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2010年11月

グッバイ・レッド・ブリック・ロード-91-

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 そこで。
「そんな下らないヤツが足元にも及ばない、そんなのより凄い集団に、船飛び降りて立ち向かって行った、凄い女の子いるじゃん」
 レムリアはこう言った。
 そして言いながら気がついた。真由には自分に責任を帰してしまうという、思考上の“クセ”が付いてしまっているのだ。
 これか。という洞察感がある。いじめの被害を受けた子どもに対して、安心しなさい全て終わった今後の事は任せなさい。多少の差違など将来には影響なし……それだけでは足りない何か。
 いじめるという行為は暴力そのものであって、責任の全てはいじめる側にある。いじめられた側が何かしなくちゃならない、という事は一切無い。いじめられる方が悪い?じゃぁ“いじめていい”、のか。
 ただ。
 いじめを受けている側のこうした“自分に帰着してしまう”クセの存在は気付かせても良いように思える。その思考ロジック自体が存在していること、及び、それは正しい自己評価ではない、と認識させること。そうしないといつになっても“どうせ自分は”が出てきて、先へ進まない。それは求めている尊厳の回復、その先にある“自分への自信”とは逆のベクトル。
 レムリアは言う。
「連中があなたに対して鼻につく、と感じているのは、あなたが人より優れている、と感じたからでしょう」
 そして続けて。
「加えてあなたには真の勇気がある。夕方防犯ブザーを鳴らしてくれたのもそうだし、どころか、こんな銃弾飛び交う異国の地で率先して駆け出した」
「でもそれはレムリアを手伝おうと……」
「だからってだめな人はだめだよ。たとえ船のムサい連中が両脇でレーザ銃抱えていてもね。連中が守るから大丈夫と幾ら言っても、怖じ気づいてしまうでしょう。でも、あなたはそうじゃない。あなたみたいな友達がいることを私は誇りに思う」
 
(つづく)

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総武快速passing love ~市川~

~市川~
 
月曜日。
下りの通勤快速はフルスピードで通過して行く。
疲れた帰路の人々を乗せて。
止まっている一本前を追い抜いて。
明滅しながら流れゆくネオンのような窓ガラスに。
あなただけ見えたような気がしたのは偶然か。
翌日火曜日。僕は抜かれる側の列車に乗った。グリーン車が2階建てだから、どの辺に見えたか見当は付けられる。
ただ、混んでる車内を動けはしない。
車体に4つあるドア、毎日違うドアに乗ってみる。
火曜日のドア、水曜日のドア、木曜そして金曜日のドア。
あなたの姿は見えなかった。
アナウンスが流れ、程なく通勤快速が隣の線路を通過して行く。
明滅しながら流れゆくネオンのような窓ガラスに。
え?いや、それは幻。そう、あり得るはずがない。
土曜日のグリーン車は平日通勤と異なる客層。おばさん達の話し声、お菓子の包みを開く音。
切符の確認に来たアテンダントが怪訝な顔。
僕が座る隣の席は花束だから。溢れるほどの花束だから。
2枚のグリーン券をチェックして、アテンダントは小さく一言。
「こちら、お水お持ちしましょうか……少々、水分不足のようですよ」
総武快速で終点近くへ。
君が眠る、あの丘へ向かって。
 
←船橋新小岩→

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-90-

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 というのも真由のセリフ、直接的には、彼我の被害の程度を比較し、彼らの方が自分よりも傷ついてると感じた……という意味であろう。但しそれは、“いじめなど、訴えるようなレベルの被害ではない”と言っているわけではない。むしろ、相似した卑劣行為だからこそ、比較が成立した結果である。レムリアが着目したのはこの“比較”だ。真由が、自分という存在を、客観的に捉えることが出来はじめた、と考えられるのだ。ただ、その比較対象とした事象は、その極北ではあったが。
 すると。
「みみっちいね」
 真由は言い、涙だらけの顔で、薄笑みさえ浮かべてレムリアを見た。
 その意図をレムリアは一瞬判じかねたが。
「出来る範囲で、つーか、ばれない範囲で、隠すとか、壊すとか。一度可愛いラッピングで猫の死体が入ってたけど。確かにここで見た事は卑怯だと思った。でも、生きるための必死が生み出した卑怯なんだとも判った。……でもあの4人って“ただ下らないだけ”じゃん。ああ、なんかあいつらが可哀想なくらい子供じみた存在に見えてきた」
 真由の涙だらけの笑みは、レムリアには失笑と感じられた。
 だから、
「所詮、そんなことしかできない連中。ってこと」
 と言った。ここまで聞いた限り、真由は彼女自身もそうだし、同様にいじめる側の程度についても、客観視できたのだろう。
 ところが。
「でも、ここの人たちは、そこまで虐げられて、それでも頑張ってるのに、私と来たら、そんな下らないヤツにさえ……」
 真由はこう続けた。それは違う、レムリアは言おうとして声にしなかった。今の彼女は自虐的、と書いていいだろう。そんな心の誤謬を軌道修正するのに、否定語は良くない。彼女を認めない、ということになってしまう。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-89-

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「あなたが救ってくれなかったら、あの子はお母さんの元にいられなかった」
「そういやcardiopulmonary arrestって言ってたね。そんなに危険……」
 レムリアは首を横に振った。
「命の危険じゃない。その前の話。あなたが船から飛び降りてくれなかったら、あの子は別の人の手に掛かり、人身売買ルートに乗せていたでしょうってこと」
「人身ば……!」
 真由は、目に見えて判るほど、身体をびくりと震わせ、絶句した。
「そんな……」
 その瞳が輝きを浮かべる。唇が震えわななく。
 そして、幼い子どものようにわぁわぁと声を上げ、真由は泣き出してしまう。さもあろう。これでもか、まだあるか、そこまでするかとばかり、卑怯と凄惨を立て続けに見せられたのだ。幸せが当然な国の娘にとって、フィルタの向こうに隠されていた想像を超える現実、さらけ出された状況は、文字通り筆舌に尽くしがたい事態であっただろう。感情が抑えきれなくなってしまったに相違ない。
 レムリアは真由の気が済むまで、その身を自分に預けさせた。
「親父が……」
 泣きすぎて、しゃっくりが出ているような状態のまま、真由が口にした。
「親父が、お前のこと、修羅場をくぐってきたというか、過酷な経験をしてきたようだ、って言ったろ?あれ、大げさじゃなかったんだな……」
 レムリアは、真由の肩へと回した自分の腕に、力を込めるだけ。
 真由は続けて。
「……卑屈になってた自分が恥ずかしいよ。世界で一番不幸なつもりのバカなお嬢だよ」
「そんなことない。あなたの受けた数々が酷い事には変わりはない。人を傷付ける事に、上も下もない」
 レムリアはすかさず言い、真由の涙を指で拭った。と同時に、彼女の言葉に、認識変化の兆しを見、それ以上言うのをやめた。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-88-

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 心拍安定を確認してレムリアは甲板へ戻る。真由を先に甲板に帰していたが、トラブルが生じたことは無線を通じて把握していたようだ。果たして彼女は甲板に立ったまま、心配そうな目でレムリアを迎えた。
「大丈夫、母子共に安定」
 レムリアはまず、笑顔で真由にそう言った。
「そう」
 真由はまずは小さな笑みを浮かべて応じた。
 船が再びの夜空へ飛び立つ。
 真由は遠ざかる医療センターを見ると、ふぅーっと声に出してため息をつきながら、甲板床面にぺたんと座り込んだ。
「良かった……」
 呟き、茫然と床面に目を向け、まばたきもしない。その目に流星が幾多煌めきを映して流れる。だが、彼女の瞳は流星に、別の何かに、焦点を合わせているわけではない。
 放心状態。
 それは、この短時間で生じた膨大な、しかもことごとく衝撃的な出来事の数々が、彼女にとり、いかに激甚な心理的ショックであったかの証。
 フラッシュバックが生じているかも知れないとレムリアは思う。すなわち、真由の意識の中で、そうした個々の出来事を象徴する数々の映像、ワンシーンの集合体が、奔流のように、流れ巡っているのではないかということ。
 フラッシュバック。その映像は、往々にして、その1枚1枚が、心に刻み込まれた1つ1つの傷に対応している。だとしたら、自分は、今夜彼女を引っ張り出した挙げ句、映像の数だけ、彼女を傷つけてしまったのかも知れない。それは申し訳ないと率直に思う。ただ、確信として持っているのは、その傷は時の作用で確実に癒されるタイプの物であり、後々彼女を大きく変える原動力になるであろう、ということ。
 その根拠は。
 自分自身。
「赤ちゃん、ありがとうね」
 レムリアは言った。
「へ……?」
 真由がゆっくりレムリアを振り仰ぐ。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【74】

