« 2020年12月 | トップページ | 2021年2月 »

2021年1月

【理絵子の夜話】聞こえること見えること-03-

←前へ次へ→

 ああ。
 理絵子は気が付いた。
 彼は意志あると考えて読み取ろうとしているのだ。それは万物に精霊が宿ると考えていた古代日本の発想そのもの。
 思い出す言葉がある。それはいわゆる霊山と呼ばれる地で修験者が口にしたもの。
「草花は雨に歌い風に踊り、訪れる虫たちはさざめいて恋を語らい、木々は鳥たちに遠い異国の声を聞く。雲は天の移ろいを教え、天道の輝きは水を、月は心を温める」
 理絵子は言った。彼は瞠目を理絵子に向けた。
「受け売りだけどね。人は自分も自然の一部であることを忘れていると。自然から受け取ろうとする努力を怠っていると。そういうことと違う?」
 言いながら、理絵子は“風の気持ち”を判ろうと風と陽光に身を置いてみた。すると、風は確かに冷たいが、手や頬に感じる陽光は冬至の頃より確実に強くなっているのを感じる。
 そして、風自体もひと頃のような力任せに吹き付ける、というほどではない。言葉にしてみると。
「もう少し、あと少し。かな」
「え?」
「私の聞いた風の声」
 理絵子の言葉に彼は嬉しそうな笑みを見せた。
「黒野さん。その、変なこと言うかも知れないけど……僕、黒野さんって他の女子とちょっと違うって気がしてたんだ。その、何というか、巫女的というか、こういう話判ってくれそうなタイプというか。言ってること判る?」
 彼は少し頬を赤らめ、戸惑いながらそう言った。
 まるで小学生の可愛い弟である。理絵子は小さく笑って。
「そういう内容はあんまり学校で口にしない方がいいね。私は嫌いじゃないからいいけどね。それから、風や光の言葉をそのまま口にしないこと。たとえみんなに言いたくなってもね。理由は君が気にしている通り。学ラン着ている以上ランドセルの頃とは違うよ」
 その言葉に、彼はうつむき気味にはにかんだ。
「わかった。気をつけるよ」
「了解。じゃね」
 理絵子は手を振って学校の方へ歩き出した。自分の家は学校を挟んでまるで逆の方向だ。
 現代社会では生きにくいタイプだろうなと思う。繊細な上に感受性が鋭すぎるのだ。わずかな、些細なことでも、強く大きく捉えてしまう。
 と、再び突風が来、マフラーを飛ばされた。
「あっ」
 振り向くと舞い上がるマフラー。反射的に言いたくなる。戻って、取って。
 見えた気がした。そして、こんな意志の動きを感じた。
“任せて”
 期せずして彼が振り返る。そして手を伸ばし、舞い降りるマフラーをその手でつかむ。
 思わず彼と顔を見合わせてしまう。“何か”を、彼も感じたのは確かだ。そして彼も、自分が何かを感じたことに気付いている。意識の共有、シンパシーという奴である。それは“存在”というか“意識”というか。少なくとも空気の流れという無機な存在ではない。

(次回・最終回)

| | コメント (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】テレパスの敗北 -05-

←前へ次へ→

「うん……あ、でも」
「でも?」
「今年は花見に行けないかもねって」
 三春、その地名は梅、桃、桜の春の花たちが揃って咲くからという。滝桜(たきざくら)と呼ばれる咲き誇る枝下桜で知られる。
「そのせいなのか?」
「待って。……認知症だったらと仮定してお話しします。新しい記憶から失われて行きます。すると原風景が残る。その状態でふと周りを見ると知らない風景。ここどこ、帰らなきゃ。で、外へ出て“原風景”へ向かいます。ただ、多くの場合闇雲に歩くだけで、今住んでいた場所へも戻れなくなる。いわゆる徘徊の一形態がこんな感じです」
 レムリアは喋りながら、自分のテレパシーを何らか使えないかと考えている。ただそれには結局おばあさまと出会って意思の疎通をしないとならない。平沢の記憶の中のおばあさまから……は無理。容姿は掬い上げたが。前掛けをした和服姿。
 ……サイコメトリを使うか。ただそれにしても“思い”の残った要素が必要。普段身につけている物、大切にしている物。警察犬に匂いを追わせる動作に近い。
「原風景って……三春へ行ったってこと?」
「行くつもりでお出かけになった、とは言えると思う。ただ、例えば駅にたどり着き、正しい行き先の電車に乗れたかどうか。そもそもそのつもりで出たけど、程なくして目的を忘れてしまったり」
「目的を失う?」
「思いついて行動に移してもそれを忘れてしまうんです。私たちだってたまにあるでしょ?何か目的があって机の前まで来て、あれ?何するんだっけ、ってな奴。それが出発してから起こるんだ。どこへ行くんだっけ。どこへ戻るんだっけ。そもそも何やってるんだろ。こうなってしまう」
 なので、例えば三春へ先回りしても、そこで出会えるか判らない。
「どうしよう……」
 平沢は力なくうつむき、ソファに崩れるように腰を下ろした。スポーツマンであり、日頃おちゃらけてクラスを笑わせる……うなだれたその姿は枯れてしぼんだ花のよう。
 彼が、“子供は引っ込んで学校行け”“探しておくから”系のことを言われたのは容易に想像つく。そして実際、“八方手を尽くす”必要があり、組織的な連携が不可欠。
 かと言って落ち着いて学校に行けるわけもなく。
「三春には普段どんなルートで?」
「新幹線で郡山(こおりやま)から汽車」
「キシャ?蒸気機関車なの?」
 それは日本に居を移して数ヶ月という彼女ならではの質問。
「ああ、違う違う。それは昔の話で、今はそこの八高線(はちこうせん)と同じエンジンで動く奴」

(つづく)

| | コメント (0)

【理絵子の夜話】聞こえること見えること-02-

←前へ次へ→

 頭を下げる担任に作り笑顔で応じ、さっさと職員室を出る。まずは話を聞いてみるべし。
 マフラーを巻いて外へ。今日は風が強い。大寒という二十四節気の言葉の通り。
 突風に吹かれて思わず風に背を向ける。すると、目線の先、住宅街の道の真ん中で、その風に吹かれるまま立っている男子生徒が一人。
 彼だ。理絵子はゆっくり近づいて行った。しかし彼は何かに聞き耳を立てるかのように目を閉じて下を向いており、理絵子に気付く気配はない。
 なるほど変である。理絵子は納得した。教室でこの調子では確かに気味悪がられる。気づかなければ気にならないが、気にし始めると気になり続ける。
 風が一息。彼が首を持ち上げて目を開く。理絵子を見つけ、目を向ける。
「黒野……さん?」
 しかしさして驚いた風でなく、どころか事前に知っていたかのように、彼は言った。
「ひょっとして、君も聞こえてた?」
 その一言で、理絵子は、彼が普通の男の子とは違う感性を持っていると判じた。
 そしてそれは、避けられる方が多い言動であろう。ただ、自分が同じ反応をしてしまっては、色々ときっかけを失うこと必定。
「私は別に。何を聞いていたの?」
 ごく普通に訊いてみる。すると、
「風の声」
 彼が即答して程なく、再び風が吹いてくる。理絵子は彼がしたように目を閉じて耳を澄ましてみる。風が言う。風が語る。詩歌に聞くフレーズであるがしかし、いわゆる風の息と呼ばれる揺らぎは感じるが、それ以上のものはない。
「僕、変かな」
 風の切れ目で、彼は言った。
 理絵子は目を開く。
「他には、どんな声を聞いてるの?」
 理絵子は彼の問いには答えず訊いた。こういう場合、必要なのは理解者がいること。但し一人で必要充分。
「聞いているのは風だけかな。他には、光の顔を見たり」
「光の顔?どうやって?」
「どこでもいい。光の当たっているところを見るんだ。壁でも、地面でも、何でもいい」
 弾む声で彼は言う。理絵子は釈然としないまま、近場の家の壁を見つめた。顔すなわち表情。ということは表情が変わるのか、それとも意志あると考えて読み取ろうとするのか。
“共感覚”という言葉を思い出す。音楽に色を感じたり、文字列にグラデーションを見たり。風の声で実は何か見えているなら理解する。
 でも“光を見る”と“表情が浮かぶ”なら少し違う。

(つづく)

| | コメント (0)

【理絵子の夜話】聞こえること見えること-01-

←理絵子の夜話一覧次へ→

 成績は良かったと記憶している。通知表を覗いたわけではないが、返ってきたテストの答え合わせで修正している様子はなかったし、授業中当てられると必ず正解した。英語の発音など流暢なものだ。でも、彼に対するクラスの評判は決して良くはなかった。
「おかしいんじゃない?」
 隣の席に座っている女子の一人は、理絵子(りえこ)に対して眉をゆがませ、そう訴えた。
「授業中もぼーっと外見てるしさ、呪文みたいにぼそぼそ何か言うこともあるし、ずっと隣にいるとこっちの頭が変になる。なんとかならない?」
 それは、なんとか“ならない?”ではない。学級委員である理絵子になんとか“しろ”と言っているのだ。似た声は他の女子からもあり、放っておけばクラスに不協和音が生まれるのは必至の情勢。
 とはいえ一体どうしたものか。男子の委員の糸崎(いとざき)にも言ってみたが『無視すりゃいいじゃん』の一言。この辺り男女の“気にする部分”の違いが出ているのか。でもだからって自分がいきなり『あんた変だよ』と言うわけにも行くまい。
 困る理絵子が担任に呼び止められたのはその日の帰宅前。
「ちょっと時間いいかしら?彼のことなんだけど」
 担任にも級友からの訴えは届いているという。しかし、成績もいいし、いわゆる非行もない。誰か傷つけてるわけでもなし。学校側として動かなくてはいけない理由はないとの話。
「繊細、なんじゃないかな、とは思うのよね。経験的に。だから、変とかそういう先入観で彼と接すると感づいて傷ついてしまう気がして。その点で糸崎だと……」
 だから黒野(くろの)さん、あなたにお願いできないかしら?……厚塗りファウンデーションの顔にそう書いてある。自分の母親より年上で、教育のプロであるはずの存在が、自分を頼るのはいかがなものか。だが、いきなり“先生”が出てくるべき内容ではないという判断だろう。ちなみに、糸崎はアミダくじで決まった委員である。
「あなた、勘がいいし、随分助かってるわ。それに、教員がこんなこと言っちゃいけないけど、あなたみたいに可愛い……」
「判りました。話を聞いてみましょう」
 理絵子は長々した説得の言を聞かされる前に承諾した。相手は大人。仮に断っても、家康の秀吉攻めみたいに外堀を埋めて、自分がやらざるを得ない状況を作るに決まっている。
「ありがとう。ごめんね」

(つづく)

| | コメント (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】テレパスの敗北 -04-

←前へ次へ→

 廊下を行く足音が遠ざかる。
「あの、えと、ごめん」
 平沢はまず言った。
 彼女はソファに腰を下ろした。
「いいよ。それで……相原姫子として、それとも、レムリアとして?」
 レムリア、というのは彼女の国際的通り名である。特殊な方法で人命救助を行う。秘密を共有できると信じた友にだけ教えている名前。ちなみに、彼にはその“特殊な方法”を見られたこともあり、開示してある。
 つまり、級友としてではなく、そういう、特殊スキルを要する相談ですか?
「うちのばあちゃんがいなくなったんだ」
 福島県三春(みはる)にて夫君と死別し、おひとりでお住まいであったが、原発事故を機にこちら東京で彼のご家族と同居を始めた……と彼は説明した。
 お年寄りの行方不明というと、いわゆる“徘徊”が思い浮かぶが。
「近所探しても見つからなくて……それで、なんか知らないけど、姫ちゃんなら、れ、レムリアなら道が開けるかもとか……ごめん、図々しいよね。やっぱり」
「いいえ」
 狼狽を見せる平沢に彼女……以下、意を汲んでレムリアと書く……はゆっくり応じた。
 これでも看護師でテレパス。可能な範囲で。
「順番に状況訊かせてね。おばあさまは、認知症はあった?」
 徘徊と言えば背景にこれがあることが多いが。
「いや……こっち来てすぐ、物忘れが多いとか、ぼーっとしてるとか多くなって、介護保険の認定とかやってみたけど、そういう判断は出なかった」
「直近で脳梗塞とか起こしたことは」
「ううん。膝が悪くて病院行ってるけど。あとは血圧の薬飲んでるくらい……え、膝かな。途中で歩けなくなったとか」
 それはない。という直感、それこそ超感覚的回答。
「ないと思う。この近所で動けなくなって他の人の目に触れないことはないでしょう。昨日、一昨日でいつもと違うところは?」
 平沢はうーんと考え込んで。
「オレ、部活と塾で帰ると8時なんだ。その間にばあちゃん風呂に入ってて、オレが風呂入ってる間に寝ちゃう。だから、ここ2~3日は話してないや……え、それがまずかったのか!?」
 立ち上がる勢い。
「違う違う。落ち着いて。認知症って怖くて、倒れて一晩入院したら別人になってましたとかあるわけ。ケガや病気で何か回復不可能な不具合を持ってしまったり、絶望した瞬間にガラス割れるみたいに人格が壊れちゃう。そういう一般論に基づき訊きました。進(すすむ)君が把握している範囲では変化はなかった訳ね。ご家族からそういう話も出なかった」
 平沢は頷いた。

(つづく)

| | コメント (0)

【予告】理絵子の夜話シリーズについて

次回は「聞こえること見えること」1月16日スタート。毎週土曜更新。

| | コメント (0)

【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -20・終-

←前へ理絵子の夜話一覧→

 田島綾が口をとがらせ、二人の間に割って入り、同様に後ろを向いて、シャンプーのCMよろしく気取って頭を振るが。
 彼女の髪はいわゆる“おかっぱ”であり、しかも巻き毛なので、黒髪サラリ、には、原理的にならない。
 大人達がクスクス笑う。
「いやいや綾ちゃん。女の子は変わるぞ。コイツだって」
 と、主人氏、女将さんを指差すが。
「ひど。それって『今はひどいから変われ』って言ってるのと同じじゃん」
 このセリフに本橋美砂はついに吹き出した。
「あはは……」
「うわー、花咲くみたいに笑うね。あんた」
「いい笑顔だ。黒野さん。この子もらった」
「さぁさぁいらっしゃい。今日からここがあんたの家。まぁ最初のウチは色々あると思うから、遠慮無く言って」
「そうそう。オレも屁たれたり鼻ほじったりパンツ一丁でうろつくかもワカランがまぁ気にするな」
「いやそりゃあんたレディの前で失礼」
「娘に気を使う親父があるもんか。あ、荷物は2階に入れてあるから好きに散らかしな。あとスピーカーの箱があったけどあれ箱だけ……」
 夫婦は本橋美砂の背中に手を回すと、漫才を続けながら、半ば強引なくらいに黒髪の少女を宿の中に案内した。
 本橋美砂がおっかなびっくりと言った調子で、漫才夫婦を交互に見やる。マシンガントークのせいで、余計なことを考えるヒマがないのである。
 そのスキに女将さんがちらりと振り返り、ぺこりと頭を下げる。
 後はお任せ下さい。の意であると理絵子は判断し、会釈を返した。こういうのはグダグダ別れを惜しむものでもない。
「こちらのご夫婦に任せましょう」
「りえぼーのそういう表情、ドキッとする」
 田島綾のコメント。
「え?」
「ここという場所がそうさせるのかも知れないけど、本当に巫女さんみたいなんだよ」
 澄んだ水と冷涼な山間の空気。気が引き締まるような感じを覚えるのは確かだが。
 父親がクルマのドアを開ける。
「じゃぁ、あとは塙さんにお任せして。田島さん、もう少しいるかい?」
「あ、いえ、かまいません。行きましょう」
 二人は乗り込み、父親がクルマをスタートさせる。
 理絵子は後席で振り返り、同様に宿の2階窓からこちらを見ている本橋美砂と顔を合わせる。
 この出会いは、きっと何かの始まり。

(午前二時の訪問者/終)

●理絵子の夜話一覧へ
●創作物語の館トップへ

| | コメント (0)

« 2020年12月 | トップページ | 2021年2月 »