小説・妖精エウリーシリーズ

【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -06-

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「お気になさらず……」
 私は答えますが、にわかに呼吸が苦しくなります。
 肉の身が霊的なエネルギーを御せる限界が近い。それは言うなれば、漲る生命力が身体から飛び出してしまいそうな。

-おなかすいた

 人の言葉に直せば、そんな意思。
 直径、300光年。
 え。
 超感覚に誤謬はありません。でも私は私の感覚に一瞬疑問を抱きました。
 地球と太陽の距離が1億5千万キロ。1光年は9兆5千億キロ。
 300光年?
 でも、単位は間違いではないようです。どうやら、天文スケールの巨大さで、しかし、密度の薄い“生物”がこの星域に今います。

-何が欲しいの?

 尋ねると。

-ここにはなにもない。小さい小さい……え?

 少しタイムラグがあって、お前は誰だ、という誰何の意思。自己と意思疎通する存在に出会ったことはない。
 あまりにも相手が巨大なので少し整理する必要がありそうです。簡単にはガス状の生命です。それが、銀河系の辺境、太陽系と周辺の星々を包む泡状構造“ローカルバブル(局所泡)”に入り込み、エサを求めて彷徨い、唯一“見える”ところへやってきた。
 欲しいのは電気エネルギ。言うまでもなく地球で人類活動によって豊富に産生されるそれに惹かれてきたものでしょう。ただ、地球はあまりにも小さく、その電力を“食って”も、全身に漲る……電気が巡るまで150年かかる。電気の移動は光の速さで直径300光年ですから当然です。

-私はこの星に住む者。あなたの食欲を満たす程の量はこんな辺境にはありませんよ?

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -05-

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 手のひらのコンピュータは何も言いません。そりゃそうでしょう。内蔵の計測装置に掛かるほど急激な電圧や波動は出てこない。
 すると。
〈おいディケどうした。何勝手にパニクってる〉
 意識飛ばしてくれたのは友であるミレイ。よく一緒に楽器を弾く間柄。
〈宇宙より大きな生物に食べられようとしているかも知れない〉
〈言ってる意味が判らん〉
 とはいえ、ギリシャ神話には巨大な神々“ティタン”族が存在します。その母神こそは、このフェアリーランドを統括されるガイア様だったりしますが、そのような“極めて大きな存在”自体は誰も否定しません。
〈マジか。侵略者なのか?〉
〈判らない。ただ、明確に存在が見えたわけじゃない。ガイア様なら何かお感じになってることがあるかも〉
 そうだよ。私は言いながら思いました。ガイア様はこの地の精霊でもあらせられる。
 その存在を含めて“食う”?
「ご長老。星々と話がしたいのですが……」
〈星々は何も知らぬと申しておられます〉
「いいえ、数多星々の感じていることを集めたいのです。遠く離れた少しずつの違いも集めて縮めれば形を成すのではないかと」
〈なるほど〉
 私たちは普段、地球の丸さを感じることは出来ません。でも例えばある瞬間における、“月の見える方向と高さ”を世界中から集めれば、それは地球の丸さを反映した結果になります。同じことです。それを数多星々に尋ね、集めれば何か判るのではないか。
〈協力するぜ。みんなにも声を掛けるわ〉
 これはミレイさん。
「ありがとう」
 すると。
〈星々が答えて下さいます。あなた方に集めればよろしいですか?〉
「ええ、はい」
 私は答え、フェアリーランド全体へ向けて“願い”を飛ばします。星々の言葉を受け止めて、感じた言葉を私に教えて……。
 その意図。“受信”側も数を増やして感度を上げたい。
 仲間達の声が返ってきます。
〈これは星々の声だったのか?〉
〈やはり意思が存在したのか〉
〈魔の種族ではないのか?〉
 淡く大きな泡のような物が、形として集約する。
 数多重なった“わずかな違い”の集合体は私の身体を熱くしました。
〈エウリディケ様、お身体が光っておられます……〉
 オーラライトのこと。

