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2009年2月

気づきもしないで【8】

 運賃を借金して改札から出る。アスファルトのひび割れた細い道が延び、国道の向こうは田んぼ、その向こうは里山。
「えーと……」
 成瀬はネット地図のプリントアウトを開いた。
 地図上の赤い十字が目的地……。
 なの、だろうが。
 地図はえらく大ざっぱで、この駅前から国道へ続く道すら載っていない。
「あれ?どうやって行くんだろ」
 しかも南北逆さまに見てるし。
 オンナだねぇ。
「お前何でこんなデカイ縮尺で出すんだよ」
「だって駅から家まで全部入るようにしたら……」
「でかすぎると細い道出てこないんだぜ?……貸せよ」
 こうなったら〝その方向〟へ行くしかない。線路と国道を基準に地図の向きを回し、赤十字の方へ近づく道を探して国道を南東へ。
「ちなみに1キロあるから」
「キロ!?」
 頓狂な声は考え違いの裏返しだろう。
 オレは成瀬に地図を見せ、スケールと長さの説明。指の長さでこれだけ分は……。
「あ、本当だ……」
「しかも直線距離で、だかんな。曲がって曲がってだと三平方の定理になる」
「数学キライ」
「お前みたいなのが詐欺に遭うんだよ」
「それ幼なじみに言うセリフ?」
 よく言う。
 ともあれ、喋りながら歩くのは、1キロの距離感を余り感じさせなかったようだ。
「お喋り娘もたまにはいいことあるな」
「何それ」
「男の秘密」
 地図中の水の流れが用水路だと思うんだが。そこから先の道が描いてない。
 途中水門の所に男性がいたので道を尋ねる。ランニングシャツに日焼けした肩腕。首には手ぬぐい。足下には刈り取ったらしい雑草が山積み。田んぼの手入れだろう。
「すいません。この辺りに古淵さんってお宅は」
 オレが尋ねると。
「古淵ならいっぱいあるが?どこの古淵だい?お前さん達見かけない子だな。ここらでお前さん達と同じなのは雪乃(ゆきの)ちゃんくらいだからな」
「あ、その雪乃ちゃんのお見舞いです。本校から来ました」
 成瀬が言った。
「そうけぇ。お前さん達本校地区の子かえ。ちょっと待てな。案内するで」
 男性はそう言うと、ランニングシャツの下からストラップを引き上げた。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(85)

意志:理絵子が隠している力の存在をこの少女に知らしめることになるが良いか?

「それがどうした。あんたみたいなのにうろつかれるよりはマシだ。私を殺しに来たかい。御免被る。帰りな。住んでるお城にさ」
 意志を理絵子に寄越すこと。それは同時に、理絵子が相手を知ること。
 この霊魂は元は〝人〟であった。高千穂登与の儀式に基づいて召還され、理絵子を倒すために遣わされた古い時代の戦士だ。
 その過去は勝つことを願い、しかしついに適わなかった戦士の亡霊。
 怨念の故に怨霊となり、魔に与しその軍門に降ったのである。使命は生きる者に業苦と屈辱を与えること。発狂の醜態をもたらすこと。
 理絵子は背後、高千穂登与を振り返る。
「高千穂登与。縛りなさい。こんなものがこの世に出てきていいの?封印して閉じなさい」
「いやだ。いやだ!私には出来ない」

 意志:お前をもらい受ける。

 高千穂登与は髪の毛逆立てて絶叫した。更にもう一つ何か加われば、彼女は発狂すると明らかであった。
 対して高千穂登与の行動は、さながらケンカに負けてヤケになった子供であった。手にしたロザリオを霊魂へ投げつけた。
 高千穂登与の手から十字架が離れる。以下時間にしてコンマ3秒。
 まず、霊魂が円の中でふわりと浮き上がり、毛布の如きモノを左右に広げる。今からこの魔法円を脱し、襲いかかるぞ。
 魔法円を形成する、ということ。
 略して円を切る。この行為は〝結界〟を形成することに他ならない。あの世の介入を制限付きで許可し、その範囲を定義するのである。それは通常円の形に沿い、円柱状に形成される。
 その円柱から魔性の者は出られない、のであるが。
 結界を維持するのは円を切った当人の精神力である。
 と、理絵子は理解した。魔術はお門違いであって詳細までは知らない。但し今、高千穂登与の精神力は萎縮する一方。
 選択肢はないのであった。
 匙を投げるの言葉のままに投擲されたロザリオを、理絵子は手を出しその軌道を遮り、手中とした。

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【16】

「温暖化って南方系のクモには有利になると思ったけどそうじゃないんだな」
〈むしろ逆だな。さぁ、狭くて暗いが中へ〉
 私たちは製糸工房アミシノの中へ入って行きます。中には糸で作られた通路が入り組み迷路のよう。所々に袋小路のような部分があって、種類も大きさも様々なクモがいて糸を尾部から繰り出しています。それをボール状にしてそばに置いておくと、徘徊性(はいかいせい:巣を作らず歩き回るタイプのクモ)のクモが持って行く、そんなシステム。
 かなり奥まで進むと、広場のような場所。
「コバルトブルーのでけぇヤツだ」
 ゆたか君がまず言い、それから私も気がつきました。
 青いクモです。しかも金属光沢を帯びていて、そんな形に作ったロボットのよう。
 コバルトブルー・タランチュラ。但し自家用車のサイズ。人間さんの世界に住んでいるのは、もちろんせいぜい手のひらサイズですよ。
〈族長殿〉
〈人間の子どもではないか。よりにもよって〉
 ギガノトアラクネの声に対し、コバルトブルーはトゲのある、苛立ったような意志の声を返しました。
〈悲しみの風吹く谷の件で、協力をいただける、勇気ある……〉
 ギガノトアラクネは言いかけ、何かに気付いたように立ち止まりました。
〈また、仲間が意味もなく命奪われた〉
 コバルトブルーは溜息付くように言い、地面を脚でドンドンと叩きました。
 周辺からせわしく走ってくる足音が聞こえ、多くのクモが集まります。種類は様々、クサグモ系、ハシリグモ系、アシダカグモ、そしてタランチュラ……ツチグモ系。
 ただ、どれもとにかく大きな身体。
〈来た〉
 ギガノトアラクネが呟いて〝屋根〟の上を仰ぎ見、程なく、屋根の上にドサドサ、バサバサと何かが落ちてきました。
 屋根網越しに見るそれは種類様々なクモの身体。
 〝その辺にいるクモ〟から〝ペットとして飼われる大型種〟まで。しかも相当な数。
 ただ、動かない。トランポリンの上に放り出されたオモチャのように、数回バウンドして、止まると、それっきり。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(84)

 魔法円の中に炎が立つ。
 外周に沿った円形の炎である。無数の蝋燭の炎が繋がったように、ゆらゆらと赤く揺らめく。
 炎が囲う円の中心に何か生じる。
 いや、まだ生じたわけではない。正確には生じる気配、予兆。
 それら感覚が強まるに合わせ、置いてあった頭骨模型が動きだし、円の中心へと床面を移動して行く。それが中心まで達した時、事象が具体化する、と、理絵子は理解する。
 今度こそ生じる。第一印象は毛布。人が毛布を頭から被っている姿に似た、もやもやとした、何か。床の下から〝生えて〟くるように立ち上がり、すーっと所定の高さまで伸びて行く。
 それが白く色を帯びる。実体化である。炎の色を映して赤くなる。しかし、向こうが透けるほどの状態は保持し、揺らめき漂う。この世とあの世の中間的存在を表す。
 毛布をかぶった〝人〟。
「霊魂」
 理絵子は呟いた。人の体をなしていない。無論生きている人ではない。
 天使などではもちろん無い。
 ただ、〝人格〟はある。
 そこまで読み取ったら件の髑髏が〝顔〟の部分にスッと座した。その唐突さは念動と言うより瞬間移動、テレポーテーションの様相。
 毛布纏った髑髏。
 その眼窩、すなわち眼球が収まる穴の内奥が、赤く炎を照り返す。
 それはグロテスクな死の現実化そのものであり、高千穂登与から恐怖の絶叫を引き出した。
 対し理絵子はその燃える眼窩を正面から見返す。彼女は良く似た存在と過去に対峙したことがある。
 そいつは自らを死神と称した。目の前のこれは同じか、異か、
 或いは同族の別種か。それとも、死神と名乗る者は複数存在するのか。
 判らぬ。ただ、自分に死を与えるため魔が寄越した存在、であるなら辻褄は合う。以下この存在をとりあえず霊魂と記述する。霊魂は様子見であろうか、理絵子にまず意志を伝えて寄越した。むろん意志と意志との直接接触、テレパシーそのものであるが、相手は意志のみの存在であり、テレパシーと書くのが適切かどうか定かではない。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(83)

「嫌だ!お前のせいだ!お前がここに連れ込んだから悪魔が動いたんだ」
 高千穂登与は理絵子から、そして魔法円から目を背け、顔をドアパネルに押しつけた。
 怯懦そのもの。しかし、それは何の解決にもならず、何も導かない。
 怖がっても、逃げても、来る者は来る。
「言うなっ!」
 高千穂登与は声を上げ、両手で耳を塞ぎ、座り込む。
 しかし、ここは最早、彼らのルールが適用される世界。
「人に呪いを掛けておいて。弾いたら私のせい……ムチャクチャ言ってることくらい自覚してるでしょ?」
「だって……だって……」
 まるで幼児の反応である。退行現象を起こしていると理絵子は判じた。もうボロボロである。心に施したガードが外れ、今理絵子には彼女の全部が見える。記憶も気持ちも文字通り全て。
 恐怖の極限。それは相手の魔物にとってしてやったりの結果。もっと言えば〝狂〟まで追い込めば不戦勝。
 でも、私は違う。
 理絵子はその意志持て魔法円に身を返す。密教の流儀に倣った理絵子にとって、魔法は基本的にお門違いである。ただ、善悪両方の使い方があって、とりわけ〝呪う〟行為は何かを対価に悪魔に力を借りることだ、という程度の認識はある。
 そしてこの彼女の場合、その心を見るに、何と〝自分自身全て〟を対価にして、自分に術を投じたらしい。
 自分には〝天使の力〟がある。だから実際悪魔が現れても何とかなる……それが彼女の認識。つまり軽い気持ちでの試み。だが、実際は〝天使の力〟の正体はその悪魔の小手先そのもの。
 無論、それは魔の方の掌握範疇。
 だから、今、出てこようとしている。
 頼まれた仕事を、キッチリやろうとしている。高千穂登与が一気に恐怖の極限へ達した理由はそれ。この魔法円から〝魔〟が出現し、黒野理絵子をどうにかし、そして高千穂登与を対価として〝あっちの世界〟へ奪い去って行く。
 一般にオカルト好きの〝軽い気持ち〟に、〝本物〟は出てこないことが多いが。
 今回ばかりは、どうやら違うようだ。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(82)