【終1】
 
 低い連続音が轟いて大地が震えた。
 バイクに乗って尚聞こえる音量、ハンドルを取られる振動であり、尋常でない事象であると知れた。
「噴火と違うか!」
 マスターが叫び、一旦止まり、後方を見上げる。
 その視界が捉えたのは、照り返しで赤黒い雲の下に立ち上がる炎の柱であった。
 炎の柱の周囲には、黒く見える細かいものが、まとわりつくようにくるくると舞い飛んでいる。
 すなわち。
「火炎放射旋風……炎の竜巻」
 理絵子はヘルメットを取り、振り仰いでそう言った。
 大火炎の上昇気流が竜巻を生じさせたのであった。次いで紫電が疾り雷鳴が轟く。火山の噴煙で発雷する〝火山雷〟と同じメカニズムであると知る。
 その炎と疾る紫電、轟音の彩なす様は、なるほど龍の復活と咆哮と呼ぶに相応しかった。
 炎が収まり、代わりに白煙が濛々とする。それは炎が消えたらしいことを教えてくれた。ガスの源……つまりあの場所が水没した、と見たがどうであろうか。
「お前、りえぼーにイチャモン付けてたあの娘だよな」
 桜井優子が不意に言った。
 その、霊能合戦の様相を呈した事件の成り行きは彼女も全て把握している。
「ええ、はい。その」
 敬語になるのは、その件で引け目があるのと、桜井優子が年齢ひとつ上になるから。
 それは確かにそうだが、にしては随分大人びて感じると理絵子は思った。年齢以上の差が彼女と自分の間に出来た気がする。自分はまだまだ〝ねんね〟だと思い知らされる。
「気にするな。怒っちゃねーよ。照れ屋だから真っ正直にありがとうって言えねえタチなんだよ。……でもいいのか?お前自身誤解されまくりだろうが、自分みたいなのに手を出すと誤解がひどくなるぜ」
 桜井優子の……〝照れ隠し〟。
 すると。
「私も桜井さんの理解者になっていいですか?」
 登与はヘルメットを取って訊いた。
「は?……お前アタマ大丈夫か?」
「変です。霊能者って要するにアタマ大丈夫じゃないですから」
「全くエスパーってのは……で?それって自分が答えなきゃなんねーのか?」
 桜井優子は自らを指さして訊いた。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-87-

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「これが、世界の現実」
 レムリアはただそれだけ言った。次いでラングレヌスに頼み、船倉奥から自分より重い木箱を一つ出してもらった。
「本来私たちは食料援助はしない。ただ今回、私たちは、放火されることを事前に見抜けず、あるべき食料を失う羽目になった。これはそのせめてもの穴埋め」
 木箱を船から少し離れたキャンプの中に下ろすと、人々が船から離れ、そちらに競い群がる。
 彼らは釘で組まれた木箱の板を、素手で力任せにむしり取り、開き始めた。
「あれの中身は、日本でもおなじみの“そば”の実」
 レムリアは真由に言った。真由は意外、とばかりに目を円くし、
「そば?ざるそばとかの?」
「そう。痩せた土地でも育つ数少ない穀物。日本固有ってわけじゃないし、食べ方は麺に限らず様々。ただ、食べてしまったらそれっきり。だから、植えると同じものが大量にできるとイラストが入れてある。どう解釈するかはこの人たち次第。こればかりは、与えるだけ、待つだけ、じゃぁ何も解決しない。口頭で教えても、食べてしまう人たちは食べてしまう」
 レムリアは言った。そして船長アルフォンススに目を向け。
「で、いいんですよね船長。私たちにはこれ以上……」
 船長アルフォンススは頷くと、展開された機器の傍らにあるボタンを押した。
 簡易救護室が船倉に折りたたまれる。狭くなるが、救護室としての機能が失われるわけではない。ただ、ベッドを機器類が取り囲むことになるため、やや物々しい印象にはなる。
 雨降る星の下、そばの実をケンカの勢いで取り合う人々を見せつつ、船倉が閉じられる。
 船が飢餓の地を離れる。
 センターへ急行し、NICU(新生児集中治療室)に母子を預ける。実はこの過程で赤ちゃんが心停止に陥ったのだが、そこは最新機器と赤ちゃん本来の生命力で何とか乗り切った。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-86-

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 レムリアは、赤ちゃんに哺乳瓶をあてがっている真由の手に、自らの手を重ねると、その哺乳瓶をゆっくりと引き離した。
「えっ……」
 その動作は一瞬真由をゾッとさせたかも知れないが。
「この子は“乳を飲む”ことそのものを、身体がまだ充分に覚えていない。口を動かし、押し揉んで吸い出し、飲み下すための筋力がない。本来、授乳は、上手に飲もうとする子どもと、子どもに飲まそうとする母親との、共同作業で、双方の練習で育んで完成されて行くもの」
 レムリアは言い、哺乳瓶を引き取り、洗浄装置の傍らに置き、淡々と輸液(点滴)の準備を始めた。真由が抱く分には泣き出す気配を見せないため、抱いてもらったそのまま、純水で湿した脱脂綿で幼子の身体を拭き清め、額の傷に絆創膏をあてがい、産着を着せる。次いでアルコールで手の甲を拭いて、輸液管を挿す。……手に針を刺して痛いはずだが、泣きはしなかった。
 幼子に乳酸リンゲルの輸液を開始する。次いで母親。骨折し“ぶらぶら”状態の腕に添え木をし、同様に輸液。
 周りでその作業を見ている人々の、流星を反射しギラギラと光る目。
「怖い」
 真由が呟く。失礼だが、彼女の抱いたその気持ちは本能的なものであろう。彼女は、幼子を守り抱え込むような姿勢を示した。
 とはいえ彼らも追いつめられた人々なのである。食うために生きるために手段は問わない……問えない段階なのだ。それは“狩猟者”の心理であり、その目線は、自ずと優しさとは最遠に位置することになる。
 幾人か怪我人がいるので処置する。幸い銃弾命中者はおらず、消毒して絆創膏程度の話。ただ、こうして“施す”ことによって、少しずつであるが、彼らの目線が和らぐのを感じる。
 その理由は……明記を避ける。代わりに。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-85-

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 真に必要なのは、初期段階こそともかく、食べ物そのものではなくて、自分で生きて行くための知識と手段だと信じる。
 “先進諸国”よ、カネとモノさえ送ればいいというのは、飢える者を見た富める貴殿らの、単なる驕りではないのか。
 レムリアは這々の体の連中に背を向け、母を抱いて船へ戻った。今、船は地にあり、光学機能を解除して姿を見せており、舷側船倉を解放、内部装備を展開して簡易救護室にしている。内部には救護用ベッド、及び、エレクトロニクスにモノを言わせた各種検査装置がひと揃い、表示類をパカパカさせて稼働中。もちろん、超銃を背にした男達が戻ってきて傍らにいるから、ここまで出来る。
 ベッドには真由が腰を下ろしている。乳飲み子を抱き、哺乳瓶でミルクを与えているが。
 その姿を見下ろす船の仲間達は困惑の表情。
「なんで、なんでこの子は飲まないの?甥っ子にやったことあるし、私ヘタ……じゃないと思うけど。……だってヤバいんでしょうこういうお腹って」
 真由は赤く腫れた目で、母を横たえるレムリアを見、問うた。真由の言う赤ちゃんの腹部は、栄養失調の典型所見である膨満状態を示している。
 飢えの状態であるのにミルクを飲んでくれない。真由の泣き腫らした目は、彼女なりにさんざ工夫したが、どうにもならない。どうすればいい?ということであろう。急がないと……という焦燥も混じっていようか。
 レムリアは抱かれた赤ちゃんに触れた。その手足に“芯”を感じない。それは、骨が無いのでは?と思えるほどであり、戦慄すら覚える。枯れた小枝よりたやすく折れても不思議ではなく、無造作に投げ出されたこの子に大きな怪我がないのは、それこそ奇蹟と言って良い。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-84-

