桜井優子失踪事件【25】
【秘5】
ちなみに、治水に人柱という因習の元になった、或いは因習に基づいて作られた神話のひとつが、件の日本武尊、浦賀水道の走水の海(はしりみずのうみ)の話と言えるだろう。この神話では后であった弟橘媛(おとたちばなひめ)自らが生け贄となって入水するが、中には前例踏襲を繰り返した挙げ句、当初の主旨が忘却され、殺すことそのものが目的に転化した例もあると見るのが自然ではあるまいか。法や校則が金科玉条と化すように。
その結果。
「うんそう。古い時代は通りがかりの旅人を拝み倒してなってもらったり。どころか村全体で罠に嵌めて襲ってとか。後世それが犯罪と定義されると、捨て子みなしご、身よりが無い人をわざわざ人柱用に確保したりね。村で育てて年頃になったら川へってわけ」
登与は恐ろしいことをさらりと言った。
その場の大人達が絶句してまばたきもしない。もちろん21世紀の日本であって、それを現実の可能性として捉える必要はない。
ただ。
「高千穂さん。過激だよぉ」
「あ、ごめんなさい……」
失踪という現実においては行き過ぎた物言いと思う。
「失言でした。麻痺してるかも」
神話伝承の類に命捧げる話が多いのは洋の東西を問わず。その筋の書物ばかり触れていれば〝慣れ〟も出ようか。
或いは古の遺伝子の発露か。太古、〝命〟に神への捧げ物として最大の価値を見出しつつも、殺人行為に禁忌が無かったのは、それこそ〝神〟たる存在の故に霊的世界の存在が当然だったからであろう。
「それで、行方不明は蛇神様が嫁に持って行った、か」
佐原龍太郎が感慨深げ。プロセス省いて頭と尻をくっつけるとそんな伝承になる。
そして、伝承だけでは〝真実〟は隠される。
「でも昔の話……」
祖母殿が心配げ。
「ええ。ただ、この蛇神の嫁取り系の話には、少なからず本当の行方不明が含まれていると思うんです。私たちがそうであるように、大昔の子どもだって家出企てても変じゃない。現代と違うのは、闇雲歩くとそのまま戻れないことがある。ああこりゃ蛇神様の嫁取りだ」
そこで理絵子は気付いた。
「蛇の嫁取りに、意図した殺人だけでなく、子どもが同じように家出をして、山野や水辺に迷い込んで行方不明になった例があるなら」
考えの一部が独り言となって口を突く。今、理絵子の裡には、言語に直せば〝来る〟という予感がある。
「行方不明の〝名所〟があるなら」
その手の場所は枚挙に暇がない。別にいわゆる心霊スポットに限らない。富士山樹海、もっと身近に東京・高尾山(たかおさん)の裏側。
(つづく)
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