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2016年11月

天使のアルバイト-086-

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「佐藤ドクター」
 看護師がドアをノックした。
「はい」
 中から返事。低く、落ち着いた感じの男性の声。
「沢口さんの、家族の方です」
「どうぞ」
 これは意図してそういう声にしている、とエリアには判る。早口や上擦った声は、聞く者のパニックを煽るだけ。
 看護師が扉を開けた。
 ソファセットがあり、テーブルを挟んだ向かいには、白衣の医師。
 と、その隣、若い女性。
 女性の方がすっと椅子から立った。
「沢口さん……」
 3人を見る困惑したような目。
 電話の声の主。すなわち
「担任の樋口(ひぐち)です。あ、あなたがエリカさんね。由紀子さんから良く聞く……」
 樋口という名の担任教師は、それだけ言うと、あとは黙ってエリアの顔をじっと見つめた。
 そしていきなりエリアを抱きしめる。
「ありがとう……来てくれてありがとう……」
 涙でも流しそうな声で言われる。
 エリアは、自分も涙が出てくるのではないかと思いながら、担任教師の肩にそっと腕を回した。
「一番大事な友達ですから……」
「そうね、うん、そうね。当然よね。そうね……」
 担任は繰り返して言い、ゆっくりと腕をほどいた。
「とにかく、お座り下さい」
 頃合いを見計らい、佐藤という名の医師が促す。
「はい」
 両親が席に着き、担任が自席に戻り、エリアも腰を下ろす。
 両親の目が医師に向く。担任は誰の目も見ることもなく、うつむいたまま。その手を膝元に引き据え、ギュッと拳を握って。
 エリアはテーブル越しに担任のその手を握る。担任がハッとしたような目をエリアに向ける。
 医師が息を吸った。
「由紀子さんを担当させていただくことになりました、循環器科の佐藤です」
 まずは尋常な挨拶。
 しかし。
「今回はいきなりのお呼び立て、大変驚かれたことと思います。由紀子さんは学校で意識不明となり、急患として当院に搬送されて参りました」
 固唾を呑む両親。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-050-

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 この船、ここで救うのは自分達。
 アルゴ号は舳先を故意に水没させ、文字通りおやしお丸をすくい上げた。
 ギィと軋んで甲板に船体が載る。折れた舵。ぐにゃりと曲がったスクリュー。
 甲板からこちらを見やる漁師の皆さん。
 その向こう。漂う大きな影。ピン2発。すなわち。
『重油タンク接近!浮上する。INS準備できない。耐衝撃注意』
「何か掴まって下さい!」
 レムリアは“おやしお丸”と甲板に声を発した。
 加速Gが印加され、グッと身体が押しつけられる感じがし、船体が大きく傾いて転進しながら空中へ飛び上がる。
 上昇し、気仙沼の港湾周辺が一望の下に収まる。黒い水が覆い、各所に炎。更に港の中心では、流された船が渦巻くように動いている。
「なんだこりゃ……」
「終わりだ……」
 漁師のお父さん達から声。おやしお丸の船内は8人とか、生存96。
「ねえちゃん。AEDとか言ったが?これだ」
「しかしすげえな。空飛んでんだ?」
「ありがとうございます。高台へ向かいます。子供達と、介護施設のお年寄りと、皆さんが現在乗っている状態です。下ろさせていただいて、引き続き救助に向かいます」
 高台の学校に多く避難していると把握して急行し、船を下ろす。爆風起こすわけには行かず、帆を広げ、滑空して校庭へ。
 船が別の船を載せて空から降りて来たわけで、尋常ならざる光景となったわけだが、説明しているヒマは無かった。
 子供達が動いてくれ、ストレッチャーのお年寄りの搬出や、AEDの装着と作動、及び学校内部の大人への報告に走ってくれる。
 おやしお丸にはハシゴを立てかけ、アルゴ号を経由して下りていただく。ここで船内救助者は一旦ゼロだ。
 イヤホンにピン。
『大船渡に戻るぞ。座標登録した各戸が危ない』
 それは気仙沼に来る前、“後で助ける”としてマークしておいたところ。

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-049-

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『さすがにハーケンではきついだろう……甲板、総員操舵室に待避せよ。おやしお丸をそこに載せる』
 船長の断。
「了解」
『了解』
 レムリアは銃を柵から外した。
「みんなありがとう。この上に別の船を載せます。みんなは船の中へ移動して下さい」
 子供達に甲板下へ通ずる階段を示した。
 その階段から、ラングレヌスが顔を出す。
「みんなこっちだ。操舵室、ゼロベクトル解除よし」
「解除する。流入する波に注意」
 風圧を停止すると単なる空間であり、風呂の栓抜かれたように周囲から施設の屋上より海水が流れ込む。
 巨大な排水溝に流れ落ちる滝の如し。どうどうと流れるその油臭さと色の黒さ。明らかに重油の如きものが漂っているのであった。相原の危惧するようにこの油はやがて火炎をまとってこの港を覆うのであろう。

 

 火を消すはずの水が、街を沈めながら、なおかつ、火を広げて回る。

 

 津波は、浸水だけでは終わらない。

 

 船長からピン。
『流入に乗っておやしお丸接近。先回りしすくい上げろ。甲板待避完了したか?』
「救護者は待避完。残っているのは乗員だけです」
 レムリアは答えた。自分を抱き支える腕あり。両肩にアリスタルコス、ラングレヌス。頼もしい大男の双子。なお、彼らはダイビングスーツに似た防弾のツナギ作業着を着ており、腰元からはランチャーと同じワイヤが出ていて、船の柵にフックを掛けている。転落防止。
『了解。おやしお丸に救助する旨のモールス送信。甲板は各自注意』
 大男達の腕に身を預け、自分自身の固定。船の柵とウェストポーチを下げたベルトをワイヤでつなぐ。
“おやしお丸”が傷だらけで視界に出現した。焦げ跡や無数の擦過痕、塗料痕。巨大建造物や他の船舶との衝突、炎の中をくぐり抜けてきたことを物語る。挙げ句にたどり着いた、自分達の船。

 

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天使のアルバイト-085-

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 余程のことに相違ない。
 看護師は頷くと。
「あ、はい……お待ちしてました。こちらになります」
 即座に答え、一同を先導するようにきびきびと歩き出す。その応対に、由紀子の症状は“極めて”重篤であるとエリアは判断する。
 さもなければ、こんな短時間で、言われてすぐ判るほど、看護師さん達に浸透していない。
 要は、彼女の容態変化に目を光らせろと指示が出ているのだ。
 不安と怖さ。
 イヤな、イヤな、とてもイヤな感じ。
 その感じを抱えながら、看護師について行く。病室エリアを抜け、診察エリアを抜け。
 歩く。ほんの十数秒の時間が、数十メートルの廊下が、拒否したくなるほど長い。
 その廊下の突き当たり。
 幅の広いドアの部屋。
「お嬢さんはこちらです」
 その部屋のドアパネルを見、3人は一様に身体をびくりと震わせた。
 ICU……集中治療室。
「どうぞ」
 ドアを開かれて中に入る。しかし、看護師の足はそこで止まる。
 ガラス越しに並ぶベッドと、物々しいばかりに並ぶ医療機械類。
「あ……あの……由紀子は……由紀子は一体……」
「申し訳ありませんがご家族様でもこの先の入室はご遠慮していただく状態なんです。……あちらになります」
「え……」
 ガラスの仕切越の向こう、看護師によって示された由紀子の姿に3人はそのまま声を失った。
 ベッドに横たわり、輸血、輸液の真っ最中。しかも心電図装置が接続され、ベッド全体がビニールのカーテンで準無菌室処置にされている。
 両親から声が出ない。
「現在のところ状態は安定しています。詳しい状況は担当の佐藤が説明いたしますので、こちらへ」
 看護師はICUを出、診察室エリアへ一旦戻る形で3人を案内する。示されたドアパネルには“カンファレンスルーム”。すなわち、医師と患者、及び家族が話し合いを持つ場所。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-048-

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『そのまま二重丸を維持しろ。2秒で発砲』
 漁船が動き、丸と丸が重なる方向、画面にカウントダウン。足を前後に開き、銃把を両手でしっかり掴んで正面に引き据え、肩当てを胸骨に密着させ、指をトリガに。液晶画面で照準するので首を傾げてスコープ覗く必要はない。
 発砲する。プラズマガンは要するに火の玉を射出するが、その際急激な空気膨張を起こす。その圧力を集積し、飛翔体を発射するのがこのランチャーである。
 爆竹破裂するような音がして火の玉が出、同時にハーケンが尾を引いて流れた。火の玉を出す、すなわちロケットエンジンを一瞬発火するようなもので反動が凄いが、船の柵に載せてあるので身体に感じる衝撃はない。
 精密誘導の如くハーケンがワイヤを引いてベルマウスに投入される。
 チェーンに比して糸とすら表現できそうなハーケンのワイヤであるが、軽量頑健なカーボンナノチューブである。なお、ワイヤは伸縮性を持ち、細くなりながら伸びて行く。
 イヤホンにピン。
『無線でもモールスでもいい。“おやしお丸”は本船が捕捉した。現下の救助活動終了後、安全な場所まで誘導する。送れ』
 相原の指示。とはいえ、船のコンピュータが彼の指示に従うようにプログラムは済んでいる。
 イヤホンにピン。ドクターシュレーター。
『おやしお丸より返電。貴艦の対応に感謝する。救助活動に手伝える内容はないか』
 レムリアは割って入った。
「心臓の悪い方が数名いらっしゃる。AEDを搭載していればお借りしたい。送れ」
『救助完了』
 ラングレヌス。これで船内は生存89。犠牲6。
 甲板から下を覗くと男達がウィンチにぶら下がり、帰投中。
 相原からピン。ピン二発は緊急。
『引き波に変わる。がれきが流れ出してくる。内奥の火災がこっちに来る。漁船は吊ったままで飛べないか?』

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-047-

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 プラズマガンを手にする。質量15キロ。全長150センチ。オプションの熱膨張グレネードランチャーを先端にかぶせ、ハーケンも最初からワイヤ付きがあったので持って行く。
 甲板に上がると驚きの表情が彼女を迎える。長大な銃器を背負い、槍のような器具を携えた姿は女戦士と見まがうが如し。
 救助に銃器。拒否感覚える向きもあろうが、彼女の方針は一つ“使える方法は皆使う”。
 相原からピン。
『舷側フェンスにハーケンのバックフックを引っかけろ。来るぞ。チャンスは一度だ。ハーケンをランチャーに放り込め。ターゲットシステムをタブレットに呼び出せ』
 相原は次々指示した。以前、船の取扱説明書を“読んで聞かせた”関係で、彼の知識は船長同等。
「はい!」
 対して彼女は言われたことを意識する(脳内で復唱する)だけで良かった。PSCと略される耳の穴に仕込んだ装置は、脳波から指示を取り出す機能をもっており、考えただけでタブレット等は反応する。
 ハーケンのワイヤ先端フックを舷側フェンスの縦棒に引っかけ、ハーケンをランチャー先端から放り込む。
 銃身をどっこらせでフェンスの上に載せ、銃身上の溝にタブレットを押し込んで照準機構準備良し。
 船が作る風の壁の向こうに銃口を向ける。港湾火災(後に大火となる)の煙の中から、左右に大きく揺れる漁船が現れる。
 アルゴ号からの風圧を受けて傾き、進路を変える。
 タブレット画面に二つの丸が入ったスコープが現れ、二つの丸を合わせろと表示が出る。片方が標的で片方が銃の向いている向きだ。銃の向きを合わせれば良い。
 狙っているのは船の“錨”。更に言うと船体に空いている錨のチェーンが出入りする穴(ベルマウス)。船は錨を降ろしたまま流されているようで、チェーンが垂れて水中へ伸びている。逆に言うと穴を狙いやすい。
 タブレット二つの丸が重なって二重丸。穴の大きい小さいは距離に差があることを示す。命中距離よりやや遠い。

 

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天使のアルバイト-084-

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 以上、病院について、妙に詳しく父親はエリアに語った。それは、タクシー内でまんじりと座していられない心理状態を意味すると共に、その病院の持つ技術力に望みを見いだしていることも表していた。
 タクシーが病院車寄せに乗り入れる。
 3人は下車し、花屋が併設されたエントランスを横切って受付へ向かう。
 女性が応対し、名前と来院目的を告げる。
「……循環器科の佐藤先生になります。当院に以前おいでになったことは?」
「ありますがそこには……」
「ではご説明します…」
 見取り図を出され、極めて事務的に循環器科の位置を教えられる。受付ロビーを斜めに横切り、階段ホールを抜け、エレベータで11階。
“患者家族”を意味する青いバッジを受け取り、エレベータホールへ急ぐ。呼びボタンを押すと上向きのランプが点灯、2つ隣の表示ランプが点滅し、そちらが間もなくやってくることを示す。3人は移動し、ケージの着床を待つ。
 チャイムと共にケージのドアが開き、数名が降りるのを待って乗り込む。ボタン11を押し、閉じボタンを押す。同乗する者は無し。
 ドアが閉まり、ショック無く加速上昇して行く。別に待たされたわけではない。途中別の階に止まったわけでもない。スムーズに乗り込み、スムーズに11階へ向かっている。
 しかし、時間が異様に長く感じられてもどかしい。焦燥感とはこのことを言うのか。
 ……9階、10階、そして11階。
 ケージが減速して着床する。チャイムが鳴り、扉が開いた。
 と、丁度通りがかった女性看護師がチラッとこちらを見る。
「あの……沢口由紀子の家族の者ですが」
 その看護師を捕まえて、父親はいきなり言った。
 それは……表情にこそ出さないものの、自分と同様の焦燥が、狼狽が、父親の中に存在することを意味する。電話の口振りからして、由紀子が学校で倒れるのは良くあることなのだろう。それに馴れているはずの父親がここまで。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-046-

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『オレだ。アルゴ号に漂流漁船が接近している。漁船には人体存命の反応あり』
 相原が言った。タブレットにはレーダ衛星の画面があり、漁船がこちらへ流されて来る様子がCGで描画されている。
 レムリアの一瞬の沈黙を、相原は迷いと受け取ったようだ。
『その風圧が漁船を押しのける。アルゴに衝突することはない。ただ放っておくと漁船は流される。ワイヤハーケンをランチャーで打ち込め。今の救助が終わるまでアルゴにぶら下げろ』
 彼の言葉に記憶が巡る。南極クレバス下へ救助活動に行った時のこと、船の持つ銃器の一つ“プラズマガン”にオプションの砲身を取り付け、ハーケンを氷壁に打ち込んだことがあった。
「了解!ファランクス!プラズマのオプションはどこ?」
 レムリアは訊いた。“ファランクス”とは双子兄弟を彼女がまとめて呼ぶ時のあだ名。どっちでもいいから教えてと言う意味だ。なお、ファランクスとは古代ローマの“密装歩兵”を意味する語である。
『オプションは武器庫奥の予備電池の隣だ。ハーケンもそこにある』
 アリスタルコスであろうか答えた。相原との会話から彼女が動くと判断したようだ。
『重いからな。あと、プリチャージがいるからまず電源入れろ。PSCで動かせ』
「ありがと。一度使ったよ。……ごめん、ちょっと別の救助をするから同じ要領で頼んでいい?」
 アリスタルコスに答え、搬送を子供達に依頼する。
「あ、はい。わかりました」
「気をつけて」
 強い瞳に託して走る。船の銃器を手にするのは久々である。その南極活動の後、それこそ相原を助けるために銃器抱えた。
 ハシゴを登り、保持ユニットを通り、運び込まれたお年寄りの状況をそれぞれチェックし、酸素吸入器を調整したりし、船倉内先端にある武器庫へ走る。イヤホンのピンでロック解除。ドアを開くと黒光りの長身。

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-045-

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「お願い。それからあと3人、私と一緒に来て欲しい。ベッドをワイヤにくくるんだ。」
「それなら私が!」
「オレも」
 女の子二人と男の子一人。一緒に甲板から下へ降り、更に伸縮ハシゴに掴まって暴風の屋上へ降りて行く。ちなみに暴風は上から下へ吹くエアカーテン状に制御されており、屋上へ降りた風は外へ吹き広がる。カーテンの内側は立ち歩くのに不自由はない。
 大男二人がベッドを運んで建物の中から上がって来た。
 ベッドの上にはお年寄りの女性。酸素スプレーを口にあてがい。
『レムリア保持室の前へ』
 セレネの声が聞こえ、舷側の扉がスライドし、開いた。
「了解です。みんな、ワイヤの先がリングになってるでしょう、そこへベッドの足を通して」
 大男が体力に物を言わせてベッドを持ち上げ、その間にレムリア達4人でワイヤ先端の吊り輪をベッドの足に通した。
 ベッド両脇の柵を起こして転落防止。
「ウィンチ上げて!。下に女の人がいるでしょう。その女の人のところで停止!」
 彼女は甲板の男の子に指示した。保持室……生命保持ユニットは船倉部に作り込まれており、レムリア達のいる屋根上と甲板の間に当たる。
「判りました」
 ウィンチが動き出す。任せて良かろう。右舷側でも同じく引き上げ準備。とはいえ既にワイヤのリングが通っている。
 左舷側ベッドが上昇し、扉の開いた保持ユニットの前で停止。そこにもいつの間にか3人ほど児童が来てくれ、お年寄りを4人がかりでユニット内のベッドに担ぐ。
「ありがとう、ベッドごと下ろして」
 ベッドをそのまま搬送機に使う。要領が判れば後は動いてくれるだろう。レムリアはハシゴに手を掛け、生命保持ユニットへ向かおうとする。
 その時。
「お姉ちゃん!」
 甲板から危難の声。同時にイヤホンにピン。

 

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天使のアルバイト-083-

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 エリアはその目が見られない。何か濡れるものが視界を邪魔して父親の像を結ばせない。
「大丈夫かい?」
 父親は卓上のティッシュをくれた。
「すいません」
 拭き取る。ここで泣いてどうする、という気持ちがようやく沸き上がる。確かに非常事態だが、どんな事態なのかまだ判っていないではないか。
「大体判ったと思うが、由紀子が倒れて病院へ運ばれた。で、ちょっといつもの医者じゃ手に負えないらしくて大きな病院へ。すぐ行くから店閉めて。それから僕が用意している間に明代(あきよ)に電話を。君も一緒だ」
「判りました」
 父親は言いながら、慌ててパソコンを終了させる。
「明代に伝えて。駅の出口で落ち合う。時間は12時。クリーニング屋の看板の前」
「はい」
 エリアは答えると電話を手にした。
 鼓動が激しくなっているのを感じる。指先が鼓動と共にびくびくと震える。その指先を反対側の手で抑えながら、沢口明代……母親の携帯電話にダイヤルを始める。
 母親はすぐに出た。
『もしもし?』
「あの……エリカです。あの……あの……」
 
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 市内の総合病院。
 周辺の市町村を含めても大きな方で、駅から1キロほどのところにある。広大な駐車場を有し、複数の病棟を並べている。権威と呼ばれる医師や、博士、或いは名誉教授の号を持つ者も在籍し、学会発表レベルの大手術を執行することもあるという。ただ、沢口夫婦としては、ここに“機械的”という印象を持っており、由紀子の主治医をここから選ぶつもりはなかったという。患者が人間ではなく、ベルトコンベアに載った修理品のように扱われている気がしてイヤだというのだ。先の正月の風邪のように、行きつけの休診時に仕方なく訪れることがある程度、だという。
 
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-044-

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 その間にラングレヌスは女性を背負ってハシゴを登ってきた。83名目。
『施設内部は12名。捕獲座標を端末送信。屋根の2カ所を切るので内部へ進行せよ』
『了解!レムリア頼……いやいい、副長に任せる』
「判りました」
 レムリアはタブレット画面にセレネの姿を確認する。ラングレヌスが運んできた女性を保持ユニット内で迎えている。
 息が続くまで我慢……を通り越し、失神したのであろう。ともあれ、セレネが受け手で動いてくれるなら、自分が今行く必要は無い。なおこの間、屋根にはレーザで穴が開けられ、直下のフロアへ入り込める状態。
 その時。
「あの……」
 下半身ずぶ濡れの女性に声をかけられた。
 小学校の養護教諭という。肩からベルトでAED装置を下げている。
「私で良ければお手伝いできますが……」
「頼んでよろしいですか?」
 レムリアは言った。気遣い躊躇いするヒマはない。
 生きている人は今は戦力。
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます。副長、養護教諭の方にお手伝いいただけます……そこの階段を降りて右手です。ミニ病院みたいになってるところがあります。そちらへお願いします。我々は生命保持ユニットと呼んでいます。この無線機を耳に。船長、私動けます」
 ポーチの中から耳栓型の機械を女性に手渡す。
『了解。現在我々が建物内部を捜索中。6名は心肺停止。6名を救出する。ベッドごと釣り上げる。両弦よりリフト用意』
「判りました」
 タブレットを操作する。舷側にはワイヤのウィンチがあり、ベッドごと吊り上げ、可能である。
 少し人手が欲しい。下でウインチのフックをベッドに引っ掛ける者。上でウィンチ操作する者。
 レムリアは甲板に声を発した。
「男の子二人!これとこれの上下操作を頼める?ボタン押しだけだから」
 両舷のキカイを指さすと、即座に挙手あり。

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-043-

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 水に没した屋上の柵に掴まっている人あり。
 息続く限り掴まっていようというのか。
「はしごを!」
 自分の見たままは船の画面に出せる。船からピンがあり、船底からはしごがするする伸びて降りて行く。その先端には大男ラングレヌス。
 イヤホンにピン
『私だ。ラング、屋上に降りて抱きかかえろ。シュレーター、同時に降下風圧全力。風圧で水を除せ』
「アイ」(アイアイサーの意)
『了解』
 ラングレヌスと、無線越しにシュレーター……すなわち船の舵手の声があり、レムリアのタブレットに予定行動シミュレーションが映される。
 この船は離着陸時に風圧を利用する。その風で施設屋上から津波の水を吹き散らし排除しようというのである。
 そしてその状態を保持したまま、屋上より穴を開けて中に入る。
『レムリア酸素スプレーはどこにある?』
 訊いてきたのはラングレヌスと双子の大男、アリスタルコス。
「保持ユニットドア脇ロッカー2番」
 レムリアは応じた。水中の人に酸素を供給、であろうと解した。
『了解』
『レムリア作戦は理解したか』
「把握しました。実行願います」
 イヤホンにピン
「レムリア今すぐスプレー出せるか!」
 屋上に降りたラングレヌスであった。
「はい!」
 レムリアはウェストポーチの中から手持ちの唯一を取りだして甲板を走り、柵の上から身を乗り出す。
「行くよ!」
「OK!」
 落としてキャッチ。ラングレヌスはそれを水中から引き上げた女性の口にあてがった。
 ぐったりしている。
『屋上救助完!来い!』
『総員振動に備えよ。フォトンクローラ風圧全力。上下ベクトルゼロ。地球重力とニュートン均衡』
 光の柱が船から天へと一閃し、同時に大きな風圧が音波を発した。
 爆発に近似した音と言って良いかも知れぬ。ドンと一発雷鳴の如く広がり、聖書に言うモーゼの奇蹟よろしく、施設屋上の水が除却された。

 

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天使のアルバイト-082-

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 店内では二人の子供が泣きやまない。
「あの……ごめんなさい。失礼しますね」
 事態の急変が明らかなせいもあろう。母子らが子供を連れて店から出て行った。
「いいえこちらこそ。バイバイ」
 エリアは一礼して手を振り、母子らを見送り、父親に目を戻す。
 すると、
「で、病院はどこです」
 父親の口にしたその言葉に、エリアは全身がびくりと震える。背筋がスーッと冷たくなって行く。
 意識の中で、たった今訪れた事象と、例の予感めいたものとが、即座に合致を見る。寸分も疑う余地もなく、由紀子の身に重篤な何かが生じた。
 エリアは思わず超感覚で由紀子の意識を探そうとしてしまう。由紀子ちゃん、何があったの由紀子ちゃん。
 しかし、得られたのは、暗渠を見回す空しい感覚だけ。
 動揺している自分を認識する。もはや、使いの者のなれの果てエリアではない。単なる由紀子の友人のひとり、友人の危機を知ったひとりの女の子エリカになっている事を知る。
 父親がホワイトボードの予定表に走り書き。“体育で倒れる”“119番した”。
 非常事態。
 エリアは胴震いした。それこそ心身相関現象であろう。暖房が効いているというのに寒い。
 唇が勝手に震えてガチガチ鳴る。手のひらに無闇に汗をかく。予感が意識一杯に増殖して存在感の腰を据え、恐怖に変わって行く。
「はい。はい。……あ、ああはい」
 父親は数回頷き、町一番の総合病院の名をホワイトボードに書いた。
 由紀子の行きつけではない。高度医療機器を多数有する総合病院。
 その意味するところは。
「判りました行きます。え?エリカですか?今電話に出た娘ですよ。一緒にですか……判りました」
 父親は電話を切った。
「エリカちゃん」
 父親がエリアの目をまっすぐに見る。
 たじろぐほど真剣である。戦う男の目である。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-042-

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「みんな滑り台!甲板へ」
 滑り台の要領で帆膜の上を滑ってもらい、甲板へ移動。先に甲板に着いた年長の子が年少の子を手助け。
 この時点で、帆の先端にぶら下がった状態の子が12名ほど。
 大男と教員が一緒になって引き上げ、そして滑り台。
「全員救出!」
 4名に78名が加わり82名。
 甲板上は子供達でいっぱい。
「先生……でいらっしゃいますね?近場の避難所は?」
 身分証を下げたずぶ濡れの男性に尋ねる。
『レムリア高台ならどこでもいいぞ』
 相原の声は早口で“運ぶ時間すら惜しい”というニュアンスを感じる。
 イヤホンにピン。
『私です。大きな悲鳴。川沿いのお年寄り介護施設』
 セレネから。彼女もテレパス使いである。その思念を通じ、彼女が捉えたと思われる現場の視界が意識を流れる。
 それは“自力で動けない人”の救助活動。
 レムリアの中で、答えは一つだった。
「みんな、老人ホームへ行く。手伝ってくれる?」
 甲板の子供達に問いかける。自分自身が命からがら逃げ出した直後に「手伝え」。非常識甚だしく、反発と恐怖が支配して普通。
 だが。
「いいぜお姉ちゃん。オレ手伝う」
「オレも!」
「私も」
 気丈な子は、いた。
「ありがとう!」
 船は街を覆う水の上を飛ぶ。雪が強くなって来、火災の煙と相まって視界を奪う。
 イヤホンにピン2発。“緊急”。
 燃料残0.5%。
 そもそもフルチャージではない。また、加減速の回数も通常の救助活動より多い。
 0.2%が基地のあるコルキス王国へ帰還できる限界である。
『帰る必要はない』
 船長に迷いはなかった。
 介護施設付近に到達する。座標上は正しいが建物はなく水のみ。鉄筋コンクリート3階建て。
 が、完全に水没しているのである。ならば船のセンサで……レムリアは頼もうとして水の中をのぞき込み、目を見張った。

 

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