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 レムリアは顔を戻し目を閉じた。船の向こうにいるであろう、野蛮と化した男達の意識を探っているが、何を捉えているか敢えて書きはしない。
 目を開く。
「船を動かして下さい……大丈夫」
 船が浮上する。すると、船体に隠されていたその向こう、男達は腰が抜けガクガクと震えた状態で地に座り込み、失禁している。すなわち恐怖から動けない状態。その彼らの目に、今映じているのは、天空を無数の星が流れる中、暴風と共に女性を抱いて現れる美しい少女という図。
 男達は大声を、正気を逸したかと思うほどの喚き声を上げた。稀有の天体現象を背景に、“沸いて出た”、肌の色異なる娘。
 彼らに取り、それは理解常識を超えており、形而上の現象であり、その出現を招いたのは、己れらの所作に対する罰の故……という理解であるようだ。
 そしてそれがゆえに、レムリアは口にしようとしたセリフを引っ込めた。……聞いて欲しいことがあったが、これほどの恐怖を覚えていては無理だろう。これ以上何かすれば、ましてや、追いかけて聞かせようなどするならば、狂に陥るか驚愕ショックで死亡する。
 ちなみにレムリアは彼らを弾劾しようとしたのではない。ことの背景は飢餓なのだ。すなわち、この地は耕作には不向きということ。だったら、援助をただ待つでは解決しない。
 耕作できる地を探し、動いた方がいい。レムリアは、彼らが自分をそれと見ている形而上の存在に代わり、言おうとしたのだ。もちろん、自分が形而上の存在と思っているわけではない。そう思われてるなら、その立場だけで説得力を持つからである。自分の知る限り、原初人間は、狩猟採集の地を求めて5大陸をさすらった。援助は必要と思うが、自活する道は常に探り続けなければ永遠に援助が終わらないし、こんな悲劇も断ち切れない。それが自分の見解だ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-83-

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 船が動き、レムリアの指示通り、男達と女性との間に、風と共に降り立つ。
 但し船の姿は一切見えない。このため、男達の視覚には、流星のなす明かりの中、落とした女性の姿が暴風と共に消えて行くように見えたはずである。
 透過シールド。一部読者にあっては“光学迷彩”と記した方が判り良いかも知れぬ。船体が無ければ見えるはずの風景を作り出して見せ、船自体の姿をカモフラージュするもの。最前、戦闘時に“視認できない”と書いたのもこれによる。
 レムリアは横たわった女性を抱き上げた。恐怖が流した涙の跡に砂粒が付いている。まずその砂粒が目に入るのを防ぐため、いかにも平和そうな丸っこい字で“マキロン”と書かれた日本の消毒薬を軽く脱脂綿に噴き、目元の砂を拭き払う。
 次いで身体を見回すと、まず腕を骨折している。後で処置することとし、先ほど男達に引き裂かれたせいもあろう、尚更衣服とは言えないような、身に纏ったその布で、あらわな胸を覆い隠す。ただ、飢餓地帯の如実さ、と言えるか、その男どもが目を付けた乳房ですら、ふくよかな形状とはとても言い難い。骨折も、線のように細い体躯からするに、カルシウム不足が背景にあるとわざわざ考えるまでもない。『華奢だ』と東京が評する自分の体躯より尚細い。だいたいその華奢な自分がこうして苦もなく抱けるではないか。
 なのに母なのだ。レムリアは思わず自分の胸元に視点を移した。14歳という自分の年齢。在地欧州や、夏の湘南に見た同年代の日本の少女達。
 大人びた彼女たちとの差違に覚えた、焦りとコンプレックスが贅沢で低レベルに感じられる。恥ずかしい気持ちが目に作用して何かこみ上げさせようとする。
 上を向いて耐える。涙の代わりに光り流れる星の滴。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-82-

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 男共と目線が合う。次いで拉致される母なる人に目を向ける。すると母なる人は、……レムリアの超常の視覚が捉えたのだが……その瞳に、真由に抱かれる我が子の姿を見たようで、意志の糸ふつりと切れたかのように失神し、我が子に向け伸ばしていた両の手を、その腕を、だらりと垂らした。
 その所作に男達は薄笑みを浮かべる。次いで追いすがるレムリアをチラチラ見ながら逃走の足を早める。ただ、その目線は自分の走る速さを推し量るというより、値踏みしている、という印象。
 レムリアは己が身の内に、にわかに沸き上がる怒りの感情を意識した。友が傍らに、という抑止力が外れた故であろうか、いかに飢餓のゆえとはいえ、この逃げる者共のなす卑劣は、それ以下はないと断言出来る、文字通り最低レベル。
 今この手に、船長達が持っているであろう超銃が、今この手にあったならば、その銃口を躊躇無く向けた自分の可能性を否定しない。
 否。我を顧みよ。
「(意図したこと形をなさず)」
 レムリアは内なる扇動をも御する意を込め、呪文を呟き、指を自らの唇に当て、次いでその指を走り去る卑劣の団へと振り向ける。
 次の瞬間。
 最前の火球をも上回る、炎天の太陽も斯くやと思われる光の塊が東から西へと突っ走る。
 それは頭上を通過する際、文字通り爆発して幾多の光に分裂した。そのビジュアル的動きに同期し、電気のショートを間近に聞くような、バチンという鋭い破裂音が頭の中に響き聴覚を圧し、その異常性ゆえか、男達が叫び声を上げ、担いでいた女性を放り出す。
 流星現象の一つ爆鳴火球(ばくめいかきゅう)……と、レムリアは後に東京から聞いた。
「ドクター!船体を割り込ませて透過シールド!」
 レムリアが依頼したその直接的内容は、男達と、放り出されて横たわる女性との間に、船体を置くという動作。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-81-

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「かも知れないけど判らない。天の采配かも。ただ、天文学の記録には、歴史的現象の再来と書かれ、メカニズムはダストトレイルに地球が、と説明されると思うけどね。ともあれこれはチャンス。悪いけどまた手伝って」
「もちろん」
 二人は天の照明を頼りに擾乱を追う。拉致に躊躇ない粗暴の集団を、特段武道をしているでもない少女達が一心に追いかける。しかも抱いて当然であろう恐怖を思わせる語は口にしない。恐怖の元凶である、彼我の差違比較すら許さぬ衝動が、二人を突き動かしている。
 それは恐らく、二人の持つ女性原理……庇護本能の発露以外の何物でもあるまい。今、男達は乳飲み子を放置のまま、母親の方を引きずり、抱え上げて連れ去ろうとしている。彼らは抵抗する母なる人の上半身に手を伸ばし、平手打ちを繰り返し、纏っていた布を引き裂く。
 乳房が露わ。
 その様子に真由が唇を噛む。
「あなたが思っているのとは違う」
 レムリアは真由に対して言った。男が女を連れ去る理由は大抵、一つであるが。
「むしろそれよりひどいかも知れない。あの男達の目的は……あのお母さんのお乳、母乳」
「は!?」
「食べる代わりに飲ませろというわけ。飢餓と貧困は人をただの獣に変えてしまう」
「そんな……」
「信じられないかも知れないけどそれが現実。しかも、男性達は襲ったゲリラの方じゃない、援助を受けた側の同じ部族。支援食料が焼かれた。じゃぁ、ってわけ……真由ちゃんは赤ちゃんを!救ったら船まで全速力で戻って!」
 レムリアは母に進路を取った。真由はレムリアが指差す方へ向きを変えた。
「判った」
「お願い!……ラング!掃討はまだ終わらない!?船を回して欲しいんだけど」
 レムリアは言いつつ振り返り、真由が乳飲み子を抱き上げるのを確認してから、男達に視線を戻した。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【73】

【結6】
 
「ゆ、ゆうこ……」
 K、であった。全身ボロくずのような状態であり、応じた弱々しい声。
 対し桜井優子は答えず、ただ、バイクにまたがったまま、振り向いた。
 炎を受けてその顔が紅に染まり、瞳は赤く照り返して光を蔵す。灼熱色の髪の毛が気流に乱れる。ヘルメットは装着していない。
 その瞬間。
「もろともくたばれクソ共!」
 Kが持っていた最後の人傷つける道具。ライターの炎。
 理絵子がそれを察知する。
 マスターがライターの蓋を開く音に反応、伏せろと叫ぶ。
 理絵子の意識が危機を発し、ダイダラボッチが応じて身を挺す。
 彼らとKの間を巨体が遮ったその刹那。
 ガスの充満したその空間で、Kのライター火花は火炎を誘導した。
 爆風と、爆風の形をした炎とが生じ、ダイダラボッチがその身で受ける。
 その巨体を壁とし、桜井優子がイタリア二輪車のスターターをキック。爆風に舞い、火炎にシルエットを描く彼女の髪の毛。
 元・恋人、と表記して良いであろう、その身は火炎の中か、その向こうか、或いは存在していないか。しかし、桜井優子に特段の反応はなかった。スロットルを回してエンジンを確認するのみで、振り返りすらしなかった。
「付いて来い優子!」
 そして佐原龍太郎が一度呼べば、声で連携する必要は無かった。
〈さらば〉
 炎の中でダイダラボッチが杖を掲げ、理絵子は意志でお別れ。
 3台のバイクが太古と繋がる隧道を馳せる。反響するエンジン音をなお増して爆発音が覆い被さり輻輳し、
 その出口が永遠に塞がれたことを、途切れた風が教えてくれた。
 トンネルを出、鳥居をくぐると、隧道からは彼らを追って水が流れ出して来た。あの滝の流路が変わってこちらに向いたのだろう。ダム湖の緊急放水のような有様となり、そこを数秒前まで人が通れたと思う者はあるまい。
 水に対し曇天を焦がす紅蓮の炎。
 引き続き古代の舗装路を駆け下る。視界に幾多の赤色灯が明滅し、緊急自動車の集結を教える。……それは、隧道が繋いだ数千年の時間差文明間を自分たちは移動したのであった。タイムトンネルをくぐった時間旅行者の感覚はこういうものか。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-80-

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 現れる、小型の太陽を思わせる白い光跡。
 まるで天が与えた照明弾である。まばゆい輝きが東方より出現し、一帯を照らしながら西へ流れる。
 超高輝度の流星。火球(かきゅう)。
 その文字通り火の玉が照らした状況に、甲板の二人は目を瞠った。
 それは男達が数名、乳飲み子を抱いた母に群がっているという状況。
 それだけで異常な光景であるが。
 その男達は、その乳飲み子抱いた母の腕を無理矢理押し広げ、
 乳飲み子を奪い、
 泣き喚くその乳飲み子を、
 大地に放り出した。
「いやっ!」
 叫んだのは、甲板にいる少女二人、そのどちらであろうか。或いは二人ともであったか。
 二人は甲板を駆け出す。操舵室が気付いたか、併せて船体が高度を下げ、右舷を下げて傾く。
 二人は甲板を蹴り、暴風と共に赤砂の大地に飛び降りる。
 現場まではやや遠い。離着陸の暴風が及ぶ範囲を考慮して距離を取っているせいだ。
 走る。
「(月女神よ天の光途切れさせることなく)」
 レムリアは指を振るう。
 そのマジカルなタクトに呼応するように、ドッとばかり流星が流れ始める。さながら夏の豪雨の如く、流星が数限りなく天の一点より四方へと放たれ始め流れ出し、月灯り程度に大地がほのかに照らし出される。
 無数の流星が全天蓋を覆い尽くす驚異的な流星嵐(メテオストーム)と化す。それはさながら地球という船が、星の海の中今まさに進んでいるが如くだ。同様の流星嵐は1799年、海流に名を残すフンボルトが観測しているほか、1833年アメリカで記録され、“世界が火事だ”と人々が逃げまどったとされる。
Leonids1833
(1833年のしし座流星群の模様を伝える当時の新聞版画)
 さすがに鳥肌立つ超絶レベルの現象であり、二人とも……走りながら……思わず天を仰ぐ。
「これもあなたの……魔法?」
 
(つづく)


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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-79-

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「雪を甲板山盛り取ったね」
 レムリアは言い、真由の手を引いて操舵室の奥、スクリーンの前へ進んだ。
 室内を手短に説明する。操舵室はその巨大スクリーン、スクリーンに沿って湾曲する形で設けられたコンソール(操作卓)。そして背後にひな段状に配された未使用のコンソール群と、その脇の副長席、最上部の船長席で構成される。
 スクリーンの画面はさながらビデオの早送り。瞬時にキャンプ火災現場に戻り、その炎が見えた次の刹那、画面内部が天地逆さま。
 先のイルカよろしく、今度は船体がくるりと回転し、甲板に積み上げた雪を火災現場に投下。
 周囲を照らしていた火災が消えた。
「視認して来ます。INSオフ」
 レムリアは言った。
「了解」
 シュレーターがスイッチ操作。
「ちゃんと消えたか肉眼で確かめる。手伝って」
 レムリアは真由に言った。
「うん」
 真由と走り出す。
 甲板へ出、二人で左右両舷からキャンプを見回す。火は消えたようだ。完全な闇であるせいか、逆に良く判る。
 その時。
『レムリアこの胸騒ぎは?』
 セレネから、不穏な心理をキャッチした旨の言葉。
 程なく近場で騒ぎが生じる。
 甲板の二人は、同時に、その声に気付いた。
 赤ちゃんの泣き声と、その母親とおぼしき女性の悲鳴。
 灯りが欲しい。
「船の……」
『船長たちが危険に晒される』
 レムリアの言葉をシュレーターが即否定。船の能力上、一帯を明るくする事は可能ではある。だがそれは周囲に対して、『ここに何かある、強力な照明を有する物がある』、と知らしめることになる。
 強力な照明は物持ちの証。反政府勢力の彼らにとり、それが敵であれば攻撃するだけだし、支援団体なら強奪するだけの話。
 要するに明るくしたらロケット弾が飛んでくるのだ。船自体は逃げればよいが、人々の中に落下するのは困る。
「(月女神よ我らの目となる天の光を)」
 レムリアは指を唇に当て、そういう意味の語を唱え、その指で天を指し示した。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-78-

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「いや持てる水であればいいんだ。水が持てる状態……」
 レムリアはごんごん叩く真由のその手を制した。
 
「氷!」
 
 二人は叫んだ。
『南極へ行くぞ!』
 二人の声を聞くなりシュレーターが言った。直ちに船が浮上する。
『甲板下がれ。そこを使う』
「了解」
 レムリアは真由の手を取った。
「氷を南極まで取りに行くの?」
「この船なら出来るんだよ。地球の裏まで6秒だもん」
「ああ!」
 なるほど、という表情。
『甲板まだか』
「入ります。入りました」
 二人は甲板から船内通路へ戻る。
『了解。INS作動。移動中衝撃注意』
 シュレーターの声。通路でぼーっとしていても仕方がない。状況を確認するため、そのまま通路を走り、いかにも頑丈そうな巨大な扉の前に立つ。観音開き(2枚のドアパネルが両側へ開いてゆく)であり、中世欧州の城から取ってきたみたいな、凝った木目の意匠が施されている。
 厳かな機械の儀式、とでも書くか、内部でメカ類の力感溢れる駆動音がし、観音開きが両側へゆっくり開いた。
 操舵室。
 まず目に付くのは左手にそびえ立つ巨大なスクリーン。
 その映像を見、真由が思わず目を伏せる。
 なぜなら、映った映像は船が今まさに雪山に突っ込もうとしている所であるからだ。
「閉じるぞ。INSタイプ1(わん)」
 観音開きが閉じ、船が加速し、雪山が一瞬大きく見え、
「うあ」
 まぶたを閉じる閉じないの時間で、画面が真っ暗になる。
 雪山に船もろとも突っ込む。ショックが無いのはINSの作用。
「主機関逆転全力!両舷全速後進!」
 喚呼の声はドクターシュレーター。口ひげを蓄え、額の広い、ラテン系の小柄な男性である。手元コンソール上の左右レバーを操作。
 何事もない事に気付いたか、真由が伏せた目を開くと、船は穴の空いた雪山から後進状態で浮上中。……雪山に船ごと突っ込み、甲板上にその雪を積んだのだ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-77-

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『甲板の二人動くな。我々が掃討する』
「了解」
 言い終わると同時に船が急降下。例の暴風と共に船体を地表に付けた、かと思うと再浮上する。
 直後、一方通行のように飛んでいた銃弾の流れに逆らい、グリーンとブルーの光条が無数に放たれ、突っ走る。
 高出力のレーザビームである。驚愕の声、逃げまどっているのか無数の足音。対し、攻撃の銃声は途絶えた。
「あの光は船長達のレーザー光線銃。大丈夫、ハリウッドのアクションと違って戦闘能力を奪うだけ」
 レムリアは説明した。彼らは長大サイズのそれら銃器(救助支援機器、が正式名称)を持ち、船体が地表に接した瞬間、先の昇降口より地面に降りたのである。なお、地上からは、後述するシステムによって、船を視認することはできない。
 その時。
 船の直下で、大型の太鼓を叩いたような、ドーンと尾を引く破裂音と炎の柱。それは、“大量の可燃ガスが膨張しながら燃焼した”系の爆発現象。
 立ち上がる火柱と照らし出されたキャンプ。火の中に見えるのは、くしゃくしゃのシーツを思わせる破壊されたテントであり、周辺に散逸した段ボールや木箱、搬入に用いたかフォークリフト用パレット。
 逃げまどう人々。
 キャンプが放火された。
「水……」
 真由が呟く。が、ここは砂漠地。
『ここにはない』
 シュレーター博士の声と舌打ち。
「じゃぁどこからか」
『レムリア。私たちで対処しなくてはなりません』
 セレネの声。今、船内には博士以外の“男手”は出払っている。無論その彼らとは無線で繋がっているので、どうしようと訊く事は可能ではあるが。
 無線経由で聞こえてくる状況は、相談など出来そうもない。
「水……水を持ってくる……ペットボトルでああダメだそんな発想」
真由が自分の頭を拳で殴る。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-76-

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「願い事、残らず言わなくちゃ」
「でも3回も言う時間ないみたい」
 流星が増え出す。同時に二つ現れたり、間髪を入れず後を追うように飛ぶなど、なるほどニュースで言うように“雨降るような”数まで増える、と予感させる。
 イヤホンがピン、と言った。
「寄り道?」
 真由が先に言った。
「うん」
 


 
 再び船に急加速が掛かる。中空に巨大な、それこそ流星を思わせる光の弧を描いて反転し、西へ進路を取り、雲の下へ降下。なお、これより展開されるミッションの具体的な活動地は、内容上、差別的との誤解を受ける可能性があるため、明記は避ける。時間的には夜のエリア。
『……反政府勢力の盗賊団が難民キャンプを襲撃中』
「は?」
 真由のその声音は“我が目を疑う”を声で表した、そのもの。
 同じ気持ちは読者の方にも多いのではあるまいか。確かに“反政府集団”という言葉に対して、“貧しい人々の味方”という印象が、特に日本では強いかも知れない。
 レムリアは舌打ちして。
「取れる場所から取れるだけ取る。判る?義賊ってのは幻想ってこと。難民……つまり武器も力もない。そんな人たちの所に食べ物も医薬品もある。これ幸いってわけ」
「そんな……」
「反政府、宗教対立、正義の味方を気取って武器と暴力にモノを言わせ、苦しい人々を尚苦しめる心底悪辣な者どもは後を絶たない」
 レムリアは拳を握った。
 船が地域上空を旋回する。月は程なく沈もうとするところであり、地表はほぼ闇。その中でタイマツが激しく揺らぎ動き、その炎の光を反射しつつ、流れ飛ぶものが幾つか。
 流れ飛ぶものから少し遅れて、パン、パンと、爆竹の破裂音に似た乾いた音。
 多数の悲鳴。
「銃声!?」
 真由が息を呑む。
 直ちに聞こえてくる船長の声。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-75-

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「ごゆっくり、真由姫様」
 ラングレヌスが跪き、大柄ゆえの低い声で言い、真由の手のひらにそっと口づけ。
「ど、どうも……」
 騎士の流儀に照れたか、頬染める真由にラングレヌスはフッと笑顔を見せ、アリスタルコスと共に甲板から下がった。その間に、船はロシアから北極海へ出、再び夜のエリアへ進行。
 天空には薄墨のような冬季の天の川が姿を見せ、水平から垂直へと立ち上がって行く。その天の川両岸には幾つかの一等星が姿を見せており、埋め尽くす星くずの中で、その輝きは光というより、見守る者の強い眼差し。
 そして、そんな一等星の一つ、おうし座アルデバランを追って再びのすばる。つまり。
「世界一周……」
「したよ」
「嘘みたい……」
 真由が天からの眼差しをその瞳で受け止めながら、ため息混じりに呟いた。
「あのさ」
「ん?」
「世界一周って大きなスケールみたいに思えるけど、こうして飛んでみると、大きな地球も宇宙の中では小さな、本当に小さな水と緑なんだね。朝露に濡れた道ばたの草と同じで、踏みつぶしてしまうのは、多分一瞬。でも……」
「少し離れてこの星を見れば、永遠に等しい時間で宇宙が作った、丸い小さなビオトープ」
 レムリアはそれだけ言った。
 船が真東に進路を向ける。
 と、頭の上を光の筋が一本、残像を描いて西へ流れた。
「始まったかな?」
 レムリアは呟く。
「え?」
「しし座流星群」
 正面には“?”の字を左右逆さにした星の並びが目印、天駆けるライオン。
 その逆ハテナを中心にひとつ、またひとつと、花火でも打ち上がるように光の筋が飛ぶ。
「これが流れ星?」
「そう」
「初めて見たかも」
 真由が呟き、流星が流れるたびに顔を振ってその軌跡を追う。しし群の流星は流れた軌道に沿って煙のような痕跡(流星痕という)を残すものが多く、それが、余韻のような雰囲気を見る者に与える。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-74-

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 レムリアは左舷の船縁に向け指をパチンと鳴らす。船縁の柵が一部パタンと倒れ、ストレッチャーが段差無く甲板に乗り入れ可能となる。
 合わせて大男二人が女性を甲板から持ち上げる。二人の体格・体力からして、いわゆる“お姫様抱っこ”は充分可能なのだが、女性の身体を水平に保つためこのように二人がかり。
 女性の身体がストレッチャーへ載せられた。
「“ヒギヌス”、“ガッセンティ”。Drowned, heart stops. no breathing, no reaction of eyes. Open chest massage」
 白衣の二人にレムリアが伝達。
「OK」
 白衣の二人が答え、ストレッチャーを彼らに託す。
 レムリアは送り出すに際して横たわる女性の手を握り、小さく笑みを作ると、その手を真由にも触れさせた。
「さっきと比べてどう?」
 真由がはっと目を見開く。
「あたたかい」
「その通り。この人は助かるでしょう」
 レムリアは言った。それを聞いた真由に小さな笑み。
 握った手を離し、ストレッチャーが昇降装置に乗って降りて行く。
「ミッション・コンプリート」
 レムリアは言った。
「さ、散歩に戻ろ」
 振り返り真由に言う。
 思い切りの笑顔で。
「う、うん」
 戸惑いがちに真由が頷く。船は再び薄皮のような膜に包まれ、医療センターを飛び上がる。
「じゃぁ邪魔しないようにゴツくてデカいゴロゴロしたのは引っ込むぜ」
 アリスタルコスが言った。
「その筋では失礼いたしまして。ああ真由ちゃんあなたに紹介してなかったね。ウチのファランクス」
 レムリアは今更ながらであるが、大男な双子兄弟を彼女に引き合わせた。ちなみに両者身長2メートル体重100キロ。レムリアの言った“ファランクス”とは古代ローマの重装歩兵のことだが、さもありなんと言うべきか。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【72】

【結5】
 
 大好きだった存在。義務教育すらうっちゃらかって、一緒に住んでもと思うほど。つまり将来を視野に入れるほど。オトナはコドモの浅薄な思い込みと笑うであろう。しかし恋というプリミティブな感情に巧拙という判断基準は適切ではない。
 その幼いなら幼いでよい、純粋で全力の思いを全て裏切られ、あまつさえは再会したと思いきや誘拐状態。
 かわいさ余って憎さ百倍というが、そんな軽々な言葉では形容できまい。
 彼女は文字通り、黄泉のイザナミ。
「たとえ、いいようにされたのはこっちで、犯罪の被害者であっても、死なせたらその途端こっちが犯罪者なんだろ?……だったらもう2,3本あばら折ったろかな」
「だから、『通報のために下山する』んだよ。あばら折れてるなら不用意に動かせない。携帯電話は通じない」
 佐原龍太郎が言った。
「法律は守っちゃくれない。ただの文章だ。自分で使って初めて武器になる」
 と、そこで、杖を刺してもいないのに勝手に穴が開いてガスが吹き出し、火柱になる。
 ガスの圧力が高まっていることは明らかであった。
 つまり、もう、ここにいることは許されない。限界である。
〈あなた方の危機は去ったか〉
 ダイダラボッチの彼が尋ねた。その肌はしかし防火防炎というわけではなく、どころか炭化しているが、平気なようだ。
 炭化層が表面を覆うことで逆にその下の発火を防いでいるのかも知れぬ。
 鋼鉄が、表面を覆うサビによって、腐食の進行を防いでいるように。
 人の肌は、傷付くと代謝を早める。
「ええ」
 理絵子は答えた。
〈私が託された仕事をして良いか〉
「もちろん」
〈我らの地を穢した者を罰する、あなた方は逃げられよ〉
 つまり、この愚連どもの処遇……問題その2。
「殺すつもりですか?」
 理絵子はダイダラボッチの彼に尋ねた。
 縄文時代……罪という意識はあるまい。ただ、神話が言うには、理由無き殺人は肯定されない。
〈いけませんか?〉
「この者達が犯してきた数えきれぬ罪には、一瞬の死すらも贅沢です」
 その時。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-73-