「いや……私にはできない。もう力がない」
「私は犬畜生憑きであんた天使じゃないのかい?」
 高千穂登与は嫌がり、腕を振り切り、逃げようとした。理絵子は彼女をいっそう上回る力で捉え、引き寄せ、理科準備室へ引っ張り込んだ。
 すると即座に反応があった。準備室のドアが爆発的勢いと音を持って閉じられた。
 念動、ポルターガイスト……どっちも違うが、どっちも正しい。
 あからさまな超常現象に高千穂登与は悲鳴を上げた。
 理絵子は気付く。……この事態は彼女の予想外。
 強い示唆と危険のシグナル。まず状況を把握せよ。
 高千穂登与は怒鳴り散らす。
「いやだと言ったんだ!だからいやだと言ったじゃないか。殺される。悪魔が取り立てに来る……」
 高千穂登与は閉まったドアに貼り付き、開けようとした。
 しかし開かない。廊下側からも激しくノックし、開けようとしているようだが、微動だにしない。
 保健室のように人力で破れるレベルでは最早ない。確認するまでもなく暗幕カーテンも固定されており、陽光を呼び込むことも出来ない。
 一つ判る。ここは自分たち……いや違う。
 自分。黒野理絵子が入った瞬間に閉ざされるように用意された檻。
 超常の罠。級友に容易に見つけさせ……ええ引っかかりましたよ。理絵子は認識し、下手をしたら級友らが虜にされたかも知れぬと判ってゾクッとした。
 示唆が降り、その生じた戦慄を抑える。
 曰く恐怖するな。
 理絵子は先達の言葉を思い、歯を食い縛った。それは何度も言われたこと。恐怖と萎縮こそは魔の者達がまず使う作戦。すなわち、立ち向かう気力を萎えさせようとする。
 ハッタリ。高千穂登与を見よ。然り。
 その手には乗らないよ。理絵子は薄笑みを浮かべる。こうなったらジタバタしても仕方がないであろう。
 魔法円から目を逸らし、魔界の出入り口に一旦背を向け、高千穂登与を見る。
「高千穂さん、逃げるな。全部あんたのしたことだ」

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ブリリアント・ハート【16】

「やめ…」
「こらっ!」
 レムリアの声を、胴太い男の声が上回った。
 さっきの男性教諭である。少年は慌てて動作を止め、逆を向こうと身体をひねった。
 と同時に、レムリアの指先が少年の方を向いていた。
 ズボンのベルトが切れてしまう。
 更にずりさがったズボンを自ら踏みつけ、
 アニメキャラクターのイラストが入った、ブリーフの尻が丸出し。
 ずっこける。小学生達の笑い声が少年の背中に降りかかる。
 少年は戦意喪失し、ズボンを両手で支えながら、一目散に逃走した。
 ゲーム機は男の子の手に戻った。
「ありがとう」
 男の子はぺこっと頭を下げ、小走りに公園へ戻った。
「みんなありがとね。いいパス回しだった」
 レムリアは言った。
 これに洞察の表情を見せたのが当のバスケチーム。
 何か掴んだのだとレムリアは知った。チームのメンバーが互いの顔を見合わせる。
「ちょっとやってく?」
「うん。今のイイ感じ、イイ感じだったよね」
「やってみよう。お姉さんありがとう」
 主将だろうか、体格のがっちりした少年が言い、校門の中へと走って行く。
 通り過ぎるバスケチームを見送る男性教諭。
「何かよく判らんが解決を見たのかな?」
「ええ。丸く収まりました」
 レムリアは言った。
「ならいいか。はい、これ」
 教諭はメモ書きをレムリアに渡した。
 あすか…ちゃん。確かにここの子だ。
「メガネをかけた真面目そうな…」
「そうそう」
 男性教諭は頷いた。やはり正しい。
「どうもお手数をおかけしました」
 レムリアは頭を下げる。
「いやいや。そんな頭を下げられるような…しかし何か不思議だな。本物のお姫様とこうしてお話しできるとは」
 男性教諭はちょっと照れた風。
「中身はただのガキんちょですよ。大げさすぎです」
 レムリアは言った。
「そうかね?でも慈善活動で世界を回ってらっしゃる。立派なガキんちょさんだ」
 男性教諭はちょっと笑った。そして何か思いついた風に。
「これって秘密…なんだよね」
 耳打ち。
「今しばらくは」
 レムリアは言った。ご内密にして頂けると有り難い。
「承知した。いや実はあなた結構有名なんだよ。博覧会人気もあって一気に人気も知名度も…。おっと引き留めて申し訳なかった。行ってあげて下さい。彼女、きっととても喜ぶ」
「判りました。では、失礼します」
 レムリアは頭を下げ、辞した。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(81)

「あなたは霊媒体質ではあるのでしょう。でも御せない。連中は依り代として使えると思ってこれ幸いとあなたに近づき、あなたを調子づかせた。結果、あなたが負けたと自覚した瞬間、使えないってさっさと逃げた。それにそもそも、あなた超常感覚に対するガードは堅くしたようだけど、まさか普通に足と目で探すとは思わなかったかな?頭隠して尻隠さずってね。そういやさっきも、みんなが外で待機するまで読めなかったみたいだし。ところで今、私の意識が読めますか?」
 理絵子は知見を全部喋った。
「お前一体……」
 目を剥くその姿は、理絵子に対する認識が〝己れを上回る〟であることを示した。
「思ってる通りだよ。いいから来な。無制御のあの世への出入り口そのままにしておくつもりかい。それがどれだけ危険か位承知してるでしょう。しかも……あの音楽室の隣に。言っておくけど幽霊の彼女が作った場の歪み自体はまだ残ってるんだからね。それ利用したいからそこに円切ったんだろうけどさ。だから四十九日ってのがあるんだよ」
 理絵子は顎をしゃくった。

22

(このパートは、深夜孤独な環境で読むことを推奨しない)

 第2理科室の準備室。
 備品の日焼けを防止するためだったのだろう、暗幕カーテンが引かれたままで、昼であっても暗渠の中。
 廊下側の引き戸を開き、差し込んだ光に照らされたその部屋の有様は〝悪趣味〟の極北と言えた。
 床面には赤黒く凝固した血液で魔法円が描かれ、際し生け贄にされたのだろう、黒い鶏が首を切られ、遺骸と血液が腐敗臭を放っている。
 円の中にはその鶏の頭部と、骨格模型か、はたまたデッサン用市販品か、人間の頭蓋骨。
 部屋の隅には何枚ものコピー紙が乱雑に積み上がる。黒板落書きと同様、パソコンで魔法円の図面を印刷し、切り抜き、血を塗って描いたのだ。
「行って閉じなさい」
 理絵子は腕引っ張って連れて来た高千穂登与に入るよう促した。
「いや……」
「あんたが開いて固定したんでしょう。開いた本人が閉じないで誰が閉じるのさ。カギはあんたの心の中だ。私にはどうにも出来ない」

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彼女は彼女を天使と呼んだ(80)

「理絵ちゃんのやることじゃないなと思った。で、今朝ガッコ来て、糸山に訊かれて、これヤバいなって。……いたよ。そういやこいつ。あん時。『そのりぼん、理絵ちゃんに返しておくね』って持ってった」
 健太君は倒置で言い、失神状態の北村由佳を顎で示した。
「こいつなんて言わないで」
 理絵子は言い、北村由佳の手にあったりぼんを抜き取った。
「〝こころ〟読んだんだよね。同じ。一生懸命さ故の彼女の勘違いだよ」
「え?それって……」
 こういう悟ってな言い回しに男子諸君は鈍感だと聞く。
 でも、今はそれでいい。
 そして北村由佳が自分に期待したことは要するにこういうことだろう。
 だったら、これで果たした。
 今はそれよりも優先してやることがある。恋に恋する乙女より、開けっ放しの秘密の裏口。
「高千穂登与」
 理絵子は呼んだ。
「天使さん起きなさい。全てはあんたの蒔いた種。後片付けしに行くよ。言ってること判るよね」
 理絵子は今度は自分のりぼんで髪を結わえた。
「力がなくなった……」
 弱々しい声がもう一つのベッドから上がった。
 まるで老いさらばえた老婆。
「逃げたからね。全部。ただ、まだこの辺をウロウロしてる。あんたが召還したんだから、責任取ってあんたが返しな。私はカバラはお門違いでね」
 理絵子はロザリオを高千穂登与へ投げ返した。健太君がここへ戻って来たということは、儀式の場所が判ったと言うことだ。
「魔法円はどこに?」
「第2理科室の準備室。なんだあれ。気持ち悪い」
 健太君の吐き捨てるような言葉は、魔法円の背景事情が彼の耳に入った時、北村由佳の想いは成就しないことを示した。
「なんで……」
 高千穂登与が驚愕を口にする。なぜ儀式の場所が判ったのか?
「あなたの力は、あなた自身の物ではなかった。有象無象が、あなたの物と思わせるように、仕向けただけ。そして、あなたは、あなた自身の物と思いこんだ」
「そんな!」

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彼女は彼女を天使と呼んだ(79)

 ……後先考えないのが無差別殺人。そんな父親の言葉を思い出す。
 あの手の事件がコンプレックスに基づくものであるなら、北村由佳のコンプレックスは、対比の対象は、まさしく自分。
 自惚れではない。そういう視点が彼女の裡にあったに相違ない。『理科凄かったね。訊きたいんだけどさ』『数学のこの答え、先生の解説じゃどうしても判らなくてさ』……単純に訊いてくれればいいのに、それこそアイロニー的に何か一言付け加えるのだ。
 その真意。ニコニコしながら心の底ではお前気に食わない。
 でも自分に利するならまぁいいか。
 ひょっとして、クラス全員が果たして自分の味方と言い切れるか?
 刹那。
 眼前に飛び込んできた北村由佳の脇腹に、人体がどーんとぶつかってくる。
 彼である。健太君がサッカーのディフェンス〝故意のファール〟の流儀で身体をぶつけてきたのである。
 学ランとセーラー服が保健室ベッドの上でヘビと竜の如く絡み合い、そのままベッドの向こうへ落ちる。
 ハサミが北村由佳の手を離れ、床の上を転がっていったのは音で判った。
 それは、ハサミが己れの身に刺さるリスクを承知で彼が飛び込んできたことを意味した。
 果たして、少女を抱いて立ち上がった制服の男があった。
 こめかみから血を一筋。やはり怪我をしたようだ。荒い息をし、肩を上下。
「大丈夫?」
 理絵子は訊いた。
 即座に養護教諭が入って来たので、彼女と彼の傷は任せる。北村由佳はもう良いだろう。
 感情は爆発させたからだ。後は目の前の事実を彼女が受け入れるだけの話。
 彼が彼女をベッドに横たえる。スカートの裾をきちんと揃えて。
「昨日……変な電話がかかってきたんだ。一言、『見たよ』って切れた」
 養護教諭が彼をベッドの上に座らせる。壁の突き刺さった用具を引き抜き、オキシフルとガーゼで傷の手当て。
「理絵ちゃんにコクった後……」
 彼は理絵子に告白した後の昨夜の出来事を話した。徹夜で〝こころ〟を読みにかかった。そこで友達からメールが来て裏掲示板の情報を知ったという。

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気づきもしないで【7】

 待ち時間は15分程か。
 やがて日暮れな時間であって、さりとて夕方帰宅ラッシュには早すぎて。今から山奥へ向かう列車に乗ろうという客は皆無。
 成瀬は〝うわさ〟の流布状況について訊いてきた。
「オレが知ってるのは遅らせた疑惑だけ。他の連中はもっと知ってるかも知れねーけどな。でも、オレにはそんなことどうでもイイし、関係ねーし気にしねーし」
「彼女と喋ったことは?」
「始業式の挨拶で声聞いたっきり。廊下ですれ違ってるかも知れねーけど、顔覚えてないから判らねー」
「男の子の無頓着って都合いい時はホント都合いいよね。ますます結構」
「なんだそりゃ」
「女の秘密」
 到着した列車は1輛。学校と交流のある高齢者施設の職員の方が降りて、代わりにオレ達が乗ると、車内はオレ達だけ。
 整理券を取って、ボックスシートに適当に陣取る。ちなみに冷房なんて贅沢装備とは縁のないローカル線なので、とりあえず窓全開。
 エンジン全開1輛編成発車。
「でも何でコソコソやってるわけ?」
 座るなり、成瀬はいきなり訊いてきた。こういう唐突と言うか、思いつきというか、
 女の子の言動だなぁ。
「花なんかいじってるの見られたら何て言われるか」
「いーじゃん何で?」
「男が花だぞ」
「華道やってる男性いるよ?」
「お前、この学校だぜ?」
「じゃぁあんたが『花男』見たら何て言うわけ?あー花なんかやってるひゅーひゅーって?」
「違う。こう、なんつーかな。男ってポリシーがあるだろ?花は男のポリシーじゃねーんだよ。ナヨっぽい。女々しい」
「それワケわかんない。植物学者とか、樹木医とか。虫捕まえようと思ったら植物の知識必要だと思うけど」
「虫取りはお子様の遊び」
「お子様がよく言うよ。じゃぁ男の子は覚えた知識捨てるわけ?ポリシーが違うからって」
 何だろうこの言葉の暴力!
「お前さぁ」
「何?」
「お前が幼なじみじゃなきゃ、うるせぇバカヤロー状態だぜ」
「言えばいいじゃん。うるせーバカヤローって。幼なじみに遠慮は要らないと思うけど」
「オレいじめて楽しい?」
「楽しい」
 しかし良く喋るオンナだねお前。
 短いトンネルの間だけ成瀬はお喋りを止め、トンネルを出たら駅へ着いた。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(78)

「この場は私にお任せ頂きたく」
 理絵子は教員陣に言った。まぁ最も、この状態で手の出し方を知っている教員がいるとも思えないが。
 自分についての噂が彼らの中で確信に変わると知る。だが、故に自分に任せようという意識が生じていることも知る。
 能力を隠しておくべき期間は去ったのだ。それがどんな変化を意味するかは判らない。
 ただ、今はみんなを守るのみ。
 理絵子はハサミを持った級友と向かい合った。
「やっぱりデキてるじゃないか!」
 級友は糾弾した。その目から、後から後から溢れ出す涙。
 薄紅に染まった涙。血の涙。
「嘘つき……上っ面だけの言葉を並べ立ててみんなを惑わす。先生達に気に入られようとしやがって汚い女。それがお前の正体だよ!」
「ありがとう」
 次第にボリュームの上がる級友に理絵子はそう応じた。
 無論、出鼻をくじいた。
「なに……」
「私に面と向かって悪口言った人いないから。これでいいのかなってずっと疑問だった」
 級友の眉根が吊り上がる。
「その物言いが気に入らねんだよっ!優等生ですって顔しやがって!」
 高千穂と同じだ、と理絵子は知る。すなわちそれが彼女の隠していた本音。だったら。
 理絵子はスッと息を吸う。
「カマトトぶって近づいて、友達ヅラして利用しようと企むよりナンボかマシだろが違うかっ!」
 言葉のナイフを突き刺した。それが理絵子の印象。
「霊能使って何とかしてもらおうなんて、調子いいのはどっちだよ」
 付け加える。すると級友は一転泣き出す。
「黒野さんひどい……」
 強い示唆。同情するな。
「悲劇のヒロインって顔はもううんざりだよ」
 瞬間、
「……!」
 ぎゃぁ、とも、わぁ、とも付かぬ、狂気を孕んだ悲鳴が、北村由佳の口から発せられた。
 その口はまるで、サメか火山の噴火口のようである。赤く、大きく、思わず見つめてしまうほどに開かれる。
 叫びと共に、少女は、ハサミを腰元に携え、ラグビーのタックルよろしく身体ごと理絵子にぶつかってきた。

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【15】

 クサグモの巣に似た、と書けば判る方もあるかも知れません。ツツジなどを糸のベールで覆ってしまい、良く見ると隅っこにクモがいる。息をフッと吹きかけるとサッと逃げる。あれがクサグモです。
「わぁ、巣なんだあれ」
 ギガノトアラクネの背中から、ゆたか君が言いました。もやの正体はびっしりと敷き詰められた糸です。糸の下はクモたちが糸を紡ぐ工房。
 アミシノ。糸は覆う屋根、兼。
 近づくに従い、屋根糸の上をクモたちが行き来する様が見えてきます。このギガノトアラクネ程ではありませんが、ゆたか君並のサイズはある大型のクモたちです。
〈エウリディケさんもここは初めてでしたな〉
 〝屋根〟のそばまで来て、ギガノトアラクネは一旦止まりました。そのまま中に入ると、上に乗っているゆたか君が屋根網に引っかかってしまう。
〈降りてもらえるか?〉
 ゆたか君が歩脚を降りている最中、工房の中から〝ざわざわ〟とばかりに無数の小さなクモたちが出てきて、ぴょんぴょんと糸引きながら跳ね、ギガノトアラクネに飛びついて行きます。
〈わあいお帰りなさい〉
〈あそぼあそぼ、ねぇあそぼグランパ〉
「子グモ……」
〈ああ、地上で生まれることが出来なかった、な。君がさっき言った通りさ〉
「え……」
〈あ、にんげんだ〉
〈わぁほんとうだ。グランパ、なぜこんなのつれてきたんだよぉ〉
〈この子は違う。族長様のお客様だ。遊ぶのはその後だ子ども達〉
〈ちぇ〉
〈つまんなーい〉
〈でもしかたないか。やい、にんげん。ここでみょうなことしたら、おれたちがゆるさないぞ〉
「しねーよ」
 ゆたか君は答え、
「オレが言った通り?」
 と、子ども達に遮られた言葉の続きをギガノトアラクネに尋ねました。
〈君はさっき言ったね。突然動けなくなると。この子達はその結果生まれる機会を失い、ここに送られたのさ。今、地上ではいつまでも夏が続き、突然、冬に変わる。産卵のタイミングを失ってしまう。君はどうやらそのことに気付いているらしい。だから私もエウリディケさんも感銘を受けたのだよ〉

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(77)

 その術の具体的中身。このロザリオ。
 十字架の中心に刻まれた魔法円。
 近いどこかに現物が存在し、術式を履行したのだ。だがその場所は不明確。
 術式サトゥルヌス・セスト。ソロモン王の系統。その秘匿性の故に超常感覚に対するガードは強い。
 だったらば。
「みんなに頼みがある!」
 理絵子は般若の娘と対峙したまま、後ろを見ず声を発した。
「お、おう!」
 声で答えたのは健太君。いるのは他に糸山以下クラスの男子数名、桜井優子に田島綾。
 私の仲間達。
「この校舎……この4階のどこかに、オカルトな儀式の場がある。そこにこの……」
 理絵子はロザリオを見せようと一瞬後ろを向いた。
「理絵ちゃん危ない!」
 健太君が叫ぶ。彼のいわゆる動体視力は、運動系キャプテン相応に群を抜いており、そして、攻撃を察知する能力は、野性的なレベルにまで高められていると判断出来るだろう。
 彼の意図するところを、理絵子は言葉より先にイメージで感知した。
 突き出されたハサミに理絵子は手のひらのロザリオ十字架で応じた。
 ハサミの先端が十字架の中心に突き当たる。金属同士の衝突音が鋭く耳をえぐり、ハサミは十字架に軌道を変えられ、辛うじて理絵子の顔を逸れて通過し、ポニーテールを結んでいたスカーフを切った。
 理絵子の髪が花開くように広がり、幾らかの切れた毛髪がさぁっと驟雨のように舞い、はじき飛ばされたロザリオが床面を滑り健太君らの元へ。
「綾!」
 彼女がそれを手にしたことは見ずとも判った。
「あいよ!」
「お願い!この階のどこかにそれと同じ模様の魔法円がセットされている。探して場所を教えて!」
「判った!で?これは?」
「あなた達が持つには危険すぎる」
 理絵子が手のひらを向けると、ロザリオは綾から糸山の手に渡った。
 糸山は野球のアンダースローでコントロール良くロザリオを投げて返した。
 理絵子の手のひらにロザリオが戻る。
「信心深くない奴ら手を貸して……」
 友人達が声をかけ合い走り出す。
 残ったのは、自分達の対峙を見ている教員二人。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(76)

21

 彼が理絵子を名前を呼ぶこと。
 それは、彼女にとって、具象化した悪夢そのものであった。
 身を起こしていた高千穂登与が、……それこそ霊的なマリオネットであったのだが……元の通りに仰臥に戻り。
 対し傍らの北村由佳が、突如身を翻してベッドに立ち上がり、壁に突き刺さった有象無象からハサミを手にし、理絵子に向ける。
 移った。理絵子は知った。
 感情の爆発である。但し多分に霊的な。
 理絵子は椅子から立って身構え、次いで首を傾げる。おかしいのだ。事態が形而上的に形而上的に少しずつ引きずられている気がする。そっちの世界が顕在化しやすくなっている。
 よく考えたら教諭自ら〝お祓いしてもらって〟と言うのもおかしいのである。ちなみに理絵子自身は教諭を祓っていない。つまり、方便。
 あまりに的確で効果的な。
「嘘つき」
 吐き捨てるように北村由佳は言った。
 それは自信なさそうな細い娘ではなく、恋に身を焦がす少女ではなく。
 憎悪むき出しの般若。
 その言葉は理絵子の説明など信じていないことを示した。
 嫉妬の塊。
 消え入りそうな細い娘の変貌。それは廊下の数名教員達の虚を突き、手足を凝固させた。
「北村さ……」
「うるさい!」
 北村由佳は手近の壁から刺さり物を抜き、教員へ投げつけた。
 もちろん彼女本来の力のなすものではない。高千穂登与の走狗たちがこちらへ移ったのだ。そしてむしろ彼らが北村由佳を動かしている。憑依と呼ばれる状態である。
 ただ、霊媒たる高千穂登与は失神状態。北村由佳はオカルト世界を信じているとは言えるが、能力者ではない。
 それは、彼女を通じずとも、そういう連中が〝あの世〟から出入り出来る〝穴〟がどこかにあることを示唆した。
 〝そっちの世界が顕在化しやすくなっている〟
 この状態で超感覚を遠慮する必要はあるまい。答えはすぐにもたらされた。
 マジックサークル……魔法円のイメージ。
 合点が行く。高千穂登与は自分に何か術を掛けようとして破れた。ケンカに負けた。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(75)

