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2010年3月

元気のおまじない

 すみれちゃんが忘れ物を取りに教室に戻ると、先生が一人でぽつんと座っていました。
 タオルを顔に当てているのでよく見えないけど、小さく「しくしく」と泣いてる声が聞こえます。
「サエ先生?」
 すみれちゃんが呼ぶと、先生はびっくりしたように顔を上げてこっちを見ました。
「あらすみれちゃん」
 サエ先生は去年先生になったばかり。今年が初めての担任で、1年3組を受け持ちました。
 髪の長い、きれいなお姉さんという感じの先生です。でも、真っ赤な目、真っ赤な鼻。
「悲しいの?先生」
 1年3組には困ったことが一つありました。ゆうき君という男の子がとっても乱暴なのです。すぐ友達を叩くし、掃除は手伝わないし。でも、そういうことを先生に言うと、「お前が言い付けたな!」と勝手に決めつけて、関係のない子を叩いたり。
 それだけじゃありません。返してもらったテストに間違いがあるとくしゃくしゃにして捨てたり。先生に注意されると「うるせえばばあ」と言って教室から出て行ってしまったり。
「このままじゃ〝大縄跳び大会〟できないね。先生、どうしたらいいんだろうね」
 先生はそう言って、はぁ、とため息。
 大縄跳び大会はクラス対抗で、一番寒い今の季節に行われます。だから、最近の体育の授業はそればっかり。
 でも、いつも、引っ掛かるのはゆうき君。文句を言うと怒って砂を投げたり、縄を回す係の子を「お前がヘタクソだからだ」と言って叩いたり。で、そのまま校庭の隅っこに走って行ってしまって、いくら言っても一緒に練習してくれない。練習が足りないからまた引っ掛かる。
 そして今日、
「もう、あいつ抜きでやろうぜ」
 しゅうへい君がそう言ったのが、ゆうき君に聞こえたみたいで、大げんか。
 だから先生は泣いちゃったんだ。すみれちゃんは思いました。
「すみれちゃんに言ってもしょうがないもんね。先生が何とかしないとね。ごめんね、心配させて」
「ううん。あたし先生のためなら何でもするよ」
「そう。ありがとう」
 先生はすみれちゃんの頭をなでて立ち上がりました。
 
 おうちに帰って、すみれちゃんはまずお母さんに相談しました。
「先生、泣いてた」
「ゆうき君のことか。先生がションボリしてると、クラス全部がションボリしちゃうねぇ。でも、ゆうき君が自分で失敗して自分で怒ってるんでしょ。どうしたらいいかねえ」
 お母さんは困ったように言いました。
 すみれちゃんはお風呂の中でお父さんにも相談しました。
「先生に元気になってもらいたいんだ」
「どうしたらいいと思う?」
 お父さんは逆にすみれちゃんに訊きました。
「あたしに魔法が使えたらなぁ。呪文で先生のこと元気にしちゃうのに」
「ひとつ教えてあげようか」
 お父さんは言いました。
「え?お父さん魔法知ってるの?」
「そうだよ。しかも簡単難しい」
「何それ変なの」
 簡単で難しいって何だろう。
「知りたい?」
「うん」
「じゃぁ教えてあげよう。四つ葉のクローバーをあげるんだ。みんなで探せば早く見つかるんじゃないか?」
 すみれちゃんはなるほど、と思いました。
「それ絶対先生喜ぶよ!みんなにも相談してみる。お父さんありがとう」
 
 次の日、すみれちゃんは仲良しの友達3人と公園に行ってクローバーを探しました。
 でも、寒いのでクローバーは少しだけしか生えていないし、小さく縮こまっています。
「ないなぁ」
 公園のあっちからこっちまで探しましたが、四つ葉は見つかりませんでした。
 そのうち、夕方になって寒くなってきたので、諦めました。
「四つ葉、無かったよ」
 すみれちゃんはお風呂でお父さんに報告しました。
「そりゃ残念だったなぁ。そのゆうき君、だっけ?母さんに聞いたけど、失敗すると怒るんだって?」
「うん。ゆうき君がみんなと仲良くなれれば、先生も元気になるんだけど。ゆうき君練習してくれないし」
「そりゃあ大間違いだなぁ。だって、練習ってのは、失敗しなくなるまで何度でもやり直すことだからな。全然失敗しないなら練習なんかしなくていい。だから、練習の時に失敗するのは悪い事じゃないんだぞ。縄跳びは授業でしかやらないの?他に練習したりはしない?」
「授業だけだよ」
「学校の外で練習したっていいじゃん」
「あ!」
 すみれちゃんはそうか!と思いました。
 みんなで練習すればいいんだ。
 
