« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月

天使のアルバイト-016-

←前へ次へ→

 
「あなたの笑顔すごいステキ。お姫様というより……そう、天使だね、天使の微笑み。悩んでるなんて似合わないよ。新しい生活を、今度は自分の意志で、自分の好きなように作って行くんだから。過去は忘れよう。じゃ、段取りしとくから。まずは風邪引き治してね」
 由紀子は一気にそれだけ喋り、立ち上がって退室した。
 エリアは少し呆気に取られながら、しばらくの間彼女の去った襖を見ていた。
 なんて前向きに生きてる女の子だろう、と思う。そして、彼女から元気をもらえたのだろうか、小さな笑みが自然と浮かぶ。
 ただ、ちょっと引っかかるものはある。彼女の外見的印象と年齢の関係。
 単純に外見での判断の間違いはごめんなさいである。でも、そのことと、彼女の前向きさに相関がある気がしてならない。
 しかもその前向きさには、ナチュラルな、というよりも意図して、もっと言うと“無理して”という印象があるのだ。
 
 
 エリアの熱には翌日には下がった。
 そして、その代わりというのでもないだろうが、今度は由紀子が布団の住人になってしまった。
「あの……私がうつしてしまったんじゃ……」
 夕食に呼ばれながら、エリアは母親に訊いた。心配というか、申し訳ないというか。
「違うよ。確かに今まであんたのこと心配していて、治って急に気が抜けて、というのはあるだろうけど。あの子、小さい頃から良く病気してね。あまりにしょっちゅうなんで、医者からも、長生きできない、育たないと言われたくらいなんだよ」
「え?」
 予想外の言葉にエリアは声が出ない。
 冷たく暗いものを背中に覚える。それは母親の言葉に触発された、“何か” が心の隙を突いて忍び寄り、背中に貼り付いた、そんな感じ。
 そのぴたりと付着する“何か”は、他でもない“死”である。すなわち、ある瞬間から先が唐突に闇であり虚無。
 意識精神に怖がれと働きかける。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Baby Face~あとがき~

この二人がくっつくことが必然だったかどうか、作者のくせに私は知らぬ。
ただ見ていた限り、相原はレムリアに対してあるべき姿であろうとし、それは次第に彼自身を磨いていったと見られる。彼は彼女を守るべき存在にカスタマイズされたのだ。
相原はレムリアのために存在し、レムリアは相原を必要とする。それが成立すれば夫婦は必然である。
そしてその姿は、恋人の蜜月を飛び越し、法律上籍を入れていないだけの文字通り夫婦と言って良い。夫婦の定義は人の数だけ異なろうが、ことこの二人に関する限り一心同体と言っても良いほど強固であり、相互が信頼と絶対の安心を提供し享受している。これほどの強固な男女の仲を私は現実をも含んで多く知らぬ。
“初潮”という事象が女の子を一気に大人の女のステージに引き上げる、そんな現象が実在するのか半信半疑のままに私はこれを書いていた。しかし、これは驚くべきタイミングと言えるであろう、現実でそうしたドラスティックな変化点に遭遇するに至った。果たして私は父ではなく男として意識される(防空識別圏を設定される)対象になった。思えば妻も破水と共に母へと一気にメタモルフォーゼを遂げたのであり、女性の変化点とは案外そうしたものかも知れぬ。比して男の場合、相手を妊娠させる能力を持った程度の認識しかない。精通があろうが無かろうが女の子には興奮するのであり乳触りたいしキスしたい。だから、男の子にはその由来が何なのかキチンと教育し、暴走は他ならぬ大好きなはずの女の子を傷つけることになる。そう、経験に基づき教える責務を父たる男はすべからく有する。21世紀初頭現在の日本はその辺が欠けている。性的にはみな早熟になり、情報は盾も無く手のひらで取れるにも関わらず。
以上、主題の一。
二番目。これを契機に彼女は日本の女の子として新しい一歩を踏み出すことになる。二人結ばれてハッピーエンドと思いきや日本に迫り来る“こころ”を攻めてくる敵に備えるのだという。アルゴ号は物理的な攻撃に対して無敵であろう。比して“こころ”に対しては“こころ”で守るしかない。その敵が破壊するのは日本の価値観だという。しからば、それには彼女の心盤石にして孤独でないことが条件だったのであろう。
これを書いてる時点で日本はまさに物心両面で遠近各国・民族による安全保障上の揺さぶりを受けている。相手は金銭の多少と勝ち負けだけの世界観であり、共存共栄は口先だけの美辞麗句としてだけ存在する。言わずもがなそれらはアルゴプロジェクトの、ひいては彼女の価値観とも相容れない。他人を救うように動くことを基本とすれば争いにはならない。ただ、そうした“善意”と書こうか、善意をブラックホールのように吸収し続けんとする価値観を有する者達もまた存在する。彼らは正も義も無く、虚も実もない。口先だけの美辞麗句を弄して相手から善意を引き出して根こそぎ奪い取る。
彼女はそれを受け止める。そして挑戦するという。
日本の中学の制服を着た、彼女の姿をお目に掛けよう。
但し彼女は魔法使いだ。
2015/7/24 遙か西経より来たる台風の行く先を見ながら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天使のアルバイト-015-

