理絵子のスケッチ

【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -09-

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 母親が制した。家族といえど、そこから先は捜査上の秘密であり、触れてはならぬ領域。
「……ごめん」
「いや。お前の気持ちは嬉しいよ。その辺も少し整理してみる必要がありそうだ」
 父親は、言った。
 そこへ看護師。心療内科の予約が取れたが、診察室に赴くか、病室へ出張してもらうか。
 スタンド使って足を吊っている状態で、診察室へというわけもあるまい。
 病室への出張を依頼し、その間に理絵子は一旦家へ戻る。ひとっ風呂ならぬシャワーで流して、着替えて再度病院へ。
 診察に同席するためである。現時点、黒野家で一番詳しそうなのは理絵子だ。
 10時半過ぎ、予定より10分ほど遅れて心療内科の医師が到着。
 ベッド周りをカーテンで囲む。病室は6人部屋だが、他のベッドに人はなし。
 医師は夢の内容を聞き、直近の勤務状況と、悩みの有無を尋ねた。
 勤務はキツイが悩みはないと父親は答えた。ただ、強いて言うなら次々事件で休むヒマもない。一応幽霊のことも話す。夢に出る、で済まなくなると、シラフでも聞こえ、見えてくるからだ。幻覚幻聴白昼夢である。
「追われる夢というのが…」
 医師は無茶な期限や急かす上司の存在がそういう夢につながると話した。まぁ、医学的な診断としては、まっとうな結論と言える。
 不安障害。鬱傾向。病気と言うほどではないが、一旦ストップした方が良い。診断書を書くから、骨折直しがてら少し長く休め。それが結論。サイレース(睡眠導入剤)を処方してくれる由。家族の皆さんはなるべく、父親の好きにさせ、何もせず放っておけ。
「鬱病か」
 父親はベッドでうなだれた。
「そうじゃないって。忙しすぎて精神的に参ってるってこと。あれもこれもと思うと、意識がハイになってなかなか寝付けない。寝付けないから疲れる。そんな状態でたまに寝入ると、意識の中に置きっぱなしのあれもこれもが追いかけてくる。そんな状態じゃないのかな」
「幽霊は?」
「お父さん無理して私と距離取ってない?」
 父親は理絵子の瞳を見、目を見開いた。それは図星の反応。
「ウソはだめだよ。押さえ込むと夢に出るよ」
「鋭い娘には何言っても無駄か」
 父親は苦笑して頭をポリポリ掻いた。
 お父さんお父さん…鬱陶しいほどべたべたくっついてきた幼い頃の理絵子が懐かしいと父親は言った。しかし多忙の末、ろくに話もしなくなった己に対し、理絵子が愛想を尽かしたのではないか。嫌われるよりは距離を取ろう、そんな風に考えていたと父親は語った。
 父親は寂しかったのだ。理絵子は理解した。自分と同じ、“あのころ”への想いを抱えていたのである。それが多忙という現実の圧力を受けた結果、戻りたいという思いとして幽霊を形成し立ち現れたのではないか。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -08-

