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2017年9月

アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-137-

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「大丈夫です。お母さん吐いて。声出して吐いて。ふぁー、ふぁー、ふぁー……」
 そう発声せよというのだ。ラマーズ法の“最後のアクション”である。もういきむ必要はないので力を抜かせる。
 母は両腕を胸の前で合わせて、声を出した。
 胎児が母体を離れる。
 母親は顔面蒼白。
「あの……」
「生まれました。おめでとうございます。男の子ですよ。学、新生児の身体を拭きます。お湯とガーゼを」
「了解」
 新生児をタオルにくるむ。産声を上げないわけだが、それは個人差。レムリアはベッド下から細いビニールの管を引き出した。新生児の鼻の穴から肺へ挿入し、口で吸う。胎内で飲み込んだ羊水を吸い出すのである。
 口に達してそれと気づく。海の味である。羊水は体内に海洋を整え、胎児はその海洋で40億年生命進化を再びなぞると言われる。
 ビニールの管から母の海が流れ出る。
 新生児の身体が震えた。肺と気道を塞いでいた羊水が取り除かれた。
 口が開かれ、
 空気の通る音がして。
 誕生の声。
 最初小さく、そして徐々に大きくなる生命始まりの声。
 母体からの酸素供給が自分自身での呼吸に変わって行く。
 僅かな時間でへその緒の機能は収束し、肺胞が風船の如く開いてガス交換を開始する。応じて心臓回りの血管閉塞と流路変更が行われ、自己完結で巡り始める。
「臍帯の停止を確認」
 へその緒を握って様子を見ていた医師が言った。内部を流れる血流がもたらす振動や、伴う“温度”を触覚で確認していた。
 相原が手桶とガーゼを持って来る。
 大きな泣き声。人が生まれて最初に発する声。産声。
「元気ですよ」
 レムリアは新生児を母の胸元に載せた。
 紫色だった肌の色がみるみるピンク色に変わって行く。湯上がりのそれに似たシワが取れて行く。

 

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【理絵子の夜話】差出人不明-9-

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 いやな感じがする。そして、その感じに絆されるまま、慌ててかばんから手紙を出す。いきなりの手紙ごめんなさい……
……18時に4丁目のJRの踏み切りで待っています。
 18時!
 8時じゃなくて18時。すなわち午後6時。
 いやな感じが意味するものを理絵子は悟る。そして、身体が震えだすような気持ちと共に、花束に、目を向ける。
 あの花束は……。
 理絵子は踏み切りに近づいた。
 と、カーブの向こうから反対方向の電車のライト。
 プァーンという警笛。
 理絵子は立ち止まる。電車の運転士が、踏み切りに向かう自分の姿に“それ”と受け取ったのだと感知する。
 電車を見送る。花束が至近を行く電車の風圧で舞い上げられ、車輪に巻き込まれ、散り散りに引き裂かれ、花びらが舞う。
 まるで、何かを象徴するように。
 電車が去った後も、理絵子はしばらくそこから動けなかった。
 恐らく花に触れさえすれば、自分に備わった超絶の感覚が、この花束の意味するところを知るであろう。しかし同時に、そうすれば何が判るかを、既に今の時点で知っている気がする。
 自分が多分、“彼”を見殺しにしたことを。
 彼に絶望と悲嘆を与え、この冷たい鉄路の上に立たせたことを。
 後悔しているのか、と意識の内に問う者がある。肯定せざるを得ない。理絵子はゆっくりと首を縦に振る。そう、私は人を死に追いやった。
 人を死なせた。
 まぶたを濡らす温かいものと共に、意識の内に溢れ出すものがある。なぜ。
 なぜ、私は、人の気持ちを知ることが出来る稀有の知覚を持ちながら、彼の……死ぬほどの真剣さに応えてあげなかったのか。
 時間ミスなどという単純で大きな間違いを犯してしまったのか。
 それはお前が元より人の心を軽んじていたからだ……意識の内の声が言う。お前は自分が男子に好感を持たれる外見と知り思い上がり、挙句、傲慢にもそれを当然として男子を外見や所作で分けるようになった。その“力”を弄び、自分に都合のいい声ばかりを捉えるようになった。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-136-

