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2020年10月

【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -11-

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 正月。
 集中看護が不要な父親は大晦日に家に帰された。足は相変わらずギプスで固めているが、吊っておく必要はない。但しそういう状況であるから、外出は車椅子、宅内の移動は松葉杖。
「バリアフリーの必要性について真剣に考えさせられるな」
 父親は漏らした。些細な段差、隙間、往来の狭さ、……普通に歩いていると気にならない悉くが、こういう状況では難儀そのものと化す。
「赤い顔して言っても説得力ないし」
 理絵子はトイレから帰って来た父親に笑って言った。酔ったせいもあろう、父親はややふらつきながら、松葉杖でどうにかこうにかドアをくぐり抜ける。
「飲む以外することあるか。あ~こんな正月何年ぶりだ」
 父親はリビングのテレビ桟敷、大振りな革のソファに身を預けると、ウィスキーの封を切った。確かに、仕事が仕事なので3が日全部家にいたことはないし、そうでなくても大きな事件があれば呼び出される。“非番”は“待機場所が自宅”、なだけに過ぎない。
「まだ飲むつもりだよちょっと」
「お父さんさすがに飲み過ぎじゃ…」
 病院は禁酒。心底嬉しそうな父親にはちょっと悪い気もするが。
「医者が言ったろ?『家族は父親の好きにさせるように』……大丈夫大丈夫、限界は知ってるから」
 父親は医師のセリフを反復した。にしては呂律が回っていないが。
 この状態はあまり良くない、と理絵子は直感を得た。医学的に結論づけざるを得ないから鬱傾向なのであって、形而上的な調べは何もできていない。霊能者に分類される自分のセリフじゃないが、何でもかんでも“霊の仕業”とする風潮には疑念を呈したい。さりとて、科学的要因にこじつけるのも一方的な気がする。科学は科学の限界を知るべきだ。
 そんな理絵子の思考に対し、テレビでは霊能者と科学者の言い争い。
「あ~眠い。寝るぞ俺はぁ。理絵子、何か掛けるモノ持ってきてくれ」
 父親はソファをリクライニングさせて簡易ベッドにし、仰臥。それは“緊急呼び出し対応”時の仮眠のスタイル。ここに寝るように習慣づいてしまっているのだ。
「単価高いよ私」
「1万でも2万でも母さんからもらってくれや」
「なんであたし」
 酔うとなまじ面白いから怒る気も失せてしまう。リビングから寝室に向かい、毛布と布団を持ってくる。

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -07-

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 自ずと否定、拒否の意思が混じってしまいました。何故ならこの巨大生命には、過去に100光年規模の電子化生命圏を包んで“食事”し、以後、その文明圏の電気エネルギが皆無になったという記憶があるからです。それに基づけば、この者の“食事”は文明を破壊した。ただ、この者には、伴って夥しい数の生命が失われた、という認識はありません。砂粒に付いたウィルスのようにあったことすら知らないのでしょう。
 敵意はない。しかし、その意のままに振る舞われればこの星は滅びる。
 執るべき手段は一つ。私はつながっている仲間達を通じて呼びかけます。

 天空の神々よ、雷司る大いなる方々よ。この者をその存在に相応しい場所へ導いて。

 この願いはそれぞれその地に住まう私の仲間達を通じて、各地伝承の雷神へともたらされました。ギリシャのキュクロプスたち、エジプトのセト、ケルトのタラニス、ヒンドゥーのインドラ、日本の火雷大神……。
 ドーン……擬音にするとそうなりましょうか、遠雷の音があちこちから届いて来、驚いた鳥たちがその都度バサバサと飛び回り、鳴き声を上げます。
〈雲一つないのに雷?〉
〈アポカリプティックサウンドだよ〉

-精の者よ。

 私を呼んだのは火雷大神。
 白い装束をまとい、大剣を手にした姿でイメージされます。

-汝の願いを我らへ。

 それは私の意思を神々へ見せよ。その意志の強さに応じて神々の力が解き放たれる。
 そのようにお訊ねになられた意図。……このガス状生命が滅びるから。
 地球生命を守るために、このガス生命を殺してしまうが、良いか。

 私は、この者を、この者に相応しい場所へとお願いしました。その意思に迷いはありません。

-仕った。

 電界形成。
 神々の意図はそこまで判りました。
 地球をプラスに、ローカルバブルの外縁をマイナスとする“電圧の掛かった領域”が発生しました。

-これは……。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -10-

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 でも。
「父上殿」
 理絵子は少しふざけた調子で言った。
「ん?」
「もし私が男の子で、この年でお父さ~んお父さ~んって来たら、どう?ニキビだらけに無精ひげ、太い声でさ」
 すると父親はフッと笑って。
「いい年こいて大丈夫かコイツって思うわな」
「でしょ?そういうお年頃なのですよ私は。つまりはナチュラルなこと。決して私はお父さんと離れようとは思ってないし、よく言われるみたいに鬱陶しくも思ってない。責任感持ってまじめに仕事に取り組んでる立派な父さんだよ」
 そこで母親がため息がてら。
「真面目の副作用なんだろうね。考えすぎ。一応私も女なんだから、そういうことで悩んでいるなら訊いてくれればいいのに」
「そうだよ。一応女なんだし」
「そうだな。一応女だったな」
「……良く聞くと失礼だね」
 母親が膨れ、父子は笑った。
 鬱傾向。医学的には妥当な結論である。一方、形而上的な可能性はないだろうか。
「どう思う?」
 その晩深夜、理絵子は“午前2時の訪問者”に尋ねてみた。ちなみに、父親の心理情動はテレパシーでずっと追いかけているが、今はサイレースが作用しており、波一つ無い湖水のように穏やか。
〈あんたの近辺に、オレらみたいのが近づけば、それと判るぜ〉
“悪ガキ”の風体をイメージさせる、男の訪問者がそう言った。今夜の客層は“理絵子のそばにいると安心する”といった類の連中。
……“優しさ”を知ること無いまま逝った子どもや少年たち。自分が優しいと言われるタイプかどうなのかはさておき、彼らは、自分の所に出てくる代わりに、形而上の攻撃から自分を守ると勇ましいことを言ってくれる。なお、セリフのこの書き方は意志だけよこした。つまりはテレパシーを表す。
「父さんに、だよ」
〈跡が残る。雪の上を歩いたみたいにね。でも、今、あんたを通じてあんたの父さんの周囲の雪面を見ているが、そんな痕跡は見あたらない〉
〈念、だったりして。呪い、恨み。あんたの父さん職業が職業だろう?犯罪者の逆恨みってありえないかい?〉
「その可能性は否定できないけど、面と向かって訊くのはルール違反」
〈じゃぁ、訊かずに知るしかないな〉
「探れと?それじゃ盗聴と同じじゃん」
 イヤ違う。理絵子は可能性に気付いた。
 その包丁娘が、送り込まれた怨念の映像化であるなら、恐らくはまた来るはずである。今はクスリで意識が完全に遮断されているが、これがクスリによらない通常の睡眠であれば。
 問題は方法。遠隔で父親に悪夢を見せるくらいなら、自分がテレパシーで覗いていること位、容易に察知し、遮断を試みるだろう。“外から監視している”…監視カメラの存在に気付かれてはならない。
 監視カメラを使わず犯人が来るのを待つには?
〈留守を装って中にいればいいんだよ〉
「すごいこと言うね」
 理絵子は笑って言い、しかし下唇を噛んだ。
 方法が無くはない。後は自分の能力次第。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -09-

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 母親が制した。家族といえど、そこから先は捜査上の秘密であり、触れてはならぬ領域。
「……ごめん」
「いや。お前の気持ちは嬉しいよ。その辺も少し整理してみる必要がありそうだ」
 父親は、言った。
 そこへ看護師。心療内科の予約が取れたが、診察室に赴くか、病室へ出張してもらうか。
 スタンド使って足を吊っている状態で、診察室へというわけもあるまい。
 病室への出張を依頼し、その間に理絵子は一旦家へ戻る。ひとっ風呂ならぬシャワーで流して、着替えて再度病院へ。
 診察に同席するためである。現時点、黒野家で一番詳しそうなのは理絵子だ。
 10時半過ぎ、予定より10分ほど遅れて心療内科の医師が到着。
 ベッド周りをカーテンで囲む。病室は6人部屋だが、他のベッドに人はなし。
 医師は夢の内容を聞き、直近の勤務状況と、悩みの有無を尋ねた。
 勤務はキツイが悩みはないと父親は答えた。ただ、強いて言うなら次々事件で休むヒマもない。一応幽霊のことも話す。夢に出る、で済まなくなると、シラフでも聞こえ、見えてくるからだ。幻覚幻聴白昼夢である。
「追われる夢というのが…」
 医師は無茶な期限や急かす上司の存在がそういう夢につながると話した。まぁ、医学的な診断としては、まっとうな結論と言える。
 不安障害。鬱傾向。病気と言うほどではないが、一旦ストップした方が良い。診断書を書くから、骨折直しがてら少し長く休め。それが結論。サイレース(睡眠導入剤)を処方してくれる由。家族の皆さんはなるべく、父親の好きにさせ、何もせず放っておけ。
「鬱病か」
 父親はベッドでうなだれた。
「そうじゃないって。忙しすぎて精神的に参ってるってこと。あれもこれもと思うと、意識がハイになってなかなか寝付けない。寝付けないから疲れる。そんな状態でたまに寝入ると、意識の中に置きっぱなしのあれもこれもが追いかけてくる。そんな状態じゃないのかな」
「幽霊は?」
「お父さん無理して私と距離取ってない?」
 父親は理絵子の瞳を見、目を見開いた。それは図星の反応。
「ウソはだめだよ。押さえ込むと夢に出るよ」
「鋭い娘には何言っても無駄か」
 父親は苦笑して頭をポリポリ掻いた。
 お父さんお父さん…鬱陶しいほどべたべたくっついてきた幼い頃の理絵子が懐かしいと父親は言った。しかし多忙の末、ろくに話もしなくなった己に対し、理絵子が愛想を尽かしたのではないか。嫌われるよりは距離を取ろう、そんな風に考えていたと父親は語った。
 父親は寂しかったのだ。理絵子は理解した。自分と同じ、“あのころ”への想いを抱えていたのである。それが多忙という現実の圧力を受けた結果、戻りたいという思いとして幽霊を形成し立ち現れたのではないか。

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -06-

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「お気になさらず……」
 私は答えますが、にわかに呼吸が苦しくなります。
 肉の身が霊的なエネルギーを御せる限界が近い。それは言うなれば、漲る生命力が身体から飛び出してしまいそうな。

-おなかすいた

 人の言葉に直せば、そんな意思。
 直径、300光年。
 え。
 超感覚に誤謬はありません。でも私は私の感覚に一瞬疑問を抱きました。
 地球と太陽の距離が1億5千万キロ。1光年は9兆5千億キロ。
 300光年?
 でも、単位は間違いではないようです。どうやら、天文スケールの巨大さで、しかし、密度の薄い“生物”がこの星域に今います。

-何が欲しいの?

 尋ねると。

-ここにはなにもない。小さい小さい……え?

 少しタイムラグがあって、お前は誰だ、という誰何の意思。自己と意思疎通する存在に出会ったことはない。
 あまりにも相手が巨大なので少し整理する必要がありそうです。簡単にはガス状の生命です。それが、銀河系の辺境、太陽系と周辺の星々を包む泡状構造“ローカルバブル(局所泡)”に入り込み、エサを求めて彷徨い、唯一“見える”ところへやってきた。
 欲しいのは電気エネルギ。言うまでもなく地球で人類活動によって豊富に産生されるそれに惹かれてきたものでしょう。ただ、地球はあまりにも小さく、その電力を“食って”も、全身に漲る……電気が巡るまで150年かかる。電気の移動は光の速さで直径300光年ですから当然です。

-私はこの星に住む者。あなたの食欲を満たす程の量はこんな辺境にはありませんよ?

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -08-

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「理絵子」
「えっ」
 寝入っていたらしい。父親の布団の上から半身を起こすと、足元には付添用仮眠寝台があり、母親の手が自分の肩から毛布を取るところ。外はすっかり朝の気配。
 父親はまだ目覚めない。
「寒くない?」
「大丈夫」
「よく寝てるね。普段、何かあったら飛び起きるって状態で寝てるからね。ここまで深く寝ることはなかったんだろうね。睡眠が不足していただろうね」
 父親が起きたのは結局8時近く。
目を覚まし、飛び起きようとし、すぐさま警察署ではないことに気付いたようだ。
「……俺は」
 寝間着の上半身。天井からつり下がったギプスの右足。
「うなされて暴れたそう。足は骨折」
「え?あいてて…」
 遅い朝食を運んでもらい、うなされた時の記憶がないか尋ねる。
「追われた。包丁で刺されそうになった。それで必死に抵抗したんだ。ところが、殴ろうが蹴ろうが相手には掠りもしない。危険を感じて腰に手を伸ばしたところで、足を刺された」
 足を刺され…が、骨折に伴い映じたイメージであろう。ちなみに、腰に手、は言わずと知れた拳銃のことだ。
「相手の顔は?例の女の子?」
「だと思うんだが判らない。ぼやぼやっとして…その、ボカシが入ったみたいに。でも服は…あれ?藤川高校みたいな。チェックのミニスカートで」
 都立藤川高校は現時点で理絵子が漠然と考えている進学先である。共学の普通科だが、出自が女子校だったせいか、女子の制服が標準でミニスカートであり、かわいいのだ。白百合をデザインした校章バッジが、ブレザーの襟元で良いアクセントになっている。それになんと言っても自宅に近い。なお、都内の公立高校は都立か国立で、他県に存在する“市立”に相当するカテゴリはない。従い都立だからといって、それが即、他県の“県立”に相当するステイタスを意味するわけではない。
「私が言ったのが記憶にあって、それで…じゃないのかなぁ」
 理絵子はタマゴサンドをかじりながら言った。直近の記憶や、興味を持った内容が夢に反映されるのは良くある話。脳は就寝中に情報を整理し、大事なものを強く記録するが、この際に流れる情報が夢という形で現れる、というのが最もらしい説明。ただ、何かの連想でそうした直近・興味のあるファクターが呼び出された、という可能性は考えられる。幽霊が女の子でミニスカートの制服という話に、自分の言った藤川高校がくっついたか。
「夢は現実の印象が反映されることが多いんだ。最近何か強く印象に残る事件でも」
「こら理絵子」

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -07-

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「今は何も。多分父さんは眠っている」
「そう」
 病院へ到着し、待っていた警察署の若者と挨拶。彼は理絵子達を当直の医師に引き合わすと、「これだけで済みませんが」と帰って行った。
 医師の説明を受ける。当座の処置として鎮静剤を打ち、骨折の処置をしただけ。骨折したのは足首だという。数日動けず、着替えなど必要。
「悪夢については私からは何とも。心療内科へ連絡状を書いておきます」
 病室へ通される。父親はベッドにあり、足をギプスで固められワイヤで吊られ、人形のように動かない。
 理絵子が病室にとどまり着替え等を引き出しへ納め、母親が手続き書類等を書きに行く。
 父親の寝息。窓からの月明かり。ゆるめの暖房。
 横顔を見る。もみあげに白髪が目立つ。年齢を意識するとともに、こうして父親をじっと見るなど何年ぶりかと思う。父親が“年頃の娘”を気にしてか、つとめて自分と距離を置こうとしていると知っている。母は母、父は父、そして自分。同じ屋根の下に寝起きしながら、“3人一緒”の時間が減っていることを意識する。子はいつしか親から離れて行くから、次第にそうなるのは当然といえば当然である。だけど、一緒にデパートで食事、なんてのが戻らない過去かと思うと少し寂しい。最も、今の年齢でその状態は子どもっぽくてこっ恥ずかしいという矛盾した感情が、自分の中に存在する。
 それでも、友は自分が親子仲良しだと半ば感心して言う。友人達にとって、親は過剰に干渉してくる疎ましい存在でしかないようだ。
『勝手に部屋覗いてさ、グダグダ文句言うんだぜ。じゃぁテメエは私物漁られて文句言わねぇのかよって』
 プチ家出で自室に泊まった友は、寝床の中でこう漏らした。親にとって子はいつまでも子であり、一方、子にとっては、自分のしたいことが親の許容範囲を超えると自覚した瞬間、親は不当な干渉者に変化するのだ。他ならぬ親にぶら下がってないと生きて行けはしないのだが、都合のいいところだけ、親を排除したいのである。
 ちなみに、理絵子はその友に対し、ドアを閉めてあるから覗きたくなるんだ、とアドバイスした。部屋のドアは閉めずにおき、机の回りをピシッと整頓しておけば、『きちんとしている』という印象と認識を与え、親は安心するもの。
「隠すから見たがる。隠していない物には興味を持たない」
「そんなもん?」
「隠すと避けてるという印象を与えるから、火に油だよ」
……ちなみに二人がこんな会話をしている頃、理絵子の母親が、その友の親に“安心しろ、帰宅しても叱るな”旨電話をしているのだが。
 母親の声が、理絵子を現実に引き戻した。

(つづく)

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