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2011年1月

グッバイ・レッド・ブリック・ロード-152-

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 戻る。果たして担任はうつむきながら。
「どこって……いえ……特に……」
「特に、というのはどういう意味ですか。どこか特定の方向に視線を向ける生徒はいなかった。或いは、先生自身が生徒の目線の行く先など追わなかった。どちらでしょう」
「後者……です」
 担任は素直に応じて頭を垂れた。いい加減に、或いは大概に、か。この問題に対し、己れがレムリア以上の対処能力を有していない、と悟ったようである。
「判りました。ではもう一つお訊きします。その際、先生は、我々が加害者とお伝えした生徒へ目を向けられましたか?」
「はい」
「3人、教室にいたと思いますが3人とも、ですか?」
「はい」
「それぞれの反応をお聞かせ下さい」
 そこで教頭が口を挟む。
「失礼ですがそれはプライバシーに……」
 それは、もはやおなじみ(?)“全然関係ないことで言いがかり”。
「彼女が被害者であると口外することはいいんですか?」
 レムリアの切り返しに教頭は口ごもった。
 担任は3人の反応について説明した。
 “金持ちで習い事”は外を向いたまま身じろぐこともなく。
 “親から小遣い”は“燃え尽き予備軍の普通の娘”へ視線をじろり。
 そして当の“燃え尽き予備軍”は、その目線を避けるようにうつむいたまま。
「そういや彼女……」
 由香が口を開く。“燃え尽き予備軍”の娘のこと。
「その……真由にひどいことしながら……時々私のこと見てたな。こんなことしてていいのかな、みたいな感じで」
 その言にレムリアは小さく頷いた。
 事態はあらかた掌握した。感謝状に対して学校の取ったアクションは明らかに間違いであるが、その全てが否定されるべきでもない光明が、一つだけ見いだせた。
 言うまでもなくその“うつむいていた”という、燃え尽き予備軍の娘である。由香の言葉も含めて解釈すれば、悪いことをしているという自覚があるわけで、従い、彼女はアプローチの方法次第で“導く”ことができると見られる。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-151-

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 涙が出てくる。
「姫ちゃん……」
「あの……」
 大声の後沈黙して涙……教員達は反応の意図が理解できないのだろう、ただ狼狽えるばかり。
 説明……説明しないとならない。レムリアは気を取り直す。ここで理解させないと、この者達は同じ過ちを今後も繰り返す。
「先生は……どんな反応を期待されて、そのようにクラスに訊かれたのですか?」
 問いながらギュッと歯を噛みしめたら、ギリッと鳴った。
「どんな……どんなと言いますと?」
「『はい私です』とか『この子です』とか、そんな反応があると?」
「……何らかの」
「『チクる』って言葉ご存じですか?」
「ええまぁ」
「意味とニュアンスは?」
「言いつけやがって気にくわない……あ!」
 担任はようやく己れの過ち、質問の無意味さに気付いたようである。
 
 内部告発は逆恨みを招き利とならない。……オトナ社会も少なからずそうだが。
 もちろん、それは本来間違った論理である。しかし、間違いが間違いと認識され、修正が成立する組織社会は、過誤悪事を律する雰囲気が事前に醸成されている組織社会である。
 そして、そういう雰囲気が醸成されている組織社会では、いじめは起こらない。
 
「あの……」
 担任の目線が泳ぐ。
「今すぐ何かしよう、とは、なさらないで下さいね。あなた方のそうした早計が、今日だけで2度の失敗を招いたのですよ。ちなみにクラスから反応はありましたか?沈黙と、困惑と、うつむく生徒達の姿があるばかり、ではなかったですか?どちらですか?」
「……みんな黙っているだけでした」
「その沈黙の時、生徒達はどこを見ていましたか?」
 レムリアのこの問い。念のために説明しておくと、そういう問いを発したなら発したで、“無言の解”は無かったか?という意味である。いじめの存在を知っている生徒であれば、被害者の空席や、加害者の背中をチラと見るのではないか?それを確認できたか?ということだ。担任の問いは明らかに配慮を欠くが、生徒達にとって意表を突いたものではあっただろう。そして意表を突く問いには、人はつい本音を出すものだからだ。……最も、そこを突いた詐欺が横行している昨今であるが。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-150-

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「正直なことを申します。あなた様が……その、そのようなお方だ、ということが判り、大変お怒りということで直ちに調査させました」
「動機は不純ですね。でも調査頂いたことは素直にありがたく存じます。それで」
 レムリアの問いに、教頭は後ろ手を担任に向けパタパタ動かした。“ホレお前が言え”という促しであろう。
 担任は小さくハイハイと声を出し、正座の状態のまま、いざり出。
「あ、はい。クラスに臨時学活で尋ねました。彼女をいじめた者がいるかと」
「は!?」
 担任の回答に、レムリアは自分でも予想外なほど大きな声で応じてしまった。
 なぜなら文字通り予想外だったからだ。そんなこと13~14の年齢帯にダイレクトに訊くバカがどこにいる。
S1_29411s
(ここにいる。2012/07/09)
 落ち着け。自分、落ち着け。
「先生、確認させていただきますが、真由ちゃんをいじめた者がいるか?と直接お尋ねになったのですか?」
「あ、はいそう。……ですが……何か……」
 反射的に山ほどの罵詈雑言が日本語の引き出しから飛び出して来ようとする。しかし一散に出ようとしたせいか、相互に絡み合って引き出しに引っかかり、言葉としては結実せず出てこない。
 そうした罵詈の裏の思いはこれである。彼女がいじめられていると、わざわざクラス中に教えてどうするのだ。
 もちろん、それで義を感じて彼女を守ろうと立ち上がる生徒が現れる……という可能性は考えられなくもない。そうあればありがたい。だが、まず憂慮すべきは、“だったら自分も彼女と距離を取ろう”という反応ではないのか。
 巻き添えになってたまるかと思うのが普通ではないのか。
 どうして、どうしてここまで、最もやって欲しくないことを、最もやって欲しくない形で、最もやって欲しくないタイミングに、やってのけてしまえるのだろう。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-149-

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 間が悪い時にバレたなと思う。予想通り大人がこうやって“一歩引いて”しまった。ただ、まだ“リアル姫属性”までは露見してはいないようだ。それなら、まだ言いようがある。
「お気楽になさって下さい。小娘がボランティア団体に所属していて、その後ろ盾が王家だ、ってだけの話です。聞けば“オリエント急行”の運営会社だって、ベルギー王家が後ろ盾にいたから各国鉄道との契約がうまくいったとか。同じです」
「いやそうでなくてですね……」
「本題は何ですか?」
 担任の言葉をレムリアは遮り、突き放すように言った。
 この男は何度言えば判って貰えるのだ、とつくづく思う。今ここで肝心なことは何なのだ。あんたがたは真由ちゃんに謝りに来たんじゃないのか。
「うちらは終わったんだ」
 真由が自分と由香とを交互に指差す。合わせて由香の祖母が頭を下げ、真由の父が頷く。
 それは良い。大過なく終わると最初から予想済みだし、さっきの真由の明るい声は、既に過去を含んでいない。
 問題は。
「判りました。で……なんでしょう先生」
 レムリアは担任に目を戻した。
 しかし口を開いたのは教頭。
「今朝方は、この者が失礼なことを申しまして」
「具体的に誰に何を、ですか?」
 二の句を継がれる前に口を挟む。会話の主導権を握らせたくないからだ。オトナってのはそうやって誘導籠絡する術に長けている。“相手に答える”を繰り返すウチに相手の意のままにされる。
 その手に乗るか。
 で、答えは何?私に、だったら、張り倒すぞ。
「その……あなたがたに」
 うまく逃げたね。で?
「嘘つき呼ばわりまがいのことを……」
「確かに。信じて頂けなかったようです。それで?信じて頂けてこちらへ、のようなニュアンスで伺っておりますが。何か判った、ということなのでしょうか」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-148-

