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2011年3月

グッバイ・レッド・ブリック・ロード-211-

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「してもいい?」
 “マキロン”と脱脂綿を、両の手に持って見せる。
 夢子は小刻みに震えている。耐えるように唇を噛みしめ、目に涙を浮かべ。
 最早その心ボロボロになっているのだとレムリアは理解する。自暴自棄の今まさに一歩手前。だがしかし、彼女が最後の一歩踏み出さない、ナイフで行動に出ない理由。……それは自分に対し周囲が恐怖パニックを起こさないこと、及び、
 想像もしなかった、優しい反応。
 大声は多分、攻撃を逡巡する自分の心への鼓舞。
 そして、言葉だけの“やさしさ”への疑心暗鬼。すなわち、口先だけならもうたくさん。……まぁ、好きと言われるタイプではあるまい。想像は付く。
 なら行動で示すまでである。レムリアは立ち上がる。歩き出し、脱脂綿にマキロンを吹きながらステージより飛び降りる。
「ちょっとしみるかも」
 爆発保安距離、という概念。
 え……
 降って沸いた概念にレムリアが足を止めたその瞬間。
 ナイフを持ち、だらりと下がった状態だった、少女の右手が動く。
 肩を軸に腕全体が動き出し、刃が宙に銀色の弧を描き、
 ナイフが振り上げられ顔に向かってくる。
 突き当たるような、硬く鈍い音が聞こえた。
 次いで、ボトボトと音を立ててしたたり落ちるのは
 ……透明な消毒液。レムリアの左手のマキロン。
 そのプラスティックのボトルに、底の方から深々と食い込み、引き裂き、硬い蓋の部分で停止している刃。
 レムリアは、閃いたナイフを、のけぞりながら、とっさにマキロンのボトルで受けたのだ。
 もし立ち止まらなければ、もしその概念……超感覚の警告がなければ、刃は首筋に達していよう。そこでようやく一部の生徒は状況を認識したか、さすがに小さな悲鳴が数名から上がる。
 しかし。それがパニックに変化する時間は与えない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-210-

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 そこでようやく、ナイフの娘は、レムリアがレムリアであると気付いたようだ。
 続ける言葉に慎重になる。刺激すれば反射が返る。来るか、自死か、はたまた手近な生徒に犠牲を強いるか。
 その時。
「夢子(ゆめこ)、さん、でしたかしら」
 山路シスターが、道行く知り合いを見付けた時のように、言った。
 当然、何故知って?旨の目が、見開かれた驚愕の瞳が、夢子から山路シスターに向けられる。
「素敵なお名前ね。彼女から聞いたわ」
 レムリアに手のひらを向ける。と、蝶の翅のように広がる装束。その動きに吊られるように、夢子が目を向けたその一瞬
「でも、それは似合わないと思うわ」
 山路シスターは言いながら立ち上がる。急ぎ過ぎず、ゆっくり過ぎず、笑顔を持って、ワンアクションで。
 対し夢子は一歩下がる。その動きに合わせ、磁石が反発するように、周囲の生徒の輪も少し下がる。
 山路シスターはステージ演壇最前に立ち、腰を下ろし、手を差し延べる。
「こちらへいらして。あなたの声を聞かせて」
 刹那。
「うるせえーっ!」
 夢子という名のその少女は、突如、そう叫んだ。
 声を限りに、開けられるだけ口を開け、喉割れんばかりの大音声で。
 若干前屈みになり、全身を震わせ。
 その唐突ぶりに、さすがに周りは驚愕したか、距離取る輪が少し大きくなった。
 でも、やはりパニックには至らない。
 夢子の口角から血がにじみ、赤い糸を描いて頤へ向かう。唇が乾燥しており、大きく口を開いた拍子に切れたのであろう。
「あらあら血が……プリンセス」
「はい」
 山路シスターはレムリアの素性を知っているので自ずとこういう呼び方になる。しかし気にしていられない。レムリアは座ったまま、OLスーツ上着の前ボタンを外し、ウェストポーチをゴソゴソして、消毒セットを取り出した。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-7-

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「翅があるのに天使じゃないの?」
「妖精って言うんだ。聞いたことない?」
 するとかおるちゃんはゲームの中に出てくると答えました。説明してくれた姿形からドワーフのようです。
「お姉ちゃんはどんな魔法が使えるの?」
 魔法というよりはいわゆる超能力です。背中の翅はケルトの伝説で知られるフェアリから。人間サイズの背格好はギリシャ神話のニンフから。
「ジョンがかおるちゃんのことをとっても好きだったことが判るよ」
 私はそう言ってかおるちゃんの傍らにしゃがみました。
「……ジョン、埋めても起きないんだ。ちゃんとお花あげてるのに」
「死んじゃったからだよ」
 私のこの物言いはストレートに過ぎるかも知れません。でも、言っても彼女から特段の反応は出ないであろうと判っていました。テレパシーで?いいえ。
「だから埋めてお花あげてるんだけど?」
 すると妖精達が蘇らせてくれるんだ、とかおるちゃんは加えました。
「お姉ちゃんはできないの?」
 純粋な瞳で覗き込まれてしまいます。
 妖精自体は不老不死とか不死身とか種族様々です。かくいう私も19歳の姿のまま200年近く生きてます。1000年近く生きるらしいです。つまり寿命はあります。ただ、ここが天国の片隅という事実から明らかなように、魂の不滅性を知っています。
 そして不死身かどうかですが、ケガはしますし、翅伸ばしてる時に破られるとそこから体液を失って動けなくなるので、死ぬという事態は訪れるようです。ただ、生命の危機を乗り越える力はその超能力によって桁違いなのは確かです。
 これらの属性が〝生き延びること〟が最大の使命である生き物たちの相談相手として相応しいかというと、自問したくなる時がままあります。
 でも、死について感じる思いは他の生きとし生けるものと同じと聞かされています。だから、私たちは私たちに与えられた範囲で思いを信じ、相談に乗るだけです。
 その信じるところの教えるところによれば、かおるちゃんは〝死〟という現象の不可逆性を理解できていない。
「ジョンの他に動物を飼ったことは?虫を育てたことは?」
 ない。物心ついた頃から、母と娘と犬一匹。
 父親という存在がどういうものかもピンと来ないようです。
「天にまします我らの父よ」
 かおるちゃんは父という存在についてはそう言いました。
 それはある意味、生死を超越した世界観なのかも知れません。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-209-

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 殺したいほど邪魔なのではない。邪魔だから殺すのだ。
 しかし……レムリアは指先に意を込めながら自問する。同じ“幼い子を道すがら蹴り飛ばす”二人が、片や人目を避けて線路から飛び込もうとし、こなた衆目の中でナイフを振りかざす。
 その違いはどこに?……
 一つ言えるのは自殺未遂の娘にはそれでも“親”とのつながりがあった。彼女が駅へ向かうきっかけとなったイタズラ電話は、言うなれば“親とのつながり”を断ち切るという宣告であったと言える。誰からも嫌われるが、少なくとも親は……歪んでいたとはいえ……絶対の守護者ではあった。わがまま放題は少なくとも心の拠り所としての効能はあったのだ。イタズラ電話はその拠り所を引き剥がしたため、彼女は行き場を失ったのである。
 対し、この娘の場合は
「人のカネでさんざん遊んでおいてチクリかよ。おめーよ」
 現金。
 打出の小槌状態でもたらされる現金。
 意のままになり、欲する物を欲するままにもたらす、具象化された欲望。
 命と、打出の小槌と、天秤に掛けた結果、彼女はナイフを手にした、とすれば、端的な説明は付けられる。
 いやひょっすると、天秤すら用いていないかも知れない。結果がどうなっても……更正施設送りになろうが阻止されようが……それは間に“少し長い時間”が入るに過ぎず、打出の小槌に変化はない。
 
 殺しても損はしない。 
 
「言ったのは私だよ?」
 レムリアは友に語りかける口調で、フランクに言った。
 とにかく自分に引っ張るのだ。刃先を二人から逸らす。それは、船の男達が、ゲリラの興味をキャンプの食料から外す際に使った手。
 すると、ナイフの少女は、バネが弾けるような動きで、レムリアに顔を向ける。
「おめえ……」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-208-

