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2010年1月

桜井優子失踪事件【31】

【伝6】
 
 ここで男の子だったら、「ちくしょー」とか「くそー」と言うんだろう。それこそ優子は実際そう叫ぶ。
「ふぅ」
「いらいらしないで」
 登与になだめられる。最大の能力を意味するはずの霊能は頼りにならない。その状態とはかくも不安というか、行動の芯・コアになる物を欠くのか。
「ちょっと失礼」
 気分転換に立ち上がり、縁側に出てコロを呼ぶ。
「お前のご主人はどこ行ったんだい」
 尻尾を振ってコロは走って来、後ろ足で立ち上がって理絵子にじゃれつく。
 無論、自分の力が弱まっているなどではない。現にコロの好意も強く感じる。しかし、核心の周辺で空回りしている気がしてならない。プラネタリウムのCGアニメでブラックホールに落ちそうで落ちない星を見たことがあるが、そんな気分だ。可能性は数多出てきたが、どれもあり得そうでどれも違う。確固たる物は、
〝自分たちは真実を捉えていない〟
 このままでは堂々巡りに陥る。変化が欲しい。手がかりが欲しい。
 警察は本当に何もしていないのか?
 父さん、情報をリークして。彼女の携帯電話の電波はどこまで。
「あの……」
 恐る恐る、といった感じで口を開いたのは佐原龍太郎。
「こういう事オレが訊いていいのか判らないけど、岩さん、優子の元彼って、どんな男だったんです?」
「お前が気にする事じゃないだろ」
「い、いや、そうなんすけど、理絵ちゃんみたいな子が友達だったら、彼氏もそれなりじゃないと務まらないなと思って。勉強の話はしないにしたって、話題のレベルがその」
「気になるか」
「はい。まぁ。自分、正直今ここに付いて行けてないです」
 そういう差異を男性は気にするとそれこそ優子に聞いたことがある。男なのに年上なのに、と。
 ちなみに優子は留年という事実の故に成績を低く見られがちだが、実際にはそんなことはない。あくまで留年の原因は出席日数で、学習に対する態度はむしろ真摯という言葉が使える。実際言ったら本人は「粋がってるだけ」と笑っていたが。
 だから、当てずっぽうでどこか入り込んで行方不明とは考えにくいのである。目処と目算があってどこか目指したに違いないのだ。
 
つづく

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町に人魚がやってきた【16】

 人魚の持たされた地図が正確ならば、この地図と全体や、或いは部分が一致するはずであるが、描かれた道の数がまず違う。海岸線でも判ればいいが、残念なことに描かれていない。
「わからんな」
「パターン認識システムに通してみるか」
 館長は言うと、貸し出しカウンターの奥の方を指さした。それは一見すると、CMで良く見る高額なオフィス用複合プリンター。
「なんだいそら」
 おじさんが訊きながら興味津々の目でカウンターへ歩き出す。館長の説明に曰く、画像をコンピュータで読み取り、部分或いは全体の〝類似度〟を見分けて数値化する。似てます度95%とか出てくる。
「マハラノビス・タグチ・システムを仕込んである」
「そらハイカラな機械だなや」
 言ったのは昼下がりの図書館妻の一人。病院の3次元MRIといい、佇まいは田舎の風でも時代なり。
 人魚は技術討論が人ごとみたいにもう一人のおばちゃんとダベって笑っている。共通の話題があるとは考えにくいんだが、既に茶飲み友達状態。オンナってすげえ。
「てえことはそのキカイ、おらの顔がヘプバーンに似てるかどうかとか判るのけ?」
 ヘプバーンは往年の名女優オードリー・ヘプバーンのこと。
「そそそ。喩えはイマイチだがそういうことだ」
 館長が機械のスキャナー蓋を開く。
 図書館エントランスの自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ……ってウチじゃなかったわね」
 と言ったのは萌えボイス。その発言色んな意味で間違いだらけ。
 そして。
「は……」
 思わず息を呑む。エントランスにずらり並んだ町の皆さん。
 宮司さんと住職が隣同士。その後ろにおばちゃんとかおばちゃんとかおばちゃんとか。
「おめでたいことだと神社にお知らせしただよ」
「人魚さんに何かあっちゃなんねえと思ってお寺に相談しただよ」
 神父さんまで来ないだろうな。
「牧師さんはこっち向かってるとこだで」
 神父と牧師はどっちかがどっちかで、この町にはどっちもあったが、まぁこの神仏習合スーパーの状況でそこだけ区別しても無意味だろう。
「あ、テレビとか新聞には言ってないだよ。見せ物にされたら可哀想だべ」

