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2017年5月

天使のアルバイト-112-

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 その声に頷きながら、エリアは自らの心を見せる。自分の気持ち。見ず知らずの自分を助けてくれた家族の優しさ。そして、前途の見えない自身の運命を知っていながら、時々を、一瞬一秒を懸命に生きていた由紀子ちゃん。
 それに引き替え、その場さえしのげればいいやという安直な発想で不正に走った、永遠の命有する自分。
「全力で生きていなければ、全力で生きる人間さんの相談相手など出来ない……これが今回、わたくしの得た教訓であり、彼女からもらった最大の贈り物です」
 エリアは言い、母親から手を離した。
 示唆が来ているのを感じる。自分はもう、ここには、いられない。
「行ってしまうの?」
 母親が訊く。エリアの心が見えているから判る。
「せめて……由紀子が目覚めるまで……」
 エリアは首を横に振る。そして、横たわる由紀子の手を取る。
 温かい手。血の通う優しい女の子の手。
 
 生きている手。
 
「由紀子ちゃんごめん。私、あなたを裏切った」
 エリアは閉じられた瞼に向かって言った。
 母親がエリアに目で訊く。“それは、どういう意味?”
「私、ずっとあなたのそばにいるつもりだった。少なくともあなたにとって、私は最高の友達のつもりだった。
 でも、私は、私自身の責任で、あなたのそばにいられなくなってしまった。
 だけど、知っていて。私にはあなたが見えるし、あなたも私の声を聞くことは出来るんだよ。なぜなら私、この後もずっとあなたのココロのそばにいるつもりだから。
 だから……迷ったら、まずはあなたなりの答えを教えて。あなたの意志でまずは答えを出してみて。
 私はそれが違うと思うなら、違和感であなたに答える。
 あなたが何かをしたとき、良心が咎めたなら、それは私からの否定。
 そして……必要と思うなら、私はあなたに挑戦の機会を準備する。困難を用意する。
 あなたは考えるでしょう。必死になるでしょう。苦しむでしょう。
 逃げたいと思うかも知れない。
 でも、それを乗り越えたとき、あなたは知るでしょう。苦しむことが成功には必要なことを。
 そして、苦しむことによって“成長”することを。
 私は常にあなたのそばにいる。あなたを見て、あなたの成功を祈っている。
 あなたがより良くなれるように、私も考える。努力する。
 そう。姿は見えないけど。これからも、ずっと一緒。それは、約束する」
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-102-

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『記憶しておくか?』
 その意味、ご遺体は後で収容するので場所だけ把握するか?
 生きている方が優先。極限の状況における鉄則である。
「お願いします」
『登録した。追尾は難しいかも知れない』
 ガレキ漂う湾内に入って行く。船体のあちこちで様々なぶつかる音、こする音。
 なお水中推進の動力は“ハイドロクローラ”という。水を一旦取り込んで光子圧力で加速噴出して速力を得る。これはスクリューに関わる諸般の心配や懸念(絡まり・切断)が一切無いことを意味する。
 イヤホンにピン。
『絶対方位353携帯電波補足。距離52メートル』
「レムリア!」
「意識は感じません……」
 50メートルなら自分のテレパスで充分感知する。すなわち。
「近づいて確認したい。許可願う」
 傍らで相原が言った。結果は一つだが無情なことはしたくない。そんな自分の意志を汲んでくれたか。もちろん、その1分1秒が本当に必要な人には無駄な時間と判っている。
 だが、だからってさっさと諦め、決めつけていいのか。
『許可する。ガレキ除却して接近せよ』
 船首が向きを変える。その方角と距離には傾いた家屋がある。船に赤外線でスキャンさせたら2階建てで、1階はひしゃげた状態で水没、2階が屋根傾いて水面に顔を出した状態。
『人体鼓動パルス、体温反応、人体形状いずれも感なし』
 それはセンサとコンピュータ、それを見ている操舵室の判断。
「携帯電話だけ動いてるってか」
 相原が言う。船は近傍まで接近し、レムリアの視力で中が見える。机と倒れた本棚。散らばった書物。書斎か。
『CDMAの捜索電波を検出。電話が電波探して動いただけだ。家屋内は無人と判断する』
 次へ行くんだ。レムリアは歯を食いしばって己を叱咤した。
 その時。
-誰かいるの?寒いよ。
 テレパスが捉えた心の声。人間ではない。

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-101-

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 相原は男性らが離れたのを見、昇降スロープから声を発した。
『了解。アルゴ号発進する。抜錨!』
 アルフォンススが応じ、ピン2発の後、船体各所から非常固定用錨のワイヤを切断するバチンと耳に痛い音、および、テンション掛かったワイヤが唸るひゅうという音。
 船体がゆらりと揺れた。
『両舷後進微速』
 男性4人と分かれる。レムリアは甲板に出て来、その姿肉眼に収めずにはおられなかった。
 両手を口元で揃えてメガホン。
「ありがとうございましたあ!」
 勝手に飛び出す感謝の言葉。この船は、自分たちは、ここに着いて共にあったからこそ今がある。こんな素直に言えたことは過去に無い。
「気にすんな!こっちこそ一晩メシと暖房があったのは助かった!一人でも多く助けてくれよ!」
「もちろんです!」
 船が波打つ音が声より大きくなる。
『気仙沼湾内に進入する。甲板にいても構わぬが衝撃注意』
「了解……レムリア丁度いい、探せ。テレパス使って生きてる人探せ。操舵室、人体探査システム稼働されたい。また、ウチのQZSが携帯電波拾っていれば座標を出すはず。ストリーミングして近隣に無いか把握を」
 相原は船内に戻り、スロープを格納した。
 船内移動し甲板に向かう。船のスクリーンには気仙沼湾内と街が広がる。
『相原さん、レムリアと連携して探査しています』
 まずの回答はセレネ。テレパシーの協調。
「了解です」
 相原は言い、レムリアの傍らで身を乗り出した。僅かだが彼の歯ぎしりをレムリアは聞き逃さない。彼の悔恨を感じる。逃げる時間はゼロでは無かった。正確な予測に基づき周知する方法はあったはずだ。
 アリスタルコスからピン。
『探査はしている。人体形状は多くあるが鼓動や体温を感じ取れない』
“その画面”をレムリアは見、歯がみ。
「……ですね」

 

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天使のアルバイト-111-

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18
 
 彼女は目を開いた。視界にはベッドで仰臥し、ゆっくりと呼吸する少女があった。
 17歳。年齢相応にして健康そうな、やや細身の体躯を備えた、可愛らしい少女である。ただ、肌の色は白っぽく、髪の毛は金に近い茶色。
「由紀子ちゃん」
 彼女は友の名を呼んだ。でも、友の声を聞く前に、この場を去らねばならぬと判っている。
 なぜなら、自分は既に、この世界で生きてゆくための身体を失った。
「あなたは……」
 誰何する声があり、彼女はゆっくりと目を向ける。
 母親。彼女と共に最も強く由紀子を愛し、最も悲しんだもう一人の女性。
 この場で意識を維持している唯一の人間。
 彼女は母親の、その見開かれた瞳に映じた自分の姿を見る。それはさながら光で彩られ、描かれた人の身体。
 彼女本来の姿。
「わたくしは元々、人間の皆さんと共にいて、その心の相談役となるよう仰せつかっている者です。名をエリアと申します」
 彼女は言った。存在する次元の違いから、エネルギーの差分が光として現れ、自分から周囲に絶え間なく放射されているのが判る。そして、その光の発散する姿……オーラライトを、母親が“翼”という印象で捉えているのが判る。
「天使……」
 その言葉が、母親の口をついて出た。
「古来、人間の皆さんにはそう呼ばれてきました」
 エリアは頷いた。
「隠していて申し訳ありません。でも、それは、わたくしにそう名乗る資格がなかったのです。今回わたくしは、不正を犯し、皆さんと共に暮らすことによって、心の更正をなさいと命じられ、皆さんの元へお邪魔することになりました」
 エリアはそこで母親の手を取った。
 母親がハッと息を呑む。なぜならこの時、母親には、エリアの心が自分の心のように見え、把握できているからである。
「エリカちゃん……」
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-100-

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 相原は自らにも言い聞かせるように言った。例えば土石流災害を“蛇”と表現するのは日本のあちこちに見られるものだが、これはチューブ状をなして斜面を高速で駆け下る土砂の姿を現す。蛇のように見える、それは水だけでなく“中身が詰まっている”のであり、夥しい量の土砂が含まれた状態、と解釈できる。これは“蛇”という語だけでは現代人にはイメージが掴めず、正体を現代の認識に置き換えることを要求する。また、津波の場合、揺れの大小にかかわらず逃げろとよく言われる。これは津波地震(震源が遠隔地であったり隣のプレートであるため、地震動がさほど大きくならないもの。津波自体は地殻変動の量によるため、マグニチュードなりの高さになる)を意識しており、応じて現代でも震度だけで判断する危険性の周知を要求する。また、津波の前兆として引き波に言及している文献石碑(まず波が引く)が多いようだが、これは地殻変動で隆起し海岸線が後退したもの、第1波が引き波であったもの双方が混じっている上、押し波で始まる津波もあるので、修正が必要、と言える。“引き波にならないから問題ない”は危険ということである。
「ありがとよ、あんちゃん」
 トレーサーを手首に巻いた漁師の男性が相原に言った。
「んだば降りるべ。この人達はこの船でまだ生きてるかも知れない人たちを助けて下さるってんだ。引き留めちゃいけねぇ」
「んだな。おら達は降りるで。みんなを避難所へ頼むぜ」
「承りました」
 残って守るという4名が下船する。相原が昇降スロープまで案内。
「では。お気を付けて」
 夕暮れの気配が漂い、空気が冷たい。
 そして“焼ける”臭い。
「お前さんらもな……一人でも、多く、助けてやってくれ」
「はい……操舵室、安全距離確保しました」

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-099-

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 リストバンド型が4つ、トレース番号7から10番。
『登録されました』
 コンピュータが声を発し、大画面の隅に地図が出てトレーサーの位置を表示。
 その時。
「なぁ船長さんよ、この画面、パソコンみたいに写真にできるけ?」
 ゲンさんが訊いた。ネット地図は同じ縮尺で空撮が表示できる。そして、要求された空撮はリアルタイムを要求するものだろう。
 操舵室内が静まりかえった。この災害の“全容”を映すことになる。
 相原はコンソールからキーボードを引き出しカチャカチャ。
「あ、面倒だったらええよ」
「いえ……」
 リターンキー。そして。
 画面は、映し出した。
「え?」
「これは……」
 気仙沼を映す。町は津波と大火により。
「どこがどごだがわがんね。海岸線が変わっちまってる」
「ここが45号線です。この道路で津波が止まったものと」
 ゆるいカーブを描く堤防様の構造物をマウスでなぞる。言われてみれば速度の出せる道路だと判る。
 そこから逆に元の姿を想起する。その作業は“単なる事実”の故に、事態の深刻さを際立たせた。
「あんで津波にじゃぶ漬けで火事になんだ?」
「これ煙だろ。まだ燃えてっし」
「津波の上に油膜が出来てしまったとお考え下さい。車両や船舶の燃料などが由来です」
「炎の津波ってか」
「ええ、そうです」
 炎自らが波となって、波が炎を乗せて内陸深くまで覆って行く。
「寺に明治ん時の絵があって見たことあっが(有るが)やっと判った。こんななるだな……」
 男性の嘆息に、相原は画面の隅に石碑の画像を一つ出した。
「我々が見直すべき行動が二つあることをこの事態は教えていると考えます。ひとつ、現在の技術でも万能ではない、防波堤が高かろうが過信せず、自然災害に関する父祖の言い伝えは必ず守ること。そして、父祖が伝えたかったことが、言語や環境の変化の故に誤解されないよう、現在の見識で父祖の言葉を見直し、科学的な考証で説得力を与えて理解させること」

 

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天使のアルバイト-110-

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 と、突如強大な権限を馬車に座する者が発揮した。妨害者があったため、と判る。その者は、炎の壁を乗り越え、妨害するべく立ち入ろうとしたようである。無比の圧力をもって、この侵入者を排除する。
 彼女は気付いた。
 抱いた友の身の重さを感じなくなる。抱く自分の手指が、そのまま友の身に、さながら水面に指を立てるように、入り込むのが可能である。
 除した。馬車に座する者が伝えた。そして付け加えた。思い赴くままにして良い。
 彼女は謝意を持って頷き、愛しい友を抱きしめた。友の中に入り込むように、自分の身に友を取り込むように、友の身を抱きしめた。自分の腕が、自分の身体を捉える。
 自分であり、友でもある。
 示唆を得る。自分の求めた願いを叶える方法が伝えられた。
 ありがとう。彼女は安堵をもって示唆に応えた。身体が重力から切り離され、ふわりと浮遊する感覚が生じた。彼女はその感覚のままに少し浮揚し、腕に抱いた少女を見下ろした。腕の中で少女は瞼を閉じ、眠っている。
 ふと顔を上げる。顔を上げることが許されたのだと知る。視界奥の方、遠ざかる馬車の後ろ姿。
 壁をなしていた白い炎が消える。
 彼女は知る。その炎こそ、あの夏の日に、そしてここに来る前の線路際で、自分の身をその状態に導いた炎そのもの。
 セラフィムの炎。
 で、あれば、馬車と、そこに座する存在は神学に言うオファニムでありケルビム。彼女は思った。確信はない。ただ、高位存在であることだけは確かである。
 願いが、通じた。
 良かった。彼女に平穏が訪れる。溶けてゆくような気持ち。満たされるような気持ち。
 眠くなるような安心感と暖かさ。
 日蝕を終え、元の姿に戻り行く太陽を見ているような感覚。
 それは母に抱かれた幼子の得る、安心と充足に似て。
 彼女は腕を開く。抱いた友をシーツの上に戻すために。
「あ……」
 驚愕の混じった、母親のつぶやき。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-098-

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 すると。
「船長さん、ここは、オレの家だ。残っだらいかんが?。家が空っぽになっちまう。さっきみたいな盗賊がまた来ないとも限らん。寝起きとメシなら気にするな。何とかなる」
「そだ。オレも残りてえ」
 アルフォンススは頷き、見回し、
「他にも残るという方はありますか?」
 その二人を含め、挙手4名。いずれも倒壊せず残ったこの地域の家屋の持ち主。
「承った。ご意志を尊重したい。武器と通信機を用意できるが如何されるか」
 アルフォンススは問うた。
 男性の一人が笑みを見せる。
「船長さん、魚を捕るってのは応じた格好の道具なんだ。心配はいらねぇよ。あと、通信ったって携帯は無茶苦茶だべよ」
 これにはレムリアが、
「トレーサーというのが用意できます。体温で発電し、衛星経由で本船に位置情報を送ってきます。破壊されたり人体から外れると緊急信号を発生します」
「ひっひっひ。死ぬと判るわけだ」
「いえ、ピンチの時に故意に壊して頂ければ。あと、あり得ない挙動を検出しても緊急信号を出します。例えば放り投げるといきなり時速何十キロ。これはあり得ない。信号出す。こうなります」
 この提案と説明に男性らは顔を合わせて相談。
「ゲンさん、もらっておくべよ」
「ああ、あにがあるがわがらねっしな(何があるか判らない)」
「姉ちゃん言うならしょうがねぇな」
 ゲンさんと呼ばれた男性は歯の無い口でガハハと笑った。
 トレーサーは3タイプ。蟹殻で囲まれ皮膚に食い込ませる、避妊具のIUDに範をとったリング状のもの、リストバンド。前2者は強引に押し込んで使う。
「あの女の膣にこいつ突っ込んであります。男性だとケツの穴しかありませんが」
 14の娘のその言動は男性らを大いに驚かせた。
「ガッハッハ。そんな物ハメハメされたらクソが出なくなっちまう。オラこれでええ」
「自分もこれだな」

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-097-

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「よろしい。機関始動!」
「始動します」
 アルフォンススの声にシュレーターが喚呼で応じる。握っていた操縦桿の奥手、アクリルの小さなフタを開き、スイッチを押す。
 キュイーン。擬音で書けばそんな表現か。次第に周波数が高まる電磁音。やがて聞こえなくなる。人間の可聴域を超えた周波数。
 数秒後、ラングレヌスが座る位置でランプが幾つか。
「フォトンハイドロクローラ始動。主コイル出力逓減20パーセント。前段加速器温度所定。主機関準備ヨシ。但しリフレクションプレート喪失。自動でハイドロのみの運転となります」
「よろしい、クローラ起動し船体水平を確保せよ。機関制御開始」
「制御開始」
 ラングレヌスが報告し、アルフォンススが宣言し、シュレーターが操縦桿に手をする。
 画面が動く。
 船が少し揺れ、応じて多少ミシミシ音がし、画面が少し揺れ、映示される角度が変わった。
「動いた!」
「おおすげぇ」
「何これ飛ぶ?めっさかっこええ」
 男の子達は騒然。
「クローラ運転確認。現在ゼロベクトル。本船は駆動動力を回復しました。最大速力は22ノットとなります」
「結構だ。一旦動力遮断。乗船者の各位に今後の行動の説明を行う」
 
14
 
 この地を離れることとなり、船の内外にいた皆さんに操舵室に集合してもらった。
 医師と相原、救急で肺洗浄を行った男の子を加え37名。
 ひな壇下部に船長が立ち、傍らにレムリアが通訳。
「私は本船の船長、アルフォンススです。本船の漂着に関し皆様に温かく対応頂きましたこと、まずはお礼申し述べたい。その上で、本船は駆動力を回復したため、この地を離れ、生存者の捜索と傷病者の救護に向かいたい。そのお許しを願うと共に、皆さんを所定の避難地に送り届けることといたします。ご承知願えますか」

 

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天使のアルバイト-109-

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 後は現実なのか、意識の中だけの出来事なのか、区別が付かない。
 医師の手を払いのけたようである。乳飲み子を狙われた母猫のように、誰にも奪わせない、という激しい気持ちがあった。それこそ猫が引っ掻くように、医師の手を拒絶した。
 そして、彼女は友を抱き留めた。覆い被さって抱え込んだ。頬をすり寄せ、手のひらで触れ、その体温を感じようとした。
 一緒にいよう、と呼びかけた。一緒にいたい、と願った。
 使者である自分と一緒にいるならば、何も失うものはない。
 失うものがあるとしても、自分ならば補充できる。
 お願いがあります……声なき声を、姿なき存在へ向けて、彼女は発した。
 私を元の姿に戻すか、永遠の別れでもいいから彼女を元に戻して。
 ならぬ……拒絶する意志があった。
 ならば炎を下さいと彼女は欲した。融合し一つとなるための、溶かす炎を彼女は欲した。
 ならぬ。再び意志があった。だが、意志はそれを阻止できないとも判った。
 彼女は炎を欲した。
 次の瞬間、彼女は炎の中にあった。白く揺らめく炎が彼女を囲繞していた。それはガスコンロが描く炎のリングを白色とし、リングの中に降りたようであった。強い白い光の向こうで、病室内のディテールが揺らめいていた。
 良いのか、意志は心配と動揺を伴い彼女に問うた。それは、炎の出現が意志の支配を離れた結果であることを教えた。
 答えは一つであった。彼女は子を抱く母となり、両の腕に友の身を横たえて炎の中にあった。
 問う者の存在を正面に感じた。肉眼に映らない。だがそこには馬の脚があり、馬車の車輪がある。ただ、頭を上げてその馬を、馬車に座したるであろう者を、見ることが出来ない。許されていない。
 問いに対する意思の開示を許可される。彼女は即座に肯定の意志を伝える。あなた様のお気持ちに見える心配の結果になっても構わない。引き替えに全てを失って構わない。この願い叶うならば、他の何も要とはしない。この命すら要ではない。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-096-

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「レムリア生命保持ユニット。監視権限移譲します」
 自分もピンを送る。操舵室における自分の責務は監視システムのチェックと、各種超感覚を駆使した周囲の監視だが、今はムリ。委譲すなわち“誰か頼む”。
『判りましたレムリア。相原さんとわたくしで分担します』
 セレネから答え。
 やりとりに医師が目を見開く。
「映画みたいだな」
「船を動かします。普通に海上航行になるかと思いますが、しばらくは指示に従って頂きたく」
「了解!」
 医師は敬礼をして応じた。
 再度操舵室。
「レムリアピン有り了解。総員及び乗船者各位、これより本船はミッション実行準備を行う。相原翻訳せよ」
「はい」
 船長の物言いは英語である。相原の耳には日本語訳で届いている。
 相原は立ち上がり、ひな壇状になっている操舵室を振り返った。
「皆さん、これから船のエンジンを起動し、動かします。そのままの位置で結構です。船長どうぞ」
「了解。各員担当システム状態について喚呼報告せよ。シュレーター。電源確認」
「制御電源安定。主電源準備ヨシ」
「ラングレヌス。機関状態」
「ギフォード・マクマホン・サイクル動作正常。液体窒素温度70ケルビン。INS(いんす)予冷装置電源断。燃料反水素容量2パーセントチャージ。残容量20パーセント読替設定」
「アリスタルコス。防御システム」
「光圧シールド電源断。作動させますか?」
「作動しなくてよし。断のまま航行する。副長PSC状態報告」
「PSCシステム健全。主管制と通信成立」
「各員了解。船体制御系全準備状態確認。起動シーケンス。正面スクリーン投影」
 大画面はこの“島”沿岸数件の家々と周囲の人々を映している。
「相原。探知システム」
 報告を要求され、相原は本来レムリアが座っているコンソールで液晶画面をタッチ。
「船内外カメラ・センサ健全。トレーサ001引き続き追尾中」

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-095-

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 日本の技術は緻密というイメージがあったが“うまく行かない場合ガタガタ”になるのは、自分の経験範囲だと例えば“いじめ”への対処とか、散見される。海外だと盤石な部分が信じられない程脆弱だったりする。“うまく行って当然”への慣れか。
「手が止まってるぞ。鉗子」
「すいません」
 手術完了と反水素ユニットの機関接続、そのための予冷完了はほぼ同時であった。
『保持室。手術状況連絡請う。こちらはもう終わる』
「術式完了。大きなものでなければ振動や騒音は問題ありません」
『了解した』
 操舵室は答え、動く。
「総員配置良いか」
 船長は問いかけた。大きなスクリーン直下の主コンソール各所に、大男二人、広い額が特徴のドクターシュレーター、相原が座す。船長席はひな壇状に並ぶ、コンソール群最上段、船長席に座る。
 ひな壇コンソールは普段誰も座っていない。今は避難した皆さん。なお、ひな壇部は机だけで操作表示機器は組み込まれていない。本来目的は大所帯で移動しながら、であるが、まずは救助船として6名乗務。
「相原レーダ席配置ヨシ」
「ラングレヌス機関監視配置ヨシ」
「アリスタルコス防御システム配置ヨシ」
「シュレーター操舵席配置ヨシ」
「副長超感覚配置ヨシ」
 全員が喚呼(※喚呼:かんこ……声に出して確認しながら操作を実施すること)。
 避難した方々は興味津々。
 とりわけ男の子にはそわそわした動きと瞳の輝きが見られる。今、目の前で展開されているのはアニメの船艦出撃そのものであるからだ。
「よろしい。総員、ミッション実行準備」
「了解」
 各員答え、耳の穴に指を押し込む。押し込まれた通信機のボタンを押し、装着していることを返したのである。
 ピン5本をレムリアは保持ユニットで相次いで聞く。

 

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天使のアルバイト-108-

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 双方の瞳へ光を当て、瞼を指先で閉じ、ライトを、消灯した。
「残念、です……」
 医師は、落胆したように小さく告げた。
 3人とも言葉が出ない。今、ひとつの命が終わったことを認識できない。自分たちの娘を、友を、失ったことを認識できない。
 父親が、腰が抜けたようになり、床の上に座り込む。
「由紀子……」
 母親がベッドの傍らに膝をつく。そして口元をわななかせながら我が子の顔をじっと覗き込む。
 医師は何も言わない。ただ顔を伏せ、下唇を噛んでいるだけ。
「由紀子……ちゃん」
 エリアは呼んだ。
「由紀子ちゃん。ね、嘘でしょ」
 エリアは続けて呼ぶ。由紀子はそこに寝ている。人相は変わったけれど、泊まりっこしたときと同じ、静かな、優しげな顔で。
 そして、呼べば彼女は起きた。
「由紀子ちゃん。由紀子ちゃんって。起きて由紀子ちゃん。私だよ。エリカだよ」
 返事は、ない。
 認識せざるを得ないのだろうか。
 否定することは出来ないのだろうか。
 時を戻す術はないのだろうか。
 夢であるなら、誰かそうだと言って。
 全身を覆う鳥肌。
 母親が、泣き崩れてしまった。
 由紀子の身体に顔を伏せ、聞いたことがないくらいに悲しげな声で泣き出してしまった。
 もう、誰も事実を否定することは出来なかった。
 
 由紀子ちゃんが、死んだ。
 
「いやあぁっ!!!」
 
 次の瞬間、エリアは自らを砕け散らせるように叫んだ。
 そしてその時、彼女は、何もかもを、自分の立場も、なぜここにいるのかも、忘れた。
 ただ、何より大切な友を失った一人の女の子であり、超絶の力を有する一人の使者に戻った。
 エリアは、仰臥する友の身体を抱きかかえに行った。
 腕を伸ばし、腕を広げ、ありったけの全てで友の身体を抱きかかえに行った。
 医師がそんな自分を止めようと腕を伸ばしたところまでは覚えている。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-094-

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 それは生命保持ユニット内のレムリアにも伝わった。なお、相原とシュレーターの会話の解説は省く。超伝導コイルとして作用する範囲を区分し、超伝導の及ばないエリアには通電しない。
 レムリアは耳に指をしてピン。動けるのはいいのだが。
「私です。緊急開胸手術中。振動は困ります」
『まだ動かさない。どのくらい要する』
 レムリアは医師を見、眼下の状況を見た。肺の中の異物を取り除く。似たような術式自体に立ち会ったことはある。
「あと2時間」
 そこで船の警報が作動した。ピン2発。次いで合成音声『空中放射線の強度が上がっています』。
 放射線。例の原発か。
『ベータ線?近いのか。相原判るか?』
『フクイチ(福島第一原子力発電所)がベントをすると言ってました。成功して出たか失敗して出たか。ベータ線だし距離は出ない。由来セシウムで近場へ来たモノと考えます。検出方向探査中。警報ポリシーレベル平準値に比して有意。モニタリング継続し上昇傾向あれば本船近辺の皆さんに待避を促します』
 手術中の保持ユニットに聞こえる会話。
「放射線かね」
 佐橋医師が問うた。一般に手術中の私語はあり得ないが、事態の重さが口を動かしたようだ。
「ええ、原子力発電所が電気が届かず動けないとか」
 詳細を聞くのは後の話であるが、脱力するほどの杜撰さに情けなくて泣けてきたのを覚えている。発電所のくせに自分の電源は外からもらうのだ。それがNGの場合に備えて自家発電設備を持つが、その設備が津波を被った。何故にと思ったが、建設許可を早く得るため、想定する津波の高さを低めに見積もったとか。結果としてそれは錯誤であり、何もかもダメにした。そのくせ、全てダメになった場合の最後の手段は特段無かったというのだから恐れ入る。

 

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