理絵子のスケッチ

【理絵子の夜話】圏外 -32-

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 理絵子は印象を語った。
「痴漢か」
「いやそう決めたわけじゃ」
「それっぽいんだろ?それってことじゃん」
「そーゆーの世間じゃ論理の飛躍って言うんだよ」
 理絵子は会話にクスクス笑いながら、流れの中を少し歩いた。
 気持ちいい。水は透明でどこまでも涼やか。
 この上流で悲劇があったなんて。
 風が渡る。
「あっ」
 虚を突かれたような、ゴウッと吹く強い風である。理絵子は帽子を持って行かれた。
 上流へ向かってふわり。流れを挟んだ向こう側。
 理絵子は気づく。それはワサビの自生地の少し向こう。
 女将さんの言う、“いけない領域”との、ちょうど境目くらいか。
“呼ばれた”。そんな言葉が脳裏をかすめる。
 気付く。風の主は、宿に入る時に建物を吹き抜けた、あの風の主と同じ。
 悪意は感じない。
「おいおい」
“禁忌”の領域へ向け、躊躇無く歩き出す理絵子に、田島が戸惑いがちに声をかける。
 理絵子はワサビを踏まないように注意しながら、その向こうへ。
 足を止める。そこが境目。ここにも結界の存在を感じる。
 理絵子は水面の帽子を取り、結界の方を見やる。右手奥にこんもりとした部分があり、屋根が掛けられて一見四阿(あずまや)風になっている。
 四阿の中には石が積んである。供養塚だ。屋根があるのは、川に落とされた彼女たちがこれ以上濡れることのないように、というところか。ちなみに結界はその四阿に張られているようだ。塚への外からの侵入防止か、或いは中から出ないためにか。
 悲劇の起こったという“三つ叉沢”は更に奥であろう。が、川の流れを追うと、塚よりやや上流で左方に曲がっており、そこまで見通すことは出来ない。
 むしろ見えない位置に塚を築き、限界標とした、と見る方が正解であろうか。
 田島達が追いつく。
「あ~驚いた。沢まで行くかと思った」
「塚ってそれ?」
 理絵子は四阿を指差す。結界があり、道から階段で降りて行けるから相違あるまいが、確認。
「そうだよ」
 感覚が何かを捉えている。理絵子はその感覚に集中する。
 自分を呼んでいるのだと理解する。求めているのだと判る。
 悪意はない。底意もない。
 最前まで拒否の念はあった。しかし、自分たちに共通認識…おばあちゃんの話を聞いた感想…が生まれてから、それは消えた。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -31-

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「ああ腹立つ。こうしてやる」
主人氏が玄関先に塩をぱっぱ。
「どう?率直。向坂さんの印象」
女将さんが訊いた。
「私なら“さん”付けで呼びません」
理絵子は言った。見知った修験者みたいな厳しさと謙虚さはカケラもない。
形ばっかり。
「……そうか。私でもヤだもんね。年頃の女の子だと尚ヤだよね」
女性は本能として“危険な男”を察知する能力を持っている。女将さんが言っているのはそれである。
主人氏が愚痴る。
「なんかそぐわないんだよ。急にフラッと来て、ああせぇこうせぇと。この土地は呪われているってな。過去が過去だろ。過疎化が進んで人も減って来てたし、地区じゅうの年寄りがビビりあがっちまってな。先生先生って崇め奉ってるけど、オレにはそうは見えねぇ。嬢ちゃんの方がよっぽど凛として巫女らしいわ」
「……恐れ入ります」
理絵子は照れながら言った。多分、高天原では神々が爆笑しているであろう。いや、八百万の神々は“爆笑”なんてハシタナイことはしないか。
女将さんが安堵の表情。
「さ、堅苦しいのはおしまい。ちょっとの間だけどさ。川に行っておいで。水が綺麗なことぐらいしか売り物無いけどね。せっかくだし。あ、帽子忘れないでね。涼しくても太陽の光まで弱いわけじゃないから」
「はーい」
理絵子は荷物の中から麦わら帽子を取り出した。
「そういえば行っちゃいけないのは……」
「目安はワサビのところ。野生のワサビ見たことある?ってまぁ、今日はそれこそ踏み荒らされてるからね。すぐ判るよ。そこより奥はNG」
「判りました」
理絵子は帽子をかぶった。
宿の裏口からサンダル履きで川へ降りて行く。川と言っても沢に近い。水は少なく、足首ほどもない。
程なく、少し上流の方に遊ぶ、仲間達の姿が見えた。
「りえぼー」
仲間達が自分を発見し、手を挙げて応える。
「どうだった?」
「あんたらだったら、逃げる」

