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2010年7月

桜井優子失踪事件【57】

【骨2】
 
「龍、『恐怖の報酬』って映画知ってるか?」
 心配そうに車輪を眺める佐原龍太郎にマスターが訊いた。
 往年の名画である。ニトログリセリンをトラックに積み、爆発させずに運びきれば高収入。
 途中、今の自分たちと同様な細かい凹凸が続く路面に遭遇する。トラックは揺れるが。
「細かい凹凸は逆にぶっ飛ばせばイチイチ反応しなくなる」
 その理屈には理絵子にも心当たりがあった。夏休みに自転車で急いでいた時、工事でアスファルト剥がされた砂利部分に勢い余って突っ込んだことがあったが、見た目の荒さに比してガタガタするでなく、パンクもなかった。同じようなことだろう。
 斯くて男達はエンジンを煽った。
 狭い洞窟路で速度を上げるのは命がけの冒険と言えた。
 だが、髑髏が左右にあるお陰で、
 その否が応でも、本能レベルで知っている姿の故に。
 すなわち、顔面全体が光るが、眼窩だけ光を返さないが故に、壁の位置と、正しい道の選別に労することはなかった。
 髑髏によって死から逃れている。それは明らかと言えた。
 しばらく走ると、正面行く手、細い道の真ん中路上に首だけの先祖を認めた。
 要するに頭蓋骨が〝置いて〟あり、こちらを見つめているのである。狭いので避けて通ることは出来ない。当然の如く、バイクを止める。
 アイドリングに混じって水の音。
 ヘッドライトの光芒に、流れ落ちる大量の水がキラキラと照らし出された。
 〝道〟は暗渠の滝で途切れていた。
「髑髏さんに気付かなければ、水と一緒にどこかに落ちたわけだ」
「見慣れたというか……本物なのになぁ、何だかなぁ」
 男達は口々に言い、髑髏に手を合わせ、他の先祖と同様、丁寧に壁面の台状の部分に載せた。
「で、行き止まり……かな?」
 登与が傍らに立って言う。さぁこの先どうする。理絵子は錫杖を手に滝の裏の流れを見つめる。滝の中から飛び出せ?
 この向こうが目的地だという認識はある。だが、流水を突っ切れという示唆はない。
 案内役は風なのだから、風に訊くべき。
「これだけの流れを越えて風が吹き込むとは思わない」
「私もそう思う」
 二人は感覚を使い、周囲を見回しながら少しずつ後ろへ戻る。必ずどこかに風の道があるはず。
 黒髪よ、遙かなる女神達より受け継ぎし我らが黒髪よ、風の流れを伝えて。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【56】

【骨1】
 
「これは、バイクでトンネルぶち抜け、だろうな」
 理絵子達が頷く必要もなかった。
 ヘルメットをかぶって原動機にまたがる。
 ヘッドライトの光芒を洞窟に向ける。
 夥しい貝がらと、人骨。
「おおっと」
 表現は悪いが、ゴロゴロ、している。
「〝行旅死亡人〟か?」
 マスターが言い、ライダー用グローブを手にしたまま頭骨に両手を合わせて拝む。行旅死亡人(こうりょしぼうにん)とは〝官報〟に載る身元不明遺体情報のことである。人知れぬ自殺者、行き倒れさん。稀に過去の放棄された墓地が掘り返された事例も出る。遺体である以上、検分が入るのだ。最もその結果〝死亡したのは明治期以前と推定〟などと掲載されるわけだが。
Doaho
(似た実例:2011年5月27日官報より)
「縄文時代と思います。眼窩(がんか)が四角くて鼻が高いので」
 登与が頭骨を眺めて言った。
 中学生の女の子が、化石出土品のレベルとは言え、本物の頭蓋骨を昆虫か小動物の観察の如きフィーリングで冷静に見ているというのも奇異な眺めではあるが。
 現時点では、理絵子が節足動物に対して冷静なのと同様、とだけ書いておく。及び、ここに、〝人々〟がこうして並んでいる意図も、節足動物たちと同じ。
「お騒がせすることと、我らがあなた方の住処を通りますこと、お許し下さい」
 理絵子は洞窟に向かって立ち、願い出た。
 すると、髪の毛が後ろから前へ、すなわち、洞窟へ流れ込む方向で吹いた。
 追い風。許可の意と捉えて良かろう。
「行きましょう」
 エンジンが猛る。
 中へ入り、温度が下がって湿気がまとわりつく。操作を誤れば壁に接触する隘路であり、細かい凹凸が激しく、バイクは終わらない地震のように徹底的に揺れた。
「サスが壊れそうだ」
 佐原龍太郎が一旦停止し、嘆くように言った。サスはサスペンション。バイクの衝撃吸収機構が凹凸で破損しそうだというのである。
 彼女達も尻が痛かろうと小休止する。ライトが照らす壁面のそこここで永遠の眠りに付いた人々が見守っている。
 不思議な物で、死と恐怖を象徴するはずの髑髏が逆に優しく見ているような気になる。暗渠に髑髏。最高に不気味なシチュエーションのはずだが、単に見慣れただけか。
 
