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2009年8月

桜井優子失踪事件【3】

【序3】
 
 田島綾(たじまあや)という。甘いもの大好きで反映した体型。隣のクラスだが文芸部の活動仲間。
「体調悪い?」
「違う。ちょっと悩んでる」
「…何か感じたんだ」
 理絵子は首を左右に振る。能力のことは学友たちには秘密にしていたが、先に事件があって解決に用い、露見した。田島綾の言葉は、基づく問いかけ。
 ただ、〝その場〟を見知った彼達は、自分の力を口外しないと言ってくれた。
 〝誰かを守るための力〟であると。テレビのような見せ物扱いは何か違うと。
「感じなくなった、というのが正確かな?」
「エスパーなくなっちゃった?」
 友の高い声に周囲の目線が集まる。〝うわさ〟の伝搬は承知している。
「あ、ごめん」
「いいよ。そっちは問題ないんだ。ただ違和感がある。いつもあるものがなくなった、みたいな」
 理絵子は慌てるでなく淡々と答えた。周囲の好奇より不明の悩みの方が気に掛かる。
「ふーん。良く判らないけど…。あんたがそう言うなら相当なもんだと思う。でもね」
 田島綾はまじめくさって前置きして、
「一人で悩むとハゲるぜ。悩むときは一人より二人だ。一緒に悩み考え青春を謳歌しよう我が友よ。その調べではだめなのだ~」
 唐突に陽気になって言うと、理絵子の背中に回り、ぐいぐい押して歩き出す。ハミングするのはなぜかベートーベン第九冒頭。
「ちょ…綾…」
 こうやって、無茶苦茶な方法で気を紛らわせてくれるのが、あなたのやり方なのかもね。
 校門をくぐり、昇降口で上履きに履き替え、推進機関車綾と分かれ、職員室へ向かう。
「今日の文芸部は白状コーナーだから」
 田島綾は念押しして、自分の教室へ向かった。
 ひとり階段を上って職員室。出席簿を取りに行き、連絡事項を聞いてくる。毎朝のこと。
「おはようございます」
 引き戸を開いて感じる目線。〝事件〟の結果、自分の力を知るに至った教員が何人かいる。同様にウワサが伝搬したのだと力駆使せずとも容易に判る。
 羨望の対象として書かれる超能力者だが、実際そうなった側の状況はこんなもんだ。〝異常者〟扱いであり、忌避の対象。
 あ、新年の挨拶を忘れ。
 まぁいいか。
 担任代行の女先生は不在。連絡事項があるならホームルームで言ってくれるだろう。
「失礼しました」
 取るもの取って教室へ行く。ドア開けて、笑顔と挨拶、あけおめことよろ……。

つづく

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携帯電話で読める「恋の小話」【目次】

星の川辺で(全20回)

星の生まれる場所(全17回)

ポラリス(全6回)

カエルの子はかえう

みどりの駅の小さなみどりの

小さな駅で大きなお世話

いつかきっと

声が見えない

男三十路の魔法使い

気づきもしないで

四つ葉に託して
【希望】 【誠実】 【愛情】 【幸運】

総武快速passing love【乗り場】

10Minutes10Years

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【42】

 まるで虫を捕まえようとする手です。私たちは逃げ、捉えそこねた手のひらは遺骸の大地を叩き、その都度、遺骸が砂塵のようにザァッと舞い上がる。
 数回繰り返した時、私たちの前に割り込む大きな影。
 コバルトブルー。
 そして、手の甲へ飛びついたのはギガノトアラクネ。
 谷に渡した糸の橋を通って、来てくれたのでしょう。
 でも、彼ら巨大クモより尚、その手は大きい。
 彼らは獲物狩るための巨大な牙を突き立てました。しかし、ナイフが爬虫類のウロコを滑るようで、文字通り歯が立ちません。
「目だ!目を狙って」
 ゆたか君のアドバイスに、大グモ達は、巨大な牙の先からサッと霧のようなものを噴き出しました。
 クモの毒。
 カニの脚を無理にもぎ取るような、メキメキという耳に痛い音。
 それは、毒のもたらした痛みでしょうか、渾身の痙攣でしょうか。震えながら、コバルトブルーを握り潰さんばかりの手のひら。
 手のひらの中で、歩脚を折られつつも抗う、コバルトブルー。
〝我らに構うな〟
 ギガノトアラクネが動きます。握られたコバルトブルーもろとも、手を糸でぐるぐる巻き。
 糸で白くなった手が、2匹のクモを抱え、或いは載せたまま、高く持ち上げられる。
 手の甲にある目が、糸の隙間から、こちらを覗きました。
「テレポートなさい!」
 アラクネが言います。でも、あなたやクモ達がいるのに。
「これの目的がアンタだったら、アンタがいなくなれば、自ずと消える」
 アラクネは、8本の手足を広げ、手の甲の視界に立ちふさがりました。
「お前は、欲望の権化」
 睨んで言い、その尾部の糸イボから糸を紡ぎ、遺骸の大地に絡みつかせる。
 それは狩る前のクモが、命綱を用意する動作。
「少年、何を言われても今は耐えろ。クモが獲物を待つように今はただ機会を待て。お前だけが知ることは、いつかお前にとって利となる。臆することはない。君なら出来る」
 アラクネが、大地駆って飛び上がる。
 私は、意を決しました。
「リクラ・ラクラ・テレポータ」
 二つの出来事が同時に起こります。
 アラクネは、手先から、この地の住人として魔法を使い、火を放ったのです。
 彼女は人間。そして、人間を他の動物から一線を画す存在に変えた原動力こそは、火。
 炎は糸と遺骸の大地を波のように広がり、一瞬で火の海に変えます。表面フラッシュ。
 大きなクモが3匹、三方に飛び去る姿を最後に、私の視界は切り替わりました。
 テレポーテーション。
つづく

