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2011年6月

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-019-

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 するとヘッドホン状の機器………脳波センサーの信号に基づき、船のコンピュータが彼女の浮かべたイメージをキャッチ、データベースの地図と照合して大体の場所と距離を割り出す。船がそこへ全速力で駆け付ける。となる。但し、要救護者が失神後に移動(流される)などの可能性が高いことから、自動操舵でピタリと到着できるわけではないし、最適最速の救助を行うために船の位置は色々変える。従って操舵手は欠かせない。ちなみに同じ理屈で、思い浮かべるだけで船の制御に割り込むことも可能である。この制御系をPSC:Psychology-direct-reflection Synchronization Control-unit……心理同期制御と呼ぶ。なお、船長は言わば人体自身がこの機能を備えた存在と書けようか。
 船は順調に飛行して行く。あまりに速いためオリオン座はすぐにスクリーン外へ消え、夜から朝の領域に進行する。さながら映画の早送りである。相原は「へぇー」と唸り、首をかしげながらモニターで眺めている。
 レムリアがそばに来ても、画面に夢中でそれに気付く気配は無い。レムリアは相原の肩を指先でつんつん突ついた。
「なんじゃ?」
 相原は振り向いた。レムリアの傍らにはシュレーター。
「ドクターがエンジン見たくないかって」
 レムリアが言い、シュレーターが頷いて眉を上下に動かした。なお、ドクターという呼び方は氏が博士であるため。
「見たい!!」
 相原は間髪入れず答えて立ち上がり、声に驚いた大男たちが振り返って苦笑。
 この船のプロパルジョン(推進)系は、その超絶の速度から容易に想定できるが、常識を越えて高度に過ぎる。
 それを、実用化したのが、彼の目の前、シュレーター博士。
 ただ、原理が考え出されたのは先にシュレーター自身が言ったように1930年代である。
「だ、そうです」
 とレムリアはドクター・シュレーターに訳して伝えた。
「そう来ると思ったよ。じゃあ来い」
 シュレーターは顎をしゃくると、先に立った。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-018-

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 船が巡航速度に到達した。
 但し。
「現在位置」
「はい現在位置60N160E(ろくまるえぬ・いちろくまるいー)。速度70巡航中」
 レムリアは船の位置と速度を読み上げた。その意味は北緯60度東経160度。
 地理に強い方は耳を疑うであろう。正しい緯度経度を指しているならば、船は今、日本から2千キロを隔てた太平洋上を進行していることになるからだ。ちなみに、ドクターが始動と喚呼してからここまで経過した時間は数秒。上記発進加速のシーンはリアルタイムであり、時間は圧縮していない。
 これが何を意味するか。
 速度70……この数値が巡航速度であることはレムリアが言ったとおり。ただし、単位は秒速にしてキロ。つまり秒速70キロ。
 時速に直すと25万2千キロ。
 これが現在の船速である。10分で地球を一周するスピードになる。
 すさまじい速度であることは説明するまでもあるまい。〝地球全体と対象とした〟ボランティア。………この速度だからこそ可能なのである。
 モニターに〝巡航中〟の表示が出た。
 同時に先ほどの慣性力中和装置INSが解除され、わずかだが音が聞こえる。細い弦が唸っているような音で、やや高域寄り。
「巡航確認」
 相原は喚呼した。船が安定航行していることを船長として確認した、と宣言したわけである。
「巡航」
 メカニック責任者であるシュレーターが答える。
 するとセレネが、
「了解しました。では私はこれから探査に入ります。席を立つことを許可します」
 と言って、前述のヘッドホン状の機器を装着し、ベッドに横たわる。
 セレネがヘッドホンをかぶって横たわる……実はこれが〝遭難者の捜索〟である。
 仕組みは次の通りである。まず、船は自動航行で地球を巡りながら飛んでいる。
 この時セレネはこうして横になり、超感覚で〝危難の意識〟……助けてくれ……を探している。
 そして発見すると、その場所のイメージが彼女の意識に浮かぶ。どの方向に、どのくらいの距離か。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-017-

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「浮上」
 シュレーターが操縦桿を手前に引く。
 画面が動く。
 暴風が生じて草を吹き倒す。相原を吹き飛ばそうとした暴風の正体である。この船は浮上降下時に空気圧を用いるため、応じた風が周囲に生じる。その〝クローラ〟は、風を起こす機構である。
 船が少し揺れ、不動の大地に座していた感覚が消える。
 浮き上がった。
「浮上しました」
「INS始動」
「INS始動確認」
 シュレーターが返し、振動や騒音の類が忽然と消える。
 図書館のように静かになる操舵室。INS:Inertia Neutralization System。慣性力中和装置。
「INS動作正常」
「光圧シールド透過モード。リフレクションプレート展開」
「リフレクションプレート展開固定。透過シールド作動。フォトンチューブ確立確認」
 その動きを船外から見るとこうなる。まず、船尾がくす玉のように左右に割れ、くるりと回転して裏返しになり、金色のパラボラアンテナに変形する。アンテナ中心には船側から棒が突き出し、伸びる。
 そして金色の光の粉がキラキラと生じ、密度を増して船全体を包み込み隠し、そのまま全体が透明化して見えなくなる。透過シールド。光学クローキング(cloaking)の一種であるが、その原理は、船体が無ければ見えるであろう背景画像を周囲に映し出すもの。
 操舵室に戻る。
「全機能の動作正常を確認した。起動シーケンス全完了。副長復唱せよ。アルゴ発進する」
「発進」
 セレネが答え、相原はコンソール上の赤い蓋を指先で弾いて開き、中のボタンを押下する。
 正面スクリーンから草むらの映像が引き抜かれて消える。まるでテレビカメラを急に動かしたように。
「正面カメラ展開します。船長」
 レムリアが言い、スクリーンの映像が切り替わる。
 映ったのはオリオン座。
 但し宇宙ではない。東天から登ってきた同星座の姿を捉えただけ。
「巡航到達」
 シュレーターが言った。ため息を付きたくなるような、少し安堵した雰囲気が室内に流れた。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-16-

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 栗色の長い髪の持ち主で、トガをなびかせ、霧が流れるような動きで階段を下りてきます。
「こちらでお見かけするとは珍しい、エウリディケさん」
 彼女は言うと、かおるちゃんの前に膝をついてしゃがみました。
「あなたは……人間さんね」
「お姉さん綺麗」
 かおるちゃんは言いました。
「ガイア様ならお待ちよ」
 つまり、判ってらっしゃるということ。
〈お、オレは……〉
 男爵が躊躇を見せます。
「当然、ご一緒に。ここはガイア様に用のある方、ガイア様がお招きになった方以外たどり着けません」
 ティルスの先導で階段を登って行きます。するとその間にジョンの身体がみるみる原状に復して行きます。
 ただ。
 首から下は見えても触れない状態です。かおるちゃんが一瞬喜んで撫でようとしましたが、その手は素通り。
〈いいよ。自分で動けるから〉
 かおるちゃんの手がジョンから離れます。
 王宮入り口のホールで入場者確認を受け、中へ入ります。アーチ形の梁が連なり、私たちの足音が静かに反響します。かおるちゃんと、ティルスと、私。
 犬たちの足音はありません。
 王宮深奥へ進んで行きます。外光は入りませんが、柱と壁をなす大理石自身がほのかに光り、黄昏程度の明るさはあります。
「ここでしばらく」
 通されたのは謁見室。とはいえ、たいそうな玉座があるわけではありません。大広間の奥方が一段高くなっているだけ。
 ティルスは私たちを残して退室しました。ちなみに〝ドア〟はなく、その代わりに手をかざすことで壁が現れたり消えたり。
 いい香りのする緩やかな風が、その奥の一段高いところから流れてきました。
 人影。ガイア様です。
「まぶし……」
 かおるちゃんが手をかざしました。そうかも知れません。ガイア様のお姿は〝人の形をした光の塊〟。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-016-

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「通常ルーチン起動シーケンス」
 相原は言い、キーボードを押し込んで元通りしまい込み、液晶パネルをポンポン指でタッチ。
「了解」
 各員から声が返り、それぞれにコンソールの画面を見つめる。それぞれに船の運航に関わる役割がある。
「順次状況を確認する。ドクターシュレーター。電源状態」
「制御電源安定。主電源準備ヨシ」
「ラングレヌス。機関状態」
「GM(じーえむ:ギフォード・マクマホンの略)サイクル動作正常。液体窒素温度52ケルビン。INS(いんす)予冷装置9ピコケルビン、ゼロ点振動確認。燃料陽電子容量18.87パーセントチャージ。読み替え残容量92パーセント」
「アリスタルコス。防御システム」
「光圧シールド甲板部動作。作動良好」
「了解。透過シールド準備。船体制御系動作正常を確認。探知システム状態報告」
 探知システムの起動や監視の担当はレムリアである。
「映像装置、探知装置共に問題ありません。船長殿」
 レムリアは言い、振り返り、ウィンクして見せた。
 最上段座する相原が堂々として見え、ハッとする。一連のセリフは知ってるから言えるのだろうが、中々サマになっているように思える。
 椅子に埋もれる小柄な男で、はんてん姿だが。
 男を男らしく見せるのは、シチュエーションと発揮できる能力の方程式なのだろう。
「よろしい。主機関始動!」
「始動します」
 相原の声にシュレーターが喚呼で応じる。握っていた操縦桿の奥手側、フタ付きスイッチを押す。
 僅かに甲高い音、擬音に直せばキーンと書ける音が聞こえたであろうか。大型のコイルに高周波の電流を与えるため、磁力による振動と音がどうしても生じる。ただ、通常は人体が感知できない高周波で駆動されるため、聞こえるのは始動時の一瞬だけだ。
 程なく、ラングレヌスが座る位置でランプが幾つかパパパっと点った。
「フォトンハイドロクローラ始動。主コイル、前段加速器温度所定。機関準備完了」
 ラングレヌスが報告し、
「機関準備確認。……ふ、浮上」
 相原の声が震えた。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-015-

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 レムリアとしては、相原が心底納得して意思表明をしてくれたのか、少し引っかかる部分はある。が、ここまでの経緯からして、蒸し返すようなことを言えば、多分彼は怒るであろう。
 いい、と言うなら、いい……というコトにしておこうか。
「レムリア?」
 立ち止まったままのレムリアにセレネが声。
「あ、はい」
 促されてコンソール中央左、自席へ。そして。
「船長席はあちらです」
 セレネが相原に手首を返して指し示す。それはテレビのテーブルより右方向。
 大学の講堂のようにひな壇状のコンソールが配されており、応じた人数乗り組むことが可能と推定される。しかし現時点コンソールに機器はなく、椅子もない。
 そのひな壇最上段。
 大振りな革張りの椅子があり、ディスプレイが三面鏡のように立ち上がっている。
 船長席。
「え?いいんですか?」
「救助ルーチンの起動は総員の同意と船長の操作が揃わないと不可能です」
 相原はおっかなびっくりという感じでひな壇を上がり、見渡す視野の頂点に立つ。
 その眺めは名実共にSFに出てくる宇宙船の内部である。ただ、虚実のそれらと異なるのは、ひな壇中腹、船体右舷部分に植え込みで囲まれたベッドがあり、セレネがそこで横座りしていること。傍らには妙にケーブルの多いヘッドホン……と形容できる機器。
 相原は革椅子に腰を下ろした。
 椅子が着座を検知し、3面ある画面の中央がパスワード入力表示。
 相原はコンソール下の引き出しを引き、現れたパソコン用のフルキーボードに指を揃える。
「えと、じゃぁ、行きますよ」
「はい、お願いします」
 セレネが応じる。会話だけ取れば、これから空飛ぶ船が起動するとはとても思えない。
 相原がはんてんの袖をまくってパスワードを打ち込む。指紋認証など厳密性を要求しないのは、そもそも船に乗ること自体乗組員の総意によるため。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-014-

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 レムリアは言い、右の人差し指を自らの唇に当て、その指先を相原に差し向ける動作をして見せた。
 投げキッスのようだが違う。レムリアが魔女として変身の魔法を起動する時の動作である。
 月の精霊の力を指先に呼び込み、所望の結果を相手にもたらす。相手は月明かりの中でだけ所定の能力や外見を纏う。レムリア自身の外見を変えることも出来る。
 月明かりの中でしか作用しないのは、彼女が半人前だからである(と彼女自身は認識している)。長じると指先に蓄積しておいて任意に操れるというが、現時点では月齢に左右され、新月の日中ではコスプレもどきか小手品がせいぜい。……最も、そのコスプレと小手品を使い、病院でマジックショーを演じたりしているが。
「つまり……電子化人間ってことか。和風の」
 相原学はそう言ってはんてん姿の両腕を広げて見せた。
 その言動、言葉と外見のアンバランスにレムリアはあっけにとられた。
 申し訳なさや緊張感が吹き飛んでしまう。
 何故なら格好悪いのである。SFめいた言葉や概念に全くそぐわない。真逆。
 「ださい」という日本語の意味を体感する。
 結果、不謹慎かどうか判らないが音を立てて吹き出してしまった。
「あはは……」
「やっと笑ってくれたか。君のそういう笑顔が見たかったよ」
「えっ……」
 予想外の言葉であり、レムリアは正直照れた。
 あなたの作戦?自虐ネタって奴?
「まぁいいや。つまり君の見立てでは、オレには船長の能力を備える素質があるってことか?」
「ええその通り」
 答える口調が軽くなったと自分でも感じる。
「じゃぁ、いいや。お引き受けしますセレネさん」
 相原学はこれまた、あっさりと言った。
「判りました。では皆さん、出発しましょう」
 おーう!と男達の野太い声が響き、それぞれコンソールの所定の椅子に腰を下ろす。
 
(つづく)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-8-

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「お前、何か違うな」
 桜井優子は頬杖を突いて理絵子を見、そう寄越した。遊ぶ仔猫を見守るような表情……に見えたのは、気のせいかうぬぼれか。
「じろじろ見られてヒソヒソ……でも、お前と一緒ならそういうこと無いかもな」
 出てくるのは稀。だのに、たまに出てきても良くないウワサは知れ渡っていて〝ここだけの話〟大量生産。誰も話しかけてこないが、みんな自分のことを話している。
「勉強教えてくんねーか?……1年サボっちゃったし」
 桜井優子は言い、ハッと気づいたように視線を外して。
「ウソだよ。自分自身で努力しろってな。引きこもっておいて自分勝手なわがままだよな」
「いいよ」
 理絵子は言った。
「え?悪(わり)いよ。いいよ。前言撤回」
「何で?友達同士が一緒に勉強って普通だと思うけど」
 桜井優子は頬杖の姿勢を改め、正面から理絵子を見た。
 その驚きに満ちた表情はまるで……まるで初めて告白を受けた女の子である。
「お前そこで友達って言葉さらっと出てくるか?」
「先に行ったのは優子」
 彼女の驚きの背景を踏まえ、理絵子は敢えて呼び捨てにした。
「……なんか久々に聞くな、呼び捨て」
 桜井優子は言ったが、温和な言い方からして謝る必要は無い、と理絵子は判じた。
 と、同時に、それは彼女が一般的な級友同士、女の子同士の時間を失って久しいことをも意味した。
「可愛いのな、お前」
 桜井優子は薄笑みを浮かべた。
 これから会話が弾んで行きそう……なのだが、それを壊す存在がバイクで来て、止まった、と理絵子は知った。
「来たみたいですよ」
 門扉引き戸が開けられたと判る。
 その音は母子にも確実に聞こえたようで、桜井優子は玄関方向に顔を振り向けた。
「隠れろ」
「え?さっき大丈夫だって……」
「後から言い訳する分にはってことさ。現行犯は別だよ」
 桜井優子は理絵子の袖口を持って立とうとする。一方、彼氏たるその者は庭石を無視して無遠慮に横切り、
「いつも池に吸い殻捨てるんですね」
 理絵子は言った。
「何で判るんだ?」
「さっき歩いたとき鯉たちが嫌そうにしてましたから。来客が嫌いか怖いんだろうなって」
 玄関の扉が開けられた。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-013-

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 銃器と書いた。
 救助隊が殺人機械とは真逆の取り合わせだが、この銃は機能と形状が類似しているために男達にそう呼ばれているだけであり、殺人・攻撃を目的としたものではない。救助に当たって必要になる状況改変・障害物の破壊に用いるもので〝救助支援機器〟が正式な名称である。四種あり、レーザガン、プラズマガン、レールガン、そしてアリスタルコスが口にしたFEL……自由電子レーザガンとなる。なお、これらは人体認識装置を備え、対人発砲は不可能になっている。追って実際に用いることになろう。
「予感がしたのです。予知という方が正確でしょうか」
 セレネは相原を招聘した理由をそう説明した。
 相原は操舵室をぐるぐる見回しながら、テレビテーブルの傍らまで足を踏み入れた。左手に顔を向けると映画館のようなスクリーンがあり、現在は秋の草むらが映し出されている。そちらが船首方向である。
 映画館と異なるのは、スクリーンと相対するのは観客席ではなく、スクリーンに沿ってやや湾曲して配された長い操作卓(コンソール)であり、それぞれイスの前に幾つかの液晶モニタとトラックボール、タッチペン、ボタンやスイッチ類。真ん中にはシュレーターが座っており、ゲーム用のジョイスティックを思わせるレバーを握っている。舵である。
「出なくてはならない。義務さえ感じました」
 セレネは言った。救助活動に先立ち、なにがしかの予感はいつもあるという。ただ、今回は『まるで警報のように』船長レベルの思考・判断権を伴うべきと要求された。
 相原がセレネに顔を戻し、生唾を飲むような動作。
「重いですね。それほどの内容で……僕に務まるんでしょうかね」
 その心配に対しては、レムリアの方に心当たりがあった。
「船長は……あなたにマニュアルの内容を読み聞かせた時、『自分に似ている』とおっしゃっていた。だから、同じ能力を付与することは可能だと思う」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-012-

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「相原です。シュレーター博士」
 相原は握手を求めて手を差し出した。
「会えて光栄です。この船は人類を科学の歴史を変える」
「持ち上げるなむずがゆい。原理は1930年代だ。媒質とチャージだけの問題だったんだよ。形にするのが早かっただけさ」
 一通り自己紹介が終わる。なお、彼らの〝名前〟はレムリアも含めて本名ではない。コールサインである。
「さ、こちらへお越し下さい。レムリアからある程度聞いているかと思いますが、この度あなたをお呼び立てした理由をご説明いたしたく存じます。それでご納得いただければ船を飛ばそうと思います」
 副長セレネは言い、ヴェールを翻して相原を操舵室内に招き入れた。
 


 
 クルーはそれぞれに〝超人的な〟能力の持ち主であると前述した。
 レムリアは魔女である。応じていくらかの超感覚を有する。更に看護師の資格を有し、救助活動に際しては救急救命の重責を担う。日本語を話せるが日本人では無い。操る言語は実に12。天才肌の13歳である。
 アリスタルコスは銃の使い手。ラングレヌスはなんと不死身であり、銃弾は通らず刃も立たない。この双子は〝攻撃〟と〝防御〟を分担し、普段は生かして賞金稼ぎをしている。
 セレネは超感覚能力者である。テレパシー使いとしてレムリアより遙かに長じており、その能力を大いに利用し、救助要する人の〝心の悲鳴〟を見つけ出す。船はその検出をトリガとし、空を舞いその場所へ急行する。なお、レムリアとは場合により形而上的に連携する。
 シュレーター博士はその観点で超能力者ではない。しかし船の開発者であり操舵手として乗り組み、活動の行動力を一手に担う。
 そして、今ここに不在の船長アルフォンスス。
 容姿とプロフィールだけ書いておくと、やはり身長2メートルの大男であって、アフリカ系の肌の持ち主。傭兵として主要な役職にあるとまでは判っているが、詳細は不明である。その超能力は電磁波を感じ、更に干渉できること。すなわち電磁力に限ったテレパシーと念動力の持ち主と言えようか。サイボーグという言葉があり、これは人体を機械に置き換えた概念だが、彼は逆で、電気機械の特質を備えた人体、というのが端的な書き方になろうか。実際、船のコンピュータや銃器の照準システムと脳で直接通信してのける。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-011-

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 氷河の軋みを思わせる重い音がし、扉左右のカンヌキが外され、左右に開き出す。
 室内はドーム状であり、天井では高輝度放電灯が青白く光る。大きなテーブル……画面上向きにセットされた液晶テレビ……が配され、女性1名、男性2名がその前に並んで待機。
「アルゴ号へようこそ。お久しぶりと言うべきでしょうか。相原さん」
 天国で午後のそよ風を感じる機会があるのなら、彼女の声は最も近いのではあるまいか。
 ……とは、相原自身による物語の表現。副長セレネ。遙か古代に存在した砂漠の貿易国家、パルミラに祖を持つというその容姿は、一見して国籍不明。まとうヴェールはアラブの衣装かローマのトガ(toga)か。
 端麗にして端正な大人の女性なのだが、いわゆる官能的な要素を見出すことは難しい。そうした次元を超越した印象を備え、高貴で透明で、それこそ遙かな国を吹く風のようだ。
「はい、相原です。セレネさん」
 相原は(美しいの意であろう)ほぅっとため息をつく。
 その様を見たセレネの傍ら、アリスタルコスと瓜二つの大男がプッと吹き出す。
 相原はその大男に目線を移した。
「てぇことはあんたがラングレヌスだな?」
「ああ、そうだ。小せえな」
 ラングレヌスと呼ばれた大男はアリスタルコスと同様に応じた。双子であって当然似ているが、このラングレヌスの方が言葉少なと書いておこう。必要最小限のことしか言わず、叙情的な文言は口にしない。サーキットレーサーのような上下ツナギ服を着用。
「そろって小せえ小せえうるせえよ。言動まで似てやがって全く。でもいいやよろしくしやがれ」
 相原がニヤッと笑って再び八重歯。
 そして。
「結局、オレだけか、お前さんとリアル初対面なのは」
 こちらも上下ツナギだが、作業服を着た小柄の男性。浅黒く日焼けした肌、皺の刻まれた額。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-010-

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 そんな彼女を、相原はビデオの静止画のように固まって呆然と見つめた。
 少しあってレムリアの視線に気付いたようで、相原は薄笑みを浮かべて腕組みをした。
「正義の味方上等。まぁ、船長代理ってもどれだけ出来るかワカランがね」
「お前にFEL(ふぇる)を振り回せとは言わんよ。乗れ。副長に会わせる」
 アリスタルコスが顎をしゃくる。
「ありがとう!本当にありがとう!入って。こっち」
 レムリアは相原の手を握ると、ぶんぶん振りながら引っ張り始めた。
 照れた顔で応じる相原を、アリスタルコスがニヤニヤ見下ろす。
R_argo1
 相原は船に足を踏み入れる。通路が船体左舷に沿って前後に通じている。
 それはSFの宇宙船に足を踏み入れたと言って良かった。六角形を上下方向に引き延ばしたような断面形状であり、照明はほぼ天井全体が一様に光っている。船体輪郭に合わせて緩く湾曲しており、前端、後端は見通せない。
「すげえ……」
 相原は立ち止まって見回す。それこそ映画用実物大模型の見学者である。
「でも、あなた、一度入ってるん、だよ……」
 レムリアは……遠慮気味に言った。
 雪の中、担ぎ込まれて。
「え?」
 相原はきょとん。
「まぁ覚えてねぇかもな。お前半分失神してたし。さて悪いけど急いでくれねぇかな。見学なら飛んでから幾らでも出来るからよ。俺たちは止まっていたら意味がねえんだ」
 アリスタルコスは殺伐と言った。
「ああ、そうだな」
 相原が応じ、一行は通路を後方へ向かう。程なく、左手に天突く高さの大きな扉が現れる。銀行の大金庫を思わせる円環のハンドルが付いている。
「操舵室」
「その通り。……レムリアです。相原さん連れてきました」
 レムリアが言い、相原のイヤホンにピンという甲高い音が返る。
 それが〝了解〟の意思表示であることを相原は知っている。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-009-

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 相原は目を見開いて訊き返し、はんてんを翻してレムリアを見た。その反応に、「それをまず言え」とアリスタルコスが突っ込む。
「あの……」
 レムリアとしては気が引けたのは確かである。船長アルフォンススは自称、傭兵であり、都合がつかない場合はアルゴプロジェクトへの参加を見合わせることもある。その場合は副長が代行するか、活動自体をスキップするのであるが。
「今回は船長が必須でしょうと。この船と私たちの全容、船長の考え方を知る人が必要でしょうと副長が。それで」
 物語に書けるレベルまで内容を把握している相原を招聘することにした、と。
「副長さんもサイキックだったな確か」
 相原は腕組みして問うた。psychic……超能力者一般を指す語。
「ええ、はい。予知を受けたのではないかと。私自身は何も感じないから、確固たる事は言えないんだけど」
「それを早く言えよ」
 相原は言い、ニヤッと笑って上あごの八重歯を見せた。
 すなわち、あっさり了解。
 レムリアは目を丸くした。……そんなもの?
「ホラ見ろ。だから回りくどい説明するなって言っただろ?女の子だな、もう」
 アリスタルコスが言い、アメリカコミックのヒーローのようにわざとらしい仕草でため息をついた。
「じゃあ、一緒に、来て……」
 レムリアは思わず相原を見つめてしまう。傷の原因になった張本人の頼みを聞いてくれるというのか。
「当たり前じゃんか。ってか、断ったどうするつもりだったんだ?何か代案あったのか?」
「ありがとう!」
 レムリアは思わず大きな声で言い、両の手をパチンと叩いた。
 それは嬉しい時に彼女が見せる仕草。
 月明かりに突然開いた笑顔の花。
 光を含んでキラキラ輝く黒い瞳は、夜にあって尚目を引く喜びの大輪。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-008-

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 二人が再度出会ったのはその頃である。人格崩壊寸前で雪原を彷徨う相原をレムリアが発見し、アルゴ号へ搬送した。その際、工学系の学生というプロフィールを反映し、船の仕組みとプロジェクトの救助活動を幾つか聞かせた。相原が託宣的に得た物語と認識しているのはその内容であり、応じて船やクルーについて、彼女がレムリアであり、大男がアリスタルコスと称することも知っている。
「でけえな」
 相原の物言いをレムリアが通訳する。英語である。アリスタルコスはガハハと笑い、耳栓状の小器具を耳の穴に押し込んだ。
 同じ器具をレムリアがウェストポーチから取り出して相原に渡す。相原も同様に耳にねじ込む。
「相変わらず小せえな」
 アリスタルコスが言い、少しあって、相原の耳栓器具からそのように日本語が聞こえてくる。
 イヤホンマイクであり、翻訳システム越しにもたらされた声。
 相原は「うるせえ」と応じ、隣に並んで数回ジャンプした。相原の身長は168、対するアリスタルコスは2メートル。ジャンプしてどうにか横に並べる位か。
「なんでこんな奴連れてきた」
 相原はレムリアに向かって言った。
「こんな奴連れ込むのか魔女っ子」
 アリスタルコスも負けていない。
 レムリアは二人のやりとりに小さく笑った。少なくともケンカするような間柄にはならないと判断できる。何か言う都度、いちいち背伸びしたりジャンプする相原の動作が可笑しい。
 自分を笑わせるためだと判って少し気が引ける。
「で?来るのか来ないのか。どっちだ」
 アリスタルコスが尋ね、ジャンプする相原の頭に片手を載せ、文字通り押さえつける。
「乗ってやる分には構わんが、その小せえのを連れ込んで何やらすつもりだ?」
「聞いてないのか?」
 相原の反応に、アリスタルコスは抑える手の力を緩めた。
「何をだ?」
 相原はジャンプして訊いた。
「船長の身代わり……」(身代わり、はシステムの誤訳だろう。代打あたりが妥当)
「は?」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-007-

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「でも……」
「謝ってくれるな。逆に辛い……で?誘うってのは、この船に乗れってか?」
 相原は目線をレムリアから外し、背後の船へと移して言った。その船のスロープには、時間が掛かっていると思ったか、男が一人、姿を見せている。
 大柄で、金髪碧眼で、〝塊〟という文字を思わせる北欧系の体躯の持ち主。
「アリスタルコス」
 相原は言った。
 


 
 説明すべき事が多くある。
 まず端的には、相原が夢だと思っていたことは現実そのものだった、と書ける。
 船の中には普段レムリア他計6名のクルーが乗り組む。そして、地球全体を対象にした救命ボランティア活動を展開している。満月の夜に活動することから、船の名を取り、アルゴ・ムーンライト・プロジェクト(Argo Moonlight Project)と称する。
 空飛ぶ船に魔女という組み合わせから察せられるように、通常の同種ボランティアとは狙いも活動パターンも大きく異なる。招聘された他のクルーもそれぞれに〝超人的〟能力の持ち主であり、持ってして〝奇蹟〟を起こして命を救うことを使命とする。本拠は欧州東端の小王国、コルキス(Colchis)に在する。
 対して相原は根本的に何の関わりも持たぬ東京郊外の大学生であったが、昨年冬、二人が出会うことになる。人身売買組織に拉致された子ども達の密輸船をアルゴ号が発見、中に日本の女の子が含まれていると判り東京へ急行、その際たまたま出会った、しかし信頼できると超感覚が囁いた相原にその子を託したのである。
 対して、相原が行方不明の女の子を伴って突如現れたのは不自然であって、相応の嫌疑と、とりわけ恋の相手からは変態少女趣味に伴う誘拐者のレッテルを貼られた。嫌疑自体はアルゴプロジェクト側の国家レベルからの働きかけ、当の女の子の証言で晴れたのであったが、恋は戻らなかった。
 
(つづく)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-7-

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「これ……あれか、尻の穴にペタってやる奴か」
 キューピー人形を模したと見られる使用法のイラスト、及び、的に似た同心円の描かれた採取フィルムを小袋から取り出し、桜井優子は訊いた。
「そう、尻の穴にペタってやる奴。月曜提出」
 理絵子のオウム返しに、桜井優子はブッと吹き出した。
「面白いなお前。学級委員って言うからもうちょい上品かと思ったぜ」
「言葉遣いだけ装っても中身変わるわけじゃないし」
 理絵子はそう言い、この桜井優子自身そうなのではないかと気付いた。
 〝殺人〟の懸念があるとは言え、初対面を家に入れるか?言葉遣いは悪ぶってるだけで、実はとても心配してくれているのでは。
 その前に、監視されているのならば。
「私がこうして中まで入っちゃったのって、優子ちゃんに危険が及ぶ事だったのかな?」
 この心配をしなくては。理絵子は訊いてみた。
「優子でいいよ。『ちゃん』なんてガキみてぇだ。お前なんて呼ばれてんの」
「理絵子でりえぼー」
「じゃぁりえぼー。心配するな。友達だって言えばいいんだから。……お前が男だったらリアル殺されてっかも知れないけどな」
「それってヤキモチってこと?」
 襖が開いた。
「あら優子ちゃん。ちゃんはイヤなの?」
 母殿のそのタイミングは故意か。
 理絵子がクスッと笑うと。
「ごめんなさいね。強がりさんなの。それと、お抹茶なんですけど苦手かしら?これしか無くて」
 お盆の上に黒光りする常滑焼とエメラルドグリーン。
「いいえ」
 抹茶自体飲んだことが無いわけでは無い。
 両手に焼き物を持ったら、桜井優子はさながら茶碗酒を煽る昭和の酔漢。
「ああ苦……」
 一気飲み。されど実際口に運ぶと苦みは爽やかで口当たりはまろやか。
 小さく切った『高尾まんじゅう』(たかおまんじゅう:東京高尾山)を爪楊枝で頂く。
「で」
 桜井優子は茶碗を戻すと、改めるように理絵子を見た。
 傍らには母殿も座している。
「用事はそれだけか?」
「登校の意志の有無について担任に言伝されたのは確か」
「やっぱりか。卑怯だよな。自分で来いっての」
「問い質したよ。なんでそんな背景私に喋るのかって。だから、本当は、桜井さんって呼ばなきゃいけないことは知ってる……そして、このまま仮にあなたが学校に来てくれるにしても、あなたは傷つけられるばかりだって思った」
 言いながら理絵子はゾッとした。教員が背景事情に基づき級友に〝配慮〟を求め、それが逆にいじめの種になったりする。よくあることだ。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-15-

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 そう言って動いたのはかおるちゃんでした。手近の枯れ枝を手にして剣のように構えます。
〈生意気な……食ってやる〉
 大グモは言いましたが、アゴを開いて威嚇するだけで行動には出ません。
 私がいるからでしょう。しかし、クモのそうした躊躇は、かおるちゃんが行動に出るには充分な時間となったようでした。
 枯れ枝を、ぐさり。
 クモは驚き、反射的に第4歩脚でかおるちゃんを弾き飛ばそうとしました。
 咆哮が響きました。
 狼が来た、と誰もが思ったことでしょう。
 しかし、咆哮の主はジョンでした。ジョンは男爵の背中から飛び出しました。
 そのジャンプの勢いは、彼の身体では既に受け止めることが出来ませんでした。
 彼は文字通り身体を四散させながら飛びかかりました。
 鼻に皺を寄せ、牙を剥き、振り出された歩脚に食らいつきます。
 クモの脚は根元からちぎれました。取れやすく出来ています。敵の注目が脚にあるうちに逃げるのです。
 脚は丸太のような音を立てて地面に倒れ、一方のクモ自身はジャンプして距離を取り、そのまま逃走。
 ジョンは、もはや、自分で動くことはできない状態でした。
 男爵の背中からトガを取り、包み直します。
「私が持つ」
 かおるちゃんは言いました。
 女の子が歩いています。抱える白い布から犬が顔を覗かせているけど……顔だけの状態。
 行く手に邪魔をしたり声を掛けたりする者はもうないようです。私たちは森を抜け、深い谷に渡された吊り橋を渡り、霧の斜面へ。更に風に逆らって上がって行くと、湖水に抱かれたギリシャ神殿様式のお城が姿を見せました。
「あそこ?」
「うん」
 お城は湖水脇の高台にあります。白い大理石の階段が幾らか連なり、その一番上に私と同様のトガを纏った女性の姿あり。
「神様?」
「いいえ、仲介をして下さる……」
 何人か事務局担当の仕事をしている妖精がいますが。
「ティルス」
 名を呼んだら聞こえたようで、彼女は片手を上げました。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-006-

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「でも、だからってあなたに、能力を使って無理に事態を認識させたいとは考えません。信じられない、としても、それがむしろ正常なのでしょう」
 レムリアは言い、悲しげなトーンのその先の、言葉にならない部分を隠すかのように、背後の船を振り返る。
「アルゴ号、って言ったな」
 相原はレムリアの背中に言った。
「ええ」
 レムリアは頷く。それは相原も船を見ており、船を知っていることを意味した。アルゴ(argo)……ギリシャ神話に出てくる当代最速の船の名。名だたる勇士達を乗せて、黒海の奥に金色羊の毛皮を目指した。
 相原は船体に沿い、指先で触れながら前後に歩く。
「このスロープから中に入ると、右手に操舵室、更に機関室。左手には君の個室があって、下層船倉には生命……」
「保持ユニット」
 相原の言葉が詰まったところを、レムリアは補足する。
 相原は戻って来、レムリアを見下ろし、もう一度手を取った。
「本物、なんだな」
「少なくとも私はそのつもり」
 小さく笑む相原に、レムリアも微笑で応じる。
「えらくみっともないとこ目撃されたわけだオレは。天使の魔女さん」
 相原は言い、照れくさそうに苦笑した。〝天使〟と付けたのは、当事者同士の秘密に属する。勿論レムリアもそれに気づいた。
 だから、レムリアは目を伏せる。
「いいえ、あなたが最も傷付いた時に、私はあなたに面倒をお願いした。だから……」
「言わなくても君の言いたいことは判る。その傷と、君と出会った記憶が結びついてセットになってしまった。傷を抑圧しようとする心理の働きで、君の存在すらも現実かどうかあやふやになった」
「心理学を……?」
 レムリアは一旦見上げた。
「いや。ただ、君の心の動きは知ってたからね。知識もろともね。借りた情報による分析」
「そうですか」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-005-

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 レムリアは相原の認識に少し驚いたか、目を丸くして見せ、次いで、両の手を相原に差し伸べた。
「でしたら、実体かどうか、確認いただいて結構です。判断するのは、あなた自身」
 すると相原は月明かりに白く細いレムリアの手先を見、歩き出そうとして数歩足を運び、躊躇うように足を止めた。
「信じろ、とは申しません。ただ、私が用意できる確実な判断材料は私自身ですので」
 レムリアは逆に自分から歩き出し、相原の手を取った。
 骨張ってクッション感の少ない、しかし熱い男の手。
 対し、肌理という漢字の起源が判る、滑らかで繊細な、少しひんやりした感触の小作りの手。
 女の子の手。……それは相原の側の認識であるが、レムリアには、彼がそう感じた、と知ることが出来る。
 相原は彼女の小さな手をそっと、否、こわごわ、己れの手のひらで包み、
 握って離さない。
「お願い……って言ったか?」
「ええ。あなたが、私を、私たちを、信じて下さるのであれば、ですけど」
 相原はそれを聞いて、そっと握った手を離す。
 まるで姫を城へ返すように、そっと。
 レムリアは悲しげな顔をして見せた。確かに、彼の挙動は受け入れると言うよりは拒否・返却に見えなくもない。
 しかし。
「物語の中の君は、僕に物語を教えた君は、幻ではなかったと、君は言うんだな」
 相原は草むらに膝をつき、下からレムリアを見上げた。
 弱い気流が、彼女の髪を緩く揺らす。
「ええ、あなたが認識している私の全ては、妄想でも、白昼夢でもありません。……信じて下さるかどうかは、あなた次第、ですが」
「夢かも知れない、とたった今も思っているよ。ああでもそのことが判ってるんだ。君は……魔女だっけな。魔女が超能力ひと揃い持っていて不思議ではないか」
 彼女レムリアは頷いた。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-004-

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 喫水線より下に船外へ開く造作物がある。それは、この船が通常の水上を行く船ではないことを意味する。
 スロープの向こうに人影。
 一見して女の子である。身長152の細身、肩に触れぬ程度にスパッと切った黒髪の持ち主であり、少女マンガのヒロインを思わせる大きな瞳は夜空の如く。……ただ、これら描写の文言は、相原の脳裏に自動的に浮かび上がった彼の〝知識〟。
「驚かせてしまったようで」
 硬い表情で、表情に同期した低めのトーンで、女の子は呟いた。
 スロープを歩いて、月明かりの草原に降りてくる。白いTシャツにデニム地の短パン、ウェストポーチを付けた軽快にしてラフなスタイルは、体型の細さもあるが、ボーイッシュと言うより少年そのもののよう。
「風は……風でケガをしたりはしなかったですか?」
 尋ねる口調には少し落胆のトーンを含むか。
「ああ大丈夫……てぇことは、お前さん、レムリア……」
 Lemuria。相原ははんてんの手を伸ばし、少女を指さし、その幻の大陸の名を口にした。
「ええそうです。でも、思いだしたというよりは、夢でも見てるんじゃないか、そんな感じですね相原さん」
 少女レムリアは、月が雲に陰るように、そっと目を閉じた。
 二人とも、相互に相手を知っている。相原にとって、レムリアこそは、その夢見るような魔法少女である。相原にとって、今目の前で起こっている事象は、いつしか居着いた夢の少女が、物語の中の娘が、現実・覚醒の状態で現れたことを意味した。
 対しレムリアにとっては……レムリアは閉じた目を開き、相原を真っ直ぐ見る。
「あなたは……いえ、申しますまい。実は本日はお願いがあって参ったのですが、あなたを混乱させるのは不本意ではありませんので」
「本物か」
 レムリアの物言いが終わるなり、相原は問うように言った。
「え……」
「オレが今この目で見ているのが夢そのものかどうか、と訊いてるのさ」
「夢……」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-003-

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 それは月夜に前触れ無く出現した竜巻という表現が似合った。突如風が吹き、軒並み草むらのあらゆる植物を吹き倒し、土埃を巻き上げ、そして彼をも突き飛ばす。
 彼は数度立ち上がろうとし、適わず、ついに立ち上がるのを断念し、亀のように身を屈め、頭を両腕で覆って暴風をやり過ごそうとした。
 着ていたはんてんが風を孕んで、彼の身体を持ち上げようとする。
 ふわり。
「あーっ!」
 彼は叫び、しかし、その声は風にかき消され、殆ど音波にならない。
 すると、風が吹き始めた時と同様、突如止んだ。
 ストップモーションという表現が似合った。
 しかし、時間が止まったわけではなかった。吹き倒された草たちはサラサラと起き上がり、浮きかけた彼は音を立てて地に落ちた。
「痛え……」
 彼は呟き、しかし、そこで何かに気付いたように唐突に立ち上がって、バネ弾けるように振り返った。
 異様な光景であった。
 草むらの中に船がある。
 月明かりにシルエットを見せるその姿は確かに船である。草の海に船が〝入港〟し、鎮座している。3本のマストを有する帆船であって、コロンブスが大西洋横断を目指したサンタ・マリア……中世大航海時代の威風堂々。但しその白銀の帆は布地ではなく、どちらかというと工業製品の趣を漂わせる四角形のパネルである。
 その姿、その帆……彼は船から目が離せない。
「ウソだろ……だって、まさか」
 彼がそう呟くには理由があった。
 だから、彼は船を見続けた。磁石に捉えられた砂鉄のように見続けた。
 次のアクションを予想できるからであった。
 程なく、帆船の船腹部分に変化が生じる。四角く切り取られたように筋が入り、その部分が一段引っ込んでスライドを開始する。喫水線より下の部分に、横に長いスリットが入り、その部位から舌が伸びるように板が出、草むらへ降りてスロープを構成する。スロープの両脇にはポールが何本か立ち上がって、ご丁寧にも手すりが付いた。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-002-

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 秋の気配が感じられる頃であった。
 満月が夜空全体の支配者となって光り輝いていた。頭上の遙かに高い位置から、彼を含む草むら一帯を、昼とは違う光の時間が存在するとの主張を交えて照らしていた。
 彼は寝そべって、顔の上に垂れ下がった草の上、翅震わせて鳴く虫のディテールをシルエットで見ていた。その表情は冴えず、服装は屋外にもかかわらず寝間着にはんてん(半纏)。ラフに過ぎる部屋着そのものであり、他人の目線など考慮の外。
 ため息をつく。吐かれた息で草が揺れ、虫が鳴くのを止め、ピョンと跳ねて逃げて行く。
 彼は両手を地面に投げ出すように大きく広げ、地面に頭をゴツンとぶつけ、月に目を向けた。
 そして「はぁ?」と一人疑義の声をあげた。
 月の左隣に、同様の明るさで輝く光の点がある。
 彼は一旦眼鏡を外し、不備が無いか確かめるように見回し、再び目に掛け直し、再度月を見上げた。
「火球(かきゅう)か!」
 立ち上がりはんてんの袖口に手を突っ込み、携帯電話を手にする。火球とは極めて明るい流星のことである。
 しかし、彼は携帯電話で何か操作をするでなく、そのまま〝火球〟に見入った。携帯電話を介して天文愛好者向けの掲示板に投稿しようとして、中断したのだった。
 彼の周囲が照らし出される。月明かり以上に明るくなり、彼の影が応じて濃く黒くなる。その影が揺らめき動き、〝火球〟の照らすエリアが明確に彼の周囲であることを教える。
「ノヴァ?……ちげぇ」
 超新星爆発ではないか……違う。彼が結論した理由は単純、その〝火球〟が動き出したからだ。
 左右に少し揺れた後、その揺れが止まり、次第に大きくなってくる。
 それは真っ正面から近づいてきていることを示した。テロ国家による拉致事案、宇宙人の襲来……馬鹿げていると判っていても、そのようなシチュエーションを想起させずにはいられなかった。
 逃げ出そう。彼は考えた。しかし向きを変えた彼を、その背後から猛烈な暴風が捉える。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部-001-

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~第2部~
 



 
 相原学(あいはらまなぶ)は物語を書くのが好きな青年であった。
 そのあらすじを考えるのに、専ら自宅近くの草むらを利用した。
 満月の夜は、より強いインスピレーションが得られそうな気がした。最も、それは工学系の学生としてあるまじき発想だという自覚はあった。オカルトの知識はファンタジー系の話を書くために持ってはいたが、あくまで創作用の予備知識であり、日常とは切り離した別の世界としていたのだ。
 別々の世界観が混交を始めたのは、思い出したくもないひどい失恋が起因していた。濡れ衣と誤解の汚辱にまみれ、罵声を浴びせて相手は去った。
 寝汗と共に目覚めるとそれまで見知ることの無かった少女の影が心理意識に居座っていた。彼女は髪が短い細っこい娘であって、その容姿外見は去った相手と対極に、むしろ硬質で鋭利な、そして純粋な少年を思わせる側面すら持ち合わせており、魔女だと称した。彼は衝撃と反動が夢を通して作りあげた理想人格であると判断し、当初は別段気にも留めなかった。
 しかし、以降時折、啓示託宣の形式を取って、〝彼女〟から超自然的な内容のエピソードが意識にもたらされるようになった。それは物語としてまとめるのに適切であり、実際幾つか書き起こしたが、その機序はあらすじを考えて肉付けするという通常の創作のパターンとは大きく異なった。それは苦も無く話を紡げる反面、白昼夢を見ているのではないか、ひいては、自分が次第に狂気にさいなまれて行きつつあるのではないか?という恐怖を彼に与えていた。ただ、その白昼夢は見ている分には居心地良く、体のいい現実逃避の認識があったことは自身否めない。半年を費やし、その物語は仕上がった。
  
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-21・終-

←前へレムリアのお話一覧へ→  
 お母さんは真美子ちゃんの頬をゆっくり撫でさすりながら、レムリアを見た。
「不思議な気持ち。あなたには、本当に、魔法があるのかも知れない……」
「だとしたら、その私をお母様に巡り会わせてくれたのは、まぎれもなく、真美子ちゃんの魔法です」
 レムリアはお母さんの目をまっすぐ見ながら答えた。
 そこにいるのは“母”である。最前まで布団に身体を横たえ、死を意識していた痩せこけた女ではない。立ち向かう意識を宿した瞳、まっすぐに伸びた背筋。
 発揮される意志のエネルギーは、オーラの如く母体を包み、決して不健康には見せない。
「私の魔法?」
 自分を指差す真美子ちゃん。
「そうだよ。まみちゃん、お母さんを治したいって一生懸命思ったでしょ?だからホラ、お母さんどんどん元気になってく」
 レムリアは言った。
 確信が生まれる。そう、これはまみちゃんの強い思いが届いた結果。
 そして、自分のなすべきことは終わった。
「大丈夫かなって、怖い気持ちになったら、私のこと思い出してね。きっとうまく行くから。魔法もう一つ」
 レムリアは指先で真美子ちゃんの唇にそっと触れた。
 そう、大丈夫。これで大丈夫。
「伸びないうちに召し上がって下さい」
「あ、ああ、どうもありがとう」
 お母さんはラーメンのドンブリに手を伸ばした。
 
 レムリアは食事の後かたづけをし、トランプやマジックで真美子ちゃんと遊んでから、母子の部屋を後にした。
 その後3ヶ月ほどして再度訪れたが、雑居ビルは取り壊されて既に無く、“ばんば屋”の主人によると、母子と一匹が引っ越しの挨拶に来たという。
「すっかり元気になってたよ。故郷の介護施設で働くって。そうそう。これを預かった」
 主人が持ってきたのは丸めた画用紙。
 開くと“まほうのおねえちゃん”。
 描かれているのは三角帽子をかぶり、ほうきにまたがった“おねえちゃん”と、
 その後ろを、小さなほうきに乗って飛ぶ、女の子“まみ”である。
 
東京魔法少女/終
 
(レムリアのお話一覧へ)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-6-

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 桜井優子は門の扉をぴしゃりと閉めた。
「悪いこと言わない。帰れ。殺されるぞお前」
 それは出会って一番女子中学生が口にするセリフでは到底ないが。
「え?どうして?」
 理絵子は特段意識せず、普通に友人間会話のトーンで返した。
 果たして桜井優子は首を振って勢いを付けて舌打ちし。
「お前オレのこと知らないのか?」
「ウチのクラスの優子ちゃん。出席番号女子の8番」
「そうじゃねーよ。ネンネだな。彼氏がゾクのカシラなんだよ」
 それが不良の専門用語であることはすぐ理解出来た。
「暴走族のリーダーさん」
「可愛く言うんじゃねーよ。まぁそんなとこだ。もうすぐ来るんだよ。学校がオレに手を出したってお前消されるぞ」
 彼女に感じる〝恐怖感〟の正体はそれか。
 が、自分の方にそんな感覚はない。
「ついてっちゃだめでしょそんな彼氏」
 理絵子はあっけらかんとそう返した。
「暴力を背景圧力に束縛するなど本当の男のするこっちゃない」
「……しっ!聞こえたらどうすんだよ」
「監視でもしてるの?」
「優子ちゃん、中に入っていただきなさい」
 母殿が一言。
 何らかの要因で束縛が生じ、母殿はそれを知っているも、打開する行動は取っていないようだ。
 周辺の人間関係はどこか妙。それは明らかだろう。
「しょうがねぇな……お前学校に行ってこいって言われたんじゃ無いのか?」
「学級委員が心配しちゃだめ?」
「心配って……」
 桜井優子は一旦呆れたような表情を見せ、
「いいから入れ……」
 ぐいぐい腕を引かれて庭を横切り、引き戸の中へ招き入れられる。
 家屋の中は純和風。
 靴を脱ぎ、向きを変え、揃えて置いたら母殿から感嘆の声が漏れた。
「改めまして。学級委員を引き受けた黒野理絵子です」
 客間に通される。巨大な杉を輪切りにした座卓の前に正座。
 その座卓を始め、掛け軸や壺など、調度は経済力を物語った。
 自分の傍らにドッカとばかり胡座をかいた桜井優子の前に、学生カバンを開いてプリントを出し、手帳のメモを破いて渡す。
「インターホンで話したことと、言い残しがひとつ」
 〝ギョウ虫検査〟のキット。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-20-

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「……はい?」
「母体に、命をはぐくむための海が含まれていることはご存じかと思います。この海は海ゆえに月と協調を取って活動し、母体にそのための力を与えます。そしてその力は、命のためにと思った時、必要性を自覚した時、遺伝子の力によって覚醒し、最大限に発揮されます。
 ですから今、お母様が真美子ちゃんのために、とお考えでいらっしゃるなら、この子さえ生き延びれば誰かがなんとか……などとは決して思わないでください。お母様がお母様であることをまず第一に考えて下さい。お母様が真美子ちゃんを思う気持ちと、真美子ちゃんのお母さんを思う気持ちは、相互に手を取り合い、お母様の内在された海に強い、強い力を与え、血潮という名の潮汐となってお母様のお体を巡り、命守るための身体に、本来あるべき姿に戻ろうとします。確約します。必ず、健康を回復することが出来ます。真美子ちゃんをとお思いでしたら、お母様、何よりお母様の回復が必要です。真美子ちゃんを守り、幸せにするのは、他の誰でもなく、お母様自身です。だから絶対、せめて真美子ちゃんだけでも、そんな風には思わないで下さい。真美子ちゃんにとって、母であるあなたは、かけがえのない母なのですから」
 レムリアは一気に喋った。
 世界各地で、貧困にあえぐ地域や被災地で出会った、母子らの姿を思い浮かべながらレムリアは一気に喋った。
 母子とは、人間として、哺乳類として、地球で生きる上で基本にして永遠の姿。
「母が母であること……」
 寄せては返す波のイメージ。
 強く打ち付け、そして砕ける波頭のイメージ。
「私は13です。恋愛経験すらない年端も行かぬ小娘です。その私が母であるあなたに対し、生意気なことを申したかも知れません」
 お母さんはゆっくり首を横に振った。
「そんなことはありません。私が間違っていました」
 静かに言う。
「私が死ぬことで、あらゆる不幸をこの子の元から持ち去ることが出来れば……そんな風に思っていました。でも……違いますね。そうなればこの子はひとりぼっちになってしまう。そしてそれは、私がこの子を見捨てたことになってしまう。それはこの子にとって最大の不幸。この子にとって何も考えず頼れるのは私だけですもんね。まみ、ごめんね。お母さんがんばるよ。身体治してまた働くよ」
 真美子ちゃんは頷き、お母さんに頬ずりした。
 
(次回・最終回)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-19-

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「夢想癖ではありません。真美子ちゃんから聞きました。お母様に元気になってもらうために魔法使いになるんだと」
「そうだよ。お姉ちゃんに教えてもらうんだ。お姉ちゃんすごいんだよ、ハリーの行き先当てたし、ハリーとおしゃべりできるし、このラーメンだって……」
 信じようとしないお母さんに業を煮やしたか、真美子ちゃんはちゃぶ台を立って枕元にやってきた。
 レムリアに向けられたお母さんの目の色が変わってきた。
「そういえばお湯をどうやって……」
「魔法が働いたのだとしたら、お母さんを助けたいという、真美子ちゃんの一生懸命な気持ちのなせる技でしょう。まみちゃんこっち来て」
 レムリアは真美子ちゃんを傍らに座らせ、お母さんの腕を彼女の手のひらに載せた。
「約束だから魔法を一つ。お母さんが元気になる魔法」
「……うん!」
 真美子ちゃんは笑顔と共に頷いた。
「今夜は、まみちゃんが楽しかったな、と思ったことをお母さんにお話ししながら、一緒に寝てあげて」
「それだけでいいの?」
「うん、そのかわり」
「(月の女神に願いを申す。我が友と、友の母とに血潮の巡りを。継ぎたる海に命の力を)。母は海なり。海は母なり」
 唱えて指先を唇にタッチ、その指を真美子ちゃんの額にタッチ。最後の二つのフレーズは日本語である。
「わ~い。魔法だ」
 真美子ちゃんは喜んでお母さんの首に腕をからめた。
「あなたは一体……」
「通りすがりに真美子ちゃんを送って行ってと頼まれただけです」
 レムリアは言った。お母さんの意識に、自分に対し“不思議な女の子”という認識が生まれようとしている。魔法とは思っていないにせよ、何か特殊な能力の持ち主なのではないか、という確信が生まれつつある。
 だが、ここで必要なのは自分自身でなんとかしようとすること。実際、自分の能力……月の精霊の仕事……は、その人の潜在能力をパワーアップするだけにすぎない(その点、“素質”の無い人には効かない。彼女の力の半人前のゆえんである)。
「お母様」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-18-

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 彼女は所属の団体に対して、自分の力について明らかにしていない。しかし、無意識にこれが働き、場合によりそれだけで状況の改善が見られる方もある。このため、文字通り“手当て”を行う彼女のことを、件の団体でこう呼ぶ者もいる。
“ミラクル・プリンセス”。
「温かい……」
 お母さんの表情が柔和になった。
「痛くはないですか?」
「ええ……」
 レムリアはお母さんを壁にもたれさせた。
「ご批評下さい」
 お母さんに割箸を渡し、ドンブリは自分が持つ。
 本当はラーメンなんて油っぽいものではなく、消化の良いものの方がいい。胃腸自体の能力も落ちているからだ。
 でも何より温かいし、少しずつであれば。
 お母さんは麺をゆっくりと口にした。
「うん……ああ、おいしい。麺の茹で加減もちょうどいいみたい」
「本当ですか?」
 レムリアは言った。しかし、お母さんはそれ以降箸が続かない。
 レムリアはドンブリを置き、お母さんの身体を抱きしめた。
 頬に感じる温かい物。そこに込められた、相反する二つの気持ち。
 自分、出過ぎたまねをしただろうか。
 でも、黙って立ち去れば、その後の経過は推して知るべし。一生後悔抱えて生きて行くのはいやだ。
 レムリアはお母さんの気持ちが落ち着くまで待って、身体を離した。
 お母さんは不思議そうに自分の身体を見、やせ細った腕や肩を撫でている。
「身体がぽかぽかします。まるで春の日溜まりみたい。あなたは一体……」
「だから魔法使いなんだってば」
 真美子ちゃんが言った。ラーメンはすっかり食べてしまい、チャーハンをぱくついている。
「すいません。夢みたいなことばかり……。現実が現実だから、夢想癖がついたらしくて……」
 お母さんがうつむく。
「いいえ」
 レムリアの否定語にお母さんがハッと目を向ける。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-17-

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「真美子ちゃんおいで」
 こっちは抱っこ。
「うわぁ暖かい……」
 前述の通り、魔法の行使は自分の身体からエネルギーが放出されることである。このため、身の周りが発熱したみたいに熱くなる。
 困るのは自分の身体自体は冷たくなること。代謝に必要な熱まで持って行かれるらしい。
 程なく鍋から湯気が立ってきた。
「お姉ちゃんすごいね。本当に魔法使いなんだね……」
 真美子ちゃんがまばたきもせず自分を見ている。
 ウィンクで応じ、麺を入れて茹でる。タッパウェアに入った濃縮スープを取り出し、ドンブリにあける。別途小鍋に湯を沸かし、ドンブリに移してスープを溶かし、程良く調整。チャーハンと餃子はまだ温かいのでそのままちゃぶ台へ。
 麺の茹で加減をチェック。
「どうでしょ先生」
 真美子ちゃんに麺を一本。子供用エプロンを身につけた真美子ちゃんがそれをちゅるっと口にする。
「……う~んこのくらいでいいでしょう」
「はい。それでは」
 ドンブリに麺を移し、メンマとチャーシューと海苔とスライスゆで卵。
 できあがり。
「いただきま~す」
「お母様起きられますか?」
 レムリアはドンブリを片手に隣の部屋へ行った。
 抱きかかえて上半身を起こす。弱っている上に筋肉を使っていないため、身体を動かすと痛いようだ。
 腰に手のひらをあてがう。
「あっ……」
 お母様が身体をびくりと震わせる。
「カイロ持ってらっしゃる?」
「いいえ、お湯を扱ったからでしょう」
 ケガや病気の治療行為を“手当て”というが、その語源はこうやって手を当てる、さする行為を指している。手をそっと置かれただけで安心する、経験持つ方もあるだろう。
 
(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】花泥棒-14-

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 骨だけ犬は何も言いませんでした。
 承知したくない現実を突きつけられた。彼の意思はそんなところでしょうか。
 迷いの存在を感じます。まぁ確かに、こんな姿になるまでここにいたのに、私たちが来たからと白黒付けられるものでもないでしょう。さりとて、私たちにも彼の判断を待つ時間はありません。
 すると。
〈自分の足をこの方に差し上げて下さい〉
 ジョンが言いました。
「でも」
〈良いのです。迷えるこの方の前を通りかかり、そこで足が落ちた。それはそのように配剤されたと思うのです〉
〈お前本気か?〉
〈今、自分がかおるちゃんとここにいられるのが証拠さ〉
 彼の意志を尊重し、足をそのままに、骨だけ犬もそのままに、私たちはそこから離れました。
 骨だけ犬は噛めない肉に挑む虚しい努力を選んだようです。私たちは町を外れて湖水へ向かいます。道は次第に狭まると同時に上り勾配となり、林の中に入ります。
 地響きを立てて上から何か落ちてきました。
 見上げるようなサイズの巨大なクモです。
 かおるちゃんがジョンを背負った男爵の前に出、手足を広げて通せんぼ。
「ジョンはあげないよ」
〈ちっ!妖精が一緒か〉
「お前さんは番人の一族とは違うようだね」
 私は大グモに問いかけました。ここは動物の遺骸が集まっているわけですが、同様に虫たちの遺骸が集まるエリアもあり、そこに住まう一族があるのです。
〈もっとデカイのが欲しいのさ〉
 バード・イーター(鳥喰)と呼ばれる手のひらサイズの大きなクモがいるのは確かです。
「ジョンはダメだよ」
〈お前でもいいぜ人間……〉
〈てめえ、ケツの穴に噛みついてやろうか〉
 男爵が唸りました。彼の言は女性に属する私が書くにはいささか躊躇を否めませんが、要はクモは尾部に糸を紡ぐ器官を持っており、それを差しています。
〈噛めるものならな〉
「要はそこが弱点なんだ」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-16-

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「電気もガスも……水道だけはまだ……」
 であるならば。レムリアはまずウェストポーチを探った。その多摩の男に、それこそ秋葉原で買い集めた電子部品で作ってもらった物がある。衛星携帯電話の充電器だ。電気のない場所へ行くからと、太陽電池と市販の充電式単三電池を繋いだものだ。更に、そこに接続して使えと、発光ダイオードのミニランプももらった。
 天井の灯具からコードをぶら下げ、ランプをつないでスイッチオン。
「わぁ」
 真美子ちゃんが拍手する。高輝度の白色発光ダイオードであり、明るさはかなりの物。小型の蛍光灯程度はある。実際これで診察や簡単な手術をやったことがある。
 続いて、お店の食材をまな板の上に広げる。作り方はサイコメトリで把握。必要なのは調理の炎だ。だが、ガスは出ない。
 この際魔法に頼るしかあるまい。ただ以前、必要に迫られて火を求めたら、何だか物凄い流れ星が出たことがあって(屋外だから良かったが)、少々、半人前の不安が残る。火事は困る。
 どうする?
「お姉ちゃん寒くない?」
 腕組みして考え込んでいるレムリアに、真美子ちゃんが手をすり合わせながら訊いた。
その動作にヒント有り。
 麺を茹でるだけなので、要は水を“温める”ことが出来ればよいのであって、炎そのものは必要ないのだ。
 鍋に水を張る。
「(命なき者に命を与え、我が意のままに操る力を)」
 彼女の魔法は、本質的には、月の精霊から力を譲り受け、自らの身体にその高次元エネルギーを導き、更には流れ出る通路とするものである。しかし、水をいじるという行為は、命ある存在(それ自身がエネルギーの流れを有する)に干渉するわけではないため、先ほどのリュック底抜けもそうであるが、このくらいなら月の精霊に力を借りる必要はない。更に言えば、手品のレベルであれば呪文を唱える必要もない。
 ちなみに、以前であれば、月の姿が見えない時には、マジック以上のことは出来なかった。この点で、半人前なりに多少は成長しているのかな、とは思っている。
 余談はこのくらいにして。
 レムリアは指先を鍋に向け、指同士擦り合わせた。同時に、鍋の水同士が擦れ合う旨、思い浮かべる。
 摩擦熱というわけだ。実質的に電子レンジと同じ方法である。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-15-

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「お母様の今の状態は、栄養不良による体温不足です。でもこれは、身体を温め、栄養を充分にとることによってすぐに回復します。真美子ちゃんのためをお思いでしたら、お母様自身が、しっかり食べて元気になさることが第一です。この子だけでもなんて、そんな悲しいことは決して思わないで下さい。子どもに必要なのは家族です。血のつながった肉親です。
母親です。
 子どもの居場所は、いつだって、親の、母のそばです」
 レムリアは母の手をぎゅっと握って言った。
 しかし。
「でも……」
 それでも困惑するその姿に、誇り高き母の姿をレムリアは見た。
 そして、この親にしてこの子あり。
 されど、こちらも“でも……”である。何か口にしてもらわないと大変なことになってしまう。押しつけがましいことはしたくないが。
 どうしよう。この親にしてこの子あり。
 この子にしてこの親あり。
 親と子と。子と親と。
 そうだ!
「お母様」
 レムリアは笑顔を作った。
「実は、今日、真美子ちゃんに料理の試食を頼んでいるんです。聞けばお母様は“ばんばや”で働いていらっしゃったとのこと。一緒にご批評願えませんか?」
 レムリアは言った。
 お母さんが自分を見る。
 その瞳が揺らぎ出す。次いで輝くものが満ちてその瞳を潤す。
「ありがとう……」
 お母さんはまず言い、
「ごめんなさいね……あなたの気持ちを踏みにじるようなことを言ってしまって……お願いします……」
 頭を下げる。レムリアは首を左右に振った。そんなことはありません。
「こちらこそお願いします。では台所をお借りします」
 立ち上がる。了解得られたところで調理である。調理台はちゃぶ台のある部屋の奥だが、どうもこのところ使用した形跡がない。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-14-

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 レムリアはお母さんの手を握り、言った。
 テレパシー能力により状況が判ってくる。夫君が事業に失敗して失踪、借金を抱え込んだ状態で母子家庭となり、食費節約のため、ろくにものも食べずに働き続けた結果、ある日突然倒れ、高熱と共に身体が動かなくなった。
 その後は蓄えを取り崩しつつ、足りなくなると自らの食事を抜きつつ、抜く回数を増やしつつ。
「苦労なさったんですね」
 レムリアはお母さんの目を見つめ、言った。
 お母さんが頷く。ただ、その目の中には“施し”に対する強い警戒と躊躇の壁があり、崩れる気配はない。身の上を理解してくれてありがとう。でも……というわけだ。
 承諾を頂くにはもう少しかかりそうである。であるならば先に。
「体温を測らせて頂いてよろしいですか?」
 レムリアはウェストポーチを開き、耳で測るタイプの体温計を取り出し、お母さんに見せた。
「失礼します」
 耳にあてがい1秒。
 33度。低体温症だが意識がしっかりしていることもあり、軽微な部類と見る。酔って寝込んだりして起きるのと同程度。でも、放っておけば動けないことから余計に栄養を取れずの悪循環となり、である。ちなみに、良くある寒さの中で眠くなる現象はこれの重症だ。内臓の温度保持のため、身体のエネルギー消費を減らそうとするのである。
「低体温ですね」
 レムリアは酔って寝込みを引き合いに出して説明し、体温計をしまった。
「あの私ども病院には……」
 医師の診療が正であり、看護師の判断は許されない。が、経済状況は承知しているので医者は不要だと言った。処置としては保温し、加温する。このうち保温は毛布と布団でまかなえるからさておき、問題は加温だ。一般に思いつくのはマッサージだが、そのような急激な温度上昇を図ると、マッサージした部位の血流が増加し、押し出された冷えた血液が心臓や肺に戻ってショックを起こしたりする。ゆっくり、身体の中から、が基本なのだ。病院では風呂湯程度に温めた点滴を実施する。代替としては湿気の多い暖かい空気を吸わせたり、温かいものを飲ませる。以下、次善としては脇の下などにカイロなどを置いて流れの緩やかな静脈血を温める、添い寝をする、となるか。
「お母様」
 レムリアは布団を直し、母体をくるむようにしながら言った。
 
(つづく)

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【理絵子の小話】出会った頃の話-5-

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 すると、インターホンの向こうは少しあってから、
『それはどうもありがとう。ポストに入れてお引き取り下さって結構ですよ』
 なるほど。
「幾らか口頭でご説明差し上げたい事項があるのですが」
『そのままおっしゃって下さい』
「沢山ありますが」
『どうぞ。娘に伝えますので』
 そう言われては仕方ない。インターホンの通話ボタンを押したまま淡々と喋る。給食のスタートは来週月曜。教科書の配布が明日と明後日。当面の予定として諸々の集金が月末。ゴールデンウィーク開けから家庭訪問……。
 と、話していたら、うるせぇぞ!という声が向こうから聞こえた。
 随分荒れた口調だが女の子は女の子である。当人だろう。
『あら優子ちゃんいいのよ。私が聞いてるから』
 向こう側でノイズががさごそ。
『誰だお前。っざけてんのか?(ふざけてるのか?)。痛い目に遭いてぇのかよ』
 割り込んだらしい。低く落ち着いたトーンは体格が大柄であることを感じさせる。
 そして攻撃的で排他的な口調。ただ、それは不思議にもある種の恐怖感の存在を意識させる。
「3組の学級委員で黒野理絵子。よろしく。お休みだったんでプリント届けに来たんだけど」
『置いて帰れよ』
「直接手渡ししたいものもあるんだけど」
『なんだそりゃ』
「インターホン越しに乙女同士が話すのはちょっと……なんだけど」
 するとインターホンはガチャリと切れた。
 乙女がまずかったか。バカバカしいフレーズと取られてコミュニケーション切られたか。
 と、思ったが。
 庭を挟んだ向こうで引き戸がガラガラ開く音。
 次いでサンダルを突っかけ、石かコンクリートをカン、コン、と歩いてくる音がし、
 門扉のカギが操作され、開かれた。
 上下ジャージで髪の毛ぼさぼさの娘がいた。
 背は理絵子より相当高い。冷めた表情、訝しげな目線、抜かれて薄い眉。痩せすぎに見える体躯はどこか痛々しい。
「初めまして」
「早く帰れよ。何だよ……あのなちょっと来い」
 桜井優子は舌打ちし、唐突に理絵子の手首を掴んで門の中へ引き込んだ。
 中は日本庭園である。池を巡ってぐるりと飛び石が設えられ、芝生も綺麗に刈り込まれている。そのずっと向こうの玄関先に和服姿の女性。母殿であろう。
 会釈すると深々と一礼。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-13-

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「お引き取り、願えませんか」
 か細い声の応答があった。
 やっぱりとレムリアは思った。真美子ちゃんの涙の頼み事、すなわち“施し”を受けるのに抵抗があるのは、当然ながら親からそう言い聞かされているせいだ。だが、この状況はどう考えても患いがあるし衛生状態も良くない。
「お母さん、このお姉ちゃんお母さんのこと看てくれるって」
「お帰り下さい」
 細い声だが強い口調。しかし帰れるわけがない。レムリアは靴を脱ぎ、上がり込んだ。
「失礼します」
 部屋は二室。窓際の部屋に布団。
「ずけずけと申し訳あ……」
 レムリアは言いかけて絶句した。目にしたその状況は、誰が見たとしても、同様に絶句し、次いで“なんで21世紀にもなってこの豊かな日本で?”と思うであろう。
 げっそり痩せたお母さん。骨と皮に近い状態。
 理由は聞かずとも判る。食べ物は全て真美子ちゃんへというわけだ。
 ……世界中の難民キャンプで、貧困にあえぐ集落で、幾度も目にした、
 母の姿。
「こういう組織で医療ボランティアをやっております」
 レムリアはウェストポーチからIDカードを出して示した。
 国際医療ボランティア、欧州自由意志医療派遣団(European Free-will Medical care Mission:EFMM)。
「nurse……看護婦……」
「そうです。前に何か食べたのはいつですか?」
 レムリアは布団の傍らに正座し、お母さんの手を取った。
 冷たい。額、首、その他要所に触れたがしかり。体温が低いのである。栄養不良で体温が作れないのだ。人体というのは、ある程度温かくないと動けない。
「恥ずかしい……見ないで下さい。恥ずかしい」
 お母さんはぽろぽろと涙を流した。
「いいえ。そんなことはありません。私、この援助隊で世界中の恵まれない土地を見ました。お母さまは母の鑑だと思います。文字通り身を削って真美子ちゃんを助けようとしてらっしゃいます。でも、真美子ちゃんのためなら自分は死んでもいい、そんな風には思わないで欲しいんです」
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-12-

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 魔法使いになれば助けてあげられる。そう思ってかのファンタジーを一生懸命読んだという。
 でも、本の通りにはならなかった。ほうきも空を飛ばなかった。
 そこで出会ったのが自分。だから、家に来て。
 どうする?自分?
「まず、ご飯作ろう。それから、お母さんとお話しさせて。私こう見えても看護師なんだから」
 レムリアは努めて明るく言った。まずなすべきはそれだろう。
「わかった……」
 真美子ちゃんはぐずぐず声で答えた。レムリアはハンカチで拭った。
 笑顔の復活を待って、雑居ビルの階段通路に入る。1階は店舗スペースのようだ。しかし閉じたシャッターは錆び付いており、もう随分とテナントはないらしい。
 階段の昇り口には集合ポスト。どの投函口も広告が押し込まれてぐしゃぐしゃ。
 その中で小ぎれいに保たれているポストが一つ。そこを真美子ちゃんが覗く。
「何も無し。っと」
 錆の見える鉄の階段を上がり始める。入居しているのはこの親子だけのようだ。
 カンコンと音を立て、真美子ちゃんがそれでリズムを刻みながら2階。ドア前に犬小屋の置かれた一室。
 ハリーがさっさと小屋に戻る。恐らく本来は犬を飼えるビルではあるまい。不況で土地が売れ残り、取り壊しも中止。一家族だけなので犬も黙認。そんな図式が伺える。
 真美子ちゃんが首から下げていた紐を引き上げ、ドアカギを取り出す。
「ただいま~。お母さん、お客さん」
 少しあって。ゆっくりと。
「珍しいね。お友だちかい?」
 かすれた、か細い声。
「ううん。お姉ちゃん」
「え?」
 訝るお母さんにごあいさつする。
「あの……“中華ばんば屋”のご主人から頼まれて真美子ちゃん送って来ました。看護師のレムリアと申します」
 レムリアは部屋の奥に向かって言った。部屋は暗いが整理され……
 それは表現として正しくない。何もないのだ。畳の上にちゃぶ台一つ。
 加えて言うなら湿気がこもっており、カビ臭い。ポストの状況からして真美子ちゃんが掃除をしているのだとは思うが、限界があるだろう。
 
(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】東京魔法少女-11-

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 違う方向へ走ったせいか、真美子ちゃんは不思議そうにレムリアを見た。
「うん。わざと。あんなのに見つかりたくないから。ちょっと遠回り」
 レムリアは言い、自販機でジュースを買った。
 一休みして出発。大きく回って到着したのは、電車の高架脇、狭い路地に面した古い雑居ビル。
 表面のモルタルが一部剥がれ落ちており、埃っぽい空気。人の気配は希薄。
「お姉ちゃん」
 真美子ちゃんが呼んだ。
「ん?」
「さっき、変な人に魔法使ったでしょ」
 真美子ちゃんは言った。彼女にもあの醜悪な男は尋常ではないと映ったらしい。幼さ故の本能的危機察知能力であろう。
 しかし、レムリアは、彼女が言ったもう一つのフレーズの方にドッキリ。
 ……バレた?。
「だって、お姉ちゃんがこうやったら、あの人のリュック壊れたもん」
 真美子ちゃんは、男を差し示した時の動作をまねした。小さい子は周囲の挙動を意外なほど細かく見ているものだ。無意識の行動を真似されて、“どこでそんなの覚えたの?”というのはよくある。
「ハリーがどこにいるか当てたし、ハリーとおしゃべりできるし……」
 真美子ちゃんの認識は最早確信に達しているようであった。確かに、犬の名前のハリー自体、世界的に有名な魔法ファンタジーの主人公だ。
「お姉ちゃん、本物の魔法使いなんでしょ?」
 真美子ちゃんは立ち止まり、まっすぐレムリアを見た。
 その瞳が物語る。揺るぎなくそう信じている。
「あのね……お姉ちゃん……だったらね……」
 レムリアが何を言おうか考えている間に、真美子ちゃんが意を決したように切り出した。
 自分を見上げる瞳に涙がいっぱい。
「あたしに、あたしに魔法を教えて……お母さんを助けたい……」
 真美子ちゃんは涙と共に大きな声で泣き出した。
 長く、辛い我慢が、彼女の中にあるとレムリアは知った。それを悟られまい、弱く見られまいとして、精一杯気丈に頑張ってきて、こらえきれなくなったのだ。
「お母さん、まみのために一生懸命働いてくれたのに、まみ何も出来ない。だから、だから……」
 
(つづく)

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