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2018年4月

【大人向けの童話】謎行きバス-23-

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 受け取った網を水中にしずめる。上に向けて静止させ、通過するのを待つことしばし。
 横切る黒いかげ。
 体が勝手に反応する。8年間の虫取りの経験が、自動的に〝網〟を動かす。
 ばしゃっ!
「やった!」
 下級生たちから声が上がる。持ち上げた網の中でもぞもぞ動く姿。
 早速取り出す。
 ゲンゴロウ。図鑑(ずかん)の中だけのマボロシの存在かと思った、大形の水生昆虫。
 雄一にとっての〝ランキング〟は水の中のカブトムシに相当する。実際、甲虫(こうちゅう)というくくりで見れば、同じ仲間である。
 手に持つと、泳ぐ力をアップするために毛の生えた脚をもがいて、にげようとする。その力の強いこと。しっかり持っていないと取り落としそうだ。それから、つやつやと光り、手のひらとほとんど同じくらいの大きさを持った、長丸形の体の美しさ。
「へぇ……」
 しばらくながめてしまう。ふつうなら容器に入れてお持ち帰りだ。でも多分、こいつは、このプールの中で、のびのび泳いでいた方がいいのだろう。
 下級生たちがのぞきこんできた。
「でっけーなぁ」
「せんせーすげーなぁ。オレらつかまんねーもん」
「ほい」
 雄一は男の子の一人の手のひらにゲンゴロウを乗せた。
 ちなみに、これが魚類であると、水から出すと死んでしまうわけだが、水生昆虫は空を飛んで別の水場へ移動するほどであるので、そういった心配は全くいらない。
 ゲンゴロウが男の子の手のひらをごそごそ動く。そもそも泳ぐ脚なので、歩く動作はあまり格好の良いものではない。
「わぁくすぐってぇ……あれ?案外軽い?」
 そのことなら。
「背中がへこんで、翅との間に空間が出来てるんだ。だからでしょ。そこに呼吸するための空気をためるんだ。その空気のおかげで水中でも身軽だし、長い時間もぐっていられる。だから気門の穴もそっちに開いてる」
「きもん?」
 

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【大人向けの童話】謎行きバス-22-

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 雄一は言った。それは単なる肉食動物の〝捕食〟が、人の目の前で行われた。ただそれだけ。
「かわいそうかどうかは?」
「ああいうの、見慣れちゃってますからね。それに、ぼくらが肉や魚を食べるのと同じだし。ただ、かわいそう、という気持ちは、そう感じなくなったら終わりかな、とは思ってます。だって、自分たちだって命を食べて生きてることを、何とも思ってない、てことになるわけですから」
「ほぉ」
 雄一の意見に、センター長はまず大きくうなずき。
「なるほどな。ちなみに、雄一先生は、今朝のセンターの朝ごはん、シャケの切り身を、骨以外とてもきれいに食べました。ぼくはこれを大変大切なことだと思いました。なぜでしょう。…ではこれを今日のみんなへの宿題にしたいと思います。答えは、雄一先生と、いろんな虫を見ながら考えてみてください。では解散!」
 センター長は言い、手をパンとたたいて、歩き出した。
「ゆーいちせんせー」
「せんせー」
「せんせープール行くの?」
 弟みたいなのがたくさん集まってきた。
 
 
 暑くなったので雄一はジャージをぬいだ。白一色の体操着、半そで半ズボン。
 5~6人の下級生を連れて、雄一がまず向かったのはプール。
 プールサイドに盛られた土は草ボーボー。のびたススキの葉には赤トンボの一種、アキアカネが飛んだり止まったり。プールはのぞきこむと水草が生え、いろいろ動くやつらがおり、プールのおもかげは全くない。
……待て。
 雄一は気付いて土の上に手を付き、水の中をじっと見つめる。
 その丸み。サイズ、泳ぐ速さ。
 少~し緑っぽくも見える、なめらかな黒い背中。
「ゲンゴロウ」
「うん、いるよ」
「せんせーこれ使う?」
 男の子が〝網(あみ)〟を差し出す。とはいえ、店で売っているものではなく、竹ザオに針金ハンガーを輪にして取り付け、女性用のストッキングをかぶせた手作り。
 

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【大人向けの童話】謎行きバス-21-

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 雄一のうでをはなれ、すばらしい速度で、音もなく、身をくねらせ、ホールの片すみへ、文字通りつっ走る。
 そのスピードと勢いは、うでにいた時の姿がウソのような、ありのままの野生の姿。
 野ネズミが気付いてにげ出そうとした。
 しかし、ワックスでつるつるのホールのゆかは、ネズミにはすべるようだ。
 全身が足であるジムグリはわけなくネズミをとらえ、そのアゴがまさかと思うほど開いて、ほぼ一口でくわえこんでしまう。
 くわえこまれてなお、口の中で動く野ネズミ。口からはみ出して、めちゃくちゃなまでにふり回されるしっぽ。
 そのしっぽの動きはネズミの抵抗(ていこう)。しかし、ネズミの体は、ゴリゴリという、こわいような音と共に、次第にヘビの中へと送られ、合わせてしっぽが口の中に消え、見えなくなった。
 ごくり。
「うげぇ!」
「すげー」
 表情からする子ども達の反応は二分。気持ち悪い、かわいそう派。そしてヘビに味方する派。
 ジムグリは〝ごちそうさん〟とばかりに、舌を一回ぺろりと出すと、ゆか面近くの通気用窓から、外へ出て行き、姿を消した。
 しーんとしたふんいきが、子ども達を包む。
「ほう、すごいのが見られたねぇ」
 センター長はまず一言。そして立ち上がって、着ている背広や手のホコリを、パンパンとはたく。
「かわいそうだと思った人」
 女の子を中心にほぼ半分の手が上がる。
「ヘビってすげーなぁと思った人」
 こっちは男の子が多いか。古来より、猛獣(もうじゅう)をかりでしとめる、というのは、勇気の証明として、王族や英雄(えいゆう)が好んで行ったが、この反応の差は、そうしたところにもつながっていようか。
「雄一先生はどう思ったね?」
 センター長は雄一に聞いた。
 どうもなにも……
「はい。そうですね。ネズミはあのヘビのエサですもん、ふだん見えないものが目の前で見えた、ただそれだけだと思います」
 

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【大人向けの童話】謎行きバス-20-

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「まずはプールかなぁ」
〝生徒〟から、な~んだというあきらめの声。
「雑木林はあとで。だめかい?」
 雄一が言うと、口をとがらせていた生徒は「うん」とうなずいた。
「決まったようだね。じゃぁみなさん朝のあいさつ会を始めます。おはようございます…」
 子ども達が、おはようございます!の大合唱。
 今から始めるの?と、雄一はおどろき半分、感心半分でセンター長を見上げた。これがたとえば自分の学校の朝礼だったら、子ども達が声を出した時点で、「静かにしろ!」だし、自分のしょうかいなんか、後回しだ。
 もっとも、それ以前に、ヘビをうでに巻いて朝礼に出ることはないが。
 そのヘビがもぞもぞ動く。巻きついていた体を解き、首をのばす。
 何か探している?
「……今日は由美さんがクラブの練習で学校に行っているので、帰って来るのは5時、どうしたね雄一先生」
 雄一はしゃがみ、うでをゆかに付けた。うでから出て行くなら、いつでもどうぞ。
「ヘビが動くかね?」
 センター長がいっしょになって姿勢を低くし、雄一の視点から、ヘビの見ている方向を見る。
……それは、学校であれば、朝礼の最中にとつぜん、校長が体育館のゆかでハイハイ、ということになろうか。
「何か見つけたようです」
 言って程なく、ジムグリが、うでからはなれた。
 このヘビが捕食(ほしょく)するのは、主として地中のモグラやネズミなど。
 そもそもジムグリという名前自体〝地もぐり〟から来ている。
 センター長は子ども達に向かって、指を口に当て、シーッとやった。
 はう、という声が、尚子さんから上がる。
「ね、ねずみ……」
 かすれた声で、おそるおそる指先で差し示す。どうやら尚子さんは、〝小さくて動くモノ〟は基本的にダメらしい。
 雄一は尚子さんが指差すその方向に目を向けた。するとなるほど、タタタタタと、小さな足音を立ててカベ沿いを走る野ネズミ。
ジムグリが、動いた。
 

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