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四つ葉に託して【幸運】

 折り返しの電車に乗ったら忘れ物。ハンドバッグ。くまちゃんのストラップが下がった女もの。
 誰か取りに来る気配無く。車掌に渡す人もなく。
「誰のものやら」
 仕方なく、ひとりごちて手にして降りる。駅の清算窓口に声を掛け、拾った場所の説明をしていると、息せき切って走りこんできた、あなた。
「すいません、さっき、ここで降りた電車に、バッグを忘れたんですけど…」
 濃紺のリクルートスーツ。髪は丸めて項の辺りのネットの中。
「くまのストラップが…」
「これ?」
「ああ、それです…よかった…」
 本当なら忘れた場所の心当たりと中身を聞いて本人の物か確認をするのだろうが。
 抱きしめてへたり込んでえぐえぐ泣き出して、他人のだ、でもあるまい。
「良かった…面接の…地図が入っていて…眠れなくて、寝過ごしそうになって…」
 小さなころから不運続き。ようやくのチャンスなのに過度の緊張。この期に及んでまたかと思った、
 と、あなたは言った。
 とはいえ、それこそこの期に及んで忘れ物では、どんな結果か推して知るべし。
「良かったら、コレ、おまじないにどうぞ」
 四つ葉のしおり。留学先のキャンパスで寝そべったら、顔のそばにあった物。
「四つ葉…のクローバーですよね。え、いいんですか?珍しい物…」
「持ってるオレがバッグを見つけた。今日のあなたが幸運の証。さぁ、行った行った」
「じゃぁ、はい。ありがとうございます」
 クローバーを携帯電話に挟み込み、慌てて飛び出すあなたを見送る。
 そして、一ヶ月が過ぎただろうか。
「あのう」
 改札を抜けたところで、女性がオレに声を掛けた。髪が長くてキュロットスカート。
「自分っすか?」
 良く見ると、手にはくまちゃんのバッグ。そして、見たことのある四つ葉のしおり。
 ああ、あなたか。
「おかげさまでこういう者になりました」
 頭を下げて名刺を出される。会社員の挨拶もすっかり板についたようで。
「おめでとう。四つ葉の真価発揮かな?」
「緊張してダメになりそうだったけど、今までと違う、四つ葉のお守りがあるって思ったら、フッと気が楽になりました」
「そうか、それは良かった。こっちも嬉しいよ。ああ、自分こういう者です。どうぞこれからも頑張って」
 同じく会社員の挨拶で去ろうとした自分に、あなたは。
「待って。あのう…お礼というか、とにかく嬉しかったので、お食事でも。だめ…ですか」
「へ?」
 サラリと去るのがカッコいいのだろうが、余程の気持ちじゃなければ、一期一会の馬の骨を待ったりはするまい。
 その謝意、ありがたく。
「判りました」
 応じて駅中のイタリアン。ピザとパスタを待ってる間に名刺を渡すと、何故かあなたは小悪魔の微笑。
「やっぱりね」
「え?」
「私こと覚えてる?」
 希望?、誠実?、はたまた愛情?
 そしてこの出会いは…
 幸運?

