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2010年9月

グッバイ・レッド・ブリック・ロード-30-

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 大人の都合を押しつけるなど、“大人”のすることではない。
 と、背後で引き戸が開く。開く速度と力感から真由ではない。
 窯の主。
「先生……」
 布団の主は、レムリアの背後に立つ老師の顔に目を向けた。
 レムリアは主導権を老師に渡した。声を荒げたやりとりに立ち上がったと判ったからだ。
「お前の作品にはお前の意気込みを感じないのだよ」
 父親は目をそらした。
「その萎縮の理由を考えたことがあるか」
 娘をドタバタに巻き込んだという引け目。それがレムリアが把握している問いの答え。更には、作陶が理解を得ての活動ではないから。
 要は全身全霊で打ち込める状況にないのだ。一般に創作・芸術に雑念が混入すると、作品には魂が入らない。
 最も、この男性の場合、それだけではないのだが。
「整える技術は持っている。それは認める。だがその技術を駆使するココが、なっておらん」
 老師は“ココ”と、自らの胸板を叩いた。そして。
「空っぽの心で作った作品に魂は宿らない」
 言い捨て、去った。
 引き戸が閉まるのを見届け、父親がため息。
 まずい、とレムリアは思った。老師は恐らく原因を内省で突き止め、再度前を見よ、と鼓舞するつもりで言ったのだろうが。
 言葉と流れだけ取れば、見知らぬ娘との連続攻撃……父親は自らに打たれた烙印、と受け取ったようだ。
 これでは逆効果。そしてこの受け取り方……悪い方に考える……は、鬱傾向の兆候。
 要は心がすり減ってしまっている。
「集合展はいつですか?」
 レムリアは声音を明るくして尋ねた。
「次の木曜……です。それまでに先生に作品を認めて頂けない場合、私たちはここにいられなくなります」
 父親はしゃがれた声で言った。小娘相手に敬語なのは、自信喪失の表れ。そして、いられないというのは、先の麻子と老師とのやりとりを考え合わせると、集合展に出せないなら、居候ならず追い出す、というようなことだろう。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-29-

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「あ……あなたねぇ!」
 先にトサカに来たのは麻子の方。
「確かに助けて頂きましたよ。でもだからって幾ら何でも失礼じゃなくて?」
「しろとは言いませんが、礼も言わず私の作品ドデスカと問う方もどうかしてると思いますけどね。ましてや自分の娘が帰宅したのに無視ですか。彼女息が弾んでましたよね。それって麻子さんの連絡に慌てて戻ったってことですよね。親子とて礼節はあるはず。それなのに娘がアクセスしないからってだんまりっていうのは、保護者の姿勢として如何なものかと」
 イヤな小娘だなぁと自覚しつつ。しかし子どもの立場として筋は通っているはず。
「そうだな」
 ポソッと、呟くように言ったのは、父親の方。
 意外、と書くべきであろうか、老いたように上半身を丸め、布団の上に投げ出した手指を組む。
 この動きは麻子の怒気を奪い取ったようである。表情から諦念を感じ取ったとしても仕方あるまい。疲労の蓄積もあろうが、その位、父親の顔は憔悴と落胆に彩られている。
「あなたの言う通りだ……申し訳ない。まずは、助けて頂いてどうもありがとう。それから、娘を連れ帰ってくれたようで」
「あなたが心配でとりあえずそばにいよう、というだけかも知れませんけどね」
 レムリアは真由の今後の行動に対して伏線を張った。
 無論、その犯人は恐らく自分になるだろうという確信犯だが。
「シャンとしなさいよ」
 虚空を見つめる男の横顔に罵声を叩きつける。さながら叱りつける母親である。
 父親はハッとしたように身体をびくりと震わせ、レムリアを見た。
「あなたの頭の中は陶芸でいっぱい。子を守るべき親であるはずのあなたが、子供に学業以外の心配や心理的負担を背負わせてどうするんですか」
 この台詞には、言外に麻子に対する嫌味も含む。親がくっついたり離れたりするなど、子供にとって最悪の環境であるというのがレムリアの信念。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-28-

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「最悪ですね」
 かくてレムリアは、父親の問いに対し稲妻の一撃を見舞い、額のソフラチュールを一瞬の躊躇も無くベリッと引っぺがした。
「あうっ!」
 痛そうに額を抑える父親の手をのけ、帰りがけにドラッグストアで買ってきた、保湿タイプ絆創膏に張り替える。多少の再出血を認めるが大したことはないし、それは言ってみればソフラチュールの“副作用”。余談になるが、実はソフラチュールというのは、封を切ってすぐは、傷に当てる面が“ぷるぷる・ぺたぺた”しており、患部に優しく接触する。しかし、だからって貼ったままにしておくと、ベリッと剥がれたことで判るように、乾いてガリガリになり、ガーゼの繊維が傷口の組織にからみつく。このため、剥がす時にムチャクチャ痛いという困った性質を持つ。
 だったら、保湿タイプ絆創膏の業務用を最初から持ち歩けば良い。となるのだが、ボランティアしてるからと厚意で分けてもらっている身には、高価な保湿シートを下さいとはとても言えないのである。なお、彼女のウェストポーチの中には、この他に包帯と三角巾、“マキロン”、サロメチールあたりが応急処置アイテムとして入れてある。
 残ったソフラチュールをゴムバンドで封じ、ポーチに戻す。
「な……」
 果たして、突拍子もないほど辛辣な台詞に、不倫の二人は瞠目して絶句した。
 絶句ついでにイカズチもう一つ。
「私、工房で直売頂けるなら購入しようと思っておりましたが、見せて頂いたのがあなた様の最高の作品だというなら、失礼ながらお断り致します。買うどころか、札束付けてもらってくれと言われてもイヤです」
 さぁどう出る。怒る?それとも落胆する?
 ちなみに、レムリアは“ダメ男はつっぱねて鍛えろ”と、その東京の知り合いの母親から伝授?教育?されている。それを発揮した故は、書いたような状況から、諸悪の根源父親にありと判断したため。お前が自信を持って立派な作品を製作し、あわよくばこの工房の跡継ぎとして認められでもすれば、全員が心理的に立脚できる屋台骨が建つのだ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-27-

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 ……これはその唯一の理解者。東京の知り合いが、自らを“おたく”と公言しての自己分析である。
 この父親の心理状態はこれに近いのだとレムリアは理解した。陶芸……更に言うとその集合展示会……であろう、出品作品の出来映えについて師匠の合格をもらう。ただその一点のみに必死なのだ。
 畢竟、子供のことには疎くなり、その発言は口先ばかりの“おざなりのなおざり”になりやすい。すなわち生返事と一緒であって、子供は当然、その発言の底浅さにすぐ気付く。結果出来上がるのは“こんな親父”というレッテルと、伴う子供社会における“あんな親父”という引け目の意識。
 要するに“恥ずかしい父親”“こんなのお父さんじゃない”という認識が、真由を無意識に萎縮させているのだ。見知らぬ土地で唯一の身内、本来存在すべき“信じられる存在”が、この体たらくではさもあろう。なおここで、一般に“いじめ”の端緒として、“弱そう或いは自信なさそうに思えた”、が多いことに注意されたい。そして、彼女は彼女なりにその諸悪の根源が麻子にあると断じ、引きはがそうと爪を立てたわけだ。
 父親が父親、真由も真由。そしてこの麻子なる女性も、自身が真由に関わろうとするほど、彼女の反発を強めることに気付いていない。大体、“引き剥がす”宣言に対し、理解してもらうという発言をしていない辺り、事態の深刻さに対する自覚がないことを意味する。裏を返せば子供の心理を理解しておらず、その理由のひとつには、“子育て未経験”があるのだろう。……きついもの言いではあるが。
 で、麻子のしていることはとどのつまり、下手に出てご機嫌を取ろうという、やはりうわべだけの行動だ。真由と和解するのではなく、既成事実を積み重ねればやがて納得せざるを得ないだろう……という腹づもりなのであろうか。いや、ひょっとしたらヘタなドラマみたいに無意識裡に張り合っている?
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-26-

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 当座の問題は回避した。レムリアは判断した。しかしそれは、この後長いであろう解決への道の第一歩に過ぎない。
「一旦帰らない?探しに来られるのもまたちょっと、でしょ?こういうのは平静を装わないと悟られる」
 レムリアは言った。知ってもらう必要があるのに、隠すような行動を取るのは不思議というか妙だが、物事タイミングが肝心、その点で今は時期尚早。親の方が対応出来る状況とは思えない。
「そうだな」
 二人は歩き出した。 
 


