女性が足首をひねり、バランスを崩して踏み外した。
「あっ!」
 声を上げ、しりもちをつき、そのまま階段を転げ落ちる。
「大丈夫ですかっ!?」
 レムリアは思わず声を出した。反射的に行動する。集まる衆目より一足早く、階段を駆け降り、近寄った。
 女性は横たわり、腰に手を当てて顔をしかめている。
 意識はある。頭を打った様子もない。手を握り、視線が自分に向くのを待って、ひねった足首に触れてみる。
 痛いのだろう。女性は声を上げ、身体をびくりと震わせた。これでは歩くのは難しい。病院で見てもらうのが適当。
 二人いた警官が走ってきた。
 間近に見られる危険性を覚える。が、それを気にしている場合ではない。もしバレたらそれはそれ。
「どうしました」
「大丈夫ですか?」
 警官が衆目をかき分けて顔を出す。
「足首をひねって腰を打っています。これでは歩けません。近くに整形外科か総合病院はありますか?」
 警官達が二の句を継ぐ前にレムリアは言い、ややずり下がったメガネを直した。
 すると、誰かが連絡したのだろう、階段の上から駅員が担架抱えて走り降りてくる。
「救急車呼びますか?」
 駅員の一人が警官に問うた。
 レムリアはその間にウェストバッグを開き、サロメチールのチューブを取り出す。ちょっと症状が重そうなので気休めに近いが、放っておくと腫れて熱くなってがんがん痛くなる。何もしないよりはマシ。
「いや、我々の方で連れて行きますわ」
 警官の片方が言い、肩口の無線マイクになにやらボソボソ。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(32)

 題名:例の会議のこと
 本文:俺らの意見をまとめたい。帰り図書館はダメ?

 彼からのメールの持つ〝重み〟がガラリ一変したことは明らかと言えた。
 それが、彼がその場に居合わせたせいか、時期的に本格的に考える必要に迫られたせいか、は、判然としない。ただ、自分の「みんな好きだから」は、自分のクラスのみならず、その場に居合わせた別のクラスの生徒達を通じ、学年全体に衝撃波として広がったようである。5時限目の始め、隣のクラスの担任で社会担当の作二(さくじ:同教諭の姓名の名の部分。教諭自身がそう呼べと生徒達に言い、故にそう呼ばれている)が、開口一番、「俺もオマエラみんな好きだから」とブチかましたからだ。
 放課後。
 サッカー部は野球部に校庭を貸す日とかで活動がないらしく、無理に機会を作ったわけでもない、ということで、中央図書館で落ち合った。
 閲覧室机に積み上げた教育学・心理学系の書物。なお、こういうスペースが少々ざわついている、と書くと、ある年代層より上には信じがたい描写かも知れないが。
 要するに空調完備の無料休憩スペースと化しているのが昨今である。
「さてと」
 理絵子は主将君の向かいに腰を下ろした。
 主将君は困惑顔。
「こんな難しいの俺わかんねーよ」
「こういうので箔を付けないとセンコー共が納得しないんだってば」
 作戦を説明する。思春期ならではの情動は、自分たちなら〝ありがちなパターン〟で片づく。しかしとうの昔にしおたれたおじさんおばさんには通じない。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(31)

「怖いよそれ」
 クラス中が静まりかえる。
「しかも、自分で覗きに行くならまだしも、押しつけられることすらある。知りたくもないのに勝手に判ってしまう」
「やめてよ……りえぼーに言われるとゾッとするほどリアルに聞こえる」
 誰かがどこかで自分のことを……そんな想像は、一旦始まってしまうと、止まる要素がない。どころか、自分はこんな風に思われているのでは?と〝想定される最悪〟を考え始める。
 そこに、〝脳内で勝手に憶測が進行する〟が結びつくと知る。父親世代のコミュニケーションは、まず生身があって、生身不可の代替手段が手紙。それが電話、ネットと進化し、リアルタイム性を徐々に備えた。
 他方自分たちの世代。
 1次元(文字だけ)、声アリ、2次元(画像メール)、3次元リアル。
 後は俺様のジャスティス。
 そこにこの年代特有の情動が加わる。目覚め始めた自我は、存在を認められたいと思うが故に、認められない事態を極度に怖がる。すなわち繊細で傷つきやすい。
 その心は、想定される最悪の事態を考え、それが自分を傷つけるレベルかどうか、常に推し量ろうとする。
〝脳内で勝手に憶測が進行する〟
 判断の座標軸原点は、自分が傷つくかどうか。
 あくまで、自分が、自分の視点で。
 恣意的で、利己的で、偏向がある。
「大丈夫私みんな好きだから」
 理絵子は思わず言った。
 立ち上がって、クラスを見渡し、声を出した。
「私このクラスみんな好きだから。女子だから男子だからとか問題ない。みんなのいいとこ私全部言えるから。誰が何を言おうが書こうが、そんなのうわべだけの勝手な憶測……そうだろ糸山!?」
 理絵子はドア口に立っていた男子の学級委員、糸山秀一郎(いとやましゅういちろう)へ向かい、怒鳴るように言葉を投げかけた。
 糸山は件の主将君とそこで何やらダベっていたのだ。糸山は主将でこそないが野球部。運動と地位を共通接点に二人の仲は良い。なお、この学校では野球部丸刈りというステレオタイプは当てはまらない。
 理絵子は念ずる。ここで、男のお前が、ひとこと力強く付け加えろ。
 しかし。
「あ、うん……こ、怖いよ黒野」
 理絵子は思わず糸山の目を睨むように見てしまった。
 そのせいだろう。主将君の自分への目線には気付いていない。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(30)