(つづく)


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【妖精エウリーの小さなお話】闇を齎す光【8・完結】

(承前)
 
「あんたも、そんな我慢をしてるのか?」
 しゅんぺい君は尋ねました。
「……まあね」
 私は答え、そして心を閉じて独り言。
 かれこれ200年。
 ケルトのフェアリはそれなりに人々に愛され、
 そしてギリシャ神話のニンフ達には、人間さんと所帯を持った場合もあった。
 その末裔として、応じた姿形を与えられたそもそもの理由は。
 しかし。
「あんたは、ずーっとずーっと、我慢し続けなけりゃならないかもな。そんな気がする」
「予知も出来るの?」
 私は苦笑しながら訊きました。
「フッと判ることがあるんだ。あ、これはこうなるなって。知っても嬉しくないことの方が多いけど」
 
 オレもずっと一人のままの気がする。
 
 気持ちと共に届いたイメージは、闇の方へ歩くしかない自身の後ろ姿。
「だったら」
 もう一つ提案。
「え?」
「心の傷というものが君には判るはず。一人だけの気持ちも君には判るはず。そして味方が現れたと知った気持ちも、君は知ったはず」
 
 わたしの仕事は、動物や虫たちの生きる味方であり続けること。
 
 すると。
「あれ?」
 彼が言い、ハッとしたような表情を見せました。
「あんたが、今あんたが……白く光ったように見えた。……それだ!って思ったら」
 大きな変化を彼の能力は捉えたようです。
「不思議だ。嬉しくないのが消えた……あれ?妖精さんどこに?」
 
闇を齎す光/終
.
妖精エウリーの小さなお話・一覧

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桜井優子失踪事件【55】

【鉄6】
 
 理絵子は錫杖を振って問うた。この杖がテコになる。
「え?……ああ、なるほど、ちょっと待ってくれよ。応用だな。バランスを意図して崩せばいい」
 〝玉掛け〟で求めているのは安定して荷を作り、バランスを崩さず上げ下ろしできること。
「しかしいくらテコで鉄の棒とは言え……人力で動かすにはデカすぎないか?」
「マサ兄(にい)、岩をダイレクトに動かす必要はないです。荷崩れってのは何かの些細なきっかけで始まって、後は質量と重力で増大するもの」
 佐原龍太郎は岩の組み合わせをあちこち見回し、人の頭ほどの小岩がつっかい棒の役目を果たし、大きな岩が転げ落ちるのを防いでいるというメカニズムを見出した。
 従って、岩そのものではなく、小岩を弾き飛ばせば大岩は転げ落ちる。
「……こうすれば支点・力点・作用点全部揃う」
 杖を差す位置も確定した。
 大岩が転げてバイクを潰されては困るので、バイクを鳥居より高い位置へ移動する。
 大岩が下の道まで行くという懸念は、土壌の柔らかさと先の灌木群の存在故に感じなかった。
「やるか」
「はい」
 錫杖は別の岩を介して(支点)、小岩(作用点)を斜面下方から上へ弾く形。人間は斜面を利用して加速しながら錫杖の鈴生り部分にぶら下がる。
Teko
 万全を期すため体重のある男二人でタイミング合わせて斜面からジャンプ。
 小岩を弾いたら、大岩は恐ろしいような音を立てて、しかし大きさと想定される重量からは遙かに軽々と斜面を転がり、鳥居をくぐり、跳ねて飛んで落ちて、バイクのタイヤで掘れた跡にクレーターを作り、この沢谷の反対側斜面へ飛び、少し登り掛けて戻り、そのクレーターにゴルフのカップインよろしくはまり込んで止まった。
 ゴルフと書いたが巨人のそれのようなほぼ球体の岩である。
〝瓊は、その道を塞ぐのに使われた〟
 先の男性が教えてくれた伝承は真(まこと)であった。
 そして、理絵子は錫杖を再び手にして、現れた状況に立ち止まり、自らの髪を流す。
 岩の外れた急斜面からサーッと気流が流れ込む。
 洞窟である。真っ暗で先は見えないが、風が出て来る。それは当然、入ってくるところがある、どこかに繋がっている証拠。
 そして、洞窟・トンネル、すなわち〝中抜け〟はこの冒険で始終つきまとっていること。
 真実は、この中にある。
 
(つづく)


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【妖精エウリーの小さなお話】闇を齎す光【7】

(承前)
 
〈通訳してくれ妖精さん〉
〈はいはい〉
 会話の型式で書きましょう。
「お前、俺たちと友達にならないか?」
「何だって?……ってか、カラスのクセに」
 〝人格〟がある上に友達に……彼としては二重の驚き。しかし、生き物が人に慣れるということは、個性の表れでもあるのです。犬猫はもちろん、爬虫類両生類。昆虫だってある程度は。
「お前が俺たちをその光で攻撃しないと約束するなら、俺たちはこの辺のゴミを漁らないよ。その代わり、他の群れの奴が入り込んできたら、俺たちに教えてくれ。お前に妖精さんと同じ能力があるなら、俺たちにはお前の心が理解できる」
「妖精だって?」
 彼……しゅんぺい君……は、その事実に非常な驚きを示しました。
「何とかの精とか、おとぎに話に出てくる……」
「そう。君の持つ力こそが、そんなおとぎ話に隠された真実の証」
 尋ねるしゅんぺい君に私は答えました。だからってテレパシストなら私たちの存在を知っているか、知らせて良いのか。そんなことはありません。基本、私たちは人間さんとのコミュニケーションは禁止、少なくとも、正体が判るような意思の疎通は禁止です。
 なぜなら、人間さんがそんなものはいないと決めているから。私たちにそれを覆すような言動を取る権利はないのです。
「誰にでも、普通とは違うことがある。それは、普通じゃないことが出来るっていう運命からのメッセージ」
 運命、と言いましたが、アカシック・レコードがどうこうという〝理論〟は私は嫌いです。生き延びようとして願い努力したにも関わらず訪れた死すらも〝決まっていたこと〟なのか。
 決まっているなら、超常の能力だけでそれが見える必然性がありません。神様は命を弄んでいるのでしょうか?
「……あんたの考えてることは難しくて良く判らないけど」
 しゅんぺい君は前置きして。
「あんたが、オレのことを考えてくれてるってのは判った。このカラスどもが何もしないようになれば、ってことだな」
「動物とコミュニケーションを取れる人はいますし、カラスたちは頭がいい。不自然ではないはず。ただ、君は君の力について口を噤むべき。なぜなら人にとっては不自然だから。誇示すればするほど、その不自然さの故にみんな君から離れて行く。君が君を隠すことが出来るなら……時間は掛かるけど、いつかは人々の記憶も過去に封じられるでしょう。生きて行くには長い我慢が必要なこともある、ということです」
 
(次回・最終回)

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桜井優子失踪事件【54】

【鉄5】
 
 斜面と言うよりは崖と称した方が近いかも知れぬ。眼前には見上げるような岩がゴロゴロあり、その崖に近い斜面上方にもごつごつした岩場の存在が確認できる。登攀するにはロッククライミングの技術を要しよう。……確かに行者は錫杖を頼りに深山幽谷を跋渉するが、今この状況は自分たちにそれを求めているのだろうか。
「バイクは?……置いて行くしかないだろうな」
 マスターが残念そうに呟く。
 理絵子は結論を保留する。錫杖が自分の獲物として持たされたものなら。
 バイクの方は男達に許された、或いは依頼したものと言って良いだろう。そしてそれは、それなりの速度で移動することと、運搬が任務。
 バイクを置いて行く必要は恐らく無い。いやむしろ存分に活用されるべき。
 同様の流れで高千穂登与の神代知識の総合力はまだ必要であるはず。
「私個人は貝がらが引っ掛かるんだ。貝がらの防腐効果を知っているということは、縄文遺構の貝塚を知っているということでしょう。つまりこの近くに縄文時代の生活址があるんじゃないか。黒野さんが感じているように、全てヒントと活用が運命づけられているなら、それがヒントとして用意されている、気がする」
 バイクを使える。縄文時代の生活に関わる。
 期せずして二人見つめ合って解を探す。二人の長い髪の毛がゆっくり揺れ、足もとを湿った冷たい気流が這うように流れる。
 今こそ二人の全てを合わせる時だと感じる。露骨に超感覚で意図を探り合い怒鳴り合ったあの日のことも、逆に言えば双方腹の中残らず探り合ったわけで、相互の完全理解を経て今日のためかという気さえする。
 急斜面を背後にした登与の髪が背中から胸側へ揺れ。
 彼女を見つめ、斜面を正面に捉える理絵子の髪の毛が右から左へ揺れる。
「えっ!?」
 二人は気付いた。なぜ私たちの髪の毛揺れ方が違う。
 特に登与は背後から。
 気流が斜面を下りてきている?否、髪は揺れるが、斜面の枯れ草は微動だにせず。
 草は動かないが風は来る。
 風はこの眼前にゴロゴロしている巨人のジャガイモみたいな岩の向こうから来ている?
「岩の向こうが穴ならば」
「あっ!」
 理絵子の気付きに登与が小さく叫ぶ。縄文人はそもそも穴居民族。
 貝の防腐効果を秘密とするため、後世その穴住居を意図して塞いだとしたら。
「龍太郎さん。この杖でこの岩をテコで動かそうとするなら、最適な場所はどこ?」
 