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 ……動く。
 真由のクラスから、彼女が歩み出た。
 ステージに向かう彼女を衆目が追う。演壇の二人は言葉を切り、見下ろす。その二人を含みのある表情で見上げ、迫り来る赤い髪の少女。
 静まりかえった体育館に、キュッという靴音に引き続いて、場違いな金属音がカチャリ、と軽く聞こえた。
 少女の右手に現れたスイッチナイフ。
「大丈夫。彼女には何もできない」
 周りがナイフの存在に気付いて反応するより一瞬早く、レムリアは口を開いてメガネを外した。
 それは一般にパニックが生じ、悲鳴と共に我先に逃げ出す……そんな状況に陥ってもおかしくなかったはずである。
 しかし、ナイフの周囲に小さな声と、距離取る輪ができた程度で、パニック状態にはならなかった。
 教員も含めて、誰一人、大げさなリアクションは起こさない。
 何故か。
 パニック化との違いとして一つあげられるのは、この集った生徒達が講演に対し“一体”になっていたことだろう。ある種“洗脳”に近いのかも知れないが、それがレムリアの言葉を素直に信じさせたのだ。最も、生徒はさておき、教員が動かなかったのは、レムリアの目配せに坂本教諭が背後で手のひらを広げ、教員を制していた部分もある。
 果たして、彼女は即座刹那な行動には出なかった。教員陣は由香が飛び降りた時の失敗をついには繰り返さなかったのだ。実は多くの“実行動”は周囲のパニックこそが最後のトリガーなのだ。だからそれさえ気をつければ、“最後の一線”は回避できることが多い。焦る前にワンテンポ。
「おめでてーな」
 ナイフの少女は動く代わりにか、言った。
 その声が、怨嗟の唸りを伴い、館内に響く。
 殺意。と書いて恐らく間違いあるまい。但しそれは、人命を奪い前途を絶つという、重い意味及び責任を伴ったものではなく、
 “邪魔だから消す”という脊髄反射的心理。すなわち、蚊が腕に止まったから叩く……と同格と見て良い。衆目も教員も、罪も罰も関係ないのである。自分の行く手の障害を取り除く……ただそれだけなのだ。新聞社説を引くまでもなく、大人は子どもによる殺人に意味を求める。しかし恐らく、そうした子ども達は深い意味を持っていない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-207-

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「強制的に体育館かき集めていい子ぶりっこ自慢大会かよ」
「私たちは、私たちの方が、実はとてもみじめな存在なんだって気がしてきて、逆に泣けてきました」
「こんなに、一生懸命、何かしよう、生きよう、と思ったことってあったっけ。って」
「だから」
 そこで二人は声を揃えた。
 二人一緒に、ミサンガで一杯の手首を聴衆に見せる。
「これは私たちがしてきた約束の証です。また会う日までの」
 少し間を置く。
 次は何?と求める気持ちを聴衆に感じる。
 そのシンクロし始める大きな波の中に、ひとつ混じる、冷徹で尖った感覚。
 ギラリと光る、憎悪を越えたその正体。
 であるが故に、超常の感覚は検出してしまった。
 どうすべきかとレムリアは逡巡する。未然防止?それとも。
 必要なのは“加害者”を糾弾攻撃するのみならず、そうなってしまった経緯を自ら理解させ、そしてその為した残酷さを理解させること。順序と内容は応変……それがこの常滑の町でジタバタ動いての今現在の結論である。何のことはない。コミュニケーションの端緒を見付けて理解から、というステップは、被害者に対するアプローチと変わりはないのだ。最もそれは、いじめるという行為が、傷ついた自分の心を、他を傷つけることでバランス回復しようとする衝動、に基づくなら、相似を描いて当たり前。
 従うなら、未然防止を取るよりは……
「みんなが、私たちが来るまでに、少しでも治すという約束」
「そして、私たち自身が、必ずまたみんなに会いに行くという約束です」
「喜んでくれました。ありがとうって何度も言われました。元気が出てきたって」
「自分たちが、誰かの生きる励みになる。震えるような気持ちでした。日常の悩み、学校の成績なんか、些細なことに変わってしまいました……」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-206-

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 マイクは真由へ。次第次第に二人が聴衆を引き込んでいることをレムリアは強く感じる。
「確かその次の病院だったと思います。その病院の看護師さんに声を掛けられました。サプライズで誕生会をやりたいから協力してって。誕生会。皆さん、中学入ってからそんな事やってますか?」
 問いかけに、聴衆は少しざわついた。そんな小学生みたいな……ニュアンスの微笑がそこここに。
 ちなみに、単に聞かせるだけ、から、次第に応答を求める形に持って行くのもレムリアの流儀。
「次の誕生日が来ないかも知れない。そんな風に思ったこと、ないですよね」
 聴衆が水を打つ。言葉の真意が次第に判ってくる。
「私たちには当たり前の毎日毎日が、訪ねたみんなには当たり前じゃない。私たちは月曜の朝が来ると、早く金曜にならないかなって思う。でも、みんなには明日が来るかどうか、それどころか、今日が終わるかどうか、それさえ不安」
「私たちと同じ年齢です。同じ学年です」
 由香が付け加える。
 感受性の強い子はこれだけで事態の深刻さが判ったのだろう。すすり泣く声が聞こえ始める。
「私たちも最初、病院スタッフから説明を受けたとき、そうやって泣きました。涙が出てきて、後から後から出てきて、止まりませんでした。可哀想、そればっかりでした」
「でも、それを、病院のみんなに見せるのは、とても残酷なことだって、気が付いてゾッとしました」
「だって、あなた可哀想ねって、言ってるようなものだから」
 すすり泣きが、無理矢理、に近いような形で、収束した。
「みんな、目標を持ってました。今日はこの薬を飲む。この治療を受ける。明日はこんなリハビリ。皆さん、そんなことしてます?学校うっぜぇな、早く終わらなねぇかなぁ」
 
(つづく)

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総武快速passing love ~新日本橋~

~新日本橋~
 
夕方近くの総武快速。
新日本橋から乗ってきた男の子。
少し古びた服。棒につかまってため息一つ。手のひらに初乗り運賃の切符。
疲れた感じ。塾か?それにしては手ぶら。
子ども一人旅?オレも小さい頃やったなあ。
大都市近郊区間は経由地はどうあれ最短距離で運賃を計算する。だから、隣の駅まで物凄い遠回りをして大旅行。
ところが、男の子は錦糸町でトンネルから顔を出したところで、慌てた風にオレに尋ねた。
「おじさん、ここどこ?」
錦糸町と言ったら知らない駅だという。
彼は日本橋のデパートで親からはぐれた。そして把握していたのは「日本橋」の駅から「銀色車体に青ストライプの電車」で5駅。
トンネルから出るのはずっと先なのに。もう出てしまった。
確かに、新日本橋から乗ったら総武快速青ストライプ。
そして、日本橋から地下鉄東西線で同じく青ストライプ。
同じ日本橋と付く駅で、青ストライプ同士でも違う電車。
錦糸町で降りて駅の事務室。事情を話して警察に託そうとしたら彼は拒否した。
警察なんて迷子みたいでくやしいからイヤ。いや立派な迷子なんだが。
連絡先を尋ねるも、親は携帯電話も普通の電話も持ってないらしい。貧乏なんだと彼は言った。着ている服も古着と知ってる。
なら「日本橋から5駅」まで連れてってやろうかと言ったら小さく頷いた。駅員に名刺を渡して、携帯電話の番号をメモして、先方の駅……南砂町の駅に一報を入れてもらう。
夕ラッシュに都心へ向かう電車はがら空き。父親と出かけるってこんな感じかと彼は尋ねた。
 
(~東京~へつづく)
 
←馬喰町・東京(終点)→

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-205-

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 由香はミサンガの手首を高く掲げた。それは“再び”の約束であり、“ずっと”の誓い。
 すなわち。
「あきらめちゃだめなんだって思いました。そして、任せっきりじゃだめなんだ。自分が出来ると思うことは、どんな小さなことでも、出来るだけやってみるんだ」
 大きな決意は尾を引き、聴衆の瞠目を呼ぶ。
「そうよく聞くセリフ。私もそうです。だからいつも、あーハイハイ毎度おなじみ、くらいに聞き流していました。
 だけど今回、それが本当に大切なんだと、身にしみて、判りました。そして何より、自分だってやろうと思えば出来るじゃん、そう実感出来たことが収穫でした。この先試験勉強、受験勉強、色々ハードルはあるだろうけど、自分は必ず乗り越えられる、そんな気がします。当面は期末テスト。終わったら、このミサンガのみんなに、会いに行くつもりです」
 息継ぐ間に拍手が起ころうとしたが、由香が言葉を繋いだため、拍手は収まった。
「あと、これは皆さんにお願いです。皆さんの中にも、おじいさん、おばあさん、血圧が高いといわれているおじさんおばさん、ひょっとするとお父様やお母様でも、そういう方があるかも知れません。妊娠している女の人でも、起こることがあるそうです。応急処置なら、難しい知識が無くても、私たちでも、出来ます。おろおろするだけとか、救急車は呼んだけど待つしか出来ないよりは、きっといい、そう思います。覚えてみては、如何でしょうか。……なんか取り留めないけど、私の率直な、学んだこと、です」
 一礼すると拍手がわき起こる。涙する女子生徒の姿もある。確かに彼女の語り口は“優等生”が紡いだ物に比し、構成も文体も拙い。尻切れトンボであるかもしれない。だが、思ったままを飾らずに言ったことが、逆に共感を誘った部分も大いにある。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-204-

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 “死”の予兆。聴衆は静まりかえる。
「私に任せて、って思わず言いました」
 少しの安堵と、しかし緊張。
「この真由に看護師さん呼びに行ってもらって、私は男の子と一緒に、そのおじいさんの病室へ行きました。
 おじいさんはベッドの脇に倒れていました。仰向けに大の字になって、すごいいびきを掻いていました。
 このいびきは脳の機能がマヒして、舌ベロがノドの奥の方へダランと落っこちて起きるんです。だから、まず、両の膝を立てて、その膝を傾けて、体を横に向けました。それから首が真っ直ぐになるように、お見舞い用の椅子にあったクッションを二つ折りにして頭の下に入れました。
 すぐにお医者様が見えました。おじいさんは担架で運ばれて行きました。
 少し経って、一命は取り留めた、とお医者様がおっしゃいました。私の処置が良かったからだとおっしゃってくださいました。でも、予断は許さない状態でした。
 そのおじいさんには身寄りがありませんでした。たったひとりで、その病院に入院していたのです。だから、その男の子が、いつも一緒にいてあげてたんです。
 おじいちゃん死んじゃうの?ぼくイヤだ、ってその男の子はわんわん泣きました。私は、その男の子と、おじいさんと、一緒にいてあげたいって、看護師さんに頼みました。本当は、他の病院とも約束してあるので、その病院はその日だけしか居られないんです。
 そしたら、真由が、他の病院は私が回るから任せなって、言ってくれました。
 看護師さんからは、ずっと声を掛けてあげて、楽しかったことを聞かせてあげて、って、アドバイスをもらいました。
 私たちは一晩中おじいさんのそばにいました。男の子がおじいさんの手を握って、一緒に桜を見に行ったことや、川沿いの草むらでバッタを捕ったこと、そんな話をしました。私も、大丈夫だから、絶対に治るからって、ずっと、言い続けました。
 そして、翌朝、おじいさんは目を開けました。
 私たちの方をゆっくり向いて、小さい声で、こう言ってくれました。
 聞こえたよって。また、バッタ取りに行こうって。
 だから、戻って来ただろって。
 嬉しくなりました。また来てって言われたから、また来るって答えました。……それから、約束の印に、これを始めたんです」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-203-

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 このように砕けた形に持って行くのもレムリアの流儀。しかし、場内は笑いが起こるというよりは、優等生イベントにあるまじき、気さくで日常的な表現のせいもあろう、“意表を突かれた”、或いは“驚愕”的ニュアンスの沈黙が座った。だが、ウケを狙うというよりは“優等生イベント”の箔を引き剥がすのが目的なので、笑いの有無は無関係。
「だから別に、自分の意志で始めよう、加わろうと思った訳じゃないんです」
 語りかける。なお言うまでもないが、この辺はいささか作り話にならざるを得ない。船の出来事を語るわけにも行かないからだ。ストーリーとしては、そのままお菓子配りの手伝いへ、すると子ども達が笑ってくれた。それを見た“スタッフ”が。
「良かったら続けて参加してくれないか、と誘って頂きました。児童養護施設や子ども病院を回ってみんなに楽しんでもらう。マジックショーやショートコント、サプライズイベント……楽しそうじゃん。軽いノリでOKしました」
 ここでマイクを由香に変わる。
「前からそういうことしているグループに混じって、バスに乗って、あちこち巡りました。最初のうちは喜んでもらえるのがただ楽しくて、本当にただそれだけで、次へ、次へ、と回っていました。そして幾つ目だったでしょうか。アクシデントが起きました。少し長いですが話させてください」
 それは由香の“言いたかったこと”。
「そこは小児病棟と、いわゆる老人ホームが同じ建物に入っています。一緒に食事して、一緒に遊んだり、勉強を見てもらったり。私たちは……ステージのこちらの看護師さん」
 当然レムリアのこと。座礼しておく。
「……と一緒に、施設のあちこちに突如出現して、手品でお菓子を出しては配る、そんなことをしてました。そしてちょうど、休憩コーナーで、ジュースを飲んでいた時でした。看護師さんは、ナースセンターに打ち合わせに行っていて、そこにはいませんでした。
 男の子が駆け込んできました。さっきの看護師さんいませんか。おじいちゃんが急にいびき掻いて眠っちゃって全然起きない。って。
 脳溢血だってすぐに判りました。私の祖父も、それで亡くなったからです」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-202-

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「……様のご尽力を賜り、様々、お世話になると共に、学習して来たようなのです。そこで、内容を山路お姉様にご報告すると共に、先生方と、皆さんへのご報告も兼ねまして、この場を設定した次第です。では、二人、どうぞ」
 坂本教諭が紹介の腕をステージ袖に伸ばす。
 生徒達の目が集まる。
 “二人”が現れる。
 真由と由香が、手を取り合い、ミサンガ鈴なりの手と手を取り合い、ステージ上に現れる。
 当然、二人のクラスはざわめいた。“加害者”と“被害者”が手を取り合っているのだ。クラスメート個々の瞳が、驚愕に彩られ大きく見開かれるのが見て取れる。
 そのクラスの中に、奇跡を見たか、或いは悪夢か、驚愕を通り越して呼吸すら止まった、そんな表情の娘がひとり。
 二人は並んで、ステージ中央の演壇に立つ。
 それは良くある“優等生の発表会”と様相を異にした。少し違う……そんな認識が生徒達の間に生じたか、注目と沈黙をもたらす。
 その流れにあって、真由のクラスはざわめく自分たちが“場違いである”と感じたであろう、ざわめきから転じて押し黙る。坂本教諭がマイクを真由に渡し、レムリア達の傍らに退く。
 マイクを受け取り、顔を上げた真由の双眸が、天井水銀灯の発光を燦然と反射する。
「ちょっと手伝って……きっかけはその一言でした」
 背景目的なく、真由はいきなり始める。ここはレムリアのシナリオ。ヘタに概要説明を行うと、先入観から“な~んだ、そういうことか”と勝手に解釈して鼓膜にフタする輩が必ずいるからだ。一体何の話だ?と思わせるくらいで丁度良い。“優等生的な”内容であればあるほど尚。
 そして。
「スタッフの中に大柄な男性がいるのですが、小さい子がその人を見て怖いというのです。だもんで、お姉ちゃん、ちょっとこのお菓子渡したって~って……すいませんへたくそ名古屋弁で」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-201-

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 真由達のクラスが入ってくる。なお、二人はクラスに戻しておらず、ステージ袖で待機。
 レムリアはクラスを一通り見回す。まず、お喋りが他のクラスに比して少ないのが如実に見て取れる。みんな下を向いたり、あって二人でひそひそ話程度。そこに連帯・一体感は存在せず、なるほど“ぶちぶちに切れた”イメージ。
 そのクラスの中に……果たして大金の娘の姿を見て取る。
 対面は二度目。しかも最初は逆光の中であり容姿表情はよく見えなかったが、すぐにそれと判った。まず外見が違う。濃い化粧をし髪の毛は赤茶色。レイヤード処理。ブレザーの前ボタンはだらしなく開け、ネクタイも緩慢。加えて、これは西日の中でも感じた、独特の“雰囲気”。
 更にレムリアは彼女に他の生徒との違いを見て取る。一見すると他のクラスメート同様、うつむいて歩いており、誰とも口を聞かない点で同一だが、“目の挙動”が異なるのである。その目は己れへの視線を気にすると同時に、何か探すように、しきりと小刻みに動き、定まらない。何か意図を持っていると伺える。但し、敢えて超感覚で真意を探ることはしないでおく。なまじ知ってしまうと無意識に彼女に目が行き、彼女が感付く、という可能性もあるからだ。
 一通り生徒が揃った。
 ステージ袖から、ワイヤレスマイク片手の坂本教諭。司会担当。
「みんな今日は朝からありがとう。では、始めます。実は本校生徒が二名、ボランティア活動に参加し、こちらのお姉様、山路(やまじ)……」
「はい、そうです」
 緩やかな口調で会釈するシスター。なお、“シスター”というのは、装束を纏った教会関係者で女性を意味する……的なニュアンスで使われることが多いが、実際には“人類皆きょうだい”的思想に基づく敬称の一種と捉えるべきである。姉様、兄様と互いを呼び合うのだ。当然、英語圏ではシスター、ブラザーとなり、日本ではそれが“呼称”として一人歩きしているのである。坂本教諭の“お姉様”はこれを踏まえる。但し無論、公立の中学校であるので宗教的意味は持たせていない。礼儀だ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-200-

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 こうした背景は彼女の心理に不知不可解を生み、従って真実を確認したいはずで、それには学校に来るしかない。また、幼児を攻撃するのは“常勝者でありたい(幼児なら確実)”という意識が根底にあるはずで、だったら、自分がメール攻撃に“負けた”とクラスに見なされるのは、プライドが許さないはずだ、というのである。なお、“つながりバラバラ”判断の所以は、由香であれ燃え尽きてしまった娘であれ、携帯に“電話”が掛かってこない、相互の電話番号自体は知らないという事実に基づく。メールという、“つながりが形として残るもの”を欲するくせ、通常の人間同士のコミュニケーションは対象外なのだ。これは、“ココロ”に深入りすると傷つけられるかも知れない。でも繋がっているという形は欲しい。そんな“十代の意識”が背景にあると坂本教諭は分析する。
 所定の時刻。
 生徒達がクラスごとにザワザワと入ってくる。突然設定された全体集会。前向きな感じは受けない。ちなみに、生徒達には報告会である旨内容を知らせたが、“ボランティア”の具体的内容、及び“報告者”が誰かは知らない。なお、ステージ上からいわゆるお偉いさんは一切排除、一般教員含め体育館後方から見ている形とした。これは生徒が生徒の自主性に基づいて動き、その結果について述べるものであるので、お偉い方のお偉い能書きは無関係だからだ。もちろん当初は先の感謝状もあり、ひとこと言わせろと校長が言ったのだが、レムリアが強硬に突っぱねた。
「学校は、何かしてくれました?」
 これは効いた。確かにゲシュタルト崩壊おばさんの悶着は学校が付けたと言えるかも知れない。しかし、そもそも悶着が生じた理由は担任の不用意な『みんなに訊きたいが……』だ。そこだけ鬼の首取ったように勝ち誇られても困る。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-199-

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「ええ。大っ嫌いです。辞書的な意味は知ってますし尊重しますよ。でも、私にとってその概念すら邪魔」
 これで真意に気付いたようで、坂本教諭が『はっ』と小さく声を立て、身体をびくりと震わせた。
「そういう気持ちで接すると子ども達に感付かれる」
 坂本教諭の言葉に、二人は手首の鈴なりミサンガを見せ、頷いた。
「あなた達は……あなた達は……この上なく貴重で、大切なことを経験してきたようね……」
 坂本教諭は、ゆっくり言った。
 
 そして翌日。
 中学校体育館で急遽開催されることになった“ボランティア活動報告会”。
 演壇の設置されたステージ上には、折りたたみテーブルが配され、座す女性が二人。盛岡から再度とんぼ返りのシスターと、OL風スーツに身を包み、“相原姫子”のダテメガネを掛けたレムリア。……フォーマルなカッコしてると大人びて見えるという東京の助言による。スーツは持ち合わせがなかったので、ここの教員の借り物。看護師のIDを首からぶら下げ、シスターの付き添いを装う。この変装の故は、まだ接触出来てない加害者側の最後のひとり、大金だけ持たされ放任の娘が現れることを想定して。気付かれて反射的に逃げられると困るからだ。ちなみに昨日の欠席に対し、担任を通じてこんなメッセージを留守電に入れてある。
 
『今日は体調の不良で出席できないと連絡を受けました。明日、全員朝礼を体育館で行います。重要な報告があるので体調が良ければ出席して下さい。お大事に』
 
 ……連絡を受け、は実質ウソである。学校はもちろん、親も気を遣っているよと思ってもらうためのポーズ。だから“親から”とは言ってない。
 これで坂本教諭は“来る”と確信しているという。なぜなら、クラスに異常が生じていることは把握しているから、“重要な報告”がそれに絡むのではと類推が働く。そして、メールによる攻撃は、それでも一応の“つながり”であった4人をバラバラにしたと考えられる。仲間意識があるなら被害を慮るであろうし、でなければ誰かが裏切ったのでは。そう思って普通だ、というのだ。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-6-

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 テレパシーに呼ばれて目を向けると寝室の外にミツバチが群れています。私は陶器のポットをを手にして、そこに蜜を入れてもらいます。
〈お手伝いしましょう〉
 ハチたちが手伝ってくれたこと。……かおるちゃんの汗を吸い取って敷地の裏にある小川に捨てること。
 そして代わりに冷たい新鮮な水を抱えて持ってきてくれます。水を抱えるとは不思議な表現に感じるかも知れませんが、彼女達は全身に生えてる毛と水の表面張力によって、水の雫を持ち歩くことが出来ます。
 はちみつ紅茶が出来た頃、かおるちゃんが目を醒ましました。
「ジョン……」
「ごめんね、連れてきちゃった」
 ベッドに半身を起こしたかおるちゃんに、私はまず言いました。
「お姉ちゃんだあれ?」
 かおるちゃんは丸い目をぱちくりさせてそう尋ね、我と我が身を見回しました。
「これお姉ちゃんと同じ服?」
「そう。かおるちゃんの服はお洗濯してます。雨に濡れたでしょ?」
「『マリアよ、恐れることはない。あなたは身ごもって男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい』」
 かおるちゃんはトガの袖を翻してそう言いました。
「イエス誕生のところね」
「うん、かおるガブリエル様やったんだよ……え?じゃぁお姉ちゃん本当の天使?」
 嘘、と示唆がありました。妖精ですのでいわゆる超能力一通り備えています。嘘と知ったのはその結果。
 教会に通っていて、そこでイエス生誕の劇をしたことは確かです。でも、彼女は村人の女の役で、マリアでもガブリエルでもない。……だったらいいな。
 背景が色々見えてきます。生活環境に起因し色々と阻害される要因があって、教会は唯一そういうことを気にしないけれど、
 でも、主役には、姫にはなれない。
 ジョンを思う気持ちがそこにシンクロします。ジョンは彼女を慕っていた。
 ジョンの前で彼女はお姫様。
「天使じゃないよ。似てるけど」
 私はそう答えて、背中の翅を見せました。
 ニンフの血を引く私たちの翅はクサカゲロウのそれがモチーフ、複雑な翅脈(しみゃく)が巡る2枚翅。2枚重ねるとうっすらと緑色に見えます。
 果たしてかおるちゃんの目は見る間にまるく大きくなりました。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-198-

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19

 
 クラス崩壊の危機……に対する、二人の答えは明快であった。
「私たち二人が仲いいところ見せればいいじゃん」
 真由が即答した。
 その手段は。
「いつか姫……さんが棚上げした“報告会”。あれを一緒にやればいいと思う」
 と、由香。レムリアに“ちゃん”でいいよと言われると、彼女は続けて、
「じゃぁ姫……ちゃん、達とぐるっと巡って……優等生ぶるつもりはないんだけど、“話したい、知って欲しい”と思うことがここでぐるぐるしてるんだ」
 由香は自分の胸元を指先で軽く叩き、言った。
 坂本教諭は頷き、レムリアに目を向けた。
「どう思われます?」
「先生までもう……敬語禁止!。目立ちすぎの懸念でしたら……それぞれ“ひとりぼっち”だったなら、今でもNGでしょう。でも今は違う。今は“二人”です。二人は二人であれば、その懸念を超越できます。命戦う姿を知る者は、愛飢えた心を包含する。私は何も心配していません。それに、仮にもし何かあれば引っこ抜いちゃうだけです」
「引っこ抜く?」
「文字通り引っこ抜きに来ますよ彼女」
 首を傾げる坂本教諭に、真由は小さく笑った。もちろん、“空飛ぶ船”を背景にした発言である。
 対し、レムリアは坂本教諭の目の前で手を握り、手を開き、鍵束をちゃりんと言わせて取り出した。
「こんな感じで引っこ抜きます」
「あ、あたしのカギ……え?いつの間に?」
 慌ててハンドバッグを覗く坂本教諭。
「病院のチョコと同じ手品です。不可能も可能になるって証明としてよく使います。すると子ども達言ってくれますよ。また来てねって。待ってるって」
 このセリフの重大な意味には、父親の方が先に気付いた。
「君……あなたは、“一期一会”という言葉が嫌いだね」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-197-

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 坂本教諭の目がハッと見開かれる。レムリアはそれを見て。
「深刻に捉えすぎですって。……ついでだから白状しますが、だからいじめられたんです私は。王族といえどちっこい国。大した産業も観光資源もあるわけでない。外貨収入が逼迫して経済が沈滞してるのに税金でのほほんと優秀校行きやがってってね。最も、私の場合形も証拠も残らない“ひたすらな無視”でしたが」
 ちなみに、それでも国が成り立っていたのは“魔術祈祷収入”である。国家繁栄、戦役防止に“魔術”が幅を利かせていた時代の話だ。科学実証主義が芽生えた19世紀以降は皆無になり、蓄財を取り崩して賄ってきた。
「私は王家を継ぐ気はありません。私みたいな経験は私で金輪際にしたい。議会が王宮庁廃止を議案として準備しているようですが、母は反対特権を行使する気はないと言っています。プリンセスが煌びやかなのはおとぎ話の中だけだし、それで充分。私は普通の女の子でいたいし、世界中の女の子が普通の女の子であって欲しい。ただそれだけ。そして、この町に茶碗を買いに来て、真由ちゃん、由香ちゃん、あなた達に“普通じゃない”を感じた」
 坂本教諭にクールな表情がようやく戻った。
「たとえ姫様で看護婦でも、他でもない、“自立”の過程の真っ最中にある女の子そのものなんだ、あなたも」
「そのように見えてらっしゃるのでしたらそうなのでしょう。そして、だからこそ、彼女たちの痛みが判る」
 レムリアは言い、少し坂本教諭と見つめ合った。年齢にして20は優に(ごめんなさい。。。)離れていようが、何か近い物、シンパシー的な物を、この教諭には感じる。
 そこで父親がタイミングを見計らっていたように。
「まぁ、そこでは寒い。中へどうぞ」

(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-196-

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「ええ、はい。申し遅れましてすいません」
「いいのいいのそれじゃぁ簡単には言えないわ……そう、博覧会で行方不明事件になったあのメディア王女……ああ、ああ、あの博覧会のあのお姫様……ウチにも来たよ講演会の聴講者募集……誰を推薦するか会議したよ、じゃない、しましたよ。いやあの数々のご無礼を……」
 坂本教諭は興奮気味の口調と裏腹に、へたりこむように玄関先に腰を下ろした。いや、腰が抜けたと言った方が適切かも知れぬ。クールで理性的という印象が強かった故に、この反応は意外であった。
 最も、差こそあれ、大人一般にこういう反応になる。そもそもあり得ないと思っていたことが現実に展開されるせいだろう。文字通り魔法を現実として見せられた現代人である。この女(ひと)の場合、クールだから尚のこと、の部分もあろう。
「その実態はこういう小娘です。後生ですから今まで通りお付き合い下さいませ」
 だからカミングアウトはイヤ。
「でも……」
「私もずっとタメ口ですから。先生」
 真由が言い、そして続けて、
「ピンチの姫様を助けに駆けつける白馬の王子様……の代わりに、赤い名鉄電車で姫様が駆けつけてくれました」
 この手の小ネタはレムリアの流儀……であるが、真由は完全に掌握したようである。
 レムリアはこれに乗って、
「あれ?私が乗ったの赤白だったよ。しかも立って来た。でね。先生連れてきたのは二人に相談。クラス崩壊の危機打開策」
 レムリアはとっとと話題を変え、坂本教諭に目を向けた。
 しかし。
「え?」
 坂本教諭は、きょとんとした表情でレムリアを見返す。
「本質は何ですか!」
 レムリアは膝をパンと叩いて強く言った。それはそれ。これはこれ。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-195-

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「そんな担任さんに私ってばえらそうに……」
「だから、それはそれでいいのよ。担任さんが既定路線継承の悪循環に陥っていたことは確かなんだし。それこそ『耳を傾ける義務がある』よ。さ、立ち話したら冷えるだけ。行きましょう」
 促されて坂道を下る。
 真由宅に到着すると……いつか来ると思っていたその瞬間が、ついに?訪れていた。
「あの……お姫様で」
 恐縮至極の父親。その傍らで携帯電話の添付写真を見せる由香。
「さっき……ばあちゃんからメール飛んで来た……んだけど」
 曰く、地元敬老会とケア施設との交流で、空港まで博覧会の回顧展を見に行ったそうなのだ。
 最早これまでである。坂本教諭は自分の本名を知っている。“写メール”には、その名前の部分が充分読み取れる解像度で、例のパネルがバッチリ写っている。
 言ってもいいタイミングが来た、ということなのだろう。おばあさまにだけ嘘をつくこともない。
 カミングアウトする。レムリアは正座し、ウェストポーチから身分証を取り出した。
「おばあさまに返信してもらっていいよ。“その姫ちゃんなら目の前にいるよん”って」
 由香がみるみる目を見開く。ちなみに口外禁止、とは加えなかった。目の前の由香がそうであるように、おばあさまがその瞬間、他の敬老会メンバーに何も言わず、驚きもせず、こっそり写真とは考えにくい。それに、そもそもタクシーでの会話あたりから、万博と自分との関係に薄々感づいてらっしゃった気配がある。
 すると。
「あなたメディア姫!」
 聞いてる方が驚くほど大きな声で、坂本教諭が言った。
「メディア・ボレアリス・アルフェラッツ……プリンセス・メディア。やっぱりあなたはお姫様……」
 聞いた名前と写真の名前が繋がったようである。
 
(つづく)

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平成23年東北地方太平洋沖地震

この手のひらサイズの物語をご覧頂いている皆様におかれては、心優しき方々ばかりに相違ないと常々感じている。
そんな皆様が今般の激甚な震災の映像や人的被害の状況を目の当たりにした時、受けた衝撃と悲しみがどれほどのものか、私は想像する術すら無い。翻って我が身と考えた時に抱く深甚なる恐怖の大きさは、今もって間断なく続く余震の増幅も得て、眠ることすら許さず、心折れるほどの耐えがたさをもたらすのでは無いかと憂えてならない。
 
しかし。
 
今般幸運にして難を逃れた我々が今なすべきことは、悲しみに対し涙を流すことではなく、「生き延びる」ことそのものであると私は信じる。
すなわち、「次」に備え維持すると共に、この国と国土を復興すること。
我らの父祖は、それぞれが生きた時代を襲った未曾有の災害を書き留め、後世に申し送り、再発の防止と被害の低減を願い、託してきた。その言葉に応えることこそ、父祖の血脈を受け継ぎこの国土に住まう我々の第一の存在意義である。
明治期に勃興を見る地震科学の先駆者達の尽力により、こうした文献は時系列に処理され、どこで何が起こったか究明の努力が脈々と続けられてきた。従い我々は我々の叡智を全て結集し、この地球をして千年紀単位で稀に見る規模の災害について現実を見据え、次の千年紀に向けて動き出さねばならない。
父祖達の記録の示すところに寄るならば、中央構造線の北側で起きた事象は、遠からず南側でも生じうる。ただその遠からずの具体的数値をここに書くことは可能だが、それは地球を成す億年スケールの時系列では誤差に過ぎず、安心や準備期間を意味することにはならない。「明日のために今できる備え」をしておくべき事を教える物であると私は信じる。
我らの父祖は数千年のスケールでこの地に住み、しかし繰り返し襲う巨大な災害を乗り越え、我らの血潮の中にその命を継いでいる。地球を外側から見、今般の巨大に過ぎる大地の震えにすら耐える建造物を構築する技術を我々は有した。しからば、その技術は我らの父祖が申し送ることしか出来なかった千年スケールを見通すために用いられるべきではないか。我らの子孫が営々とこの地に住まうことが出来るために、用いられるべきではないか。
千年に一度と言われるが、その大いなる変動こそ、我らが愛する国土たる日本列島を日本列島たらしめる原動力に他ならない。我らの、我らの国土たるこの列島大地に対する愛着は、大なる犠牲を生じつつ、しかし余りある恵みをもたらす存在であるからに他ならない。さもなければ、資源に乏しいと言われるこの国土で、数千の世代を数え2600年余を遡ることが可能な皇統血脈を維持することなどままならぬ。
国難と称する声もあるが、否、この変動は列島が引き続き列島であり続けることを許す大地からの解であることに他ならない。
 
我らはこの愛すべき大地を我らの地と定めたのだ。我らが生き続けるために適する地と定めたのだ。
我らの属性はこの国土と切り離されて存在することはあり得ず、この国土を他の属性を持つ種族が維持できるとは思わぬ。
 
我々は生き延びねばならない。そのためには知見をもって対処し、動かねばならない。
我らの子孫にこの大地を受け渡し、子孫が今度こそ巨難を排し、涙と恐怖を克服するために。
 

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-194-

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 坂本教諭の目線を追う。斜面に並ぶ古い家並み、太陽光の下に伸びる高架線路、開発途上の埋め立て地。
「……そうね」
 坂本教諭はひとこと言い、
「初動、が大事よね。これから色んなところから色んな子がこの町に越してくる。『みんなに新しいお友達を紹介します』。この時の教員の態度が生徒に対するイメージ先入観を植え付ける。この町は15歳以下人口より65歳以上人口の方が多い。つまり、今まで変化無くただ時間が過ぎて歳を重ねた。結果人口は減少の一途を辿ってきた。子ども達自体も小さい頃からみんな一緒、転入という事態に慣れていない」(作者註:人口動向は2007年末現在)
「私、担任さん怒鳴りつけたんです。あんた転入生なじませる算段も知らんのかって。……知らなくて当然ですねそれじゃ」
「いいやあなたの指摘は尤もと受け止めるべき。私たちも、これまでは、これまでのやり方で波風立ってこなかった。でも今後はこれまで通りというわけには行かない。いやむしろ、“これまでのやり方”の踏襲の繰り返しが、基本を忘れさせた部分は多分にあると思う。それが今回事件の苗床としてあるのよきっと。自主性が出てくる時期……だからこそ、生徒一人一人とのコミュニケーションを大切にしなくちゃならない。基本中の基本よこれは。でも基本、当たり前のコトって慣れるに従いなおざりになってしまう。言い訳にもならないけど」
「先生がコミュニケーション不足とは感じませんが?むしろ音楽専任で良く把握してらっしゃる」
「友達が友達をという感じで一緒に遊びに来てくれたりするからね。担任じゃないからフランクに話してくれる、という部分もあるみたい。あの子ひどいんですーって感じでね。でも、今のあなたみたいに、真剣に語り合ったことはないよ。良くも悪くも友達感覚。深入りしすぎない分全体の構図が見えやすいだけ。担任持つって大変だなって思う」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-193-

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「ん?そんなことはない。場合によりけりだと思うよ。既得権益を失いたくない政治家なら変革を嫌がるし、毎日同じコトの繰り返しなら刺激物として大歓迎……もちろん、異分子の質にもよるけどね。要は価値観変革が自己の利益、保身に影響を与えるかどうか。それにネガティブに応じるかポジティブに応じるか。でもなんでそんなことを?」
「最初、このお店達を、この工房並ぶ小道には場違いじゃないかと感じましてね。同じ場違い感をクラスの子達も持ったのかなって」
「……そうか。彼女は転入生だったね。そして、英語がスペシャル上手かった。授業で習う必要すらなかった。これは言ってみれば英語について価値観に相違がある」
「一般に数学英語は苦手が相場ですもんね。どうしても相対比較が生じる。成績だ何だプレッシャーが掛かっていると、自分を向上よりは他者を貶める方向に走りがち」
「勝つために叩くってのは安易で早道だからね。他の価値観や視点を認めるには、たくさんの価値観に触れなくちゃならない。むしろそうやって触れることを楽しいと感じるくらいにね。あれもあり、これもあり、こんなのもあるのか~って。そうなると、違うと噛みつかれても、『そうかそうか、私とあなたは違うけど、あなたのご意見は私を一つ利口にしました』になれる。でもダイトーリョーが核ミサイルふりかざしてる現状で13,14にそれは無体。だから本読めと言うんだけど、これだけゲームがはびこっちゃ。だけどその点、あなたは世界中飛び回って知ってるわけだ」
「この町、こうやって新しい部分がどんどん増えて行くわけですよね」
 この言葉に坂本教諭は立ち止まり、空港の方向をじっと見つめた。
 レムリアは坂本教諭の足音が止まったと知り、振り返る。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-192-

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 その言い返しに坂本教諭はまず失笑し、
「そうなのよ。責任背負っちゃう。だからどうしようかと思ってね」
 表情に深刻を浮かべる。対しレムリアは少しの笑み。
「だったら、当の本人達の意見聞いてみたら如何ですか?」
「え。北海道に……」
「一緒に戻ってきました。放ったらかしに出来る娘(こ)達じゃありませんから」
 彼女たちが常滑の異変に素知らぬ顔できるタイプではない。……まぁ、この女(ひと)にはそこまで言う必要もあるまい。
「生徒に頼るようじゃダメ学校ね」
 坂本教諭は自嘲するように言ったが。
「そうでしょうか?それこそ言いなりの子どもから主体性持って動く人間へと成長する時期ですから、自治的な動きが芽生えても別に不思議ではない気がしますが。それに学校の主役は生徒ですよ」
 この発言に坂本教諭は一瞬目を見開き、そしてフッと微笑んだ。
「『我々はその時期の存在を認め、尊重し、言葉と気持ちに耳を傾ける義務があるのです』……フフ、出来てないね。で?二人は今どこに?」
「真由ちゃんちの工房で待ってるはずです」
「すぐだね。行きましょうか。あ、でも作陶のお邪魔に……」
「そうなると思ってあらかじめ話してあります」
「……そこまでされるとエスパーかと思う」
「あっはっは」
 レムリアは笑って応じた。……ウソツキにはなりたくないから否定はしません。
 喫茶店を出て歩く。入っていた店は何のことはない、例の一番最初ここに来た時“違和感”を覚えたタイプの店のひとつだ。
「異分子を排除したい、と思うのは人間の本能なんでしょうかね」
 レムリアは先立って歩きながら、その時の自分を思い起こし、尋ねた。
 ……真由が受けたのは“よそ者いじめ”である。なぜそれが生じたか、自分が抱いたあの日の違和感が、それを解くカギのひとつのような気がする。
 
(つづく)

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家に帰ったので

リンクの更新をしてちょっと食って寝ます

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-191-

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 レムリアは頷いた。やはり“母親経験”の有無は、子どもに対する見方・接し方を大きく変える部分が少なからず。……あの麻子という女性はその後どうしただろう。
 そして。
「それで……その母親さんは?」
 レムリアは訊いた。ちょっと変な日本語。
「ゲシュタルト崩壊」
 坂本教諭は目を戻し、頬杖をついて、ひとこと言った。
「えっ!」
「自分を全部否定された上、大事な大事な“宝物”奪われたんだもの。バラバラにもなるでしょ。学校のカウンセラー通じて心療内科に急患搬送。……しかしあなた凄いね。ゲシュタルト崩壊で通じるんだもんね。まぁ、そっちの母子については、後は大人の仕事ってことで任せてもらって。児童相談所とも相談が必要だしね。ただね、あなたと相談したいことはまだ残ってるんだ」
 坂本教諭は紅茶を飲み干した。
 レムリアはその間少し待って、
「と、いいますと?」
「クラス替えしたほうが、って話が出てるのよ」
 レムリアは失笑した。
「一足飛びにスクラップアンドビルドですか?」
「チェンメ持って相談に来た子が何人かいてね。もうクラスがぐちゃぐちゃだって。みんな次は自分が……て怯えてる状態」
 “チェンメ”は“チェーンメール”の意味。回覧増殖された“攻撃を煽るメール”のことであろう。
「クラス崩壊の危機と」
「そういうこと」
 レムリアはとりあえずカフェオレを全部飲み干した。
 崩壊、は避けたかったエンディングではある。しかし、その一方で仕方ないとクールに感じている部分も意識の隅にある。なぜなら現状のクラスは“いじめを生み出した環境”だからだ。解決はその環境を破壊する行為に他ならない。従い、ある意味必然。
 ただ。
「真由ちゃん由香ちゃんは困惑するでしょうね。自分たちのせいでと。そこぶっ飛ばしていきなりクラス替えはダメですよ。いきなり結論から来ますかねセンセイ方は」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード190-

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 強い結論は少々大きな声になったようである。唯一の客である彼女たちを見ていた店の娘が、ちょっと驚いたように身体を震わせた。
 坂本教諭はゆっくり頷き、
「そういう結論の一つを、あなたはこの母親さんにも見出した。ああ、それで彼女を施設の……あの教会の方に」
「ええ、いじめる子を作るのは親です。パターンは色々ありましょうが、彼女の心理構造は幼い女の子のままでした。本来なら成長と共に酷くなるわがままに、あれはダメこれはダメと次第に抑制が掛かる。当然フラストレーションになる。彼我のバランス点を考えるようになる。それが対人関係、人格の成長につながる。だけど彼女は抑制を知らず、単なる横暴に育った。幼いわがままがそのまま膨張していた」
「……なんかPTAの会合に来ているみたい」
「でも所詮14の娘。ただ、その娘の側から見て、私なりの経験をふまえての、推論です。物心付く前から銃を持たされた子供は、遊びを知らない。平和という概念がない」
 坂本教諭から笑みが消えた。……これは、教諭の“嘘”に対する回答にもなるだろう。
「可哀想ね……」
 坂本教諭は呟くように言い、冷えて渋くなったであろう紅茶を一口含み、窓の外を見。
「泣かれるのがイヤだったのか、嫌いと言われるのが怖かったのか、それは判らない。ただどっちにせよ、あの母親さんの子どもへの対応は明らかに間違い。確かに、忙しい時に限ってモノこぼしたり、一番やって欲しくないことを、一番やって欲しくないときに、一番やって欲しくない形で、やらかすよ。でもそれが子ども。集中したいときに限って甘えてくる。……置き去りにされた気持ちになるのかしらね。でもそれが子ども。
 だけどね、そういう失敗しないと、叱られないと、回避する知識や知恵は身に付かないし、それでも甘えさせてやるからこそ、満足する。甘えさせてやるから、叱るという行為が意味を持つ。叱るから甘えてくる。
 鬱陶しいと思わないか?と問われたら嘘よ。確かにね。手を出して片付けてしまいたくなることもある。だけど、だからって、何もかも先回りしたら、そうあなたの言う通り、子どもは何も身に付かず、ひたすらにわがままになるだけ。傷つく痛みも、傷つけない気配りも、身に付かない。傷つけない気配りの出来ない子どもが、愛されるわけがない。親は精一杯愛情表現のつもりなのにね。そして、あなた色んなパターンと言ったけど、逆もまた真でね。甘やかしすぎても、厳しくしすぎても、子どもは歪む。歪んだ子どもは親の心の歪みの反映。子は親の鏡とはよく言った物よ」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-189-

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「独立心は現状打破という気持ちにまず出現する」
 そう言うと、今度は坂本教諭の方が“意表を突かれた”か、目を見開き。
「結論から来ますかねこの可愛い“M”さんは。ええそう。校長は、『自分が一人の人間として独立した存在であり、それを周囲に認めさせたいと思う』気持ちや行動が、この娘さんには出てきてないね。そういう気持ちが芽生えさせないようにしたのは誰だろね、って言外に言ってるわけ。含蓄ありすぎてヒス……じゃない、怒り心頭の状態の母親さんがスッと把握したかはどうかは判らないけどね」
「自分で考え、行動する。そうしたいという気持ちが親への反抗として現れて当然」
「そういうこと。それを親の方から避けて、先回りしてあれこれ手を焼いたら、打破したいという気持ちにならない。その結果出来上がるのは、あなたが言った通り、愛情を掛けたつもりなのに愛に飢えた子。そして実は、そのあれこれ手を焼かれる状態、親の操り人形ってのが打破したい現状だったりするんだけれど、意識できるような現状……つまり抑制の枠やタガが見えないから、無意識でモヤモヤしてるだけ。結果、なんか知らないけど何となくむかつく日常。で、最も原始的なフラストレーション反応が出ると。……しかしあなた本当に14歳?」
「ひねくれてますけどね」
「嘘」
 それは、年齢を誤魔化しているだろ?というより、自分が何か隠しているという指摘だ。と、レムリアはこれまでの経緯もふまえて受け止めた。
 だったら。
「受けた側です。だから、真由ちゃんの気持ちは自分のことのように判る」
 坂本教諭が目を見開く。そしてゆっくり頷く。
「それで彼女の味方に……」
「ええ、しかも自分は単に逃げただけでウヤムヤにした。確かに当座はそれで終わりました。でも、それで良かったのか、そもそも何でそんな目にあったのか。なぜ?なぜ?ずっと問い続けた。そのボランティア活動を通じていろんな子ども達を見てきた。子ども達を通じていろんな親御さんに接した。
 いじめるような子どもは、周囲にはもちろん、実は親にも絶対に愛されてない。愛してると口で言っても、所詮口先のコトバだけ。子どもにとって肌で感じられるものではない。だから、いじめる子どもは、それでしか“自分の居場所”を確認する手段を知らない、実は可哀想な子」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-188-

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18

 
 ステレオイヤホン、“ATH-CM700”から、割れんばかりの悲鳴が漏れ出し、レムリアが顔を顰めたところで、坂本教諭はテーブル上のMDをストップさせた。
 レムリアは閉じていた目を開き、左右の耳からアルミ光沢のイヤホンを外す。
「どう?」
 問われて、レムリアはまず冷めたカフェオレを一口含んだ。
 午後の喫茶店。客は他に無し。もちろん真由達もいない。坂本教諭は“学校に無関係”との条件で応接室の録音を聞かせたのだ。最も、電話でのやりとりで母親、の何たるかは大体把握しており、新たな感慨はない。強いて言うなら。
「校長、おいしいトコ出てきておいしいトコ持ってったなぁ」
「あっはっは」
 坂本教諭は思わずとばかり軽く笑って、しかし、
「こら」
 と、額を指先で小突くようなジェスチャー。
「確かに殺し文句。でも、校長という最高責任者が言ったからこそ、それだけの説得力を持つのよ。それに、この言葉は、入れ知恵ではなく、校長の長い経験に裏打ちされた、教育者の真理や結論というものを背景に生み出された言葉。だから、重みがある。頭の中の使ってるデータは古いけれど、真理は時代に左右されない。その点で私が言っても軽く聞こえたでしょう。おいしいところ、はさすがに穿ちすぎだと思うよ」
「……失礼しました」
「謝らなくていいよ、素直な意見として拝聴。しかもこれ、とても含蓄のある言い回しよ。あなたが言いたいのは『子どもから大人になる時期です』云々のくだりでしょ?。ここね、例えば、それこそあなた。何かこう“ブッ壊してやりてぇ”って思ったことない?」
「えっ?」
 意表を突かれた問いだ。と、レムリアは思うと同時に、その真意を把握した。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-187-

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 レムリアは自らの手首に巻いたミサンガから一本、少女と全く同じ紋様のミサンガを、取り出して見せた。
 少女は何も言わずレムリアを見ている。その目から溢れ出す輝きがある。判っている。“友達になろう”など言われたことがないのだ。
 レムリアは少女の手を離す。少女の腕がだらりと垂れる。しかし少女は動かない。
 二人は見つめ合う。ただ見つめ合う。その二人の髪を風が揺らす。
 下り勾配を減速しながら降りてくる、真っ赤な車体の普通電車。
 メロディ奏でるような電磁的唸り音と共にホームへと滑り込み、キュルキュルと緩やかに機械ブレーキを作動させて停止する。
 2両編成なので階段下の乗客達が慌てて走ってくる。
 客らが乗り込み、対し、下車客は一名。
 車掌の笛があり、ドアが閉まり、重ね打つベルの音が聞こえ、電車が動き出す。
 再びの電磁的な電車の加速音に混じり、下車客の足音が、二人に近づく。
 黒い装束に身を包んだシスター。
「苦しかったわね」
 声を掛けられたのが自分だと知り、少女はゆっくりと、目線をレムリアからシスターにずらした。
 
「十何年、誰からも、好き、と言ってもらえなかったなんて」
 
 シスターは自らの衣で少女の頬の輝きを拭う。
「いつもすぐに嫌われて、その都度親が乗り込む。でもそのたびに、友達は減って行く。周りにたくさんいるのに、孤独。それがどんなに辛かったか。おお神様、私はもっと早く、この女の子と出会いたかった」
 シスターは涙目で語り、数歩少女に近づき、膝を突いてしゃがみ、震えるその身を、腕と衣服で包み込んだ。
 少女が泣き出す。声を上げて泣く。まるで初めて泣くことを知ったように、大声で肩を揺らして泣く。
 シスターは少女の髪の毛をなでる。彼氏が彼女にするように、そのまま眠りに誘導するかのように、ゆっくりとした動きで、繰り返し撫でる。
 泣き声が聞こえなくなる。
「姫様から話は聞いたと思いますが。私たちを手伝ってくださいますか?どうぞみんなに話してあげてください。この町のこと。陶器や煙突のこと。みんな、遠くへ行けませんからね。とっても楽しみにしてるんです。遠い町の話。まねき猫生産数日本一の町。……このまま行きますか?それでも構いません。生活に必要な品々は向こうで揃います」
 少女のうなじが、小さく、うなずいた。
 そしてそのまま、少女は、雪の便りも近い北の地へ発ったという。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-186-

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 “介抱した”自分は庇護者であり、親と同様、何かしてくれる存在、そういう認識なのであろうか。
 いや違う。
 
 これは物心付いて初めて叱られた幼女の反応。
 何でそう言われたのか理解できない幼女の“きょとん”。
 
 嘔吐した……自分の行動は彼女の理解を越えていたのみならず、驚愕ショックと言っていいレベルであり、人格退行を起こしたのだ。
 本来通過すべき階段の、昇っていないステップまで。
 否、退行は不正確な表現だ。これは彼女の“素のまま”だ。
 幼女のまま、親に反抗する機会すら恐らく与えられず、10年以上、放置。
 レムリアは少女の手を取り、脈を診るように手首を握った。今この少女に必要なのは、その失われた10年を取り戻すことだ。加害者認識や死の概念はその次である。
 手を開く。手首に巻かれた状態のミサンガ。
「前言を訂正する。君は死ぬには早すぎる」
 少女は己れの手首のミサンガと、レムリアの顔を、交互に見た。
 チャイムがあり列車到着のアナウンス。その30分に一度の普通電車。
 今このホームに、乗客とおぼしき姿は、跨線橋の階段下に少し。
「君は通りすがりの幼い子を蹴飛ばすような酷い子だとみんなから聞いた。でも私はそれを責める気はない。君は知らないからだ。だから仕方がないんだ。いつか君が、それを“酷いことしたんだ”と理解したら、友達になろう。それが理解できて初めて、君はこの星に生まれ、育ったと言える。だから、君にはまだ死ぬ権利がない。
 親元を、この地を離れなさい。誰にも後ろ指刺されない地へ行きなさい。この電車で、君を迎えに来る人がいます。その人に全て話してあります。少しの間、病院の手伝いをしながら、ひとりで暮らしてごらんなさい。札束を幾ら積んでも、何もかも至れり尽くせりでも、身に付かない物を、君はまず、その心に育てる必要がある。
 今の親と共にいることは、君を破滅させる。君を誰からも愛されない人間にしてしまう。君の親は、親である以前に、人間教育をやり直さなくてはならない。これは、いつか笑顔の君と出会える日までの、遠い約束」
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-185-

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 奔放に膨張しようとする自我(エゴ)に禁忌や抑制が及ぶからこそ、そこを打破しようという思慮工夫につながり、人格的な成長を促すのだし、膨張する人格間に摩擦が生じるからこそ、傷や限界や、共存するための優しさを知り、愛という感情の理解の礎になるのである。
 この少女は“死”を理解するとか、真由ちゃんに働いた狼藉がどれだけ酷いことであるか、理解させるための土壌がそもそも出来ていない。展開して、いじめる子を頭ごなし機械的に罰するのは無意味。その心を紐解かないと、“否定された”という不満の塊になるだけ。
 じゃぁ紐解くには何が必要なのか。考えてる間に、少女はペットボトルの水を、ゴクゴク音を立てて全部飲んだ。飲んで、“どうすればいい?”といった表情をレムリアに向ける。全部飲めと言った覚えはない。加減という語を恐らく知らない。それにホラ、飲んだら捨てに行けってばよ。
 少女はアクションを起こさず……起こせず、レムリアに目で尋ねる。その目は、尋ねる瞳は、水晶のように無垢で純粋。
 対向、赤い車体の空港行き急行が通過して行く。
 舞う風に二人の髪の毛が舞う。短いレムリアのはすぐに落ち着き、肩までの少女の髪は乱れた状態で止まり、しかしそのまま。
「お前、父親や母親に叱られたこと、あるか?」
 電車が去って後、レムリアは少女の手から空のペットボトルを奪うように取り、思わず訊いた。
「だめだよ、とか、どうしてそんなことするの!とか、言われたこと、あるか?ひっぱたかれたか?」
 まさかと思うが念のため、“叱られる”具体的状態を言葉にしてみる。
 即答がない。そして気付く。たった今のこの少女の状態は、“何かしてくれるのを待っている”幼女そのもの。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-184-

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 ただ、どれであれ、現在彼女を支配しているのは、恐怖。そしてそれに起因する悪寒。怯え。
 もう逃げまい。レムリアは断じ、背後の自販機でミネラルウオーターを買う。その怯えと身体的不快感が、少女の気力を奪っている。
 ペットボトルの蓋を開けて差し出す。
「口の中をゆすぎなさい。スッキリしたら少し飲みなさい」
 少女は、普通のその年齢の少女であれば、“人前に出られない”ような顔のまま、レムリアを振り仰いだ。
 仰ぎ見たその目は、少し驚きを持っているのか、円く見開かれている。そしてその円い目は、そうする理由を尋ねているように、レムリアには思われた。
「胃液で食道が荒れる」
 ハンカチで口の周りを拭ってやり、至極理論的な回答を提示する。この少女にとってはその方が理解できるからだと後から合点が行った。
 この少女は介抱される……優しさを受ける経験に乏しいのだ。母親は学校に文句付けるくらいだから溺愛先回り、上げ膳据え膳。他方……同級の子ども達がこんな暴力的な子どもに近づくとは思わない。
 だから、何かしてもらうと“何で?”になるし、優しさを曲解することもあっただろう。……そして、そうした反応、一般常識との乖離が、恐らくは更に周囲を彼女から遠ざける。言うまでもなくジャン=バルジャンそのもの。
 
 親による上げ膳据え膳は“そうしてもらって当たり前”という意識を子どもの裡に形成こそすれ、“愛情表現なのだ”という認識には至らない。だから、上げ膳据え膳が満たされない環境ではフラストレーションとなり暴力に訴えるし、暴力的な子どもは愛されない。結果出来上がるのは“愛しているのに”愛情に飢えた子ども。
 
 “甘えさせる”ことと、“甘やかす”ことは違う。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-5-

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 ひどい熱です。しかし見回しても他の毛布や布団の類は見当たりません。衣服はどこにしまってあるのでしょう。
 病院?保護者でもないのに?訊かれたらどう答える。それ以前にお金は?
 救急車……通信手段がない。
 とりあえず抱きかかえ、背中の翅を回して包みますが、不十分です。
 仕方ありません。
「リクラ・ラクラ・シャングリラ」
 私は石を手にして声にしました。
 家の中から風景が切り替わります。
 小さな流れがキラキラ光るクローバーの草原。
 太陽が輝き、小鳥たちが舞い、
 私の足もとへ降りてきます。
〈エウリディケさん〉
〈エウリディケさんその子だあれ?〉
 それは私の名前。こと座の神話で知られるニンフと同じ。
「人間の女の子……病気なんだ」
 私はかおるちゃんを抱きかかえ、流れを跨いで、バンガロー風の小屋の戸を開けます。
 フェアリーランド……天国の片隅にある私たち妖精たちの国。
 私の家。
 ドアを開いてダイニング。円形のテーブルがあって奥手にキッチン。右手に食器棚があって、その向こう側が寝室です。
 小鳥たちは私の後ろからちょんちょん歩いて付いて来ます。心配してくれているのです。ちなみに、地上では絶滅した種類。
「ミツバチに蜜を届けてもらうよう頼んでくれないかな」
 私はかおるちゃんをベッドに寝かせながら鳥たちに頼み、寝室の窓を開けました。
〈判りましたすぐに〉
〈わーい妖精さんに頼まれてお使い〉
 人間さんにはピーチク鳴き合いながら飛び去っていったように感じられたでしょう。
 窓を閉め、その間に着替えです。汗に濡れた衣服の代わりに私の白装束……神話の女神様の肖像画でおなじみトガ(toga)を一枚、ベッド下から出して彼女に掛けます。後は毛布。陽が入って室温が高いのでこれで充分。
 屋外へ出て薬草の採集。のどに貼って炎症を抑え、呼吸を楽にするもの。そして額に乗せて熱を取るもの。いずれも刻んで布に包み、それぞれ載せます。熱取る方は3つ作って、脇の下にも挟みました。
〈蜂蜜が要り用とか〉
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-183-

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 手足伸びきって教科書なりの情報も持っているが、人格の発達段階は幼子のまま。もちろん、原因は母親以外の何ものでもあるまい。
 そんな幼子に傷つくことや死を理解させる?……時速100キロの鉄の塊に人体ぶつかったら水風船が割れるに等しいよ……人体だと認識できる部分がわずかでも残っていれば上等だよ……。言ったところで、『きょとん』であろう。もっと残虐グロテスクなもの言いも出来る。そんな場面を戦乱災害の地で目にしたこともある。その有様は人間が生物であることすら否定するかのような、凄惨なものだ。
 でもこの彼女には理解できまい。著しい損壊を受けた人体の写真をメールで交換など、良く聞く話だ。
 どうしてくれようか。見つめて……彼女にとっては睨んで、であろうが……いるうちに、少女の顔色が悪くなった。
 さながら乾きかけた水たまりの泥。
「う……」
 事態の予測が付いたので手を離し、そのままホーム端にかがみ込ませる。保線係の方ごめんなさい。
 少女が線路敷きに嘔吐する。
「我慢したら胃腸を壊す。全部出しなさい」
 背中をさすってやる。但し、別にそうした画像をテレパシーで送り込んでやったわけではない。
 叱られて胃が縮むような経験をした……誰しも一度は覚えのあることだろう。我が子を激しく叱り飛ばしたら最前の食事を吐いてしまい狼狽した……そんな親御さんもおいでであろう。
 レムリアの取った行動は、この少女に取り、類似の心身相関現象を惹起する過去経験のない激しいストレスだったのだ。レムリアが何も言わずじっと見つめる時間が長かったせいもあると思われる。
 少女にとってカーディガンの娘は、己れの“暴力のルール”に応じない上、己れにとって内容の理解も出来なければ、相手がどんな行動に出るか予測も出来ない。或いは、真由に対する一連の狼藉に対し“苛烈な暴力的仕返し”を予測したのかも知れない。昨夜来の蓄積も手伝っていよう。最も、イタズラ電話の時点で精神的に“切れて”しまったからこそ、ここに足を向けたのだろうが。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-182-

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 徹底的に否定しまくる、では逆にダメなのだ。ここまで来ると。それこそ、ジャン=バルジャンを追い込む行為に等しい。
「あんたに死ぬ価値はない」
 レムリアはまず言った。我ながら感情のない、氷のような声だ。真意に反したことを口にするので、どうしても無機質になる。
 ジャージの少女はびくりと身体を震わせる。折しもびょうと音を立てて晩秋の風が耳のそばを抜ける。彼女の身震いは、薄着の故か、それとも違うか。
「死ぬという現象に対する冒涜だ。君のしていることは」
 慎重に言葉を選ぶ。真意と、理想論との妥協点。それでも否定成分の多い文言になるのは否めない。対向側、空港行き列車通過のアナウンスがあり、またぞろ飛び出して行きやしないかと危惧が生じる。ここでこの手を離してしまえば、自分より大柄なこの少女を再度捕まえるのは不可能であろう。
 その危惧が掴む力を強めたか。
「痛い……」
 少女が口にした。
「痛いかい。やめて欲しいかい」
 少女が再び身体を震わせ、目を見開く。既視感を抱いた人間の反応である。最もレムリアにしてみれば当然の反応だ。なぜならそれは少女自身が真由に使った言葉だからだ。これに続くのが、前記、やめて欲しければ……である。
「電車に飛び込もうとする人間が痛がるとは滑稽だ」
 レムリアは言った。死のうとするくせに痛みを嫌がる。それは死への無理解の裏返し。そして痛いと言うが『離せ』とは言わない。それら言動には“幼い”を通り越し、原理的・本能的な反射の存在を垣間見る。
 まるで乳飲み子の世界観……心理を慮る相手がいて、先回りして反応してもらえる……だ。それが洞察だと判り、ああ、と納得する。この娘の環境では、“得たい反応”は自動的に得られるため、“得たい反応を引き出すためには、どうすれば良いか?”という思考形態が出来上がっていない。
 
(つづく)

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グッバイ・レッド・ブリック・ロード-181-

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 止まった列車から車掌が線路に降り立ち、後方に当たる駅方面に目をこらす。カーディガンの腕がその手を高く持ち上げて応じる。
 車掌は状況を把握したらしく、白手袋の手を上げた。了解、の意であろう。
 次いで、ぎこちなくマイクを操る音が、ホーム上のスピーカからガサゴソ聞こえた。
『お客さん、大丈夫ですか?』
 無人駅管理システム……その幹事駅である常滑からの問いかけ。問題の対処にインターホンで会話できるようになっている。
「ええ、お騒がせして申し訳ありません。事態は食い止めました。ケガなどありません」
 カーディガンの主……レムリアはジャージの少女から目を離さず、腕も離さず、言った。
『了解しました。確認終了5271E抑止解……』
 業務連絡っぽい内容の途中で、マイクの声は途切れる。程なく、止まった電車から電子警笛を短く鳴らす音が聞こえ、電車が起動。
 線路に響く転動音が遠ざかる。
「『やめてやる。お前がここで自殺すればな』そう言ったそうだね」
 レムリアは腕を掴んだまま言った。
「ここが自殺向きだって認識があったからだろ?カーブの向こうから高速で走ってくる。下り坂を下りてすぐだ。なるほど運転士が発見した時は手遅れだね。
 だから来てみた。案の定とはね。しかしいい気なもんだね。あんたにどれだけの人が振り回されたか。ひどい目にあったか。まぁ、自分のやることに責任持て、って教えられてないから、そういうこと出来るんだろうけどね。
 そんなのに簡単に死なれてたまるかよ」
 レムリアはそこまで一気に喋り、どうしてやろうかと一瞬考えた。言いたいことは山ほどある。認識させたいこと、身に染みて覚えさせたいこと……。
 ただ、この沸き上がって来る怒りのままに言葉を出すのは、恐らく解決へ遠回りとなるだろう。
  
(つづく)

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