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2013年2月

【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-028-

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 逃げている様相である。必死であり、空を掻くように前方に腕を伸ばし、前のめりになっている。体より意識が先行している。そんな感じ。 
〈由利香ちゃん〉
 それは相原の意識に、マッチの炎が点るように、唐突にポッと浮かんだフレーズである。
 ただ、浮かんだ理由を相原は知っている。
 レムリアである。彼女は逃げる男の意識から、男が他でもない由利香ちゃんをホーム下へ突き落とした、と、読み取ったのだ。
 時を平行して二つの事象が生じる。
「非常停止お願いします!」
 まず、相原がホームの柱を指さしながら声を放つ。駅のホームには、作動させると、“緊急停止信号電波”を近隣の電車に送信する、非常停止ボタンが設置されている。いたずら防止の観点から周知はされていないが、乗客が押して構わない。その操作を依頼した。
Button
(秋葉原の当該ボタン)
 もうひとつの事象。
 それは、列車接近の放送を聞き、寄りかかっていた柵から歩き出そうとした男性が、読んでいたスポーツ新聞を折りたたもうとして、数ページをホームにバサバサと落とした、というもの。
 そして、その、落ちた新聞紙の上に、赤ら顔の男の足が乗り上げる。
 男は、新聞紙によってズルリと滑った。
 コンクリートのホームに転倒し、したたか顔を打ちつける。
 その上を相原が飛び越え、レムリアはレムリアで別ルートでホームの反対側へ。
 相原は山手線の線路敷内に目をやる。
 右方、新宿駅方向。
 レールとレールの間、幅1067ミリの部分に、見知った少女がうつ伏せに横たわっている。
 さらに新宿方向へレールに沿って見やる。
 巨大ターミナルを、加速しながら抜け出してくる、ステンレスにグリーンのストライプ。
 ブザー音が響き渡る。誰かが非常停止ボタンを押してくれた。
「ありがとう!」
 相原は叫び、躊躇無くホームから線路へ飛び出す。
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※本当はやってはいけません。ホーム端から手を振って知らせるなどで対応しましょう。
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(つづく)

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【恋の小話】ポラリス(2)

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「な、ないよ。さすがに。プラネタリウムがせいぜい」
 ふう、うまく逃げたぜ。
「そうなんだ~。プラネタリウムかぁ。久々に行ってみたいな」
 さくらちゃんの目配せにオレは気付いた。
 オレはニヤッと笑って返した。
 帰りがけ、彼女と別れてから佐藤の家に寄らせてもらう。最低限でも勉強だ。知ったかぶりは男の恥。
 ところが本棚見てびっくり。その科学雑誌の別冊特集で“宇宙創成”“超ひも理論”“ビッグバンとインフレーション宇宙”とか、後はズラリと並んだ“天文年鑑”。
 それらの中見て判ったのは、天文年鑑というのが月齢と天文現象をカレンダー風に並べた本だってこと位。入門者向けの本は無い。皆無というか絶無。
「オリオン座、って言われてアレだって判る?」
「わきゃねーだろ。名前は知ってるけど。でもさ、大体お前どうやって覚えたんだよ」
「小さい頃の図鑑とか捨てちゃったからなぁ」
 その言葉にオレはギョッとした。とんでもないことに気付いたからだ。
「捨てるって、必要なくなった、からだよな。つまり覚え……」
「たよ。坂口だって敵ロボスペック全部言えるじゃん」
 佐藤は、オレがゲームの敵方ロボット覚えてるのと同じだと前置きした上で、星座については“星図”というのがあればよく、どの星座がどう見えるかは頭の中。更に惑星の位置と主だった日食月食は暗記していて、いつどこで何が見えるか把握しており、彗星が出た時だけ雑誌やネットで情報を取る、と言った。
「ああちょっと待って」
 佐藤が出してきたのは“星空年鑑”という雑誌。
 そこに挟み込まれていたDVD。入っていた紙袋ごとビリビリとちぎってオレに寄越す。
「こいつ見るといいよ。来年の主な天文現象とか、なんで月はいつもウサギのいる側を向けてるのか?とか全部入ってる。それ見ときゃとりあえずプラネタリウム行っても困らないから」
「月のウサギ?」
「月の裏側って見たこと無いだろ?その説明が入ってる」
「……ああ、そういや裏って、ないな。んなこと考えたことも無かった」
 オレはちょっと怖くなった。さくらちゃん星好きなら、それこそ、佐藤のように“そのくらい当然”なんじゃないのか。
 よく、歌の歌詞に星が出てきて、カレシとカノジョがちゅっちゅっちゅ、とかやってるが。
 一夜漬けと生返事じゃ到底追いつかない。自分のセリフを後悔する『あ、オレも』。
「どうしたんだよ」
 DVDを手にボケッとしているオレに佐藤が怪訝な目。
「オレさくらちゃんに星が好きだって言っちゃったんだよ」
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-027-

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 レムリアは納得し、寄りかかっていたドアを離れた。
 電車が停車し、ドアが開き、二人は降りる。
 代々木駅はホームのわりふりがやや特殊で、秋葉原から乗ってきたこの“総武・中央線各駅停車新宿・中野方面”は、“山手線原宿・渋谷方面”と、一本のホームを共用、両線の電車はホームを挟んだ両側に発着する。これにより、同各駅停車と原宿方面とが同一ホームで乗り換えが可能になっている。その筋の用語で島式ホームの両面に発着と呼ばれる状態である。ただ、本来両面発着を想定した構造ではないので、狭い。以下に図解を掲げる。
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【図解】
ホーム
総武線秋葉原千葉方向→
←総武線新宿中野方向
ホーム(二人はここに降りた)
山手線内回り原宿渋谷方向→
←山手線外回り新宿池袋方向
ホーム
Yoyogi
 その時。
「どけバカ!この……」
 酒酔いであろう。粘っこく、ややロレツの回らぬ口調で発せられたその罵り語は、さっきの白い杖の少女が聞いたら傷付き悲しむ内容であった。
 列車の到着アナウンスに混じり、あっ、という驚きの声がホームの人々からあがり、立ち止まってホームの下を見る数名の姿が見えた。
 女性達の短い悲鳴、人体と人体がぶつかる音。
 人々を押しのけて、何者かがこちらへ走ってくる。逃げてくる。
「(月よ我が友に差し迫る危険を排除する力を)」
 相原があとで聞いたところによれば、レムリアがその時発したフレーズは、日本語でそんな意味になるという。なお、内容の性質上、乱用防止の観点から、原語での記述ができないことをご了承願いたい。
 呪文である。
 そう、彼女は単なる末裔ではない。
 だから、相原は彼女を東京に呼んだのである。
 男が現れる。
 乱れた白髪の男であり、薄汚れた青いウィンドブレーカをまとっている。しわの刻まれた赤ら顔。その白髪はフケだらけ。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-026-

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『院長室に来いって。内容的にびっくりさせたり、色彩的に問題があったりすると、発作を起こす子もいるから、事前に教えろと。ちなみにショータイムは明日の午後3時ね。彼女は従妹の姫子ちゃんということにしといたから。間に合う?』
「大丈夫でそ」
『んじゃよろしくね。あ、今夜6時で例のとこ予約しておいたから、勝手に夕食食べないように』
「わかった」
 相原は電話を切った。が、別段レムリアに内容を伝えるでもなく。
「だそうです。姫子さん」
「姫子って……」
 レムリアは苦笑した。彼女は内容を把握している。
 相原から意志の形で内容を読み取ったのである。意識と意識の直接コミュニケーション能力……それこそテレパシーを彼女は有する。その能力のゆえんが血筋にあることは説明するまでもあるまい。“病状をわざわざ聞かぬでも、その場に行けば一瞬で判る”のもこれに基づく。但し、彼女はこの能力を恣意的に使うことはない。だから相原はレムリアの目を見、伝えたい内容がある旨、合図したのである。
 次の電車が来て乗り込む。秋葉原から新宿への移動は、一駅乗った“お茶の水”で中央線快速電車に乗るのが早道。
 しかしレムリアが線路際、神田川の眺めを見始めたことから、相原は乗り換えずにそのまま各駅停車に乗っていった。別に大して時間が違うわけではない。ただ、それは後を知る者は“運命”だったと言うであろう。
 新宿の一つ手前、代々木(よよぎ)。
「降りるよ」
「え?新宿じゃ……」
「店自体は新宿と代々木の中間にあるんだ。新宿の人込みガシャガシャ歩くより、代々木から行った方が早かったりするのですよ」
 相原は言い、指さす手の形を作って見せた。
 その形をロゴに使った当該店舗のビルが、車窓の前方に見えている。
「ああ、あそこなんだ」
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-025-

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「あ、いいです。……あのありがとうって私何も」
「休みのひとときをありがとう。1日ずーっとこんなのと一緒かと思って気が滅入っていたところ」
「どうせオレは歩く変態商品だよ」
 由利香ちゃんは笑った。
 店を出る。歩行者天国の始まった通りを横切り、駅まで送る。電車に乗れば後は判るという。こういうアシストは、あまり手取り足取り先回りも失礼、という側面もある。
 改札を抜け、ホームへ向かう彼女を見送る。
「さてレムリアさん」
 由利香ちゃんの背中が見えなくなったところで、相原は向き直った。
「はい」
 レムリアが相原を見上げる。
「お昼ご飯三択。新宿のオサレなお店でランチ、銀座のゴージャスな中華料理で飲茶、アキバで立ち食いラーメン、さあどれだ」
「立ち食い!」
 間髪を入れずレムリアは言った。なお、オサレというのは“おしゃれ”のインターネットにおけるスラング。
「テッテー的に庶民派だね君は」
「姫様ですので」
 ラーメン食べる部分まで描写する必要はあるまい。
 食後二人は秋葉原を後にし、改札を通る。次なる行き先は新宿。
「何か買うの?」
「ショーの演出小道具。来れば判るよ」
 駅で電車を待つ間に電話着信。相原の母親である。
「なんやろ」
 相原は応じる。電車が来たがまぁ仕方あるまい。1本見送っても、次まで3分かそこいら。ここは東京。
「あいよ、どしたい」
『今どこだい』
「まだアキバ、新宿で買い物して帰る」
『あそ。病院の件だけど……』
 母親は、病院のOKはもらったが、今日の4時に説明に来いと言われた、と話した。
 その間相原はレムリアの目を見、レムリアも相原から目を逸らさない。
 熱く見つめ合う男女といった案配だが実態は少し違う。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-024-

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 出力は一般的な読み上げソフトの他、骨伝導イヤホン、指先にはめるセンサーのような物もある。値段は簡単な物は安価だが、パソコン本体同等か、ヘタしたら遙かに上回るものもある。由利香ちゃんの探すキーボードは後者の類。だが、売り上げ数が限られるので仕方ない面もあろう。安く販売する、或いは安く購入できる補助が必要と感じる。
「この指紋センサーみたいなのは?」
 レムリアが訊く。
「はめると、中にずらっと並んだ小さなピンがガシャガシャ押し上げられて、点字を構成する」
「なるほど……あ、すごい、これCDテキストの歌詞を読むんだ」
 感心するレムリアに、相原は胸を張って腕組みをし、
「科学の発展は人の心を貧しくしたとよく言うけど、逆にこいつらは技術の結果として、ハンディ持つ方々のコミュニケーション手段として生まれた。それは心に翼をもたらした、とか言ったらかっこよすぎ?」
 そのセリフにレムリアはニッと悪戯っぽく歯を見せ、
「うん、学が言っても激しく似合わない。でも……こんな店まであるとは、恐れ入りました秋葉原」
「ふっふっふ。どうだ参ったか」
「あんたが威張ってもね」
 レムリアは笑った。この状況を楽しむように。
 キーボードの選定が終わり、由利香ちゃんは購入に及んだ。ノートほどのサイズで、六つのパッドと、確定信号を送るパッドとで構成される。ドットにしたいところのパッドを叩き、次いで確定パッドを叩く、で、一文字送られる。パッドを叩く際には音が出、もちろん、音程でどのパッドを叩いたか判る。
(作者註:2013年現在、もうちょい進化している
「お手数かけました」
 由利香ちゃんがぺこり。レムリアは首を横に振り、
「ううん、秋葉原の知らない一面が見られておもしろかった。こちらこそありがとう。送るよ。お宅はどちら?」
 由利香ちゃんの手をぎゅっと握って言う。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-023-

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「変態商品」
 レムリアが言う。相原は素っ気なく、そう、と答える。
 店先に並ぶ同人誌、電信柱に立てかけられた看板、古ぼけた雑居ビルのガラスに貼られた宣伝ポスター。
 その筋のアニメでありマンガでありゲームであり。
 行き交う者たちは年齢は種々だがとにかく男が圧倒的に多い。彼女たちの姿はむしろ奇異ですらある。そのせいか、向けられる目線は多いが、その殆どはすぐに目線を外す。しかし中には、彼女らの存在に気付くや、露骨に舐め回すような目を向けてくる者もある。
 レムリアが眉をひそめ、身を縮めるような仕草を見せる。
 相原は自らそんなレムリアの腕を取った。
「ナイト?」
「昼だけどな」
「うわオヤジギャグ」
 少女達に笑み。少し雰囲気軽くなったその間に“そのエリア”を行き過ぎる。
 細い道を挟み、新しいビル1階の小綺麗なショールーム。
 ITバリアフリーの専門店とある。
 内装がサーモンピンクなのは色覚ハンディの方に対する配慮。
「すごい色」
「緑の黒板赤チョーク」
 相原はそれだけ言い、先に店に入った。
 レムリアは首をかしげたが、すぐハッとしたように頷き、由利香ちゃんと共に続いた。
「RGブラインド……」
「ざっつらいと」
「いらっしゃいませ」
 お姉さんが声を掛けてくる。
 点字キーボードを求めると幾つか出してくれる。
 由利香ちゃんがあれこれ試す間にレムリアは店内を見て回る。その後ろから好々爺のように相原がついて歩く。
「いろいろだね」
 店内にあるのは、主としてハンディを乗り越えてパソコンと接続し、意思疎通を図るためのアイテム。入力デバイスとしては点字の他、指先で、顎で、頭にセットして目線で、音声認識で。
 動かすとピピピと音を立てたり、ブルブル震えるマウス。マウスカーソル(画面の矢印)の位置にある文字を読み上げる機能。ワープロや表計算など、よく使うソフトのよく使うメニューだけを、外付けキーボードにまとめた物。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-022-

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「じゃ一緒に」
 レムリアが女の子の腕を取り歩き出す。相原は先行し、数歩進んで気付き、振り返る。
 レムリアの足取りはゆっくりである。
 歩調を女の子に合わせているのである。“確認できてから進む”が基本だからだと、相原は理解する。
「早すぎ」
 果たしてレムリアは相原を指さし睨んだ。幼い子を“めっ!”と叱るようなイメージ。
「申し訳ない。次の信号で行こう」
 信号が変わり、車が走り出す。しばしの待ち時間。
 その間に女の子同士でおしゃべりが弾む。女の子は由利香(ゆりか)と名乗り、中学1年生であるという。やはりレムリアと同い年だ。
「パソコンを買ってもらったんですが、近所の店に点字キーボードがないので、秋葉原ならあるかなぁと。人が一杯いるだろうから、訊けばと思ったんですが。……考えが甘かったです」
 由利香ちゃんはしょげたように言った。
「ひょっとして日本って不親切?」
 レムリアは相原に訊いた。
「そんなことは無い。お手伝いするのは吝か(やぶさか)ではないんだが、パッと見てそうと判らない。そんな感じじゃないのかね。つーても一般に日本はバリアフリーにはほど遠いわな」
 信号が青になる。由利香ちゃんのペースに合わせ、道を横断、高架線路脇の道を行く。ここは配達のトラック、一般車、買い物する人々が道にあふれ、正直、由利香ちゃん一人では難しいと思われる。
 それどころか、こうして腕を添えてアシストしているとしても、右へ左へやたら進路を変えるのは考え物。
「すいません通して頂けますか?」
 時に声を出し、自分ではなく、行く手の方に動いてもらい、3人は雑踏を行く。人々は一瞬嫌そうな顔をするが、白い杖を見ると、スッと身を引いてくれる。決して不親切なわけではない。
 道を折れる。
「雰囲気が変わりましたね」
 由利香ちゃんが指摘した。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-021-

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 レムリアは“ワールドミュージック”のフロアで、お目当てのCDを5枚ほど買い込んだ。
「これアムステルダムには無かったのに……」
「“まさか”と“ひょっとして”は、アキバにお任せということで……最近トホホだけどな」
「トホホって変態商品?」
 美少女の口から唐突に飛び出した、ヘンタイなるフレーズに、衆目が集まる。
「……おいおい。まぁ、ね。仕方ないんだけどさ。古今東西、必ずある程度の売り上げが見込めるのはその方向。さて他に無ければ出ますかね?」
「は~い」
 CDの入った袋を相原が持ち、エレベータで1階へ。
 店を出てすぐ、レムリアの足が止まった。
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-3-
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「どうした?」
 レムリアが何事か異変に気付いた、と、相原は知った。
 少女マンガのヒロイン向き、の笑顔が、一瞬にして託宣を待つ巫女のような真剣さを帯びたからだ。
 レムリアは周囲を見回し、大通りを挟んだ向こう、秋葉原駅の側で目を止めた。
 その目線を追うと、JRの高架下、青いサングラスを掛けた少女に向いている。
 少女の手には白い杖。
 雑踏の中で、一人流れに取り残されたような、白い杖の少女。
「何か困ってそう?」
 問いに頷き、直ちに道を横切り行こうとするレムリアの手を相原が引き留める。まだ歩行者天国にはなっていない。
 焦るレムリアをなだめ、信号を見ながら横断歩道へ。
 青になる直前に、居たたまれない、とばかりにレムリアが走り出す。
 相原が追いつく頃には、腕を取り話しかけている。
「点字キーボードの置いてある店ってある?」
 レムリアは相原に訊いた。女の子は年齢ほぼレムリアと同等と言ったところか。背はレムリアより少し高い。
 相原は少し考えて。
「あるよ。あるが一緒に行った方がいい。今のCD屋よりも向こうの方になる。お前さん達には……ちょっと付き添いたい」
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(つづく)

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【恋の小話】ポラリス(1)

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 あいつに訊きゃいいや。
 オレは教室の隅っこで雑誌読んでる佐藤の所へ行った。
 声を掛けても気付かないので、机の前にしゃがみ込む。
「なぁ」
 佐藤はようやく読む手を止め、メガネの目をオレに向けた。
 雑誌の表紙は粒子がどうの、理論がどうの。そんなの読んで何が面白いんだか。ただ、去年の大地震の時は、この雑誌のイラストで「ここからここまで動いた」とは聞いた。
「なん?」
 何の用?の略した言葉。オレ達はそんな関係。
「マルゲリータLサイズのことなんだけどさ」
 先週からオレはクラスの“さくら”ちゃんと付き合っている。コクったら(告白したら)OKしてくれたのだ。内緒にしてと言われたので誰にも話していないが、幼なじみの佐藤にだけは話した。その際、彼女のことをこう呼ぶことに決めた。言ってみれば暗号だ。
 オレは小声で。
「星が好きなんだって。どこかいいとこない?」
 デートの場所選び。すると佐藤は普通の声で。
「プラネタリウムか、太郎坊か」
「たろうぼう?」
「富士山御殿場側。天の川見えるぜ」
 ところが、これがさくらちゃんに聞こえたらしい。
「天の川見えるの?」
 ニコニコ顔で飛んでくる彼女はセーラー服が似合いのすごく可愛い女の子だ。少女マンガみたいにキラキラ光って見える瞳。サラサラの長い髪。
 は、いいんだが、オレは物凄く焦った。佐藤てめぇ余計なこと言わないだろうな。
「あ、森さんって星好きなんですね」
 佐藤は女子に敬語で喋る。苦手だと一度聞いたことがある。でもおめぇ、そんなんじゃカノジョできないぜ。
「うん好き、すっごく好き」
「じゃあ、太郎坊って知ってるんじゃないかな。そこの話だよ。クルマが無くちゃ行けないって話をしてた」
 それが、オレに対する答えであることもオレには判った。
「だよねー。いっぺん行ってみたいなー。パパに頼んでみようかな。でもどうせなら望遠鏡持って行きたいよね」
「森さんは持ってないの?」
「あるわけないじゃん。高いし、操作難しいっぽいし。坂口君は?」
 さくらちゃんはオレに振った。オレは本当は星なんか興味ないが、つい『あ、オレも』と言ってしまった。
『そうなんだ。星ってロマンがあるよね。だって遠い距離、遠い時間が見えてるんだよ』
 ……キラキラした目でそんなこと言われて、興味ない、なんて言えるかよ。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-020-

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 レムリアは首を左右に振った。金額は優に万を超える。さすがに頂戴するには高価すぎる。
 相原は構わず勘定を頼む。
「命は値段じゃないと思うが。気を引くためのプレゼントならこんな実用的な物は用意しない。銀座に行ってブランド物のカバンでも買うだろよ。でも君はそういう女じゃないだろ?。背負った物はあまりにも大きい。対してこの街には、この街だからこそ、その背負った使命を少しでも軽くできるガジェットがある、だから連れてきたんだ。
 エレクトロニクスは不可能を少なからず可能にするとオレは信じる。それで救える命が一つでも増えるなら上等じゃん。困ったらいつでもここにいらっしゃい。何かあるから。そんだけさ」
 相原のセリフにレムリアは目線を外し、少しうつむき、駅前とは少し違う力の入れ方で、相原の腕に腕を絡めた。
 レムリアは自分の目から何かがこぼれて流れ、相原の腕を伝うのに気付いたが、対して相原は気付いたか気付かぬ素振りか。
 店を出る。レムリアはうつむいたまま、デジカメとアダプターをウェストポーチに収めた。
「じゃぁ、使わせていただきます」
「存分に。さてこれで買い物は終わりです。どこかブラブラしますか?」
 相原が尋ね、レムリアは一回後ろを向いてハンカチを扱ってから、相原に目を戻した。
「じゃぁ、CDショップへ」
 明るく一言。赤い目で。
「ジャンルは?」
「トルコ音楽」
 レムリアは言った。欧亜の接点トルコの曲調は、パワフルで哀愁を帯びた物が多く、日本においてもファンが多い。
「ほう。相変わらず聞いてるんだ」
「うん」
「じゃぁこっちだ」
 相原が向かったのは、複数の店舗ビルで構成される量販店の“音楽館”。5階建ての建て屋でCDだけを扱っている。逆に言うと5階建てのビルが全てCDショップ。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-019-