四つ葉に託して/終
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ブリリアント・ハート【42】

 レムリアはソファに座るようあすかちゃんを促した。高級で知られるホテルの喫茶室であり、使用している調度類もそれなりに洒落たものだ。見るからに町中の喫茶店とは一線を画す。
 あすかちゃんは遠慮がち。
「え?いいの?高い…」
「気にしない気にしない。問題と感じるほどならお誘いしません。紅茶でいい?」
「あ、うん」
 ぎこちなく腰を下ろすあすかちゃん。背後で着座を待っていたウェイトレスが二人を一瞥し、目を円くする。
 その円くなった理由をレムリアはよく判っている。でも無視。
「オーダー、よろしいですか?」
 お上品に。
「え?ああはい」
 ウェイトレスは戸惑いながら、しかし冷水とおしぼりをテーブルに置き、発注機を取り出す。
「アールグレイのアイスをストレートで2つ。あと日替わりケーキを」
「…かしこまりました」
 タッチパネルを操作して一礼し、ウェイトレスが辞する。キッチンカウンターに向かい、主任らしき男性にひそひそ耳打ち。
 バレました。
 冒険の終了。レムリアは多少残念に思うと共に、もうこれで誰にも迷惑を掛けることもないと少し安堵した。ジェームズ=ボンドは無事帰還した。Mならぬ東京には後で言っておこう。
「今日はありがとうございました」
 レムリアは改めてあすかちゃんに頭を下げた。時刻午後4時12分。晩さん会は5時にお迎えの約束なので、ゆっくりは出来ないがまずまずというところか。
「いいえ。こちらこそ、なんか私のためにえらい騒ぎで…」
「ううん。私が勝手にやったことだし、それに第一、私は今ここにいる。ずっと居たと言い張れば、言い出しっぺ以外に責任が及ぶことはなし」
 ちなみに言い出しっぺは恐らく、自分の目付役である外務省の見下し役人氏。
 …あの目線はカチンと来たし、篭の中の鳥的なスケジュールを組まれた腹いせもあるから、いいや。
「そんなもん?」
 と、あすかちゃん。
「そんなもん。終わってしまえば『なぁ~んだ、まぁいいか』よ。映画と一緒。夏の幻。過ぎ去れば気にしない」

つづく

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桜井優子失踪事件【2】

【序2】
 
「まぁ、悩むときは一人より二人だ。でもオレの出る幕じゃなさそうだけどな」
 父親は軽く言った。その言葉の軽さの故か、理絵子も少し気分が軽くなった。示唆的であるなら、必ずまた何か来るはず。
「いや。父さんの言う通りだよ。多分何か私に関係があること。家族でなければ学校でしょう。行ってくるよ」
 理絵子は笑みを浮かべて言った。彼女は凛とした印象を見る者に与える、古風な雰囲気を残した娘であるが、今朝は、瞳に浮かべた憂いが輝きをスポイルしている。ただ、セーラー服をまとった姿は清楚そのものだ。コートに腕を通し、マフラーを巻く。携帯電話はスカートのポケット。
 学級委員。
「行ってきます」
「氷で転ぶな。見えるぞ」
「スパッツ履いてるもん」
 正月明け、3学期初日。
 松の内であり、玄関先に飾りをつけてはいるが、父親が何ら勤務形態に変化が無いせいか、正月という印象は薄い。
 丘陵斜面の住宅地をようやく顔を出した弱い日差しが暖め始める。公園の冬姿をした木の陰では霜柱が伸び、電線のスズメが鳴きもせず身を膨らませている。昨日の木枯らしこそ収まったが、わずかな気流が肌に痛い。
 気がつけば霜柱を見るのは何年ぶり、ではなかろうか。温暖化と耳タコ状態だったせいか、少しの冷え込みでも心底寒い。都内多摩地区だが、「お前が生まれる前には、洗濯物を干したら即座に凍ることもあった」と母親から聞いたことがある。それでも、その頃に比べれば、大したことないのだろう。
 学校に近づくにつれ、制服の姿が目につき始める。道ばたには、そこここに首からプレートを下げた大人が立ち、道行く生徒に声をかける。
「おはよう理絵ちゃん。あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
 不審者監視である。家族に通学者がいるといないとにかかわらず、ご近所有志による持ち回り当番。
「お寒い中ご苦労様です」
「いいってことよ。安全第一」
 おばあちゃんが歯のない口で快活に笑う。
 いつもの朝。冬の光景。新学期というちょっぴり新鮮。
 いつも通りだが、何か違うこの感じ。
「りえぼーあけおめことよろおはさむ…どうした?」
 果たして親しい友人は一瞥しただけでそう問うてきた。

つづく

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桜井優子失踪事件【1】

【扉】
 
 ごそっと抜け落ちた。
 そんな感覚に理絵子(りえこ)は深夜の自室で身を起こす。汗に濡れたパジャマと、東の空低い月齢23。
 息づかいが荒い。夢を見ていたのだろうが、しかし思い出せない。
 残っているのはその〝抜け落ちた〟という感覚だけ。だが、肝心な抜け落ちた実体が何なのか、ピンと来ない。
 夢は起きてから覚えていないと言うが、理絵子の場合、夢は多く何らかの〝示唆〟であって、忘れてしまっては意味をなさないのである。なお、示唆とする理由は後述する。
 何の示唆だったのか。気になるので少し考える。思い出そうと試みる。濡れた手のひらを開くと、弱い月明かりにキラキラ光っている。文字通り手に汗握っていたのである。
 しかし記憶の断片よりも先にくしゃみが出てしまった。
 室内とはいえ真冬の夜明け前。
 とりあえず、布団に戻って考える。
 
【序1】
 
 考えているうちに再度寝たらしい。
 母親に起こされると奥歯に違和感、顎の痛み。
 夢の続きか、何か我慢か、寝ながら歯を食いしばっているとこうなる。歯ぎしりもその中で起こる現象と聞く。
 はちみつトーストを囓りながら、純白携帯電話を見つめる。
「どうした。何か感じたか」
 コタツの向かい側、マグカップ片手の父親が、広げた新聞の傍らから顔をのぞかせた。
 よくある家庭の朝の光景、と書きたいが、父親は夜勤明けであり寝る前の食事。警察官であり、勤務形態は一概に不安定だ。
「わからない…」
 理絵子は呟くように答える。何か失ったのだ。失ったのだが、重要なのだが、それが何なのかは、抜け落ちたゆえに見当が付かない。
 長い髪が隠す白い横顔に憂いが影差す。理絵子は14歳であるからして、憂いと言うには相応しくはない。しかし困惑の深さは、彼女を大人びてみせる。
「お前にしては不思議な解答だな」
 父親は新聞を閉じ、理絵子を見つめた。この発言及び〝何か感じたか〟は、理絵子の持つ特殊な感覚を踏まえてのこと。
 超常感覚。言わずと知れた超能力の一種である。彼女には距離を隔てて、時間を隔てて、見えなくても判ることがある。要するにテレパシー使いだ。
 夢が示唆となる理由はこれである。だから〝ごそっと抜け落ちた〟は何らかの問題提起に相違ないのだが、中身の示唆が全く得られないので落ち着かないのだ。

つづく

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【41】

 ゆたか君の言葉が正解でした。
 手。人の手。
 それは見る間に大きくなってきました。確かに手です。巨大な手が天から降りて来ます。
 まるで不躾で、闇雲に、何かを鷲掴みにするように。
「ボケッと見てる場合じゃないよ」
 アラクネは言いました。その通り、私たちはこの少年と子グモ達を守る義務がある。
「クモ達は私の所へ。君は妖精さんの方へ」
 子グモ達が糸引いてアラクネの元へぴょんぴょん跳びしがみつき、私はゆたか君としっかり手を繋ぎました。
 巨大な手が風圧を伴って降りてきます。巨人の手です。このアラクネの糸の工房を充分押しつぶせる大きさ。
 この糸の館は安全ではない。
「潰れるよ!」
 アラクネは糸を出し、その手が作った風圧に糸を載せ、自らを空中へ。
 私は私でゆたか君を抱いて翅で。
 私たちが脱出するのと同時に、巨大な手はアラクネの工房を叩き潰してしまいました。
 ちなみにその手は手首から先だけです。切れたトカゲの尻尾のように、手首だけが動いている。
 手は潰した工房を握り、持ち上げ、〝手のひら〟を開き、あたかも中身を見て確認するように動き、バラバラになった工房を捨てるように落としました。
 巨人の手と書きましたが、手先だけは見えて後は透明な巨人がいるよう。
 その巨人が、〝獲物を捕らえ損ね、落胆〟。
 手のひらが再び下に向けられます。何を捕まえ……
「うげっ!」
 ゆたか君が言い、対して私は息を呑みました。
 5つの手指、指紋の渦巻きが出来る部分に〝目〟が現れたからです。
 指先に目を持った手のひらの怪物。
 風が人の悲しい思いであるなら、この怪物は人のどんな思い。
 手指が、その目を、一斉に、こちらへ向けました。
 目が合います。つまり、ターゲットは私。
 ゴオッと唸り立てて捕まえに来ます。私は羽ばたいて逃れます。
 目線から離れようと手の後ろ、すなわち手の甲へ回ります。
 ところが、そこにもスーッと裂け目が生じ血が流れ、大きな目が現れました。
 〝手のひらを返して〟襲ってきます。

つづく

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四つ葉に託して【愛情】

 意識していたわけじゃない。
 むしろオトコみたいなオンナで、友達感覚。
 お前は、二人残って卒論を作っていた研究室で、突然訊いてきた。
「ねぇ、四つ葉のクローバーって見つけたことある?」
 おかっぱの髪型。いつでも真剣さをたたえた大きな目。
「確率1万分の1じゃなかったか?」
「夢もロマンもカケラもないオトコだね」
「あるよ」
 そこで言ったら、お前のひそめていた眉は、驚きで弧を描いた。
「えっ…」
 自分から尋ねたくせに。
 でもすぐに笑顔になって。
「それで、何かいいことあった?」
「ねえよ」
 自分でも判るぶっきらぼう。フラッシュバックする二つのツメクサ。
 するとお前は、自分自身のことのように、しょげた表情を見せた。
「そう…」
 明るさが身上のお前にしては珍しくしおらしい。
「何?誰かにあげようっての?いいんじゃね?一般にラッキーアイテムだし。嫌いだってヤツはいないと思うよ」
「あんたも?」
「えっ…」
 今度は僕が口ごもる。
「…ツメクサに恨みはないよ。頼った、信じたオレがバカだっただけさ。オレはオレ、気にせずプレゼントすりゃいいって。テーブルの上でちょこんと4枚広げてるの可愛いもんだよ」
 オレはパソコン作業に戻った。
 背後にお前のコロンの香り。
「はい」
 差し出された小さな鉢植え。
 花咲いたツメクサ。葉っぱは四つ葉。
「私から、あなたへ」
 声と共に鉢が震える。視線を外した目元に涙が粒つく。
「これを。オレに?」
「心臓バクバクなんだからね。…花言葉知ってる?」
「私を…」
「言うな!すっごい恥ずかしいんだから!初めてだから、初めてだから、ストレートに言えないんだよ」
 まるで少女のように。
 オトコみたいなオンナで、友達感覚。
 意識していたわけじゃない。
 しかも。
「私…嫌い?」
「そうじゃない。ただオレ、卒業後留学するからさ」
「え…」
 受け取って消えることなんて出来なかった。手に触れることなく行き過ぎた、3枚目。

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ブリリアント・ハート【41】

「…これから孫達が米寿のお祝いに来てくれると言うから。料理をちょっとね」
 年齢の近い彼女たちがおいしいというなら、まず間違いないだろうと思う。老婦人はそういった主旨のことを、孫達の解説を加えながら話し、にっこり笑った。
 そしてこれには店のおばちゃんもにっこり。売り上げに繋がって二人は安堵。
「可愛い子には声かけてみるもんね。ありがとう。また来てね」
 笑顔でレムリア達を送り出してくれる。
「いいえ、では」
 二人は辞して売り場を横切る。私鉄の地下改札前を通り、やや狭い連絡通路を経由。
 そして、階段を上がればそこはホテルのエントランス。2階ロビーへ通ずるエスカレータが懐かしい(?)。真っ直ぐ10メートルも行けばJR切符売り場であり、警官が立っているが、そちらへ行く必要はない。
「着いたね」
 あすかちゃん。
「うん。あ、お茶でも飲んでいって。付き合わせて申し訳なくって」
「いいの?」
「もちろん、この暑い中何も飲まずに歩かせちゃってごめん」
 レムリアは言い、彼女の手を取ってホテルの敷地へ。
 警備員が立つエントランスを通過する。警備員はチラと見たが、二人が喋りあっていたこともあり、疑いは一瞬。単なる女の子の二人組と判断した様子。
 ゴールインと判断する。安心すると共に、あとはどうとでもなれ、だ。エスカレータで上がり、ホテルのフロントロビーへ。
 雑踏から抜けて音量が低くなる。人の数自体が違うし、絨毯が吸音しているせいもある。
 足先をその絨毯に埋めて歩きながら、フロントカウンターに目を向ける。女性従業員がすぐさま自分を見、ギョッとした顔になる。
 気付いたようである。レムリアは軽く頭を下げ、目線を戻してそのまま通過する。フロント従業員はしかし、半信半疑なのだろう声を掛けようとはせず、行き過ぎる自分の背中を目で追う。その視線を強く感じる。
 フロントロビー奥、喫茶ラウンジへ。
「座ってくださいな」

つづく

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【40】

 つまり、生態は似ています。実際、同じような場所に、同じような巣を張って生きています。従って、
 オオヒメグモがいない場所で、気候の条件さえ整えば、ゴケグモ類が日本で暮らすことは可能。
 そして現在、その条件が整い、何らかの原因で日本に入り込んだ彼らが暮らし始めているのです。
 だから、もしも、人間さんが、不快だから、それだけの理由でオオヒメグモ達を駆除したならば。
 オオヒメグモのいた場所に、入ってくるのは。
 ヒメグモ科。学名はTheridiidae……ごちゃごちゃ網のクモ。
 同じようなクモに、方やクモ自体の姿から姫の名を与え、こなた網の形でそう分類。つまり、クモの姿はどうでも良かったのかも。
 それだけではありません。実は、先にゆたか君が挙げた日本唯一の毒グモ、カバキコマチグモを漢字で書くとこうなります。

 樺黄小町蜘蛛。樺黄色の小町蜘蛛。小町、すなわち、美人。

 愛されなければ、やがて毒ばかり。
 アラクネ。あなたが言いたいのは、そういうこと?
 でも何故、私たちに。
「風が止まるとか、変なことばかりだからさ」
 アラクネが、言いました。
「ここは、人の気持ちが、現象になって表れる」
 アラクネは私を見、目線を手元に戻し、作業を続けようとしました。
「何だか見づらいねぇ。ウチは明かりが無いから暗くなると店じまいだよ」
 言われて気が付きます。辺りが暗い。
 ただ、遠くの方には明るさが残っています。夕暮れや天気の暗転というより、日食の暗さ。
 何か変です。
〈おばさん!〉
〈翅のおねえちゃん〉
 子グモ達が慌てた様子で戻ってきました。
 外に出て見上げると、黒い何かが空を覆っています。
 それは超巨大なクモが高みにいるような形をしています。ただしそれは、この国に住まうクモ達と雰囲気が違います。
 脚が……5本。
「あんなクモは見たこと無いよ」
 アラクネが天井伝いに出てきて外を見上げ、言いました。
「なぁ、あれ、手、じゃねえの?」

つづく

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ブリリアント・ハート【40】

 手近の佃煮屋の商品を見つめる。さもおみやげを探している風に。
 店のおばちゃんがそんなレムリアを発見。
「あらお若いのに珍しい。こういうの好き?」
「ええ。貝類とか特に」
 出任せだがウソというわけでもない。
「ちょっと食べてみる?」
「いいんですか?」
「あなた可愛いからサービス」
 おばちゃんは小さな発泡トレイに山盛りのアサリ佃煮をくれた。
 折角なのであすかちゃんと山分け。爪楊枝でつつく。
 美味。
「ご飯が欲しいね」
「そそる。幾らでも行けそう」
 二人の背後を警官が通過する。レムリアは特殊能力でその意識を読む。
〈似てるな。でも違うな〉
 欧州の姫様という触れ込みである。佃煮を好んで食べるとはまさか思わない。
 警官は柱を過ぎて曲がり、エスカレータの向こうへ姿を消す。
 大成功。佃煮万歳。
「行こう」
 あすかちゃんが言った。このまま行ってしまうのはおばちゃんの厚意を無にするようで忍びないが…。
「これから友達とサテライト会場のナイトパレードなんですよ。佃煮持ってパレードもあれなんで…」
 あすかちゃんはさも申し訳なさそうに言った。彼女の言うサテライト会場とは、この駅からほど近い場所に設営された博覧会のサブ会場であり、要は遊園地である。
「ああ、そうかい。いいよいいよ」
 おばちゃんは言うが表情には一抹の寂しさ。
 …このくらいならいいか。
「(我が心の苦しみを喜びへ昇華せよ)」
 魔法のつぶやきにあすかちゃんが首を傾げる。その心に“不思議”が生じたことにレムリアは気付く。
 まずい、と一瞬思ったが、直後、相当なお歳だろう。すっかり腰が曲がった老婦人が、あすかちゃんの肩を、とん、とん、と、ゆっくり叩き、生じた不思議を追いやってくれた。
「これ、おいしいかい?」
 老婦人は尋ねた。
「ええ。あ、おみやげでしたらおすすめですよ」
 あすかちゃんが答える。
「じゃぁ…」
 老婦人はなんと、15人分の佃煮を注文した。

