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2009年4月

気付きもしないで【17】

 出任せとかではなく、素直に同意の表明。
「え?」
「誰も知らないし、自分を知る人もいない。ただでさえ、知らない世界に飛び込むのは勇気が要ることだからね。男が一人で花屋に入るみたいにね。しかもオレは自分でそう決めたのにそうだった。雪乃ちゃんの場合、自分で選んだんじゃなくて仕向けられたんだ。もっと勇気が要るし、怖いと感じて当然だと思う」
 廊下にお茶を持ったお母さん。
「周りに同年代の子がいないでしょ」
 出されたお抹茶。
「それにホラ、世間様ではネットいじめとか……そこへご存じのウワサが」
「ああ、聞きました。少なくともオレや成瀬はアホかオマエラ状態です。ただ、触れて回るとかえってムキになって火消しと思われて……だから、学校ではまだ蔓延してます。すいません」
「あら」
「そんな」
 母娘から同時に声。
「お気遣い嬉しいです。ありがとうございます」
「いえそんな……自分こそ友達らしいコトしてあげられなくて」
 オレはギョッとする羽目になった。
 雪乃ちゃんの目に輝くもの。
 えーこういう場合何言えばいいんだ?
 ……成瀬がこーなるのは大抵、ケンカしてオレが手を上げた時で、20分ほどするとオレがオカンにひっぱたかれて目が輝く羽目になって。
「小さい頃が嘘みたい」
 雪乃ちゃんは言った。
「男の子は……違うのかなぁ。『お友達になって』『うんいいよ』とかさ。すごく簡単なことだったのに。こんなに苦労かけて」
 その言葉に、オレはある可能性の存在に思い至った。
「先生にそう言われた?」
 自分で仲良くなれ。そりゃ、受け入れてもらう努力ってのも必要なのかも知れないが。
「見知らぬところに放り込まれて仲良くしなさい。その、『お友達になってね』ってうんいいよって返ってくるのは小学校低学年まででしょ。オレらは大丈夫かなぁってまず心配になる。親やセンセにはひとくくりに〝コドモ〟なのかも知れないけどさ。同じコドモでもつぶらな瞳とニキビでブツブツはチト違うって。多分、成瀬もその辺判ってて、オレ引っ張り込んだんだと思うし」
 成瀬は義理で雪乃ちゃんに会いに来たわけではない。一応フォロー。

つづく

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ブリリアント・ハート【25】

 ここから自転車を隣家へ出し、その敷地を横切ろうというのだ。
「待って」
 レムリアは金網によじ登り、両足で挟むように立ち、そこで自転車の前輪を持ってまず直立させた。
 その状態を保持している間に、あすかちゃんが隣家へ入り、前輪を引き込む。
 後は二人がかり。ガシャガシャ言わせながら自転車に金網を越えさせた。
「ここ、昼間は誰もいないんだ」
 あすかちゃんは言うと、勝手知ったる何とやら。慣れた手つきで、家屋脇の狭い部分をすり抜け、車庫のアコーディオン式門扉を開き、自転車を出した。
 遠くから聞こえてくるパトカーのサイレン多数。ああ高坂さんごめんなさい。
「乗って。駅へ行く」
 あすかちゃんは言い、荷台をぽんぽんと叩いた。
 二人乗りで行くつもりらしい。
「大丈夫?」
「馴れてるから」
 またがってしがみつく。違反だとか危険性だとか、躊躇している時間はあるまい。それに仮に何かあれば、特殊能力が事前にそれと反応するだけの話だ。
「行くよ」
「うん」
 彼女の漕ぎ出しに合わせ、地面を蹴る。40キロは重たいと思うが、駅へは坂を下って行く方向であり、苦労はなさそうだ。
 住宅街を抜け、“造成前なので道だけ通しました”、そんな場所を駆け下る。郊外であり、恐らくそういう場所を選んでいるせいもあろう、交通量は少なく、事故の発生や、発見される危険性などは感じない。
 カーブを曲がり、駅前ショッピングセンターの広告塔が見えてくる。
 来る時は駅に警官がいたわけだが、今は警官もパトカーの姿も見えず、いない様子。高坂さん追跡に駆り出されているのだろうか。
 あすかちゃんは自転車を置き場に収めた。
「ありがとう。あとは…」
「だめ、最後まで。私の方が土地勘があるし…」
 あすかちゃんが協力を申し出る。ここで普段のレムリアであれば、それでも固辞するのが筋である。
 しかし、この流れに置いては、あすかちゃんの協力を得ることにした。理由は、今、彼女は、とても積極的になっているから。更に“任務完遂(みっしょんこんぷりーと)”ともなれば、どんなに自信がつくか。
 携帯電話がレムリアを呼んだ。