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「理絵子」
「えっ」
 寝入っていたらしい。父親の布団の上から半身を起こすと、足元には付添用仮眠寝台があり、母親の手が自分の肩から毛布を取るところ。外はすっかり朝の気配。
 父親はまだ目覚めない。
「寒くない?」
「大丈夫」
「よく寝てるね。普段、何かあったら飛び起きるって状態で寝てるからね。ここまで深く寝ることはなかったんだろうね。睡眠が不足していただろうね」
 父親が起きたのは結局8時近く。
目を覚まし、飛び起きようとし、すぐさま警察署ではないことに気付いたようだ。
「……俺は」
 寝間着の上半身。天井からつり下がったギプスの右足。
「うなされて暴れたそう。足は骨折」
「え?あいてて…」
 遅い朝食を運んでもらい、うなされた時の記憶がないか尋ねる。
「追われた。包丁で刺されそうになった。それで必死に抵抗したんだ。ところが、殴ろうが蹴ろうが相手には掠りもしない。危険を感じて腰に手を伸ばしたところで、足を刺された」
 足を刺され…が、骨折に伴い映じたイメージであろう。ちなみに、腰に手、は言わずと知れた拳銃のことだ。
「相手の顔は?例の女の子?」
「だと思うんだが判らない。ぼやぼやっとして…その、ボカシが入ったみたいに。でも服は…あれ?藤川高校みたいな。チェックのミニスカートで」
 都立藤川高校は現時点で理絵子が漠然と考えている進学先である。共学の普通科だが、出自が女子校だったせいか、女子の制服が標準でミニスカートであり、かわいいのだ。白百合をデザインした校章バッジが、ブレザーの襟元で良いアクセントになっている。それになんと言っても自宅に近い。なお、都内の公立高校は都立か国立で、他県に存在する“市立”に相当するカテゴリはない。従い都立だからといって、それが即、他県の“県立”に相当するステイタスを意味するわけではない。
「私が言ったのが記憶にあって、それで…じゃないのかなぁ」
 理絵子はタマゴサンドをかじりながら言った。直近の記憶や、興味を持った内容が夢に反映されるのは良くある話。脳は就寝中に情報を整理し、大事なものを強く記録するが、この際に流れる情報が夢という形で現れる、というのが最もらしい説明。ただ、何かの連想でそうした直近・興味のあるファクターが呼び出された、という可能性は考えられる。幽霊が女の子でミニスカートの制服という話に、自分の言った藤川高校がくっついたか。
「夢は現実の印象が反映されることが多いんだ。最近何か強く印象に残る事件でも」
「こら理絵子」

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -07-

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「今は何も。多分父さんは眠っている」
「そう」
 病院へ到着し、待っていた警察署の若者と挨拶。彼は理絵子達を当直の医師に引き合わすと、「これだけで済みませんが」と帰って行った。
 医師の説明を受ける。当座の処置として鎮静剤を打ち、骨折の処置をしただけ。骨折したのは足首だという。数日動けず、着替えなど必要。
「悪夢については私からは何とも。心療内科へ連絡状を書いておきます」
 病室へ通される。父親はベッドにあり、足をギプスで固められワイヤで吊られ、人形のように動かない。
 理絵子が病室にとどまり着替え等を引き出しへ納め、母親が手続き書類等を書きに行く。
 父親の寝息。窓からの月明かり。ゆるめの暖房。
 横顔を見る。もみあげに白髪が目立つ。年齢を意識するとともに、こうして父親をじっと見るなど何年ぶりかと思う。父親が“年頃の娘”を気にしてか、つとめて自分と距離を置こうとしていると知っている。母は母、父は父、そして自分。同じ屋根の下に寝起きしながら、“3人一緒”の時間が減っていることを意識する。子はいつしか親から離れて行くから、次第にそうなるのは当然といえば当然である。だけど、一緒にデパートで食事、なんてのが戻らない過去かと思うと少し寂しい。最も、今の年齢でその状態は子どもっぽくてこっ恥ずかしいという矛盾した感情が、自分の中に存在する。
 それでも、友は自分が親子仲良しだと半ば感心して言う。友人達にとって、親は過剰に干渉してくる疎ましい存在でしかないようだ。
『勝手に部屋覗いてさ、グダグダ文句言うんだぜ。じゃぁテメエは私物漁られて文句言わねぇのかよって』
 プチ家出で自室に泊まった友は、寝床の中でこう漏らした。親にとって子はいつまでも子であり、一方、子にとっては、自分のしたいことが親の許容範囲を超えると自覚した瞬間、親は不当な干渉者に変化するのだ。他ならぬ親にぶら下がってないと生きて行けはしないのだが、都合のいいところだけ、親を排除したいのである。
 ちなみに、理絵子はその友に対し、ドアを閉めてあるから覗きたくなるんだ、とアドバイスした。部屋のドアは閉めずにおき、机の回りをピシッと整頓しておけば、『きちんとしている』という印象と認識を与え、親は安心するもの。
「隠すから見たがる。隠していない物には興味を持たない」
「そんなもん?」
「隠すと避けてるという印象を与えるから、火に油だよ」
……ちなみに二人がこんな会話をしている頃、理絵子の母親が、その友の親に“安心しろ、帰宅しても叱るな”旨電話をしているのだが。
 母親の声が、理絵子を現実に引き戻した。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -06-