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -30-

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 理絵子は避けていた。やり方は簡単。全然関係ないことを考えればよい。それこそストーリーでも練ればよいのだ。
 しかしそれでは“探られてると判っている”ことが、相手に判ってしまう。
 せせらぎの音に意識を向ける。音からイメージしたせせらぎの映像を心の中に置いておく。ツマラナイから川の音を聞いています……。
 終わった。
「口を開けなさい」
 某が、人の形に切った白い紙切れを差し出す。
 ヒトガタ、である。霊的な依り代。古代は人形であり、更に太古は生身の人間による生け贄であった。
 理絵子が口を開けると、某はヒトガタを理絵子の舌に触れさせた。
 痴漢にでも遭遇したような不快感。
 ヒトガタを何やら箱に収める。
「面(おもて)を上げなさい」
 これで終了である。理絵子の中の“汚れ”がヒトガタに移り、箱の中に封じた。
 よって理絵子は顔を上げて良く、口を聞いても良い。
 理絵子は瞼を開く。“疚しいところがある人にはブラックホールに見える”と言われる瞳孔拡大状態の目で真っ正面から某を見てやる。“たらふく肉食ってるだろおっさん”……そんな印象の男である。脂が滲み出て来るというか、既に滲んでいるというか、ギラギラした印象。陰陽師と称し、超感覚による探りを入れてきた辺り、確かにそれ系の力はあるようである。しかし、同じ力を持つにしても、どっちかというと“餓鬼”に近い。
 おっと見透かされる。
「ありがとうございました」
 理絵子は神妙に頭を下げる。ここまで一連のお祓いのシーケンス。自分の知らない流儀であるが、まぁ、いろいろあるのだろう。ちなみに、生け贄の時代、悪霊を移された生け贄は、当然、悪霊もろともそのまま殺された。
「うむ」
 某は頷き、次があるとかで、それでもしっかりと鯛と酒と祈祷料は持って、そそくさと去った。
 高級車の走行音が聞こえなくなる。
「はぁ。堅苦しい」
「申し訳なかったな」
 女将さんと主人氏が続けて言った。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -29-

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 流しそうめんを食べ終わった後、理絵子を除く少女達は川へ降りていった。
 夫婦がその、陰陽師向坂を迎えるための準備を始める。鯛の尾頭、酒を用意し、玄関を清掃して塩を盛る。
 それは、儀式の後に、陰陽師某が“飲んで食う”のが定番になっていることを意味する。
 俗っぽいことこの上なし。
 午後1時33分。
 クルマが宿前の砂利道に入ってくる。ゴムが砂利を弾く音から、そのクルマは重いと判る。
 クルマの左側から下車する。桜井優子宅所有と同じドイツ製の高級車であろう。
 理絵子は断じた。こいつは決してまっとうな陰陽師ではない。
 夫婦が迎えに出る。
「こちらです」
「お待ちしておりました」
 ドアが閉まり、某が歩いてくる気配。理絵子は玄関脇に正座し、頭を垂れ、一言も発しない。見もしない。
“汚れて”いるから。
「お前か」
 映画の安倍晴明の真似か、とでも言いたくなる、甲高い声が上から降ってきた。
 理絵子は頷くのみ。漆塗りの木靴だけ見える。平安装束に身を包んでいるようだ。衣冠束帯(いかんそくたい)というヤツである。ちなみに安倍晴明(あべのせいめい)は、平安期に活躍した著名な陰陽師だ。
「他の者は」
「それが……午前より外へ出ていまして。この娘さんだけ残ってらしたので、部の代表ということで。なにぶん、携帯が通じませんので、どこにいるやら」
 女将さんはこわごわ、という感じで言った。全員呼び戻せ言われるのではないか、というわけだ。
 でも理絵子には判っている。それはあり得ない。
 なぜって時間が掛かるから。その点で携帯不通は説得力有り。女将さんグッジョブ(good job)。
「……よかろう」
 案の定。1人でも8人でも、お金がもらえて飲み食い出来ることに変わりはない。しかも短時間で済めば“時給”も高い。
 では早速、となり、2階に上がって、神棚の前で夫婦と正座。
 儀式が始まる。
 理絵子は、気づいた。
 某が意識をこっちに向けている。それは経験のある方もいるであろう、“コイツ背中でモノ聞いてるな”という印象そのもの。超自然的な感知能力……テレパシーで探りを入れに来ているのである。
 その時もし、霊的なパワーの状態を磁力線のように表すことが出来れば、陰陽師某から理絵子へ向かう磁力線が、理絵子を避けるように迂回し、後ろへ流れる。そんな様子が見えたであろう。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -28-