つづく

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桜井優子失踪事件【30】

【伝5】
 
 それは深遠な事実の反映か、偶然の一致か。
「そういや」
 マスターが指をパチンと鳴らした。
「バイクの面倒見てくれてる鈑金屋のオヤジが面白いこと言ってましたね。ヒントになるかどうか判りませんが、物体を意味する『もの』って言葉は古来鉄そのものを指したそうで」
「ほほう。どういうことです?」
 祖父殿が尋ねると、マスターは登与からシャープペンシルを借り受け、彼女が書いたその下へ書き出した。
 
・もの を作る もののべ
・もの で作った武器 もののぐ
・もの で武装した もののふ
(作者註:この説はその筋では定説らしい。作者が直接この説を見かけた参考文献は「古代の鉄と神々・改訂新版」/真弓常忠 学生社 1997年)
 
「ほほう。なるほど」
 祖父殿は頷いた。
「くろがねは土より出でて耕す道具として土に実りをもたらし、戦となればそれを振り回して武器としたわけですな。農機具が古来大切にされるのも道理と」
「え?ちょっと待ってそうすると」
 シャープペンシルは理絵子へ。
 
・もの が化けた もののけ
 
「おお」
「これも同類?」
 物の怪、すなわち妖怪こそは巨人、偉躯の何たるかを指したのではないのか。
 その発見は、近づいてきた、という示唆を理絵子に与えた。しかし、まだ核心ではない。
 早く探しに行きたいと思う。そう思うと、しばし遠ざかっていた焦りの気持ちが一気に吹き出す。彼女はどうしているのか。大丈夫なのか。
 こんなことしてていいのか。
 警察の方はどうなっているんだろう。
 目を閉じて遠感を働かす。何か、何か無いか。

つづく

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町に人魚がやってきた【15】

 ストレッチャーをガラガラ押してエントランスへ。ガラスの自動ドアが左右に開いて中に入ると、閲覧コーナーへ通される。
 そこは農作業のおばちゃん達が寄るたまり場。今は二人。
「あれちょいと人魚だよ」
「ホントだ。かわいいねぇ」
「おめさん、名前は?」
 その質問にオレ達はハッとした。
 何で気付かなかったのだろう。彼女は〝殺された〟のだ。名前が判れば過去帳に書いてある確率は俄然高まるではないか。
 ところが、ハッとしたのは人魚も同じ。どころか、きょとんとして。
「忘れました。何でしたっけ私」
「記憶喪失かい?」
「いんやおばちゃん、この子300年海にいたからよ。自分の名前もそんだけ使わずにおれば忘れもしようて」
 先生が言うと、何でも医学的な裏付けを踏まえてに聞こえる。
「おお、そら寒かったべや。こっち来てお茶をおあがり」
 おばちゃん達がストレッチャー引き寄せて〝接待〟している間に、館長が机の上に色々資料を持ってきて並べる。
「まずこれが当時の被害状況報告」
 開いたのは墨絵の巻物。集落が水に浸かり、そそり立つ波の姿が描いてある。
 説明文がしたためてあるが達筆すぎて読めない。しかし、先生はそうでもないようだ。
「ほう、この紅葉山の真ん中あたりまで浸かったようだな」
 先生はメガネをずらして指で文字をなぞり、そう言った。
「悉く流され全きもの一つも無し。村人は半分くらいが流されて年が明けるまで流れ着いた犠牲者の埋葬が続いた……この絵は見たことあるかね?」
「いいえ」
 人魚は首を横に振った。
「人身御供の記述は?」
 オレが訊いたら。
「……ここにはないな。緊急支援で賜った米と再建資金への礼と、献上した干物なんかのリストで終わっている。館長他には?」
「地図と」
 出てきた資料は、最近本屋でも売っている復古版古地図でも想像してもらえば結構。A1サイズくらいの本になっていて、今に通じる名前の付近の集落が収録されている。中身は道と長屋の配置図。
 
つづく

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桜井優子失踪事件【29】

【伝4】
 
・鉄と巨人の接点を求め、より古い安房の国へ
・古い遺跡を追ってどこかに迷い込んだ可能性
・安房エリアに巨人伝説は少ない
・安房は西国から大和王権の技術者集団が上陸
・王権を象徴するのが日本武尊(愛人さんが人柱)
・ミコトの剣は鉄の剣。人柱は神代以前からの風習祭祀の名残

「製鉄もよくよく見ると下総常陸の方が直接的には多いんだよね」
 登与はシャープペンシルで地図を突きながら、独り言のようにまず言って、
「蹈鞴製鉄ってのは、要するに人工的に風を起こすシステムなんだよね。だから低地の湿原だった下総でも製鉄を可能にした。でもその前は自然の風を使っていたはずで、そうなると山地の方が局地的に風の強い場所、風の通り道とか多いはずで有利。安房って風強いですか?」
 これには祖父殿が答えた。
「ええ、海に突き出した半島で脊梁山脈とでも称すべき構造を持っていますからね。風は通りやすいところを通ろうとして局所的に集められます。同じ上州空っ風のなれの果てでも、気圧配置によってあっちが強かったりこっちが強かったり。しかも黒潮のもたらす暖気が常にありますからね。空っ風の寒気とケンカして前線みたいなものが出来ることが良くあります。畑持ちには気が抜けません。ニュースで、千葉だけ雨降り、電車が風で止まってる、なんて聞いたことありませんか?」
「そういやアクアラインは風の規制多いですよね」
「それはだだっ広い東京湾の真ん中横切ってるからだけどな。ただ電車の事はラジオで良く聞くな」
 佐原龍太郎の物言いにマスターは苦笑して言った。ラジオは店のBGMで多用。
 登与は彼らの会話をうんうん頷きながら聞き、
「そうすると、人の流れも含めて安房の国にあっても変じゃないですね。そしてそれは、自然の地形をそのまま利用したはずだから、人工物の体をなしていない可能性が高い。遺跡として発見されるよりも……」
「地名、地形、地質……後は、神様をヒントにした方がいいかも、か。鉄ってそもそもそれ自体神格的存在だもんね」
 理絵子は衛星写真地図を覗き込む。それこそ巨神の手でガッと表土を掻き取られたような安房の国・房総半島南部。その形象は隣接する三浦半島との連続性を有しており、地質時代に一緒に形作られたことを物語る。文字通り神代の出来事。
 国産みの神々は二つの半島を同時に造り給い、その間を日本武尊が渡った。
 
つづく

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町に人魚がやってきた【14】

 道沿いの店のおばちゃんとか、その店に来ていたおばあちゃんとか、たまたま歩いていたおばちゃんとか。
 基本漁師町なので、町行く人は圧倒的に女性陣。しかもお互い顔見知り。
 そのただ中に滅多に来ないドクターカーが走ってきた。みんな出てきて取り囲んで質問責めは当然か。
「いんや。人魚を図書館へ連れて行くんだな」
 先生ストレートすぎます。
 ところが、おばちゃん達驚くどころか動じない。
「あらそうかい」
「そら珍しいもんだ。しっかり調べてくれろな」
「おうよ勿論。さてちょっくら通してもらっていいかな」
 そんな会話をし、少し走っては別のおばちゃんに捕まって似た会話もう一度。
 どうにか町を抜けて、くねくね道を上って図書館まで……なるほど30分掛かった。
 図書館は2階建ての四角いビル。エントランスではグレーのスーツを着た白髪の男性が手を振っている。
「よう先生。ヒマだったからまぁ丁度良かったなや」
 館長のやっぱり佐久間。……曲がりなりにも税金でお給金もらってるはずで、〝ヒマ〟は問題では?
「なーんか資料あったけ?」
 先生がクルマの窓から顔出して訊き、次いでドアを開けて降りる。
「それがおもしれぇのがあったぞ。ぴちぴちぷるんぷるんのおなご打ち上げられたりし時この書開くべしとな。人魚のことじゃねぇかな。どれどれ見せてくれ人魚」
「まぁまぁ見てくれ人魚」
 荷室の扉を開いてご開帳。
「きゃ……あ、どうも」
 人魚は挨拶のまばたき。他方館長……頬を薄紅に染めて目尻を下げた。
「こらめんこいな」
 めんこいはカワイイの意。
「だべ?んだべ?」
「こりゃぁぴちぴちのぷるんぷるんに認定だ。しかもねーちゃん、金髪かえ」
 何だか場末のお水の店みたいだ。
「お、恐れ入ります」
 男丸出しの感想連発という状況。人魚は少々気圧された感じでまばたき。
「髪は塩素で脱色されたんだろて。下ろしていいか?」
「おうおう。ささ、良く来た。入ってくれ」
 