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 受話器を戻し、階下寝室へ。
 ドアを開くと、フットライトのわずかな明かり。
 そしてダブルベッドの真ん中で母親は大いびき。自分の高校進学の学費を今から、とかで、内職でwebサイトのデザインをやっている。……と、書けば今風でオシャレだが、実のところ結構しんどいようだ。見るからに起こすのは申し訳なさそうな寝入りっぷりであり、実際、ベッドサイドテーブルの電話子機は電池が抜かれている。要するに何があっても起きたくない、ということだろう。
 でも父親の一大事。
「お母さん」
 無反応。
 揺すりながら再度呼ぶ。
 変わらない。
 仕方ない。
 理絵子は母の額に手のひらを載せる。
 いびきが止まる。理絵子は手を離す。
「お母さん」
 母親は天井を向いたまま、静かに目を開いた。
 首を傾けて理絵子を見る。こういう目覚め方は理絵子の仕業と判っているのだ。
「理絵子……何かあった?」
 母親は問うた。それは子を守る母の顔。
「父さんが病院に運ばれたって。悪夢でうなされて、暴れて、骨折したとか」
 しかし母親は特段慌てず。
「……判った。着替えなさい。行きましょう。保険証出して。あと、入院するかもだから父さんの下着とパジャマを」
「うん」
 父の衣類は出張対応で常にバッグに用意してあるのでそれ。自分の服装は選んでいると時間が掛かりそうなのでジャージにはんてん。
 母親の小型車で出る。寝静まった住宅街の坂道を下り、アスファルトでなくコンクリート舗装の甲州街道を西方へ。街灯と、道路と、わずかな路上駐車。
 両脇の家々には人々が住まい、眠っているはずである。しかし今この時間、この場所で動いているのは、自分たち母子だけ。タイヤがコンクリートの継ぎ目を叩く、リズミカルな音が、唯一の鼓動のようにも思える。ちなみにコンクリートで舗装されているのは、旧日本軍が零戦の滑走路としても使えるように作った名残とか。
“鼓動”のリズムが落ち、信号待ち。
「何か感じる?」
 じっと前を見ている理絵子に母親が問うた。理絵子の両親は、娘の能力のなんたるかを把握している。そして、その能力の持ち主としての心構えを学ばせるため、修験道の場でもある東京・高尾山(たかおさん)で密教の門を叩いた。従い、彼女はその流儀で能力をコントロールできる。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -05-

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-そうだな。
 苦笑と諦念が理絵子に届いた。
-オレはオレでしかない。オレなりのやり方を見付ける方がいいな。
 ふっきれた、という状態。
〈その方がいいよ。道は一つじゃない〉
 白い玉を手に持つ。
-ありがとう。君は……。
〈それは秘密〉
 超感覚を切ってしまう。これでこの男性からは何も見えなくなる。
 次いで男性の“存在感”が部屋から消える。
 ひとり、“送り出す”。理絵子はホッとした。

 数日経過した。
 期末試験はそれなりの結果であった。
 学級委員だから学業もさぞや、と思われている節があるのは承知しているが、語学文系はさておき、理数はからっきしだ。「結構理屈っぽい」と言われるのだが、直感を裏付ける根拠を探し、口にしているに過ぎない。与えられた情報から論理立てて説明し、組み立てて行くという作業は実は好きではない。ただ、それでも、うらやましがられる点数ではあるらしい。従って、通知表にもそれなりの結果が反映される。
 終業式の日。クリスマスイブ。天文学的に正確な日付では既に25日。
 午前2時。
 父親は署に泊まり。仮眠して事件発生に備える。そんな案配。帰宅は朝の7時だかになるので、通知表をダイニングに置いて眠りにつこうか、としていたところ。
 直感の閃きにFAX一体電話の受話器に手を伸ばす。消灯していた液晶ディスプレイに明かりが入り、“着信”の文字が出てところで受話器を取る。
「はい」
『え?あれ?』
 うろたえる若い男の声。あまりにも受話器を取るのが早すぎたか。
「どちら様ですか?」
 相手は警察署の人間だと名乗り、
『夜分に恐れ入ります。黒野(くろの)警部の……』
「そうですが」
 父親が搬送されたという。仮眠室でうなされ、暴れ、起こそうにも近寄れないので救急車を呼んだという。
 大学付属の医療センターに搬送。足を骨折した由。
 理絵子はこの時点でピンと来ている。父親の見た“幽霊”と接点がある。
 ただ、うろたえる必要は感じない。父は今、恐らくクスリで眠っている。
「判りました。母に伝えて病院へ伺います。わざわざすいませんでした」

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -04-

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〈好きという感情だけ押しつけられてもね。理解した、てのとはまた違うし、こっちは求めちゃいけないの?ってなるし〉
 固まりが小さくなり、放っていた白い光が弱くなる。
 委縮する気持ちの現れ。
〈理解してくれないならいいや。っていうなら、それまでだと思うよ。14の私ですら感じるんだから、職持って自活している年齢の女性ならなおさらじゃない?〉
 時代がかったことを言うつもりはないが、リーダーシップとか、多少強引でもいい“強権”を感じない男性ってのはやはりどうかと思う。最もこの辺は、太古率先して男性が外へ出、一族郎党を養うために食い扶持を取って(獲って)帰ってきた。それが女性にとって理想だった時代の遺伝子の記憶、とか父親が言っていた。
 父親。
 そのキーワードに、固まりが強い反応を示した。
 彼我……父と己を比較しての引け目、負けの認識。
 父親は医者であるらしい。対し自分はニート状態。
〈知り合いが友人に、友人が彼氏に、夫にそして父になる。意識的であれ、無意識であれ、女性はそこまで考えるんじゃないかな?。でも、その父ってのは誰かと比較して、ではなく、その人らしい父の姿であればよいはず。あなたの自己評価はいつも自分の父と比較して云々。あなたは決してお父様の劣化コピーじゃないと思うけど?〉
 核心を突いてやる。判っているが認識したくない己の姿。
〈離れてみたら?ひとりで生活すれば、そう毎日毎日ヤイノヤイノと言われない。自分には不向きだ断るって宣言すればいいじゃない。オレはオレなりのやり方で行くからガタガタ吐かすなって。オヤジだってそうやって今の道に入ったんだろう?って。養ってもらってあわよくば継がせてもらおうなんて虫が良すぎるよ。あなたなりの道を、歯食いしばって進む方が後々良いと思うけど〉
 逡巡。
〈すねかじりの負け犬か、男になるか。選択はあなた次第〉
 突き放すように言ってみる。慰めてあげるには、肯定すべき内容がちょっと乏しい。
〈内容の伴わない男には、どう外見取り繕っても、それ相応の相手しか見つからないよ。外車に乗って贅沢三昧でも、品性が低ければ単にケバいだけ。階段はね、上ってみないと上り方が身に付かないんだ〉
 白い固まりはラグビーボール状から小さな球形になった。なったがしかし、輝きはむしろ強まった。
 ラグビーボールはこの男性のそうした“中身はないのに、見てくれだけどうにかしよう”という“背伸び”に似た情動を象徴していたと理絵子は理解した。
 球形が苦笑する。男の子ではない。朴訥そうな黒縁メガネの男性の印象。
 本人である。心理に噛ましていた、上げ底の根無し土台を理絵子に引き抜かれ、ありのままの自分に戻ったのだ。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -03-

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 苦笑する父親を残し、理絵子は自室に戻った。
 ドアを開け、しかし室内の明かりは点けずに机に向かう。
 イスに腰を下ろし、イスごとくるりと回転し、後ろを向く。
 普通の人間にはただの闇である。しかし、理絵子にとっては闇ではない。
 彼女にはそこだけ霧に包まれたような、ぼうっとした白い固まりが見えている。霧で作ったラグビーボール。そんな形状。
 超常感覚。父親が彼女に相談し、彼女が当然のように受け答えた理由もそれ。だから“容易に判る”のである。
「こっちいらっしゃい」
 理絵子はまるで、迷子の子でもあやすように、両の手をぼうっとしたものに向かって差し出す。この種の自分にしか見えない訪問者を、彼女は、良く現れる時刻から“午前2時の訪問者”と呼ぶ。
 今日は子ども、男の子。
 但しいわゆる“霊”ではない。誰か知らないが、男性の中にある“幼い気持ちの断片”が一人歩きし、人格に似た様相を呈しているもの。一つの感情だけの人格と表してもいいかもしれない。たいていの場合、当の本人は夢を見ており、夢の中の気持ち、夢の中の自分の年齢に応じて現れる。何か“判ってくれる”存在を探しており、夢の世界をさまよい歩いた挙げ句、自分の部屋にたどり着く。そんな案配。但し、理絵子自身は、彼らが自分を“判ってくれる存在”として見ているというより、自分になまじっかそれ系の能力があるので、それ系のアンテナに受信されやすいだけでは、と考えている。
 白い固まりのような男の子は、自分が呼ばれたと知るや、それこそ、“泣きながらしがみついてくる子ども”のような感じで、理絵子の元まですーっと動いて来た。強く感じるのは甘えの気持ち。ママに慰めてもらいたい。
……失恋ショックによる退行、理絵子は判断した。人間は人格否定系の強いショックを受けると、より幼い段階に人格が戻ることがある。それは母に抱かれていた幸せな頃に戻ろうとするからだ、と読んだことがある。ちなみに、理絵子は最近、自分の感覚が拾ってくる感情を理解するため、心理学のテキストに目を通すようになった。
「子どもっぽい」……それがこの男性を否定し、女性が去って行く際に放った言葉と、理絵子は知った。この、唐突にポンと判ってしまうのが、この手の能力の特徴。いきなり来ると面食らう事もままあるので、心理学に手を伸ばした次第。
〈でも確かに、あなたのしたことは、頼りないという印象を与える内容かな〉
 理絵子はカーペットにぺたんとしゃがんだ。両腿を揃え、膝から下を左右に広げて座る“女の子座り”という奴だ。これでぼうっとしたものと同じ目の高さになる。言い聞かせるように、ゆっくり、言葉を思い浮かべる。

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -02-

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 湯気立つケーキをリビングのテーブルに置くと、程なく父親がカップにコーヒーを入れて持ってきてくれた。父親の入れたコーヒーはやや濃いので、ザラメ砂糖をスプーン一杯加えるのが、理絵子のパターン。
「あ、おいし」
「理絵子」
 父親が改まったように言い、コーヒーカップをテーブルに置いた。
「ん?」
「お前、オレが白昼幽霊を見たと言ったら、信じるか?」
 その時点で、理絵子は今夜のこの時間が、父親からの折り入っての相談、と理解した。
「ウソ言うためにわざわざ難波まで出る父さんだとは思ってないけど?どんな幽霊?」
「女の子、だ」
 おんなのこ、という語感から幼いのかと思ったらそうではなかった。父親の言うには、気配がして振り向く、呼ばれた気がして振り向く、等すると、ミニスカートにブレザーという、学校の制服とおぼしき姿の髪の長い少女が見え
「……たかと思った瞬間、見えなくなるんだ」
「時間は?ひとりでいる時か、逢魔が時とか」
「時間はまちまち。夜勤の時もあれば朝。昼飯時にもあった。ひとりでいる時だけだな。トイレで手を洗って鏡を見た瞬間、残像だけある、みたいな」
「なるほどね」
「悪いな。試験時の忙しい時に。もちろん、最近寝不足気味だから、何か記憶が引き出されているとか、そういうのはあるかも知れん。実害はないし、急がないから、結論はテストが済んでからでいいよ。考えられるお前なりの見解だけ今は教えてくれると助かる。………前しか、相談できない事象からな」
「判った」
 父親をじっと見る。“そういう系統”なら、こう話しているだけで容易に判るという自信がある。
 しかし、今の父親からはそんな感じは受けない。
“そういう系”ではない?
「疲れすぎると、単に思い浮かべたものと、現実と、ごっちゃになったりするよ。その彼女、以前捜査の関係で出会って、印象に残ってるんじゃないのかな?すっごい美人さんとか」
「急がないから」父親のその言葉もあっただろう。理絵子は特に疑いを持たず、軽い気持ちで言った。期末テストという物体が、頭に重くのしかかっていたせいもある。
「おいおいオレがまるで女に飢えてるみたいじゃないか。口から出任せは困るぞ」
「男性は疲労の度が過ぎると、生命の危機近しと本能的に思うらしく、子孫残さなくちゃと、昂進、なさるそうです」
「そういうもんかなぁ。なんか中学生の男の子みたいだぞ?」
「今すぐ私の出る幕とは感じないよ。でも冗談はともかく、父さんが凄い疲れてると感じるのは確か。私が関わるとすれば、父さんの疲労が解消されてもなお、の時。少しでもいいから身体を休めてね」
「う~ん、わかった。ありがと。はぁ、そこだけは中学生のままなのかオレは……」

(つづく)

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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -01-

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 ドアノックの仕方から、父親であることはすぐに判じた。
「理絵子(りえこ)」
 夜半過ぎ。
 デスクスタンドを点け、学校の体操ジャージにはんてんを羽織り、ノートに文字を走らせていた彼女は振り向く。
「はい」
 振り返った彼女は初めて見れば息を呑むであろう。やや長めの黒い髪。真っ直ぐな瞳は黒曜石を思わせる輝きを蔵す。ふんわりとまるみを帯びた横顔は、中学生でも身を装飾してナンボの昨今では、古風というか、少し懐かしい感じと書けるか。幼子の面影と、シンプルさも手伝い、無傷の天然水晶のような透明感を漂わす。悪者には正視できない巫女のようだと評す男子生徒もある。
「コーヒー、飲むか?」
 ドアを開け、長い背丈を折りたたむようにして、浅黒い肌の父親が言った。
「うん、母さんは?」
「静かに降りてこい」
 つまり、就寝済み。
「判った。解いたら行く」
 書きかけの方程式xにどうにか答えとなる数字を与え、彼女はスタンドの明かりを消して席を立つ。
 父親が帰宅してかれこれ15~6分というところであろうか。警察官であり、ドラマでおなじみの捜査一課でこそないが、事件を担当する分には変わりなく、勤務状態は不規則だ。午前1時であるが、この時間に家にいる方がむしろ珍しいほど。
 階下に降り、リビングのドアを開けると、コーヒーメーカーがゴボゴボと最後のラッシュ。
「期末試験か」
 父親は食器棚からカップを出しながら、言った。
「うん」
「どんなあんばいだ?」
「ダメだろうと思っていれば、思ったより良かったという結果になるかと」
「はっはっは。まぁ、無理することはない。だが、手は抜くな。ベストを尽くしての結果であれば、オレは何も言わん。いい点に越したことはないけどな」
「判ってるよ。あ、これいい?」
「おう、切ってくれ」
 理絵子は父親の土産であろうか、大阪難波、“りくろーおじさんのチーズケーキ”のパッケージを開いた。中には冷えて水分が抜け、しわしわになったチーズケーキ1ホール。

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「あっためる?そのまま?」
「あっためようか」
 切り分けて電子レンジ。これで、出来たてふわふわチーズケーキの状態に戻る。

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(つづく)

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【理絵子の夜話】知ってしまった(かも知れない)-08・終-

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「どうもありがとう。さぁ、みんな行くよ」
 王子様が立ち上がる。と、王子様のネコ“ますむらくん”が、中井の腕から飛び降り、彼の肩の上に。
 次いで、集まっていた老いたネコたちが、王子様の周りに集合。まるで団体旅行の集合時刻。
 それこそマンガばりの異様な光景。少女達は目が円くなり、声も出ない。
 一陣の風。
 王子様のマフラーが吹かれて飛んだ。
「あっ!」
「ほーら部長風吹かすから」
 すっかり暮れた空に舞い上がったマフラーを彼女たちは追った。
 少し離れた場所に落ちる。
 拾おうとして、中井が気付いた。
「へ……」
 それはマフラー、ではない。
 鳥の羽根、否、羽根ペンがふわっと人数分ひと盛り。
 ペンの山から紙が一枚。メッセージ有り。

“差し上げます。ありがとう、優しい彼女たち”

 振り返ると、王子様も、ネコの姿もない。
 無人の公園に自分たちだけ。
「な、何この状況は」
「まぁ、そのままお話に出来る、んだろうね」
「文芸部きっての超リアルショートミステリーってか?」
「どうよ部長」
「死期を悟った野良猫は、人前から姿を消すという。さ、ラーメン屋は空いたかな?」
 理絵子は、それだけ言うと、ぺろっと舌を出して歩き出した。
「なにそれ!」
「腹立つ。自分だけ知った風に」
「こら待て!いっつも自分だけおいしいとこばっかり!」
 なんと言われてましてもお話しすることは出来ない“約束”ですので。

知ってしまった(かも知れない)/終

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