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -04-

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 大いなる黄泉の星はブラックホールのことでしょう。大質量の星は自らの重力に耐えきれず超新星爆発を起こしてその生涯を終え、永遠に縮んで行きます。これがブラックホールです。その強大な重力の影響で、ブラックホールの周りの時間は外から見ると遅れて見えます。“止まった時を身にまとって”いるのです。なので、永遠に近い時が過ぎてもそこでは始まりの時のまま。
 その「差」が、何かを起こした?
〈時を経て生まれたとするならば、永遠の未来にのみ生きる物があるのでしょうか〉
 木霊さんが言いました。私にお尋ね?
 ただ、話の流れからして、永遠の未来は宇宙論スケールの遙かなる未来でしょう。王宮図書館でめくった分厚い本に書いてあったのは。
「形ある森羅万象は陽子と電子と中性子、の集合体です」
〈そのようですな〉
「ただ、永劫に近い時の果てには、その陽子も壊れるとされます。残るのは電子と、その反物質」
〈反物質の生命ですか……〉
「いえ、それすらも存在出来ない未来です。電子と、その反物質である陽電子の対とで形成される“ポジトロニウム”のみが存在できる、極寒で密度の少ない宇宙です。そのポジトロニウムのみで出来た生命」
 それは膨張宇宙論の果てに出て来た概念です。21世紀初頭のSFネタにされました。実験室で出来るポジトロニウムはプラスとマイナスの電気ですから、出来たそばから相互に引き合い、“対消滅”して光に化けてしまいます。比して簡単にくっつけないほど離れていれば、“ポジトロニウム原子”として安定して存在出来る。
 但し原子1個のサイズは数十億光年。
〈それでは、その生物は宇宙より大きくなってしまいますね……いや、もしかするとこの宇宙、既に虜であるのかも〉
 宇宙より大きな生命があって、宇宙そのものを食ってしまう。
 それはさながら、クラインの壺の姿。
 え?
「まさか!」
 私は目を閉じます。感じようとします。それは超常感覚的知覚の起動です。それでしか感じ取れない何かがあれば、“無”の中に“乱れ”として検出されます。“判ってしまう”などと言います。
 但し、純粋に電気的な乱れが検出出来るかどうか。
 仮に生命だとして、電気だけで出来た生命が検出出来るかどうか。
 電気だけで出来た生命があるとしたら、それは、コンピュータのソフトウェアと同じではないのか。電波を感じようとするのと何が違うのか。
 私たちは超能力ですら判らない大いなるピンチの中に居るのではないか。

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -03-

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「そうですか。実は他の生き物たちからも、似たような“気配は感じるが、存在が見えない”何かがいるという報告を受けています」
 私は遭遇箇所を地図にプロットします。その特徴を抽出というか、特異な内容を解析というか。マハラノビス・スコアという数値を計算させます。
 特徴キーワード“電気”。
「えっ?」
〈どうかされましたか?〉
「いえ、その、謎の存在は電気と関わりがあるようで……御長老はこれまで、電気と関わりの多い生命のようなものに御知見をお持ちでらっしゃいますか?」
 生命と電気。典型はデンキウナギの類い、および生物といえど神経信号の伝達は電気。
 ただ、生命そのものの構成体に電気が関わるというパターンは知らない。
〈夜、星々と言葉を交わしますが〉
「はい」
〈我々は大地に広げた根と、中空に広がる枝先との間に距離があります。天と地の間に大いなる電気が加わる時、それは雷がそうですが、根と葉先とで電気が異なります。それと同じことが輝く星空であっても起こることがあると聞きます〉
「それはオーロラ……」
〈ではありません。時を今に向かうに従い、多く起こるようになって来たものです。ただ、人間の言葉でなんと呼ぶのか我々には判らない。どうお伝えすれば良いか〉
 自然界以外の電気現象は、現状、人間さん起因以外にあり得ません。今に向かって増えてきた、というのも、それなら納得出来ます。
 ただ、人間の皆さんから天国が見えないことでお分かりのように、次元を隔てているので、空間に依拠する存在である電気も当然こちらには影響しない……。
 はず。
〈星々は語ってくれます。例えば、これはヒントになりましょうか『無から有が生まれた故に、全ての根源はただ一つ。なれば真の隔たりなどありはしない。時を超えるものは容易に往来する。大いなる黄泉の星はその身の回りに止まった時をまとい、彼方が永久を経ても古(いにしえ)のまま』〉
 その言葉、妖精族の私が語るに相応しいかどうか判りませんが。
 アインシュタインに端を発する宇宙論を思わせる言葉です。
 つまり、宇宙は“無”から多数生まれたとされています。“ビッグバン理論”および“インフレーション宇宙論”と呼ばれる物です。宇宙は無数あるとされ、そうした中に私たち妖精の暮らす“フェアリーランド”と人間さんの暮らすそれぞれ別の宇宙がある、なのかも知れません。その真偽はともかく、元が一つなのだから、時間を移動して始まりの頃を経由すれば行き来も出来るでしょう、というのが“容易に往来する”までの話と解釈出来ます。

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -02-

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 積極的に目撃・感知の情報を聞きに行くことにします。
 小川沿いに下って行きましょう。マスが数匹泳いでいます。
 彼らの答えは「感じたことはない」。
 すれ違ったトンボ。この近所が縄張り「知らない」。
 ビワの木陰で実を拾うリスたち。
〈あれかな?見られてる気がするのに誰もいない〉
「それはいつのこと?」
〈ここの実が落ちるようになってから。でも、オオカミたちかなと思ったけど〉
 ここのオオカミは動物を捕食しません。どころか、常に神々の守護として控えているので、野に降りる必要は無いのです。
「詳しく教えて、場所はここ?」
〈そうです〉
「他には?」
 栗の木。100メートルほど向こう。リスたちにとっては遠い遠い場所です。
「ありがとう」
 地図にプロットして飛びます。そこは小川から少し離れ、大きな栗の木が一本と、クヌギやコナラなど、どんぐり属が集まって雑木林。
 樹液に集まる昆虫たちがたくさん。
 の、はずですが。
 樹液は出ているのに誰もいません。昼間だから?昼間活動する虫たちもいるはずですが。
 “意識”を探します。テレパシーで〈誰かいませんか〉
 すると。
〈エウリディケさん。お話しをしたいなあ、と、思っていたところです〉
 ゆっくりした、ご高齢の男性、という感じの語り口。
 栗の木の精。木霊(こだま)さんです。動物担当である私たちニンフ属に頼みごととはよほどのこと。
「おそばに参りました。どうなされました」
 私は大きな栗の木の根元に立ち、見上げました。枝葉が風にそよぎ、サラサラと音を立て、木漏れ日がキラキラ光ります。
〈ここは危険です。虫と動物は私が精気を出して払っているところです〉
 すなわち、故意に追い払っている。
「と、おっしゃいますと?」
〈雷の時、何かがここへ来るのです。何かを欲しそうにしている様子。だが、姿が見えないのです。何が欲しいのか判らない。気がつくと、もういない〉
 それは、みんなの証言と同じです。
“存在感”だけ。
「雷と連動している、ということですか?」
〈恐らくは。ただ、気がつくと感じないので、雷が合図なのか、それとも目的なのか、判然としないのですよ〉

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】デジタル -01-

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 妖精族は私たちニンフのように人間界で活動する者も、そうでないものも、基本的な住居自体は“フェアリーランド”にあります。天国の一角で大地の女神であるガイア様をいただき、森と水と草原の中、虫や動物、そして私たちで暮らしています。
“それ以外の知的生命”は、まれに人間さん、とりわけお子様が迷い込むことがある程度。不思議な夢を見た、という子供さんがたまにいると思いますが、多くの場合ここへ来ています。
 なのですが。
〈「いる」んですが「見えない」んですよ〉
 取れたての蜜を指先に分けてくれながら、ミツバチが教えてくれました。勿論彼女らは人語を喋りません。意思だけの疎通……テレパシーです。
「存在は感じるわけね」
〈困ってる風なので助けてあげたいんですが、姿がないのでなんとも〉
「どこで見かけたの?じゃない、感じたの?決まった場所?」
 私の質問には理由があります。似たような相談はミツバチだけではないのです。トンビや他の昆虫たちからも。何かいる気配はするけれども、見えないし、聞こえないし、意思の疎通も出来ない。
 ただ、みんなの言うことに共通点があれば、ヒントになるはず。
〈川向こうのレンゲの咲いてるところです〉
「いつも蜜集めしてるところだね」
 私は白い一枚布を巻きつけた着衣、トガの袖からタブレット端末を取り出すと、地図を表示させました。東から森があって、抜けると一面の草原、小川が横切って更に草原、もう少し西へ行くと大きなクスノキが一本生えていて、そこから丘が始まります。
 小川向こうの草原に赤い丸印を指で描いてマークします。同じマークは森の中、森と草原の境目、小川の近くにも。
 境目に集中、と言えるかも知れませんが、バラバラで特徴がないよと言われるとそのようにも見えます。
「他に同じことを感じた子はいる?」
〈いるかも知れません。巣の中で展開して報告しに来させます〉
「ありがとう」
〈いいえ〉
 ミツバチは飛び去りました。
 この空間に住む生き物達に、姿無き存在への不安が広がりつつあると感じます。早いところエンカウントして敵味方ハッキリさせる必要がありそうです。天国の一部と申しました。応じて“魔”があって、常にここを狙っています。

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】アイドル-07・終-

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「え?涼?……涼だ。本当に涼だ……」
 涼の姿を見るなり、男の子は言って小さく笑みました。
「リクエストはこのボク?」
 涼は私に訊きました。
「そう」
 私は答え、手品の要領でバイオリンを手にします。
「やれやれ……」
 呆れたように、足音もなく、言いながら入ってきたのはミレイさん。
 手にはフルート。
 つまり、何のかんの言いつつ、協力してくれる意思表示。
「いつでも」
「え?曲を知って……」
「るよ。何でも」
「涼、『未来へ』聞きたい」
 男の子が言いました。
「え?私はいいけどでもあれ早いよ。ギターと打ち込みだし……」
 BPM148のギタートラック冒頭を私は演奏してみました。
「すごい……」
「足りなきゃピチカート。準備良ければ」
「あ、ちょっと待って」
 涼は少し発声練習。
 前奏無しでいきなりサビのリフレインから入るので涼に合わせて付いていきます。♪信じて開いた扉の向こうは絶望の崖だったなんて生きていれば何度もあること……
 男の子は笑みを見せ、リズムに合わせて首を振りながら聞き入り、やがて幸せそうに目を閉じました。
 そしてCパート、終曲前のリフレインでフッと姿が消えます。
♪朝日が照らす君の未来を。
「……男の子は?消えちゃったけど?」
 汗をにじませ、荒い息で、涼は私に尋ねました。
「安心して、天国へ行ったよ」
「は?」
 言わなくてはならないでしょう。
「ここは、本当の天国に来る少し前、心だけが先に来るところ。大好きと、幸せの中で、心は身体から少しずつ離れて行く。そして、天国へ旅立つ」
「天国へ旅立つって……」
「文字の通りです」
「じゃぁ、この男の子は……」
「大好きな涼の歌を聞きながら、天国へ」
「そんな……」
 涼は口元を抑え、その両目から涙がぽろぽろと。
 そして、叫びました。
「だったらそう言ってよ!もっと、もっと一生懸命歌ったのに。一緒に踊ってあげられたのに!めいっぱい楽しませてあげたのに!」
 良く通る声でそれだけ怒鳴り、次いで涼は私を睨み、そして気付いたように目を見開きました。
 ある種の示唆……天啓の類いが彼女を訪れたと知ります。
「私……歌うことが大好きで、聞いてもらえることが嬉しくて、オーディションに応募したんだ」
「うん」
「でも……なんだろ、そのうち、だんだん、“仕事”になっちゃった。一定時間、その場所にいて、ニコニコしてるだけでいい、みたいな。そういうの、見透かされるよね。自分も判るもんね。あ、こいつ真剣じゃねーなって。嫌ってたくせに、自分がなっちゃった」
 その目に涙一粒。但し意味の違う涙。
 私は頷いて、
「私、翅で人間さんの世界とここを往復して200年」
 それだけ言いました。そして、フッと理解が訪れます。それ以上何か言う必要は無いこと。
 私たちの間に永遠の別れが近づいていること。
「呪文を唱えます」
「はい」
「あなたは再び歩き出す。大丈夫、戻っても誰もあなたを責めない」
「信じるよ」
「ありがとう。じゃぁ、行くよ、リクラ・ラクラ……」
 呪文の最後は、涼には聞こえなかったでしょう。
 
 “鼻につく態度”をスキャンダラスに書かれていたトップアイドルが、深夜、病院を訪れたらしいというネットのうわさ。
 
アイドル/終
 

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【妖精エウリーの小さなお話】アイドル-06-

 
 山の中腹、ほぼ平らになった部分に広がる一面の芝生。城壁はなく、白い大理石のお城があります。ここはいつも、冷たく冴えた空気が流れ、でも寒くはありません。雲の中ならゼウス様がお住まいかしらと思うようなたたずまい。ここは妖精と人が共に暮らしたギリシャ神話の時代、そのままです。
「うわぁ、本当にお城だ」
 城の前、芝生に降り立ち、涼の手を取って歩いて行きます。天井高い玄関ホールの大理石に足を置くと、冷たさが足の裏から伝わり、私たちの足音が、トン、っと僅かに響いて広がります。
 すると、門番小屋(と、私たちが呼んでいる)小部屋から飛び出してくる私と同じ白装束の姿あり。
「まーた人間の女の子連れてきて!」
 ぷんぷん状態はミレイさん。人間さんの企業・工場なら守衛さんに相当する役どころ……であり、地球の精霊、ガイア様の秘書官。
「聞いてないけど」
〈頼んだ。自分頼んだ。涼に頼んだ〉
 私はホバリングしてそう言うヒバリに手のひらを向け“この通りでございます”。
「エウリーって結構なし崩しにルール破るよね。地上禁止になっても知らないから」
「ガイア様のご沙汰を待つよ」
 文句言いつつ、静止はされません。私たちは中へ入ります。石造りの大きな建物内奥ですから、例えばビルだと照明がなければ真っ暗でありましょう。でもここは、かなり中に入っても、大理石の色そのままにほんのり白く、歩くのに不自由はありません。入り組んで迷路のようになった通路を右へ左へ。
 日の当たるところへ出ました。草むらで、ちょうちょが多数ひらひら舞い飛んでいます。
 ベッドが一つ。男の子が横たわっています。
 6歳位。小学校の体操服という着衣でしょう、白いシャツに名札の縫い取り、黒い短パン。
 まどろむような目で。
 

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【妖精エウリーの小さなお話】アイドル-05-

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 えーと。
「子どもが、不思議な夢を見る。聞いたことある?」
「ああ、うん。私の今がそうかも、って思ってるとこ」
「あれね、多くの場合、心だけ、ここに来てるんだ。“物心つく”っていうのは、そういうのが不可能な状態になること、と考えてくれればいいや。でね、ヒバリが言いたいのは、そうやって来ている子どもがいるから、安心して欲しいので歌を聞かせたい。それを涼に歌ってほしい。そういう意味」
〈そういう意味、そういう意味。涼、歌って、歌って。涼、歌う人〉
 涼はため息。諦めたような。
「歌う人、か」
 ヒバリがじっと見つめて答えを急かします。涼は小瓶のハチミツを一口、指に絡めて舐めて。
「いいよ。どこ」
〈王宮、こっち、こっち〉
 飛び立ちます。とはいえ彼女は人間。空飛んで付いて来いと言われても。
「ちょっと待って。私飛べ……」
 地上の人間世界なら当然無理。しかしここは。
「大丈夫」
 私は涼を抱きかかえ、背中の翅に羽ばたけ。
 実のところ私の体重は1キロも無いので、40キロオーダーであろう人間さんを飛ばすのは一苦労。
 が、不可能ではありません。遠い遠い昔、人間さんの世界において、妖精の存在が認められていた頃には、その力を使って迷子を送ったり、落下事故に対応したり。ギリシャ神話にあるように人間さんと結婚した仲間すらも。
 しかし今、妖精なんかいないとされています。なので、大いなる意志が認めた場合以外は、人前への出現は許されていません。
 ヒバリを追います。草むらを抜け、高度を上げ、山の上にある白いお城へ。
「腕一本で抱かれているだけなのに、それはとても怖いことのはずなのに、何だろう、この安心というか、癒やされ感」
「それは、ここも天国の一部だからでしょう」
 涼の独り言に、私はそう答えました。
 城に近づき、緑に囲まれた姿が次第に視界を圧します。
 

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【妖精エウリーの小さなお話】アイドル-04-

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「すごい……ことだよね。妖精、だもんね。そうだよね」
「ハチミツはあの辺」
 私は構わず、大きな栗の木、根元の穴を示します。中に大きな、そうマンションとでも呼びたいような、ミツバチの巣。
 ぶんぶんハチたち飛び交っていますが、彼女ら(働きバチはメスです)が、私たちに敵意を持つことはありません。
〈エウリーさんだ〉
〈エウリーさん〉
「ハチミツを少し下さいな」
〈いいですよどうぞどうぞ〉
〈あ、人間さん?人間さんの女の子?〉
「ですよ~」
 私は答え、手品の要領で袖口から小瓶を取り出し、巣の中に手を入れて、紙細工のようなその一部をめりめりっと破って拝借。
 搾り取ったミツは小瓶の半分はあるでしょうか。
「お行儀悪く指でぺろぺろどうぞ」
 渡すと、涼は面白そうに笑い、指先を入れ、そのようにぺろり。
「……美味しい。何これ、全然違う。濃いし」
「混ぜ物無いとそんな感じ。ハチたちありがとね」
〈いいえ~〉
〈女の子さん元気になってね〉
「え……」
 涼は目を丸くし、飛び交うハチたちを見上げました。
「判るの?私の体調」
「生き物は気配を察知出来て当然。気配って、存在感、でしょ」
「なるほど」
 と、答えた涼の頭上にそれこそ気配。
〈女の子、ハチミツなめたか?もう終わったか?〉
 先ほどのヒバリです。そういえば『後でまた来る』と言ってはいました。
「はい、なあに?」
 私は手のひらを出し、ヒバリを止まらせます。ちなみに地上を歩き回る鳥なので、スズメやツバメのように電線や木の枝に止まるような足の構造になっていません。
 ヒバリは降りて来、涼の顔を見つめて目をぱちくり。
〈歌って〉
「え?」
〈天国へ迎える子がいる。迎える子がいる。来られるように歌って〉
 私はヒバリの意図と目的を理解しました。ですが、どう説明しましょう。
 

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