つづく

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桜井優子失踪事件【28】

【伝3】
 
「そうですねぇ……」
 祖母殿が言って、マスターの見ていた地図に指を伸ばした。
「安房のその手の言い伝えで有名なのは鋸南町(きょなんまち)ですね。沖合のこの浮島(うきしま)はでーでっぽが咳払いして飛び出したと言われています」
「ああ、東京湾横断フェリーの千葉側の。僕よく使いますよ。浜金谷(はまかなや)の隣ですよね」
 佐原龍太郎が顔を上げた。それこそ日本武尊の海路を現在行くフェリーである。
 つまり、当時からそこが横断航路として確立していた証。
 えっ?
「か・な・や?」
「どんな字ですか?」
 同時に気付き、同時に地図を覗き込む少女二人に、マスターが指さして見せる。
「ここだ。金の谷……なるほど、走水の海の千葉側か」
「金谷ってことは製鉄がらみですよね」
 登与が急くように祖父殿に尋ねる。金は黄金(こがね)、銀は白金(しろがね)、銅は朱金(あかがね)、そして鉄は黒金(くろがね)。産出する谷間は「金の谷」。金という字が入っていても必ずしもゴールドのみを意味しない。
「ええその通りです。しかし……」
「ミコトの上陸地が鉄の産地」
 理絵子は登与を見る。
「狙って?それとも偶然?」
 登与が返し、二人見つめ合う。どう思う?
 が、互いにそこだという直感・洞察感がない。
 すると、祖父殿がため息。
「お二人がお考えなのは弥生時代古墳時代でございましょう。しかしですね、金谷という名になったのは室町以降と聞きます。むしろ現代に通じる刀鍛冶の方では」
 祖父殿は、首を左右に振りながら、言った。
 結果、仰った通りここは違う、という直感確信が逆に来た。
「う~ん」
 理絵子は正座したまま腕組みして唸ってしまった。父親が新聞読みながら良くやる仕草だと気付いたのは後の話。
「状況を整理しようよ」
 登与が言ってセーラー内ポケットからシャープペンシルを取り出し、チラシの裏に書き出す。
 
つづく

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町に人魚がやってきた【13】

 先生それアプローチの順序が違うんじゃ……。
 受話器から凄い勢いの声が聞こえてくる。そりゃ町の名士がいきなり人魚だ言い出せば相手は驚いて当然……。
 じゃない。
 先生耳が遠い、イコール、ハンズフリーモードのまま耳にあてがってる、イコール、大声出しているように聞こえる。
 って、だけ。
 館長氏曰く「濡れてるのかその人魚」
「おおオレ達でタップリ濡らしたぞ。でな、その人魚ッコがな、どこに住んでたか知りたいんだとよ。延宝の頃だそうだ。その辺見繕って地図とか過去帳とか出しててくんねぇか?……30分くらいで着くよ。おう、よろしくな」
 モノスゴイ勢いでオーケーオーケー言っているのが聞こえて来る。先生はニコニコ顔で電話を切った。
「あー、今から休診だ」
「ハイ勿論。あー、なんかわくわく」
 人の病気より人魚の過去。萌えボイスが席を立ち、対しオレ達は人魚輸送準備。とりあえずバスタブに少し湯を足す。
「すいませんね。私のために」
「いや構わんよ。さてどうしたもんだかよ」
 軽トラ水槽に戻すのも手間だと話をしていたら、先生が病院の自家用救急車、すなわちドクターカーを使ってくれ、とのこと。バスタブ載せたストレッチャーを病院の裏手まで押して行き、ワンボックスの後ろにそのまま運び込む。
「先生が運転すんのか?」
「私でーす」
 挙手したのは萌えボイス。
 休診の札を出して戸締まりをし、人魚乗せた救急車と、マグロ載せた軽トラックで病院を出発。
 海沿いを走る。前行く救急車の後ろから、時々水がポタポタ落ちる。どれだけ揺れてるんだとハラハラするが、水は適度なクッションになるか。
 港市場を越え、町内唯一の信号を左折し、図書館があるのは集落挟んで山の上。すなわち、この大名行列で町の真ん中メインストリートを横切ることを要求する。しかも、そのメインストリートは狭く、クルマ一台通るのがやっと。オレがガキの頃は砂利道だった。図書館作るのをいいことに信号もろとも舗装したと聞いている。
 従って。
「あら先生どうなさったの?」
「どちらへ?誰か倒れたんかね?」
 
つづく

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