 対し、使い魔どもからは驚愕と忌避が返った。逃亡の意識を感じた。理絵子と〝目〟の合った使い魔は、次々試合放棄に近いような状態で担当物を中途半端に投擲し、この世ならざる世界に去って行く。言葉にするなら『バレちまっては仕方がない』。
 結果、物理的には以下のようになった。中空に渦巻いた有象無象は一旦動きを止めると、唐突に弾丸のように連続発射され、次々シュッシュッと空気切り裂いて投げつけられた。
 それらのあるものは壁に当たって割れ砕け、あるものは壁に突き刺さり、あるものは壁に弾かれて回転しながら宙へ返され、或いは床に叩きつけられた。
 機銃掃射を食らったように、壁面の右から左へ向かい、有象無象がダダダダッと音を立てて衝撃して行く。
 但し、理絵子達には掠りもしない。
 一連の衝撃音が収まったところで、理絵子の腕の中から北村由佳が顔を上げた。
 彼女が見たのは、高千穂登与の頭の上に浮かぶノートパソコン。
 北村由佳は声を上げた。
 パソコンを支える力が失われた。
 理絵子はとっさに北村由佳のベッドから枕を掴んで投げつけた。
 高千穂登与の頭の上でパソコンと枕が衝突し、双方ベッドの向こうへ落ちる。
 パソコンが落下し、がしゃんと音を立てて破損し、部品が散らばり、転がる。
 同時に、大きな音と共に保健室ドアがくの字に曲がって破壊された。
 ドアもろとも倒れ込んで来たのは、メタボ教諭氏と学ランの男子生徒。
 健太君。
「理絵ちゃん、大丈夫かっ!」
 切れた。理絵子の超感覚はそう言って寄越した。
 怨嗟の炎。

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ブリリアント・ハート【15】

「構いません。ご迷惑にはなりませんから。で、その、敬語も、私単なるガキなのでお控え頂きたく」
「…判りました」
 男性教諭は小走りに校舎内へ戻って行った。
 高坂運転手がタクシーのドアを開く。
「姫、暑いので車内へ」
「いえ、待ちます。先生に走って頂いて申し訳ないので」
 校舎の日陰で立つ。蝉時雨。子ども達の声。住宅地の中であり、クルマは通らない。交差点を挟んで斜向かいは公園。小さい子達が木陰で携帯ゲーム。
 と、程なくして、体操服の一団が交差点を曲がり歩いてくる。沈鬱な表情に背負った荷物が重そうだ。バスケ部の男女であり、試合があって双方とも負けたのだと特殊感覚で知る。
 しかも負けが込んでいるようだ。勝利への義務感が身体を硬くし、動きをぎこちなくしている。
 その時。
「うわーん!」
 幼い子の火の点いたような泣き声。
 声の出所は公園である。見ると、泣き叫び走る子どもの姿があり、その視線の先には中学生くらいだろうか、少年の姿。
 その手にゲーム。奪ったのだ。
 こっちへ走ってくる。バスケチームが立ち止まり、事態を見、こわばった表情。
 遠慮は要らない。
「(卑劣なる者に報いよ)」
 指先を向ける。少年が歩道の段差に蹴躓く。
 ゲーム機が少年の手を離れて宙へ。
「取って!」
 レムリアは叫んだ。
 バスケチームの一人がハッとした表情を見せ、ジャンプ。
 ゲーム機キャッチ。
 転んだ少年が起きあがる。
「渡さないで!」
「はい!」
 彼らは背中の荷物を下ろす。
 男女混成チームで“パス”を回す。バスケチームである。身体が勝手に動き、少年の手にゲーム機が渡ることはない。
 とはいえこのまま容易に引き下がるとも思えない。レムリアは現場へと駆け出す。
 少年は“パス”を受けた女の子に飛びかかろうとした。
 体格差にモノを言わせて暴力に訴える…レムリアはゾッとした。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(74)

 それらが吸い出されるように所定の位置から浮かび上がり集まり、ゆっくりと渦を巻くように動く。
 超常現象である。念動力と言ってしまえば手っ取り早いが、彼女本人に備わった力の所作ではない。
 渦を巻くそれらが止まる。〝念力ではない〟という理絵子の看破に反応したように。
 ……動く。
 超感覚の囁きに、理絵子は北村由佳を抱きしめた。
 中空の有象無象が一斉に理絵子達めがけて投げつけられる。それは見えざる手が無数中空にあり、命令に応じて一斉に理絵子達にぶつけられた。そんな感じか。
 その形容はあながち間違いではないようである。漂う一つ一つに担当が割り当てられ、投擲行為に及ぶ。まるでサルの群れが悪戯で石を投げて寄越すように。
 そのサルこそは走狗としている個々の霊体である。様態としては前述の〝午前2時の訪問者〟達と同様である。ただ、慰謝を求めてやって来る彼らと違い、攻撃的であり多分に質が悪い。
 質が悪い悪戯サルだ。そう見破ったよ。理絵子はその旨意志持ってサルどもに目を向ける。一つ一つの霊的生命体に、目を向け、意志を開示する。
 使い魔。その言葉がしっくり来る。
 包囲感、及び当初感じた目線の正体を今知る。高千穂登与は自分を〝知ろう〟と意識した。すなわち、本人の認識としては〝霊感を働かせた〟のだ。これに呼応して彼らが自分の周りに馳せ参じ、じろじろ見つめて報告した。高千穂登与はそれを霊感によって得たと解した。
 彼女の発揮する〝霊能〟の全ては、こいつらの入れ知恵であり悪戯である。彼女は確かに霊媒体質だが、自ら超能力を擁し御する精神力までは有していない。こいつらはそこにつけ込み、彼女を最終的にどうにかしようという底意を持つ。ただその底意の正体までは判らぬ。知ろうとするのは危険という認識がある。
 ちなみに、この手の霊的生命を〝守護霊〟〝守護天使〟と思いこんでいる手合いは時折見知る。
 以上、理絵子の認知の全て。時間にして一秒もない。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(73)

 そこで理絵子は一つ得心がいった。誰も彼も己れ自身に自信がないのだ。要するに。
 だから、芯が細い。傷つきやすい。
 傷付きやすいから傷付きたくない。だから些細なことに敏感になり、勝ち組と思われる方に与したがる。
 メールでネットで様子を探りの。猫をかぶりの、キャラを演じの。
 妥協点を探りの。
 息が詰まる。
「黒野さんが、私から彼を奪おうとして嘘をついた、って。だからあなたのことを何とかするって。だから私……ごめんなさい。疑って」
 北村由佳は、言い、涙を浮かべた。
「それが彼女の嘘」
 理絵子が言った。その時。
 スイッチ入ったように高千穂登与が目を開き、バネ仕掛けのように上半身を起こす。
「あ、登与さんあのね」
 北村由佳が半身をひねって言いかけ、〝異変〟に気付いた。
 高千穂登与はまばたきすらしない。
 どころか、その目は昼日中だというのに黒々と瞳孔を開き、どこに焦点が合っているかすら定かではない。
 超感覚が警告、〝入った〟。
「彼女を見ないで」
 理絵子は言った。
「下を向いて。声を出さないで。何があっても。あなたが狙われる」

20

 高千穂登与は要するに霊媒体質なのだと理絵子はまず判断した。
 だから形而上的な質・グレードはさておき、種々の霊体と交感し、彼らから情報を得、場合により走狗として周辺操作をも試みるのである。その結果……自分は何でも判るし何でも出来る。そう持ち上げられ仕向けられ、そう思いこんだ。
 そして今、彼女の霊媒能力は、自分に対する元よりの憎悪に、自分の一言〝嘘〟によって火が付き、憎悪に呼応する〝何か〟をこの場に呼び込んだようである。
 充満し、意志が加わり、動き出す。養護教諭の机の引き出しが勝手に開き、治療用具や薬品の入った棚のガラス戸が勝手に開き。
 中の物がすうっと浮いて宙を漂い始める。その中にはガラスの容器、机の中のカッターナイフ、ハサミやピンセットといった類の鋭利物も含まれる。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(72)

 それに、彼女が泣くような結果ではないのだし。
 対し北村由佳は、まずは顔をうつむかせた。その膝の上で拳がギュッと握られ、相当力が入ったか、手の甲から血の気が引いて真っ白になる。
 彼女の破裂しそうな心臓の音が聞こえて来そう。
「でも私にその気はないから」
 理絵子は声のトーンを変えず、再度端的に述べた。
「え……」
 北村由佳はうつむいていた顔を上げ、目を丸くして寄越した。
 彼を袖にするとは思っていなかったようである。
 自分にとって至上の存在。だから恐らく他者にも同様の……良くある思い込み。類例は軽いところで音楽ジャンルなど他にも多数。
「タイプ違うから」
 それはたった今思い浮かんだ〝理由〟。
 彼女に対する細々した〝理由付け〟はあれこれ考えてはいた。だが、アレはねコレはね、とピックアップして言うよりも、単にこれだけの方が、逆に理解を得られる気がしたのだ。
 端的に、端的に、ならば三度端的に。
 北村由佳に僅かな笑顔。
「だから」
 理絵子は語気を強めた。
 言ってから思う。さっきもそうだが、なぜか北村由佳に対して優しい声が出せない。笑顔を見ると、反射的にそれを曇らせる語が口を突く。
 厳しく当たりすぎだと自覚があるのだが、勝手にそうなってしまう。
 その都度、おどおどする彼女を見るのは、辛いのだが。
 彼女は確かに自分を利用しようとしたのだろう。で、そうと判って怒っているのか、自分。
 利とすれば笑顔。逆であれば手のひらを返し罵る。
 確かに、それはそれでケンカに発展して一般に不思議ではない。
 ともあれ。
「高千穂さんの見立ては間違い」
 理絵子は言った。〝天使〟が、どう判断して何をアドバイスしたのか知らぬ。知りたいとも思わぬ。だが、北村由佳の誤解と彼女の物言いを聞く限り、真実は捉えていなかったと言い切れる。
 歪曲したのだと知る。そのままでは〝霊能〟で北村由佳に応えることが出来ないから。
「高千穂さんは……」
 北村由佳は弱々しい声で言った。元通りの消え入りそうな、自信のなさげな。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(71)

