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2016年3月

天使のアルバイト-051-

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「はい。買い物カートから商品ボックスに落下。そこの床に転がっているスタンドで頭を切り、後頭部を床で打ちました。自発呼吸はありますが意識はありません。また、現在血は止まっていますが心拍は浅くて早いです」
 エリアはそこまで言い、隊員に幼子を渡した。
 隊員が幼子を見、小さく頷いて抱きかかえる。応じてもう一人の隊員が携帯電話を取り出す。なお、日本において救急搬送は、こうして救急隊員が状況を見て、それから病院に掛け合う、というパターンが多い。時間の浪費そのものであり、もどかしいことこの上ないのだが、制度と体制の不備であろう。なおもし、持病のかかりつけがあるなら、それを隊員に伝えると良い。
「了解しました。……これなら大丈夫でしょう。この子のお母さん。お母さんはいますか」
「は、はい」
 母親がようやく口を開き、進み出た。
「一緒に来て下さい」
「はい」
「不安な顔しないで。大丈夫、この子は助かりますよ」
 隊員は笑顔を見せて言った。
「じゃ、我々はこれで。後で不明点を電話するかも知れません」
 隊員が店長とエリアに小さく一礼した。
「判りました。よろしくお願いします」
 エリアが答えると、隊員らは背を向けて早足で歩き出す。その後を母親が小走りに追う。
 見送るエリアの肩に店長が手を置いた。
「良くやった。ありがとう。どうするね?ショックならこのまま……」
 振り返ったエリアに店長が訊く。精神的にショックを受けたのなら、このまま休みにしてもいいというわけだ。
「大丈夫です」
「そうか」
 店長は言うと取り巻きの買い物客の方を見た。
「お客様方お騒がせしました。営業を再開します。鈴木君に須藤君、後かたづけを。エリカ、君は精肉でシャワー借りて、制服も新しいのを」
「はい」
 エリアは答え、掃除係の二人に頭を下げてその場から去ろうとする。
 

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生(但し魔法使い)-35-

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 失神したのを確認し、変態の時と同様、左手首と右足首を背中越しにタイラップ。なお、タイラップは偉丈夫なら楽に切れそうな細さに見えるが、実際には切れる前に伸び、応じて皮膚下に食い込み傷つける。
「大丈夫?」
 キュッと縛り、男の子に尋ねると……男の子は雄々しく立ってそこにいた。
「魔法のお姉ちゃん、だよね」
 マジシャンとして何度も来ているので顔は知られている。
「今の、ジュードー?」
「そう」
「なら、僕でもできる。皆を助ける」
 男の子は言うなり、走り出した。
 それは、暴漢らが狙った場所への案内だとレムリアは悟った。
 走り出す彼について行く。孤児院は3階建て。1階が遊戯室と浴室、食堂。2階3階が寄宿舎。
 その2階。
「(意図したこと形をなさず)」
 溝口の声がし、次いでガチンとでも書くか、鈍い音。
 テレパスが痛覚の衝撃波を二つ捉えた。
 超視覚が作動し、起こったことを夕暮れのように見せる。暴漢共はどうやら溝口が少女だと知るや、二人がかりで襲いかかろうとし、そこで溝口がしゃがんだため、その二人が正面衝突したのである。
 ほぼ悶絶。
「これで」
 男の子にタイラップを渡す。
「はい」
 計4人片付けた。
「他には?」
 溝口に訊く。
「判らない。私はこの二人が最初」
 レムリアはテレパスでスキャン。溝口は3階を見上げる。子供とは思われない足音。
「上だ」
「挟み撃ちにしましょう。あなたは後ろから、私たちは向こうへ」
「はい」
 挟み撃ちというのは、寄宿舎フロア両端の階段をそれぞれ上る、の意。男の子が先に動いて階段を駆け上がって行く。その足は速く、先に階段の向こうに見えなくなる。
 悲鳴が上がって多数の足音がバタバタ。子供達それなりに気付いて逃げていると知る。
 セレネから通信。ピン、という音がPSCから。
 

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天使のアルバイト-050-

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「ありがとう」
 エリアは包帯を受け取ると、傷に巻くべく幼子を腕から解き、そのことに気付く。
 出血が止まった。
「おお!」
 見ていた中年男性から声があがった。
 幼子の意識は変わらず不明ではある。しかしエリアには判っている。この子は危機を脱している。
 安堵の気持ちで包帯を巻く。自分の知る限り、深い傷口は動かさない方がいい。
 実はこの時、エリアは、安堵のゆえに小さく笑んでいた。これが追々“笑顔の素敵な娘がいる”と口コミで広がることになる。しかし、もちろん彼女は、意識して笑みを作ったわけではない。
 近付くサイレン音。
「救急車だ」
 誰かが声にする。エリアは包帯を巻き終わった幼子を胸に抱いて立った。頬から、腕から、そして制服の上から下まで赤黒い血の染みを付着させ、一見襤褸を纏うが如き姿で立った。
 再度幼子の様子を確認する。安らかな呼吸。
 彼女は、次いで、幼子の母親を見た。
「大丈夫。この子は助かる」
 断言する。根拠はない。だが、大丈夫であるとなぜか判っている。
 そして、自分の断言が、今の母親の精神の安定に何よりも有効であるとも判っている。
 血にまみれ、幼子を胸に抱き、横目で命の維持を宣する、金色の髪を持つ少女。
 その姿には麗しいまでの強さがあり、威厳がおのずと光のように放たれ、周囲の人々に感じさせた。しかし、それがそのような言葉に変換できる感覚であると、人々は知らない。ただ、エリアを見つめたまま、誰も、何も、言わない。
 サイレンの音が大きくなって来、程なく止まった。
 店長が走って、店外へ出て行く。
 少しして戻ってくる。背後には白衣の救急隊員が担架と共に続いている。
「彼女が抱いてます」
 店長の案内により、隊員が彼女に近付く。
「その子ですか」
 

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生(但し魔法使い)-34-

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「(意図したこと形をなさず)」
 溝口が口にすると、男はドア前の煉瓦敷きと庭土との段差に足を乗り上げ、バランスを崩して転倒する。
 勿論その程度でダメージは受けない。即座に立ち上がろうとし、しかしその額に触れる繊手あり。
 セレネであった。触れるだけで失神させてしまう。何らか超常の手法で精神意識系に衝撃を与えたのである。
「外は私が。お二人は中へ」
「判りました」
 溝口がそのまま遊戯室へと入り、一方レムリアは教会エントランス側へと回る。
 エントランスの扉はゴシック様式。内鍵がなされていたが魔法の前には無力。
 開くと丁度、巨漢が幼い男の子にのしかかろうかというところ。なお、性的暴漢は相手の性別を問わない場合が多い。
「(意図したこと形をなさず)」
 この術は、あたかも偶然そうなったかのように行動を阻止するものだが。
 どう働いたのか、巨漢はレムリアを見るや、目を見開いて飛びかかってきた。
 自分が片付けろと。
 が、驚きも狼狽もしない。レムリアが来日して習ったことが一つある。それを実習せよということであろう。
 果たして前のめりに襲いかかる巨漢の腕の片方を取る。
 そして、しゃがみ込むように巨漢の胸元に己が身を滑り込ませ、腰を男の身体に押しつける。
 飛びかかってくる勢いに載せて、腕を引き、腰で弾き上げる。
 柔道の一本背負い。
 相手が自分の身体を乗り越えたと判ったら腕を離せば良かった。競技としての柔道であれば、頭を打たないようその後の身ごなしが決まっているが、これは違う。
 斯くして巨漢はその運動エネルギを保ったまま、投げ飛ばされ、教会扉の柱に激突した。
 自らの運動エネルギによって上下逆さまに叩き付けられ、そのまま頭からずり落ち、首がぐにゃりとなり、俯せに倒れる。
 

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天使のアルバイト-049-

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 そのフレーズは、天上世界の典雅な響きを持って舞い降り、事象の意味をエリアに教えた。それは新生児と母親の間に在する不可視のやりとりであり、一卵性双生児が持つシンパシーに類似するものである。
 幼子の身体が熱い。
 エリアは何が起こったか知った。
 生命力の発露。
 それは、人間という以前、地球生物としてDNAに刻まれた底力。
 この発熱は、命の炎。
 知る。今この命は生きようとしている。小さな身体が生きようとしている。
 自分の願いに応えて……か、どうかは判らない。が、精一杯生きようとしている。それは確か。
 頑張って、と彼女は呼びかける。頑張って。そう、大丈夫だから頑張って。生きようとして。
 大丈夫だから。絶対に大丈夫だから。
 店長が走ってきた。
「包帯だ!」
 その声に、エリアは目を開け、店長を見上げた。
 店長はエリアを見、そのまま、まばたきを忘れた。
 電撃を食らったかのように身体を瞬間、びくりと震わせ、言葉を失う。
 その時の店長の様子をどう形容すべきであろう。宇宙空間において、スモッグも雲すらもない、“無垢の太陽”を見た飛行士は、その輝きに母を見、そして神を感じて言葉を失うというが、それに近いものであろうか。
「……ああ申し訳ない」
 それでも店長は我に返り、包帯を差し出した。そうさせたのは店長という立場と、男性であることの本能、すなわち父性の持つ責任感である。それはパワフルな雰囲気を周囲に放ち、重心が低く落ち着いた気配を持たせ、周囲に安心感を付与する。その変化は、彼がエリアに“無垢の母性”を見たとすれば、その故に彼のDNAに秘匿されたスイッチがオンとなり、瞬間の父とした、と説明が付く。ちなみに、人類は群れとして生きてきた経緯から、母性や父性の発露は、血縁には左右されない。
 

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生(但し魔法使い)-33-

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 地球の丸みを超えて月が見える。ダイナミックな視界の展開。
 30キロも上昇すれば視界は最早宇宙そのもの。
「甲板を光圧(こうあつ)シールドで保護」
 セレネの声を得、甲板へ出る。
 溝口が息飲み凝固するのが判る。
 暗黒の宇宙があり、足下には巨大な球体があり、“夜”が街の灯火を数多の宝石のように煌めいてあり、球体の向こうには後光のような光条が伸びる。その先には太陽があるのだろう。球体と光条の接するところに薄いベールのような膜があり球体を覆っているのが見え、それが大気の層と知る。その囲むベールのなんと薄いことよ。
 そして、振り向いて目を戻すと、視界奥方には半月が虚空にぽつんと浮かび輝く。
 レムリアは、目を戻した溝口に、頷いて見せた。
「(我唱える解き放つ力この身へ降らせ意図したこと形をなさず)」
 地球のありさま見せてあげたいが時間が無い。目と目が合ったその瞬間に術を放つ。指先に月と同じ色の輝きを得て彼女へ放つ。
「あっ……」
 溝口を閃光が捉えて人の形に彩る。彼女は一瞬に目映げに目を細め、次いで思い出したように頷いた。
「これでいいの?」
「うん。下ろしますよ」
 船が一気に降下する。夜間なので黒い視界は変わらないが、くすんだ感じが汚れた大気の印象をもたらし、人間世界へ戻ったと教えてくれる。
「透過シールドを解除します。子供達は本船を知っているのでしょう?」
「はい。お願いします」
 斯くて孤児院の庭に突如帆船が巨体横たえ。
 その舷側から少女が二人飛び降りる。
 溝口はメガネ型の端末を装備している。建物の構造が透けて見え、そこにセンサが捉えた赤外線の画像が重ねられる。人があればそのシルエットが動き、誰がどこにいるか判る。
 一方レムリアはテレパシーで十分である。
 遊戯室から庭へ繋がる扉が開いた。
 飛び出してくる女の子、追ってくる巨漢。
 

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5年目の3月11日金曜日に寄せて

公開開始は未定だが、東北地方太平洋沖地震を対象とした物語を掲載する。主人公はレムリアであるから、応じてアルゴ号の物語である。端的にあの船を救助活動に投入したら、何が出来て、それでも出来ないことは何か。

経験した方ならば、事前に自力で逃げ出すことと、後で罹災者を救出するのとでは、パフォーマンスも「確率」も大幅に異なることはご承知であろう。

実際の大災害に空想の船を持ってきて救助の物語に仕立てるなんざ、不謹慎の極みと憤る向きもあるかも知れぬ。しかしそれはシミュレーションとして、今後起こるであろう南海トラフを視野に入れた時、事前告知と救助活動で不足していること、今の技術で可能な内容を浮き彫りにするであろう。そこに自分の経験を記録として埋め込むことも目論む。経験の記録自体は備忘と伝承のためにやっておきたかったことだからだ。作文でも良いのだが、物語ならより現実感を持って経験を生かせる。

利用だという批判に正当化するつもりはない。ただ、形はどうあれ、最大の慰霊は再発防止であり、同じ事態に対する犠牲を減ずること。と私は信じる。そのためには何が起こるか、机上検討出来る範囲は可能な限りやっておくべきである。理屈と箇条書きでも良いかも知れぬが、物語の体をなすことにより、実感的・具体的に考えられるはずである。私はあの揺れとその後を知る者として、今現在名古屋の地にいる重き責任を自覚している。

委細は追ってまた。今度こそ、全ての人が逃げられますように。

東北地方太平洋沖地震。人的犠牲21839(理科年表2016・2015年3月公表値)。関東大震災以来の、21世紀に日本で生じた、自然災害。

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天使のアルバイト-048-

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 それは守りたいと感じた対象に対するナチュラルな情動でもある。考えてそうしようとしたのではない。言うなれば“天使の流儀”か。この時、彼女は自らの力が封印されていることを意識してはいない。
 目を閉じて指を這わせ、傷の位置を意識する。
 “治れ・止まれ”という気持ちを、その傷口に送り込む。
 ハンカチを通し、手のひらに感じる脈動。
 その脈動の都度、傷口から血が溢れる様が思い浮かぶ。
 それに対し、脈動が静まる様をイメージする。血の流れが収まる様子を意識に描く。幼子の頬を撫でさする。
 そして呼びかける。頑張って。幼き身体よ大丈夫だから頑張って。
 呼びかけながらエリアは強く願う。その強い願いが身体を更に熱くする。それは傍目には焦りとも必死さとも映るかも知れぬ。人は“何とかしたい”という気持ちを抱くと、発汗するような感覚を生じる。全身が熱を持ち、その熱が血流に乗って更に身体の隅々へと流れ出す。
 この時のエリアは、幼子を抱き、血にまみれ、しかしただじっと目を閉じ、そして汗だくになっているという状況である。異様な光景と言って良く、ゆえに傍目を彼女に集中させ、同時に黙って推移を見守らせることによって、パニックの芽を摘んだ。
 エリアは自身の発熱を認識した。
 意識したのみならず、炎のような熱さを自分の身が実際に発していることに気が付いた。
 手のひらに感じる脈動は収まったわけではない。だが、その傷口の状況が指先で子細に判る。この身体を満たす熱いものが、傷口に何らかの作用を及ぼしていることを感じ取る。
 そして気が付く。
 幼子の脈動と、自分の鼓動とが、全くタイミングを等しくしている。
 ハーモニーを奏でるように、二つの心臓が同じタイミングで拍を打つ。
 “命のシンクロ”
 

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【魔法少女レムリアシリーズ】転入生(但し魔法使い)-32-

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 言うなれば絶対の友達。親友という物言いを超えた魂の結びつき。
 そしてそう、それは多分、自分の使命。
「私はあなたの委細を問わぬ。ただあなたの友であると約束する」
 断言してみせる。そして自分自身理解する。これで良い。
 この言葉は強い。
「レムリア」
 注意を喚起するセレネの声。
 意識を振り向けた瞬間、何が起きているかレムリアは把握した。
 アムステルダムで良く通った孤児院に暴漢が押し入っている。
 しかも集団である。目的は……性的暴行。
 正面スクリーンは夜明け前であり、教会併設の当該施設が映っている。そこに赤外線センサでモニタされた画像が重ねられてあり、逃げる者と追う者とが映っている。
「レムリア。私たちだけで対処する必要があります」
「はい」
 対処。銃器自体は船にある。対人攻撃できない設計だが得物の無力化には使える。
 ただいかんせん大男が扱う設計で10キログラム以上、銃身も150センチはあり、自分が取り回すには効率が悪い。
「相原さん。さっきと同じ魔法を私にも掛けて」
 溝口が言った。それは意外ではあったが当然の申し出のような気もした。
 そうしろ、という運命の導きなのだ。彼女は確信した。
 天の意志。
「判りました。月明かりが必要です。甲板へ」
「はい」
 とはいうものの北米に比してこちらは夜明けに近い。当の月は地平線に沈んでしまった。
「月が……」
 地球上では見えない。
 ならば。
「大丈夫」
 レムリアは言うと立ち戻り、舵手席の舵を手にした。
 上下左右はジョイスティック型。その左右にはレバーがあってこれで加減速。左右にあるのは出力を左右別々にコントロールする等を目的としたもので、通常船舶や重機などでも見られるタイプ。
 そこでレムリアのしたこと。ジョイスティックを手前に引き倒し、船を一旦遙か上空へ。
 

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天使のアルバイト-047-

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 止血を試みる。ポケットからハンカチを出し、傷口を強く押さえる。
しかしこの程度では出血は収まらない。ハンカチがあっと言う間に真っ赤になり、なおかつ、押さえる指の間から血が溢れてしたたり落ちる。幼子の意識は回復しない。床面で頭部を強打したせいであろう。顔面は蒼白。
 これは自分の手に負えない。
「しゅう君っ!」
 母親であろう。悲鳴に近い声が背後で挙がり、若い女性が人垣を押しのけてエリアの傍らに飛び込んできた。
「しゅう君!どうしたのしゅう君!何が起こったの…」
 取り乱す母親。口元をわななかせ、その場で右往左往。
 こういう場合、口で何を言っても恐らく無駄である。“子どもは大丈夫”という現実がその場に認められない限り、収拾がつかない。
 店長が飛んできた。
「怪我だって!?」
「はい。血が止まらない。薬局から三角巾と包帯を」
 エリアは普段通りの口調で言った。言ってから、その口調がこれ以上のパニック伝搬や増幅を抑えるに最も効果的であろうと頭の隅で認識している。
「判った。救急車は手配させてる」
 店長が走り出す。取り巻きの客が隙間を作って店長を通す。
 誰かがハンカチを差し出してくれる。エリアは一礼してそれを受け取り、止血動作を続けながら、幼子の様子を見る。
 変わりはない。意識なく顔面蒼白。心拍が浅く早い。
 それは心臓からの悲鳴である。出血でショック症状を起こしかけている可能性がある。
血を止めなくてはならない。
 この幼子に、自分が抱いた幼い命に、自分の腕の中で、何かあってたまるものか。
 助けるよ……エリアは祈りながら、傷口に沿って手のひらを押し当て、そのまま幼子を包み込むように抱きかかえた。
 母の気持ちはこれか、という認識がある。熱い蒸気のようなものが身体を満たし、更にあふれて包むような感覚。
 

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