つづく

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【24】

「クモの糸を集めて橋を架ければいい」
〈ほう?〉
「アミシノ、だっけ。クサグモの皿網みたいになってるじゃん。糸を集めて同じようにすれば。小さいクモ達に集まってもらって。仔グモなら風が無くてもすぐに落ちたりしないだろうし」
 良くありませんか?道を歩いていたら突然顔にクモの糸。それは巣を張るためか、糸を風に任せ、その力で飛ぼうとしている小型のクモか、大体、どちらかです。
「なるほど。私は悪くないと思うけど」
 私はムカデの意見を求めました。
 それは多分、風が強い状態では逆に出来なかったことでしょう。
〈コバルトブルーに掛け合う価値はありそうだな〉
 ムカデは言いました。〝言伝のみは許される〟ので、私がコバルトブルーへの伝令を買って出、背中の翅にモノを言わせ、鷹の流儀で斜面を急降下。
 アミシノに降り立つと、仔グモ達が入り口で遊んでいます。
〈妖精のお姉ちゃんひとり?〉
「コバルトブルーさんは見えるかな?」
 判っているよ、という反応がテレパシーで戻ってきました。程なく、大きな青い身体が巣の中から出てきます。
 私はゆたか君の作戦を説明しました。コバルトブルーはおおむね了解。但し、
〈子ども達に危険が及ぶ心配はないかね?〉
「そこに私の超感覚を使う分には、掟に抵触しないと思いますが」
 仮にコバルトブルーが人間型の生命であったなら、ニヤリと笑った、になるでしょうか。
〈狡い。いや、命のためには手段を問わず、と評す方が適切かな?〉
「ご想像に」
〈人間世界がお長いようだな。よろしい。子ども達はギガノトアラクネ、と貴女は呼んだな。彼女の担当だ。好奇心持つ者を選んでもらい連れて行って構わない〉
「ありがとうございます」
 私が答えると、コバルトブルーは前足で土をリズミカルに叩きました。クモの子を散らす、といいますが、この場合は逆の現象が30秒。
 私の脚の周りは小さなクモ達でいっぱい。
〈翅のお姉ちゃ~ん〉
 クモは種類によらず、歩く時には糸を出しながら進みます。不意の事態が生じた時の落下防止が主旨のようです。

つづく

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ブリリアント・ハート【24】

 Tシャツ短パンを基本とする身に、カーディガンに長いスカートなんざガラでもないが。
「…かわいい」
 と、あすかちゃん。レムリアは照れた。が、そういう時間は今はない。
「準備OKです」
「じゃ、おいで。靴は持ったままだよ」
 中村の奥さんはレムリアに麦わら帽子を深めにかぶらせ、玄関ドアを開けた。
 3軒向こうの玄関ドアが開いている。
 あすかちゃんのお母さんが顔を出す。
 中村の奥さんと目配せ。
 あすかちゃんちのドアが閉まった。
「行きな!全力疾走」
 力強い囁き声に送られ、二人は廊下を走る。靴を履かずにコンクリートの廊下を走れば、足音はまず立たない。
ひたひたひたひた。
 あすかちゃん宅の前を通過。警官は気付かない。
 そのまま一気に階段を駆け下りる。高坂運転手がおり、指で“OK”のサイン。
 レムリアはタクシーへ向かおうとした。が、高坂運転手は腕で大きく“×”を作り、二人の後方を指差し、犬にでもするように“しっしっ”とやった。
 後方は自転車置き場。そういえばあすかちゃんはカギをもらった。
 二人は意を判じ、自転車置き場へ身を潜めた。
 高坂運転手がアクション映画さながら、アクセルを無闇に吹かしてエンジンを始動し、タイヤをスリップさせながら発進する。
 果たして上方にてドアの開く音。
「あっ!こら待てっ!」
 警官二人がドタドタと階段を下りてくる。
 囮である。高坂運転手は囮として車を出してくれたのだ。
 もちろん、実際レムリアが乗ったとしても、タクシー1台にパトカーわんさでは相手にならぬ。
 この判断は正しい。
 パトカーがサイレンを鳴らしてスタートする。角を曲がり、遠ざかって行くことを音で確認し、二人は靴を履いて自転車を解錠する。
 自転車を出そうとするが、サイレン音のせいか、表には近所の人たちが集まってきた。
「こっち」
 あすかちゃんがアパートの裏を指差す。そこは金網を挟んで隣家の裏手に当たるが。
 彼女は金網のそばまで自転車を引いて行くと、持ち上げて金網の上に載せ掛けた。

つづく

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気付きもしないで【16】

 靴を脱いで上がり込む。成瀬ん家じゃない女の子の部屋。
 歩いているのに地が足に着いていないこの感じ。
「座って座って、あのね」
 成瀬以外の女子がオレを笑顔で迎えてくれる。
 オレは言われるまま部屋に入ってカーペットの上に腰を下ろす。
「楽にしてよ。お友達なんだし」
「あ、じゃぁ」
 あぐらを掻く。〝相手の家で屁をすりゃ親友〟ってのがオレ達の地区で伝えられているが(なんだそりゃby作者)、これはもちろん、そういうんじゃない。
 友情を越えた、親友とは違う、この何かは。
「あのね、来週から学校行こうかなと思うんだ」
 雪乃ちゃんはベッドに腰掛け、足をぶらぶらさせながら、笑顔で言った。
 その意味の重要さに気付き、オレの頭は浮かれ気分から強制着陸。
「あ、そう。そうなんだ。それは良かった。成瀬には?」
「まだ。大樹君に先にと思って」
 オレは、言葉に撃ち殺された。
 この胸の詰まりや浮ついた感じ、何より、彼女の声を喜んで聞いてる理由が何か、自分で答えが出たからだ。
 オレは彼女が好きなんだ。
 あの、可愛いと思った昨日あの瞬間、オレはフォーリンラヴしたのだ。
「成瀬さんもありがとうと思うけど、大樹君は本当にお友達になってくれたと思うし」
 雪乃ちゃんは言い、駅の花を気に掛けていたのが嬉しかったと言った。
「花好きな男の子に悪い人はいないって母さんも言ったし」
 そ、そうかいな。
 逆に言えば雪乃ちゃんはそういう感性であって、例のヘンなウワサは根も葉もない、なのは言うまでもないだろう。
 実際彼女から聞いたのは、それまでたった一人の生徒であり、対していきなり大人数の学校に通う不安があった。あと、小さい頃、人込みに出た時、過換気症候群の発作が出たことがあった。その辺で医師の薦めもあって先延ばし。ただ、その半年は週に一日、様子見がてら本校に通っていたとのこと。
「この地区、こういう場所でしょ。みんな雪乃ちゃん雪乃ちゃん可愛がってくれるからさ。でも変だよね。人が多くなるのに逆に心細くなるって」
「変じゃないでしょ」
 オレは思わず言った。

つづく

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【23】

〈生き物は生まれ死ぬ。どこかで生まれ、どこかで死ぬ。ここの風は、その死によって、周りが感じた悲しき思い〉
 その言葉に乗った重々しさ、威厳。
 それは〝イノチ〟の一部始終を幾度も見てきた存在の、
 都度傷付き、ようやく癒える。それを幾度も繰り返して来た心の放つ言葉に似て。
「だから悲しみの風」
〈そうだ〉
 すると、ゆたか君が、
「その風が吹かないってコトは、悲しみが無い……」
〈そうだ。これまでは途切れることなく吹いていた。いつも吹いていたから風に乗って流れれば良かった。悲しいと思ってくれる。その思いが集まり集まり風となり、紡がれた糸を運んだ。それが途切れているわけだよ〉
「死ぬ、という現象が減った……わけではないね。絶滅危惧とか、レッドブックとか、聞いたことあるでしょ」
 私は自問半分、ゆたか君に言いました。現代はいろんな生き物が減っています。
 つまり〝死〟そのものは増えている。
 でも、風は減った。
「悲しみの方が減った?」
 ゆたか君の言葉はゾクッとさせる認識を私に与えました。増えているのは、
「悲しくない死」
 つまり。
「殺すってことか。殺される生き物が増えてるってことか」
 ゆたか君は目を見開きました。
「そういえば聞いたことある。可愛くなくなったから捨てたとか、要らなくなったけど、捨てるよりは殺した方がマシだとか変な話」
〈そういうことなんだろうな。君のクモたちは幸せだ。気持ち悪いと言われているのに愛されている。ああ来た。風が来たぞ〉
 私の超感覚より早く、ムカデが兆候を捉えて言いました。
 風が吹きます。それは悲しみの根源が愛情だからでしょうか、暖かい気流です。
 しかしなるほど弱い。ゆたか君が背中の玉から糸を繰り出したら、それこそクモの子が空を飛ぶので精一杯。しかも長く続かない。
〈糸だけ送るかね?一本二本なら何とかなるだろう。しかし、それだけの糸を運ぶとなると難しい〉
 すると。
「ぼくにいい考えがある」
 ゆたか君は言いました。

つづく

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ブリリアント・ハート【23】

 二人分の靴を手に、慄然となるあすかちゃん。
 母親は即座に口に指を当て、“しーっ”とやった。
『警察の者ですが』
 ドア向こうの性急そうな声。
「は~い。少々お待ちを…」
 母親は作った声で答えると、電話台の下から財布を取り出し、紙幣を折りたたみ式の携帯電話に挟んだ。
 電話もろともあすかちゃんに渡す。
「姫様無事に届けるんだよ。何かあったら連絡」
 あすかちゃんは強く頷き、電話をポケットへ収めた。
 レムリアを見、指差して歩き出す。
「こっち」
 レムリアは従い、二人はサッシ窓からベランダへ出た。
 即座に母親がカギを掛ける。
「すいませんお待たせしまして。何でしょう…」
 玄関に向かうであろう母親のしらじらしい声。
「こっち」
 あすかちゃんは隣室ベランダとの間の壁を指差す。そこには“非常時にはここを蹴破って下さい”というステッカーがあり、
 下方に這えば通れる隙間。
 そこを通るとレムリアは判じた。
「ごめんね」
 と、あすかちゃん。姫様にこんなことさせて、というところであろう。
「気にしないで、原因は私だし、こういうの好きだし」
 レムリアはウィンクで応じた。あすかちゃんの表情に安堵の色。
 二人してぺたぺた這う。同じ要領で2部屋通り過ぎる。
 3つ隣の住人は、二人の姿を認めるなり、ベランダの窓を開けた。
 その電話の中村さん。お喋りしていた奥さんのひとりである。
「おいで。姫様はこれ着て。Gパンの上から重ね着。裾はまくってね。バレたら逆に脱いであすかちゃんに。あすかちゃんはこれ渡しておく。算段は運転手さんとしてあるから」
 中村の奥さんは、あすかちゃんにペーパーバッグと自転車のカギを渡し、レムリアには白いレースのカーディガンと、丈の長いブルーのスカートを身に付けるよう指示した。ペーパーバッグはそれらを脱いで収めるためのもの。
 何やらボソボソと声が聞こえる。あすかちゃんの母親と、警官であろう男の声。
 …携帯電話がハンズフリーモードで置いてあるのにレムリアは気付いた。
『確かにこちらに入ったという情報を頂いたんですが』
『存分にお調べ頂いて結構ですよ。先ほど家を空けてましたし、入ったかも知れません、その人』
 しらじらしいのが上手。レムリアは少し笑いながら、着替えを終えた。

つづく

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気付きもしないで【15】

 古淵雪乃ちゃんと仲良くなった。
 この結果を成瀬は学校に報告した。今回の訪問が学校の依頼による〝任務〟なのは事実だからだ。
 すると、学校は雪乃ちゃんの復帰準備委員をオレ達に任命して寄越した。コミュニケーションの充実と、ブランク期間の勉強をバックアップしろ。
 別に構わねーよ。てか。
 これで大手を振って〝遊び〟に行ける。天下御免のライセンス。
 そして放課後。
「今日はひとりけぇ。ボーイフレンド」
 オレの影が横切って気付いたか、若林のおじさんは草むしりを中断して、田んぼから顔を上げた。
 またおいで。……昨日確かにおじさんは言った。
 言った通りになったのだとオレは気付かされた。
 実は予言者か。
「はぁ、まぁ」
「女の子の仲立ちはもういらんのけ?」
「て、てゆーか、あのオンナ数学苦手だし。だったら、オレ一人で充分かなって」
「ひっひっひ。そうけぇそうけぇ、そら引き留めて悪かったよ。行って行って。いいってコトよ。行ってやって。行きてえんだろ?言わないよ。言えねぇよ」
 おじさんは〝津軽海峡冬景色〟を口ずさみながら草むしりに戻った。
 その歌詞を含め、何か意図の介在を感じるがまぁいい。オレは彼女に数学のカテキョ(家庭教師)に来たに過ぎない。
 着いたらお母さんが玄関で打ち水。
「雪乃。大樹君よ」
 かしこまった挨拶も抜き。
「ど、どうも」
 軽やかな足音が走ってきて、サンダルをつっかけて。
「こんにちは」
 白昼の満月が引き戸の影から顔を出し、オレに向かって微笑んだ。
 ポニーテールで、首が細いから、なおさら満月。
 何だろ、息苦しい。
「その、成瀬から……」
「聞いてる。ありがと、入って」
 違う、胸が詰まるってやつ。
 オレを待ってる女の子がいてくれるという現実。
 そしてそう、オレは彼女に会いに来た。
 会いたくてここに来た。
 確かに数学の家庭教師も否定しない。でもメインは彼女に会うこと。
 主客転倒?いいや。
 最初からこうだったんだ。

つづく

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【22】

 降りたそこは、一言で言えば、大地の裂け目。
 Vの字に切り取られ、赤茶けた土が急峻な斜面となって向かい合っています。
 底は真っ暗でどこまで続いているのやら。
 但し。
「風なんか全然……」
 ゆたか君が言います。そう、名前のわりに風がない。
〈吹いているべきなのだ。本来は。何も草木がないだろう。これは風が強すぎて植物が根付かないからなのだ〉
 ムカデの説明によると、この谷は、基本的には裂け目の底から空に向かって常時風が吹き上がっているのだとか。だから糸を背負って飛び降りると、糸玉がその風を帆のように受け止め、浮いていられる。それを利用して対岸と行き来していたとのこと。そして、本来の運搬手順では、山頂までムカデが運び上げ、クモが引き受け、8本の脚を広げてムササビのように滑空して反対側へ。
 ところが、その風が近年徐々に弱くなり、やがて途切れ途切れになり、ついには滅多に吹かなくなってしまった。
〈風が吹くのをじっと待ち、吹いたと同時に飛ぶ。ところがたどり着く前に風がなくなって落ちてしまう〉
「落ちたクモたちはどこへ?」
 ゆたか君、当然の質問。
〈判らない〉
「死ぬってこと?」
 ここはそもそもが〝天国〟の一部です。
 この谷底に落ちることは何を意味するのでしょう。
〈ただ明らかなのは〉
 ムカデは、身体の向きを山麓の方へ反転しながら言いました。
〈落ちて後、戻った、という話を聞かない。だから、クモの連中も、依頼されたそれ以外の奴らも、飛ぼうとしない〉
「戻らない。行方不明になる?」
 私は訊きました。
〈その通り〉
「それって……」
 消えてしまう。私の意識に浮かんだ思いを、率直に言葉にすればそれです。
 死んだ後の世界で行方が判らなくなる。……死ぬのでなければそれしかない。
 でも、まさか。
「そもそも風はどうやって」
 するとムカデは、山裾に向けた頭を私たちの方へ戻しました。

つづく

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ブリリアント・ハート【22】

「ほら、やっぱ“やるっきゃない”のよ。そういう不安と義務感の間で事を進めて行く能力を持ってる人間が“大人”ってやつ。経験しないとその能力も身に付かない、と。あなたはね、あすか、大人の入り口に立ったのよ。そして、このお姫様の講演を聴きに行くことで、一歩、踏み出したのよ」
 母親は言った。
「大人の入口…」
 あすかちゃんが呟く。
 電話が鳴り、母親が席を離れる。
「自分のあるべき姿を意識する。テツガクするってのは大人の始まりかもね」
 レムリアは納得しながら言った。母親の言葉は極めて正鵠を射ていると思う。教育ママ風と捉え、確かに熱心な様子だが、子どもに対する見方は“勉強一本槍”の悪い意味の教育ママとは一線を画するようだ。
 その時だった。
「え?」
 電話口の母親が声音を変え、こちらを向いた。
 


 
「警察来たって」
 驚いたのはレムリアよりもむしろあすかちゃん。
 レムリアは“まずい”とは思ったが、声に出すなどはしなかった。
 ここから去らねばと思う。“誘拐説”がある以上、ここに自分がいることは迷惑になる。
 要するに潮時ということである。こういうのは初期状態にリセットしてナンボ。
「すいません失礼します」
 麦わら帽子を手に、玄関へ向かおうとするレムリアの行方を、母親が腕で遮る。その意図は“ちょっと待ちなさい”。
 母親は電話に向かって頷いた。
「…うんそうする。判ったありがとう」
 電話を切らずに受話器を置く。そして。
「中村さんが手を貸してくれるというから、ベランダから回りなさい。あすか、案内してあげて。靴を取ってきて」
 母親が指示する。降って沸いた事態と指示に、あすかちゃんの目が真剣な色を帯びる。
「…はい!」
 あすかちゃんが走り出す。それは目覚めたというか、スイッチが入ったというか。
 玄関の呼びチャイムがピンポンと鳴った。

つづく

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気づきもしないで【14】

「お待たせしました」
 泡だらけの緑色。新種のエスプレッソ……じゃない。
「わぁお抹茶だ」
 成瀬がゴツゴツした茶碗を手にして言った。抹茶……オレの脳みそに記録されているのは、苦いってのとアイスクリーム。確か作法があって決まり文句があって……
「け、結構なお点前で」
 オレが言ったら、女性陣が揃って大笑い。
「それ素?ギャグ?念のため聞くけど〝ごちそうさまでした〟って意味だよ。判ってるよね」
 成瀬が言った。そのセリフはオレの頭を銃弾のように撃ち抜いた。耳まで真っ赤とはこのことか。
 成瀬の顔は笑いすぎたか垂れ目になっており、目尻には涙の玉まで浮かべている。
 てめー涙が出るほど可笑しいか。思ったが、彼女なりのフォローだとも思った。
 それならば。
「お前オレのことナメてるだろ。オレほどになるとな、見れば判るんだよ」
「何が?銘柄?」
「馬鹿者。茶は心だ。お母様の温かい心遣いがひしひしと伝わって来る」
 すると……これは援護射撃なのか?
「氷で冷やして持ってきたんですが」
 お母さん。
 お母さん。それ、わびさびならぬわさび効き過ぎ。
「すいませんボクが嘘つきでした」
「あはははははっ!」
 枕抱えて笑い転げたのは雪乃ちゃん。
「男の子って……もっと女の子の前ではええかっこしいだと思ってた」
 それこそ目尻の涙玉を指でこすってオレを見る。
 オレはそんな彼女の瞳を見返す。
 これは、何かの、始まり?
「雪乃と遊んでやってくれますか?」
 お母さんの問いに。
「はい」
 オレは何のてらいもなくスッと答えた。

つづく

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【21】

 しかしムカデは、やかましく音を出しつつも、ゆたか君の独白をただ黙って聞いていました。
「それでオレ、そういう連中のこと調べたんだ。クモが電灯のそばに巣を作るとか、あんたらムカデも長い身体をぐるんと丸くして子どもを守ったりとか、人間は気持ち悪いってだけで殺すけど」
 何も知らないクセに勝手に決めつけて殺している。
〈確かに人間は差別が上手だな〉
 ムカデはそうコメントしました。
〈何か違う。それを理由に傷つける。命ある者が理由もなく他の命を傷つけるのは無意味だし非生産的だ。非生命的と言った方がいいか。人間さんは自分も生き物であることを認めたくないのかね〉
「難しくてわかんないよ。……ってか、オレ達お前たちのこと虫けらって言い方するけど、何かすげー」
「知性は人間だけのモノじゃないって言えばいいかな?ムカデにクモもそうだけど、特に肉食の生き物は絶対にアタマ使わないと生きて行けない。本能だけで狩りが出来ると考えるのは人間さんの大きな間違い」
 私の言葉にゆたか君は何も言いませんでした。ムカデの背中でただじっと前を見たまま、何か考え込んでいます。
「翅のねーちゃん」
 私のこと。
「はい?」
「あんた、見てたんだよな。オレが何してたか」
「君が気にも掛けなかった全ての動物と虫たちが私に教えてくれた。君がひどいことをしている。そして君を助けてあげてと」
〈それがクモたちか〉
「そう。だから私は君を助けた。君は傷付いている。そのせいだ。そう思ったから」
「なのかなぁ。オレ自分で自分のことが判らない。でも、悪いことをしたな、とは思うんだ」
〈なら、それでいいではないか〉
 ムカデが言いました。
「え?」
〈起こってしまったことは仕方がない。元に戻らないからだ。しかし、二度同じことを起こさないようには出来る。今後、君に大切なのはそういうことだろう。さぁ私の約束はここまでだ。君はここをどう越えるかね?〉
〝悲しみの風吹く谷〟

つづく

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ブリリアント・ハート【21】

「この子とにかく引っ込み思案でね。今回もあなた様の講演を聴きに行くと聞いて驚いたくらい。この子なりに克服したいと思っている、とは思うんだけど」
 レムリアは頷いた。彼女は“ダメ”とは言われないまでも、行動や存在意義を否定される言動を受けてきたのだろう。そこで、その対極にある“誰かのために役立ちたい”という衝動を持ったに相違ないのだ。だから自分の話を聞きに来たのである。
 至極立派な動機ではないか。自由研究のダシにされるよりよほど良い。そして何より、前へ進もうとするそのピュアなハートに乾杯。
 であれば、自分のなすべき事はエールを贈ること。ちなみにそれは、やや照れる表現だが、自分の放つ呪文無き魔法だ、と、東京は評する。
「失敗なんか考えない。但し無理しない」
 斯くしてレムリアは言った。
 あすかちゃんは目を円くした。
「もちろん場合分けが必要だけどね。例えば勉強。これは失敗したって幾らでもやり直す機会がある。やれるだけやればいいやで充分だと思う。でも…それこそ看護師の実技みたいなものは、自分が納得するまで充分に訓練を重ねる。そこに時間的期限を設けるのは大人の悪い癖。自分で自分が納得できるまでに要する時間は人それぞれ。早い遅いで優劣を付けるべきじゃない。訓練する側も、同期が早いのに、とか焦ったらダメ。本質は自分が充分な能力を持てるかどうかにあるから。そこを見失って時間に価値を求めると、肝心なものをつかみ損ねる」
 あすかちゃんは少し考えた。その目は一瞬煌めいた、が、すぐにまた重い陰を帯びた。
「それでも失敗を考えてしまう場合は?」
 問う。それはそうだろう。思考体系がそうなってしまっているから、今現在こうなっているのだ。
 ちなみに、会話が次第に丁々発止になりつつあることを、レムリアは把握している。
「少なくともモチベーションは維持すること。こうありたいという理想はずっと持っていること。そうすればいつか、失敗なんか考えてられない事態や、どうにもやらざるを得ない機会、“ここでやらなきゃどうするの”、ってのがきっと訪れる。或いは、そういう状況に自分で自分を追い込む…いただきます」
 レムリアは言い、紅茶を頂いた。
「どうぞ」
 母親が応じ、続けて。

つづく

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