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2010年12月

グッバイ・レッド・ブリック・ロード-122-

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 突き指一名。擦り傷出血一名。他は真由も含め、深刻な症状の者はいない。
 そこへ誰が呼んだか、救急箱片手に走ってきた白衣の養護教諭に、それら軽傷者を託す。
 一段落付いたと思った途端、肩が脈に合わせてズキズキと痛み出す。
「……君。君のその肩は」
 用務員さんであろうか、救助に加わった作業着姿の男性が、レムリアの腕を見、これ以上ないと言うほど目を円くして言った。
 スポーツなどで脱臼した経験のある人は、その状態であることは一目で判ろう。
「脱臼は治ります。だけど命は戻らない」
 レムリアは言うと、男性に笑って見せた。
 程なくサイレンの音が聞こえて来、バリケード代わりの車が動き、救急車が校庭へ到着。そしてそれは……学校の最も恐れていた事態……と言うべきか?遠巻きに近所の人々が覗き込む。車が動き、人々を再度目隠し。
 救急車が止まって隊員が降り立つ。一人がハッチドアを開いてストレッチャー(台車付き寝台)を引っ張り出す間に状況を説明。
「ついでですいませんが私も肩を抜かしまして……」
「判りました」
 救急隊員がレムリアの肩に触れ、携帯電話を開いてピポパ。
 ……こう書くと驚く方あるかも知れぬ。21世紀初頭現在、救急車を呼んだところで、現場到着時点では実は搬送先が定まっていないのだ。こうして状況を聞いてから都度電話して、受け入れてくれる病院を探し、出発するのである。日本の救急システムで最も前時代的な部分である。
 電話の間に少女がストレッチャーで車内へ運び込まれ、レムリアと同様にバイタル・サイン・チェック。その間に養護教諭が救急車の備品から三角巾を取り出してレムリアの腕を吊ってくれた。
「あの……あたしも行くよ」
 真由が言ってくれた。
 
(つづく)

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【予告】2011年の更新予定について

大晦と言うことで、来年の予告で。
「あっはっは」(鬼)
 
●継続案件
・グッバイ・レッド・ブリック・ロード(レムリアシリーズ)~春
・総武快速~4月

●レムリアシリーズその他
・短編集その1(マジック・マジック/夏の海、少女(但し魔法使い)と。/東京魔法少女)春以降
・アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部 夏以降
・アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部 冬
(この話は実は3部構成でどえりゃぁ長い。)
以下時期未定
・短編集その2(豊穣なる時の彼方から/博士と助手(但し魔法使い)と。/夜無き国の火を噴く氷)
・ミラクルプリンセス
・リトルアサシン
・ベイビーフェイス

●エウリー
花泥棒 1月

●理絵子の夜話
出会った頃の話 春以降
 
とりあえずこんなところを予定しているほか、託宣が来た短編を突発的に上げて行く予定です。
本年はありがとうございました。皆様がご健康で年の瀬を迎えられますこと、また来る年のご多幸を祈念しております。
 
すのぴ拝および出張所に住まう娘達と野郎共一同。

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-121-

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 自分の左腕が、自由の利かない状態であることに、この時気付く。見れば右腕に比して長くなっており、脳の指示に対して筋肉が応じるも腕は動かず、ぶらぶら。
 脱臼である。肩が抜けたのだ。
 少女の頸椎に触れたが別段問題はない。ただ、12本の腕で減速されたとは言え、マットがあるとは言え、下はコンクリートだ。したたか頭を打ったのは確かで、念のため更に確認。
 まず大声で大丈夫?と声を掛ける。無反応。
 そこで。
「真由ちゃんちょっとごめん!」
 真由にウェストポーチを開いてもらい、ペンライトを取り出す。少女の瞼を指で開け、そこを照らしてもらい、まずは光に対して瞳孔が開閉するか確認。
 次いで、誰かが持っていたシャープペンシルで腕をつつき、痛みに対する反応をチェック。
 いずれも正常。ただ、脳へのダメージがないと言い切れないので、揺すったり頬を叩いたりはやめておく。
「救急車は呼んだ?」
 振り返って担任に訊く。その向こうから“門番”の教員が走ってくる姿が見える。
「いえまだ……あの、と、とりあえず保健室に」
「あんたは本物のバカか!?4階から落ちたのが保健室で足りる話か!その持ってる電話は飾り物か!?」
 思わず本気で怒鳴り飛ばす。
「レムリア、あたしがかけてるから」
 真由が落ち着いた声で言い、携帯電話を操作する。担任は真由に向かって中途半端に腕を伸ばす。
 電話がつながったと知り、困ったように真由を見る。“ちょっとやめてくれ”……その意図はあからさまと言うべきであろう。サイレン鳴らして救急車……では騒ぎが近隣に知れる、それは困る。というわけだ。
 今、一番大事なことは何だアンタ!
「他にここが痛い、どこかおかしいという方は?」
 レムリアはぶらぶら左肩を右手で押さえながら、救助に参加した一団に問うた。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-120-

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 バカが……レムリアは歯噛みする。気付かれたらどうするんだ?
 ローティーンと言われる年代。お前たちが考えているほど子供でもないし、さりとて大人ほど鈍感でもない。
 レムリアは唇に指を持って行った。
「(意図したこと……)」
 屋上の少女が柵の内を振り返る。
 それは恐らく、女性としての鋭敏さ、或いは、地上の教員が目線をずらしたことに気づき、背後の教員を察知した、と思われる。
 少女は衝動的な動きで屋上から蹴りだした。
 その身が宙へ。
「(形を成さず)」
 レムリアは指先を、身を放った少女へと向けた。
 同時に真由が走り出す。いやっ!と叫び、両腕を広げ、校舎の下へ。
 絆されたように他の者も走る。その場にいた、レムリア達含め6人が、校舎の下へと走った。
 体操マットをみんなで持って、などという時間はなかった。
 誰かが音頭を取ったわけではない。しかし暗黙の了解だったように、差し出された手と手が、12本の腕が、クモの巣のように組み合わされる。
 シューともサーともつかぬ風切音を立てて人体が落下し、
 視界の中で見る間に大きくなり。
 どん。その胸にグサッと来るような、籠もった感じの衝撃音は、コンクリートの校舎に反響して尾を引いた。
「うわっ!」
「痛い痛い痛い痛い!」
 6人は落下した人体に引きずられ、一斉にマットの上に倒れこんだ。
 この時、レムリアは自分の左肩が“ガクン”という感じの違和感を持ったと判ったが、とりあえず無視した。
 6人の腕が作った網。その中心には仰向け状態で件の少女。
 動かず、目を閉じ、意識はない。頭を打ったか。それともまさか首の骨でも……。
 背筋がサッと冷たくなる。レムリアは倒れこんだ一団から抜け出し、少女の状態を見るべくマットに上がって近づく。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-119-

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「(意図したこと形を成さず)」
 レムリアは指を向ける。車が坂道を勝手にバックし始め、教員たちが慌てて追いかけ始める。
「使った?」
「使った」
 校門をくぐり学校グラウンドに走りこむ。何名かの教員が四角四面のコンクリ校舎上方を見上げており、あちこちの教室の窓に生徒が鈴なり。
 彼らの目線のその先を追う。風雨にくすんだ4階建ての校舎屋上。
 鉄柵の外に、なるほど女子生徒が一人。わずかな風に揺れる髪とスカート。
 そしてその柵の内側、女子生徒から少し離れたところには別の男性教員。しかし何かアクションを起こす気配は感じない。それは状況からして、近づくと飛び降りる、そう言われて制され、釘付け、と見る。
 他方、彼女の直下、グラウンドには体育に使う体操マットが何枚か。先の学年主任が電気メガホンを校舎上に向け。
「悪いようにはしない。まず話を聞かせて……」
 それはありきたりそのものの言い回しであり、因果関係を踏まえたセリフではない。到底、女子生徒の心に響くとは思わない。
 すると。
「私はなんとも思っていない。あなたに何も責任はない!」
 メガホンの横から、真由は上を見上げ、叫んだ。
 突然の真由に主任と担任が目を剥く。
 彼女の白いパジャマ姿は、教員たちの黒地、紺系統の地味な服装の中で、文字通り異彩を放った。
 レムリアはそんな彼女に自らのカーディガンを羽織らせる。
「あなたのこれまでにも、今後にも、何も関係ない!」
 真由は言った。
 そして。
「大丈夫だから」
 トーンを下げてひとこと。
「絶対に、大丈夫だから。あなたが思ってるようなことは絶対にないから」
 その生徒は、真由の声に耳を傾けている。
 同じことを、屋上で釘付けの教員も思ったか、こっそり背後から女子生徒に近づき始めた。
 身柄を確保しようというのか。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-118-

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「あの二人に任せたら、その子、飛び降りる可能性があります。ちょっと行って来ていいですか?」
「真由は」
「当然一緒に。恐らく……その子は嫌々加わっていたんでしょう。露見し、レッテル貼られると思って将来を悲観し、衝動的にフェンスの外に、そんな感じかと」
 バレたらおしまい……その子が叫んでいるというセリフから類推するのは、そんな背景。
 父親は頷いた。
「なるほどな。真由がその気はないと言えば解決するわけだ。まぁウチも仕返しが目的じゃないからな」
「ええ、いじめる側にも理由があるんですよ。それ飛び越して頭ごなしに押さえつけるだけじゃ何も解決しない。どこかのバカ国家が謹慎処分とか言い出してるようですが、何か不満のはけ口、優越的な地位に立ちたいというのが原動力ですから、ひっくり返せば押さえつける何かが存在するわけです」
「なるほど」
 父親の了解を得て真由を起こしに行く。和室のふすまを開き、敷居の板をノック代わりにコンコン。
「真由ちゃん」
「……レムリア?」
 4人組の一人が自殺を図ろうとしている。と、告げると、真由は布団から飛び跳ねるように身を起こした。
 寝巻きのまま、枕元の携帯電話だけ持ち、サンダルを突っかけて走り出す。
 待ってと声を掛けるヒマさえない。レムリアはウェストポーチを巻き付け、彼女を追う。
「これが金曜日の自分だったら、知るか、って思っただろうね」
 追いつき並んだレムリアに、真由はカラコロ走りながら言った。
「でも、死ぬほどのことじゃない。私のために死ぬなんて冗談じゃない。“今後”がないなら、それでいい」
 学校に到着する。校門前の坂道に車が一台。
 車は門を塞ぐように停車している。その傍らには……教員であろう、男が二人おり、走ってくる彼女らを見るや、押しとどめようと両腕を広げる。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-117-

