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2011年2月

グッバイ・レッド・ブリック・ロード-180-

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 再度の通過アナウンス。近づく電車の転動音がレールを通じてシャーと聞こえ始め、程なく、常滑方、緩やかにカーブした勾配線路を駆け下りてくる、まばゆい白銀の前照灯。
 銀色車体に種別は“急行”とある。その速度は優に100キロを越すか。
 踏切の向こうに編成先頭が姿を現す。
 ジャージ姿の身体が揺らぐ。その身は、ホームに敷かれた黄色い点字ブロックよりも、線路側。
 その状況は、誰が見ても、少女の“目的”を察したと思われる。電車から電子合成による無機質な警笛。
 ジャージの少女が線路へ近づき、
 ホームから線路へ倒れ込む。
 の、一瞬。
 再度の警笛が長々と鳴り、非常制動の作動に伴うバシャーッという空気の吐き出し音がし、パンタグラフと架線の間に青白のスパークが弾け飛び、白昼尚明るい放電アークが白く尾を引く。
 及び同時に、ジャージの少女の背後から伸びて来る、カーディガンを着た細い腕があった。
 細い腕とその先の手が、少女のジャージの袖口を掴み、次いで腕をたぐり寄せ、強引なほどの勢いで少女を引き戻す。細い手首では、鈴なりのミサンガが揺れる。
 減速しつつ行き過ぎて行く電車。何事かとホームへ目を向ける車内の乗客。最後尾から顔を出す車掌。
 ジャージの少女は細い腕を振り払い前へ行こうとし、適わぬと知り、己れを引き戻した細腕の持ち主に目を向ける。
 その目が見開かれる。見開かれた瞳に映った、カーディガンの主。
 だから、かどうかは不明であるが、少女は再度掴まれた腕を引き抜こうとする。振り払おうとする。
 しかし、自分より遥かに小柄なカーディガンの腕から逃れることが出来ない。
 電車が減速しつつ目の前を行き過ぎる。キイキイとライニング音を立てながらプラットホームを遥かに超過し、踏切を行き過ぎ、“急行”の字が読めぬほど離れてようやく止まる。何十トンもの金属箱が100キロ6連。そう簡単に止まれるわけもない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-179-

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「弱みにつけ込んで困らせる……君のしたことは、“いじめ”そのものだからだよ」
 坂本教諭は彼の坊主頭を指先で小突き、ケアを養護教諭に依頼し、退室する。
 腕時計を見やり、レムリアにホットライン。飛行機が正しく降りれば、彼女は既に常滑市内。
 電話は繋がった。
「……ということで、家を飛び出したらしいの」
「承知しました」
 レムリアは電話を切ると、止めていた自転車を再びこぎ出し、速度を上げ、信号を左折、海の方向へ針路を取った。風圧でカーディガンがまくれ上がってかなり寒いが、直す時間の1秒すらも今は惜しい。
Sn3n0097
(坂がきついので電ちゃり向き@常滑駅前by作者)
 
 そして自転車を降り、立っているのは名鉄常滑線……駅名は伏す……上り名古屋方面行きプラットホーム。そこは複線の線路を挟んで上下線それぞれにプラットホームが配された、その筋の用語で“対向式”と呼ばれるホーム構造。上下のホームは線路をまたぐ跨線橋で結ばれている。その跨線橋は新しく、含めて全体が近年リニューアルされたようで、設備は清潔で現代的だ。都市近郊の雰囲気と言って良く、実際周囲には住宅もかなりある。しかし、ホームに乗客とおぼしき人影は見えず、駅員の姿もない。駅員無配置……いわゆる無人駅なのだ。時刻表を見ると止まるのは普通列車のみで30分に一本。従い、悠長にホームで待つ乗客は殆どおらず、列車のないこの時間帯、ホームはほぼ無人。
 数分。
 まず駅の南方、常滑方向で。次いで少々のタイムラグをもって北方、名古屋方向で、踏切が順次作動を開始する。警報音が鳴り、赤色灯が交互点滅し、遮断機が下り、降りる前にと速度を上げてクルマが行き過ぎ、自動放送による通過列車のアナウンスが流れる。
 ほぼ無人……ゼロではない。“注意”の表示が点滅する液晶案内板の下、ジャージ姿の少女が一名。
 
(つづく)


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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-178-

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 応接室ドアにもたれかかりながら、やはりマンガ的なまでに泣き崩れた。
「ひどいわ~。学校の先生が二人がかりで一人の親を……ひどいわ~……」
 思わず、であろう。互いの顔を見合わせる、校長と坂本。
 と、廊下をジタバタと走ってくるサンダルの音が聞こえ、母親、のもたれているドアが力任せに引き開けられ、母親、が引きずられてひっくり返り、ジャージ姿の真由の担任が顔を出した。
「あっ……」
 担任が見たのは、天へ向かい立つ伝線したストッキングと、あらわな下着。
 世の中、何をしても間の悪い人間というのはいるものだ。
「何か?」
 坂本の問いに担任は躊躇しながら。
「その……こちらの……」
 次いで発した言葉に、母親、が半狂乱といった案配の反応を見せた。
 

17

 
 半狂乱の理由……娘が家から姿を消した。
 しかも危急の対応を要求する。経緯は以下の通り。クラスの男子の一人が、聞こえ来る母親の声に対し、その女性徒の家にイタズラ電話をしたというのだ。
 応対に出た娘に、鼻をつまみ、声色を変えて、「警察だが今から行く」とか言ったようである。
 斯くして坊主頭にニキビの少年は、半べそで坂本教諭に訴えた。
「イヤーって悲鳴が聞こえて。電話放り出してバタバタって走って行く音がして、ドアがバタンと閉まる音がして。先生オレ……」
「大丈夫。君を犯人にはしないよ」
 坂本教諭はそう言い、青い顔した少年の両肩を掴み、保健室のベッドに座らせた。
 聞けば彼は真由に好意を持っており、ゆえに今回の“主犯”がこの娘と知るや、そもそもクラスで評判が悪いことにつけ込み、とっちめてやろうと思ったとか。
「彼女には何も言うんじゃないよ。言えば決定的に嫌われるからね。何故だか判るかい?」
 少年は無言で坂本教諭を見返す。その目には“?”と書いてある。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-177-

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「卑怯よ!断りもなく録音なんて!」
「あら、開口一番証拠はあるのかと仰ったのはお母様でいらっしゃると認識してますが?」
 坂本はMDレコーダを指差して言い、元通りスーツに収めた。
 母親の指先がぴくりと動き、しかしそれだけ。
 ちなみに、情報収集と操作、証拠(言質)の確保に関し、坂本が“政治家の動き方”と全く逆を行い、要求したことは説明するまでもあるまい。
「この……」
 母親、は食いしばった歯をギリギリ噛み鳴らしながら、坂本を睥睨するだけ。何か言えば言うだけ“証拠”が増える以上、何も言わない方がマシ、との考えに至ったのだろう。頭がおかしいだの盗っ人猛々しいだの、名誉を毀損したのは実は自分の方だ、という認識に至ったためかどうかは判らぬ。
 校長が口を開く。
「“ウチの子が云々をするわけない”……それは逆に、お子様の意志や尊厳を傷つける言葉に他ならないのです。お母様」
 穏やかな全否定。しかしそれは母親、から怒りの力みを取り、ハッ、としたような目を校長に向けさせた。
「子どもから大人になる時期です。自分はこうしたいんだ、という方向性がハッキリしてくる。自分が一人の人間として独立した存在であり、それを周囲に認めさせたい、と思う時期なのです。我々はその時期の存在を認め、尊重し、言葉と気持ちに耳を傾ける義務があるのです。しかし失礼ながらお母様、お母様のお言葉からはその義務を果たされているようには感じられない。二言目には“そんなことをするわけない、娘は私を信じている”……それはそんな年頃の娘さんにとって、“黙れ”と言われているに等しいと感じますが如何でしょうか」
 この言に。
 母親は唇を震えわななかせ。
 瞳に揺らぎを浮かべ。
 眉をへの字に曲げ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-176-