 聞かなくてはいけないが、聞きたくない。
 その、聞くのが怖い。
 理絵子もそれは重々承知。もちろん言ってしまえば彼女が楽になる内容。ただ、お気楽に、しかも額面通り受け取ってもらう必要があり、それには準備がいる。
 理絵子は取り敢えずはメタボ氏を手伝い、高千穂登与をベッドへ横たえた。
「後、任せて頂いていいですか?」
 理絵子は教諭二人を見て言った。
 生徒が教諭に『私に任せろ』と言うのも滑稽ではあるが、これは〝超心理学(パラサイコロジー)〟の範疇であり、教員採用試験には出て来ない。
 メタボ氏は不服そうな顔をしたが。
「花井(はない)さん。女の子同士ですから」
 養護教諭はあっさり言った。
「そ、そうですか……」
 メタボ担任花井は、仕方ないとばかりに言い、養護教諭に背中を押されて退室した。
 さて。
 理絵子はまずベッドに仰臥の高千穂登与の様子を伺う。その表情は苦悶に歪み、引き続き汗の粒を額に浮かべている。小刻みに震えているので高熱かと触れてみたら、恐ろしいほど歯を食いしばっている。
 抑圧していた感情の表出だろう。そして睡眠前の記憶の反芻と同じく、失神前の出来事が夢という名で蘇り、彼女の意識で織りなされている。
 それは悪夢に相違あるまい。干渉して抑止することは可能である。ただ、抑圧を解放するためには、止めてはならない。
 人間、間違いを認識し、受け入れることは心の傷だろう。だが、それを避けてばかりでは、恐らく心は歪む。傷付かないと傷の直し方も判らない。
 理絵子は備品棚から勝手にタオルを出し、高千穂登与の汗を拭うと、北村由佳のベッドの傍ら、養護教諭が座っていた椅子に腰を下ろした。
「北村さん」
 改まって呼ぶと、北村由佳はワンテンポあって。
「うん……」
 返事のようでもあり、拒絶的でもあり、無理にセリフの形に書けばこうなる。
「あなたが昨日見たのは、彼が私に気持ちを伝えたところ」
 ズバリ本質を端的に述べる。遠回しに言って、後は悟って下さいね、って類でもない。

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【14】

〈名前は?〉
 ギガノトアラクネは尋ねました。
「瑞穂豊(みずほゆたか)」
〈ではゆたか君。話した通り織り姫に届ける糸が届けられず困っている。君なら〝悲しみの風吹く谷〟を通れる。糸の運搬を君に頼めればと思うんだが〉
 ゆたか君は目を真ん丸。恐怖?いいえ違います。
 見込んで頼まれたことが過去にないから。
「私も一緒に連れてってくれると嬉しい」
 私は言いました。この件は初耳なので妖精の仲間で谷の状況を見た者はないはずです。それに、妖精一人で行こうとすれば、軽くできてるこの身体が吹き飛ばさてしまうでしょう。彼に任せるに近い形になりますが、住人として理由を知り、後始末を見届ける義務がある。
「要するに糸持ってその谷越えて姫様の所へ行けばいいんだな?」
〈その通り。頼まれてくれるだろうか〉
「オレのクモたちが推薦してくれたんだよな」
〈そうだ。君には優しさと勇気がある、と〉
「断ったらクモたちの期待を裏切るじゃねぇか」
 ゆたか君は歯を見せてニッと笑いました。
 その自信に満ちた表情はさっきの自暴自棄ぶりがまるで別人のようです。揺れる心。わずかな変化で両極端にこっちからこっちへ。
 感度の良すぎる振り子のように。
〈心強い。我らの族長も喜ぼうぞ。契約をしたいのでアミシノまで共に来てくれぬか?〉
 ギガノトアラクネは大きな身体を動かして傾け、歩脚を二本ピタリと揃えて彼に向けて伸ばし、スロープ状にしました。
 つまり、ここを昇って身体の上に乗ってくれ。
「すげぇ!」
 ゆたか君はひとこと言うと、早速脚を昇り始めました。
 背中(頭胸……とうきょう……部の上)に乗ったところでギガノトアラクネが糸を出して〝シートベルト〟。
 巨体が快速を飛ばして草の上を走り始めます。私は背中の翅でついて行きます。手のひらサイズのクモであるアシダカグモは、逃げ足の速いゴキブリを捕らえることで知られます。同等のすばしっこさをこの巨体で備えています。
 森と草原の境を走り、見えてきた山の中腹に、何だかもやが掛かったような一帯。

つづく

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気づきもしないで【6】

 目線を一旦外し、オレに戻す。
「だから、一緒にお見舞い」
「でも……」
「隣のクラスの男の子が花持ってお見舞いに来る。これ重要。ちゃんと彼女を見てる男の子がいてくれる。しかも隣のクラスなのに」
「ちょ、ちょっと待てよ。オレはただ単に花を」
「どうして交換しようと?誰がやってるか判らない花を変えようと?あんた小遣い少ないっていつも言ってるのに」
 ……どうもこう、幼なじみというか、母親もそうだが、〝知りすぎているオンナ〟ってのは先回りしてやりにくい。
「別に……どうでもいいだろ」
 動機の説明が面倒くさい。
「そうかなぁ。どうでもいいヒトが待合室の片隅見たりしないと思うけどね。知ってるよ、毎朝見てたの」
 何で知ってるんだか。ああやりにくい。
「だからって男の子が花買うなんて相当なコトだと思うんだけど?ワタシは」
「そこだけ生きてるからだよ。この駅で」
 オレはとうとう言ってしまった。
「え……」
 意外にも?成瀬は目を円くして凝固した。知りすぎてる割には予想外だったようだ。
「駅員いなくなった。ベンチも便所も無くなった。朝電気が消えて、夜電気が付くだけ。それでこの花まで無くなったら本当にただの出入り口じゃん。それが嫌なだけ」
 オレはクモの巣張り放題、そのクモの巣すらも朽ち果てたようにホコリの付いた天井を見上げた。薄い青緑に塗られた梁と板。ぶら下がる蛍光灯は傘がサビだらけ。
「いいとこあんじゃん」
 成瀬はそう言った。そして、
「だったら、アンタのその心意気で、マジで付き合ってくれると嬉しいんだけど。クラス代表お義理のお見舞いって思わせたら彼女可哀想だし」
 真っ直ぐに見つめてくる。オレを気圧する方法を知っているから困る。どこで聞いたか忘れたが、女の子の視線はビームとはよく言ったもんだ。
「しょうがねぇな。でもオレ今80円しか持ってないぞ」
「しょうがねぇな。イイよワタシが貸してやっから」
「付き合ってやる駄賃に奢りじゃないのか?」
「マックスコーヒー一本付ける」
「いらねぇよあんな甘いの」
「その甘さからコーヒー本来の味わいを見出すのが本物の男」
 成瀬は訳の判らんことを言いながら、元の花瓶と、しおれた花と、オレの使ったペットボトルまで持ってきたビニールに収めた。
「それはオレが……」
「別にいいよ。ゴミの処理までやってあげる優しい女の子だからワタシ」

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(70)

 つまり、思考のスパイラル。
 メタボ氏の相づちを得て理絵子は続ける。
「彼女にとって、自分のコトバに従わない周りは、何も見えない危なっかしい幼子のように思えるのでしょう。親御さんが子どもに手取り足取りするように、つい口出ししたくなる。先生ですらも。過去いませんでした?オトナのクセにこんなことも知らないのかって感じの子」
 理絵子は言い、それが、ネットいじめの〝炎上〟と同じメカニズムであると気付いた。つまり、掲示板なりに悪口を書き込まれ、書き込まれた本人がムキになって否定。そこを揚げ足取られ、因縁付けられ、なおさらに攻撃される。攻撃は増殖し、掲示板は罵詈雑言で埋め尽くされ見るに堪えず。その有様火が付いて燃え広がるが如く、故に〝炎上〟と呼ばれる。
「……ああ、そういう子と同じか。恐竜とか電車の駅とかお前辞典かって思うくらい知ってる子な」
「同じです。彼女の場合ココロが判ってしまうんですよ。気持ち悪いほどに。先生は過去、そういうタイプの子達にどんな対処されてました?」
「お前スゴイな、オレにも教えてくれよ。……ああ、判った」

19

 保健室。
 毛布を羽織ってお茶を手にした北村由佳が、ベッドに腰を下ろしている。
 傍らに養護担当の女性教諭の姿があり、ドアが開くと二人してそちらに目をやる。
 捉えた状況にハッと目を見開き、小さくびくりと震える北村由佳。養護教諭はちょっと待ってと手のひらで彼女を制し、立ち上がる。
 この手の事態は教諭間で話が回るのが普通であり、特に養護教諭は優先順位が高い。
「黒野さ……」
「黒野さんね。一緒と思った」
 北村由佳と養護教諭が同時に声を出し、教諭の声が北村由佳を上回った。
 理絵子は北村由佳に目を向けてみた。ベッドに座る彼女の身体が目に見えて萎縮し、その目線が下を向く。セーラーの上からでも一回り小さくなるのが見て取れる。
 人は恐怖に対すると防衛本能から筋肉を硬くして縮こまる。ただ、彼女は、理絵子自身を恐れているのではない。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(69)

「そうやって首を傾げると、言い当てをしたり、捜し物をヒョイと見つけたりして、能力を証明しようとする、違いますか?」
「ああ、うん。でも信じると言うよりは気持ちが悪い」
 やはりそうか。求めもしないのに先回りして待ち伏せされたら誰だって不気味だろう。リアルで行うそういう行動を現代はストーキングというのだ。
 で、不気味がられて悩んだ人物……のひとりが、実は世界で最も有名な人物の一人。但し2千年前。
「その反応こそは、イエス・キリストが周囲から受けた誤解そのものです。と、言ったらどう思われます?彼は挙げ句死を受け入れる」
 するとメタボ氏は立ち止まって理絵子を振り仰いだ。
「彼女は自殺する気……まさかこれクスリか何かかい!?」
 高千穂登与は薬物で自死を図り、その過程における失神ではないか。
「そうではありません。とにかく何でも判ってしまう、出来てしまう。誰かのココロが間違った道を選んだ。すると、その瞬間それと判ってしまう。先は見えないはずなのに、それは間違い、といきなり自明。でも、良かれと思ってそのことを口にすると、何だコイツ、と思われる。要するにそれで『オレはこの世じゃ認めてもらえんな』と思ったのがキリストです。ぶっちゃけ」
「およそ2年生のセリフじゃないな」
 メタボ氏は苦笑した。それは、理絵子の物言いがメタボ氏の理解を超えたことを意味した。オトナは子どもに負けていると自覚すると話題のすり替えを図る……なのであるが、構わず理絵子は続けた。
 あんたには、あんたにだけは、彼女を理解して欲しいから。
「同じ悩み。理解されない。どころか悪し様に言われる……その悪し様陰口すらもお見通し、ってのが彼女の状態だと思うんです。ところがそこで、そうじゃないんだ、事実なんだと彼女は更なる証明を見せようとする。証明レベルを高めれば高めるほど常識レベルからは離れて行き、尚誤解を招く。何で判ってくれないの?彼女は悩み、更にレベルを高める」