 次の日、すみれちゃんは授業中にこっそり手紙を回しました。
『先生にないしょで縄跳びの練習して、すごく上手になって、先生をびっくりさせよう。練習だから、失敗しても怒っちゃだめ』
 帰りの会が終わった後、みんなはクローバーの公園に集まりました。
 ゆうき君も来てくれました。男子達に頼んで「練習で失敗するのは当然だから」と一生懸命に誘ってもらったからです。
「もし怒ったら、オレすぐ帰るからな!」
 ゆうき君は何だか最初から怒ってるみたい。すると、
「お前さぁ、途中から入るのが難しかったら一番最初に入れよ。だったら一人で飛ぶのと変わらないだろ?」
 しゅうへい君が言いました。
「その代わりちゃんと回せよ」
 ゆうき君が言いながら、縄の中に入って、練習が始まりました。
 でも、公園が小さいので、30人全員は無理です。2つの縄跳びをつないで長くして、15人ずつ、20回飛べるのを最初の目当てにしました。
 最初は縄が止まった状態から始めて。
 うまく行くようになったら、タイミングを取りやすいよう、最初は大きくゆっくり回して、少しずつ早くするように工夫しました。
 ゆうき君はだんだん縄に飛び込むタイミングが判ってきたみたいで、最初から縄を早く回しても、途中から入っても、うまく飛べるようになりました。
 途中ですみれちゃんが失敗しました。
「すみれのへたくそ!」
 ゆうき君がゲラゲラ笑いました。
 すみれちゃんは怒りたくなりましたが、自分が怒ったら、多分ゆうき君はまた。
 先生の泣き顔が浮かんで、じっと我慢しました。
 みんな何度か我慢をして、みんなそろって練習して、みんなそろって上手になってきました。
 もう15人で飛ぶのは大丈夫です。すると今度は30人でそろって飛んでみたいと思いました。でも、公園じゃ狭すぎます。
「学校戻ってやろうぜ」
「おう!」
 しゅうへい君とゆうき君が言いました。
「でも先生に見られたら作戦が……」
 すみれちゃんは心配になりましたが。
「オレが先に行って偵察してくる。みんなは下駄箱のところで待機しろ。報告する」
 ゆうき君が言いました。
「オッケー。じゃ、行け」
 ゆうき君が走り出し、みんなは後から学校へ向かいました。
 言われた通り下駄箱の前で待っていると。
「サエ先生はもう職員室にはいない。あと、教頭先生にお願いしたら使っていいよって」
「チャンスだ」
 みんなは校庭で縄を4つつないで広がりました。
「よーし行こうぜ」
 30人は初めてなので最初失敗しましたが、そのうちに20回飛べるようになりました。
「これで優勝はもらったぜ」
 
 次の日、朝の会で先生はニコニコしていました。
「あ、先生元気になった」
「えへへ。ちょっと魔法を見つけてね。みんなは、幸せになる魔法何か知ってるかな?」
「友達と手と手をくっつけてハート型!」
「夜明け前に四つ葉のクローバーを見つける!」
 先生はみんなの〝魔法〟をうんうん頷きながら聞いた後、
「へぇ~。みんな色々魔法持ってるんだねぇ。先生が見つけたのはね。いろんな色の縄をつないで長くして、大きな葉っぱの形にすることだよ。それが、先生の机から見えるって判ったんだ」
 