 
 工房に戻ると、布団の主は、半身を起こして娘達を迎えた。
「遅くなりまして」
 レムリアはスポーツドリンク、及びドラッグストアの袋を片手に、布団の傍らへ。
 一方真由は一言も発せず、陶芸家が出入りしたのと同じ引き戸から奥へ。
「あ、真由ちゃ……」
 呼びかけようとする麻子。レムリアはその肩に手を載せ制した。
「彼女と少し話し込みました。今は一人に」
「え?」
 問い返す麻子。レムリアは肩を持った手に力を込める。
「そう……。うん、判った」
 制止の理由が“女の子同士の間の合意に基づく”……さすがの麻子も悟ったようだ。
 その間、主は布団でスポーツドリンクをぐびぐび煽り、飲み干した。まるで知らぬ存ぜぬと言ったそぶり。
「お嬢さん」
 空いた容器のキャップを閉めながら、レムリアを呼ぶ。
「はい」
「その、私の作品を見て頂けたとか」
 小さな笑顔。
 ああこりゃだめだ……父の発言にレムリアが抱いた感想がそれ。
 同時に真由の失望を理解する。そして思い出した言葉がこれ。
『“おたく”っては、のめり込むと周りへの気配りが出来なくなって礼節を欠くし、自分がどう見られていようと気にしない。だから他人には失礼に映るし、所作はキモくなる。生来独りよがりの人は尚ひどい』
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-25-

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「あいつに母親面なんか……」
「判った。じゃぁ黙っておきましょう。でもお父様にはご了解を得ないと。学校から問い合わせが来た時に、お父様自身の答えがない」
「親父か……」
 真由は空を見上げてため息をついた。
 その所作は、“頼りにならん”という意味であろう。今の彼女の父親は、彼女の理想とズレているのだ。
 ズレの背後に、脱サラや麻子の存在があることは言うまでもあるまい。なお、彼女は当然、父親にも心を開いていないと見て良い。自分の経験上、娘のピンチを知った父親というのは、我が身そのものを盾とした野獣だからだ。
「いっそのこと姿消す?」
 レムリアは提案した。父親に言うのも乗り気でないならそれしかない。
「お前のセリフっていちいち突拍子もないな」
 真由は苦笑。レムリアは微笑み返しで、
「偽名を操る怪しい少女ですので。普通の女の子とは少々異なる選択肢もご用意できますのですよ」
「オランダ行くのか?」
「とは、限らない」
「なんだそりゃ」
「密かな家出をするなら、警察が尋ねそうなところは避ける必要がございます。どこかに隠れるの類はその点で最悪。スパイはいつまでも同じ場所にはいません」
「……なんかマジでアニメかマンガの世界になってきたな」
「その方面では私のようなのが現れたら、ヒロインは幸せになって大団円というのが予定調和」
 レムリアは笑って見せた。
 真由は力が抜けたようにフッと笑った。
「イマイチ信じられないけど……絵空事の割には具体的すぎるし……とりあえずお前のおかげで気が楽になったのは確かだよ。ありがとう」
「よかった!」
 ならまずは結構なことである。レムリアは両の手を合わせてパチンと鳴らした。
 これは安堵や納得の際に彼女が良く見せる仕草である。その動作が可愛く見えたか、それとも幼く見えたか、真由は少し驚いた風な、しかし柔らかな表情を見せた。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【65】

【地4】
 
「あら、こっちのカワイコちゃんだーれ?」
 その者のセリフを続ける前に、金ネックレス……元彼の名を以下Kと書くことにする。
「K。何でこっちにしなかったんだよ」
 〝口から汚れを吐く〟という物言いは聖書だったと思うが、その意味を理絵子は今体感していた。まさに毒を帯びた雰囲気が音波で出てきた。
 さっきの土中の虫たちに這われる方がマシ……と言うか、比較するだけ虫たちに失礼。
 理絵子はその思いに自らフッと笑った。
「余裕だねぇ。優子は私の親友なの、ってか?黒野の理絵ちゃんさんよ」
 Kは言い、理絵子のフルネーム、中学校の名前、住所に電話番号まで言った。
 すなわち、理絵子がここに来た目的を知っており、仮に東京へ帰れたとしても、自宅へ押しかけるぞ、という脅しであった。
 その理由。含めて烏合の衆が平然としている理由。
 Kの手の中に拳銃。
 トカレフとか言った。ニュースで良く見る。引き金を引くだけで発射と次弾装填が自動的に行われるタイプ。
「なんだいその杖は。そういやエスパー気取りだったな。念力出すか?」
「撃ってみたら判るんじゃない?」
 微動だにせず理絵子は言った。
 風もないのにその髪の毛がふわりと広がるが、少なくとも烏合の中に気付いた者はいない。
 背後に感じるマスターの驚愕、但し納得。佐原龍太郎の少し恐怖。
 高千穂登与はそっと桜井優子の前に移動し、弾道と彼女の間に身を挺す。登与は自分の絶対の自信と、その根拠を認識しており、それらに基づいた安心感を持っている。
 すなわち、念力と言うより、撃つなら事前に、それと判る。そして、対処する時間としてはそれだけで充分。
「じゃぁ、試してみるか」
 銃口はその高千穂登与に向けられた。
 それはKとして裏を掻いたつもりかも知れぬ。しかし理絵子は、銃口の前に錫杖をゆらりとかざした。登与も勿論それと知り、それで大丈夫と判っている。まばたきもしない。
 発砲する。銃声は端的には爆竹を思わせた。即座に甲高い金属音がし錫杖が火花を放ち、
 それなりの衝撃を受け、痺れに似た感覚が手指と腕に伝わる。
 銃弾は確かに放たれ、そして杖で跳ね、どこぞへ飛び去った。
 この一連の音に桜井優子が身を起こす。
「りえぼ……か?」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-24-

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 但しその涙は悲しみを意味しない。誰にも言えなかったことを、言っても解決しないからと心の奥にしまい込んでいたことを、洗いざらい喋って少しスッキリした、ということだろう。ストレスはその理解者が存在することで少し軽減される。受け入れられたという認識を得るからだ。ちなみに、“そういうの”とは、口先だけの同情者のこと。
「……ありがとう」
 レムリアは目を伏せて言った。少なくとも、自分を味方と感じてくれた、と解釈して良さそうだ。
 すると真由はもう少し表情を緩めて。
「自分みたいなのでも認めてくれるヤツがいるなんてね。……あーあ、でも困ったぞ。月曜学校行ったら何がどうなっているやら。お前のせいだ」
 冗談めかして言ったその真意は、持ち物が荒らされたり、更にあること無いこと吹聴される、メールでばらまかれるといった心配、と、レムリアは理解した。ちなみに、そういう仕返しをされるから、尚のこと他人に言えないという事情が、この問題の背後には常時存在する。だから、盤石のバックアップが保証されない限り、被害者である子ども達は口を開かない。勇気を出してと言われてもひとりで抱え込むのはこのため。逆に言うと、そんな子達が真実を口にするかどうかは、尋ねる者を信頼しているかどうかを現すバロメータである。
「行くことないよ」
 レムリアはあっさり言った。
「わざわざ傷つけられに行く必要なんかない。極端な話、勉強なんて後からどうにでもなる。現に金曜の昼下がりに9千キロの彼方でのんきに焼き物探している大タワケがここにいるわけで。必要なら私からお父様と……」
「あの女には何も言うな!」
 真由は突如きつい口調でレムリアの声を遮った。
 その声音はナイフさながら。それも肉を骨からそぎ落とす、狩猟用の荒さ鋭さ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-23-

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 真由の台詞を借りると長くなるので以下要約する。陶芸家宅に居候のニート状態。威張れる環境ではないので真由は担任に口止め。ところが転入生紹介の際、著名な陶芸家だからと担任は口を滑らせた。『弟子入りなんてスゲェなぁ』そんな反応を目していた、と担任は弁明した。
 ところが実際は、愚弄の対象としてニートがインターネットで話題になっていた時期であり(無論、無職という表面だけを捉えた一種のバッシングであるが)、結果として担任の“配慮”は逆に作用。良くあるパターン。
 しかも住居が割れたため、そこに“母親にしては若すぎる謎の女”の目撃が絡む。
 結果出来上がったのが。
 養ってもらっているから物乞いと同じ。
 そんな家の子だからろくな子じゃない。
 女が不自然に若いから実の親ではなく、婚外子のもらわれっ子。
 英語が堪能なのは、母親が外国人で、しかも日本に出てきて性的サービスを売り物にしていたから。
 真由はその際の“失敗作”であり、親譲りの生まれついて病気持ち。
 いかにもな設定のため、噂は既成事実化。
 典型的な“エスカレート現象”だとレムリアは判じた。それは、“気に入らない”子を、攻撃の対象として正当化・理由付けするために、その子に不利になりそうな情報をあること無いことでっち上げ、拡大解釈して吹聴するものだ。
 よくある“バイキン、汚い”はこの幼稚な例である。なお、この手のウソに性的な内容を含むのは近年の特徴と言えよう。性的な内容は被害者の傷つき方が尋常でないため、攻撃者のサディスティックなカタルシスをより強くする上に、被害者が恥ずかしくて口に出来ない……被害を訴えることが出来ず、陰惨を極める内容であるのに隠されやすいのである。
「お前、そういうのと違うな」
 果たして真由はレムリアを見上げ、小さな笑みを浮かべ、涙を一筋流した。
 
(つづく)

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総武快速passing love ~津田沼~

~津田沼~
 
 デートコースの定番は映画館とか遊園地。
「今回は私に任せてくれない?」
 電車に乗るかと思いきや、君は僕の手を取り改札に背を向ける。
 ショッピングビルが並ぶ駅前の人波を縫って向かったのは、〝日本最大級の手づくりホビー材料大型専門店〟。
 一見デパートのようだが、中身は上から下までそういう売り場。
 店の前で君は立ち止まり、くるりとつむじ風のように身を翻して僕を見た。
 こんなデートは変ですか?……いいやそうは思わないよ。
 君は笑顔で中に入る。
 そこは女の子が手先でちまちま……そのために用意された小さな宇宙。
 男の多い一角も少し。
 鉄道模型にプラモデル。
 でも、精密なミニチュアも、君に言わすと女の子のお人形遊びと変わらないとか。
 そして君が買ったのは書道用品。
 それと、ビーズが少しにテグス一巻き。
 地味だった君に声を掛けたのはいつだったか。
 教室の隅でひとり本を読む君を見つめるようになったのはいつ頃だったか。
 君がやがて視線を返して。
 その視線に笑顔が伴って。
 行き帰りが同じ道なこと。
 案外近いところに住んでいること。
 そして、思いに気付いた。
 思いを口にした僕に、可愛くもないし何の取り柄もないけれど、と、君は言ったね。
 チョコパフェでも食べようか。
 
←稲毛船橋→

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-22-

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「……本気で言ってるのか?」
 真由の問いにレムリアは頷いた。
 そして。
「私と同じ目に遭うのは、私一人でたくさんだから」
「え……」
 真由は目を見開いた。
「じゃぁお前も……」
「国の事情で、生まれついてある種の特権があった。放っておいても将来が約束されている……反感のるつぼの中に私は放り込まれた。いたたまれなくて飛び出した。そして、だからこそ私は、誰かのために生きている、という存在であろうと決めた。……だから、だから、あなたの気持ちは、判る。息が詰まるくらい判る」
 涙が出てくるのをレムリアは感じる。思い出したくもないが仕方がない。記憶は関連する内容によって呼び出されるように出来ている。
 ただその代わり、自分の涙が、真由を激しく揺さぶっていることも認識している。
「今の私には、安心できる居場所と、自分を認めてくれる絶対の存在がいる。あなたと私はスタート時点の立場は一緒。であるならば、私で可能なことは当然あなたでも可能だと私は信じる。
 私は、あなたの、力になりたい」
 風に顔を振り払って真っ直ぐに真由を見る。涙はもういい。
「お前……」
 真由の声が震える。
「自分のために、泣いて……」
「私を信じてくれるその人は、私を守る盾となり、私のために骨折し、更には大怪我を負い、その後私が怪我をしたら……その結果、私の身体の中には、その人の血が流れている」
 レムリアは自らの胸元に手のひらを当てた。端的には輸血を受けたのである。詳細は略する。
「それに比べれば私の涙なんか」
「安っぽい同情なら、口にした人間はいたけどね」
 真由は下を向き、ブランコに乗って、揺れた。
「生意気に見えたらしいんだ。英語の発音。よそ者のくせにってね」
「外国語や数学は苦手なのが普通だもんね」
「で、その下敷きには、親父がニート状態とバレた、ってのがあるわけよ。バカな担任が喋っちゃってさ。その時うろたえた態度を取った自分も悪いのかも知れないけど」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-21-

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 感じた理由を後から理解する。自分自身、そうした確固盤石たる味方がいるから、自信と心理的強さを保持しているのだ。
 そして、その味方は、他でもない今の真由に無いもの。つまりは
 
 “信じられる存在”
 
「史上最強のお節介を感じるのは気のせいか?」
 真由は目線を戻さず、しかしわずかに笑みを浮かべて言った。
 頼る、イコール子供のように甘える、という認識が真由の中にあるのだとレムリアは知った。だからそういう意思表示はしたくないのだ。
 ……そもそも父親を内縁者から奪い返そうとする意志の持ち主である。他力の介入はプライドが許すまい。
「そうかもね、9千キロの彼方から押しかけてくるお節介なんてね」
 レムリアは真由の横顔に言った。そして。
「日本のマンガやアニメじゃそういうの定番みたいだね」
「でも主人公がそういう押しかけさんを信じないと物語は始まらないぜ。自分がお前を信じない、と言ったら、お前どうするんだ?」
「去ります……」
「だろうな」
「あなたを連れて」
 この付け足しに真由は目を剥いた。
「私と同じ学校に、アムステルダムのフリースクールに通えばいい。国籍も境遇もまちまちだから、いじめのきっかけに多い“自分たちと、それ以外”というカテゴライズ自体が発生しない。好きな時に学校行って、好きな科目を勉強して、時々孤児院にボランティアに行ったりして。オランダだけど、あなたの英語力なら不自由ないはず」
 レムリアはまばたきすら忘れた真由に向かって言った。
 ……いじめ問題で鉄則として言われる事は幾つかあるが、そのうちの3点を今レムリアは提示している。信頼者であること、当座の暴力を回避する場所を用意すること。現行の勉学続行が不可能な場合の代替手段を確保すること。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-20-

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 レムリアは真っ直ぐに真由を見た。
 真由の表情が変わってくる。テレビやマンガの世界、半分インチキ。そんなキーワードで語られる物が、たった今、眼前に、現実として立ち現れたことに対する、驚愕と畏怖。
「私が偽名を使うのはこれのせい。私がそういう者と知る人はこの国にたった一人。あなたが信じてくれるならば二人目」
 真由は声も出ない。当然であろう。超自然的な能力・現象は、超自然的であるがゆえに、今まさに目の前に見せられたとしても、にわかに信じられる物ではない。
 レムリアは真由の目を見、少し笑みを浮かべ、風に髪を任せ、彼女の結論を急かさず待った。なお、お断りしておくが、彼女の役どころは本来、友人や親、カウンセラーが“絶対の安全とこれ以上の暴力停止を保証する”という形でなされるべきものである。もちろんレムリアは決して超自然能力で安直に解決することを目してはおらず、従い当然、その能力で4人に手を加えることもない。
 ちなみにレムリアは、忽ちの対処として必要なのは眼前の暴力回避であり、そのための能力を自分は有し、ゆえに頼ってもらって良い……そういう意図を持ってカミングアウトした。
 信じてもらえるかどうかは問題ではないのだ。この問題で火急的に大事なのは、絶対的な味方がいるぞ、という意思表示であり、その信頼を得ることだ。私はカウンセラーだ、相談所の者だ、と言うのと同じである。
 真由が、高度を下げ始めた陽光に、目線をずらした。
「その、“たった一人”ってどんな人物?」
 真由が尋ねる。
「電気エンジニアの卵。お兄ちゃんみたいな存在。でも、私のことを愛してると公言して憚らない人」
 レムリアは陽光を背にハッキリと発音した。
 14の娘が口にするには、極めて大人びた台詞であると承知している。しかし言い切る必要性を感じたからそう言った。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-19-

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 レムリアは全部を受け止める。力一杯受け止める。強ばった身体が、腕の中で溶けるようにほぐれて行く。
 そのほぐれる身体を、尚一層力込めて抱き止める。
 少し、時が過ぎた。
「お前、リアルあいつらボコって来たら、どうするつもりだったんだ?」
 真由が、ぐすぐす言いながらレムリアに尋ねた。ちなみに、『本当に殴りかかって来たらどうするつもりだったのか』、の意。
「その間にあなたが逃げられればそれでいい」
 震える肩にレムリアは答えた。
「ふざけるなよ。見ず知らずのヤツに、自分のことでケガなんて……」
 真由は言い、レムリアに回した腕に力を込めた。
 息が出来ないかと思うほど抱きしめられる。
 やや暴力的ですらある。その動作と力は、レムリアの行動をありがたく感じる反面、余計な、無謀なマネをしやがってというニュアンスを含むか。確かに、物理的な暴力を目の前にした時、二人の体格差を考えれば、そう感じて当たり前であろう。真由は今、徒手空拳で拳銃に立ち向かう大馬鹿者みたいなイメージでレムリアを捉えているようである。
「実は自信があったりして」
 レムリアは明るく言った。
「武道の達人か?」
 真由は身を離した。少し尊敬の面持ち。
「ううん……」
 レムリアは首を横に振り、4名分の名前を読み上げた。
「……こいつらには、自信満々の相手にかかってくる勇気なんかないよ。だからいつも4人で固まってんじゃん」
「なんだハッタリかよ……あれ?なんでお前あいつらの名前知ってるの?教えたっけ?」
 目を円くする真由に、レムリアは手のひらを開いて見せた。
 生徒手帳が4冊。
「……あいつらの?いつの間に」
 手を握ると消える。
 真由は目も口もあんぐり。
「お前……」
「私の母は私に言った。その能力、人を救うこと以外に使う事なかれ。従わないならば腐って滅びる。だから私は、今この力を、あなたのために全力で使う」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-18-

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 さりとてそれがノーならどうやって防御。使える物は左手のIDカードと、右手に持ったスポーツドリンクのペットボトル。
 水入りボトルは充分な質量があり、“使える”と聞いたことがある。凍っていれば凶器になり、推理ドラマの殺人トリックで常道なのは知られる通り。
 その時。
 うーいーうーいーと耳を聾する大音響が至近で鳴り響いた。
 防犯ブザーである。家並みにこだまし、小道の間に響き渡る。
 何事かと思う家人もあろう。小窓が開いて目線も幾つか。
「ちくしょう!」
「行くぞ」
 4人がバタバタと逃げて行く。
 ブザーの出所……レムリアは振り返って知った。真由が携帯電話内蔵の防犯ブザーを起動したのだ。
 電話の電池を一旦外し、ブザーをオフ。
「ばか、無茶しやがって……」
 真由は下を向き、電話をいじりながらぼそっと言った。
 電池を再セットし、睨むような目をレムリアに向ける。
 怒って……否。
 その目に涙。荒れた口調と裏腹の、西日に輝く金色の涙。
「お前が……お前がやられたら、どうするつもりだったんだよ!」
 ブランコから立ち上がり、レムリアにしがみついてわんわん泣き出す。小柄なレムリアに比して彼女の方が背が高い。レムリアは上半身を抱え込まれるように抱きつかれた。
 まるで迷子の孤児(みなしご)のよう……レムリアのまず抱いた感想はそれ。真由は今まで誰にも話さず、誰にも気付かれず、一人で、あの4人と戦ってきたということ。
 荒い口調は精一杯の強がり。きつい表情も、寄せ付けまいとする雰囲気も。
 本当の真由はそんな娘ではないのだ。ただ、麻子に関しては、父を奪った“敵”に相談など出来ない、“弱い”ところなど見せられない。それに値する器にあらずという認識もあるだろう。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【64】

【地3】
 
 もう一人黒髪の娘がいて、錫杖の娘の傍らに片ひざを突いて控えている。
 娘達の背後には肩で息をする毛むくじゃらの偉丈夫。そして男が二人。
 控えていた黒髪の娘が動く。気を失った娘に寄り添い、くしゃくしゃのセーラーをスッと被せる。
 その持ち上げたセーラーの下で、医療用の小瓶がコロリと転がる。注射の針を直接刺して中の薬を吸い出すあれだ。
 ラベルには〝モルヒネ〟……それは、事の主犯が誰かを物語っていた。
 中身は空である。使い果たしたので大麻あたりの煙を満たした。そんなところか。大麻覚醒剤が街中で手軽に買えるとはニュースで聞くこと。……最もそんな具体性はどうでも良いのだが。ただ、そうと判っただけの話。
「彼女は任されたから」
 登与の言葉に理絵子は何も言わず、洞窟から前に進み出、祠の脇に立った。
 驚愕の目と対峙する。容姿の描写などしたくはない。人間ここまで下品下劣に落ちるものなのかという醜悪な者どもだ。烏合の衆という言葉で片付けておく。
「お久しぶりだね岩村さんよマサくんよ」
 金のネックレスをした、血走った目の男が言い、口の端で笑った。
 すなわち、マスターの存在が顔で判る。対し、マスターの抱いた印象は著しく悪い。
「気安く呼ぶな虫酸が走る。チンピラの金魚のクソは引っ込んで排気ガスでも吸っとけ」
「おっとそんな強がり言っていいのかなマサくん」
「マサくん今日はゴリラが一緒かい。ついにゴリラ手なずけるまで進化したか、え?凶暴原始人さん」
 烏合の者どもはへらへらと軽口を叩きながらにじり寄る。
 信じがたい光景、という印象を佐原龍太郎が抱いていると判る。その理由……マスター、岩村正樹は一人の人生を暴力で破壊し、その償いを誓った存在。理絵子の父親は警察官としてその事件に関わり、故に理絵子とマスターにはつながりがあるのだ。
 そして、その過去は逆に、この野卑でゲスの集団には、恐怖の伝説となって伝わっていた、はずなのだ。
 それが、恐れることなく、次第に距離を縮めてくる。
 裏打ちする何かがあるのだ。
「奴の組織のお面々だよ。昭走会(しょうそうかい)とか言ったっけな。ウチを追われて入り込んで、札びら切ってお山の大将」
 対するマスターも微動だにせず解説する。それはそれで自信があるから。暴力には暴力を用意……男性原理そのものである。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-17-

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「へぇ~」
「これはこれは」
 果たして4人は、ニヤニヤ笑いを浮かべながら階段を上って来、そう評した。そして当然のようにレムリアに目を向けた。
「なんだお前」
「彼女の友達」
「そうかよ。おい真由、ちょっと来いよ」
「今私が彼女と話してるんだけど」
 レムリアは食いついた。そうはさせるか。
「なんだおめぇ……そういや知らねぇヤツだな。こいつの横浜の友達ってか?」
 レムリアを上から下までじろじろ見回すその様は、ケンカの前に相手の体格を値踏みするチンピラそのもの。
 そしてヘラヘラ笑う。得た結論は“与しやすし”そんなところか。確かに4人はいずれも真由並みの背丈であり、対しレムリアは頭一つ確実に低い。
「どーでもいいでしょ」
「なんだお前さっきから」
「『なんだお前』しか言えないの?」
 背後で真由が目を剥くのを意識しながら、レムリアは言った。
 ケンカを売っている。そう取られても構わぬ。ここで大事なのは自分が絶対の味方であり、頼りになる存在であると印象づけること。
 ちなみに、こんなのゴキブリほども怖くない。集団で暴力を働くのは本質弱虫と相場が決まっているからだ。自分に自信がないから、集団で力を誇示して、その自信を確保しようとするのである。無論、暴力に訴えてくるリスクはある。しかし、軽機関銃突きつけられてソセゴン(強力な鎮痛剤。麻薬の代わりになる)よこせ、とは比較になるまい。
「ほう、やんのかよ」
 あめ玉の生徒が、そのあめ玉をプッと地面に吐き捨てて言った。
「救助活動を少しね」
 レムリアはあめ玉を踏みつぶして笑ってやった。
 4人の雰囲気がガラリと変化し、目が暴力の色を帯びる。どう対処すべきか。指先に意を乗せれば呼応はしよう。しかしそれはこの場の選択肢として正当と言えるだろうか。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-16-

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 階段を上がって来る4人。
 真由が着ているのと同じ、ブレザーの制服を着た女子生徒。互いに顔を見ながら喋っているが、下卑た印象があり、友達にしよう、という感じではない。一人は棒付きのあめ玉を持ち、口の中に出したり入れたり。
「……逃げろよ」
 真由が呟くように言った。その声音に感じる萎縮。
 顎を引き、唇を固く噛み締め、拳をぎゅっと握る。目の挙動が落ち着かない。
 その動作で、レムリアは逆に、自分は絶対にここから逃げてはならない、と自分に命じた。
 判った、のだ。
 真由の手を熱く握る。
 対し真由の手は冷たい。レムリアをハッとした表情で見つめる。
 4人が彼女らに気付いた。向けられた目線に真由の手がびくりと震える。
「お~真由ちゃん」
 その表情と口調で、レムリアが思い出したのは、
 ……難民キャンプに食料をたかりに来る、自称“聖戦士”の男ども。
「行けよ」
 真由はレムリアの手を振り払うように言ったが。
「断る」
 レムリアは逆にいっそう、手を強く握り、どころか引き据えた。
「でもこいつらは……」
「あなたを傷つける存在。ひとり対集団で、執拗に。だから私はあなたを絶対にひとりにしない」
 レムリアは真由の目を見ず言った。判っているから見ずに言った。
 すなわち。
 
 “いじめ”
 
 しかしその言葉を、レムリアは敢えて使わなかった。わざわざこの状態で再認識させる必要はないからだ。
 それは尚いっそう、彼女を傷つける。
 真由の身体が、僅かに震えるのが、握った手を通して伝わる。
「なんでそれを……」
「筋肉の緊張、体温の低下、血圧の上昇」
 レムリアは答える。テレパシーを行使するまでもない。
 身体の位置を変える。真由に向いた4人の視線を遮るように、間に割って入る。
 4人を目線で迎える。彼女らの背後に西日があるため表情はよく見えない。だが、嫌悪感を抱く目の色をしているのが、印象的なほどよく判る。目は口ほどに……とはよく言った物だ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-15-

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 真由はIDに記してあったレムリアの所属団体、国際医療ボランティア“欧州自由意志医療派遣団”の英文名をすらすらと読み上げた。
 レムリアは気付いた。
「Are you good at English?(英語お得意?)」
 反射的に英語で問う。真由はハッとした表情を見せ、レムリアを振り仰ぐ。
「Yes. But I was made to feel to mother by force precisely.(まぁね。とは言っても母のごり押しだけどね)」
 真由はあっさり答えた。ほぼ完全なバイリンガルとレムリアは断じた。
 ちなみに、レムリア自身は12カ国語を操る。なお、レムリアが真由について“気付いた”と書いたが、その中身を解説風に書くとこうだ。彼女は英語が得意であり、その方面で認めてもらいたいという思いがあるのと、見知らぬ少女より心理的順位として優位に立ちたい、という無意識の情動が働き、つい、口に出た。
 レムリアはその意を汲んで英語で返したのである。ただここで、彼女の“認めてもらいたい”という気持ちは、その裏側に、認められていない現実の存在が指摘できる。
 本筋に戻る。真由は意表を突かれたというか、目を見開き、“へぇ”という表情。
「……すげぇなお前。返されるとは思わなかったよ。てかあれ?じゃぁお前日本人じゃないの?メディア……」
「それが本名。コールサインをレムリア、日本人になりすます時は相原姫子」
「なりすます?」
 訝しげな表情。
 レムリアは答えず、もう一本のペットボトル、ジンジャーエールのフタを開け、自分が一口カパッと飲んでから、真由に差し出した。
「走って帰ってきたでしょ?」
 すると、真由は何も言わず、ひったくるようにペットボトルを奪い、ゴクゴク飲んだ。
「あーっ!」
 天に顔を向けて声を出す。まるでスカッとさわやかなコマーシャル。
 だがしかし。
 深秋のさわやかな青空を、暗雲で覆い尽くすように、超常感覚が警告を発したのはその時である。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-14-

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「え?買い物なら私が……」
「いえ、その間にお父様がお目覚めになったらあれですし」
 レムリアは心の中で目を剥いた。
 私がひとりいてどうするのだ。何を頓狂な。
 この麻子という女性、軽いんじゃなくて少しずれてるのでは……思ったが口にはしない。
「あ、そう。……それなら」
 麻子に、散歩道をこう行ってこう行くと自販機が、と判りづらい説明を受け、千円札を渡される。
 ……まぁ最悪、あのお店が並んでいた近辺に何かあろう。
「じゃぁちょっと」
「気をつけて。……それであのもし、真由ちゃん見つけたら、おやつ用意してるから」
「判りました」
 外に出、目を閉じ、真由の“思い”を探す。高地に行って視界が開けるように、“雰囲気を感じ取れる範囲”が、ぱーっと広がって行く。
 イメージが浮かぶ。無人の公園でブランコに腰を下ろし、しかし遊ぶでなく、ナチュラルに揺れながら、地面の方をぼんやり見つめる寂しげな少女。
 そのイメージが強くなる方向、散歩道を高台の方へと向かって歩く。途中発見した自販機でスポーツドリンクと、もう一本ペットボトルを購入する。観光客らとすれ違いながら、散歩道の順路を逆行し、新しい店が並ぶ場所から小道に入り、散歩道より外れの方へ外れの方へ。
 コンクリートの階段を上がると、滑り台とブランコだけの公園に、真由は置かれた人形のように座っていた。
 レムリアに気付き、少女の顔から一転、母猫のように警戒の目を向け、次いでその目が怒りの色を帯びる。
「まだいたのかよ」
「ごめん、全部事情を聞いちゃってね。そのまま去るのは失礼だし」
「大体なんだよお前」
「お父様が倒れられた時、通りがかった看護婦」
「看護婦ぅ?ふざけんなよ。お前幾つだよ」
 レムリアはペットボトルを真由の隣のブランコに置き、IDを取り出し、彼女に見せた。
「European free will medical care mission」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-13-

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 アウトラインは以下の通り。男性は妻と真由の3人で暮らしていたが、趣味が高じて脱サラし、作陶の弟子入りを決意。安定職を失うことに当然妻は難色。応援したこの女性……麻子(あさこ)と名乗った……に夫はなびき、離婚し、駆け落ち。
 まるでドロドロ系昼ドラマ。子供にとっては最悪そのものであり、この地の方言を使うなら『くそたわけ』だ。ただ腑に落ちないのは、そういう場合、主旋律から脱線したのは夫である上、収入も不定。自分が真由の立場なら、クールに母親の方に付くと思うが。
「に、しては、真由ちゃん、麻子さんに随分風当たりが強い感じですね」
 遠回し。
「……あの子、私をこの人から引き剥がそうとして、この人の連れ子になった、と、私に宣言しました」
 で、麻子としては、真由に気に入られようとして、敬語。
 なるほどとレムリアは思った。ちなみに、通りがかりの自分にそんなことを話したのは、川俣窯主の言った口の軽さもあろうが、それよりも、自分がこの男性を助けたことで生じた信頼感と親近感、更には、そもそもこの不協和音がどうにかならないかと、麻子自身が思っている証拠。味方が欲しいという真意が無意識裡に表出したものだろう。なお、男性の無理は、近々開催の集合展示会に提出する作品が、幾つ作っても川俣窯主のOKを貰えず、とのこと。
 オトナの事情は承知した。次は真由の言い分を聞いてみる番。
「すいません。スポーツドリンク買って来たいんですが、この辺りにコンビニか薬局は……」
 立ち上がりながら尋ねる。ちなみに、それはそれで口実でも何でもなくて、買って来て男性に飲ませるつもり。
 点滴の定番、リンゲル液の代わり。大体、スポーツドリンク自体、飲めるようにしたリンゲル液だ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-12-

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「いえいえ、この度は私の不肖な弟子がお手間を。しかしまぁ……」
 窯主川俣は、仰臥する男性を腕組みして見つめ、ため息をついた。
 あきれかえっているという表情である。明らかにこの老男性と、伏している男性との間には、認識の齟齬がある。
「医者を呼んだのかね?」
 川俣は女性と同じく、布団の傍ら、ソフラチュールのパッケージを捉えて言った。
「いいえ、このお嬢さん看護婦さんなんです。ストレス、睡眠不足、栄養不良とのことです」
「それはそれは。重ね重ね申し訳ない……。まぁ、確かにこいつに今必要なのは睡眠だな。今のままでは、やればやるほど悪化して行くばかりだ」
 その言葉に、女性がギョッとした表情を見せる。
「先生、それでは集合展に……」
「心配するな、だから出て行けなどとは言わぬ。ハッパがけ……こら、客人に聞かせることか。余計なことを軽々に……これは失礼。まぁ、ゆっくりなさっていって下さい」
 窯主川俣は言い、しかし女性の方に一瞬じろっと睨むような視線を向けると、場を立ち、引き戸より奥へ下がった。
「ありがとうございます」
 レムリアはその背に向かって言った。
 お茶を一口頂き、男性の様子を見る。脈拍は落ち着いている。また、我慢を重ねている人は、寝ている間に異常なほどの力で歯を食いしばっていることが良くあるが(歯ぎしりはその延長)、それも感じられない。
「複雑な事情が、おありのようですね」
 レムリアは女性を見ず尋ねた。首を突っ込むというか、それがあの真由という少女に影を落としているのでは、と思ったまで。子どもの立場からすれば、大人に振り回されて傷つけられるなんざ、たまったものではない。
「真由ちゃんはこの人の連れ子なんです」
 女性は、レムリアが思わず振り仰ぐようなことを、いきなり言った。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-11-