(つづく)

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【お知らせ】リンクのページを作りました

幾つかのブログさんに相互リンクを申請しており、備えてリンク専用のページを作りました。そうしないと携帯で表示されませんのでね。
なおもし、このブログとリンクしてもええぞこの野郎という慈悲溢れるな方が居られましたら、コメ機能やプロフィールページ内のメアドから連絡お待ちしております。レムリア「だけ」でも構いません。

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リンクのページ

●リンク
「小説」に定義無し。色んな切り口色んな長さ。「へぇ、こういうのもアリだな」そんな発見をお楽しみ下さい。

★「GreenGarden
「インスタントゆうれい」(『第13回ニッサン童話と絵本のグランプリ』佳作作品)
「呪いの影」(偕成社「ねむれないほどこわい話2」収録)
など、ちゃんと武者修行して実績もある妻の作品庫。

★ココログ小説「Uozumi-Universe
ちょっと奇妙なショートの森。ん?読み終わって…物思う時間が案外長かったり。 (管理人様承認済み)
. 
★ココログで発表されてる小説「創作物語工房
この方の執筆活動も随分長いです…何せ、よく似た名前なので(^_^;…同人活動もされてます。(管理人様承認済み)
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★ココログ小説「千手阿修羅
時代を遡ることおよそ八百年──ある春雨の降る晩……ありでしょ、こういうノリOK。(管理人様承認済み)
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★ココログ小説「春宵茶房
春宵一刻値千金。…色んな一刻から切り出された珠玉金色の。物語。こういう多方面からのアプローチOK。(管理人様承認済み)
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☆最後に自作自演。出張所があれば当然本体あり。パソコン専用。単にイッキ読み用アーカイブ。
創作物語の館

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【妖精エウリーの小さなお話】闇を齎す光【6】

(承前)
 
 彼が私に対して少し不思議な印象を持ち始めていることが判ります。自分の所業や特殊性を知った後、一方的に忌避したり非難しない相手は初めてのようです。
「お前も同じなのか?」
 私も同じ立場で虐げられているのではないか、という推測。言葉遣いが尊大なのは〝何でも判る=何でも知ってる〟というよくある誤解と勘違い。
「誰にもない力を持つことは、誰にも出来ないことをしろという意味。私はそう考えて、どう使えば最も有効か考えた。生き物の端くれとして、確実に胸を張って正しいと言えるのは、命を救うことだと結論した。君はどうしたい。君の夢は、幸せと満足は何だ?」
 
 みんなと友達になること。
 
 誰にもない能力を持つことによって、誰にでも出来ることが彼には出来ない。
 彼の心理変化にシンクロして、殺気立っていたカラスたちの認識に変化が生じます。カラスは人間に敵視されていることを知っています。ゴミを漁る性悪カラスを懲らしめてやろうと思った瞬間、逃げ去った。そんな経験はありませんか?
 カラスたちは、彼から攻撃的な意図が消えたと察したのです。
 そして、彼は、そんなカラスたちと同じような立場にあるとも。
「み、見るんじゃねえよ!」
 心の中を覗いてくれるな……強がる彼の、ココロの弱点。唯一最大の引け目。
「覗かれる痛みが判ったかい?」
 私は気付いて指摘しました。
 そうそれは、彼との会話を通してたった今気付いたこと。
 彼は、彼の力を、自身が傷付かないために用いていたが。
 他人がどれだけ傷付くかは、意識しない。
 知りたいと思うことは何でも判る。それがテレパシーなど超感覚の基本作用。
 知りたいことだけ判る。
 知りたくないことが判ってしまう時。それは意図して送り込まれた時。
「君は人の弱点を知り攻撃し……それで逆に友達を失った。何でも知ってるけどひとりぼっち」
 そこにいるだけで疎まれる。
「やめろ……言うんじゃねぇよ……」
 彼の気持ちが私には良く判ります。そこに〝いる〟だけで殺される節足動物や昆虫たち。
〈俺たちと一緒ってワケだ〉
 カラスの中から1羽下りてきました。この辺りでは一番賢いオスで、4丁目のおじいさんが目の敵にしている個体です。おじいさんの付けた名前は〝はらぐろ〟。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【53】

【鉄4】
 
「なんか、ぞくぞくするな……凄みのある美少女って表現があるけど、巫女的な部分がにじみ出てるんだろうな。神懸かりってこういう状態なんだろうな」
 すごいセリフだが、照れるにせよ肯定するにせよ、何らかの反応をマスターへ返す必要はないと理絵子は思った。
 これは間違いなく、自分が持てという導きなのだ。
 友を救い出すために。
「古代の人、頭良すぎる」
 佐原龍太郎の声が出るまで、マスターは理絵子から目が離せなかった。
 蕩々と流れていた〝道〟の水流がすっかり消えている。
 佐原龍太郎の見立てでは、鈴生りジャガイモ転じて錫杖が、何らかのつっかい棒として作用しており、抜いたことで、土中でカラクリが動いて水路が変化、〝道〟が現れると共に、沈んでいた正規の鳥居の台座が浮き上がったのではないか。
「鉄が水で浮くって?」
「タンカーとか現代船は鉄じゃないすか。あーいう形に作れば浮くって知ってたんじゃないですか?」
「船はそうだが……でもまさか。何千年前だろ?」
 そこで男達の会話に登与が入る。
「日本武尊は海を渡ってきました。船の知識はあったと思います。それに、この手の鈴生り鉄には中が空っぽでカラカラ音がするものがあるんです。それこそ鈴です。ガランドウですから、浮く物もあったはず」
 登与は続けて。
「貝がらは土壌の酸化防止と思います。それこそ千葉の加曽利(かそり)貝塚から縄文人の骨が出ていますが、貝がらと共に埋葬されていたため残ったのだそうです。古代の人たちは、貝がらで鉄がさびるのを抑制できると知っていた。或いは、人骨が残っていることを知った上で、神の顕現である鉄も同様に残ると考え、貝がらと共に龍太郎さんの言うシカケを作った」
「なるほど」
 男達は納得したようである。二人で鳥居を持ち、土の中から顔を出した台座の上へ。
 磁石同士吸い付いて固定は容易。そして、鳥居本体を載せたところで、そのまま泥水の中に少し沈む。これで、鳥居は水の中に立っている形。……それこそ香取や鹿島が創設された頃の姿、と理絵子は登与の認識を通じて知った。
 すなわち、これはその構成のミニチュアなのだ。そして、鳥居を通して見えるのは、急峻な斜面で構成された山。
 
(つづく)

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総武快速passing love ~千葉~

 東京から40キロ。
 境目にして分岐点。
 二人はいつもそこで出会い、同じ電車で東京に向かい。
 同じ電車で帰った時には、いつもそこで別れる。
 ただ、二人とも、互いに相手がどこに住んでいるのか知らない。
 東京湾に沿って南へ向かう。
 太平洋に沿って南へ向かう。
 半島を横切って犬吠へ。
 そして成田を経て太古は海だった湖のほとりへ。
 僕が向かうのは成田方向。だからあなたはそちらではない。
 あなたはいつも階段を登り、そのまま姿が見えなくなる。
 あなたがどの路線へ向かうのか、僕は時々衝動に駆られる。
 もしここが分岐点ではないのなら、僕はあなたを追ったと思う。
 あなたが降りる駅より向こうへ、その振りをして追ったと思う。
 分岐点だったから、僕はあなたを追わなかった。それは悔やむべきだったのか。
 分岐点だったから、僕はあなたを追わずに済んだ。それは幸運と呼べるのか。
 分岐点であること、それが僕の分岐点。
「明日から京葉線なんだ」
 僕が総武快速の中で聞いた、あなたの最後の言葉。
 おめでとう。
 
下車稲毛

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