« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2018年9月

【理絵子の夜話】見つからないまま -13-

←前へ次へ→

 
 お母さんと優子が同時に円い目を作り、同時にお父さんを見る。
 催促するように再度チャイム。
 優子が玄関へ向かった。
「あの……黒野さん」
 ためらいがちにお母さんが理絵子を見た。
「あなたは……やっぱり大きなお力をお持ちなのではないですか?」
「ないですないです。ただ、お父様はお疲れになっていただけ。ゆっくり休まれれば治ります。英気を養うってところでしょうか」
 理絵子は手を左右にパタパタ振って言った。
 優子が戻ってくる。
「あい、お待たせの晩飯。りえぼー、お前今夜泊まってけ」
「そうそう、それがいいわ」
 
 
 恐らくすぐにでも千葉に行ければ良かったのであろうが、学校をおろそかにするわけにも行かず、出発は土曜日になった。
 旅行カバンを手に、青や黄色を使った派手派手しい塗装の特急電車から、温泉地の名前の付いた駅に降り立つ。
Sn3n0010
「グリーン車って初めて乗ったけど、ちょっとイスが大きすぎて落ち着かない感じ」
 理絵子は優子に感想を述べた。桜井家が千葉への移動に用意したのはグリーン車。
「でも静かでいいだろ。東京まで1時間かったるいのに乗ったんだ。そこからまたかったるいのじゃイヤだろ?」
 優子があっさり言い、駅員に切符を渡して改札を抜ける。
 駅前にはタクシーが一台。優子はためらうことなく乗り込んだ。
「ここへ……」
 優子がメモを運転手に渡す。
「ああ、はいはい」
 白髪の運転手は何度か頷き、車をスタートさせた。
 ゆっくりした丁寧な運転。
 海沿いの国道へ出、梅雨明け間近の太陽へ向けて走る。
「お嬢さんは、桜井さんとこの……」
「孫、です」
 運転手の問いかけに、優子はぎこちない感じで答えた。
「そうですか。いや顔立ちがあそこの奥様に似てるなぁと思いまして……そうですか」
 走ること数分、国道が右へカーブし、海沿いから少し中へ入る。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【大人向けの童話】謎行きバス-45-

←前へ次へ→

 
 ちなみに、茨城(いばらき)などではゴキブリのことを実際にコガネムシと呼ぶ。この歌の作詞者、野口雨情は、茨城出身である。
「このコガネムシとはちがうんだ」
 隊員がカナブンを指さした。カナブンやカブトムシはコガネムシ科である。
「うん。こっちのコガネムシは、そのかたくて、がんじょうな体が基本。それで身を守った。ハチは針でさすことを覚えた」
 雄一は言いながら、顔の周りをまとわりつくように飛ぶヤブカを、手で追いはらった。
 そろそろ虫よけスプレーが切れてきたらしい。気がつけば、足に何びきも。
「だからってヤブカに血をくれてやる気はないや。うひゃひゃ、いったんここ出てスプレーやり直そう」
 雄一は、日が差しこむ明るい方へ、歩き出した。
 
12
 
 雑木林を出ると、けずり取られた急しゃ面と、その下に広がる、かわいた草原。
 急しゃ面から草原にかけては、大きな三つ葉とピンクの花のツル植物、クズ(葛)が、ズルズルびろびろと、文字通りはびこっている。
 そのクズのツルを3本まとめてロープ代わりにし、探検隊はしゃ面を降りる。
 足元からブンと音を立ててバッタが飛んだ。
 力強く羽ばたき、かなりのきょりを飛び、クズがのびていない、土の上に降りる。
「なんかでけえ」
「トノサマバッタだよ」
「隊長網貸して」
 網を持ち、隊員達が追って行く。しかしトノサマバッタの飛ぶ力は相当なものである。にげられ、こんどはこっちの方へもどってくる。
 その時だった。
 自転車に乗った子どもが3人ばかり、走ってくるのが見えた。
 雄一はハッとした。
 彼らが隊員達を指さし、何事か言ったと分かったからだ。
 隊員達がバッタを追うのを中止し、こちらへ走ってくる。
 その隊員達を自転車の一団は追ってきた。〝あおる〟というのか、追い立ててこわがらせ、喜んでいるとすぐに分かる。
 トラブルだ。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】見つからないまま -12-

←前へ次へ→

 
 細い腕に力を感じたのはその時。
 理絵子はマッサージを止めた。
 お父さんが自分を見ている。
「すまない、ね」
 か細い声。
「いいえ。お役に立てるか判りませんが。できるだけのことは」
「お父さん喋れるの?」
 びっくりしたようなお母さん。
 ということは?
「ああ、うん。さっきから身体があったかいんだ……」
 安堵の声。
 理絵子は理解した。お父さんは働きすぎたのだ。資産家に生を受け、会社の経営を任された。お父さんはろくに家に帰らず、文字通り身を粉にして働き続けた。その間、ゆっくりと落ち着く場所はなかった。
 加えて、父親不在は子供……優子の心理をマイナス方向へ引っ張った。
 父親としての責務を果たせなかった。頑張ってきたのになぜ。その落胆はお父さんから張りつめていたものを奪った。その結果、元々過労でガタガタだった身体は、それを鼓舞するものを失い、動けなくなってしまったのである。
「学級委員さんなんだ」
 お父さんは理絵子のバッジを見て言った。
「ええ、こういうのは一番おとなしそうなのが押しつけられます」
 そのセリフにお父さんは笑った。
 ふすまが性急な勢いで開く。
「今の親父か?」
「ああ優子、お前、いい友達ができたな」
 まるい目で驚く桜井優子。“父親が笑った”というのは極めて驚嘆すべき現象だったようだ。
 そこで理絵子は気付く。数分前からぐんぐんとお父さんが元気になり始めている。
「どうしてこんな放蕩娘と友達に?」
「気が合ったんですよ。何か特別な理由があったわけじゃないです」
 理絵子は軽く笑って答えた。
 お父さんは明らかに変化している。か細かった声に“芯”が戻ってきている。
「そうか。気の合う友達か。オレも欲しかったな」
 玄関チャイム。
「お客さんか?」
「寿司とったんだよ」
「寿司か……食べたいな」
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【大人向けの童話】謎行きバス-44-

←前へ次へ→

 
「ザトウムシ。見ての通りクモのしんせき。虫つかまえて食うところもいっしょ」
「へぇ。あ、なにこのクワガタ。コクワのメス?」
「ちょい待ち。よーく見てごらん。そいつはいわゆるゴキブリ。ヤマトゴキブリ」
「え?うわほんとだ。何でこんなところにいるの?」
「森林に住むのが本来の姿なんだ。何せ3億年前からゴソゴソしてるからね。そんな時代に人の家があったと思う?」
「3億年……」
「あ、それ聞いたことある。ゴキブリって全然変わってないって」
「実はゴキブリもすごい?」
 隊員達は雄一の顔を見た。
 雄一はへぇ、と思った。いくら虫好きでも、ゴキブリの仕組み・生態に興味を持つ子どもなどそういない。ましてやこの隊員達は〝カブト・クワガタは好きだけど……〟というタイプである。
 そんな隊員達のこの質問。それはおそらく、ゲンゴロウやハンミョウのような〝生きるための工夫〟が、実はどんな昆虫にも備わっていることに気付き始めた。そして、それを面白いと思い始めた、ということであろう。
「大昔の昆虫はデカくて強かったんだ。こんなトンボの化石見たことあるでしょ」
 雄一は両手を軽く広げた。
 メガネウラ。翅(はね)を広げると70センチにもなる。
 史上最大の昆虫。
「他にも巨大グモとかいろいろいた。そんなのからにげるには、それなりに進化する必要があったんだと思うよ。その結果、こいつらが選んだ道は、せまいスキ間に入りこめる平べったい体。とにかくそこまでにげこめる早いにげ足。そして、敵が食いきれないほど、たくさんの数はびこること。だから、野菜から肉から石けんまで何でも食うし、いつでもどこでも卵を産む。〝こがねむしは金持ちだ〟って歌詞知ってるでしょ。あのこがねむしはゴキブリのことで、建てた〝金ぐら〟ってのは、ケツにつけて持ち歩く卵のかたまりのことだ、と言われているんだ」
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】見つからないまま -11-

←前へ次へ→

 
 お母さんが戻ってきた。
 と、共に、遠くから近づく救急車のサイレン。
「でもとりあえず病院で見てもらった方が良いかと思います」
 理絵子は言った。男は、何度も頷き、ジャングルの謎の鳥のような声を上げて泣いた。
 救急車が門前に止まった様子。桜井優子が門へと向かう。
「お嬢さん……」
 男が言い、理絵子の目を見た。
「はい?」
「これを…これは、あなた様が持つべきだ」
 男は独鈷杵を理絵子に差し出した。
 