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彼女は彼女を天使と呼んだ(68)

18

 天使が失神したところで、1組担任メタボ氏が音楽室へ入ってきた。
「高千穂はいったい?えー黒野さん、だよね。4組の」
 この天使さんはフルネームを高千穂登与(とよ)と言うそうだ。
 で、美少女の霊能者。まるで邪馬台国だ。
「ライブコンサートなんかで興奮の余り失神するのと同じメカニズムです。少し休めば大丈夫。保健室へ」
 理絵子はそう答えた。実際には念力噛まそうとして空回り、精神神経回路がオーバーヒート。なんて説明しても仕方がない。
 半分過去認知になるが、どうやら彼女の発した〝力〟は、自分には届かず、全部そのまま彼女に跳ね返ったようだ。
 レーザで金の鏡を撃ったように。
 ついでながら、理絵子自身の超感覚の感度が上昇したのはそのせいである。跳ね返されたその筋のエネルギが行き場を失い、短時間音楽室に充満したのだ。
 以上理絵子の理解。
「じゃぁオレが抱いて行くよ。困った生徒で申し訳ないね」
 メタボ氏は高千穂登与を抱え上げ、〝お姫様抱っこ〟。なお、北村由佳は精神的に不安定になっており、保健室で養護教諭が様子見の由。まぁ何より〝彼〟の気持ちが未確認である上、頼りにしていた天使さんは理解不能の言動、あまつさえは自分の言動をどう感じたか。不安定にもなるだろう。少なくとも彼女は「自分の行き場がない」と自ら口走ったのだ。
 誰かそばにいた方が絶対にいい。有象無象はその後の話……で、多分自分が、彼女を傷つけることになるわけだが。
「実際やってみると結構大変だなこれ。腰に来る」
 メタボ氏は呟きながら、足下階段を一段ずつ目視確認しながら下りて行く。更に氏によれば、4組は担任竹内がついて臨時学級会。そして、高千穂はむしろ理絵子に任せた方が良いのでは?と竹内に言われたとか。
 ならば。
「彼女は特殊な能力があるようです」
 理絵子はまず言った。本人が公言してるんだから問題はあるまい。
「やっぱりそうなのかね。オレには信じられないのだが」

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ブリリアント・ハート【14】

 男性は一方的に喋ると、電話を切り、カメラモードにした。
「姫様を鎌倉で撮ったことにして、インターネットの掲示板に写真貼ってもらうんですよ」
 レムリアが驚いて目を円くしたところを、運転手は撮影した。
「しばらくは大丈夫でしょう。その小学校でよろしいですか?」
「あ、はい。あの…」
「何もおっしゃらず。今日はお抱えの運転手です。出しますよ。姫様」
「…はい」
 味方になってくれるようである。レムリアは心臓のあたりがポッと熱くなるような感じを覚え、涙が出そうになった。安堵に似た、ちょっと落ち着いた気持ちで、座席に身を預け、運転手に任せる。
 


 
 学校までの道中でレムリアは事情を説明した。
「ではその女の子の住所を尋ねて…」
「そうです」
「判りました」
 程なく学校へ到着する。夏休みとはいえ昼間であり、校庭では部活動の最中。
 しかし、昨今の治安から門扉は固く閉ざされており、入ることは出来ない。
 正門前へ付ける。運転手がシートベルトを外す。
「こういうことはジイにお任せ」
 運転手は車を降り、門扉脇のインターホンに向かった。
「…タクシー運転手の高坂(こうさか)と申します。少々道をお尋ねしたいのですが」
 少しあり、けげんそうな表情の男性教諭が校舎から出てきた。
 帽子を取り頭を下げる高坂運転手。教諭の表情に安堵が浮かぶ。
「こちらの彼女が、ここの学校の女の子のお宅に伺いたいとのことで」
 高坂運転手の言葉に、レムリアはタクシーのドアを開け、降り立った。
 ダテ眼鏡を取る。
「どうも、突然申し訳ありません」
 教諭は小さく、おお、と声を出した。
 気付いたようである。いや、気付かせたのだが。
「あなたはひょっとしてテレビの…」
「ええそうです。今日、こちらに通ってらっしゃる女の子から質問を頂いたのですが、答える時間が無くて…」
 レムリアは女の子のクラスと名前を言った。
「教えて頂けるとありがたいんですが…」
「構わないが…おっと、敬語だな。構いませんがよろしいんですか?大騒ぎになっておりますが…」

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(67)

「高千穂(たかちほ)、いい加減にしないか」
 良いのか悪いのか、そのタイミングでメタボ教師が制止の言を発した。
 確かにこの天使……高千穂という名らしい……の台詞は、常人には理解不能であろう。メタボ氏はそれを正常限界と見、自分に迷惑と考え、動いてくれたのだ。
 天使高千穂は振り返った。まるでねじられたバネが跳ね返るような唐突さだ。
 対し腕組みしていたメタボ氏は、呆れたように溜め息。
 またか、いい加減にしろ。そんな氏の意志。彼女のことをほとほと扱いあぐねているらしい。
 それは当然、天使高千穂の真意、自分の特別性を認めて欲しいとは逆の認識。
「先生は何も知らない……」
 諦念と共に天使高千穂は呟く。彼女にとって〝一般人〟メタボ担任の介入は歓迎ではなかったようだ。強い排除の意志が彼女から発せられるのを、理絵子は感じた。
 その意志が、メタボ担任の発した意志、いい加減にしろと衝突する。
 波と波の衝突。生じた衝撃波を通じ、理絵子はメタボ氏の意志をキャッチしてしまう。それはクラスで折々生じていた彼女にまつわるトラブル。
 彼女は自分の特別性を知らしめたかった。その意志余りに強いが故に、相手の気持ちを考えず、知っていること、判っていることを全部口にしてしまった……。
 理絵子は自分の得たその認識を、意図して天使高千穂の意識に送り込んでみた。
 アンタのやり方は人を傷つける。
「あーっ!」
 電撃を食らったような天使高千穂の尾を引く声と胴震い。
 しまった切れる。理絵子は自分の失敗を認識した。
 例えるなら放り込む電波と、その内容……あんたの認識は間違い……の衝撃が強すぎたのだ。
 自分が唐突に頭の中で大声を出して否定した。それが天使高千穂の認識。
 神経回路が保護でヒューズを飛ばす。
 すなわち。
 ロザリオが天使高千穂の手から落ちる。
 そして糸を切られたマリオネットのように、天使の少女は崩れ、床に潰えた。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(66)

 理絵子は小首を傾げる。
「優等生ぶってるって?」
「癪に障るんだよ!」
 恫喝的に怒鳴り、再び十字架先端を向けて来る。その言動には自分をどうにかして、或いはなりふり構わず〝天使様には降参です〟と言わせたい、そんな意図を伺わせる。
 自分の凄さをアピールしたい。
 ケンカ先に売った……理絵子の挑戦受けて立ってやるという心理のなせる自己解釈。
 そういうことにしときましょう。結構なこと。
 その調子で全部言え。
「何で……何でお前は違うんだ?私だって全部判ってる。でもみんなにはお前はイヤだって言われる」
 この娘は力と自我を制御できていない。その台詞から判ったのはそれ。
『しかも、自分で覗きに行くならまだしも、押しつけられることすらある。知りたくもないのに勝手に判ってしまう』
 これは超感覚に対する理絵子の認識であり以前に書いた。
 立場を逆転する。
『しかも、自分から教えたならまだしも、引き抜かれることすらある。教えたくもないのに勝手に知られている』
 ……何で教えてもいないのに知ってるの?私の全てを覗いてるの?やられた側の認識は当然そうなる。
「なのに、お前は何もないのにいつもみんなとニコニコ。この部屋の事件だって本当は私が解決するはずだったんだ。ここに居ることも判ってたんだ。霊を何度も呼び出したよ。でも出てこなかった。なのにもうここに彼女はいなくて、お前が解決したことになってる。お前本当に彼女と話したのか?何で彼女はお前とは話しをしたんだ?」
〝天使〟は一気に喋った。要するにそれが本音らしい。ただ、気持ちが入り組んでいるので文章がややこしい。
 テレパシーで放り込んでくれればいい物を。まとめるとこうだ。
 天使の能力は理絵子より高い(高いはず。或いは高くあるべき)。
 従って好意と尊敬を集め、幽霊事件を解決するのも本来自分の役目。
 なのに何でお前?ただ、薄々感づいている事実が一つあり、それは彼女にとって最も認めたくないことで、認識するのが怖い。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(65)

 超感覚が勝手にあれこれ情報を集め出していることを意識する。共鳴するように感度が上がっている。まぁ目の前で感度全開で疾駆されればこっちの回路も影響を受けるのだろう。振動が隣へ隣へ移動して行く振り子のオモチャと同じである。
 それは、本橋美砂との間で生じる分には楽しいシンパシーなのだが。
 ともあれ〝一般人〟はいなくなった、と理絵子は送ってやった。
 アンタは特別な存在だ。私がたった今確認した。
 全部理解してやるから言いたいこと言え。
 理解を得るための衝突。要するにケンカである。
 この霊能少女は一度爆発させてやる必要があるのだ。彼女の求める方法で。すなわち、常人の理解の及ばない世界観と言語で。受け止めるのに特別な能力を要する方法で。
 それなら、私の担当上等。
「十字架突き立てて解決すると思うなら、やんな。でも肉体傷付けても精神は傷つかない。知ってると思うけど」
「うるさいっ!」
 とはいえ感情的に煽るのは解決へ導かないようだ。
「私が憎いと」
 話題を変える。本当にケンカかこれ。
「何であんたばっかり、何であんたばっかり。私だって……」
「みんなに色々アドバイスして上げてたんでしょ?」
「お前は何で……」
「仮に私があなたに相談を持ちかけたら、あなた何て言ってくれる?」
 その時、少しメタボ入った男性教員が音楽室入り口に姿を見せた。
 1組。すなわち天使の担任。しかし当の天使は意識と超絶感覚の全てを理絵子に向けているせいか、感覚とは裏腹に全く気付いていない様子。
 頼りすぎると全てが〝霊的〟になってしまい、目と耳が捉える肝心な事実が判らなくなる。良くあることだと行者達は教えてくれた。だから役立てるため以外に使うべきにあらずと。
「その気もないのに答える義理はないね」
 〝天使〟はまず言い、次いで挑戦的な笑みを浮かべ、
「まず、その全部知ってますな物言いはやめてから、またおいで」
 挑発するように顎をしゃくる。意図はさておき、彼女にとって、このケンカ先に売ったのは彼女であるらしい。で、自分が買ったことになっている。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(64)

 凝った意匠……文様を読んで気がつく。これはケルト十字じゃない。
 円環の部分に刻まれているのはヘブライ文字である。結論これは魔法円だ。お門違いだが話のネタ程度の知識は有する。ソロモンの秘法。用途に応じてデザインの違う魔法円を嵌め込んで使うのだ。
 彼女の小道具。お守りにして拠り所、最高の聖具。天使がイエスの象徴に頼るのもどうかと思うが。
 そして、今現在セットされている円環魔法円。
 サトゥルヌス・セスト。
 呪詛。
 そうかい。
 以上自分が読み取ったことを〝天使〟は驚愕と共に知った。
 理絵子は〝悪魔のように〟笑って見せた。
「相手してやる。だから少し黙れ。由佳、あなたは戻りな。見た通り下でみんなあなたを心配してる。取るべき行動は判るよね。その後で、あなたが昨日見たことをちゃんと説明する」
 理絵子は振り向いて笑って見せた。
 けだもの、と罵った相手が返したのは笑顔。
 その展開に北村由佳は戸惑い、少なからず驚いたようである。理絵子は背中に突き刺さる赤い視線を意識しながら、北村由佳に手を伸ばした。
「黒野さん……あの私……」
「何も言わなくていいから。あんなところ見たらそう思っちゃうって。でも、そのことと、この女の言いがかりは別」
 言いがかり、というそのフレーズ。
 〝赤〟が瞬間、炎のように燃え上がる。
 〝天使〟は手にしたロザリオ十字架をナイフか短剣のごとく振りかざした。
 が、そこで動作を止める。
 なぜなら。
「汚い私の血で十字架汚れていいのかな?」
 理絵子は自らの胸元に手をして、肩越しに天使を見、ケダモノの笑みで問いかけた。
 憎悪のみの少女。
 それは今、彼女の心の重い蓋が開いた証、と理絵子は知った。
 同時に、その尋常ならざる表情と雰囲気が、北村由佳に恐怖と忌避を与えたことも知った。
「じゃぁ、あの私……」 
 北村由佳がそそくさとばかり退室する。調子良すぎる娘だとは誰もが思うであろう。桜井優子の見立ては正しかったのだ。自分はそれを認めたくなかっただけだ。

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【13】

「これ!」
 男の子は興奮気味に大グモさんを指さしました。
 さぁ、男の子にも、読んでいらっしゃる皆さんにも、お話ししなければならないことが沢山あります。中で、最初に申し上げたいのは、呪文に対してここへ送られたのは、恐らくガイア様のお考えに基づくということ。
「クモたち、ありがとうね」
 私は、まず言いました。
「え……」
 男の子は驚いた表情。
「なんで……」
 クモの存在を知っているのか。
 私は答えず、代わりに、男の子の手を持ちます。
 男の子、気付きました。
「あんたそれって翅……」
〈礼を言う。少年よ〉
 それはギガノトアラクネの意志。持った手を通じて、私の仲介で彼に伝わった。
 ギガノトアラクネは毛だらけの黒い歩脚(ほきゃく・要するに脚のこと)を一本、彼に向けて伸ばします。
〈幼き者よ、貴殿は地上の同胞たちの紡いだ思いによってここに降り立った〉
 言葉にすれば厳かで硬いです。でも、その意図は直接伝わっています。
〈一つ問う。貴殿が我ら同胞を集めて育む理由は如何に〉
「寒いのに卵産んでないから」
 男の子は即答しました。
「突然寒くなると動けなくなるじゃん。だからだんだんヒーター切る時間を長くしようか、って思ってたとこ」
 感慨深いため息……人間さんに喩えるならそんな感じでしょうか。
 ギガノトアラクネは、物腰も言葉も、柔らかくなりました。
〈これは大したもんだ。そう思いませんかエウリディケさん〉
「ええ」
 私は頷きます。何がどう、は、追って説明する機会があるでしょう。
「てかお前何者?」
 思い出したような彼の問いに、私は黙って翅を広げました。
 妖精という概念は要らない。虫寄りの生命体とだけ判ってくれればいい。
「ここはクモ達の国」
 私は言いました。
「クモの……」
〈私が説明しよう〉
 ギガノトアラクネはこの国の存在意義と、クモたちの糸と織り姫の話。そして、糸を姫の元へ届ける仕事を、そうした〝不快〟というだけで命奪われた虫たちが担っている、と話しました。
〈ところが〉
 姫の元へ向かった虫たちが最近事故に遭う。途中狭く細い岩場の道を行く。そこは常に強い風が吹いているので、小さいがある程度の重さのある身体を必要とする。このためムカデやサソリが好適なのだが、どうやらその細い道で何かと遭遇し、傷つけられて帰ってくる。
 それは私も初耳。
「ガイア様のお力でもどうにもならない?」
〈守り許す力ではないと判断されたようです〉
「それで……」
 私たちは男の子を見ました。
「……お、オレ?」
 ガイア様のお考えに基づくということ。

つづく

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気づきもしないで【5】

 サイテーとでも何とでも言え。判ってくれなくていいんだぜ。
 ところが、成瀬はフフンと鼻で笑った。
「これだからダメなんだよ男の子わ」
 〝わ〟は敢えて〝わ〟。そんなイントネーション。
 なんか底意地の悪い姉貴に叱られてる弟みたいな気分のオレ。誕生日はオレの方が17日早いんだが。
「この花タイキだったの?違うね、まさかね」
 成瀬はオレが何か言う前に勝手に結論して、手にしていたビニール袋の口を開いた。とりあえず、オレが今まさに及んでいた行為が〝花の交換〟だとは見抜いたようだ。
「同じ花連続で使ったりしないし」
 言いながら取り出したビニールの中身は……良く判らないが要するに生け花だ。
「この花ってお前だった?」
「違うよ。ウチのクラスの古淵(こぶち)さん。この作品は恐らくアンタと同じ動機で華道部が作った」
 成瀬は花瓶の代わりに華道部の花を置いた。
「グラジオラス貸して。で、ちょっと付き合って欲しい」
 成瀬はオレの手からグラジオラスを抜き取ると、花屋でもらった包装に包み直した。
「はい」
 と、オレに寄越す。
「はいって……」
「その古淵さんが調子悪いからお見舞いに行くの」
「オレもかよ……知らねぇぞそんなヤツ」
「ホラ4月に分校から移ってきた彼女だよ」
「ああ、お前のクラスの?」
「そう」
 分校。このおんぼろ列車で2つ先の駅にあった。少子化で廃止が決まり、この春から本校へ合流、良くあるパターン。ただ、背景にもう少々複雑アリ。その分校は彼女たった一人が生徒だったわけだが。
「例のウワサ彼女も知っててさ」
 廃校が半年延びたのは、唯一の生徒であった彼女が本校を〝ガラが悪い〟と嫌ったためだというウワサ。
 それによって少なからず彼女を受け入れる本校側の雰囲気が悪かったのは確かである。
 でも、実際ガラ悪いわけで。
 ただ。
「それで何で駅に花?」
「一発目は実はワタクシ。ガラ悪いなんて思って欲しくないじゃん?だから彼女が来る最初の日に花瓶置いたの。そしたらあの花誰?って訊かれて、じゃぁ私がやるって以降彼女が……彼女なりに溶け込む糸口が欲しかったんじゃないかと思うけどね」
「ふーん……で、体調崩したから枯れちゃった、と」
「溶け込めなかったみたいでさ」
 成瀬は呟くように言った。

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(63)

「何とか言いなさいよっ!」
 〝天使〟の唐突なその声は、背後で北村由佳が驚いて震えるのが判るほど。
 しかし、驚き見つめる北村由佳を、天使の娘は一顧だにしない。
 つまり現時点、天使の娘にとって北村由佳の存在はどうでも良いのだ。
 誰の目にも最早明らか、と書いていいだろう。理絵子にのみ向けられた私怨。そのためにこの機会を作った。それこそ、超感覚など無くても、〝女の勘〟ですら必要ない。
 で、あるなら。
「どうでもいいけどさぁ」
 理絵子は呆れた表情を作って返した。
「とりあえず、由佳を中に入れてもいい?私に対する個人的な話なら彼女関係ないでしょ。外で万が一に備えてるみんなだって可哀相だし」
 果たして天使の娘は眉根を鋭く屹立させた。
「バカにしてんの!?」
 彼女にとってはそうかも知れぬ。しかし理絵子にとっては、クラスのみんなが蔑ろにされていることを意味した。
 つまり、今度は、こっちが大きな声を出す番だ。
「たった今、いっちばん傷ついてるのは由佳で、そう仕向けたのは他ならぬアンタってのが私の認識なんだけど天使さん。おかげさまでクラス全員振り回して下さいやがりましてありがとさん。ええあなた中心に世の中回ったよ。ガッコの中だけね。でもココロ読めることとココロ判るのは違うんですよ天使さん」
 理絵子はそこで一呼吸置いた。
 自分に向けられたロザリオの十字架が揺れ動く。聖なるエンブレム台無しじゃんと理絵子は思う。ケルティッククロスだと文芸部ネタ用に仕込んだ知識が言って寄越す。十字架のクロス部分に円環を重ねたデザインであり、その円環は取り外して別のデザインの円環に交換できる。装飾は凝った意匠であり、表面加工の細工も手が込んでいる。細工師が一つ一つ彫金したとオカルト雑誌で広告された……レーザ光線加工量産品。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(62)

 神の道を知る読者よ。この扱いに心痛めるを作者は理絵子と共に理解する。
「でも、あんたの野望は私が抑えたよ。クラスメートの恋心を手玉にとってカラスのように掠め取る。私にはお見通し」
 〝天使〟が自分に対して何か仕掛けようとしている。
 いや、仕掛けようとして、ではない。そういう未然形ではなく、何か事の次第に則って仕掛けている真っ最中と理絵子は知った。
 ロザリオ持つ〝天使〟の手が震え出す。冬の北風が入って来るというのに、額に汗が玉をなす。それは必死で自分に念力噛まそうとしたニセ行者を思い出させる。
 つまりそういうことらしい。……とりあえず何も感じない。
「あんたが気に食わない」
 堪えた物あふれ出すように〝天使〟は言葉の毒を吐いた。
 いきなり結論を言って寄越す。託宣的な物言いは……本橋美砂が言っていたのを思い出させる。
 対し、理絵子は、まばたきを返すだけ。
 ようやく全容を理解する。ただ、〝天使〟は自分の理解に気付いていない。
「なんで……なんで力のある私が……力なんか無いあんたが……ましてや……」
 強い怒りが渦巻き、言語中枢の機能に干渉し、まともな言葉にならない。
 ただ気持ちは充分すぎるほど届いているので言葉で組み立て直すことが出来る。彼女に取り、霊能者である己れがクラスで疎外される一方、対し理絵子はちやほやされ、あまつさえは霊能者だと自然発生的に噂が立った。
 しかも自分は〝変〟で。理絵子は〝凄い〟で。
 それが気に食わないのだ。
 特別な存在は自分であるべき。だから〝天使の気位〟なのだ。が、事実はそうした彼女の思惑とはほぼ真逆。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(61)