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 田島の勢いが急落する。
「りえ……」
「半ダース」
「3ダース!?」
「ちがう!半分ダース!6本」
「ちぇ」
「ほら、綾っぺ」
「は~い」
 マックスコーヒーで買収された田島は主人氏を追い、しぶしぶ玄関から出た。
「しかし部長ってそっち方面詳しいみたいですね」
 竹下が言った。
 理絵子は苦笑した。この方面、そういう経緯から独学の部分もあるが、一般向けにはもう一つの理由の方を話している。
 すなわち。
「どうしてもホラ。父親の仕事が仕事でしょ。仏様がついて回るわけよ。母方の実家が震え上がっちゃってさ。南無阿弥陀仏。否が応でもお勉強してしまうという」
 理絵子は言った。『“死”が日常茶飯事になる。これは怖い』という父親のつぶやきが強く印象に残っている。
「え?仏像持ち歩くんですか?」
 竹下が目を円くした。
「バカ。お亡くなりになったお方のことだよ。死体。シカバネ。ムクロ」
「きゃー!」
 生々しい大倉の台詞に、竹下が耳を塞いで顔を背ける。
 が、その動作でテーブルに身体をぶつけ、麦茶の入ったグラスを倒した。
 テーブル上に麦茶池。
「うわお前バカ」
「絵が、絵が~」
「綾~!」
 今里が田島を呼ぶ。彼女たちは慌てて描きかけの絵やレポート用紙を引っ込めた。
 ちなみに彼女たちが使っている水彩色鉛筆は、“水彩”の文字からも判るように、水彩絵の具的な一面も持っており、水分に触れると溶ける。
 飲み物をこぼすのは致命傷なのだ。
「どうした?」
 田島が勝手口から顔を出す。
「ごめん、こぼした、雑巾」
「ああ、はいはい」
「あ~滲んで行くよ……」
「見ろ、絵がゴミのようだ……」
「言葉を慎みたまえ。君はりえ部長の前にいるのだ」
「それじゃ自分同士」
 描き直し。なお、彼女たちの台詞の2,3は、著名なアニメからの援用である旨付記しておく。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -27-

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 かと言って夫婦の、この宿の立場を悪くする必要もない。
「おばちゃん。この際りえぶに任せた方が良くない?……だってあのおばあちゃんが納得するくらいだし……」
 田島が言った。“おばあちゃんが納得”が、強い説得力を有するフレーズであることは、論を俟たないであろう。なお、“りえぶ”はりえ部長の意味である。
 女将さんはふう、とため息をついた。
「ごめんねぇ。何か巻き込んじゃったみたいで」
 それはすなわち、理絵子にお任せ、に気持ちが傾き始めている。
「いいえ。お世話になるわけですから」
 理絵子は言った。むしろ巻き込んで頂いた方がありがたい。予感のこともあるし、その陰陽師の釈然としない言い回しも気になる。直接会った方が何か得られる。
「じゃぁ今夜はしゃぶしゃぶにしちゃおうかな」
 女将さんのその一言に、メンバーは拍手喝采し、理絵子を取り囲む。
「さすが我らの部長だ」
「いやぁ頼りになるなぁ部長」
「部長」
「部長」
「ブチョー」
 みんなして古代の礼拝の如く、理絵子に向かってひれ伏し座礼を繰り返す。
「もうよろしい下僕共……てなわけでしゃぶしゃぶで売却されました」
 理絵子は言った。ふと思う。自分たちのこの軽いノリは、絶対に事態を深刻にさせない。
 女将さんと主人氏が頷き合う。“それで行こうか”。
「ごめんなさいね。1時半って言ってた」
「承知しました」
「じゃぁ松阪牛を買ってこようかね」
 拍手に送られ、女将さんが再び外出。
 次は主人氏が動く。
「やれやれ。このコンピュータ時代に、と思うよ。綾っぺ。そうめん手伝え」
「えー何であたし?」
「腕力」
 強調するようで彼女には悪いが、BMIという数字で出てしまっている。
「ひどい。レディに向かって言う言葉じゃないわ」
「それも取り柄の一つだと思えば」
「部長が人身御供になって下さるというんだ。我ら下僕共も何か奉仕するのは当然でしょうが」
「そういうお前は何だー!お前は!お前は!お前はっ!」
 田島が一人ずつ指差し、差された側は目を背ける。
「マックスコーヒー」
 理絵子はひとこと言った。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -26-