 
「やっぱり、悪霊とかそういうものですか?」
 お母さんが理絵子の顔をのぞき込む。
 理絵子は今、桜井優子の父親が寝ている布団の傍らに座っている。全身の筋肉から力が抜け、動くことができないのだという。病院でも原因不明とか。
「いいえ」
 としか理絵子は言えない。霊は無関係。ただ、お父さん自身や家族の気持ちが、相当の影響を及ぼしてはいる。
 大人の男性なのに、自分より細くなってしまった腕や足。
 痛々しい以外の何ものでもない。思わず腕を取り、ゆっくりとマッサージを始める。とはいえ、ただ、手のひらを宛がって、上下に動かすだけだが。
「宗派とかは、どちらです?」
 お母さんが理絵子に問い、理絵子に倣って他方の腕をマッサージ。
「特にどこかの宗教団体に入っているというわけじゃありません。ただ、そういう力ですから、両親が心配してそこの高尾山(たかおさん)に私を連れて行って、修験者に引き合わせたんですね。で、力のなんたるかを理解しましたし、心構えとか、少しレクチャーを受けてはいます。でも、テレビや雑誌に出てくるようなことは、私にはできません」
「そうですか」
 残念そうなお母さん。千葉の件を頼もうと思ったようである。
「あ、でも優子ちゃんのおばあさまの件でしたら、彼女から伺ってます」
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【大人向けの童話】謎行きバス-43-

←前へ次へ→

 
 カブトムシに負け、角ではじき飛ばされたところを、手のひらで拾う。このミヤマクガタは、どちらかというと昼に活動する。
まだケンカの興奮が残っているのだろう、6本の足を力んでふんばり、『なんだお前は!』とでも言っているかのように、アゴを持ち上げて威嚇。
 とはいえ、彼がいるのは手のひらの上である。そのまま水そうへご案内し、下ろす。プラスチックむき出しというのもどうかと思うので、腐葉土を手ですくって中に入れ、かれた枝に樹液をぬりつけ、止まり木の代わりに入れてやる。
 その時。
「うぉー!」
 他の木を見に行った隊員から、声が上がった。
「ちょーでけぇナメクジ!」
「うそ、どれどれ」
 隊員達が走って行く。
「うぉ何これスゲー!」
「信じらんねぇ。隊長!これなんですかぁ」
 雄一に聞いてくる。ヤマナメクジなら相当〝長く〟なるが。
 木の幹にべたっとくっついてるそいつは、ちょっとちがった。
 見慣れた〝カラのないカタツムリ〟とは、スタイルがちがう。黄色がかっていて、小判形というか、空気がぬけてつぶれたラグビーボールというか。
 ナメクジの仲間だと分かるのは、触角(しょっかく)とか、目とか、その辺の構造。
 大きさ、手のひらサイズ。
「キイロコウラナメクジ」
 雄一は言った。
「へぇ……」
「黄色い甲羅(こうら)を背負ったみたいなナメクジだから。外国から入ってきたんだ。これでも最近は少なくなってるんだってよ」
 触角をつついてやる。〝いやーんなにするの~〟とばかり、ナメクジが身をよじらせて触角を引っこめる(まねしないで下さい)。
 そのそばを行く異様な生物。
「うげっ!」
 隊員の一人が後ずさる。そいつはアズキ豆程度の体から、糸みたいな細い脚が何本ものびている。脚が長すぎることを除けば、コソコソした動き方と共に、クモそっくり。
 ちなみに、脚を全部広げれば、多分これまた手のひらサイズ。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】見つからないまま -10-

←前へ次へ→

 
 心臓が動き出したのだと理絵子は理解した。
「ああ、大丈夫だね」
 理絵子が言った。桜井優子が残念そうな表情で、男を見、数珠を手にする。
 男はそのまま仰向けで台風のように何度も呼吸。
 桜井優子は数珠を観察している。何か気になることがあるようだ。
 そして。
「なるほど」
 桜井優子は大数珠をぐいっと引っ張った。
 再びバチッという音。
 確かに何かある。
「りえぼー」
 桜井優子は言うと、数珠の一点を指差した。
 なにやら指先サイズのメカ。数珠を引っ張ると、金属部分に青い小さな火花が飛ぶ。
「ガスレンジの点火部分だよ。こいつ、これで悪さしてたな」
 桜井優子はメカを男の二の腕に押し当て、数珠を左右に引っ張った。
「ぎゃう!」
 火花と共に男が声を上げ、身体を震わせる。
「おもしれぇ!」
 理絵子は納得した。さっき男の身体の下から数珠を引っ張り出したとき、この火花がちょうど電気ショック(作者註:除細動装置)と同じ役目を果たしたのだ。
 点火装置をじっと見る。何に使われたか、過去が判る。
 護摩焚き……弘法大師クラスの法力使いになると、護摩木に念力で火を点けるという。そこで男は“強さ”の演出のため、念力着火と見せかけるべく、数珠にこれを仕込んだのだ。
 ちなみに、超心理学では火を発する能力をパイロキネシスと呼ぶが、能力者は滅多にいるものではない。
「ありがとう……」
 男は絞り出すようにそれだけ言った。
 吹っ切れたように小さく笑う。幾ら執着しても死んでしまえばそれまでだ。そう悟ったようである。
「今日のことは、あなたを変えるかも知れませんね」
 理絵子は言った。確信がある。この男はもうこの“稼業”には戻らない。
「はい」
 男の目から涙がこぼれる。まるで母親か教師に諭されたように、14の娘相手にかしこまっている。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【大人向けの童話】謎行きバス-42-

←前へ次へ→

 
 カナブンは少し行った先のクヌギの木、幹の向こう側に止まった。
 そこに樹液が出ているのだろう。
 スズメバチがいないか気を配りながら、ふわふわした腐葉土(ふようど)の上を歩いて行く。
 ツンとする樹液のにおい。
「うわ、くさ~」
「そのニオイが、カブトクワガタにはたまらないんだって」
 そのニオイの強さに確信が芽生える。雄一はニコニコしながら、カナブンが止まった、木の幹の、裏側を、のぞいた。
 探検隊が、映画の中で見つける物は、これと決まっている。
「宝物発見!」
 隊員達に伝えると彼らは走ってきた。
「おあっ。すげー!」
 そこは昆虫食堂である。カブトムシがオス2ひきメス2ひき。ノコギリクワガタのオス同士がケンカ中。
「あっちも!」
 となりの木を見た隊員がさけび、走って行く。そこにもノコギリクワガタがいる。
「隊長、取っていい?いい?」
 ここから見ても分かる、きらきらした目、興奮をかくせない声音。
「もちろん」
 隊員達はそれぞれお目当ての虫に手をのばす。隊員数より虫の数の方が多いので、ケンカにはなるまい。
 雄一は近場の木をいくつか見回った。樹液が豊富なのは、このとなり合う2本だけで、他にはパッと見て分かる昆虫食堂はない。なお、この手の虫は、ふつう夜行性と言われているが、ここのように昼でもうす暗い林では、活動していることがある。また、そうでなくても、樹液の成分がお酒に近いため、〝よっぱらって〟昼になってもしがみついてる、というパターンもある。
 それと。
「あ……」
 雄一はカブトムシとケンカを始めたそのクワガタに、今度は自分が、目をかがやかせた。
 ミヤマクワガタ。
 単に大型でアゴが立派、というだけではない。胸の後ろがグッと強く出っ張っており、非常に、〝いかつい〟男性的な外観をしている。
 
1024px
(wiki)
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】見つからないまま -09-

←前へ次へ→

 
 数え切れないくらいやったと吐露する。国内のあちこちでその都度名前を変え、それこそ神仏にすがるより他ない人たちを骨までしゃぶった。
 病気、縁・結婚、子宝、天変地異の被災者。
 中には病院と結託して死期迫った患者を紹介してもらい、“治してやる”とだましたことさえもあった。
 理絵子は聞いていて気分が悪くなってきた。困っている人を欺して更に困らせる。それ以上卑怯な行為は多くあるまい。
どうして、どうしてここまで悪いことできる?
「う……」
 男が苦しそうなうめき声を上げたのはその時である。
 理絵子は気付いた。
 極度の恐怖……ドキドキが心臓に負担をかけ、そもそも肥満のため万全でなかった男の心臓が、限界点を越えたのだ。
「あの、救急車を。心臓発作です」
「え?あ、は、はい!」
 お母さんが慌てて奥へと走る。
 男は酸欠の金魚のように口をパクパクさせながら、数珠もろとも雪崩のように三和土へ倒れ落ち、仰向けにゴロリと転がった。
 満面に浮かび上がる冷や汗。血流が停止したためチアノーゼ状態に陥り、肌の色が青黒い。
「こいつ死ぬのか?」
 と桜井優子。殺虫剤をかけられたゴキブリでも見ているような風情。その気持ちは判る。しかし。
「判らない。ただ自分ちの玄関先で人が死ぬというのは後々非常にどうかと思う」
「そうだな」
 桜井優子が三和土にしゃがみ込む。心臓発作なら心臓マッサージすれば良いだろうと思う。
 経験はないが見よう見まねでやるしかあるまい。理絵子は記憶の中のおぼろげな保健体育の教科書をめくる。
 男が下敷きにした数珠が邪魔。
 桜井優子が引っ張り出す。
 その時。
 電気のショートのようなバチッという音がし、男が身体を一回びくっと震わせ、“筋肉が勝手に震えて声が出ました”的な声を発した。
 男の胸がフイゴのように大きく動き、息を吸い込む。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »