ドイツの魂。
鉄道ネタだが、クルマ好きでもついて来られる内容なのでよろしかったらどうぞ。
これは日本の代表的な蒸気機関車「D51」である。白い楕円の内部が高圧蒸気で駆動されるシリンダである。ピストン動力は屈強なロッド-クランク機構を経由し4つの動輪を回転させる。SLはこのように高圧流体を外部で生成し、ピストンへ導くため、シリンダ内部で高圧流体を生成する「内燃」機関に対し、「外燃」機関と呼ばれる。なお、一見すると大シリンダの上に小シリンダが載っている様に見えるが、小シリンダ風の機構は吸排気のバルブシステムである。D51ではこのシステムを反対側車輪にも有する。すなわち「2気筒」である。但し、外燃であるため、エンジンサイクルは高圧蒸気が入り込みながらピストンを押す-排気するの「2サイクル」。従って、往路、復路ともピストン駆動力を発生させ、実質的に4サイクルの内燃機関を4気筒持っているのに等しい。ちなみに、両ピストンが同時に死点に存在するのを避けるため、左右のシリンダは位相を90度ずらしてある。1280ps。最高速度85km/h
さてこのようなピストン機構で高速化することを考える。この場合、ピストン自体を小型化して動作を速め、また、駆動力を連続的に発生させるために気筒数を増加する。自動車のF1マシンはその極北で、10気筒12気筒で1万rpm以上を発生させる。
こちらはプロイセン国鉄S3/6。ドイツ統一後の形式BR18である。同様にシリンダに楕円を配した。見ての通りD51の2気筒に更に車体中央に2気筒を配した4気筒システムである(※1)。日本式では3気筒までの実績があるが、ドイツは更にその上を行ったわけだ。1908年。1770ps、最高速度120km/h。明治41年の時点で、既に常時100キロオーバーでぶっ飛ばす機関車を作り上げていることに注意願いたい。
その後もドイツは蒸気機関車の速度向上に情熱を傾け、ついに史上初めて200km/h走行を実現する。しかし安定した高速走行を行うには、回転のほぼ全周で駆動力を発揮する電気モータの発達を待つ必要があった。
そして1938年。ドイツ鉄道が満を持して送り出した電気機関車がこれである。E19。電気モータは自身回転するが故に、回転する車輪への動力伝達は歯車のみで事が済む(実際にはもう少し複雑)。これは多数の摩擦摺動部分を持ち、重く大きいロッド-クランク機構を一切不要とし、安定した高速回転をもたらした。しかし代わりに、「鉄の棒の上を鉄の車輪で走る」鉄道の基本構造が壁として立ちはだかった。
摩擦係数(μ)が小さいのである。鉄-鉄で構成されるそれはわずかに0.2(※2)。クルマで言えばアイスバーンなのだ。これは加減速やカーブなど僅かな荷重移動で駆動力が失効することを意味した。端的に言えば空回りするのである。
そこで、このE19でドイツはなんとエアシリンダで荷重移動抑制と車軸のステアリングを行うシステムを搭載した。ひところクルマでもカーブでエアサスやダンパ圧を制御し、車体を水平に保つアホな機構が搭載されたが、それをとっとと2次大戦前に質量100トンからの機関車で行っていたのである。ハイドロニューマティックなんて言葉をご存じの方もおられよう。そこにステアリング機構まで加えて搭載したのがこの機関車である。連続定格出力3900ps。最高速度150km/h…但し、単機試験で225km/hを記録している。日本の新幹線が200キロの壁を初めて突破するのは1963年である。
アメリカはドイツが原爆を開発するのを深刻に恐れた。その震撼させるに充分な理由がここにある。
※1
「きかんしゃトーマス」の腹。この機関車はD51のように外側シリンダがついていないが、これは別にオモチャ的デフォルメではない。この機関車はBR18でいう車体中央のシリンダ+車輪間を接続するロッドというメカニズムなのだ。これは鉄道発祥の地イギリスの機関車によく見られたスタイル。何せスタートが古いため、車輛が小型だった大昔の時点で、作って良い車輛の最大サイズが法規化されてしまったのだ。そこで小さな枠を目一杯使って車体を大きくするため、横にはみ出すようなシリンダ取り付け方式を嫌ったのである。
※2
摩擦係数の小ささは実は鉄道の利点でもある。自転車で漕ぐのをやめてもある程度惰力で走るが、鉄道の場合その摩擦の少なさ故に、この惰力走行が「キロメートル」のオーダで可能なのだ。物理学で「等速直線運動」というのを習うが、あれの理論値に限りなく近い特性を発揮できるのである。このため、駅間の短い都市部の各駅停車や地下鉄などでは、加速は駅から発車する1回のみであとは殆ど惰力で走る。更にブレーキ時はモータを発電機として運動エネルギーを電力に変換し、架線に戻すという「エネルギ回生」が可能である。鉄道がエコな乗り物だと言われる理由である。なおこのコトから判るように、現在ハイブリッド車で最先端技術とされる「発電して電力に戻す」発想の原点は電気鉄道である。
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