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2012年3月

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-091-

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 相原の目に映ったのは、血液の飛沫を浴びながら、それでも必死になって男性を救おうとする浴衣の少女。
 その横顔は凄惨だがあまりにも美しく、相原の記憶層に鮮烈な印象を持ってポートレイトのように刻み込まれた。
 老男性を全神痙攣が襲い、相原の感傷を吹き飛ばす。腕が動かなくなり、ただガタガタ震える。
「心停止!」
 レムリアが声を出す。要するに心臓が止まったのだが全く動じない。
「任せろ」
 相原は判っていた。寝技を解き、両手を揃えて男性の胸の上へ。
「いいぞ」
「お願い。圧迫15回呼吸5回」
「了解」
 言われて相原は心臓マッサージを始める。右手の上に左手を重ね、上半身の体重を掛け、胸部がばくんばくんと動くほど力を込めて押す。相原にとって実際やるのは初めてだったのだが、レムリアがやっているのを知っており、考えずともできたようだ。
 その押す動作のたびに口から血が溢れる。それをレムリアが口を使って吸い出して捨てる。
「ストップ」
 呼応し、相原が心臓マッサージを一旦停止。レムリアが人工呼吸。
「どうしました……あ」
 ナースコールで駆けつけたのは小柄な看護師。先ほどの看護師ではないが、事態は瞭然。
「吐血しました。ドクターをお願いします。喫煙したようです。CPR(心肺蘇生)はできますので手配願います」
 レムリアは血塗れの顔で状態を報告した。看護師は数回頷き、腰につけている院内PHS電話機に手を伸ばした。(※PHSは一般向け簡易携帯としては2010年までに殆ど姿を消したが、企業の内線電話向けとしては引き続き利用されている)
「すぐ戻ります」
 看護師はひとこ言うと、一旦その場から走って消えた。
 程なくして別の看護婦とストレッチャー(キャスター付きのベッド)を持って来る。
「学!」
「はいよ」
 看護師らも加わり、老男性をせーので抱え上げ、ストレッチャに移す。
 
(次回・最終回)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-090-

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「ああっ!」
 レムリアと相原は同時に声を上げた。夫人が目を覚まし、突然の事態にどうしていいか判らず、立ち上がって狼狽える。
「手伝って。気道確保しなくちゃ」
 レムリアはベッドを飛び出した。点滴の管を抜き、スリッパに足を入れる。
 しかし
「痛!」
 顔をしかめて脇腹を押さえる。筋肉を使うと痛みで力が入らない。
「待て」
 相原は動こうとするレムリアを制し、両腕で抱き上げた。
 男性に抱き上げられる。
 レムリアはその事実に気付いたが、自分の脇腹に負荷が掛からないようにするための最善と気が付いた。
 だから相原の首に腕を絡める。私を運んで。
「具体的にどうする」
 相原はベッドへ歩を進め尋ねた。男性は激しく咳込み、そのたびにベッドに血の飛沫が文字通り噴き出している。まるで塗りつぶすかの如く。
「ベッドの上に下ろして。肺の中の血を出すからあの人押さえて」
「了解」
 相原は答え、彼女を血の海と化したベッドに下ろした。
 濃密な血の臭い。生臭さと、口の奥がギシギシする鉄さびの刺激臭。
「おとうさん、聞こえますか?おとうさん!」
 レムリアは呼びかけた。が、男性はそれどころではない。苦しげに喉を掻きむしり、七転八倒しながら血を振りまいている。
 肺の中で大量出血が起こり、呼吸不全になっているのだ。顔が青紫色に変わって行く。
「押さえて。仰向けに!」
 レムリアの指示通りに、相原は男性の上半身を柔道“横四方固め”の要領で押さえ込んだ。
「そのまま、あ、ナースコールのボタンを!」
 レムリアは言い、自分の口を使って老男性の口から血を吸った。
 そして床の上に吐き出す。相原は痙攣する男性を抑えながら手を伸ばし、テレビの下に降りているコールボタンのケーブルに指先を引っ掛け、引き寄せ、押した。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-089-

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 レムリアはテレビの情報に集中している。詳しく知っても動けないが、気になる。人ごとではいられない。そのバスが湾岸の著名な遊園地に出かけた子供会の帰路と聞けば尚。
 コマーシャルになった。
 そこでベッド上の老男性が夫人の方を見、のっそりと起き上がり、咳をしながら部屋を出て行く。
「肺炎…」
 老男性の姿が見えなくなったところで、レムリアはぼそっと呟いた。
「しかもかなり悪い…やだな」
 レムリアは下唇を噛んだ。
「それは予感?」
「て言うか…あの人まさか…」
 レムリアは夫人の方を見た。夫人は椅子の上でこっくりこっくり居眠りをしている。
 結果、レムリアは、男性が奥さんの居眠りを見計らって立ち上がったと理解した。
「ヤバくね?」
 期せずして二人顔を見合わせ、相原が懸念を言葉に起こす。
 数分後、男性が帰ってきたが、先程以上に咳が酷い。
 そして呼気に含まれる臭気。
 二人は期せずして頷き合う。
 男性はトイレか何かでタバコを吸ってきたのだった。タバコを吸う人間と吸わない人間では存在を感知する閾値が大いに異なる。喫煙者が皆無と感じる程でもあからさまという表現が使える。
「まずい……んだけど」
 レムリアは呟いた。老男性の咳はゴボゴボと泡立つような音だ。いや本当に泡が立っているのかも知れぬ。肺の中に発生しうる液体・水分とは即ち。
 男性はレムリアの視線に気付き、すぐに避けるように目を背けた。
 そしてベッドに潜り込み、息を押し殺すようにして咳をする。布団の大きな動きから呼吸が不調であることはすぐ判った。
 レムリアはもう気が気でない。
「ドクター呼ぶか」
「でも私なんかの……」
 男性に異変が生じた。
 機械の唸りのような異様な声を発し、勢いで布団をベッドから蹴り落とし、体を折り曲げて吐血する。
 
(つづく)

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【理絵子の夜話】犬神の郷-18-

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「送り狼はここまで、らしいです」
「ああ、構わねぇ。集落はもうそこだで」
 そこ……指さした先には、屋根に雪を載せた家々が幾らか。みな平屋建てであり、スレートやモルタルと言った最近の建材は見えない。入り組んだ道路は舗装こそされていないが、雪かきは施され、通行に支障はなさそうだ。
 犬は理絵子が撫でたら一声吠え、くるりと身をひねり、元来た道を去った。一方、一同は祠に頭を下げ、集落へ向かって斜面を下りて行く。
 違和感。
 立ち止まるほどでは無いが警戒すべき、と超感覚が言って寄越す。誰の姿も見えず音もしないが、無人とは明らかに違う。その正体。
「視線……」
「感じる」
 少女らは口々に言った。理絵子は多数の人が自分達を監視し、ある意味“忌んで”いると感じた。
「歓迎……」
「すべからざる、と言ったところか」
 美砂が言ったら、組長らは彼女らの前へ回り込んで、またぞろ土下座の様相。
「すまねぇ、失礼をすまねえ。めっだなごどで客人(まろうど)なんが来ねでよ」
「お気になさらず。見慣れない人間を警戒するのは防犯の基本ですから」
 理絵子が言うと、組長らはどうぞどうぞと手刀を切って先導し、彼女達は大きな日本家屋に案内された。
「遠野物語」
「柳田国男」
 美砂と登与がほぼ同時。つまり、伝承説話に出てくる古民家という印象を持ったということ。
 引き戸を開けて入ると天井は無く、黒く燻された弓なりの梁が頭上を渡り、屋根板の勾配が広がる。
 その梁から下がった裸電球。板敷きの居間には囲炉裏。
 ただ、電球は消えており、囲炉裏にも火は無く、冷え込みもあってしんと静かだ。
「火を起こすで待っでぐんねが」
 白い息と共に男達が動き、方や火を起こし、こなた壁のスイッチをひねって電球を灯し。
 その、ぼわんと広がる、優しいが弱さを含んだ赤い白色。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-088-

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 ハッと気づく。まずその心配をすべきだったのでは。……自分優先に反省。
「確か逮捕って」
「ん?新聞には何も書いてないよ。オレもタイホされたが現在ただいまここにいるわけで。乗組員推して知るべし。裏で日本政府が本部とグルになって動いてんでしょ。心配するこたない。何か感じるか?」
 テレパシー。特になし。
「そっか。そうだね」
 レムリアは頷くと、箸を盆に戻した。
「ごちそうさま」
 久々にまともな食事を摂った気がする。船の中では結局何も口にしなかった。
「もういい?売店で何か…」
「ううん、いいよ」
 レムリアはうーんと唸って伸びをした。相原が空食器を載せた盆を脇机に移す。
 外が騒がしくなってきた。救急車のサイレンに加え、ヘリコプターの飛行音。応じて廊下をバタバタ行く足音が幾つか。
 隣の老夫婦の見ているテレビに速報。空撮画像によれば、玉突き事故にバスが巻き込まれ、横転している。
「船があれば……そういや船は?」
 レムリアはテレビを覗き込みながら言った。男性の頭があって画面がよく見えない。
「同じく何もなし。まぁあんなもの正体ばれたらえらいことだが」
 相原は言うと、レムリアの衛星携帯電話を手にして窓際に向かった。
「Hello,this is Manabu-aihara from remlia's mobile phone.Please show me star-ship argo's status………yes……yes,Oh I know……that's my company……yeah,I'm slave from next spring.So thank you.And now Princess so well good-condition……yes,bye」
 相原は終話ボタンを押して戻った。
「本部の曰くオレの就職先に保管中とさ。まぁ宇宙機やってるからセキュリティからも妥当だろう……って、聞いてないな」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-087-

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「やっぱりレムリアだ。ってか、よくさぶいぼなんて言葉知ってるな」
「いいよそっちで。私だって……その、ボランティア活動の芸名とでも言うかな、ニックネームそっち使ってるから。メディアなんてマスコミかディスクじゃあるまいし、ましてや姫だの王女だの……ガラにもない」
「でも王女様なんだし…気が引けてさ。某国だってそういう血筋の方は宮様って呼んでるし」
「嫌、血筋は意識したくない」
「なんで。プリンセスは女の子の憧れ、ってのが童話の定番だし、グレース・ケリーとか、某国でも似たような事案は国あげて羨望のまなざしだけど」
 相原のシンプルな質問にレムリアは答えを躊躇った。普通の女の子は姫様になれると聞いたら喜ぶであろう。比して最初から姫だと姫なりの事情があるのだ。
 恐らく、今後のことを考えると、彼には正直に話すべきなのだろう。が、今それを全て話すのは時期尚早、というか、おのずと知ってもらう時が来る、そんな気がする。
 なので。
「いい思い出ないもん。多分その宮様にも大なり小なりあると思うよ」
 レムリアは目線を外した。
 相原は両の手を広げて軽く持ち上げた。アメリカ映画で諦念の意思表示に使われるジェスチャー。
「判ったごめん立ち入ったこと訊いて。レムリアとしか呼びません」
「いいよ、別に」
 レムリアは笑った。ごめんね。
 すると、相原は薄笑みを浮かべて。
「姫君か。船乗って奇蹟を起こして回る姫ね……いいじゃんか、ミラクル・プリンセスだな」
「えっ……」
「かっこいいじゃねぇか。姫様舞踏会でドレス引きずり回してるだけじゃねえぞってな」
 レムリアはブッと吹いて笑った。姫様イメージぶちこわし。
 彼の目が、レムリアを見る目に戻ったと知った。
「副長とか、どうしただろ」
 話題を変える。“最大の懸念”が解決したせいだろう、次の心配はそっち。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-086-

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 そこで院内放送のチャイム。先ほどの個人呼び出しと異なる雰囲気であり、応じてコミカルな看護師にも緊張が浮かぶ。
 放送の曰く、首都高でバスの絡んだ大きな事故があり、急患が大勢押し寄せるという。手空きの者は対応願う。
「あのあたし……」
 彼女メディアは自らを指さし、ベッドから出ようとした。
 看護師が目を剥いた。
「え?おいおいうちの病院は腹の傷パカパカしてる娘を手伝わせる趣味はないよ。それにナースは充分足りてるから。寝てなさい。これは命令」
「はーい」
 彼女メディアは不承不承といった風情で頷いた。看護婦はニコッと笑うと、部屋から出て行った。
 視線を感じて振り返ると相原が見ている。
 それはあの日の傷付いた彼、そばにいた彼、ではなく、テレビの向こうのタレントを相手を見る目。
 “存在は知っているが、接点は無い”
「姫様、ねぇ」
 相原はマンガに出てくるステレオタイプな中国人のように、右手をはんてん左の袖に、左手を右手の袖口に入れ、腕組みした。
「ええ」
 レムリアはちょっと気取ってペットボトルの緑茶を口に含んだ。それこそ古い東洋からの使節団の訪問を受けたみたいだ。
「王女様」
 相原は恭しく拝跪し、そう口にした。
 王女は口に含んだ日本茶を反射的に吹き出しそうになった。
「ちょっとやめてよ」
「姫、おひいさま」
「きゃあ」
「本日はご機嫌麗しく、このはんてんの騎士、ご尊顔を拝し奉り恐悦至極(ごそんがんを はいし たてまつり きょうえつ しごく)に存じます」
 相原が使った最大限の敬語は、レムリア自身はそうとは知らなかったが、古風な響きから日常的なものでは無いことは理解出来た。
 王女は顔を真っ赤にして相原を見た。
「やめて……ぎゃはは……さぶいぼ(鳥肌)が出る」
 その所作はやんごとなきお方共通の高貴で淑やかなイメージではない。
 Tシャツ短パンで飛び回る元気な女の子レムリアである。
 そして、自分、それでいい。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-085-

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 それを聞いてレムリアは箸を置いた。
「いいです。このまんまで。今まで通り扱って下さい」
 姫、と聞いた瞬間、みんなの態度が変わってしまう。一歩引いてしまう。ガラスのバリアを張ってしまう。
 それは、もう、いや。
 特に、この、相原という青年はそんな存在にしたくない。
「いいの?じゃない、よろしいのですか?」
 看護師は困惑気味に訊いた。
「ええ。そういうの嫌いなんです。私は私なのに家系だけでみんな勝手に決めてしまう。なのでどうか」
「判った。じゃ、特別扱いはしないよ」
 看護師は言った。
「ありがとうございます」
 レムリアは頭を下げた。その後、二人はカルテを作ったのだが、女の子だし、ということで相原は外へ出された。
 相原が向かったのは休憩室。携帯電話の電源を入れようとし、電池切れで応答せず、新聞を手にする。
 “欧州宇宙船、核戦争を止める”
 原因はテロリストが防空システムにハッキング。解決はNATOのルートを通じて欧州宇宙機関にコンタクト、秘密訓練していた新型宇宙船にレーザ兵器THEL(Tactical High-Energy Laser)を積み込み、というストーリー。まるで事実を元にした貧相なSFである。無論、日本人某が出てこない一方、人種差別上院議員の方も出てこない。ちなみに共産帝国や先軍主義国家についても触れられていない。以下もんもんと社説や政府の対応への苦言、安全保障だ自衛権だ。
 相原が呆れて戻ると看護師がカルテを胸に立ち上がったところ。
「終わった……」
「よ。いいよ。じゃあ身元保証その他の窓口は派遣団の方に照会すればいいのね」
「はい」
「判った。治るまでゆっくりして行きな」
「ありがとうございます」
 レムリアは答えた。自分を見る相原の目が変わっていると感じる。メディア姫を見る目になっている。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-084-

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「日本のような看護と平和を世界に……道理でペラペラだし箸も上手に……お使いになる、というべきね。ハイネス」
「ちょっと」
 相原は看護師の手から雑誌を横取りし、記事の本文を読み始めた。
「……世界各国の難民キャンプや野戦病院に医療補助を行っている国際医療ボランティア、欧州自由意志医療派遣団に、このほど現役世界最年少の看護師が誕生した。彼女はメディア・ボレアリス・アルフェラッツ様、13歳である。アジアとヨーロッパの境界に位置する小国、アルフェラッツ王国のレッキとした王女様だ。姫は幼少のみぎりから困っている人を助けたいという希望を強く持っておられ……」
 相原は丸い目をしてレムリアを見上げた。
「王女様なの!?」
 大きな声は老夫婦が振り向くほど。
 しかし、老夫婦の反応はそれだけ。普通、日本の大学病院と浴衣を着た異国の姫という組み合わせは、存在しない。
「そういうことになりますね」
 姫の名を持つ少女は、ニコッと笑ってシャケの切り身を口の中に放り込んだ。
 相原は記事を数ページめくる。挿入されたグラビアに写っているナースキャップの彼女。王宮の庭だろうか、乗馬はおろかポロのスティックを操る彼女。どこかに国賓として家族で訪れた時のものだろう、めいっぱい着飾って豪華な彼女。
「姫」
「はい」
「看護師さんコレ普通の入院食……」
 相原は尋ねた。
「ええ、さすがに冷めたからレンジでチンしたけどね」
「レッキとした王族の娘が都内の病室で浴衣をまとい、レンジでチンしたシャケ弁当を食べているの図」
「あのー描写しないでいただけますかねあんぱん騎士殿」
「これは失礼。しかしホントに?」
「ホントに」
「ホントのホントに?」
「ホントのホントに」
「だとしたら国賓待遇じゃ……」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-083-

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 相原がハッと気づいたように覗き込む。
 そして気付く。今、彼に自分の真実を開示すべき時が来たのだ。
「13歳。え?あらあなたもナース?なの?え?13歳で?」
「はい」
「メディア……ごめん、これなんて読むの?」
 レムリアは一呼吸おくと、看護師と、相原を見た。
「メディア・ボレアリス・アルフェラッツ(Media Borealis Alpheratz)」
「へぇ……何か古風な響きね。どこの言葉?」
「ラテン系の古語と聞いてます。メディアが私自身の固有の名前。ボレアリスは南の意味、そしてアルフェラッツは国名です」
「国名?名前に国名って凄くない?日本武尊みたいじゃない。え、ちょっと待ってアルフェラッツ……」
 聞き覚えがあるのか、看護婦は腕組みして考え込んだ。
 相原が二人の会話、言葉のピンポンに合わせて、目玉と首を行ったり来たり。
「13歳」
 看護師は念押しするようにレムリアを指差した。
「はい」
「ナース」
「そうです」
「ちょっと待っててよ。彼にも何も言っちゃダメ」
 看護婦は首を傾げて言うと、バインダーに挟まれた書きかけのカルテをベッドに置いたまま、部屋から出た。
「バレたかな?」
 レムリアは呟いて舌を出した。
「え?」
「いやこっちの話。わーいいただきま~す」
 割り箸をぱちんと割る。
 相原はあんパンの袋を破って取り出し、かじる。
 数分して、看護婦が何やら雑誌片手に戻ってきた。
「これでしょ」
 ページを開き、ベッドの上に広げる。
 そこには頬を赤らめ、看護婦の白衣に身を固めたレムリア。
「“最年少看護師はお姫様”」
 相原の全身が凝固した。
「へ?」
 今度こそ相原は冷静さを失ったとレムリアは思った。
 シャケの切り身から小骨を抜く。ちょっと勝利感。
 看護師は記事とレムリアを見比べ、納得したように頷いている。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-082-

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 何で?
 自分が女だから?
 好きと言われたから?
「恥ずかしいって?」
「だって……あなたの一部なわけじゃん」
 ぎゃー!何言ってるんだ私。
「そういう捉え方するから赤くなるんだ。ガクジュツ的には単なる蛋白質と糖の分子の集合体に過ぎんだろうが」
 相原が心なしかニヤニヤ笑っているように見える。逆に主導権を取られたと感じる。
「で、でもDNAはあなたのものを持ってるわけじゃん。それが……」
「何が言いたいんだ、何が。血液細胞は自己繁殖はせんぞ。そーいうことは良く知っとるはずだろうが」
「でも……」
 言い返したいが、言い返したいために言葉を選ぶと逆に意識しちゃって空回り。
 何だこれ。自分、何だこれ。
 冷静さはどこ行った。
「じゃ返すか?血漿なんかもう同化してるから分離できんぞ」
「エッチ!」
「あのなあ」
「傍から見てるとイチャ付いてるようにしか見えんわね」
 ノックがあって先程の看護婦である。食事一式を載せたプラスティックのお盆と、何やら茶色の紙袋を持って立っている。
「はい食事持ってきたよ。あんたはこれね」
 はんてんの騎士には紙袋の中からあんパンがひとつ支給された。90円。消費税込み。
「あっと、お箸大丈夫だっけ」
「はい」
 レムリアのベッドにテーブルがセットされ、食事が置かれる。
 お盆の上は純和風。
「いただきます。あーおなかペコペコ」
「どうぞ。それとこれね」
 看護師は再び紙袋に手を入れる。それはレムリアのウェストポーチ。
「あ」
 レムリアは箸を置き、ポーチを手にした。
「どうもすいません」
「ベルトの所血が染みててね、クリーニング。さっき届いたのよ」
「綺麗に取れてます。で、あたしの名前はこれです」
 レムリアはポーチを開き、彼女が属する医療派遣団のIDカードを取り出した。
 
(つづく)

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【理絵子の夜話】犬神の郷-17-

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「余震……」
「違う」
 美砂の言葉を登与が遮った。
 言下、向かい側斜面で盛大な雪煙が上がり、茶色い地肌があちこち顔を出す。
 雪崩であった。雪が流れ、積み上がって舞い散り、応じた風圧が生じて髪の毛を流す。
「理絵子様、引き返しましょうや」
 ひとりが訴えた。櫟本氏だ。埋もれた雪から這い出そうとして余計に埋もれ、動けなくなる。
「いちの、待て。雪崩たのはおらだぢが来る時通っだどごだ。もし、おらだぢがあっち通ってだら」
 組長氏が可能性を呈し、自らの周囲を踏み固めた上で、美砂に足を下ろす位置を訊く。
 美砂の指示に従い這い出す。
「んだ。理絵子様だぢには判っただよ。理絵子様の仰せに従うだよ」
 神無城氏が続く。彼らの言動は21世紀の日本に住んでいるとはとても思われなかった。しかし正直、何も言わずただ淡々と、唯々諾々付いて来てもらった方が、彼女達としては逆にありがたい。
 白犬の先導で尾根を越え、谷へ降りる。
「川の中を渡るだが?」
 ここは獣道であり、近傍に橋は無いとの説明。
「がだがだ言うなや。理絵子様はわがっでいらっしゃる」
 組長氏が言った。実のところ、理絵子自身は何か判っているわけでは無かったが、ちゃんと渡れるという確信はあった。
 然り、先ほどの雪崩で雪が流れ込み、川を塞いでいた。
「天然ダムになるかもね」
 登与が振り返ってひとこと言い、しかし今はダムになろうと知ったことでは無く、一行は雪で出来た橋を渡り、反対側の尾根へ登って行く。
 途中、壊れかけた朱塗りの小さな祠があり、犬はそこで立ち止まった。
「おお、お堂が」
 組長氏が祠の前にしゃがみ、壊れた木組みを直そうとするが、柱が折れており、修復は出来ない。
 犬はそこで座って理絵子を見、尻尾をパタパタ。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-081-

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「それで、だね」
 相原は話題を変えた。照れ隠しだ。
「はい?」
「めまいとか、どこかかーっと熱い感じがあるとか、ないか?」
 相原はレムリアの手首を取って脈を診た。
 クスクス笑うと傷に来る。その脈絡の無さ、その唐突さ。
 多分看護師が言い残していった“不適合の注意事項”に基づく質問だとは思うが。
 何も話題が無かったらどう話を持っていったのだろう。
 不適合?
「あのー、大変恐れ入りますが、ドクターに言われたことをそのままお話し頂いた方が、逆に手っ取り早い気がしますが。あなたが間違った理解をされるとは思いませんが」
 レムリアは言った。自分の身体に予見される変調なら、申し訳ないが専門外の相原を介すより自分が直接意識した方が多分。
「400CC」
 相原はレムリアの腕を指さして言った。
 何その婉曲すぎて螺旋状態の表現。
「え?」
「やはりそれでは判らんか。俺の血が少し」
 輸血されたのだ。レムリアは理解した。
 ちょっと待った。
 理由は判らぬ。輸血なんて茶飯事であって驚くことでは無い。対象が自分と言うだけ。
 なのに、激しく動揺している自分がいる。
 全身が熱くなる。何だろうこの恥ずかしさは。
「お、おい熱いのか?」
「そうだけどそうじゃなくて」
 何だこれ。
「不適合反応は起こってないから」
「オレの血が身体の中巡ってるって?」
 ぎゃー!
 図星という日本語を理解する。そう、自分はそれを意識して唐突に恥ずかしくなっている。
「そういう反応しなくてもいいだろ。どうせ二週間だかで全部入れ替わるんだろ血液って。脾臓(ひぞう)ってそのためのもんだって聞いたぞ」
「でもさ。なんかさ」
 レムリアは下を向いてしまった。恥ずかしくてまともに顔が見られない。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-080-

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「洗濯してあるから持ってきな。着ていた服も置いとくよ。えーっと、彼女は何か食べるかな?」
「はい。じゃぁ」
 言われて意識したら急に空腹を覚えた。
 相原ははんてんをかぶったまま、微動だにしない。はんてんの形状もあり、消えそびれた幽霊のようだ。とぼけた感じが珍妙。
「殊勝でよろしい。そのまま何も見るな」
 看護師は相原に命じると、傷の状況をチェックし、体温を測るように指示した。
 その間相原は微動だにしなかった。
 はんてんを取ることが許可されたのは、体温計が測定終了の電子音を鳴らした後。
 看護師はレムリアから体温計を受け取り、覗き込んだ。
 37.5度
「七度五分か、傷深いからまあそんなもんだろうね。じゃ食事持ってくるから。そうそう、あなたカルテ作りたいんだけど名無しのゴンベさんなのよ。はんてんの騎士はフルネームも歳も知らないって言うし……日本人じゃないんだって?」
「ええ、私は……」
 言われて思い出す。彼は自分が“魔法少女レムリア”としか知らない。
「いいよ、あとで。ひとまわりしたらあなたの持ち物も持ってくるから、その時で。おいはんてんナイト、不適合の注意事項は覚えてるな。頼むぞ」
「え?あ……」
 相原が反応する前に看護師は姿を消していた。
 レムリアはくすくす笑った。
「面白い人だね。あんたもね」
「そうかぁ?でもここの看護師万事こんな調子だよ。結構しんどい仕事のはずなのにいつもニコニコしててそれをおくびにも出さない。ここを指定した理由のひとつ。滅法明るいべ?不安な気持ちにならない」
「指定?選んだの?」
「まぁね。オレなりに最高の病院と信じて。……だからあまり言わすなそういうこと」
 レムリアが覗き込んだら相原は照れた。
 面白い。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-079-

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 相原は誤魔化すように言って、諦めたように笑った。
 このひと可愛い、それがレムリアの思ったこと。
 すると相原は急に少年のような顔になり、
「恥ずかしいぞ」
「なんで?」
 レムリアは小首を傾げて尋ねた。
 それが“可愛い仕草”であるという認識はある。ただ、意図してそうしたわけではない。
「およそ22の男が……屈したんだぞ」
「あたし嬉しいよ。ああこの人あたしのこと凄く素敵に大切に考えてくれてるんだなあって。そりゃちょっと照れくさいけどさ」
 レムリアははにかんだ。
 好き、と言われてドキッとしたことは応じた回数あるが、素直に“ありがとう”と言える気持ちになったのは初めてだ。
 ただ、自分が好きだからか、と言われると違う。否、好きという感情を持ったことが無いのでワカラナイと言った方が正確かも知れぬ。
 結論、楽しい。
「あなたはあたしのことが好き」
「ぶっ……ええい唐突に何を言う。そういうことは明確に言語化して喚呼確認するでない。君はテレパスの使い方を間違っている。判っておればよろしい。言わすな恥ずかしい」
 やっぱり楽しい。
「え?いいじゃん別に。あなたの気持ち、凄く嬉しいよ、ありがと」
 レムリアは自分でも驚くほど素直に、自動的に、言った。
 そして判った。この男には“いかに相手を傷つけず自分の気持ちを伝えるか”という苦労がいらないのだ。
 すると相原は急に真面目な顔に戻り、何か言いかけたが、そこまで。
「お邪魔かな」
 トーンの低い利発そうな若い女性の声がし、部屋の入り口部分の壁が二回ノックされた。
 看護師である。雑貨屋の大きな紙袋。
「気が付いたね。じゃあ熱測ろうか。ハイはんてんの騎士は何も見ない何も聞こえない」
 看護師は軽妙な語り口で言いながら、その紙袋から相原愛用のはんてんを取り出すと、目隠しするように相原の頭にかぶせた。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-078-

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「うん」
「じゃぁ、やっぱり、あなたの知識だ」
 レムリアは一呼吸置いた。
「この間会った時にさ」
 前述の相原が乗り組んで人種差別研究所を破壊した話である。
「あなたあたしにデートしろって言ったじゃん。正直言うとさ、似たようなお誘いを受けたことが無いわけでは無いわけでも無いわけですよ」
「なんじゃそりゃ」
「お茶しよう、面白いところ行こう……でも、宇宙へ行こうと言ったのはただ一人。でね、一つ訊きたい。口に出して言えって言ったら、言える?」
「……」
 相原が口にしようとした直前にレムリアは制した。
「待って、そう言うとあなたは『宇宙行こう』棒読みみたいに言う」
 相原は苦笑した。
「あなた、私のこと、好き?」
 相原は固まった。
 まばたきすらせず、レムリアを見つめ返したまま硬直。
「へへ、ごめんね、気が変わった」
 レムリアは言ってみた。
 言葉にされないでも判っているし、それは彼もよく知っていることだろう。
 ただ、彼に対する自分の情動は、過去自分に気持ちを示したどの男の子とも違うし、また自分に接するどの“大人の男”とも違うのだ。否、どっちでもある、というべきか。
「目を見て言うか?」
「ええ、出来れば」
「お前、命がけで守るに値する、女だ。女の子じゃねえ、女だ」
 相原は言い、レムリアの手を、両手で、包んだ。
 骨張ってクッション感の少ない、しかし熱い男の手。
 一つだけ予想に反したのは、ドキドキという脈動を感じないこと。
「学って歳幾つだっけ」
「22。13の女が真面目に好きだなんて言ったら世間一般的には犯罪。ロリコン、変態、逮捕」
「だろうね」
 レムリアは少し笑い、
「でもさ」
 相原のその言葉に、目を戻した。
「誰かのために生きてるって自覚してるかどうかに、年齢は関係ねえんだ」
「胸ぺったんこの童顔でも?」
「この娘は一生懸命生きてる。誰かが生きるために一生懸命生きてる。それがオレの第一印象で、それがオレの君に対する思いの全て。あーあ、言っちゃった」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-077-

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「夢と言うより、祈ってた」
 相原は、そう返した。
「えっ」
 レムリアが思わず目を開けると、今度は相原が目を閉じている。
「この娘を助けて下さい。世界の子どもを助けるためにも、この娘を助けて下さい。そう、祈った。理系のクセにね。祈ったよ。誰でもいいからと、祈ったさ。今こそ祈るべきだと思ったし、祈るしか無いと思った。お前さんが花咲いたみたいな笑顔で飛び跳ねてる姿思い描きながらね。こうなってくれってね。必死に祈るということがどういうものか、判った気がする。そのうち、眠り込んだらしい。夢を見たかどうかは判らん」
 相原が目を開く。
 今度は、自分が、語る番。
「なるほどね」
 レムリアは相原に一瞬目を合わせ、自分が、目を閉じた。
「夢ってさ」
 相原は特に相槌を打たない。しかし続けて良い旨は聞かずとも判る。
「人生反映されてんだよね。いやご大層な意味じゃ無くてね、知識と経験が映像に出てくる。……宇宙が出てきたんだ。地球と月を往復、も、凄い経験だったけれど、それだけじゃ出てこない、もっと広い空間。あたしの知識じゃない」
 テレビの音。
「男の夢、あなたの記憶、なら合点が行く。あんなスケールの夢あたしじゃ見られない」
 館内呼び出しの音。
「あなた出てきた。って言うか連れ出された。アルゴ号でね。宇宙へ出るんだ。二人っきりで。誰も知らない。こっそり私を連れ出すの」
「それで?」
 相原がひとこと挟む。
「銀河に沿っていろんな星々を旅するんだ。アルゴナウタイ訪問ツアーって。神話に出てくるアルゴの乗員達の星座を実際に尋ねるんだ」
「なるほど、オレならやりかねんな」
 相原は人ごとのように論評を挟む。
「それで、あなたからいろんな事教わった。ふたご座は兄貴星のカストルよりも実は弟のポルックスのが明るいんだ、とか、こと座の琴はオルフェウスの持っていたもので、主星ベガは1万2千年後に北極星になる、とか。あとなんだっけ、ケンタウルス座のアルファ星は……」
「やがて太陽に近づいて、重力バランスの変動から彗星が雨のように地球に降り注ぐ。か?」
「そうそう。この辺本当の科学的知見?」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-076-

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「起きて……」
 レムリアは目を開く。星のような輝きを蔵した、黒々と透明な瞳。
 比して、相原は、真っ赤。
「お・は・よ」
 彼女は軽い笑顔と共に言った。脇腹貫通したこととは関係ないと思うが、吹っ切れた、すっきりした気分だ。ちょっと苦しいぐるぐる巻の包帯。手首に刺さった輸液管。
「お、お目醒めですか」
 相原は首を絞められたような、掠れた声で言い、しかしハッと気付いたようにレムリアの顔を覗き込み、小さく頷く。
 自分の様子を見ている。
「ごめんね、テレパス娘で」
 レムリアははにかんだ。含めて、相原の気持ちは、わざわざ音声に具象化してもらわなくても、判った。
 面映ゆい。だから、からかい半分、意地悪で、言ってみた。
 ちょっと面白そうだ、とも思った。
 すると。
 相原は隠しても無駄と諦めたか、はたまた腰を据えたのか、フッと笑い、そして、自分の手は握ったまま、配管剥き出しの白い天井を見上げた。
「彼女のためだったら僕の血を全部抜いたっていい、臓器だって使える物なら全部使っていい、とにかく彼女を助けてくれ……」
 今度はレムリアが赤くなる番だった。
「この娘は僕には何より大事な女の子なんだ。この位のことで死なせないでくれ」
 相原は、レムリアに顔を戻した。
 そして、レムリアもフッと笑った。
「ずうっとそばにいてくれたんだ」
 レムリアは相原の手を握り返した。
 呼応して早くなる相原の脈拍。
「まあね。あ、ごめんよ……離すから」
「ううん。いいよ」
 レムリアは手を離そうとする相原のその手を、その必要は無い、とそのまま握った。
「そうか、それであんな夢見たんだ」
「え?」
 レムリアは目を閉じた。
「そう。夢。いつもと違う不思議な夢。でもそれが、あなたがそばにいたせいだったのなら、納得できる。何か夢見た憶えは?」
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-075-

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 そして、彼は自分の血を幾らかレムリアに分けた。彼女はAB型であり、病院の在庫では足りず、O型である相原から緊急にとなったのだ。なお、O型から別の型への輸血はあくまで緊急避難であり、通常は行われないことに留意されたい。O型が万能と考えられていたのは20世紀半ばまでの話だ。
 結果、まず、銃弾自体は彼女の脇腹を貫通しており、残留などは無かった。消化器の損傷は見られず、鉛中毒の可能性も皆無とされた。
「奇蹟だ」
 担当医はのたまった。
 だとしても当然だ。相原は寝顔に語りかけるように思った。
 この手で幾人救ってきた。ここで助からないなら神様解雇だ。
 相原が手を握ると、レムリアはギュッと握り返した。
 相原が身体震わせて赤くなる。
 が、レムリアは起きる気配無く、さりとて手を離すわけでもない。
 骨張って体毛も無造作な相原の手の甲と、ほんのりと薄紅色で“肌理”という文字がまさに似合いな少女の手。
「命がけ。ってさ、マンガのヒーローと恋愛ドラマのセリフ、だと思ったけどさ」
 相原は囁き声でひとりごちる。
「お前さんは、そう言い切るに足るよ……って、何言ってんだか」
 老夫婦に一旦目を向け、二人の目線が共にテレビに向いてるのを見て目を戻し。
「オレ3月下旬の生まれだからさ、基本的にクラスの同級生はみんな年上なんだよ。思春期になると見下されてるみたいに感じてさ。背も高くないからただのコンプレックスなんだろうけどさ。たださ、ケバい化粧の大学生より、派手なくせにみんなして同じカッコしてる高校生より、素のまんまのお前さんのわがまま聞いてる方が楽しい。そんな気がするよ。世間じゃこういうのロリコンって言うらしいけどさ。単に13歳だからイコールロリータってのは違うぜ」
「んで?」
 果たして相原は心臓が止まったような顔をした。
 
(つづく)

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【理絵子の夜話】犬神の郷-16-

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「案内してくれる」
「送り狼さん」
「かな?」
 少女らが犬の後を歩き出し、更にその後をおっかなびっくり組長らがついて行く。ただ、それは置いてけぼりの恐怖から、のようにも見える。
 不思議な行軍である。先頭は犬。少女が3名続き、戸惑い顔の男が3名。
「そっちは……」
 谷筋から法面へ入ろうとしたところで組長氏が声を上げた。
 少女達は立ち止まり振り返り、次いで登与が指をパチンと鳴らして犬も止まった。
「道じゃねぇずら」
「近えことは近えが」
 組長らの説明によれば、谷筋を上がって行き、岩肌の峠を越えて、というのが基本。
 法面を登って尾根を越えるのはショートカットになるが、道ではなく特に冬季は埋もれること必定。
「あの……」
 そこで理絵子は口を開いた。
「あんでしょう理絵子様」
「わたくし、現在のこの状況は、試されている、と感じております。つまり、信じている、かどうか」
「よくわからねが……」
「端的には犬について行け、その裏には人間の判断を挟むな」
 美砂が補足した。
「だども……」
「私たちはこの犬に送り狼を依頼することに特段不安や誤謬を感じてはおりません」
「それを、皆さんも信じられるかどうか」
 登与と、理絵子が言った。
「引き返して尋常通り人の道を行きますか?」
 美砂が尋ねた言下、
 地震が起こる。
 鋭く早い、縦方向の揺れが襲い、あちこちでミニと称すべき雪崩が起き、木がギシギシと軋み、交錯する枝同士が触れ合ってムチで叩くような音を立てる。
「なゐ(ない・地震の古称)じゃ」
「恐ろしい、お怒りじゃ」
 組長らは引き返そうとし、相次いで腰まで雪に埋もれて身動きが取れなくなった。
 揺れは程なく小さくなり、最後にゆらりと一回左右に動いて収まった。
 地鳴り。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-074-

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 男性は相原の目線に気付くや、背中さする手を振り払うようにして布団に潜る。
 困ったような奥さんと相原の目が合う。相原は軽く会釈をした。
「今日は、暖かいですね」
 奥さんがゆっくりと話しかける。
「そうですね。風もないし」
 相原は奥さんのテンポに合わせてゆっくり答ると、廊下を歩くローヒールの音に、顔をそちらに向けた。
 よそ行き顔の看護婦が足早に目の前を横切って行く。ここは病室と廊下の間に仕切がない。その代わり、ベッド全体をカーテンでぐるりと囲う構造。下世話な言い方をすれば価格的に最もリーズナブル。
 看護婦が行き過ぎる。この部屋に用があるわけではない。相原はそれを確認すると、目線を手前に降ろした。
 彼の目の前、ベッドの上には、やはり浴衣姿で娘が仰臥している。疲れたような顔色で、しかし安心の面持ちで、安らかに寝息を立てている。
 レムリアである。助かったのだ。
 相原は足を組み、その上に肘を突き、レムリアを眺める。
 この娘をここまでまじまじと見つめたことは過去にない。そして見つめ続けて鑑賞に値し、その目を離せなくなる吸引力をこの娘は有している。
 要するに、かわいい女の子。ショートカットはいかにも快活な印象で、軽やかで颯爽としているこの娘によく似合う。
「ふう……」
 相原はため息をつく。セリフ形で記述したが、その発声は声と呼べるかどうか判らないほど、かすかだ。僅かでも気付かれる、それを恐れているようである。
 ここでレムリアが失神した後の経緯に触れておく。
 自衛隊の出したクルマの中で、相原はこの病院への搬送を指定した。彼の父親は希代の難病に罹患したが、その病気である可能性に最初に言及したのがこの病院であった。その結果から、知識情報は広いと判断したのである。彼の知る限り最も優秀な病院がここ、ということだ。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-073-

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 時々、心配そうに自分の顔を見下ろす。
「隊長、彼女を搬送する準備が出来たようですが」
 衛生担当官の小声。
「了解」
 自衛官が小声で応じ。
「(断る。この者達は現在我が国におり、我が国の法が適用される。まず非居住者各位にあっては入国管理法違反、密入国の容疑で逮捕する。そして相原殿、貴殿はその幇助、及び、外国為替及び外国貿易法第25条、無許可役務取引-えきむとりひき-の疑いで逮捕する)」
 逮捕と言われ、相原は目をまるくしてきょとんとし、しかし、
「(役務?あーこの船大量破壊兵器に関する技術満載ですからねー。ボクそれを非居住者に許可無く教えましたからねー)」
 その、台本棒読みの如き言い回しにレムリアはついに吹きだした。
 炎のように痛くて今度は気絶しそうになる。
「笑ったりしたら駄目だよ」
 衛生担当の自衛官の注意。
 日本政府・当局が故意に逮捕することで身柄を保障するつもりであることは確認するまでも無かった。相原もそれを承知で“罪を認めた”のだ。
 大丈夫だろう。そう安心したらスッと意識が飛んだ。
 

7(終章)

 
 東京・信濃町(しなのまち)。
 神宮球場にほど近い、著名な私大病院の一室で、相原は目を覚ました。
 そこは11階にある6人部屋で、相原はベッドの脇、付き添い用の簡素な椅子に座った状態。浴衣をまとった己れを見、思い出したように周囲を見回す。そして痛そうに腰に手をし、痛くなった首をバキボキ言わせる。椅子に座ったまま寝込んだのだ。
 左方は空きベッドが二つあって窓。窓の外は明治神宮の緑と、立体交差の高速道路。高速道路は通常通り(?)渋滞しており、昨日の混乱の影は見えない。
 そして右前の方、部屋の向こう半分には、真ん中のベッドにのみ使用者がいる。老夫婦であり、ベッドには夫の男性が上半身を起こした状態、奥さんの方が相原と同じく椅子に座してテレビを見ている。そこで男性が酷い咳をし、奥さんに背中をさすってもらう。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-072-

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 セレネは指揮官の顔を正面から見た。無精ひげに覆われたその顔は、汗が玉をなして覆い、皮膚が赤く染まって気ぜわしい呼吸音を絞り出している。今や彼は真実と命令の狭間で進退窮まり、選択肢に詰まった状態なのだ。自分が国家の命令通りに行動すれば、どんな運命が自分と国家を見舞うか、良く心得ているのである。しかし、国家の命に背き、彼たちを無罪放免にすることもまたできない。
 誰かが命令実行不能の状態を作り出さないと先に進まない。
「(……あなた方が真に攻撃すべきは、人間としての尊厳を捨ててでも真実を否定し蒙昧を弄するこのレイシストであり、そして、あなた方が守るべきは、失われれんとしているステーツの誇りではないですか?)」
「(だめだ)」
 ノー!と大きな声を出し、指揮官は腰の拳銃を抜いた。
「(最後の警告だ。いいか、そいつらの身柄引き渡しを要求する……さもなくばJSDFによるステーツへの宣戦布告と見なす。上院議員殿は、ホワイトハウスの代表としてレーザ迎撃システムでミサイルを撃ち落としたと言っているんだ。ホワイトハウスの言葉は即ち大統領の言葉だ。合衆国の軍人が合衆国大統領の言葉を信用するのは当たり前だろうが。判ったな?判ったら我々に従え。お前達JSDFは我々と共同歩調をとると協定にあるはずだ)」
「(小隊長!)」
 さすがに見かねたか諫言があり、更に。
「(JSDF殿。我が軍の無礼は申し訳ない。しかしながら、我が軍も正式な命令解除の指示を受けていない。その者達を引き渡し願えないだろうか)」
 レムリアは仰向けで彼らの会話を聞いていた。真剣な対峙のはずだが、全員の顎ばかりが見えるだけで不謹慎な面白みがある。ただ、衛生担当官は手を腹部に置いたままであり、相原も自分の手を握ったまま。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-071-

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「(……今回ミサイルを処理したのは、あなた方が犯人だという私たちとこの船です。しかし、それはあなた方の国家、そして上院議員にとっては、あってはならない事態でした。
 なぜなら、外見上は世界の正義であるべき合衆国が地球規模の危機を招聘したことになるからです。そして何より、私たちは他ならぬ議員の所業を全て知っているからです。医療研究と称して有色人種殲滅に血道を上げ、せっせと人殺しの細菌を作っていたことを。
 報道の通り、私たちは研究所を破壊しました。それは事実です。ただ、そこが遺伝子解析技術を使い、特定の人種のみに作用する病原菌の開発を行っていたことも事実です。そこで生じたのがこの事件です。私たちを犯人に仕立てて抹殺しようとしたのでしょう。過去、大規模テロリズムで多大の犠牲(※1)を出した貴国にとって、核テロ制圧は喧伝できる大きな手柄、あなた方の国が大好きな“プレゼンス”には充分です。一石二鳥、三鳥でしょうか。しかも、そこには恐ろしいことに、仮に失敗して核が自国に落ちても自分だけは大丈夫という確信があった。調べてご覧なさい。この男、偶然にもその時エリア51(※2)の地下にいたのですから。
 あなた方が核ミサイルを落としたのに使ったという、ミラートラッキングレーザ砲は、何のことはない、核ミサイルではなく私たちを撃ち落とすべく使われました。あまつさえは命令解除を無視し、少女を撃ち、更にわたくしを撃ち、この機関砲の弾丸の山は何ですか?あなた方国家の暴力を背景にした無理強いごり押しはもう沢山です。
 さあ捕らえなさい。撃って凱歌を上げなさい。生き証人は消えても真実はこのように映像に残っています。たとえ私たちがここで骸となっても、全ての映像は公開されます。あなた方の国家が、私たちによって殺されたと主張する人々は、私たちによって救い出され、いま国連総会の場にいます。見ての通りです。
 天安門のように、尖閣諸島のように、真実を提示されてもなお否と言うならご自由に。世界中があなた方を見ています。それでも良かったら撃ちなさい。合衆国という国家を、2億6千万の国民を、誇り高い星条旗を、世界の恥さらしになさい)」
 ※1:2001年9月11日の同時多発テロのこと
 ※2:空軍の基地。有事の際、臨時政府として機能する大規模地下核シェルターを備える
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-070-

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 無数の銃弾は一様にひしゃげた姿で、波打ち際に並ぶ貝殻のように、一同の周囲に落下集積していた。それは、それこそ透明度の高い防弾ガラスが配され、全弾叩き落とされたと解釈すれば合点が行った。もちろん、実際には光圧シールドだ。
『今を持って光圧シールド消失した。船の動力はバッテリだけだ。もう無理だぞ』
 イヤホン越しのその声は小さいが、マイクロバルカンの轟音に比して周囲は静まりかえっており、或いは、聞こえた者もあったかも知れぬ。
「(友軍を撃つとはどういう了見か)」
 自衛官が不快感を示す。
「(黙れ。どのみちジャップはジャップだ。JSDFもグルなんだろう)」
 自衛隊も共謀側。指揮官の物言いは無茶苦茶という次元を越えていた。が、何せ小隊の長であるせいか誰も咎めることが出来ない。
「(そいつらの身柄引き渡しを要求する。そいつらは核テロリストの容疑者だ。そいつらは医療研究所を破壊し、上院議員殿の努力を無駄にし、飛び散った病原菌で近傍の村々に多大な被害を与えた。我々の手配を知ったお前達は核テロリズムで全世界を混乱させることにより、我々の追跡を逃れようと計った)」
 指揮官は言った。その額に汗が玉をなす。
 事実と乖離しているとは恐らく判っているのである。しかし、正当化しないと自分の存在意義が無い。
 最もヘルムズが送り込んだ側なら、信じているやも知れぬ。
「(……よくそんなシナリオを思いつくものですね)」
 セレネはゆっくりまばたきした。
「(……今回の騒ぎで核ミサイルを処理したのは、あなた方の母国ではありません)」
 セレネは続けた。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-069-

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 その当人達による証言。痛々しい手足や頭部の傷。
「(捏造だ!ジャップはすぐに捏造しやがる。レイプオブナンキン知ってるぞ!)」
 指揮官は怒鳴り、とんでもない獲物を構えた。
 マイクロバルカン。そもそも艦船搭載の高速機関砲であるバルカン砲を歩兵が手持ちで扱えるようにした物。銃身6本を束ねた形で、回転しながら次々発射する。車載タイプをミニガンというが、更に小さいのでマイクロバルカンである。1分に1200発。主たる用途はミサイルや爆弾に対し弾幕で対抗。すなわち、下手な鉄砲……を地で行く。ちなみに、その昔アクション映画のマッチョ兵士がミニガンを持って歩くというシーンがあり、基づいて実用に動き出したという背景がある。
「(じゃぁ天安門はなかったという中共の妄言も信じろや選ばれし民族さんよ。南京はあったが天安門は無かった。都合のいいこと抜かすな白豚)」
「(黙れジャップ!)」
 相原の扇動に逆上し、指揮官は引き金を引いた。
「(お前らが惹起した核危機を未然に防いだのは我々のMTLシステムだ!)」
 何事か叫び声を上げながら暴力装置を操る行為をウォー・クライ(war cry)という。
 発砲に伴う轟音が耳を圧し、凄絶な弾幕が形成され、人体など煙と化す……
 能力を有するはずであるが、横たわる少女、銃と言うより大剣風の外観を備える超銃を手にしたヴェールの女、キモノのジャップ、自衛官及び衛生担当官、いずれにも命中した痕跡は無い。まるでガラス越しの乱射見物。
 撃ち尽くし、電気モータで銃身が空回りするだけになってもなお、将官はファイア・スイッチから手が離せなかった。
 バッテリ・ボックスを背負った傍らの兵士に揺すられてようやく手を離す。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-068-

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「(私たちに存在してもらっては困るのでしょう。だからって貴国の存亡に関わるような大がかりな罠を仕掛けるのはどうかと思いますが。それとも自国に害は無いという算段があったのでしょうか)」
「(上院議員殿の研究所を破壊しておいて何を言う!)」
 合衆国側の小隊長であろうか、腕の星マークが異なる兵士が怒鳴る。以下指揮官と記す。
 件の研究所は、国際的には風土病の研究所、という事になっており、そこを破壊した非人道行為と見られている、ということであろう。
 その際目撃された空飛ぶ船が、今回の騒ぎで目撃された船と同定された。
「(それについては国連安保理事会で証拠に基づく説明をしている最中です。伴って私たちの捕縛については一時中止命令が出たはず。この船の背後、電気店の壁面ビジョンが見えますか?)」
 言下、電気店の壁面ビジョンがテレビ放送を映し出す。本来は広告表示用であり、テレビ画像は映さない。無論、船が電波で強制的に押し込んだものである。
 国連安保理事会の会場と見られる。船を捉えたと見られる写真を出して口角泡を吹いているのはヘルムズ当人である。研究所の爆発、戦闘機墜落等で絶命した傭兵、人体実験で出血熱を発症して死亡した自治区原住民らの画像が用意されている。船がこうした殺戮と破壊を演じた、と言うことだろう。
 対して反論。
 それは、ハリケーンの空域でミサイルを打ち落とした際、出張ってきた南米大陸の軍が撮影した動画。
 それは、露国上空を飛びながらMARV弾頭を回収して行く様子を地上から映した動画。
 更に研究所破壊活動で記録された一連の動画と、その際救出された人々の身元確認動画。ある女性はアフリカ南部で拉致され、ある男性は研究所の調理師募集に応募し、
 有色人種のサンプルとして種々の人体実験に供された。
 
(つづく)

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【理絵子の夜話】犬神の郷-15-

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 尾根道へ出る。
「あ、自然歩道」
 登与が言った。
「私たちここ歩いてたんですよ」
 理絵子が追加。但し、雪が積もっている状況に変わりは無い。
「理絵子様も美砂様と同じだか?」
「ええ」
 超能力のこれ見よがしは好きではないが、似たようなものですと実証する分には別段良かろう。理絵子は頷いて雪の部分に身を載せた。
 勿論、同様に沈み込まない。雪面のフワフワした感じも手伝い、さながら水面に浮いているよう。
「なんと……」
「ここに足を載せればいい、っていうのが何となく判るんですよ」
 超感覚というか、ただそれだけ。テストで問題を見た瞬間“答えが判る”と思うことがあるが、そういう知識と理解の故に当然、というものとは違う。因果の因を見ること無く“判ってしまう”のだ。それ以上に説明の言葉がない。
「そういうの感じられなくなったら私たち終わりですから、たまに確認がてら出歩く、と」
「その最たるところは、こういう厳しい環境で大過なく帰れることでしょう、と」
 またぞろ土下座を始めそうな組幹部を二人は手で制した。
「急ぎましょう」
「お客さんだよ」
 場違いな言葉を、美砂が言った。
 


 
 向かう雪山の中程を指さす。しかし、それが見えたのは少女3名。
「あにが(何か)霊的なもんだが?何も見えねが」
「いいえ。野犬です」
「い、犬」
 組長らの露骨な狼狽を少女達は見て取った。
「オオカミでは無いと思いますよ」
「何もしないよ。通らせて」
 登与が言ったら、通常の肉眼では何も見えなかった雪山の中腹に動きが生じた。
 雲の中の雲のように白い獣が存在し、雪中に足跡と、伴う雪面表層の乱れを伴いながら行く手に降りてくる。
 一行の少し先に降り立ったのは確かに犬。雪のように白く、炎のように逆巻く毛並みの痩せた犬。一行を少しの間見つめ、顎をしゃくるようにして歩き出す。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-067-

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 自分の身を越えて伸びる影は、風に舞うヴェールを纏う。
 セレネであった。
「(貴国の安保理命令違反は許せません)」
 ヴェールの傍らに、硬質で機械的な影が併存。
 レーザガン。
「(撃て!)」
 誰とも知れぬ命令が走り、赤十字とはんてんが自分をかばい、覆い被さる。
 銃声と、同じ数の跳弾の甲高いパルスが響く。
 セレネに何も無いことはテレパシーを駆使するまでも無かった。
「(ニンジャだ)」
 そのとんちんかんな感想に、何があったかレムリアは知った。セレネはレーザガンで撃ったのではなく、弾丸の悉くを銃身で弾き返したのだ。その結果、ここが日本であり、相原の服装も手伝っていよう、セレネの超人反応を忍者と見たのだ。
 面白がっている自分を認識する。出血は多いものの、止血処理され横たわっているせいで脳への血流が確保できているのだろう。少し落ち着いて事態を把握している。
「(多国籍軍を通じてわたくしたちの捕縛命令が出たのは確かです。しかし、生死を問わず逮捕せよとは国連を装った貴国議員の勝手な指令)」
 セレネは言い、指をパチンと鳴らした。
『……これで例の船が正義の味方気取りで出てくるだろう。MTLで焼き殺せ』
 船がラウドスピーカーで音を出す。言わずもがな盗聴の録音である。そして、
「(ヘルムズ・J……この声の主です)」
 セレネの言葉に、かの国の放送禁止用語に相当する四文字語と共に銃を放り出したのは、ジャップとのたまったアフリカ系兵士。
 ヘルムズ・J。相原が船長代理として乗り組んだミッションにおいて、アルゴ号は同人が運営していた有色人種専門の生物化学兵器研究所を破壊した。
 合衆国の負の側面最たる所、人種差別。
 それでも、否、それゆえに一定の支持があるのであり、応じて同人は上院議員であり、当然極右であることから、政権・軍部に応じた人脈を有する。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-066-

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 レーザ光が通ってきた軌道を逆行する。衛星で逆に反射され、共産帝国の砲台へ。
 そして、船は、倒れた。
 全てを使い果たして、どうと音を立て、国道17号に横たわった。
 軍靴の音が乱れ、遠巻きの兵士達が銃を手に駆け寄ろうとし、自衛隊員がすぐそれと気付いた。
「貴殿日本人か」
 相原のはんてんを見ての問いかけであった。
「はい。あ、“武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律”に伴う対応ですね、ご苦労様です。北のミサイルはご覧の通り我々が処分しました。そして見ての通り彼女はケガをしている。どうか我々への攻撃は容赦願いたい」
 相原の言に、自衛官は迷彩服群に手をして制した。
 
 共産帝国無線沈黙。
 本部です。多国籍軍が共産帝国砲台破壊を探知。これをもって攻撃解除を呼びかけます。
 
「(何故撃たない。ジャップの事なかれ主義にも程がある)」
 アフリカ系と思しき兵士の罵声。
「(少女がケガをしているのが判らぬか。保護優先だ。不穏な動きがあったら撃っても良い)」
 歩み寄る軍靴と、覗き込む迷彩服。
 視界傍らに別の銃口。
「貴殿、名前と身分は」
「相原学。鎌倉工業大学宇宙システム工学科。身分照会はそっちに訊いて欲しい。それより……」
「衛生要員!」
「ここに待機しております。ああ、これは」
 赤十字の腕章を付けた隊員が傍らに腰を下ろし、衣服をいじられる。
 衣服が濡れている感触がある。自分の血液、ということか。
 やりとりに合衆国軍隊からクレーム。
「(待て。JSDFの勝手な行動は許さない。そいつらには本国……ステーツ……から逮捕命令が出ている。本国の法に則り裁判を受けさせる)」
 JSDFとは自衛隊のこと。
「(その命令は大統領殿ですか?)」
 場違いとも言える冴えた女声に、銃口が一斉に反応し、向けられた。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-065-

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『レムリアっ!』
 悲鳴に近い彼の声が聞こえ、急速に意識が遠のき始める。撃たれたのだ、ということはおぼろげながら判った。
 ただ、痛みとか苦しみを感じない。
 死ぬのかな。
 視界がぐるぐる回り、船体や、青空や、兵士達の迷彩服が、モノクロのザラザラした様相に変わって行き、あらゆる物音を暴風のような耳鳴りが圧してかき消して行く。
 びょうと音と立てて風が舞い、髪の毛が視界を踊る。自分が立っていたはずの甲板や、舷側のロープが遠ざかる。
 受け止められる感覚と……はんてんの袖口。
 
 いいぞ行け!
 
 相原の、声だとは判った。
 イヤホン越しか、耳のそばかは判らぬ。
 暴風があり、船が踊って船尾を天に向けた状態で逆立ちした。
 強烈な照明が幾つも照らしてきたようであった。
 秋葉原周辺が目を射る白光に覆われる。
 複数の衛星が太陽光を反射し、この秋葉原に集めたのであった。
 合衆国・自衛隊同盟軍が緊急待避。その旨の無線通信。
 その時。
 船は船尾のリフレクションプレートを開いた。
 超絶の推進力を発するパラボラアンテナ型反射板を開いた。
 鏡衛星で集められた太陽光線はプレートで反射され、
 木製ミサイルを射貫いて火の玉に変える。
 続いて船は尻振るように船尾を動かし、太陽光を鏡衛星へ撃ち返した。
 日中なお見える恒星のような白光が蒼穹のそこここで明滅する。
 秋葉原が通常の昼光を取り戻す。
 
 共産帝国気付きました。別衛星で標的本船。レーザ光で攻撃されます。
 引きつけ役ご苦労さん。行きがけの駄賃に死人に口なしってか。そっくりそのまま弾き返せ。
 
 宇宙空間で船を射たレーザ砲台のビームが、今度は衛星で反射されて地上へ降ってきた。 リフレクションプレートは、再び、それをそのまま撃ち返した。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-064-

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 次に、共産帝国がこの機に乗じて日本や合衆国の国土・軍隊にダメージを与えようという意図は明らかと見て良い。一方、PAC3枯渇のタイミングを狙って先軍国家がミサイルを撃ったのも確かであろう。
 共産帝国はアルゴ号の存在を知っている。多国籍軍に敵視されていることも。
 共産帝国と先軍国家に連携があったかどうかは判らぬ。後者が尻馬に乗っただけかも知れぬ。ただ、両者は(露国も含めてだが)同盟関係にある。先軍国家への国連制裁を共産帝国が拒否権で遮ったことも幾度か。
 レムリアはそこまで察知すると、自らの理解に頷き、自分の提案を口にした。
 天啓、であった。
「船を、秋葉原へ」
 振り返り宣する彼女に異を唱える者は誰も無かった。
「了解」
 秋葉原の総武線バリケードより南側、神田川を跨ぐ万世橋(まんせいばし)の交差点にアルゴ号は船体を降ろした。
 降下爆風に合衆国と自衛隊が一旦待避。
「私が見ます。銃のスコープだけ貸して下さい」
「ほらよ」
 レムリアは言い、アリスタルコスからゴーグルによく似た形のスコープ部分だけ受け取り、操舵室を出た。
 舷側通路を歩いて甲板へ出る。
 サイレンと、屋内退避を呼びかける間延びした放送音声。防災無線がある旨相原から聞いたことがある。
 空を見上げる。赤みと黄色みが交差する空の真上はまだ青い。
 しかし、レムリアは、超常の視覚の故に、その存在を捉える。
 黒く焼け焦げた。塊。
 それこそミサイルであった。木製のミサイル弾頭。
 電子的探査装置に対し、テクノロジーで対応したものでなく。
 スコープを双眼鏡のようにあてがい、ミサイルに目を向ける。
 視線測距焦点。
『船のコンピュータが認識した。でかく作れば焼け残る、か。これじゃあ判らんぜ』
 呆れたような、しかし感嘆を含んだ、アルフォンススの声を聞いたその時。
 一発の銃声と共に脇腹を灼熱が突き抜ける。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-063-

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「米軍、自衛隊とも全弾撃ち尽くしました」
「燃料15秒」
 その時。
「J-ALERT(じぇいあらーと)作動!」
 レムリアは出てきた赤文字を読み、何?と相原に目で訊いた。イージスが艦載防空、パトリオットが対ミサイル迎撃システム、両システムが連携しており、PAC3はパトリオットの進化形である、旨はこの連中と付き合ってきて知っている。
 J某は初見。
「日本にミサイルが撃ち込まれるってこった。どこだ」
 相原の声は怖い位に落ち着いていた。
「先軍主義国家より発射を確認、初期軌道より東京……です30秒」
「米軍、自衛隊がパニックになっています。本船に撃ち尽くし迎撃できません」
「それを待ってたんだろ。ミサイルに突っ込め」
 アルフォンススの指示。しかし。
「レーダに反応しません。赤外線検出せず。ミサイルを探知できません」
 自分の発言に船内の男達が一斉に自分を見たと判る。
「ステルスかよ」
 相原。
「本当か。あの国の技術力でステルスミサイル持てるわけが……」
 アルフォンススが唇を噛む。 
「燃料無くなります!」
「衛星照準秋葉原駅に合焦まで10秒……」
 レムリアは気付いた。
「衛星照準に合わせて高温域が移動中」
「テレパス!」
 アルフォンススのその言葉。テレパシーで何か判ることは無いか。
 一度に起きた複数事態に対しての彼なりの冷静な判断か、苦肉の策か、それは判らぬ。
 ただ、さび付いていたネジが回るような感覚と共に、超常の能力は働いた。
 
 殺気に対するテレパシー。
 
 それは、この船と言わず、自分が背負った能力ゆえの人生原点。
 ここで使わずいつ使う。
 まず状況を整理する。ミサイルが東京を狙い、そのミサイルの位置が判らず、共産帝国の衛星も東京を狙っている。
「太陽だ……衛星の狙いは鏡の反射を集めて高温地獄だ」
 相原が言った。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-062-

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 砲弾の行く先には、青みの残る空を飛ぶ白銀の光球があった。
 砲弾は光球を狙ったと見られる。しかし、光球は突如意志持て動き、砲弾は虚しく行き過ぎ、東京湾の水柱と化した。
 白銀の光球は言うまでも無くアルゴ号である。その船内。
「砲弾はどこへ落ちた。種類は。劣化ウラン弾じゃあるまいな」
「東京湾内。通常弾頭です」
 相原の問いにセレネが答えた。そして、
「合衆国の通信傍受。本船に対し最大限の迎撃指令」
 セレネが報告。
「了解。近づくのは待て。流れ弾が東京に落ちる」
「衛星群の役割が判りました……」
 コンピュータの解析が出たのでレムリアは読み上げた。各衛星は赤外線レーザを地上標的に伸ばしている。
 そして、12の標的レーザが示す位置を線で結ぶと、今は円を描いているが、その円は次第に縮まってきている。その円が縮まれば1点に収斂する。そこが標的。
「秋葉原駅」
「アキバ?皇居でも国会でも東京駅でもなく?」
 相原が問う。
「今の砲弾軌道を逆算すると秋葉原になる。合衆国も捉えようって腹だろ」
「衛星が12ってのが判らん。帝国のは地上砲台だろう?合衆国は複数から同時発砲だから多重化って理解出来るが……なぁ、これレーザじゃないんじゃないのか?」
 攻撃警報。
「本船照準、米軍です。東京湾イージス反応。パトリオット撃たれます。都内千代田区、千葉習志野(ならしの)、神奈川横須賀。PAC3」
 パトリオット……つまり迎撃ミサイルで撃たれる。
「全弾回避せよ」
「アイ」
 マイクロ秒で即応するアルゴ号にとって、システムのミサイル自体の回避は不可能な行動では無かった。特にPAC3以降の機種は体当たりしてくるので、寸前で僅かに動いて命中を避ければ事足りる。
 ただ、回避行動は燃料をそれなりに使った。
 
(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第3部-061-

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「複数の衛星が同期しながら位置移動しています。チェスの陣形を整えるようなものかと」
「対象は本船か?」
「探知は受けていません。本船を破壊する目的とは思われません」
 レムリアは自画面を見て答え、次いで、それら複数の衛星が地球へ向けてレーザー光線を出している旨の解析結果を受け取った。
「照準用と見られます。何か地球上の目標を示しています」
「衛星に近づけ。詳細を分析し、必要であれば破壊せよ」
 船は地球へ向け取って返す。十数秒がもどかしい。
「船長、全数破壊するには燃料が不足だ」
 ラングレヌス。
 一方、地球へ近づいたことにより、衛星が発しているレーザビームがどこに向けられているかが見えてきた。
「東京」
「なんだと?」
 相原の顔が猛る獅子の如くと化したのをレムリアは覚えている。
「全速!」
 アルフォンススの声に船は流星と化す。
 


 
 東京・秋葉原(あきはばら)。
 買い物客で賑わう“電気の街”も、今日ばかりは厳戒体制下に置かれていた。
 言うまでもない、“武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律”俗に言う“有事”の措置だ。
 ここ秋葉原では、街を東西に横切るJR総武(そうぶ)線の高架下にバリケードが設置され、陸上自衛隊と在日合衆国軍の兵士が居並び、さながら威嚇のようだ。片側三車線である国道17号道路は、中央寄りが非常用に確保され、一般車は両脇に寄せられている。足止めを喰らった人々はビル等建物の出入り口に集められ、手に手に携帯端末をいじったり、街頭動画のニュースを見たり。
 夕刻近く。
 居並ぶ迷彩服が色めき立って動き出した。
 高架下バリケードに配置されていた戦車が動き、砲塔をヘビの頭のように持ち上げ、
 いきなり発砲する。
 轟音は商業ビルの谷間を反響しながら駆け回り、当然、幾らかパニックを惹起した。人々が逃げ惑い、警官や自衛隊員らが近場のビルへ入るよう指示する。
Sn3n0062
(当該ガード下より見上げる)
 
(つづく)

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