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2020年11月

【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -15-

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 本橋美砂が包丁を振り上げる。
 後ずさりする理絵子の背中が壁の感触を捉える。
 更に背後へ行こうとするも、それ以上進む先はない。
 念動力サイコキネシスで自分を拘束しているのだと理絵子は判断した。
 本橋美砂が包丁片手に微笑む。眼光が緑色を帯び、口が鬼女のそれのように大きく裂ける。
 逃げても無駄。
「その通り……」
 本橋美砂が頭上で包丁を両手に持った。
 呼ぶ声があった。
 理絵子。その声は確かに理絵子を呼んでいた。
 理絵子。
 聞き覚えのある女の声。
 母親。
 理絵子。自分を呼んでいるのだろう。
 理絵子。起きなさい。
 理絵子。起きて。
 起きて?私はここに……ここは……。
「理絵子!目を覚ましなさい!」
 目を覚ませ。そのフレーズは理絵子に、理絵子自身が今どこにいるかを思い出させた。
 父親の夢の中。
 すなわちここは現実ではない。
 虚構だ!と意識が叫ぶ。現実と思わされていただけ、高校の敷地ではないし、念動力による拘束でもない。
 拘束できるほどなら包丁など要らぬ。
 がちゃん、と頭の中で切り替わる感覚。
 まぶたが操れると気付く。
 理絵子は目を開く。開くと眼前に眠る父の顔。
 背後の気配に理絵子は振り返る。
 思わずハッと息を呑む。

 包丁を振り上げたブレザーの少女。

 幻ではない。今の今まで夢の中で対峙していた制服姿の少女が、暗闇の中、炎のような色の目を自分に向けてそこに在り、その目線同様、包丁で今まさに自分を突き刺さんとしている。
 そして。
 その、振り上げた少女の腕を、背後から手を伸ばし、必死の形相で掴んでいる自分の母親。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -14-

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 気が付くと眼前に少女がいる。ライトグレー地のチェックのミニスカート、紺のブレザー。高校生であり、その都立高校の生徒であり、その制服だ。
 激しい憎悪と敵意を受ける。名は本橋美砂(もとはしみさ)というようだ。隠す気もない、否、堂々と見せつけている。
 怖がれとばかりに。
 父が見ていた〝幽霊〟だと理絵子は知った。
『ようやくつかんだと思ったら』
 声と共に意図するところが伝わってくる。しばらくの間、父親の意識を見失い、“保護されている”のを知った。ようやく意識を再発見したところが、今度は自分がいた。なお、“保護”は、自分が父親の意識情動をテレパシーで見ていたことを意味した。すなわち、理絵子が“監視”しているのでアクセス不可能だったというわけだ。
 明らかに超常能力者の認識であり言動である。自分を睥睨するその姿は、氷のような……と形容詞を付けたくなる、大人びた印象の少女というより既に女。髪が長く、スラッとしている。背は自分よりかなり高い。
 無言で見つめ合う。相互に相手を探っている。
 すごい相手だと理絵子は思う。普通、超感覚で探られるとそれと判るものだが、一切関知させない。心から情報を抜かれないようロックしたところで無駄であろう。圧倒的に自分より高い能力の持ち主である。
 ただその代わり、理絵子の側も相手の情報を幾らか見た。
 その即死した若者の妹だ。
 そして、父を憎むに至った経緯は次の通り。
 両親が連帯保証人となり、借金を背負わされる。兄はグレて家庭は崩壊。両親は借金苦で自殺(自殺は生命保険金が支払われない)。兄妹だけが残された。この事態に兄は兄なりの方法、すなわちグレた仲間と集団窃盗で妹を養い、高校へ進学させた。そこに起こったのがこの事件である。妹は間もなく住んでいるアパートを追い出され、高校も授業料が払えず退学の方向。
 同情すべき余地はあるが甘い、と理絵子は冷静に捉えた。児童相談所や役所など、保護の申し込みは可能なはずだし、奨学金や、都立校なら公的助成があるだろうし、併設の定時制へ移って夜働くなど、幾らでも手はあるはずだ。
 それにそもそも、窃盗は犯罪。
 犯罪。
 その行動否定語は本橋美砂を激怒させた。
 まるでマンガさながら、本橋美砂の髪の毛が吸い上げられるように浮かび始め、情念という言葉を想起させる、青いオーラが彼女の周囲でめらめらと燃え上がる。
 かなう相手ではない……理絵子は思わず後ずさりした。
 合わせ接近してくる本橋美砂。
 言葉はない。ただ黙って近づいてくる。だがその発散する雰囲気は如実な殺意を物語る。
 手品のように本橋美砂の手に現れる包丁。

(つづく)

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水曜枠について

12月からレムリアの話を投入する予定。ただ、どれにするかは迷ってる。

一応時系列はあるので、それに沿って順番に出せばいいんだけど、ちょっと異色なのが挟まっている。そしてそれは無くても大勢に影響はない。

まぁそん時までに決めますわ。

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -13-

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 青年。丸刈りの男性。血の海は男性の頭部を中心に花弁のように周囲に飛び散っている。その目は人形のように開き動かず、首は不自然なほど長く伸びており、まるでろくろ首のよう。
 頭部を胴体から引き抜く方向に力が働き、頸椎が全部外れて引き延ばされたのだと理絵子は理解した。更に言えば青年はしたたかアスファルトに頭部を打ち付けたようで、“高度脳実質脱出”を呈している。
 すなわち社会死……医師を待たずとも、誰でも死んだと判る状態……だ。報道で死亡(医師の判定による)ではなく、“即死”“即死状態”と書かれるのは、こういう状態である。事故の遺体が眠っているように見えるのは、テレビドラマの中だけ。
 理絵子は思い出した。夏の日の新聞記事だ“警察深追いか?少年事故死”。……暴走族の少年が追跡から逃れるために速度を出しすぎ、トラックと衝突して即死。なお、警察が一般にアメリカ式に暴走族・珍走団を力で抑えないのは、事故に一般市民が巻き込まれるのを恐れるが故である。
 この事故について、父親は自分ではないと否定した。確かに夢に見ている記憶の映像では、父親はハンドルを握っていない。だが、父親の目の前で展開された事件には相違ない。
 オレが止めていれば……悔恨の存在を理絵子は知る。挑発にトサカに来た同僚を止められなかった、その責を己れに帰す父親。
 これはPTSD(心的外傷後ストレス障害)だ。理絵子は断じた。鬱とは少し違う。心が追い込まれているのは同じではある。しかし、鬱の原因に多い“仕事に追われて”なら、誰かに肩代わりしてもらえばよい。大体ひとりで仕事する捜査活動はない。しかしこの手の“心の傷”は肩代わりのしようがない。“仕方なかった・不可避だった。或いは、出来る範囲で全力を尽くした”と本人が納得しない限り、どうにもしょうがない。
 気配。女。
『その通りあんたのせいだ!……』
 声が聞こえた。
 大ホールで発したような、いつまでも余韻を持って響くような、女の声。
 映像は事故の道路ではない。左右に並ぶ二棟の校舎と、双方を結ぶ渡り廊下、そしてレンガが敷き詰められた中庭。
 見たことがある……近隣、都立高校敷地内と知る。
 夜の校内といった案配である。しかし、夜空に相当する部分は暗黒であり、星は見えない。すなわち実景ではなく誰かの、恐らくはこの声を発した女の記憶・心象世界。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -12-

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 廊下からリビングに入ると酒臭いったらありゃしない。
 そのはずで、父親は既に大いびき。口で息をするからそうなるのである。
 布団をかぶせ、消臭スプレーを噴いたティッシュを布団の口元に置いてやる。この調子で寝られたら明朝この部屋どうなっているか。
「気持ちよさそうにまぁ。折角クスリなしで寝入ったし、放っておくか」
 母親が言った。何もしなくて良い、ひたすら酒飲み、咎められない、年越し。
……これほど酔った父親を見たのは初めてだと理絵子は思った。対人関係、しかも扱うのが“犯罪”では、ストレスも尋常ではあるまい。ひょっとすると自分の与り知らぬところで、深酒を繰り返してるのかも知れない。横顔の白髪がひどく老けた雰囲気を与える。
「結婚前からぐでんぐでん?」
 理絵子は母親に訊いたが返事がない。
 見ればこちらはこちらでカウチにもたれて寝息を立てている。サイドテーブルには濃いめのお湯割り。
 父の寝顔に安心したのだと理絵子は理解した。母は母でずっと父親が心配だったのだ。
 二人とも起こすに忍びない。理絵子は母親の布団も持って来、カウチに横たえさせ、かぶせた。エアコンの暖房を控えめにセットし、テレビを消し、照明を落とし、部屋を去ろうとし、ハッと気が付く。
 父親はクスリなしで寝入った。すなわち“クスリに寄らない通常の睡眠”。
 理絵子は足を戻す。そして父親の傍らに膝を突き、幼子の熱を測るように、父親の額に、自分の額をあてがう。
 その目的、“留守を装って中にいればいい”の実行。
 目を閉じる。見よう、と思う。映画のように始まる映像。それは父親の心象。すなわち見ている夢。
 深夜の道路。甲州街道。国道20号。
 無音の映像である。前方で左右に大きく蛇行する改造車。
 対しそれを見ている視点……父親は、赤色灯が点滅している車輛であり、警察車輛であると知れる。
 前方改造車から何かが警察車輛へ投げつけられる。
 回転しながら接近してくる棒状の物体。
 鉄パイプ。
 パイプ先端が警察車輛フロントガラス右部に命中する。クモの巣状にひび割れるフロントガラス。
 警察車輛は加速する。前方改造車がその意を悟ったか猛然と加速。
 程なく町田街道との交差点。
 前方信号は赤だが、改造車はそのまま突っ込んだ。
 交差点左方、町田街道より進入してきた宅配便の大型トラック。
 衝突。改造車の左前部がトラックのバンパーに当たり、改造車は大きく、ぐるぐると、反時計回りに回転して、交差点右方の信号柱に右側面から衝突、中の人体を外へ放り出す。
 その際のがしゃっという衝突音だけが聞こえている。
 映像が飛ぶ。路上に投げ出され、血の海に仰向けになって横たわる人体。

(つづく)

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