元気のおまじない/終

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ブリリアント・ハート【目次】

リンクは5話おき
 
【1~5】
【6~10】
【11~15】
【16~20】
【21~25】
【26~30】
【31~35】
【36~40】
【41~45】

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魔女と魔法と魔術と蠱と【目次】

【1】 【2】 【3】
【4】 【5】 【6】
【7】 【8】 【9】
【10】 【11】
【12】 【13】
【14】 【15】

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桜井優子失踪事件【39】

【鬼1】
 
「ネコの大王そのものじゃありませんが」
 
 大きな〝瓊(に)〟を鈴で作って鬼骨山(きこつやま)に捧げ、荒ぶる鬼よ静まるようにと祈った(現代語訳)。
 
 この文書がこれまで調べた内容とどうつながっているのか、説明が必要だが。
「鈴っていうのは、鉄分豊富な湿地帯で葦の根っこに付着する鉄の玉のことです。根っこに繁殖したバクテリアが体内に蓄積し、バクテリアの死後、鉄だけ残る。それが積もり積もってジャガイモみたいに幾つも。中は根っこが腐れば空洞になるので、石でも入れば鉄の玉がカラカラ鳴る。鈴の如し……本の受け売りですけどね」
 登与の解説に、一同はおお、と唸った。
「なるほどそれで鈴か。しかしバクテリアで鉄って結びつかないんだが」
「血液が赤いのは鉄分だぜ。バクテリアの体内にあっても変じゃないだろう」
 佐原龍太郎の疑問にマスターが即答。
「ああ、なるほど」
「ただ、そのバクテリアは、鉄を酸化させることで出てくるエネルギーで生きてるみたいですけどね。それで、瓊は勾玉に代表される球体のことです。鉄球か何かがご神体か、まつわる伝説じゃないでしょうか」
「太瓊天皇」
 確信と共に理絵子は言った。
 それは後の世に言う天皇ではないかも知れぬ。或いはこのような書き方は天皇の系統に傷つけたと言われるかも知れぬ。
 しかし、国家がまだ体をなす前の時代だ。当時の実力者は〝天皇〟と称される可能性が誰でもあった。ヤマトの各地に〝天皇〟がいたかも知れぬ。歴史に名高い蘇我氏や藤原氏は天皇気取りと書けるだろうし、現在であっても、組織で畏怖される・君臨する存在を天皇みたいと揶揄する。
 そんな傍系・異系の〝すめらみこと〟が、伝承の過程で幾人か取り込まれていても変ではない、のではないか。
 〝太瓊天皇〟が、鬼のような体躯だったのか、或いは葦の根の鉄の玉を教えた縄文人か、それは判らない。ただ、製鉄に関し何か画期的な仕事をした大男なのは間違いあるまい。
 ここが、ゴールだろう。後は、具体的な座標だ。
「鬼骨山って現存するんでしょうか」
 登与は男達と、祖父母の顔を見て尋ねた。
「ああ、でしたらクルマのナビゲーションで検索してみましょうか」
 
つづく

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町に人魚がやってきた【最終回】

 但し延宝年間の生まれ。
 玉手箱よろしく、契り結んだら年齢相応とかなったりするんじゃ……。この流し目が。
「カイショウナシさんさえ良ければ」
「は……」
 何だこの展開。
「私の身体に最初に触った男の人」
 ありゃ担いで運んだって言うんだ。
「この胸が知っているのはあなただけです」
 その姿形でムネ触らず運ぶのは困難。
「まんざらでもなさそうだなおい」
 ここが学校だったらひゅーひゅー冷やかされているんだろう。
「優しくして下さりますよね」
「そりゃ……でも、何で?」
 これってお見合い勧められて一発承知ってことだぞ。そりゃ昔は親の仕切りであてがわれたりしたのだろうけど。
 いいのか人魚……ちゃん。
 いいのかオレ。
「決めてたんです。あなたの背中で、あなたに運ばれながら、このまま陸に戻れるならば、あなたに添い遂げてもいいって」
「ごちそうさんだねぇ」
「やっちゃえ。佐久間の」
 人聞きの悪い。
 でも、やぶさかでない自分は何なんだ。
「単なる電器屋の跡取りだぜ」
「跡取り立派じゃないですか」
「どういうのが君の幸せになるか考えも付かないけど」
「一緒に探して行きましょう」
 いいのかこれって。
「決まったかな?牧師さん、準備してくれ。戸籍はどうする」
「役所に掛け合えばどうにかなるべよ。孤児の養子縁組だって出来るんだし」
「着物着せて人魚姫だな。さぁ今度は式の準備だ。高砂つくるぞ」
 一体世界のどこに拾ってきた人魚と2時間後に所帯持つ話があるんだ。
 図書館のドアが開く。
「すいません町役場に行きたいんですが道をちょっと」
 見慣れぬ若い女性。しかも何故かびしょ濡れ。

