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2016年8月

天使のアルバイト-073-

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「あはははは!」
「エリカ、笑いながら食べると胃がよじれて良くないよ」
「だったら笑わせないで」
 でもとにかく楽しくて仕方がない。
 食事が終わる。ただ、エリアには、おいしいというより面白いという印象の方が強い。もちろん、釜飯自体は美味だったのだけれど。
 店を出、クルマにガソリンを追加してから山道を登ってゆく。カーブが多いが、父親の運転技量の関係でスピードは出ておらず、不安はない。
 その代わり。
「お父さん。後ろ数珠繋ぎ」
「え?」
 由紀子の声に父親がミラーを見やる。するとなるほど後方にクルマが列をなしている。すなわち、父親の運転速度が平均以下であるため、後続が彼らの車に追いついてしまったのである。
「ヘタクソはここらでいっぺんどかないと険悪な圧力が背後から…」
「くっそ~」
 父親はクルマを左脇に寄せる。すると、直後のアベックが彼らを睨みながらアクセルを無闇にふかして追い抜いてゆく。
「20……21……22台だよ。あーあ、バスにまで」
 由紀子が抜いてゆくクルマを数えて言い、そのバスの排気ガスを浴びて咳き込む。
 エリアは気が付く。そのバスはさっきの男の子が乗ったバスだ。周囲には湖などもあるので、経由地の関係で自分たちの方が先になったのであろう。
 車列が途切れた。
「行くぞ」
 クルマが再スタートする。今度はバスの後ろなので、追いつかれても申し訳なく思う必要はない。
 九十九折りを登り、尾根伝いに走り、目的地……高原美術館の駐車場にクルマを入れる。
 父親は例によってやり直し。
 その間に女性陣で美術館の入場チケットを買いに行く。同じ駐車場に子供達のバスも止まったが、子供達が行くのは美術館ではなく、その隣に広がる、なだらかな起伏を描く草っぱらの方だ。開放感一杯という様子で子供達が駆け出して行く。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-024-

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「ありがとう」
「よく判んないけど、これで、行くんだよね」
「そう、凄い風が吹いて水しぶきが舞うから、みんなには下がってもらって」
「判った」
「おばあちゃんを……お願いします」
 彼女はVサインで応じ、船へ向かってハシゴを馳せる。
 甲板へ降り立つ。傍らにはそのハシゴを下ろした大男。迷彩服を着、身長2メートル、金髪碧眼。
「ありがとう」
 彼女は言い、ハシゴの格納に手を出そうとする。と、大男がニヤリ。
「まだ早えよ。始まってもいねぇ。中へ入れ。後はやっとく」
 大男は顎をしゃくった。
「お願いします。みんな下がって!水しぶきが飛びます!」
 声を発すると、衆目から走り出てきたさっきの男の子。
「お姉ちゃん魔法使いなの?」
「ちょっとね」
 ウィンク。
「行くぞ」
 大男が言い、ハシゴを引き上げると、応じて船の下部から空気が吹き出される。
 徐々に空気圧が増し、応じて池の水が飛ばされて舞い始める。
 遊園地相応の“空飛ぶ船”を見ていた衆目は、それがおとぎの世界の産物では無く、応じた動力システムを有する超近代化機械と気付いたようで、水しぶき避けるように距離を取る。
「いいぜ」
 甲板の男が言うと、船はバシュッと一発、後方にエアを吹き、水を飛ばし、自らを浮かび上がらせ、
 白銀の矢となって北東の空に向けて疾走した。

 

 

 相原学は作業服にヘルメット姿で会議室にいた。
 リモコンを操作してスクリーンを下ろし、空飛ぶ円盤の模型のような機器をテーブル中央にセットし、ネットワークのケーブルを繋ぐ。
 開けてある会議室ドアの向こうを先の課長が通りがかり、舌打ちする。
「何をしとるんだお前は!」
 しかし相原は答えない。
 説明している時間はないのである。
「おい、相原!」

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-023-

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 端的には通信機である。耳にはめて程なく、ピンと甲高い音が聞こえた。信号受信。および、
“まもなく到着するが準備は良いか”
「Roger」(いわゆる「ラジャー」)
 レムリアは答えて、耳栓機械を指先でタッチ。
 機械先端のボタンを押した。これで、通信確立に伴うピン信号(ping)が送られた。
「来たから、行ってくるよ」
 レムリアは走り出す。走り出した彼女を見、園のスタッフが制止をかけるが、聞くわけに行かぬ。
「ちょ、姫」
「姫ちゃん待って全然わかんな……」
 仲間達は追いかけて来た。
 そして、目撃することになった。
 園内の池に、それこそ、この園がテーマとする魔法の国よろしく、空から船が降りてくるのを。
 ピーターパンの旅立ちのように、大きな帆に風を孕んで、帆船が空から降りてくるのを。
「あ、ピーターパンの船!」
「再開するの?」
 幼い声や、いぶかしむ声。
 船は水鳥のように着水し、向きを変えてすーっと進み、岸壁に立つ彼女の方へ。
 三本マストの帆船である。サイズは中世大航海時代、大洋横断に使われた帆船に匹敵する。ただ、畳まれたその帆の姿は四角四面であり、近代工業製品のそれと認識させる。
「了解」
 彼女は答えた。実際にはこの前に『近づけないから甲板からハシゴを下ろす』という声が来ている。カーブしたプラットホームでは列車との間に隙間ができるが、同じ理屈で池のサイズと形状から接岸できない。
「あの……お客様……」
 スタッフが背中で声をかけるが、応答も説明もどうにもなるまい。程なく甲板に男が現れて伸縮式のハシゴをガラガラ伸ばしてこちらへ突き出す。
 レムリアはそれを手で受け、目の前、金属柵の上に載せた。
 余震が来、ハシゴと岸壁の部分が動く。
 すると、抑えるいくつもの手が伸びてきた。
 仲間達の手であった。

 

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天使のアルバイト-072-

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 父親が合流。テーブルに何も無いのを目にし。
「あれ?まだ買ってないのか?」
「銭」
 母親が手を出す。
「持ってるだろうが」
「財布にあるけど財布がいやがって出てこない」
「しょうがないな。ホラ」
 父親が紙幣を出し、母親とエリアが連れ立ってカウンターへ向かう。釜飯は常時大量生産状態であって、待ち時間は必要ない。前払いし、横で受け取る。
 釜が揃って程なく昼食となる。由紀子は結局、この地の特産であるリンゴやブドウを材料に使ったスナック菓子を買ってきた。
「いただきまーす」
 釜の蓋を開く少女二人。
“天上より遣われし者、釜飯を食らう”
 そんなフレーズが頭に浮かび、エリアは一人ひそかに笑う。仲間うちで自分くらいのものだろう。しかし、それを自慢できる日が来るかどうか判らないことに気付き、ふと不安になる。
「エリカ?」
 由紀子がエリアの変化に気付いて声をかけた。
 と、変化なんか気にもとめない父親が。
「娘達~」
 と呼び、小型のデジタルカメラを構える。
 二人は箸を片手にカメラに向かってピース。
 の、背後に母親が顔を入れてシャッター作動。
「お前な。俺は娘達が可愛いから撮ってやろうと」
「私も娘ですよ。私の母親から見れば」
「そうか?360度上下左右、どこから見てもいかにも母親って感じだが?」
「そうしてしまったのは誰さ。忘年会でイヤに酒を勧めるなって思ったら、気が付くとこんな」
 母親、由紀子を指差す。
「ああなんて不憫な娘でしょう。愛じゃなくて酒の勢いと若気の至りで出来たなんて」
「ああ母さん。私って不幸なのね」
 二人抱き合って泣き真似。
 エリアは例によって笑いすぎて食事が進まない。こんな家族漫才やるほど仲のいい家庭って他にあるのだろうか。
 殆ど観客の気持ち。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-022-

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 戻る。衛星を発呼し数秒、相手が出た。
『来ると思っていましたレムリア。大きな地震のようですね』
 ハープを思わせるきらびやかな女声の応答。英語である。以下、レムリアも同じく。
「ええ、アルゴ号しか無かろうと思います。学も了解済みです。彼には地上側を頼みました」
『判りました。今各員招集中です。3分くらいで向かえると思います。船は……遊園地のようですが差し向けてよろしいですか?』
 アルゴ・ムーンライト・プロジェクト。高速飛行帆船アルゴ号を使った地球規模の極秘人命救助隊。
 極秘。その故は使う道具とメンバーの超常的能力による。軍事的に標的・簒奪の対象になりやすく、そして科学の常識を覆す。ゆえに危難パニックにある人に狂気を招聘する可能性を有する。
 しかし、この場所、恐怖する子供達もいる状態。何より説明せずとも百聞は一件のしかずの説得力を持つこと。ならば。
「構いません。透過シールドも不要です。燃料はフルチャージではないはず。極力抑えましょう。中に池があります。そこに下ろして下さい。本船で一瞬でも子供達の気が紛れればそれも一役」
 レムリアは言った。
『そういうことですか』
「ええ、じゃぁ、お待ちしてます」
 電話を切る。
「みっちゃん」
 田立のこと。
「……何?」
 涙止まらず。
「おばあさまの住所を、あと、写メがあったらここに書くアドレスに送って。探すから」
 生徒手帳のメモ欄を切り取り、ペンを走らせる。
「探すって……」
「救助隊のコンピュータ使って画像認識システムに掛ける。道行く人や防犯カメラのデータ拾って比較が出来る」
 メールアドレス書いた紙を渡し、生徒手帳をウェストポーチに戻し、耳栓の様な機械を取り出して耳に押し込む。救助隊の機械である。

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-021-

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 もちろん、津波を知らぬ者の無い日本では被害規模に差は出よう。だが、放っておいても大丈夫、では決してない。大体、今聞いた限りですら、テレビの物言いとUSGSの数値には大きな開きがある。
 すなわち。
 テレビの言う3メートル6メートル、それより遙かに大きな津波が来るんじゃないのか。
 その可能性こそが周知すべき内容ではないのか。
「気仙沼って……どうなるの?」
 レムリアは少し怖い気持ちで訊いた。
 田立が押し黙ってレムリアを見つめる。
『誰かの親類がお住まいかな?きわめて危険だ。直ちに逃げるべき町だ。ただ、現地が停電していたりすると情報が周知されない可能性がある。防災無線が機能してればいいが』
 その時、田立の心配に対して、レムリアが持っていた答えはただ一つ。
「アルゴ号を出そうと思う」
『ああ行こう、俺も……』
 相原はすかさず応じたが。
「学はそこに残って。道具とかの問題じゃなく、宇宙船だって地球側管制がいるでしょ。日本の地勢や政府の動きを知る人の情報と指示が欲しい」
 相原は僅かな躊躇……否、衛星電話ならではのタイムラグ。
『了解した。行け。行ってその誰かの親族と、三陸に住まう皆さんを多く助けろ。いや……』

 

 日本を助けてくれ。

 

「了解。じゃぁ次は船で」
『判った』
 レムリアは電話を切り、発呼し直す。
「みんなごめん、私救助隊に参加して三陸行ってくる」
 隠しておく事態ではない。が、当然、班員達の反応はきょとん。
「は?」
「姫ちゃん何言って……」
「今更だけど溝口さんの見立ては実は正解で……先生に言っといて。姫様時代のボランティアに空飛んで向かいましたって」
「ちょ……」
「溝口さん知ってるの?」
 困惑する仲間達に、しかし説明しているヒマは無い。なお、溝口という娘はレムリア自ら班に引き入れた。彼女は少し心のケアが必要な部分があり、自分と自分の味方のそばに居た方がいいと思ったからだ。その経緯で自分の出自を教えてある。必要最小限は説明してくれるだろう。

 

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天使のアルバイト-071-

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 母親が娘達を食堂へ向かわせる。エリアは興味津々で周囲を見回す。有名な店だけあって、駐車場の車は多い。長距離とおぼしきトラック。スーツ姿で携帯電話をかけながら、お釜をたくさん手にして車に乗り込む営業マン。それは社に持ち帰るおみやげだろうか。そして遠足のバス。
 そこでエリアは思わず足を止めた。
「どうしたの?」
 由紀子が見ると、エリアは遠足バスに乗り込む子供達を見ている。小学校の3年か4年か、そのくらい。
「知ってる子でも?」
「ううん違う……ただ……ホラあの子、下向いてる男の子」
 エリアは指差した。みんな楽しそうに喋っている中、一人だけ、辛そうに下を向いている男の子がいる。
 由紀子も気が付く。
「乗り物酔いか……辛いんだよあれ。バカにされるから尚辛い。なった人間じゃないと判らない」
「かわいそう……」
「君たち何見てんの?」
 母親が二人に声をかける。男の子はコンベアの荷物のようにバスに乗ってしまう。
「いえ別に」
 エリアは諦めてバスから目を離し、母親について歩いて行く。どうにか出来るという気がして仕方ないのだが、どうにもしようがない。
 由紀子が、そんなエリアを不思議そうに見ていることに、エリアは気付かない。
 店内に入る。ドライブインであるから洒落っ気はない。たくさんの椅子が並ぶ大きなテーブル。食事を出すカウンター。左半分は売店。
「謎のお菓子謎のお菓子~♪私は釜飯でいいんで後よろしく~」
 由紀子が母親に注文を頼み、早々に売店へ入って行く。
「?」
 エリアは由紀子を指差しながら母親を見る。彼女は一体何を?
「ああ、あの子ね、いつもおみやげもらうばかりだからね。お返ししたいんでしょ。その地方でしか売ってない怪しい限定版のお菓子買うんだって」
 エリアは頷いた。嬉しそうにあれこれ品定めする由紀子の姿。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-020-

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 レムリアはワンセグテレビ氏の言葉を無視した。知り得る情報に差があるのだから仕方がない。なお追って気象庁も8.4から8.8、更に9.0に修正することになる。これは気象庁が独自の算式で使っていたマグニチュード(気象庁マグニチュード)の性質と、地震計の上限を越えた震動により、正しい規模が速算出来なかったことによる。一方、USGS・アメリカ地質調査所は、文字通りアメリカの機関であるが、遠地であるが故に正しい地震波形が確保でき、算式も異なっていたため、かなり早い段階でその巨大な値を導出していた。ちなみにこれを機に気象庁もマグニチュードの表記、算出法を、USGSと同じモーメントマグニチュード(記号Mw)併用としている。
「周知した。他には?」
 レムリアは電話に向かって言った。危険を言うとパニックになるから慎重に、とは良く聞く言葉で、周囲が自分の物言いに動揺していることが手に取るように判る。なるほどな、と思う。
 だが隠して手遅れになるより、見知ってすぐ動けるならそうした方が絶対にいい。“慎重に”の裏は“パニックを抑制する適切な対処法を指示できないから責任を問われたくない”があり、そうした経験が言わせたのであろう。一見正論だが絶対に自己保身の詭弁だ。
『OK。だから津波が心配だ。非常に大きな物になる。早いところで15時には3メートルから場所により6メートル。ただこれはマグニチュード7.9としての推測値だろう。東京がここまで揺れたからにはUSGS速報値の方が多分近い。スマトラ並みだよ』
「スマトラ……」
 2004年12月26日スマトラ沖地震。マグニチュード9.1。津波の死者はインド洋周辺国で22万。Tsunamiという言葉と現象が世界的に周知された歴史的災害である。

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-019-

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 なお、この遊園地は埋め立て地に建築されており、追って駐車場や周囲の駅頭、住宅地は顕著な液状化現象を呈するのであるが、この園内にあってはそうした現象は観測されなかったようだ。
 当然、リアルタイムでそういう現象は観測されていない。ならば、この園内にとどまる分には危険はまずない。それがレムリアの結論。なお、実際の沿岸部、河川近傍では、液状化による地面変形、噴砂、河川からの排水逆流などが生じうる。“避難”が容易に出来ない事態がありうる。立地の性状を把握されたい。
「繋がらない!うそ、やだ、おばあちゃんメールとか出来ないし」
 田立の手元が震え、目からは勝手に、であろう。涙がぽろぽろこぼれ落ちる。
 関東エリア千数百万人が同じように携帯電話で……を試みているに相違なかった。繋がるわけがない。もちろん、現地も。
 でも、自分は違う。
 田立の肩を、レムリアは握った。
 見返す田立の涙顔をまっすぐ受け止め、
 衛星携帯電話を取り出し発呼する。
 発呼先は当然相原学。会社の電話はIP電話。すなわちインターネット経由と聞いたのだ。だったら、自分が衛星携帯であることを考えれば、
 一般電話回線は一切経由しない(衛星-米国アンテナ-海底ケーブル)。
 呼び出し。繋がった。
『無事か』
 相原はまずそう来た。逆に言うと彼も無事。
「詳しい情報が欲しい」
『宮城県沖地震の化け物だ。マグニチュードは気象庁は7.9。ただ、USGSの速報値は8.8だ。これはみんなに伝えてくれ。日本史上最大の地震だ』
「判った」
 レムリアは躊躇無く周りに声を発した。
「震源は宮城県沖、アメリカ地質調査所の速報値でマグニチュード8.8だそうです。日本が経験した最大の地震だそうです」
「なんだそりゃ!」
「おいねーちゃん!さっきから嘘言ってんじゃねーぞ!」

 

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天使のアルバイト-070-

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11
 
 翌日。
 エリアは沢口家の車に乗って、その高原へと向かった。
 都心を横切り、中央高速に入り、小仏を越えて山梨県内へ進行してゆく。
 富士山をやり過ごし、甲府盆地を横切り、八ヶ岳を右手に見ながら長い坂を上って長野県。諏訪湖を望み、程なく諏訪インターチェンジで一般道へ。
 一般道へ降りてすぐ、大きなドライブインがある。ただ、その店はどちらかというと著名な駅弁“峠の釜飯”の本家本元で知られる店で、当然、そこでも釜飯が食べられる。
「昼飯ここでいいかい?」
 由紀子の父の提案に、後席の娘二人は一も二もなく頷いた。
「安くあげようと思って」
 助手席母親が鋭く指摘し、観光ガイドブックを閉じる。母親としては、高原リゾートに良くある小洒落たレストランを狙っていたらしい。
「何を言うか。日本の食文化のひとつの到達点がこの釜飯だ。その昔、列車が碓氷峠を越えるのに1時間以上かかっていた頃、旅人に少しでも温かいまま食べられるお弁当を、という、発案者の日本人ならでは的発想によってできたのがこの釜飯だ。エリカちゃんは外国暮らしが長かったんだろ?だったらこうやって折に触れて日本の食文化の神髄を実体験させてあげるのが……」
「こじつけのいいわけもそこまで来ると芸術だね」
「何を言うか、事実だぞ」
 父親は(ムキになった子どものように)胸を張った。ちなみにその通り事実である。釜飯伝説の力説を続けながらクルマを駐車場に入れる。
 区分け線に対して車体が斜め。
「へたくそ」
 娘の指摘。
「父親の面目丸つぶれ」
 母親の的確な事態把握。
「うるさい。ほれ、者共、中入って席を取っておれ」
 父親は車庫入れをやり直すようである。女性陣に先に下りるよう要請。
「はいはい。行こう、姫達」
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-018-

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 屋外なので破壊や落下の音もない。それもまた、パニック減少効果。
 ただ、各所建物の駆体はコンクリートの概念を覆すようにねじれてギシギシ軋み、ガラスは歪んで風景をグニャグニャ映し、今にも割れそう。植えられた木々は大きく揺れてやはり軋む。葉を持つものはバサバサと音を立て、
 何より大地地面が引きずるような音を発する。遠雷のそれに似た、ゴロゴロとした音が地面一帯から生じて空間全体に充満する。恐怖と、しかし立っていられない現実との帰着として、徒競走のスタートのように腰を浮かせ、足と手で身体を支える。
 男の子の手だけは握って。
 長周期震動と通常のユサユサとした揺れの重なりはここでも感ぜられた。位相が合致して振幅が大きくなった時は応じて地面がゆらりと動き、そこここで人々は身体を持って行かれてよろめき、驚きの声が上がる。
「おお」
「すごーい」
「こりゃ凄いわ」
 そして逆相になった時の“右と左に同時に動く”感覚は違和感に伴う悲鳴を引き出した。
「や、や、や、何これ」
「変。おかしいよ何この地震」
「終わらない。何これ何なの?」
 三半規管が対応できず“酔う”感覚。それが長続きし、パニックを誘う。
 もう一度何か言おうか、レムリアが思った時、誰かが声を発した。
「宮城県沖で震度7だってよ」
 携帯電話のテレビ……ワンセグの音が聞こえる。
「宮城!?」
 鋭敏な反応を見せたのは班内の田立(ただち)という娘であった。
「宮城県沖ってマジ?あたし気仙沼(けせんぬま)におばあちゃんが……」
 震える手で携帯電話を取りだし、発呼を試みる。
 震動は段々収まる傾向を示す。レムリアは男の子に頷いてから立ち上がり、周囲を見渡す。同じように各所で人々が集まって座らされており、照明柱類が大きく揺れているのが見える。だが特段、施設や舗装面へのダメージ、出火は無いようだ。

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-017-

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「お客様!しゃがんで!」
「スピーカーから離れて下さい!」
 スタッフの声。上ずり気味になるのは仕方がないか。
 対し、客は幾らか悲鳴を上げたが、阿鼻叫喚への遷移は無かった。
 ただ、それは、パニックと言うより、想像を絶する恐怖に固まってしまったと書いた方が適切と言えた。
 レムリアの目の前で男の子が母親に抱きすくめられ、それでも怖いのか、がたがた震えるので、思わず一緒になって男の子を抱え込む。
「あらありがとう」
「いいえ怖くて当然。でも、大丈夫だよ」
 男の子の背中をさする。手を握り、頬に手を触れる。
 地が、震(な)った。
 大地は自身が巨大な発音体となり、無数にちぎれるような音を立て、そして捻れるように動き、左右にも動いた。それは巨大な生き物がのたうつようであり、海面をスローモーションで見るかのよう。地面が波打ち走って行くのが目で見える。
 しゃがめ、の意味を理解する。そも、立っていられない。
 本物の巨大地震に遭遇したのだと意識が結論を寄越す。
 PA用スピーカーポールが倒れ、伴い若干の悲鳴が生じるが、直ちにスタッフが現場に駆け寄る。
 彼らはどれだけ訓練を受けているのか、レムリアは感銘を受けた。普通なら、自分自身怖いはずであり、どこかへ逃げたいはずである。起震車で馴らされたのだろうか。まぁ、どうでもいいが。
 ポーンと鳴って自動音声放送。「ただいま地震を感じております。お客様にお知らせします。当施設は安全です。ガラスから離れ、スタッフの指示に従って下さい。詳しいことは判り次第随時お伝えします。Attention……」
 以下英語で同内容。落ち着いた、明瞭な発音の男性の声だ。
 それはブザーやサイレンを使わないことも含め、甲高くキャーキャー喚く女の悲鳴と対極であり、落ち着かせる効果を持つのは明白であろう。

 

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天使のアルバイト-069-

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 男は店長を塀か何かの如く押しのけ、エリアへ向かおうとした。
 男が、エリアに、暴力を用いようとしていることは、明らかであった。
 人生の半分以上ケンカしてきたであろう男の拳である。常識で考えて、少女であるエリアに何も起こらないわけがない。
 しかし。
 エリアと男の間に店長が身を挺す。その動作は極めてナチュラルであり、恐らくはラグビーで培われた“体が覚えている動作”なのであろう。
 男の体が、体育会系の店長の接触を受けた。
 男の体は押しのけられるようによろめき、
 そのはずみで、自ら叩き付けたタマゴのパックに足が載った。
 流れ出ていた中身でパックが滑る。
 そこからは1秒も要しなかった。
「あーっ!」
 あられもない男の声に、布地の破けるビリビリという音と、ぐき、という、筋骨の変形するイヤな音が混ざった。
 そして、店内の時間が数瞬、停止した。
 それは、バレエのフィニッシュのように足を前後に180度まで広げて、ぴったりと床面に座った男。
 および。
「あ、ズボン破れてるぅ」
 子供の声。
「ぱんつぱんつー。パンツ丸見え~」
 別の子供。
 しかも、男はその姿勢のまま失神しており、口からは泡が出ている。
 衆目がドッと笑う。なんと男は自ら“股裂き”の如き状態になった上、ズボンが破れ、しかもそのまま失神してしまったのである。
 加えて、破れて(ピンクの)トランクスが覗く股の付け根には、タマゴの黄身と白身がべったり……。
 無様そのものであり、さすがのエリアもぶっと吹き出す。しかし同時に、こうなるとケガ人。恐らく、股関節が抜けてしまい、激痛ショックで失神、というところであろう。
「店長、救急車呼びます」
「あ、ああ」
 ヘタに動かすわけにも行かず、男はそのまま3分間、オブジェのようにそこに放置され た。そしてその姿勢のまま、担架に乗せられ、病院へと運ばれた。
 この間時、由紀子の母親が、“不思議”という以上の目線をエリアに向けていたが、彼女はそれに気付いていない。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-016-

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 今度は携帯電話アドレスからであった。相原が机の下から発信したもの。
「巨大地震、3分から5分揺れる」
「ウソでしょ?」
 同じく班員で仲良しの溝口(みぞぐち)が声を高め。
 その言葉が終わらぬうちに主要動が到達。震度3クラス。
 文字に起こせばゴッという音と共に様相が変化し、観客が一斉にどよもし、遊園地スタッフが反応した。
「皆さん地震です。しゃがんで下さい」
「施設内は安全です。立たずに屈んで下さい」
 スタッフの女性男性一名ずつ。両腕を開いて周囲の客を一カ所に寄せ集める。それは落ち着いた誘導であった。両腕を広げて行動制止、および、手のひらを頭にして守る動作を繰り返す。
「頭を守って下さい」
 全員がしゃがみ込み、ショーの方がスタッフの所作から尻切れトンボになるまで30秒ほどか。
 揺れが続く。
「終わらないね」
「3分から5分続くって言ってたし」
「何それ」
「めちゃくちゃ長くない?」
 3分から5分続く……その時点であらかじめ継続時間が判ったことは、彼女たちからパニックの芽を一つ摘み取ったことになったのかも知れない。
 30秒。
 周囲がざわつき始める。
「長い」
「何これ」
 パニックの芽。
 レムリアは立ち上がった。
「皆さんこの地震は長く続くようです。どうぞ落ち着いて。スタッフさんの言う通り頭を守って。もし怖いようなら足踏みするのも有効なようです」
「おいコラねーちゃん、いい加減なこと言ってるんじゃねぇぞ!」
 底の浅そうな男の発言。が、言い返す前に、1分30秒の“その瞬間”。
 確かに北東、丑寅の方角より、大地の鳴動が走ってくるのが聞こえた。
 身体で、感じられた。
 蹴立てて走ってくるような、ゴゴゴゴという地響きであった。
 ギシッ、大地の音であった。
 大きな揺れが遊園地を見舞う。ユサユサと左右に揺れる。

 

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