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 彼は走る男達を何事かと見送り、入れ替わりにこちらへ走って来た。
「書類のお届け……ですが……」
 携えているのは国際書類配送会社のエンヴェロープ(封筒)。
 A4用紙が入るサイズである。父親がサインして受け取り、開くと、賞状を思わせる書類と写真。全て横文字で英語とフランス語併記。
「これは……真由への感謝状じゃないか。……ひょっとして、これが君が言った修了証、かね?」
「そうです。その終了証です」
「君らはあの晩……」
「救助活動を少し」
「君の?」
「はい。違う団体のですけど」
 写真は、例の母子をプロジェクト直属の病院へ届けた際に、院長らと撮影したスナップ。
「ほぉ……」
 父親は感心することしきり。
 レムリアはその間に電話の子機を手に取る。着信履歴から学校へ電話。
 真由の名を出し、自殺騒ぎを掌握している旨伝え、担任の携帯電話を聞き出す。
 すぐさま担任の携帯電話に掛け直す。事態の様相を聞くためである。
 実際は教員連中と同行したいところである。しかしその娘は自分を知っている。自分を発見して反射的に、となったら困るので控えた。
 その前にワンクッション、である。“あんな”教員であれ、何か言葉を掛けることで少しは衝動は収まるはずだからだ。
 果たして担任はワンコールで出た。
『君はさっきの……』
 訊くとこう着状態。「バレたら何もかもおしまいだ!」と叫んでいるという。
『僕もどうすればいいのか……』
 明らかに頼る口調である。この“師”を肩書きに付けた男は、14の小娘に一体何を尋ねているのか。
 まぁ、未婚の男性がこのくらいの娘を持て余すのは当然、の部分もあると思うが。
 さておき事態は把握。レムリアはちょっと待ってろと告げ、電話を切った。
「お父様」
「なんだい?」
 
(つづく)

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パワースポット~あとがきに代えて~

最近特定の神社名でぐぐると、そこがパワースポットだぁ旨のサイトやブログが沢山引っ掛かる。理絵子と遊んでて否定もへったくれもないが、それらの中には、そっちの視点から言っても、「?」な内容がゴロゴロしている。
 
千葉に21世紀の本日ただいまにあっても、「禁足地」が存在するのは本当で、書いたように縄文時代は海中だったから、当然ひと頃は湿地帯でズブズブしていた。底なし沼の状態だった場所もあろうし、それこそ天然ガスの湧出で、濃度が高くて中毒起こした場所もあったかも知れない。
 
一方で霞ヶ浦(往事内海)を挟んで配された香取・鹿島の両神宮は、「延喜式神名帳」(えんぎしきじんみょうちょう)において、伊勢以外で「神宮」と表記された格別の存在であり、現在も勅祭社として天皇家から勅使が来る。両神宮には地震のナマズを抑えているという「要石」があるが、日本列島を揺るがす大ナマズ「中央構造線」の終点がこの直下である。件の「パワースポット」の「パワー」の流れを地脈とか言うが、その点では「納得の行く」存在・配置であると言える。なお、古代の「東海道」は日本武尊の進んだ道であり、香取鹿島はその終着にあたる。「東の海の道」そのものである。
P1030057 (要石 鹿島神宮)
 
太古シャーマニズムは災厄を防ぎ実りをもたらす方策を天地に尋ねる…が原初であるという説をオレは勝手に唱えるが、断層はのべつ動いてピエゾ効果による電磁波を放出しており、「巫女」がその電磁波を感じ取る電磁波過敏症の女性であれば、文字通り「神の声を聞いた」と書くことが出来る。或いは、地球は月の引力で自身膨張収縮を繰り返していることから、体内に月を抱く女性とのシンパシーなど巫「女」であることの必要性合理性を説明する状況証拠に事欠かない。畢竟、現代人であっても、その場所に立つことによって、遺伝子の記憶する太古のプログラムが呼び覚まされ、「大地の力を受け取った気になる」否定するほどのことはないのかも知れない。
 
ただ。
 
古代は応じた成果を大地に還元していたことも忘れてはならない。生け贄の風習は人命を対価とするに足る、それ以上の価値を天地神明に見いだしていた証である。翻って昨今の「ブーム」はどうであろう。「欲しいから、力がもらえるから行く」…それでいいのか。
 
神話に出て来る神武天皇、その後の日本武尊の「東方征伐」は武力制圧譚と言われるが、その実国土開発の労苦そのものであって、「努力」の軌跡に他ならない。「神様による上げ膳据え膳」では決してない。キリスト教もそうだが、示唆を与え努力に報いる存在が神である。
戻って、賜った豊穣の大地と、平均寿命35歳という過酷を切り抜けた父祖の「繁栄への願い」が21世紀我々に繋がっているのであって、結果だけ欲しいという姿勢はあってはならないと思うのだ。生命の基礎が次の生命へのリレーであるなら、父祖は困難を乗り越え立派にその偉業を成し遂げた。比して標の上に立ってスポットと喜んでいる輩は応じた仕事を為しているのか。
 
いじめ、子殺し、搾取による格差など、共食い的な世相が言われて久しいが、いずれも「欲しい物をむさぼるだけ」の心理の為せる技であって、「還元・循環」の欠如が根底にあるのではあるまいか。そもそもお布施や賽銭はそういう経緯で生け贄が姿を変えたものであり、本来感謝の表明であるのに、前払い金の雰囲気を帯びるようになったのはいつからか。入場料か、いいのかそれで寺社仏閣。
「努力せず、結果だけ要求し、感謝しない」
それは確信を持って、日本の国土と、八百万の神々と、父祖への冒涜に他ならず、そして相容れない。
 
両神宮のお陰様をもちましてこの物語が完成に至ったことをここに報告すると共に感謝申し上げます。

 

●「桜井優子失踪事件」参考文献
 
古代の鉄と神々/真弓常忠 学生社 1997年
日本創世叙事詩新訳古事記/山川弘至 蜜書房 2009年(復刻・原著1952年)
上総地域に置ける軍茶利明王信仰/井上孝夫 1996年(千葉大学教育学部研究紀要. II, 人文・社会科学編44pp.1 - 8)
常陸国風土記 早稲田大学アーカイブ ※風土記口語訳、歴代天皇名等wiki他ネット上の検索結果も参考としている
 
●超感覚学級委員理絵子の夜話シリーズ一覧

Rieko1

(黒野理絵子/illustration by TAC (c)TAC 2007-2010)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-116-

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 しかし辛辣な返答に対し、担任からの反撃は来なかった。
 担任の携帯電話がピロピロ鳴ったからである。
 学年主任が顔を上げる。
「君の言いたいことは判った。でもそのことと今回の事象とどんな関係が?」
 締めくくりに来たか。
「事象……まぁいいですけどね。真由ちゃんは被害を受けたと名指しで言ってるわけです。叩かれた子供の方です」
「でも証拠がない」
「自分の子がそう言ってもそう言い返しますか?自分の子だったらどうしますか?」
「まず……話しを聞くだろうな」
「次のアクションは」
「事実かどうか確認する」
「どうやって?」
「学校……」
 学年主任は言いかけて口ごもり、目を見開いた。
 自己矛盾に気付いたのである。自分が親なら要求するであろうことを、自分自身は否定しているのだ。
 そこで電話をしていた担任の声が張り上がった。
「え?確かにそれは僕の……」
 言葉と共に、学年主任と真由の父親に目を走らせる。
 真由に関係あるがロクでもないこと。レムリアは直感した。
「……自殺!?」
 担任の目が見開かれた。
 

12

 
「ええ、今その生徒の自宅に……判りました」
 担任は電話を切って説明する。例の4人組の内の一人が、学校の屋上、フェンスの外側に立っているという。
「一体なぜ……」
「グチグチ言ってないで早く戻りなさいよっ!」
 レムリアはけしかけた。真由が登校しなかった所為……その疑いが強いが、今それをここで議論している場合ではない。
 
 自分の場合もそうだったが、なんで、教員というのは、当事者に聞かず、憶測と思い込みで勝手に事を進めようとする輩が多いのか。
 経験に基づく決めつけか。
 政治家じゃあるまいし。
 
「は、はい!」
 教員二人があたふたと細い道を走り去る。その向こうにバイクが止まり、若い男がヘルメットを外し降り立つ。着ているツナギ服には配送サービス業者のロゴと文字。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【78・終】

【終5】
 
〈色々見えるからね。いいことなのか悪いことなのか判らないけどね。本来は死に対する本能的な恐怖のはずなのに。生命の本質に反してるのかもね〉
 よぎったのは、踏切の脇に立って自分を見ている、他人には見えない人。
 或いは海岸洞窟で何年も彷徨っていた虐げられた姉弟。理絵子がいわゆる〝気持ち悪い生き物たち〟の〝職務〟を知ったのはこの時である。彼らは、死者にむち打つ存在から姉弟を守っていた。
 そして、毎夜枕元に訪れる、迷える思い達。すなわち放たれた気持ちの断片。
〈魔物は?〉
 高千穂登与が寄越した概念……
 〝現時点では理絵子が節足動物に対して冷静なのと同様とのみ書いておく。〟
〈持ってくるんだ、儀式に使えって〉
 特異な能力の故に疎外された高千穂登与。
 その孤独と、抱いた怨嗟につけ込むように、彼らは誘いに来たという。俺達と共に、と。
 起きて本物の髑髏が枕元に置いてあったことも。
 幾つかの、彼女の思いが、同時に理絵子に訪れる。
 孤独になることはなかったの。
 魔と対峙する恐怖はどうやって克服したの。
 生い立ちの故に疎外された桜井優子。
 その孤独につけ込むように誘いに来た彼ら。
 そして、Kらは復讐に来た。
 自分にも、魔が復讐しに来るのではないかといつも怖い。
「友達じゃん」
 理絵子は明快にひとこと言った。
 それが今、必要十分条件。
 何も言わなくていい。何も怖がらなくていい。
 私は、あなたと共にいるから。
「強い……」
 自動的、反射的と感じる発音で登与が一言。
「ないない。本当に強かったら連中は寄りついてすら来ないでしょう。……このコロの意志が判る?オレが守っちゃる。弱々しく見えるんでしょ」
 理絵子が撫でると、彼は一吠えして尻尾を振った。
 
 当該天然ガスの爆発より数日後、陥没で生じた池の底から大量の古代人骨が見つかった。但し、バイク残骸や現代人、及び巨躯に相当する骨が見つかったとは報道されていない。
 ただ、六地蔵の脇に持ち主不明の自転車があったという。
 
桜井優子失踪事件/終
 
あとがきっぽいもの

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-115-

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 無知、かつ、インターネットの知識もないのか、というニュアンスを含んだ、恐ろしく人を馬鹿にした言葉である。21世紀初頭に現れた。
 レムリアはため息をついた。ググレカスが人に訊くなという意味である上、いじめの対処も判らないならインターネットでそれこそ“ぐぐって”みろ、という、自分なりに強烈で凝った悪口のつもりだったが。
 幾ら辛らつでも、通じないとまるで無意味。
 教員……教える人か。
 何を誰に?
「言い方を変えます。どちらか、お子様いらっしゃいますか?」
「私には」
 学年主任の方。
「そのお子様が他人様の子供を目の前で叩きました。親として自分の子供にまず何を言いますか」
「こら、いけません」
「それから?」
「叩いたりしちゃだめだろ」
「それから?」
「それからって……」
「叩いた理由を問わないのですか?」
「理由……」
「子供とて暴力に訴えるにはそれなりの理由があるはず。その論拠が間違っていると諭さないと、子供は行動を否定された、という欲求不満の塊になるだけですよ。それこそ暴力にカタルシスを見出すいじめる子になってしまう。……良く知りませんが、こういう話、教員免許を取得する過程で座学なり実習なりでやらないんですか?」
「それは……」
 学年主任がうつむく。
「人様の子供の人権と尊厳を扱っている人間の姿勢とは思えませんね」
 レムリアはその後頭部に追い討ちをかける。
 そこでたまりかねたように担任が口を挟む。
「君ねぇ……」
「何ですか?」
 どうせまた論旨のすり替え。
「さっきから聞いてるとあまりにも失礼な口の聞き方じゃないか?」
「さっきから言ってますけどあなた方の態度姿勢は真由ちゃんに対してあまりにも失礼じゃないですか?要旨まとめて差し上げましょうか。嫌がらせされても仲間にしてもらう努力をなさい。僕はどうすればいいか判らないから自分で勝手に空気読んでやんなさい。それでもダメならわたくしたちが対処法調べて担任殿に報告なさい。わたくしが理解把握しているあなた方のご見識は以上です。間違ってるというならご指摘ありがたく頂戴致したく存じますが。担任教諭殿」
 
(つづく)

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総武快速passing love ~新小岩~

~新小岩~
 
待ち合わせ場所を尋ねたら、返信メールには3文字。
新小岩。
僕は慌てて電車を降りる。何故なら今まさに新小岩の駅を出ようとしていたから。
イブの夕刻、東京行きの総武快速はガラガラ状態。15輛もつなげてまばらだが、多分日本橋から横須賀線に向かうにつれ立錐の余地すら無くす。
電車を見送り、足音がして、ふわりと広がる知った香り。
そこに、白いマフラーを巻いた君は、イタズラした少女の顔で立っていた。
いつもの電車が新小岩に到着するタイミングを見計らい、メールをしたとか。
タイミングバッチリと自信満々。でもね。
ずれたらどうするつもりだったんだい?
電車が違っていたらどうするつもりだったんだい?
それに、大体。
降車客も一通り階段を下りて、ガランとなった高架ホームに君と僕だけ。
東京の方には地上デジタルの電波塔。
そこでもなく、その向こうのイルミネーション溢れる東京でもなく、
湾岸沿いの遊園地でもなく。
手招きし、逃げるように先を行く君。
君を追って、駅を降りて、改札を抜けて、街を抜ける。
どこに行くのと尋ねても、君はいたずら少女の笑みを返すだけ。
連れて行かれたのは川の堤防。荒川の川っぷち。
川面に映る街灯りのさんざめきと、月明かりと、冬の星空。
君は立ち止まり、僕の腕に腕を絡める。
ここが目的地なの?食事したりとか、いいの?
「あなたを私が独り占め。川の明かりを二人占め……だってイブだから」
 
←市川錦糸町→

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-114-

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「我々に、どうして欲しいとおっしゃられるので?」
 斯くして、担任は、言った。
 レムリアは、瞠目した。
「言ってること判ってますか?」
「ですから、“いじめがある”とおっしゃりたいのでしょう?」
「そうじゃなくて。あなたの言ってることは、泥棒に入られた、と言ってる人に、犯人の捕まえ方を尋ねてる警官みたいなもんです、ってことです。本当に教員免許あるんですか?」
 教員二人は顔を見合わせた。
 特段超感覚など用いずともその意思は明白である。“いじめ”の本質がどのようなものか理解がないので、どう対処していいのか本当に判らないのである。
Doaho
(本当にいたぜそんなのが2012/07/07)
 
「すいませんが、率直なところ……」
 担任が、言った。
「仕方ありませんね」
 レムリアはため息と共に言い、そして。
「ググレカス」
 小馬鹿にするように言ってやった。
「は……?」
 内容について行けず、教員二人はまごまご。
 対し父親は大笑い。通じない悪口は、ウケない冗談よりタチが悪い。
 父親は唇の端に笑みを残して。
「学校に戻って『ぐぐれかすってどんな意味?』とあなた方に都合の良い生徒たちに訊いてみるんですな。それこそ『ググレカス』って返されるかも知れませんがね。道理で裏サイトだネットいじめだ、なんてモノが流行るわけだ」
 父親は言った。
 ググレカス……インターネットの検索サイトgoogle(ぐーぐる)で検索する行為を、ネット上の遊び言葉で“ぐぐる”と言うが、ここから発展したネットスラングで、『なんでお前の調べ物をオレが調べてわざわざお前に教えてやらなくてはいかんのだ。ネットの掲示板で人に訊くなら、その掲示板を見ている道具(パソコン)で、グーグルでも使って検索してみろカス野郎』程度の意味である。
 
(つづく)

小説, 小説・魔法少女レムリアシリーズ | | コメント (0) | トラックバック (0)

グッバイ・レッド・ブリック・ロード-113-

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「あの……」
 主任が口を挟もうとするが間を与えない。
「証拠と言ったな。ではこちらで証拠を見つけるがよろしいか。人権侵害であり傷害事件であり窃盗であり器物損壊だ。救済の申し立てをするし警察に告発する。警察と司直による本格的な捜査を依頼することになる」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「なにを待てと?あなた方が何もしないなら、私たちは私たちの出来る全てで動くだけ。学校のことだからまずは先生……と思った我々がアホでした。あと勝手にやります。どうぞお引き取り下さい」
「話を聞いてくださいよ」
 ヒートアップするレムリアの舌鋒に対し、懇願するように担任が言った。
 ちなみにレムリアの“口撃”は全部“事前の打ち合わせ”による。具体的には。
「……軽い気持ちでヘラヘラした態度で来るようでしたら、深刻で本気であることを判らせ、慌てさせる必要があります」
「それでも反応がなかったら?」
「実際動きましょう。行動で示すだけの話です。……ガッコーのセンコーってのは権威権力に弱い。コレ定説ですから」
 話に戻る。
「何の話ですか?」
 レムリアは問うた。担任は“予想外の困惑”のなせる技であろう、眉が“ヘ”の字。
「その……真由さんが被害を訴えられていることは判りました。で、でもですね。それだけじゃ我々もどう動いていいものか。やはり確実に、そういうことが起きているという確証がないと……」
「警察みたいな真似は、できないのですよ。生徒を疑うことになる」
 担任の言葉に学年主任が補足した。
……少し、満足げに見える表情で。
 
 全国一般地方に寄らず、これが学校側の普遍的なスタンスとして考えたほうがいいだろう。たまたま、今回ひとつ露呈され、場所が常滑だっただけの話だ。
 いじめが“ある”と困るので、存在を隠し、否定しようとするのだ。
 そのための屁理屈小理屈なら、打ち出の小槌のように幾らでも出てくる。“いじめ”に定義を設けるなどその典型だろう。子供が傷つくという肝心な視点はどこにもない。
 そしてその隠す行為は、他でもないいじめを更に助長することになる。
Superaho_2
(たやすく実例が見つかり、しかも枚挙にいとまがないという愚かしさ)
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-112-

