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2010年4月

桜井優子失踪事件【43】

【鬼5】
 
 佐原龍太郎の顔に凝固が見える。彼は理絵子の能力を知らぬ。追って知らせても構わない存在だとは思うが、今はまだ、説明は後回しだ。……どころか、自ずと理解する事態が訪れる、そんな気がする。
「じゃぁどうして霊能使って入り口を調べないんだい?」
「無理矢理入り込む場所ではないと考えるからです」
 理絵子は即答した。即答してからそれが正しい答えだと自ら追認した。
「じゃぁどうやってたどり着くつもりだったんだい?」
「彼女はここにいる。だから行こう。それだけです」
 理絵子は再度即答した。実際、〝たどり着く方法〟を具体的に考えていたわけではない。行かなければならない、ただそれだけ。
 すると。
「そうかい」
 男性は、一呼吸置いて。
「あんたは、本物かもわからんね」
 第三者には理解しがたい、不思議な問答。
 だが、大きな意味がある。それが二人の認識。
「蛇神の嫁の話は知ってるかい?」
「治水に関する人身御供の一般論として、でしたら。ここの伝説については今伺ったのが初めてです」
 答えると、男性は大きく頷き、少し笑ったような表情を浮かべ、
「ほほう…では、知らなくていいよ。それは私がばらまいたウソだから」
「は…」
 二人は男性の顔を見、次いで互いに顔を見合わせた。
 ウソの背景はおおよそ推測が付く。ウソに釣られて物見遊山で〝パワースポット〟を荒らしに来た輩をあらかじめ排除しようというのだ。
 ネットの噂に踊らされた程度なら、ここが禁足地である本質を見抜く能力……本物の〝霊能〟はない。
 ハッと気づく。逆に言えば、それはこの地に入るのであれば、それなりの能力を要求される。
 現代は因と果だけが残っており、時と共に流れた経緯は中抜け。
「ここが禁足地になっているのは大きな事故があったからだ……神話の時代だがね。鉄の取りすぎで土砂崩れが起き、多くの村人が生き埋めになったそうだ。以降、実に簡単な原因で崖が崩れたり地滑りが起きたりするようになった。いつどこで何が起こるか、安全を保証できないわけだ。だから神の名の元に立ち入りを制限したのだよ」
 
つづく

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桜井優子失踪事件【42】

【鬼4】
 
「ダメだな。『この先私有地。鬼骨山へは行けません』とかカンバン立ってる。無理くり分け入ったタイヤの跡はあるけど、岩場だから俺らの奴じゃな。オフロード仕様ならどうにかなるかも知れないが」
「無理くりはちょっと……誰かに訊いてみますかね。オレその辺走って……」
 言いかけた佐原龍太郎の声を遮り、乗り物が砂利を食む音。
 顔を向けると、古びた自転車の男性が、その道の奥方から走って来、逆に訝しげに見返された。
「あんたらも、〝スポット巡り〟ってやつかい?」
 立ち止まって彼らに声を掛ける。初老、と書いて良かろう。生え際がかなり後退し、広くなった額に皺を刻む。
「困るんだよね。無断侵入なんだよ。判ってるかい?……真面目そうに見える女の子だがねぇ」
 少女二人を上から下まで眺めてため息。もううんざり、という意識がありあり。
「申し訳ありません。友人がそこへ連れ去られた可能性があって」
 理絵子は頭を下げた。何を言うか考える。無理と無断は避けたい。
「見え透いたことを言うもんじゃないよ。悪いがそこは禁足地だからね。道なんかないよ。さ、帰った帰った。それとも110番されたいかい?」
 そこで登与がヘルメットを取り、頭(かぶり)を振って自らの髪に息抜きをさせ、
「(大きな瓊を鈴で作って鬼骨山に捧げ、荒ぶる鬼に静まるように祈った。)」
 原文を口にした。
 果たして男性の瞳が大きく見開かれる。見ていたこちらが驚くほど。
「そっちを知っているとは魂消た。何者だあんたたちゃ。〝蛇神の嫁〟で来たんじゃないのか?……本当に行方不明になったのかい?」
 どこまでいきさつを話すべきか迷ったが、行方不明の友人が〝だいだらぼっち〟伝承の原点を求めて安房に通っていたので、そこを切り口に調べていて古文書に出くわした。そして、禁足地は行方不明の可能性故に設定された可能性があるので回っている最中、と理絵子は言った。
 ただ一点引っかかる。男性の言う〝蛇神の嫁〟は調べてきたことと違う。
「近頃はインターネットで調べれば何でも出てくるそうで」
 男性は自転車から降り、スタンドを立てて言い、ため息を付いた。
「一つ訊くが、どなたか、霊能力をお持ちかい?」
「あ、はい」
 少女二人は同時に答えた。答えても構わぬと期せずして思い、互いの気持ちを確認し、同意のもとに声に出し、手を上げた。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【41】

【鬼3】
 
 理絵子はヘルメットをかぶりながら、父親の携帯電話にメールを飛ばす。『鬼骨山巨人伝説と比定』。
 詳しい場所はネットで検索するだろう。
 携帯電話エリア地図を借り受け、ツナギを着込む。
「優子ちゃんにこれを。お腹空いてると思うと気が気じゃなくて…」
 祖母に託された食パンと缶コーヒー。
「道がないならこれを。何かの役に立つかも知れませんので」
 祖父殿が持たせてくれたのは、懐中電灯と方位磁石。
「確かに承りました」
 理絵子は手ぬぐいに包まれたそれらを受け取ると、バイクの座席下、手荷物スペースに納め、マスターと共に原動機にまたがった。
 海沿いを走り出す。しばらく南下し、国道から信号を折れて山越えの県道に入り、緩い勾配を上って行く。次第に勾配がきつくなり、人家がまばらになって行く。
 鬼骨山とおぼしき方向を目指して脇道に入る。片側一車線で中央分離線もあった道は、畑地を抜けると急に細り、アスファルトのヒビ割れた荒れた路面に変わり、そして未舗装の砂利道になった。
 両側に山が迫り、道はこの先間もなく行き止まり、と容易に予測される地勢。
 携帯電話も通話エリア限界。電波強度を示す3本柱のグラフが0本。
 一旦止まり、バイクを降り、休憩がてら桜井優子の携帯に発呼。……しかし、圏外または電源が。
 メール受信を試みる。……父親から返信が来ている。
『調べさせている。ネットで見たらパワースポットと書いてあった。お前の管轄だな。気をつけて』
 パワースポット……すなわち大地や神々の霊的エネルギーを感じる場所。
 他愛ないオカルト遊び。或いは正統派の伝承に便乗。
 殆どがインチキだが、ごく僅か本物が存在するという霊的現象によくあるパターン。
 この場合は、後者か。
 男達はこの間、携帯に収めた地図で当該の山と道筋探し。
「この辺から入って行かないとたどり着けないと思うんだが……ちょっと待っててくれるかい?」
 マスターが一人ゆっくりと機体を走らせ、道の奥へ向かう。
 その姿は立ち枯れた草むらの向こうに見えなくなったが、しかし程なく首を左右に振りながら戻って来た。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト【目次】

リンクは5話おき。
~第1部~
001-005 006-010 011-015
016-020 021-025 026-030
031-035 036-040 041-045
046-050 051-055 056-060
061-065 066-070 071-075
076-080 081-085 086-090
091-095 096-100 101-105
106-110 111-115 116-120
121-125 126-131

~第2部~
001-005 006-010 011-015
016-020 021-025 026-030
031-035 036-040 041-045
046-050 051-055 056-060
061-065 066-070 071-075
076-080 081-085 086-090
091-095 096-100 101-105
106-110 111-115 116-120
121-127
~第3部~
001-005 006-010 011-015
016-020 021-025 026-030
031-035 036-040 041-045
046-050 051-055 056-060
061-065 066-070 071-075
076-080 081-085 086-092
(完結)

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桜井優子失踪事件【40】

【鬼2】
 
「ああ、なるほど」
 祖父氏の提案で一旦屋外へ出、裏手の車庫に向かう。昨今増えてきたエンジンと電動機ハイブリッド駆動の国産高級車が文字通り鎮座。
 祖父氏が艶やかなピアノブラックのドアをカチャリと開き、ハンドル脇のスタートボタンを押して、電源を入れる。
「ご自由に」
 車内の電装品が様々にランプを点灯させて動き出し、男達が乗り込んで操作する。
「これ純正……ちゃうな。みたいにインスコしてあるけど、あ、スゲー」
 マスターは目の玉が飛び出るような金額を口にした。そういう価格のナビゲーション一体型車載シアターセットだそうだ。ちなみに〝インスコ〟はインストール……導入のネットスラングである。
「ああバレてしまいましたか。流石ですね。八王子の店に頼んで入れたんですよ。防犯上それと判らず仕込んだ方が安心だと言われましてね」
 ナビゲーションシステムの起動を待って地名検索を掛ける。〝そこに何があるのか〟は地図が便利だが、〝何がどこにあるのか〟は圧倒的にナビが便利だ。
 〝鬼骨山〟……それは確かに嶺岡山地の中にあった。
 ただ、地図の縮尺をどういじっても、そこへ行き着く道が表示されない。
「クルマで行けそうも無い感じですが」
 祖父殿が困った表情。
「バイクなら何とかなりますし、それに理絵ちゃんの見立てが正しければ、むしろ奴もバイクで行ったんじゃないかと」
 マスターはつぶやき、縮尺を幾度か変え、都度ナビゲーション画面を携帯電話のカメラで撮影し、画像を内蔵メモリに保存した。
 屋内へ持ち帰り、携帯電話エリアマップと照合する。
 〝圏外〟であり、半島を横切る道からかなり離れている。最も、こちらは衛星写真を元にしているので、地形は判る。細い川の源流であり、水源であろう、池とおぼしき水面が写っている。
「湖沼があるのは地下で吸水して尚余った水分が溜まっているわけですよ。確かに地滑り地帯かも知れません」
 祖父殿が言った。
「行くか理絵ちゃん」
「はい」
 彼らは外房側からのアプローチになる。距離にして30キロほど。
 
(つづく)

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