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 と、そこで主人氏が勝手口を開ける。
「言えるかいそんなこと。最初っからこの子ら疑ってるみたいなもんじゃねーか」
 主人氏曰く、鮎の時期ではない今頃にこんなところに来るのは、憑いた悪霊に吸い寄せられて来たに相違ない。「お祓いをさせろ」と言われたと。
 少女達は顔を見合わせた。悪霊憑き?私たち……
 理絵子はその向坂なる人物の物言いが気になった。
 理屈に合わないのだ。霊的世界は非科学として否定されてはいるが、体系自体は論理的なのだ。それで行くと、非業の死を遂げた女の子達に、悪霊が近寄って行くというのは、何か噛み合わない。
 新約聖書だったと思うが、イエスの悪魔払いを見た偽善者が、『お前にそんなことが出来るのは、お前が悪魔の手先だからだ』と罵倒するエピソードがある(作者註:福音書にある)が、それに近い。
“彼女”たちが、殺された怨嗟を抱えた悪霊的存在であるとして、悪霊憑きがなぜ悪霊の住処……塚を壊す?
「オレはどうにも気に食わないんだ、あの拝み屋。いいよ、午後はこの子ら川遊び行っちゃって留守にってことにすりゃいい。あんな芝居がかったお祓いとやら、悶々やらせるこたない。カネ払って遊びに来て下さってるのに失礼だ」
「それは……」
 女将さんの表情が曇る。それはそうだが、向坂に刃向かうと後々町内で立場が悪くなる、そんなところか。
「あのう…」
 理絵子は口を挟んだ。
「差し出がましい物言いかも知れませんが、部長の私が代表で、ということでどうでしょう」
「え?でも……」
「そっち系は免疫がありまして。かけまくも かしこみ すめみ おんやかむ いざなぎのみこと(掛巻も畏み皇御祖神伊邪那岐之命)」
「そういえばそんな言い回し聞いたなぁ」
 主人氏が言った。この手の真言は軽はずみに使うものではなく、乱用防止の観点からは明確に書き留めるには向かないが、理絵子が口にしたのは『高天原のみなさまコンニチハ』に相当する部分であり、問題はあるまい。
「でも、時間掛かるし……」
「構いません。聞き流してストーリーでも煉ってます。この子らとやってると骨抜きにされるんで」
「ここでそれ言うかこの部長は」
 理絵子は夫婦にニコッと笑って見せた。実際問題、お経の親戚をメンバーに聞かせるのは苦痛である上に。
 時間の無駄だ。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -25-

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「はっはっは。で?ウチのは?」
 女将さんのこと。
「あ、ワサビ取りって」
「そうか。じゃぁちょっと仕掛けをつくるわ」
「は~い」
 主人氏は勝手口から出た。
「そうめんそうめん~」
「いいから描いてね」
「そう言う部長殿はどこまで書いたよ」
「手書きでそんなに早く書けるわけないでしょ」
「エピソードだけ羅列すりゃいいんだって。小説化はあと。どうせパソで合成すんだから。絵に合わせて適切に文章化してくらはい」
「……判ったよ」
 書き物をする音が続く。シャープペンシルであり色鉛筆であり。
「この水彩色鉛筆っていいよな。消しゴムで消えるし」
「汗垂らすとにじむから気をつけようね」
 サンダルを突っかけて歩く音が聞こえ始め、次第に近づいて来、
 女将さん帰宅。
「あ~あ」
 溜め息。
「どうかしたの?おばちゃん」
 田島が尋ね、理絵子は書く手を止めた。
 ちょっと気になる。
「いやあのね」
 女将さん曰く、昨晩何者かが沢に侵入、おばあちゃんの話した塚(慰霊碑)が荒らされており、その際踏みつけられたかワサビがダメになっていたという。
「連中、沢の真ん中まで行こうとしたらしいのよ。そうすると川を歩いて行くしかないわけじゃない。それで……」
 流れの中に自生していたワサビが。
「しかもさ。塚の辺りで花火か何かやったらしいのよね。だからもう向坂(さきさか)さんがカンカンでさ」
「それで町内会……」
 田島が言った。向坂なる人物は陰陽師であり、その塚の“霊的な”管理をしているという。
 ゆえに冒涜行為に怒り心頭。町内会役員を集めて再発防止の徹底を、というところのようだ。主人氏はそれに参加していたのである。
「そう。特にウチなんか宿じゃない。泊める者に絶対行かすなと。そういや、あとで向坂さん来るって父さんから聞いた?」
「え?……い~や?全然?」