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「アホ、ですか?」
 レムリアは眉をゆがめて。
「それこそ保育園の園庭でも1日覗いて御覧なさい。内容が些細なだけでいじめなんて日常茶飯事ですよ。いじめの有無で査定に響くなら保育士なんてやってらんない。肝心なのはその芽を摘むことと、発見後の速やかな対処ではないですか?いじめの問題が厄介なのは隠すから日の目を見ないこと。証拠をなるべく残さないようにやるのがいじめでしょうが。なのに教員自らがそれを隠そうとし、あまつさえは証拠は?と来た。そんなの他ならぬ教員自身がいじめに加担していることになるんですよ。違いますか?」
「語るお嬢さんだなぁ」
 学年主任が薄笑いを浮かべる。小馬鹿にするという表現以外言葉が見つからない。
 ホラ来た。レムリアは思った。オトナは、子どもから図星食らうと、関係ない方向に話題を振ったり、別口から糾弾しようとするのだ。
 その手に乗るか。レムリアはスッと息を吸い。
「だまらっしゃい!」
 一喝。華奢で小柄な少女から発せられた突然の大音声に、教員二人は身体をびくりと震わせる。
 ちなみに声楽家の発声法を使った。身体全体を共鳴装置……バイオリンの胴のように響かせるのだ。王族の娘である。拡声器のない時代に城から肉声で触れを出していた頃からの習わしで、一通りレクチャーを受けている。
「一つ問う。あなた方のこれまでの言動を、真由ちゃんが聞いていたとしたら、彼女の心理状態がどうなるか、説明出来るか」
 教員二人はハッとしたような目を見せ、口ごもった。
 レムリアはたたみかける。
「自分の子供がいじめられたと帰ってきて、それは本当か?とあなた方は問うのか。お前それ本当かと訊き返すのか。親にそう言われた子供の心理を説明出来るか」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-111-

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 すると担任は、
「僕のクラスは生徒の自立性を尊重……」
「場合によりけりと違うんですか?積極的な子もいれば繊細で引っ込み思案な子もいる。ましてや彼女は転入生。周りは知らない子ばかり。私には、先生の行為は、“空気読んで勝手にやってね”と突き放しているようにしか思えません。失礼ながら」
「そんな保育園や幼稚園じゃあるまいし。手取り足取り……」
 レムリアは舌打ちした。
「なんでそう極端なモノ言いになるんですか?面倒見のいい子に生活ルールのアシストを指名するとか、幾らでも手はあるでしょう。それともあれですか?自分のクラスに転校生溶け込ます算段を思いつかないとか」
 プライドをくすぐってやる。オトナってのは、子どもから痛いところ突かれると本性を現すもんだ。
 と、わざとらしい咳払いが傍らより一つ。
「君、それは幾らなんでも失礼……」
 これは学年主任。レムリアはその視線を瞳で受け、
「失礼?孤立した生徒の存在からいじめの可能性を思いつかないような人間に教師面しないでいただきたい。無視と、伴う孤立はいじめの典型だ。私がわざわざ言うことか」
 真っ直ぐ見返して言ってやる。“姫様の威厳”という奴を態度表情に表す術くらいは心得ている。
「いじめ……?」
 教員二人が顔を見合わせた理由を、レムリアは最初見抜けなかった。
「君、それは証拠があって言っているのかね?」
「いじめがあるなんて軽々に口にするもんじゃないよ」
 開いた口がふさがらない。だったら、この者共は父親の発言……“傷つけられている”を、書き出したリストを、なんだと受け取ったのだろう。
 その父親がボソッと言った。
「いじめ、と認めたくないんだろ。査定が下がるから。この手で自殺に発展した時の学校側の会見ってヤツを見たことがあるかい?トラブル、行き違い、誤解、やれるだけのことはした。そういう言い回しはするが、いじめ、とは絶対に口にしようとしないんだ」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-110-

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 父親の言葉を受け、レムリアは持っていたノートのコピーを取り出し、教員に渡した。
 真由が書き出した“全て”である。
 教員二人は数葉のそれを“パラパラ”と、めくり、眺め。
「真由さんはクラスに馴染めていない……ですかな?」
 学年主任の方が言った。
 父親は、学年主任をじろりと見、
「まるで真由の方に責任があるような口調ですな」
「いえそんなことは」
 すぐに担任が応じ、そして続けて。
「比較的一人でいるほうが多い、という話は聞いております。ただ、ですね。積極的に……」
「ちょっと待てよ。人の言うこと聞いてないなあんた。傷付つけられると判っているのに、何で積極的に関わって行かなくちゃならんのだ?上履き隠されて教科書に馬鹿と書かれてそれでもなお“私と仲良くして”なんて、そんなプライドをかなぐり捨てたようなこと、娘にやらせるわけがないだろう。犬ですら殴られた人間には近づかないぞ」
 父親は立ち上がり、やや早口になり言葉を走らせた。
 それは“娘”に分類される立場の自分から見て、当然の反応だ、とレムリアは思った。自分の娘の行動を、故も無く咎められた父親。
 ライオンの雄は、群れの危機に際し身を起こし咆哮を放つ。
 対して。
「殴る?……ちょっと待ってください。それは幾ら譬えとはいえ……」
 と、担任が口にしたそこで、レムリアは“切れ”た。単なる比喩に、殴る殴らないを使うのが適切かどうか、そんなのどうでもいい話だ。
「論点が違うだろあんた」
「君は?」
 噛みついたレムリアに、いま初めて彼女の存在に気付いた、そんな口調で担任が応じた。
「真由ちゃんの友達」
 それ以上必要ない。
「君も本校の……」
「違うよ。ド平日に学校に行ってないからって、あなた方に責任は及ばないから心配しなさんな。それより訊きたいんですが、彼女が一人でいることが多いと判っていたなら、なんでそこで声をかけようとか、様子を聞こうとしなかったんですか?」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-109-

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「はい……」
「その……君たち夜遊びから帰ってきてから、真由が『あたしって幸せなんだ』って呟くんだが……君たちはあの晩どこへ行ってきたんだ?」
「流れ星見てきただけですよ」
「じゃぁ真由の言った勉強ってのは天文学かい?」
「……女の秘密じゃだめですか?」
「できればね。なんかこう、考え込んでいるように見える。……ありゃ“思慮深い大人の女”の顔だ」
 父親がそこで薪を投入すると、中でバチンと大きな音がし、舞い上がった灰が、一部炊き口から逆流した。
 慌てて炊き口の鉄蓋を閉じる。
「やがて……」
 レムリアは言い、西の空を見た。
 空港から舞い上がるジェットライナー。
「……彼女の学んだ内容の“終了証”が届くでしょう」
「ほう?」
 意表を突かれた、という顔で、父親はレムリアを見上げ、
 次いで何かに気付いたように視線を少しずらし、その表情を険しくした。
 レムリアは父親の目線を追い、振り返る。
 自分の目線も険しくなるのが自分で判る。工房入口にスーツ姿の男が二名。
 方やグレーのスーツに身を包んだ若いメガネの男、こなた、紺の三つ揃いに白髪頭で、顔のシワが目立つかなり年配の男。
 二人は歩いて来、方や中学の担任と言い、こなた学年主任だと告げた。
 学年主任が真由の父親であるかと問う。なおこの間、彼らはレムリアに一瞥を寄越しただけ。
「そうですが何か」
 父親は二人を見ず、窯を向いたまま応じた。
「本日真由さんは……」
 メガネの担任が問う。但し、その目は心配というより弾劾・糾弾のそれ。
「行くと傷つけられるので行かせません」
 父親は言い、薪を一本。
「お休み……」
「ではない。あなたは、自分の子供が学校に行くと酷い目に遭わされるというのに、行けと言うか?」
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【77】

【終4】
 
 桜井優子は言い、その場の各人ひとりひとりに、丁寧に頭を下げた。
「結構。それから、あなたのことは、この方達に全部お話ししました。異論は?」
 生い立ちのことだろう。実際は祖母殿だが、〝方便〟というヤツだ。
 チラっとこちらを見る優子に理絵子は頷き、セーラーの胸元にあしらわれた校章部分を指さした。違う理由を知ってるよ。
「ないよ」
 母の問いかけに、桜井優子は笑って言った。
 シニカルなニュアンスを含まない彼女の笑顔。
 15歳の少女の笑顔。
「ウソは、もういいよ」
「そうね」
 母も笑顔で応じる。
 後始末である。まず、桜井優子をパトカーで病院へ送り出す。ちなみに鬼骨山を目指した理由だが、Kは他人に見られず(誰も来ない場所だから)悪事を働ける場所として〝禁足地〟を幾つか知っており、伴って桜井優子も鬼骨山を知っていた。鬼の骨という名から目星と定め、行き方を訊きに行ったら連れて行ってやるということになり、というわけだ。
 なお、訊きに行った理由はKが岩村正樹のチーム〝たこぶえ〟や理絵子に対して私怨を募らせていると耳にし、自分の存在が原因との思いから、仲立ちのガス抜きを買って出ようとしたのだという。……一人で何でも、である。
「正直、遊んでもらったって事実もあるしね」
 桜井優子は小さくウィンクして、パンをかじりながらパトカーに乗った。
 続ける。次に、人数に比して携帯電話の数が多かったのは、名義飛ばしの違法電話を複数持ち歩いているから。……不法滞在の外国人が無料電話として街角で売りさばいているものだ(複数台契約させて買い取り、別人に売る。元契約者は通話料金を踏み倒す。不払いで使用不可になるまで〝無料で使える〟)。
「さて、君たちから署で詳しい事情を聞きたいんだが……パトカーだけじゃ足らんなぁ」
 地元の刑事氏が言った。バイクは証拠なので乗せられない。代わりに彼らを乗せるためワンボックス車を呼んでいるから少し待てという。毛布を羽織らせてもらい、菓子パンと缶コーヒー。
〈一つ訊いていい?〉
 高千穂登与がテレパシーで尋ねてきた。
 つまりトップシークレット事項。
〈なに?〉
〈黒野さんも、死体見て平気なんだ〉
 
(次回・最終回)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-108-

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「流れ星一つ一つは自然の産物であり、意図してそこに配したわけではない。なのに、多く流れた有様は、全体を眺めた姿は、幾何学的調和を感じさせる……」
 父親はインスパイアされた内容を熱っぽく語ったが、あまりに専門用語が多すぎ、レムリアは良く覚えていない。横文字が幾つか出てきたので、数学の小難しい理論とのアナロジーを見出したのだ、と想像は付くが。
 東京なら面白がって聞いたであろうか。
 と、傍らで親子電話の子機がピロピロ鳴る。発信者はナンバー・ディスプレイによって真由の中学であると判る。
 しかし、父親は電話を取ろうとしない。
 登校拒絶のみならず、アクセス拒絶である。
「君の言った通り無視しているが」
 父親もさすがに少し心配そうな面持ち。
「いいです。本当に心配ならここまで来い、ってことですよ」
 レムリアは湯飲みのお茶を差し出しながら言った。電話を無視しろとした理由はこうだ。教員が真由に対するいじめに薄々感づいており、“もしや”と思っているなら、すっ飛んでくるであろうし、トラブルとすら考えていないなら、電話すなわち口先だけで片付けに掛かるに相違ない。最悪の場合は、電話に出ないことで何か勝手な判断を下し、電話は掛かって来なくなるだろう。さあどれだ、というわけである。
 電話は10回ほどコールした後、切れた。
「これで何回目ですか?」
「5回目かな?。ありがとう。おいしかった」
 レムリアはラップを受け取ってくしゃくしゃに丸めた。
「すまないね。手伝わせて。しかしフリースクールだっけ?行きたい時に行けばいい学校とは言ってもなぁ」
「お気になさらず。学校行けるだけ上等ですから」
「あ、姫子……さん」
 言って立とうとするレムリアを、父親は呼び止めた。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-107-

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 真由に取り、麻子はもはや敵視の対象ではなく、単なる知り合い同等として包含されてしまったのだ。すなわち、真由の心理人格は、確実にあるステップ状の変化を見せた。
 流星の夜に。
 そして月曜の朝。
「はい、おにぎりです」
 レムリアは窯の炊き口にかじりついたままの父親の元へ、ラップに巻いた握り飯を持って行った。常滑焼の窯の形式には幾つかあるが、父親が借り受けている川俣師の窯は“両面焚倒焔式角窯(りょうめんだき・とうえんしきかくがま)”と呼ばれるもので、外見上は“かまぼこ型に積んだレンガに煙突”と表現すれば良いか。煙突の吸い口が床面近くにあるため、立ち上がった炎は、円弧を描く内縁部に沿って“降りて”行くように動き、その床面近い吸い口から煙突に入り、最終的に上方へ排出される、というルートを取る。結果として熱が窯全体に回るという工夫がなされている。西洋の技術を取り入れ、より進化させるという気鋭に富んでいた明治の産物である。
「おお、すまない」
 ラップを開いて握り飯を手渡すと、父親は煤けた軍手のまま、ラップの部分を掴み、かぶりついた。
 父親の説明によると、“ろくろ”で整形した茶器類が焼きあがるまで3日間を要す。リアルタイムで火加減をコントロールするため、当然、不眠不休。レムリアが最初出会った父親は、この繰り返しで極限まで疲労した状態だったわけだ。
「真由は?」
 咀嚼しながら父親は尋ねた。
「これまでの出来事を思い出せるだけ書き出してもらって……今は休んでます」
「そうか」
 薪の切れっ端を投入。ちなみに父親は今回、作り方自体はオリジナルに近い方法で行くという。オリジナルの常滑焼は釉薬を使わない。薪の灰が自然釉となって作品に溶着し、二つとない模様を描く。それに任せるという。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-106-

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 導入が長くなったので本文に戻る。そして今、二人が練っているのは、いささか洒落じみているが、父親の作品製作に用いる陶土である。
「私なら大丈夫だから。レムリアいてくれるし。気にしないで茶碗作りなよ。父さんの本気モード、かっこいいんだってね。見たいよ」
 レムリアの言葉を借りれば、“魂の牢獄“から解放された真由には、自分が父親の作陶を邪魔している、と感じられたようである。それは重ねて書かずとも彼女の本意ではなく、結果、この発言に繋がった。
 そして、真由の言葉は、とりもなおさず、父親にとって……待ちに待った……と書いてよいのだろうか、“言葉の許可証”となった。
 結果、真由以上に解放されたのは実は父親の方だったのかも知れぬ。娘からの “本気モード”というフレーズに、突如思い浮かんだという。夜通し娘を求め彷徨い、夜明けに達するまで見続けたあの数多の流星にインスパイアされ、作品のイメージが思い浮かんだというのだ。いささか長くなるがついでに書くと、これは思い詰めていたことを全く忘れ、別のことをしているうちに、思い詰める……散々思慮をめぐらせる……の結果が脳内で整理され、一つの答えを導いた、と言える。そして、“言葉の許可証”により、抑圧されていた創作意欲が解放され、父親を突き動かしたのだ、と言えるだろう。なお、“本気モード”は、麻子が父親になびくきっかけになった後ろ姿なのだとか。実は父親は、夫婦仲が悪くなり始めた時点で、“多感な時期だからこそ隠し事して傷つけたくない”と、真由を麻子に引き合わせている。その際、麻子が真由に話したカッコイイ父親というのが、真剣に取り組む姿……“本気モード”である。ここで、真由が麻子の言葉を抵抗無く引用していることに注意すべきであろう。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-105-

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~第2部~
 

11

 
 土曜と日曜を、レムリアは真由の家、陶器工房で過ごし、真由の今後について、自分の体験を含めて対応を練った。
 まず決定事項は、とりあえず学校に行かない。端的な理由は、それこそどんな仕返しが待っているか判ったものではないからだ。ちなみに、ここで仕返しとして、“物品の隠蔽や破損”などを想起した方には、申し訳ないが甘いと言わねばならぬ。なぜなら現行のいじめの主眼は“汚辱を与える”ことだからだ。すなわち。
 
 汚す。
 辱める。
 
 端的には性的な内容であったり、汚物、血液、動物の死骸が用いられる事も多々。
 また、流星の夜空で真由の心が一応の治癒を見たと解釈するならば、次のステップとして、加害者側への働きかけが必要になってくるが、それは本質的には学校の仕事である。もちろん直接、警察や法の力に訴える方法もあるし、緊急性が高ければそちらを選択すべきであるが、それのみでは、当座の対応……すなわち、自分に関してだけ強制着陸を行ったに過ぎない。確かに第一優先であろうが、この件で重要なのは中止、復古、そして何と言っても再発防止だ。これには学校自体が対応したシステムに変わらねばならず、学校側に気付かせる必要は絶対だ。この双方を満たすアクションとして、レムリアが選択したのが“登校拒絶”である。
 伴い、レムリアは、気が済むまで家にいるのも選択肢、と真由に言ったのだが、真由自身は、自分のために多くの大人が動くことに抵抗を示した上で、アルゴプロジェクトと行動したこともあろう、『無為に家にいるだけじゃなく、誰かのために何かしたい』、との意向を示した。これについては、次のアルゴプロジェクト活動が、燃料の特殊性から3週間後になるため、自ずからそれ以外で、となった。ちなみにレムリアはその方面のツテを多く有しており、日本国内でも十指を下らない。なお、真由の意向は記した通りだが、これは例のひとつに過ぎず、一般解を示したわけではない。最適解は個々人で異なり、本人の意向や心理状態、被害の深刻さなどを勘案して決めるべきである。例えば“何もしたくない”、のであれば、何もさせてはいけない。勉強すらさせるべきではない(何度も書くようだが、勉強など後からどうにでもなる)。これだ、と決めつけず、学校や自治体のカウンセラーに相談し、本人が納得する形にされたい。また、彼女は自分のために周囲が動くことに負い目を感じるようだが、仮に同様の気持ちを示されたならば、『大人が家族を守るのは本能であり当然』と答えればよいだろう。なお、セレネとのやりとりで示唆的に書いたが、この手の問題を被害者が口に出来ず、隠蔽されるのは、“子どものケンカ扱いされるのでは”という危惧不安が被害者側に常にあるから、でもある。“子ども”ではなく、家族の一員として守るのだという意思表示が大人・親の側には求められる。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-104-

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「うん」
 レムリアは受け取り、自分のも外してウェストポーチへ。
「……何か凄いことのようだな」
 これは父親。レムリアは頷いて。
「確かに凄いことだと思います。でも申し訳ありませんが女の秘密です」
 言い、ペロッと舌を出した。
「そりゃ参ったな」
「でもねお父様」
 レムリアは改めた。ようやく、これを伝えるべき時が来た。
「実はお父様に知っておいていただきたい秘密があります」
 真由が自分を見る。何を言うか悟っていると判る。でも止めることはないだろうとも判っている。
 流星は相変わらず途切れなく流れる。
「何かな?」
「真由ちゃん、学校でずっと嫌がらせされてるそうです。転校生のクセに生意気、とか。メールかネットでしょう……一晩明けたらみんなに無視だった、と」
 見開かれる父親の目線を、真由はうつむいて外した。
「そうか……」
 父親はひとこと言い、
 そして。
「それは苦しかったな。父さん、気付かなくてごめんな。ずーっと頭の中焼き物のことばかりで、お前のことが等閑(なおざり)だった。いや、大人二人がかりでお前に背を向けていたかもな。お前が何も言わないからって。ああ、自分で言ってお前にどんな淋しい思いをさせていたかと背筋が寒くなってきたよ。ひどいお父さんだな。言えないよな、自分が等閑にされてると感じてるのに、その相手に、そんなこと簡単に言えないよな。」
 父親は衝動的とも取れる動きで、自らの背丈とあまり変わらぬ長身の娘を抱き寄せた。
 真由はちょっと驚いた表情を見せたが、すぐに目の前の男の腕をそっと叩いて。
「でもこうやって夜っぴて私のこと探してくれたじゃん。最高の親父だよ」
 真由は言ったが、自戒の念か、父親が背中を震わせる。
 星が流れる。
 後から後から流れる中、東の空が徐々に白み始める。
 夜がひとつ、通り過ぎた。
 