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 遠く聞こえてくる休み時間のざわめき。
「お宅にお友達が見えたことありますか?」
 果たして坂本は、言った。
「え……」
「お嬢様のお友達の名前をご存じですか?どこに住んでるかご存じで……」
「何の関係があるのよ!」
「上位の学校を目指し、習い事をし……」
 坂本はひとりごとを呟くように、思いつく言葉をそのまま紡ぐように、壁の方を向いて。
「ちょっと校長!この女頭おかしいんじゃないですか?」
「お子さん愛してますか?」
 目線を戻してのその問いに、母親は敏感に振り返った。
「当たり前でしょ!」
「でしたら、ウチの子がするはずない、ではなく、ウチの子はこう言ってますが学校の認識は如何ですか?と尋ねて頂いた方が、娘さんの意志も反映されておりますし、娘さんも自分の意志が伝わってると納得されると思いますが?」
「そんなこと尋ねるまでもない。娘は私を信じてますから」
「では何で今回このように攻撃を受けたのでしょう」
「どういう意味よ!」
「娘さんはお母様を信じて今まで14年間過ごしてこられた。なのに攻撃を受けたわけです」
「失礼だっ!」
 母親、は、傍ら応接室ドアを拳でバン、と叩いた。
「私が攻撃の原因だと?……もう結構!名誉毀損で訴えます」
 その言に校長は目を剥いたが。
 坂本は微動だにせず。
「失礼ですが誰を訴えると……」
「あんたに決まってるでしょう!」
「誰の名誉をわたくしが毀損したと?」
「盗人猛々しい!失礼な言動を十重二十重に……」
「では聞き返してみますか?」
 坂本は言うと、着ていたスーツの内ポケットからMDレコーダを出して机上に置き、襟裏のピンマイクを外した。
「録音……」
「ええ。校長への報告に当たっては私情で結論に偏りが生じてはいけません。追ってお母様に本日の内容について議事録をお送りし、疑義無きことをご確認頂く必要もあると考え……」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-175-

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 母親、が口をあんぐり開く。
「あんたは……先生の分際でクラスに言いふらした……」
「違います。私が調査した結論は現状それです、というだけの話です。生徒達は生徒達で何か思うところがあって、お嬢様への攻撃的言動、メールにつながったのでしょう。だったら尚のこと、何故、の解明にお嬢様自身のお言葉とご心情を頂戴したいのです」
 坂本の言葉が終わらぬうち、母親、の手が拳を作って、またぞろブルブル震え出す。無論、“学校は娘を犯人扱い”と受け取って怒っているのである。
 最早、この母親、には自分に投げかけられる言葉全てが“攻撃”に聞こえるのだろう。自分の意志……坂本を本件から解任し、娘に対する疑念について校長が謝罪し、“いじめっ子扱い”の犯人を捜し出せ……と異なることは、全て攻撃なのだ。その曲解に満ちた心理構造は、裏返せば自分に対する否定、それ以前に瑕疵誤謬の指摘そのものすら認めないことを意味する。それは或いは“自分が間違っていることへの恐怖”と書いた方が的確かも知れぬ。己れの行動・言動に対する自信、その裏打ちが伴っていないので、暴言と押しつけで他に“認めさせ”そこに己れのレゾンデートルを得るのだ。“そんなことをするわけない”の一本調子は、追いつめられるとそれしか出てこない、の顕れである。しかし坂本は“いきなりのカウンター”で、母親、の一本調子がそもそも根無し草であることを最初に露呈させてしまった。
 その結論、伴いもたらされた洞察の感覚は、天啓に近い物があったと坂本はレムリアに言った。
「私も母親の端くれですが」
「は?」
 突然の話題転換は少なくとも母親、の激怒ポテンシャルを幾分か奪った。
 そこで2時限目終了のチャイムが鳴る。その音量ゆえに会話不能なチャイムの時間26秒が、更に幾分かポテンシャルを奪う。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-174-

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 老獪……校長のもの言いは、この言葉が最もしっくり来るだろう。口調にも表情にも何らの変化特徴を表さず、淡々とやんわりと、しかし言うべきことは言う。その応対はこの校長が母親、を“扱い慣れている”印象だった……と後に坂本は語った。ちなみに校長がここへ来たのは、応接室の怒鳴り声に異変を感じた他の教員の連絡を受け、坂本が母親、を扱いあぐねているのでは?と考えたためだという。なお、校長のもの言いから判るように、少々、事前に廊下で立ち聞きし、状況を掌握したようだ。
「まぁお座り下さい。お母様のご意志は充分に理解致しました。しかし、断を下すには根拠と情報が不足です。ご説明差し上げたいのですが」
 校長は母親、が何か言おうとした機先を制して言ったが。
「ウチの娘に責任をという話なら聞きませんよ!」
 がなる声が廊下に響く。
 校長は後ろ手にドアをそっと閉じ、
「授業中ですので大きな声はお控え下さい。わたくしどもがお母様にお願いしたいのは以下の通りです。我々の調査項目に対するお嬢様の認識、反応を知りたいのです」
「ですからそれは!」
「大声はお控えを。誤解なさらず。被害を訴えた側に非がある、平たく言えば被害申告が嘘つきの可能性も充分にあるのです。その場合、それはそれで証明する必要があるので、お嬢様のお言葉、認識が必要と申し上げたいのです」
「そんなもんウソに決まってるでしょ!ウチの娘がそんなこと……」
「それじゃ議論にならんのですよ」
「そもそもそんな必要ない!」
 そこで坂本が口を挟んだ。
「じゃぁ何で本日は本校に?」
「決まってるでしょ!ウチの娘を犯人呼ばわりした犯人を見付けるためです!」
「ですから、それなら私ですと先ほどから申し上げております。ですので、私が納得したいためにお嬢様の言葉を頂戴したいと申しております」
 坂本は言った。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-4-

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 つっかえながら、引っ掛かりながら、3度同じ部分を読む声が聞こえ、ろうそくが消えて静かになりました。
 7時半には就寝、ということのようです。
 でも……かおるちゃんが寝入ったと判って程なく。
 玄関のドアが再び開き、……全然違う女性に見えましたが、それは派手な化粧で〝夜の蝶〟となったお母さん。昼は総菜コーナー、そして夜は、ということでしょう。自転車を使わず、歩き去ったのを見届けて、私は胸元のペンダントのチェーンをたぐり、ぶら下がっている青い石を手にします。
「リクラ・ラクラ・テレポータ」
 呪文、瞬間移動。
 家の中に入ります。
 しんと静かで、そして冷え切った部屋の中で、小さな布団がこんもりとしています。
 かおるちゃんが中に潜り込んで丸くなって寝ているのです。
 枕元には折りたたみ式の携帯型ゲーム……いえ違います。を、模して作られた紙工作。
 〝画面〟に相当する部分には犬の絵があって〝コンティニュー〟と書いてあります。
 触れると、彼女が〝ゲーム機〟に込めた思いが伝わってきます。この超感覚はその筋の用語でサイコメトリと呼ばれるものです。落とし物から落とし主を探ったり。
 ゲーム機、それは彼女を孤立させ、一方で彼女が時間を過ごすためのもの。
 彼女は持っていないから、遊び相手とされない。だから、ショッピングセンターのデモ機で遊ぶ。
 繰り返し、繰り返し。
 並んで、終わって、また並んで。
 そうして覚えた〝コンティニュー〟。
 閉店するまでそうして遊んで、
 ジョンと一緒に母を待ち、母が出かけた後の夜をジョンと過ごす。
 布団に動きがありました。
 私は異変を知りました。
「ジョン、寒いよジョン」
 うなされるような声。
 凍死しかけて愛犬に助けられたという話は時折聞きます。
 彼女はそれが毎晩だった。
 そして今夕、彼女は雨に濡れた。
「かおるちゃん!?」
 私はもう反射的に動いていました。身体を伸ばして布団をはぐると、胎児の姿でがたがた震える小さな身体。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-173-

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 その手は年齢……母親の経験歴に比して肌荒れもなく美麗である。
「失敬にも程があるっ!責任者を!校長を出しなさい校長を!」
 怒りの余り紡ぎ出すのに時間が掛かったか、母親、は口角の泡と共に怒鳴った。
「お断りします。わたくしが全権を委任されているからです」
「全権!?冗談じゃない。学校の責任者と話をさせなさい。あなたとはこれ以上一切何も話さない」
「校長はわたくしの判断報告を最終正当として全て把握しております。従い、校長の認識はわたくしと同一です。わたくしはあなたの娘さんが現状の調査状況からでは加害者であると断を下した。校長が保有する情報も同一です。従いまして……」
「うるさいっ!」
 母親、は立ち上がった。校長室へ押しかけるつもりであることは容易に想像が付く。
 しかし坂本は微動だにしない。
「校長は“坂本に任せてある”と言うだけですよ?お母様もそういうご認識の元にわたくしをご指名になったのでは?」
 母親、は何も言わず、応接室の扉を開いた。
 と、そこに立つ紺の背広姿。
 頭髪が薄くなり、広がった額に皺を数本刻んだ初老の男。
「校長の喜久井(きくい)です。10時40分とのお約束だったので」
 表情一つ変えず、校長喜久井は皮肉を言った。
 しかし母親、は意に介す余裕もないのか。
「校長先生!この判らず屋を即刻クビに……」
「出来かねます。それに誰が担当しても結局同一かと存じます。この坂本の情報を受け継ぐか、新たに調査し直すか。後者は避けたいのですよ。何度も同じことを訊く、というのは、警察が犯人に対してよくやること、と、生徒達もテレビ等で知ってますからね。それに最終判断者はわたくしです。わたくしの現状判断は坂本がお話しした通りです」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-172-

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「し、失礼な!娘を疑えと!?」
 曲解であった。明らかに坂本の意図を理解していなかった。坂本の言葉をとりあえず攻撃の一種と捉えたことを意味した。
 “自己正当”の塊で出来ている人間は、自分にとって不都合、或いは想定外の事象をとりあえず攻撃と捉えて排除する傾向がある。それが“正当”を保持するには確率的に最も確実だからだ。
 そして得てして、自らの誤解をも相手の誤謬であると糾弾に出る。
「そうではありません」
 坂本は母親、をいなすように一呼吸置いた。
「警察の捜査ならいざ知らず、学校内の出来事です。その場合、持ち寄った情報の辻褄が合うか?という観点から総合的に判断しなくてはならないと思うのです。そうした観点から、お母様からの情報として、娘さんが把握されている状況や心情をお聞かせ願いたかったのです。現状では冒頭申しました通り娘さんは推定有罪です」
「ますます失礼な!ウチの娘がそんなことするわけない!なのに娘に犯人なのか訊けとあなたはおっしゃるの?あなたは人の娘を傷つけろと?」
 母親、は身を乗り出して食ってかかった。この者の人間性や基本特質に対し、そろそろ断を下して良いであろう。
 坂本は静かに机上で両の手を組み合わせた。
「尋ねる方法は“犯人か?”だけでしょうか。自分の子どもが傷つかない質問法くらい、普通の親御さんならご存じと思いますが如何でしょうか」
 この言葉に母親、は動作で応じた。
 バネが弾けるように立ち上がり、応接セットの机をバン!と両手で叩く。
 衝撃で湯飲み茶碗が飛び上がり、机上に落ち、倒れ、転がり、止まる。
「失敬なっ!」
 母親、は糾弾の指を坂本に突きつけた。
 指先が力みによってブルブル震える。爪にはマニキュアが施され、手首では多数のアクセサリーが震えによってじゃらじゃら音を出す。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-171-

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「ええ」
 坂本は当然とばかりに即答した。
 母親、が、ハッと息を飲み、その顔面の筋肉がびくり、と震えた。
 しかし言葉はない。
 即答に即答で応じられないのは、坂本の答えが不意のものであった証左。
「証拠があれば信じていただけますか?」
 坂本が重ねて問う。
「それは……」
 母親の目が坂本の瞳を映しながら宙を泳ぐ。
 急転直下弱気な反応と言える。それは母親、の裡に
 
 証拠などない。
 従って証拠を要求すれば押し切ることが出来る。
 教員から謝罪の言葉を引き出すことが出来る。
 
 といった読みがあり、対し予想外の結果が返って来た、ことは明らかと言えよう。
「ではあなたは自分の娘さんを信じていないわけですね」
 坂本はすかさず追求の言葉で懐へ迫る。
 母親、は向き直り。
「信じてます!信じてますからこうして……」
「いいえ、それ以前に自分の子どもが何をしているかキチンと把握できていません。できていれば、あなたの今の言動は生まれない」
「失敬なっ!」
 坂本のその発言は、確かに“失礼”と受け取られて当然の文言ではある。対し母親は敏感に反応し、それこそ“即答”した。
 それは後ろめたい人間が核心を突かれ、ムキになって言い返す有様と酷似した。従いこの母親、は“自己正当の塊”と仮定してもまず外れてはいないと考えられる。
 坂本は口調を緩め、
「確かに失礼かも知れません。でもこれは確認させて下さい。私どもは私どもで調査致しました。お母様におかれましても娘さんに心当たりの有無をお尋ねになられたでしょうか?」
「心当たり?」
 母親、がキョトンとなる。言うまでもなくこれも予想外だったのである。なお、坂本の問いの意図は改めて記すまでもあるまい。
 果たして程なく母親、の顔にみるみる紅潮が出現し、こめかみにマンガさながら青筋が立った。それは怒りのボルテージの急上昇を意味した。
 
(つづく)

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総武快速passing love ~馬喰町~

~馬喰町~
 
錦糸町を出た総武快速は、両国の手前から地下に潜り、トンネルの中の馬喰町へ。
馬喰とは牛馬の世話をし、或いは売買も行う獣医兼ブローカーのような存在とか。
この駅の名は江戸時代のこの職に因む。そんなこと調べるほど印象が強いのは、難読の駅名と、
君のせい。
その日、君は僕の肩にちょこんと頭を乗せかけて居眠り。
警戒されてないのか男として意識されてないのか。
よく手入れされた長い髪と黒縁眼鏡、リンゴマークのタブレットPCで日経新聞。イヤでも目立つ。稲毛から乗ってきて、馬喰町で降りて行く。
いつもは僕の前に立っているけど、その日は僕の隣が錦糸町で立ったから、君が座った。
そして一駅の間に眠りに落ち、立つ気配無し。
声を掛けても答えないので、肩をツンツンしたら、君はシャボン玉が弾けるように身を起こし、膝の上の平板パソコンとバッグの中身をぶちまけた。
化粧道具に社員証にpasmoの定期券。ああ、ここで浅草線か。乗り換え大変だなぁ。
君は拾い集めて僕にぺこりと頭を下げ、ホームへ突進。
ちょっと待った社員証。
「おーい!」
地下のホームへ出て叫んだが、人々は振り返ったが、その中に肝心の君の姿はなかった。
困るだろうに。
浅草線か。僕は走り出す。恐らく追いつけると確信がある。
総武快速馬喰町から地下鉄都営浅草線東日本橋駅への乗り換えは、案内図に従って地下を行けば都営新宿線馬喰横山駅を通っての長距離。地図に書けば「コ」の字の形。
地上に出ればショートカット。
僕は乗り換えの人波に逆行し、国鉄時代最も深いと言われた地下5階のホームから地上へ駆け上がる。2番出口、すぐの細い一方通行を走り、少し複雑な交差点を抜けると、そこは浅草線B4入り口。
そして。
ホームの上に君がいた。
びっくりして僕を見た。
僕が忘れ物を見せると、君は笑顔で、タブレットを起動させ、文字を入力。
 
〝ありがとう〟
 
僕らの会話は、画面だけのパソで筆談。
 
←錦糸町新日本橋→
 

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-170-

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 用向きを、門脇で落ち葉掃除の用務員氏に向かって投げつけ、用務員氏が何か言う前に教職員用昇降口から上がり込む。それは、内部を見知った者の迷いの無い動きであり、この“母親”が幾度と無く学校へ訪れていることを示した。
 母親、は階段を昇って職員室・校長室方向へと向かう。その間に用務員氏から連絡が回り、職員室の手の空いた教員が応対に出、階段を上ってきた母親、を迎える。他方音楽室からは坂本教諭が走り出し、その背後で自習と聞かされてざわめく生徒達。
 以下追って坂本教諭がレムリアに“聞かせた”一部始終である。
 坂本教諭が応接室の戸を開くと、母親、は応接セットのソファにあり、まず、空っぽの湯飲み茶碗をテーブルにタン、と強い音を立てて置き、次いで鼈甲の眼鏡の奥から、坂本教諭を睥睨した。
「あんたが坂本さん?娘に何をしたんですか?いじめっ子扱いされたと泣きじゃくってますのよ?」
 坂本教諭が戸を閉める前から、母親はキンキンと響く声でまくし立てた。
「お待たせ致しました。坂本と申します」
 坂本教諭は即答せず、まずは落ち着いた動きで自己紹介して戸を閉め、テーブルまで歩き、タイトスカートの裾にスッと手を添え、母親の向かいのソファに腰を下ろした。
 そして、伏し目にしていた目線を、真っ直ぐに母親、に向けて。
 母親、の刺さり込んでくる目線を、真っ直ぐに受けて。
「お問い合わせの件ですが。調査結果をご報告申し上げます。そんな甘いモノではありません。あなたの娘さんは傷害事件の加害者です」
 教諭坂本はのっけからそう応じた。これをカウンターを見舞った、と書いたら、下賤な表現であろうか。
 対し母親、はカッと目を見開く。
「か、加害者!?そんな犯罪みたいな……。証拠。そうよ、証拠はあるの?証拠は!」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-169-

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 その対処にはカウンセラーのレベルでは不十分だとレムリアは考えている。本当は親の役目だが、そういう子どもにしてしまった親など当然排除。親以上に親身に、時として何夜でも一緒に寝泊まりするくらいのレベルの人材が求められるのだ。当然同じコドモである自分如きではダメ。思いつくのは常識の範疇ではシスターだけだ。……子どもを安らぎのままに神へ委ねることすらできる、シスターだけだ。
 果たして、シスターからは次の便で発つと返事が来た。中部到着はやはり10時台、ギリギリである。ただ、空港が目と鼻なのがせめてもの救い。
 アナウンスが流れ、自分たちのチェックインの時刻を知らせる。彼女たちはベンチを立ち、それぞれ携帯電話の電源を落とす。本当なら昨夜の時点で船を呼びつけたかった。所有しているコルキス王国と船長に許可を得、操舵手であるシュレーター博士の身体の都合が付けばよいのだ。しかし、博士は博士……大学教授が本職であり、彼の地は真っ昼間。動けまい。もちろん、電話一発で全部放り出して駆けつけてくれる男であるが、そこまでやるのは心理的に抵抗がある。当初予定にちょいと寄り道……の真由の時とは違う。現在は先方深夜であり尚。
 そして、2機のジェットライナーがそれぞれ東上・南下の空路より着陸態勢に移ろうとする時間。
 午前10時少々。
 これから披露宴にご招待か?と思うような、鼈甲の眼鏡に派手な衣服の年配女性が、タクシーで中学校に乗り付けた。
 件の親である。約束の10時40分は坂本教諭の授業が終わる時刻なのだが、時計を見る風でもなく、早着を意に介している様子はない。早く来たくて早々から準備をし、挙げ句待ち切れず来た、そんな風情。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-168-

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 加えて、普通なら経過によってある程度は癒してくれる“時間”すらも、この場合だけは、決して味方になってくれない。
「明日1番で飛んで帰ります」
 レムリアは涙混じりの声で言った。
 加害者が被害者に逆転したことへの同情ではない。
 この“集団ヒステリー”が生じた背後に見え隠れするのは、のべつ攻撃目標を探す飢えたハイエナのような生徒達の存在だ。
 心が抑圧されているから、攻撃に解放を見出すのである。ボロボロにすり切れ、すさんだ挙げ句、それこそ尖った針のようになったみんなの心。そうしてしまったのは誰?その原因は何?
 真由の父の言う修羅場……戦場や被災地を目の当たりにしている自分の方が、よほど『のほほん』としているではないか。
 

16

 
 翌日。
 “主犯”の二人は学校を休んだ。幼子に平然と……が休んだのである。
 その極端な変容は“豹変”と言っても良いかも知れぬ。もちろん実は仮病的であり、真相は単に同情を引くため、など、底意の存在も疑えなくはない。
 しかし、朝早く例の親から電話があり“約束通り押しかけるのでよろしく”と念押しされたあたり、底意よりは凄まじい言葉の暴力によって登校不能に追い込まれたと考えるのが自然であろう。
 さすがに、傷ついたのである。
 ……そう思いたい。レムリアとしては。
 そして、そうだとしたら。
「判りました。10時に中部空港着の便なので……時間は一応は10時40分の約束なんですね。だとすればギリギリくらいですかね。では後ほど……」
 レムリアは坂本教諭への電話を切ると、即座にシスターの携帯に発呼した。常滑へ向かってもらうつもりである。
「福岡……ですか」
 しかし仕方ないだろう。今現在恐ろしいのは、その彼女の反応である。“燃え尽き予備軍”の娘は心が壊れてしまった。極端にサディスティックな傾向を示していたこの娘が、どんな極端な反動を示すか。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-167-

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 レムリアは合点が行った。収斂、の内容。
 “真由いじめ事件”の犯人は休んだ二人とその仲間である……担任の蒔いた種は携帯メールで駆けめぐり、由香のみならず、加害者4人に対する“言葉による集団暴行”として狂い咲いたのだ。
 届いたメールに見られた文言「お前らのせいだぞ」「何でオレら?」の裏にあるもの。
 この過程に感じる、事件に直接は無関係……傍観していたクラスメート達の思い。
 “ひょっとすると”が、“かもしれない”へ。“かもしれない”が、“そうらしい”へ。“そうらしい”が、“そうなんだ”。
 そして。
 
 “こいつらのせいで自分たちまで疑われたってことだろ?”。
 
 こうして傍観者が加害者に変わり、加害者が被害者として集中攻撃を受ける。それこそ“いじめ”である。何のことはない。真由と同様、ネットを介して短時間でコンセンサスが出来上がったのだ。後で東京に話したら、このメカニズムはそういうことがブログやネット掲示板で生じる“炎上”と同じだと言った。“炎上”とは自分のページが自分に対する誹謗中傷と罵詈雑言で溢れかえって見るに堪えない状況となり、閉鎖でもしないと収拾がつかなくなる状況を指す。その様あたかも大火で手が付けられない状態に似て、というわけだ。当然、本人は深く傷つき、その傷の深さと治癒の遅さは、実社会で集団から人格を否定されるいじめの場合と何ら変わらない。いやむしろ深いかも知れない。なぜならそれは、ネットという電子世界のしかし“公共の場”に、文字という形として“残っている”からだ。メールで攻撃されるのも然り。言った瞬間以外は実態の無い“声”と、消えない“文字”では、同じ“言葉”であってもその傷を与えるポテンシャルは異なる。文字はそこにある限り永久磁石の磁力のように力を及ぼし続ける。そして磁石は尖った無数の針を次々磁化して吸い寄せ、その針は細いがしかし深く突き刺さる。
 
(つづく)

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この手のひら向け物語の館を覗いて下さる全ての皆さんへ

Valentine White Night for ALL.
P91200931
from
Eurydíkê
Kurono Rieko
Media Borealis Alpheratz


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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-166-

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 こっちの極値からこっちの極値へ。その揺れ動く有様は振り子の如く。振り子の心というと、恋に揺れ迷う様の喩えに用いたりするが、この見聞きしている振り子はもっとセンシティブで動きも極端だ。まるで少し注意しただけで泣き拗ねる頑是無い幼子のよう。しかもガラス細工ですぐ壊れると来ている。
「う、うん判った」
 由香が処置し、メールの洪水はとりあえず収まった。
 静かになる。ビジネスホテルの窓際、夜景をバックに置かれた3台の携帯電話。
 どの機も何も言わない。
 しかし無音の携帯は逆に、裏の動きを読み取れなくした。
 モヤモヤ感。不穏、異様な気配。
 レムリアは二人に如実な戸惑いを見て取る。明日は介護施設に向かい、二人が考え出したオリジナル“名古屋弁漫才”を披露の予定だが、この心理状態でギャグ一発かませというのは無理だろう。
 電話して坂本先生に訊く?この短時間のそれこそネット経由の変化を把握出来てるかどうか。
 仕方ない。一般的ではないが、テレパシーで探ってしまおうか。ここ……北海道小樽からたっぷり1000キロはあるが、ここまでの動きは一種の集団ヒステリーの様相を呈しており、女神導く革命のパリじゃないが、シンクロした群像心理の波は共鳴しあって巨大化するから、自分の能力でも読み取るのは容易であろう。
 行使するべきか。瞼を閉じ迷った刹那、窓際3台の内の一台、レムリアの衛星携帯が着信音を鳴らした。
 坂本教諭。
「はい。何かありました?」
 出ると、少しのタイムラグ……電波が宇宙を往復し太平洋を光ケーブルで伝うため……を置き、切迫感のある息づかい。
 そして。
『あのね』
 言うには、その“親が学校に文句”、の親が動いたという。
『担任に電話してきたって。ウチの娘が犯罪者扱いされてるが何事だと。乗り込むって言うから調査の時間を下さいってどうにか明日に引き延ばしたけど、そっちには何か……』
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-165-

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 以降、罵詈雑言が飛躍的に増加し、数分おきにそれらが届くようになった。
「何これ……」
 由香の声が震える。彼女のアドレスが回覧されているか、どこか掲示板にでも貼られたのであろう。
 ちなみに、真由の携帯はうんともすんとも。
「メアド変えな!今のうちに!さもないとそれすらも出来ないほどメールがバンバン来るようになる!」
 レムリアは寒気を覚えて言った。クラスの生徒達の間に、何らか情報が飛び交い、最終的に由香が攻撃の対象という形で収斂を見たのだろう。情報が何であるかはそれなりに予想はつく。事件の当事者が3人、何日も学校へ出てこないのだ。担任の撒いた“不信の種”が、予想外の方向へ、しかも異常な速度で成長し始めたと考えるのが自然であろう。ちなみに担任によれば……いちいち対応が間違っていないかレムリアに報告してくるのだが……3人が休んだ理由としては、それぞれ真由が家庭の事情、由香がケガの療養、そして“燃え尽き予備軍”の娘は単純に病気、と説明してあるという。
 このうち、“燃え尽き予備軍”の病気は本当に病気で、これまでの積み上げが今回の事象を引き金に崩壊……切れて……しまい、カウンセリング中であるという。確かに、情報の断片をつなぎ合わせる限り、彼女はこれまで成績面で頑張れ頑張れド突きまくられて来たのだ。そのストレスのハケ口がいじめであったわけで、そこを塞がれて自分の持って行き場が無くなり、ギリギリまで張りつめた糸が切れた……は充分考えられる。
 であれば、坂本教諭が呼び出して泣かせたというのは“やりすぎた”のかも知れない。しかし、こちらは“やられすぎ”た被害者であって、それはそれで度を超していたのだと認識してもらわねばならない。ちなみに、彼女をこの“課外授業”に連れてきても良かったし、そのつもりもあったが、本人が真由に合わせる顔がないと言うので控えた経緯がある。日々ちょっかいを出していたのが今度は合わす顔が……というわけだ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-164-

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 そして日々増えるミサンガは、他ならぬ二人自身にもポジティブなエネルギーを与えたようだ。
 喜んでもらえること、必要とされること。
 その心理に与える効能の程は、改めて書くまでもあるまい。移動して演目……の繰り返しは日々疲労が蓄積されて行くはずだが、二人の瞳は疲労の色どころか、日を追うごとに逆に輝きを強めて行った。
「そしたら、ばあちゃんも何かやってみようかなって。地元の老人会と介護施設との交流会みたいなのがあるみたい。同じ年代同士楽しみましょう、みたいな」
 由香は携帯電話のメール画面を見ながら言った。二人とも日々の報告を携帯メールで保護者と坂本教諭、そして担任に飛ばしている。二人の心の変化の過程は文面の変化に現れていよう。由香の祖母は、その変化に絆されたようだ。
 そんな、行程のほぼ半ば。
 “兆候”は由香の携帯にメールの形で着信した。
『今どこだ?』
 クラスの友人のひとりからであるという。加害者グループにも真由にも関係ない。
 1時間後。
『やべぇぞお前』
『由香、今どこ?』
 後者は“燃え尽き予備軍”の娘であった。
 以下次第に間隔を狭めつつ、次々にメールが届き始める。
『お前ひでーな』
『お前らのせいだぞ』
『何でオレら?あ?何でオマエラのせいでオレら?』
『チクってんじゃねーぞ』
 いずれも初見のアドレスであるという。レムリアが「逆探知みたいなコト出来ないか」と、東京に訊いたら、ドメインからしてフリーメールで、いつでも誰でもすぐ取れる、捨てアドレスだろう、という回答であった。
 すなわち、アドレスから発信者を特定することは不可能。先の“言い捨て”である。
 そして。
『氏ね』
 死ねの意である。露骨に“死”と書くと誹謗中傷の証拠になるので変えているのだ。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-3-

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「つまりお墓、なのね」
〈ええ。犬です〉
 ペットに花を手向ける。不自然ではありません。ありませんが。
 花を盗んで、投げつける。
 それは不自然、というか死んだ犬が浮かばれない。
 天国へ旅立って2週間以上になるようです。呼んでみましたが反応無し。
 言わずもがな不穏、不気味な気配が濃厚。
 でも、私のテレパシー能力は何ら異常の兆候を拾いません。つまり、女の子にとっては常識・日常・当然の範疇。
 自転車が近づいてきたので〝お墓〟の影へ。
 いわゆる〝中高年〟と呼ばれる世代の女性が玄関先に自転車を止めました。割烹着に三角巾という姿で、食用油の匂い。スーパーマーケットのネームプレートを付けています。お総菜関係のお仕事なのでしょう。
 手には買い物ビニール。
「おかあさん!」
 声がして家の中を走る足音。
「お帰り!」
「ただいま……今日は卯の花だよ」
「え~?かおるお肉が良かったのに」
「ごめんね……」
 声にならない声が聞こえます。……生活が苦しい。食材は主として期限切れ。
 そして。
「ジョン、今日も寝たままだった」
「そう」
 寝ている。この認識はどういうことでしょう。お母さんの声にならぬ声によれば、お母さん自身はジョンを見舞ったのが死であることを知っている。でもそれを話すことは出来ない。
 この女の子〝かおる〟ちゃんの唯一の友達だから。
 それを失ったと娘が知ったら。
 明かりが点りました。
 電灯ではありません。ろうそく。
 気が付くとこの家には電灯線が引き込まれていません。
 21世紀の日本なのでしょうか。貧困の故に飼い主が手放したペットたちと話をしたことがありますが、彼らに寄れば〝生活保護〟という救済システムが存在するはず。
「今日の宿題は朗読なんだ」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-163-

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 そして、レムリアは真由と由香と、二人を伴い旅立った。
 校長の意向はさておき、二人に自己心理の現状を認識させるためにも心療内科の診察を受けさせたいし、それがためにわざわざ女医さんを指定して予約も取ってあるからだ。
 東京へ向かい、大学病院に寄って診察を受ける。少し安定剤の処方を受け、先に書いた窓口のシスターに会うため、郊外にある子ども病院へ。
 シスターに再会、活動内容を確認する。今回は有志団体のバスに便乗、毎日100キロ200キロ程度移動し、2つ3つの病院や施設を回ってマジックショーやお笑い系の演芸。これを繰り返しつつ北へ向かう。
 かなりのハードスケジュールである。実際問題として、活動資金が潤沢な団体は少ない。それでも、この団体は篤志家がパトロンにいるのでまだ良い方だという。
 団体到着までの時間を用い、AEDの操作法についてレクチャーを受けさせる。病院を中心に回るので“不測の事態”に備えてのことだ。そして昼食時、有志団体と合流する。
 そのままシスターに見送られ旅立つ。都心を迂回し、東北自動車道に入って北へ。
 県境を越えて程なく、最初の病院。
 こういう場合、レムリアの基本はその能力を生かした切れ味良い文字通りのマジックである。本当にタネも仕掛けもなく、その場の道具や材料を使って即興で行うので極めて鮮やかだ。真由と由香にはその助手という形で手伝ってもらうことから馴染んでもらう。
 驚きと喜びと、ありがとうの声。そして
 “また来てね”
 ここでレムリアは約束の印にミサンガを付けることを二人に提案した。そうした“未来の約束”そして“友達の証”は、病床の子ども達にとってポジティブで強いエネルギーになると知っているからだ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-162-

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「いじめるって人格否定行為だと思うの。それこそジャン・バルジャンの立場の方。彼を変えたのは何か。彼を迎え入れ、認めた司祭の存在があったから。……あなたにも同じことが訪れたんじゃないかと思うの。つまり“誰かの味方になるのは素敵なことだ”と伝えたいわけ。今の子ども達ってそこが抜けてるから、こういう問題が起こるのよ。マンガのガキ大将だっていざというときは弱い子の味方になるでしょ?でも今はそれがない。一緒になって弱い者探して拳振り上げる」
 坂本教諭は熱く論を展開した。
 その論は確かである。確かに、真由に“一夜会わずんば……”的刮目をもたらしたのは、真由を見守り、その味方となった船の連中であり、真由自身誰かの味方になるという体験を経たからだ。
 だが、だがそれが、学校の発表会如きで生徒達に伝わるか。強制的に聞かせる場で受け止めてもらえるか。
 “味方にならない”のは、“自分だけで精一杯”という、今の子ども達を取り巻く社会環境もあるのではないのか。それこそ、“燃え尽き予備軍”の娘を見舞った状況のように。
「先生。この結論預からせて頂けませんか?」
 斯くしてレムリアは言った。
「だめ?」
「先送りです。自己認識の出来ていない生徒がまだ二人いるわけですし。目立つゆえのリスクに対しても超然となれるか、と考えた時、負った傷はあまりにも深い」
 現に自分自身、未だ祖国で暮らそうとは思わない。むしろ理解者はこの国にいる位。
「判った。性急すぎた結論だったね。ごめんね。取り消します。じゃぁ今日はこの辺で。この後由香ちゃん所も寄って行くつもり。で?出発はいつ?」
「さっきネゴとアポが取れまして、明朝になるかと。まず東京へ出ます」
「そう」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-161-

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「あ、はい。二つめは姫さん、あなたの感謝状がヒント。認知させること。あなたはあれを“おいそれと扱えない”グレードの書類であると承知の上で送ったのだと思う。それが……あなたの本意と一致してるかどうか判らないけど、学校を動かしたのは確かなわけ。要するに隠れていたものが目立ったから動かざるを得なかった。一石を投じたってヤツよ。その類推でね、やっぱハッキリ言っちゃうけど目立たせたいのあなた達を。有名人になればいつも注目を浴びるからそう簡単に……」
「それは逆効果です」
 坂本教諭の言葉を遮ってレムリアは言い、その目を真っ直ぐ見返した。
「承伏できない?」
「ええ」
 レムリアは頷いた。何のことはない。他ならぬそれ……“目立った”のが原因、と思われるのが、自分だからだ。
 それに、そういう方法はそもそも一般解にならない。隠れているからいけない、のは確かだが、認識させることは目立たせることとは違う。
 目立つ、では十分条件を通り越して副作用を招きかねない。
 真由が言う。
「多分、ある意味目立ったからこそ鼻についたのが私だったと思うんです」
「なるほど……」
 坂本教諭は軽いため息を交えて腕組みし、
「じゃぁ……仮に、仮によ。発表会やるにしてもその後に十全の注意を払う必要があるわけね。でね、ついでだから3つめの理由も聞いて。真由ちゃん、あなたがジャン・バルジャンを赦せる司祭になれたというその変化……ごめんなさい、成長をみんなに見せたいの。なんでそうなったか。あなた……気付いてないかも知れないけど、目の輝き方が他の子と違うのよ。オーラが違う、と言った方が逆に判りやすいかな?多分、みんなはあなたを別人かと錯覚すると思う。顔つきまで前と変わって見えるの」
「え?……」
 真由は少し照れたように自分を指差した。傍らで父親が頷いているが、恐らく真由は気付いていない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-160-

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「その節は失礼を」
 レムリアは思わずペコリ。
「いやいやいいよ。むしろ目が覚めた。しかしその親御さん、成績が悪いと学校に文句言うそうですね。それで有名だとか」
「ええ。親が噛みついてくれる。だから子供の溜飲が下がってしまう。こうなると“自分は常に正しい”という認識しか持たない。それで考えたんですがね。真由ちゃん」
「なんですか?」
「こっちの姫さんが手配してるボランティア活動。終わったら学校で発表なさい」
「え?」
「先生それはちょっと……」
 レムリアが難色を示すと。
「ああもちろんボランティアってこれ見よがしの活動じゃない。それは認識してるの。ただね」
 坂本教諭は言い、理由が3つある、とした。
「ひとつは、あなた達を病気療養とすることを、校長が渋ってるの。……姫さん、彼女たちに心療内科が診断を下すとすれば何と書く?」
「不安障害、鬱傾向、PTSD……いずれか、或いは複合かになるでしょう」
「でしょ?いずれにしても心の病よね。するとね。……もうダイレクトに言っちゃうけど校長が“その上”から管理責任を問われる訳よ。だから課外授業扱いならOKだが、と」
 一同を沈黙が支配する。
 最早、開いた口が塞がらない、どころのレベルではない。驚愕のあまり思考停止とはこのことか。まばたきどころか、呼吸すら忘れそうになる。
「続けていい……ですか?」
 一同の“固着状態”は、坂本教諭が思わず確認するほど。
「ああ……はい」
「皆さんのお気持ちは判ります。でね。だとすれば、結果報告、レポートってヤツが必要になるわけ。学校に提出するならどのみち、これがひとつ」
「まぁそこが妥協点なんだろう」
 父親が口を挟んだ。
「何もなかったことにして無理して出席させようとすれば、確実にもっと悪い事態を招く。それはさすがに目に見えているからな。それよりは出させない、だがしかしってわけだ。責任を坂本先生にって予防線を張っておいて……ああ失言失礼。どうぞ」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-159-

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 しかし21世紀初頭現在、現実にはその程度なら“まだマシ”の部類である。自分の所業で誰かが死んでも、それが重大である、ことすら気付かない者さえある。
 教室で殺人。……そうした事件、そうしたタイプの子供の存在が、社会に衝撃に与えたことは、転換点の象徴として追って歴史に記されるであろう。
 そんな子ども達を生み出した原因としては、いろんな人がいろんな指摘をしている。結論は歴史が与えよう。しかし各論共通していることは、まず傷ついたことがない。すなわち、甘やかされたか、他の子との接点がなかった故の、“傷つく”痛みの認識不足。及びそれがもたらす“他を傷つける”事への自制心のなさ、心の痛みに対する想像力の欠如。
 そして、核家族化、及びペット禁止住宅など、生き物との触れ合いが減ったことによる“死”という観念への理解の希薄さ。
 その相乗効果。
 坂本教諭は湯飲みの茶を一口。
「幼い子が虫の脚や翅をちぎって遊んだりしますでしょ。同じ感覚で人を傷つけてる感じなんです。男の子が小さな女の子を叩いて泣かせて征服欲を満たす。あれと同じです。でもそれと違うのは、怒られるかも知れない、という自覚、“後ろめたさ”が全くない」
「となると、すぐに理解させる、というのは難しいですね」
 レムリアは言った。そこまでイッてしまうと、恐らくは、自分が死ぬ目に遭う位しないと、被害者側の心理は理解出来まい。
 無論、無理矢理そうした形で理解させる手段を持ち合わせてはいる。それこそ船で連れ出して戦場にでも放り込んでやれば良い。でも、一般的な回答にならない。
「みじめな気持ち、てのは体験しないと判らないからなぁ」
 父親は言いながら、レムリアにコテンパンにけなされた湯飲み茶碗を手にし、苦笑した。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-158-

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 続いて“燃え尽き予備軍”の娘の話。音楽の授業態度が今ひとつ……にかこつけて呼び出した。
「そのついでに訊きました。あなた、真由ちゃんに何かされたのか、と」
 上手だ、レムリアは思った。被害の訴えが、ではなく、仕返しとして何かしたのか?と尋ねたのだ。
 理由は……記述を控える。加害側が本稿を目にして悪用しないとも限らないからだ。但し、レムリアと学年主任とのやりとりに示唆は存在する、とだけ記しておく。
「泣き出しました」
 坂本教諭は言った。
「素直に認めました。真由ちゃんに何かするとスッとしたような気がして。とのことでした。そして、出て来なくなったので怖い、とも」
 そんなに素直に“悪いことをした”と認めるものか?と訝る向きもあるだろう。その疑問には原点に立ち返っていただきたい。
 “悪いこと”という自覚があるから隠そうとするのだ。
「だったらとりあえずやめたら?と言いました。そしたらまた、怖い、と。ただ、こっちの“怖い”は前の“怖い”と意味が違って、もっと恐ろしい」
「仕返しが……違いますか?」
 レムリアは言った。無論“グループから抜ける”ことへの仕返しが怖いという意味だ。暴力を働く集団は、それ自体、暴力をタガに統制している場合が多い。それこそ小は学校の不良グループから大はテロリスト集団まで共通して見られる話。
 坂本教諭は頷き。
「そう。しかも問題はその怖いが心底怖いだろうなということ」
 坂本教諭は前置きし、衝撃的なことを口にした。その残った二人である。道すがら幼い子を蹴飛ばすような非道を平気で働くというのだ。
 制服の女子生徒が小さな子を蹴飛ばして歩く。
 想像を絶する光景、と捉える向きがおられることを否定しない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-157-

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「辞書に載ってる言葉は古いのばかり、ってだけです。逆に新しい言葉が判らない。よく“ぐぐって”フォローしてます」
「ぐぐって?」
 首を傾げる坂本教諭に真由が説明。
「インターネットの検索サイトでグーグルってのがあるんです。それ使って検索することを、動詞形の“何々する”と引っかけてぐぐるって言うんですよ」
「ネットかぁ……ネットねぇ……」
 坂本教諭は目を伏せた。
「確か……今回の件もメールであっという間、だったんだよね。その辺、学校は明らかに追いつけてないね。あの校長や教頭がパソかじりついたり携帯ピコピコしたり……想像出来ないでしょ?」
「でも逆に“何かあったらメール頂戴”って先生がいてもいいように思うんですけどね。口で言いにくい、ヤバイ、ことを伝える手段として有効な上に、“言い捨て”が可能だからはびこるわけで」
「そうねぇ。って、ああごめん、雑談しに来たんじゃないんだ。そんなわけで私が全権、ということになりました、ってのがまずひとつ。で、教頭先生がこちらに伺った際の話は、教頭直々に報告を戴きました。その内容に疑義がないか確認に来ましたってのがもうひとつ。それと、その後の話のご連絡」
 坂本教諭の話した内容は以下の通り。まず、教頭から受けたという報告の要点は二つ。真由と由香は“仲直り”した。そして担任としてはクラスに自分が撒いた種を拾いに行くことにした。これで間違いないか。それから、応じてその後の動きとして、坂本教諭が“燃え尽き予備軍”の娘を放課後呼び出した。
「仲直り……ねぇ」
 レムリアは苦笑。坂本教諭は頷き、
「コドモ、なのよあくまで意識は。幼児から中学生まで一緒くた、という意味でね。まぁ仕方ない面もあるんだけどね。オトナになって振り返ると子ども時代15年って一瞬に圧縮されてるし、中学生の自分ってまるでガキに思えるからね。その辺意識のズレがあるのは確か。でね」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-156-

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 レムリアのセリフに、坂本教諭は呆れたようにため息をつき、腕組みした。
「嘘をつくほどのことかしらねぇ……なるほどスパイが必要だワ」
 そこへ、父親が引き戸をガラリ。なお、坂本のセリフの“ワ”は、古典的な女性の喋り言葉の語尾ではなく、名古屋弁のイントネーションである。
「まぁまぁ先生、玄関で立ち話もアレですのでお上がり下さい。お茶を淹れておりますので」
「ああ、すいません、では失礼して」
 坂本教諭はブーツを脱ぎ、三和土の隅に揃える。
 学校側の状況は以下の通り。校長が感謝状から早計にもコルキス王国姫君激怒と勘違い、事態の収拾にと教頭を真由宅へ派遣。
 そして校長自体は、坂本教諭に根掘り葉掘り訊いてきた、という。
「どの程度喋ろうかと迷ったんだけど……」
 真由がよそ者いじめに遭い、由香は自責の念から飛び降りた、とだけ言ったという。そして、その際由香から数人の名を聞き出したので、後でそれら生徒にアクセスする権限をよこせと要求したところ。
「全権を私に、だって」
「それってこれ幸いと押しつけて逃げたんじゃないんですか?」
 レムリアは反射的に言った。
 すると父親が腕組みして。
「少し違う。政治家の動き方だよ。走狗と腹心で情報収集と操作を行う。必要な範囲でウソを使い言質(げんち)を残さない」
「で、イザとなったらそうした人たちに責任おっかぶせて、自分はそれこそ言質がないのをいいことに尻尾切って逃げちゃうんでしょ?」
 父親は苦笑した。
「君には参るなぁ。本当に真由と同い年かい?」
「周りにオトナが多くて耳年増でして」
 すると今度は坂本教諭が苦笑。
「言質に耳年増ねぇ。……あなた要するに感謝状にあったメディア・ボレアリス・アルフェラッツってのが本名なわけよねぇ。その辺の女の子よりよほどボキャブラリーが豊富」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-155-

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 教頭はペコペコ頷いた。
「判りました。では準備致しますので追って。今日は二人とも欠席です。で、どうされます?『さっきの件なら片づいた』とでもクラスに報告されますか?」
 レムリアは担任を見、言った。それは忽ちの対応に際し与えたヒントでもある。
「おっしゃる通りだ。早く動いた方が良かろう」
 教頭が言い、立ち上がる素振りを見せるが。
「あ、いやでも、お嬢様を疑った非礼に対して……」
 大義名分を思い出したようである。しかし真由の父親が後ろ手にふすまを開く。
「あなた方が理解されれば我々はそれで良い。それよりは2次3次の事態波及を避ける方が先決と見ますが」
「あ、はい。判りました」
「ではこれで失礼を……重ね重ね誠に申し訳ありません。正式な謝罪は校長から……」
「いいですからお早く!今の時代、携帯のメールであっという間なのですよ」
 立ち上がる教員二人を、父親と由香の祖母が見送りに立つ。
 慇懃な謝罪のセリフが何種類か聞こえ、玄関引き戸が閉じられる音。
 

15

 
 夕刻、坂本教諭が真由宅を訪れた。追って由香宅も尋ねるというが、まず“被害者”であるこちらに、との由。
「驚いちゃったよ。あなた、凄いんだねぇ」
 坂本教諭は玄関へ迎えに出たレムリアを見るなり、笑顔で言った。
「帰ったら校長がすっ飛んで来てさ。王家の方がお怒りになってらっしゃるって。ハァ?って」
「ああそれ勘違いです。王家はボランティア団体の後ろ盾……え?校長いたんですか?」
 レムリアは作りかけた笑顔を引っ込め、眉根をひそめて尋ねた。
「うんいた……じゃない、いらっしゃったけど?何か?」
 坂本教諭の顔から笑みが消える。
「いた、って朝から夕方までずっと学校に……ですか?教頭からは所用で不在と……」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-154-

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 しかし、たった今も、これからも、クラスを導くのは教員なのだ。なのにそれでは困る。
 自分の知る限り、窮地への挑戦は人を伸ばす。
「と、申されますと?」
 果たして担任はこう返した。案の定、自ら考えるという方向性の欠如を感じる。
「バカ、お前の失敗が2次的なトラブルを呼ぶのを未然に防止しろって意味だ」
 教頭が口を挟んだ。さすがに、組織の管理側の一角、その肩書きはダテではないと見る。
 担任だけならさておき、坂本教諭もある。クラス学校の“2次被害”防止は預けても良いかも知れぬ。
 ただ、真由についての発言は、もはや無に帰すことは出来ない。
「そういうことです。よろしくお願いします。それで、お願いが一つあります」
 レムリアは教員双方を交互に見て言った。
「はい」
「何でございましょうか」
「この状態で二人が登校することは、更に隠れた形で二人に対して狼藉、平たく言えば仕返しが行われる可能性を指摘できます。少なくともコトが落ち着くまで出席停止扱いにできないでしょうか」
「私の一存では今ここで……」
 教頭が頭を掻く。まぁ、そうだろう。お役所的な手続きと、然るべき書類が必要……容易に想像が付く。
 学校は子どもの“心”を中心に据えた機関ではない。法に則り教科書の中身を“伝える”ことが主目的だ。
「医師の診断書等公的証明があればよろしいですか?」
 レムリアは訊いた。無論、心当たりがあるから言える。ちなみに、先に書いたホスピタルクラウン活動の端緒になったのは、彼女が東京都内の著名な大学病院に入院したこと。
 ……銃で撃たれたのである。別の話であり、ここではこれ以上触れないが、この病院の心療内科医師なら知り合いである。
「はい。それならスムーズに……」
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-2-

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 女の子に話を聞こうか、思ったところで女の子はその場から立ち上がり、カサを手にしました。
「ちょっと、見てみる」
〈風邪引かないように〉
「ありがとう」
 歩き出した女の子の後ろからついて行きます。手のひらサイズの白装束が飛んでいるわけですが、出歩く人も無し、位置も高いので、見られる心配はないでしょう。
 女の子は高層住宅群の駐車場の間を歩き、一軒家が建ち並ぶ街区へ。
 道沿いの柵に、敷地の中から道路側へ金具を下げ、中にプランターを並べているお宅有り。
 強い敵意。
「あっち行け!全くどこの子だい!」
 高齢の女性の怒鳴り声がして、女の子は走り出しました。つまり、逃げ出した。
 女性は、女の子が花を持って行くので見張っていたということでしょう。
 杖を手に門扉を開いて道路へ。対し女の子は、振り返り振り返りしながら、速度を落とさず。
 走り続け、角を一つ折れ二つ折れして。
 川の堤防の下にあるトタン屋根に窓が一つの建物へ。
 近くには古タイヤが山と積まれています。
 女の子はその窓の前へ行くと、立ち止まりました。
 窓の下には土が盛り上がっており、割り箸が刺してあります。
 良く見ると周辺にしおれた、或いはまだ元気な花々が散らばっています。
「まだなの?」
 女の子は呟いて、無造作にシロツメクサを投げ出しました。
 そうやって、散らばって、しおれて、積み上がった花たち。
 女の子は建物の側面に回り、首から下げていたカギを取り出してドアを開けます。
 この建物が家であるようです。
 私は女の子が花を放ったその辺りに降り立ちました。
 死臭。
 良く見ると割り箸には〝ジョン〟と書いてあります。
 そして、その辺りを足繁く動いている虫たち。
〈ああ、妖精さんだ〉
 一匹が私に気付いて言い、一帯の面々が集まってきました。
 動物の死肉をエサとする仲間達です。人間さんのイメージもあって酷い言葉で呼ばれいますが、ここではスカベンジャーと表記します。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-153-

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 しかし、その光明は、失敗の大きさに比べればほんのわずかであって、おかげで?この新たな失敗の理由を指摘し、対処をお願いしなくてはならない。
 学校が真由に謝るという主目的がウヤムヤになってしまった気がするが、この失敗はそれより優先憂慮されるべきと判断する。
 すなわち。
「先生」
 レムリアは改めた。
 担任が、叱られている子どものように、そうっと顔を上げる。
「は、何でしょう……」
「あなたがやらかしてしまったことを端的に申し上げます。あなたは、あなたのクラスに、相互不信と疑心暗鬼のタネをばらまいたのです」
 担任はうつむいた。
「誰なの、あいつなの、あの子仲間じゃないの?……そんな疑い。或いは、巻き込まれるのを恐れて、そうとは知らなかった生徒までが口をつぐんでしまう。真由ちゃんと距離を取ろうとする。そんな現象が出現するでしょう。加えて由香ちゃんの事件の直後です。当然結びつけられる。由香ちゃんが言いつけたのだ、とね。あなたは彼女たちを登校不可能な状態に追い込んでしまったのですよ」
 レムリアは言った。糾弾調になってしまうが、どうにも仕方がない。
 担任は最早、うなだれたまま、小さく頷くだけ。
「謝罪に見えたと申されましたね。それどころじゃありません。そして……あなたの教員としての力量を試される時が来たと私は思うのですが如何でしょうか」
「え?」
 担任は、顔を上げ、キョトン。
 それは今や、担任がレムリアの“仰せのままに”“指示命令待ち”になりつつあることを示していようか。とにかくこれまで、レムリアは担任のやることなすこと全て否定して来た。現在見ている担任の反応は、そうした否定が少々度を越し、担任自らの意志・考えを削ぐに至った可能性が否定できない。
 
(つづく)

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