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桜井優子失踪事件【22】

【秘2】

「これはこれは……遠いところを」
「お邪魔しております」
 理絵子は登与と共に畳の上に膝を揃えた。
「ああ、あなた、今日はもうおひとかたお嬢様が。こちら殿方は……」
 祖母殿が説明する前に、マスターが正座。
「表のバイクの者で岩村と申します。彼女達を乗せて参りました。お邪魔しております。いきなりで申し訳ありませんが、道路地図をお持ちでしたら拝借を」
「ああ、はいはい。あ、理絵子様。これは住職より借り受けた古い書です。何か参考になれば」
 祖父は段ボールを理絵子の前にドサッと置き、地図を探しに奥の間へ歩いて行った。
 登与が箱の中を覗き込み、わぁ、と声を出す。
「これ、本物の古文書じゃないですか?」
 確かに江戸時代以前と思しき体裁の書物類である。虫食いだらけの本文に紙を継ぎ足し、綴じ代とし、紐を通した本。巻物も幾らか見えている。墨書きの文字は仮名書きはおろか、漢文で書かれた物もあり、本来なら博物館で学者が見るようなレベルであると想像される。
「いいんですか?私たちが見ても」
 理絵子は襖の向こうの後ろ姿に尋ねた。
「一大事ということで、理絵子様がという話をしたら住職も快く」
「黒野さんって何者?」
 登与が理絵子を仰ぎ見る。
「私じゃないから」
 理絵子は手のひらを左右にぱたぱた振った。祖父はそう言ったが、実際には、タクシーを顔パスならぬ顔ツケで乗れる〝名士・桜井翁〟としての信頼の賜物であろう。
「さぁ、冷めてしまいますのでどうぞお召し上がり下さい」
「そうそう、腹が減っては戦が、ですよ」
 遠慮も過ぎれば厚意を無にする。
 昼食後、タタミの上に書物広げて検討となる。江戸の書物はでーでっぽ、すなわちでいだらぼっちの伝承について当時の学者が聞き書きしたものであり、巻物は日本武尊の伝説についてのまとめ。
 問題は漢文の文書である。劣化防止であろう、1枚1枚ビニール袋に収まってファイリングしてある。本をバラした物ではなく、メモ書きをかき集めたような印象であり、紙質も個々に異なる。登与曰く、内容も一枚ずつ異なり、統一されたストーリーやコンセプトがあるわけではない。
「これすごい。神隠しとか鬼の人さらいとか、そういう行方不明の記録なんだけど。こんな古いの初めて。律令時代のものっぽい。何か震えちゃう」
 白手袋でパラパラめくりながら、登与は言った。
 ため息をついて胸元を押さえ、お茶を含む。律令時代……奈良時代前後であるから西暦にして750年前後か。
 その実物に触れているとあれば緊張もしよう。
 
つづく

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