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「それは、この人の作品です」
 レムリアが湯飲みをじろじろ眺めていると知り、女性は言った。
「そうですか」
 茶を一口。自分を見る女性の目が、津々たる興味に満ちていることを感じ取る。
 女性が問う。
「陶器お好きなんですか?」
「母親が東洋趣味に目覚めたようで、ちょっと買って帰ろうと」
「それで常滑へ」
「ええ。直売もしていただける工房はないかと」
「そうですか。……あの、そういうわけで、それ、この人のなんですけど、率直にいかがですか?」
 女性は少し笑みを浮かべて訊いた。先ほどと同様、今この状態でする会話か?とも思うが。
 訊かれたからには答えることにする。素人が評論するのはおこがましい気がするが、こういうのは直感の囁くままに答えた方が良いと思うので。
「形や色合いはいいと思うんです。良くできてる。ただ……」
「ただ?」
「ただ、それだけ、なんです」
「え……」
 背後に人の気配、と感じて程なく、ガラガラと玄関隣接の引き戸が開かれた。
 作務衣に白いあごひげの老男性。いかにも芸術家という風体。険しい表情。
 ……この人が、この男性を叱責していた、と、レムリアは判じた。
 すると、老男性は、レムリアの姿を見るや、意表をつかれた、という目をして見せ、笑みとともにスッと玄関先の床面に正座した。
「これはこれはようこそ。お見苦しい所を申し訳ない。私は窯の主で川俣(かわまた)と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。私は相原姫子(あいはらひめこ)と申します。突然お邪魔致しましてすいません」
 レムリアは返した。女性が驚いた顔をしているが仕方あるまい。だが看護婦で本名はこうで、なんてのはまだるこしいので、必要に迫られない限り基本的には語らない。ちなみに、相原というのは東京の知り合いの姓である。『22歳の男がローティーンの女の子連れ回して“友人です”では不要な憶測を生む』ので、二人で行動する際には、従妹ということにして、こう名乗っている次第。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【63】

【地2】
 
 感じたままを書くなれば、充満している煙、横たわっている下着姿。
 この向こうは祠である。この縄文地下都市を神の領域として、その入り口に祠を建てて……容易に想像が付く。その祠に優子横たえて何をしている。
〈ここを開ければ中に入れるが、お前たち狂う。オレ判る。オレたちの祖先、煙で狂って超能力使えなくなった〉
 狂う煙。
「麻薬だね」
 登与が即答した。古来、巫女や託宣の受託者は、神々との交信を求めて精神をトランス状態に持ち込むため、麻薬の煙を使うことがままあった。
 つまり、優子を。
 理絵子は、切れた。
 あらゆるものが、自分の中で、音を立てて、切れた。
「うわあああああああっ!」
 怒りは自分自身御せないような大きな叫び声と、爆発するような破壊の衝動を呼び込んだ。まるで……黄泉に落ちた女神イザナミが我が身に降った(くだった)ようだった。
 〝ぶちこわせ〟
 呼応して。
 雄々しい猛獣の雄叫びを上げたのは、他でもない鬼たる彼であった。
 彼は彼で扉がぶるぶると震える程の大音声(だいおんじょう)をあげると、戸板と壁のすき間に指を差し入れ、扉を両の手で掴んだ。腕の筋肉が文字通り音を立て、隆と盛り上がり、体毛が波打った。
 そのまま持ち上げる。巧妙に嵌めあわされた木々が割れ、雷のような音を立て、祠の上屋が床から引きはがされて行く。
 それは彼が今、女神に随行する破壊者として、女神の命を受け、その意志を体現する存在となったことを意味した。
 超能力を得た長寿巨人のうち、魔の側に与したのが鬼。
 女神巫女の側に味方したのがだいだらぼっち。すなわち彼こそは。
 そして怒号一声。祠の上屋は床板より下部を残し、日暮れた空へ高々と舞い上がった。充満していた煙が尾を引いて、有様はさながらロケット発射。
 祠が消滅したことで、洞窟都市と空気の出入りが生じ、気圧差から風が吹く。
 横たわる友を隠していた煙は、その風が吹き払った。
 がしゃんと音を立てて上屋が落下し、舞い上がる土埃の向こうに驚愕の目が並ぶ。男が5名。
 対しこちらは、錫杖を持ち、炎のような目をし、炎のように揺らめき逆立つ髪の毛の娘。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-10-

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 他方、父は仰臥したまま、追いすがるかのように、レムリアが触れていない方の手を、中空へと伸ばした。この種の追われる、追いかける類の夢は、現実でも追い込まれている人、せっぱ詰まった人に、良く現れる。
 脈が加速する。この身体で心臓に掛けて良い負担とは思えない。レムリアは伸ばされた手を掴み、同時に脈を診ていた手を離して、男性の頬にそっと触れた。
 男性がレムリアの手をぎゅっと握り返してくる。病顔に小さな笑みが宿り、伸ばされた手が弛緩する。
 レムリアは男性の手を持って布団へ下ろす。頬にはまだ触れたまま。
 寝息を確認してから、ゆっくりと頬の手を離す。
「よかった……」
 女性がため息を付き、胸に手を当てる。
 と、真由が磁石の反発を思わせる勢いで唐突に立ち上がり、玄関へ走って靴を履き、ドアを開け、建物全体がビリビリ言うほどえらい勢いで玄関ドアを閉め、飛び出して行った。
「あっ、真由さん……」
 女性が呼び止めようとした時には、既に庭から走り出た後。
 女性は力なく向き直り、流しから黒く窯変(ようへん:窯の中で化学反応によって釉薬が変色すること)した湯飲みを盆に載せ、レムリアの元へ持ってきた。
「ごめんなさい、いきなり失礼なことで」
「いいえ。ただ、真由ちゃんの反発は自我防衛機制だと思います」
 レムリアは言った。
「じ……が?……」
「傷つく、と感じた心が、傷つかないようにと本能的に取る、回避行動のことです」
 心当たりは?とは問わない。気にはなるが、今の自分の立場では、訊くにはまだ早い。
 出された湯飲みを手にする。それは書いたように黒い窯変で、それはそれで東京で見たものと同じなのだが。
 何か違う。見た目は良いが、惹き付けられる何かがない。“よく見えるように作りました”。
Sn3n0104
(本当に常滑で買って来てたりする)
 
(つづく)


小説, 小説・魔法少女レムリアシリーズ | | コメント (0) | トラックバック (0)

グッバイ・レッド・ブリック・ロード-9-

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 真由と呼ばれた制服の少女は、女性の言葉を荒い声で遮った。乱暴と言うよりは、喋らせもしない、声も聞きたくない。そんな気配。
 対し女性は少女を“さん”付けで呼んだ。それは、子供の反発を恐れる親が良くやる間違い。
 この二人が、ぎすぎすした関係であることは、書くまでもあるまい。
「いきなりごめんなさい」
 レムリアはまず柔らかく言った。
「通りががったら……お父様かしら?倒れられたので」
 しかし真由は、レムリアを無視するが如く、目線を外し、何も言わず部屋に上がると、最前まで女性が座っていた男性の傍ら、布団の向こう側に座った。
「用が済んだら出て行けよ」
 レムリアを睥睨。さながら野良犬を追い払うよう。ただ、拒否したところで例えばすぐ暴力に訴えるという感じではない。子持ちの母猫のように相手を近づけたくないだけであり、もちろん初対面から生理的に嫌い、という物とも違う。
 従って当然、レムリアは動かない。
「真由さん!」
 さすがに女性が叱咤。
「うるせぇな!元々てめぇが……」
 言い争いになるかと思ったその矢先、布団の男性が苦悶の声を上げた。
「あっ……」
「大丈夫、悪夢を見ているだけ。……ストレスのせい」
 心配そうな表情の真由を制し、レムリアは男性の手首を取って脈を診る。ちなみに真由は、レムリアがこうして父に触れても、手を出さないし罵詈も口にしない。心底寄りつくなという意味ではやはりない。
 敵か味方か探っている……そんなところか。
 レムリアは腕時計を見ながら拍動を数える。早い。伴い呼吸も早く、そして浅い。
 男性が寝言を言う。まゆ、まゆ、行かないでくれ、父さんを見捨てないでくれ……。
 真由の表情から怒りの炎が消失し、親を想う女の子のそれに変わる。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-8-

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「ちょっと待ってね。お茶でも、えーと。メ……」
「あ、私インターネット上の通り名が“レムリア”なので、友人知人にはそう呼んでもらってます」
「れむりあ?」
「太古海中に没した幻想の大陸。その真相を知る者は現世一人して存在せず」
 女性の調子に合わせてこう言ってみる。雰囲気と場違いなのは否めないが、深刻で陰鬱よりは良いか。
「あらミステリアス」
 女性は微笑を浮かべて立ち上がり、窓際の流し台に向かった。
 その流し台の窓の向こう、小道から駆け込んでくるブレザーの制服。
 女の子。ぶつかるかの勢いで玄関ドアに到着し、ドアを開く。
「だ……」
 女の子は何か言おうとし、彼女……意を汲んでレムリアと書く……と、目を合わせ、押し黙った。
 “態度を硬化”と書けばよいか。女の子の表情が非常に硬く、防衛的、攻撃的に転化したのをレムリアは感じ取った。自分の周囲にバリアを張った、そんな感じか。
 きつい目線。眉間のしわ。更にそのしわに向かい、鋭い勾配を描き吊り上がる眉。風圧と感じるほどの拒絶感。
 年は近似と見る。離れていても1年。故の拒否であるとも知る。清楚で整った顔立ちの娘だが、そのはずだが、常時きつい目をしているせいか、顔面筋が緊張しているようで、少女のかわいらしさがスポイルされている。
 背は自分よりも高い。体格もそれなりで服の号数2つは違おうか。
「なんだお前」
 かくして開口一番、女の子はレムリアにそう言った。
 子供同士とはいえ、はなはだ失礼……一般観念としてはそうなろう。
 しかし、出会い頭の攻撃に、レムリアは別の要素を感じ取った。
 この攻撃は防衛のため。防衛の理由は傷付きたくないため。
 心が張った予防線。
「ちょっと真由(まゆ)さん失礼……」
「うるせぇよ!」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-7-

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 女性が布団を掛け直す。
「ええ、まぁ、その、なかなか先生に認めて頂けてないようで……。あ、ごめんなさい。私ったらお礼もせずに。その、助かりましたありがとうございます。でも……その失礼ですけど、なんでそんな専門的な……お若いのに……」
 女性は彼女の傍らに置いてある、一見湿布を思わせる白っぽいパッケージに目をやった。
 ソフラチュール。ガーゼに“硫酸フラジオマイシン”を染みこませた物。傷口からの感染予防に応急処置的に用いる。言ってみれば高級なバンソウコウ。
 彼女はそれを、自らのウェストポーチから取り出し、カットして男性の額に貼ったのだ。どう見ても市販品に見えず、従ってこういう質問になる。
「申し遅れましたこういう者です」
 彼女は同じくポーチをゴソゴソしてIDカードを取り出す。
 カードに貼ってある写真の彼女は、ナースキャップをかぶっている。
「……看護婦さん。で、えーと、これは」
「メディア・ボレアリス・アルフェラッツ(Media Borealis Alpheratz)と申します」
「外国の方?」
「ええ」
「あら。全然そんな風には……ご両親がこちらに?それとも帰化されて……」
「いえ、祖先の出自が東アジアなのでこういう顔をしているだけで」
「へぇ~。変な言い方だけど、あなた、そのまんまでこんなド平日にぶらぶらしていたら、補導されそうよ」
 面白がるような薄い笑みを浮かべて言う。病人の前でその態度ってどうか?とも思うが、想定外の話に相違ないので、強い興味を持って当然といえば当然か。なお、女性の発言は、彼女の顔立ちも、言葉遣いも、その辺の子供と変わらないね、という意味と解釈すれば良さそうだ。彼女の年齢は14歳と数日。
 女性が立ち上がる。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-6-

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 それどころか。
 男性の顔色に彼女はハッと気付いた。
 ……倒れる。
 果たして男性は、スイッチが切れたように白目を剥き、糸の切れた操り人形のように、力が抜け、倒れ込んだ。
 彼女は手をさしのべたが、わずかに遅れたうえ、少女の細腕で大の男を支えるには能わず、散らばった陶器片で男性の額に擦過傷が生ずる。
 顔から外れ、土の上に転がる眼鏡。
「ちょっとすいません、どなたかいらっしゃいませんか!」
 彼女は叫び、座り込んで額の傷を手で押さえ、男性の手首の脈を取る。
 


 
 畳の上、延べられた布団に仰臥している男性。
 懇々と眠るその目の下には、どす黒く隈があり、頬はこけ、文字通りの無精ひげが、その見るからに不健康な顔立ちを更に不健康に見せている。
 布団を挟んで、向き合って座するのは、彼女と、
 困惑した面持ちで男性を覗き込む、やつれた感じの若い女性。
 男性の妻なのだろう、普通に考えて。相当年の差はあるが。
 ピピピピ、と電子音。
 彼女は眠る男性の布団に手を入れ、電子体温計を取り出した。
 デジタルの表示は39.5。
「こんなに……」
 女性がため息。
「この発熱は病気と言うより極度の疲労とストレス、栄養不良に伴うものと思います。まずこのまま休まれて水分を取り、それでも変化が無いようなら、やはりお医者様に懸かることにしましょう。そして消化が良くて栄養のあるものを口にされること。ここ数日、満足に食事を取っていらっしゃいませんね」
 体温計をオフにする。医者に診せた方が確実だろうが、お金が……とかでイヤだと言うんだから仕方がない。とはいえ自分が“診察と決断”を下すわけにも行かぬ。結果の妥協点が、少し様子を見てから、だ。最も、同じ状態の人々はこれまでもよく見ているから、間違いないだろうとは思うが。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-5-

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 “散歩道”を外れる。階段を下り、少し行くと、見逃してしまいそうな細い路地。ベビーカーですら通るのは難儀であろうと思われる程。
 “気持ち”はその奥からであるらしい。息せき切って出所を追う。アホかと思う向きもあろう。実際彼女自身、何を必死にこうしてその場に行こうとするのか、疑問に思うことがある。“傷ついた心理”に強く反応してしまうのは、もはや半分本能的とさえ言える。もちろん、そんなのこと一々気にしていたらキリが無いのだが、重々判っているのだが、知らぬ振りは後々罪悪感で悩むだけなので、それよりは、とつい足を向けてしまう。
「……やる気あるのかお前」
 叱責の声。怒鳴り声でこそ無いが、もの言いの調子はきつい。これはテレパシーではなく、耳で聞き取れた物。
 叱責されているのは、父親というイメージの男性。叱責しているのは更に年上の男性。詫びる声。頭を下げるその姿勢は直立不動。その動作の影で落胆する心理。引き裂かれるプライド。これはテレパシーで把握した状況。
 現場は近そうである。感じながら路地を行くと、視界が開けた。
 作陶工房であることはすぐに判じた。窯とおぼしき、かまぼこ型に整形され、煙突を立てた土壁の構造物があり、平屋建ての建物と直結。
 建物の前の庭では、汚れた前掛けをした、眼鏡の男性が、バラバラになった陶器片を拾い集めている。
 そのしょげた表情。叱責されていた男性であろう。
 思い詰めているらしく、角ぶち眼鏡の目線はうつろ。一旦拾い、手に積み上げた陶器片を、再度ガシャガシャと落とす。
 見てらんない。
「あ、すいません……」
 拾うのを手伝う彼女に、男性は少々過ぎてから気付き、ぼんやりとした口調で言った。
 その声に、彼女は心臓のあたりがズキッと痛む。油切れした機械のような、覇気のない声音は、傷ついた心の証。しかもよく見れば頭髪には白髪が目立ち、フケが多く、健康清潔に気を付けている様子ではない。そういう方面に気を回す余裕を持った心理状態ではない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-4-

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「いらっしゃいませ」
 声を掛けられて我に返ると、前掛けの女性がニコニコ顔で自分を見ている。
 そこは元の工房を買い取ったと見られるお店。店頭には陶器と無関係な小物や装飾品がずらりと並ぶ。そしてカンバン代わりであろうか、路上に赤土色した小型の土管が立ててあり、ペンキ書きで“ケーキと紅茶はいかがですか”。
 ……悪いけどそれ、“常滑”である必要、全くないと思う。
 だがしかし、行く手の道はそんなのばかりであるようだ。振り返ればかなりの高台。眼下には新旧混交の家々が並び、海の向こうを離陸して行くジェットライナー。
 他方、散歩道の行く手は、というと、赤レンガの煙突が幾つか見えるが、火を入れている様子はなく、向こうの店では、女性二人組の旅行者が、商品を手に談笑中。
 ガシャン、という陶器の割れる音が聞こえたのはその時。
 しかし、聞こえたのは恐らく彼女だけ。常人の聴覚で聞き取るのは不可能だ。
 なぜなら、その音は、“心”で聞こえた音。更に詳しくは、心が受けた強い衝撃を、その原因となった音と共に、心理で直接感じ取ったもの、だからだ。
 超常感覚的知覚、テレパシー。彼女が持つ特殊能力に起因するもの。
「……どうかしたの?」
 そのお店の女性が声をかけた。彼女はひょっとすると、反射的に驚いた、或いは小さく声を発したかも知れない。店の人としては、通りすがりの女の子に軽く声を掛けただけなのに、そんな反応をされたら、それはそれで驚くだろう。
「いえ、用事を思い出して……すいません」
 自分を気にしてくれたのに、場違いの店とか……。ちょっと申し訳ない。
 いたたまれないような気持ちも手伝い、来た道をとって返す。その“気持ち”が発せられたのはここから100メートルほど。早足で下る小径は、他の観光客がしげしげ眺め、或いはカメラ構えるあたり、有名なのであろう。足元と壁に輪切りの土管がびっしり植わっている。
P5050375
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【62】