つづく

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四つ葉に託して【誠実】

 高校に入り、2枚目を見つけた時、彼女は隣の席のおっちょこちょい。
 数学が苦手。
 何度も間違えて消しゴムを使い、その消しゴムが手につかず床に転がる。
「あの、良かったら、説明、しようか?」
 見かねて言った僕の顔を、彼女は不思議そうに見つめた。
「女の子苦手なのかと思った。女子と喋ってるの見たことないから」
「そんなことないよ」
 苦手なんじゃない。ただ、ちょっと、怖い。
 だから、僕は、ゆっくりと丁寧に教えた。
「わかりやす~い」
 それからは、彼女の方から訊いてくるようになった。僕はその都度、難しい場合は放課後も使って、彼女に教えた。
 図書館で試験勉強。
「家庭教師状態だね」
 子どもっぽい、大きな瞳が、笑顔を悪戯に彩る。
 模擬テストは良い結果。
「でもおかげで自信がついたよ。勉強が面白いってこういうことかって。いっつも彼氏が『お前のアタマじゃ大学は無理』ってバカにするからさ」
「えっ…」
 僕は後ろ手のクローバーを握って隠す。用意していた葉っぱを手のひらに押し戻す。
 喉もとの言葉と共に、ぎゅっと握って。
「そりゃ、教えた甲斐があるってもんだよ。受験、頑張りな」
「うん。じゃぁね」
 しわくちゃになってしまった、2枚目のクローバー。

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四つ葉に託して【希望】

 一枚一枚に意味があると教えてくれたのは、あの日の君。
 転校してきて、友達もなく何も知らない僕に、色々と優しくしてくれた。
「オレ、そんなの信じないよ」
「まぁね、男の子はね…」
 突如走り出した君。春の公園で制服のスカートと長い髪が揺れて。
 ツメクサの原っぱにスカートがふわりと舞い降りる。
「見つけた」
 君が手にして僕に見せた。
 それが僕の初めての四つ葉。
「あげる」
「えっ?」
「好きな女の子ができたらあげるといいよ。花言葉は〝私を想って〟」
 四つ葉のクローバーは幸運の証。
 そのせいか。
 君のおかげで僕は溶け込み。
 君の味方で僕は孤立から救われた。
 ただ、君は味方の理由を言わなかった。
 僕もしつこく訊く気にはなれなかった。
 なぜなら、君という好きな女の子ができたから。
 訊いて、壊れるのが怖かったから。
 だから、最後の桜の木の下で、僕はようやく君を呼び止めた。
 取り出したあの日の四つ葉。
 3年前を封じた、押し花のしおり。
 望みを託して。
「ごめんなさい。家が近いからって頼まれてさ。勘違いさせるつもりは無かったんだけど」
 桜吹雪にまぎれて散った、僕の最初のクローバー。

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【39】

 歌の通りなら悲しき主はアラクネということになりますが、何て寂しい歌なのでしょうか。
「私の仕事はね。ここで糸を紡ぐこと。風で上がってきた虫の命を食ってゼロに返すこと。そう、この死体の山は全部私が食ったモノさ」
 アラクネは言いました。
 自虐的な告白に聞こえたのかも知れません。
「そんな風に言うなよ」
 ゆたか君が言いました。
「クモが虫食って何がいけない」
「ありがとね」
 アラクネは言って、8つの瞼を伏せるように閉じました。
「温暖化だってね」
 突然話題を変えます。
 でも、それは最初にゆたか君が言ったこと。
「うん」
「足下の命を顧みなくなると、足下から忍び寄る命の変化に気付かない。言ってる意味が判るかい?」
 アラクネは8つの目を見開いてゆたか君を見ました。
 すなわちそれは彼女の核心。確信の核心。
 温暖化で生き物の分布が変わる。それは最前言われていること。
 ある生き物はいなくなり、別の生き物が住み着くようになる。
 でも、それだけじゃない。
 虫たちの分布に〝人間さんのそばにいる〟ことが関係しているなら。
 人間さんのそばにいるから、毒を持つ必要がなかったならば。
 人が虫を締め出してしまえば、虫を遠ざけてしまえば。
 彼らの生きる場所はない。
 対して。
 〝毒虫〟は愛されるために生まれた虫ではない。
 ひたすらな防御能力を進化させた結果。
 いつの間にかいなくなる。
 いつの間にかそばにいる。
 気が付けば毒虫だらけ。
「セアカゴケグモ」
 私はそんな毒虫の例を挙げました。
 ゴケグモ。後家蜘蛛の意味で、交尾後メスがオスを食べて〝後家〟になることに由来します。但し本来日本にはいません。日本以外で分布した毒グモです。世界一の猛毒とされるクロゴケグモを含んだ一族です。セアカゴケグモは〝背中が赤い〟ゴケグモ。の意味。 実は、同じ仲間が日本にもいます。玄関先にボロボロの網を張る、小さな丸っこいクモを見たことのある方も多いでしょう。オオヒメグモです。名前の通り姫蜘蛛です。どちらもヒメグモ科のクモです。

つづく

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ブリリアント・ハート【39】

 運転士が行く先を訊くので、デパート、と答えると、5メートル先の下り階段を教えてくれる。
「では…」
 二人は会釈し、階段へ向かう。警官の視線に急ぎたい気持ちが生じるが、ダッシュは禁物。逸る気持ちを抑え、やや顔を伏せ、しかし至極ナチュラルに、デパートへ続く下りの階段へ。
 階段の中間から文字通り脱兎の如く走り出し、売り場フロアへ到達。階段を振り返る。追っ手なし。一安心。
「ふぅ」
「変装しなくて平気?あ、こっち」
 あすかちゃんがエレベータホールへ案内しながら尋ねる。現在レムリアはカムフラージュ一切なしである。報道のままの少女が、報道のままの服装で、駅前デパートに入った形。
「色々考えたんだけどね」
 レムリアは、一般には誘拐された旨放送されていること、ゆえに駅前の雑踏に女の子といきなり現れても、まさかと思われるだけで簡単には判らないという推論から、逆に堂々としていようと決めた。と話した。
「仮に追っ手に掛かっても、目と鼻の先でしょ。ずっとここにいましたが何か?で話済むしね」
「そういうもの?」
「そういうもの。私はこの土地を知らないもん。いつの間にか出てしまったの」
「それって俗に言う確信犯」
「そう」
 レムリアのセリフにあすかちゃんは笑顔。
「面白い姫様ですこと」
「それ以前に単なるオテンバですので」
 エレベータで地下へ。
 地下は総菜とみやげ物の売り場。ここまではスムーズ。
 しかし。
「警官!」
 あすかちゃんが見つけた。制服警官が一人来る。方々に目を向けており、明らかに自分を探している。
 レムリアは警官をチラと見る。こっちに来る気配がある。
 王女某はとらわれの身である、という前提があるため、大丈夫とは思う。しかし、目を合わせない方がいいのは確か。

つづく

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【妖精エウリーの小さなお話】クモの国の少年【38】

「それはヘビだろう。でもヘビを入れてもその程度。違うかい」
 アラクネはニヤリと笑いました。
 言われれば確かに日本という土地に毒のある生き物は少ない気がします。
 でも。
「どういう意味なんですか?」
 私は思わず訊きました。
「クモに対する敬意を感じる。だけでなく、日本の虫たちは愛されている。昆虫の大家ファーブルは故郷じゃ変人扱いだってね。何で毒虫が毒を持つかって考えたことがあるかい?」
 アラクネはゆたか君に問いかけました。
 不思議な時間を過ごしていることを私は意識します。人間であるゆたか君と、元より異世界の住人である私と、そのどちらでもあるアラクネと。
 同一の空間を共有している。
 その状況でこの問い。まるでアラクネは千載一遇と捉えているよう。
 彼女は何か伝えたいのでしょうか。
 それとも知りたいのでしょうか。
 急いでいる。
 焦っている。
「そ、そりゃ身を守るためだろ」
 ゆたか君は答えました。実に当然な回答です。
 すると。
「じゃぁ他と同じくらい毒を持つものがいてもいいだろ?少ないと思わないかい?」
「わかんないよ」
 ゆたか君は困惑して答え、
「あ、でも」
「でも、何だい?」
「必要なかった、ってのは考えられる」
 彼の言葉にハッとしたのは私の方でした。
 毒が身を守るために備わる物であるなら、
 攻撃されない生き物は毒で武装する必要がない。
「日本人は生き物たちと上手に折り合って生きてきた。だから、生き物たちは毒を捨て去った」
 導き出される結論をゆたか君は言葉にしました。
 アラクネは安心したように8つの目を穏和にしました。
 もちろん、そんなの学者も学会も相手にはしないでしょう。
 ただ、虫たちが子ども達の友達であり続けたことは事実。
「妖精さん」
 アラクネは織る手を止めました。
「はい」
「悲しみの風吹く谷の 風を呼ぶのは悲しい思い 悲しみの風は命を惜しみ その故に天へと戻す 谷の主は悲しき主 誰も主を求めぬ悲しき。ってね」
 アラクネは歌うように言いました。

つづく

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