←前へ次へ→

 
「え?」
 エリアは訊き返す。質問の意図が判らない。
「というと?」
「18以上ならアルバイト紹介するし、そうでなければ“家事手伝い”で店を手伝ってもらうし」
「ああ」
 エリアは頷いた。しかし何と答えよう。実は百五十年以上生きているが、まさかそのまま言うわけには行くまい。
「19」
 エリアは答えた。そう答えた理由はひとつ。アパート貸してくれるという言葉には甘えるが、せめて生活費くらいは自力で得たいからだ。“家事手伝い”では全ておんぶに抱っこ。
「あそ。判った。え?19?私より2つ上?」
「え?うん、まあ……」
 目を円くする由紀子に、エリアははにかみながら答えた。年齢相応に見えないのはある意味当然。人間さんの“天使の見えかた”に従うなら、“若い女”という至極アバウトな身体であるに相違ないからだ。
 と、思って気付く。由紀子ちゃんも17歳。
「ふーん。大体似たような歳かなくらいには思っていたけど……そうかあ、そうすると“エリカさん”て呼ばなきゃいけないかな?いや“エリカ姉さん”かな?」
 由紀子が首を傾げ、うーんと唸るが如く、少し真剣そうに考え込む。
 そのセリフと仕草にエリアはフッと力が抜け、笑った。
「いいよ今まで通りで。お友達会話……タメ語って言うの?それでいい。堅苦しいことなしで」
 エリアは言った。もう“本来の自分”は意識しない方が気が楽だ。“人間”として見聞きし、振る舞った方が、自分にはしっくりなじむ。だから、否、それであれば当然、名前は“エリカ”でいい。エリアという名は……そうなる日が来ればであるが……戻れる時に堂々と名乗りたい。
「やっと笑ってくれたね」
 由紀子が笑ってウィンクした。
 エリアはハッとした。そういえばここに“落ちて”から、楽しいと感じたことは今までなかった。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】Baby Face-90-終

←前へあとがき→

 

 レムリアはそのシーケンスを、終業の一部始終を、その目に収め記憶に留めようとした。もちろん、アルゴ号自体は今後も乗るであろう。ただ、これまでと立ち位置は異なる。
 それはこれまでの終わり、そしてこれからの始まり。
 オリエント急行に乗って来い……地球全体を瞳に収めたあの時から都合1年半。
 新しい始まりは傍らに共に歩む人。
 ぐいっと引き寄せられ抱きしめられる。
 全身を包まれて息止まりそうな程に抱きしめられる。
「お前が好きだ」
 夫となる人の声が頭の上で聞こえた。
 彼は自分の頭の上に己れの頤を載せている。痛いほど力強く抱き、そして途方もなく優しく、ゆっくりと、髪の毛と背中を撫でる。
 背も肩幅も、広げた腕も、全てが自分を包み込む。
 熱さと、若干の震えと、胸郭の膨張収縮。
 この身任せて共に行く。
 顔を見ようと見上げると、唐突とさえ言える動きで顎をくいっと持ち上げられてキスされる。
 時が止まる。
 首の後ろに腕絡めてぶら下がる。二人っきりの世界で時空が止まる。
「そのままぶら下がって」
 相原は唇を離して自分を抱いた。
 両腕に自分を仰臥させ、横向きに抱いた。
 少しのけぞってバランスを取り、両足を広げて踏ん張り。
 住宅街を眼下に納め、比して星々煌めく天空に向かい、お姫様抱っこで自分を抱えた。
「好きな女こうやって抱きかかえる感想を言葉にすれば、豪奢だ」
 相原はレムリアの目を見て言った。
「この上ない贅沢であり、美しく麗しい。お前世界一の女だ。こんな女他にいるか。絶対に離さない。そして付いて来い。一緒に生きよう。幸せにしてやる……古いな。お前が生きて行くために俺は全力を発揮する」
 相原の心を感じる。43キロは確かに重いがそれが豪華な質量だと彼は評す。
 男が獲得する至高の宝は女だというシンプルな認識。ジェンダー……それは本当は、男女の遺伝子的認識を無視した活動ではあるまいか。
「じゃ、行こうか。いつもの俺んちだけど」
「うん。下ろしていいよ。腰を悪くしたら将来に差し支える」
 二人の時間が、今始まった。
 レムリアは髪を伸ばし始めた。

 

Baby Face/終

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天使のアルバイト-014-

←前へ次へ→

「と、言うか、勘当ね。一種の。追い出されたの」
 エリアは言った。半分はウソであり、後ろめたいので、つい目を伏せる。
「ひっど~い!」
 果たして、エリアの言葉に、由紀子が大げさなほど大きな声で応じた。
「何で追い出すの?あなたみたいな素敵な女の子」
「素敵……」
 エリアは恥じ入る気持ちにでうつむいた。自分はそんな形容詞を付けられる存在ではない。“力”使ってテストをカンニングしようとした卑怯者。
「どうしたの?」
 うつむいたままのエリアを由紀子が覗き込む。
「ううん、ちょっと……」
 泣きたくなる。リテシア様の言葉が身に染みてよく判る。自分には“守護者”になる資格などないのだ。いやむしろ、こんな奴が守護者に付いたら、付かれた人間さんの方が可哀相だ。
「ねえ……私何か悪いこと言った?」
 心配げに訊く由紀子に、エリアは首を横に振った。
「大丈夫」
 顔を上げる。そのことを思い知るべく自分はこの地へ来たのだ、とエリアは納得する。ここで反省し、まず“人型生命体”として、“人格”を磨けと。
 由紀子が笑顔になった。
「ああ。良かった。それで相談なんだけどね」
 由紀子が切り出す。エリアは擂りリンゴをスプーンにとって彼女を見る。
「うち……不動産屋で、アパートに空き部屋があるの。家賃払うなら貸してもいいって母親が言うんだけど、どう?」
 エリアは目を剥いた。
 人間の言い回し“渡りに船”とはこのことを言うのだろう。それとも、これはリテシア様の差し金なのだろうか。
 どっちにせよ、家なしの彷徨い者としては、お言葉に甘えざるを得ない。
「……いいの?私なんか」
「うん。世間はどう言うか知らないけど、コドモの立場としては、コドモ追い出すような親の元にコドモ返したくないんだよね。なまじ家で不幸になるより一人で幸せを掴め、と。これは母親と意見が一致。……ところで歳幾つなの?」

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】Baby Face-89-

←前へ次へ→

13

 夜半、東京多摩地区。
「そうすると今後は君を迎えに来るのはここか」
 見回して船長アルフォンススは言った。丘陵地を開いた住宅地であり、一部残した丘の上に作られた公園である。とは言え草ボウボウの野っ原であり、照明も無いので、夜間は人目を気にしなくて良い。
「ええ、今後ずっと」
 レムリアは言い、相原の腕に腕を絡めた。
「これは照れるな」
 屈強でストイック。そんなイメージのアルフォンススが相好を崩す。
「まぁでも、たまには自分も正義の味方させて下さい」
 相原が加える。
「ふふ。その辺は機に臨み変に応ずということで。君はあくまで一般生活を営む日本の男性だ。そこだけは外さないでくれ。無用な危険は我々だけが負えば良い」
「されど妻を守る夫という立場でもあります。それこそ臨機応変に参加を要望することも」
 さりげなく、しかし明言。
 それが、好きとか、愛してるといった言葉以上に、重く、強く、レムリアには感ぜられた。
 今この傍らの168センチは、自分の残り半生を自ら背負うと言ったのだ。
 これほどの、これほどの強い言葉が他にあろうか。男女同権、ジェンダー活動知ってるが、夫君から感じるこの強さ快さは何であろう。
「よかろう」
 アルフォンススはそう応じ、男二人は肌色異なる互いの手を熱く握り合った。
「現時点より、状況により船長臨時代行を無期限で命ず。必要に応じ船を独断で呼びつけて良い」
「拝命しました」
「敬語は不要だ。我々は立場同等」
「されど気が引ける。アルフォンスス殿」
「まぁ、好きにしたまえ。では、我々はこの辺で」
「了解」
 耳に押し込んだイヤホンをタッチして各人の耳にピン音。
「ミッション・コンプリート」
 船が立ち去る。一瞬だけ空気を吹いて浮上し、帆を広げて横にして翼とし、滑空しながら向きを変え、途中から光子ロケットエンジンに切り替え、超高速で西方へと去る。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天使のアルバイト-013-

←前へ次へ→

 
「いただきます」
 一人呟き、お粥に箸を付ける。個体の食物を口に入れるなんて、前回はいつのことだったか。
 今後はこれを自分で稼いで、作らなきゃならない……。
 気が滅入る。それ以前に、彼女と同様、学校に行く必要があるのでは。
 人間の、女の子の、生活。
 既に守護者として認定され、任に着いた仲間達の言葉をつないで想像してみる。まず成長。苦しんで、努力して、迷って、悩んで、楽しんで。
 恋をして。
 そして……就職する?人間として?
 結婚して、家庭を持つ?
 果てしないかの如き道のり。
 箸が止まって途方に暮れてしまう。一体どうしろと……。
『同じ場所に住む人たちの協力のみで……』
 判らない。
 悩むと埋没するだけと知り、エリアは首を左右にして振り払う。今はいい。とにかく、“人間”なんだから、病気の後は食べた方が今は良い。
 10分後。
「入るよ~」
 由紀子が入ってくる。ガラスの器に擂りリンゴ。
「はいどーぞ。フルーツ苦手じゃないよね」
 由紀子が器をテーブルに置く。
 エリアはリンゴに手を付ける前に由紀子を見る。まだ、自分について、この母子に何も言っていない。人間世界世間一般において、それは恐らくは大変失礼。
「あの……」
「ん?」
 とは言え、何と切り出せばいいのか。
「私の……ことなんだけど……」
 我ながら変なセリフ。
 しかし由紀子は意図を理解したのか、ニコッと笑った。
「ああ、大丈夫、警察に言ったりとかしてないから」
「え?」
「家出してきたんでしょ?さもなきゃハダシであんなとこにいない。親とケンカしてその勢いで靴も履かずに……違う?」
 小首を傾げて尋ねる由紀子を、エリアはまばたきせずに見つめた。
 良くそんな風に考えられるものだと思う。
 そして、それは都合の良い誤解。ただ、当たらずとも遠からじ。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】Baby Face-88-

←前へ次へ→

 
 熱で軟化したブロックは、ぐにゃり変形し、破損部位に嵌め込まれた。破損部位よりブロックの方が大きいため、型に押し込んだ粘土のように、一部がはみ出た。
 ラングレヌスは素手で粘土細工をし、尚残る隙間に押し込み、それでもはみ出た部分はちぎって取った。周囲との境目段差は再度プラズマを照射して溶かし、溶けた部分を銃口部分で混ぜて融合、手でぺたぺた(!)叩いて平滑化させる。
「FSWはイギリスの特許だぞ」
 ぺたぺた、叩きながらラングレヌスは言った。それは相原の“溶かして・混ぜる”に対する物言いである。溶接の技法と理解されたい。新幹線電車の構体製造などにも使われている。
「金属じゃねーし。レムリアOKだぜ」
「レーザだね」
 レムリアはさすがに手順を理解した。今、一部白紙の魔方陣。
「こっちはいつでもいいぞ」
 船からの低い声。その声の持ち主……やはり大男の姿が甲板にある。甲板舷側には柵があり、それは並べた棒の間にワイヤを通したものだが、そうした柵棒のうち一本を台座に使って長大な銃を据え、こちらに向けている。
 大男はワイシャツネクタイに迷彩服。黒檀の肌の持ち主。船長、アルフォンスス。
「位置を合わせる。各位は魔方陣の外へ待避」
 その意図、モデル化された魔方陣の画像を蓋に投影し、現下刻まれている魔方陣に対し、不足部位をレーザ放って描き足す。
「待避よし」
「了解。照射開始」
 パチパチとパルス状の音がし、はめ込んで混ぜた石の部位で若干の煙が生じた。
 と、獅子吠えるような、ため息のような、低い声が響く。断末魔、否。
「集魔か」
「恐らく。錠がかかった故かと」
「造形完」
「ありがとうございます」
 レムリアは船長に答え、魔方陣の真ん中に立ち、手指を左右に振って呪文を唱えた。
「(……以上月の精霊の名において命ずる。許可あるまでここより出る(いでる)ことを禁じる)」
 実際はもっと長いが、終句のみ記す。
「終わった。元通り裏返して」
 もう一度エンジン噴射を使う。斯くて、光の力で再度封をし、
 伝承は成就した。
「じゃ、みんな居るし、もんじゃ作るか?」
「しゃぶしゃぶは?」
 相原は笑った。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天使のアルバイト-012-

←前へ次へ→

 
「あれ?あなた外国から来たんじゃないの?ブロンドだし……瞳もどっちかって言うと茶色だし……」
「ああ」
 由紀子の瞳に映った自分を見、ようやく合点が行く。自分の風体は日本人離れしているのだ。まぁ、確かに、異国は異国ではある。
「それなら大丈夫。それが証拠に日本語ぺらぺらでしょ。……ごめんなさい、お食事いただきます」
 エリアは申し訳なく頭を下げた。現状、自分ではどうにもしようがないのだ。悔しいが仕方がない。自分から“力”を取ったら、単なる無能なのだと痛いくらいに思い知る。そして、リテシア様は恐らくそこまでお見通しであっただろうとも思う。要するに天上の自分は、いわゆる“あぐらをかいていた”のだ。
「ん、判った。待ってて」
 由紀子が立ち上がる。
 その後ろ姿を見送りながら、エリアは、またぞろ初めての“肉体感覚”の存在に気付く。
 それは胃の辺りのもぞもぞ動く感じと、その胃を満たしたいという欲求。
 “空腹感”であるとようやく判る。
 同時に、これで幾度目だろう、自分は本当は、という……それは傲りと書いて良いかも知れない……認識が頭をもたげる。自分は今、肉体の、人間の属性を全て備えている。その代わり、天上における精神だけの状態がもつ特性は本当に全て失った。
 これからどうしよう。またそこに考えが行く。暮らすって、一体、どういう……。
 襖が開いた。
 折り畳みの小さなテーブルを持った由紀子と、お粥の小鉢を持った母親。
 テーブルがセットされてお粥が置かれる。由紀子が肩にはんてんを掛けてくれる。
「あの……何と言っていいのか……」
 これも何度目だろう。どうもすいませんしか思い浮かばない。
「いいよ『いただきます』で。あとでまた来るから」
 由紀子はウィンクして言うと、母親と共に部屋を辞した。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »