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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【22】

 降りたそこは、一言で言えば、大地の裂け目。
 Vの字に切り取られ、赤茶けた土が急峻な斜面となって向かい合っています。
 底は真っ暗でどこまで続いているのやら。
 但し。
「風なんか全然……」
 ゆたか君が言います。そう、名前のわりに風がない。
〈吹いているべきなのだ。本来は。何も草木がないだろう。これは風が強すぎて植物が根付かないからなのだ〉
 ムカデの説明によると、この谷は、基本的には裂け目の底から空に向かって常時風が吹き上がっているのだとか。だから糸を背負って飛び降りると、糸玉がその風を帆のように受け止め、浮いていられる。それを利用して対岸と行き来していたとのこと。そして、本来の運搬手順では、山頂までムカデが運び上げ、クモが引き受け、8本の脚を広げてムササビのように滑空して反対側へ。
 ところが、その風が近年徐々に弱くなり、やがて途切れ途切れになり、ついには滅多に吹かなくなってしまった。
〈風が吹くのをじっと待ち、吹いたと同時に飛ぶ。ところがたどり着く前に風がなくなって落ちてしまう〉
「落ちたクモたちはどこへ?」
 ゆたか君、当然の質問。
〈判らない〉
「死ぬってこと?」
 ここはそもそもが〝天国〟の一部です。
 この谷底に落ちることは何を意味するのでしょう。
〈ただ明らかなのは〉
 ムカデは、身体の向きを山麓の方へ反転しながら言いました。
〈落ちて後、戻った、という話を聞かない。だから、クモの連中も、依頼されたそれ以外の奴らも、飛ぼうとしない〉
「戻らない。行方不明になる?」
 私は訊きました。
〈その通り〉
「それって……」
 消えてしまう。私の意識に浮かんだ思いを、率直に言葉にすればそれです。
 死んだ後の世界で行方が判らなくなる。……死ぬのでなければそれしかない。
 でも、まさか。
「そもそも風はどうやって」
 するとムカデは、山裾に向けた頭を私たちの方へ戻しました。

つづく

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