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「ここまで大量に飲んでしまうと管入れて吸い出さなくちゃならない。だったらそれまで心臓動かして維持した方がいいんだ」
「そう……」
「話しかけて」
 無念そうな真由にレムリアは間髪入れず言った。
「血の巡りと呼吸は私たちがやる。あなたは意識を刺激してこの世に引き戻して。……国際的な職にある人でしょう。プライド刺激するにも英語の方がいい。意識と五感を刺激して引き戻す。手を握って、頬を包んで。こう言うの、あなたを助けました。今から病院へ向かいますって」
「わ、わかった」
 真由はアリスタルコスの肩から脱し、女性の手を取り、その冷たさに驚いたか一瞬ぴくりと震えたが、ためらうことなく次いで頬を包み、耳もとに向かって声を出す。
「You were saved. We go to a hospital from now on. Therefore please never give up !. We perform all can do it so that you survive.」
「あなたは素晴らしい。普通、いきなり出来るもんじゃない」
 レムリアはひとこと言った。
「レムリアの真似だよ」
 真由がはにかみながら答える。程なくイヤホンにピンという電子音。
『センターに到着する』
「了解」
 船が中空に停止し、次いで降下を始める。ニューカレドニアの月夜に対し、これから夕映えに移ろうかという時間帯の地域であり、欧州地域であると知れる。
 船が停止した。船が離水してよりここまで30秒。
「着いた。ここはこのプロジェクトのために用意された救急医療センター」
 程なく、船体左舷に下方より上昇してくるものがある。
 ストレッチャー(台車付き寝台)用リフトである。
 リフトには白衣をまとったアジア系の女性と、アフリカ系の男性。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-72-

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「いや、これは心筋が完全に……直接じゃないと。それまでは我々で持たせて」
「OK任せろ」
 レムリアの台詞にラングレヌスが女性の胸元に手のひらを当て、圧迫を始める。なお、レムリアの言った“直接”の真意は、胸部を切開し、心臓に直接触れてのマッサージ(開胸式心臓マッサージ)、を意味し、当然外科手術の範疇である。従いここで出来るのはセオリー通りの心臓マッサージ。
 ラングレヌスの動作に心電図が反応する。但し、描かれる波形は尖り乱れたノイズの固まり。
「ドクターシュレーター。センターへ急行」
 レムリアは言うと、自らは女性に対しマウス=トゥ=ノーズ(鼻の穴から吹き込む)で人工呼吸。
『了解』
 回答に程なく船が離水し、猛然と加速。レムリアはラングレヌスの動きに合わせて息を送る。対しラングレヌスが、蓮の葉を思わせる大きな手で女性を圧迫するたび、口元からあふれ流れる水。
 真由は傍らでまばたきもせず息もせず。今、甲板は文字通り“命のための戦場”であって、初めて見る彼女が圧倒されてしまうのは当然と言えば当然。
「大丈夫だ……彼女は……強い」
 アリスタルコスが、真由の両肩を背後からそっと支え、野太い声で囁く。
 真由は突然肩を抱かれた驚きも混じっていようか、ひゅっと音を立てて息をして。
「……うん」
 しかし少し安堵したように頷いた。その抱かれた肩がほぐれるように動く。緊張していたらしい。
 そして、緊張がほぐれたせいもあろうか。こういう場合、見ているしか出来ない側は、得てして何も言えなくなってしまうのが普通であろうが。
「この水って出さなくて……」
 彼女は、言った。
 少しでもいい、手伝いたい。その意志がつむいだ言葉だとレムリアは理解した。
 しかし。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-71-

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 その間に大男二人が薄膜から人体を下ろす。なるほど東南アジア系の女性であり、女である自分たちの目から見ても結構な美人さんである。手肌の手入れや痩身ダイエットの類に気を使っている(カネをかけている)なと一見して判る。じゃらじゃらしたアクセサリといい、富豪の娘ならではの自己演出。
 が、しかし。
 その肌には生気無く色は鈍く、唇は青紫。血流が滞ってよりやや時間が経っていることを示している。無論、意識は無く、腕がまるで作り物のようにだらりと垂れる。
 大男片方、ラングレヌスが女性の水着胸元を引き裂く。一瞬ギョッとする眺めだが、次いで手を伸ばしたのは傍らの枕サイズの機械。そこからケーブルを引き出し、その先端にある吸盤付き電極を乳房の下へ貼り付ける。
 機械……体外式除細動装置の電源オン。
「心電図モードで」
「了解」
 レムリアはラングレヌスに言い、自らは女性の腕を取り脇の下を指先で圧迫する。次いでまぶたを指先で押し開き、ウェストポーチからペンライトを出して瞳を照らす。
 装置の描く心電図は横一線……心臓は停止。
 それは客観的には“死”そのものだが。
「心停止。瞳孔反射なし」
 レムリアはそう言っただけ。
「使うか?」
 ラングレヌスの質問の意図は、機械の除細動システム……心臓電気ショックを使ってみるか?の意。
 しかし、それは除“細動”の言葉通り、心臓駆動筋肉の痙攣を排除するものであり、対し女性の心筋は微動だにしていない。なお、本来この種の判断は医師が下すものであるが、レムリアは普段の活動ゆえに各国医師らからある程度ノウハウを伝授されている。最前線が即座に医師の診断を受けられる状況とは限らないからだ。その場合“可能な限りの最善”をその場の人間が選択できなくてはならない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-70-

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「帆を動かすから気を付けて」
 レムリアの声に、真由が我に帰ったように、身をびくりと震わせる。既に船の持つ3本のマストの中央、もっとも大きなセイルが展開され白い膜状になっている。次いで、マストがその根元から左舷方向へ向かってがくんと折れ曲がり、水平に倒れる。
 帆膜が水平に広げられた。言うまでもあるまい。この膜をトランポリンのように使って、イルカが運んでくるであろう女性を受け止めようというのだ。
 イヤホンがピンと小さな音を立てる。
「ソナー感、来るぞ」
 間近で聞こえた男の声に真由が振り向く。
 立っていたのは北欧系とおぼしき金髪碧眼の見上げるような大男が二人。タンクトップ姿で筋骨隆々。しかも間に鏡を立てたかのように二人はうり二つ。
 ……救助活動に際し、体力及び戦闘を要す場合に彼らの存在は欠かせない。双子の兄弟活動員、コールサインは“アリスタルコス”“ラングレヌス”。
「了解」
 レムリアが答えて程なく。
 先ほどのイルカがざぁっと水しぶきを上げ、再び空中に躍り出た。
 その背びれの位置に載せられた、ぐったりした人の姿。
 確かに女性である。茶色っぽいワンピースの水着をまとい、首や腕にはアクセサリーの類が沢山。
 イルカは“予告”通り、船の上を横切るように飛ぶ。
 飛びながら身体をねじり、くるりと一回転。
 反転し、上下逆さまとなったイルカの背から人体が滑り落ちる。
 人体を帆膜でキャッチする。イルカは尾びれをパタパタしながら、そのまま船を飛び越え、水中へダイブ。
「ありがとう!」
 レムリアは日本語でそう言った。意志さえ伝われば言語自体はどうでもいいからである。イルカは少し離れたところでジャンプして宙返りし、水中に姿を消した。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-69-

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 否定する必要はない。レムリアは真由を見、彼女の手を引き寄せ、まるで口づけでもするかのように彼女の両の頬を手で包み、しかし幼子の熱を計るように、額に、額で触れる。
 真由の目が見開かれる。
 これ以上ないと言うくらい見開かれ、震えすら伴いながら、驚愕の表情が形作られる。
〈どう?見つかりそう?〉
〈難しいですね。意識がないから。海流の速度から言えばこの辺……〉
 会話形で表現すれば、そんなやり取りが真由の意識で展開されたはずである。
 レムリアは、現在進行中で海中のイルカと交わしている意志の会話……テレパシーの一部を真由に垣間見せた。
〈見つけた!女の人。一人だけですね?〉
「副長」
『ええその人です』
〈……でも魔女さんこれは〉
〈何も言わず連れて来て〉
〈判りました〉
「ドクター、ソーラーセイル展帆(てんぱん)!。展開後操作権を私に移譲下さい」
 レムリアはそこで真由から額を離した。
 以上わずかの時間に起こった出来事……真由の意識の中で反芻がなされているので、それに従って書いてみる。
 まず、イルカは溺れ沈んだ女性を海底、砂の上に横たわった姿で発見した。東南アジア系、マレーシアの富豪の娘であるとまで、その時点で判っている。そこでレムリアはそのイメージを副長セレネへとテレパシーで転送する。この女性二人は永遠の電話よろしくほぼ常時テレパシーで繋がっているような状態であり、副長セレネは助けを求めた当人であると確認、その時点でレムリアはその旨イルカへ伝えた。イルカは女性の生命について不可能性を指摘したが、レムリアは構わないから連れて浮上してくるように指示。この際、イルカから、船をまたぐようにジャンプしながら女性を甲板へ放り出すので、適当に受け止めてくれと依頼が来た。そこでレムリアは船の帆をクッション代わりに用いることとし、操舵手である搭乗員、シュレーター博士に、帆の展開とその後の帆の操作権限を自分に引き渡すように依頼した。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-68-

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 レムリアが答えると、二人が水面を見つめる目線の方向へ、船からスポットライトの光芒が向けられる。なお、ソナーとは船が備えている音波探知機のことである。
 船が投じた光が、水の中に動きを捉える。深みよりせり上がる黒い影。
 流線型の煌めく身体が、飛沫を上げ音を立て、水上へ踊り出す。
「イルカ!」
 真由が叫ぶ。イルカは一度水面から飛び上がり宙返りし、再度飛び込むとレムリアの前に水面から顔を出した。
 立ち泳ぎでレムリアを見ている。その様子はまるで水族館のショーにおいて、飼育員の指示を待ってるかのよう。
 イルカと、レムリアの間に、意志の疎通が成立していることは説明するまでもあるまい。
「イルカに……?」
 かくして真由は問うた。
「そう。探してくれるって」
 レムリアは指で一回くるりと宙に円を描き、その円を投じるようにイルカに向けた。
 イルカが特有のキイという鋭い声で鳴き、水中深くその身を沈めて行く。
「あなたは何者」
 真由が問う。
 レムリアは真由の目をまっすぐに見返す。
 話すべき時が来たと知る。
 真由が口を開く。
「普通じゃないとは理解してる。姫様で、魔法のような手品を操る看護師で、世界中を飛び回るボランティアで。そして……この船……。そこに今度はイルカと喋ると来た。友達と言うなら教えて。あなたは一体何者」
「動物との意思疎通は……私の家系においては当然のたしなみの一つ」
 レムリアは先ず言った。
 そして。
「そんな能力を持つ者を、古来、人は魔女と呼んだ。そう私はホウキじゃなくて船に乗って空を飛ぶ魔女。
 魔法。アルフェラッツ・ムーンライト・マジック・ドライブ」
 レムリアは言い、真由の手を取った。
「魔法……じゃぁさっきのは呪文」
 頷く。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-67-

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「ニューカレドニアです。この船でしょう、おぼれた人の悲鳴を副長が捉えました。今は途切れています。水中に沈んでしまったようです」
「え……」
 真由が凝然となり、常夏の島に不似合いな胴震いを見せる。さもあろう。レムリアの言葉は直接的には“死”の宣告。
 “死”の現場に立ち会うという事態。
 人が死ぬ。その認識がもたらす本能的な恐怖感。
「助……かるの?」
「助けるの」
「どう……やって……」
 レムリアはウィンクして。
「ウチらボランティアですから。……ドクターシュレーター、レムリアです。船体を傾けてください。右舷を水面ギリギリまで。……はい」
 レムリアは真由の腕を取り、甲板右舷の柵に掴まらせる。
 船が傾き、波頭がその柵を軽く打つようになる。
 レムリアは目を閉じる。
 そして、その人差し指を伸ばすと、まっすぐ、低い高度の月へと向けた。
 指先が光り出す。セントエルモの火ではない。中に星を蔵したように金色の光を放つ。
 そして彼女は唱える。
「(我が意を解す水の友よ、我が思い我が頼みを聞き届けては下さらぬか。肯とあらば水の上へ)」
「え?」
 カッコで記述したレムリアのセリフは、現存するいずれの言語体系にも属さない文言である。
 レムリアは言い終わり、指先の光を海中へ投じる。まるで意のままに動く蛍のように、金色の光はレムリアの指を離れて海中へ入り、走る。
 レムリアは目を開いた。
「答えた。こっちへ来る」
 呟くと、船縁から水面を覗き込む。
 真由は不思議そうな目。
 理解不能で当然であろうとレムリアは思う。ただ、この期に及んで、この船に乗せた現時点で、その理解を越えた内容について、もはや隠しておくつもりはない。
 イヤホンに男の声。
『ソナーに感。お前が呼んだか?』
「ええ」
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【71】

【結4】
 
「ここは公道じゃねーから無免許運転にはならねーだろ。……悔しいけどあいつのバイクなら乗れちゃうんだなこれが畜生め」
 Kのバイク。
〈荒ぶる女神よ心得た〉
 桜井優子の考えを理絵子が認識したところで、ダイダラボッチは火柱立つその中へ歩き出した。炎を越えてそのバイクを取ってくるつもりらしい。
「……ちょ、偉丈夫さんまさか」
「任せて大丈夫だと思う」
 当然、体表を覆う体毛が燃え上がる。
 炎の男であった。彼が、彼ら種族が、火を扱うに適した種族であることは自明であった。
 植物の中には山火事に耐え、むしろそれを繁殖に用いる種もあるとか。
 であれば、人間で同様の展開があっても不思議ではあるまい。
〈燃える赤き大地に我らの始祖はたどり着いて立ち、この様な杖で火をかき混ぜ、住む地と水とを中から探り出した〉
「アメノヒボコの伝承みたい」
 登与が彼の意志と記憶を言葉に置換する。旧石器時代の終わり、九州が海底火山鬼界(きかい)アカホヤの大噴火で全面的に火砕流に埋もれた。文字通り炎の大地と化した。その時の火山灰が関東地方で検出されるほどである。
 そこに、まだ大地の炎が消えぬうちに最初の縄文人として入植……彼はそのことを言っていると登与は解釈したようだ。古事記の伝承に準じて。
 真偽はさておき可能性はなくはない。神々があらゆる事物から生まれる古事記において〝血液〟は重要な命のファクターだが、溶岩流は言わば地球の出血であり、その態様は混沌そのもの。
 程なく火の海からダイダラボッチが戻ってくる。……そのイタリア製のバイクを両腕に抱え持ち、己れの身体を盾に火と熱から守りながら。
「しかし怪力だなあんた……オラ!カギよこせクソ反吐!」
 桜井優子の行動は容赦がないという以上の荒ぶる女神そのものであった。
 腰も立たないKの腹部を思い切り蹴り上げる。
 Kが血反吐を飛ばしながら仰向けになり、再度動かなくなる。
 桜井優子は両手首を踏みつけて動きを封じてから馬乗りになり、左右に開いたジャンパーの内ポケットを探り、バイクのカギを取り出す。
「……あれ?あばら折っちまったよ。で、これを放置して帰ったら犯罪なんだっけ?正直死んでも構わないんだけど」
 桜井優子は理絵子を仰ぎ見た。それは彼女の本音であろう。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-66-

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 マダガスカルには雲がかかり、渦巻くその姿から熱帯性低気圧であると判じる。但し南半球であるので、その渦は北半球と逆向き、時計回り。
「あれって台風?」
 真由が訊いた。
「の、お友達。……大丈夫。それで危機的状況にある人はいない」
 レムリアは言った。
「なんで判るの?」
「副長にはそういうことが判ってしまう。私が真由という女の子が傷ついていると判ったように。この船は、副長のそうした類稀な能力を持って危機にある人を探す……待って」
 レムリアはPSCをセットしている左の耳を指先で押さえた。ピン、という小さな金属的な音と、セレネの声。次いで同じものが聞こえたであろう、真由も同様に耳を押さえる。
「副長が危機にある人の心の悲鳴をキャッチした。……ごめん早速だけど寄り道させてもらう」
 セリフが終わる直前から、発進時と同様の急加速がなされ、それこそ映画のシーンチェンジのように一気に夜になる。
 月明かりの時間域に戻る。このように地方時に慣れる前に昼夜逆転したりするので、結局今が何時なのか訳が判らなくなる。短時間でめまぐるしく入れ替わる昼と夜。生物の体内時計は曙光でリセットされると言うが、このような短時間で何度も曙光を浴びるのは影響としてはどうなのだろう。
『到着します』
 セレネがイヤホンの向こうで言い、船が減速し、高度を下げる。
 星空が移動をやめた。オリオンの高度はかなり高い。従い南方。
 唐突に潮騒が耳に入ってくる。発進時にセットされた薄膜が解除されたのである。
 海の匂い。夜の海。
 目の前にはヨットが一艘転覆しており、西に傾いた月光に無惨な姿をさらしている。主のいないライフジャケットが波間を漂う。
 海難事故の現場であることは歴然としていた。ちなみにかなり沖合いであり、人家とおぼしき明かりは水平線遥か彼方。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-65-

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「そう。この船の今の速度、巡航速度って言うけど、これで地球一周12分ほど」
「12分!?」
 振り返って尋ねる真由にレムリアは頷く。
「うん。……あ、あの太陽反射してる辺が五大湖ね」
「あ……ああほんとだ地図そっくり。わぁなんかゾクゾクしてきた。さっきまで常滑に、セラモールにいたのに。空を飛んでる。世界を巡っている。“常滑から世界へ”か」
 それは空港に付けられたキャッチコピーである。
「夢みたい」
「夢だったりして」
 レムリアはちょっと意地悪に笑って見せた。
 船が大西洋に出る。現在の進路は南東方向。船自体は舵を切ったわけではないが、紐をボールに巻き付けて頂ければ判るように、北へ向かってもいつしか南へ向かうことになる。
 大西洋を横切る。
 イベリア半島部よりユーラシアへ上陸する。地中海を横切り、アフリカ大陸へ入ると、緑地は沿岸のみで途切れ、すぐに視界一杯の砂漠地。
「サハラ」
 レムリアは言った。
「これが……」
 真由が息を呑む。
 ずっと砂漠が続く。針路前方を見てもその端は判然とせず、まさに地の果てまで続くが如く。
「広いね……温暖化砂漠化って言うけど、こうやって目の当たりするとなんか怖いみたい。有名な日本人の宇宙飛行士が、しきりに環境を口にしてるけど、口先だけじゃなくて真剣なんだってようやく実感沸いてきた。見ちゃうと、てゆーか、こうやって見なくちゃ判らないよこれ」
 真由は言った。上空から見ると、蒼や碧といった豊富な色彩に彩られた地球大地において、砂漠だけは、枯れた、或いは荒れた、“死”の地域のように感じるのだ。もちろん、実際には砂地に適応した多くの生き物が生息してはいるのだが。
 永遠かと思われた砂漠がようやく途切れ、インド洋へ出る。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-64-

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 更に目が慣れ、見える星が増加する。増加に従い視界は無数の煌めきで埋め尽くされ、天蓋全体が輝く巨大な機械と化して頭上を巡る。その姿は、まるで大昔の円盤式オルゴールが、照明を反射しながら回転しているかのようだ。ちなみに今は晩秋なので拝むことは出来ないが、これが7月期になると、視界の端から端まで天の川が横切るため、船の動きによって巨大な時計の文字盤がぐるりと動くかのように見え、ダイナミックそのものだ。
「プラネタリウムみたい」
 真由が呟く。その瞳にも天蓋を埋め尽くす無数の煌めきが映っている。つづみ型の星の配列が目立つ巨人オリオンが水平線近くを闊歩。日本で見える高度より低いのは、船が北方へ向かっていることを示す。別段神話丸暗記の星空ロマンチスト気取る気はないが、こう幾度となく夜空を飛ぶと、見慣れた天体や星座も幾つか出てくるし、高度や傾きで緯度経度大体の予測が付けられるようになる。
「わぁ……」
 ため息にも似た声で真由が言い、彼女が指さした東方、カーテンが開くように空が青みがかり始める。
 朝間~昼間帯の地域へと船が進行したためである。
 視界下方が漆黒の海より陸域へ変わる。
 夜が明ける。空の色が漆黒から群青、ブルーから紫、赤、黄色へとめまぐるしく変化し、太陽を戴いて透明へ変わって、昼間の空に落ち着く。
 下方に見えるのは森林と、その森林をナイフで傷つけたように貫く幾筋かの道。そして、所々に見える茶色のゴチャゴチャした領域は町であろうか。今、船の高度は国際航空路を遥かに上回る20キロほどに取っている。
「北アメリカ大陸。アメリカとカナダの国境付近」
 レムリアは言った。
「アメリカ?」
 真由が瞠目する。
「もうアメリカ?」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-63-

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 レムリアは言った。耳栓機械から聞こえた音が大きかったか、真由がびくっと身体を震わせた。ちなみに音量はPSCが脳波の応答を見ながら自動制御する。
「動くよ」
 レムリアは真由に言った。程なく、薄い金色の膜のようなものが、両舷から現れて立ち上がり、二人の頭上をスクリーンのように覆って行き、卵の薄皮のように船全体を包む。
 船が、ゆらりと動く。
 浮上する。よろめく真由の手をレムリアは掴む。降りてきた時と同じ暴風が生じ、商店街のあれやこれやがバタバタ暴れる。
 離着陸時は空気圧を用いる。それに伴う暴風である。
 船が垂直に高度を上げて行く、見慣れぬ目線となり、店々の屋根が見え、遠く見通せるようになり、夜景の向こうに周囲の街々が光の島となって浮かぶ。
 “セラモール”全体を見下ろす高度。
 そして。
 


 
「INSタイプ2作動確認。発進許可」
 レムリアの喚呼(声に出して確認すること)より程なく、見えていた光の島々が、さながらカメラブレでも起こしたようにブレて見え出し、次いでその場から引き抜かれたように光のラインを描き、後方へ流れ去る。
 発進加速である。本来なら伴って身体に感じる力は相殺されているため、“体感的加速感”は皆無。
 上昇がかかり、船首が夜空に向かい、街灯りに慣れた視界は闇に閉ざされる。やがてその闇に目が慣れてくると、瞳がまず捉えたのは、宝石のような輝きを放つ5~6の星の小さな塊。
「すばる……」
 レムリアは呟いた。そしてその“すばる”……プレアデス星団が、まるで船に進路を譲るかのようにすーっと高度を上げ、頭上へと動いて行く。
 星が動くのが目で見て判る。
 それは、この船が、地球自転を遥かに上回る速度で東方へ向け飛行していることを示す。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-62-

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「PSC(ぴーえすしー)を使いますか?」
 セレネが耳栓様の小さな機械を2個出し、レムリアに訊いた。PSCとは意識で直接船をコントロールするシステム。Psychology-direct-reflection Synchronization Control-unit。心理同期制御とでも訳すか。
 レムリアはその機械を手に取り、一つを自分の耳に押し込み、
「いえ、通常ルーチンで。私たちは甲板にいます。INS(いんす)のシールドをタイプ2で」
「了解しました。真由さん、素敵な夜空の旅を」
 セレネが言い、二人に背を向け、アルフォンススと共に船尾方へ去る。INSとはInertia Neutralization System。慣性力中和装置。つまり、クルマや列車が急加速・減速を行った時に身体が受ける、あのぐらっとよろける力“G”を相殺する。原理と仕組みは略す。
「本当に映画みたい」
 SF用語を当たり前のように交わす二人のやりとりに真由は瞠目した。
「しょっちゅう乗ってるとハリウッドの特撮なんかチャチだよ。はいこれ耳に。無線通信機にもなってるから。こちらへどうぞ」
 レムリアは真由の手を取り船首方向へ招き、通路を開き、階段を数段昇って甲板へ出た。
 一見すると古風な帆船である。しかし木製に見える板材は“カーボンナノチューブ”である。また、帆柱に折りたたまれた帆の如き、しかし工業製品を思わせる白い板の正体は、恒星からの粒子流を受け推力とする補助動力機関ソーラーセイルである。つまりこの船は恒星からの風を受け、星の海を行く。
 その星の海を真由が見上げる。
「……嘘みたい」
「レムリアです。甲板へ出ました。準備OKです。発進願います」
 
(つづく)

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