 示唆。
 理絵子は机の中からノートを引っ張り出し、シャープペンシルの芯をカチカチ立てた。
「出た部長のネタ帳」
「何それ」
「我が文芸部の発表する話の大半は、このノートから始まる」
「それって要するにおんぶにだっこじゃ……」
「部外者はシャラップ」
「先に言ったのはあんた」
 そんな頭の上の二人の会話。
 その二人が覗き込んだノートに、理絵子が走らせた文言。

『今までは見ることも聞くこともなかった誰かのどこかの勝手な悪口が誰でも見られる状態になっている』

「何これ」
 頭の二人は同時に訊いた。
「句読点ないから読みづらいし……」
「シャラップ。まじめに。ネットいじめの本質。ある意味テレパシーで全部判ってしまい、そして全部知らされる。それと同じじゃないかって」
「よく判りませんが」
「つまりね……」
 校舎の隅で陰口、帰り道で誰かの悪口。
「その話し合う場所をネット上に移したために、関係のない人がそれを見て油を注ぎ、ひいては本人が見て傷つく。『あんただから言うんだけどさ、あいつムカつかね?』そんな、〝ここだけの話〟が、当の本人に聞こえてしまう。〝全バレ〟になる」
 田島綾が目を見開いた。
「自分の知らないところで色々言われることが……」
「そう。それだけで済んだはずのことが全体に公開されている。残り続ける。それこそテレパシーで全部判ってしまうのと大差ない」
 理絵子は言って、自らの言葉に身震いした。そもそも、テレビジョンというのは元々千里眼能力を指すその筋の用語である。テレ(tele)は『遠隔の』を意味する接頭辞だ。
 手のひらの、机の上のテレパシー。
 しかも多分に恣意的で利己的で。
 偏向があり、
 意図せず野放図。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(29)

 皆前で、正面からそれを訊いたのは彼女が初めてだ。
「ありがと」
 理絵子は綾に顔を戻し、まずゆっくりとそう言い、
「だとしたら、嬉しい?」
 と、逆に訊いた。
 目を見開く田島綾。
「え……」
「全部判っちゃうんだよ。考えてること隠してること、とにかく全部。自分の考えを自分の知らない間に見透かされる。私は持たれるのも持つのもイヤだけどね。知りたくないことまで判っちゃうなんて、そのうち気が狂うと思う」
「でも……」
「真言(しんごん)を『っぽく』発するくらい高尾山に一日いれば出来るって。陰陽(おんみょう)とも共通点が多いから大して苦労しない。おん ぼうじしった ぼだはだやみ」
 理絵子はその民宿でクラブの合宿を行った際、行きがかりで巫女の衣を纏って神事に参加したことがある。田島綾はその時から理絵子の〝本質〟について疑いを持っている。
 それを背景とした田島綾の『でも』、である。
「綾の気持ちはありがたくもらった。でもね、自分の知らないところで色々言われるのは誰でもあること。全部気にしてたらそれはそれで気が狂う」
 理絵子は言い、自分のその言葉に大きな示唆が含まれていることに気が付き、目を円くした。
「どしたの?」
 ビデオの静止画のように動きを止めた理絵子の顔を田島綾が覗き込む。
 頭の上の友人も異変と気付いて正面に回った。
「託宣受けた巫女ぽくね?」
「巫女だよね」
「天使ヴァーサス巫女ですか」

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【8】

(承前)