(第1部・了。第2部へつづく

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-103-

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 父親は恥ずかしそうに頭をポリポリ掻くと、それ以上訊くなと言わんばかりに話題を変えた。今しし座中心は南南東、天高くにある。そこから四方へ星が打ち出される様は、さながら途切れぬ花火。
「流星群、なんだって。宇宙モノの映画でさ、星の雨の中に突っ込んで行くみたいなシーンがあるじゃない。あんな風に降ってた時もあったよ。それだけで地面が明るいんだ。まるで奇蹟」
 真由は言った。
「それは凄いなぁ」
「でもね。星見て喜んでるなんて凄い贅沢なんだよ」
 真由の言葉に、父親は己の娘をチラッと見、
「……それも『勉強』の成果か?まぁそうだな。平和な証拠だもんな」
 星を眺めて父娘の会話。
 もう、夜遊びはいいだろう。レムリアは船を帰した。
 全速発進。流星に混じり、しかし他の流星と軌道を異にし、白い輝点が西へ向かう。
「おお、今のはすげーなぁ。火球ってヤツが出るかもってニュースで言ってたけど、それか?」
 驚く父親の傍らで、真由が気付いた。
「今のって……」
 レムリアを振り向く。
「そうだよ。もう、いいでしょ」
「でも……」
「参加するしないの件?今のあなたは、刺激の連続でハイテンションだから自覚してないかも知れないけど、あれから4時間経ってるし、高温で乾燥した地域で走り回った。今日はもう休まなくちゃ」
「ドクターストップならぬナースストップ?」
「まぁ、そんなところ。それに、その件は重要だし大切だからよく考えて。あんなことずっとやるのかどうかってね。それからでいい。もしOKであれば、改めて、事前準備として、応急処置のレクチャーに来ます」
「判った。お礼と、よろしくって言っといてね」
 真由は思い出したように耳の無線セットを取り出し、レムリアに手渡した。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-102-

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 この父親なら今回の事態に対して、真由の最大最強の味方になる。それこそ天空の獅子が今宵自分たちの味方をしたように、“家族を守る雄々しき獅子王”として立ち上がる。レムリアは確信を持った。
 
 言って、いい。
 
 問題は。
 と、そこでレムリアは気付いた。
 『お前さえいれば』と、父親は言った。
 麻子さんはどこへ?
「麻子に連絡は……」
 先に真由が訊いた。
「その必要はない」
 父親は真由を真っ直ぐ見返して、言った。
「え?」
「『朝になれば帰ってきますよ』とか吐かしたからひっぱたいた。そしたらキョトンとしてな。叩かれた理由がワカランということだろう?だから言ってやったんだ。それでお前は真由の母親になるつもりか、ってね。そしたら……出て行ったよ。歌に出てくる振られた女みたいにな。まぁ……帰ってくる気があるなら連絡してくるだろう」
 これには真由が目を剥いた。
 父親はニヒルにすら見える笑みを見せて。
「そう驚くな。確かに麻子の見立て通り夜遊び家出だったかも知れない、結果的にな。だが、それは親の取る態度じゃないし思考回路じゃない。だから、そうだと言ってやったんだ。そしたら……オレは子離れ出来てない!だとさ。それってテメエとお前を対等に見てくれってことだろ。女対女として。
 一気に冷めたよ。悪いがオレは既に父親なんだ。
 そしてコイツは母親じゃない、なれない、ああ、まだ無理なんだと思ったね。真由、お前あいつを避けてただろう。当然だと思ったな。あいつのお前に接する態度は、言葉遣いは慇懃丁寧だが、要するに押しつけねじ伏せの裏返しなんだ。まぁ……そういうわけさ。フフ、14の娘に何話してるんだか。にしても今日の流れ星は凄いな」
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【76】

【終3】
 
 祖母殿がへたりこみ、お地蔵様に手を合わせ、涙ぐむ。
 コロは祖父殿の手を振り切って桜井優子に駆けて来、飛びついてペロペロ。
「ひょっとしてと思って良枝さんに優子ちゃんの制服持ってきてもらってね。コロに追わせたんだよ。そしたらここへ。しばらく歩き回ってたら、このパンを見つけてね。これは理絵子様ここへ入られたなと」
 祖父殿がパンの入った袋を片手に説明する。先ほどお地蔵様へのお礼にと置いていったものだ。
 桜井優子はコロに押し倒されている。
「コロどけ……何も出来ない……」
 事態の説明は男達が地元警察に対応し、理絵子はあきれ顔の父親と対面。
「ったく、探偵ごっこはマンガの世界だけにしてくれ。小林少年に勝てても明智小五郎はいないんだぜ。活動力のありすぎる娘も考え物だ」
「ごめんなさい」
 理絵子が頭を下げたら、その声に反応して桜井優子の方が神妙になった。
「いや、それを真っ先に言わなくちゃならないのは自分です」
 立ち上がって下唇を噛む。セーラー服が肉球の足跡だらけ。
 ……隣の市のセーラーだ。理絵子は代わりにコロを撫でながら気付いた。学級委員の代表同士の交流会みたいなのがあって、そこで見た。
 桜井優子と出会ったのはこの2年生昇級当初であって、それ以前の彼女は知らぬ。知っていることは唯一、〝2度目の2年生〟……留年であること、そして、今日知った彼女の秘密の部分。
 恐らく、1年生当時に着ていた制服で元彼に……が、妥当な見方だろう。
「そうね」
 うつむく桜井優子の前に、母君が進み出、一言そう言い。
 頬を平手打ち。
 軽い。あくまで叩いた音が出る、程度。ただ、その割にその音はその場の誰をもハッとさせ、黙らせる効果を有した。
 頬に自らの手のひらを押し当て、桜井優子は呆然と母君を見返す。
 ひっぱたかれる、という行為が、彼女にとって初めての事象であると容易に知れた。
「親が一々行動に干渉せずとも、自分で責任が取れる年齢だとは思います。でも、他人様に迷惑を掛けてはだめ。それは責任ある行動とは言わない。一人で何でもできると思うのも、単なる思い上がり。まして相手は札付き。岩村さんや黒野さんが〝あれ〟からあなたを引きはがしたのは慧眼だし、それによってあなたは守られたのです。判ってますか?」
「はい、ごめんなさい……お母さん。皆さん」
 
(つづく)

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予告その他

「桜井優子失踪事件」について。
全78回でまとまりました。最終回は12月25日です。年内最後の土曜日しかもクリスマス。なんだかなぁ。
なお、この後同じ理絵子の小話を一つ追加しようと思います。
 
その後はエウリーがエントリーしてます。タイトルだけ「花泥棒」。2011年1月以降。
 
それから現在「グッバイ・レッド・ブリック・ロード」が毎日更新で走ってますが、1月1日は調整でお休みし、何かバカなことしようと企んでます。
 
で、その、レムリアの話ですが。ええ毎度お付き合いくださり感謝の念に堪えません。実はですね、携帯で見られない普通のHTMLで作ったページ含めると。
 
アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第1部・第2部(現在進行中)・第3部(2011年)
ミラクル・プリンセス
マジック・マジック
魔女と魔法と魔術と蠱と
ブリリアント・ハート
夏の海、少女(但し魔法使い)と。
東京魔法少女
Good-bye Red Brick Road(グッバイ・レッド・ブリック・ロード)
豊穣なる時の彼方から
博士と助手(但し魔法使い)と。
夜無き国の火を噴く氷
リトル・アサシン(2011年)
ベイビーフェイス(2011~2012年)
 
これだけあるんですよ。リンクされてないのはココログに載せてない物です。当初ココログは「出張所」の名の通り単なる出先機関のつもりだったんですが「ケータイで読む」ってのがここまで定着すると、方針が揺らぐわけです。
「ケータイで全部見たるわい」という方おられましたら、今見てるこのページを再読み込みして下さい。アクセス回数で判断します。
 
あ、そうそう、この記事書いてる時点で「世界の車窓から」が走っているのはザルツブルクからドイツへ向かうルート…すなわちレムリアがオリエント急行で乗ったコースの逆向きです。

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-101-

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 船の甲板を足場のレベルに合わせる。念のため、船にはそのまま海岸へ降下待機してもらい、二人は足場へ飛び移った。
「ただいま」
 遠くを向いた父親の後頭部に向かい、真由は言った。
 父親は反応しない。
「親父ってば。おいこら」
 レムリアは気付いた。
「お父様は、今、あなたのことで頭が一杯。思い浮かべているあなたの声だと思ってらっしゃる」
 真由はレムリアを見ると、少し考え、小さく頷いた。
「お父さん」
 父親は身体をびくりと震わせた。
「お父さんただいま。夜遊びごめんなさい」
 その言葉に、父親は、ゆっくりと、顔を後ろに向けた。
「……真由?」
 灯火に翳るやつれた顔。半信半疑の表情。
 場所が場所ということもあろう。想像の真由か、現実なのか、未だ判然としないようである。
 その目が傍らのレムリアに向いた。
「ああ、看護婦さん……」
 目が見開かれた。現実だと合点が行ったようだ。
「すいません、帰りが遅くなりすぎました」
 レムリアは言った。
「それは……しかしどうしてここへ。一体どこへ?」
 その当然の疑問には、真由が答えた。
「ちょっと、彼女と勉強してきた」
「そうか」
「心配した?」
「それはな……まぁ看護婦さんと一緒だとは思っていたが」
「ごめんなさい」
 真由は頭を下げた。
 しかし父親は薄笑みを浮かべて。
「いいよ。オレにも経験があるからな。どうあれお前は今ここにいるんだ。なら、それでいい。お前さえいれば」
 その言葉にレムリアはへぇと思った。経験……つまりプチ家出の過去が父親にもあるということだろう。根掘り葉掘りどこへ何しに?と訊かない辺り、当時の自身の心理を良く把握してらっしゃると見る。
 行くアテとか目的が問題じゃないのだ。親に反発して家を出たい。ただそれだけ。そしてその衝動の背景は“ひとりの人間”としての独立心。思春期とはそういう時期。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-100-

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10

 
 携帯電話の時計が示す世界時。
 日本時間に直すと午前4時と出た。真由の気持ちは大きく変わったし、彼女が続いてアルゴプロジェクトに残るにせよ、プチ家出から一旦戻るには、丁度いい頃合い。
 船は甲板に二人の少女を乗せ、ユーラシアの今度は北部、ロシアよりシベリア域を横切って日本へと向かう。流星は変わらず途切れなく飛んでいるが、さしもの“しし座大流星雨”もピークは過ぎてきたようで、セレネが言ったような吸い込まれる感じは最早ない。陸域が途切れ、程なく、指向する日本海、その向こうに、眠りを知らぬかの如く、日本列島が明るく見えてくる。灯火で列島の縁取りが浮かび上がるのだから相当なものだ。まさに今宵訪れた地とは対極に位置する。
 と、そこでイヤホンがピンと音を立て、緊急事態と同じ急加速で船が降下。
 しかも行く先は日本。
「日本で、ですか?」
 レムリアは問うた。
『ええ、絶望の淵に立った男性がいます。……真由さんの方が適任ではないでしょうか』
「私……ですか?」
 イヤホンのセレネの声に、真由は自分を指さした。
 船が止まったので下を見る。砂浜に立つ灯台。
 愛知県知多郡美浜町(ちたぐんみはまちょう)……常滑駅から知多半島先端方向へ南下することおよそ20キロ。
 真由があ、と小さく言った。
「ここ野間(のま)灯台?……うわマジ野間じゃん。あ、親父」
「え?」
 言われてレムリアは目を凝らす。
 確かに灯台頂部の足場に男性の姿があり、手すりに手を載せ、遠く海原を見つめている。
 絶望の淵の男性、とセレネは言った。
 まさか!
『レムリア、後はあなたに』
「はい判りました」
 イヤホンがピン。船の制御権が自分に移った。
 心理同期制御。すなわち“思う”ことにより船を制御する。レムリアは船の高度を下げた。ただ、まさか目の前に空から降りて『ただいま』と言うわけにも行かず、背後に回る。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-99-

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「もう違うって言わない。判ったよ。レムリアがそう言うならそうだと信じる。私はこれでいい。この船で、奇跡のような皆さんと一緒にやっていってもいいんだって信じるよ」
 真由が言う。レムリアはただ頷き、そしてただ、腕にぎゅっと力を込める。出せる目一杯で愛おしい友を抱きしめる。すると同じ力が友の腕から戻って来て、自分たちの身体を締め付け、結ぶ。
 息苦しいが心地いい。感じる拘束力が逆にいっそうそれを求める。彼女の鼓動を身体で直に感じ取る。自分の鼓動が彼女に伝わり、それが更に自分に戻って来ることすら今は判る。
 するとその時、何かが、手首でフッと切れ、外れた。
「あっ」
 それは真由も同様だったようである。二人は身体を離し、各々手首の異変に気付き、足元に目を向けた。
 重なるように落ちている、編まれた刺繍糸の切れ端。
「ミサンガですか」
 セレネが言い、微笑みながら立ち上がった。
 二人のミサンガ。
 エビフライの店の前で、二人同時に手首に巻いた、二人の願い。
 そのミサンガが切れるということ。
 真由は切れたミサンガを手にした。
 振り切るように涙を拭い去り、セレネを見上げる。
 見上げた顔の、瞳に光を与える、数多の流星。
 僅かな風になびく髪。
 レムリアは、真由の背丈が、セレネとさして変わらない長身であることに、今さらのように気付く。
「副長……さん」
「はい」
「お返事の件、ですが」
「急ぎませんよ?」
「はい。いや、お断り、という意味ではないのですが、ご承知の通り夜遊び中の身ですし、仮にお言葉に甘えるにせよ、父の許可は得たいと思いますので」
 真由の言葉に、セレネはゆっくりと頷いた。
「そうですね。まずはともあれお父様の元へ、がよろしいですね。……ああ、流星が……しかし今夜は本当に多いですね。眺めていると、しし座へ向かって吸い込まれて行くようです。では、日本へ船を向けますよ」
「はい」
 二人は答えた。
「ミッション・コンプリート」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-98-

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 途端、怖いような気持ちに襲われ震えが来る。友だ味方だと鼓舞していたが、実際何より必要だったのは、それこそ彼女の全てをまずは全て受け止める(二重表現ではない)、母のふくよかな胸、だったのではないか。
 自分は傷ついた彼女を引きずり回し、ド突きまくっていただけではないのか。“鬱にある人を励ますな”……最大の禁忌を自分もやらかしてしまったのではないか……。
「真由ちゃん!」
 レムリアは思わず彼女の名を呼んだ。
 今度は自分の目からぼろぼろ涙が出てくるが止められない。止める気も起こらない。
 真由がセレネの腕の中から自分に目を向け、そして驚いたように目を見開く。
「レムリア……ど、どうしたの?……私?。私が違う違う言い張ったから?」
「そうじゃなくて……私……今までとんでもない勘違いをしてて、あなたを傷つけ続けたんじゃないかって」
「なんで?なんで?そんなことない。嬉しかった。あいつらの前であめ玉を踏みつぶしたあの瞬間、レムリアは私を守ろうとしているって判った。だから私は、レムリアを裏切らないと誓った。傷ついて?とんでもない。あなたは“誰かといて安心出来る時間”っていうのを私にくれた。何もしなくていいって思える時間を私にくれた。あなたと一緒にいる時間がとても楽しい。一瞬一秒が愛おしい。“あいつら”ばかりが頭にあった日常に、あなたの声がある、笑顔がある、私のことをいつも考えてくれる。幸せだし贅沢だよ。だってあいつらのことなんか、もう、ああそんなことあったね、だもん。
 だからお願い、泣いたりしないで。あなたは間違ってなんかいやしない。あなたは私を救ってくれた。私叫べるよ。あなたは私の友達だって世界中に胸張って叫べるよ!」
 迸るような真由の言葉に、どう返していいのか判らなくて、レムリアはただ両の腕を広げた。
 しゃがみ込んでいた真由が立ち上がり、セレネの元を離れ、同様に腕を広げ、
 出会った夕暮れと同じように、互いに力一杯、腕の中に相手の身体を感じる。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-97-

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 真由は、セレネを見たまま、羽化したばかりの蝶の翅のように、まぶたを一回、ゆっくりと閉じ、開いた。
「自信をお持ちなさいな」
 セレネは真由の頬に触れ、姉が妹に言うように、軽く言った。
「いじめたいと思うくらい、貴女の“安心させる能力”は強いということなんですよ」
 真由の瞳孔が目に見えて開くのがレムリアにも判った。
 自分の瞳も同じように動いただろうと実はレムリアも感じた。そういう言い方は思いつかなかった。
 セレネが続ける。
「今の貴女が、わたくしはとても愛おしく感じられます。成長した貴女が、どんなに素敵な女性になるか、目に見えるからです。貴女は、貴女のままでいい」
「そう……でしょうか」
 真由は小さく言った。
「本当に……私は、今の私でいいんでしょうか」
 それらは彼女が初めて口にした、自分の現状に対する肯定。
 でも、言葉と裏腹に、顔は再びうつむき加減。
「ええ」
 セレネはまず笑みを作って。
「保証しますよ。わたくしは、これまでもいろんな女性が女の子からママになるまでを見ています。このレムリアと一緒に、貴女がレディになって行く姿が見られるかと思うと、心が躍ります」
 真由は、自分の頬に触れているセレネの手に、自分の手をそっと重ねた。
 その言葉信じていいの?と、問うが如く。
 セレネは、真由の下向き顔に自らの顔を近づけ。
 そして。
「命に関わる活動に、お世辞や冗談で、加われなど申すものでしょうか」
 途端、真由はバネが弾けるような動きでセレネを見上げた。
 震えわななく口元。セレネは、大きな蝶が音もなく翅を閉じるような動きで、星雲の広がりを持つローブの袖で真由を包み、抱き寄せた。
 それはまるで母……レムリアはそう感じ、ハッと気付いた。
 
 彼女が、母親不在状態であることを今さらのように思い出す。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-96-

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「そんなこと……」
「言われたこともないし、実感もないかも知れません。でも、貴女は、“自分のせいで誰かに迷惑を掛けたくない”、という強い想いが常にあります。違いますか?」
 真由は一旦涙をぬぐい、セレネを見た。
「はい」
「だから、貴女と接した人は、貴女に対して安心感を抱くんです」
「でも……」
「学校では拒絶されてしまった」
「……はい」
「だから違うのでは。そうおっしゃりたいのですね。その理由は恐らく、貴女が安心を勝ち得るからです」
「えっ?」
 どういう意味だろうとレムリアも思った。言葉尻だけ捕まえれば、受け入れられるのも、否定されるのも、どっちも同じ理由ということになる。
 が、口を挟むのはセレネに制されたこともあり控えた。しかも本当なら、もっと彼女に関しては本人に認めて欲しいダイヤモンドが山ほどある。自分で見えないと思っているダイヤモンドが山をなして輝いている。
 だがセレネに任せた。というのも、ここでセレネが自分を制したのは、恐らくは。
 
“大人”の出番なのだ、と思うからだ。
 
 ああ、と合点行くものがある。自分が彼女をこの船に乗せようと思った理由……夜っぴて流れ星はもちろんだが、無意識裡にはこの、それこそ自分自身を受け入れてくれた大人達、子どもを“子ども”としてだけではなく、ちゃんと“人間”として捉えてくれる、認めてくれる大人の存在があったのだ。この船の連中なら、彼女を正確に受け止め、受け入れ、そして彼女自身気付かないダイヤモンドを発見し、認識させてくれる。
 最も、そもそも論として、自分がジタバタ走り回って、“彼女を見て”と大人に働きかけている方がおかしいのであるが。
 セレネは微笑んで。
「貴女を知った人が貴女に安心する。それは、そうではない人たち、常に敵意を向けられている人たちには、気にくわないのです。後から入って来たくせにいい子に見られようと思って、ぬけがけされた、と感じるのです。あなたが人より優れているように見える……これは多分、レムリアも言ったと思いますが」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-95-

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「でも心臓マッサージも人工呼吸も出来ませんよ。子どもの相手しかできない私なんか連れて行ったら足手まとい……」
「You were saved. We go to a hospital from now on. Therefore please never give up !. We perform all can do it so that you survive.」
 レムリアは、真由がおぼれた女性に対して掛けた言葉を、そのまま言った。
「あのひと子どもだったっけ?氷という着眼点は?」
 レムリアは意地悪そうに笑った。そして続けて。
「あなたが幾ら否定しても、あなたは既に立派に救助活動に参加し、そしてやってのけてしまったのですよ」
 レムリアは言った。
「意地悪……」
 真由はぼそっと呟いた。
 涙流しながら、しかしその目元にかすかな笑みを湛えながら。
「あーいえばこーいう。全部否定してくれちゃって……もう反論のネタがないよ」
「自分の身長より高い甲板から飛び降りて何を今更『何もできない』ですか」
「副長さんレムリアがいじめます」
「あなたは素敵な女の子だって言ってるのに信じてくれないからです」
 ちなみにレムリアは怒ってそう言っているわけではないが。
「真由さん」
 セレネはレムリアを手のひらで制し、改めた。
「はい」
「すぐに回答とは申しません。ただ、一度真剣にわたくしたちの活動への参加を検討頂けませんか?わたくしたちには、貴女が、必要です」
 セレネは真由の手をぎゅっと握った。
「必要……」
 真由の瞳が揺らいだ。
「ええそうです。人を安心させる能力。それが、貴女の魔法です」
 真由は絶句した。
 その瞳見開いたまま。
 彼女はセレネを見る。今まで即座に拭うことの多かった涙を、見せまいとしていたであろう涙を、ぼろぼろと溢れさせたまま。
 
(つづく)

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桜井優子失踪事件【75】

【終2】
 
「正直に言います。あなたのことを汚れた心の持ち主だ、と思ったこともありました。でも、それは私の心が汚れていて、真実が隠れて見えなかっただけ」
「それで間違っちゃないよ。自分汚れてるから。悪いこと言わないから不良に肩入れするな。そんなのマンガだけで充分だ」
「無垢の原石を守るために、周りに汚れと感じられそうなモノを付けただけ」
 無視するような登与の物言いに、桜井優子は一見怒ったようにも見える表情で彼女との間を詰めた。
「言っても聞かないようだねこの仔猫ちゃんは」
「ハイ聞く耳持ちません。ココロ直接感じますので」
 わたしはひとりぼっちなのになんでみんなとおなじをおしつけられなきゃならないの?
「ちっ!……あのな」
 桜井優子は舌打ちし、手のひらで登与の顎を取って引き寄せた。……さながら強引に口づけする時のように。
 そして。
 ちゅっ。
「あっ……」
「百合っ気はねーよ。そこまで言うなら好きにしていいってだけだ。ただ、一つだけ条件がある。オレについて見知ったコトを口に出すな」
「……はい!」
 登与は笑顔で頷いた。そういう表情されるとこの娘は本当に天使だ。
 ちなみに、理絵子は優子に抱きしめられる事が良くある。要するに彼女の主たる感情表現は〝ボディランゲージ〟なのだろう。
「……くそ、なんでおめえらそんなに優しいんだよ。突っ張ってらんなくなるじゃんかよ。普通ってのはありきたりなんだよ」
 桜井優子は視線を外して鉄馬にまたがった。
「だって友……」
「あーあー聞こえない聞こえない」
 バイクのエンジンを無闇に煽って声をかき消す。
 古代の道を下ると、赤色灯の集団は先の地蔵の所にあった。
 と、犬の鳴き声。
「コロ!?……じいちゃんにばあちゃん!……良枝(よしえ)さん」
 出迎えた人々と一匹を、桜井優子はバイクを降りて声に出した。
 良枝……桜井優子の母なる役割の人、桜井良枝。
「優子ちゃん良かった。良かったよ……やはり理絵子様は見つけて下さった」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-94-

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 気が付いた方おられると思われる。いじめられるという体験は、繰り返されることにより、このように暗示を経て固定観念になってしまうのだ。その果てが自己評価の消滅、自分という存在そのものの否定、そして自分の消去……すなわち自殺である。
 いじめられるという体験、いじめるという行為の底知れぬ恐ろしさがここにある。傍目にはからかって遊んでいるだけ。
 
 しかし内実は、拷問で暗示に掛けて殺すのと同一。
 
“ちょっと悪口言われたくらいで何で死ぬかね”
“自殺するほどのことか”
“逃げるにしてもあの世に逃げることはないだろう”
 ……部外者が勝手に決めつけたこの手の言は多く聞くが、これらは、暗示が現在進行中の心に対し、“加速”の方向へ作用することは言うまでもないだろう。絶望に近い状態の心が“死ぬほどじゃないだろう”とヘラヘラした口調の街頭インタビューを見る。
 話に戻る。
「手品?そうかな?」
 レムリアは唇の端でフフンと“姫様笑い”を浮かべた。
「私はそうとは思わないよ。あの子はあなたを信用した。あなた……あの子笑わせようとしたでしょ?私はそれに手を貸しただけ。大道芸見に行ったならさておき、道すがらいきなり手品見せられたら“なんだこいつ”って思わない?不安から楽しいへ変わる途中には、安心という状態が必要。安心はどこから来たのかな?」
 真由は目を伏せて黙り込んだ。
 その目に浮かぶ煌めき。
「真由さん」
 セレネが呼んだ。
「貴女なら、この船で私たちと共に活動できます」
 その言葉に真由がゆっくりと顔を上げる。その目から、現在の星空のように、あまた流れ出す銀色の滴。
「貴女には勇気があり優しさがある。それは何にもまして、この船に乗り組む者に求められる条件です」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-93-

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「そういやレムリアもそんなこと……自分で言うと恥ずかしいけどさ」
「うん言ったよ。普段自分を傷付ける相手に向かって、私を傷付けたくないからって防犯ブザーを作動させる。後からどんな仕返しされるか判らないのに。これほどの勇気はないと思うけど?」
 真由はうつむいた。そうまで誉めてもらえる事と、日常の自分とのギャップ。
「真由さん」
 セレネは呼んだ。
「はい」
「レムリアが当面の貴女の身の振り方に付いて、幾つか提案をしたと思いますが。……どうでしょう。私たちと行動を共にしませんか?」
「え?は?」
 真由は目をまん円。
 しかし。
「でもこの船の皆さんは奇蹟のような能力の……なんでしょう?私は看護師のような技術も、魔法も……」
 しょげたように。
 セレネは包んだ真由の手をそっと撫でながら。
「確かに、この船には奇蹟の能力を持つ者が多くいます。そして貴女には、異国の乳飲み子すら泣きやんでしまう優しさがあります」
「でも……それとこれとはレベルが」
「そうかな?異国の空港で迷子になって言葉も通じない。そこで自分でも判る言葉で声を掛けられた。だからってハイハイ付いて行って良い……普通、親はそんな風に我が子に教えるかな?逆に警戒して逃げるのが普通じゃないのかな?」
 レムリアの指摘に、真由はハッとした表情で振り返った。
「それは……」
「あの子が一目で真由ちゃんを信頼したからだ、と私は思ってるけど?」
「あらそんなことが」
 これはセレネ。
「ええ。だから安心して私は赤ちゃんを真由ちゃんに任せました」
 しかし真由はまだ反論する。
「でも空港の子はレムリアの手品が……」
 頑ななまでの自己否定。
 ここまで褒めているのに何なんだと思われる向きもあるだろう。しかしレムリアはその理由が判っているから、思わず溢れそうになるものをこらえた。つまり、自分はダメだ、認められないんだと、再三再四認識を強要されていたゆえの、一種の自己暗示のなせる技である。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-92-

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 真由は瞠目してレムリアを見つめた。
 まるで、初めて先生に褒められた、1年生の女の子のように。
 と、背後でドアが開かれる。風に揺れる花のように、ふわりと甲板へ上がって来たのは副長セレネ。
「私からもお礼を言わせてください。真由さん」
「お礼?」
 なぜ?真由の目は問うているが。
 セレネはニッコリと微笑んで。
「そうです。貴女のおかげであの母子は救われました」
「でも私は何も……ミルク一口すら。人身売買とかって言っても抱っこしただけ……」
 否定し、再び目に涙を浮かべる真由の前に、セレネはすっと跪いた。そして……悔しさのゆえであろう、ぎゅっと拳を握った真由の手を、両の繊手で取り、包んだ。
「それはレムリアが説明した通り。貴女がその腕に幼子を抱く以前の環境の問題です。それよりも……素晴らしかったのは貴女に抱かれた幼子は泣きやんだ」
「そう。そして母なる人は気を失った……判る?貴女に抱かれた我が子を見て安心したんだよ」
 レムリアはセレネの言葉に付け加えた。
 二人の言葉は、文明先行の国の住人である真由には少々、難解であったかも知れぬ。
 セレネは微笑みを絶やさず真由を見た。
「貴女が見た通り、あのキャンプの人々は飢餓にあり、それがゆえに“命”に関わる事に関して極めて鋭敏、遺伝子に刻まれた生存本能が全てに優先している状態です。そんな鋭敏な心理が、貴女に対して安心し、貴女に任せたのです。母子が得た安らぎは、無防備なまでのその姿は、貴女が見せてくれた勇気と、守ろうとする意志がもたらした結果。貴女には本能に響く勇気と優しさがあるのですよ」
「ほ、本能……ですか」
 褒め言葉として最上位に属するであろう。真由はキツネにつままれたような目でセレネを見、次いでレムリアを見た。
 
(つづく)

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