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -24-

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「破壊と創造。ブレイクアンドデストロイ」
「壊して壊しまくってどうすんの!」
「でもこうやってるとアレですね。教科書に書いてあった“作文の作り方”って嘘ですね」
 窪川が言った。
「そりゃそうさ。マニュアル通りに物語創れりゃみんなマンガ家小説家だよ」
「あらすじ作って肉付けなんてかったるいことやってられっか」
「でも私たち部長さんのお話に肉付けして作ってる気が」
「ちがう。骨がない!」
「骨抜きにしたのどいつらよ」
 7人一斉挙手。理絵子は脱力。
「くすん。いいけどさ。あのね窪川。私が思うに、教科書の書き方には肝心なことが抜けてる」
「えっ?」
「手順はどうでもいい。楽しく創る。ってね」
「……なるほど」
「おいしいとこ持って行かれたぜ」
「部長ですから」
 理絵子はちょっと澄まして言った。ちなみに、彼女たちはここで“自由な発想を求め、次第に収斂させて行く”という手法を取ったわけだが、これはビジネスの世界で“ブレインストーミング(brain storming)”と呼ばれる、確立された立派な発想・創造手法である。興味ある方は多くのビジネス向け書物が出ているので参考にされたい。
 勝手口がノックされ、ドアが開いた。

 女将さんではない。男性。ランニングシャツにねじり鉢巻き、肩の上には木のタライ。
「おう、よく来たね」
 ここの主人氏である。
「おじゃましてま~す」
「ごめんよ。お客様がいらっしゃるのに主人が留守して。急に町内会の会合があってな」
 主人氏は言うと、肩のタライをドンと降ろした。
 中はかち割り氷。
「お昼は流しそうめん」
 8人から拍手喝采。
「……元気いいなぁ」
「それしか取り柄ありませんから」
「私、脱いでもひどいんです」
「ちっ、先に言われた」
「争うところが違うだろ」
 主人氏は大笑い。

(つづく)

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【理絵子の夜話】圏外 -23-

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 2分。
「優勝に対抗出来るのは爆笑だ」
 田島。
「韻を踏んでいるかどうかの問題じゃ……」
 そこまで来て、理絵子は折れた。
「いや、爆笑で感動って設定、できる」
 半分あきれながら、理絵子は言った。
 もう、いい。出会い、ときめき、別れ、涙。いかにも中学生が考えそうなトゥルーラブストーリー。
 私の考えた物語。横浜までロケハンして、せっかく考えてきたけど、このメンバーじゃ、無理。自由に発想させた私がお馬鹿さん(いつか自分で書く)。
「あのね、老人ホームというか、お年寄りの介護施設で一席打つの。頑固で全然笑わなかった、身寄りのないお年寄りが、ニッコリ笑って大団円」
 お~、とメンバーから感嘆の声。
「素晴らしい。落語でお年寄りなら無理がない」
「高齢化社会という問題提起も入ってるわけですな」
「高尚だなぁ」
「じゃぁ筋立て直そうか。コンテ描こう。文字でゴチャゴチャ書くより、印象深いシーンのイメージをサッと絵にして並べた方がいい」
「あ、でもそうなると“女の子が男の子を好きになる”きっかけどうするの?」
「どうする作者」
「誰がじゃ。ん~……それじゃあその女の子は、厳格な家の育ちって事にしようか。転入生歓迎会の一席で、彼女の家にない“笑い”に触れてホロリ」
「なるほど~」
「そうすると何、私たちがこれから紡ぎ出す作品は、読み手を爆笑させながら、しかし私たち世代に起こりうる家庭教育問題と、将来社会に出て直面する高齢化問題との両方を盛り込むという、極めて高度な作品ということになるわけですね!」
「竹下落ち着け。ぜってー校長賞はありえねー。凝りに凝りまくって大人社会を茶化すんだから。逆に言うと校長賞なんか取っちゃあならねぇ。そういうのは生徒には受けねー。クラシック作曲家の顔は落書きのベース。修学旅行の寺はただ数こなすだけ。違うか?」
「そうそう。狙うのはただ一つ“ウケ”だ。それを忘れちゃなんね」
「ようし固まった」
「絵は私たちが起こすからりえぼー小説書け」
「え~っ?」
「原作者でしょ」
「もう全然違うじゃん」
「どこが。輪郭と髪型と眉と目と耳と鼻と口変えたみたいなもんじゃん」
「何も残ってないじゃん」
「絵は集団で描けるけど文章は一人で書かないと文体が変わるんだよ」
「そう、変態するの。ア……」
「………ーッ!ネタはもう結構!しくしく。自分で創った話自分で壊すのね」

(つづく)

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