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2012年12月

【魔法少女レムリア短編集】リトル・アサシン-22-

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「37.2。68と90」
 体温と血圧、と認識している自分があった。
 誰を診てるんだっけ。
「安定したな。ゲンタマイシン切れたらどうしようかヒヤヒヤしたぜ」
「おお、気が付いたかプリンセス」
 目を開くと、自分を覗き込む男の顔が3つ。
 その少し安堵した赤髭と、身体を支配する投げ出したいほどの気怠さに、診られているのは自分であるとようやく気が付く。
 ベッドの上に仰向け。少し緩んだテントの屋根。風呂無しで数日缶詰なりの風貌と、自分の嗅覚の反応。それは、男達の野性とでも書くか。
「おっと起き上がる前に言っておくぜ。子どもは助かった。元気にオッパイ飲んでるよ」
 言われて、記憶が繋がる。
「良かった」
 元気はないが笑みは作れた。掠れているが声も出た。
「ったく、お姫さんのもたらす奇蹟ってのは自分自身の生命力を分け与えてるんじゃないかと思うね」
「やはり破傷風……」
「だよ、その子はね。姫は違う。緑膿菌(りょくのうきん)だ」
 つまりこの〝におい〟は……自分。
 傷口のある手、化膿したその部位を、ゆるゆると目の前に持ってくる。包帯がぐるぐる。
「そこなら治療した。緑の膿ならほれ」
 試験管を見せられる。その菌の感染症は、名の通り化学反応による緑色の膿と、伴う臭いが特徴。
「面倒を掛けました……」
「気にすることなく。もう少し休むといいでしょう。少し食べるべきだ。オートミールか何か用意しようか」
 安心か疲労か、そのどちらもか。フッと力が抜けてしまい、ハイ、という声も出ない。頷くだけ。
 少し微睡んだだろうか。
 ココアの匂いを意識した時、誰かキャンプに来たと判った。足音がスタッフと違う。
「彼女はいるか。治ったか」
 少年であった。
「治ったがまだ動けない」
 スタッフの誰かが応対している。実際、声が用意できない。
「結婚したいんだ。これを渡したい」
 けっこん?自分と?
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(つづく)

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真っ赤な電車の秘密の仕事-4-

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 電車に直接ペイントするのは大変なので、ここで実物大のベニヤ板を用意してデザイン検討、痛車と同じ要領でステッカーを注文した由。
「何のキャラ?」
「この白いのはヒゲです。赤い車体で白いヒゲ、この季節、さぁ何で……」
「サンタ」
 コウタ即答。
「電車サンタ……サンタ電車か」
「そうそう。カネ無いけどそのくらいはね」
 そして、びっくりのもう一つ。
「これHO(えいちおー)ゲージですか?」
 ユースケが指さしたのは作りかけのジオラマ。
 正確に言うと2つある。手前のジオラマは山と街が作ってあって、道路が描かれ駅と思しき建物があり、線路のスペースが出来ている。HOというのは鉄道模型の国際規格の呼称だ。線路のスペースに敷くのだろうか。
 そしてトンネル奥手にもう一つのジオラマ。そちらはおしゃれな感じの建物が並んでおり、何だかヨーロッパの街というか。
「お人形さんの街だ」
 ヨウヘイが言った。確かヨウヘイの妹が持っていたことをユースケは思い出した。建物買ってきて街を作り、人形を置いて楽しむのだが、いかんせん高いのでそうそう買えるものでも無い。だからヨウヘイがブロックで作ったり、そこに写真を貼ったりしているとか。
 その建物がズラリと並んでいる。
「こっちは男の子、向こうは女の子、道路はミニカー走らせてもらおうかなと。山の上に置くと下まで引力で走って降りてくるんだ。線路は模型じゃ無くて」
 有名なおもちゃの電車を敷く。自分のを持ち込んで走らせてもらう。
「でもどうして二つ離したんですか?」
「それなんだ。デカイの作るの難しいというのもあるけど、まぁこっちへ」
 駅長はベニヤ車体の更に奥へ歩き出した。暗がりに何かあるらしい。
「このトンネルって、別にこういうことするために掘ったんじゃ無いですよね」
 歩く時間でユースケは訊きたかったことを訊いてみた。
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(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】リトル・アサシン-21-

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「この子のお母さんを……峠は越えました」
 彼女は顔を上げ、少年に声を掛ける。彼は銃を離さず、土壁に寄りかかって口を開けて寝ていたが、彼女の言に弾けるように目を開けた。
「お乳が欲しいって。早く」
 Tシャツの下から幼子を出すと、みるみる顔を真っ赤にして泣き始める。但しそれは苦悶に発したものではなく。
 すると……少年が呼びに行く必要は無かった。
 程なく父親が飛んで来て、彼女の腕から幼子を奪うようにして去って行く。
「おい待て親父!おい!」
 少年が追いかけて行く。
 彼女は彼の背中を見送り、安堵を覚えた瞬間、スイッチが切れたような感覚に囚われる。
 堰を切ったように溢れ出す疲労と、
 自分が何らかの病気にかかったという確信。
 指の付け根は明らかに化膿していた。赤く腫れて火照り、その毒素はリンパに入ったのであろう、腋の下(の、ぐりぐり)が鼓動のリズムでビクンビクンと反応している。身体がだるく、熱い。
 立ち上がろうとすると視界がモノクロームに変化する。アナログテレビの砂嵐さながらの様相を呈し、すなわち貧血を起こしかけていると教える。しかも、そう認識してから結論が出るまでの間延びした遅さ。
 自分は恐らく大変な高熱を発している。
 立とうとすると思考の間延びがひどくなる。思考速度が明確に落ちるのが判る。立ち上がることは失神を意味するであろう。
 失神し、そのまま放置されたら。
 自力でここから出なくてはならない。しかし、這って行くことしかできない。
 寝ぼけたカメのような気持ちで動き出したら、目の前に土色でガサガサの大きな手があった。
 がちゃ、と音がし、視界を横切る弾帯。
 タスキに掛けていたのが、前かがみになったのでぶら下がった。
「大丈夫か、お前」
 彼の声だということは記憶している。
 幾らか会話したが、内容は覚えていない。
 感じていたのは硬く乾いた革の感触、その匂い。カチャカチャという銃の機械音。
 風が髪の毛に絡み、砂埃が頬を打つ。
 彼の息づかいが間近に聞こえ、自分は背負われて運ばれていると認識したが、それ以上何も考えることが出来ない。
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(つづく)