町に人魚がやってきた/終

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桜井優子失踪事件【38】

【因5】
 
「じゃぁ俺達は地形と地質か」
「でも鋸南から動くって、海沿いに下るか、鴨川(かもがわ)へ抜けるかだけっすよ。待てよ、千葉でここだけ峰の並びが東西方向で、ここを風が抜けるんだよな」
「しかも携帯電波カバーされてねーじゃん。ご主人、ここは人が少ない?」
 マスターが祖父殿に訊いた。
「その辺は……ああ、嶺岡(みねおか)山系ですね。何か特殊なものがあるのでしょうか。教育委員会に訊いてみましょうか。いやあすいませんね、いんたあねっと、があれば、検索できるとは優子ちゃんから聞いてるんですが」
 祖父殿は苦笑いしながらその場を立ち、電話を手にした。呼び出し音がかすかに聞こえ、相手が出る。
「ああ桜井ですどうも。大原(おおはら)先生はお見えで……」
 保留チャイムが数秒。相手につながる。
「突然すいません地学的な質問で。……いえいえ土壌のというよりも地質学。嶺岡山系ってのの特徴を知りたいんですが……孫娘の趣味です。……はい。すいませんお忙しいところ。はい、はい」
 祖父殿は理絵子のメモを手に取り、こう書き足した。
 
・嶺岡層 地滑り起きやすい 東西方向の峰 鴨川。
 
「鉄鉱石とか砂鉄と関わりはないでしょうか。……はい。え?」
 
・蛇紋岩 玄武岩 はんれい岩 超苦鉄質
 
 ちょう く てつしつ。……マグネシウムと鉄が主成分の岩石群。
 地質が、鉄に、たどり着いた。
 祖父殿は丁重に礼を言って電話を切った。
「苦いのはマグネシウム。つまり豆腐のにがりですね。確かに超苦そうですわ」
「鉄を含んだ地滑り地帯か。さっき彼女が言った雨のたびに崩れるってそのことじゃないのかい?」
 マスターは言った。
 地名、地形、地質、そして、神様。
 どうやら、この地で異論はなさそうである。
 「どうだい、理絵ちゃん。何か感じるか?」
 マスターは理絵子に尋ねたが、超常の手のひらが先に反応したのは登与の方。
 
つづく

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町に人魚がやってきた【23】

「えーっと……2時間くらいじゃないか?」
 ってオレいつから甲斐性無しだ。妻帯者なのに頼りないのが甲斐性無しだろうが。オレは独身だ。
 すると管理人作実氏、なまこ持ったまま、ハタとヒザを打った。えもいわれぬ音がした。
 最も、なまこ軟体動物だから大過はないのだろうが。……ちなみに飛び出したなまこの内臓は数日で再生するとか。
「おぬし甲斐性無し……」
 管理人作実さん、オレの顔をまじまじ眺める。
「連呼するなよ」
「か・い・しょ・う・な・し」
「だからぁ」
「あ、かいしょうなしか」
「おお、かいしょうなしではないか」
 館長、おじさん、そして闇鍋メンバーまで呪文のようにかいしょうなしカイショウナシ大合唱。
 そこまで言えばオレでも判る。貝無しでなく、甲斐無しの方のカイショウナシがここにござる。
「せっぷんしろ」
 ぶっ!
「おお、口ふさぐか」
 館長、ヒザを打たなくてイイから。
「でも、『ちぎる』ってどうするんだ?」
 おじさんが言ったところで、再び図書館のドアが開く。
「ええと遅くなりました。キッスでちぎる。結婚式ということでよろしいですか?」
 牧師さん。
 ちぎる=契る=ケッコン。
 待てコラ。
「おおそれは名案」
「人魚ちゃんにひどいコトしなくて済むし」
「明暗分ける決断かも知れないぞ」
 だじゃれで言うことか。
「どうだい人魚ちゃん」
 おじさんが彼女に訊いた。
 オレが思わず彼女を見ると、彼女もオレを見ている。
 正直ドキッとする。流麗な巻き毛の可愛らしいお嬢さんではある。
 
次回・最終回

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桜井優子失踪事件【37】

【因4】
 
「で、ここからが問題の方々で」
開化天皇-稚日本根子彦大日日天皇(わかやまとねこひこおおびびのすめらみこと)
孝元天皇-大日本根子彦国牽天皇(おおやまとねこひこくにくるのすめらみこと)
孝霊天皇-大日本根子彦太瓊天皇(おおやまとねこひこふとにのすめらみこと)
「ストップ」
「今、ネコって」
 マスターと佐原龍太郎が気付いた。
 その、崇神天皇の以前三代が、いずれも「ネコ」を含む。
 登与が目を大きくした。
「しかもこの三代は名前に……うん、太いとか、大とか、『くにくるのすめらみこと』なんて国を牽引だね。別に『くにおしひと』ってのもあるし。ああ、なるほど」
 登与は自身、その意味に初めて気付いたようだった。
「出雲の国引き神話」
 理絵子は指をパチンと鳴らした。出雲がつながった。
 来ている。これは来ている。主旋律。
「それもあるし。要は、国土形成、或いは国家成立の過程を象徴している。身体が大きい。神と人との中間的存在の可能性が高い」
「縄文人のことだとして整合性取れるかな」
「逆にそこが盲点かも知れない。私たちはそれこそ土蜘蛛伝承なんかから、ヤマト王権サイドの認識として、縄文人はイコール原始人扱いに違いないって一種の固定観念を持ってる」
「そうか。だけど逆に言うと、ヤマト王権には土蜘蛛は先住民という認識はあった」
「そこに、自慢の怪力で地形改変を行ったり、岩をゴロゴロ押す姿を見たとしたら?まして鉄器を使わず自然の恵みだけを糧に生きている。完全に八百万の神サイドの存在。人の姿をした神」
 登与が言い、少女二人は見つめ合い、期せずして文献を片っ端から引っ張り出した。これら「縄文人を思わせる大きな体で、ネコ」を含む文言が他にあるなら。或いはずばりその名が記された書物があるなら。
「鬼、何とか坊主、ナンタラの神、その辺か」
「だね。この辺の天皇は何かの象徴だから、大王、ミコトって表現はされてない可能性が高い」
 二人して超感覚を駆使する。文献の上に片端から手をかざす。ここまで来れば、最早隠しておく必要はない。ちなみに、マスターは理絵子の能力を知っているが、慣れているせいもあろう、殊更口にすることはない。
 
つづく

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町に人魚がやってきた【22】

「なんだ佐久間の甲斐性無しか」
 いきなり何ぬかす。
「まあまあ作実(さくみ)さん。背景は我々も良く判りました。しかし話を聞く限りとても彼女にそのような下心、超自然的な力があるとは思えません」
「人魚のどこが超自然じゃないとぬかす館長!」
「まぁまぁ。その、作実さんが把握されている海嘯女対策はどんな内容なのですか?これですか?」
 館長、例の墨絵をクリック。
 現代語訳。海嘯嘯く口で呼ぶ。海嘯無きよう口ふさげ。海嘯無しで口ふさげ。
 で、ちぎれ。
「その通りだ。カイショウナシ、貝を背負ってない貝を食わしてくれるのじゃ。さぁみんなしてそのサカナオンナを押さえつけろ。コイツを口に押し込んでくれる」
 が、勇んでバスタブに飛びかかろうとした姨捨管理人作実さんの方がおばちゃん連中に取り押さえられてしまった。
「ええい離せババァ共。まとめて姨捨山にほかってくれるぞ」
「やだひどい」
「作実の、ナマコは貝じゃないぞえ」
 おじさんが冷静に言った。
「イカやタコは頭足類と言って古くアンモナイトに原初をたどれる貝の親戚だが、ナマコは棘皮動物でまた系統が違う。だからこれを良く見ろ、なめくじになっておるだろう」
 おじさんは画面を指さした。
 作実さんは画面につかつか近づいて行って。
「なめくじかこれ」
「なめくじだ」
「なめくじこんなでかいのいるか?」
「なめくじの種類調べてみるか」
 300インチ大画面に次々なめくじ画像が踊る。だが、ヤマナメクジが〝長い〟程度で、頭に載せてフィットする〝大きい〟のは出てこない。
「畑にも厠にもこったらちっこいのばっかりだよ」
「キイロコウラナメクジも最近は減ったねぇ」
 キャーとかキモチワルイとかでなく、冷静な分析が出てくるところがおばさん達のすごいところ。
「ああ、冷めたら固くなってしまう」
 誰かが言って……既にあらかた空っぽになっている鍋をガシガシオタマで掬う音。
「でかいなめくじなぞおらんではないか。ええいこうなったらしこたま集めて……間に合うか。おい甲斐性無し!このサカナオンナがここに来てどのくらいだ!いつ拾った!」
 
つづく

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桜井優子失踪事件【36】

【因3】
 
 この類似性。接点は出雲と剣、すなわち鉄の武具(もののぐ)。
「元は同じであるとも、後が前を参考にしたとも、後を参考に前を置いたとも」
 登与が言った。
 それは、日本そのものを背負った二人の類似性に基づく当然の仮説3パターン。
「高千穂さん、ミコトから神武天皇まで戻れる?」
 理絵子は登与を見て訊いた。
「え。天皇家?」
「うん。祖先は神様だし。皇紀紀元って大体そのくらいの時代でしょ」
 理絵子の発言は政治家の失言を思わせるがイデオロギーとは関係ない。神話上の存在と実在との接点を各天皇の実在性から見出そうとしているだけである。
「まずミコトのパパが景行(けいこう)天皇、それから垂仁(すいにん)、崇神(すじん)。で、ここより前は実在性の問題があって、開化(かいか)、孝元(こうげん)、孝霊(こうれい)、孝安(こうあん)、孝昭(こうしょう)、懿徳(いとく)、安寧(あんねい)、綏靖(すいぜい)、そして神武天皇」
 理絵子は頷き、こめかみに指をして少し考え、
「で、確か神武天皇とかフルネームに神って字が入ってたよね。それが元は神様だった可能性だとか言われてて」
「諡号のこと?神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)」
「うんそれ」
 諡号(しごう)。没した貴人への贈り名である。なお、実在性の問題とは、文献に執政の記述がない、大変な長寿であるなど、客観的な存在証明に乏しい天皇・大王を指す。皇紀起源の疑問視、更には非科学的軍国主義思想のトリガにされるが、純粋に古代伝承の残照と見るならば、むしろその時代におけるヤマト王権の征服行為を擬人化した表現、と考えるのが自然ではないのか。さもないと、縄文人である土蜘蛛の討伐が記紀や風土記に見られることと整合性が取れない。なお、崇神天皇は常陸国風土記にも同一と見られる人物の記述があり、所知初國御眞木天皇(はつくにしらししすめらみこと)との諡号文言から、事実上最初の統一支配者ではないかと目されている。
「えっと、ザッと言うよ。記紀で違う物は古事記で統一」
「お願い」
景行天皇-大帯日子淤斯呂和氣天皇(おおたらしひこおしろわけのすめらみこと)
垂仁天皇-伊久米伊理毘古伊佐知命(いくめいりびこいさちのみこと)
崇神天皇-所知初國御眞木天皇(はつくにしらししすめらみこと)
 ……読み上げるとさながら呪文。最も、神との接点たる存在であり、呪文めいていて相応なのかも知れぬ。
 
つづく

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町に人魚がやってきた【21】

 神主さんの求めに応じ、館長がパソコンカチャカチャ。
 出てきたのは墨絵。白装束で白いはちまき、右手にイカ、左手にタコ、頭の上に巨大なめくじ。
「これ、私の嫌いなものばっかりです」
 入り口ドアが開いたのはその時。
「いらっしゃ……」
 さっきの調子で萌えボイスが応じようとして、凍り付いたみたいに動作を止めた。
 墨絵そのまんまの姿。ただし、持ってる動物がチト違う。右手にナマコ左手にイカ、頭の上にはタコ鎮座。
「通りに誰もおらんと思いやこのザマ。おのれらまんまと騙されおって!」
 その姨捨山の持ち主の老男性。御年78。そう、かの山は私有地。
 町としては観光アイテムと捉えたいが、この人が山裾ぐるりと有刺鉄線。発掘・盗掘の企みを阻止するのが目的とか。
 日常じろじろ見張っていて、近づけば誰彼となく一喝するので評判すこぶる悪し。
「その方(ほう)、海嘯女であろうが」
「なん……ですかねぇ」
 人魚は言って、目をぱちくり。
「ぬけぬけとほざきおって」
 男性怒りのあまりか拳をギュウギュウ握って、お陰でナマコが肛門から内臓噴出(本当にやります)。
 しかし人魚ってだけでその妖怪に該当するのか不明だし、ましてや激怒されるのも考えてみれば理不尽な。
「そんなに握ったらナマコちゃん可哀想ですよ」
 人魚が優しくひとこと。
「うるさい黙れ。お前をこうしてくれたいわ。ええいどいつもこいつもたぶらかされおって。どうなるか判っておるのかっ!」
「色々伝説は聞きましたけど……」
「こうして話した限りとてもそんな怖い子には……」
 眉をひそめる闇鍋参加メンバー各位。
 対し、姨捨管理人氏はこめかみに青筋。
「それがたぶらかされておるというのじゃ!一番最初に見つけたのは誰じゃ。連れてきた愚か者は誰じゃ」
 確かに人魚ってそもそも異常だが、ここまで悪し様に言うのもなんだかなぁ。
「オレっすけど」
 オレは手を上げた。
 
つづく

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