 比して彼の弾く音の悲しさ。
「あーもう、ムカつく」
 ひっかかりもっかかり。先に進みません。でも悲しい感じはそれだけじゃない。
 曲想が短調というわけでもない。譜面通り音が出ている時でも、調べに弾んだ感じがない。
 彼はピアノを〝やらされて〟いるんじゃないのか。それが私の率直な感想。
「いいや、もう!」
 彼は吐き捨てるように練習を打ち切り、ピアノの鍵盤の蓋を閉め、カバンを持って出て行きました。
 行ってきます、の声と、玄関ドアをバタンと閉める音。
 主のいなくなった部屋を私はぐるりと見回します。木の温もりに包まれたはずの部屋なのに、ひんやりとよどんだ空気。冬のせい?
 ベランダへ出られるガラス戸をコン、コンと叩く音。
 私はギョッとしました。今は手のひらサイズですが、気付かれたんでしょうか。
 違いました。さっきのムクドリです。
〈大丈夫ですか?見つかって捕まったんじゃないかと〉
〈違うよ。心配してくれてありがとう。その、ちょっと気になってね〉
〈彼は、〝殺し屋〟ですよ〉
 物凄い言葉。
〈何か見たの?〉
 行列しているアリを一匹ずつ潰す。
 凄惨なので略させていただいて。
 あまつさえは、小さい子を、行きずりに、叩く。
 優しいね。彼のお母さんはそう言いました。
 クモをヒータまで用意して飼う……優しさがなければ出来ないことでしょう。
〈でもね、妖精さん〉
 ムクドリは一呼吸置いて。
〈優しさが無くても生き物を生かしておくことは出来るんですよ〉
 鳥類なので喩えは鳥です。人工光で生体産卵機械にされたニワトリの話。フォアグラはガチョウに無理矢理エサを食べさせた結果の脂肪肝。
 無理矢理エサ……倉庫のクモたちが頭をよぎります。
 その時でした。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(28)

「で?」
 理絵子は首を上へ向けて背後を見、言った級友の顔を天地逆に視界に収め、答えた。
「で……って」
「勝手に人を霊能者にして、今度は無い能者。ってだけでしょ?」
 肯定してもないことをコキ下ろされたところで、否定する必要もない。
「それはそうなんだけどさ。その……うまく言えないけど、何か悔しいんだよ」
 すると田島綾が、
「それは持ち上げる時は能力を捉えて〝スゴイ〟なのに、コキ下ろす時は人格否定を伴っているからだよ。霊能者がダメ人間になって戻ってきた」
「そうそうそれだよ。何でウソツキ呼ばわりになるわけ?」
「さぁ……」
 肯定も否定もしない。ただ、ウソツキの〝ウソ〟に複数の意味が含まれているのは知っている。北村由佳の相談内容に対する答えについてのウソと、自分の能力に対するウソだ。つまり、〝見込みがある〟という霊能女子の答えに対して、理絵子は何も言わなかった。これがウソだし、犬猫レベルの霊能とウワサの霊能とのレベル差のウソ。更に言えば犬猫レベルなので〝見込み〟を見抜けなかった。そんな論理になっている。
「私が何も気にしなければ何も起こらない。と、思うんだけど、だめ?」
 理絵子は頭の上の友人に言った。
「だめ」
 言ったのは田島綾。
「あんたと付き合ってる私らまで否定された気持ちになってムカつく。てかさ、あんた本当に霊能者じゃないの?」
 親しい友人からのその質問は、カクテルパーティ効果なのか、教室中に充分聞こえる音量となって広がり、全てのお喋りがピタリと止まって目線が理絵子らに集まった。

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼女は彼女を天使と呼んだ(27)

「変わったよね」
 隣のクラスから理絵子の机へ出張?してきている田島綾(たじまあや)が、そっちを見たまま呟いた。彼女はクラブ活動を通じての友人。先の本橋美砂は、綾の親戚筋が経営する民宿で住み込みアルバイト。
「おかげさんでこっちに降ってくる火の粉減ったけどね」
 理絵子も目線を動かさず応じる。二人して見ている先は北村由佳。メガネをアニメキャラよろしく丸い物に変え、髪はいわゆる名古屋巻きのツインテール。おどおどしている、とさえ書けた最前の姿はどこへやら。輝くような笑顔で他の級友と喋る。
 彼女は理絵子に声を掛けるどころか、目線すら向けなくなった。
 その代わり。
「じゃあ…行ってみようかな」
「来て来て」
 その喋っていた友人を伴い立ち上がり、目線を感じていたか理絵子をチラと見て背を向け、教室を出て行く。
 その立ち居振る舞いは、セレブか勝ち組か。
「何今の……」
 目線に含まれる〝見下した光〟に田島綾も感付いたと見られる。しかし、反射的に動こうとする彼女の肩に、理絵子は手をして制する。
「でも……行くんでしょあれ?〝彼女〟のところに。その〝天使〟さんのところにさ」
 田島綾が眉をひそめる。
 その〝霊能女子〟は北村由佳がそう呼ぶせいであろう、〝天使〟で定着しつつあるらしい。
 3名が教室を去ったのを見てか、背後に駆け寄ってくる級友数名。
「りえぼーあんた知ってる?あんたの霊能は犬猫レベルだって言われてんの」
 背後から声。少し心配気味に聞こえるのは自惚れ?

→次

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »