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2017年6月

天使のアルバイト-116-

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 由紀子はしばらく自分の手指を見つめる。
 そして、顔を上げる。
「お母さん。エリカは一体?」
「本当の名前はエリア。私に言えるのはそれだけ」
「エリア……」
 由紀子はつぶやき、もう一度手や腕を、そして映じた自らを眺めた。
「これが、この身がエリアだとしたらエリアは……。エリアの身体は?」
 由紀子はゆっくりと、医師の方を向いた。
「佐藤先生。と、なぜか知ってるんですが、人の心と体って一体……」
 尋ねる由紀子を、医師はひとしきり見渡した。
「僕が僕の見たままを学会に報告すれば、僕は追放だね」
「というと?」
「“心”の正体については、実はよく判っていない。脳という名のコンピュータにおけるソフトウェア、つまり情報の塊であって、実体はない、というのが通り一遍の見解だ。でも、それならなぜ“心”という文字を使う?“マイハート”などと言う?万国共通でここを指す?」
 医師は自らの白衣の胸を、手のひらで触れた。
「以前、患者さんがね、目の前で脳貧血を起こされた。『失神する』って。その時、『頭からケーブルが外れて胸の辺りに引っ込んで行くような気がした』、と言うんだ。他には海外の例だが、心臓移植を受けたら、そのドナーの記憶が入り込み、記憶のままに尋ねて行ったら、ドナーの親族に会うことが出来た。あと……良く君も聞くだろう。いわゆる『お告げ』で、事件や事故から回避したという話。『我思う、ゆえに我あり』というのはデカルトの名言だが、そうやって自覚している自我が果たして実体のない情報の塊なのか。申し訳ないけれど、僕にはこれ以上のことは言いようがない。ただ、君の言いたいことは、海外においては、超心理学という名で研究されていることは確かだ。僕はカルテには投与した抑制剤で寛解と書いておくよ。真実はそれこそ、僕らの“心”に収めておく」
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-110-

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 何が起きているのか。港湾内にはタンク等より燃料用油が流れ広がっていたことを考慮頂きたい。そこから生じたガスがこの住宅内に充満しており、プラズマの火の玉で引火したのだ。
 家屋が爆発する。風船の破裂の如き短時間の事象であったが、レムリアにはスローモーションの時間線にいるように見えた。屋根瓦に柱や壁、ガラスが、赤いガス状の生き物に押されてぐにゃりと曲がり、飛び散り、或いは折れ砕け、周囲に広がる。
 レムリアは両手両足を広げる。自分は耐環境ウェアを着ている。当たれば痛いが、刺さったり等の懸念はまずない。一方二人は所詮、遺体袋。
 自分以外の誰が盾になる。
 が、その前に爆風で吹き飛ばされる。
『レムリア!』
 相原の声。自分のセンサが“異常な加速度”を検出し、警報を発したに相違なかった。くるくる回りながら中空高く放り上げられ、次いでワイヤで腰をぐいっと引かれる。
 自分のワイヤと遺体袋を引いてるワイヤは別々のもの。
 だから大丈夫。レムリアが思ったこと。絡まったわけではない。
 ワイヤに引かれて身体の回転が止まり、風景がゆるやかに巡る。あちこち火柱の見える破壊された港湾。真下には炎に包まれ煙上げる民家。
 落下のフェーズ。背中から地上へ向かう。防護服を着ていても判る、轟たる風切り音。
『身体を丸めろ!』
 相原の声。言われた通りにする。飛行機で離陸前に説明される“安全姿勢”あれだ。
 何か大きな音があったわけでなく、白い膜に背中から落下し、膜が自分を受け止め、ぐにゃりと沈み、衝撃を吸収した。
 2,3回膜でバウンド。言わずもがな船の帆膜であった。広げられトランポリンよろしく自分を受け止めたのである。
『確認』
『レムリアピン押せ』
 耳の無線機1回ボタン押し。これで警報解除、兼、
 私は無事です。
「すいませんでした」
「レムリア!」

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-109-

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 プラズマガン。前記の通り火の玉を射出する。少し詳しく書くと、アルミニウムの弾丸に大電流を印加してアルミニウム原子を熱分解、荷電粒子が一塊になった高温状態“プラズマ”を生成し、これを電磁力で射出する。通常は目標位置にプラズマ領域が収斂し、超高温をもたらすよう照準するのであるが、今回は収斂と逆、リング状に拡散させ、同時に柱を焼き切る。なお、射出に伴い射手に反動が加わるが、それを一種の動力として活用し、銃を“発射”してレムリアの頭の上を通過させ、船へ回収する。
「準備はいい?」
 レムリアは問うた。
「いつでも」
「私も」
 晴人君と先生からの回答。ならば、もう迷う余地はない。
「行きます。固く目を閉じて下さい。カウント3から、3,2,1……0!」
 レムリアは引き金を、引いた。
 同時に目を閉じ顔を伏せる。ターゲットスコープが遮光モード。それでも判る白い発光。
 銃から手を離す。銃が頭にゴツンと当たる。ワイヤに牽引力が発生し、プラズマガンが身体のあちこちぶつかりながら通過して行く。アドレナリンが身体に充満しているはずだが痛い。
 そして0の後のカウント、1。
「1!」
 晴人君が声を出し、火の玉が柱に着弾、周辺空気を膨張させて、ボーンとでも書くか、爆発音を生じさせる。
 伏せた身の上すり抜けて行く遺体袋。及び、
「2!」
 晴人君の身体が通り抜け、
 次は自分、のはずであった。
 伏せた目の前スコープが赤く点滅、イヤホンがピン二発。
 スコープに“EXP”の文字。Explosion、爆発警戒。
『メタン!』
 相原がそう言ったところまでは聞こえた。
 晴人君の身体が通過し、スコープ越しに高温領域が広がり、充満する。
 ベルトに引っかけたワイヤが自分の身体を引っぱった。

 

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天使のアルバイト-115-

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 そのまましばらく言葉が出ない。映った自身の姿を上から下までじぃっと見回す。
 金色の髪、薄茶の瞳、ほっそりと長い腕と指先。
「これって……エリカ?」
 由紀子はようやくに、それだけ言った。
 そして思い出したように母親の方を向く。
「そういえばエリカは?来てないの?」
 母親はすぐには答えず、由紀子の姿を少しの間見回した。
 そして頷き、
「いたよ。さっきまで。そして……どう言えばいいかな、まだいるけど帰った」
 母親は由紀子の浴衣の胸元を直しながら、静かに言った。
「帰った?アパートに?」
 由紀子が訊く。
「そうじゃないよ。何と言えばいいかな。多分、あの子……ううん、あのお方の本来いるべき場所へ」
「え?それじゃ親御さんが引き取りにきたの?……ってその『あのお方』って何。どこかのお姫様だったとか?少女マンガみたいに?」
 由紀子の質問に、母親少しの間考え、小さく笑みを浮かべてこう言った。
「由紀子。あなたの姿、誰に見える?」
「エリカ」
「だから彼女はまだここにいるのよ」
「え?でも……」
「そう、中身はあんた。だから帰ったんだよ」
 由紀子は眉をひそめ、困ったように首を傾げた。
 そこで父親が発言する。
「おい……何がどうなったんだ……由紀子は……由紀子だろ?」
 尋ねるが、母親は答えない。
 そして。
「まるで……エリカちゃんが由紀子に化けたみたいじゃないか」
 父親のその言葉に、由紀子はハッと顔を上げて母親を見た。
「お母さん……」
 母親は、新しい姿の愛娘を瞳に収め、ゆっくりと頷いた。
「あの子……不思議なところがあったでしょ」
「うん……え?」
 由紀子が少しの間絶句する。
「ちょっと待って。それって……まさか本当に……」
「信じる、信じないは、あなた次第。ただ、彼女は……あの方は、あなたに向かってこう言った。『あなたの意志でまずは答えを出してみて。私はそれが違うと思うなら、違和感であなたに答える』……由紀子。あんたが今思ったことに、違和感はあるかい?」
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-108-

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「じゃ、晴人君、頼む」
「OK!」
 彼は再び家の中へ。先生!死体袋持ってきました。
『各位道具行き渡ったか』
 船長が問いかけ、作戦を説明する。プラズマで穴を広げるのはいいが、応じて建物の強度は落ちる上、プラズマ、イコール火の玉であるから、恐らくそこから火災に発展する。従い、直ちに脱出する。
『レムリアは銃のベルトをワイヤに接続し、俯せで発砲せよ。発砲時の制御は私から火気管制を通じて行う。発砲と同時に銃から手を離し、俯せに戻れ。アリスは発砲後0.3秒でウィンチを作動させ、ザックを牽引』
「アイ」
「了解」
『晴人君はウィンチのワイヤの片方をベルトのフックに掛け、ザックを押し出せ。そのまま1秒我慢だ。先生の後、君を引っ張る。レムリア、頭の上を二人が通過する。発砲後、頭を上げるな』
「了解しました」
「了解」
『体制が整い次第実行して良い。レムリア号令』
「判りました」
 それはすなわちカウントゼロまで自分が仕切れ。
「先生よろしいでしょうか」
「入ったわ」
「晴人君ワイヤのフックは?」
「穴に掛けました」
 準備OKである。後は自分次第。
「段取りを説明します。3,2,1,0,1,2とカウントします。0で私の銃が火の玉を作ります。晴人君は1で先生の身体を押して、そのまま、次のカウント2でワイヤに引っ張られて下さい」
「判りました」
「判りました」
 片方はザックの中から先生の声。
「いっぺん練習します。行きます。3,2,1,0!,1!,2!」
 レムリアは発砲のまねをし、ワイヤに軽いテンションがあり、晴人君が押す動作。
「OK。じゃぁ、本気で」
 レムリアは寝そべり、銃のスコープを引き出して覗く。
 ターゲットとして横倒しになった二本の柱が輪郭強調で表示、距離が出、リングモードと表示が出る。

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-107-

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 子供の体格で船の銃器が扱える。
 自分の仕事か。
「私が行きます。晴人君聞こえる?」
「はい。先生は風呂場です」
「OK良く聞いて。先生には申し訳ないけど死体袋にいっぺん入って頂きます。そのまま船からワイヤで引っ張ります。袋とワイヤを取りに来て」
「判った!」
 船長からピン。
『プラズマは破裂音を出す。耳栓がいる。あと、晴人君には通信用を渡しておけ』
「はい」
 準備をして甲板からガレキの上をあっちこっちジャンプ。海底に接しているらしく、波で揺れるが動くことはなさそう。
 晴人君が戻って来、レムリアを見て目を丸くする。ウェットスーツ近似の黒い耐環境ウェアに身を包み、背中には巨大な銃器。
「映画の女戦士みてぇ。超かっこいい」
「そう?ありがと。これを。こっちは君の耳に。耳栓で無線機。こっちは単純に耳栓。先生に。これを発射するとすごい音するから」
 晴人君が耳に嵌めるのを待って通信テスト。
「聞こえる?」
「はい。すげぇ。映画みたい」
「OK。あとこれと」
 それは安全ベルト。高所作業などで使われ、命綱をつないで使う。
「これが入って頂く袋。でね、入って頂いたら……両腕をこう、胸の前で合わせて重ねて……」
「ツタンカーメンみたいにすればいいんだね……」
 仕草をして見せたらそんな答え。棺桶の彫像がそんな姿とレムリアは思い出した。更に、
「……先生!ツタンカーメンの格好して死体袋に入って下さいって。それを引っ張りますって!」
「ラマーズの最後の姿勢ね」
 熟年の女性の声。それは出産時のラマーズ法の抜力姿勢のことである。胎児の肩が産道を抜けたら、産道の緊張を解くために力を抜く、その際両手を胸の上に重ね置き、ファ~などと声を発せと言うのだ。その姿勢という認識で良いかという問い。
「おっしゃる通りです!」
「判りました!よろしくお願いします!」

 

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天使のアルバイト-114-

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19
 
 心電図装置がリズミカルな電子音を室内に響かせている。
 暖房は手頃。早暁であり、閉められたカーテンの向こうは、ほのかに明るい。動物たちが活動を始めたようで、スズメのさえずりが聞こえている。
「よいしょ」
 少女は布団を跳ね上げ、元気良く上半身を起こす。
 その勢いで、浴衣の下に何やらベタベタ貼り付けられていたものが、一斉にバリバリ剥がれた。
 心電図装置がピーと警告音を発する。乱れる波形。点滅する赤ランプ。
「ひゃ。何?」
 突然の機械の反応に、少女は声を上げて狼狽える。私、何か悪いことした?。壊した?
 ベッドの周囲で、床に倒れ込み、意識喪失状態にあった大人達が、一斉に顔を上げた。
「吉井君!」
 医師が反射的に叫んで機器に手を伸ばし、少女を見て目を円くした。
「……取っちゃ、まずかったですか?」
 少女は剥がれたもの……心電図装置のセンサー電極を医師に見せる。
 医師は唖然として目をしばたたく。
「君……沢口由紀子さん……だよね」
「??そうですけど?」
 由紀子は首を傾げる。
 そしてハッと気付いたように周囲を見回す。
 白い壁、剥き出しの配管類、表示灯だらけの器具類。
 模様の消えかけた素っ気ない浴衣。
 腫れ上がった、まんまるの目で自分を見ている大人達。
「ここって?……病院!?……あれ。あれ……私……え?え?」
「君は学校で倒れ、担ぎ込まれた」
 医師は言った。
「そうなんですか?」
 由紀子は医師を見、他人事のように問い返した。
 医師が頷く。
「そうだ。それで……うーん、どうにも説明しにくいが、事実だけ述べるとこうなる。昨夜、君は臨床的に死亡した」
「あら大変」
「しかし現在君はそうして生きている。しかもだね」
 医師は一歩下がり、朝に向かう最中のカーテンを開けた。
 窓ガラスに由紀子の姿が映る。
「へぇ!?」
 今度は由紀子が目をまるくし、瞼をしばたたいた。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-106-

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 イヤホンにピン。
『スキャン完了。奥まった空間に閉じ込められてる。このまま入り込むには狭すぎる。屋根荷重を取り払わないと通路が確保できない。ただ、屋根を取り払うと向こう側へ建物が倒れて水中に没する』
 タブレット画面にレーダスキャンされた家屋構造が出て来る。要するに浴室にいて助かり、他の部分は潰れてしまった。屋根の重みで建屋が船の側に傾き、浴室側が海上に浮き上がったので存命空間を確保。
『この構造だと浴室だ。丸ごと吊るか反対側から壁を壊すか』
 相原の意見。
『本船は吊れる状況じゃない。壁を壊すと基礎と屋根を結ぶ力が弱くなって屋根の重みを支えきれない。屋根は落ちるし浴室も沈む』
 その頃、子供達は先に進んでいた。
「お姉ちゃん、先生この奥だ!ちょっと見てくる!」
「見てくるって……え?」
 子供達は僅かな隙間から建物の中へ入り込んだ。
「あぶな……」
 違う。自分もそうだが小柄が利する。ならば手はある。
「ボディバッグを搬送用に使えないでしょうか?」
 レムリアは提案した。それはご遺体を収めるザック。
「ロープとザックを持って入ります。ザックに入って頂いて引っ張れば通れないでしょうか」
 船のコンピュータが何かして画面にスキャンした家屋図、及びどこから呼び出したか桜井智子なる女性のカルテが現れる。
 病院用ではない。下着専門店の採寸データ。
 子供達が進んだ隙間で救助可能か確認しているのだ。イモムシのようなものが家屋図内部の隙間を縫って進む。
『レムリア見てるか』
「見てます。クリティカルが一カ所、ですね」
『倒れた柱が上下に並んでいる。そこを幅42センチ高さ7センチ広げれば通れる』
『プラズマで焼け』
 相原即答した。ただ、そのためには銃をそこまで持ち込む必要がある。

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-105-

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 碓井君はラブを見、次いでレムリアを見上げた。
 彼への答えは、うつむいて首を振るしかなかった。
「え……」
「彼にはそのことが判らないのよ……一緒にいてあげて」
 碓井君は目に涙を浮かべたが。
「……判ったよ!」
「強いね。男の子だ」
 イヤホンにピン。
「レムリア、あなた感じませんか?」
 セレネが確認を要求する。レムリアはスクリーンを見た。傾いで漂う平屋家屋である。が、テレパス何も言って寄越さない。
 遠いか弱いか。レムリアは甲板へ出ようとした。その時。
「これ桜井さんちじゃん」
「あ、本当だ。お姉ちゃん、習字の先生んちだよ」
「助けに行こうぜ」
 子供達の方が先に動く。
「どうやったら外へ?」
 子供達は書道教室の勝手を知っている。レムリアは確信を持った。
「右側の扉を開けます」
 ドア・オープン・ライトサイド。英語で言ってイヤホンからピン。
 これで船のコンピュータが即応。
 操舵室右側、右舷昇降口が開く。
「ラブおいで。桜井のおばあちゃんを探すんだ」
〈探す?ああ、これ肉くれるおばちゃんの家だ〉
 ラブはわん、と吠えた。
 子供達と共に外へ出、昇降スロープの先端へ。
 家屋は波間にガレキに埋もれるようにしてあった。圧力が加わっているとか、大きな質量のガレキ・船舶が接近している様子はない。
 従って、ガレキ伝いに飛び移りながらたどり着けないことはないが。
 どうやって……迷っていると。
『生命反応あり』
 ハートマークがタブレット内家屋の位置に表示。
「了解。……桜井さんは生きてらっしゃるみたい」
「ラブ行け!」
 対して、子供達は躊躇無かった。更に犬の体重は重くても10キロ20キロ。
 容易に到達し、傾いで浮かぶ家屋の屋根で吠えてみせる。
「おばちゃーん!俺だ、晴人だ!」
「……碓井君かい?」

 

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天使のアルバイト-113-

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 エリアは、浮かんだ言葉を、そのまま言った。
 受け売りでなく、よどみなく、言葉が浮かんだ。
 母親に目を戻す。
「お別れを言う時が来ました」
 母親の瞳が大きく揺らぐ。
「お母様」
 エリアは片膝を突き、その手を取り、母親を見上げ、敬意を持って呼んだ。
「はい」
「お伝えしておくことがあります。実は、私の身体は今、由紀子ちゃんのものになっています。これは本来、してはならないこと」
 エリアは言った。
 母親の中で、その目が捉えた現象と、エリアの言葉との一致が図られる。
 母親はエリアと由紀子の身体が燦然たる光に包まれ、その光が、エリアから由紀子向かって迸ったのを見たのだ。
 光の中にいたエリアは、その光を炎の壁と捉えていた。ただ、そのようなことは、ここで敢えて詳しく記述する必要はあるまい。
「じゃぁ、由紀子は、本当なら……」
 母親が訊いた。
「はい」
 エリアは頷く。そう、本来なら由紀子ちゃんはここで亡くなるはずであった。
 しかしエリアは奇蹟を起こしてしまった。超常の力を使って。
 彼女自身の身体、修行のために与えられた肉体を由紀子に譲った。
「彼女は今日、新たな人生を歩み始めます。全くゼロからの一歩です。しかし、私はもう、彼女に見せるべき姿を、身体を持ちません」
 母親はエリアを見ている。目と口をまんまるに開き、ただただエリアを見ている。
「いろいろとありがとうございました。このご恩は永遠に忘れません。どうかお父様や、店長さん、学校の先生にもよろしくお伝え下さい」
 エリアは胸に手を当て、深々と頭を下げて座礼し、立ち上がり、母の額に口づけた。
 母親から手を離す。と、同時に、視界に白い光が霧のように立ちこめ、やがてそれに満たされ、何も見えなくなる。
「さようなら」
 エリアは言った。視界だけでなく、自分の意識そのものも真っ白になって行く。
 幸せに蒸発する。そんな、感覚。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-104-

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 果たして窓枠ひしゃげて斜めになった一室にそういう光景はあった。
 船からワイヤーフックを出して窓枠に引っかけ、少し吊るようにして固定。
 大男二人が入り込む。座卓を持ち上げる。
『人……いや、トリアージ黒』
 二人が見たのは、びしょ濡れでぶるぶる震えて見上げる犬と、彼が抱える和服の男性の……描写は控える。顔だけ見ると寝ているようだが一見して死と判る状態。“トリアージ黒”は、災害等の患者優先度選別において、ご遺体に付ける黒のラベルの意。
 人体に対してトンの質量を有する漂流物が衝突すれば、応じた結果となる。
 犬が動こうとしない……二人の報告を受け、レムリアは甲板から降りた。
 むごい有様にもある種の慣れがある自分は“良い”のか。
 犬が自分に気づいた。
〈あんただね。声が聞こえるのは。ご主人は?何で動かないんだ?〉
〈眠っているのよ〉
〈心、を感じないけど?〉
 心を感じない状態、動かない。そういう状態は判っている。
 だが、死という概念は彼にはない。
 死を認識する悲しみ。死を理解できぬ哀れ。
〈深い、深い、眠りなの。こっちへいらっしゃい。何か食べさせてあげる。君のケガを治さなくちゃ〉
 甲板へ上げて身体を洗う。油の混じった波に浸り、血液を浴び汚れたその姿は、くしゃくしゃに丸められた紙くずのようであったが、シャンプーして乾かすと、ようやく栗毛色したラブラドールレトリーバーと判明した。特徴的な耳たぶが切れている。
「この辺は人間と一緒だろ」
 医師が縫合。
 操舵室の子供達のところへ連れて行く。オートミールがあるから作って食べさせて……と言おうとしたところで、犬の方が顔見知りに対する反応を示した。
「あ、犬だ」
 誰かが言って、子供達が一斉に振り返る。
「え?江崎さんちのラブじゃね?お、ケガしてんじゃん大丈夫かラブ」
 男の子が気付いた。
〈碓井晴人(うすいはると)君だ〉
 果たしてラブは尻尾を振った。
「やっぱそうだ。ラブだよ。ラブ、生きてたんだね。おじいちゃんは?」

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-103-

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 魔女たる彼女ならではの感応。
 その方角を見回すと、船首だけ出して漂う漁船の向こう。意思と感情持つ者。
「犬です」
『救え。座標出せるか』
 船長は即座に言った。それは人間ならコンピュータにパターンが記憶してあり、すぐ出るのだが。
「待って下さい」
 この場合は自分が“見れ”ば良い。PSCは自分の脳波を追尾して船のコンピュータに送っており、指示すれば瞳の動きに相当する分を抽出し、見ているものから距離を算出する。
 イヤホンがピンを出しタブレットに字幕。カメラが捉えたこれで良いのかyes/no。人間ではないので確認してきたのであろう。切り取られた画面の形状を指先でタップ。犬と確認してyes。
『捕捉した。距離72。ガレキ除却し接近せよ。レムリア、犬が恐怖なきよう努めよ。その上で犬が知ってる近隣人々の情報と、可能であれば……』
「探査犬の依頼ですね」
 レムリアは船長の意図を先読みして声にした。
『その通りだ』
〈今から行くから怖がらないでね〉
 心に直接声で送る。
〈うわ!人間なのにどうして喋れる?〉
〈そういうのもいるんだよ。助ける。どこにいる?声を上げて〉
 キャンキャンと表現される、甲高い悲鳴のような鳴き声。
〈ケガしてるの?〉
〈動けないんだ〉
“挟まれている”という単語は知らぬようである。が、建物の下敷きになっているという彼(オス犬)の、見たままの画像は受け取った。
 果たして漁船をぐるりと回り込むと、天地逆さで浮かぶ家があった。
『生命探知……日本式テーブルとでも言えばいいのか?足の短い机の下だ』
 船長が言った。それは和室で座卓の下敷き、という相原の認識で全体像に結びついた。天地逆さであるから、天井板と座卓に挟まれているということになる。
 

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