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「メディア様で……」
 近づいてくるレムリアに対して、教頭は“お尋ね”した。
「さようでございます。教頭先生でいらっしゃいますか?」
「はい。本来は校長が伺いますべき所、生憎と所用で出ておりまして……」
「で、真由ちゃんへの謝罪というのはお済みになったのですか?」
 いきなり本題を提示すると教頭は目を剥き
「あ、いえ、メディア様のご到着をお待ち……」
 だめだこりゃ。
「私自身を待つことと、彼女に謝らなくちゃならないことに、何か関係があるんですか?」
 呆れながら言い、教頭を置き去りにして引き戸を開け、さっさと靴を脱いで上がり込む。
「すいません遅くなりました」
「あ、姫ちゃんこっち~」
 真由の軽やかなトーンは渡り廊下の向こうから。すなわち、あの古い壺がある部屋へ客人を案内した、ということであろう。
 レムリアはそこで靴の向きを変えがてら、玄関の板の間に正座し、教頭と相対した。
 教頭は狼狽顔。態度ツンツンの小娘を扱いあぐねている。そんな感じ。
「ともかく、お上がり下さい」
 レムリアは言った。判ってない人に、だからって突っぱねるだけでは、何も始まらない。
「わたくしをお待ちとのこと。遅れまして申し訳ありません。この通り到着いたしましたので、お話をお伺いさせていただきたく」
「ああ、ああ、はいはい」
 教頭は引き戸の敷居に蹴躓きながら、三和土へ入ってきた。
 平身低頭、といった案配の教頭を先導する。廊下を歩き、灯り漏れる壺のある部屋へ入ると、自分を見つめる全員の目。なお、この場の大人は真由の父、由香の祖母、教頭に、担任。
「なんか私を待って頂いたようで、恐縮です」
 レムリアは知らんぷりして言い、正座した。
「あなたは……」
 真由の父親が口元を震わせる。どなた様。続く言葉を選べと言ったら、これが適切になるのだろう。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-147-

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「普通の女の子ではないようね。“ジェームズ・ボンド子”さん……言いたくないなら言わなくていいけどさ」
 そろそろ、隠しておくのも限界のようではある。ただ、町じゅうを走り回るタクシー運転手の前で言うことではない。
 タクシーを先に降り、電話に衛星電波を捕まえさせる。
「学校側が教頭を真由ちゃん宅に寄越したのは、そのことを学校が知ったが故、という可能性もあるんです。先生には是非その辺も」
「学校があなたの想定通りの反応ならば、私もあなたの正体が判るってわけね」
「このウェストポーチの中身自体は、応急処置のゴチャゴチャと、子どもを籠絡するお菓子たっぷりですけどね。番号いいですか?0061……」
「あら、“007”じゃないの?」
「日本から掛ける場合の国際ローミングの番号です」
 ちなみに一連の二人の会話は著名なスパイ映画のキーワードに基づく。
「それじゃぁ」
 番号を双方携帯電話に記憶。バックして行くタクシーを見送り、レムリアは路地の坂道を上がって行った。
 作陶工房の庭に入る。真由らの姿は既に無く、しかし初見の男性が玄関前に立って、こちらを見ている。
 目が合うと、恭しいまでにぺこり。
 初老、老眼鏡、古びたスーツ……教頭であるとレムリアは判じた。
 そして自分に頭を下げた。それはすなわち、自分の身分の拠り所を学校が知った。あの王国名で発送された“感謝状”が学校にも届いたのである。ただ、自分が姫だ、までは、本名はさておき、書状にはないはず。
 はず。だがともあれ、王国を後ろ盾とする団体に所属する異邦人、であることは、開示されたわけだ。無論、意図して送らせた。王国名ではおろそかには扱えないだろうし、であるが故に“あんたらは女の子ひとり地獄を見させた”という事実の風化防止につながるからだ。こういうことは、引き継いで行ってもらわないと、時間線の彼方に忘れ去られる。学校などという、人の出入りの激しい組織では尚のこと。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-146-

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「……ああごめんなさい。歳かしらねぇ。あなたをどこかで見たような気がして。万博……」
 超・ドキッ。
「が、この地であったのよ。それでね……」
「ばあちゃんまた万博ぅ?ごめんね。ばあちゃんシーズンパスで100回くらい会場行ってるからさ。どこかの国のコンパニオンとゴッチャになってんだよきっと」
 軽く笑う由香に、レムリアは思わずごまかしの微笑み返し。気のせいです。ええ気のせい。
 タクシーが止まった。
「あのーこの先はちょっと」
 運転手が言った。路地の分かれ目。そこより先へクルマは困難。といっても、真由の工房まで徒歩で数分。
 下車する。由香の祖母は足の調子が今一つ、とのことで、真由と由香とが手を取り、先んじて坂道を上がる。
 坂本教諭は自分も行こうか?と言ったが、レムリアは断った。
「むしろ、先生は何も知らない振りでこのまま学校へ向かわれた方が良いと思います。学校は明らかに真由ちゃん宅と由香ちゃん宅に二枚舌を使っている。だったら私たちは私たちで、そっち向きの顔と、こっち向きの顔を用意しておいた方がいい。これから真由ちゃん家(ち)に行けば、実は両家が行動を共にしていると、否が応でも教頭には判明するわけです。学校は当然作戦を変えてくる。坂本先生を巻き込もうとしないわけがない。だとすれば……」
「私は“何も知らない”でいた方が、真意馬脚を現す可能性は高い、と。……フフ、私はスパイってわけか」
「秘密兵器は用意できませんけどね」
「じゃぁ可愛らしい“M”さんの電話番号を伺っておこうかしら。携帯お持ち?」
 ここで、レムリアがウェストポーチから件のいかめしい面構えの衛星携帯電話を取り出すと、坂本教諭はわぁ、と小さく声を出し、目を剥いた。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-145-

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「……でも要するに私のせい、なんだよね」
 沈黙を嫌ったか、由香が口にした。
「それは言いっこなし」
 すぐ真由が否定する。
「全ては傷ついた心がバランスを取ろうとしたこと……追いつめられた人は、追いつめられた人っていうのは、何がどうあろうと自分を守ろうとするんだ。端から見ればそれは許し難いことかも知れない。でも本人は必死なだけ。ただそれだけ」
 真由のこの発言は、その場の各人誰をも驚かせた。中でも最も驚いたのは実はレムリアであったかも知れぬ。
 この、傷つけられた娘は、自分が1年半掛かって未だに“怒り”を感じる事象に対し、星降る一夜で“赦し”を与えられるまでに成長したのだ。
「凄い言葉を先生は聞いたよ」
 坂本教諭が呟くように言った。
 すると。
「ジャン・バルジャンですね、先生」
 由香の祖母は言い、
「由香」
 と、孫娘を呼んだ。
「え?」
「お前に、この話を寝しなに読み聞かせた時、なんで司教は許したの?としきりに訊いたね。憶えてるかい?」
 その問いに、由香は驚愕の沈黙と、瞠目とで応じた。
「そんな大げさですよ。先生、おばあさま」
 真由ははにかんだ。
「彼女の受け売りだし」
 真由は前席に手を伸ばしてレムリアを指差すと、種明かし、とばかり、おどけたように言った。
「えっ?え?」
 突然の注目にレムリアは何であたし?と自分を指差し、後席に向けて半身をひねり、おどけて応じた。
 このやりとりに、坂本教諭はフッと笑って目線を外したが、レムリアの隣席、由香の祖母は、レムリアから目を離さない。
 真っ直ぐな目にちょっとドキッとする。隠し事をしているというのは実に精神衛生上良くないとしみじみ感じる。それこそジャン・バルジャンの銀貨ドロボーだ。
 そんなレムリアのドキッ、に、由香の祖母は気付いたのか。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-144-

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 レムリアは言い、下唇を噛んだ。何か、何か作為を感じるのは、自分の経験がもたらす、歪んだ視点か。
 思わず坂本教諭を見る。私は言いすぎてますか?
「彼女について……教頭は何か訊きましたか?」
 坂本教諭の問いに、真由は首を左右に振った。
「全然、一言も。……なんだろ、なんかこう『それはそれ、これはこれ』みたいな」
 それはレムリアの感じる“作為”を、真由もそれなりに感じているということであろう。もちろん、作為を感じるのは、彼女もまた学校へ不信感を抱いているからに相違あるまい。
 すると。
「ごめんね」
 坂本教諭が、由香に言った。
「え?」
 由香は首を傾げて見返した。
「多分……だけどね。向こうさん、まさかあなたたちが一緒にいるとは思ってないわけよ。……無能無知か。空気読めないというか“生徒の立場の思考法”じゃないのは確かかもね」
 タクシーが到着し、乗り込む。5人だが全員女性であり、窮屈と言うことはない。ただ、運転手が男性であり、コラムシフトのギアチェンジ操作の邪魔にならないよう、小柄なレムリアと、真由の祖母が前席。
 走り出す。行き先を告げると、まずは救急車のルートを逆行。
「気にくわない点がもう一つあるんですけど」
 レムリアは我慢できず口にした。
「というと?」
 坂本教諭が、後席から身を乗り出す。
「端的には“お前ウソツキだろ”ってのが、今朝方真由ちゃん宅で聞いた反応なんですよ。それが日が昇ったら手のひら返して……」
「私のことで、真実だ、と判ったからじゃないの?」
 これは由香。
「だったら、真由ちゃんが学校駆けつけた時点でそう言って然るべき……今更ってのがイヤというか気になるわけ」
 レムリアはそこで言葉を切った。この時間差には心当たりがあるのだが、それが正解なら間もなく自ずから判ることだし、そうじゃないなら余計なことまで言う必要はない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-143-

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 真由は言い、同様に正座した。
「私の父が同じ立場であったならば、同じ事を申したでしょう。……えーと先生」
「はい」
「はい」
 教諭と医師と、『先生』と呼ばれる二人が同時に応じた。
 二人して顔を見合わせて吹き出す。
「どっち?」
「どっちもです」
 言ったのは由香の方。
「退院します。それから……そんなわけで今日は学校は」
「そのことだけど」
 坂本教諭。
「あなたは……あなた『も』か、多分この相原姫さんが理由を言ったかも知れないけど、当分行かない方がいい。話は私から学校へ通す」
 笑顔が花咲く中、坂本教諭は一人深刻な顔つきで、そう言った。
 深刻になる理由は容易に想像が付く。由香はもう良いが、“3人”が、まだ残っており、学校は隠蔽体質。そんなところへ由香が顔を出せば何が起こるか。そして、その状況をどうやって打開するべきか。
 レムリアは、坂本教諭の心理に、堅く高い壁の存在を見た。
 

14

 
 退院手続きを終え、タクシーを待つ間に、真由は自宅へ電話した。病室で携帯電話というわけには行かないからだ。ちなみに、タクシーは前席2人乗車が可能な中型車を指定して呼びつけた。5人で相乗りし、真由らが途中で降り、最終的に坂本教諭が学校まで乗って行く、という算段。
「お客様いらっしゃるんだけどいいかなぁ。川俣先生にも……え?」
 父親からの返事に、真由は目を見開いた。
「教頭……先生が?」
 由香と坂本教諭が真由に目を向ける。
『そうなんだ。学校を代表して謝りたいと。じゃぁお前に直接言うのが筋だろって待たせてある』
 父親はそう言った。真由は電話を切ると、その旨を一同に話した。
 レムリアとしては釈然としない。
「この状況で何より心配するべきは由香ちゃんの状況じゃないの?……と思ったのはゲスの勘ぐり?」
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-1-

次→
 
 天気が悪くても毎日来るよ、と〝彼女〟は教えてくれました。
〈このままじゃ無くなってしまう〉
 言葉に起こせばそうなりますが、〝彼女〟が人語を話したわけではありません。
 ポプラの葉の裏で雨宿りしているミツバチですから。彼女はそういう〝思い〟を紡ぎ、私はそれを意識で直接受け取った。すなわち、いわゆるテレパシー。
 そして私も、そのポプラの枝の上に腰掛けています。白い服着た手のひらサイズの小柄な女が座っていて、頭の上にはミツバチが、という図です。勿論私も人間ではありません。
 眼下は公園です。住宅街の真ん中で、シロツメクサが一面に生えています。その花を、座り込んで一心に摘んでいる幼い女の子が一人。
 晴天下なら微笑ましいお花摘み、かも知れません。でも今日は冷たい雨。なのに女の子は、ピンクの傘を開いたまま傍らに放り出し、自身はまるで濡れるに任せてという状況。おさげの髪がべったりと濡れて先から雫が垂れています。止めさせないと風邪を引きますが。
〈妖精さんは不便だ。何故人間に見つかったらいけない?〉
 ミツバチの彼女は言って、身体に付いた水滴を脚で払い落としました。
 妖精……彼の言った通り、私は人間と同じ姿の人間ではない存在です。背中にはクサカゲロウのそれによく似た薄い緑の翅があります。ただ、ギリシャ神話のニンフの血を引くせいか、翅は身体の中にしまえるし、人間サイズになることもできるのですが。
「それは、人間さんが私たちの存在を認めてないから」
 私は答えました。妖精は昆虫や動物の相談相手。人間さんの認識に出しゃばる権限はありません。そして今日はこのミツバチから相談。
 この近所の花が、野花のみならず人家庭先のものも含めて、次々持ち出される。
 女の子の動きが止まりました。
 草むらを見ていた顔を上げます。視線の先には通学用の黄色いカサの男の子。
「キモい奴」
 男の子は女の子を罵ると、走り去って行きました。
 女の子はその背中を見送ると、
「いいもん」
 ふて腐れるようにひとりごち、花摘み作業に戻りました。
 テレパシーを駆使する前に判ったこと。女の子には信念と呼べるような考えがあるけど、男の子を始めとする他の子どもには理解されていないこと。
 テレパシーを駆使するためには……もう少し近づかないとなりません。
 花を守り、ミツバチたちを安心させたい。
 それに。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-142-

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 その会話に由香が吹き出した。
「あはははは!」
 それはローティーンの娘が笑っているという、街中でよく見る図であるが。
 祖母が驚く顔で孫を見ていることにレムリアは気付く。それは恐らく、由香がこうして笑う姿を見たことがなかった……ということを意味すると思われる。
 すなわち。
 たった今、由香は解放された。レムリアは確信を得た。今、自分たちが花開かせているのは、良くある“女三人寄れば姦しい”そのまんま。あとはそう、真由が意図したように、自分が“必要とされている”実感が得られれば、彼女にとって過去は終わるであろう。
 楽しげな3人を微笑ましく見ている坂本教諭。まばたきすら忘れたように由香を見つめる祖母。
 と、病室ドアをノックする音あり。
 振り返ると脳外科医師。
「退院診察だが……その様子なら必要なさそうだな」
「ええ、後は彼女の意思次第です」
 レムリアは応じた。
「今何時?」
 由香が問う。病室の時計は、昼食には少し早いか、そのくらい。
「真由ちゃん」
 由香はベッドの上で正座し、真由に対した。
「……なに?」
「これから、ばあちゃんとあなたのうちへお邪魔させて下さい。私の家庭として、あなたの家庭にあなたに対するいろんな酷いことをきちんとお詫びしなくちゃならない」
「ああそうです。保護者としてあなたのお父様、お母様にお詫びを差し上げなくては」
 由香の言葉に祖母が慌てたように応じた。
「真っ先になすべきはそれでした。なのにわたくしと来たら……」
「え、でも済んだことですよ?」
「いえいえ、親にとって子は宝。かけがえのない何よりの宝。私たちはあなたという宝物を傷付けてしまったのです。傷そのものは治ったのかも知れません。でもそれならそれで、あなたを宝物と感じてらっしゃる方に、ご報告をいたさねばなりません」
「判りました」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-141-

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 真由が口を開く。
「要するに、私と同じだったわけだね。邪魔扱い」
 苦笑と共に一言。
「えっ?」
「似たようなもん。最も私の場合、父とは和解できて、継母の方を追い出したわけだけれど」
 その発言にレムリアは首を左右に振って否定した。
「あなたの……」
「判ってるよ。不正確な表現。ただ、親父と私が撚りを戻したことで、結果としてあの人を出て行かせたのと同じかなって思ってさ……それよりレ……じゃない姫ちゃんに相談。頼んでるボランティアに由香も参加できないかな?」
 その意図をレムリアはすぐに解した。
 真由の心理を大きく変えたのは空飛ぶ船で“不要な子”が“必要な仲間”になったことである。
「……ああ大丈夫。後で連絡するよ」
 ちなみに今、レムリアが考慮中なのは子ども病院を中心とした“ホスピタルクラウン”……マジックショーである。日本国内で始めたきっかけはひょんなことだが、その結果定期的に回る病院が幾つかあり、間もなく迎える12月も時期が時期……クリスマスシーズン……ということもあり、行脚する予定がある。都内のキリスト教系子ども病院のシスターが窓口。多くの子どもを相手にするので、人数が多い方がショーにいろんなバリエーションを与えられるし、何より子ども達に取って“遠くの友達が増える”というのは素敵で、大切で、そして“貴重”なこと。
「ボランティア?」
 由香が訊いた。
「そう。彼女さっき手品やったでしょ。あの手口で世界中の子ども驚かして……」
「それじゃ犯罪みたいじゃん」
「みたいなもんじゃん。目を眩まして籠絡して、子どもの心をワッシと掴む……」
「それ不正確。心をワッシと掴むには、“とりあえずスイーツで釣る”が私の基本だから……てなわけで由香ちゃん、あなたも同じ手に引っかかったわけですよ。もう食べちゃったでしょあのチョコ。逃げられないよ」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-140-

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 できちゃった結婚、成り行き故の性格不適合、夫婦生活の破綻、そして双方それぞれの愛人。
 
“邪魔な子”
 
 レムリアは真由と共にベッドに上がり、由香を抱きしめずにはいられなかった。真由と二人で由香が痛がるくらいにその身を挟んだ。
 涙が勝手に出てきて止まらない。子どもが親に言われる言葉として、これほど、これほど酷い言葉が他にあるか。
 そして、この告白は、百戦錬磨の気配を感じる坂本教諭にも、涙をもたらした。
「この事実を担任は……家庭訪問の際とか……」
 坂本教諭は目元をハンカチで拭って訊いた。
「いえ、問われなければ言わないこと、としておりましたので。ただ、あなた様方は別です。由香がそのような不祥を働きましたのにお許し下さる。どころか、癒そうとさえしてくださる。そのようなお心をお持ちの方々に隠し事など毛頭……」
 祖母が涙を拭う。
 その言葉にレムリアはちくりと心が痛かった。なぜならそこまで秘密を明かしてくれた相手に、正体を隠している自分がいるからだ。思わず、その“隠し”に感づいている坂本教諭をちらっと見てしまう。
 ただ、こればかりは容易に口に出来ない。真由に対しては“自然な形で”バレたし、結果むしろ“ヒミツの共有”という観点で友情の醸成に働いた。しかし、ここでそれを言うのは無関係だし、どころか逆効果だと思われる。過去振り返ると、自分がそれと知った瞬間、“普通”に扱ってくれなくなる、“一歩引いて”しまう場合が多いからだ。この、真由ちゃん由香ちゃん救出作戦にそんな身分肩書きは無関係だし、それで周囲の反応が変わるのはむしろ困るし邪魔だ。
 もし、仮に、その肩書きが必要となるならば、その時が来れば自ずから明らかになるだろう。そんな気がする。
 
(つづく)

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総武快速passing love ~錦糸町~

~錦糸町~
 
沿線随一の歓楽街を有するとか。
だから彼女持ちや妻帯者が一人で行くと色々と誤解を受けるらしい。
薬物乱用防止の標語に「ダメ・ゼッタイ」というのがあるが、あれはここ錦糸町での薬物汚染を契機に作られたのだとか。
僕がそんなことをネットで調べるきっかけになったのは、自分に関する妙な噂が流れているらしいと聞いたから。
錦糸町に通っていると。
受付の美人というカノジョがある身でありながら。
そのカノジョがいるとバレた時もそうだが、なんでこう会社のウワサは伝搬が早いのか。
ウワサの中身を教えてくれたのは同僚のA。
カノジョそっちのけで錦糸町通いをしている、浮気してる、というもの。しかも錦糸町をネット地図で見ていた様子が堂々としすぎということで火に油を注いだようで。
定時になって会社が引けて、IDかざしてゲートを抜けたら、いつもなら制服姿で受け付けブースに座っているはずの君がいない。
早上がりとも聞いてないが。メールを出しても返事はない。
とりあえず今日は錦糸町に用がある日。僕は総武快速に乗り、トンネルを抜けて最初の駅に降り立つ。
改札の向こうに……あろうことか君の姿。
ウワサが届いたということだろう。真相を確かめに来たというわけだ。
目が会うと涙ポロポロ。踊らされてもう。
果たして衆人環視の中で君は怒鳴った。信じてくれてないのかという残念な気持ちはあった。さすがに僕も少しムッとした顔をしたかも知れない。だが、確か過去に幾度か裏切られた経験があるとか。まぁ疑心暗鬼になる気持ちは判る。
こういうときは言うだけ無駄。僕は改札を出てこっちと指さす。歓楽街は南側。僕が示したのは北側。
でも君はその違いに気付いていない。
歩き出すと離れて後から付いてくる。駅前のビルの中……東武鉄道の旅行センター・東武トラベル。
君の表情が変わったのが見ずとも判る。
僕は鬼怒川温泉旅行のクーポン一式を君に渡した。日光鬼怒川は東武の本領。だから東武に直接出向くのが早い。ターミナルは浅草だが、錦糸町にも店がある。
僕は説明し、君が両親に温泉旅行でもプレゼントしたいと言ったから、と加えた。
「オレも勘定に入れて手配したんだけど、間違ってたかな?」
最終電車までには泣き止んでくれよな。
 
←新小岩馬喰町→

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-139-

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「傷ついていた結果がそういう行動に出ただけじゃない。だったら、その傷が癒せたら。私はそう思うだけ。……こっちの彼女の流儀だけどさ」
 真由は小さく笑ってレムリアを指差した。
 なぜ、真由がそういう行動……自分の流儀で動こうとするのか、由香と、そして大人達に話す必要がある、とレムリアは感じた。何のことはない。自分が真由に自信を持たせようと船の上であれこれ話した。それと同じことを、彼女は由香に対して行っているのだ。
「真由ちゃんが何をされていたか、私……全部聞きました」
 レムリアが言うと、由香がうつむいた。
「人は傷つくと、同じように人を傷つけ、そのサディスティックな悦楽で傷を癒やし、トータルバランスを保とうと働きます。端的に言えばあなたはそういう川に流された。そしてあなたは流されたと気付かされた。そこであなたは、そのまま流される先の滝を知り、それよりは沈んで消えようとした。でも、流されていると気付いた時点で、あなたには沈む必要なんかなくなった。流されることが悪いと知り、そして二度と流されることはない。つまり、今後あなたが人を傷つけることはあり得ないからです。そして……流れから上がったあなたに私たちが見たのは、何のことはない。普通の女の子。ただ心に傷を持った同じクラスの女の子。だったら真由ちゃんと何ら変わりはない。であるなら、私たちは、傷ついた心に何が必要で効果的か知っている。傷ついたあなたを救いたい。ただそれだけ」
「……私の力不足なんでしょうね」
 呟いたのは祖母。
「由香、喋っていいかい?……この人達は、違うと思う」
「……いいよ」
 由香の言を受け、祖母が口にした内容は、子どもが突きつけられる現実として、あまりにも残酷であった。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-138-

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「……ごめんねみっともないとこ。私のことを友達だと言ってくれたの、あなたが初めてだったからさ」
 由香は笑みを浮かべ、そして続けて
「普通友達づきあいってさ、誰かのウチ行って、今度は逆に呼んであげなくちゃいけなくて、相手のお母さんが奮発して手作りケーキなんか作ったりしてさ。でも……だから……ばあちゃんごめんなさい」
「そういうことだったんかい……」
 積年の疑問が晴れた。そんな感じで祖母が口にした。
「こっちこそごめんな、ばあちゃん、そんなこと出来ないもんな……」
「ううん、ばあちゃんが謝る必要はないんだ。だってそれは私の勝手な思いこみだから。だってそんなの、単なる義理で義務じゃん。……そのことに今、真由ちゃんに友達って言われて、ハッと気付いたんだ」
 その発言に、由香の祖母は目を見開いて孫娘を見た。
「自分のために一生懸命になってくれる……それが本当の友達なんだなって」
「そしてあなたは、私という存在に命ほどの責任を感じてくれた」
 真由が言った。
「それは違う。単に同情を買いたかっただけ……多分」
「でも“悪い”と思ってくれてたってことじゃない。バレたら死にたくなったってのはそういうことでしょ?。つまりあなたは私のために一生懸命になってくれたんだよ。同情?理解者がいないと感じていただけじゃん」
 それを聞いた由香の目から涙が一筋。ちなみに、こうした言い回しが“レムリアの流儀”であることは説明の必要もあるまい。
 レムリアの傍らで坂本教諭が動こうとする。レムリアは右手を小さく動かして制する。この涙の意味は違う。
「なんで……なんでそこまで優しくしてくれるの?……だって私あなたにひどいことしてたんだよ?」
 こう続いた由香の言葉に、坂本教諭の動き掛けた足が床に戻った。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-137-

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 ちなみに、……再度書くが、今レムリアが理解し、リペアしようとしているのは、由香が何故“いじめる子”になってしまったかの要因。彼女自身は二度と真由に手を出したりはしないだろうが、そこまできちんと追い込み、解決しておかないと、由香が報われない。“傷つける”行為の多くは、傷つけられた心が、同じことを他に行うことでバランスを取ろうとする働きによるからだ。
「わたし……」
 由香が呟くように口にした。
「ひどいこと、言ったよね。ばあちゃんに」
「え?……」
 急に話題を変えた所為もあろうか、祖母は首を傾げた。
「みんな若くて綺麗なお母さんがいるのに、自分はばあちゃん。そんなとこ友達呼べるか……って。だから、私は友達なんか作らないって」
「そのことかい……」
 今更……そんな感じの、諦念さえ感じさせる笑みを、祖母は浮かべた。
「……ごめんなさい」
 その祖母に、由香は頭を下げた。
「ひどいこと言ってごめんなさい」
「いいよいいよ、由香の気持ちも尤もだもの」
 涙を浮かべる由香の肩を祖母が抱く。
 確かに、ひどい言葉ではあろう。それを聞かされた祖母の衝撃は深甚にして耐え難い物であったに違いない。
 しかしそれは同時に、何か……の事情で由香の保護者が母から祖母へ移った過去を示唆する。“普通の”家庭とは環境を異にする状態であり、由香自身にとっても、深い深い負い目であったこともまた確かであろう。
 何のことはない、真由の家庭と相似なのである。大人の勝手が子どもを揺さぶり、傷つけた。
 その代償を他人を傷つけることに求めるか、親の事情を斟酌して子ども自身が飲み込んで耐えるか。
 そんな二人が、不幸な邂逅を遂げたのだ。
 由香はひとしきり涙を流すと、真由に向き直った。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-136-

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 由香がハッとしたような目を真由に向ける。
 他方、祖母は口元が震えわななくばかりで声にならない。ただ、その目から溢れ出す輝き。
「あなたを……由香があなたを……」
 真由に手を伸ばす。とめどないかの如き涙と共に、真由に手を伸ばす。
「おばあさま、でも、もうそれは過去のことです」
 真由はきっぱりした口調で言い、自らに伸ばされた祖母の手を両手で包んだ。
「私たちはもう、友達だから……ね、由香ちゃん」
「え……」
 その発言に、由香は真由に向けていた目を見開いた。
 そしてそのまま、まばたきすらしない。由香の抱いた感情が、驚愕ショックとも言えるレベルであることにレムリアは気付いた。
 “友達”という二文字が、時に重厚なまでの響きを持って、心を揺り動かす力があることを、レムリアは知っている。
 自分としては単にそういう認識であるからそう口にしただけ、なのだが、相手にとっては至上の衝撃と感じる場合があることをレムリアは知っている。
 ……それは、それが生じるのは、相手が、その旨言われたこともなく、認識したこともない場合。
 つまり由香に“友達”はいない。一緒に遊びに行く存在はあっても。
 仮にその存在を“仲間”と書くことにしよう。坂本教諭は彼女に“仲間”について色々尋ねた。しかし由香は仲間の内面については坂本教諭以上の認識は持っていなかった。
 果たしてそういう“仲間”は、“友達”の範疇であろうか?
「とも……」
 由香が続く言葉を失ってしまう。
 沈黙がしばし時間を支配する。“これ”が由香の心の突破口だとレムリアは感じている。彼女に友達と言える存在がいないこと。そのことと、安易な誘いに乗って真由に狼藉を働いたこと。
 背景は?……まず挙がるのは、姓の異なるおばあさまが“保護者”であるという、家庭の環境。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-135-

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 病室内から呼ぶ声。
「先生。ちょっと」
 由香である。二人が病室に戻ると、合点が行かぬという顔の祖母と、下唇を噛んでこちらを見ているベッドの由香。
「先生。学校はばあちゃん……じゃない、祖母に、私がドジって落ちたと言ったみたい……なんですけど……」
 事実との食い違いは何なのだ。というわけだ。
 坂本教諭はワンテンポ置いた。学校は隠したいのよ、とは言えないであろう。
 一方レムリアは由香の保護者が“祖母”であることに引っかかっていた。しかも由香本人と姓が違う。彼女の……実の父母は一体?
「それはね……」
 坂本教諭は由香の名を呼び、場を改めた。
「はい」
「それは……あなた自身の口から、きちんとまず説明すべき、と、先生は思う。その後で、私が補足する」
 坂本教諭は背筋を伸ばし、由香の目を見つめ、そう言った。
「……はい」
 由香はうつむき気味に頷き、そのまま、まず口を開いた。
「ばあちゃんあのね」
「……なんだい?」
「私……学校でとてもひどいことしてた」
「ひどい……ひどいってなんだい?」
「この彼女……真由ちゃん、真由ちゃんを、他の3人と一緒になっていじめてた」
 由香は言い、傍らの真由の手を掴んだ。掴んで、ぎゅっと握った。
「え……」
 祖母はその告白に絶句した。
 絶句したまましばし。一般に、我が子の重すぎる告白に、即座に何か言葉が用意できる大人は少ないであろう。そしてそれは、由香の祖母が、“いじめ”という言葉を、単なる子ども同士の諍いではなく、重い内容だと受け止めた証拠。
「由香……」
 祖母はかすれた声でそれだけ一言。
 その時。
 口を開いたのは真由であった。
「それで、由香ちゃんは、命すら……と思うほど責任を感じてくれたんです。そして屋上から。それが、真実です。おばあさま」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-134-

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13

 
 立ち話をしている二人の方へ向かい、看護師に案内され廊下を歩いてくる、年老いた女性が一名。
 和服姿であり、その背と腰は湾曲し、やつれを感じる顔には深い皺。すっかり白くなった髪は結い上げられ、簪が一本。老婆……と、古典的な表現を使うなら記しても良いかも知れぬ。ただ、失礼な響きを含むので本稿では用いない。
 女性は二人に対して軽い会釈を見せると、由香の病室へ入ろうとした。
 今、この病室には由香だけ。
「あの失礼ですが……」
 坂本教諭が呼び止め、由香の関係者なのかと尋ねる。
「はい。保護者で祖母の日長静子(ひながしずこ)でございます」
「ばあちゃん!?」
 女性の言に由香の驚いた声。ちなみに、由香とその祖母の姓は異なる。
「由香!大丈夫だったのかい!?」
 由香の祖母は、表情に狼狽を湛えながら病室へ入った。
「……落ちたと聞いたから……教室から身を乗り出す子がありますか」
 祖母は涙ながらに由香の枕元へ向かい、己が孫娘に腕を伸ばした。
 その言動に、事実と異なる内容に、疑念を抱いたのは廊下の二人。
 異なっているその訳は。
「学校は……隠すつもりですよ」
 レムリアは、坂本教諭にだけ聞こえる声で言った。
「であれば、先生にお任せすれば、欺くも何も真っ先に先生に圧力が掛かってくる。だから……なんです。ごめんなさい」
「あなたの言いたいことは判った。日本人じゃない相原さん」
 坂本教諭は腕組みし、レムリアの目を見ず答えた。……ちなみに、教諭は教諭で、レムリアが“日本人ではない”と言いながら、コテコテの日本名を持っていることに秘密の存在を感じているようだ。言わないなら問う気もないが、しかし、といったところであろう。だが、申し訳ないがそこを軽々に言うことは出来ない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-133-

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 坂本教諭はため息をついて、
「子供が何も言って来ないからって安心しちゃう親が多いのね。むしろそういう時こそ、親がアクションを起こして、コミュニケーションを取って、本当に大丈夫なの?って確かめておくべきなのに。それで今後のことなんだけどね……えーと」
「相原姫子」
「相原さん。3人の件、私に任せてもらえないかしら」
 レムリアは即答を避けた。信用しないわけではない。むしろ十全に近い。坂本教諭に絡んでもらう分には全然構わない。
 ただ……なのだ。
「学校には内緒の私の独断。敵を欺くにはまず、って言うでしょ」
 煮え切らないレムリアに、坂本教諭は追加した。レムリアは下唇を噛んで。
「はいそれでは、と言いたいところですが」
「だめ?」
 率直そう。但し先ほどの“責任感”に基づくものとはまた違う。その点では、彼女に任せることで責任は果たした、と自分に言い聞かせることが出来る。
 問題はその後だ。学校丸投げの持つリスクに気付いたのだ。
 
 学校が“組織”だということ。そしてその組織の意のままにされる。
 
 坂本教諭自身はさておき、さっきの主任や、そんな主任を主任にしている校長教頭がどう動くか。
 救急車まで呼ぶ羽目になった、あれだけの自殺騒ぎを看過するとは思えない。
 坂本教諭の勇気ある独断は結構だが、想像を逞しくするまでもなく、その坂本教諭に権力という名の圧力が掛かるであろう。
 たった今、そしてこれから。恐らくずっと。
 そのハラスメントはどんな形態を取るであろうか?
「いいえ。二人のご両親にきちんと了承を得てからとすべきかと」
 レムリアは目線を外し、文言を選んだ。
「……そういうこと」
 坂本教諭は小さく笑みを浮かべ、大きく頷いた。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-132-

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「あなたうちの学校の子?」
 廊下に出るなり、坂本教諭は尋ねた。
 教諭はレムリアの正体を知らない。看護師IDを出した時、救急隊員とやりとりしていたからだ。
「いいえ。日本人ですらありません」
「あらそうなの!?……日本語上手ねぇ」
 教諭が目を剥く。レムリアがそうと知った人が必ず見せる反応。
「恐れ入ります」
 はにかんだレムリアに、坂本教諭はじゃぁ無関係なのね、と念押しした上で、残りの3人について明かした。
 曰く“問題生徒”であると共に、3人の親は、それぞれに学校から見れば“問題父母”であるという。具体的には、まず金持ちで習い事……の親は、通信簿を渡した晩に毎度電話して来て文句を言っては、これだから公立は、と捨てゼリフを吐いて電話を切るという。
 要するに、私立の中高一貫校に不合格となった結果として、この学校にいるのだ。これはまず、その子どもは負い目と不満を抱えているだろう、と考えが及ぶ。つまり、“不合格になった自分のせい”という、消せない事実に対する敗北認識だ。であれば、親の“文句をつける”という行為は、その都度“敗北”を再認識させる行為に他ならない。
 次に、父親から高額な小遣いの娘は、その父親が遊び人らしく、連絡が取れる状況ではなく。
 唯一の“普通の娘”も、成績は良いそうだが。
「音楽の授業となるとルーズそのものでね。要するに勉強疲れなのね。受験に必要な主要五科目だけ、毎夜毎晩詰め込んでいるみたい。燃え尽きるよあの子は」
 普通。すなわち“何も波風がない”。それは単に我慢を重ねて溜め込んでいるかも、ということか。そのはけ口として『むかつかね?』の口車に乗った……。あり得ることだ。但し、以上はレムリアの単なる推論。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-131-

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 その習い事たくさんの娘が、言い出しっぺだという。
「あいつ、ムカつかね?って」
 申し訳なさそうに、真由をチラッと見ながら。
「それが始まりか……」
 そこで坂本教諭が戻ってきた。
 再びレムリアの背後に立ち、肩に手を触れる。
 バトン、戻す。坂本教諭は早速口を開く。
「ごめんなさいね嫌なことばかり訊いて。由香ちゃんあとひとつだけ。あなたたち、互いに悩みを打ち明けるとか、相談するとか、なかった?」
 問う坂本教諭に、レムリアは下から手を伸ばし、教諭の顔の前に同じくチョコレートを出した。
「あら」
 坂本教諭はひょいとつまんで口に運んだ。
 口の中で転がす。若い娘が休憩時間にチョコを口にした気楽さ軽さ。
 ……そんな深刻に考える必要はないからね……という雰囲気作り。
 すると、由香は少しの間考えた。そして、その“普通”の子が。
「兄貴や姉貴と比較されたことないか、って訊いてきたことがあるかな。でもそのくらい……」
「なるほどね」
 坂本教諭はフッと溜め息混じりに言い、頷いた。そして自ら、壁に立てかけてあった付添用の折り畳みパイプイスを出し、座った。
「3人……か」
 坂本教諭は腕組みした。
 そこで。
「真由……ちゃん」
 と呼んだのは由香。
「ん?」
「その……ごめんね」
 言われた真由は口の中のチョコを左の頬から右の頬へ移して。
「いいよ。由香ちゃんにはその気なかったんだし。私だって同じ立場だったら多分、同じコトしたと思うよ」
「でもさ……考えたら怖く……」
 由香がまたぞろ泣きだし、悔恨の念に襲われたか謝罪の語を何度も口にしながら真由にしがみつく。
 そこで坂本教諭はレムリアの膝をつんつんと突き、再び目配せし、立ち上がった。今度は“来い”であろう。それは二人っきりにしよう、という気配りのようにも見えるが。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-130-

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 単刀直入に訊くでなく、しかも恐らくは、それぞれの問いが由香にとって“意表を突く”内容。
 ……想定外の質問にはつい本音が出るもの。
 由香は何でそんな?とでも言いたげに目を円くして。
「え?栄(さかえ)行って買い物したりゲーセン行ったり……」
 栄というのは名古屋市中心の繁華街である。ゲーセンはゲームセンターの意。
「お金かかるんじゃない?」
「でも、いっつも……」
 確かに毎度アシが出るが、その大量に小遣いを持たされている娘が奢ってくれるから、自分は滅多に財布は開けない、と由香は答えた。
 坂本教諭はあらまぁ勿体ないと応じて。
「お金は大切にしなくちゃ。でも……それだけお金使えばそれなりに楽しいか」
 少し笑み。
「まぁ、はい」
「ふーん。あ、ちょっと待ってね。あなたが問題ないってこと学校に連絡してないから」
 坂本教諭は席を立ち、レムリアに目配せし、部屋を出た。
 レムリアはそれを、ちょっと頼むね、と解した。坂本教諭的には、自分の矢継ぎ早な質問攻撃に対し、間を取りたいのだろう。しかしコミュニケーションの空白は作りたくないのだ。で、自分にしばしバトン、である。
 だったら……。
 女の子のコミュニケーションの基本は、お喋りとスイーツ。
「でも、そーいうのっていつも同じコトの繰り返しでしょ?だんだん刺激が足りなくなって行くと思うんだけど。そんな感じなかった?」
 レムリアは坂本教諭の内容を受け継ぐ形で問い、手を握り、握った手を開き、一口サイズのチョコレートを取り出した。
「……!?何今の」
 由香は当然驚いた。
「手品。はいどうぞ」
 二人にあげる。由香はそのチョコを口に含み。
「……だんだん、何やってもつまんない、って感じになって行ったのは確かかな。そう。それで真由……ちゃんが越して来て」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-129-

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 何故か?防ぐ腕を最初に伸ばしたのが自分だから。
 ちなみに、レムリアの発したこの問いに、坂本教諭は瞠目を見せたが、レムリアは気付いていない。
 そして坂本教諭は二人に回答を急がせない。その手はレムリアの肩をゆっくりと撫でさする。対して、ベッドの二人は互いの顔を見つめ合っている。
 二人が、そろって首肯。
 なお、二人は二人で、大人に対して話す気になった、ということに注意願いたい。
「じゃぁ……」
 レムリアは頷くと、まずは自殺騒ぎの直接の背景を話した。真由がいじめられるために登校を拒絶。由香はその加害者グループに加わっていたため、加害者のレッテルに将来を悲観して自殺を図ろうとした……。
 すると。
「残りの3人ってどんな子なの?」
 坂本教諭は由香に問いを振った。この問いに、今度はレムリアが見守る側に回った。
 教諭に任せて様子を見る。お手並み拝見、というわけではないが、その3人を学校側の立場からある程度掌握していれば、また自分とやり方が違って来よう。
 ……音楽。すなわち、担任ではないので、複数クラスを見ている。
「え?そのう……」
 由香が話したのは、一人は金持ちの娘で、あれやこれや習い事に通っている。もう一人は母親が不在である一方、父親から高額の小遣いをもらって大金を持ち歩いている。もう一人はいたって普通、であるという。
「どんな性格?」
 坂本教諭は更に問う。
「別に普通……ですけど」
「じゃぁ、どんな風に遊んでるの?」
 この質問変更を聞くに及び、レムリアは坂本教諭に対する結論を出した。彼女が“人気がある”理由がよく判ったのだ。
 ちなみに、坂本教諭が質問を変えたのは、4人組の遊び方、付き合い方が“性格が判るような”内容ではないと悟ったからだ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-128-

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「イヤだったんだ」
 由香は何枚目かのティッシュをくずかごに放ると、その軌跡を目で追いながら、そう呟いた。
「だけど……」
「断れなかった、でしょ」
 真由が先回り。
「うん」
「だろうと思った。だから私はあなたのことをどうこう、とは思わない。あなたも被害者なんだよ」
 真由は、深刻とは対極にある口調で、そう言った。
 由香が真由に目を向け、傍らレムリアの腕に気付く。
「あなた……その腕はもしかして……さっき私を……」
 二人だけ、から他に目を向ける余裕が出た。レムリアはそう考え、口を開いた。
「ああこれ?無関係だから気にしない。さて、それよりも私があなたに言いたいのはこれ。今後どうしますか?はっきり言うけど、あなたたちの学校の先生は無能無知です。このまま帰ったら、今度はあなたが、何のかんの言われてターゲットにされるでしょう。必要であれば私が通っているフリースクールに話を通します。日本国外だから、あなたのお義理のお仲間に顔を合わせる機会は絶対にありません」
「日本国外?」
 由香が目を剥く。
「オランダだって」
 真由が補足。
「あのう……」
 ここでようやく?坂本教諭がカーテンの影から全身を見せ、口を開いた。否、挟んだ。
「よく判らないまま付いてきたけど、良かったら、背景を教えてもらえる?無能無知……に毛が生えた程度かもしれないけど、何もしないよりはマシかも知れないから」
 坂本教諭はベッドの二人を交互に見ながら、右手はレムリアの吊った肩へ。
 その肩の手は、自分を無視するつもりは無いよという気配り、と、レムリアは判じた。
「どうする?話していい?」
 レムリアは二人の意志を問うた。ここまでの言動からして、この教諭坂本は主任らと一線を画す存在ではあろう。しかし、だからって信用・丸投げ、は、そうであってもすべきでないと思ったのだ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-127-

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「ええ、じゃぁ」
 3人で病室へ向かう。エレベータで上がり、開け放しの6人部屋に入ると、当人はすでに覚醒し、うつろな表情でベッドの上に座し、外を見ていた。
 その開放されたドアパネルをコンコン叩く。
「大丈夫?」
 レムリアの声に、機械仕掛けの自動的、といった感じの、ゆっくりした動きで、少女は振り向いた。
 坂本教諭によれば名は由香(ゆか)という。肩よりやや先まで髪を伸ばした細身の娘だ。その髪は飛び降りた際の風圧で乱れたのであろうが、直すでなく、そのまま。
 何が己が身に生じたか判っていない、そんな風情。そして、その表情からは、いじめに加担するような刺々しさは感じない。
「あっ……」
 由香はレムリアの背後に真由の姿を認めるなり、ハッと目を円くし、見て判るくらいに身体を震わせた。
 その反応は、攻撃と言うよりは“避ける”印象が強い。すなわち、事態に対する由香の加担が積極的では無かったことを物語った。
 真由がレムリアの背後から飛び出す。ベッドに飛び乗り、手を伸ばし、乱れ髪の少女を抱きしめる。
「いい。何も言わなくていい。判ってる。全部判ってるから……」
 見る間に由香の目が赤くなり、波沸くように輝きが浮かび、そしてボロボロ流れ出す。
「真由ちゃ……」
「いいよ。何も言わなくていいよ」
「でも……」
 そのまま、言葉にならない。
 涙の時間。
 その間、坂本教諭は、ベッドを囲うカーテンの影、ベッドの二人から見えるか見えないか微妙な位置。すなわち、存在は意識させるが出しゃばりはしない。
 その位置取りに、レムリアは担任らとの相違を見い出した。
 由香が落ち着いてくる。真由がそっと身を離す。
 この間、坂本教諭は、その位置から動かず、一言も発しなかった。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-126-

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「良かった」
 レムリアは笑い、両手でパチン、を、やろうとして、固定された左腕に顔をしかめた。
「あた……判りました。お手数お掛けしました。見せろなど看護師如きワガママ申しましてすいません」
 頭を下げる。というのも本来、看護師が医師の診察や治療に首を突っ込むことはない。どころかむしろ御法度。ただ、レムリアの場合、“最前線”で行動しており、とっさの判断が必要な場合が多く、ノウハウは積極的に吸収させてもらうことにしている。一瞬一秒の世界であり、悠長に医師を待つヒマはない方が多いからだ。
「いやいやこちらこそ、こんな不思議でどこかハッピーな救急診療は初めてだよ、ですよ」
 脳外科の医師はそう言ってはにかみ、レムリアを送り出した。その間も倉田医師はマウスを勝手にぐりぐりやって、首を傾げたり小さく笑ったり。
「それでは」
 三角巾姿で、レムリアは処置室を後にする。ドアを開くと、そばの長いすには心配そうな真由と教諭。
 レムリアの痛々しい出で立ちもあろう、思わず、とばかり立ち上がった二人に、まずは少女の報告。
「単なる脳震盪。ケガの類一切無し。退院は本人の気持ち次第」
 レムリアは軽く言った。
「そう……」
 二人は安堵の表情を見せた。なお、真由はいつの間にか版権もののネズミのトレーナーを着ており、羽織っていたカーディガンをレムリアに畳んで返した。後で訊いたら、坂本教諭が、病院からタクシーで(!)常滑駅前のスーパーに出向き、買ってきたのだという。
「あなたの肩……は?」
 真由がこわごわ、という感じでレムリアの肩に触れる。
「まぁこっちも嵌めてもらったんで、これで様子見。さて、病室へ行きましょうか。先生はどうなさいます?彼女気が付くまでいらっしゃいますか?」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-125-

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 医師は後頭部、脳底部を何度も往復するように動かし、更にズームしてじっと見つめた。脳と繋がる太い神経や血管まで結構しっかり見える。
「全くの無傷ですね。打ったのは後頭部?……ですか」
 医師は付け焼き刃のように丁寧語を付加した。子どもだけど看護師でプリンセスで……大体、初対面の大人の反応は、こんな感じで戸惑いの塊。
「ええ、私の目の前で」
「4階建ての屋上からねぇ。脳震盪、だけですよ。本当に。奇跡、なんて医師が軽々に口にすることではないが、あ、いや、ないですが、なるほどあなたをミラクル・プリンセスと呼びたくなる彼らの気持ちが判りますわ。倉田さん、どうだい?これで4階から落ちたってんだ」
 脳外科医師はモニタの画面を倉田医師に向け、角度を変えた。ちなみに、脳外科医の言った“彼ら”とは、ボランティア団体の医師達のことであろう。
「へぇ~……ああ、こりゃ綺麗だ。確かに本当に落ちたか?と訊きたくもなりますな。あ、いやいやその位置エネルギーの一部が、こうしてあなたの肩を抜いたんだろうから、ウソではないですな」
 倉田医師は言うと、看護師に痛み止めの注射と、三角巾を依頼し、白衣のポケットに手を突っ込んで再度レントゲンを覗き込んだ。
 看護師がそそくさやってきて三角巾を再調整。
「しかし信じられんな」
 倉田医師は首を傾げながら、首の骨を見る。ペン先で頸椎の骨をひとつひとつチェックするように。
「それでしたらCTとかは……」
 注射を受けながら、レムリアはどちらともなく訊いた。
「そこまで不要でしょう。とにかく何も問題ないんだ。出血もないし脳圧が上昇しているわけでもないしね。様子見でいいと思う……ますよ。病室を手配させるので同行の方々に報告をされてください」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-124-

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 救急車が止まり、裏口を思わせる救急搬入口のドアが開くと、待機していた医師と看護師に、レムリアはまず医療団の看護師IDを見せた。
「彼女の友達です。状況を把握したいので診察、必要ならばオペに同行させて頂きたく」
 と、IDを眺めていた女性看護師のひとりが気付いた。
「EFMMの……うわ、あなたひょっとしてプリンセス……さん?万博に見えた」
 まんまるの目と、少しの笑み。
「ご内密に。で、どちらに?」
 ウィンクで応じる。
「……判りました。とりあえず」
 真由と坂本教諭には受付やら連絡やらを依頼し、ストレッチャーを病院スタッフと院内へ運び込む。長い距離は要せず救急処置室へ向かい、即座に頭部レントゲン。現像不要のパソコン制御。
 この間に連絡が行ったのであろう、年配の男性医師が処置室へ入ってくる。
「整形外科の倉田(くらた)です。……ああ、あなたが」
 倉田という整形外科医は立ち止まり、しばしレムリアを見つめた。その物言いはレムリアが何者か知らされているということ。
「……です。よろしく、おねがい、します」
 レムリアは固まったような倉田医師に頭を下げた。……自分に見とれている、らしいと感じたが、自惚れたようなことは考えたくない。
 すると倉田医師は頬に薄紅を浮かべて、
「かわいい……ああ、いやいや申し訳ない。じゃぁ早速診させて頂きます」
「画像処理が終わったのでこちらへどうぞ」
 次いで脳外科医師が言い、パソコンをカチャカチャ。
 斯くして、脳外科の医師と膝突き合わせてパソコンモニタのレントゲンを見ながら、その傍らで整形外科医が肩をゴリゴリ。
「骨、脳とも所見は正常です」
 無精ひげの脳外科医師は、しかし言葉だけは丁寧に画面を見ながら言った。3次元撮影なので、立体表示された頭蓋骨と、その内部の脳までうっすら映った状態で画面に出ている。マウスでぐりぐりやると画面中の頭蓋骨がぐるぐる回る。前頭部、頭頂部、側頭部、脳底部。頸椎との間接……これでケガや変形、出血による血の塊、などがあると、見た瞬間“ズキッ”と感じる影や亀裂があるのだが、それらは認められない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-123-

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「レムリアそんなだし、彼女が目覚めた時、学校の先生がいるというのは逆効果な気がするから」
「ありがとう。あ、学校関係者の方はお控えください。申し訳ないですが、火に油を注ぐだけですので」
 それでも、責任上、一人行く必要があるという。
 だったら、女の子の病室にいても問題なさそうな存在。
「この学校で一番人気の女の先生は?」
 レムリアは一同を見回しながら訊いた。
「音楽の坂本(さかもと)先生」
 真由が即答。レムリアは頷いて救急車を飛び降り、事態を見ているだけ(しか、できないのであろう)の学年主任の電気メガホンを奪い、校舎に向かってその名を呼んだ。
「はい私ですが?」
 それこそ音楽室であろう、2階東端の部屋から、メガネを掛けた長い髪の女性が、幾人かの生徒と共に顔を出した。
「女子生徒の一番人気と見込んでお願い致します。心傷ついた女の子に付き添いで病院まで」
「……判った」
 救急車という事態もあろう。坂本教諭は即答し、程なく校庭へ駆けだしてきた。
「すいませんいきなり」
「いいわよ」
 後ろで隊員が市民病院の受け入れ許可が出た、と言った。救急車は坂本教諭の到着を待ち、ハッチドアを閉めて出発する。
 校門を出る。サイレン鳴らして隘路を走り、坂道を降り、一般車両をよけさせて幹線道路を行く。加減速はせわしなく、ゴツゴツと突き上げるような乗り心地であり、衝撃が外れた肩にいちいち障る。ストレッチャーの少女は念のためベルトで頭部を固定しているが、この衝撃では効果も半減ではあるまいか。そんな調子で数分走り、多車線道路同士の交差点で双方交通を止めて右折、名鉄線路の高架をくぐる。
 市民病院。コンクリートの3階建てだが、一見して古い建物であり、幾度か建て増ししているらしく、新旧の建屋が複雑に入り組んでいる様が遠くからでも見て取れる。鉄路を抱いた高架橋や、その先に霞む空港ビルの新ピカぶりとはあまりにも対照的。
 
(つづく)

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【元日スペシャル】アルゴ号を該非判定する【お話じゃないよ】

★冒頭の断り書き
 
この記事で扱っている判定対象貨物は、ファンタジー物語に出て来る架空の宇宙船です。「やり方・手順」だけは参考になるよう努力しましたが、なにぶん実在のものではないので念のため。どうでもいいけど2011年春以降の大卒って東★芝機械事件の後の生まれなんだよな。なんだかな。てゆーか「該非判定のやり方」で検索するとこのページが表示されるとは何事だ。仕事しろ>経産省とCISTEC
 
●冒頭の能書き
 
いつもレムリアと遊んでいただいてありがとうございます。
さてこのシリーズ「毎日更新」しておりますが、その際「話数」と「作成日」の数値をなるべく一致させようという誰にも理解されない無駄な努力をしております。このため「31日」が2ヶ月連続する場合、話数が先行し「……あれ?今日は何話目で更新するだっけ」と、こうなります。そこでこの1月1日だけは1回休んでこのズレの調整を行うと共に、浮かれ気分の正月にファンタジー物語のブログにあるまじき法律と技術ベースの殺伐を極めた記事を書こうという人心を逆手に取った暴挙でございます。
 
●該非判定って何だ?
 
話中にチラチラ出してますが、兵器開発や核開発に利用可能な物資や技術は、それらに悪用されることを防ぐため、国際的な協調を取って輸出や技術提供の管理を行っています。これを「安全保障輸出管理」と言います。
その代表的な方法は、具体的な物資や技術を採り上げてリストを作成し、そこに載っているモノを輸出したりする場合は、然るべき許諾機関の輸出許可を取らせる、というものです。この考え方を「リスト規制」と言います。
該非判定とは、輸出しようとしている物資や、提供しようとしている技術が、このリストに記載されているかどうかを調べ、載ってる(該当)載ってない(非該当)を判定することです。この該非判定をハイテクの塊アルゴ号に対してガチでやってみようというわけです。なお、そのようなリストは国際協調の理念の通り各国で持っていますが、ここでは日本の「外国為替及び外国貿易法」に基づき、経済産業省が用意しているリストである「輸出貿易管理令別表第1」(2010年12月現在)に従って行います。てなわけで相原、テメエの職場にも法令集くらいあるだろうが。やってみろ。
 
基本:アルゴ号は光子ロケットエンジンを備えた恒星間航行用宇宙船である
 
別表1 13項「推進装置」
(2)人工衛星その他の宇宙開発用の飛翔体 又は その部分品
(※「又は」前後のスペースは原文には無い。判りやすくするために付けた)
 
アルゴ号は宇宙船であり、従って13項(2)該当である。
「該非判定終了だよ」
 
……待て待て待て。
「え?」
間違っちゃいないが不十分だろう。
 
●該非判定はどこまでバラして行う必要があるか
 
・貨物の部品であって、その貨物の主要な要素となっているもの(主要な要素とは全体の価格の10%以上)
・貨物の部品で、分離できるもの(はんだ付けは分離しがたいと考える)
・貨物の部品で、他の貨物に組み込まれているが、部品としてその状態でも使える
(「輸出貿易管理令の運用について」より主旨抜粋)
 
すなわち
・簡単に分けられる部品は分けて
・部品でも単体で動かせるなら分けて
・その部品が全体の価格の10%以上に値するならやれ
 
アルゴ号をこの視点でバラすと?
・銃器とスコープ、その駆動用燃料電池
・耐環境ウェア
・耳栓形PSC
・セイル(外れる。太陽電池でもある)
・生命保持ユニット(船倉にセットしてあるだけ。引き出して取り外せる。電源あれば単体で動く)
 
いや個室の備品とかレムリアのラジオCDとかセレネさんの観葉植物とかいらんから。
さてここで「銃器」と「ウェア」は他と扱いを変えるべきであろう。何故ならこれらはプロジェクト用に開発されたものではあるが、アルゴ号に積んであるだけで、アルゴ号の一部でも何でもないからだ。それぞれ単独の貨物として判定する必要がある。
 
「PSC」は船の制御と乗員コミュニケーションに使うが、基本「通信機」であり、船が近傍にいないと何の役にも立たない(耳栓……ノイズキャンセラとしては使えるらしい)。なので、船の部分品と考え、しかも光子ロケットなんかに比べてどう考えても「主要な部品」とは思えないので判定の対象外とする。
 
「セイル」は基本機能は宇宙推進用の帆であり太陽電池である。膜や翼として使ったこともあるが、それらは強度的に耐えうるってだけで、工具の頭でクギを打っちゃうのと変わらないのでそういう方向からの判定はしない。なお、帆や電池の機能はアルゴ号の有無に依存しないので単体で判定する。
 
「生命保持ユニット」も単体で作動するので単体で判定する。
 
●判定作業
 
1.銃器
本体とスコープに分けられる。スコープは共通で暗視装置・ビデオカメラ・船との無線通信機能を持ち、暗視装置として単独動作が可能
・レーザガン→ビーム→指向性エネルギー兵器
1項(5)指向性エネルギー兵器又はその部分品
・レールガン本体→銃砲
・レールガンの弾(アルミのブロック)→銃砲弾
1項(1)銃砲若しくはこれに用いる銃砲弾(発光又は発煙のために用いるものを含む。)若しくはこれらの附属品又はこれらの部分品
・プラズマガン→指向性エネルギー兵器(火の玉はエネルギーの1形態)
1項(5)指向性エネルギー兵器又はその部分品
・FEL→波長可変レーザ→指向性エネルギー兵器
1項(5)指向性エネルギー兵器又はその部分品
 
2.耐環境ウェア
宇宙服・潜水服・放射線防護服・防弾着・化学及び生物兵器環境防護服
1項(11)装甲板、軍用ヘルメット若しくは防弾衣又はこれらの部分品
1項(13)軍用の細菌製剤、化学製剤若しくは放射性製剤又はこれらの散布、防護、浄化、探知若しくは識別のための装置若しくはその部分品
14項(5)・貨物等省令第13条5項・第一号 閉鎖回路式自給式潜水用具(非磁性材料によって製造されたもの)

3.セイル
宇宙推進用の帆であり太陽電池
13項(2)・貨物等省令第12条第十号ロ 人工衛星その他の宇宙開発用の飛しょう体又はその部分品(※材料に関する規定も見ている)
7項(6)・貨物等省令第6条第七号の二 太陽電池セル、セル連結保護ガラス集成品、太陽電池パネル又は太陽光アレーであって、宇宙用に設計したもののうち、エア・マス・ゼロで1,367ワット毎平方メートルの照射を受けたときの最小平均変換効率が、28度の動作温度において20パーセントを超えるもの

4.生命保持ユニット
BSL(バイオセイフティレベル)3クラス緊急隔離機構。
3の2項(2)1イ 物理的封じ込めのレベルがP3又はP4である施設用の装置
(※BSL3とはP3のこと)

それと、船自体は潜水機能も有するので、

1.船本体
宇宙船であり潜水艇
13項(2)人工衛星その他の宇宙開発用の飛翔体
15項(8)・貨物等省令第14条第九号イ(二)有人式の潜水艇であって、1,000メートルを超える水深で使用することができるように設計したもの

ぜーはーぜーはー。ああ、疲れた。

●おわりに
 
極秘任務、世界一の列車に乗れ。…物語上の演出のように見えますが、このように「該当品」のカタマリなわけで、真剣に存在を知られたら安全保障的にマズいわけです。ちなみに、ここでは日本の法律を使いましたが、この外為法の規制は、日本で作った物だろうが、外国で作った物だろうが「日本から持ち出す」時に適用されます。ですので、レムリア乗せて自由に行き来してますが、これは本来「外為法違反」なのです。そして直接は触れませんでしたが、相原がマニュアルに基づき、レムリアにあれこれ教えるのは、「非居住者に対する技術提供」という観点でやはり許可(役務取引許可えきむとりひききょか)が必要なのです。

ハイ、元日のっけからおバカな企みにお付き合い下さりありがとうございました。なお別記予定の通り2011年は来るべき2012年の世界滅亡(笑)に間に合わすべく、彼女の話の移植を進めます。
本年もレムリアと船の面々とついでに相原もよろしくお願いします。m(_ _)m

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