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「今もう、娩出期って奴ですかね。動かすのは無理ですわ。出血ってこんな量なんですか?」
『見ようか』
 医師の声が聞こえ、程なく保持ユニットの扉が開いて姿を見せた。
 マスク、消毒のアルコール、ビニールの手袋。
「ベッドを立てた方がいいですかね……」
 相原が尋ね、操作ボタンに手を掛ける。上半身を電動で起こすことが出来る。しかし、
「そのままでいい。出血が多いからその状態で立てると脳貧血になる恐れがある。お母さん聞こえますか、私は医師です。赤ちゃんの頭が見えています。もう少しです」
 母は目を向けて頷こうとしたが、そのままギュッと目をつぶり歯を食いしばる。
 陣痛発来。
「いきんで……強くいきんで……」
 輝くような命の誕生……多く描写される形はそれであろう。だが実際はそう、美しいことばかりではない。
 全身の筋肉を使い、力を下腹部に集中させて娩出する。応じて内臓の中のものは口と肛門、尿道から押し出される。そこに出血が加わる。
 迸る悲鳴。
「声を出さない。吸って、吐いて、吸って、吐いて。いきむ。両足を抱えて。学手伝って」
 母に両足を大きく広げさせる。幼子の“おしっこし~”のスタイルである。
 その姿勢を保持するべく、相原に手伝え、太ももを抱えろというのである。
 胎児の心拍が速度を速める。一旦抜力したが、程なく再度力が加わる。
 心拍の速度が下がる。強いストレス。
「次だぞ」
「ですね……来ます」
 もう悲鳴を押し殺すことは出来ない。ただ、それを無理強いする必要も無い。レムリアは思った。
「吸って、吐いて、吸って、吐いて……赤ちゃん頭出ました。先生」
「おう」
 胎児を引き出す。肩が通り、身体がねじのようにくるりと回り(回旋)、夥しい出血。
「少し多いな」
「輸血は……」
「院に戻らんとわからん……この後出来るかい?」

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-135-

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 命令口調で指示する。これは“考える”という作業をさせないため。そも考える余裕など無いので、言われたままやっていれば良い状況を与える。
 が、母がそれを試みる前に胎児の心拍が急回復した。痛みが去り、産道の収縮が解けたのだ。もちろん、終わりではない。陣痛は波のように訪れては去るを繰り返し、その都度、産道が収縮し、少しずつ胎児を母体から送り出す。
 母は額に汗が玉を成し、はぁはぁと荒い息。
「学、水」
「はい」
 “吸い飲み”に入れた経口補水液を母の口へ。
 母はそれをごくごく飲んだ。
 発汗が止まらない。冬の朝の窓のようにだらだらと流れてしたたる。
「子どもは……」
「私の声が聞こえますか?大丈夫、元気です。ママ会いたいよって。痛みは波があります。また痛くなります。収まります。その繰り返しで少しずつ。身体からの気持ちに合わせて動いて下さい」
 息づかいがまたぞろ荒くなり、目の焦点が合わなくなる。
「あ、あ……」
「その気持ちのままに。経験したことの無いその気持ちのままに……」
「生んでやる……」
 口走る。“怒”責効果である。お産の最中のうわごとや暴言もこうした結果である。
「いきんで、吐いて。いきんで、声を我慢」
 それでも多少の声は出てしまう。流れ出す透明な“母の海”。
 および血液。
 ステンレスのバットに血が溜まって行く。胎児と胎盤の分離、胎盤自体の破壊、産道の拡大に伴う傷など、出産に伴う出血因子は枚挙にいとまが無い。人により輸血を要する。
 出産は命がけである。
 イヤホンにピン。
「学頼む。今無理」
「はい。今取り込み中です……ああ、先生」
 相原はモニタの内容を操作して船の位置を確かめた。
 さっき遡った川の中病院の近く。
『船が見えたのでね。様子はどうかね』
 医師が訪ねてくれたのである。

 