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 大きな道へ出る。左右方向に通行量は非常に多い。国道17号。旧五街道の一つ。
 休日の昼以降は歩行者天国になるが、今は昼食にはまだ早い。
 青信号を待って横切り、少し進んで相原が入った店には、カメラの類がたくさん。
 一般的なデジタルカメラの他、一千万円もする放送局用のテレビカメラ、更にはカメラ内蔵の靴やライターなどという物まで置いてある。レムリアは価格や機能にのけぞったり眉をひそめたり。
「あーこれだ」
 相原が手にしたのは、大きめのサイコロサイズの小さなデジカメ。携帯電話内蔵品を単独で箱に収めたような仕様、といえば判りやすいか。
「いらっしゃいませ」
 店員が飛んでくる。客に案内と言うより、小型故に万引き警戒というのが正確なところか。
 攻撃的な心理の持ち主は、レムリアにはたちどころに判る。とげとげしさは、幾ら表情や口調を繕っても隠しおおせるものではない。
「そちらですか?そちらは小型で画素数も……」
「試してみていい?」
「……ああ、どうぞどうぞ」
 相原は長くなりそうな店員の売り込み文句を遮り、先ほど購入したアダプターを取り出した。
 使ってレムリアの電話につなぐ。電話のメニューからオプション、カメラ、キャプチャー(と、英語で書いてある)を選んで行く。
 カメラの画像が携帯電話の液晶画面に表示。
「へぇ、こんなこと出来るんだ」
「あとはこの電話から、……説明書にあると思うんだが、データセンターにダイヤルすると、データセンター経由で画像を添付ファイルにしてメールで飛ばせる。動画チャット……メッセンジャーの動画版ね、あれにも接続できる。通信費用はかさばるけどね」
「すごいね」
「持ってきな。医師の意見を聞いたり的確な指示を受けたりするのにきっと役立つ」
「え!」
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-018-

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 レムリアは複雑な表情である。生死全く相反する目的の“職”にある者が、同じ機械を使用している。さもありなん。
「その歳で医療ボランティア……」
 レムリアは主人に目を戻した。
「ええ。いたたまれませんで、看護師の資格を取って時折出かけています」
「そうかえ。そらすげぇなぁ」
 主人は歯の少なくなった口を開き、オーバーなほど驚いて言った。別にのべつ仏頂面というわけでもないようだ。
 2人が会話している間に、相原は携帯電話の底の部分にあるゴム製の蓋を開け、取り寄せたアダプターをセットした。
 きちんと入った。次いで抜いてみる。
「OKですね」
「あいよ。他にはあるかい?」
「ACアダプター何でもいいので余ってませんか?5ボルト出せる奴で」
 それはコンセントから電話に電力を供給し、内蔵電池に充電するもの。
「ああ、あるよ」
「え?別に壊れてないけど?」
 怪訝なレムリアに相原は電話を戻した。
「もしAC側の壊れ品があれば逆に歓迎。出力側のヒモだけ欲しい」
「なんか改造かい?」
「ええまぁ」
「じゃぁこれ持って行くか。プラグ曲がってんだ。300円でいいや」
 主人はコンセントへの差し込みプラグがぐんにゃり曲がった不良品を示した。
 相原は購入に及んだ。
「あの……」
 申し訳なさそうに相原の袖を引っ張りながら、レムリアは首をかしげた。
 色々買ってくれるのはありがたいけどその意図は?
「こっちはぶった切って太陽電池に繋ぐ。出先で充電できんべ」
レムリアは目を丸くした。
「そんなこと……」
「できるよ。わけない。はい、次行きましょう。じゃぁどうも」
 相原は一礼し、店を辞した。
 狭い通路を進んで行く。すれ違うのもやっとの狭さである。メモ片手に部品選びの学生や、スーツ姿の背後をカニ這いで通過すると、防犯カメラ画像の自分自身とニラメッコ。並べられたモニタ群ズラリ映った自分の前を過ぎると、今度はたわわに下がった電気ケーブルがちょっと邪魔。それは商品と言うより、天日干ししている染め糸の束だ。相原が暖簾よろしくかき分け、レムリアはそこをくぐる。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-017-

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 そこは狭い通路の両側に間口一間の店が並んでいる。扱っているのは携帯電話、ポータブルオーディオ、電池やケーブル、専門的な測定機器。送信機受信機の類。照明器具、工具、電子回路部品、放送局関連機器。中には盗聴器や暗視カメラなどというものまである。
 相原はそのうちの一軒、通信機器の店に立ち寄った。
 タバコ臭い店であり、老年の店主は狭い空間に身を畳むように座り込み、煤けたラジオから浪曲を流しながら、スポーツ紙を見ている。店頭には良く見る携帯電話の他、無線通信、それ用の部品と思しき品々。
「すいませんGSM4709-1142の変換アダプターを注文した者ですが」
 相原はいきなり言った。
「あ?ああ」
 主人は、必要最小限の応答を寄越すと、足下をごそごそして茶色い紙袋を取り出した。
「相原……さん?」
「そうです。試してみても構いません?」
「ああ」
 主人が答え、紙袋をごそごそ開く。
「携帯出して」
 主人の作業の間に、相原はレムリアに言った。
「は?あ、はいはい」
 レムリアはウェストポーチを開き、彼女の“携帯電話”を取り出す。
 それは軽く薄くて可愛らしい……CMでなじみの携帯電話しか知らない者には、軍用無線機のように見えるであろう。
 衛星携帯電話。世界中を飛び回る彼女の電話は、これでないと用をなさない。
「ほぉ」
 主人が彼女の機械を覗き込む。
「あんちゃんじゃなくて嬢ちゃんの方かい。現物は初めてだよ。嬢ちゃん軍人って事はないよな」
「え?ええ……」
 レムリアが戸惑いの表情で相原に目で尋ねる。曰く“どういう意味?”。
 ……この辺り別にテレパシーというわけではない。レムリアは表情豊かな娘であるから、そのくらいの意思表示を読み取るのはたやすい。
「これで医療ボランティアとして世界中行きますからね。暑い寒い、土砂降りのスコール、砂漠に高山……タフでないとやってられんでしょう」
 相原は主人への説明がてら、言った。要するにレムリアの持つモデルはタフな仕様であり、ゆえに軍関係者がよく持っているのだ。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-016-

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「おなかいっぱいって?」
 相原は訊いた。止まって語り合う二人の脇を、間断なく、ゾロゾロと、一部邪険な目を二人に向けながら、人が行き交う。それはまるで、動いているのが当然で、止まっているのは非常識、そんな世界に迷い込んだよう。
 止まらない街。戻らない街。
「おなか……ああ、そういうことね、ふぅって感じなのは確かだね」
「嫌いなら戻るけど?」
「ううん、いい。香港とかマカオもこんなもんだもん。それに一度来てみたかったし」
「了解。でも注文していたパーツとか先に受け取りたいんで、気ままなぶらぶらはその後でよろし?」
「よろし」
 相原は進路を右に取り、総武線高架下の小店が建て込んだエリアへ向かう。レムリアは興味深げに相原の後を追う。
 それはれっきとした姫君が、普通の娘として秋葉原を歩いているという図である。彼女は既出の如く相当な美少女であり、現にすれ違いざま彼女に目を奪われ、その後も振り返ってずっと彼女を眺める者すらある。ただでさえ衆目を集めるのであるから、雑誌記事を知る人間が彼女を見れば、瞬時に当人と判じてもおかしくはない。実際相原は騒ぎが生じる可能性を少し憂慮したようだ。しかし、あり得ない人間があり得ない場所にいるせいもあろう、そのような事態が生じる気配は今のところない。
 警戒を緩めた相原の腕に、レムリアが自分の両腕を絡める。
「はう?」
 これは相原。突然の事象に目を見開き、少し頬を染めて。
「邪魔?でもこう人が多いと、こうしてないと迷子になりそうで……」
「まぁそうだけどだからって……」
「手ぇつないでるだけじゃ、びろーんと長くなって、かえって他の人に迷惑だと思うけど」
 無意識で罪作りな小悪魔、と書けばその状態の表現には適切か。
「……そやね」
 相原は苦笑して、高架下の“デパート”へ入った。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-015-

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 相原は舌噛みそうな勢いで弁解のように言った。威張りんぼの兄ちゃんが照れてる中学生に一瞬で変化。
「真っ赤ですけど兄者(あにじゃ)」
 レムリアは小悪魔のように笑った。そういう意図はないと認識した上でわざと言ったのである。ここで、相原がレムリアに好意を持っていることは(年齢差的には犯罪に近いが)説明するまでもあるまい。そして、その旨相原はレムリアに表明しており、レムリアもそのこと自体は認識している。ただ、レムリアの側にはそういうことを考える心理が生じていない。否、“まだ芽生えていない”と言うべきか。対して、相原はレムリアのそうした心理を把握してか、自分の感情を前面に出さないようにしているようである。
 以上、威張られたような気がして、ちょっとカチンと来たので、からかってみた次第。
 確かに年上なんだが、年上という気がしないのである。
「……お前さんウチの母親の病気もらったか?。なんか帰ったら二人していじめられそうな気配」
「えへへ。それはお楽しみと言うことで」
 レムリアは笑ってウェストポーチにカードを収めた。
 JRに乗り換えて都心部を横切り、2層構造、すなわち、高架線路の上に更に高架線路がクロスする、秋葉原の駅に降り立つ。
 複雑な構造のホーム階段を抜け、改札機にsuicaをかざして、
 電気街口。
Akiba
 耳に押し寄せてくる喧噪と、目に攻め込む宣伝広告。その全てが電気製品、その関連である圧倒感。
 レムリアは半ば見上げながら立ち止まった。
「すっごいね」
 相原を振り返る。力感、密度感、発散されるエネルギー。それらが醸す秋葉原の雰囲気は、東京の中でも群を抜く圧力の高さだ。それは感じるというレベルではなく、押し戻そうにもぐいぐいと入り込んでくる。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-014-

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「なんでそう秋葉原と変態が……」
「変態じゃない。この間買ってきたアレ何よ。マンガみたいな女の子の絵が付いた……」
「太陽電池なんだよあれでも中身は。しょーがないでしょが、メーカーのCMキャラクターがあの女の子なんだから」
(作者註:実在する。「太陽電池 萌え」で検索せよ)
「不自然きわまる」
「その不自然ちぐはぐな取り合わせを、おもしろいと感じさせて手に取るように仕向ける作戦なんだよ。実際問題として発電効率が一番いいから選んだんだけどもが。パソの下に置いてあるから見てみるがよろし。あれでも外為法の該当品(※)だぞ」
「……判ったよ。姫さん。注意しなね。いざとなれば大声出せば誰か来てくれるし、そうだ、おばさんの携帯番号……」
「あ、大丈夫です。……その、多分」
 苦笑と共に、そして、間を置いて付け加えられた最後の一言に、相原はくずおれた。
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 ※該当品:「輸出貿易管理令別表第一」に記載されている物品、の意。輸出する際には国の許可が要る
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 相原宅から秋葉原まで、バスと電車を乗り継いで2時間弱。
 道中で相原はレムリアに鉄道・バス共通のIC改札カード“suica(スイカ)”を手渡した。
「え、いいの、こんなの」
「いいの。それ持ってれば好き放題東京来られるでしょうが。電子マネーにもなってて、買い物するとポイント溜まる。とりあえず母親の名前でユーザー登録してある」
 相原は兄貴風を吹かせたとでも評すか、少々、威張って聞こえる風に言った。
「あそ。あのーところでさ、こういうの渡すって、生活環境の一部を移せって意味だよねぇ。そこまで進んでたっけ私たち」
 上目遣いでチラと見る。
 すると相原は黙り、レムリアを見、ついで目を見開いて真っ赤になった。
「いやいやいや考えすぎすぎ。いやあのね、それはね、持ってれば自由に動けるかなぁと。急に行き先変えたりとか柔軟に対応できるし」
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-013-

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「そこに突っ込むかいこの息子は」
 レムリアは吹きだした。
「すいません笑えてしまってご飯食べられません」
「だって彼女何やっても可愛いんだもの。お母さん参っちゃうよ。あんたには友達にするにも勿体ない。下僕で仕方なく使ってもらう位でちょうどいい。どうやって知り合ったの。ウソ付くとひどいよ」
「しつこいね。偶然及びインターネット最強」
「本当?」
 息子の言に、母親はレムリアに真偽を尋ねた。
「ええまぁ、ウソでは無い、とはお答えできるかと」
 レムリアは言い、ご飯茶碗の真ん中の米飯を箸でかき分けて穴を作り、生卵をそこへ落とした。
「いきなり庶民的な技知ってるねぇ」
「ここにおわします年上の友人に教えてもらいまして」
 醤油を垂らし、納豆をそこに載せ、混ぜて一気にかきこむ。
「……しあわせ」
 頬をリスのように膨らませてコメント。
「おもしろい姫様だこと。そんなのより普段食べてる方がおいしいんじゃないの?」
「いいえアパートで一人暮らしの自炊ですもの。食材も調理のバリエーションも乏しいですし。お母様のご飯おいしゅうございます」
「納豆や卵は作ってないけど?ししゃももスーパーで20円引きだし。しかもそれ正確に言うとカペリンって魚でししゃもじゃないの」
「え?あ?そうなんですか……すいません」
 照れ隠しに軽やかに笑う。
 その表情に母親も相原も思わず笑顔になる。
「ほんと、娘っていいねぇ。学、私は今、あんたがここにいることをつくづく後悔している」
「オレが居なければ彼女もここに居ないわけで」
「それは判らないじゃない。さて、あたしゃパート行くよ。あんたらは今日どうすんの?お昼は?」
「アキバ(秋葉原)と新宿」
「あ、秋葉原行きたい」
 嬉しそうなレムリア。
 対して母親は渋面になった。
「秋葉原!?あんなとこに姫さん連れてってどーすんの。変態商品の毒気に当てるつもり?」
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-012-

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「ウソでしょ。秋葉原に出入りして変態商品買ってくる男だよ。本当のこと言っていいのよ。何か変なことされたんじゃない?」
「あ、それはないです。……へ、へんたい、です、か」
 レムリアは苦笑しながら、だぶだぶ袖の手先をぱたぱた左右に振った。ちなみにHENTAIは海外でもかなりの確率で通用し、嫌悪、或いは失笑の対象となる。
「それは無くても他にはあるとか?」
 レムリアは笑った。半ば根負け。
「……判りました後でお話しします。でも、彼が恥ずかしがるから、女同士で秘密裏にということで」
 レムリアはセリフの後半、ひそひそ声で言った。
「判った。顔洗ってらっしゃい」
 母親が同じくひそひそ声で応じる。
「はーい。じゃぁ洗面所お借りします。はいネコタレちゃんは待っててね」
 レムリアはネコタレを下ろし、ドアを開け、部屋から出、閉めた。
 ぽーっとした顔で母親がレムリアを見送る。
 程なくして再度ドアが開く。
「あらもう終わったの?」
「なんじゃ?」
「なんだお前か」
「朝っぱらから言ってくれるじゃんか……って痛ててててて。なんでいきなり噛んで来るんだよてめぇは」
 ネコタレが不満そうに唸った。
 朝食はレムリアのリクエストもあって純和風にした。ご飯にみそ汁、ししゃもに納豆、大根おろし、生卵。
「納豆は400回練るんだよね」
 欧州在住の姫君のすることではない。ではないのだが、ややぎこちないながらも、納豆を混ぜる様が取り立てて違和感ないことに違和感。
「学あんたさぁ。……この子と替わらない?」
 相原はみそ汁を熱いまま飲み込んでしまった。
「けほ……なんじゃい馬鹿たれ……」
「やっぱいいよ女の子は。あんたはもう、飽きた」
「本音に聞こえるんだが」
「本音だもん。インターネットのオークションで引き取ってもらうかね」
「人身売買は禁止」
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-011-

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-2-
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 朝餉の準備に伴う、リズミカルな包丁の音を遮り、ふすまの開く音。
 午前7時半。
「おはようございます」
 やや眠気の残る、とろんとした声に、母親は思わずという感じで笑顔を作り、キッチンから文字通り飛んで出て来た。
「おはようさん……はぁ。女の子がいるとこんな感じだったのかねぇ。またとびきり可愛いもんねぇ、あなた。抱きしめちゃう。こっちいらっしゃい。ちゅっちゅ」
「あ、はぁ、恐れ入ります。きゃは」
 本当に自分を抱きしめてしまった相原の母親に、レムリアは頬を赤く染めた。
 ちなみに彼女は、相原が以前贈ったブカブカの縞々パジャマを着ている。男物だが、埋もれるように身につけていると、それこそ少女マンガのヒロインであって、それだけで絵になる。同じ女性である母親ですら抱きしめてしまいたくなるのは当然(なのか?)。
 と、母親の足元から三毛ネコが顔を出し、ひと鳴きしてレムリアに身をすり寄せる。
「……あらまぁ。こいつ人見知りでね。学にすらこんなにすり寄らないんだよ。飯出せ水出せ外に出せ、って時だけなのに。でもあなたには一発で慣れたねぇ」
 母親は驚いた表情。
 レムリアはネコタレというらしいその三毛ネコを抱き上げた。
「……魔女のたしなみということで。ね、ネコタレちゃん」
「あら、魔女なら黒猫じゃなくて?……しかしまぁ、ほんっと、何やってもかわいいねぇあなたは」
 母親はネコを抱くレムリアをしげしげ眺める。首の下を撫でたらゴロゴロ。
「絵になる女の子っているもんね」
「あの、連発は恥ずかしいのでお控え頂きたく……」
 レムリアは真っ赤。
「でも可愛いもん。何であんなのの友達が……てゆーかそうよ、何がどうしてウチのあんなのと……」
「え、それは、そのう、命の恩人というか……」
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-010-

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「はいお茶。とっときの常滑(とこなめ)焼きを出し……学あんた何したの!」
 涙の姫様に血相を変える。
「は?」
「そんな卑怯な子に育てた覚えは……」
 呆れたように言いながら、窯変(ようへん:陶土が窯の中で釉薬の作用により色付くこと)して、黒色を帯びた朱泥の湯飲みを、ちゃぶ台に置く。
 そこで相原は母親の認識に気付く。
「待て、ちょっと待て!すっげ勘違いしてるだろ。大体すぐ戻ってくると判ってるのに手出したり……いやいやだからそういう事じゃなくて」
「そういう事じゃなくてどういうことよ。そういう事、という発言が出てくるってことは、そういう事考えてたってことでしょーが」
「それって『そういうこと』だと言いただけちゃうんか。大体この子にそういうこと……あーもうそれ言ったら逆に失礼になるだろうがっ!」
 親子の言い合いを止めたのはレムリアの笑い声。
「あははははは」
 親子間の毒気は抜けた。レムリアは赤くなった目元に輝きのしずくを一つ、しかしそのまま笑っている。
「……おかしい」
 その笑顔によって、“隠せない感情”が消えていることに相原は気付いた。
 次いで、口の端だけ曲げてニヤリ。
「笑い、だ」
「え?」
 今度はレムリアがハッとする。ついで笑みを作って、
「そういうことか」
「そういうことだよ」
「どういうこと?」
 了解し合う二人に母親が訊いた。
「つまりね、小児病院なんでしょ?魔法とかそういうこと以前に、まずは子供達を、みんな一度に楽しませてあげられないかってこと」
 相原のセリフのそばで、レムリアが手のひらを握り、そして開く。
 ……何もなかったはずの手のひらにコイン。
「あらおもしろい」
「マジックたって魔法の意味だけじゃなかろうもん」
「その女の子だけって必要もないと思いますし」
「……なるほど、いいかもね。笑い喜びは最高の薬だと言うし。お見舞いマジックショーか。よし判った。母さんが動こう。病院に頼んでみるよ」
「よろしくお願いします」
 レムリアは頭を下げた。
.
(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-009-

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 相原は客間に彼女を通すと、壁面に向かい、立てかけておいたちゃぶ台を下ろして母親と共に座らせ、台所へ行った。
 母親のセリフがこの場にいるための大義名分であることは百も承知である。なお、実際問題として、レムリアはそのような説明をわざわざ受ける必要はない。
 その場に行けば瞬間的に把握できるからだ。そういう能力を彼女は有する。
 相原がペットボトルを3本持って戻ってくると、話は結構なところまで進んでいた。
 レムリアの表情はさえない。
 母親がドンと置かれたペットボトルに不快な表情。
「はいお茶、……ってあんたもねぇ、せめてコップに入れて持ってくるくらいの……しかも何これ冷えてないじゃん」
「お茶は人肌」
「気が利かないねぇ」
 母親はたまりかねたように立ち上がり、客間を出る。
「難病だね……」
 母親の姿が見えなくなったところで、レムリアはつぶやいた。看護師である以上、状況の把握は早い。
 なお病名はガンである、とだけしておく。
「私が何かしたとして、血行を良くしたり、身体が温まってむくみが取れたり、は、あると思う。でも、それだけ、なんだろうね。至極冷静に分析すると」
「いやに弱気じゃない」
 相原は言うと、ペットボトルの蓋を開け、ウーロン茶を口に含んだ。
 言われたレムリアはハッとした表情で相原を見る。
「お前さんらしくないぞ。先にあきらめてどうする。子供はそういう気持ち持ってるとすぐ見抜く、と常日頃のたまってるのは誰」
 相原のセリフにレムリアは黙ってしまう。
 今度は相原がハッとした。
「そこまで進んでるってことか」
 レムリアは頷く。
「ウソ付ける性格じゃないもんな」
 レムリアは頷き、感情を隠せないのであろう、その目に透明な輝きを浮かべた。
 母親が戻ってきた。結局玉露を淹れてきたようである。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-008-

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 なお、彼女の本名は彼女自身が言った通りであるが、“普段着の自分ではないから好きではない”とのことなので、以降彼女をレムリアと呼ぶ。
「いいえぇ聞いていましたから大丈夫ですよただその女の子でましてお姫様だなんてあらネコタレもう慣れたの……。あ、そうだ、何か飲まれますか?といってもお紅茶とか今切らしてまして日本茶でよろしければ……学!玉露出しなさい!」
「なんだその口調の変化は。それに句読点がないから聞き取りづらい。あ、てなわけでこれが母親ね。……いいんだよペットのウーロンで。それにこんな時間に玉露飲んだら眠れんくなるぞ」
「ぺ、ぺ、ペットってあんた」
「いいの。あのね、“姫”の堅苦しさから解放してあげる意味も込めて遊びに来てもらってるから、特別扱い無しなの」
「そうですお母様。長年行方不明だった謎のハトコか、実は学さんの隠し子が遊びに来たとでも思って頂ければ……」
 姫にあるまじき(?)、レムリアのそのセリフは、母親の度肝を抜いたようである。
「へ……」
「お邪魔するわけですし。夜遊びの小娘ですので適当にあしらってください。よろしくお願いします」
 レムリアはぺこりと頭を下げた。
 母親は緊張のガスが抜けたように笑った。
「要するに単純に学の友達ってことでいいのかい?姫さん」
「ええ、そうです」
「ん、判った。じゃぁ、そういう風にするよ。さぁ、上がって」
「はい、お邪魔します。夜分申し訳ありません」
 靴を脱ぎ、一旦玄関マット上に座って身体の向きを変え、靴を揃える。
 外見とよどみない動作から全く違和感ないが、それでも彼女は異国の王女である。
「へぇ……」
 母親が感心する。
「あと勝手にやってるから寝ていいぜ」
 相原はリビングの隣、客間の電灯を点けながら言った。
「バカおっしゃい。あんたとこの子二人っきりにして寝られますか」
「……中学生の生徒手帳か」
「彼女は立派な中学生年齢でしょうが。それに女の子のこと誰が説明するの」
「はいはい判りました。詳しいこと話したげて下さいな」
.
(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-007-

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「客」
 相原は背後の少女を指さして言った。
「あの、初めまして。メディア・ボレアリス・アルフェラッツです」
 少女は本名を名乗り、頭を下げた。純日本式初対面の物腰。
「……!」
 母親の歯ブラシの口から、驚愕した化石人類のような吠え声。「うそぉ!」と言っているようである。
「姫」
 相原は極めて手短に少女を紹介した。
 母親の開いた口から歯ブラシが落ち、慌ててそれを拾う。
「……って、あの雑誌の?」
「そう、本人」
「あのお姫様で看護師で医療ボランティアに加わって世界中を飛び回るあのすごいお姫様?」
「そう、お姫様で看護師で医療ボランティアに加わって世界中を飛び回るあのすごいお姫様本人」
 相原は母親のセリフを、『お姫様』を2回言ったことまで含めて、そっくりなぞって言った。
「でも普段はオランダで一人暮らしって……ああ、今日は日本へ?でも日本にそんな難民や戦場は……大体なんで学と?」
 まばたきを忘れたまま母親が問う。
「いっぺんに訊いてどうする」
 相原が言う。しかし母親としては訊きたいことは多いだろう。雑誌の中のお姫様、遠い世界の存在が、唐突に息子に伴われて自宅にいるのだ。
「いいからそこどいてくれないと入れん」
「あ、はい、そうね、ちょっと待って」
 息子にせっつかれ、母親は今更思い出したようにバタバタと身繕いをし、パジャマのまま玄関マットに正座。
「どうも初めましてようこそ学の母親ですこちらはネコタレ狭くて汚くてもうどうしようもないところですがお上がり下さいませ」
 作り笑い。
「あ、その、こちらこそどうもすいませんこんな時間に。ネコタレ君初めまして」
 少女レムリアは申し訳なさそうな口調で言った。
 ネコの鼻先に指を出す。すると、その指をネコがクンクン匂い、耳の後ろの部分をレムリアの手にスリスリ。匂い付け。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-006-

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「改めていらっしゃいませ」
 船が消えるのを見届けて、相原は言った。
「いいえこちらこそ、夜分にお邪魔してすいません」
 黒髪の少女はぺこっとばかり頭を下げた。こうした立ち居振る舞いは、ひょっとすると、その辺の町中で見かける女の子より“日本人”らしいかも知れぬ。
「では我が家へどーぞ」
「はい」
 相原がボストンバッグをかつぎ、草むらを歩いて斜面を下りる。
 そこは住宅街の裏の丘である。相原宅より坂道を上って徒歩5分。
「ごめんね唐突に」
 相原は言った。
「いいよ。それで少しでも、なら本望」
「正直、だからって呼んでいいものかどうかとも思ったんだけどね。君を私物化するようなもんだろ?」
「その瞬間に私と喋ってた時点で、なるべくしてなった、ということだと思うよ。それに、そうだと知ってそのままだったら、後々ずっと引きずるよ。私はもちろん、あなたもさ。だから、いいよ」
 少女は心配するなとばかりにニコッと笑った。
 さてここで作者としては、なぜこの二人がこのように親しいのか、彼女の乗ってきた空飛ぶ船が何物か、など、説明責任が生じていることを認識している。
 端的に言えば、相原は過去に一度、空飛ぶ船に乗り組んだことがある。二人のつきあいはそこが端緒である。船には超常の能力を有する者たちが乗り組み、ピンチにある人を救うべく、世界を馳せ、“奇跡”を起こす。但し、彼女が加わっている医療ボランティアとは別の活動である。
 ただ、それ以上のことは、本筋とは全く関係がないので、省略する。経過によって書く必要があれば、その際に追記する。
 閑話休題。2人は相原宅に到着した。
「ただいま」
 相原がドアを開けると、歯ブラシくわえたパジャマの母親。足元に三毛ネコ。
「あらおはぇ……」
 母親は言いかけ、息子の背後の少女に気付き、そのままビデオの静止画のように固まった。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-005-

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 ブラウスにカーディガンを羽織り、ジーンズを履いた小柄な少女。
 雑誌の写真の娘。
 メッセンジャーのハンドルネームはlemuria……レムリア。
 月明かりに照らされ、ボストンバッグを手にし、笑顔でスロープを駆け下る。肩ですぱっと切ったショートカットの黒髪が跳ね、輝くような笑顔は明るくて元気そのもの。同じ表現となってしまうが、少女マンガのヒロインとして渋谷や原宿を買い物していて違和感はない。異国の娘と言われてもピンと来ない。
「久しぶり。あはは、今日もはんてん?」
 少女はそう言いながら、草むらの上に降り立った。
 相原を見上げるその背は、相原の額に若干足りない。身長は150センチ少し。
「元気だったか?」
 相原は問うた。二人の会話は日本語である。欧州の王家を継ぐ彼女であるが、日本語は彼女が獲得した多くの言語の一つに含まれ、操るのに何ら不自由はない。
 と、挨拶を交わす二人の後方、船腹に開いた扉の位置に、白いローブの女性が姿を見せる。
 すらりと背が高く、髪が長く、しかしどこの国とも書けない……“異国”の顔立ちの女性。
「あ、どうも」
 相原は女性に言った。
「お久しぶりですね。お元気ですか?」
 流麗な、天界で奏でられるハープを思わせるな声音。
「ええ、おかげさまで。ではちょっと彼女お借りします。ところで日本語をいつの間に?」
「いいえ。これは彼女の意志です。彼女のままに。言葉も彼女から。それでは、この辺で」
「はい」
 相原が頭を下げ、少女と共に2歩下がる。
 スロープが格納され、船腹の扉が閉まる。
 相原は船から顔を背け、少女の半身をはんてんで覆い隠す。
 再びの暴風。月明かりの作った船の影が二人を横切り、上空へと舞い上がる。
 暴風が弱くなり、二人は上方を見る。
 船の姿が輝点に包まれ、再び流星となり西へ流れる。それは船の速度が異様に高いことを意味する。
.
(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-004-

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-1-
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 金曜日、夜10時。
 月明かりの草むらに相原はひとり立っている。
 桜の季節は過ぎたが、夜はそれなりに冷え込み、ジャージの上下にはんてんを羽織っている。
 腹の立つほどおしゃれの気配のない男である。
 周囲ぐるりと見渡し、無人であることを確認すると、携帯電話に何やら話す。
 変化が生じる。
 流星を思わせる白銀の輝点が西方から流れ来、相原の遙か上方、頭の上で静止する。
 相原は輝点を見上げると、地面にしゃがみ込み、後ろを向き、腕で顔を覆う。
 突然の暴風が生じる。それは相原の至近に中空より吹き下りてくるものであり、地上へ達した気流は四方へと広がり、まだ短い緑を吹き倒しながら流れて行く。相原は自らも吹き飛ばすかの如きその風に、低い姿勢でじっと耐える。
 月に照らされていた彼を何やら影が覆う。
 草原に伸びるその影の形は船。中世大航海時代を思わせる帆船。
 風と共に空から船が下りてくる。
 異様な光景である。だから相原は人払いをしたのだ。
 船底が草むらに接触する。
 風が収まる。
 相原は顔を上げ、そしてジャージとはんてんを手でパンパン払いながら立ち上がる。
 草原に船。
 マストは3本。但し、帆のあるべき位置には、工業製品の趣を漂わせる四角四面のパネルを抱えている。それ以外は、コロンブスが大西洋を横断した“サンタマリア”にイメージが近いか。
 船腹が一部奥へ動き、次いで右方へスライドして開く。
 スロープが現れて伸び、地上への昇降路を形成する。
 相原はその正面へ歩いて回り込んだ。
「じゃぁ、ちょっと」
 可愛らしい声。ポップで、ころんと転がるような、いかにも女の子の声。
 相原は小さく笑みを浮かべる。
「はい、しっかりね」
 若いがしかし、大人のイメージを与える別の女性の声が言い、スロープに人影が現れる。
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-003-

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「そんな冷静なもんかい。そりゃあんたが判ってないよ。だって本当にいるって判っちゃったんだよ?もうその子を呼んで会いたいの一点張りで薬も飲まなくなっちゃったってさ……あらこの姫さんすごいね。医療ボランティアで世界中を巡るだって。12カ国語堪能!?へぇ日本語もバリバリ」
 母親が雑誌をぱらぱらめくりながら言う。
 相原学は呆れたようにため息をつくと、パソコンに向かった。
 キーボードをカチャカチャ。
「調べてくれてるの?」
 母親がパソコンモニターをのぞき込む。相原学が字を打ち出しているのは、画面の片隅に開いているインスタント・メッセンジャー……インターネット経由で文字や音声の会話が出来るソフト……の子画面であるが、母親に、それがそれであると理解するパソコン関係の知識はない。
 次いで開いたのは理科年表。
「日曜満月なんだな」
「それが何よ。おまじないでもするの?」
「明日の夜お客さんが来る。1泊3食よろしく」
 相原学は母親に言った。
「何よ藪から棒に。冷たい子だね。かわいそうだと思わないの?」
「だからコレで会話中だったんだってば。藪から雑誌突き出して中断させたのは誰じゃ。向こう側でずっと待たされた相手がかわいそうだとオレは思う」
 相原学は画面を指さしながら言った。
「なんだい調べてくれてたんじゃなかったのかい」
「雑誌記事以上のこと調べて判ってどうしようっての。相手を待たせるのもたいがいに」
「ちぇ。わかったよ。客間に入れんだよ。他の部屋見せんじゃないよ」
「はいはい。あ、ネコ砂ないぞ」
 母親は買い物袋を再度手にし、キッチンへ去った。その足下をネコがちょろちょろ。母の帰宅はイコールエサの時間なので、ネコはくっついて離れないのだ。
「聞こえてんのかね」
 相原学は独りごちると、キーボードに戻り、メッセージを飛ばした。
『じゃぁ、突然で悪いけどよろしくね』
.
(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-002-

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「みっともない。社会人の自覚に欠けとるよ」
「そのうち慣れれば気力も出るさ。で、オカルトがなんやねん」
「それがさ」
 母親は“ご近所さん”の娘の名を口にした。小学校3年生。
 ……進行の早い病気であり、親は医師から“宣告”を受けている。
「……魔法使いがいつか来て、病気が治る、ってごまかしていたらしいのよ。そしたらこれ見ちゃった、って」
 母親は言い、女性週刊誌のページを開いて差し出した。
 見出しは“くるくる巻いてるような”飾り文字で、“最年少看護婦はお姫様”。その隣には東アジア人として親近感が持てる顔立ちをした娘の写真。パッと華やかな雰囲気を持ったショートカットの美しい少女で、少女マンガのヒロインのイメージ。スティックを持って馬の背に乗っている姿からして“ポロ”の最中。13歳とある。
「ああ」
 相原学はさして驚くこともなく言った。その記事には、彼女の継ぐ王家“アルフェラッツ王国”が、中世以前魔女を排出し、その血筋を現代にも伝えるとしてある。だから女系を守り通していると。ただ、魔女云々はおもしろ半分といった書き方であり、 “これが魔女?”と題して、中世の肖像画と、ティアラを着け盛装した少女の写真を、見開きの左右に並べている。
 相原学は雑誌を閉じて母親に返した。
「魔女の血脈を受け継ぐ、とされる少女の記事を読んでしまったと」
「そういうこと。いっくら『それは大昔の話で現在ではおとぎ話』と言っても、聞く耳持たないんだって。だもんで、あんたにこう、納得してもらえるような、説得力のあるお話しを何かデッチ上げ……」
「無茶言うな。それにそもそも、そんな風にごまかすこと自体が間違い。医療の進歩はめざましい、信じて薬を飲むべし、位のことを言うのがセオリー。おとぎ話じゃねーんだから。3年生でしょ?そんくらいの分別あろうが」
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(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】ミラクル・プリンセス-001-

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“彼女”はまだ登場しない。
 訪れるきっかけとなった、やりとりを先に。
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-序章-
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 メガネの男が1名、壁際にセットされたパソコンデスクに向かい、キーボードを叩いている。
 膝の上に開いた“理科年表”を見ながら何か書き込んだと思えば、唐突に笑ったりして、作業内容を知らぬ人間が見ればかなり怪しい光景である。
 男はまだ若い。着衣は上下とも青いジャージ。室内着としてもかなり“ダサい”姿ではある。大振りのコーヒーカップを度々口に運び、無精ひげに埋もれた顎のニキビをポリポリ掻いたりしている。まぁ、プライベートな時間であるから、そこまで書いたら可哀想な感じもある。
 玄関ドアの開く音がした。
「ただいま」
 熟年とおぼしき女性の声である。男の母親だ。
 少しあり、足音がし、パソコンデスク脇、リビングのドアが開いた。
 母親の両手には買い物袋。と、付き従いにゃーにゃー何かを訴える三毛ネコ。尻尾を母親の靴下に絡めたり、首の後ろを擦り付けたり。
「学(まなぶ)、あんたさぁ、オカルトな小説書くの好きだったよねぇ」
「なんだ唐突に」
 学と呼ばれたメガネ男は、面倒くさそうに答え、それでもキーボードから手を離して母親の方を見た。
 相原(あいはら)学、22歳。この春大学を卒業したばかりの電気エンジニアのタマゴ。背はそこそこあるが、どう見てもおしゃれ外見に気を遣うタイプではない。彼自身は“オタク”を自認している。趣味はファンタジー小説を書くこと。
「……そのヒゲ剃りなさいよ」
「毎日こう製造ラインでコキ使われると剃る気も失せるんだよ」
 メーカーの新人研修はラインで製品の製造実習……良くあるパターン。ただ、彼の発言はライン従業員の方々に甚だ失礼である。最も、呑気な学生から、いきなり9時5時で動き続けるという労働形態への移行は、率直な感想としてそうなるのであろうが。
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(つづく)

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