【地1】
 
 そして。二人が絶句した光景。
「これは」
 水分か、光反射性の細菌か判らぬ。どちらにせよバイクのライトが天井によって反射され、照明として作用し、一帯を薄暮に浮かび上がらせている。
 そこは人間サイズの蟻の巣を思わせる、通路と居住スペースの連なりである。すなわち、洞窟都市。
 バイクで走ってきたその道こそは、この洞窟都市のメインストリート。
〈お前たち、荒らさない〉
「ええ、私たちは友達を助けに来ただけです」
〈荒らす者、外にいる〉
 荒らす者……その、踏み荒らすことを躊躇しない暴力。すなわち。
「そこへ行きたい。道はある?」
 鬼は歩き出した。遺骸が横たわり、割れ砕けた土器が転がる居住スペースの一つに入り、奥の暗闇へと歩を進める。
「こっちみたいです。ちなみにこの方は私たちのご先祖さんっぽいです」
 理絵子はさらりと説明を加え、男達に手招きした。
 中は真の暗黒である。だが、鬼は身体で覚えているのか、コウモリばりに音で断じるのか、躊躇せず入って行く。
 対し超感覚の自分たちはどうとでもなるが、男達はどうしよう。さすがにバイクを持ち込むのは難しいが。
「今日び喫煙者の唯一役に立つところか。脅かしたらごめんなさいよご先祖さん」
 男二人はそれぞれ手にしたライターを点火した。
 鬼は驚愕の意を寄越した。着火する超能力をその筋の用語でパイロキネシスと言うが、その一種と思ったようである。ちなみに密教の護摩焚きは本来念力で着火する。……その位の能力がないと祈祷願掛けなど成就しない。
〈お前たち、強い〉
 立ち止まり、振り返り、彼はまた歩きだし、行く手に木の板が現れた。
 扉である。後世の人間が製作して設えたもの。
 答えが、友が、その向こうにあると理絵子は知った。
 しかし……変わらず彼女の意識を拾わない。
〈強いが、この向こうは狂わせる煙〉
 鬼の認識、感じない優子の意識。
 尋常ならざる事態の存在。理絵子はテレパシーを使う。
 この向こうで起こっていること。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-3-

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 改札を鉄道カードで抜け、構内にある観光案内所へ。
 窓口のお姉さんに、即売もしている工房を訪ねたいと告げると。
「『やきもの散歩道』を行ってみてはいかがですか?」
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 傾斜地を縫うように走る小道で、そこここに工房やお店があるという。
「一般のご家庭もありますので、プライバシーには十分ご配慮下さい」
「ありがとうございました」
 地図をもらい、送り出されて駅を出る。アーチ型の鉄道橋梁(ニールセンローゼ橋)を背中に、南東の方向へ。
 途中、人に訊いたりなどして、たどり着いた“散歩道”の入り口は、「ありゃりゃ」というのが正直なところ。
 綺麗に整備されすぎているのだ。舗装やカンバンなどまだ新しい。道そのものはクルマが入れる幅はなく、斜面にへばりつくように、くねりながらの上り坂。
 首を傾げながらとりあえず歩き出す。こういう場所には“小洒落たお店”は多いかも知れないが、昔ながらの工房というのはどうだろう。
 ちなみに東京で見たその茶器は、えらく高名な陶芸家、の弟子が作った1点ものとか。そういうのは、引き継ぎ引き継ぎ大事に使うシステムの産物が多いのではないか。
 比較対象として適切かどうか知らないが、一度乗ったことのある“オリエント急行”の客車は、二次大戦前の姿に復古されたヴィンテージカーだったが、その作業はわざわざ元々の工場で、リタイアした職人を呼び寄せて、当時と同じ手仕事で行ったという。同じ理屈で、古典的な味わいを求めようとするなら、それに最適化されたシステムの方が良いような気がするのだ。
 “小洒落た”……現代向けにソフィスティケートされた陶芸を否定はしない。でも、少なくとも自分にはお呼びではない。ちなみに、そのオリエント急行のディナーで供された食器は、列車の紋章こそ入っていたが形状はシンプルそのもの。しかし無機ではなく、ムダをそぎ落とされた“機能美”みたいな物があり、どこのだろうとクルーに尋ねたら、ウェッジウッドと返ってきた。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-2-

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 常滑市。愛知県知多半島の中程、西より海岸沿いに位置する。沖合人工島に中部国際空港を擁する。
 古来より陶器の製造で知られ、その原初は平安期にさかのぼる。「せともの」に代表される、同じ愛知の「瀬戸」などと共に、日本六古窯(ろっこよう)に数えられる。有名なのは朱泥(しゅでい)の茶器類であろうか。ちなみに“まねき猫”の生産量が日本一である。
 詳細は専門書に譲るが、出自が古いだけに、後付加工で彩るより、素材の良さを生かしたシンプルな焼き物が多く、彼女の場合も、知り合い宅で見せられた、その系統に惹かれた次第。今日はたまたまこの地に用事があったので、帰国がてら立ち寄り、気に入った物でもあれば、と思ったまで。
『常滑です』
 女性車掌のアナウンスと共に、電車のドアが開き、彼女はいくらかの乗客と共に降り立つ。
 ホーム上の男性客が彼女を見、声に出すならおー、となるか、口を小さくアルファベットの“o”の字に開く。
 かわいらしい女の子だ、と書いて異論を持つ者はおるまい。
 彼女の身長は153センチ。小柄と表現できるが、それでもここ1年ほどで3センチ伸びた。
 顔立ちは平成年代風美少女とでも書くか、“ころん”としており、少女マンガのヒロイン向きと言える黒い瞳の娘であって、髪の毛は肩に触れない程度でスパッとカット。ジーンズ姿と合わせ、軽快な印象を与える。その軽やかさと、かわいらしさによって、彼女がいるだけで周辺がパッと華やぐ、そんな感じと書けるだろうか。異国の娘であるが、東京渋谷、名古屋なら栄(さかえ)か、繁華街を歩いていて、そうと気付く者はおるまい。
「あ、どうも」
 道を空けた男性客に彼女は軽く会釈をすると、意外に強い風にちょっと驚きながら、羽織っていたカーディガンの前ボタンを留め、高架ホームの下へと階段を下りて行く。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-1-

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~第1部~
 


 
 きっかけは、東京の知り合い宅で出された茶器である。
「どこのだ、って言ったっけ」
 インターネット経由で繋がった、パソコンモニタの向こうに向かって、彼女は問うた。
『常滑だよ、と、こ、な、め』
 その東京の知り合いがモニタの中で答え、動画IPメッセンジャーでURLが送られてくる。アクセスすると地図。
「これって例の新空港……」
『そだよ。お礼のついで……にはちょうどいいんじゃないの?それに……だったらアレだ。雨降る流れ星も、岬の先っぽまで行って見てくるといい。空港が何かイベント組むかも知れないし』
「判った」
 そして今、彼女は名古屋鉄道(名鉄)の、空港行き特急電車の車中にある。日本型電車には乗り慣れた彼女であるが、立ち客用のつかみ棒など、サーモンピンク色を多用したこの車輛の配色には、一瞬我が目を疑うほどのけばけばしさを感じた。だがすぐに、色覚ハンディのある乗客を想定したものと気付き、納得。
 車内は走行音以外静かである。乗客は多くはなく、彼女を含めちらほら立ち席がある程度。時節は11月半ば過ぎ、金曜の昼下がりであり、ガラス越しの西日は心地よくやわらかい。大荷物片手の旅行者が、ここまでの移動で既に疲れたか、座席からガラスに寄りかかり、ウトウトしている。ちなみに、東京の言う“雨降る流れ星”とは、翌早暁に予報されている、“しし座流星群”のことを指す。車内ドア上、電光ニュースでもその旨のニュースが流れる。穏和な車内といい、流れ星がニュースになるこの国は平和だ、とつくづく思う。
 外に目を向ける。電車は郊外の住宅地を快調に飛ばしている。やがて駅を通過し、走行音が変わり、コンクリートの高架橋に駆け上がり、速度を落として駅へ到着。
 
(つづく)

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