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【理絵子の夜話】差出人不明-8-

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 踏み切りに到着した。
 しんとしており、誰かいる気配はない。
「あの……黒野ですけど……」
 理絵子は小さな声で言った。最も、大きな声は必要ない。街灯の蛍光灯の音が聞こえるほどなのだ。
 遅くなって帰ったか……腕時計を見る。
 8時10分。
 諦めるには早すぎはしないか。
 それとも相手が遅いのか。
 突然犬が吠える。
「!」
 理絵子はびくんと身体を震わせ、首をすくめる。なんでいきなりという、少し怒りに似た気持ちが生じる。それは不条理という言葉が使えようか。“何でここはこんななの?”そんな風に誰かに言いたくて仕方がない。
 レールを伝うかすかな音。
 左方、駅を見ると電車が到着したと判る。まもなく、この踏切が作動し、電車が走って来よう。
 理絵子は少し線路から離れる。電車の運転士に見つけられて、自殺志願者にされてはたまらない。
 踏み切りがカンカン鳴り出した。
 理絵子はまた身体をびくつかせる。鳴り出すと判っていたのに、身体は“驚き”の反応を示したわけだ。
 もうやだ……理絵子はここから離れようと決意する。当人はいないわけだし、何か起きた形跡もないから、自殺したわけでもないだろう。ひょっとするとあの手紙自体、いたずらだったのかもしれない。
 電車が近づいてくる。
 踏み切りの表示が変わり、反対方向からも来ることを示す矢印ランプが点灯する。
 駅を発車した電車が来、轟音と共に行き過ぎる。この時間の東京行きは車内ガラガラ。
 と、線路際で何かが動いた。
 花束。
 遮断機の機械の後ろにあったらしい。風圧で線路の中にバサっと倒れる。
 理絵子はそれを見てハッとしてギョッとする。
 まだ新しいのだ。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-134-

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「その場にいる者総力戦だよ。原始時代はどうしてたんだ、って想像すりゃ判るじゃん。お母さん聞こえますか?過呼吸気味です。吐いて。息を吐いて。ふーですふー」
 ふー、というのはラマーズ法の“息を吐く”の動作。
 レムリアはゴーグルを人体サーチモードにした。同一箇所に心拍2つの旨表示が出る。母体と胎児である。心拍を音声化し、モニタに回す。
 どくんどくんどくんどくん……胎児の心音が早い。
 生まれ出てこようとしている命の音。
「痛い……」
「逃がして逃がして。ふー、ふー、ふー」
 レムリアはゴーグルを外して母の腰元にサージカルテープで貼り付けた。
 液晶モニタに心電図波形。
「いきみたい……だめ、ですか」
 母は言った。
 初産でこのタイミングは早い。レムリアは思ったが、その気持ちが自然のものならば話は別。
「どうぞ」
 相原はモニタしている鼓動に神経を研ぎ澄ました。いつぞや読まされたお産の父向けのコラムに曰く、“いきんで、娩出する”というメカニズム自体は排便と変わらぬという。胎児が同じ神経を刺激し、同じ動作を起こさせようとする。
 ただし。
 絶叫が母の口を突く。同時に胎児の心音テンポが下がり、波形の心電図パルスの間隔が広がる。もし母にこのリズムの差が聞こえていれば、鼓動はそのままゼロになるかと不安になる向きもあるかと思われるほど。それは、いきむ行為の最中に、胎児にも大きなストレスがかかっている証し。
 同期して母体が目に見えて判るほどギュッと縮む。陣痛、である。筋肉に最大の力をもたらすのは、痛みへの反射と怒り。その双方を動員して、文字通り命がけで胎児を送り出す。怒責効果(どせきこうか)と呼ぶ。
「叫ばない。声が出ないように我慢する。力が声になって逃げてしまう。口を閉じて、声を出さないで」

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-133-

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 果たして母は息づかいが荒い。陣痛が始まっている。
「船でお産は」
「可能だとは思う。ただ、大出血が怖い」
 その時。
「行け!」
 コンテナ船に渡した帆膜の上から、男達が叫んだ。
「俺たちはしばらくあさひ丸のお世話になる。陸へ向かって走れ」
『レムリア。私たちで動きましょう。相原さんも』
『相原、船長代理を命ずる』
 セレネ、およびアルフォンススの声に相原は頷いた。
 男達が帆膜から飛び込んで泳ぎ始める。帆を回収してとっとと行け。
 セレネが甲板へ上がってくる。
「ドクター。マスト格納回収。両舷前進全速。レムリア、人脈使って割り込ませられないか?」
 帆膜を持ち上げ折りたたみながら回収し、船は向きを変える、
 レムリアは電話を手に取る。
 相原とセレネが担架に母を載せる。生命保持ユニットへ搬送。
 電話先は先ほどの手伝ってもらった小児科医師。
 15回鳴らして、彼は出た。
『姫様か』
「お産です。破水しています」
『……連れてきてくれ。その代わり専門というわけじゃない。手伝ってほしい』
「判りました。現在船で向かっています。また近づいたら連絡します。ドクターシュレーター、先ほどの病院へもう一度。学、今行くから」
 レムリアは電話を切って走り出した。階段を降りて保持ユニットの扉を開ける。
 ベッドの上に仰臥位の母体。水着グラビアのように両足を立てているが、これは筋肉が力を出そうと縮むので意図せずそうなる。
「痛い……」
「初産だそうだ」
 ならば1日がかりも考えられる。
「足が……足が痛い……」
「学、痛いところ強く押してあげて。胎児の頭が神経刺激して痛かったり痺れたりするんだ」
 レムリアはベッド両サイドのスタンドを立て、毛布を掛け、一方で母親の着衣をハサミで切った。
「ここですか」
 相原は手のひらを母の太ももにあてがう。
「そこです。もっと……もっと強く」
「構わない。拳で強く押して」
 相原は肘を立ててぐりぐり押した。
「お産で夫を追い出すのは間違いだな」

 

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【理絵子の夜話】差出人不明-7-

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 電車から目を戻し、現れた状況に、理絵子はギョッとして立ち止まる。
 静かなのである。
 その通勤電車の終点近いとはいえ、都内であり、複線で本数も多い。周辺には家屋が隙間なく、軒を接する密度で建ち並ぶ。但し、どの家も塀が高く中は見えず、家屋内からの灯火も外までは漏れてこない。生活空間があるはずだが、まるでどの家も息を潜めているかのように、声や物音は聞こえない。
 心細くなって思わず見回すほど。見えるのは家塀に挟まれた細い道と。カバーが汚れて暗い街灯と。LED化されるのはいつですか。
 その街灯から、蛍光灯の唸るジーという音さえ聞こえてくる。
 走って逃げたいような気持ち。
 理絵子は約束を思い出し、かばんを両手で胸に抱えて歩き出す。走って逃げたい気持ちと矛盾するが、物音を立ててはいけないような気がするのだ。
 待ち合わせの踏み切りがカーブ線路の終わりに見えてくる。幅の狭い、歩行者専用の踏切である。
 そこは、下り線側は大きな家の裏側にあたると見え、人工の明かりは一切当たらない。
 一方上り線側は外壁モルタルのはがれた無人アパートであり、夜闇に沈んでいる。
 要するに踏み切りは全くの暗がりにあるのである。
 理絵子は月を求めて空を見上げる。しかし今日は三日月。とっくに沈んでしまった。
 なんで……理絵子は二つのことを同時に思い、ここに来たことを後悔する。
 ひとつは、これでは“自殺の名所”も当然だということ。余りにも寂しすぎる。余りにも暗すぎる。死ぬほどの思いを抱える人がここに来たなら、その思いを加速しこそすれ、逆はない。
 そしてもうひとつは、なんで自分はそんな場所なのに来てしまったのだろうということ。
 理由は判っている。それこそ差出人が自殺でもするのでは、という気配を感じたからだ。
 でもここに来て、それが間違いだったかも、と強く感じる。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-132-

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「この銃で穴を作ってそこから引き出してもらいます。両手を頭の上に」
 母が頭に両腕を載せ、銃は電力チャージ完了。
「行きます」
『来い』
「カウント3、2、1、0!」
 迸る火の玉。
 交錯する材木鉄骨を突き抜け溶かし、天へ向かって突っ走る。
 高熱があらゆる物を溶かし、燃え上がらせ、応じて“何も無い空洞”が広がって行く。
 チャンスは、この火の玉で出来上がった通路が塞がるまでの、まさに数瞬。
 ワイヤが引かれ、巾着の口が閉まり、視界が閉ざされ、強い力で引き上げられる。
 と、同時に。
 放った火の玉が上の方で可燃性ガスに触れたとも知る。火の幕が生じたのであろう。青い揺らめきが覆うように広がる様が透けて見える。
 引き上げられ、その、火の幕を通過した瞬間。
 爆発する。身体が無重力状態。つまり、袋ごと投げ飛ばされた。
 腕の中でびくりと震える母の身体。
『相原!』
『任せろ!』
 二人は宙を舞い、一旦止まり、再度加速し、轟と音を立てて落下し。
 炎の赤色に周囲が染まり。
 受け止められる。ギシギシと繊維の軋むその音は、帆膜とは異なる。
 袋の口、隙間から向こうを覗く。アルゴ号とあさひ丸との間に渡された漁網。
 網のテンションを保ったまま、あさひ丸の方がアルゴ号に近づく。両船の間の距離を縮めて、網でキャッチした二人の入った袋を回収。
 袋の口が開かれ、男達に抱えて出される。相原の顔が頷いてみせる。
 やがて夫となる彼を見、出て来た言葉は。
「お父様は……お父様が……」
 涙があふれだし、こらえきれない。
「お前が泣くな。オレが父でもそうする。これでいい……」
 その時。
「おいこれは破水じゃ無いのか?」
「え?」
 レムリアは仰臥している母を見た。衣服の裾が濡れている。
「海の匂いがするぞ」
 衣服の染みが広がる。自分にそのような匂いはしないが、彼の見立ては正しいと知った。
 男だからより敏感に判るのだ。

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-131-

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「船長より無茶だな」
「人使いの荒い」
 とはいえ大男二人は顔に余裕が見える。それで行けるという目算が立ったのである。船長も加わりワイヤが3本用意され、遺体袋にプラズマ銃を入れて準備。
 レムリアは公園のアスレチックよろしく、入り組んだ柱や角材の隙間を降りて行く。
 赤い塊だった生体反応だったが、レムリアのゴーグルが直接その位置を探知可能となり、明確に人の形を形成した。
 組み合わされた情報が液晶画面に描画される。座り込んだ人体、その上に覆い被さるような人体。
 座り込んだ人体からは心電気反応2つ。もう一つ覆い被さった人体は、押し入れと、タンスの間に挟まれてあり。
 code:0 絶命。
 父と、母と、母の中の命であった。
 父は、自らの身を挺し、崩れ落ちんとする梁や柱から母子を守る形で、両手足を広げ絶命していた。父の身がつっかい棒になったのである。
 母は、気ぜわしく肩で息をしながら、レムリアを見た。
 この未曾有の状況下、体調に変化があってもおかしくは無い。
 急ぐべきだ。レムリアは結論した。父君よ、母子を優先させて頂く。
 了解願う。
「助けに来ました」
「この子を、この子だけでも」
「いえ、ご一緒に。この中へ入って。操舵室、母子は共に問題ないと考えます」
『冥福を』
 父に対して。
「女二人で袋に入ります。総重量は推定100。発砲と同時に引き出したくお願いします。カウント3から、ゼロと同時に発砲」
 母なる人と向かい合い体を合わせ、袋の中に入る。
 軽くワイヤを引っ張ってもらって袋の口を閉じ、巾着の出口から銃口だけ突き出して天へ向ける。電源オン、電荷チャージ、プロジェクタイル(発射体。レールガンでは弾丸となり、プラズマガンでは火の玉となって蒸発する)装填。無照準防衛発砲。
 準備良し。

 

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【理絵子の夜話】差出人不明-6-

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 ひらりとばかりにバイクの後席に身を乗せる。
 その間、ボーイフレンドが理絵子に目を見開く。
「げぇかわいーじゃん。なんだよお前のトモダチんこ?」
「うるせーな手ェだすんじゃねーよ。こいつの親父“四課”だからな」
 警察の捜査四課は暴力団や暴走族の担当。
「ウッソまじ?ってなんでお前そんな奴と……」
「かんけーねーだろ。いいから行けよ」
「おう。じゃぁねかわいこちゃん」
 ボーイフレンドは理絵子に投げキッスをして見せ、桜井優子に後頭部をしこたま叩かれてから、バイクを発進させた。
 
 理絵子は平日毎日5時半から7時半まで、学習塾に通っている。
 だから8時に待ち合わせを設定されても、別段親への弁解に頭をひねる必要はない。
 問題は彼女が少々方向音痴だということだ。
 4丁目の踏み切りはどこですか……誰かに聞けば恐らく簡単ではある。ただ、その場所に行くとなると、聞かれた側は警戒する。教える前にもう一度考え直しなさいと言われるのがオチである。
 散々迷った挙句、線路伝いに歩いて行けば良いと彼女が考えついた頃には、時計の針は殆ど8時を指す所だった。
 県道から線路へ出、カーブした線路に沿う細い道を、隣の駅に向かって歩く。
 県道の踏み切りがカンカン鳴り出し、銀色車体に街明かりをギラギラさせて通勤電車が駆け抜ける。タラコ色のストライプが巻かれていて妙に太く感じる。クラスのマニア少年に言わすと、このタラコ色は“オレンジ・バーミリオン”というらしいが、理絵子はこの色を好きとは感じない。落ち着きがなく、むしろ何か心をざわつかせるようなものを感じる。この路線は自殺者が富に多いと聞くが、ひょっとするとそうした影響もあるのではあるまいか。
 電車が走り去り、音が小さくなり、様々な色の灯火がひとかたまりに見えるサイズに遠ざかる。
 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-130-

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 彼らが進んでいった穴から小さな爆発のように煙を伴うガスが吹きだしてきた。
『貫通した。ラング、我々が見えるか』
『待て、生体反応あり』
 ラングレヌスの声があり、レムリアの液晶にその旨の表示が出た。
 レムリアは男達を追って同様に帆膜の上を滑り、死のただ中へ走り込んだ。
 貨物室は学校の教室くらいの空間はあろうか、そこに累々と横たわる男達。隙間なく人体があるので、避けて通るが難しい。
「姫」
 呼ばれて見上げると、アリスタルコスの巨体があり、引き寄せられ抱え上げられた。
 貨物室を横切り、貫通した反対側へ下ろされる。脳波指示で液晶に生体反応位置を表示させる。
 めらめら燃える炎に囲まれ、3階建ての鉄筋アパートが横倒しであった。液晶に建物の透視図が重ねられ、生体反応は1階押し入れに認められる。横倒しであるから、窓はほぼ天を向き、床面は直角に近い。揺れか津波か、建物が横倒しになった際、押し入れに“転がり落ちた”と推定された。
 そして這い出せない。但し、押し入れの空間が安全な隙間。
 窓に乗り、中を覗き込む。折れた柱やタンス等が折り重なって室内を埋め尽くし、反応の位置が見通せない。
 レムリアは歯を食いしばった。まず行き着いて必要な処置をしなければならない。小柄な自分なら隙間隙間を通って多分行き着ける。
 問題は帰り。構造を船コンピュータに把握させ、可能な限り破壊して真っ直ぐに出たい。
「壊れる危険が計算できませんか」
 その問いに、相原の答えは瞬時であった。
『いや、壊すだけ壊して建物潰れる前に出てくりゃいい。また遺体袋を使う。袋を持って中に降りろ。次にワイヤとプラズマを下ろす。君と袋をワイヤでぶら下げろ。そしたら袋の中からプラズマで真っ直ぐぶち壊せ。出来た穴から家が潰れる前に引き出す。理解したか。頼むぞ大男』

 

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アルゴ号の挑戦~東北地方太平洋沖地震~【魔法少女レムリアシリーズ】-129-

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『貨物船の船体を貫通し通路を作る。私が船腹を円盤状に切り取るから、至近にプラズマを炸裂させ、爆風で円盤を吹き飛ばせ』
 レーザで円盤を作り、その円盤を火の玉が作る風圧で動かして船体を左から右へ貫通させようというのだ。
『アイ』
『行くぞ』
 予行もタイミングあわせのカウントダウンもなかった。船長のFELがバチバチと火花を散らして船腹に円盤を描き、その部位にプラズマ火の玉が撃ち込まれた。
『来たぞ!レーザ貫通』
 それは船の向こう、ラングレヌス。
 その時。
『作戦待てい!』
 ラングレヌスが驚愕を声にし。
「人か!?」
 漁船で見ていた男性が指で指し示した。
「なんだ?」
 おじさん達の表情が、SFアクション映画を見る少年のそれから、驚愕ショックの凝固に変わった。
 極めて、ショッキングな、状況が、各人の視界に映じた。
 恐らく、船が炎に捉えられた時、パニックになった結果、この切り取った部位……貨物室に逃げ込んだのであろう、東南アジア系と見られる多くの船員の身体が、文字通り“どさどさ”転がり出てきた。
 鋼鉄製の船体が炎に長時間炙られていたのである。生存確率について書くまでもない。
「止まるな行け!」
 おじさんの中から声があった。
「そうだ、俺の死でお前が生きるならそれでいいってのが海の男よ。乗り越えて反対側もぶち破れ!」
『判った!』
『判った!』
 海の男達の進言に、双子の大男はコンテナ船のこっちと向こうから同時に声を返した。なお、この二人が“賞金稼ぎ”として世界を股に掛け、応じて多くの人死にに付き合ってきたらしいことをレムリアは承知している。
 穴開けが終了し、穴の近くへ帆膜を広げ、伸ばす。アリスタルコスと船長がその上を滑って穴のそばへ降り立ち、数人の遺体を引き出して中へ入る。レーザの閃光とプラズマガンの発砲であろう、火の玉が炸裂するパンという音。

 

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