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真っ赤な電車の秘密の仕事-3-

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 もう3人組で駅に来れば電車関連の情報収集、と解釈されているようである。3人は“関係者以外立ち入り禁止”のドアの前で待った。
 ドアが開く。ニコニコ顔の“太っちょ駅長”が顔を出した。
「やぁ君たちどしたい」
「お忙しいところすいません……」
 ユースケが恐縮していたら、
「こいつが、トンネル掘ってるんじゃ無いかって言うもんですから、真相を……」
 コウタがストレートに訊いた。
「なんと、もうバレたか」
 駅長はニコニコ顔のまま、制帽を脱いで頭の後ろをポリポリ掻いた。
 そして事務所の中に振り返ると、ちょっと出てくるから頼むー、と一言。
「まぁ、一緒にいらっしゃい」
 先導されて駅前広場、更に“18メートル級じゃ無理”のルートに沿って歩く。件のトンネルに行くようだ。
 トンネル入り口は前述のように板で塞がれている。が、良く見ると大きな扉になっていて左右にガラガラ開くようだ。その隅っこにドアがあって“関係者以外立ち入り禁止”。
 駅長が開いたら、中から光が溢れた。
 照明が多く点いていて作業をしている。暖房された空気がもわっ。
「まぁ、入りなさい。あ、これかぶって」
 駅長がドアから半身を入れて取りだしたのは黄色いヘルメット。
「色々作業してるからね。危険防止のため。僕が保安責任者だから守ってくれないとタイホされちゃう。あご紐もキチンと締めて」
 そして、
 中に入って、
 びっくりが二つ。
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-3-
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 トンネルの壁にベニヤ板が立て掛けてあって絵が描いてある。車輛の側面を切り取った感じで、雲のような白いモクモク。実物大の電車のプラモに雲の絵を描きました状態。側面と、前面。
「“痛車(いたしゃ)”って聞いたことあるかい?」
 駅長が尋ねた。
「アニメの女の子の絵が描いてあるクルマ……ああ」
 ヨウヘイが頷いた。元々はいい大人がクルマにアニメの女の子の絵をでかでかと貼り付けて“痛々しい”ので、イタリア車を意味する“イタ車”と掛けて痛車なのだが、それの電車版ということであろう。
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(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】リトル・アサシン-20-

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 彼女はそこで説明を切り、幼子の上に覆い被さる。
 発作である。
 幼子の身体は彼の声により発作を生じ、強く反り返り、跳ねる。彼女はその余りの激しさに脊椎を折ってしまう危険を感じた。
 幼子が確実に落ち着く方法。
 ひとつ、知っている。ただ、でも。
 他に手はない。彼女は意を決すると、カーディガンとTシャツをまくり上げ、幼子に覆い被さり、胸に抱いて自分の肌に触れさせた。
 胎内の赤ちゃんは、羊水に浮かびながら母親の血流と鼓動の音を聞いているとされる。
 それは、貝がらを耳に当てて聞くあの低いノイズとほぼ同じである。それに鼓動の音が加わったもの。
 だから、誕生後も暫くはそれに類似の音を聞かせれば落ち着くとされる。母の温度を感じ、母の音を聞く。
 幼子の横顔に胸元をあてがう。
 感じる体温は発熱のためか炎のよう。
 変化が、あった。
 幼子の身体から強張りが抜けた。
 それは、これで行ける。これで乗り切れると彼女が確信した瞬間でもあった。
 幼子の顔をシャツの胸元から覗き込む。切りそろえた短い髪の毛さらりと降りて、うつむいた14歳の横顔を彩り、彼女は安堵して小さく微笑む。
 見ていた彼は言葉を発さず、そして目を離さない。
 どれくらい時間が経ったか。
 小さな声がして彼女は気が付いた。
 そのまま、眠り込んでしまっていたようだ。慌てて見下ろすと幼子は穏やかである。腕と胸元に感じる体温は適度に低下し、その筋肉は幼子本来の柔軟さに満ちている。
 そして。
 彼女はこの時、自分が女であること、そして豊かな胸を欲していることを強く激しく意識した。
 幼子の手が自分の胸元を触る。
 乳房を探していることは明らかだった。
 第三期。それは岐路ではあるが終着を意味しない。特徴付ける筋肉の反応が収まれば、症状は寛解に向かう。
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(つづく)

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真っ赤な電車の秘密の仕事-2-

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 ちなみに、モ510というのは、名鉄(名古屋鉄道)で走っていた大正生まれの古い電車の形式。
「んなもん駅の人に訊けばいいだろ?」
 コウタが呆れたように言った。
「本来業務と関係ないことで現業職員に手間を掛けさすなどマニアの名折れ」
 ユースケは威張って言ったつもりだったが、
「お前の勝手な想像を誰かが聞きかじって変な噂が広がった方が余程迷惑」
「そうだよ。それに今までも何度かお世話になってるじゃん。何を今更」
 新車が入ったとか、鉄道の夜の仕事紹介とか、校内壁新聞に書くのに“取材”したことがある。
「でもそういうのと違うじゃん。学校の勉強で発表したいので、ってのとはさぁ」
「本当に迷惑なら断るだろうよ。帰りに寄ってみようぜ」
 ユースケはちょっと躊躇いながら、2人に頷いた。
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- 2-
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 ランドセル背負って寄り道は見つかると叱られるので、学校に一番近いヨウヘイの家に放り出し、駅まで歩く。県道を横切り、川沿いの遊歩道を歩いて行けば、ちょっと遠回りだが安全。橋を渡って駅前広場。タクシー2台にバス停一つ。停留所のベンチにおばあさん一人。木枯らしの中で少し寒そう。
 駅舎は円筒形の3階建てで、雨傘をかぶせたみたいな屋根が付いている。口の悪い人は土管ビルと言ったり、北欧アニメの建物に準えてムーミンハウスと言ったり。
 次の電車まで間があるせいか、改札口に駅員さんはいない。ちなみに、貧乏電鉄なので自動改札やICカードなんてハイテクなキカイは縁が無い。その都度駅員さんが立って切符にスタンプを押す。
 精算窓口の駅員さんが自分達に気付いた。
「よう3人組。学校サボってゲーセン(ゲームセンターの意)かい」
「ち、違います」
 ユースケが慌てて手のひらと顔を左右にブンブン振ったら駅員さんは笑った。
「冗談だよ。でも俺達にも通報義務あるからそういうことするなよ。駅長だな。呼ぶからちょっと待ってろ」
「え、あ、はい」
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(つづく)

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【魔法少女レムリア短編集】リトル・アサシン-19-

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 羊肉のステーキ。切って焼いて木の皿に載せただけ。
「手が使えない。これで無理矢理引き抜いたら何が起こるか。大丈夫、一晩くらい問題ない」
「俺たちのは食えないってか」
 少年が不機嫌になる。そうじゃない……彼女は答えようとして口を噤んだ。
 どうして、このように否定したり、相違する見解を受けると、ネガティブに攻撃的に捉えるのだろう。自分たちが正しい、主観、だからであろうが。
「食べさせてよ。それなら」
 彼女は言ってみた。
「えっ?」
 あーん、と口を開けてみせる。少年は困った顔を見せ、周囲を見回す。気にしているのは父親の存在。男が女に何か施すのは御法度なのだとか(逆は「当然のたしなみ」)。なお父親は食事以降戻ってきていない。族長と話し込んでいるという。
「しょうがねえな」
 彼は腰のナイフを抜き、肉を切って先端に刺し、彼女に突きだした。
 まるで狼が群れの子に分け与えるように。
 ぱく。
「ありがと」
 彼女は言った。硬くて噛み切るのに苦労し、味はひたすら塩辛いが、タンパク質はありがたい。
 彼の気持ちがほぐれたと知る。
「病気のことだけどさ、族長がなかなか……」
 理解してくれない。彼は次の肉を切り分けながら言った。
 感染に対する疑念がどうしても晴れない、科学的な説明を受け入れないという。なぜなら、感染は悪魔が次々憑依するという概念。
「お前は本当に大丈夫なのか?」
 彼は彼女の手を見て訊いた。手の傷を忘れていた。
 ガーゼの下から膿が出ている。
 白血球達が戦っている。
「48時間以内に症状が出たら危険」
 訊かれて意識がそこへ向くとズキズキ痛い。最もよく考えれば、神の加護だか幸運の印だか何だか知らないが、業界の視点では単なる極めて不潔なナイフだ。破傷風菌の他、ブドウ球菌など、化膿をもたらす系統の細菌類が繁殖していると考えるのが普通。
「……白い液が出てるぞ!?」
「大きな声を出さないで。これは私の中で病原菌と戦って死んだ白血球たち……あ」
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(つづく)

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真っ赤な電車の秘密の仕事-1-

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-1-
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「どうやってもムリなんだよ」
 ユースケはインターネットで検索した地図の印刷を指さしながら言った。
 最寄駅「はじめのせと」(新瀬戸)は地元電車「はじでん」の終点。「新」の字をはじめと読む。で、新電鉄からはじでん、なんだけれど、貧乏会社で走ってる電車は東京の私鉄のお古、しかもどいつもこいつも真っ赤に塗ったのばかりなもんだから“ご当地の恥”、という皮肉も入っている。
 その新瀬戸駅から少し離れた山のどてっ腹に、トンネルみたいな穴があるのは随分前から知っていたが、入り口は木の板で塞がれてて、反対側の出口も無かった。
 それが昨日、中に明かりが点いているのに気付き、トンネル工事して線路延長?と思ったのだ。
「ボロ電車ばっかりの会社が新線ってありえねーだろ」
 コウタがメガネの位置を直してため息一つ。
「照明じゃ無くて夜光塗料とか、そういう能力のあるカビやキノコじゃね?」
 ヨウヘイも否定組。
「でもあの断面って車両限界に照らしてピッタリだぜ」
「そうかもしれないけどさ。新瀬戸駅って頭端(とうたん)どんづまりで、広場の向こうはすぐ川じゃん。駅前広場を左に曲がって、ちょっと先の交差点を右に曲がって、そんな感じだろ?路面電車なら曲がれるかも知れないけどさ。18メートル級だぜ?」
「路面電車買うんじゃね?名鉄(めいてつ)が岐阜の路面電車全部切ったじゃん。モ510とか来ないかな。ゲージは合うし」
「ホーム高さどうすんだよ。大体わざわざ普通の電車と路面電車別々のシステム用意する意味がない」
 専門用語が飛び交う会話の通り、彼らは鉄道大好きである。長々解説は避けるが、ユースケは新瀬戸駅から線路を延ばし、トンネルへ新線を敷こうとしているのではないか、と言うのに対し、そんなことしたら急カーブ過ぎて既存の車輛じゃ曲がれない。路面電車なら可能だろうが、新たに路面電車用の諸々準備するわけがない、というわけである。
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(つづく)

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自己備忘に近い

レムリアのおかーちゃん
Coma Sadalmelik Alpheratz 称号:境界線上の幸運
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レムリアのおとーちゃん
Gemma Meridiana Alpheratz 称号:南天の真珠王
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ちなみにレムリア本人
Media Borealis Alpheratz 称号:極光の花冠

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魔女と魔法と魔術と蠱と【14】

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 堤防の砂利道。
 曇り空でやや肌寒い。彼女は長袖ブラウスにカーディガン。麦わら帽子を手に持ち、くるくる回しながらゆっくり歩く。但し表情は冴えない。
 その後を少し離れて男が一人。眼鏡をかけており、一歩控えた感じは、若き執事か案内役の如し。ただ衣服はTシャツにジーンズ。
「その鉄橋の向こう側でクジラの化石が出た」
 男は目先横切る鉄道橋梁を指さし、喋った。背は彼女より頭一つ高い。痩せた男で童顔。但し、その顔には、無精とは言わぬまでも、昼下がり相応のヒゲの伸び見られる。
 彼女は男の指先に目を向けたが、すぐに目線を落とし、ため息をついて立ち止まった。
 合わせて、男も歩を止めた。
「こういうネタ好きだと思ったけどな。気晴らしにはならんか」
「ううん、悶々してるだけよりは。それよりごめんね一週間も」
 彼女は振り返らず言った。
「構わんが、母親も心配していたとだけは言っておく」
 男は腕組みし、そんな物言いをした。彼女の東京宿六先とはこの男の家である。ここは男の家から散歩距離、多摩川の川っぷち。
 彼女は一週間、彼の家に逗留していた。
 番組後オファーが殺到したから、というのはある。
 アムステルダムに帰るのは〝逃げる〟ような気がして抵抗があったというのもある。
 そして今は……理由を考えたくない。
 位相90度。
「じゃぁ、ここは昔海だったんだ」
 彼女は振り返り、笑顔を作って言った。
 とは言え、それが作り笑いであることは、この男にはすぐ判るのだが。
 証拠に、彼女がはぐらかしたことを、更に訊いたりはしない。
 歩き出すと、勝手に浮かんで来るものをかき消すように、男が話し出す。
「俺も貝を拾ったことがある。関東平野は形成の過程で、土地の浮き沈みと海水の上下によって、海の底になったり今みたいに平野になったりを繰り返した。当然この辺りまで海が入り込んでいた時代もあるんだ。最終的には地殻変動……主に海溝型の大地震なんだが、そのたびにドーンドーンと跳ね上がり土地が高くなり、対し海岸線は沖へ沖へと下がっていった。そして今の状態になったんだ。懸念されている次の大地震もそんな地球リズムのドーンだと言われてる……どした?」
 眼鏡の男が問うたのは、彼女が再び立ち止まったから。
 共に見る目線の先。
 堤防斜面、草むらにマウンテンバイクを放り出し、大の字に寝そべって息荒い男の子。
「知り合いか?」
 尋ねる眼鏡の男に。
「うん」
 と彼女が答えたその瞬間、男の子ががばっと跳ね起きた。
 まずは彼女と目を合わす。驚愕からか一瞬そのまま凝固し、次いで無邪気とさえ言える笑顔を作る。
「会えた。わあ本当に会えたよ」
 輝く瞳。
「走ってきたの?自転車で?」
 彼女は小首を傾げて尋ねた。
 位相90度、回った。
「うん。水と緑が好きって言ったろ?だから多摩川ずーっと上がってきた。いるならそんな場所かと思って」
 彼は煌めくように答えた。
 彼女は溜息を押し殺す。ああ……何故そんなことを?
「どこから来たって?」
 男の子の言葉に、声を返したのは、眼鏡の男の方。
「その人は?」
 男の子は質問に答えず、面持ちに警戒を忍ばせ、逆に訊いた。
「この人は相原学(あいはらまなぶ)」
 彼女は背後を指差し、答えた。彼女を愛すると公言する男こそはこの眼鏡の青年、相原学である。
 男の子が目を見開いた。笑顔一転、瞳揺らめかせ激しい動揺。
「あいはら……あいはらって……」
 相原姫子という彼女の〝日本名〟は、身分を知った相原学の母親が、暴露するものでもないと判断、従姉妹ということにして〝名付けた〟もの。彼女自身が考えて使っているワールドワイドな偽名は、湘南マジックショーで題目に使った幻の大陸、レムリアだ。
「そんな……だって……」
 彼はポケットに手を入れ。
 取り出す。輝くクリスタルのリング。
「だってこれ……」
 相原学が手を伸ばそうとすると、避けて引っ込める。
「今日が月齢14だぜ。でも……来ないから。来てないみたいだから、オレの方から来ちまったよ。待てと言われたけど今日でもう14だから。でも、そしたら会えた」
 男の子は笑みを見せ、しかしすぐ悲壮な目になり、
 リングをギュッと握る。
「オレ、言われたこと全部守ったぜ。毎日、月の出を調べて、月を見て、報告したぜ。いっぺんなんか天気が悪そうだから、天体観測の名所って探して、富士山の太郎坊(たろうぼう)まで走った」
「太郎坊って御殿場から上って行くあそこか?」
 眼鏡の男相原学が訊く。
「そう……70キロくらいあったかな。死ぬかと思った」
 相原学はそこで「ああ」、と言い、指をパチンと鳴らした。
「どこかで見たことあると思った。君、彼女の番組で花束やった彼じゃんか。すると何だ?横浜あたりに住んでるんだろ?そりゃ死ぬかと思うだろうよ。あそこは標高も1000以上だ。それで?今度はここまで、多摩川ずっと上がって来たわけか。そのリングは彼女のだな。そっち系の用事か。衛星携帯の番号は知らんかったんかい?」
 相原学は腰を下ろし、男の子を見上げる視点で訊いた。
 それは、大人が子供に対する際の態度姿勢。
 男の子が下唇をギュッと噛み、相原を睨むように見下ろす。
 彼女は、相原の存在と言動が、男の子の心に傷を付けたと気付いた。
 子どもでいたい時には大人を要求され、大人として見られたい時に子ども扱いされる。
 その気持ちは判る。自分だって王女として外交してるし、知らぬ人には単なる小娘。
 でも何を言えばいい。この状況に適切な言葉が見つからない。用意してない。
 考えても出てこない。何故?
 こうやって冷静に思慮は動いているのに。
 その時。
 相原学の携帯電話が異様と言って良い着信音を響かせる。わずかに遅れて男の子の携帯電話からも同様に異様なベル音。
「なんだ?」
 相原が目を剥く。それは電話やメールの着信と様相を異にする。聞けば誰もが不安を抱くであろう、何かの警告を思わせるその音。折り畳みの機体を開き、ボタンを操作して音は収まる。
 静寂。
「これは……待てよおいおい」
 相原学が言い、携帯電話の画面を彼女に見せて寄越す。
「緊急地震速報。30秒後マグニチュード9推定震度6強……そのさっき言った地球のドーンだ」
Dscn1291_2
(作者の実例・一般向けはこのようにあと何秒とは出ない。相原は研究者用速報システムを転送する設定らしい)
 相原の言葉に対し、男の子は同様に携帯を開いたその手を震わせ、言葉がない。
 相原はその間に堤防を前後見回す。
「俺たちだけだな。さあここから逃げるぞ。日本列島が跳ね上がる。こんな川っぷち液状化して底なし沼だ。君も自転車はあきらめろ。まずは生き延びることだ。こっちだ」
 あと25秒。
 しかし少年少女は動かない。
「これって」
 彼はリングを見、次いで彼女を見た。
「これって、まさかこれって……〝代わりに失う物〟ってまさか」
 彼女は何も言わない。
 言えない。判らないからだ。そもそも、そういうことなのか。
 それに、もし、そうだとしても。
 だとしても、何を言えばいいのか。
「そんな!代わりに失う物ってこういうことか?君は……僕が君を……そのためにはこれなのか?」
 彼はリングと、彼女と、携帯の緊急画面の間で目を走らせる。
 震える手。
 遠くで花火が打ち上がったような音。
 地鳴り。
「急げ。それともそのリングで地震止まるのか?」
「うわあっ!」
 相原の問いかけに、男の子は叫んだ。
 壊れるようなその声に、彼女は思わず、目を閉じた。
「畜生ーッ!」
 男の子は再び叫び、リング持つ手を振り上げ、手の中のリングを放ち、堤防斜面に叩き付けた。
 しかし斜面は土である。リングは割れない。
 20秒。
「あれ……割れない。割れないよ。これってどういうこと?」
 その言葉に彼女は目を開く。男の子の青ざめた表情がある。状況に冷静な思考が出来ないと知る。
「割れないとどうなるの!?」
「何だ?割るのか?割ればいいのか?」
 見かねたような相原の問いかけに、男の子は無言。その手は震え、目には涙。
 相原は大地のリングに手を伸ばす。
 男の子は、土の上から拾われ、相原の手に移るリングの動きを、目で追った。
 相原は自らの手首内側、腕時計の金属バンドの上にリングを載せた。
 15秒。
「これは……水晶か」
 訊かれ、彼女は頷いた。頷けた。
 自分を見る男の子。
 男の子を見る自分。
 見つめ合える。その瞳が揺れ動く。こうして反応できるのに、何故言葉が出ないのか。身体が固まったように動かないのは何故か。
 冥王よ。冥王よ。これは貴殿の意か。
 であるならば。
 10秒。
「ルビー玉」
 相原が彼女に手を出し、彼女は帽子の中から手品の手法でブラッドレッドの球体を取り出す。
 反射的に、スムーズに。いつものマジックのように。
 手のひらのルビー玉。但し宝石に使われるほど透明ではない。濁っており、むしろ赤みを帯びたコランダム。
 水晶。モース硬度7。対しコランダムは9。
 水晶に劈開はない。だから相原は硬度主体でルビー玉を要求した。
 そして相原は、このリングを割ることで地震が止められる蠱物祓いと捉えた。
 だから何ら躊躇なく、相原は手首の水晶リングにルビー玉を打ち下ろした。
 以上超常感覚的知覚、すなわちテレパシーの回答。
 5秒。
「あーっ……」
 後悔の響きを持つ悲鳴と、耳に痛い甲高い音を発し、割れ砕け、飛び散る無色透明。
 粉砕されたクリスタル。
「いかんかったのか?でももう遅い。おう痛え」
 破片が切ったか、相原が血筋の走る手首を見やる。
 地が唸り、エンジンが始動するように、太鼓の連打のように、重低音が連続する。
 川面を小波が立って埋め尽くし、中州の木々が巨大な手で揺さぶられるようにざわつく。堰にいたサギと梢の鳥たちが一斉に声を上げ飛び立つ。
 初期微動。
 恐怖が襲い腰が浮かび、身体が硬くなって姿勢が下がる。男の子はしゃがみ込んだが、相原学は彼女の身体に左腕を絡め、右腕と自らの頭部で彼女の頭に覆い被さる。
 彼女はされるがままのように、相原学にその身をを引き寄せられ、預ける。
 相原学が手を握って来た。
 その一部始終を見ている男の子。
 地震。大陸の育ちである彼女にとり、被災地で余震に遭遇したことはあるが、本体のその瞬間を経験したことはない。当然、慣れているはずがない。
 従って怖い。怖いはずである。しかし、この男に身を預け、手を握っていれば、どうにかなるという不思議な確信がある。
 0秒。
 しかし一帯は初期微動の中。速報の時間は主要動の到達を算出するが、揺れ始めの僅かなデータを使うので、若干のズレは当然。
「立て。そして走れ。恐怖に負けたら死ぬぞ」
 相原は男の子に向かって左手を差し伸べ、言った。
 地震動が振幅を増す。ガタガタと縦に鋭く揺れる。
「これが10秒から30秒……そのあと、スマトラ並みに揺れる。但し揺れる地盤があまりに大きいために阪神のような早い振動にはならない。ゆっさゆっさと大きく揺れる。3分続く。今のうちに堤防から離れ……」
 相原は自身恐怖を叩くためか、揺れる大地を蹴るようにドンと一回踏み直すと、彼女を右腕で抱き締めた。次いで抱いたまま身を屈めて左手を伸ばし、男の子の手首を取ろうとし、動きを止めて周囲を見渡した。
 振動の様相が変わる。主要動である。但し、相原の言った、ゆっさゆっさという横揺れに遷移したのではない。
 下から突き上げる衝動が連続し、伴って上下に揺れる。その振動は大きいが、立って耐えられる。
 冷静な状態であれば、危険と感じるレベルではない。
 ただ、いつまでも終わらない。長々と揺れ続ける。終わるかと思ったら再度突き上がったり。
「この揺れ方は深発だ」
 相原は独り言のように言った。
 彼女への腕のホールドを解き、但し、手だけは握ったまま、腕時計を見つめる。
 時計の下手首から血が滴る。相原は都心方向を、横浜方向を、目を凝らし見つめる。
 振動が続く。しかし、それ以上激しくなる兆候は見えない。
「これだけだ。震度は4かあって5だろう。心配しなくていい」
 結論のように相原は言った。
「マグニチュードは確かにあるが深い。深いのは揺れはしつこいが、上に乗ってる質量があるからこれ以上は大きくならんぜ。そんな顔すんなよ。緊急地震速報は最初に検出した幾つかの地震計のデータで計算する。深い地震は広い範囲のある程度データが揃わないと正確に出ない。間違いやすいかもね。それとも本当は大地震だったけど、リングかち割って変わったかな?」
 相原は薄笑みすら浮かべた。時計を見ながら60からカウントダウン。
 地震動は相原のカウントよりやや長く、成る程しつこいと思う程長く続いた。その後、振幅は広がる様相を見せることなく、名残のように収束し、そして消えて行った。
 相原は彼女の手を離した。
「地震終わった……の?」
 彼女は首をひねって相原に尋ねた。
「うん」
 尋ねる彼女に相原が答え、携帯電話のアンテナを伸ばし、デジタルテレビ放送ワンセグの受信準備をする。
 その傍らで、彼女がウェストポーチから脱脂綿と消毒薬を取り出し、手首の傷の処置。
「震源は鳥島近海。ここから距離700キロだな。深さ450キロ、マグニチュード7。最大震度5弱と。津波が多少あるかも、ってところか。前にもあったパターンだ。しかし……アルフェラッツ・ムーンライト・マジック・ドライブだっけか。すげえな」
 相原は少しふざけた風に、しかし胸に手をして、頭を下げた。それは彼女の操る魔法の正式名称。
20101130m6_9

