好奇の目
赤目エリア。結膜の下に赤黒い静脈血がたぷんたぷんしているのは書いた通り。
テメェで貧血起こすくらいキショイ。
当然オレの顔見る人もキショかろうと昨日来伏し目がち。満員電車はまぶた下ろしておめめお休み。それでも気付く人はいるようで、覗き込んでギョッとしている。まぁすんませんねって感じ?あまり気にはならない。
でも気にならないその理由、多分。
自分で判っているから。
そして、そのうち戻るから。
しかし、世の中には、この視線の受け止めが、続く人もいる。具体的に書く必要はあるまい。類推頂きたい。
そうした人たちがどんな気持ちか、容易に想像が付いた。
これは、堪える。
毎日、多くの、ずーっと。
とりわけ多感な頃は心理に深甚な傷を受けるに相違ない。レッテル張られた気がするだろうし、実際そんな扱いを受ける場合も数多あろう。
思い出す女の子がある。
小学校の頃、彼女は小児マヒを患い、手足の動きにハンディを抱えていた。
♪○○たん、けっこんできないの~
ぐさっ、と来た方、多いのではあるまいか。彼女に対して男子児童達が投じていたはやし歌だ。何言っていいか判らなくなるほど苛烈残虐である。
こうして覚えているのは日常茶飯事だったからである。もちろん、彼女は涙していたし、卒業文集の作文はこう始まる。
「わたしは、いじめられていました」
今振り返り、何年も続いていたのかと思うとわぁぁと叫びたくなる。可能であれば時を遡り厭わず身を挺して彼女をかばったであろう。だって「ただそれだけ」であって、何か言われる筋合いを彼女は持ち得ないのである。え?当時のオレは味方しなかったのかって?
オレも食らってたんだよ。よそ者いじめってヤツをさ。自分の防御で精一杯。自分で自分が精神異常だって認識してたからね。
でも、学校は何もしてくれなかった。「精神病院へ行け」とこうのたまった。だから逆に、彼女への執拗ないじめが続いていたんだと今では理解できる。
人は時として、深甚なまでに恐ろしいことを平気で出来る。
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