17

 赤。それがまず得たイメージ。
 激しい怒り、及び嫉妬心。
 突き刺して来るビームのような目線。
 真っ直ぐに自分を見る髪の長い少女がそこにあった。
 美人だが近寄りがたい……但し、それは本人自身が振るまいで醸す演出。
 演出がもたらす気位は確かに天使と表現して良いかも知れぬ。でも、理絵子は、同じ天使なら、きたのじゅんこが描くようなタイプの方が好きだ。
「まぁご挨拶なこと、黒野理絵子さん」
 その言葉、つまり自分の意志を読んだわけだ。なるほどそれなりに〝使う〟らしい。
「クラスが総出でマット持って待機。ってのは想定外だったですか?天使さん」
 理絵子はそう応じた。思惟を読まれぬようロックも出来るが、自分を勝手に霊能者に祭り上げたのは彼女であって、思い通りに行動してやる理由はどこにもない。
「汚い娘」
〝天使〟は短く罵詈を寄越した。
「普通のフリして、隠れて霊能使って、自分だけいい目見ようとして」
 それが北村由佳に対するこれ見よがしの発言であることは論をまたないであろう。
 意図するところがあるならテレパシーで放り込んでくれれば一瞬で事足りるのだから。
 私が霊能者だと思うなら。
「事件解決した程度で霊能者気取りとはおめでたい」
 〝天使〟は言って寄越し、自らのセーラーの胸元に手を入れると、首から下げているロザリオを引きちぎり、その十字架の先端を理絵子に向けた。

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ブリリアント・ハート【13】

 レムリアは諦念した。こういう接客を生業とする人は、経験によって、相手の本質をズバリ見抜く能力を獲得している場合が多い。
 もちろん、ウソ付いてもバレバレ。
「はい」
 開き直って答える。さっきの看護師と同じ事をすればいいかとも思うが、心理的にブレーキ。同じ事を2度もするのは、この人の良さそうな男性を欺すようなことをするのは、後ろめたい。それに、仮に実行に移せば、今後出会う人々全てに同じ事をする羽目になりそうな予感がある。それはウソにウソを重ねて…と同じメカニズムであって、行き着く先はそれ系の童話逸話を持ち出すまでもあるまい。つまり、そうなってしまったら最後。
 加えて、仮にそれでこの場をしのいでも、男性から記憶が消えるわけではない。追跡の動き出す時間が数十分、後にずれるだけの話。追ってどんどんバレるだけで、自分の行動軌跡を残すことに同じ。宿に着く前に追っ手が掛かるか、仮に007帰還に成功しても、あちこちで吹聴されてしまい、“こっそり”の意味がなくなるか。
「誘拐、ではないんですな」
 運転手は言った。
「ええ。自分の意志です」
 レムリアは答えた。バレて強制送還なら、早いほうが、自分の被害も回りの迷惑も小さくて済むのは確か。
 ところが。
「ベスパでもなく、かぼちゃの馬車でもなく、じじいの転がす古ぼけたタクシーですが、よろしいですか?」
「は?」
 言って、運転手は、“賃走”状態を解除した。
 レムリアは気付いた。男性が今言ったのはそれこそ“ローマの休日”に出てくるバイクの名であり劇中セリフの引用だ。
 意外な展開。いや第一印象通りの展開と言うべきか。
「ちょっと失礼」
 男性はポケットから携帯電話を出し、どこかへダイヤル。090…とりあえず、警察ではない。
「…あ、三郎か。竜一だよ。悪いけど今から送るメールの写真をネットの掲示板に貼ってくれんか?タイトルは“ウワサの姫様、鎌倉にて”で。え?言われた通りしてくれればいいんだって。深いこと聞くな。うん、よろしく」

つづく

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彼女は彼女を天使と呼んだ(60)

「けだもの」
 少女は接近する理絵子に対しそう罵った。両の手の間を渡るりぼんは、引きちぎられるかの如く。
「見たわけだ」
 対し自分の声の酷薄なこと。
 でも何故だろう。別に彼女に対し怒っているつもりはないのだが。
「ウソ付いて……手握られて嬉しそうに……」
 それは彼女の立場に基づいて〝勝手に進行して〟解釈した誤解。反射的に「違うよ」と言いたくなるが、この状態では自分が否定するだけ、何を言ったところで、無駄だろう。
「彼からそう聞いたの?それとも……」
 言い終わらぬうち、反射的な動きで彼女は窓枠に向かって小走りし、アルミサッシを手で掴み、体重を掛け、足をかけた。
 窓の下方を覗き込んだに相違ない。下からの皆の声。きたむら~。ゆか~。やめて~。
 待ち伏せがいると知るや、北村由佳は今度は反対側の窓へ走った。
 しかし、窓に顔を付けただけでその先の行動を躊躇する。当然だがそっちにも皆に回ってもらっている。その姿が見えたのだろう。
 北村由佳は音楽室を彷徨う。日向の窓を見、日陰の窓を見、
 理絵子をチラチラ見ながら歩き。
 どのタイミングで彼女に接近しようか、理絵子は考える。誤解であること、場面の正確な説明と、自分にその気はないことと……
 されどこの状態から。
「なんで……」
 北村由佳はついに立ち止まりそう呟き、理絵子を睨み、そのまま涙を流した。
「私、行き場がないじゃん……」
 りぼん持ったままぺたりと座り込み、屈辱に堪えるように歯を噛み鳴らす。
 その時背後に気配。強い気配。
 理絵子は振り返った。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(59)

 事実はひとつである。そして、差し示す方向も明らかである。
 ただ、まだ、僅かに余裕がある。彼女がこのまま何もせずそうするとは思わない。
 理絵子は言った。
「みんなごめん、あれは由佳だ。自殺する可能性がある。体操マット持って2班に分かれて校舎の表と裏へ」
 どよめきと目線。
「お願い。彼女自身は私が」
 理絵子は言う。由佳のりぼんは自分のものだ。
 彼女は昨日、駅で見たのだ。
 あの場面を。
 糸山が動いた。
「おう!じゃあ男子10人ずつ」
「女子も体力自慢は加わろうぜ。先生さぁ。出来れば他のクラスにも声を」
 桜井優子が声を発し、担任竹内を真っ直ぐに見る。
「わ、判った」
 クラス全体が動き出す。階段を下りて行く級友達。
 理絵子は彼らを見届け、彼らの背中に願いを託し、北村由佳が向かったであろう方向へ走り出す。事件の現場になった4階最奥……第2音楽室。
 ささやかな献花台で入り口引き戸は塞がれているが、その台は置いてあるだけ。
 今、台は倒され、花束の幾らかが床に落ち、引き戸は開いている。
 躊躇無く、しかし慎重に理絵子は中へ入る。音楽室としての機能停止後、10年以上放置状態だった部屋だが、事件の痕跡隠しもあろう、ピアノなど持ち出されて完全にがらんどうになった上、床天井張り替えてリニューアルした。
 その新しさが無機質な無人空間。視線が捕らえたのは、北風に翻るカーテンと太陽の中の少女。

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彼女は彼女を天使と呼んだ(58)

 優子は携帯を閉じた。確かに、知ってる者がやっかんでリアルに展開、実力行使、なら、説明は付く。
 ただ、誰が。そういえば黒板のあれを見ても超感覚は何も言って寄越さなかった。様相に絶句して思考が止まったから、というのはある。あるが。
 物にはその人がその時込めた思いが残る。残留思念とか石ノ森正太郎の古いマンガにあった。それは自分も感じられるし、それこそ幽霊事件ではそうやって記憶の断片を探した。あんな死ねで埋め尽くす憎悪なら、それはいっそう強いはず。
 でも、何もなかった。
 それは超常能力で〝消した〟か。さもなくば例えば、催眠術というか一種のトランス状態で意識無く取った行動か。
 どちらにせよ心への働きかけ……それこそ思想コントロールではないか。
 気配。
 次いで足音がし、皆の目がそちらに向いた。
 多目的室の戸口に立つのは北村由佳。
 理絵子は気付く。さっき教室に彼女がいなかったこと。
 及び、彼女の手に握られ、入り放題の北風に揺れる白いりぼん。
 理絵子は判った。
 糸山が、彼女に、声を掛ける。
「おい北村。黒野が大変なんだ。心当たりないか?」
 それは余りにストレートだ。理絵子は思った。
 思った通りであったようで、北村由佳は驚かされた猫のように、身を翻して走り出す。
 その行動はクラスの皆には唐突であろう。今、理由を理解できるのは自分だけだ。

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気づきもしないで【4】

 だらだらした上り坂が続くが、隣町へ行くほどハードな峠道じゃない。ただ、原則として自転車通学は禁止。理由……通る車が少ないので、途中で何かあっても誰にも見つけてもらえない可能性があるから。
 駅へ着く。人に見られたくないわけで、列車で来るわけに行かないわけで。
 次の列車まで30分。今のうち。
 ……悪いコトしてるわけじゃないのになんか後ろめたい。
 花瓶からしおれた花を抜き取る。水に浸かっていたせいか腐り始めていてちょっと臭う。
 ってこのしおれた花どうしよう。駅のゴミ箱はとっくの昔に撤去済み。その辺に捨てる?
 腐りかけの花持って突っ立っていること10秒。
 後回しにして新しい花を移すことにする。まずは水……。
 どこで入れよう。トイレはとっくの昔に封鎖済み。オレの学校のバカ共って本当に必要なモノを次々とこのバカチンが。
 思い出す。確か前の自販機にミネラルウォーターがあった。
 残金200円から120円でお買い上げして花瓶に注ぐ。
 で、釣り竿ケースから取り出したる新品グラジオラス。
 花瓶に挿し……。
 長い!このまま花瓶に入れれば頭が重くてコテンと倒れる。ああ、そういや良くテレビの花を生けてるシーンで茎切ってるよな。
 結論。男が思いつきで花買っちゃいけない。
 どうしよこれ。茎、折れるかな。
 オレは両手で茎を持ち、じわじわと力を加えて行く。……でもなんかこれって植物虐待の気が。
 その時。
「あれタイキ!?うわお前何やって……」
 目も口も真ん丸に開いて立っていたのは、それこそ向かいの家の幼なじみ、成瀬。
「ハサミなんか……持ってねぇよな」
 オレは隠していた何もかもを忘れて、思わず訊いた。
 対し、成瀬の瞳に映っているのは、今まさに植物に虐待を加えんとする幼なじみの男、床に置かれたしおれた花、空っぽの水ペット。

つづく

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