(実例:2010年11月30日小笠原沖深さ480キロM6.9)

「終わり……なのか」
 男の子は携帯電話を片手に、呆然と彼女に訊いた。
「そう終わった。速報の空振り……」
 相原が地震のことかと答えるのを、彼女は右手を挙げて制した。
 声が出せる。
「契約は破棄されました」
 彼女はまず言った。
「そんな……」
 彼の目が戸惑い、彼女は再び言葉が見つからなくなる。
「だって……」
 言う言葉がない。それは彼も同じであろう。
 ただ、彼女の方は、意志は明確。
「何で?」
 彼は、彼女に向かって言った。
「狡い……」
 続いて。
「ひどいよ……」
 涙ひとすじ。
 伝わってくる、ぐらり、と大きく揺れるような感覚。
 少なくとも、彼の心は大きく動揺し、そして。
「俺、だってオレあんなに……まさか……ウソだった……のか?」
 口調が変わる。
 彼女を見る目がきつくなる。
 スパイラル。星が自らの重さに耐えきれずどこまでも潰れて行く……それをブラックホールというが……そんなイメージ。自分でどんどん悪い方へ悪い方へ考える。ただ、幾らかの自己正当化を含む。
 何を分析してるんだろう自分。
 怨嗟の目線。
「あんた、ホントはそんな気なんかなくて最初から……」
「そんな……」
 否定を口にしたが、既に遅かった。
 ぐしゃっ。
「子どもだと思ってからかいやがって!」
 彼は、悪態をあらん限りの怒鳴り声に載せ、拳を振り上げ、
 殴るというよりは、身体ごとぶつかって来た。
 或いは、彼の全身が拳と書くべきか。それは身も心も自暴自棄。
 しかし、彼が〝殴った〟のは相原学の背中であった。
 当然、相原が身を挺したのである。男の子の顔面が相原の後頭部を直撃し、硬い、痛い音がし、再びの鼻血。
「おいおいレディを殴るのは……あーあー……」
 相原が振り返って小さな溜息。
「また……まただよ。なんで……」
 また……彼女の前で鼻血。
 鼻から血をだらだら流すという外見の無様さ。それは、男の子が女の子に見せたくない、最も避けたい情けない姿の極北と言っていいだろう。
 男の子は、最早なすがままのように斜面にぺたんと尻餅をつくと、わぁわぁと声を上げ、泣き出してしまった。
 精も根も尽き果てた。彼女の前で強がる気力も失った。
 鼻血を吹いて、彼は顔を上げて泣いた。血と涙でその顔はぐしゃぐしゃ。それすらも拭おうとせず。
 幼子そのものであった。
 ウェストポーチからティッシュを取り出す彼女。
 そのティッシュを相原は取り、手のひらで彼女を制し、彼女の視線を遮るように、男の子の前に立った。
 彼女は下を向く。つまり自分、彼を見るなということか。
「俺のせいかねぇ。俺のせいだろなぁ」
 相原はひとりごち、男の子の顔を拭い、鼻にティッシュを詰め、そして、男の子を抱き締めた。
 耳打ち。
「状況は判った。気にするな。俺も一発目は同じく撃沈。俺しかいないから。全部出せ」
 男の子は相原にかじりつき、胸板に顔を埋めた。
 男の子の声がひときわ大きくなる。
 血が点々とする相原の背中を、彼女は大きいと感じた。
 そして、今更ながら思い出した。
 男の子に父親が存在しないこと。
 胸の下に痛みを覚えて手をする。悔やむ気持ちが生じ、下唇をギュッと噛みしめる。
〈まぁ、任せといて。年上に〝女〟を見ることは男の始まり〉
 それは相原の〝意志だけ〟。
 彼は、声にせず伝えたい意志は、そうやって思い浮かべて寄越す。テレパシーで読み取れ。
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次回最終回

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魔女と魔法と魔術と蠱と【13】

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 昼食後、礼を言いに病院事務室に顔を出すと、タクシーチケットを渡され、車寄せへ案内された。病院の意図は自分をそのまま東京直送、だったようだが、待ち合わせがあるからと二人で横浜駅まで届けてもらった。
「大船(おおふな)まで乗るから、申し訳ないけど290円」
 言う彼に彼女が鉄道ICカード〝suica〟を見せたら彼は驚いた。
「持ってるの?」
「東京から来たって言ったじゃん。そこに宿六状態なの。ウソは申してませんのよ」
「じゃぁ最初言ってた相原姫子って名前は……ああ、姫、か」
「この顔でこんなの持ってたら長ったらしい本名よりその方が通りがいいからね。原産地偽装とも言うけどね……これって電車来たんじゃないの?」
 上から聞こえるリズミカルな轟音を指差して彼女が言うと、彼はああやべぇと走り出した。
 一緒になって階段を上がり、到着した東海道線の電車に乗って15分。複々線に組まれた線路を横須賀線の電車と併走し、デッドヒートで抜きつ抜かれつ。銀色の15輛編成が2本並んで時速100キロ。その有様は重合輻輳する東京エリアの鉄道網を象徴し、ひいては、人も物も溢れるほど存在することの証左。横須賀線から男の子が手を振って来たので、手を振って返す。
 やがて列車は減速し、大きなカーブにさしかかる。高架橋が頭上を横切り、線路が入り組み、観音様の後ろ姿を右手に見ながら駅へ滑り込む。
 チャイムと共にドアが開いてホームへ降りる。階段を上がってエキナカを抜け、改札にカードかざしてコンコースへ出る。
 彼女の一連のその所作を、彼は立ち止まり振り返り、上から下まで見つめる。
 ブラウスにジーンズ。薄手のカーディガンを指に引っかけて肩に載せている。
「姫……」
「はーい?そっちで呼んでくれるの?いいよ。で?ここからはバス?だったらチャージしたいなって」
「え、いやその自転車。こっち」
 彼は東口階段へ向かって歩き出す。
「あれ?もう自転車乗ってたの?」
「うん、大丈夫そうだったから」
「本当はダメだよ。勝手な判断」

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 東口階段下はT字路で、細い道をバスが慎重に走って行く。交番が目の前にあるので青信号を待って横切り、客の呼び込みに懸命のドラッグストアが並ぶ前を通り、昔ながらの商店街へ続く道を過ぎると、整備された舗道上に雑然と沢山の自転車。
 彼のマウンテンバイクはその中にあったが。
「あれ……あれ?カギがない」
 彼は着ている服とジーンズの全てのポケットに手を突っ込み、サイフの中まで覗いたが、車輪を封じているチェーンロックを開くカギをどうやら無くしたらしい。
 心当たりが彼女にある。〝衣装替え〟の副作用だ。
 あの手の変換・変身を使うと時々起こるのだ。自分が未熟だからと言われればそれまでかも知れないが、母親も経験があるというから確率的な物だろう。こうなるとどうにも仕方がない。当然、科学的動作機序も全く不明であるから、探す手段は皆無。文字通りお手上げ。東京の年上は電機メーカの勤め人だが、謎のナンタラ空間に落ちたんじゃね?と笑う。
「私のせいかもね」
 彼女は言い、チェーンロックの錠前の部分を手で握り、開いた。
 かちゃん。
「ど、どうやって!?」
 果たして彼は激しく驚く。
「開いてくださいと呪文を唱えた」
「凄すぎる……」
 彼は開いた口がふさがらない。
「便利なことも不便なことも。で?こっちだっけ?」
 彼女がうやむやにして東の方へ歩き出すと。
「乗って乗って。歩いて行く距離じゃない」
 彼は自転車のサドルをぱんぱんと叩いた。
 自分が乗る?それとも二人乗り?
 とはいえマウンテンバイク。荷台が付いているわけではない。マンガの男女のように二人乗りは出来ない。
 すると彼が言うには、後輪の軸の部分にステップが付いているので、そこに立って乗り、彼の両肩に掴まってくれと言う。
「結局要するに二人乗りなんだ」
「うん」
「本当はダメだよ」
「なんか従姉妹の姉さんに怒られてるみたいなんですけど」
「童話の姫君みたいにわがままツンツンも出来てよ。もっと叱る?」
「う、やだ。はい乗って」
 彼がサドルに乗り、ハンドル持って両足で踏ん張る。
 安定を確保したところで、言われたように立ち乗りして、肩に掴まる。
 彼は驚いたように肩を震わせた。
「重い?」
「じゃなくて。……姫さん、手がすごく熱い」
「痩せの大食い系だからねぇ」
 同じことは時たま言われるので都度こう答える。
「そういう人って熱いんだ。行くよ」
 街を駆け出す。先日は鎌倉湖からこの駅までバスで戻ったが、おしなべて全体が緩い勾配をなしていた記憶がある。このまま自分乗せて登って行くのか。
 とりあえず彼に動力を任せる。自転車はすぐに速度に乗り、整備された舗道を突き当たり、ショッピングセンターの裏を抜け、小さな流れに沿った歩行者専用道路を走り、狭い道から交差点を渡って左折、右折。
 見覚えのある道に出る。
「で、ここに出るんだ」
 そこは道の両脇こそ神奈川県内らしく住宅が建ち並ぶが、住宅の背後は鎌倉らしく初夏の緑に彩られた小山が連なり、寺らしき建物の姿もチラリ。
 駅前の喧噪とは隔絶した気配雰囲気である。道奥がどん詰まりに近く、通り抜けがないせいもあろう。行き交う車は少ない(正確には北鎌倉駅の裏手まで迷路のように繋がっている)。途中目に付くスーパーマーケットの駐車場もガラン。
 鎌倉湖の直近まで、彼は彼女を乗せて自転車で頑張り、勾配がいっそう急になる最後の交差点から先だけは、さすがに降りて二人して歩いた。
 散在ガ池公園に近づくに従い木の密度が高くなり、入口は先回よりの3週間が何ヶ月にも感じられるほどの深く、濃い緑。
 道の左右から、頭の上にのしかかるように覆う緑。
 その様は濃密の語をあてがうに相応しく、目を瞠るほど。少し切れという人もあるのではないか。
 風が吹くと枝葉が一斉に囁き会い、鳥たちが鳴き、会話するには大声を要しようと思わせる。
 その風にこの短い髪任せたいと思う。このうるさい静けさ。
「ありがとう。気持ちいい」
 彼女はまず言い、次いで先回と同じように湖畔の柵を持って立ち、うるさい枝葉を見上げた。
 彼は引いてきた自転車を柵に立てかけ、彼女に目を向けた。
「君が好きだ」
「は……」
 巨大な原動機の出力軸が、駆動システムに接続されるような、がちゃんという大きな音が、頭の中で聞こえた気がした。
 変な表現だと自分でも思う。医療機械や移動用の乗り物に触れる機会が多いせいだろうか。さておき、その表現は〝合点が行く〟の巨大レベルの自己認識なのだとすぐに理解した。
 彼は、教えた術を、他ならぬ自分に対して行使したのだ。
 確かに1週間にわたり彼はテレビを通して自分のしたことを見たであろうし。
 2週目には花束役となり。
 今日は3週目だ。
 彼女は、ゆっくり、彼に目を向ける。
 自分の目真ん丸だろう。隠せぬ驚きが表情に出ているだろう。
「姫様、だなんて思ってなかったから……諦めようと思ったよ。でも、そう思えば思うほど君のことが余計気になって頭から離れなくなった。そりゃオレ年下だし背は低いし、でもボランティア活動は覚えるよ。12ヶ国語は無理でもせめて英語くらいは何とかする。親無くても勉強なら出来ると思うしさ。だからその……わぁオレ何言ってるんだろう」
 彼は見て判るほど顔全体を真っ赤にすると、急に〝流動的〟になり、向きを変えて自転車を掴み、引っ張って走って行った。
 追うな。
 再びの禁忌、示唆。
 ここへ来ることをあっさり快諾した自分。
 〝術〟はひょっとして、確かに、自分に掛かっていたのだろうか。
 対し、真っ白とか空白とか表現するより他にないのが、今の自分の気持ちの正直。いわゆる愛の告白を受けたことは承知している。対して自分はプラスでもなくマイナスでもなく、全くのゼロだ。心拍が変化するわけでなく、体温が上昇しているわけでもない。もちろん、彼の気持ちを軽々に扱っているつもりもない。
 自分を愛していると公言した年上は、半ば自分が小悪魔仕掛けて言わせたという経緯がある。感付いたので明言させてみたというのが正しいところで、言わせてその結果、照れる彼の姿を楽しんだ記憶がある。但し、彼は文字通り命がけで自分を守ろうとしたことがあり、結果文字通り、すなわちレントゲン的に、骨を折った。
 彼には言われている。自分に年齢相応の相手が出現したなら、己のことは気にするなと。
 別に年上のその彼に(懐いて、とは表現できるかも知れないが)恋慕なびいてという自覚はない。ただ、年下の彼に肯定する自分も、否定する自分も、今はイメージできない。
 これはどういう意味なのか。これも術の故か。
 タイムリミットは1週間。月の位相にして90度。
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つづく

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【魔法少女レムリア短編集】リトル・アサシン-18-

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 少年が戻ってきた。父子の会話があり、父の言うには、
「あんたがさっき何を言ったか判らない、と」
「見守るしかありません、と言いました」
「いつまで?」
「症状が緩むまで。何日か、1週間か……」
「どうやって」
「私がずっと」
「一人で?」
「もちろん、医師も承知しているはずです。入室を許されたのは私だけなのでしょう?」
 彼女は言った。医師にその旨告げたら交代を言い出すであろうが、部族と自分が拒否することもまた知っているであろう。
 むしろ、この父親が自分に対する認識を変えた以上、自分が継続的に状況を見る方が合理的だ。
 父親が何か言った。
「天使だ、って」
「お父様は食事をお取り下さい。東京に兄貴分の男がいますが、彼が教えてくれました。『腹が減っては戦が出来ぬ』」
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 破傷風のこの状態は第三期と呼ばれる。
 コミュニケーションが困難であるため失神状態と捉えられがちだが、実際には意識は清明で、間断ない激痛の故に眠ることはもちろん、失神すらも不可能な状態が続くという。痛みが続く他の病気、様態にあっては、さすったりするだけでもかなり和らぐものだが、これの場合、さする行為が刺激になるため、見守ることしか出来ない。ちなみに彼女は注射等実施したわけだが、大過なく出来たことは奇蹟に近いかも知れぬ。最も、彼女はその辺可否可能性を見抜く能力を持ってはいる。機序を説明できない能力であるが。
 その能力が言うには極めて刺激に敏感な状態に入ったという。それこそ触るなという警告なのだが、彼女はそれに耐えられず(我慢できず)、試みに幼子の手に準静的とも呼べる動きでそっと触れた。すると、刺激的反応を生じさせないことには成功したが、大人ですらかくやという筋力で指を握られて抜けなくなった。
 6時間が経過した。
「食べてないじゃないか」
 深夜になり、少年が姿を見せ、彼女が食事に手を付けていないことを知り、不満をもらした。
.
(つづく)

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